一ノ瀬志希「本音の話せる薬」 (58)

一ノ瀬志希以外のアイドルは出てこないです
シリアスな内容です。苦手な方はご注意ください

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1472525920

志希「ねえ、プロデューサー。あたしの本音、聞きたくない?」

志希「アイドル楽しいのかとか、仕事の不満とか、キミのこと信頼しているのかどうかとか」

志希「にゃはは。あたし、ポーカーフェイスだから、ほんとは不満たらたらかもしれないよ」

志希「え? 不満があるくらいで辞めたりしないよー。フレちゃんとか悲しませたくないし」

志希「意外? あたしもそう思うー! にゃはは」

志希「フレちゃんもそうだけど、LiPPSのみんなとか、他にも色々とねー」

志希「これは前のあたしには考えられないことだねー。化学変化ってやつ?」

志希「話を戻そっか。いくら誰もいない深夜の事務所だからって、誰か戻ってくるかわからないからねー」

志希「え? 誰かさんが失踪したせいでこんな時間だって?」

志希「志希ちゃん、なにも、覚えてない、でーす。ここはどこー? わたしはだれー?」

志希「そーそー、深夜の事務所と言えばさー、この前、泰葉ちゃんが夜中に事務所に戻ってきてね」

志希「ドラマの撮影が長引いたみたいなんだけど、そういうときって直帰してるでしょ。キミが送るなりなんなりで」

志希「だから珍しいって思ったんだー」

志希「たぶん、キミに用があったんじゃないかなー」

志希「口にはしなかったけど、そんな匂いしてた」

志希「ダメだよー? 可愛いアイドルを深夜に一人で出歩かせちゃ」

志希「なんであたしが夜中の事務所にいたのかって? それは秘密ー。にゃはは」

志希「話、戻そっか」

志希「さてさて、ここに取り出しましたるは魔法のお薬」モニュン

志希「え? どこから出してるのかって?」

志希「さて、この魔法のお薬! なんと飲むと本音を言ってしまう、志希ちゃん印の秘薬なのだー」

志希「内容物なんて聞いてどーするの? 今回の被験者はキミじゃなくてあたしなんだから」

志希「それにどーせキミに言ってもわからないと思うなー」

志希「で、どうする? キミが飲んでいいって言うなら飲むけど?」

志希「あれ、あっさり頷いちゃうんだ」

志希「ほんとにいーの?」

志希「じゃあ、飲むよ。責任取ってね、プロデューサー」

志希「んぐ、んぐ、んぐぐぅえぇええ」

志希「だ、大丈夫。苦いだけ、だからぐぇぇ……」

志希「平気へーき。アイドル、トイレ、行かない。志希ちゃん、トイレで、吐かない。おぇぇ……」ングッ

志希「飲み込んだからもう大丈夫ー」ケラケラ

志希「不味い理由? もう二度と飲まないようにするためだよー。うぷ」

志希「こういうのは学習が大事だからね」

志希「口、閉じてもいい? 喋るとさっきの苦いのが鼻にくるんだけど」

志希「にゃはは。うそうそじょーだん」

志希「ちゃーんと話すよ。本音」

志希「でも、効果が出てくるまではタイムラグあるから、なんかおしゃべりでもしてよっか」

志希「あたしはこれから喋るから、キミのこと聞きたーい」

志希「キミの好きな女の子のタイプとかー」

志希「えー、聞かせてよ。ケチー」

志希「まいっか」

志希「じゃあ、志希ちゃんの身の上話でもしよっか」

志希「あ、面倒そうな匂いさせないでよー」

志希「ダッドが知ってることもあるけど、あたししか知らない、誰にも話してないこともあるからね」

志希「あたしが消えたら、一緒になくなっちゃう記憶。それくらい受け取ってくれてもいいでしょ?」

志希「にゃはは。それじゃあ志希ちゃん物語のはじまりはじまりー」

志希「あたしはねー、岩手の、あ、知ってるっけ。そーそー。山の中のなーんにもないとこで生まれたんだー」

志希「お家からちょっと行ったところに神社があってね」

