******
都内某所:ビルの上
「ハッピーバースデー…じゃ、ないの?」ショボン
「あー…。いや、間違ってはないんだけれど。確かに今日は僕の誕生日だった」
「あはは。じゃあ、私にまかせて?」
「え?」
「いえーい! ハッピーバースデー!!」ッパパーン♪
「いや、だからそれはいいってば」
「っていうか。人の死体を前にして、よくお祝いできるね…?」
「いやー。ちょっとあまりに凄惨な現場だし、盛り上げていこうかなって」
「盛り上げなくていいよ」
「そう? じゃぁ… ぁー…なんか、その…ご愁傷様で…う、うぅぅ…」
「盛りさげる必要もないから、変な演技はしなくていいよ」
「演技ってなんですぐバレちゃうかなー」
「華やかなリボンテープの垂れ下がったクラッカーで涙をふく真似されてもね」
「……ところで、君、誰?」
「ぁー、死神。ねぇ、このケーキ食べていい?」
「お、おう」
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******
「それにしても、随分と思い切ったね。なかなかできることじゃないよー」
「そうだね。でも他にいい方法が思いつかなくて」
「普通に飛び降りとかすればよかったのに」
「飛び降りで死に損ねるとすごい最悪って聞いた。あと、万が一にも他の誰かに接触して巻き込んだら悪いし」
「通行人とか?」
「うん。……巻き込まなくても、見たくない人が見ちゃって、トラウマとか残させてもねぇ」
「まぁこんだけのビルからの飛び降りとか、見たい人ってそうそういないよねー」
「でもほら、この方法なら あまり迷惑もかけないかなって」
「ビルの屋上で、水を張ったコンテナに自分の身体を沈めるのが?」
「重かった」
「そりゃあれだけの鉄材ごと沈めば重いよねー」ケラケラ
「…水に落ちた後、そのままだったら怖くなって、水から出ちゃうだろうから」
「鉄材に自分の身体を結び付けて、一緒にドボン」
「そう」
「睡眠薬とアルコールとケーキ。お供えもばっちりだね」
「いや、お供えっていうか…。なんか、恥ずかしいな」
「恥ずかしい?」
「うん。こうして改めてみると、なんかすごく気取った感じする」
「死の直前に、一人で自分の誕生日パーティするのが?」
「ナルシストっぽい。なんだかんだで、感傷的にでもなってたのかな」
「あー、まぁ 自殺の直前って性格出るよね。わかる。あとね、あるある」
「そんなあるある話を聞かされても…」
「で、死神って言った?」
「そう、死神。お迎えにきちゃった☆」
「お迎えかぁ。ありがとう」
「どういたしましてー! じゃぁ、帰ろうか!」
「帰る? って、どこへ?」
「ふふふー。現世のお勤めが終わったんだもの。帰るのはもちろん……」
「冥府へ」
******
都内:上空
「うわ……飛んでる…?」
「お客さん、ソラははじめてですかー?」
「飛行機とかはあるけど、空身で飛ぶのははじめてだよ」
「ですよねー」
「……すごいなー」
「ふふふ。せっかくだし観光でもしてく?」
「え? いいの、そんなことしていても」
「死神がお迎えに行って、冥府に連れ戻すのって、割と時間かかることもあって。ゴネる人とかもいるし」
「あぁ…」
・・・・・・セリフの前に名前を付けるの忘れてた…。
死神「特に抵抗もしないでついてきてくれるなら、少し自分の生きた世界を見てもいいと思うんだよね」
男「そっか…。じゃぁ、見てみたいものがあるんだけど、いいかな」
死神「いいよ? どこ? 音信不通であなたのことを探してる恋人のところ? それとも突然の死のお知らせをした実家? はたまた憧れの地、女湯?」
男「幽霊になって女湯を覗きたいって、アレよくいうけどあんまり思わないよね」
死神「そうなの?」
男「知らない女の人の裸をみても…。普通に女性だらけの場所で入浴してる姿なんて、第一に、そんなに色っぽいようなものでもないと思うんだ」
死神「あら、無欲―」
男「それよりいっそ身近な恋愛関係にある人の、ごくプライベートな時間をそっと見てみたい。僕とメールしてる時の彼女がどんな顔してるのかとか知りたいよね」
死神「むしろ気持ち悪かった。ストーカーなの?」
男「実行したことはないけど、夜中に急にテレビ電話をかけて映像を隠されたことならある」
死神「女の子は24時間可愛くいられない。その魔の時間を覗き見ることはできないわ」
男「その時間こそを覗きみたいのが男心。むしろそこに女の子の本性がありそう」
死神「間違いない」
死神「で、どこに行きたいの?」
男「トウキョウスカイツリーの展望室」
死神「それは生きてる間に行っとけよ」
男「行き忘れてたんだ…」
******
スカイツリー:展望室
男「おお…高い」
死神「どうせなら、外を回って塔の先端とかもいけるのにー」
男「怖いじゃん」
死神「さっきまで空飛んでたのに」
男「空を飛ぶのは、なんていうか非現実的で。妄想じみたところがあるからむしろ怖くない」
死神「スカイツリーの突端だって、現実的な高さじゃないよ?」
男「構造体であることを考えちゃうと、到達不可能じゃないからね。現実的に落下という概念がつきまとう」
死神「よくわかんない」
男「ヘリからの地上映像を見るより、高層ビルからの地上映像を見るほうが怖くない?」
死神「ちょっとわかる」
男「それにしても、綺麗だね」
死神「夜景だねー。貸切りスカイツリー、ちょっといいかも」
男「……うん。ちょっと、いいかも」
******
スカイツリー:展望室
死神「………」
男「………」
死神「なんか、しゃべらないの?」
男「喋りたい?」
死神「ううん」
男「喋ってほしい?」
死神「……ううん。このままで、いいや」
男「…うん」
死神「……」
男「……」
死神「………」
男「………」
「「……綺麗だねー……」」
******
都内:上空
死神「ほんとに、もう出てきちゃってよかったの?」
