今話題のアレにインスピレイションを受けたアレ
モノローグ・地の文・独自設定・読みづらい所などありますがご容赦
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1475065004
トリップ間違えたので修正
ぼや~っとした世界。白く靄のような物がかかった世界。そんな所に今あたしはいる。ここは何処だ?夢の中?
体は何かに縛られているかのように全く動かせない。
いくら踏ん張っても、伸ばそうとしても、体を動かす事はできない。立っている事しかできない。
向こうに見えるのは、この白い靄がかかっている中でも、黒くはっきり見える髪を後ろでまとめた女性が正座で座っている。所謂ポニーテールというやつだ。
その女性の側には、それなりの大きさの弓が見える。
女の人は急に立ち上がった後、あたしに近づいてきた。
その人は、あたしの目の前まで近づいた後、付けていた髪留めを外し始めた。
そして、するりとあたしの後ろに回りこんで、外した髪留めを使って、するりするりとあたしの髪を結び始めた。
おいおい、人の髪に何をするんだ。この髪では短すぎてポニーテールなんてできないだろう。
しかしその女性は手馴れた様子で、いつの間にあたしの髪を後ろで綺麗にまとめてしまった。
ここは夢の中だからできるのか?
そして何やらもごもごと唱えた後、1、2、3と指で数え始めた。
4、5と続いた後、急に手を叩いた。
ぱちん、という音がした。
それと同時に、どこまでも続く落とし穴に落とされるような感覚を味わった。
その音は、いつまでもあたしの耳の中で、反響しているようだった。
その女の人が、手を振っているように見えた。
長い長い夢を見ていた。全く奇妙な夢だった。
やはりというか、寝汗が酷い。時間もあまりない。よっぽど深い眠りだったのか。
さっさと着替えて、事務所へ向かう準備をしなければ。
しなけれ……ば……?
「?!?!?!?!???!?」
朝起きたら、そこは畳のベッドだった。まさか、自分は女子寮暮らしだ。女子寮のベッドはこんな畳のベッドではない。
左右を見渡すと、掛け軸がある。『水野翠』と書かれている。ベッドが畳なら床も畳の和室だ。
だとすれば、ここは翠ちゃんの家なのか?行った覚えはあるが、一昨日の話だ。少なくとも昨日今日で行った記憶はない。
鏡はどこだったか。自分の今の姿はどうなっているんだ。
「嘘でしょ……」
この声はあたしの声ではない。同じ事務所の水野翠の声だ。
つまり今のあたしの体は、翠ちゃんの体って事になる。どういう事だ。
まさかあの夢が原因?ではあの夢に出てきた黒髪の女性は翠ちゃんだとでも?
なぜこんな事になってしまったのか。体は水野、頭脳は塩見。全く訳が分からない。
事務所のメンバーにどうやって説明すれば。プロデューサーに何を説明すればいいのか。
ともかく本人に確認を取るしかない。"塩見周子"の携帯の番号を急いで思い出す。電話はどこだ。
家の中を探し回り、ようやく翠ちゃんの携帯を見つけた。分かる所に置いててくれよ。朝から体力を使うハメになるとは。
あたしの、"塩見周子"の、携帯に、電話をかける。
おそらくあちらも同じような状況のはずだ。他人の体に、自分の心。
これでもし、あたしの体に翠ちゃんが入っていなくて、別の誰かが入っているなんて事があったら。
別の誰かが電話に出たら。あたしの体がどこかの誰かに持ち出されていたりしたら。
……と思ったのだが、どうやらその心配は杞憂に終わりそうだ。
『もしもし!?』
電話口から聞こえてきたのは、紛れも無く"塩見周子"の声だった。この言い方だと、中身は自分の想定していた人物であろう。
「もしもし?翠ちゃん……だよね!?あたしの声だけど!」
『そうです!水野翠です!そちらは……周子さんですよね!?』
頭がパンクしそうだ。あたしの声、あたしの携帯電話、あたしはそこにはいない。体に入っているのは"水野翠"。
どうしてこんな事になってしまったんだ。二人の体が入れ替わる。フィクションでは使い古されたよくある話だが、まさか自分が被害に会うとは。翠ちゃんも被害に巻き込まれたから自分達か?
……落ち着いている場合ではない。連絡を取り合わないと、この状況は全く把握できない。一体なぜこんな事が起きてしまったのか。なぜこんな事になってしまったんだ。
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……ここはどこだ。一面真っ白の世界。そんな場所に今自分はいる。
体は金縛りのように動かす事ができない。いくら体を捻ろうとしても、屈伸をしようとしても、動かす事はできない。
この世界は?一体何が起きているんだ?自分は寝ていたはずだ。それなのにどこへ来てしまったのか?
そんな自分を見つめるのは、この純白の世界では、儚く消えてしまいそうな白髪の女性だ。
その女性には、白い髪と同じ色の狐の耳が付いている。
この純白の場所にいるあの人は何者?なんで狐の耳が付いている?似たような格好の人をどこかで見ている気がする。
そんな事を考えていたら、いつの間にかその女性がこちらに近づいてきた。
白髪の女性はこちらを見つめるようなそぶりを見せた後、中指と薬指と親指を合わせ、人差し指と小指を立てて、指で狐を作った。
それを両手で二つ作った後、何やら呪文のような物を唱え始めた。この声はどこかで聞いた事がある……!
この声は……!目の前の人物は……!
