・モバマス・高垣楓さんのSS
・超短い
・雰囲気オンリー
・楓さん誕生日おめでとう
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月に、祈る。
星に、祈る。
目の前に広がる数多(あまた)の光に、私は祈りを捧げます。
ああ、願わくは。
この光が幾年(いくとせ)も、輝き続けますことを。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「私って、結構働きものですよね」
プロデューサーさんに向かって、こんなことを言いました。
「ごめんなさい、なんか聞き慣れない言葉を聞いたような気がするんですが」
プロデューサーさんは華麗にスルーしてくれます。まあ楽屋の様式美と言えば、そのとおりですけど。
ライブ前の楽屋で。私とプロデューサーさんは、相変わらずなやりとりを交わしていました。
そしてふたり、とも。
今日がどんな日か、よく知っています。
自分の誕生日にライブ、なんて。去年の私には想像もできなかったことです。
私がアイドル? まさか?
日々の暮らしに汲々としてたあの頃の私も、こうしてアイドルという職業を選んで、毎日がめまぐるしい私も。
それはそれは想像の範疇外で。
「プロデューサーさんの耳、ウサミンイヤーに交換します?」
「いやいや、それは感度良すぎでしょ」
「似合うと思いますよ?」
こんな饒舌な私になれたのも、やっぱり想像の範疇外でした。
この1年、いえ、まだ1年も経っていません。私のすべてが、この1年弱で大きく変化した、そんな気がします。
小さかった頃。
誕生日というものがどういう意味なのか分からなくても、なにか面白いものがもらえる、それだけで嬉しかった、そんな日。
小学生の頃。
お誕生会というものに、渦のような嬉しさとほんの少しの苦さを知った、そんな日。
高校生の頃。
「これ高垣さんに似合うと思うよー」などと、顔見知りからいろいろなアドバイスらしいものを受け、私は思考を止めてしまった、そんな日。
モデル稼業を営んでいた頃。
同僚にお祝いしたいと飲みに誘われ、喧噪響く周りをよそに頭の中の音を閉じ、ただ最初の至福の一杯のみに悦びを見いだした、そんな日。
まさか。
そんな私が、こんな日を過ごすことになるとは。
「楓さんって、誕生日って盛大に祝われたいほうですか?」
「……はい?」
この場所に立つだいぶ前、プロデューサーさんはそんなことを訊きました。
「いえ、あんまり気にしませんけど」
「むしろ、静かにしっとり、ですか?」
「うーん。いえ、そういうのもいいですけど……」
さすがに、なにも考えなくて、とは言い出しかねて。
「プロデューサーさんに今年は、お任せします」
私が答えるや、プロデューサーさんは。
「仕事しましょう」
そう断言したのでした。
そして今、働きものの私は楽屋で、プロデューサーさんと一緒に軽口を叩いているのです。
「そういや、この前のラジオですけど」
「ええ、それがどうしました?」
「あれはちょっと、ないかなあって」
「あれ、ですか?」
「出だしのほら、『こんばんは。おはがき書いで、です』って」
「……我ながら会心の出来だと」
「いやいやいやいや」
口べたで、イベントでもなにを話していいものやらと。デビューの頃はとにかく、人前に出ることがつらくもありました。
アイドルだと、いうのに。
あれは大阪でのストアイベントでしょうか。プロデューサーさんは事もなげに、言うのでした。
「大丈夫。だじゃれの一発でもかませば、みんなついてきますって!」
サムアップをするプロデューサーさんを信じた私も、どうかしてたのです。
『私のCD、なんか売れてるらしいでぃー?』
たかがこんなことで。ファンの皆さんにはだいぶ、受け入れていただけたようでした。高垣、だけに。
一度踏み出してしまえば、あとは簡単なことでした。
私の思うことを、思うとおりに。それだけのこと。
だから。
「私の誕生日に、こんなにたくさんのファンの方が来てくれるなんて、なんて奇特な皆さんなんでしょうね?」
「それがファンってもんでしょう?」
ふたり。
「「奇特だから、きっと来る」」
「ふふふっ」「あははっ」と。楽屋で言葉を暖めて、互いにいつもどおりの時間を過ごす。
それはすべて、会場に居るファンのために。
もうすぐ、幕が上がります。
私はプロデューサーさんの手を取り、目を伏せます。そして再び目を開き、顔を上げ、こう言うのです。
「行ってきます」
そしてプロデューサーさんは。
「行ってらっしゃい」
と。私たちなりの通過儀礼。共に歩んでいるという、証みたいなものです。
ステージに灯りが。そして私は、舞台袖から歩み出たのです。
―― Keiko Matsui - Under Northern Lights
https://www.youtube.com/watch?v=pi-HvE7IF60
満天の星。フロアのサイリウムが私には、そう見えます。
外はあいにくの雨だというのに、ここはこんなにも。
ひとつひとつのきらめきを噛みしめて、私は客席に告げました。
「みなさんこんばんは。高垣楓です」
そして歓声が。
目の前に輝く星々を目で追い、歌いはじめました。
3曲終えて。
「えぇと。次は私の、デビュー曲を」
うわぁ、と。歓声が拡がります。
「そういえばみなさん。気がついてました?」
デビュー曲の『こいかぜ』ですけど、ほら。
私の名前、思い浮かべてみてくれませんか? そう、楓。風って、入ってますよね。
デビュー曲も、風。ああなるほど、って。思ったんです。
これって『来い、風』なんだなあ、って。
「みなさんからの、熱い風、届いてますよ? そして」
私からの風、届いてますか?