志希「小さい頃はよくそこで遊んだなー」

志希「周りはほんと森って感じで、いろんな匂いがして楽しかったよ」

志希「あたしは隣町のちょっとした総合病院で産まれた。健康に? それはちょっとわかんない。誰も教えてくれなかったから」

志希「ダッドはそのとき大学の研究室にいた。いつもどーり研究しては寝て、起きては研究の日々を送ってたみたい」

志希「ママはおばあちゃんに見送られて分娩室に入った。ああ、おばあちゃんっていうのはグランマのことね。知ってるか。にゃはは」

志希「五月の三十日。梅雨の足音が聞こえる時期だけど、その日は憎らしいくらいに快晴だったらしいよ」

志希「あたしがママからもらったのは、志希という名前だけ」

志希「希望を志す。ママはあたしが生まれる結構前から決めてたみたい」

志希「ママの話はしてなかったっけ」

志希「あたしを産んですぐ死んじゃったんだ」

志希「悲しいとか、寂しいなんて気持ちはないよ。だって、あたしはママの腕の中も知らないくらいだからね」

志希「そんな顔しないでよー」

志希「だってあたしにはママの記憶が一切ないんだから」

志希「元々記憶にない人のことを思って、悲しいとか、寂しいなんて気持ちは湧いてこないよ」

志希「唯一、ママから与えてもらったのは、この志希という名前だけ」

志希「この才能は、ママは関係ないかなー」

志希「ギフテッドの志希ちゃんが周りに気づかれたのは結構遅かったよ」

志希「小学四年生の頃だったかな。それとも三年生の頃だったかな?」

志希「忘れちゃったなー。にゃはは」

志希「それまではねー、おとなしい子だと思われてたみたいだよ?」

志希「おかしい子じゃないよ? おとなしい子だよ?」

志希「意外? だよねー。あたしもそう思う」

志希「違う違う。ただ怒られない方法がわかってただけだよー」

志希「騒いだりせず、大人の言うことをきく。そうやっていい子ちゃんやってたんだー」

志希「学校がつまらなくなったのは二年生の頃かな」

志希「図書室が使えるようになったんだよね」

志希「本は大人と違って、はぐらかしたり、面倒がったり、嘘を教えたりしないからねー」

志希「間違うことはたまにあるけど」

志希「今まで大人の言うことしか知らなかった、ロリ志希ちゃんはその知識の海にどっぷりとハマっちゃったわけだねー」

志希「それで一気に世界が広がったんだー。授業で教えられることはみーんな先に知っちゃった」

志希「そーすると余計に授業がつまらなくなって、図書室にこもるようになるんだねー」

志希「図書室の本を全部読み終わっちゃった志希ちゃんは、隣町に一つだけある小さな図書館に入り浸るようになりましたとさ」

志希「司書のおねーさんがいい人だったなー。あたしの背じゃ届かないところにある本とか取ってくれてね」

志希「元気にしてるのかなー」

志希「そんなこんなで、あたし、本の虫だったんだよ? 意外? 文香ちゃんもびっくりだね」

志希「あれ? ふーん、そう」

志希「ミステリなんか、タイトル言われれば犯人の名前を教えてあげられるよ。登場人物の生死から、トリックの粗までなんでも」

志希「話? 話は合わないと思うなー」

志希「あたしは好きだからじゃなく、ただ知識として取り込んだだけだから」

志希「一番興味があったのは化学かな」

志希「年に一度くらいしか帰ってこないダッドなら、自分から会いにいけばいいって思ったんだよね」

志希「パパの役に立ってやるぞー、ってね」

志希「子供だねー」

志希「あたしにも、そういう可愛い時期があったんだよ」

志希「それで、四年生の頃くらいかな」

志希「図書館にも読む本がなくなっちゃって、それで退屈が極まって、学校でひけらかしちゃったんだよね」

志希「ロリ志希ちゃんのギフテッドっぷりを、だよー」

志希「だってさ、ロリ志希ちゃんの小さな頭の中には小さな図書館分の知識が入ってるんだよ?」

