高垣楓「好き、嫌い、大好き」 (29)
「プロデューサーさん、」
「恋の定義って、何だと思います?」
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いつもより騒がしい、平日末の居酒屋。
楓さんが、仕切られた座敷の中でグラスを傾けながら呟いた。
からん、と氷のぶつかる音がする。
「好き」。しばらく触れたことのない感情に、胸が詰まる。
手で掴んでいる自分のグラスが、汗をかいている。
心の中を、整理しよう。
そのグラスを持ち上げ、ごくり。
疲れている自分の頭をフル回転させて、過去の記憶を手繰り寄せながら口を開いた。
「うーん、そうですね......。その人の一挙一動が気になったり、その人のことを思うと胸が痛くなったりすること、じゃないですか?」
「ふーん、そんな感じなんですか......」
天井に、ぶら下がっている照明。
それをぼけーっと見つめながら、楓さんは返した。
失礼な物言いになるが、こういう動作の一つ一つが子供っぽい。
まあ、それが魅力でもあるのだが。
「楓さん、やけに他人事ですね」
「ええ、今まで誰かを好きになったことが無いですし......」
「そうですね、アイドルたるもの、それが一番ですね」
その様な趣旨のことを言おうとしたが、次の言葉に遮られた。
「あ、でも」
「私、今はプロデューサーさんが好きですよ」
腹の奥から、変な感覚。
ダメだと分かっているが、気持ちが舞い上がってしまう。
楓さんは、続ける。
心臓が強く鳴っているのが分かった。
「この鱚も好きっす。ふふっ......」
その後の発言に、思わず苦笑い。
氷は既に溶けて、酒と混ざり合っていた。
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「プロデューサーさんの、」
「好きだった人って、どんな感じでした?」
今日は趣向を変えて、小洒落たバーに寄ってみた。
暖かい色の照明。
人は少なく、クラシックの音が響いている。
楓さんを、見つめている。
口元にワインを運ぶと、甘みが広がっていく。
喉の奥で飲み込んでから、答えた。
「初恋は、幼稚園の年長でしたね」
「1つ年下の子でした。仲が良くて、相思相愛だったような」
顳かみを指で支えて、テーブルの端に目線を移した。
見ていなくても、楓さんが笑っているのが分かる。
「プロデューサーさんは、年下が好みですか?」
「いえ、そんなこと無いですよ」
笑顔でそう返したら、沈黙。
お互い何も喋らなくなって、時間が経っていく。
痺れを切らして、顔を上げた。
楓さんは、テーブルに突っ伏して寝ていた。
溜息を一つ。
それが幸せか、辛さか。
よく、分からない。
楓さんの手元に、飲みかけのグラスが一つ。
(ここまで酔い潰れるのだから、相当強いワインなんだろう)
そう思って、楓さんを起さないように。
グラスを手に取った。
楓さんの唇が当たっていない所を探して、口付けをする。
喉の奥に流れ込んできたワインは、飲んだことがあるものだった。
グラス。いや、
無機物に、なりたい。
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夜空に、インターホンの音が鳴る。
酔い潰れた楓さんを背負って、ちひろさんの家の前まで来ていた。
名前、出身、誕生日、身長体重、3サイズ、利き手、血液型、趣味特技。
楓さんに限らず、担当するアイドル達についての情報はこれしか知らない。
自分の家に泊めるのは申し訳無いし、
当たり前のことだが、楓さんの住所を俺は知らなかった。
楓さんはちひろさんの家に泊まってもらうことにした。
インターホンに気付いたのだろうか。
ドアの奥から、足音がしてくる。
(この音が近付くのが、少しでも遅くなったらいいな)
そう考えている自分が、果てしなく嫌いだ。
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ドアを開けて出てきた彼女は、家で着る物さえ黄緑色だった。
「プロデューサーさん、そんなに見ないでくださいね」
「やだなぁ、事務所と大して変わらない格好じゃないですか」
「まあ、それは置いといて......」
「今背負っている楓さんは、どうされたんですか?」
「それが、途中で酔い潰れちゃって......。そこまで飲んでなかったんですけど」
「次からは、ちゃんと気を付けてくださいね」
「分かりました。......楓さん、ライブがもうすぐあるので、それのレッスンで疲れていたのかもしれませんね」
「それも、プロデューサーさんがしっかり調整してくださいね」
「アイドルの調整も、プロデューサーさんのお仕事ですから」
少しして、沈黙。
この気まずさを、これまで何回味わってきたのだろう。
あとどれくらい、感じたらいいのだろうか。
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寝ている楓さんを受け取って、ちひろさんが問う。
「あとどれくらい、続けるんですか?」
「何を?」とは、聞き返せない。
ちひろさんが思う「何か」について、思うままに答えた。
「この気持ちが収まるまで、続けますよ」
ちひろさんは、哀しそうな顔をして笑う。
背中を、風が掠めた。
その風は、止まらない。
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「プロデューサーさん、」
「お願いがあるのですが」
ライブ前日。
リハーサルが終わった直後、楓さんが話しかけてきた。
二人以外、誰も居ない所で。
「もし、ライブが成功したら」
「場所を変えてみませんか?」
無音が支配する部屋の中で、少し困ったような顔を見せた。
嘘をつくな、俺。
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ステージから、恋の風が吹いている。
ファンは勿論のこと、俺も例外ではない。
この場所全体が、高垣楓に恋をしている。
声に耳を澄まして。
流れてくる言葉を、全身で受け止めた。
「君を探している ただ君に会いたい only you」
「君のそばにいたい ずっと 」
楓さんは、今まで誰かを好きになったことがあるのだろうか。
歌詞のような想いを抱いた人が、いるのだろうか。
そのことを考えると、胸が痛くなる。
「嫉妬、しちゃうよなぁ......」
ぼそりと呟いた感情は、風に乗って消えていく。
絡まり合っていて解読不可能だった感情は、恋の風によって分解された。
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「へぇ、ここがプロデューサーさんの......」
「あんまり見ないでくださいね。男の部屋なんて汚いですし」
「あら、そうは思いませんけど」
「そうですか?」
「ええ、そう思いますよ」
「なら良いんですけどね......。何から飲みます?」
「えっと......じゃあ、この瓶から」
「はい、分かりました。今開けますね。おつまみとかそれなりに有りますけど、食べますか?」
「ぜひ」
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「プロデューサーさん、」
「女の人を、家に入れた時はありますか?」
答えは、もう既に用意されていた。
「楓さんが、初めてですよ」
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「何か、こういうのって良いと思いませんか?」
「何をですか?」
「こうやって、お酒を飲みながら過ごすの」
「いつもやってるじゃないですか」
「あ、今の言い方。少し子供っぽいですよ」
「楓さんに言われたくないですよ」
目を合わせて、二人で笑った。
この時間が、いつまでも続いたらいいな。
そう思う自分は、もう嫌いじゃない。
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日付も変わり、空気が静寂を帯びてきた。
目の前には、楓さんが突っ伏している。
この人は腰が重く、中々帰ろうとしなかった。
溜息を一つ。
幸せだよ。
今なら、迷いなく言える。
でも。
寝ている楓さんにさえ、そう言う勇気はなかった。
あと数センチの、勇気が欲しい。
そんなことを考えて、書置きを残す。
今一番清潔であろう毛布をかけて、家を出た。
どこに止まろうか。
そう考えて、歩く。
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少し離れると、楓さんが起きた気配がしてきた。
「離れていても分かるって、益々おかしくなっていくな」
そんなことを言って、一人で苦笑い。
「そんなプロデューサーは、少し嫌いです」
夜風に乗って、楓さんのそんな声が聞こえてきた。
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「プロデューサーさん、」
「今、恋をしていますか?」
いつもと殆ど変わらない居酒屋。
いろいろあって、何だかんだで飲む時はここに落ち着いた。
自分の気持ちも、落ち着いていくのかな。
そう思って、正直に答える。
「はい、していますよ」
「大好きな人が、居ます」
「楓さんは、どうですか?」
楓さんは、全く関係無さそうなことを話した。
「私、今日はミートソースを使ったものを食べようと思います。」
何となく言いたいことが分かって、頬が緩んでしまう。
それを確かめてから、楓さんは呟いた。
「Me too.」
高垣楓さん。
俺は今、あなたに恋しています。
あなたのことが、大好きです。
終わり。
最後に句読点入っちゃった。締まらないなぁ
「私、今日はミートソースを使ったものを食べようと思います」
と、脳内変換してください。
このSSでは、Pと楓さんの届きそうで届かない恋心を書きました。
楓さんは大人の顔と、子供っぽい顔を持っているのでそういう感情を隠すのが上手そうですよね
HTML依頼しておきます
乙
楓さんにダジャレを言わせつつしんみりとしたオチは見事
乙
駄洒落オチ本当に好き
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