【モバマスSS】一日花嫁 (59)
【注意】
この作品は、鬱要素およびモバマスのキャラが亡くなる展開があります。
苦手な方はバックして頂ければと思います。
次レスより、スタートいたします。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1466934449
「今日もありがとう。プロデューサー」
二人の男女が楽しそうに繁華街を歩いている。一人は十代半ばの少女。男性はプロデューサーと呼ばれ、二十代ほどの見目に黒のスーツを着ている。背は男性の方が高く、頭一つ分高い。
少女はやや赤みがかった肩甲骨まで伸びる茶髪に、白いワンピースドレスのようなフリルのある服。黒のパンプスを履いている。
少女の名前は北条加蓮アイドルをしている。渋谷凛、神谷奈緒の三人でトライアドプリムスを組んで、CDも出ているほどの人気アイドルだ。
アイドルとプロデューサーの関係で、恋愛関係になるなど御法度だった。だが、二人の猛烈なアプローチで事務所が折れて、晴れて恋人同士になった。
「今から食事でもどうだ?少し予定よりも早く終わったし」
男性の提案に加蓮は指を顎に当てて思案する。
「うん。いいよ。でも、プロデューサーが提案するということは、ハンバーガーショップとかじゃないよね?」
北条加蓮はアイドルの大敵であるファストフードやスナック菓子などのジャンクフードが好物。量はそれほど食べないが、時折食べたくなるらしく、凛や奈緒と一緒に食べに行くらしい。
「まあな。実は少しいいところを教えてもらってな。加蓮の悪食を直そうと思っている」
プロデューサーはにやりと口元を上げた。
「えー。あたしの趣味を奪うつもりなのー。生憎たった一回じゃ直らないと思うな」
「そうか。行ってみて腰を抜かすなよ」
プロデューサーは軽口を叩きながら左ポケットに手を入れて何かあるのを確認してすぐに手を下ろした。
「すごーい……」
加蓮は口を開けながら店を見上げていた。
まるで城のような外観は一瞬、飲食店とは思えない。
「さ、お姫様どうぞ」
プロデューサーは玄関を開けて恭しく礼をする。
「あ、あたしが入っても、分からないからプロデューサーが先入ってよ」
「分かったよ」
中に入ると、外見に違わず内装も豪華だった。床一面に絨毯が敷かれ、木が使われたシックな内装。そして余計な音がない静かな店内。十代が入るには場違いな雰囲気だ。
二人が入ると、近くにいた店員がこちらにやってくる。身だしなみを整えた男性店員だ。
「予約をしていた者です」
「様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
店員の先導で二人は席に通される。
加蓮は目ざとくならないように目だけを動かして利用している客層を見る。目の前を歩く男よりも遥かにお金を持っていそうな人たちばかりだ。さらに乗っている料理も小さく、半分は白い皿だ。
「こちらになります」
男性は二人分の椅子を引いて加蓮たちが座りやすくする。
「今、お飲物をお持ちいたします」
一例をして店員は立ち去った。
「プロデューサー。本当にこの店で良かったの?」
「何がだ?」
「だって、高そう。いや、高くない?」
「加蓮が心配することないよ。コース料理でもう料金も払ってるから」
それを聞いて加蓮は呆れた。
「最初からあたしを連れてくる気満々だったのね……」
「まあね。実を言えば、スケジュールもわざと一時間伸ばしていた。早く終わったわけじゃないんだよ」
さらなるネタばらしをされて、加蓮はため息をついた。
「呆れた……」
「ゴメンな。最近加蓮とこうして二人きりになるなんてなかったし」
「ま、許してあげる」
加蓮に許してもらった後、飲み物。その後に料理とコース料理が運ばれてくる。どの料理も絶品で一口食べるたびに美味しいと加蓮は漏らす。
全ての料理を食べ終えるとプロデューサーは咳を一つして姿勢を正した。
「加蓮」
「ど、どうしたの改まっちゃって……」
プロデューサーの態度に加蓮も背筋を伸ばして構える。
「…これを」
そう言ってプロデューサーは左ポケットからあるものを取り出す。男性の拳ほどの大きさの箱だ。
「これってもしかして……」
加蓮の言葉を待たずして箱が開けられる。中に入っているのは指輪だ。宝石が照明できらりと光った。
「俺と結婚して頂けませんか?」
結婚指輪とプロポーズの言葉だった。
「え?え?」
加蓮は驚いて目を白黒させる。二度深呼吸をして、
「わ、あたしでいいの?」
「『あたしで』じゃない。『加蓮が』良いんだ。受けてくれるか?」
「はい。こんなあたしだけど、よろしくお願いします」
二人は翌日、事務所の社長と面会し結婚したい旨を伝える。社長も不承不承だったが、結婚を承諾し、互いの良心と合う日取りを決めてそこに休暇を取った。
「結婚のことはまだ明かせん。加蓮さんはまだ十代。イメージ的にももう少し隠してもらいたい。同棲と婚約の発表はご両親との話の後だ」
「分かりました……」
社長室を出て二人は大きなため息をついた。
「良かった……。まだ生きているよな……」
「そんな大げさだよ。社長は良い人じゃん」
「加蓮は知らないだろうが、あの人が切れるとマジで手が付けられないんだぞ。俺一人だったらマジで首落とされてたわ……」
ハンカチで汗を拭って、
「さて、これで一段落。早速仕事に行くぞ」
「うん!」
加蓮の仕事は多岐に分かれているが、今日はファッションモデルの仕事だ。
現場には予定時刻よりも三十分前に入り、今日の着用する衣服の打ち合わせを行う。
「うーん。あたし的には、このトップスはこっちの方が良いと思うな」
着るものはあらかじめ決まっているが、このように加蓮の一言で変わる。これで正真正銘の加蓮のチョイスとなる。
「では、それで行きましょう」
その後も今日着用する服装をすべて決めた後、着替えに入る。
「…遅いなあ。見た感じそこまで時間がかかる服じゃなかったような……」
着替えに入って十分以上が経った。異様に遅い加蓮を心配したプロデューサーは女性のスタッフに様子を見てもらうようお願いする。
その直後、加蓮がいる試着室から悲鳴が聞こえた。
「あ……」
加蓮が目を開けると、プロデューサーと事務所の事務員を務める千川ちひろがいた。茶色の髪を三つ編みにして前に流す髪型と、蛍光グリーン色のジャケットが特徴的な女性だ。
「加蓮ちゃん!」
二人が加蓮の目覚めに喜びの表情を浮かべる。ちひろに至っては目に涙を浮かべていた。
「あたしどうしたの?試着中に意識が無くなって……」
「びっくりしたよ。いつまでも来ないからスタッフの人に様子を見てもらいに行ったら、倒れていたんだ。スタッフ全員血相を変えてすっ飛んできたんだぞ」
「そうだったんだ……」
加蓮は起き上がって周りを見る。どこかの病院の病室。個室で他の患者はいない。
そして自分はいつの間にか白一色の入院用の服に着替えられて、点滴のチューブが伸びて左腕に刺さっている。
「あたしまたこっちに逆戻りかな?」
「そんなことないぞ!一過性の貧血だろう。最近、色々と大変だったしな」
プロデューサーの言葉にちひろが彼の方を見た。
「ま、まあ、せっかくの機会だ。不自由だが、精一杯休もうな」
「うん……」
三人で話をしていると、ノックされ白衣を着た中年の男性がやってきた。
「北条さんの担当医を行います福良です」
福良の会釈に三人も頭を下げる。
「北条さんの御両親でしょうか?」
「い、いえ!私どもはこういうものでして」
プロデューサーとちひろはお互いに名刺を福良に渡す。
「アイドルプロダクションでしたか……。今回のことでお話が……」
「私でよろしいのでしょうか?」
「ご両親が来られましたら、もう一度私の方からご説明いたします」
プロデューサーはちひろの方を一度見たが、彼女は首を横に振った。
「分かりました」
「では、私の部屋まで」
そう言ってプロデューサーは福良と一緒に病室を後にした。
「……私の病気のことだよね?」
不安そうに体を小さくさせた加蓮をちひろが手を握った。
「大丈夫ですよ。お医者さんはプロデューサーさんにも伝えることで、共有してもらうのが目的ですから。今後同じようなことが起きた時の為にね」
「うん……。ありがとうちひろさん」
「なんですって!」
福良の部屋に入ったプロデューサーは大きな声を上げた。