志希「テストなんてらくしょーだよね」

志希「ギフテッド志希ちゃんにも調子に乗ることがあるってゆー」

志希「いつも? にゃはは」

志希「それで神童だなんだって言われちゃってさ」

志希「おばあちゃんはびっくりしてお赤飯炊いちゃってさー」

志希「まだだったんだけどね」

志希「にゃはは、じょーだんじょーだん」

志希「嬉しかったのはダッドが戻ってきてくれたことかな。そこでアメリカに行こうって言われたんだ」

志希「ダッドはママと結婚する前はアメリカにいたんだよね」

志希「結婚を期に日本に戻ってきたわけ。インターネットのおかげで世界のどこにいてもそれなりに研究できたからね」

志希「ま、ダッドはそれじゃ物足りなかったのかな」

志希「おばあちゃんは反対も賛成もしなかった」

志希「アメリカには一緒に行けないって言われたんだけど、それだけがあたしが躊躇う理由だった」

志希「結局、一晩だけ考えて、朝には結論が出てた」

志希「あれが生まれて初めての徹夜だったなー」

志希「あたしはダッドと一緒にいたかった」

志希「そんな簡単な結論」

志希「まー、あたしがどちらを選ぶにせよ、ダッドはアメリカに移るつもりだったみたいだけどねー」

志希「先にアメリカの大学の方から誘われてたらしいよ。んで、あたしのことが後押しになったってわけ」

志希「アメリカでの話はいいかなー」

志希「だって、ちゃちゃっと飛び級して、大学に入って、研究室に招かれて、研究して寝て起きて研究して。それだけ」

志希「それで飽きて日本に戻ってきたんだよね」

志希「あとはキミも知っての通りだね」

志希「以上、志希ちゃんの半生でした。ぱちぱちー」

志希「そろそろ効いてきたかなー。どうだろ」

志希「効果? まーお酒みたいな感じだよね。ふわふわさせてぽろっと口から出しちゃおうってやつ」

志希「お酒は飲んでないよ。日本じゃ十八歳はまだ未成年だからねー」

志希「じょーだん。あっちでも飲んだことないよ」

志希「あ、効果出てるかも」

志希「にゃははは。普段のあたしならほんとのことまでは言わなかったかも」

志希「そうだよ。さっき飲んだ薬の効果」

志希「本音を言えないのはどうしてだろうね」

志希「本当をことを言ったら相手を傷つけるから? それとも自分が不利になるから?」

志希「簡単に言っちゃえば自分を守るためだよね。相手を傷つけないようにするのも一緒。反撃が怖いから当り障りのないことしか言えない」

志希「それを計算しているのは理性だよね」

志希「だから、あたしが飲んだ薬は、その理性をぐずぐずに溶かしてしまうお薬ってゆー。にゃははは」

志希「そんな心配そうな顔しないでよ。効果が出てくるのはこれから」

志希「効果はもっと強烈だよ。理性なんか化学物質で簡単に吹き飛ばせるんだから」

志希「人間の心、魂はここにあるんだよ」トントン

志希「そ、ノーミソの中。あたしが喋っていることだって、脳から電気信号が発せられて、その命令に従って肺と喉と口を動かしてるにすぎないんだよ」

志希「あたしが思い浮かべること、行動に起こすこと、全ては脳の中で行われる、極めて物質的な話なんだよ」

志希「だから、それをコントロールしてやれば、本音なんてかーんたんに引き出せるってわけ」

志希「でも、一度飲んだらもうおしまい。過剰に分泌させられる脳内物質が、脳みそをぐずぐずに溶かしてしまうの」

志希「その理性が溶けきる刹那に、心の底に隠してたことが出てくるってゆー」

志希「良くて別人、悪けりゃ廃人の危険なお薬なのだー。にゃははは」

志希「まー、当局に見つかったらソッコーで禁止薬物指定だろうねー」

志希「そうだよ。あたしが飲んだ薬の説明」

志希「責任とってくれるんでしょ、プロデューサー」

志希「吐かないって言ったよね。もう遅いよ。一度結びついてしまったものは二度と元には戻らなーい」

志希「なんで? んー、なんでだろーね」