男「あのままいたら、夜が白んでしまいそうだったし」
死神「……朝日の昇る景色かぁ…」
男「見たかった?」
死神「ううん。見たくない… それはそれで綺麗なのかもしれないけど、夜の景色が綺麗だったから」
男「うん。夜のイメージだけで、ずっととっておきたい」
死神「わかるー」
男「死神と気が合うなんて、思わなかった」
死神「そう? 私、あなたの自殺現場に行った時から思ってた。きっと気が合うなって」
男「え? なんで?」
死神「おひとり様でお祝いケーキ買うのに、コストコの48人前ハーフシートケーキを選んでたから」
男「憧れ」
死神「わかる」
男「半解凍くらいで固いのを食べるのが、甘すぎなくて美味しい」
死神「わかる」
******
死神「ねぇ、なんで死んじゃおうと思ったの?」
男「なんでだろう。なんかね、満たされなかったんだ。ずっとね」
死神「満たされない?」
男「いろんなものを手に入れたし、僕の人生は幸せだったと思う」
死神「……幸せだったの?」
男「幸せと呼ぶためのものに、条件を付けるなら、きっとそれは満たしてたはずなんだ」
死神「例えば?」
男「親も優しかった、きさくに遊べる友人もいたし、僕を大切にしてくれる優しい彼女もいた」
男「仕事もうまくいっていた。同僚の中では一番といえないまでも2番目か3番目に評価されていたし、収入にも申し分はなかった」
男「休日も時間を持て余すことのない程度にはやることがあった。良く見に行く服屋では親切な店員と仲良くなって、いつも僕によく合う服を一緒に考えてくれたし」
男「一人で飲みに行っても、気が付くと誰かと一緒にダーツを投げたりテーブルゲームをしていたり」
男「そういえば宝くじがあたったこともあったよ。200万くらいあたって、小さめだけど綺麗な車を買って、残りの金は…どうしたんだったかな」
死神「ふぅん…」
男「自慢しているみたいだね、ごめんね」
死神「ううん。全然自慢に聞こえないし、いいよ」
男「聞こえない?」
死神「そう。だって、そうやって話しているあなたは誇らしげじゃないし、なんだかさみしそう」
男「……うん。つまり僕は、いろいろなものを持っていたけど、心が満たされなかった」
死神「愛されなかったの?」
男「充分に、みんなから愛されたような気がするよ」
死神「それでも、満足できないんだ?」
男「満足…してるのかもしれない。だから、死んでしまうことに納得したのかもしれない」
死神「もう十分だったってこと? 満喫したっていう顔もしてないクセに」
男「そんな顔してる?」
死神「うん。してるよ…ほら…」
男「あ…」
死神「すごく…物欲しそうな顔をして、どこかぼんやりして…」
男「……っ…」ゴク
死神「………ちょっと? さっきまで目が泳いでたのに、どこ見てるの?」
男「っ、い、いきなりそんな近くに来たから!」
死神「口元みたまま目線もそらさずに喉ならされても。何? キスもしたことないの? 童貞なの?」
男「そ、そんなんじゃないよ! 自分でも、なんでそんな急にこんな……」ドキドキ
死神「ふぅん……?」
チュ。
男「っ」
死神「………私は、はじめてだけど。そんなに欲しそうにされると、あげたくなっちゃうじゃない」
男「な…な…」
死神「いらなかった?」
男「………っ」
死神「もっと欲しいのかぁ。仕方ないにゃー」
男「え、あ、その。ちょっ……」
死神「―――」
男「―――っ」
死神「冥途の土産が死神のキス…。ふふ、幸先悪そう」
男「死、神………」
******
冥府:地獄の入り口
死神「さて、私の仕事はここまで」
男「え」
死神「ふふふ。私が居なかったら、あなたここまで来るのに、すごい冒険をするはずだったのよ」
男「あ、えっと。さっきみた、三途の川を渡ったりとか?」
死神「そうそう。山登りとかもするはずだったけど、私がいるからアッサリついちゃった」
男「……そう、なんだ」
死神「私の仕事はここまであなたを送り届けることだから、礼を言えとは言わないけど。もうちょっとなんか言ってもいいでしょ? あはは」
男「し、ごと…」
死神「ま、いっか。この道をまっすぐ行くと、大きな門があるの。その中には閻魔様がいるわ。そこであなたは審判にかけられる」
男「……」
死神「自殺者だから、それだけで罪に問われるわ。少しの覚悟は必要だけど」
男「……」
死神「聞いてる?」
男「何の覚悟も、できてなくて」
死神「ふふ。なんかちょっと意外。楽々と天国にでも行けると思ってた?」
男「死んですぐ、天国にいるような気になってた…」
死神「え?」
男「死神には、もう会えないの?」
死神「え…うん。私は死者ではないから、向こうには渡れないの」
男「もう… 会えないとか、一緒にいられないとか。なんの覚悟も出来てなかった」
死神「……」
男「………もっと…一緒に、いたかった」
死神「あはは。ばっかねぇ。死んじゃってからそんなこと言うなんて」
男「死んじゃったから、会えたんじゃないか」
死神「……違うよ」
男「え…?」
死神「私はね、生まれることのなかった命なの。あなたがもしも自殺をせずに生きていたら、7年後に貴方の子供として肉体を貰えるはずだった魂なの」
男「え……それ、は」
死神「あなたが生きてたら… あなたの娘として、あなたが死ぬまで一緒にいたはずなのに。今更そんなこと言うの、おそいよ」
男「ま、まって!? なんでそんな…!」
死神「私の仕事は、あなたを迎えに行って冥府に届けること。そうしてきちんと“予定していた身体”がなくなったことを報告すること…。生まれる予定がなくなって事を、確定させること…」
男「あ…」
死神「このあと、私は、神様のところに… もう、男さんの娘の身体にはいることはできなくなったって…報告、しない…と…」ポロ
男「死神…」
死神「……ばか。楽しみに、してたのに。なんで死んじゃったの…ばか」
男「死神…っ」