「……残念ながら事実です。加蓮さんの身体には進行性のガンに侵されています。全身に転移の兆候が見られております」
「助かるん、ですよね?加蓮は?」
「…この一年間の生存率が二割。二年後は保障できかねます」
その言葉にプロデューサーは呆然となり、椅子から転げ落ちて泣き始めた。
プロデューサーが戻ってきたのはそれから二十分後。そこにはちひろだけではなく、加蓮の良心と同じトライアドプリムスのメンバーである渋谷凛と神谷奈緒がいた。
「プロデューサー。どこ行ってたの?」
「お前たち、来ていたのか?」
「当たり前だろ。事務所に言ったら、ちひろさんが留美さんに伝言されて、そう言われて飛んできたよ」
「そうか……。済まなかった。俺が連絡しなくちゃいけなかったのに」
「それであたしの倒れた原因は何だったの?」
加蓮の言葉にプロデューサーはどうしたら良いのか分からなかった。
「そうだ。ご両親が来られたので、お医者さんがお話あるそうです」
「プロデューサー。あたしの病気は」
加蓮の言葉でプロデューサーは凛と奈緒の方を見る。
「…凛と奈緒。君たちも――」
「帰らねえよ」
「うん。加蓮は大切な仲間だから。あたしたちだって聞く権利があると思う」
「……そうか。じゃあ、いていいぞ。ちひろさんはどうします?」
「私は戻ります。いつまでも事務所を留守にするわけにもいきませんし、ご両親が来られたので、お役目は終わりですし」
「分かりました。ありがとうございました。戻り次第、社長にも報告します」
「お願いします」
ちひろはそういって病室を後にした。
「…あたしの病気、そこまで酷いの?」
加蓮の問いにプロデューサーは一切答えなかった。
そして加蓮の両親が戻ってきた。その後ろには担当医の福良が。母親の方はハンカチで顔を隠して泣きじゃくり、父親は顔を下げたままだった。
「加蓮さん。あなたの今回の病気ですが――」
加蓮たちにも今回の病気のことを話す。それを聞いた加蓮はもちろん、凛も奈緒も声を上げて泣いていた。
「今後のことは、社長と決めて明日の朝一までに決める……。俺は延命をしてほしいと思う。プロデューサーとしてでなく、夫として……」
「今は、一人にさせて……。ゴメン……」
加蓮は枕に顔をうずめながら話した。全員が病室を後にした。
「本当に加蓮にプロポーズしたの?」
凛と奈緒がプロデューサーの方を見る。
「先日。加蓮に婚約の申し込みを行いました。加蓮さんも承諾していただきました。本来であれば、もう三日後にご両親の所にご挨拶に伺う予定でしたが……」
「そうだったんだ……」
二人は再び涙を流す。
「戻ろう。車で事務所まで送るよ。――お二人はまだここに?」
父親が首肯したので、三人は一礼をして病室を後にした。
事務所に戻ったプロデューサーはそのまま社長とちひろに加蓮の病気の報告を行う。ちひろは涙を流し、さすがの社長も顔面蒼白になって背もたれにもたれ
てしまう。
「何ということだ……。幸せの絶頂を迎えるはずが……」
「どういたしましょうか?治療に専念させるのは当然として」
「加蓮さんのこれからは彼女に。それはお前も一緒だ。なるべく加蓮さんの意向通りやろう。婚約のことも、これからのことも……」
加蓮のアイドル活動は全て休止。明日の午後一で会見を行うことが決定。トライアドプリムスとしての活動も白紙。動揺しているであろう凛と奈緒も一週間の休養とすることにした。
「まだ面会時間が許されているのなら、私も一緒に行こう。君にばかり負担をかけるわけにはいかん」
「ありがとうございます」
凛と奈緒に今回の決定を話し、友人として加蓮を支えることを確認して、社長とともに病院へ戻る。
加蓮は布団を被って顔を見せない。両親も表情は暗かった。
「この度は……」
社長も何と言えばいいのか分からず、あいさつの言葉を濁した。そして今回の決定事項を伝える。
「ですが、これはあくまでも私どもの決定です。加蓮さんの御意向を第一にさせたいと思います」
「そうですか……。ありがとうございます」
「プロデューサー」
布団を被ったまま加恋が話かける。
「あたし、どうしてもやりたいことがある」
「なんだ?言ってみろ」
「花嫁になりたい。プロデューサーの花嫁になりたい」
「それって結婚式をやりたいってことか?」
そんな無茶な。と言おうとしたが、すぐにそれを飲み込んだ。
「うん。女の子にとって最高の夢。あたしも叶えてみたい」
「お願いします。差し出がましいお願いですが……」
「分かった。全社を挙げてやらせていただきます」
返事をしたのはプロデューサーではなく社長だった。
「社長!……いいのですか?」
「御意向に沿うと言った。それに、お前と加蓮さんは婚約するのだろう。なら、門出を祝う式は必要だ」
「ありがとうございます……」
両親とプロデューサーは社長に頭を下げた。
「そうと決まれば、二人で決めていきなさい。どんな式にしたいのか。…絶対に後悔をしないように」
面会時間いっぱいまでプロデューサーと加蓮は結婚式でどんなことをしたいのかをまず聞いていく。出来るだけ希望をかなえてやりたいという思いもあり、メモ帳に些細なことでもメモしていく。
「…よし、明日は会見を行うため動けるのは夕方からだが、まずは会場からゆっくりしていこう」
次の日は朝から会見で行う資料の作成。もちろん社長も出席するので、目を通してもらう。すぐにOKをもらい、読み合わせを軽く行った後、会見を行う。
会見には多数の報道陣が詰め寄せた。注目度の大きさはやはり加蓮が人気アイドルであるという証拠だ。
次々出る質問にプロデューサーと時折社長が答えていく。とにかく、加蓮のことは見守っていてほしいということを終始伝え、結婚式のことは何も話さなかった。
時間で会見を終了させ、影武者で報道陣を巻いた後はウエディングプランナーと打ち合わせを行う。
行いたい時期と、会場の大きさを伝えた後は、加蓮の要望を一つずつ可能か不可能か聞いていく。
そして出来るのはその中でおよそ半分。そこから時間の関係で入れても三つまでという制約が出てきた。
次に会場のテーブルに添える花をどうするか。一般的な物から少し値の張るものまでのサンプルを順に紹介される。一枚一枚写真に収めていく。
「ご主人はかなり熱心なんですね。大体、奥様が熱心なんですけど」
「実は――」
プロデューサーは今回の結婚の件を話す。
「そうでしたか……。すみませんでした。無責任なことを話して……」
「いえ。それで病気の奥さんの場合は」
「そうですねえ。まずは担当医の承諾。これはもちろんです。後は看護師が付き添うような形になりますね。もちろん、これも担当医からの承諾が得られた方に来てもらいます。病状にもですが、負担を減らすために車いすでの移動と考えてください」
プロデューサーはプランナーの言葉をメモしていく。
「第一回の打ち合わせはこんなところでしょうか。何かわからないことはございますか?」
プロデューサーはメモを取って分からないところをプランナーに聞いていく。プランナーもしっかりと分からないところを分かるまで丁寧に説明してくれた。
「大体、こんなところかと思います」
「分かりました。また何かわからないことがありましたら、お電話ください」
一回目の打ち合わせの内容を加蓮にメールをする。写真が必要なものに関しては明日、病室に行く時に一緒に話そうという旨のメールを送った。
直後、加蓮から着信が入る。
『もしもし。メール見たよ。ありがとう』
「容体はどうだ?」
『うん。こっちは今のところ問題ない。――正直、あたし怖いよ。明日、いや、今死んじゃうじゃないかって……。怖いよ……』
加蓮は涙ぐみながら話す。それについては返す言葉がない。
「俺は今できることだけをやるよ。だから加蓮も頑張ろう。な?」
『うん……。頑張るね』
それから加蓮の時間が許す限り、他愛のないことを話す。
『それじゃ、おやすみ』
「うん。おやすみ」
締めの挨拶をしたが、お互いに電話を切らない。
「愛してる」
『うん。あたしもだよ』
そう言って改めて電話を切った。
次の日。
面会開始時間と同時に加蓮の病室に入る。彼女はすでに起きており身体を起こして窓の外を見ていた。
「加蓮」
プロデューサーが声をかけると、加蓮はこちらを向き笑みを浮かべてくれた。
「あ、おはよ。プロデューサー」
「おはよう。しっかり眠れたか?」
「うん。今は大丈夫。こうしてここにいるのが不思議なくらい」
「そうか……」
