【モバマス】喜多見柚「ある雨の日」 (11)
※モバマスSS
※地の文あり、Pの一人称視点
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「うわぁ、降ってるねー」
収録を終え、スタジオを出るか出ないかのところで、隣の少女が呟く。
「ほい、傘。車までちょっと距離があるから」
持っていたビニール傘を渡す。今日は夕方から降ると聞いていたので、事務所から適当に持って来ておいた。
予報は大当たり。数時間前は雨の気配すらなかったというのが嘘のような本降りだ。
「Pサンは?」
「俺は折り畳みがあるよ」
「ふーん……」
それを聞いた少女は、やや不満そうな顔をしていた。
「ねえねえ」
「却下」
えーっ、と不満の声が飛んでくる。
それほど長い付き合いではないが、今考えてることくらいは大体予想がつく。
「どうせ『相合傘しよう』とか言うんだろ」
「相合傘しよっ♪」
「却下」
再び不満の声が飛んできた。
「相合傘の何がそんなに面白いんだ」
「面白いじゃん!肩を寄せ合いながら、雨の中を歩くの」
「そうか?」
「お互いの距離が近くて、なんだか普段と違うフンイキ……いつもなら言えないような、あーんなことも言えちゃうカモ♪」
「お前にも『いつもなら言えない事』なんてあるのか、意外だな」
「Pサンヒドーイ!」
三たび不満の声を上げる、隣の少女ー喜多見柚。絶賛売り出し中の、俺の担当アイドル。
彼女は思いつきで喋ることが多い。言っていいことといけない事はちゃんと弁えているが、それ以外の事はわりと思ったままを話す。
だから、あまり本気で取り合う必要はないのだ。それは彼女も望んでいない。軽く話に乗ってやるくらいで十分だ。
そうこうしている間に、車に着いた。
「ほら、乗りな」
柚が乗ったのを確認して、自分も運転席に乗り込む。
送り迎えに使っているこのミニバンは、ユニット単位の人数でも余裕を持って乗れるような、大きめのサイズのものだ。二人なら、広々使ってもまだ十分余裕がある。
「うわぁ、ちょっと歩いただけなのに足がビチョビチョだ」
後部座席に座った柚は、早速靴と靴下を脱いで、シートに横向きに座っている。
……ただでさえ短いスカートが捲れて、色々危ない状態だ。
「そんなはしたない格好するんじゃない」
「いーじゃん、車の中なんだから。どうせ誰も見てないでしょ?」
「わからんぞ。世間の目はどこにあるか分からないからな……」
「それはそうかもしれないケド」
「アイドルと聞けば、周りの人の目も変わってくるからな。立ち居振舞いもやっぱり気をつけないと」
「……そうだね。アイドルだもんね」
車のエンジンをかけて、走り出す。
柚は体を前に向け直して、窓の外の景色を眺め始めた。
◇ ◇ ◇
「しかし、中々降ってるな……今日はもう柚も俺も仕事ないし、家まで送ってやろうか」
「えっ、いやそこまでしなくてもいいよー。近くの駅とかまで送ってくれたら」
「気にすんなって。雨だと電車もいろいろ面倒臭いし、家まで行ったってそんなに時間もかからないしな。埼玉だし、1時間くらいだろ?」
「まあそれはそうだケド……」
「じゃあ決まり。家まで送ってくぞ」
目的地に、柚の自宅の住所を入れる。
ナビに従い、逆方向へハンドルを切った。
「それに、公共交通機関は無用なトラブルの元だ。女の子、ましてアイドルとなれば何があるか分かったもんじゃない」
「……」
「本当は普段電車を使うのだって避けてほしい位なんだ。流石にいつも送り迎えしてってわけにいかないから、仕方ないけど……」
最近は何かと物騒だから、アイドルたちの身の回りは本当に気を遣わなければならない。
未成年の子も多いわけだし、預かる側の身としてはどんなに心配してもしすぎる事はないくらいだ。
「そうなんだね。心配、してくれてるんだ」
「当たり前だ。担当アイドルだからな」
「……うん、ありがと」
やや含みのある返事に若干の違和感を覚えるが、ともかくこちらの心配は伝わってくれたらしい。
そこで一度、会話は途切れた。
雨はまだまだ止みそうもない。
◇ ◇ ◇
「今日の収録はどうだった?」
しばらくの後、こちらから会話を切り出す。
「今日のはねー、今までで一番うまく出来たと思う!みんな美味しいって言ってたし!」
「そっか、良かったな」
今日の収録は、準レギュラーの料理番組。
手際がよいながらも素人らしさのある調理が、「娘の料理づくりを見てるようだ」となかなかウケがよかったらしい。最初はゲストだったが、最近はアシスタントとしても時々呼ばれるようになっている。
「ゲストの人がねー、とっても気さくでね!カメラ回ってない間もいろいろ話してくれて!他にも……」
仕事終わりは、こうして彼女の話を聞くのがほぼお決まりになっている。
柚はほんの些細なことでも、本当に楽しそうに話をしてくれる。彼女の手にかかれば、目に映るもの、耳にするもの全てが楽しいものへと変わってしまうのだ。聞いているだけで、こちらも気分がよくなってくる。
「……でね!そこで司会者さんの『ぴにゃこら太の右足かよ』っていう絶妙なツッコミがツボに入っちゃって!収録中なのに本気で大笑いしちゃった!」
「あっはは、そりゃ傑作だな」
「あっ、そういえば!全然関係ないんだけど、この間穂乃香チャンがね……」
柚の独演会は、そのあともしばらく続いた。
◇ ◇ ◇
気付けば日も落ち、辺りはかなり暗くなっていた。
「もうこの辺って道分かるくらいか?」