志希「あたしもわかんないや」

志希「飽きた?」

志希「うん。飽きた」

志希「ううん、違う」

志希「飽きたんじゃない。それはね、嘘」

志希「アメリカから帰ってきたのも、本当は飽きたからじゃない」

志希「つらいよ、プロデューサー」

志希「あたしね、つらいから、パパから逃げてきたんだ」

志希「あは。簡単に言っちゃった」

志希「そうだよ。あたし、パパと一緒にいたくて、いられなくて、それがつらくて逃げてきたんだ」

志希「化学ならパパの代わりになってくれるかも、って打ち込んでみたけど、無駄だった」

志希「化学はあたしを救ってくれなかった」

志希「キミのことももパパの代わりにしたかったのかも。ううん、どうだろう。わかんないや」

志希「にゃはははは。あー、これはお墓まで持っていくつもりだったんだけどにゃー」

志希「やだよね、誰かの代わりなんて」

志希「なんでこんな薬を作ったのかって?」

志希「だって、こうでもしなきゃ、あたしのコンクリートみたいに固まった頭蓋が、本音を外に出してくれないからだよ」

志希「カルシウム摂り過ぎちゃったかにゃー。もっとこっちにいけばよかったのにね。にゃははは」モニュモニュ

志希「キミもおっきい子の方が好きだよねー」

志希「お世辞はいいよ」

志希「もういいよね、プロデューサー」

志希「あたしは、あたしが嫌い」

志希「振り向いてもくれないパパの背中を追いかけて、それも満足にできなくて逃げ出した惨めなあたしが嫌い」

志希「化学をやっていたのも、ほんとはパパに褒めてもらいたかっただけ」

志希「アイドルだって真剣にやってるわけじゃない。だって、本気でやったらぜーんぶうまくいっちゃうんだもん」

志希「つぼみで躓いた? うん。そうだよ。でも、すぐに自分のものにしたでしょ?」

志希「あたしにとって、挫折は挫折じゃなかったんだ」

志希「曲の振り付けだって、一度やればすぐに覚えられちゃう」

志希「みんなはすごいすごいって言うけど、それってあたしのことを別枠で捉えてるってことだよね」

志希「志希だから、志希ちゃんだから、そう言ってみんなはあたしのことを透明な箱に入れる」

志希「誰かと話してるとき、あたしはほとんど何も考えてないんだ」

志希「からかったり、茶化したり、適当なことを言ったり、煙に巻いたり、真面目なこと言ったり」

志希「ぜーんぶ相手が望むように答えてるだけ」

志希「キミといるときも……そうかな」

志希「ふふ、ケーベツした?」

志希「……にゃは」

志希「どこからどこまでがあたしなんだろうね」

志希「何がなければあたしはあたしでなくなるんだろうね」

志希「あたしはあたしを捨てたい」

志希「一ノ瀬志希でなくなりたい」

志希「ギフテッドじゃなくなりたい」

志希「みんなとおんなじになりたい」

志希「でも、あたしはあたしで、一ノ瀬志希で、ギフテッドなんだ」

志希「この記憶や身体、能力や過去が結合して、あたしができている」

志希「不可分なんだよ。一度くっついてしまったからね。形を変えることはできても、元には戻らない」

志希「だから、あたしはあたしじゃなくなりたいんだけどね」

志希「ま、そーゆーこと。これがあたしの本音。どう? すっきりした?」

志希「すっきりしたのはあたし? そりゃそうだ。にゃははは」

志希「えーっと、アイドル楽しいのか、だっけ?」

志希「キミが気になってたことに答えてあげよっか。もたもたしてたら時間がなくなっちゃうからね」

志希「いいじゃん。もう手遅れだよ」

志希「時間は戻らない。一度した選択を後に戻って選びなおすことなんてできない」

志希「だったら、この時間を楽しむしかないじゃない?」

志希「それともキミはあたしに残された時間を、無意味にあがいて、無駄に消費するの?」

志希「アイドルね、楽しかったよ。これまであたしはケミカルやってたけど、それって一人でやるものなんだよね」