会話に困ったプロデューサーはカバンから昨日の打ち合わせ資料を取り出す。そして昨日の内容を加蓮に伝える。
「そうか。演出は出せても三つか……」
「それと、式は体力をかなり使うらしい。車いすでの移動になりそうだ」
「それじゃあ、バージンロードは自分の足では歩けないんだ……」
「それと、当然だが、担当医の許可と許可を得た看護師の付き添いが必要だそうだ」
「まあ、そうだよね。式の途中に容体が悪化したら対処する人が必要だもんね。看護師は柳さんにやってもらえないかな?」
柳さん――柳清良はうちの所属アイドルであると同時に元看護士。医療の心得を持っている。彼女が色々と適役だろう。
「そうだな。その点も含めて福良さんとも相談しなきゃな」
加蓮との話し合いは面会時間の許す限り行われた。絞りに絞った演出と、会場に置く花の選定。そして招待状の形式だ。これらにはいくつかのテンプレートがありそこから選ぶような形で済む。
「北条さん。具合はどうですか?」
福良が病室にやってきて現状を聞く。
「今のところ、問題ありません。元気すぎて持て余っていますよ」
「それならいいことです。ですが、いつまた体調が悪くなるかわかりません。細心の注意をしてください」
福良はその後、結婚式を行いたいという旨を伝える。時期も半年後であると考えて、
「……分かりました。治療も頑張っていきましょう」
二回目の打ち合わせの前に、今日決まったことをプランナーに話す。次回の打ち合わせは前後になってしまったが、衣装の確定を行うことに決まった。
それを加蓮にメールで伝える。
すぐに返信が返ってくる。やはり衣装決めは参加したいとのことだった。早速、社長に打ち合わせの日を空けてもらえるように話を進める。これはすぐに許可が降りた。
次の日に、福良の許可をもらうと同時に、元看護師の柳を同席させて有事の際の加蓮の初動対応を話し合ってもらう。同時に式の打ち合わせでも彼女に同席をお願いする。
「この件は社長からも聞いております。微力ながら支援させていただきます」
衣装合わせを含めた第二回打ち合わせは二週間後に決まった。
そして二週間後。
福良のお墨付きをもらって、外出許可を得た加蓮と有事の際に対応できるよう柳も入れて打ち合わせに入る。
「まずは車椅子での移動を考えてトレーンが短いものをそろえてみました」
トレーンはドレスの後ろの部分の裾のようなものをさすらしい。式本番では、屋外に出るときに子供がトレーンを持ち上げて引きずらないようにする部分である。
「ウエディングの撮影のときも思ったけど、色々な種類があるよな。どれがどう違うのかも、正直分からん」
何着もあるウエディングドレスを見ながら、プロデューサーは首をひねる。
「これは女の子にしか分からないよ。どのドレスにもきちんとこだわりがあるんだもの。ね清良さん」
振られた柳も首肯した。
「そうか。あまり重くないものがいいんじゃないか?」
「そうですね。式の間はずっとそれを着ていることになります。装飾は少なめの衣装をそろえてみました」
加蓮が揃えてあるドレスを一着一着食い入るように見ていく。
「いいですね。加蓮ちゃんの表情」
一緒に来ている柳が漏らした。
「私もそういうときが着たら、加蓮ちゃんのように真剣に悩むんでしょうね」
「清良さんほどの女性でしたら、言い寄ってくる男性は後を絶たないと思いますよ」
「……そうなってくれると良いですね」
柳はなぜかため息混じりに話していた。
「うーん。もう少し装飾があるドレス無いですか?」
加蓮のお眼鏡に叶うドレスがプランナーの持ってきてくれたドレスには無かったようだ。
「分かりました。では、ドレスの試着室へご案内します。お部屋移動しますので貴重品はお持ちください」
部屋を移動してドレスが多数保管されている部屋に入る。
「わあ……」
一面にかかっているドレスの数に加蓮と柳は感嘆の声を上げる。
「ここの式場に保管してあるドレスになります。予約してあるものもあるので完全に全部ではありませんが、ほぼ全てになります」
照明の光で装飾が反射して光り輝くドレスもあり、もちろん加蓮の目に止まる。
「これが大体五キロ。一番重いドレスになります」
「五キロ……」
「持ってみますか?」
プランナーがドレスを加蓮に持たせる。
「お、重い……」
重いドレスはそれだけで新婦の体力を使う。それを二、三時間着用していなければならないため、この先、重いドレスは弱っていく加蓮には厳しい。
「こういうのが良いんじゃないか?」
プロデューサーが取り出したのはロングスカートタイプのワンピース。ドレスのようにトレーンがない代わりにガラスの装飾がついている。
「良いですね。ドレスの雰囲気を崩さず、それでいて身軽な見た目ですね」
隣に立っている柳も同調するようにうなづく。
「これって試着しても良いですか?」
「はい。ではこちらへどうぞ」
プランナーは加蓮を連れて試着室へ入っていった。
「楽しみですね」
「うん」
プロデューサーは緊張した面持ちで加蓮の登場を待つ。
「緊張されてますね」
「そりゃあな。愛する人のウエディング姿だぞ。それを緊張しない人なんているのかよ」
「ふふふ。そうですね」
しばらくすると、二人が戻ってきた。
「どう、かな?似合う?」
髪型は普段の下ろしたままだが、ワンピースドレスを着た加蓮にプロデューサーは域を飲んだ。
「綺麗だよ。加蓮」
「恥ずかしいよ。でも、ありがと」
加蓮も顔を赤らめて話す。
「…じゃなくて、このドレス似合ってる?」
加蓮は一回転して全体を見せる。
「うん。綺麗だ。似合ってるよ。加蓮はどうだ?気に入ったか?」
「あたし、このドレス着たい」
「加蓮が着たいならこれにしよう」
「かしこまりました」
衣装が決まった後は、挙式と披露宴の流れの説明と、演出の打ち合わせ。花嫁のメイクと決めることが多い。外出時間も越えてしまいそうなので、残ったものは病室で決めることになった。
両手にいっぱいの紙袋の中には未決分の打ち合わせ資料。紙袋ごとに何を決めるかが書かれている。
「次回は三週間後にお待ちしております。加蓮さんもがんばってくださいね」
「はい!」
式場を後にして、三人は病院へと戻っていった。
病室に戻り、柳と別れた後は社長に今日の打ち合わせの進捗報告を電話で済ませ、そのまま直帰してもいいことになった。
「ねえ。プロデューサー。次に決めなきゃいけないもの、見せてよ」
加蓮が持ち帰ってきた資料を見せるように促す。
「えーっと、まずテーブルコーディネート。それにアイテム。後は加蓮のメイクだな。結局これも決まっていなかったし」
「じゃあ、メイクかな」
プロデューサーはメイクの紙袋を持って加蓮に一冊ずつ見せる。
「うわー。綺麗」
モデルの花嫁姿を見て加蓮は笑顔になる。
「あたしもこんなにきれいになれるかな?」
「なれるよ。だって俺のお嫁さんだ。なれるに決まってる」
プロデューサーの言葉に加蓮は顔を真っ赤にする。
「本当にプロデューサーって、人をその気にさせるのが上手いよね。病弱だったあたしがこうしてアイドル出来るようにしちゃうし、大勢の人の前に立たせるんだもん」
「それをきちんとこなせなきゃ意味がない。加恋はそれをきちんとこなしてきた。だから今をときめくトップアイドルになれたんだ」
「…本当によかったの?あたしはもう先ももうほとんどない。アイドルにだってもう戻れない。そんなあたしを――」
加蓮の言葉を遮るようにプロデューサーは彼女を優しく包んだ。
「もし、そうだったとしても、俺は加蓮のことを愛していたと思う。アイドルじゃなくても、病弱なままでも、ずっと加蓮のこと好きでいられたと思う。だから、そんなこと言わないで」
「プロデューサー。ありがとう……」
加蓮もプロデューサーの腕をギュッと掴んでしばらくそのままでいた。
看護師に面会終了の時間を告げられ、プロデューサーは片づけを行う。次回の打ち合わせに必要な物はまだ決まりきっていないが、極力加蓮の意向に沿えるものを出すのが望みだった。
「明日は、凛と奈緒の仕事を見てから来るよ。――多分、二人を連れてくるよ」
「二人とも元気かな?」
「加蓮がいないから少し元気がないけど、仕事に私情は挟まない。きちんとやってるよ」
「なら安心した。また明日ね」
プロデューサーと別れて一人きりになる。起こしていた身体を倒して天井を見上げる。
――あたし。もうアイドル出来ないのかな?