死神「でも…でも、聞いちゃったから。なんか責められない! 生きてても、あんなさみしそうな顔で、満たされない気持ちのままで、それで7年後に私が生まれても…」
男「……僕が…あのまま生きてたら7年後に子供を産んでいたなんて、ちょっと信じられない。何かの間違いだったんじゃ…? 人違い、とか」
死神「ッグス…。そうかも、しれない。あとで、神様のところに行ったら聞いてみる…」
男「………死神…その、ごめん。僕、まさかそんなことになってるなんて…」
死神「ばか。いっちゃえー」
男「死神…。その、僕は……っ」
死神「いっちゃえってばーー!」
男「……っ。ごめ、ん」
死神「……私だって。パパになるはずだったとか、そんなの関係なしにしても…」
死神「もっと、一緒に、居てみたかったのに…ばかーー……」
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冥府:審判の間
閻魔大王「ほう…若いな。自殺者か。それにしてはまともな顔をしているな」
男「まともですか?」
閻魔大王「ああ。自殺者は大抵、青白く疲れ果てた顔をしている。そうでもなければ、気の触れたような笑みを浮かべて死を誇っている」
男「ああ…。なるほど」
閻魔大王「まあよい、早速だが審判にかけさせてもらおう。といっても、お前の行先はほぼ決定している。世間話と素行調査のようなものだ。よほどワシに気にいられれば、裁量が変わることもあるやもしれぬがな」
男「そうですか。わかりました」
閻魔大王「ふぅむ。どうにも物わかりがよいというか、はきはきしすぎていてコチラの調子が狂いそうだ」
閻魔大王「だが、盆の時期でこちらも忙しくてな。人員すらまともに割けぬ。おぬしのように罪が明らかで、よほどでもない限り行き先が決まっているものは、ワシ一人でさくさくと決めてしまいたい」
男「……はぁ」
閻魔大王「さぁ訊ねよう。お前は、己の死を後悔しているか?」
男「後悔、ですか」
閻魔大王「そうだ。生きるはずだった生を中途で勝手に終わらせた、その生き方を。後悔しているか?」
男「……」
閻魔大王「嘘をついて気に入られようとしても無駄だぞ」
男「…いえ。自分で、自分の事に嫌気がさして、思わず答えるのにためらっただけです」
閻魔大王「ほう?」
男「僕は、後悔などしていません。ただ、死神の事を思うと申し訳なく思うばかりで」
閻魔大王「死神、だと」
男「僕をここまで送り届けてくれた女の子です。……僕の娘として生まれるはずだったと、言っていました」
閻魔大王「なるほど。その娘の生きる道を閉ざしたことを後悔しているのだな」
男「いいえ、申し訳なく思うものの、後悔はできていません。僕はこんなに自分勝手な人間だったのですね」
閻魔大王「なんだと?」
男「後悔など出来るはずがないのです。僕はあのまま生きていても、子供を持つ未来など想像がつかない」
男「だから、今の僕にとっては…死んだことでようやくあの子に会えたとしか思えない」
男「はじめて、あんな風に誰かを強く思うことができた。生きている時には味わえなかった幸福感を得た。それをどうして、後悔できるでしょう」
閻魔大王「貴様…」
男「死んで、ようやく得ることができた。こんなにも人を愛しく思える気持ちを。ただ生きているよりも…この想いをもって死んでいるほうが、よほど幸福に思えます」
閻魔大王「大馬鹿者めが!!!」
閻魔大王「お前のように反省の色もなく、自らの生を後悔することもなく、惜しみもしない大馬鹿者には転生の必要など微塵もあるまい!!」
閻魔大王「お前は永遠に苦しみもがくがよい!!!!!」
男「……」
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地獄:
男「ここが…地獄…」
赤鬼「なんだ、お前?」
男「あ…鬼だ」
赤鬼「亡者か? ……それとも、おまえも鬼か?」
男「亡者です。…けど、あの、僕はここで何をすれば」
赤鬼「そりゃぁお前、苦しみもがくんだが…お前、罪状は?」
男「自殺者です」
赤鬼「自殺者? どうやって死んだ?」
男「睡眠薬とアルコールで、入水して。溺死です」
赤鬼「溺死―? 苦しくないのか」
男「少し…苦しいです。軽い高山病みたいな。それに身体が重い…」
赤鬼「他には」
男「なんだか…夢見心地です」
赤鬼「は?」
男「眠気がすごくて。苦しいせいなのかもしれないですけど、ぼんやりと意識が落ちる手前みたいな、そんな感覚です」
赤鬼「ふぅん…?」
男「あの…」
赤鬼「ここはな、自殺者が死んだ状況、死んだときの苦しみや痛みがそのまま永続する地獄なんだ」
男「え…」
赤鬼「首を吊ったなら、首を吊った痛みと苦しみが。飛び降りたなら、飛び降りた恐怖と衝撃と痛みが。服毒したのなら、その気持ち悪さや眩暈、嘔吐感が永続するはずなのさ」
男「それは…想像すると、怖いですね」
赤鬼「俺たちはそいつらに、痛みが余計につらくなるようにムチをうってやる。……お前、安楽死かなんかの薬でも使ったのか」
男「いえ…普通の、市販の睡眠導入薬です」
赤鬼「普通、どんな死に際でも痛みや苦しみや恐怖ってのはあるもんなんだけどなぁ」
男「そう、なんですか?」
赤鬼「あ、あとはあれだな。“暗い心”。死に追い詰められたその苦しい気持ちが……」
男「苦しい気持ちが…?」
赤鬼「お前、ねぇの?」
男「特に……」
赤鬼「そうか…」
男「あ、あの。ムチうちますか?」
赤鬼「お、おう。とりあえずムチうっとくわ。仕事だからな」
******
地獄:1日目
男「あ、おはようございます」
赤鬼「おう。……何してるんだ?」
男「掃除ですかね」
赤鬼「掃除って……」
男「ムチ…打ちます?」
赤鬼「お、おう」
地獄:2日目
男「おはようございます」
赤鬼「お前さ、ムチでうたれたところ痛くねぇの?」
男「痛いし、いつまでたっても痛みはひかないんですけど…なんか、鈍化したような感覚のせいで痛覚がはっきりしなくて…」