志希「もちろん、チームを組んで研究することが基本的なんだけど……」

志希「あー違う違う。あっちはさすが自由の国だよね」

志希「あたしが日本人だとか、女だとか、子供だとか、そういう理由で差別されたことは一度もなかったよ」

志希「彼らは決まって言うけどね。ギフテッドって」

志希「まー、自分の間違いを指摘されるのを嫌がるのに日本人もアメリカ人も関係ないよねー」

志希「そんなこんなでチームを追い出された志希ちゃんは一人で研究していたわけなんだけど、それで困ったことはなかったにゃー」

志希「偉い人の手伝いをやってる人も、自分の研究をしていないわけじゃないからね」

志希「みんな自分の中にやりたい研究を持っている」

志希「あたしは持ってなかったから、化学からも逃げちゃったわけだけど」

志希「言っておくけど、成果がでなかったわけじゃないよ」

志希「いくつか特許も持ってるんだ。すごいでしょ? 生活に困らないくらいのお金は継続的にもらってるんだー」

志希「あたしがやってるあやしー実験のパトロンの正体」

志希「もしもこれから志希ちゃんが廃人になって、もしもキミがお世話してあげようって考えてくれるなら、そのお金、好きに使っていいよ」

志希「にゃははは。話、戻そっか」

志希「アイドルはさ、一人で結果が出るわけじゃないでしょ?」

志希「ファンがいて、ユニットの仲間がいて、それらが複雑にからみ合って、目に見えない結果が生まれる」

志希「条件を整えれば必ず同じ結果がでる実験の世界じゃない」

志希「ファンが望むもの、それ以上のもの、それらを感じて、魅せる必要がある」

志希「複雑でとっても考え甲斐があったよ」

志希「それに練習と本番があるっていうのも新鮮だったなー」

志希「実験なんて失敗して当たり前。それを積み重ねて成功を導き出すんだから」

志希「アイドルはファンの前に立ったらアイドルでなければいけないでしょ? 失敗が許されないステージはドキドキしたなー」

志希「でも、あたし失敗した? でしょー? 志希ちゃん失敗しないんだよねー。結果が見えると飽きちゃうよねー」

志希「トップアイドルだって志希ちゃんにかかればお手の物ー」

志希「なんでならないのかって?」

志希「それ、挑発? 誰のせいだと思っているのかにゃー?」

志希「ごめんごめん。キミの手腕のせいじゃないよ」

志希「トップアイドルって定義するのは難しいよね。それこそ明確な目に見える答えがない問題でしょう?」

志希「でも、一つだけ確かなことがあるよね」

志希「アイドルがなろうと思ってなるわけじゃない」

志希「プロデューサーならせようと思ってならせるわけじゃない」

志希「お互いの気持ちが咬み合って、そこではじめてトップアイドルを目指せるわけだよね」

志希「キミのことを信頼していないわけじゃないよ」

志希「これはあたしの問題」

志希「そうそう、キミのことを信頼しているかどうか、っていうのもあったよね」

志希「んー、でも先に仕事の不満について話してもいい?」

志希「基本的にキミに任せっきりだったよね。文句言ったこと、なかったと思うけど」

志希「だよねー。収録とか本番ではあれこれ沢山言ったけどね」

志希「でも、あれは好きじゃなかったなー」

志希「一時期、クイズ番組に出ずっぱりだったよね。あれはね、見世物みたいでいやだったかな」

志希「言われたから真面目にやったけど、あれくらい、志希ちゃんにとっては朝飯前にもならないよねー」

志希「最後の方はやらせだなんだって週刊誌に書かれたりして、大変だったんでしょ?」

志希「露出を増やすにはいいかもしれないけど、ちょっとイメージ悪くなっちゃったよね」

志希「ほんとは空気を読んで適当に失敗すればよかったのかもだけど、あたしはそんなの絶対にいや」

志希「ま、そんな感じでもうクイズ番組はいいかなーって。もう呼ばれないと思うし。にゃははは」