その不安だけが胸を締め付けていた。
次の日。
午前中に凛と奈緒の仕事ぶりをチェックする。最近は加蓮のことでろくに担当アイドルの仕事ぶりを見れていなかった。打ち合わせは全て行うので、後はそれに沿って行うだけだが、それでもきちんとできているか。トラブルが起きていないか心配になってしまう。
「はい!オッケーでーす!」
「お疲れ様でした!」
今日の仕事はCM撮影。この夏に向けての新商品を紹介するものだ。本来は加蓮もここに入る予定だった。
「お疲れ様。無事に仕事出来ているようで安心したよ」
全ての撮影を終えて二人が戻ってくる。
「当然でしょ。きちんと仕事してないと、加蓮を心配させちゃうしね」
「トライアドプリムスという居場所を守る。それが出来なきゃ加蓮にバカにされ続けちゃうよ」
二人なりに加蓮のことを心配にしていて、そのことでさらに奮起しているようだ。頼もしいアイドルになった。
「そうだ。プロデューサー。あたしたちで何か余興したいんだけど、何がいいかな?」
凛が余興のことで質問してきた。披露宴では友人たちによる余興もほぼ入っている。
「あー。それもそうだな……。ってか、それを俺に相談していいのか?」
「どこまでがオッケーで、どこまでが駄目かの線引きは一番大事でしょ。せっかく考えて準備しても、それはダメですって言われたら意味無いでしょ」
「まあ、それもそうだ。――個人的には、思い出に残るものが一番だろう」
「思い出に残るものねえ……」
奈緒が腕を組む。
「例えば、両親の言葉や親戚の言葉なんてあれは、友人側から見ても胸に来るものがあるな。学校の友人とか、そういうのは鉄板だな」
凛はおもむろに携帯を出して操作する。
「なるほどね。歌とかダンスよりも心に響きそうだね」
「しかもアイドルだろ。歌やダンスでは響きにくいだろう。いつも一番近いところでやってたし見てきたし」
「ありがとう。一応、参考にするね」
携帯をしまって、今度は奈緒が話しかけてくる。
「この後のプロデューサーの予定は?」
「二人を事務所に送って、加蓮と式の話し合いだ。昨日の打ち合わせで半分も決まらなかったから、次回までに決めなくちゃいけないことが山積みでな」
「加蓮のことだから、あれもこれもで決まらなさそう」
凛の言葉に、奈緒も同意する。
「そこはきちんとプロデューサーが引っ張ってやれよな。せっかくの式だからってあいつのワガママ通してると、決まるもんも決まらないからな」
「…肝に銘じておきます」
出先から凛と奈緒を連れて病室に入ると、加蓮は眠っていた。整った寝息を立てて熟睡している。
「おーい。かれーん」
プロデューサーが花蓮の肩を揺すって起こそうとするところを凛と奈緒が止めに入る。
「見てよプロデューサー」
凛の視線にプロデューサーも合わせる。
そこには昨日持ち帰ってきた資料すべてに付箋が貼られてあった。
「あいつ、俺は一冊しか出してなかったのに……」
「多分、昨日ずっと見てたんじゃない?ナースコールで呼び出して全部そこに置いてって頼んで」
「やりそうだな。ワガママだけど、変に責任感は強いもんな」
プロデューサーが資料を持って付箋の張られたページを適当に開いていく。そこにはペンで感想や第一候補と書かれてあった。
「頑張ってるね」
「あたしたちも頑張らなくちゃな」
その後、二人の時間が許す限り病室で加蓮のことを見ていたが、ついに起きることなく書置きだけ残して、自分たちの家に帰した。
もう一度病室に入ると、今度は加蓮が起きていた。
「凛たち来てたの?」
「ああ。時間いっぱいまで待ってたけど、加蓮の寝顔を見て満足してったよ」
「起こしてくれたらよかったのに……」
「ぐっすり眠ってたし、二人とも起こすなって。それに書置きしてある」
プロデューサーは資料の一番上を指差す。
「『頑張りすぎちゃだめだよ』『自分だけじゃなく、プロデューサーも頼れよ』だって」
二人の言葉に加蓮は苦笑する。
「そう言えば、最近二人と連絡取り合ってたか?メールでもチャットでも」
「取ってなかったかも?」
「だったら今夜はやってな」
夜。
通話アプリで凛と奈緒にメッセージを入れる。すぐに彼女たちから返信が来た。新派しているのかと思いきや、寝顔が可愛いという話題になった。普段はいじられる側の奈緒も、今回ばかりは加蓮の寝顔を可愛いと言ってくる。
いじり慣れていない加蓮は途中で怒ってしまうが、すぐに微笑む。
――これが今まであった日常なんだなあ……。
普段何気なく思っていた日常がすごく尊く思える。この一瞬一瞬を大事にしたいと思える。
――ありがとう。凛、奈緒。
加蓮は二人が眠くなるまで通話アプリを使い続けた。
日が経つにつれて、加蓮が好調を維持できる日が少なくなってきた。体調が思わしくない時が多くなってきて、面会が出来ない日も出てきた。
加蓮の両親も毎日病院に通い詰めて福良と話し合っている。
「今日も加蓮さんの調子が良くありません。申し訳ありません」
治療優先で部屋の外からでしか加蓮の様子が見れないことも多くなってきた。携帯電話も使えず連絡も取れない。
そうなってくると、式の打ち合わせにもしわ寄せが出てくる。次の打ち合わせまで五日を切ったが、外出許可が下りるかどうかはまだ分からない。
不安になったプロデューサーはプランナーに連絡を取って現状を確認する。
『となれば、私が病室に向かうということでも大丈夫です。だた、加蓮様が面会謝絶となると、御主人とお二人でとなるかもしれませんね』
打ち合わせ時刻は変えず、当日の加蓮の体調次第で場所を決めるというやり方に決まった。
「数分だけなら大丈夫だそうですよ」
電話を終えて病室に戻ると、加蓮の母親が待っていてくれた。すぐに病室に入り、加蓮と話をする。
「プロデューサー……。外出許可難しいって……」
「そうか。俺もその件でプランナーさんと話をしていた。当日、面会が出来そうならここでやろうと」
「大丈夫なの?」
「先方さんは問題ないそうだ。だから、しっかり体調を整えなきゃな」
プロデューサーの言葉に加蓮は答えなかった。
「今ね。自信ないんだ……。あたしの身体、あたしのものじゃないみたい。まるで別の他人の、全く違う身体のような感じがするんだ……。だから、自信ない……」
そのまま加蓮が続ける。
「昨日も、一昨日も急に悪くなったと思ったら、今までになかった苦しみがこみ上げてきた……。でも、お父さんもお母さんもいる。凛、奈緒、そしてプロデューサーがいるって思ったら、負けてられないと気持ちになる。だから、頑張るよ……」
弱弱しいながらも加蓮は笑みを浮かべる。加蓮の母親は声を抑えて涙を流し、父親も泣かないように我慢していた。
「俺も頑張るよ。だから……」
プロデューサーは加蓮の手を取る。
「うん。頑張ろうね……」
そして第三回の打ち合わせ当日。
朝一番で病院に向かい、まず福良に会いに行く。もうすでに加蓮の両親が来ており、福良と話をしていた。
「おはようございます」
プロデューサーが頭を下げると、三人も頭を下げた。
「昨晩の体調は穏やかに経過していました。今朝の経過ですが、問題はなさそうだと思います。面会を許可いたします」
福良の話を聞いて三人はほっと安堵する。これで打ち合わせが行える。
「ただし、体調が悪いと感じたらすぐに呼んでください。披露宴の打ち合わせも大事ですが、加蓮さんの体調を第一にお願いいたします」
福良が立ち去ると、両親は加蓮に報告。プロデューサーはプランナーに病室での打ち合わせが可能であると伝える。
『分かりました。では先約が終わり次第向かいます。その時になりましたらご連絡いたします』
打ち合わせが可能になったことで、プロデューサーも加蓮と打ち合わせの準備と確認を行う。
その様子を加蓮の両親が携帯電話の写真に収める。シャッター音に気づいて、加蓮が恥ずかしがる。
「ちょっと。この姿撮らないでよ。恥ずかしいよ」
「いいじゃない。今の加蓮、すごく可愛かったわ。嬉しそうな表情、久しぶりに見たもの」
母親の言葉に加蓮は反論する気も失せてしまう。
「ずるいよ。そういうの」
途中で休憩を挟みながら今日までに決めなくてはいけないものを決めていく。
「すみません。せっかくの貴重な時間を私だけ使ってしまって」
休憩時間中、プロデューサーは加蓮の父親に頭を下げる。
「良いんです。私たちはあの子の幸せが第一です。今のあの子はアイドルをしていた時のようです」
父親は遠く昔を思い出すように話す。
プロポーズから余命宣告、そして式の計画。アイドルをしていた加蓮の姿は本当に昔のことのように思えてしまった。
「私は、諦めていません。加蓮さんが病気を克服して、再びアイドルとして満員のステージに立つことを」
「そうですね。また、アイドルのあの子がみたいですね。そのためにも我々が諦めたらだめですよね……」
父親と話していると、加蓮が戻ってきた。
「お待たせ。さ、プロデューサー。プランナーさんが来る前に終わらせよ」
昼前に決められるものを無事に決め終える。昼食の休憩中にプランナーが今から向かうとの連絡が入った。