この声の人物を確信した途端、自分の体が崩れ落ちるような感覚に陥った。
その人物はにやりと笑った。そして、自分に向かって手を振ってきた。
さっきの呪文が、いつまでも耳に残っているようだった。
目が覚めたら、そこは女子寮のベッドであった。
まさか。自分は女子寮暮らしではない。自宅暮らしだ。どういう事なんだ。
女子寮に行き、誰かの部屋にお邪魔した記憶も無い。全く訳が分からない。誰かこの状況を説明してくれないか。
この状況を判断する材料は、壁に掛けられた『和菓子屋 塩見』の暖簾だけだ。
まさかここは、塩見周子の部屋だとでもいうのか?
塩見周子本人はよく自分の家に来る事はあるが、こちらから行った事はあまりない。最後に行ったのが1ヶ月程前だ。
故に自分がここにいるというのはありえない。しかし水野翠は今ここにいる。なぜだ。
洗面所の鏡で自分の姿を確認する。
「あ、あ、あ、あ、あ……」
この声は自分の声ではない。この体は自分ではない。
短く切られた白髪。全てを射抜くような瞳。間違いない。この体は塩見周子の物だ……!
やはりあの狐耳の女性は、"塩見周子"本人であったのか……?
ならばなぜ自分の夢に出てきたのか。この状況を招くためにやってきたのか?
とりあえず体に触ってみる。透き通るようなしっとりとした白い肌。肌の色とそっくりな白髪。
本人は染めたと以前話していたが、ここまで白くては地毛と見分けが付かないだろう。
白い髪や肌とは真逆の漆黒の眼。麗しき唇。完全に塩見周子を構成する物だ。
今は自分、"水野翠"の物になってしまっているが。
鏡の前でポーズを取ってみる。なぜか自然と体が動いてしまう。もたもたしていると事務所に遅刻してしまうのに。
"塩見周子"では絶対にやらないような、お淑やかなお嬢様のポーズ。カッコいいポーズ。よくわからないポーズ。
色々とポーズを取っていたら、側に置いていたスマートフォンが鳴りはじめた。表示を確認すると、そこには水野翠の名前があった。懐かしき自分の名前が。
事務所のアイドル全員電話番号を登録する決まりがあったのが助かった。早速電話に出る。
「もしもし!?」
『もしもし?翠ちゃん……だよね!?あたしの声だけど!』
完全に自分が想定していた人物からの電話だった。自分の声。自分の体。
中身は"塩見周子"。自分はそこにはいない。"水野翠"は……私だ。
この電話の一字一句を絶対に聞き逃してはならない。聞き逃したら、水野翠が、遠い所へ行ってしまう。そんな気がするから。
「そうです!水野翠です!そちらは……周子さんですよね!?」
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ようやく塩見周子の体を見つけた。おかしな感覚だ。長い旅路の果てに目的地へ来た気分だ。
色々話したい事もあるが、もうすぐ事務所へ向かわなくてはならない。
入れ替わりの衝撃を実感している内に、結構時間が経ってしまっているからだ。
こんな事になってはいるが、
「それで、どうなってるの、そっちは。平気?あたしの体で変な事してない?」
『……なんとか、状況が飲み込めてきました。私達の体だけが、入れ替わってしまった事。』
「……それで、今日一日面倒になりそうな事。」
『……』
こうなってしまった以上、"塩見周子"が"水野翠"の仕事をやらざるを得ない。"水野翠"には、"塩見周子"の仕事をやってもらうしかない。
色々と情報を共有しておく必要があるだろう。
「翠ちゃん、今日の仕事の予定は?」
何やら考え事をしていたのだろうか。しばらく待ってから返答が返ってくる。
『13時から新作ドレスの撮影会、今日はそれだけです。そちらの予定は?」
「……同じく13時から……LiPPSのトークショー……」
翠ちゃんに爆弾を押し付けるような形になってしまった。仕方ない。恨むなら夢に出てきた神様を恨んでください。本当にすまん。
『…………分かりました。どこまでやれるか分かりませんが、やりましょう。』
一筋の矢のようなしっかりとした意志表示だ。入れ替わったのが翠ちゃんで良かったというべきか。
「分かった。こっちもうまくやる。あたしこう見えて意外と演技派だから。そっちもよろしくお願い。」
しかし、自分の声を自分が聞くという事の違和感が凄まじい。
今日一日この違和感に苦しめられるのだろうか。なるべく早く直ってほしい所だが。
……情報交換を終え、一息つく。事務所で合流する約束を取り付けた。
あまり時間もない。朝食はどこかで買っていく。飯代は自由に使っていいと本人から許可を得ている。
さっさと着替えや化粧を済ませる。普段翠ちゃんが何を使ってるか分からないため、時間がかかってしまった。
何度かこの家には来ているから事務所までのルートは把握している。
コンビニで適当に食料を調達し、事務所へ向かう。腹が減っては戦はできぬ。
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やはりというべきか、自分の体には"塩見周子"本人が入り込んでいた。誰かが自分の家に侵入し、水野翠を騙るという心配もあったが、杞憂に終わったようだ。自分がそんな無用心をするはずもないが。
今日の予定、なぜこんな事に巻き込まれてしまったのか、プロデューサーさんや事務所のみんなにどうやって説明したらいいか、色々と話したい事があるが、あまり時間がない。