「ウン、大体」
ナビが、柚の自宅が近いことを示す。
二人のドライブも、もうすぐ終わりだ。
「結局本当に送ってもらっちゃったね」
「今更だな」
こちらの手を煩わせたことを気にしているのだろうか。柚の言葉から、多少の申し訳なさがにじむ。
「まあ、担当アイドルですから?たまの送り迎えくらいはね」
これは嘘偽りのない、自分の本心。
柚のためなら、出来ることはしてやりたいと思っている。
「……そう、だね」
しかし、返ってくるのは、やはりどこか歯切れの悪い返事。
「……何か言いたいことがあれば、言っていいんだぞ」
我慢しきれなくなり、探りを入れる。
「……あはっ、さっきは『お前に言えない事なんてあるのか』なんて言ってたのにね」
「……それについては申し訳ないと思っている」
「……」
言葉は返ってこない。
そのまま、しばしの沈黙が流れた。
「……別に、隠し事とかじゃなくてね」
ややあって、柚が口を開いた。
「アタシもさ、よく分かってないんだよね。なんていうか、アタシが『アイドル』って呼ばれるのが、まだ実感がないっていうか」
ぽつぽつと、柚が話し出す。
「楽しい事を探してたら、アイドルの世界にたどり着いて。今までより、もっと楽しい事がいっぱいある世界にやってきて。それはすっごく楽しいし、うれしい事だと思ってるんだ」
「でも、アタシが周りから『アイドルの喜多見柚』って呼ばれるのは、まだ慣れなくて」
街でスカウトされて、やってきた新しい世界。
だが、そこでの柚は、きっとスカウトされる前の柚と変わらない。楽しいことが大好きな、ごく普通の女の子。
新たな環境でも、それを楽しんでいける器用さを、柚は持ち合わせていた。
「自分がこうやって注目されるっていうことが、今まであんまり無かったからかな。どうしたらいいのか、分からなくなることがあるんだ」
しかし、自分から見た周りの世界の変化には適応できても、周りから見た自分の姿、周りに求められる自分の姿が変わってきていることは、簡単には受け入れられなかった。
「Pサンにも、すごく目をかけてもらってる。でも、だからかな。今みたいに『アイドルのアタシ』として扱ってもらった時に、ふと考えちゃったりするんだ。『アイドルのアタシ』って、一体なんなんだろって。アタシ、このままでいいのかなって」
この世界の中では、自分もただの傍観者ではいられない。
『見る側』から『見られる側』へ、そして『楽しむ側』から『楽しまれる側』へと、変わらなければならない。その事実に、15歳の少女は戸惑っていた。
「アタシ、どうすればいいのカナ?」
そこで、柚の言葉は止まる。
「………」
「………」
お互いに、言葉はない。
未だ止まない雨の音が、やけにやかましく響いた。
『目的地周辺です。案内を終了します』
ほどなくして、ナビの音声案内が聞こえた。
「あ……。この辺でいいよ」
言われるがまま、車を停める。
「傘は、明日持ってきてくれたらいいから」
「わかった。ちょっと借りるね」
柚はいつの間にか靴も履いており、車を出る準備は出来ていた。
「……さっきの話だが」
車を出ようとする柚を引き留める。
ドアに手をかけたままの柚と、バックミラー越しに目が合った。
「アイドルとしてどうあるべきかっていう、その答えは今すぐ出せるものじゃないと思う。何か俺から言ったところで、すぐ変われるとも思えないし」
「……うん」
自分からアドバイスできることなんて、何もない。
きっとそれは、当事者にしか分からないことだから。
「いずれは変わらなきゃいけないってのは、そうかもしれない。だけど」
でも、柚は俺に、自分の思いを打ち明けてくれた。
ならば、俺がいま伝えるべきは、自分の心からの言葉。
「無理は、しなくていい。今のままの柚も、十分魅力的だと思ってる」
あの日の俺の目に留まったのは、ありのままの少女としての、柚の姿。
磨き上げれば、また違った姿を見せてくれるのかもしれない。だけど、今のまま、そのままの柚の姿も、確かな輝きを放っていると、俺は信じている。
「……うん、わかった。ありがと」
素っ気ない返事。
だがその表情は、あの日と変わらない、屈託のない笑顔だった。
◇ ◇ ◇
「それじゃ、また明日」
「ああ、また明日な」
柚が車を降りたのを確認して、ゆっくりと走り出す。
バックミラーには、大きく手を振る柚の姿が雨にぼやけて映っていた。
「……さて」
少し走ったところで、車を停める。
実は今日、俺は柚に一つだけ嘘をついた。
「ちひろさんには申し訳ないことしたなー……どっかでケーキでも買って帰るかな」
鞄から、運転中モードにしていた携帯を取り出す。事務所からの不在着信の通知が、鬼のようにたまっていた。
ほどなくして、また着信。
見なかった事にしよう。電源を切った携帯を鞄にしまい、夜の街へ向かって走り出した。
おわり
お読み頂きありがとうございます。
柚のゲーム内でのセリフに
「柚さ、昔から、目立ちたがる子じゃなかったんだ。でも、Pサンが望むなら、フリフリにも慣れないと。ちょっとずつアイドルっ」
というものがあります。
ある日突然「普通の女の子」から「アイドル」になった彼女はきっと、「アイドルである自分」に疑問を感じたことが、少なからずあると思うのです。
そんな彼女の心の機微が伝われば嬉しいです。
では、依頼出してきます。
乙
柚SS増えた?
いいぞいいぞ
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