病院内のコンビニでおにぎりを買って、四人で食事をする。
「あー。ポテトチップスが食べたいなあ……」
加蓮がそう漏らす。入院してからこちら、ジャンクフードと呼ばれる類はまったく口にしていない。
「病気が治るまで我慢だな」
「はーい……」
昼食を摂り終えたころに、プランナーさんがやってきた。昼食はもう食べたとのことなのでそのまま打ち合わせに入る。加蓮の両親はその間席をはずしてもらった。
まずは前回の積み残していたものをプランナーさんに伝えて確定させる。そしてタイムスケジュールの確認と、進行の確認。そして披露宴の司会の確定をする。これでほぼ式で使う準備はそろった。後はリハーサルの有無と式の席次表確定。最終見積もりの提出が式の三週間前に行われることになった。
その間に、凛と奈緒が病院にやってきた。学校終わりで今日はアイドルの仕事もレッスンもない全休だからだ。
病院に入りホールに入ると、奈緒が加蓮の両親を見つける。すぐに彼らの元へ向かう。
「凜ちゃんと奈緒ちゃん。こんにちわ」
「こんにちわ。加蓮さんは今日も面会できないんですか?」
「今日は面会大丈夫です。今は結婚式の打ち合わせを行っているんです」
「そうだったんですか。となると、少し時間かかりそうですね」
「そうね。せっかく来たんだから、病室の外から加蓮の姿でも見ていってください」
二人は両親に言うとおりに加蓮の姿を病室の外から見ることにした。
病室では加蓮はベッドで体を起こしたまま、その横でプロデューサーとプランナーが話し合っている。
「あの人がプランナーか。加蓮もなんか嬉しそうに話してるね」
「まあ、花嫁姿というか、結婚は夢だからな」
「ふーん。奈緒も憧れてるんだ」
「あたしだけじゃなくて、凜も憧れてるだろ?」
奈緒の反論に凜も、まあね。と短く答えた。
「でも……。加蓮、一気に痩せたよな……」
「うん……」
奈緒が表情を暗くする。それに凜も力なく同調した。
第三回目の打ち合わせが終わり、式に向けた打ち合わせはこれでほぼ終わった。後は当日の動きの再確認を行って、当日の本番に望むだけとなった。
「もうすぐだね」
「そうだな。一ヶ月後に結婚式だなんてちょっと想像できないな」
「ふふふ。あたしもだよ」
「…絶対成功させような」
「うん」
時が進み、式の二週間前。
仕事の監督をしていたプロデューサーの携帯に着信が入る。電話の相手は加蓮の入院している病院。
「もしもし……」
『福良です。加蓮さんの容態が急変しました。今から集中治療室に入ります』
ついにこの時が来てしまった。今まで加蓮の体力があったからか、体調がよくないときがあったが、こうして集中治療室にまで行くという事態は初めてだった。
「よろしくお願いします。ご両親からは私から連絡します」
『ありがとうございます』
プロデューサーはすぐに電話を切って加蓮の両親に、彼女の容態が悪化したことを伝え、現場からも抜けることを社長とちひろに連絡を入れて病院に急行する。
「すいません!北条加蓮はどこに?」
受付に駆け込んで、今いる場所を聞く。彼の迫力に受付の女性も身を引かせてしまう。
「え、えっと……。北条加蓮さんは三階の手術室です」
「ありがとうございます!」
すぐに言われた場所に向かうとそこには加蓮の両親が祈るように座っていた。
「プロデューサーさん……」
父親のほうがプロデューサーに気づき声をかけてくれた。
「加蓮さんは……」
「私たちが来たときにはもう手術室に入っていました……」
「そうですか……」
プロデューサーも空いているところに腰を下ろす。それからはずっと一点を見ながら、部屋の上にある赤いランプが消えるのを待つ。
「プロデューサー!」
それからしばらく経った後、凜と奈緒、それに柳がやってきた。
「加蓮が大変なことになってるって、本当?」
凜の言葉にプロデューサーはゆっくりと席を立って、三人を座らせる。
「今はまだ、あの部屋の向こうだ。一生懸命生きようとしてるんだ。俺たちはそれを、祈ろう」
「うん……」
凜たちも入れた六人でじっと手術のランプが消えるのを待った。
そして赤いランプが消えたのは、それから数時間たった。夕日のオレンジが窓から差し込んでいた。
福良が部屋から出てきた。
「先生!加蓮の様子は?」
いの一番に聞いたのは加蓮の母親だった。
「手術のほうは成功しました。容態は安定しております。ただ、かなり体力や抵抗力が落ちてきています」
「加蓮の結婚式はどうなるんですか?」
「このまま状態が安定していれば、まだ式には時間があります。ただ、」
「ただ?」
「これ以上、体調が危うい状態になれば、許可は降ろせません」
「そんな!加蓮の最期の――」
反論したのは凛と奈緒だけだった。
「プロデューサー!なんか言ってよ!」
「加蓮の命と式を天秤にはかけられない……。それで加蓮の命が永らえるのであれば、俺はそっちを選ぶ」
プロデューサーの意見に加蓮の両親は何も言わなかった。
「とにかく。今は加蓮の無事になったと分かった。凛、奈緒送っていくよ」
「加蓮の顔は見れないの?」
「今日はそのまま集中治療室へ運びます。その後の経過も見る必要があるので、面会は明後日以降でお願いします」
福良の言葉に凛と奈緒は力なく頷いた。
車に凛と奈緒を乗せて、それぞれの家に送っていく。
「プロデューサーは不安じゃないの?」
運転中、凛が漏らした。しかし、プロデューサーは答えない。
「あたしは不安だよ。仲間が、親友が死んじゃうかもしれないって。そう考えたら、怖いよ……」
「あ、あたしも。加蓮がいないアイドル活動とか、事務所の風景とか考えれないよ……」
二人が後部座席で弱弱しく話し続ける。
「いい加減にしろ!」
プロデューサーの一喝で二人は大きく身をびくつかせる。
「今の姿を加蓮に見せたら、加蓮が悲しむぞ」
そのまま続ける。
「良いか。俺たちが出来ることはあいつが目を覚ましても今までと変わらない日常を見せることだ。そして加蓮の容体が安定して目を覚ましてくれることを祈るだけだ」
「で、でも――」
凛の反論をプロデューサーは遮って、
「不安なのは俺だって、加蓮の両親だって同じだ。いや、あの二人は俺達以上に重いものを背負っている。そんな人たちの前で潰れるわけにはいかないんだ。
――それと大声で怒鳴って済まなかった……」
そのまま車内は沈黙が流れ、凛の実家の前に到着する。
「それじゃあお疲れさま」
凛は無言で小さく頷いて帰って行った。
奈緒と二人きりになっても相変わらず沈黙が流れる。
「…ラジオ付けてもいいかな?」
「うん……」
沈黙に耐えきれなくなったのか、プロデューサーはカーラジオを付ける。そこでは投稿者が過去の失敗談を面白おかしく紹介していた。
「俺、この番組好きでさ。毎週、聞いていたんだ。でも、今週は全然頭に入らねえな……」
「そりゃあな。プロデューサーさんにとって最愛の人が危ない状態なんだ。無理ないよ。それに」
「それに?」
「みんな、『あの人が辛いから』って我慢し過ぎだよ……。加蓮の両親も、プロデューサーも凛もそうだよ。今のままじゃ絶対みんなおかしくなっちゃうよ。一人の時にはさ、感情爆発させてリセットさせた方が良いよ」
奈緒の言葉にプロデューサーは小さく頷いた。
「…トライアドプリムスがうまく行った理由がわかった気がする」
「ど、どういうことだよ?」
「凛と花蓮って頑固じゃないか?」
「あー。そうだな。意外なところで頑固なとこ見せるな。でもニュージェネのときだってそうだったんじゃないか?」
ニュージェネとはニュージェネレーションの略で、渋谷凛、島村卯月、本田未央のトリオのアイドルグループである。
プロデューサーの質問に奈緒は納得するように頷いた。
「ニュージェネの時は、ほぼ同じ時期に入っただろ?だからお互いのことってかなりわかっていたと思う。未央という調整役もいたから余計にスッと入っていた感じだ。だが、トライアドプリムスは奈緒と加蓮は遅かっただろ?だから先輩のような凛の意見に後輩のような加蓮が良くぶつかっていた感じがする」
「確かに。見ててヒヤヒヤした時もあったな」
「だけど、奈緒がそこで間に入ってお互いの落としどころを見つけてくれる。だから大きな衝突もなくやってこれたと思う。現に今だって、俺に提案してくれただろ?」
「あ、あれは……。男の人はみんなの前じゃ泣けないだろうなって思ったからだよ」
「そういうところがあるから、何かあったら奈緒をいじってくるんじゃないか。奈緒をからかうことで、二人の仲が強くなるんじゃないかと思った」
「そ、そうかな?」
「多分な。でも、なんか楽になった気がする。一人になったら泣いてくるわ」
「それは宣言するなよ……」
そんな話をしていると、奈緒の家に到着する。
「プロデューサー。気を付けて帰れよ。一人になったからって泣くなよ」
「家に帰ったら泣くから大丈夫だから」
奈緒と別れて車を事務所に戻し、ちひろに報告をして帰宅する。