今するべき情報交換だけ済ませて、後はプロデューサーさんを交えて話し合った方が良いだろう。説明しても納得してもらえるのか不安だが。このようなフィクションじみた事、ありえないと一蹴されてしまうかもしれない。
それでも、説明するしかないだろう。漫画や小説などのフィクションではなく、実際に起きてしまった事なのだから。
『翠ちゃん、今日の仕事の予定は?』
「13時から新作ドレスの撮影会。今日はそれだけです。そちらの予定は?」
『……同じく13時から……LiPPSのトークショー……』
「…………」
なんという事だ。自分にあの4人を制御しろというのか。
神は私を見放したか?いいや違う。最近の自分の着実に上がってきた演技力を試す良い機会だ。LiPPSがなんだと言うのだ。
「…………分かりました。どこまでやれるか分かりませんが、やりましょう。」
今日一日"塩見周子"を演じなければならないのだ。演技には自信がある。アイドル根性見せるんだ。やってやる。
"塩見周子"を演じ切ってみせる。
『それでさ、一度事務所行く前に合流して、状況の説明とかしておいた方がいいと思うんだけど。』
「そうですね」
『8時30分くらいに事務所前で待ち合わせ。OK?』
「大丈夫です。周子さん、私の家から事務所への道は知っていますか?」
『知ってる知ってる。何度か行った事あるし。それでさ、いきなりで悪いんだけど、お金の事なんだけどさ……』
金!互いが入れ替わってるという事は、互いの所持金も入れ替わるという事だ。当たり前の話だが。
つまりは財布の中身も見られてしまうという事だ。周子さんは適当に見えるが、意外と義理堅い人物だから財布の中身を見られても言及されないと思うが……。
『今日一日だけ、お互いのお金使っていいってルール。どう?』
「丁度自分も同じような決め事を考えていた所です。それで行きましょう。ただし、私のお金で散財しないでくださいね?よろしくお願いします。」
『善処しますよっと。まあ、移動代と飯代ぐらいしか使わないと思うよ。多分。』
周子さんとの電話を終え、一息つく。
自分の声を他人の体で聞くというのは慣れないものだ。そんな事に慣れていてはおかしいが。
今日一日、自分の体に入っている周子さんと会う以上、この違和感に苛まれ続けるのだろうか。
一息ついたらお腹が空いてきた。しかし、もう出なければ間に合わない時間だ。朝飯はどうするか。どこかで買っていくか。
金はお互いのを使っていいと言われたが、人に散財するなと言っておいて自分が散財するのはよろしくないだろう。軽い物で済ませる事にする。
コンビニでおにぎりとパックのリンゴ酢を買い、周子さんを待つ。
どうやら結構早く出てきてしまったらしい。待ち合わせの時間にはまだ時間がある。
周子さんは本当に来るのだろうか?道に迷ってはいないだろうか?
自分の家から事務所まではそれなりに距離がある。道は知っていると言っていたが……
休憩
続きは明日
忘れていたけど書き溜めあり
期待
超絶珍しい組み合わせだな
これは期待
イケメン須賀京太郎様に処女膜捧げる
2016年8月31日をもちまして全てのサービスを終了させて頂きました。
ペロペロ催眠を終わらした羊を許すな
面白いけど今喋ってるのどっち?ってなったww
元ネタも同時視点で進行するの?
ボチボチ再開
>>34
「」が普通に喋っている人の台詞
『』が電話の向こうの人の台詞と考えていただければありがたい
後元ネタとはあまり関係ない
自分が色々思っても仕方がない。時間通りに来るはずだ。信じよう。
そう思っておにぎりを食べていると、声をかけてくる人物がいた。
適当にあしらうと、その人物は行ってしまった。
しかし、"塩見周子"を演じるのもなかなか険しい。今までにやった事のない演技を続けるというのは結構厳しい物がある。周子さんはまだ来ないのだろうか……
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……道に迷った。
あれだけ翠ちゃんに道は知っているから迷わないと豪語していたのに。
こういう時のためのGPS。長く使うと電池が持って行かれるが、長く使わなければ問題はないのだ。
急いで現在位置から事務所へのルートを探す。翠ちゃんをあまり待たせるのもよろしくない。
ついでに食べる物も買っていこう。
「翠さん、りんご酢買っていかないんですか?」
「りんご酢?」
「毎朝買って行ってるじゃないですか。小さいパックのやつ。体に効くとか言って。」
初耳だ。おそらくあたしにも、プロデューサーにも、事務所のみんなにも言っていない秘密なんだろう。
秘密は女を美しく見せるという。速水奏の辞書にも書かれている。
そんな秘密をこんな所で知ってしまっていいのだろうか。まあいいか。今のあたしは"水野翠"なんだから。
「ちょっと今日は気分ではないので……えへへ……」
「まあ、たまにはそんな時もありますよね。340円です。」
「はい、はい」
翠ちゃんの財布は、お嬢様という事からけったいな物を予想していたのだが、至って普通の財布であった。
あんまり奇妙な財布だと本人が使いづらいからだろうか。
道に迷ったのもあってか、結構時間が経ってしまった。
翠ちゃんは凄まじく規則正しい子だ。おそらくもう着いているに違いない。急げ!