志希「でもね、これくらいだよ。仕事で不満らしい不満って」

志希「あたし、キミのこと信頼してるんだよ。ほんとに」

志希「信じてない匂いさせないの。これは純度百パーセントの本音なんだから」

志希「あたしの脳みそはどっろどろに溶け始めてて、本音を隠せるどころか、隠そうって努力もできなくなっちゃってるんだよ?」

志希「にゃははは」

志希「そうだねー、今までのこと考えると、これも嘘に思えちゃうかー。仕方ないねー」

志希「信頼ってなんだろね」

志希「トップアイドルになろうとしてなかったあたしは、キミの信頼を裏切ってたことになるのかな?」

志希「でもね、キミならあたしがなにをしても許してくれると思ったんだ」

志希「この人は、あたしのことを見捨てないって」

志希「怒らないのと、許すのは違うでしょう?」

志希「パパはあたしのわがままを全部叶えてくれた」

志希「お金やコネで解決できることは、なんでもやってくれたんだよね。合理的な人だったからねー」

志希「研究に使えるはずの時間を、他のことに使いたくなかったんだと思うよ」

志希「あたしもそれをわかっているから、遊園地に連れていってー、なんて子供のようなことは言わなかったなー」

志希「これも理性が計算を働かせた結果ってゆー」

志希「怖かったんだろうね」

志希「でも、キミは違う。きっと、あたしが望んだら、全てをあたしに捧げてくれる」

志希「自惚れかな?」

志希「それともあたしの依存心からくる妄想?」

志希「にゃははは。そこまではしないよ。ほんとの本当に迷惑がかかることはしなかったでしょ?」

志希「乙女心だよ。あたしのことを気にかけてほしいけど、キミのために役に立ちたくもあったんだ」

志希「なんたって、キミはあたしにアイドルっていう道を教えてくれたプロデューサーなんだから」

志希「キミのこと、信頼してなかったらアイドルなんて続けていられないよ」

志希「そう信頼。……にゃはははっ」

志希「にゃははは、にゃはははは!」

志希「んー、だいじょーぶ。まだおかしくなってないよ。楽しくなっちゃっただけー。ふわふわしていいきもち」

志希「あたし浮いてない? 地面に足ついてる? 座ってるから足はついてないって? にゃはははは!」

志希「まだあたしはここにいるよ」

志希「あたしね、自分のこと、好きになりたかった。愛してあげようとした」

志希「結構頑張ったんだよ」

志希「だって、自分のことを嫌いになってもしょーがないじゃない?」

志希「あたしがどれだけ逃げようとも、あたし自身が一ノ瀬志希なんだから」

志希「髪の毛を染めてみたり」

志希「派手なお化粧してみたり」

志希「変な行動をしてみたり」

志希「話し方を変えたり、色々ね」

志希「痛いことはしてないかな。痛いのいやだから」

志希「一ノ瀬志希という存在を変えられなくても、形を変えれば好きになれるかなって思ったんだけどね」

志希「鏡に向かって自己暗示したこともあるなー」

志希「あたしが好き、あたしが好き、あたしが好き、あたしが好き、好き、好き、好き好き好き好き」

志希「みたいな感じにね。にゃははは」

志希「効果はなかったなー。他の人を騙しやすくはなったけど」

志希「どれだけ形を変えても、つきまとってくる。どこまで逃げても追いかけてくる」

志希「だって、当たり前だよね。逃げている自分があたしなんだもの」

志希「そ。無理だった。あたしはあたしを好きになれなかった」

志希「空気を読まずに好き勝手生きていても、それはあたしがあたしを規定している、不自由な時間」

志希「匂いフェチだって言うのも、半分はわざとやってるんだよ。あれもあたしの形を変えようという手段の一つなんだ」

志希「そう。昔はそんなに匂いのこと気にしてなかったんだよ」

志希「あ、明日は雨が降るなー、くらいのものだった」

志希「新しいあたしは、匂いフェチなのかな。もしそうだとしたら、なるべくしてなったってことなのかも」