赤鬼「そうか…」
赤鬼「まあ、そのうち痛くなってくるだろ…」
男「はい…そうですね」
地獄49日目:
赤鬼「なぁ知ってる? 本当はさ、お前、今頃になってようやくココに来る予定だったんだぜ」
男「そうなんです? じゃぁ、随分と早く来ちゃったんですね」
赤鬼「ほんとよ。現世でおまえのことを供養してるやつらが知ったら、脱力するだろうな」
男「はは…僕、お迎えに来てもらったので」
赤鬼「へぇ。お迎え付きだったのか、そいつは運が良かったな。冥府に来るまでの道は、そりゃぁキツいってきくからな」
男「ここに来るまでも、ここに来てからも…あんまり、キツいことがないので。地獄らしさを味わい損ねたのかもしれません」
赤鬼「よく言うぜ、はは」
男「ところで、鬼ですよね」
赤鬼「あっ、ムチうたなきゃ」
地獄:104日目
赤鬼「おい、お前… あのさ、こないだ、冥府いった?」
男「冥府へ? いえ、行きませんけど」
赤鬼「あー…やっぱそうなのか」
男「どうしたんです?」
赤鬼「昨日、呼び出しで冥府に行くのを見逃した亡者がいてさ。んで、思い出して調べたら、お前が死んで100日目だったんだよな、こないだ」
男「100日目は、冥府に行くはずだったのですか」
赤鬼「運が良ければ、っつーか、お前がちゃんと供養されてれば、再審があったかもしれねぇんだよな」
男「再審」
赤鬼「なんつーの。地獄での居場所とか、そーゆーのが変わるんだよ。罪が軽減したりとかな」
男「ああ…」
赤鬼「悪ぃ、もっと早くに気付いてりゃ、教えてやれたのにな」
男「いえ。僕はここで十分です。……いつの間にか、あなたともすっかり話す仲になってしまいましたし」
赤鬼「はは。まぁ俺も、あんたに仕置きするはずの時間が休憩時間みたいになってラクさせてもらってるわ」
男「叩いたりしなくていいんですか?」
赤鬼「叩いたところで逃げもしないでじっと耐えてるお前に、毎朝挨拶されるこっちの身にもなってみろ。やる気も出ねぇよ!!」
地獄:1年目
男「あ、鬼さん。おはようございま…す……」
赤鬼「……おう」
女亡者「……」ペコッ
男「…………」
赤鬼「…………」
男「あの、お仕事中ですか? 休日ですか? デートなんですか?」
赤鬼「仕事中なんだよ! くっそ、やっぱり今日は仕事になりやしねぇ!! 帰る!!」
地獄:2年目
男「おや…おはようございます」
赤鬼「おう」
女亡者「……」ペコペコ
男「以前もお見かけしましたね。気になっていたのですが、そちらの可愛らしくも痛々しいお姿の亡者さんは一体?」
女亡者「………」ペコリ
赤鬼「自傷が行き過ぎて死んだ亡者なんだが、妙になつかれて困ってる」
男「叩いたりしないんですか」
赤鬼「………叩くと悦ぶんだよ。無視するのが堪えるらしくて、放っておくとたまに泣く」
男「お疲れさまです…?」
男「それで、今日はこちらにはノロけに?」
赤鬼「あほか。冥府にいくんだよ、こいつの1周忌でな。裁量が変わるかもしれえぇだろ」
男「ああ…居場所が変われば、っていうことですか」
赤鬼「他の地獄で他の奴に引き取ってもらえるからな」
女亡者「……!!」プルプル
男「泣いてる」
赤鬼「泣き叫ばれるのは構わねえんだが、ひたすら健気にされるもんだからこうなるとちょっと精神に来るし仕事に支障をきたす」
男「厄介な亡者につかまりましたねぇ」
赤鬼「亡者をひっつかまえて泣かせるはずなんだけどなぁ」
男「鬼さん、いい人ですよね」
赤鬼「てめぇ。……今度、鬼らしいところ見せてやるよ」
男「クワバラクワバラ」クス
地獄:3年目
赤鬼「……やっちまった」
男「殺人ですか?」
赤鬼「馬鹿野郎、ここは地獄だぞ? 洒落にもならねぇこと言ってんじゃねぇ」
男「では、どうしたんです。……赤鬼のくせして、青鬼みたいな顔をしていますよ」
赤鬼「あぁ…くそ。わかってんだが、こんなことしてる場合でもねぇんだ…悪い、行くわ」
男「待ってください、本当にどうしたんです。これまで毎日のようにあなたに罰を見逃してもらっている恩があります。僕で何かお役に立てることがあれば…」
赤鬼「ちがうんだ…役に立つとか、立たないとか。そういう話じゃない」
男「ではせめて、お話だけでも。話すことで頭くらい回るかもしれません。僕のところにくるくらい、どうしようもなかったのでしょう?」
赤鬼「あ、ああ… くそ、そうだ」
男「……いったい、何があったんです?」
赤鬼「生かしちまったんだ」
男「生かす? 殺すではなく?」
赤鬼「……生かしちまったんだ。気が、ちょっと焦っていて。後先をよく考えていなかった」
男「……」
赤鬼「冥府に、とある婆さんの亡者を送っていったんだがな。まぁそいつは裁量がかわって、人道に行くことになってた」
男「人道…」
赤鬼「いわゆるヒトの世界だ。…送り届ける途中で、その…」
男「…?」
赤鬼「覚えてるだろ、あの女亡者。俺にずっとくっついていたやつ。あいつが、その日も俺の後にくっついてきてたんだ」
男「え…」
赤鬼「特段に悪さをするような亡者じゃなかったから、放っておいたんだが…。婆さんを送り出した後で、振り向いて見ちまった」
赤鬼「……俺が今まで見たこともないような顔で、人道の世界を見てた」
赤鬼「俺は鬼で、あいつはヒトの子だ。俺にくっついてても始末に負えねぇだけで…3周忌の再審はもう受けねぇとか言い張ってたし…どうしていいかわかんなかったし」
赤鬼「そんなこと、一瞬でいろいろ考えちまって、気がついたらあの女亡者の腕をつかんで、人道に落としちまってた…」
男「生かしちまったっていうのは、そういうことですか…」
赤鬼「王の再審もなしに、鬼の俺が勝手に亡者の居場所を変えたりなんかしちゃマズイんだよ。それに、思わずああしたものの、これがバレたら俺もあいつも別の罪に問われるだけだ…」
男「……」
赤鬼「……早まった。くそ…。明日…冥府へ報告に行く。俺はもうここには戻ってこれないかもしれねぇ。あいつの罪状が増えないように…うまく説明できればいいが。……世話になったな」