家に戻ったプロデューサーは通話アプリで加蓮に、頑張ろうな。と入れてベッドに倒れ込んだ。
「この時だけは……。ゴメンな……」
誰もいない部屋で一人、泣いていた。
次の日。プロデューサーは社長から一日休みの許可をもらい。病院へ向かう。受付にはすでに加蓮の両親が来ており、挨拶をする。
「おはようございます。今日はお休みですか?」
「はい。休みを頂きまして経過を見に」
「ありがとうございます」
プロデューサーも両親の隣に腰を下ろし、しばらく三人は黙ったままだった。
「私ね。今の時期で良かったと思うんですよ」
母親が呟くように話し始めた。
「これよりももっと先に今みたいな状況になったら、結婚式の開催は絶望的だったと思うんですよ」
プロデューサーは昨日の福良の言葉を思い出す。
――このまま状態が安定していれば、まだ式には時間があります。ただ、これ以上、体調が危うい状態になれば、許可は降ろせません。
まだ式に行ける許可を下ろしてもらえる余地があるということだ。無理であればまずそのことについて言及するはずだ。
「後はあの子の体力の回復を祈るだけですね」
その日は福良と面談を行って、経過の報告を聞いた後、廊下から加蓮の姿を見る。
加蓮はベッドで整った寝顔を見せて眠っている。
「今のところ容体は安定しております。二、三時間程度で目が覚めると思います」
それを聞いて三人はほっとして、そのまま加蓮の様子を見続けていた。
それから目の覚めた加蓮は式に出られるように懸命にリハビリと闘病生活を行う。
――またアイドルになって、ステージに立つんだ……。
リハビリは非常につらいものがあったが、両親、ともにステージに立ったことのある仲間からの激励。そして最愛の人の頑張りもあって、時折体調を悪くしながらもリハビリを行っていく。
そして――
「――この様子で行けば、式の途中で容体が急変するということはないかと思います。明後日の外出を許可します」
福良の言葉に加蓮はもちろん、彼女の両親、そしてプロデューサーも喜ぶ。
「良かったね。頑張った甲斐があったね!」
加蓮の母親は嬉し涙を流し加蓮と抱き合う。
「良かったな。今まで頑張ってきた成果が出たな」
「うん!プロデューサー。頑張ろうね!」
三人で喜ぶ中、プロデューサーは社長に、加蓮の外出許可が下りたことを電話で報告する。
『そうか。頑張ったんだな。まずは一安心だな』
「ありがとうございます」
『お前ものんびりするなよ。式が出来るんだ。加蓮さんならともかく、お前のミスは許さないからな』
「う……。今から練習しておきます」
社長から思いもよらぬ攻撃を受けてプロデューサーもたじたじになる。
『明日は面会可能か?』
「はい。これから一般病棟に戻ります。明日は時間までなら面会可能です」
『分かった。では、明日向かうよ』
「私も一緒に行きます」
『そうだな。病室まで案内してもらうよ』
電話を聞いて三人の輪の中に入る。
「今、社長に報告したよ。明日、俺と一緒に面会に来るそうだ」
「あら、大変。変な服装できないわね。ちゃんとした服を……」
「母さん。加蓮は入院中なんだから……」
昨日まで不安な表情しか出なかった加蓮の両親も、表情に余裕が出てきた。
「それじゃあ、私は事務所に戻ります。加蓮のこと聞きたい人がいっぱいいるので」
「ありがとうございました」
「プロデューサー。また明日ね」
両親に頭を下げられ、加蓮に手を振られて見送られた。
車に乗り込んで、発車する前にちひろに連絡してこれから事務所に戻る旨を伝えた。
「加蓮ちゃん、式に出れるようになったそうですね。良かったですね」
「ありがとうございます。式のスケジュールを今からしっかり確認しなくちゃいけませんね」
冗談が出るほど今の状態は良い。溜まっている仕事を処理して、社長の同行時間も確認して事務所を後にする。
次の日。式前日。
この日からプロデューサーは休みをもらい、朝一で社長を迎えに行き、加蓮の病室に向かう。
「もう元気なのか?加蓮さんは?」
「はい。二週間前の急変からは体調が崩れることは無く、リハビリをこなしてきました」
「良かったな」
「はい」
病室に向かうと、加蓮の両親のほかに凛と奈緒がすでに来ていた。
「社長。おはようございます」
凛と奈緒が頭を下げて挨拶をする。
「おはよう。二人とも来ていたのか」
「はい。今日から面会できると加蓮から聞いていたので」
「そうか。――加蓮さんも良く頑張ったね」
「みんなのおかげです。明日の結婚式今からドキドキしてます」
結婚式という言葉でプロデューサーは思い出したように声を上げた。
「そうだ。明日の式のことで午後一に清良さんとここで打ち合わせがあるんだ」
「そうなの?それもっと早く言ってよ」
「いや。俺と清良さんだけでいいからな」
「柳さんはこちらに来るのか?」
「はい。彼女は今日からオフを取っております」
社長がそうか。と頷いた。
「明日結婚式なんだよね。何だか実感ないな」
「おいおい。当事者が何言ってるんだよ」
加蓮の言葉に奈緒が苦笑する。
「だってさ明日だってのにあたし、ここにいるんだよ。緊張感も何も起きないよ」
自虐のネタで病室の雰囲気が明るくなっていく。
「社長はいつお戻りになりますか?」
「柳さんと一緒に戻ろうと思う。その打ち合わせ、私も参加したい」
「分かりました」
午後に入り、柳が加蓮の病室にやってきた。それを見てプロデューサーが出迎える。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。オフなのにわざわざありがとう」
「いえ。私にしかできないことなので、嬉しく感じます。時間はもうすぐですか?」
「そうだなあと十分ほどで時間になる」
「そうですか。――加蓮ちゃん。調子はどうですか?」
「清良さん。それもう毎日聞いているよ。――うん。調子はいいよ。ここ最近は動きたくて仕方がないよ」
「ふふふ。なら安心ですね」
福良もやってきて、明日のことでの打ち合わせに入る。参加するのはプロデューサーに柳。そして社長。
打ち合わせ内容は明日の式で有事の際が起きた場合の確認である。
加蓮の移動は全て車椅子で行い、それを引くのは柳が行って欲しいということ。そして何か起きた場合はすぐにこの病院の福良に連絡すること。の確認が行われた。
「これで以上になります。北条さんに何か異変を感じられたらすぐに式を中断してください」
福良の言葉に三人は首を縦に振った。
「あ、もう終わったんだ」
打ち合わせを終えて病室に戻ると、加蓮は両親と談笑していた。
「まあ、最後の確認だ。何があっても良いようにな」
「明日は私も付き添います。何かあったら話してくださいね」
「清良さんがいれば安心できるね。よろしくお願いします」
「さて、話も終わったことだ。私たちは帰るとするか」
「そうですね。ご家族で色々と積もる話もあると思いますし」
社長と柳が帰るので、プロデューサーは彼らを送るために一緒に戻る。
家族だけになった病室では、加蓮と北条家最後の日を過ごす。
そして次の日の朝。
加蓮の準備もあるので結婚式は午後からスタートする。朝一でプロデューサーは事務所で柳を拾って、そのまま病院に向かう。
「おはようございます」
病室に入ると、すでに加蓮たちも準備万端だった。入院着以外の彼女を見るのは実に久しぶりだった。
「あ、おはよう。清良さんもおはようございます」
「おはようございます。加蓮ちゃん。もう準備万端ね」
「はい。両親が準備してくれたので。もう行くだけだよね?」
「そうだな。後は福良先生に挨拶だけして行こう」
福良の部屋を訪れる。
「おはようございます」
「おはようございます。いよいよ今日ですか……。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます……。先生のおかげでこの日を迎えることが出来ました」
「いえ。私はそのお助けだけです。加蓮さんの頑張りですよ」
「ありがとうございます」
「さ、主役が遅れてしまったら皆さんが困りますよ」
福良が三人を早く外へ出るように促す。
「では行ってきます」
「行ってらっしゃい」
病院から外に出ようとすると、出入り口に加蓮がお世話になった看護師と医師が両側に立って加蓮たちを見ていた。
そこを通り過ぎようとすると、
「加蓮さんおめでとうございます!」
「結婚式頑張ってきてください!」
「お幸せに!」
看護師たちの言葉に加蓮は脚を止めて涙を浮かべる。
「ありがとうございます。幸せになってきます!」
全員に一礼をして病院を後にする。
「全くズルいよ。みんな……」
涙を手で拭って加蓮は車に乗り込む。
「清良さんはああいうのやった経験ありましたか?」
「残念ながら入院中に結婚式を控えていた人はいませんでしたね。ちょっとうらやましいですね」
「あんなに大勢に祝福されるのも、悪くないんじゃないか?」
「うん。ちょっと不謹慎かもしれないけど、入院してて良かったかなって思っちゃった」
「そうですね。あの経験をする人はそうはいませんね」