外はあいにくの雨ですけど、でも今ここから見える景色は、めいいっぱいに拡がる、星のまたたきのようです。
すがすがしい風を、感じてます。
暗く湿りがちになりそうなときでも、せめて。この場だけは。
みなさんの、風で。私の、風で。
雲ひとつない、満天の星空に変えてしまいましょうか。そして、その光に今日も。
「祈らせて、ください」
前奏が始まります。私は両手でマイクを握りしめ、祈りを捧げました。
――渇いた風が 心通り抜ける
――溢れる想い 連れ去ってほしい
こいかぜに揺らめく、たくさんの光。
私は、歌っていくのです。
私は決して信心深いわけではありません。でも、今こうしてここにある、ということは。
私を、アイドルとして、存在せしめているものは。
私のちから? プロデューサーさんのちから?
いいえ?
この目の前にかがやく星の、ひとつひとつ。ファンの皆さんの想いであり、応援であるのです。
だからせめて。
こうしてステージに立つこの時だけは、ファンの皆さんと共にありますように、と。そう祈りながら歌うのです。
この想いが、届きますように。
――涙は今 朝の星に
――寂しさは冷たい海に
――ひとひらの風 吹くその中で
――変わってく 溶けてゆく
――近くで感じていたい
星のまたたきが、私を導いてくれました。
それはまるで、海原の小舟が、星に道を照らされるかのごとく。
アイドルで、あれ、と。
歌が、終わります。歓声が沸き上がり、そして。
――Happy birthday to you!
――Happy birthday to you!
サポートメンバーの前奏に導かれ、客席からの大合唱。
――Happy birthday, dear 楓さん!
ああ、まったくもう。困った皆さんですね。
――Happy birthday to you!
星々からの「おめでとう!」の歓声。私は、一礼を返しました。
下手から何かが運ばれてきました。それは酒樽を模した、ケーキ。
ご丁寧に大きなろうそくが2本と、小さなろうそくが5本、灯されています。
「あら私、本物のお酒でも良かったんですよ?」
ステージスタッフに扮装したプロデューサーさんが運んでくれたそれを前に、私はそう告げました。
思わずいえいえ、と。手を左右に振るプロデューサーさん。
まあ、今日のところはいいでしょう。
私は勧められるままに、ろうそくの火を吹き消しました。
会場からは割れんばかりの拍手。鳴り止むところを知らず。
「ここまでお祝いされて、私は、幸せものですね」
だから。
「せめて、お返しをさせてください、ね?」
私は合図をします。そして、ピアノの音が。
―― 中村幸代 - ロンリー・アフタヌーン(vo.高橋洋子)
https://www.youtube.com/watch?v=1aKlO1vIg3Y
私は、客席の光に向けて歌い出します。
――Feeling so lovely I went out in the lonely afternoon
――No one to talk to nothing to care for
――Time really set me free
かつて。
私はひとりで過ごすことが、自然でした。
誰に束縛されることもなく、心は自由でいられる。そういう自分でありたいと、どこか願っていました。
今は?
今は、そう。
こうして、目の前に大勢のファンの方々がいて、信頼できるプロデューサーさんやスタッフの方々がいて。
――Do you remember moments just like my lonely afternoon
――Parents were out and friend didn't answer
――You got your time for free
私は、自由。だけど。
私は、こうして支えられている。導かれている。
それが、アイドルという仕事を始め、私がようやく理解したこと。
――Time really set me free
――Time really set me free
――Lonely afternoon
――Lonely afternoon
光が揺れます。私は改めて、その星々に祈るのです。
ありがとう、と。
私は、私。でも、ひとりじゃない。
あなたも、そう。ひとりじゃない。
「本当にあっという間でしたけど、楽しんでいただけました?」
すべて歌いきり、歓声と拍手に包まれます。本当に、至福の誕生日となりました。
最後に、私はこう言ったのです。
「私の特別な日に、特別なお祝い、とても嬉しいです」
人前に出ることが苦手だった私が、こうして自分の誕生日に大勢のファンのみなさんと一緒にいられる。
私の人生、大きく変わっちゃいました。
皆さんのせいですからね? 責任とってくださいね。
一呼吸、入れて。
私の祈りを、星に捧げます。
もし、私の祈りが届いたのならどうか、来年も、再来年も、その先も……
「また、お目にかかりましょう、ね?」
(おわり)
お疲れさまでした。お読みいただきありがとうございます。
皆様の琴線に触れれば幸いです。
え? なんでろうそくが25かって?
楓さんは永遠の25歳児。いいね。
では ノシ
乙
綺麗にまとまってて素晴らしいSSだった
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