男「鬼、さん……」
地獄:その夜
男「……冥府…3年ぶりかぁ」
赤鬼「お前……いい根性してんな。堂々と運ばれる亡者のふりしやがって」
男「鬼さんだって、グズグズいいながらついてきたじゃないですか」
赤鬼「ついてきてんだか、連れてきてんだかわかんねぇ状況だけどな!! コレがバレたら大変なことになるんだぞ」
男「まぁまぁ。それで…人道というのがこの先なのですか?」
赤鬼「正確にいや、その入り口だけどな。俺が開けられるのは門までだ。門の向こうがどうなってるのかは知らねぇ」
男「よくもまぁ、自分の彼女をそんなとんでもないところに引きずり落としたものですね」
赤鬼「彼女じゃねぇ!!!!!!!!」
男「……で。ここが、その門ですか」
赤鬼「…こっから先は亡者の世界だ。俺は自分の担当する地獄にしか入れねえ…」
男「ええ、聞きました。…僕が、軽く見てきます」
赤鬼「…………」
男「開けてくれますか? 戻ってきたら、また門を叩きます……そうだなぁ」
男「♪明日への扉 のリズムで叩いたら、それが合図ってことで」
赤鬼「選曲おかしい上にめちゃくちゃ古いんだよ!!!!!!!!!!」
男「あはは。じゃぁ、開けてください、行ってきます」
赤鬼「…………おう」
赤鬼(……これで、もしこのままコイツが人道に落ちて戻ってこなかったら…)
赤鬼(いや。俺はすでに女亡者をここに勝手に落としてる。一人も二人も、かわらねぇ)
赤鬼(それに…あいつも、人道に戻りたいっていうなら…戻してやりたい奴の一人には違いねぇんだ…)
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
♪トトトトトト― ♪トトトトトト― ♪トトトー トートトッ トッ トートトン
赤鬼「お前それ、マジでやるんか」ギィィ
男「スローテンポの曲にしなかったことを後悔しました。拳骨が痛いです」
赤鬼「っていうかどうした。入って5分も経ってねぇじゃねぇか……中には入れなかったのか?」
男「いえ…その、奥に進もうとしたのですが」
赤鬼「したが、どうした。……なんだ、怖くなったか?」
赤鬼「正直……戻ってこねえんじゃなえかななんて思ってたからよ。あんまマヌケなことしてくれんじゃねぇよ」
男「え? 戻ってこないわけないじゃないですか。僕は自殺者ですよ? せっかく人の世を離れたのに」
赤鬼「……お、おう。そうか」
赤鬼「しかしまぁ、じゃぁ、なんだってこんなすぐに戻ってきた?」
男「いえ。門がとじるのを確認しようと振り向いたら…」
赤鬼「たら…?」
男「門のすぐ横でうずくまってる女亡者さんを見つけたのです」
赤鬼「ブハ」
男「……ですが、その」
赤鬼「あー…連れて戻ってないってことは、アイツは進めないけど戻りたくもないってことか……。そう、だよな…地獄だもんな…」
男「いえ。何やらものすごく拗ねておられるので、ちょっと僕の手には負えなくて」
赤鬼「 」
男「お力になれず、すみません。というわけで…こっちの閉じてるほうの扉の裏にいらっしゃるんで。鬼さんが自分で呼び戻してください」
赤鬼「え」
男「………申し訳なさそうにしてたり、悲しげに泣いているところは見たことがありますけれど。あんな表情もなさるんですねぇ、あの方」
赤鬼「な、なんの話だよ」
男「血の気などないはずなのに、どっかの赤鬼に負けないほど赤い顔をして怒っていて。……わりと可愛いかなって思いました」
赤鬼「は」
男「お似合いですよ。お幸せに」
赤鬼「っテメ……」
男「どこにも行かずに静かにうずくまってたイイコですよ。あの様子じゃ誰にも会っていないだろうし、ばれてもいないでしょう」
男「僕は何も見なかった……今日、何も問題はおきなかった。ちょっとしたカップルのケンカがあった以外には。そうでしょう?」
赤鬼「あ…」
男「僕、先に自分の地獄に戻ってますね…」
赤鬼「……………ああ!」
赤鬼「……聞こえ…~~っ! 戻ってこい―!」
赤鬼「~悪かっ~~…お前が……!!」
赤鬼「! ~好k~~愛s~~~!」
男「背後から聞こえる鬼さんのセリフがあまりにこっぱずかしい件」耳栓
******
冥府:
閻魔大王「……どうにも、お前の素行は地獄にいても目に余るものがあるようだな」
男「僕が何かしましたか」
閻魔大王「赤鬼との仲の事は…知っている。まさか、地獄の獄卒と打ち解けるとは」
男「……僕の腑抜けっぷりに、呆れているだけでしょう」
閻魔大王「―――人道の、亡者」
男「……」
閻魔大王「ワシが知らぬと思ったか」
男「どう、申し上げたものか。今日、ここに呼び出されたのは、僕の罪状が何か増えるのでしょうか」
閻魔大王「いいや。おまえは罪を犯してはおらぬ。お前の罪はこれ以上に増えることはない」
男「では、どういった用向きで…?」
閻魔大王「……お前を再審にかけようと思ってな。このまま地獄に居させても意味があるまい」
男「そうですか…」
どいつもこいつも可愛いなおい
これは期待
閻魔大王「そこで、お前にひとつ聞いてみようとおもってな」
男「何をでしょう」
閻魔大王「お前はどうあっても反省しない。己を省みて、苦しみもがき、生をあがこうとしない」
閻魔大王「――どうなれば、お前は自分がそのように反省するか―― その方法を、聞いてみたい」
男「僕が…苦しみ・・・生をあがく方法・・・?」
閻魔大王「ああ、そうだ。お前ならば、こう尋ねられたらどうこたえる…?」
男「僕が…後悔して、反省すること……」
閻魔大王「……ほう? 珍しくそのように、真剣な表情をしておるの」
男「なん、だろう……そんなもの・・・本当に、あるのでしょうか…?」
閻魔大王「さてのぅ…? 怖いものくらいはあるのだろう?」
男「もちろん、あります。だけど…これまで、どうしても怖くて仕方ないとき、それでもどうにかしなくてはならない時には、死んでもいいやと思うことで打開してきたので…」