事務所の前のベンチで、りんご酢を啜る"塩見周子"の姿が見えた。紛れもないあたしの、塩見周子の姿だ。
こちらの姿を見つけてきた。手を振ってくる。ちょっと見なかっただけで、かなり離れてしまったような感覚だ。
「"周子さん!"ようやく会えましたね!」
「本っ当にようやくだよ……なんでこんな事になったんよ……」
「色々話したい事もありますけど、まずは事務所に行きましょう。そこでこれからどうするか、しっかりと話しましょう。」
事務所の一室に辿り着く。8時とはいえ、まだ人もまばらだ。
扉を開けると、勤務時間内なのに堂々と社用パソコンでゲームをしているプロデューサーの姿と、映画の小説を読んでいる速水奏の姿が見える。
「あら、珍しい組み合わせじゃない……?」
「おはようございます。」塩見周子。
「おはよーっす」水野翠。
プロデューサーが噴き出す。汚いな。
奏ちゃんがこちらを凝視したままソファから滑り落ちる。アイドルがしていい顔ではない。
そして、プロデューサー、塩見周子(in水野翠)、水野翠(in塩見周子)、立会人の速水奏の四者面談が始まった。
「全く意味がわからん。説明してくれんかね」
「ですから、朝起きたら二人の体が入れ替わっていたんです!不思議でしょう?でもこれは実際に起きてしまった事なんです!」
プロデューサーさんに、これまでにあった事を一気に説明する。
何が原因でこうなってしまったか、今日の仕事の予定は、これからどうするのか。
「待て待て、一気にまくし立てないでくれ。周子の声で敬語を使われると混乱する!」
「ちょっと、何それ。まるで普段あたしが敬語使わないみたいな……」
「確かに、周子が敬語使ってる所、あまり見た事ないわね。」
「奏ちゃんまでそんな事言わないでおくれよ……。」
「それで、どう思う?プロデューサーさん。」
「この二人が結託して嘘付いてるようにも見えないし、嘘を付く理由もないだろ。二人が本当って言うなら本当なんじゃないの。未だに信じられないけど、二人してこんなとんでもない嘘付くとは思えんよ俺は。」
「信じてくれるの?」
「俺はな、発生してしまった事よりも、その後のフォローをどうするかって事の方が重要な人間なんだよ。」
そう言うと、プロデューサーはおもむろにメモ帳とペンを取り出し、何かを書き始めた。
「今日の予定は……周子がLiPPSのトークショー。翠が新作衣装の撮影会、だったな?」
「そうですね。と言ってもこんな状況になってしまったのですが……」
「それで、どうするんだ。こんな状況だ。出来なさそうなら一人だけ諸事情により代役ってのも、撮影会には代役ってのも今ならまだギリギリ間に合う。どうする?やるか、やらないか。」
「やるよ」「やります」
「決断が早いな!」
「だって、事務所来る前に二人で決めてきたし……ねぇ?」
「こんな状況だからこそ、やらせて頂きたいのです。今までアイドルで培ってきた演技力を、試す時が来ました。」
"塩見周子"がプロデューサーに向かって啖呵を切ると、プロデューサーは立ち上がり、
「それじゃあ、翠の方は奏に頼む。周子は残ってくれ。今日の事を説明するから。」
「お任せあれ。行くわよ、周……あっと、翠。」
「それと翠、これ持っとけ。」
プロデューサーさんがメモを切り取り、こちらに手渡そうとしてきたら、横から"水野翠"の手が伸びてきた。
「ちょい待ち。プロデューサー、ペン貸して。」
プロデューサーさんからペンを受け取った"水野翠"は、何か文章のような物を書き始めた。
そして、書き終わると、プロデューサーにペンを、こちらにメモを渡してきた。
「これ、今日話そうと思ってた内容。本当に見るだけで、トークショーは翠ちゃんの好きなようにしていいけど、一応目を通しておいてくれると。」
そう言ってメモを手渡すと、"水野翠"は近くに置いてあった菓子を持ち出し、菓子をつまみながらプロデューサーと話をし始めた。
「さっきの啖呵、カッコよかったわよ。それで、プロデューサーさんが書いた方のメモは?」
メモをめくると、塩見周子のクセ・仕草などがビッシリと書き込まれていた。
「わぁっ……」
「プロデューサーじゃなかったら、ストーカーの類ね、これって……」
「それで、今日のトークショーの話だけど。……大丈夫?」
自分の体は、ガチガチと音が鳴るくらいに緊張してしまっていた。まだ本番ではないのに。
プロデューサーさんは代役と言っていたが、自分が代役みたいな物だ。本当に自分にできるのだろうか?
塩見周子の代役が務まるのだろうか?
「だだだだだ大丈夫です!はい!」
「見る限り、全然大丈夫に見えないけど。体ガチガチじゃない。」
「うっ……」
「ま、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。リーダーは私だし、うまく話の内容は調節するわ。」
とはいえ、あまり奏さんに頼りきりになるのも申し訳ない。メモを再度裏返す。
そこには、新田美波がスポーツドリンクと水野翠のりんご酢を間違えて飲んでしまった話、
事務所近くのカレー屋に周子さん、自分、プロデューサーさんの三人で行った時、ラッシーが切れてて砂糖水が出てきた話など、明らかに自分絡みのエピソードが書いてあった。
これは本当に話すネタだったのだろうか?