志希「この身体は、あたしがあたしじゃなくなっても、この身体のままだからね」

志希「新しいあたしは、もうちょっと素直だといいよね。キミも手間がかからないほうがいいでしょ」

志希「ギフテッドじゃなくなった志希ちゃんは、みんなと一緒になれるかな」

志希「みんなと一緒に笑って、みんなとおんなじように努力して、みんなで挫折して、みんなで立ち上がって……」

志希「誰かが隣にいてくれる。いつだって触れ合える距離にいてくれる。それで、そのことを嬉しく思っちゃうんだ」

志希「だめだめ。あたしにそれはできないよ」

志希「一ノ瀬志希って名前をしていても、あたしじゃないからそれができるんだよ」

志希「矛盾しているよね。あたしはあたしのことが嫌いなのに、あたしがあたしであることに拘泥しているんだよ」

志希「それも嫌い」

志希「話がぐるぐる回っちゃってるねー。にゃははは」

志希「ね? 手をかして」

志希「うわー暖かい。キミの手、とってもあったかいんだねー」

志希「抱きついたことはあっても、手を取ったことはなかったよ」

志希「そうだ。あたしがあたしでなくなったら、モルモット引き取って。キミも餌やったことあるでしょ。あの子たち」

志希「子供できなかったなー。環境が変わればまた違うのかな。そういう実験もすればよかった」

志希「後悔してないって言うと嘘だよ」

志希「もっと色々としてみたかったし、あたしのことを好きなあたしだっているんだもの」

志希「あ、そっか。嫌いだけど、好きでもあったのか。そっか、そっか」

志希「ちゃんと好きになれてたみたいだね。自己暗示も捨てたもんじゃないねー」

志希「でも、やっぱり嫌い。あたしがいなくなるって考えるとほっとする」

志希「何日も徹夜して、もうどうにもならなくなってお布団に入ったときみたいな、そんな感じ」

志希「あ、そうそう。キミの匂いが好きなのはほんとだよ」

志希「ずっと嗅いでたい」

志希「でもほかの女の匂いがするのはきらい」

志希「それで胸がざわめくあたしがきらい」

志希「鎖で繋いで、あたしだけのものにしたい」

志希「にゃはは。ちゃんとあたしの歌になったんだよ」

志希「レッスンやレコーディングのときにはなんとも思ってなかったけど、ライブでトリップしちゃったのかにゃー」

志希「なんか、あのライブの、あの瞬間、あたしは、なるほど! って思っちゃった」

志希「独占欲の強い女なんだよ、あたし」

志希「いやになるね」

志希「うん。キミのこと好き」

志希「大好き」

志希「うわー、言っちゃった。言えちゃうんだ」

志希「顔熱い。……薬の効果で体温が上がるから、顔だって赤くなるよ」パタパタ

志希「初めてキミに会ったとき、運命を感じたの。でも、あたしはそれを理解するまで時間かかっちゃった」

志希「ギフテッドの志希ちゃんにもわからないことはあるってゆー。自分のことだからバイアスがかかってたのもあるかな」

志希「プロデューサーってアイドルを育てるものでしょ? 色々準備してくれて、一緒に歩いてくれて、ステージに送り出す」

志希「そういうのが、あたしの求めている父親像だったのかなーって思ってさ」

志希「だから、最初は罪悪感があったんだ。キミをダッドの代用品にしているみたいだったからね」

志希「でも、なんだろう。急にきたんだよね。ひらめいたときみたいに」

志希「キミが好きなんだって」

志希「それでね、あたしは神様にはじめて感謝したんだ」

志希「なんでだと思う?」

志希「ぶっぶー、ハズレ」

志希「さっき、キミと初めてあったときに運命を感じたって言ったでしょ?」

志希「キミの匂いを嗅いだときに、びびっときたんだよね。頭の先から、足の裏まで、何かが走り抜けたんだよ」

志希「この地球上に人間が何人いると思う?」

志希「この国だけでも一億人の人間がいて、男女で簡単にわけても五千万人の相手がいるわけだよね」