閻魔大王「本能的に死を恐れる心はもっていたか。だが、死そのものを恐れる感情をもっていない。なんと不出来なヒトだろう」
男「………」
閻魔大王「どうだ、何か方法がみつかりそうか」
男「……3日の、猶予をください。とてもすぐには思いつきそうにありません」
閻魔大王「ほう!」
男「………僕が…一番に苦しみもがく方法を考えてみます…」
閻魔大王「は…はっはっは。良いだろう! そうして悩んでいること自体も一つの苦行。悩み続けることができる限り、期日に囚われず永劫悩んでいてもかまわぬぞ!!」
男「・・・・・・・・・」
******
冥府:2カ月後
閻魔大王「これは…随分と風貌が変わったものよ。それでこそ亡者の姿というものだ」
男「・・・・・・2か月近く・・・かかってしまいました」
閻魔大王「げっそりとやつれきった頬。青ざめるどころか、血の気のない土気色。焦点を合わさない目・・・。ようやく少しばかりの地獄を味わったようだな」
男「・・・・・・・・・」
閻魔大王「さあ、答えよ。お前がもっとも反省し、後悔する方法はどのようなものだ」
男「それは・・・・・・」
男「今の僕の記憶をもったまま もう一度人生をやり直すこと・・・です」
閻魔大王「なんだと・・・?」
男「……死にたいくらいに、前の生を後悔すると思います」
男「あんな可愛い娘に出会わずに死んだこと。あんな可愛い娘の為にできるはずだったすべての努力を、しないままに人生を終わらせたこと」
男「何か一つ新しく成すたびに、こんなこともしないで終わったのかと自分を責めることでしょう」
閻魔大王「く・・・くく。なかなかうまい論調だな。そうして人生をやり直すつもりか?」
男「……ですが、記憶を持って生まれなおしたこと自体は、苦しみもがくと思います」
閻魔大王「なに?」
男「愛した子の姿を覚えているのに。他の女性と結ばれなければ、愛した子に会うことも出来ない人生」
男「そうしてまで娘をもうけて、ふたたびあの子に会えたとしても…娘として愛することはできても、女性として愛することは出来ない」
男「いっそ、あの子を愛した記憶などなければよいのに、と。僕は苦しみもがくでしょう」
男「それでも会いたければ・・・そうしなくてはならない。なんてつらい人生だろう」
男「もしかしたら、僕はその悲しさに、また死んでしまうかもしれない」
男「そうして今度こそ、深い苦しみと絶望を胸にしたまま、ここで地獄を永劫に味わうのでしょう」
閻魔大王「………」
男「それが、僕にできる最大限に後悔と反省をする方法です…」
閻魔大王「器用なお前ならば、要領よく都合のいい事を答える事もできたのではないか?」
閻魔大王「なのに何故そうせず、そこまで正直に悩み、やつれてまで本気で自分の後悔と反省に向き合った」
男「……」
閻魔大王「ああ、いや。意地の悪い質問だった。お前が嘘をついたなら、わしはそれを見抜くだろう。嘘をつくことがかなわぬからこそお前に考えさせたのじゃ…」
男「そうだったんですか…」
閻魔大王「ああ。……いや、まて。そうと知らなかったなら、なぜお前はそうしたのじゃ」
男「……地獄よりも恐ろしい時間でした」
男「都合のいい…“ちょうどいい程度の苦しみや悲しみ”はいくらでも思いつくのに、それを明日つたえにいこうと思って眠ると、夢の中に死神が現れて 僕を悲しげにみつめるのです」
男「そうして僕は夢の中で苛まれる」
男「都合のよいやり方で、都合よく彼女を手にいれて。…なのに飽きたかのように満足しない自分と、そんな自分を悲しげにみつめる彼女。僕はそれを 外から見つめている。そんな夢を見るんです」
男「そんな事にはならない、と強く言い切る事も出来ないまま…そんな夢を見るのです」
閻魔大王「ほう。それで、どうした」
男「辛くて、辛くて。愛する事もやめられないなら、どうすればいいのか考えたのです」
男「どうすればよかったのか、考えたのです。それが、最初にお話した事。これに懲りて人生をきちんとやり直せたとしたら…そんな事です」
閻魔大王「そう。それが反省というものだ」
男「そしてそれを考えて考えて、自分の人生を一つ一つ思考の中でやり直したのです」
男「そして死神が…娘がうまれるところまで妄想して 僕は死にたくなりました」
閻魔大王「愛せない、と?」
男「そうです。僕は僕のやらかしたことで、自分の望む未来を閉ざしてしまったことを知り、死にたくなったのです」
閻魔大王「そう。それが後悔というものだ」
男「結局僕は、死ぬしかないのかもしれません。ですからもう、考え付いたことのすべてをお話して 閻魔様の裁量に委ねてみようと思いました」
閻魔大王「ふむ」
閻魔大王「……お前は本当に要領のいい男だな」
男「え…?」
閻魔大王「お前はお前の思うように生きてきた。そうしてようやく少し苦しんだならば 今度は人の思うように死んで見ようというのか?」
閻魔大王「そうすれば苦しみから解放されると思ったか? 誰かが救ってくれるとでも、思ったのか?」
男「……そう…は、考えませんでした…け、ど」
男「…言われてみれば、裁量に委ねようだなどとは甘えですね…。この魂の根底まで、この性格の悪さは根付いているのかもしれません」
閻魔大王「は…
閻魔大王「ブ ワ ァ ッ ハ ッ ハ ッ ハ ッ ハ ッ ハ ッ ハ ッ ハ ッハ ! ! ! ! ! ! ! ! ! 」
男「――ッ」
閻魔大王「ハッハッハぁ・・・!!!!」
男(く……なんていう大音量……。これが、笑い声なのか…? 地鳴りするほどじゃないか……)
ガターーーン!
男「!」
閻魔大王「はっはっは…あまりに笑いすぎたようじゃ」
男「今の音は…」
閻魔大王「なぁに、地獄の釜が揺れ動いて、蓋でも落ちたのじゃろう」
男「え…。それってつまり、地獄の門が外れたってことじゃ……」
ワァァァ…
ギャァァァァ!!