……疑ってもしょうがない。ありがたくこのネタを使わせてもらうとしよう。
「このおにぎり、一つ貰っていいかしら。」
声に気が付いたら、奏さんが自分が買ってきたおにぎりに手を伸ばしていた。
「あっ、どうぞ。」
「それじゃ、遠慮なく。……何?」
「いや……奏さんもコンビニのおにぎり食べるんだなって……」
「何よそれ。まるで私が手作りの食べ物しか食べないみたいじゃない。ならその言葉、そっくりそのまま返させてもらうわ。翠さんでもコンビニのおにぎり食べる事あるのね。」
「今日はこんな事があったから朝ご飯食べていく暇もなくて……」
「しかし、プロデューサーさんも言ってたけど、周子の声で敬語ってのは違和感が凄まじいわね……」
「……ごめんなさい。」
「いいのよ謝らなくて。起きてしまった事よりも、どうやってアフターケアするか。私もそっちの方が大事だと思うわ。」
本当に、本当に良い人達しかいない事務所だ。
こんな状況になっても、ちゃんとフォローしてくれる。感謝しか出てこない。
「それとこの事、三人には秘密にしておくから。」
「……へ?」
「だから、あの三人にはこの事は黙っておくって話。」
「……伝えないんですか?この事?」
「事情を知ってる私はともかく、いきなりあの三人にこの事伝えたら、なんか余所余所しくなっちゃうでしょ。」
「はあ……」
本当に伝えなくて大丈夫なのだろうか?気になるが、奏さんが上手くフォローしてくれると信じたい。
「あの三人、私の知ってる中でも相当の手練れよ。上手く騙せるかしら?」
「騙す前提なんですか……なんとかやってみます。」
「その意気、その意気。それじゃ、早めに会場入りするわよ。雰囲気とか慣れておいた方がいいでしょう?大丈夫よ。今日は本当にトークショーってだけだから。」
京太郎「コンマぞろ目土方【父親の御仕事の手伝い】非コンマぞろ目DMMゲーム終了分来週仕事付き合う」
菫「くっそおやか」
淡「菫様の父親弘世神皇様は我儘」
照「現在終了ゲームはハーレムラビリンスひつじダンジョン」
誠子「コンマ4だったら働きに行く数時間空く」
尭深「コンマ5以上引き籠る」
オレヌシ続け
「ここが会場よ。なかなか広いでしょ?」
奏さんの言う通り、会場はそこそこ大きめの場所だった。
「……広いですね。」
「広く見えるでしょ?楽屋に行くわよ。」
「……狭いですね!ステージはあれだけ広かったのに!」
「狭いでしょ。これこそ羊頭狗肉ってヤツね。ステージは羊頭だけど、楽屋は狗肉。もう少し役者の事も考えてほしいわ。」
壁には、LiPPSのトークショーのポスターが大量に掛けられている。
あまりにも多すぎて、目がくらくらしそうだ。
「やっぱりLiPPSって有名なんですね。」
「そうね。でもまだまだ。トップには程遠いわ。トップを狙える実力はまだまだ。」
「……」
「でも、だからこそ、リーダーの私が引っ張っていかないといけない。あの四人、凄く自由だけど、凄い力も持ってる。私はそう信じてるわ。この話オフレコね。私と翠だけの秘密よ。」
とんでもない秘密を抱えてしまった気がする。
「……なぜそんな話を私に?」
「特に理由はないわ。ユニットと関係ない翠になら話してもいいかなって、そう思っただけ。」
「志希ちゃんが馳せ参じましたぞ!」
「美嘉デリカの二人は?」
「二人とももうすぐ着くって連絡あったよ。昼飯も買ってきた。」
そう言うと、志希さんは持っていた袋からおにぎりやサンドイッチを取り出し始めた。
「あー、うちらおにぎりパス。サンドイッチ貰える?」
「何かあったの?」
「朝食べてきたからよ。おにぎり。」
「あっそうなの?じゃあ遠慮なく。しっかしいつ見ても見事な三角形だなぁ。コンビニのおにぎりって。」
リハも終わり、いよいよ本番だ。
この緊張は"塩見周子"の代役として立つ畏れか、それ以外の何かか。
こんな緊張も久しぶりだ。昔の弓道部部長の名誉と期待を背負っていた緊張。今背負っているのは周子さんの名誉と、奏さんの期待か。
昔はしくじったら部員の恥。今ではしくじったら周子さんの恥。
思えば何かを背負ってばかりの人生だ。水野家の名誉、弓と矢、アイドル。
その三つを背負っていくのだけは、変えるつもりもないし、変わるつもりもない。
これまでもやってきた。これからもやっていく。同じ事だ。
……今は"水野翠"ではなく"塩見周子"だが。
「美波ちゃんが、レッスン終わりにスポーツドリンク飲もうとしてたんよ。」
「でも美波ちゃんが使ってたボトル、翠ちゃんのとそっくりだったから、疲れてたのもあって間違えて取っちゃったのよ。翠ちゃんのボトル、何入ってたと思う?」
「気になるー!」
「……お酢だよ。それもかなり濃いヤツ。いや~美波ちゃん飲んだ瞬間悶絶してんの。それで陸に打ち上げられた魚のように動かなくなったの……」
「翠ちゃんは酢入りのボトル持ちながら美波ちゃん起こそうとしてるし、他の人は翠ちゃんのボトルに本当に酢入れてるのか確認しようとしてるし、もうめっちゃくちゃ。」
「最期の台詞は「せめて広島の黒酢にしてほしかった……」だったね……」
休憩
続きは明日 明日で終わります
ボチボチ再開
「ありがとうございましたー!」
……疲れた。
他人の真似なんて少しやっただけでも疲れるのに、1時間近くやっていたのだ。疲れるに決まっている。
本当にどうしてこんな事になってしまったんだ。やはりあの夢が原因なのか?
そんな事を考えていたら、奏さんが話しかけてきた。
「お疲れ様。ずっと他人の真似してたら疲れるでしょう。」
「ありがとうございます。他の三人は?」
「美嘉デリカなら別の仕事があるから直行。あの二人もあの二人で忙しいのよ。志希ならもうすぐ来るんじゃない?」
「……あの三人にこの事が判明していませんでしょうか?」
「どうかしら……?」
「奏さん!」
「冗談よ。三人は気付いてたかどうか知らないけど、少なくとも私から見たら、翠は上手くやってたわよ。プロデューサーさんのメモのおかげかしらね?」
「志希ちゃんさん参上!」
志希さんが戻ってきた。と同時になぜかこちらに近づいて来る。いつになく真面目なムードだ。
「あのですね周子ちゃん。これ間違ってたら非常に申し訳ないんですけども。」
「周子ちゃんから別の女の匂いがするんですけれども……」
奏さんと顔を見合わせる。まさかバレていたのか?