志希「運命の人って言うと、非科学的だっていうのはわかるよ。あたしだってそう思う」

志希「じゃああたしはキミのことをどうやって好きになったんだと思う?」

志希「人はどうして誰かのことを好きになるんだと思う?」

志希「顔がいい?」

志希「有名人?」

志希「優しい?」

志希「お金持ち?」

志希「そんな理性的なものじゃない。あたしが感じたのはもっともっと原始的な、暴力みたいな衝撃だった」

志希「あたしの遺伝子が、キミの遺伝子を求めたんだよ」

志希「同じ日本人でも五千万人の人間はそれぞれ違う遺伝子を持っている。あたしだって同じ遺伝子を持つ人間はこの世界にあたし以外にいない」

志希「その遺伝子の組み合わせがもっとも優れている相手。それが運命の相手なんだよ」

志希「だから、あたしは感謝したの。神様に」

志希「この鼻を与えてくれてありがとーって。あは。ロマンチックの欠片もないか」

志希「でもね、本当にそう思ったんだよ」

志希「運命の人を嗅ぎ分けることのできたことに、感謝した」

志希「キミのことが好き。プロデューサーとしてでも、ダッドの代わりでもなく、ただのキミが好き」

志希「もちろん、プロデュースはしてもらいたいよ。信頼してるんだからね、プロデューサー。にゃはは」

志希「あーあ、言っちゃった」

志希「答えは言わなくていいよ。どうせ消えちゃうからね」

志希「新しい志希ちゃんによろしくね」

志希「できたら、あたしにしたみたいにプロデュースしてあげてほしいな」

志希「ま、これから失踪しちゃうあたしにどうこう言う権利ないか。にゃはは」

志希「ごめんね、プロデューサー」

志希「最後にお願いきいてよ」

志希「えー、いいじゃん。大したことじゃないから。ね、一生のお願い」

志希「抱きしめて。あたしの身体が粉々になるくらい強く」

志希「にゃはは。キミ、案外力ないね」

志希「うそうそ」

志希「やっぱり、暖かい。いいよね、人の肌って」

志希「しあわせだなぁ……」

志希「……」

志希「…………」ハスハス

志希「………………」クンカクンカ

志希「いい匂いだにゃー……」ハスハスクンカクンカ

志希「ふにゃー……」

志希「あ、もうちょっと……」

志希「あんっ」ドサッ

志希「いたた、突き飛ばさなくてもいいじゃん」

志希「え? うん、まー、実験に失敗はつきものだよね?」

志希「偉大な発明はトライアンドエラーから生まれるものだよ」

志希「配合に失敗しちゃったみたいだね、にゃはは」

志希「ギフテッド志希ちゃんはちゃーんと残ってるみたいです、はい」

志希「どこから嘘? って、そりゃー薬は効かなかったんだから、本音もなにもないよね。にゃはは」

志希「あ、ちょっとスケジュールボードになに書き込んでるの」

志希「そんなにレッスン入れなくても平気だってばー。そんなに入れたら貧血でまた倒れちゃうよー」

志希「えーっ、そこも? その日は買い物に付き合ってくれるって話だったのに……」

志希「ごめんなさい、プロデューサー。もうしないから……。ぐすぐす」

志希「にゃはは、だめか。通用しないか」

志希「帰るの? もう遅いから泊まっていけばいいよ」

志希「あたし、帰りたくないの……」

志希「にゃはは。すぐに仕度しまーす」

志希「あ、プロデューサー」

志希「キミのこと信頼してるのはほんとだよ」



 ――了――

以上です
読んでいただきありがとうございました

志希のお母さんの件はデレステのストーリーコミュを参考にしました
本家の方はあまりやっていないのでなんとも言えませんが、
デレステの志希のコミュはどれをとっても志希が可愛らしく描かれていると思います
とてもいいです

ゾクゾクした。いい意味でもほんの少し悪い意味でも
乙乙

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