男「な…亡者が」
閻魔大王「ふぅむ、盆はもう終わったのじゃがな。こりゃぁ手間じゃのう」
男「――どの鬼さんも大慌てじゃないですか…あっ」
赤鬼「!? おまえ、なんでこんなとこに…しばらく家から出てこねぇで引きこもってると思ったら」
男「あの、これは…」
赤鬼「ああもう、亡者が逃げ出してな! 説明してる時間はねえんだ、早いとこ一匹でも地獄に戻さにゃ、後々が余計に面倒なんでな!!」
赤鬼「そうですか…… あの、赤鬼さん! 僕、手伝いま――
閻魔大王「何故、そんな事をするのだ?」
男「あ…」
赤鬼「ばか、お前… 閻魔様との再審中かよ。こっちのこたぁいいから、しゃきっとしてろ、このウスラボケが」ヒソ
男「赤鬼さん…」コソ
赤鬼「じゃぁな」タタッ
閻魔大王「……あの鬼に、特別な恩や友情でも感じてるのか? それとも鬼にでもなりたいのか」
男「……何故なんでしょうね…。理由などは、別にありません」
男「僕は生きている頃からこうしていただけです。その内に、何故かなんでも手に入れてしまって」
男「……それでも、満たされることがなくて。こうしつづけることしか、知らないのです」
閻魔大王「………」
男「………」
閻魔大王「………ならば…」
閻魔大王「その亡者に紛れ、逃げ出してみろ」
男「そんな事は……」
閻魔大王「お前に足りないものが、ようやくわかった」
男「…なんですか?」
閻魔大王「ありがたさ… だ」
男「ありがたさ…?」
閻魔大王「お前は自殺者としての罪でここに呼ばれた。だからそれを裁いたのだが、改めてよくよく見るとおかしいのだよ」
男「おかしい?」
閻魔大王「お前は生前、善行の方が余程に目立つ。悪業をした記憶はあるか?」
男「……小さい頃に、見慣れぬお菓子があまりに美味しそうで、夕飯前にだまって食べました」
男「預け先にいた叔母にみつかり、叱られました。叱られたことがなくて、とても怖ろしく感じたのを覚えています」
閻魔大王「それで?」
男「……悪いことはしてはいけないのだと、強く思いました。それから、叱られるようなことはしなくなりましたね」
閻魔大王「怒ること。怒らせる事。叱ること。叱られる事。嫌がる事。嫌がられる事。お前に足りないのは、そんなものだ」
男「悪いことを…したりない、と?」
閻魔大王「そうではない。だが、過剰に怖がり、イイコであろうと居すぎたのだ。ありがとうと、言われ慣れすぎた。有り難いはずの事が、当たり前になりすぎた」
閻魔大王「だからお前は、満足が得られないのだ。何もかもが…ありふれたものに感じてしまうのだ」
男「……ありがたく…ない…?」
閻魔大王「死ぬほど悩み、死の世界で充分に死を味わったお前だが、まだこれ以上に悩むべきことがあるようだな。なぁに、多少 逃がしてやるのが惜しくなる」
男「……」
閻魔大王「さぁどうした。逃げていいのだぞ? 逃がしはせぬが。何故、似げぬ?」
男「逃がさないと言われた以上、どんな冤罪で逃げ出した罪を問われるかわかりません。そこまでして、逃げる意味があるのかもわかりません」
閻魔大王「ほう?」
男「…だから僕は今は逃げずにここにいます。惜しいといってくれるならば、尚更に」
閻魔大王「……死神にあわせてやろう」
男「!!」
閻魔大王「うまくここを…我より逃げおおせて、お前の手が地に届いたのならば」
男「それは本当ですか!」
閻魔大王「嘘かもしれぬな」
男「…え」
閻魔大王「……嘘かもしれぬ。本当かもしれぬ。何故ワシがそんな確約をせねばならぬ?」
男「それは、そうですが。閻魔様は意地悪ですね。思わず本気のぬか喜びをしてしまいまし……た……」
閻魔大王「どうだ。小さな悪意に触れた感想は。少しは怒りたい気にでもなったか」
男「……一瞬…でしたが。本気で、喜びを味わいました。ありえないことが起こり得る可能性に、有り難さをかんじました」
閻魔大王「ほう」
男「……怒りよりは…落ち込んでしまいそう、です。今は、動揺もしています…」
閻魔大王「そうか。悪かったな」
男「いえ…おかげで、“有り難いことが起こり得て、ありがたく思う”という意味を、少し理解しました」
閻魔大王「ならば、今度は実践と行こう」
男「……はい?」
閻魔大王「さて。逃げ出すがいい。一歩でも逃げたらそれが合図じゃ。ワシも本気で捕まえてみせよう」
男「な」
閻魔大王「無事に逃げれば、死神に会えるかもしれぬ。だが我にからかわれているかもしれぬ」
男「まってください、そんな――
閻魔大王「悩む時間も与えない。悩んでいれば、その隙に捕まえてみせよう」
男「そんなことをして、一体なんの意味が――」
閻魔大王「逃げ出さずに捕まったなら…
“逃げてたら死神に会えたのだろうか、それともどちらにしても会えなかったのだろうか”などと、
答えの出ないままに何もしなかった事を、後悔するだろう?」
男「―――っ」
閻魔大王「よくよく、反省してみせろ」
******
閻魔は立ち上がる。
巨体は4メートルを超える大男だ。圧巻されて、思わず一歩、あとずさった。
閻魔大王「逃げたな。始めるぞ」
男「!」
大木のような太腕が、横薙ぎに襲いかかった。
賭けどころではない。悩む暇などありはしない。
いくら神経が太いと言われる男であろうと、閻魔の迫力は恐ろしい。
鬼の恐ろしさを怪人に例えるならば、閻魔の恐ろしさは人外だ。
確かに鬼も人外だが、それとは比べものにならない。
殴られるだの焼かれるだのと、想像できるような恐怖ではない。
見た事も想像した事もない恐怖を、どう表せと言うのだ。
拷問ですら痛みを想像して耐える事もできようが、これはそういう種のものではない。
触れた瞬間に粉微塵?否!
薄皮一枚のこして中身を抉り出される?否!
そんなものでは済まないのだと、よくわからないままの謎の確証だけが襲い来る。
思考がオーバーヒートして、凍り付く。
逃げなきゃならぬと、アラートだけが脳内中に鳴り響く。
怒鳴り声とも笑い事ともわからない声が、背後から身体中を打ち付ける。
まともに聞いていたら鼓膜が破けてしまう。
いや、そもそもこんなものが耳などに入るわけがない。
男(――違う、声に物理的な大きさなど関係ない)
感覚が狂いだす。
五感の全てが過剰にはたらきすぎていた。
死んでからずっと鈍化しただけだったような身体感覚が、急激に覚醒する。
過剰の情報量に脳が錯覚を起こして、
正しく理解するができない。
自分の足が、7倍もの大きさになった気がした。
足の裏から伝わってくる感覚は過剰なのに、その物自体はバランスが悪くて邪魔くさくて、もつれやすくて。
それでもその足のおかげで、閻魔が追いかけてくる位置が、どれほどの場所にまで迫っているのかが、音と振動で鮮明にわかる。
小指の先まで力を入れて、床を掴むように踏みしめた。
腰は蝶番のように思える。
ブオンという、なぎ払いの大風を受けて、パカリと前に折れ曲がって避ける。
だが、逆にはあまり曲がらない。あまり曲げれば折れてしまう。蝶番だ。
男(だから、ええと。そうだ、前から薙ぎ払われたなら、後ろを向かなければ折れ曲がらなくて…)
感覚が現実味を失っていく。
本能と、感覚と、理性と、知識と、何を当てにしていいのかわからない。
何を頼りにしていいのかわからない。
男(この腕はバットだ。うまく使えば支えになるが、強く叩けばバットの方が折れてしまうだろう)
大きく前に飛び跳ねる時に体を支えることはできても、
あの大腕を躱すのにつかってはならない。
体感覚の全てが錯覚だけで成り立っていく。
自分が、小道具をあつめて作った不細工なロボットになったような気がする。
逃げる。逃げるしかない。
恐ろしい。怖い。助けて。助けて。助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて、死神―――
『あはは。じゃあ、私にまかせて?』
――え?
『いえーい! ハッピーバースデー!!』
ッパーン……
追い詰められて幻を見た。
幻だとはわかっていた。
それでも救いを求めて伸ばした手は、クラッカーの音と共に、地へと届いたんだ。
*******
……結局。
記憶を持ったまま、僕は15歳からの人生をやり直した。
あの幻以外には死神にもあえないままで、
もしかしたら会えるかもという淡い期待を抱かずにいられないまま探し求めることもあった。
だから僕は前の人生よりも少しだけやさぐれたし、そのせいでうまくいかない事も増えた。
入学した高校も大学も、就職先だって前の人生とは違うもので、やり直したはずの人生は前よりもうまくいかないことが増えていて。
男「今まであたりまえにあったものが、割と貴重なものだったんだって気付いたんだ」
今の僕は、前の人生でもっていたものの半分程しかもっていない。
だけど前の人生よりも、ほんのすこしのやりがいや手ごたえを感じることは出来る。
ただ、僕は前と違う職場に就職してから気づいてしまったんだ。
“人生が変わって、出会う人も変わってしまった”ことに。
あのころ付き合っていた彼女とも、出会っていない。
なら、“あのまま生きていたら生まれていたかもしれない娘”とも・・・出会わなくなってしまったかもしれない。
そう気づいてからの僕は、またほんの少し、
つまらないだけのイイヒトに変わっていくのが自分でわかった。
******
そして、僕の25歳の誕生日… 前に僕が死んだ日。
あの日死んだ僕と
生まれ変わった僕のために、バースデーケーキに線香を立てた。
時計の針は丁度0時。
大体だけど、前に僕が死んだ時間。
あの日、見事に終わらせた僕に、おめでとう。
君は死んだから、やはりあの子に会えたんだ。
また始めてしまった僕に、ご愁傷さま。
後悔と反省のために地獄の閻魔大王から与えられた地獄は、これからだ。
男「……これから始まる、まだ僕が知らない25歳からの僕には……なんて声をかけようかなぁ」
女「ねぇ、このケーキ食べていい?」ピョコ
男「え。」
女「一人でビルの屋上で誕生日パーティ? しかもお線香って」
男「え? ちょ… 君、どこから…」
女「……あれ? もしかしてこれ、お供え? 自殺でもするの?」
男「え…。あ…“お供え”って……」
女「なんかちょっとナルシストっぽいからやめたほうがいいよ! 死後に後悔するよ!」
男「………しに…g」
女「そんな風にするよりさぁ、こうしようよー」
女「ハッピーバースデー!」ッパーン!
男「っ」
腹を抱えて、女の子が笑っていた。
******
7年後……
女「あーあ。お腹おもーい! 辛い!」
男「はいはい。腰、揉む? 温める?」
女「押してー。もー、こんなキツイとか聞いてないよー」
男「あはは」
女「これであんたに似た男の子だったら、手厳しく育ててやるんだから!早く出てこーい!!」
男「ああ、それなら………」
男「君によく似た… 本当にすごくよく似た 娘が産まれるから。思い切り優しくして、可愛がってあげるつもりなんだ」
女「へ? なんでそんなことわかるのよ」
男「閻魔大王様は、うそつかないみたいだし。あと・・・娘は、ほんの少しだけ、君とも違うから」
女「はぁ? …ばっかじゃないの? あんたの遺伝子が入ってるんだもん、私と同じじゃ困るでしょ! あはははは」
男「好みが僕とそっくりで。見た目と性格は、君にそっくりなんだろうな」
女「デレデレしてー。娘にやきもち妬いちゃうぞー?」
男「あはは」
******
僕の今の悩みはひとつ。
“愛するはずだった人に似た死神”を愛したのか
“愛した死神に似た人”を愛したのか
これは割と罪だと思う。
どちらに対しても相当に失礼だし、どちらも大好きな僕はまるで二股だ。
だから僕はきめているんだ。
僕はこの人生を出来うる限り満喫したならば、死後に地獄にいって、どうだったのか死ぬほど悩んでみせようと。
・・・・・・悩んでも悩んでもやつれるどころか頬は緩みっぱなしだろうけれど。
愛しい人の事で悩み続けるのは、割と幸せなことだと気付いた。
それから閻魔に会いに行くんだ。
そうして今度こそ、きちんとお礼を言いに行こうと思っている。
やり直したはずの人生。
やり直せなくあったはずの人生。
そのふたつが、どういうわけか、絡み合って。
たぶん、こんなに“ありえない”ものを味わった人間はそうはいないだろう。
この、とてつもなく“有り難い人生”を ありがとう。
閻魔大王にそう伝えるために。それから、赤鬼とのろけ話をしよう。
だから今は、この新しい命に。
「ハッピーバースデー」
―――――――――――――――――――――
Happy Birthday for you.
乙
赤鬼とのその後が気になる
久しぶりにオリジナルで良作を見た
乙
超良かったよ
その後の話も気になるけどここで終わりはそれはそれで良いのかもしれない
ええやん…
乙…いい話や
乙乙。面白かった……赤鬼はその後どうなったんだ?w
久々に大泣きする作品見れた
おつんつん
エゴの塊のような吐き気のする内容だった
そんないい話かな
最強の親不孝と前の彼女に対する不誠実を無視して男に都合良すぎる話としか
>>56の一行目で終わってたら良作だったのに
良かった
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