二宮飛鳥は孤独を忘れてしまった。
偶像となることを選んだその瞬間から、観測者を得て、同じ志を持つ仲間を得て、気の置けない友人を得た。
レッスンの時にはトレーナーが厳しくも優しく指導してくれた。
ステージでは、まだ駆け出しのボクの輝きにも、魅せられてくれるファンの姿があった。
そうして緩やかに、ボクはその寒さを忘却の彼方へ押し流してきたのだ。
―――故に。
「……寂しいなんて、そんなこと。昔は思わなかったのにな」
望まぬ独りの時間に心を蝕まれる程には、弱くなってしまっていた。
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「大雨による落雷の影響で、ーー線は現在運行を見合わせており……」
事務所と寮の、ちょうど真ん中。
昼過ぎからぐずついていた天気は夕方頃に決壊し、用事のない人からこれ以上ひどくなる前に帰宅するよう指示が出た。
寮暮らしですぐに帰路につけたのはボクだけ。幸か不幸か、で言うならそれは幸だったのだろう。ついさっきまでの話だが。
偶然にも利用している鉄道の線路付近に雷が落ちたらしく、物の見事に立ち往生。
困ったことに、寮の最寄り駅にたどり着けるのはこの路線だけだ。他の手段で帰ろうとするなら、この大雨の中を30分ほど歩く覚悟が必要になる。
「それは……ちょっと難儀だ」
雨に打たれるのも嫌いじゃないけど、この量は遠慮願いたいな、と苦笑する。
ああ、これでも一応笑える。そんなことを実感してしまえるくらいに。
……うん、寂しいし、心細い。
待合室に1人で座っているのは、存外心にくる。
普段から特別よく会話するわけではないような相手であっても、誰かがこの場にいてくれればこんな気持ちにはならなかったというものを。
昔は待ちぼうけなんて1人でするものだったはずなのに、気づけばボクは傍に他人の姿を望んでいた。
ポケットの中の携帯電話が震える。
見れば、メールが一件。プロデューサーからだ。
『さっき以上に雨が酷くなってる上に、電車が止まったって聞いたが、そっちは大丈夫か?』
短く綴られた文章は、それでいて今のボクが拠り所にするには十分で。
『ああ、運の悪いことに引っかかってしまった。今は◯◯駅の待合室で立ち往生さ』
そそくさと返信のメールを打って送る。
数分の間落ち着きなく携帯を弄り回していると、手元に振動を感じてすぐにメールをチェックした。
『そうか、わかった。雨の中歩いて帰ろうとしてなかっただけ安心したよ』
却下はしたが脳裏をよぎっていた選択肢を指摘され、図星を指されたような気分になる。
ばつが悪くなって目をそらす。その相手すらいないのに、と気づいてまた苦笑。
さっきの苦笑より、心なしか暖かい。
『流石にそんな無理はしないよ。ところで、ボク以外のみんなはどうしているんだい?』
必要な連絡そのものは終わったものの、このメールを途切れさせてしまうのが勿体なくて、話題を変えて返信する。
しかし、待てども待てども、手元にある機械が再びその体を揺らすことはなかった。
仕方ない、仕方ないんだ。
プロデューサーだってボクだけにずっと構っているわけにもいかない。
それこそ、他のアイドルたちのことも対応しなきゃいけないのだから。
だから、これは高望み。
こんなにも脆くなってしまった、ボクの弊害。
二宮飛鳥は、アイドルとなることで包み隠していた弱さを露呈させたのだから。
……もう、何時間待っただろうか。
時計を見れば、過ぎた時間はたったの40分。体感時間との差異に笑みをこぼす気も起きなかった。
聞こえてくるアナウンスは、復旧工事がどうこうと慌ただしい。
どうやらまだまだ時間がかかりそうだ。この場にいる人間皆がそれを察しているからか、待合室の空気は重い。
ほんの少し、自分の靴を映す視界がぼやけた。慌てて目元を拭う。
でも、そうして手に感じた湿気は致命的だった。
こんなに簡単に、追い詰められてしまえるのだと自覚する。
「っ、ぁ……ぅ…………。」
だって、ボクの側には誰もいない。
だから、それならさ。泣いたって、いいじゃないか……!