和やかな雰囲気の中、車は式場に向けて走っていく。
式場に着くと、プランナーを含めた担当者全員が加蓮たちの到着を待っていた。
「お待ちしておりました。車はこちらで駐車場に停めておきますので。鍵をお預かりします」
担当者に鍵を渡して三人は式場の中に入る。もうすでに加蓮の両親は会場入りしているらしい。
「ではまず、式のリハーサルを行いましょう。教会に行きます。――車椅子使いますか?」
プランナーの申し出に加蓮は少し迷ったが、
「いえ。リハーサルだけでも歩かせてもらったらと」
加蓮は柳の方を見る。
「そうですね。この服でなら問題ないと思います」
「やった」
加蓮はガッツポーズをする。
リハーサルでは、新郎新婦が実際にどう動くのかを教えてもらう。先に新郎が協会に入りバージンロードを進み祭壇の前に立つ。進行の合図で神父が父親とともに入場。新郎の隣にまで共に行き、新郎が新婦の手を取ったのち、祭壇の前に立つ。
その後、賛美歌を斉唱し、神父が聖書を読む。それが終わると、神父が誓約を神父に問いかけてくるのでそれに新郎が答える。その後、新婦にも同じように問われるのでそれを応える。指輪を交換し、新婦による結婚の成立を宣言される。詔書に署名し進行者が、結婚が成立したと報告し、新郎新婦がバージンロードを歩いて退場する。という流れになる。
「このように動きます。本番の時に加蓮様は車椅子での移動となります」
「うーん。絶対緊張するな……」
プロデューサーの感想に加蓮も同調し、柳も苦笑いを浮かべる。
「私は加蓮ちゃんを車椅子で運ばないといけないんですよね。責任重大ですね」
歩くペースはお父様と同じくらいのペースで加蓮様とお父様が横一列になるくらいがちょうどいいと思います。
「なるほど。すみませんお父様。一度練習させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。構わないよ……」
加蓮の父親は少し恥ずかしそうに頷いた。
「清良さんもアイドルだからね。一緒に歩く機会なんて貴重な機会だよ」
「バカ!親をからかうんじゃない!」
加蓮のヤジが飛ぶ。母親の目はやや冷ややかだった。
それが終わると、結婚式に備えて親族全員が着替える。先に男性陣の着替えが終わるが、全員が着慣れない服で落ち着かない。
「落ち着きませんね……」
「全くだ。これから式本番だという部分もあって緊張もするよ」
式の開始三十分前に入り、女性陣が控室に入ってきた。もちろん加蓮も入っている。柳が引く車椅子でやってきたのでゆっくりと立ち上がった。白いワンピースドレス姿に白いベールで顔を半分隠れている。メイクも普段アイドルのメイクを見慣れているが、いつもよりも濃いめのメイクが映える。
「どうかな?」
少し恥ずかしそうに加蓮が聞く。
「うん。すごく綺麗だよ。アイドル北条加蓮ではなく、花嫁北条加蓮だな」
「何かそれ褒められてる気がしないんだけど……」
「褒めてるんだよ」
「まあ、良いか。ありがとう」
それからは係員の声がかかるまで待機になる。
「新郎新婦様。お願いします」
ヘアに入ってきた係員の声でいよいよ式本番になる。
「さあて、頑張りますか!」
プロデューサーの掛け声で全員が立ち上がる。
「ね。ライブの時みたいにあれやろうよ」
加蓮が言うあれは、いつも袖から出てくる前に行う円陣のようなものだ。最初はアイドルたちの緊張をほぐすためにやっていたが、すっかり慣れた今でも儀式のように行っている。
「良いですね。アイドル事務所のアイドルとプロデューサーの結婚式ですからね」
柳がまさかの援護射撃が入る。
「良いんじゃないかな?加蓮がどうやって送り出されているか気になるしな。な?」
「ええ」
プロデューサー以外全員、加蓮の意見に乗ってしまった。
「はあ。分かりました。――良いですか」
いつもやっている円陣を行う。まず、円陣を組んでプロデューサーが何かを言うのでそれを大声で返事をする。それを繰り返して行くうちに返事が大きくなっていく。そして最後に行くぞ。と大きな声で円陣が解けて全員にハイタッチするというものだ。
「結婚式です!気合入れていきましょう!」
「はい!」
「一生に一回です。悔いの無いように行きましょう!」
「はい!」
「楽しく行きましょう!」
「はい!」
「思い出に残しましょう!」
「はい!」
「行くぞー!」
五人が一人ずつハイタッチをして完了する。
「ふふふ。行こうプロデューサー」
すっかりライブモードになった加蓮は笑顔で車椅子に乗り込んだ。
「娘がこうやって送り出されていくのかと思うと嬉しかったな」
加蓮の父親の言葉に母親も頷いた。
そして教会入口で全員が待機する。呼ばれればまずは新郎のプロデューサーが先に入場する。
「新郎さま。お願いします」
合図が来たようで、教会の入り口のドアが開かれる。そして一人、緊張した面持ちで入場する。
入った瞬間、歓声とカメラのフラッシュが一斉に俺に向かってきた。普段は撮る側、見る側なので見られる側は全く慣れていない。
参列しているのは加蓮の親族と、事務所のアイドルと先輩、重役たちだ。緊張した面持ちの中、祭壇の前に立ち加蓮を待つ。
「新婦の入場です」
パイプオルガンが鳴り響く中、もう一度正面の入り口が開く。今度は加蓮と父親、そして彼女の車椅子を引く柳が入る。加蓮の入場でアイドルたちの声が響く。一斉にカメラのフラッシュがたかれる中、加蓮と柳は普段通りで父親は緊張しすぎて引きつった表情だ。
プロデューサーの前まで来た加蓮は父親の手を離れ、プロデューサーの手を掴み、横に立つ。
パイプオルガンが止まり、賛美歌と聖書の朗読が行われる。
「それでは、婚約の誓約に入ります。まずは新郎。あなたは健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「続きまして新婦。加蓮さん。あなたは健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「それでは指輪の交換を行います」
プロデューサーが指輪を加蓮の左手の薬指に指輪をはめ、続いて加蓮がプロデューサーの指に指輪をはめる。立つことが出来ないため、プロデューサーはひざまづいて左手を出して指輪をはめる。
「それでは誓いのキスを……」
二人は互いを見合って、目をつむって口づけを交わす。
「ここに一組の夫婦が誕生しました。皆様盛大な拍手で祝福をお願いいたします」
進行の声で参列席からは割れんばかりの拍手がなされる。
「それでは結婚証書に署名を行ってください」
出された証書にまずプロデューサーが自分の名前を書き、次に加蓮の名前を書く。書き終えると彼がそれを神父に手渡した。
「以上で指揮を閉式いたします。参列者の皆さま、本日はお忙しいところ本当にありがとうございました。最後に新郎新婦が退場いたします。皆様拍手でお送りください」
プロデューサーが加蓮と手をつないでバージンロードを歩いて退場する。扉が閉じ切った瞬間に、三人は安堵のため息をこれ以上ないというほど大きくついた。
「あー。緊張した……」
「うん……。みんなに見られるのは慣れてるって思ったけど、全然違うプレッシャーみたいなのあったね……」
「私も関係ないはずなんですが、自分が式に出ているような感じがしました……」
三人が思い思いの感想を言い合っていると、女性の係員がやってきた。
「式、お疲れ様でした。これからフラワーシャワーを行います。こちらへ移動お願いします」
三人が通された場所でフラワーシャワーが行われるようだ。奥には鐘が吊るされている。
「ここで、皆さんからお花をお二人に向けて花を撒きます。これにより悪魔や災厄からお二人をお守りするという言い伝えがあります。参列者様が到着して花を配り終わった時点で、お二人に鐘を鳴らしていただきます。それを合図にして皆さんが花を撒きます」
説明が終わって二人が一に着く。程なくして参列者がやってきて係員から花を受け取る。
すでにフラワーシャワーが始まる前に二人の姿を写真に収めるアイドルたち。
「それでは新郎新婦が鐘を鳴らします。どうぞ!」
進行の合図で鐘を鳴らすと、おめでとう。の祝福と花が一斉に撒かれる。それを二人は全身で浴びる。
「このフラワーシャワーで、新郎新婦は悪魔や災厄から守られるでしょう。皆様本当にありがとうございました。この後は披露宴に入りますので、ご参列の皆様は会場にご移動をお願いいたします」
まず第一の結婚式が終わり、控室に戻ってくる。
「まずは一段落だね」
「ああ。緊張した……」
プロデューサーはすぐに冷蔵庫からサービスドリンクをコップに注ぎ、まず加蓮。そして柳に渡す。
「お父様たちも飲まれますか?」
「いや。我々は披露宴で招いてもらう側。飲み物はそっちでも飲めるから今は良いよ」
二人は首を横に振ったので、最後に自分の飲み物を注いで、席に着いた。
「喉がからっからだよ……」
持ってきた飲み物を一気に飲み干した。