自分で言うのもなんだが、演技はバレない程度には完璧だったはずだ。
「ちょっと!いきなり余所余所しくなるのやめて!あたしが恥ずかしいから!」
「……そうね。ショーも終わったし、そろそろ話してもいいんじゃない?」
「つまり、翠ちゃんが周子ちゃんで?周子ちゃんが翠ちゃん?精神だけが入れ替わったって事?」
「そういう事になります。今日一日騙してたみたいで申し訳ありません……」
「なんか周子ちゃんの声で敬語使われると体が痒くなってくるんだけど……」
「みんな同じ事を言ったわ。」
「それで翠ちゃん。周子ちゃんの体で何か違和感とかないの?こう……体に精神が引っ張られたりとか、無性に和菓子が食べたくなったりとか。」
「特にはないですね。体が入れ替わった事以外は全ていつも通りです。」
「ふ~む、精神の入れ替わり、人の体に別の人の魂が入り込む幽体離脱……?それとも他に何か原因がある……?」
志希さんが深く考え込んでしまった。こうなると止まらない事は事務所のメンバーなら誰でも知っている。
「それにしても、科学の最先端の象徴的存在みたいな志希でも、こんなオカルトじみた現象に興味あるのね。」
「あのね奏ちゃん。この世には科学でも化学でも説明できないオカルティックな現象って、それこそ星の数ほどあるんだよ。」
「それに、二人とも嘘付くようなキャラじゃないでしょ。何かあるんじゃないかなって思って。」
二人が話をしている間に、志希さんがかな子さんから託されたという菓子を頂く。
そういえば、周子さんの方は今どうなっているのだろうか。時間的に今は撮影の頃のはずだが……
「どうしたの?」
「いえ、周子さんの方は今何をしてるのかなって思って。今あっちの方は色々なドレスでの撮影が入っているはずです。時間的にあちらもやってるんじゃないかな、と。」
「そうだ、ちょっと電話してみない?」
そう言うと、奏さんはプロデューサーさんに電話をかけ始めた。仕事中にかけても大丈夫なのだろうか……?
「もしもし?プロデューサーさん?こっちは終わったわよ。そっちはどう?」
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「それで周子、今日の仕事の内容だが。」
プロデューサーは言うと同時に、資料を広げ始めた。
資料を見ると、新作ドレスの内容などが書いてあった。
洋風な物や、和服みたいなドレス、果てにはチャイナドレスめいた物まで色々。
「これ……翠ちゃんに着せる予定だったの?」
「そうだが」
「ちょっと翠ちゃんには派手なんじゃない?これ?」
「いや、意外と翠なんでも着こなしてくれるんだよ。それに今は中身周子だろ?期待してるからな。」
ハードルを上げられてしまった気がする。
「「よろしくお願いします」」
撮影スタジオまでやってきた。衣装室へ向かう。
そういえばプロデューサーは自分達が入れ替わってる事は話したのだろうか?
「プロデューサー、あたし達が入れ替わってるって話、スタッフさん達にしたっけ?」
「あ、やべえ」
この顔は確実に忘れていた時の顔だ。付き合いが長いから分かる。
「もしバレたら……」
「まあいいだろ別に。今日は水野翠のステージでもあるけど、"塩見周子"のステージでもあるんだ。周子のやりたいようにやってくれ。責任と後始末は俺がするから。」
「そんな事言ったら、あたしやりたい放題やっちゃうよ?」
「やってみるといい。できるものなら。」
ああ言ったはいいが、ドレスが意外に重くて派手な動きはできなかった。できるものならとはこの事だったのか?
撮影は順調に進み、一度休憩を入れる事になった。
遠くではプロデューサーとカメラマンさんが話している。
「周子。次から派手な動きの写真がいくつか欲しいんだと。軽いドレス使ってな。お前得意だろ。」
「本物の翠もできなくはないけど、翠だとどうにもカタさが残るんだよな。」
「いいじゃん。やってみる。」
次の衣装は、ピンポイントに和風の衣装であった。
派手な動き、派手な動き。
嗚呼、懐かしき京の香り。古き街並。雅なる舞。
こんな所であの頃を思い出す事になるとは。人生何が起きるかわからぬ。
あの頃の経験も、今のアイドルとしての経験も、全てあたしの中にある。
全部が礎となって、"塩見周子"の中にあるんだ。
「プロデューサーさん、今日の翠ちゃん、動き凄いですね。なんかこう……気圧されるというか、凄みを感じるというか。」
「まあ女性って言うのは色々ありますからね、色々。」
「何ですか色々って」
「企業秘密
>>70
最後の行
「企業秘密」
と脳内補完してください
撮影も無事終了。
撮った写真は次号以降で使われるらしい。
衣装には和風洋風とあったが、和風の方が翠ちゃんにもあたしにも合っている気がする。
「どうだった。あたしのドレス姿は。」
「ああ、良かった良かった。」
暖簾に腕押し。糠に釘。いつもこんな感じだ。
本人からすれば全力で褒めているつもりらしいのだが、どうにも褒められている感じがしない。
「もっとこう、全力で褒めてちょうだいよ。シューコちゃんの努力を。」
「んな事言っても、全力で褒めてるんだけどな。おっと、電話だ」
「誰から?」
「奏。あっちもそろそろ終わった頃かね。」
『もしもし?プロデューサーさん?こっちは終わったわよ。そっちはどう?』
「こっちもたった今終わった所だ。なんとか無事に終わったよ。そっちも大丈夫だったか?」
『特に問題はなかったわ。』
「ならいいんだ。事務所でな。」
『志希にはバレたけど。』
「あー、アイツ鋭いからなあ……まあ観客にバレてなきゃ大丈夫だろう。」
「あっちはどうなったの?」
「とりあえずは無事に終わったらしい。事務所で合流しよう。」
スタジオから事務所までプロデューサーが車を飛ばす。もう夕暮れだ。
プロデューサーもプロデュースの時は格好良いのに、普段は金とゲームと料理の話、たまにどこから手に入れたのか分からない雑学や情報を披露している。
本当によくわからないヤツ。
この事務所には、そんなよくわからないヤツに惹かれて集まった人ばっかりなんだけど。
「なあ周子、なんでこんな事になったんだ?ピンポイントで二人だけが入れ替わるなんて、何か訳があるんじゃないのか?」
「……プロデューサー、オカルトチックな話していい?バカにしないで聞いてくれる?」
「いつでもどうぞ」
「あたしね、夢を見たの。一面真っ白の世界にいて、なぜか体が金縛りみたいに動かせなくて、なぜかそこに翠ちゃんに似た女の人が座ってるの。」
「つまり、その夢に出てきた女の人が原因だと?」
「察しが早くて助かるよ。翠ちゃんに聞いたら、同じような夢を見たって。その夢に、あたしに似たような人がいたみたい。だから、二人が入れ替わったのはその夢が原因なんじゃないかって。」
「夢ね……だったら、もう一回寝て夢を見たら、元に戻れるのかね。」
「さ~どうかな。」
同じ夢を見たら本当に元に戻れるのだろうか?そもそもまたあの夢を見られるのか?
もしも、また入れ替わりが起こらなくて、このまま翠ちゃんの体にいる事になったら。
そんな事はあたしも望んじゃいないし、翠ちゃんも不本意のはずだ。
「おい、起きろ周子。着いたぞ。」
いつの間にか眠っていたらしい。どうにも車というのは寝心地が良すぎて困る。
「「プロデューサーさん!」」
速水野の二人も帰ってきたようだ。
「どうやら、あちらさんも帰ってきたみたいだな。」
「それで翠、どうだった。突然の一日仕事体験は。」
「疲れました……」
「でも翠、飛び入り参加の割には、結構頑張ってたわよ。」
「周子もいきなりなのに、よくやってくれたよ本当に。」
「そうだろうそうだろう。もっと褒めてもいいんだぞ。」
「コイツいきなり和服の時舞踊り始めるからさあ、バレないか心配だったよ。」
「あれはその……場の勢いと言うか……それに動きが欲しいって言ったのプロデューサーとカメラマンさんでしょ。」
「まあそうなんだが……」
プロデューサーは外で誰かと話してる。奏ちゃんはさっさと帰ってしまった。
今この部屋には、あたしと翠ちゃんしかいない。
「周子さん」
「うん?」
「今日、"水野翠"の家にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「翠ちゃんの家って……翠ちゃんが家主でしょ。どうしてそんな事言うの。」
「いえ……今"水野翠"の体の主導権を握ってるのは周子さんなので。やはり周子さんに許可を取らないといけないかと。」
真面目すぎて変な所でも真面目なんだよな、この子。
そのせいで天然とか誤解されたり、かと思えば妙に鋭かったり。
本人は天然扱いされるのを気にしてるみたいだが。
「ダメって言ったら?」
「実家に帰らせていただきます」
「どっちの実家よ……」
プロデューサーの車をタクシー代わりに使い、翠ちゃんの自宅まで向かう。
行きは道を忘れていたせいで時間がかかったが、帰りはスイスイだ。
「なあ翠よ、こんな所に一人暮らしで大変じゃないのか?」
「大変じゃないですよ。体力も付きます。それに遠いように見えますけど、駅から近いですからね。ここ。」
「……なるほど。」
「それじゃ、ゆっくり休めよ。こんな事あった直後だからな。」
「お疲れ~」
「お疲れ様でした。」
「それで、夕食はどうするの?」
「私が作ります」
……大丈夫か?昔は事務所の料理できないランキング上位だった翠ちゃんが作る?本当に大丈夫か?
「翠ちゃん。今あたしの体使ってるって事、忘れないでね。戻った時に指がなくなってましたってのは勘弁してね?」
「善処します」
「ポトフです」
てっきり和食が出ると思っていたが、出てきたのはフランス料理であった。
お椀にポトフ。何かが違っている気がするが、まあいいか。
食べてみる。美味い。本当に翠ちゃんが作ったのだろうか?
「これ本当に翠ちゃんが作ったやつ?パックのポトフだったりしない?」
「周子さんも見てたじゃないですか。私が作る所。私だって料理の勉強したんですよ。」
「ごめんごめん。でも本当に美味しいよこれ。」
「ありがとうございます。」
「これ誰かから習ったの?翠ちゃんって和食のイメージあるんだけど。」
「ブリヤント・ノワールでフランス料理を食べに行こうという企画で、そこで作り方を教えてもらいました。」
「お風呂は?」
「こちらです」
そこは、一人用と呼ぶには結構な大きさの風呂であった。
「……翠ちゃん。ここ一人で入ってるの?」
「そうですけど」
「掃除とか大変じゃない?」
「確かに大変ですが、心身が鍛えられますので。」
ストイック。どこまでも真面目で、どこまでもストイックで、ちょっぴり天然。これが水野翠という存在なのか。
「ここまで大きいと水泳の練習もできますよ」
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「そのベッド、翠ちゃんが寝るんだよね?」
「そうですけど」
「あたしのベッドは?」
「二人で寝ればいいじゃないですか。二人寝られるくらいの大きさはありますよ。」
「いやその……女二人で寝るのって……なんか変じゃない……?」
「?今更何言ってるんですか。美嘉さんみたいな事言わないでくださいよ。裸まで見せ合った仲じゃないですか。」
「ちょっと!誤解を招くような言い方はやめてくれない!?」
結局ニコイチで寝る事になってしまった。
あの夢を見られたら、元に戻る事が本当にできるのだろうか?
「おやすみなさい……」
「おやすみ……」
またこの純白の世界だ。あの夢の続きなのか?
今度は体が動かせるようだ。この世界に何があるか歩いて調べる。
「!?」
しばらく歩いていたら、あたしにそっくりな人がいた。というか、いつぞやの狐の衣装を着たあたしだ。
どういう事だ?なぜここにもう一人のあたしがいるんだ?まさか……?
と色々考えを張り巡らせていたら、その人物はあたしに吸い込まれるかのように消えてしまった。
一体何だったのだ?
日差しが眩しい。煩わしい太陽め。
身を起こす。隣に翠ちゃんはいない。どこに行ったんだ。
ベッドの隣に手鏡が置いてある。急いで自分の姿を確認する。
戻ってる!紛れもなく!塩見周子に!
……翠ちゃんはどこに?
「あ、周子さん。ちゃんと戻ってるみたいですね。」
台所には、いつもの水野翠が立っていて、朝食を作っていた。
さっきから漂っていた匂いはこれだったのか。
「翠ちゃん、普通に料理できるんだね……昔全然料理できなかったのに。」
「一人暮らしする以上、自炊できないと食べていけませんからね。必死で勉強しました。」
ハムエッグ。昨日のポトフの残りに味噌を投入した味噌汁。
なかなか美味い。どうやら料理ができるようになったのは本当らしい。
「周子さん、今日の予定は?」
「今日は特になかったはずだけど。トークショーも終わったからね。翠ちゃんは?」
「私も今日は特になかったはずです。でも事務所に顔だけは出しておきましょう。元に戻った事を伝えるためにも。」
事務所に辿り着く。8時だからか、妙に人が多い。
扉を開けると、勤務時間内なのに堂々とスマートフォンでゲームをしているプロデューサーの姿と、先日公開された映画の小説を読んでいる速水奏の姿が見える。
「おはようございます。」水野翠。
「おはよーっす」塩見周子。
「なんだよ、戻ってんじゃん」
「賭けは私の勝ちね、プロデューサーさん?約束通り、次の土曜日、一日貰うわよ。」
「三日は戻らないと踏んでたんだがなぁ」
「ちょっとちょっと。勝手に人を賭けの対象にしないでくれる?」
「まあ、戻って良かったよ。あのままだと色々大変だったろ、お互い。」
「そうですね。やはりお互いがお互いのふりをするというのは、絶対にどこかでボロが出ますから。」
「どうしてもぎこちなくなっちゃうからね~。やっぱり自分の体が一番よ。」
「一日限りの泡沫の夢。それでいいんじゃない?」
夢か。結局あの夢に出てきた女の人は誰だったのだろうか。一人目は翠ちゃんにそっくりで、二人目はあたしにそっくりだった女の人。
……ま、世の中には秘密にしておいた方がいい事もあるのだろう。
いつもの変わらない日常。体が入れ替わっても変わらない日常。
そんな世界で、自由気ままに生きていく。それがあたしの望みだ。
ちょっとした小話
「ねえプロデューサーさん。あの二人いつ元に戻るか賭けない?」
「オイオイ、17の娘が賭けなんて言葉使うなよ。」
「まあまあ、それで、賭けるの?賭けないの?」
「賭ける。俺が勝ったら?」
「プロデューサーさん専用速水奏一日レンタル権。」
「……奏が勝ったら?」
「速水奏専用プロデューサーさん一日レンタル権」
「……なあ、それって結局俺が奏に連れ回されてるんじゃないか?」
「いいじゃない。現役女子高生アイドルとのデートよ。それにプロデューサー、家に帰ってもゲームしてるだけでしょ?吸血鬼じゃないんだから、外を出歩いた方が健康的よ。」
「あんまりそういう態度取るなよ。勘違いするヤツが出るからな。俺とか。」
そう言うと、プロデューサーさんはゲームに戻ってしまった。
……してもいいのに。勘違い。
ちょっとした小話その2
「周子はん?なんや昨日、翠はんとお熱やったみたいやなあ?」
「……何の話?」
「しらばっくれなくてもええでっしゃろ。昨日翠はんと一緒に寝て、枕を交わしたゆう話を……」
「確かに一緒には寝たけどそこまでは行ってない!」
「枕元で『あたしのオンナになれよ……』なんて、言うとったんやろ……?」
「言ってない!」
「うちだけじゃ飽き足らず、翠はんまで誑かすなんて……ほんまにかなんわあ……。」
「……紗枝はん、その話、誰から聞いたん?」
「志希はんから。」
「………………」
「一ノ瀬志希ィィィィ何処だァァァァァァ出てこォォォォォォいィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!」
おしまい
Co18歳で誕生日1週間違いの水野翠(12/5)と塩見周子(12/12)の二人で書きました
ここでは初投稿なので序盤グダってしまったのは申し訳ありません
HTML化申請してきます
読んでいただきありがとうございました
最後わろた
乙
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