「飛鳥」
「っ!?」
肩に触れられた手に、びくりと跳ね起きる。
見上げれば、少し申し訳なさそうな顔をしたプロデューサーの姿。
でも、その表情はすぐに安心させるような優しい笑顔になる。
「迎えに来た。ごめんな、遅くなって」
その顔と、台詞は、卑怯じゃないか。
慌てて繕ったボクの我慢はいともたやすく決壊して。
「っく……うぁ、ああぁあぁああっ!!」
「おいおい、そんなに泣くなって。……どうすりゃいいか、わからないじゃないか」
少し困ったような表情。でも、そんな彼にどうしようもなく甘えたくなってしまう。
体面もプライドも投げ捨てて、ボクはプロデューサーの胸に顔を埋めた。
ボクをこんなにも弱くした彼には、こうしてその責任を取る義務があるんだ、なんて。
心の中で見当外れの言い訳をしながら、ボクを受け入れてくれるプロデューサーに甘え続けていた。
「……落ち着いたか?」
「うん。……恥ずかしいところ見せてしまったね、プロデューサー。」
「いいんだよ。そーゆーのを全部受け止めるのが、俺の役目だ。……っと、みんなを待たせちまうな。行くぞ、飛鳥」
……うん?
今、実に不穏な言葉が聞こえた気がした。
「…………みんな?」
「ああ、事務所に残ってた子たち、もういっそ全員車で送り届けるって話になったんだ。ここが最後で、飛鳥以外はみんな揃ってる」
若干のすし詰め状態だがな、と笑いながら話すプロデューサーに対して。
ボクの顔は紅潮するとともに血の気が引くという、器用なことをしでかしていた。
鏡を見るまでもなく泣き腫らした顔。これを、みんなに見られる……?
「それじゃあ、ボクは歩いて帰るから」
「待て待て待て!話を聞いてたのか!?無茶はしないんだろう!?」
それとこれとは別問題だ。
踵を返して駅の出口へと歩いていく。
「おい本気かよ!こら待て、大人しく寮まで送らせろ!」
「絶対に、嫌だっ!!」
そのまま全速力で走り出す。
改札をくぐり抜け、階段を一段飛ばしで駆け上がる。
駅を出てすぐ近くの道路に事務所の車を見つけたので、そこから遠ざかる方へ方向転換。
「全力ダッシュとか、冗談だろおい!」
「さあさあ、捕まえてごらんよ!」
ボクよりもプロデューサーの方が足は速いけど、不意打ちで走り出した分まだ距離が残っているようだった。
「っ、ふふ、ははははっ!」
ああ、可笑しい!どうしてこんなことになっているんだろうか!
らしくないと思いつつも、笑いが止まらなかった。
「くっそ、俺を本気にさせやがったなぁっ!?」
どたどたと走る足音。それがやけに多いことに気づいて、振り返ったのが運の尽きだった。
「ーーーっ!?」
「飛鳥ちゃん、待てー!」
「なんだかよく分からないけど、面白そうだから突撃ー!」
「いい加減諦めろーっ!!」
プロデューサーだけでなく、何故か事務所のみんながボクを追いかけていた。あるいはボクとプロデューサーを、か。
いやそんなことより、面食らって足を止めてしまったボクの方が問題だった。
まあまず、プロデューサーに捕まる。さらには後ろからやってきたみんなにももみくちゃにされることになってしまった。
「うわ、ちょっ、危ないから!ストップ!ステイ!」
上げた悲鳴はかき消され、身体のどこが誰と触れているのかもわからない状態で車まで連行される。
そしてプロデューサーの言った通りのすし詰め状態、それでも直前よりはスペースのある車内で、みんなしてびしょ濡れになったことを笑いながら思うのだ。
ボクが弱さをさらけ出すことで手に入れた繋がりはこんなにも暖かい。
―――ああ、本当に。
二宮飛鳥は孤独を忘れてしまった、と。
ss初投稿でした。さくさくっと読める感じに寂しがりや風味な飛鳥妄想を。
最初の方で改行をしくじってたり不慣れな部分も多いですが、ちょっとでも楽しんでいただけていれば幸いです。
乙、です~
よろしい
乙!
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