「それじゃあ、我々も披露宴の席に向かうよ」
加蓮の両親は一足先に控室を後にした。
「加蓮。体調は大丈夫か?」
「うん。今のところ問題ないよ。このままの調子でいてほしいな」
程なくして、係員に披露宴の準備が完了したとの連絡を受けて、三人は披露宴会場に向かう。
披露宴は結婚式と違って自由に動けることが多い。しかも身内だけなので社長からの祝辞が終わればかなり自由になる。
「二人の人生は山と谷ばかりだと思う。だが、二人だけではない。何かあればいつでも相談してきてください。そしてより良い道を見つけていきましょう。このたびはご結婚おめでとうございます」
社長式辞が終わり、そのまま乾杯に移る。全員がグラスを持って、
「乾杯!」
社長の掛け声でプロデューサーは加蓮と柳にクラスを重ねる。拍手が収まった後は写真攻めだ。
「加蓮。すごく綺麗だよ」
「羨ましいな。あたしも素敵なお嫁さんになれるよう頑張るよ」
早速、凛と奈緒がやってきて四人で写真を撮る。その後もアイドルたちが代わる代わる記念撮影を行っていく。
「それでは夫婦最初の共同作業となります。ケーキ入刀となります!本日のケーキは大原ベーカリーの御協力で特製のバウムクーヘンの入刀となります」
バウムクーヘンの入刀はドイツの結婚式で行われるらしく、二人で力合わせて丸太をのこぎりで入刀するという習わしがあり、丸太をバウムクーヘンに見立てて入刀するのもあるらしい。
二人でナイフを持って、バウムクーヘンに切り込みを入れて係員が一週回してバウムクーヘンが切り落とされた。
「本来はこれを新郎新婦に食べて頂きますが、幸せのおすそ分けということで皆様に分けてお渡しいたします。お二人の門出を祝って食べて頂ければと思います」
進行の気の利かせた言葉でバウムクーヘンは撤収。程なくして細かく切り分けられたバウムクーヘンが出席者の前に配られる。
加蓮の体力を考慮して、お色直しは無くそのまま余興に入る。
出てきたのは凛と奈緒。やはりであった。
「プロデューサー、加蓮。結婚おめでとう。少し羨ましいけど、今日は精一杯二人の結婚をお祝いするね」
「今日は事務所所属のアイドル全員で、お二人の結婚を祝いたかったけれど、どうしても出席できなかった人たちもいるんだ。そこでビデオレターとして見てください」
凛と奈緒が顔を見合わせて、
「それではどうぞ!」
二人の息の合った掛け声とともにプロジェクターから映像が流れる。最初に出てきたのは薄紫色のショートカットの少女。うちの事務所のアイドル輿水幸子。この二週間で海外ロケに出かけてしまっている。確か、高校生クイズ大会の全国大会でアメリカを転々としているらしい。
『加蓮さん。プロデューサーさん!ご結婚おめでとうございます!世界一カワイイボクの姿を見れない二人は凄く残念でしたね!帰国したら精一杯かわいがってくれてもいいですよ!』
相変わらずの口調で会場からも笑いの声が聞こえる。
次に出てきたのは栗色の髪の毛を大きなピンクのリボンでまとめた少女。ウサ耳も付けている。
『加蓮さん。プロデューサーさん。ご結婚おめでとうございます。安部菜々です!本日はお二人の結婚式ということで行きたかったのですが、ウサミン星でのイベントの為、断腸の思いで欠席させていただきました。六月の花嫁っていいですよね。ナナも羨ましいです。ここで一曲テントウムシサンバ!』
ここで菜々の生歌が披露されるが、果たして彼女は何歳なのだろうか。と疑問が出てきたはずだ。十七歳でその歌を知っているのはおそらくいない。
「変な歌だね。まあ、雰囲気はあってると思うけどね」
年齢が近い加蓮でさえ、この曲を知らない。知って手拍子を出しているのは年長組の一部だけだった。
次に出てきたのは、歳を取った男女二人。恐らく夫婦だ。それを見て加蓮が両手で口を塞いだ。
「お爺ちゃん。おばあちゃん……」
どうやら凛たちは加蓮の祖父母の所にまで行っていたらしい。中々憎い演出だ。
「加蓮。結婚おめでとう。加蓮が結婚すると聞いて爺ちゃんも驚いてるよ」
「加蓮。結婚おめでとう。まさか本当にこんな日が来るとは思わなかったよ。残念ながら今日、そちらに行くことは叶わないけど、こうしてお友達がわざわざ来て加蓮にビデオレターをと言われてこうして話してるよ。お盆の時期になったらまた来なさい。今度は旦那さんも連れてね」
最後におめでとう。と手を振ってくれた。それを見た加蓮は涙があふれて止まらなかった。
すぐに柳がハンカチを加蓮に差し出してそれで涙を拭う。
「何年会ってなかったんだ?」
「もう五年になっちゃうね。アイドル始めてからだし、お爺ちゃんち遠いんだ。だから次は必ず帰らなきゃね」
「そうだな……。絶対帰ろう……」
プロデューサーはクロスの中で静かに拳を作った。
余興が終わると、再び自由時間となり隙を見ては、加蓮の様子が変わらないかをプロデューサーはチェックしていく。
「宴もたけなわではございますが、ここで代表挨拶をさせていただきます」
進行の言葉でプロデューサーが席を立って、マイクスタンドが目の前に準備される。
「皆様、本日はお忙しい中、私たち二人の為にお集まりいただきありがとうございました。今日この日を迎えることが出来るのは、皆さまのお力です。
我々はまだ未熟ではございますが、二人で楽しい時はもちろん、苦しい時も共に乗り越えて参りたいと思います。
どうか末永くお引き立てのほどをよろしくお願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました」
プロデューサーの一礼で会場から拍手が起きる。
「続きまして、新婦のお言葉です」
加蓮は車椅子を柳に引かれ、スタンドの調節を待ってから話す。
「本日は本当にありがとうございました。私からもお礼の言葉を申し上げたいと視界の方にお願いして、この場を設けて頂きました。皆様からの温かい励ましとお祝いの言葉をいただいて、感激で胸がいっぱいでございます。
皆様はご存じかもしれませんが、私は進行性の病を患っておりまして、無事にこの結婚式が迎えられました。これも隣にいるプロデューサー、社長。清良さん。そして両親と病院、快気を祈ってくれた皆様の応援のおかげだと思います。
この場を借りて御礼を申し上げます。まだまだ未熟ですが、これからもご指導、ご鞭撻のほどをよろしくお願い致します」
ページを変える。
「お父さん。お母さん。本当に二人の子供であたし、すごく幸せです。病気で何もできなかったことを恨んで、二人の子どもじゃなければ良かったと思っていた日々がありました。
でも、そんな日々は終わりを告げて新しい日々が迎えられたのはきっと、音お産、お母さんのおかげだと思います。私はプロデューサーとともに、新しい日々をこれから、これから……」
加蓮が感極まって、読む手が止まってしまった。何度か深呼吸をして、
「これから作り上げていきます。何かわからないことがあったら教えてください。悪いことがあったら叱ってください。二人で最高の日々を作っていきます!」
上ずった声で文章を読み上げる。横にいたプロデューサーも時折目頭を押さえる場面があった。
「今日は本当にありがとうございました。この風景を一生忘れず、歩いていきます。本日はありがとうございました」
加蓮が一礼をすると、先ほど以上の拍手が会場を包んだ。
「本当に素晴らしい挨拶でございました。本当にありがとうございました」
式の一切が終了し、誰もいなくなった披露宴会場で夫婦二人の写真を撮る。
そしてこの写真が二人で撮った最初で最後の写真となってしまった。
それから一週間後。
容体が急変した加蓮は治療かいなく、帰らぬ人となってしまった。
すぐに会見を開き、加蓮が病で亡くなったことを伝える。すぐにトップニュースとなるが、葬儀等は近親者のみで行うこと。後日、お別れ会を行うということを伝える。
葬儀では先のライブで行われた写真を使い、しめやかに行われた。葬儀中、まだ若いのにと加蓮の早すぎる死を悔やむ人が多かった。
そして葬儀の一切が終了し、プロデューサーが一人、葬儀会場にいた。
棺の中で眠る最愛の人。あの式の後、すぐに入院生活に戻ったため、花嫁生活はあの時だけであったが、それでもあの時のことはいつの日か年老いて終わりを感じるときでも、忘れることは無いだろう。
「いつまでも君を愛するよ……」
最後の口づけはとても冷たかった。
「ありがとう加蓮……。もう少しだけ待っていてくれ……」
最後にもう一度加蓮の顔を見て、棺を閉じた。
以上となります。ここまで読んでくださってありがとうございました。
HTML申請してきます。
乙。悲しくはあるけど、花火のように美しく残ったろう。手塚治虫の5日間の話のようにならなくてよかった
乙
凄いよかったぞ
恐ろしくあっさりしてるな
だが嫌いじゃない
うーん、葬儀の風習の地域差かな
こっちでは葬儀の一切が終わると骨になってる
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません