智葉「私立先鋒学院高校麻雀部」(512)

高校一年生 4月

智葉「……で、ここが麻雀部の部室か」

黒服A「はい」

智葉「しかし何考えてんだうちの親は……。勝手に私の進学先を……」

黒服A「いいじゃないですか。我が子のために全力を尽くす親御さん……、すばらな話です」

智葉「『中学卒業祝いに新しい高校つくったよ!』って……。15の娘に言うことかよ」

黒服B「親分なりの愛情表現かと思いますよ」

智葉「親分って言うな。人聞きが悪いだろうが」

黒服B「はっ……。では、組長なりの愛情表現かと」

智葉「…………大差ないぞそれ」

智葉「一体何が楽しくて、親が理事長やってる女子校に通わねばならんのだ」

黒服C「はっはっは。新設校に新築校舎なんて羨ましい限りじゃないですか」

黒服D「しかも、ご自宅から通えるすぐ近く! 都内の一等地ですよ!」

智葉「……それで、ここで一から麻雀部も作れと。大した愛情だな」

黒服A「かわいい娘には旅をさせろと言います。言うまでもなくお嬢はちょーかわいいです」

智葉「黙れ」ギロッ

黒服A「ひっ」ゾクゾクッ

黒服B「オゥ……お嬢の睨み……」

黒服C「たまりませんな……」

黒服D「いいなぁ……」

智葉「大体、いきなり麻雀部なんて無茶だろうが。一年生しかいないんだろう?」

黒服A「はい! 目指せインターハイ優勝! 期待してますよ!」

智葉「一人じゃ麻雀は打てんぞ」

黒服A「もちろんです! これから出会うかけがえのない仲間とともに!」キラキラ

智葉「こんな新設校でわざわざ麻雀したい奴なんて、そうそういるわけないだろうが」

黒服B「その点は問題ありません。このために全国各地より選りすぐりの生徒をスカウトし入学してもらってます」

智葉「……そのスカウトってのは誰がやったんだ」

黒服B「我々ですが?」

智葉「…………信用ならんな」

黒服B「?」

智葉「お前らもお前らだ」

黒服C「はい?」

智葉「今日もこんなとこまでついてきて……。いい加減に子離れっていうか私から離れろよ」

黒服C「何をおっしゃいます! お嬢のことは幼少の頃より見守らせていただいてますから!」

智葉「さっきの入学式だって、全員そろって号泣してたじゃないか。大の大人が情けない」

黒服D「それはもう、お嬢の晴れ舞台ですからね!」

智葉「大げさなんだよ。周りが引いてただろうが」

黒服D「我々は大丈夫ですから、ご心配なくです!」

智葉「私が大丈夫じゃないってんだよ、恥ずかしいな」

智葉「で、ひとつ気になることがあるんだが……」

黒服E「何でしょうか」

智葉「なんだあの掛け軸は」

『校訓:じゅんけつ以上』

黒服E「本校の校訓ですが」

智葉「それは見ればわかる。なぜそれが理事長銘の書画になって麻雀部室にぶら下がってるんだ」

黒服F「組長の自信の一筆らしいですよ。校内至る所に飾ってます」

智葉「だから組長とか言うな」

黒服F「はっ。オヤジの自信作ということですんで」

智葉「…………一緒だっての」

智葉「じゃあ、帰ってくれ」

黒服全「えっ!?」

ざわ…

智葉「そろそろ入部希望者も来る頃だろう。その前に帰ってくれ」

黒服A「いや、その発想は……無かったんですが……」

智葉「黒服グラサンの男達に付きまとわれてる女子高生なんて怯えられるだけだろうが」

黒服B「そ、そう言われましても……」

智葉「おまけにそれが理事長の娘だなんて知れたら、誰も寄り付かんぞ」

黒服C「し、しかし……」

智葉「何か問題でもあるのか」

黒服D「いや……お嬢もおっしゃったとおり、人手は必要かと」

智葉「必要でもお前らは要らん」

黒服E「でも例えば……メンツが足りなかった時の代打ちとか……」

黒服F「お、お茶出しとかおやつ管理係とか、いろいろ役割はありますし……」

黒服G「あっ、自分チーしますか?って言って回る係なら得意っすよ!」

智葉「……いいってば。そういうのは部員同士の仕事だろう」

黒服H「えぇー……寂しい……」

智葉「……帰れよ」

コンコン

智葉「ん?」

怜「すみませーん、入部希望なんやけどー」

照「…………おじゃまします」

智葉「げっ、もう来ちまった」

黒服A「おお! ようこそ麻雀部へ!」

黒服B「さあさあ、どうぞ中へ!」

照「!?」

怜「!?」

智葉「ちょっ、おいバカ」

黒服C「どうぞどうぞ! ゆっくりおくつろぎください!」

黒服D「コーヒー、紅茶、どちらになさいますか!?」

黒服G「チーしますか? チーしますか?」

照「」ビクビク

怜「」ビクビク

智葉「やめろってだから! 二人とも怯えてるじゃないか!」

黒服E「おやつもたくさん用意してございますよ!」

黒服F「緑茶の方がいいですか? なんでもすぐ用意いたしますから、遠慮なくご注文ください!」

黒服G「チーしますか? チーしますか?」

照「」ビクビク

怜「」ビクビク

智葉「いいからもう早く帰れよお前ら!」

黒服H「えぇー」

黒服全「えぇー」

智葉「帰れ!!」

バタン

智葉「ふぅ……。ようやく出て行ったか」

怜「えっと……。何なんです? あの人たち」

智葉「気にしないでくれ」

怜「あの……ここ、麻雀部でええんですよね?」

智葉「ああ」

照「あなたが親分さんですか?」

智葉「どういう言い方だよ」

怜「ああ、ボスやでボス」

智葉「違う」

智葉「親分でもボスでもなんでもない。お前らと同じ、ただの麻雀部入部希望者だ」

照「そうなんですか?」

智葉「タメ口でいいよ、私も一年だ」

怜「……ええの?」

智葉「ああ」

照「…………そう」

智葉「それじゃ、改めて自己紹介しようか」

怜「大阪から来た園城寺怜や。こっちの照とは寮で同部屋」

照「……宮永照」

智葉「宮永と園城寺か」

怜「怜でええよ」

照「私も」

智葉「ふむ。じゃあよろしく、怜、照」

怜「うん。あんたは?」

智葉「辻垣内智葉だ」

照「…………」

智葉「どうした?」

照(彼女もむずかしい名前……)

照(えっと……なんだっけ)

智葉「?」

照「よろしく……。ムニャガイトさん」

智葉「?」

怜「…………」

智葉「さん付けなんてしなくていいぞ」

照「そう……。よろしくガイト」ホッ

智葉「……どういう耳してんだお前」

照「?」

怜(……こいつ私のことも一回で呼ばれへんかったしな)

―回想 寮での初顔合わせ―

怜「……ふーん、あんたも麻雀部に」

照「そう」

怜「……まあ、それで同じ部屋になったんも何かの縁や。よろしゅーな」

照「うん、よろしく。私は宮永照」

怜「園城寺怜や」

照「…………」

怜「?」

照(えっと……長い名前難しい……)

怜「呼び捨てでええで。アンタも照でええよな?」

照「…………うん」

怜「?」

照(確か……。なんとかジョージさん……)

怜「どした?」

照「……なんでもない。よろしくジョージ」

怜「誰がジョージやねん」

照「?」

怜「?」

照「女の子なのにジョージ……?」

怜「しばくで?」

―回想終―

智葉「……ま、好きに呼んでくれたらいい。別にこだわりはないからな」

怜「器でかいな、さすがボスや」

照「さすがおやぶん」

智葉「前言撤回、ちゃんと名前で呼べ」

怜「冗談やって、智葉」

照「……ガイト」

怜「…………」

智葉「…………まあいいが」

智葉「じゃあ、ひとまずこの三人か」

怜「せやな」

照「うん」

智葉「何はともあれ、打ってみたいところだな。まずはお互いの実力を知りたい」

怜「打つ言うても……、三人やで?」

照「四人いないと打てない」

智葉「ああ……」

部室の外

黒服A「予想通りの展開……。おい、あれを」

黒服B「はいっ!」カキカキ

バッ

カンペ「メンバーいますよ! 四人で打てますよ!」ヒラヒラッ

智葉「…………」(無視)

ササッ ヒラヒラッ

怜「なあ、あれ……」チョイチョイ

智葉「知らん」

怜「ええの?」

黒服A「気付かれたぞ! もっとアピール!!」

カンペ「麻雀のメンツが足りなくてお困りのアナタに! 出張代打ちの大サービス!」

怜「なんや紙振ってるで……?」

智葉「見なくていいよ」

カンペ「飲み物・お菓子食べ放題! ポッキーもあるよ!」

照「ポッキー……」キラッ

智葉「惹かれるな惹かれるな」

怜「えっと、さっきからそうなんやけど。何なん、あの人ら?」

智葉「気にしないでくれ」

怜「智葉の手下なん?」

智葉「そんなんじゃない」

カンペ「お嬢かわいい! お嬢最高! メンバーいますよ!」

怜「お嬢て?」

智葉「なんでもないったら」

カンペ「三人じゃ麻雀できないなー、いや残念! まずここに! ひとりいるのになー!」

怜「めっちゃアピールしてるで……?」

智葉「…………ハァーッ」ヤレヤレ

黒服全「…………」ドキドキ

智葉「しょうがないな、一人だけ入ってこい」

\オォッ/

黒服A「は、はいっ!」

智葉「騒ぐな」

黒服A「失礼します」

怜「あ、はい」

照「……お願いします」

黒服A「山崎と申します。趣味はボウリング」

智葉「誰も聞いてないよ。黒服Aでいいだろ、自己主張すんな」

黒服A「ははっ、相変わらずお嬢は手厳しい」

智葉「これ以上ふざけるなら別のヤツとチェンジさせるぞ」

黒服A「よろしくお願いします。精一杯務めさせていただきます」キリッ

智葉「ったく……」

初対局終了

照「ツモ 6200オールです」ギュルルン

黒服A「……はい、トビです」

怜(……な……)

智葉(……くっ……)

怜(……何や今のは……)

黒服A(……これは凄い)

照「…………ありがとうございました」

智葉(なんだ……なんなんだこいつは)

智葉(この私が……完全に抑えられただと……)

智葉(…………)

照「?」

智葉(悔しいが、高々数回の偶然で済む話じゃない……。こいつは、強い)

智葉(……正直言って、同学年に私以上なんていないと思っていた)

智葉(都内どころか、関東、全国だって……。その私を……)

照「…………」

智葉(……少し、考え方を改めねばな)

黒服B「お疲れ様でした。何かお菓子はいかがですか?」

智葉「おい誰が入っていいって言った」

照「ポッキー」

黒服B「はっ、用意してございます」スッ

照「…………ありがとうございます」ポリポリ

智葉「…………」

智葉(対して、こっちの大阪人は……)チラッ

怜「?」

智葉「…………」

怜「……なんや?」

智葉(……平凡、だな。まあメンツ合わせにはなるか)

怜「?」

照(…………違う)

照(彼女はまだ、自分の力に気づいてないだけ……)ポリポリ

照(実は凄い力を秘めている……。それに目覚めたら、誰にも真似できない強さを得る可能性)ポリポリ

照(……鏡にそう映っていた)ポリポリ

照(二年……、いや、一年半後くらいには……)ポリポリ

照(自分の力に気づくときが来るはず……)ポリポリ

怜(ふぅー……。きっついわ……)

怜(セーラたちと打ってて……。実力差のある相手には慣れてたつもりやったけどな……)

怜(……正直、高さが見えへん)

怜(…………)

怜(あんま簡単には認めたないけど……)チラッ

照「?」

怜(こいつら……セーラや竜華よりも……)

黒服B「どうぞお嬢。コーヒー入りましたよ」

智葉「…………ん」

黒服B「お二方もどうぞ。ミルクとお砂糖はこちらに」

照「ありがとうございます」

怜「……どうも」

黒服B「川崎と申します。趣味はボウリング」

智葉「自己主張すんなっつってんだろ黒服B」

智葉「……それじゃ一息ついたところで、聞いていいかな」

怜「なんや?」

智葉「どうしてこの高校に来たんだ?」

怜「…………スカウトされたからやけど?」

智葉「……そういうことじゃない」

怜「…………」

智葉「こんな得体の知れない新設校に、わざわざ大阪から東京まで……。普通は考えにくい話だろう」

怜「…………」

智葉「何か、理由はないのか?」

怜「…………まあちょっと、思うところあってな」

怜「……憧れの存在って、あるやん」

智葉「?」

怜「そう言うたら聞こえはええけど……。結局それって、どうしても埋まらん距離があるってことやんか」

智葉「…………」

怜「……憧れやなしにな、対等な立場になりたいって思うてん」

智葉「…………」

怜「ずっと一緒におった、大事な友達と……」

怜「いつも一緒で、誰よりも仲良くしてて……。お互い友達って意識やったとは思う」

怜「……でも麻雀に関しては、ずっと手の届かへん憧れやった」

怜「あいつら二人とも優しいから、そんなん気にもせんと仲良うしてくれとったけど……」

怜「……やっぱりな、同じ目線になりたかってん。他でもない麻雀で」

智葉「…………」

怜「……私の中では、それが大事なことやった」

怜「…………せやから」

怜「一回、あえて離れて別の場所に来てみたら……。何か違う景色が見えるかもってな」

怜「今の麻雀見たら、何をアホなて思われるかもしれんけど……」

智葉「…………」

怜「全国大会、出たいねん。あいつらと戦えるくらい強うなって」

智葉「…………」

怜「…………」

智葉「…………」

怜「……アホなこと言うてると思ってくれてええで」

智葉「……いや、思わんよ。真剣なのは見れば分かる」

怜「…………おおきに」

智葉「照、お前は?」

照「……別にない。都内ならどこでもよかった」

智葉「?」

照「…………親元に近いから」

智葉「ふむ……。地元はこの辺か?」

照「…………」

智葉「?」

照「……そう。東京から出たことなんてない、私は生粋の江戸っ子」

智葉「…………そうか」

部活終了後

黒服A「お嬢、それでは明日からの事なんですが」

智葉「なんだ」

黒服A「こちらの方でシフト表を作りますので。一日あたり代打ち一人とお手伝いは何人ご利用ですか?」

智葉「いらんいらん! 入ってこようとするな!」

黒服A「おや、そうですか。では、最低限の代打ち一人雑用一人で」

智葉「一人もいらないってだから!」

黒服A「フヒヒッ……。しかし、三人では麻雀は打てないですよ」

智葉「…………」

黒服A「…………」

智葉「…………ちっ」

黒服A(ぃよしっ!)グッ

智葉「ったく……。大体、なんで三人しかいないんだよ」

黒服A「スカウトは全国各地で頑張ったのですが……。なにぶん、急な話だったもので」

智葉「それにしたって、最低四人いなけりゃ活動もできんだろうが。何部だと思ってんだよ」

黒服A「申し訳ありません。その償いのためにも、我々が粉骨砕身」

智葉「いらんってだから」

黒服A「ははっ、相変わらずお嬢は手厳しい」

智葉「なんでもそれで済まそうとするな」

黒服A「人数ばっかりは仕方ありませんって」

智葉「…………なんか白々しいな」

黒服A「そんなことないですよ!」

智葉「部に関われるから嬉しくて仕方ないって顔してるぞ」

黒服A「それは否定しませんけども! それもこれもお嬢のためです!」

智葉「…………嘘でも否定しろよ」

智葉「…………そういえば」ハッ

黒服A「はい?」

智葉「部員のスカウト、誰がやったって言ってたっけ?」

黒服A「我々ですが?」

智葉「…………」

黒服A「?」

智葉「……人数、謀ったな?」

黒服A「いえいえ何をおっしゃいます!! 偶然ですよ!!」

次の日

黒服C「お待ちしておりました!」

黒服D「さあ今日も頑張りましょう!」

智葉「授業終わる前からスタンバイしてるんじゃない。暇なのかお前ら」

黒服C「フッフフ、部室棟の地下は我々の詰所にしてありますので!」

黒服D「いつでも即座に出入り自由! お気軽になんでもご用命ください!」

智葉「…………過保護とか過干渉を通り越した何かだな」

黒服C「我々はお嬢チームですので。お嬢のためだけに全力を尽くせと仰せつかっています」

智葉「……いいか、仕方ないから打つときだけは許可してやるが、こっちから呼ぶまで入ってくるな」

黒服D「ええ、勿論! 決してお邪魔はいたしません!」

黒服C「では、今日は我々二人が務めさせていただきます」

黒服D「よろしくお願いします」

照「…………はい」

怜「いやすんません、区別つきませんけど……」

黒服C「あっ、これは失礼。ちゃんとご挨拶してませんでしたね」

智葉「いらんからな」

黒服C「荻野と申します。趣味はボウリング」

智葉「黒服Cでいいぞ」

怜「……はあ」

黒服D「どうぞ。今日のおやつはイチゴショートでございます」

照「ありがとうございます」

黒服D「萩尾と申します。趣味はボウリング」

智葉「黒服Dでいいからな」

照「荻尾さんと萩野さん」

黒服D「荻野と萩尾でございます宮永様」

照「?」

黒服C「…………」

黒服D「…………」

照「…………」

黒服C「おい、下の名前も言った方が」ヒソヒソ

黒服D「そ、そうですね」ヒソヒソ

照「??」

黒服C「失礼しました。荻野圭一と申します」

黒服D「萩尾純一です」

照「……はぎ……おぎ……いち…………さん……」

黒服C「…………」

照「?????」(泣きそう)

黒服D「…………黒服CDで結構です」

――こうして、私の高校生活は始まった。

竜華ともセーラとも遠く離れた、ここ東京で。

そこで私を待っていたのは、どう見ても尋常やない強さを持った二人の同級生。

…………と、なんやわからん黒服グラサン。

普通やないにも程があるってもんやけど……。平々凡々よりはよっぽどええわ。

……待っててな、竜華、セーラ。

私はここで、頑張るから。

いつかあんたらと、本当に一緒に笑いあえるように……。

今日はここまで

6月

黒服A「お嬢、こちらの書類が顧問から」

智葉「ふむ?」

怜(おったんや顧問……)

智葉「『全国高校生麻雀大会参加申込用紙』……か」

照「麻雀大会……?」

怜「インターハイやな」

照「……出るの?」

智葉「ああ。……まあ、今年は個人戦だけだな」

智葉「『学校名』『選手氏名』『学年』『監督』『顧問』『部長』…………。ふむ」

黒服A「?」

智葉「そういえば部長決めてなかったな」

怜「えっ」

照「えっ」

智葉「ん?」

怜「智葉やろ? 部長」

照「うん、ガイトだと思ってた」

智葉「……言った覚えはないぞ」

怜「完全にそう思うてたわ」

照「うん、私も」

智葉「…………なんでだよ」

怜「まあええやん、智葉部長で」

照「うん、いちばんえらいひと」

智葉「……偉い人ってお前」

怜「なんも問題ないやんな」

照「うん」

\オーッ/

智葉「何がオーだ」

黒服B「皆の信頼を受けて人の上に立つ人間に……ご立派ですお嬢……!」

智葉「大げさなんだよお前らは」

怜「ほな多数決でええやん。私と照と黒服さんたちみんな智葉に一票やで」

照「うん、いいと思う」

智葉「黒服さんとか普通に言ってるんじゃない、部員じゃないぞこいつらは」

怜「かたいこと言いっこなしやでー」

照「うん」

智葉「……ったく……。簡単にこいつらと馴染みやがって」

怜「毎日至れり尽くせりで文句なんてあるわけないやんー」

照「お菓子をくれる人に悪い人はいない」

智葉「女子校にこんな奴等がいること自体にもう少し疑問を持てよ」

智葉「……じゃあ、私が部長な」

照「うん」

怜「おー」

智葉「他は……。監督もコーチもいるわけない、顧問も名前だけ……」

黒服A「はい」

智葉「…………じゃ、これで完成だな」

黒服A「はい、では提出しておきますので」

智葉「ん」

黒服A「当日のお迎えは朝何時になさいますか?」

智葉「ちょっと待て」

黒服A「何か?」

智葉「お前ら、大会にまでついてくる気でいるのか」

黒服A「えっ」

黒服B「えっ」

黒服C「駄目なんですか……?」

智葉「言わなけりゃわからんのか」

黒服A「もちろん、我々が車で送り迎えして差し上げますよ。寮にも参ります」

智葉「送り迎えなんぞいらん、電車と歩きでいいだろ」

黒服B「いやしかし……。車の方がいろいろと楽だし、便利かと思いますよ」

智葉「お前らの言う車ってのは、うちの親父たち御用達の黒ベンツリムジンだろうが」

黒服A「ええ、お嬢もいつも乗られてるじゃないですか」

智葉「そんなもんで部活の大会に出る高校生がどこにいる。悪目立ちするだけだろ」

黒服B「し、しかし……」

黒服C「来年、長野あたりにいそうですけどね?」

智葉「あ゛?」ギロッ

黒服C「ヒィッ」

智葉「歩きでいいよ。現地集合だ」

黒服全「えぇー……」

怜「現地集合いうても私、場所わからへんでー?」

照「…………私も」

智葉「……なら、私が寮まで迎えに来るよ。皆で歩いて行けばいいだろう」

怜「ほいでもやー、知らん場所にいきなりは色々きついでー」

照「……うん」

怜「一回くらい、下見しといた方がええんちゃう?」

照「うん、したらいいと思う」

智葉「下見?」

怜「せっかくやから、下見ついでにどこか遊び行かへん?」

照「それはいい考え」

智葉「遊びにってお前……」

怜「こっち来てから、遊び行ったことなんてどこもなかったもんなー」

照「たまにはみんなでおでかけしたい」

智葉(……そういえば。こいつら寮生じゃ気軽に外出もままならんか)

智葉(…………まあ、たまには気晴らしも必要か)

怜「ええやんー、なー部長ー」

照「ぶちょー」

智葉「……わかったよ。次の日曜日な」

怜「おー」

照「おー」

日曜日 新宿駅

智葉「……で、どういうことだ」

怜「何がや?」ギュッ

照「?」グイッ

智葉「私の服を二人で引っ張るな」

怜「そんなんしてへんて、気のせいやって」ドキドキ

照「うん、気のせい」ドキドキ

智葉「……なら鷲掴みしてるこの手はなんだ」

智葉「手を離せ、後ろにくっつくな。なんでそんなに腰が引けてんだ」

怜「いやー、大阪もんにゃー東京の駅とかハードル高いでー」

智葉「だからって私の服を掴むんじゃない。普通についてくればいいだろうが」

怜「怖いわー、東京のコンクリートジャングル怖いわー」(棒読み)

智葉「照、お前は東京人じゃなかったのか」

照「人には得意分野というものがある。だから今日は道案内が得意なガイトに任せてあげる」

智葉「得意だと言った覚えはないぞ」

照「恥ずかしがらなくていい、ガイトは照れ屋さん」

智葉「苦手なら素直に苦手と言え」

照「バカにしないでほしい、私は山手線だって乗れる」

智葉「最悪乗る方向間違えてもいいからな」

照「駅の順番だって知ってる」

智葉「ほう」

照「とーきょー、かーんだ、あーきはばらー」

智葉「……歌じゃねえか」

照「おかーちまち、たけいー、うぎーすだーぎー」

智葉「たけいじゃねえ、うえのだ」

照「にーっぽり、にしこり、たーばーさー」

智葉「もう怪しくなってきたぞ」

照「……フーフごめ、フーフがも、フーフフンフンフーン」

智葉「ここまで行き着くのか」

照「…………」

智葉「?」

照「……おわり」

智葉「ここ新宿だぞ」

照「ガイトはひどい」

智葉「何がだ」

照「私は傷ついた、お詫びをするべき」

智葉「何だよお詫びって」

照「私をちゃんと連れていってくれたら許してあげる」

智葉「素直に助けてくださいと言えんのか」

照「ガイトはとてもひどい、私は更に傷ついた」

智葉「あーあーもーわかったよ」

智葉「分かったからとにかく一旦離せ。服が伸びる」

照「…………」ギュッ

智葉「離せ」

照「…………わかった」

パッ

智葉「ふう……。まったく」


―― 3 2 1 ハイッ


智葉「いいか照。お前も東京人なら新宿駅くらい――」

怜「おらんで」

智葉「えっ!?」

怜「おらんで、照」

智葉「なっ……、どこ行ったんだ!?」

怜「見当たらんなー。迷子やなこれ」キョロキョロ

智葉「今の今までそこにいただろう!!」

怜「ちょっと目ぇ離した隙やったなー」

智葉「と、とにかく探すぞ!」

怜「あっ、待ってーや」グイッ

智葉「離せ! 動けないだろ!」

怜「ひとりにされたら私も迷子なるでー」グイグイッ

少し離れたビルの陰

黒服A「何っ!? 宮永様が迷子!?」

黒服E「はい! 見失ってしまいました!」

黒服B「お嬢は無事なのか!?」

黒服E「はい! 宮永様の単独迷子です!」

黒服C「なんてこった……。よし、総出で捜索!」アタフタ

黒服E「はい!」アタフタ

黒服D「えらいこっちゃ……」アタフタ

…………

……

数分後

黒服F「いたぞー!」

黒服G「!」

黒服H「おお!」

黒服I「お嬢! こちらです!」

智葉「お前ら……。いたのかよ」

ダダダッ

黒服J「宮永様! 心配しましたよ!」

照「?」アイスもぐもぐ

黒服A「おーい! こっちだこっちだ!」

黒服B「いやー、よかったよかった」

黒服C「一時はどうなることかと!」

ゾロゾロ

智葉「ちょっ……集まってくるなよお前ら……」

黒服D「よくぞご無事で……。お怪我などありませんか……?」

照「? はい」アイスもぐもぐ

黒服E「それはなにより! 安心しましたよ!」

ハッハッハッハ

智葉「だから声もでかいって……目立つんだよ……」

智葉「おいお前ら」ヒソヒソ

黒服F「どうしました、お嬢?」

智葉「もうちょっと人の目を気にしろって! 何やってんだよ街中で!」ヒソヒソ

黒服G「?」

\えぇーなにあれー/ ヒソヒソ

\女の子が黒服に囲まれてるー/ ヒソヒソ

\やだーコスプレー?/ ヒソヒソ

智葉「くっ……」

黒服H「??」

\黒服軍団発見なう@新宿、……っと/ ヒソヒソ

\変質者かなー?/ ヒソヒソ

\誘拐? 誘拐? 通報? 通報?/ ヒソヒソ

智葉「ぐぐ……」

黒服I「あの、お嬢?」

智葉「いいから散れっ! 人目につくな!」

黒服J「お、押忍!」

智葉「……で、結局」

怜「…………」右手ギュッ

照「…………」左手ギュッ

智葉「両手が塞がったわけだが」

怜「智葉から握ってきとるやん」

照「やさしいガイト」

智葉「これ以上街中で騒ぎは起こせん」

怜「さすが智葉やー」

照「やー」

怜「頼りになるわー」

照「わー」

智葉「…………フン」

智葉「……いいから大人しくついてこい」プイッ

怜「智葉てわりとちょろいな」

照「うん、ガイトはちょろい」

智葉「この両手、今すぐ振りほどいてもいいんだぞ」

怜「ごめんなさい」

照「ごめんなさい」

智葉「ったく……。立場と状況をわきまえろ」

怜「そんな厳しいこと言わんといてーや、なあお嬢」

照「おじょー」

智葉「あーもう見放す、決定」

怜「冗談やって」

怜「ところで照」

照「何」

怜「そのアイスどこで買うたん?」

照「あそこ」

怜「お、東京にもあったんやアラサーワンアイス。いつも大体30前後の種類が選べるでおなじみの」

智葉「アバウトだな」

怜「智葉ー、私らも買うてこー」

智葉「……仕方ないな」

アラサーワンアイス店内

ラッシャーセー

怜「照はどれにしたん?」

照「これ。京風まっちゃマシュマロチョコパーティートリプルナッツキャラメルチェリーベリーチーズタルトバナナメロンソーダクラッカーキャンディキュートフラワーベイクドチーズオンチーズゆずこしょうパイ黒ごまアイス」

智葉(……なんだそれは)

怜「ほな、私もその京風まっちゃマシュマロチョコパーティートリプルナッツキャラメルチェリーベリーチーズタルトバナナメロンソーダクラッカーキャンディキュートフラワーベイクドチーズオンチーズゆずこしょうパイ黒ごまアイス」

智葉(……なんで言えるんだよお前も)

怜「それが一段目で二段目は……」

智葉「!?」

智葉「……結局三段重ねかよ」

照「……私もそうすればよかった」

怜「ウフフ……」

智葉「?」

怜「トリプル…… トリプルや……」

智葉「どうした?」

怜「ウフフフフ…………」ニヤニヤ

智葉「??」

照(……ずっと三段重ねを見つめてニヤニヤしている)

智葉「早く食べろよ、落とすぞ」

怜「えへへ……幸せや……」ニヤニヤ

智葉(…………そんなに嬉しかったのかよ)

ぼとっ

怜「あっ」

その夜 照と怜の部屋

怜「なあ」

照「何」

怜「あんた……。東京出身言うてたやんな……?」

照「…………それが何」

怜「ウソやろ」

照「……嘘じゃない」

怜「別にバカにせーへんで? ええやん、無理に東京人ぶらんでも」

照「嘘じゃ……ないっ!!」プイッ

バタン

怜「…………何ムキになっとんねん」

――そして挑んだ、一年目のインターハイ。


実況「個人戦決勝卓、決着です!」

実況「優勝はなんと無名の新設校から現れた一年生! 東東京代表、先鋒学院高校の宮永照選手です!」

ワァァァァーーーー

怜「やりよったなー……」

智葉「…………フン」

怜「智葉かて凄いやん、5位」

智葉「……決勝卓に進めんようじゃ何位でも一緒だ」

怜「東東京予選落ちの私からしたら十分やけどな」

怜「組み合わせが悪かったんちゃう? 相手がちょっとアレやったもんな」

智葉「……フン、言い訳するつもりはない。私の力不足だ」

怜「大生院の戒能さんと、千里山の藤白先輩……。決勝行った二人と二連荘やってんからしゃーないて」

智葉「……それは照も同じだ、って……先輩?」

怜「藤白先輩は千里山のレジェンドやからな。うちらはあの人に憧れて千里山中行ったんや」

智葉「そういえば……。お前中学は千里山だったな」

怜「千里山行った友達に聞いてんけどな……。今年の部内レーティング2629。バケモンやで」

智葉「千里山のレートのつけ方なんぞ知らんが……」

アナ「以上、宮永選手のインタビューでしたー!」

照「ありがとうございました!」ニコッ(営業スマイル)

……

照インタビュー終了後

照「ただいま」

怜「おー、おつかれー」

智葉「どうだった、感想は?」

照「うーん……あんまり」

智葉「ほう?」

智葉「そんなに手応えがなかったとでも?」

怜「贅沢な悩みやな」

照「……違う」

智葉「?」

照「表彰式とか、インタビューとか。ひとりぼっちはやだ」

智葉「うん?」

照「……ひとりはつまんない。団体戦やりたい」

怜「照……」

智葉「お前……」

照「みんな一緒がいい。ガイトも、怜も一緒に」

智葉「…………」

怜「…………」

智葉「……そうだな、来年は団体戦も考えるか」

照「…………うん」

怜(……同じ舞台に立つ……。こいつらと、竜華やセーラと同じ……)

9月

怜「全国大会終わって思ったんやけどな」

智葉「ん?」

怜「この部に足りひんもんあったわ」

智葉「何だ」

怜「合宿とかせーへんの?」

照「!」

智葉「合宿?」

怜「強豪校のインタビューとか見てたら、合宿やって力をつけてーとか言うてるやん」

照「それはとてもいい考え」

智葉「うちは三人しかいないだろう」

怜「ええやん、三人でもやったらー」

照(ドキドキワクワクお泊りタイム)

怜「三人でお泊りとかしたいわー」

照「一緒に寝たりしたいー」

智葉「お前たちは同じ部屋で毎日一緒に寝てるだろうが」

怜「智葉はちゃうやんー」

照「ガイトと寝たいー」

智葉「ワガママ言うんじゃない二人して」

照「三人でお泊りしたこと一度もない」

智葉「必要ない」

怜「せっかくの全国大会かて、寮から通いやったやんかー」

智葉「当たり前だ」

怜「ひどいわー、東京代表やからいうてー」

照「よそはみんな東京に来てお泊りしてるー」

智葉「よそはよそ、うちはうち」

怜「えー」

照「えー」

怜「なんでそないイヤなんー」

智葉「やる意味がない。今だって、毎日打ってることには変わらないんだ」

照「お泊りはー」

智葉「生活を共にするなんてのは、チームとして結束を強めることが目的だろう」

怜「ええやん三人で結束強めたらー」

智葉「そんなのは団体チームが組めてオーダーを考えて、それぞれの役割を考えながら打つようになってからでいい」

怜「えー」

智葉「大体、団体に出られる人数もいないだろう。私達には早い」

照「えー」

怜「ええやんかー、やろーやがっしゅくー」

智葉「やらん」

照「がっしゅくー」

智葉「必要ない」

怜「がーっしゅくー」机バンバン

照「がーっしゅくー」机バンバン

黒服A「がーっしゅくー」机バンバン

智葉「おい待てそこのお前」

黒服B「なぜです、いいじゃないですか合宿」

黒服C「我々の総力を込めて! サポートさせていただきますよ!」

黒服D「バーベキューとか花火とかも用意しますから!」

黒服G「自分はキャンプファイアーやりたいです!!」

智葉「いらんいらんいらん!! 遊ぶためのものじゃない!!」

怜「あの人ら、意外と話わかるな」

照「うん、怖そうだけどいい人たち」

怜「ええやん、三人でー」

照「でー」

怜「おふろとか一緒にはいろーやー」

照「やー」

黒服G「お、お風呂っすか!? もちろんお供いたしますよ!!」カァァァ

智葉「よしお前から死ぬか?」スチャッ

黒服G「ヒイッッ」

黒服A「お嬢! 仕込み刀を抜かないで!!」

黒服B「冗談ですから! ジャスト黒服ジョークですから!!」

ワーワー ドタバタ

怜(刀を持ってること自体には突っ込まへんねやな)

智葉「とにかく。今そんなことをやるつもりはない」

怜「えー」

照「えー」

智葉「…………寮に門限まで顔出すくらいならしてやるよ。それで我慢しろ」

怜「むぅー」

照「ぶぅー」

智葉「我慢しろ」

部活終了後

黒服A「お疲れ様でした、お嬢」

智葉「ん」

黒服A「……ところで、今日の合宿の話なのですが……」

智葉「なんだよ」

黒服A「少々、お二方がかわいそうな気もするのですが。なぜそこまで?」

智葉「話したとおりだ、三人でやったってしょうがないだろう。……それに」

黒服A「それに?」

智葉「絶対お前らが余計なことすると分かってるからだ」

黒服A「…………フヒヒッ」

その夜 照と怜の部屋

照「合宿……、却下された」

怜「されたなー」

照「三人でお泊りしたかったのに……」

怜「……まあ、智葉の言うこともわかるけどな」

照「うん…………。でも」

怜「?」

照「それだけじゃないと思う。何か他に理由が」

怜「あるかー?」

照「私たちと一緒にお風呂に入りたくないとか……」

怜「なんでやねん」

照「なにか……知られたくない事があったり……」

怜「風呂に入んのに…………?」

照「…………」

怜「…………」

照「…………入れ墨とか」ボソッ

怜「!」

怜「…………」

照「…………」

怜「…………」

照「…………」

怜「それや……!」

照「それだね」

怜「間違いないな」

照「間違いない」

怜「……そういうことやったか……」

照「…………うん」

怜「黒服付きのお嬢やもんな……」

照「刀も持ってた」

怜「…………」

照「…………」

怜「ほなやっぱ……あんま言わんといてやる方がええんかな……?」

照「……そうかもしれない……。でも」

怜「?」

照「入れ墨があったとしても……。ガイトがそういう人だったとしても」

怜「…………」

照「…………ガイトは、私たちの友達」

怜「…………」

照「…………」

怜「…………あったりまえやないかい」

怜「ほな、もう合宿のことは言わん。一緒に風呂入りたいも言わん」

照「うん」

怜「まあ、向こうから言うてきたら別やけど。もし見せられたとしてもギャーギャー騒がん」

照「わかった」

怜「ほな、この話は終わりや。もう寝よ」

照「うん、おやすみ」

怜「おやすみ」

照「…………」

怜「…………」

照「…………」

怜「…………」

照「……怜……」

怜「…………」

照「…………もう寝た……?」

怜「…………なんや」

照「……ガイトの、入れ墨……」

怜「…………うん」

照「パンダさんの絵だとかわいいと思う」

怜「寝ろや!!」

10月 とある日の部活

怜(相変わらず……。二人とも強いな……)

チャッ

怜(お、テンパイ)

―ピキッ―

怜(あっ、下家が三筒ツモ切り……。それで当たりや)

怜「ロン」パタッ

智葉「えっ」

照「えっ」

黒服B「えっ」

怜「?」

智葉「ロンってお前……」

怜「? ロンやで? 智葉の切ったそれ」

照「?」

智葉「いや、私が切ったって……。まだ何もしてないが」

怜「えっ」

照「まだガイトはツモってない」

智葉「ああ、その前に怜がまだ切ってないだろ」

怜「えっ」

黒服B「…………チョンボですかね」

怜「いや、えっ……? そんなはずは……」ポロッ

智葉「牌落としたぞ」

怜「えっ……」

智葉「?」

怜「…………」

怜(切ったつもりやった牌……。手の中にあった……)

怜(……まだ……切ってへんかった……)

智葉「……どうしたんだ?」

智葉「自分が切る前にロンって……。どういうことだ?」

照「……ツモ和了りの間違い?」

黒服B「……いえ、手は揃ってないようですが」

怜「…………」

智葉「?」

照「?」

怜「…………ごめん、チョンボやわ」

怜(そんなはず……ないねんけど……)

智葉「?」

怜「……ちょっと、その牌見てええ?」スッ

照「?」

怜(智葉のツモるはずやった牌……)

タンッ

怜(三筒……。当たりや)

黒服B「?」

怜(なんや今のは……)

怜(……一つ先が見えた……?)

その日の夜

怜「ふぅー……」フラフラッ

照「……どうしたの」

怜「なんや今日は疲れたわ……」

照「?」

怜「ちょっと集中しすぎたかも知れんなー」

照「…………」

怜「あんたらが強すぎるせいなんちゃうかー?」アハハ

照「…………」

怜「ちょっと休みたいわ。膝貸してーや」

照「?」

ポフッ

怜「あー、ええなー……」

照「……ひざまくら……」

怜「ものすご落ち着くわ、この感じ……」

照「…………」

怜(……ちょっと、細めやけどな)

怜「ふぅー……」

照「……無理はしないで」

怜「ん?」

照「そんなに疲れるなら……、無理しないで休んで。対局中に止めたってかまわない」

怜「おう、ありがとな」

照「……膝枕くらいなら、いつでもするから」

怜「なんや、今日は優しいやん」

照「…………」

照(今日最後の変なチョンボに……この疲れ……)

照(明らかに、なにかおかしい……)

照(…………)

照(これは……)

照(鏡に映っていた、自分の力に目覚める前兆……)

照(…………かもしれない)

照(…………でも)

照(こんなにフラフラになるなんて…………)

怜(ふう……。膝枕、してくれんのはありがとうなんやけど……)

怜(正直、ちょっと物足りひんよなー……。このボリュームじゃ)

照「?」

怜(智葉はどないやねんやろなー……、あんま変わらんかなあ)

怜(一回確認したいとこやけど……。たぶんぶっとばされるな、してくれ言うたら)

照「??」

怜(……竜華やったら……こんなもんやないやろな……)

怜(あー、やっぱり竜華が恋しいわー……)スリスリ

照「???」


――それからなんとなく。照の膝の上が、私の定位置になっていった。

12月

怜「クリスマスやん」

照「うん」

怜「パーティーしたいわ」

照「うん、ケーキ。あとターキー」

怜「寮生やもん、気軽に遊びに行かれへんねんからそれくらいしたいよな」

照「うん」

怜「黒服さんたちも意外と薄情やんなー。みーんな口揃えて『お嬢の許可がないと……』言うて」

照「勝手にやったらおこられる。しかたない」

怜「まあそやけどなー」

ガチャッ

怜「おー、来たなー」

智葉「すまんな、遅れた」

怜「遅かったやん」

智葉「ああ、ちょっとな」

照「?」

智葉「それじゃ今日も始めるか」

照「おー」

黒服A「あっ、そういえばお嬢。さっきのクリスマス会の件ですが」

智葉「! バカッ! その話はここでするな!」

怜「?」

照「?」

黒服A「は、はあ……」

部活終了後

照「クリスマス会……」

怜「言うたな、確かに」

照「……それに、私たちに聞かれたくないみたいだった」

怜「……どこかよそでパーティーやる気やな、間違いない」

照「私たちにないしょで……」

怜「ひとりだけクリスマス会楽しもうとは……。そうはいかんで」

照「……どうしよう」

怜「当日尾行やな、これは」

黒服A「お嬢、先ほどは一体……」

智葉「空気読めよバカ」

黒服A「は、はあ……」

智葉「恥ずかしいだろうが、あいつらに聞かれたら」

黒服A「そんな、気になさるほどのことでは……」

智葉「あいつらには絶対に喋るんじゃない、いいな」ギロッ

黒服A「お、押忍!」ゾクッ

照「でも、尾行なんて私たちには難しい」

怜「大丈夫やって」

照「分からないように後をつけるのも大変だし、車に乗られちゃったりしたら追いつけない」

怜「心配せんでええ、ちゃんと考えあるて」

照「考え?」

怜「あんたのおでかけバッグ出しや、照」

照「?」

怜「そこについてるキーホルダーあるやろ。前に私と智葉があげたやつ」

照「??」

照「これ?」

怜「そう。あの新宿迷子事件の後に黒服さんが買うてきてくれはった、照専用まいご追跡GPS!」

照「えっ」

怜「これを当日、智葉のバッグに入れたったらええ。コソコソついて行かんでも、車や電車乗られても問題なしや」

照「そんなのあったんだ」

怜「おう、またいつどこで迷子なってもええようにな」

照「必要ないのに。まいごなんてこどもみたい」ショボン

怜「もうちょい自分のこと冷静に見つめ直したってもバチ当たらんで?」

クリスマス当日

智葉「じゃ、今日の部活終了だな」

怜「おー、おつかれー」(棒読み)

照「おつかれさま」(棒読み)

智葉「?」

怜「ほな照、早よ帰るでー」ギクシャク

照「うん」いそいそ

コソコソッ

智葉「……なんだあれは」

怜「よっしゃ、ものっすごい自然に出てきたで」

照「うん、さすがわたしたち」

怜「ほな、スマホのGPSアプリで受信して……」ピッ

ピコン ピコン

怜「出た出た」

照「おー」

怜「よっしゃ、行くで! ……っと、その前に」

ギュッ

照「? 手をつないだ……」

怜「…………絶対、手ぇ離したらあかんで。ええな」

照「???」

黒服A「お嬢、それでは参りましょう」

智葉「ああ」

バタン ブロロロロ…

怜「車乗ったで!」

照「やっぱり」

怜「ほなもう、焦ってもしゃーないわ。止まったとこ目指してゆっくり行こ」

照「うん」

…………

……

怜「……で、着いたけど……この建物……?」

照「これは……」

怜「児童養護施設……?」

施設の庭

怜「裏に回ってきたけど……、どこか入られへんかな」

照「…………あっ、あれ」

怜「ん?」

黒服D「よし、ビデオカメラセット!」

黒服E「はいっ!」

黒服F「絶対見つかるなよ、お嬢には内緒だからなこれ!」

黒服E「わかってます!」

怜「……黒服さんたちおるな」

怜「何やっとんねや、あれ……?」

照「隠れて中をのぞき見してる」

怜「……完全に不審者やないか」

照「私たちも人のことは言えない」

怜「あっちの窓やな、覗いてるの」

コソッ

怜「…………これは…………!」

施設内

職員「はい、今日はクリスマス会です! みんなのところに、今年もサンタさんが来てくれたぞー」

子供「おー」

智葉「メリークリスマス。みんないい子にしてたか?」

子供「わぁー」

子供「サンタだー」

子供「また来てくれたー、お嬢サンター!」

智葉「ああ、もちろんさ」

智葉「ほら、プレゼントだぞ」

子供「わぁーい!」

子供「やったー!」

子供「おじょーさんたー、いっしょにうたうたってー」

智葉「うん、歌おう」

子供「けーきたべるー」

智葉「ああ、みんな順番にな」

子供「めりくりー」

智葉「……ああ、めりくり」フフッ

ワイワイ アハハハハ

怜「…………」

照「…………」

怜「……お嬢サンタやて」

照「…………うん」

怜「……こんなんやっとったんか……」

照「…………うん」

怜「…………まったく」

照「…………まったく」

怜「ほんま、まったくやな。うちの部長は」

照「うん、ほんまにまったくや」

怜「そこはマネせんでええわ」

黒服E「今年も、無事できましたね」

黒服F「ああ」

黒服D「親をなくしてここに引き取られた子供たちのために、お嬢が毎年やっているこのサンタ……」

黒服F「クリスマスだけは何をおいても優先してきた、お嬢にとって最も大事なイベントだ」

黒服E「うちが経営している施設とはいえ、よく毎年……。もう四年目になりますか?」

黒服D「ああ」

黒服E「すばらですよね」

黒服F「ああ、あれこそ我々がお仕えするすばらなお嬢だ」

黒服D「はい」

怜「ほーん、そうなんや」

黒服D「!」ビクッ

怜「……聞かせてもろたで、黒服さん」

黒服D「園城寺様……宮永様……」

黒服E「ど、どうしてここが……」

黒服F「ち、違うんです! 決してお二人をのけ者にしてたわけでは!」

怜「そんなんええですから。それより……」

黒服D「?」

怜「サンタの服、もう二着あらへんの?」

クリスマス会終了後

智葉「じゃあ、またな」

子供「お嬢サンタ、さよーなら!」

子供「ありがとー!」

子供「また来てね!」

職員「……今年もありがとうございました、お嬢様」

智葉「ああ」

スタスタ

黒服A「……お疲れさまでした、お嬢」

智葉「ん」

怜「おう、お疲れさん」

照「お疲れ」

智葉「!」

智葉「お前ら……どうしてここに……」

怜「サンタやからな」

照「うん、怜サンタと照サンタ」

智葉「……その衣装どこから」

怜「どこでもええやん」

智葉「…………何しに来たんだよ」

照「サンタが来るのはプレゼントをあげるため」

智葉「…………ここの子たちになら、もう終わったぞ」

怜「もう一人おるやん、まだプレゼントもろうてへん子が」

智葉「?」

怜「まあ別に、ええ子ってわけやないけどな」

照「うん、困った子」

怜「おう、せやな」

智葉「…………」

怜「言うてくれたらなんぼでも手伝うたったのに……、かわいい部員をほったらかしにしよった困った子や。ほら」

スッ

智葉「いちごショートケーキみっつ……」

怜「近くのケーキ屋さんで買うてきた。ふたりのおこづかいやで」

照「いっしょに食べよう」

智葉「お前ら……」

怜「メリークリスマス」

照「メリークリスマス」

智葉「…………ああ、メリークリスマス」

怜「……あ、それはそれとしてや」

智葉「?」

怜「明日はちゃんと部室でパーティーやるで」

照「うん、ターキーも食べる」

智葉「何言ってんだ。クリスマスはもう終わりだぞ」

照「部室ではまだやってない」

怜「当日やなくたって、コンディションのええときにやったらええねんて。2と4のつく日は誤差の範囲や」

智葉「ひと月の半分近く該当するぞそれ」

怜「こまかいことはええってー」

照「たーきー」

智葉「……やれやれだぜ」フフッ

乙 続きはよ

3月

智葉「……そんなこんなで、もう3月か」

黒服A「ですねー」

智葉「結局、一年が終わろうとしているわけだが……」

黒服A「はい」

智葉「見事に、部員は増えなかったな」

黒服A「どうしてなんでしょうねー」

智葉「お前らが部室に溜まってるからだよ! 勧誘しようにも人が寄りつかん!!」

黒服A「…………!」

智葉「……その発想は無かったわって顔やめろ、腹立つ」

黒服A「ま、まあ新入生にご期待ください! 我々も頑張ってますから!!」

智葉「…………どうだかな」

高校二年生 4月

黒服A「さあ! 今日から新年度の部活動開始ですよ!」

智葉「……まだ居る気なのかお前らは」

黒服A「今回も全国各地にスカウトを飛ばし! 必ずやお嬢の力となれる人材を勧誘してきました」

智葉「……去年も聞いたが。そのスカウトってのは誰がやったんだ」

黒服A「我々ですが?」

智葉「…………」

黒服A「?」

智葉「……期待できんな」

黒服B「はっはっは、お嬢は心配性ですね」

智葉「お前らにマトモな人材が集められるとは思えん」

黒服B「何をおっしゃいます! 打率10割ですよ!!」

智葉「……何人呼んできて10割なんだ」

黒服B「四人です」

智葉「…………少ないだろ」

黒服B「部員は四人必要と! 昨年お嬢よりアドバイスいただきましたので!!」

智葉「……お前ら仕事できないタイプって言われるだろ」

黒服B「?」

智葉「じゃあ今年こそ、新入部員が来る前に帰ってくれ」

黒服C「?」

智葉「その微塵も想定してなかったですって顔やめろ、また怖がられて逃げられるだろうが」

黒服C「スカウトのときに会ってますから、われわれの存在は皆さんご存知ですよ?」

智葉「去年ドン引きされてたのをもう忘れたのか。顔じゃなくて行動だよお前らの」

黒服C「???」

智葉「……本気でわかっとらんのか……」

智葉「とにかく。去年のような大騒ぎをされたらかなわん、早く帰れ」

黒服D「ははっ、わかりました。今日は準備万端できてますから、かまいませんよ」

智葉「……準備?」

黒服D「はい! 初顔合わせですから、対面形式の長机と椅子をご用意しました!」

怜「面接試験みたいやな」

智葉「……大げさなんだよ、いつもいつも」

黒服D「ではごゆっくり! いつも通り階下に控えておりますので!」

コンコン

怜「どうぞー」

煌「失礼します!」

成香「こんにちは……」

漫「失礼します……」

玄「よろしくお願いします!」

怜「来たなー」

照「……新入生さん」

智葉「まあ……、それじゃ座ってくれ」

煌「はい!」

智葉「では最初の君、まず自己紹介を」

煌「はい! 信州上伊那は高遠原中より参りました、花田煌と申します!」

照「!」ドキッ

智葉「信州……。長野県か」

怜「また誰とも遠いとこやな……」

煌「よろしくお願いします!」

照(…………ご近所さん)

智葉「では、本校へ入学した動機を」

煌「はい! よりすばらな方々と麻雀が打てる高校をと考えていましたら、ちょうど声をかけていただきまして!」

智葉「ふむ」

怜「マトモやん」

智葉「普通、入学志望動機ってのはマトモなもんだがな」

煌「すばらっ!」

照(……大丈夫。中学は違うはず……)ドキドキ

智葉「じゃあ次の君。自己紹介と志望動機を」

成香「あ、北海道から来ました……。本内成香です……」

怜「お次は北の大地か……。バラッバラや」

照(……おいしいものの宝庫)

成香「えっと……動機はちょっと言いにくいんですけど……」

智葉「かまわんよ、言える範囲で」

成香「実家の牧場が……、ちょっと経営が苦しくて……」

智葉「えっ」

成香「ここなら、特待生で学費免除になるって聞いて……」

成香「あと、寮費も無料でいいから食い扶持が浮くし……牧場に融資もしていただけると……」

怜(…………重いわ)

智葉「えっと、その話は誰から?」

成香「黒い服を着たスカウトの方でしたけど……」

智葉「…………」

怜「…………」

智葉(あいつら…………。後でぶっとばす)

怜「ただの身売りやんけ……」

智葉「言うな」

智葉「……では次」

漫「はい……。大阪から来ました、上重漫です」

怜「! ……ふーん、大阪……」

漫「うちも実家がちょっと……。お好み焼き屋なんですけど」

照(大阪のお好み焼き屋さん……有能)

漫「お父ちゃんがちょっと下手こいて赤字続きやったんですけど、ここに入れば資金援助してくれはると……」

智葉(……こいつもか)

漫「ここだけの話、ちょっとヤバイとこからしてた借金を片付けてもろうて「もういいよ」

漫「あ、はい……」

智葉「…………頭が痛い」

智葉「じゃあ最後」

玄「はいっ! 奈良県・阿知賀女子学院中等部より参りました、松実玄と申します!」ズビシッ

智葉「……念のために聞くが、君の実家も何か商売を?」

玄「はい! 松実館という旅館を経営しています!」

智葉「…………まさかとは思うが」

玄「このたびはうちの総リフォーム費用を出していただきまして、ありがとうございました!!」

智葉「おい待て」

玄「更に、旅館経営を学ぶための学費やその他寄付金までいただいて! とっても感謝しているのです!!」

智葉「……なにを考えてんだあいつらは……」

怜「まあ、アタマ抱えたくなんのはわかるけどな」

智葉「……じゃあ、こっちから何か質問するか?」

照「はい」

智葉「はい照」

照「地元のおいしいお菓子を教えてください。それを麻雀部に提供できるかどうかも」

智葉「却下」

照「えぇー」

智葉「却下だ」

照「…………百歩譲って、甘くないやつでもいいから」

智葉「却下だ」

智葉「怜……、何か頼む。お前だけが頼りだ」

怜「んー、急に振られても……。ほな、ひとりずつ」ガタッ

智葉「?」

怜「ちょっと膝枕させてもろうてええ?」

成香「えっ?」

玄「膝枕ですか……?」

智葉「おい、何を」

怜「大丈夫やから」

四人「???」

怜「ん」ポフッ

煌「?」

怜「……細い」

……

怜「ん」ポフッ

成香「?」

怜「……狭い」

……

怜「ん」ポフッ

玄「?」

怜「……上質」

……

怜「ん」ポフッ

漫「?」

怜「……暫定首位」

四人「?????」

怜「……大体わかったわ」

智葉「何がだよ」

怜「ほな、質問やけど……。特にそっちの二人」

玄「?」

漫「?」

怜「どんくらい長いこと膝枕されても平気?」

玄「へ?」

漫「は?」

智葉「……どいつもこいつも……」

智葉「……まあ、各々事情はあろうかと思うが、ここに集まってくれたことはうれしく思う」

怜(……強引にまとめよったな)

智葉「共に頑張っていこう。よろしくな」

照「うん、一緒に頑張ろう」

怜「よろしゅーな」

成香「は、はいっ! よろしくお願いします!」

漫「がんばります!」

煌「すばらっ!」

玄「…………」

玄(ふぅ~む、なるほどなるほど~)

玄(これは、なかなかになかなかだねー……)

玄(この私、松実玄がお姉ちゃんやあの部室と離れてまでこの高校に来た理由……)

玄(表向きは話した通り。松実館の未来のためと、貰っちゃった莫大な援助金のため……)

玄(……そして、最後は笑顔で送り出してくれたお姉ちゃんに、私の成長した姿を見せるため!)

玄(でも!)

玄(実はもうひとつ、話さなかった大きな理由があるんだよ!)

―回想―

黒服B「ということで、ぜひうちの高校に入学していただきたいと」

玄「ひとつ、大事なことを教えてください」

黒服B「なんですか?」

玄「その部に、おもちはありますか?」

黒服B「お、お餅ですか……? 必要ならば、いくらでもご用意いたしますけど」

玄「!!」

―回想終―


玄(……そう、ここに来ればおもちたっぷり選り取り見取りだと! スカウトの人に聞いたからなのです!!)

玄(それで喜び勇んでやって来た、今日のこの日だったのですが……)

玄(……蓋を開けたらこの有様だよ!)

玄(まったく、やれやれなのです)

玄(右を見ても左を見ても……、とんだおせんべいの厚さ比べ。おもちは上重さんしかいないのです)

玄(…………)

玄(…………)

玄(…………)

玄(これはもしかして……騙された……?)

玄(…………)

玄(……と! 普通の人なら思うでしょうが!!)キラーン

玄(あの髪を縛ったメガネの先輩……! 私の目はごまかせないよ!)チラッ

智葉「?」

玄(押さえつけて着やせしてるように見えるけど……、あれはかなりのおもち……!)

智葉「どうかしたか?」

玄「はいっ! 私もひとつ確かめたいことがありまして!」

智葉「ん?」

玄「先輩の、本当の姿を見せてください!」

智葉「??」

玄「とーうっ!!」

ガバチョッ

智葉「んなっ!?」

グイグイッ ガバッ

玄「やっぱり……! さらしで押さえつけてる!」

智葉「ちょっ、何してんだ! 上着を脱がすな!」

玄「こんなおもちの敵の悪い布など! どっかいっちまえーなのです!!」

スルスルッ

智葉「あっ、バカっ、よせ!!」

玄「ふはははー! よいではないかよいではないかー」

ドタバタドタバタ

煌「こ、これは……」

成香「一体……」

智葉「おい、見てないで助けろ!!」

怜「……お呼びやで」

照「うん」

怜「ほな、助けたるか」

照「…………どっちを」

怜「……そら勿論」

照怜「おもしろそうな方を!!」

怜「よーし智葉、今助けたるでー」(棒読み)

ガシッ

智葉「うわっ、おい怜! 放せ!!」

玄「うふふふふー、よいではないかー」

智葉「ちょ待てよ! 放せって!!」

照「もっとこうしたほうが解きやすい」グイグイッ

玄「あ、ありがとうございます!」

智葉「おい照! なんで手助けしてんだ!!」

怜「はいはーい、危ないからメガネ取ろなー」スッ

智葉「あっ、こらっ!」

ドタバタッ スルスルッ

バッ

玄「とったどーー!!!」

智葉「わっ、ちょっ、バカ、危なっ」

フラフラッ

ドンガラガッシャン


むにゅっ

成香「あ……」

漫「これは……」

煌「お二人が絡まりあって倒れて……」

照「松実さんの顔の上に……」

怜「智葉の生おもちが……思いっきりのしかかった……」

智葉「…………」

玄「フヘヘヘヘ…… 幸せ……」

智葉「……なんなんだよもう……」ムクッ

パラッ

怜「あっ、髪の毛ほどけた」

智葉「ん?」ファサッ

煌「おお……」

成香「わぁ……」

智葉「?」

漫「髪がほどけて……メガネ取れたら……」

煌「これはこれは……。ずいぶん印象が違いますね……」

成香「素敵な美人さんです……」

智葉「…………」

煌「すばらっ!」

怜「そして……」チラッ

智葉「?」

怜(……でかい)

照(大きい)

成香(素敵です……)

煌(こちらもすばら!)

漫「?」

智葉「?」

玄(おもち……ウフフ……)

バタンッ

黒服A「お嬢! どうかしましたか!」

黒服B「フヒッ、どうしたんですかお嬢! 上半身裸で!」

智葉「ちょっ、お前らは入ってくるな! 出てけー!」

バキッ

黒服A「ぐほっ!」

智葉「出てけ! 出てけー!」

ドカッ ドスッ バコッ

黒服B「がはっ!」

黒服C「おふっ!」

黒服D「ごへっ!」

智葉「出てけ! 出てけ! 出てけー!」

バタン ガチャリ

智葉「ハァ……ハァ……ハァ……」

怜「…………あっ」

照「…………」

怜「なあ、背中……」

照「うん」

怜「無いな、入れ墨」

照「うん」

智葉「さて…… お前ら……」ゴゴゴゴゴ

怜「あっ」

照「まずい」

智葉「どういうつもりか説明してもらおうか……」ゴゴゴゴゴ

怜「あんたら、今日は帰り」

玄「えっ」

照「私たちが止めておく。心配しないで」

煌「は、はあ……」

怜「まだ死にたないやろ、ほら早よ!」

智葉「待てこらぁーーー!!!」

成香「ひっ」

煌「に、逃げましょう!」

漫「ほな、お言葉に甘えて!」

玄「???」

ダダダッ

バタン

智葉「…………」

智葉「ったく…… なんなんだよ今日は……」

怜「まあまあ、かわいい後輩とのスキンシップやん」

照「おこらないで」

智葉「お前たちも率先して参加してたよな?」ギロッ

怜「…………」

照「…………」

智葉「目をそらすな」

怜「私らが謝るから、ゆるしたってーな」

照「うん、まだ接し方がよく分からなかっただけ」

智葉「お前らは接し方が分からん先輩に対してまず服を脱がすのか」

怜「…………」

照「…………」

智葉「目をそらすなよ」

怜「…………悪かったて。ほいでもやで」

智葉「?」

怜「そないに言うなら、こっちかて智葉に言いたいことあるわ」

照「うん」

智葉「?」

怜「智葉にはガッカリや」

照「うん、失望した」

智葉「何がだ」

怜「うちらと同じ側の人間や思うてたのに……。とんだおもちやったな」

照「うん、おっきかった」

智葉「何がだよ」

照「…………内緒」

智葉「は?」

怜「……ほいでも、安心もしたわ」

照「うん、した」

智葉「?」

怜「背中、なんも無かったからな」

照「うん、無かった」

智葉「背中?」

智葉「意味がわからんぞ」

怜「大丈夫やで。私たちは心が広い」

照「ガイトがおもち側の人間でも、百歩譲って許してあげる」

怜「おう、言うてもオバケほどでかい事もないしな。……その代わり」

智葉「?」

怜「おふろはいろーやー、人も増えたしー(入れ墨なかったんやしー)」

照「はいろー」

怜「がっしゅくー」

照「がっしゅくー」

智葉「……結局その話か」

智葉「わーかったよ……。5月の連休にでも一回やるか」

怜「わーい」

照「わーい」

智葉「その代わり。本題の麻雀はきっちりやるぞ」

怜「むうー」

照「えぇー」

智葉「当たり前だ」

次の日

智葉「じゃあ、今日から部活スタートだ。早速打ち始めていこう」

照「おー」

怜「でも、七人ってなー」

智葉「……なんだよ」

怜「また4で割ったら3余るやん」

智葉「いいよ、四人いれば卓は埋まるんだ。交代で打てばいいだろ」

怜「卓が埋まる?」

智葉「ああ」

怜「卓ふたつあるで、この部室」

智葉「!?」

智葉「な……、えっ?」

怜「ほら」

照「……うん」

智葉「おい、いつからうちの部は卓ふたつになったんだ?」

怜「いつの間にかあったなあ」

照「昨日までは無かったと思う」

智葉「…………」

扉の外

黒服A「…………」ニコニコ

怜「めっちゃ手ぇ振っとるで」

智葉「あいつら…………」

煌「あの……。あの方々は……?」

怜「おう、あれこそうちの部の秘密兵器。智葉部長様の忠実なるしもべたちや」

成香「しもべ!?」

智葉「嘘を教えるな、人聞き悪い」

玄「入学スカウトの方じゃ……?」

怜「側近やで、側近」

照「うちの若い衆」

智葉「嘘を教えるなと言ってるだろうが」

智葉「……せっかく、もう要らんと思ってたのに……」

怜「ええやん、もう今更やで?」

照「今までどおりでいい」

怜「黒服さんのおかげで、ものすご色々助かっとんねんで?」

照「うん、すごく感謝してる(主におやつとターキーに)」

智葉「…………」

漫「でも、七人で卓ふたつってどうすんねやろー?」

玄「あの黒服さんたちも一緒に打つのかな……?」

怜「ほら、もう認知されてもうてるし」

智葉「…………ちっ」

黒服E「どうぞ、お好きな方の卓へ。私は空いた席に入らせていただきます」

成香「あ、はい……」

智葉「……フン」

黒服F「では、今日は我々二人。いつも通りに務めさせていただきますね」

黒服E「今年度も引き続きよろしくお願いします、お嬢」

智葉「…………」プイッ

黒服F「花田様、お飲み物は何になさいますか?」

煌「あっ、そんな! お茶の用意くらい我々下級生にお任せください!」

黒服F「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですので」

智葉「いいぞ、やらせておけ」

煌「そ、そうですか……?」

黒服F「我々はこれが仕事で生きがいでございます。お飲み物、何になさいますか?」

煌「あ、それでは緑茶を……」

黒服F「かしこまりました。どうぞお座りになってお待ちください」ニコッ

煌「紳士的な方々ですね! すばらです!」

黒服F「権田と申します。最年長で趣味はボウリング」

智葉「黒服Fな」

一週間後

智葉「よし、今日も終了だ」

怜「おつかれー」

漫「お疲れ様でした!」

玄「ありがとうございました!」

照(一通り……。新入生さんを鏡で見た……)

照(松実さんは……凄く特殊な力の持ち主)

照(ドラが集まる……、それは大きいけれど隙も多い。おもちの話じゃなくて大きいけれど隙も多い)

照(集まったドラを手放そうとしないから、打ち方が凄く限定される)

照(……それは、気持ちが縛られているってことかもしれない)

照(逆に、ドラを切ったらどうなるのか。たぶんそこが彼女の鍵……)

照(…………打ち方も、精神的にも)

照(上重さん……)

照(当たれば大きいけど、その大爆発が出せるかどうかはムラがある)

照(そこがまだまだ未完成……。だけど、もっと精度が洗練されたら……)

照(安定して爆発ができるようになったら……。すごく面白い)

照(不安定なのは松実さんと一緒かもしれないけど……)

照(心をきつく縛っているものは無い感じかな。それならある程度、努力で改善できそうかも……)

照(花田さん……。前二人のような爆発力があるわけじゃないけど)

照(……正直、彼女が一番怖かった)

照(どれだけ突き放しても、決して諦めず食らいついてくる心の強さ)

照(点数は私が勝っているはずなのに、どこかどうしても敵わないかもと思わされる)

照(……そんなことを思ったのは初めて)

照(…………)

照(…………)

照(…………違う。二回目)

照(……どんなに私のすべてを尽くしても、プラマイゼロにされたあのとき以来……)

照(そして……本内さん……)チラッ

成香「!?」ビクッ

照「…………」

成香「…………?」ビクビク

照(…………かわいい)

成香「?」

照(……かわいい。以上)

照(いままでは……、ガイトと怜としか打ってなかった) ※黒服の存在は捨てるっす

照(……その前は家族で打ってただけ)

照(それが、四人も増えた)

照(こんなに大勢の人と毎日打つのは初めて)

照(…………)

照(……たのしい)ウフフッ

なぜ二週?

5月 ゴールデンウィーク

怜「……ついに来たで」

照「うん、ねんがんの」

照怜「がっしゅく!!」

智葉「…………ああ」

黒服A「……では皆様、ご乗車の準備はよろしいですか?」

黒服B「出発いたします!」

智葉以外「おー!」

智葉「…………予想はしてたが。やっぱりこいつらの運転で行くのかよ」

一時間後 山の中の合宿所

ブロロロ… キキッ

黒服B「はい、到着でございます!」

漫「うわぁー、山小屋やー」

玄「こんなところに合宿所があったんですねー」

成香「緑がいっぱいで空気も美味しい、素敵な場所ですー」

怜「ええやん、ええとこやんー」

照「……静かでいい」

煌「すばらですね!」

智葉「学校所有の合宿所……。という名の、うちの保養施設の使いまわし」

黒服A「ええ、ちょうど使ってなかった物件があってよかったです」

智葉「高等学校の持ち物にしては過ぎたものだがな」

黒服A「まあ、新設校の設備すべてを一から作るというのは、さすがに無理がありますしね」

智葉「こんな上等な山小屋を高校が所有しているほうが無理あるだろうが」

黒服A「いいじゃないですか。みなさん大喜びですよ」

ワイワイキャッキャッ

智葉「……ふん、まあいい。使えるものなら使わせてもらうだけだ」

黒服A「はい! 我々もがんばります!」

智葉「……お前たちのことじゃない」

成香「建物の中も綺麗ですねー。麻雀卓も二台完備ですー」

煌「キッチンもすばらな広さですよ! 野外の設備も充実しています!」

玄「薪のかまどがあって、丸太テーブルがあって……。キャンプ場みたいだねー」

漫「うわ、すっごいでかいバーベキュー鉄板やー。これは腕が鳴りますねー!」

怜「お風呂は温泉の露天風呂やってー」

照「おぉー」

智葉「ほらほら、騒ぐのは後だ。まずは麻雀だぞ」

六人「はーい! がんばります!」

智葉「……こういうときだけいい返事だな」

…………

……

対局終了後

黒服A「お嬢、本当にいいんですか?」

智葉「……最初から話してただろう。お前たちは送り迎えと麻雀だけだ」

黒服A「…………了解しました。寂しいですが、我々はこれにて」

黒服B「名残惜しいです……」

智葉「十分だろう。大体送り迎えだって、本当は公共のバスでよかったんだ」

黒服B「いえ……、ここ一応うちの私有地ですんでバスは無いです」フヒヒッ

智葉「…………フン」

黒服C「それでは、また明日。麻雀を打つ時間にお伺いします」

智葉「ああ」

黒服D「何かありましたら、遠慮なくお電話くださいね! すぐに参ります!」

智葉「いらん」

黒服C「ははっ、相変わらずお嬢は手厳しい」

智葉「……素直に今日はありがとうで終わりにさせろよ」

黒服D「はっはっは、これはこれは。……では、失礼します」

智葉「……フン」

ブロロロロ……

黒服E「いいんですか?」

黒服A「さすがにお泊りをご一緒することはできんからな」

黒服B「ああ。それに……、できる限りの準備はして置いてきた」

黒服C「麻雀卓はもちろん、三日分の食材、花火、キャンプ用品……」

黒服D「……それに、あの巨大なバーベキュー鉄板」

黒服E「あんなの、よく手に入りましたね?」

黒服F「ああ、うちの倉庫に眠ってたんだ」

黒服A「特注で作らせたきり、お蔵入りしてたらしい。コードネーム「ヤキドゲ」という一品だ」

黒服E「ヤキドゲ……? どういう意味が?」

黒服A「知らん」

黒服E「特注品なんて、使っちゃっていいんですかね……?」

黒服A「まあ大丈夫だろ、埃かぶってたし」

山小屋のキッチン

煌「さて、それでは夕食の準備にかかりましょう!」

全員「おー!」

怜「何作るんー?」

煌「食材も設備もたくさん揃ってますから、なんでもできますよ!」

照「うん、黒服さんがいっぱい置いていってくれた」

智葉「あいつらめ……」

煌「すばらなご協力に感謝ですね!」

智葉「…………」

成香「……えっと、私がお願いしてたものは……。もう冷蔵庫の中かな?」

ガチャッ

成香「……、あった!」

煌「それは?」

成香「はい、今日のために私の実家から送ってもらいました……」

玄「なになに?」

成香「じゃーん! うちの牧場で作っているお肉と牛乳です! おいしいですよ!」

玄「おぉー」

怜「でも私、牛乳はちょっとな……」

照「……飲みすぎたらおなかがいたくなる」

成香「ウフフッ、大丈夫ですよ。これがありますから」スッ

怜「?」

成香「これも黒服さんに用意していただきました! アイスクリームマシーンです!」

照怜「 ア イ ス ク リ ーム ! 」

成香「はい、私が作りますから!」

玄「成香ちゃん、アイスクリーム作れるの!?」

照「あなたが神か」

怜「いや、天使やで」

煌「すばら!」

成香「機械を使えば、そんなに難しくないですよ」ウフフッ

煌「じゃ、アイスよろしくです、成香!」

成香「はいっ!」

煌「そうしましたら、我々は……。外の用意をしましょうか」

玄「うん」

煌「山小屋のキッチンもいいですけど、せっかくだからかまどですねー」

漫「本格的やなー」

煌「とりあえず今日は、豚汁でも作りましょう。明日はカレーもいいですね」

玄「なんだか難しそう……」

煌「大丈夫、薪で火を焚くだけですよ」

玄「でも、薪のかまどなんて使ったことないよ……」

漫「私もや……」

煌「おや、そうですか? じゃあ私が!」

ボォォォッ… パチパチッ…

煌「はい、火おこしできましたよ!」

煌「えっ、薪に虫? そんなものはヒョイッでポイッです!」

煌「あっ、そこにテント張るならここの紐をぎゅっとしてですね……」

漫「手馴れた感じやなー」

玄「煌ちゃんすごーい」

煌「これでも山の子ですからね! アウトドアは日常茶飯事です!」スバラッ

玄「!」ドキッ

漫「? どうかしたん?」

玄「う、ううん! なんでもないよ……」

玄(…………山の子……か……)

煌「じゃあ、こちらのテーブルに食材を並べていきましょう」

漫「うん。ほなテーブルクロス敷いて……」

玄「あっ、テーブルクロスなら私が!」

漫「?」

玄「ふふふ、見ててね……。とうっ!」

ピッ フワッ

パサッ

漫「おぉー」

煌「一発で綺麗に敷きましたねー」

漫「かくし芸やー」

玄「テーブルやまな板のことはおまかせあれ! 松実館のお手伝いでいつもやってましたから!」

漫「やっぱり旅館の娘やでー」

玄「ふっふっふ。和食でも洋食でも、なんでもござれだよ!」

煌「すばらっ!」

玄(……ほんとはまな板よりおもちの方が得意っていうかそっちが専門なんだけど!!)

煌「ん? 何か言いました?」

玄「い、いえ何も!」

ゴォッ ボォォッ

煌「はい、この大きな鉄板にも炭が入りました!」

玄「成香ちゃんがくれたお肉でバーベキューだね!」

漫「フフッ、鉄板やったら私の出番やな」スチャッ

煌「漫……。それは?」

漫「マイお好みヘラにマイトング! 持ってきといてよかった!」

煌「おお」

漫「お好み焼きは勿論! 焼肉焼きそば、なんでもいけるで!」

玄「さすがお好み焼き屋さん……」

煌「じゃあ、鉄板は漫にお任せしちゃいましょうか!」

漫「ええけど、周りのことは手伝ってやー?」

煌「アハハッ、もちろん! なんでも言ってくださいね!」

玄「はい! お肉とお野菜切れましたよー!」

漫「ほな焼き始めるでー?」

玄「お皿とお箸はおっけーです!」

成香「それじゃ、冷蔵庫からジュース出してきますね。バケツに氷を入れて冷やしておきましょう!」

煌「あっ、一緒に行きますよ! 重たいしスイカもありますから!」

玄「飲み物のコップもおまかせあれ!」

ワイワイキャッキャッ

怜「…………」

照「…………」

怜「よう働くな、あいつら」

照「うん」

怜「こんだけ働いてくれとったら、私らのやる事なんて無いよな」

照「……むしろ妨げになることはすべきでない」

怜「せやな」

照「邪魔してはいけない。後輩のがんばりを見守るのも先輩の務め」

怜「ええこと言うやんけ」

照「それに、私たちには大事な仕事が残っている」

怜「ん?」

照「みんなががんばって作った料理を食べる役」

怜「おぉー」

照「そう、すべての料理は食べておいしいと言う人がいなければ未完成」

怜「そこに気づくとは、さすが照や」

照「それほどでもない」

怜「こんな大役は先輩が引き受けたらんとな」

照「うん、可愛い後輩を信じて待つのも大事な仕事」

怜「せやな」

智葉「働けお前ら」

怜「な、なんや智葉ー、どしたん急にー」

智葉「下級生が頑張ってるのに、何してるんだお前らは」

怜「いやー、せっかくええ調子でやっとるとこ邪魔したらあかんやろー」

照「後輩たちの自主性を尊重しその成長を期待して」

智葉「手伝いくらい、邪魔せず自主性尊重したままいくらでもできるだろうが」

怜「フッ、一年も付き合うて私らのダメ人間ぶりをわかっとらんとは、まだまだやな智葉」

智葉「自慢することかよ」

照「得意分野をほめてこそ人は伸びるもの。決して私たちが苦手だとかやりたくないわけじゃない」

智葉「いいから働けっての」

智葉「大体お前らはいつも…………」

煌「部長ー! ちょっとこちら見ていただけますかー?」

智葉「あ、ああ今行く」

タッタッタッ

怜「…………」

照「…………」

怜「……助かったな」

照「うん」

怜「こんなヘルプまでできるとは、流石やな煌」

照「……すばら」

漫「はい、最初のやつあがりですー!」

玄「失礼します! お料理をお持ちしました先輩!」

怜「うむ、くるしゅーない」

照「おいしそう」

漫「あっついうちに食べ始めちゃってくださーい!」

怜「おー、ほなお先ー」

照「お気遣いありがとう」

怜「お好み焼き……」モグモグ

照「焼肉……」ムシャムシャ

怜「やきそば……」パクパク

照「アイス……」ペロペロ

怜「……うへへ……美味いなぁ……」

照「……幸せ……」

怜「…………」

照「…………」

怜「やってよかったな、合宿」

照「うん、よかった」

智葉「ったくあいつら……」

成香「あの……。部長さんも……」

智葉「ん?」

成香「アイスクリーム……どうぞ……」(恐る恐る)

智葉「…………」

成香「…………」ドキドキ

智葉「ああ……。ありがとう」

成香「!」パァッ

煌「すばらっ!」

智葉(…………やれやれ。説教は後か)

智葉「……じゃあいただくよ」

成香「はいっ!」

パクッ

智葉「これは…………美味いな…………」

成香「よかった!」ニコッ

煌「よろしければこちらもどうぞ! トッピングのきな粉と黒蜜です!」

智葉「お、おおそうか。それじゃ」

パラパラッ

漫「バニラアイスにきな粉と黒蜜……?」

玄「最近流行ってるみたいだよー」

智葉「…………エホッ ケホッ ゴホッ」

煌「おや?」

夕食終了

全員「ごちそうさまでしたー!」

漫「ふう……。ええ仕事できました」

成香「おいしかったです……」

玄「おなかいっぱいだねー」

煌「鉄板焼きもアイスもすばらでしたね!」

智葉「よし、後片付けは二年生に任せろ」

怜「えっ」

照「えっ」

智葉「皆よく働いてくれたからな、先に入ってくつろいでいてくれ」

成香「それはでも……」

漫「ええんですか?」

智葉「問題ないぞ。お疲れ様だったな」ニコッ

玄「そうですか? では遠慮なく!」

煌「お気遣いすばらです!」

照「そんなぁ……」

怜「殺生やわぁ~、部長~」ウルウル

照「ぶちょー」ウルウル

智葉「そんなかわいそうな目をしても駄目だ。ほら、私も一緒にやるから」

照怜「…………はい」

夕食後

怜「やっと片付け終わったで……」

照「疲れた」

煌「あっ、先輩方お疲れ様です! 一緒にこれ、どうですか?」

照「……卓球?」

怜「定番やな」

智葉「そんなもんまであったのか……」

漫「対戦しましょう、先輩!」

怜「……ええけど。私とやるいうなら……」

漫「?」

怜「もちろん、罰ゲームありやで」キラッ

漫「! ……いいでしょう、受けて立ちます!」

煌「おっ、やる気ですね漫!」

怜「いくで!」

漫「はいっ!」

煌「では、漫vs園城寺先輩! どうぞ!」ピッ

怜「よっ、ほっ、たっ!」

カコン カコン カコン

漫「やりますね、先輩!」

カコン カコン カコン

怜「漫こそな!」

カコン カコン カコン

成香「うわぁー……」

玄「二人ともすごーい」

怜「とあっ! たぁっ!」

カコン カコン カコン

智葉「後片付けの後でよく動くな、お前」

怜「温泉卓球は別腹や!」

智葉「まだまだ労働が足りてなかったか?」

怜「うっ」ドキッ

スパーン

漫「よし!」

怜「しまった……。集中が……」

怜「くっ……、負けへんで……!」

…………

……

怜「とあっ!」

スパーン

\おぉー/

煌「ゲームセットです! 勝者・園城寺先輩!」

怜「ふっ、勝ったな」

漫「……まいりました」

怜「(智葉の圧力に)私は負けへんで……!」

智葉「なんで麻雀より熱くなってんだよ」

怜「ほな、負けた漫には罰ゲームや」

照「何をするの」

怜「そやねー……」

漫「…………」

怜「…………」ニヤリ

漫「?」

怜「おでこに油性ペンしてええ?」

漫「えぇーー!?」

キュキュッ

怜「ほい完成」

おでこ「ヽ(・∇・)ノ」

漫「うう……」

煌「あははっ、すばらですよ!」

照「かわいい」

怜「ええやん、好評やで」

漫「…………」しょぼーん

怜「でも気ぃつけや」

漫「……何がですか……?」

怜「私やから油性で済んでんで、智葉やったら入れ墨針やからな」

照「うん」

漫「ひっ!?」サッ

智葉「誰がそんなことするか」

怜「気ぃつけやー、うちの組の掟やで」

智葉「何が何の組だとおいコラ」

怜「ひぃやぁー、怖い怖いー」(棒読み)

漫「…………」ガクガクブルブル

智葉「真に受けなくていいからな」

山小屋のロビー

怜「ふぅー……。いい汗かいて、ねんがんのおふろも入った」

怜「……ほな、始めよか。ここからがこの合宿の本題や」

怜「…………そう、今こそあの新しい膝枕たちを思いっきり堪能する時!」キラーン

玄「…………」トコトコ

怜「……おっ、言うてたら早速や」

玄「…………」トコトコ

怜「くーろー」

玄「はい?」

怜「ええとこおったわ、膝枕してー」

玄「……はい?」

ポフッ

怜「あー……。ええわ、めがっさええわ」

玄「はあ」

怜(……悪いけど、照とは段違いやで)

怜「癒されるわー……」

玄「…………」

怜「ほんま玄の膝枕は……五臓六腑に染み渡るで……」

玄(ごぞう?)

怜「……にしてもすごいな、ドラ」

玄「えっ?」

怜「あんたのドラ爆や。すごいなって」

玄「…………ありがとうございます」

怜「あんだけドラばっかり集まるって、どうなってんのん?」

玄「どうなってると……言われましても……」

怜「単なる好奇心やて。どないしたらあんなんなるん?」

玄「…………お母さんが」

怜「お母さん?」

玄「……はい。昔お母さんに、あなたはもっとドラを大事にしなさいって言われて……」

怜「ほう」

玄「その言葉を守って打つようにしたら……、ドラが集まってきてくれるようになったんです」

怜「へー」

玄「…………」

怜「ほな、切ったらどうなんの?」

玄「!」ドキッ

玄「…………」

怜「言うても、絶対ドラ切らなあかん時やってあるやん?」

玄「…………はい」

怜「他のもん鳴いたり、カンドラ増えたりしたら……。極端な話、手の中全部ドラとかなってまうやろ?」

玄「……なるべくそうならないように打ってますけど……。もちろん、どうしても仕方ないときはあります」

怜「……そしたら、どうなんの?」

玄「一回ドラを切ったら……。そのあとしばらく、ドラが全然来なくなっちゃうんです」

怜「ふーん」

怜「それはそれで、極端な話やなー」

玄「…………」

怜「あんま自由に打てないんちゃうの? 相手にしたって、玄がそうする前提や思うたら随分打ちやすいで」

玄「!」ドキッ

怜「ん?」

玄「宮永先輩にも……言われました」

怜「照にも?」

怜「あいつが人にアドバイスなんて珍しいな……。まあ、誰でもそこは気になるか」

玄「……でも……、宮永先輩はもっとなんていうか……。もっと大事なところを見透かされてるっていうか……」

怜「?」

玄「いきなり私を全部言い当てられちゃったみたいで……。何かもうすべてお見通しみたいな感じで」

怜「……まあ、あいつ麻雀に関しては別人やしなー」

玄「……なんていうか……。……ちょっと、こわかったです」

怜「そない怖がらんでもええて。麻雀してなけりゃなんでもないであいつ?」

玄「…………」

怜「そんで、照はなんて?」

玄「そのままだと打ち方が凄く限られるから……。ドラを切ることにも慣れておいた方がいいって……」

怜「まあ、普通そう言うやろなー」

玄「自分でも……、それは分かってるんですけど」

怜「あかんの?」

玄「…………こわいです」

怜「怖い?」

玄「お母さんとの……約束ですから……」

怜「…………」

玄「ドラを手放して、ドラに嫌われちゃったら……。お母さんにも嫌われちゃうんじゃないかって……」

怜「…………そうか」

怜「……ま、そう言われてまうと他人にはわからんとこやけど」

玄「…………」

怜「もっと自信持ったらええと思うで。ええもん(膝枕)持っとんねやから」

玄「……えっ」

怜「…………私が保証するわ。あんたのそれ(膝枕)は五大陸に響き渡るで」

玄(園城寺先輩……)

怜「自分自身(の膝枕)に自信持って堂々としとったら……。(私に)嫌われることなんてあれへんて」

玄(……ドラが来てくれる自分に、自信を持つ……)

怜「…………それにな」

玄「?」

怜「こわいとこに踏み出すいうのも、意外となんとかなるもんやで?」

玄「…………」

怜「……ここの高校に来たことやって、見知らぬこわいとこに踏み出してきたようなもんやんか。あんたも、私も」

玄「…………」

怜「私なんか、なんも持ってへんかったけど。それでもなんやかやここまできたわ」

玄「…………」

怜「去年の私なんて酷いもんやったで。周りにおるん、照と智葉(の膝枕)だけやったからな」

玄「先輩……」

怜「ほいでもそんな中で、あーでもないこーでもない言いながら(照の膝枕で)我慢してやってきたんや」

玄「…………」

怜「今はそうでも……。がんばってたら、また新しい(膝枕との)出会いが来てくれるやろ、思うてな」

玄「!」ドキッ

怜「おかげで、玄や漫(の膝枕)とも会えた。待ち続けた甲斐があったっちゅーもんや」

玄「新しい出会い……待ち続けた……」

怜「…………おう」

玄「…………」

玄(……まだ一か月しか一緒じゃないけど。部長と宮永先輩が桁外れの強さだっていうのはわかる)

玄(その二人を相手に、園城寺先輩は……。ずっと自分なりに、頑張ってきたんだ……)

玄(……強い人だな……)

怜(ええわぁー玄の膝枕……)

怜「…………大丈夫やって」

玄「?」

怜「ドラ切ったって、玄は玄や」

玄「…………」

怜「私は好きやで、玄の(膝枕の)こと」

玄「先輩……」

怜「まさかドラ切ったらいきなり、この膝枕がガリッガリに痩せこけてまうわけやないやろ?」

玄「え? え、ええ」

怜「ほな、なんも問題なしや。もしそんなことになるんやったら、命がけで止めたるけどな」

玄「あ、あはは……」

露天風呂

漫「ふう……。やっと落ちた、油性」キュキュッ

煌「おっ、漫! 露天風呂楽しんでますか?」

漫「あ、煌……」

煌「今日はおでこ、災難でしたね!」

漫「うん……。まあ負けたんはしゃーないし、油性は落とせばええねんけど……」

煌「けど?」

漫「…………。えっと、ここだけの話やねんけどさ」

煌「ん?」

漫「辻垣内部長って、正直どう思う?」

煌「……どう、とは?」

漫「…………別にその、好きとか嫌いの話やなくて」

煌「うん」

漫「……さっき入れ墨針て言われたのが……、ちょっと引っかかってな」

煌「ふむ」

漫「ぶっちゃけた話……。ほんまにありえそうやん」

煌「…………」

煌(…………否定はできない)

漫「園城寺先輩も当たり前の感じに入れ墨針言うて、宮永先輩も平然としてたし」

煌「…………そうでしたね」

漫「…………」

煌「…………」

漫「……えっとな、皆たぶん薄々思うとるかもしれへんけど……。言うてええ?」

煌「…………」

漫「あの人って…………ヤクz「それ以上いけない」

煌「…………」

漫「…………」

煌「…………」

漫「…………」

煌(…………いけません)フルフル

漫「…………」

煌「家庭環境のことを言うのは……。すばらくないです……」

漫「でも確か……。うちの学校、理事長の名前も辻垣t「いけませんって」

漫「…………ほいでも、黒服やで?」

煌「……はい」

漫「……お嬢やで?」

煌「……ええ」

漫「…………普通やないよね?」

煌「…………」

漫「理事長の名前も……。そういうことなら、うちの実家の借金返してくれはったのもそういうことなんかな……って」

煌「…………」


露天風呂の岩陰

智葉「…………」

智葉(…………全部聞こえてるんだが)

煌「…………やめませんか、深く考えるの」

漫「…………」

煌「……仮にそうだとしても。私たちが毎日接している部長は、すばらな普通の部長じゃないですか」

漫「…………うん」

煌「変に想像で怖がったりするなんていうのが、いちばんすばらくないですよ」

漫「……そうやね」


智葉(……なんでもいいから早くあがってくれ、出られん)

煌「あんまりくよくよ悩んでいたら……。ふっふっふ」キラッ

漫「?」

煌「すばらくない子のおもちなんか、こうしちゃいますよ!」

むにゅっ

漫「ひゃっ!? ちょっと!」

煌「うふふふふー、おっきいですねー」むにむに

漫「や……やめ……」

キャッキャッ バシャバシャッ

智葉(……おい、こっちに来るな)

煌「ふははー、待て待てー」バシャバシャッ

漫「やめてって! 煌お前もか!」バシャバシャッ

智葉(こっち来るなって!)

ばっしゃん!

智葉「うわっ」

煌「あっ」

漫「あっ」

漫「ぶ、部長……」

煌「いらっしゃってたんですか……」

智葉「…………ああ」

漫「…………」

煌「…………」

智葉「…………」

漫「えっと、もしかして……」

煌「……今の話……」

智葉「……ああ、聞こえてた」

煌「!」ビクッ

漫「!」ビクビクッ

煌「す、すみません! 陰で失礼なことを!」

智葉「……いや、いいよ。疑問に思って当然の事だしな」

かぽーん

煌「では、落ち着いたところで……」

漫「……ほんまに、聞いてもええんですか?」

智葉「別に、隠すつもりはないよ」

煌「……何か申し訳ありません」

漫「えっと……じゃあまず、うちの学校の理事長って……」

智葉「……ああ、私の父だ」

漫「……てことは、じゃあ……えっと、あの」

智葉「皆まで言わなくても。大体聞きたいことはわかるよ」

煌「…………」

智葉「……まあ、一般的にはうちは……。普通とちょっと違った家庭と言うんだろうな」

智葉「確かに、常時黒服がくっついてくるなんてのは普通じゃないかもしれない」

智葉「…………だが」

智葉「親の話は親の話だ。黒服たちも親に言われて集まっているに過ぎん」

智葉「私は私だ。そう思ってやっている」

智葉「それで変に気を遣われる方が……私には堪える話だよ」フッ

煌「!」

漫「!」

煌(今一瞬だけ、物凄く寂しそうな顔をしましたね……)

漫(なんだかんだ言うても、気にしてんのやろな……)

煌(色々と、気苦労も多そうですしね……)

智葉「怜と照……」

煌「?」

智葉「黒服どもがあれだけ付きまとっている中で……、普通に接してくれた同年代のやつは」

智葉「思い返せば、あいつらが初めてだったかもしれんな」

漫「……部長……」

智葉「……だから、お前たち一年生も。……あいつらほど図々しくなれとは言わんが」

智葉「そういうのは気にしないで、普通の高校生同士として接してくれたら嬉しいよ」

煌「……はい、勿論です」

智葉「…………あいつらには内緒だぞ、今の話。調子に乗るからな」ギロッ

漫「お、押忍!」ゾクッ

煌「御意に」

漫「あ、あのそれじゃ、園城寺先輩の言うた入れ墨針って……」

智葉「あいつらの悪ノリだ。そんなものあるわけない」

漫「…………」

智葉(…………私の目の届く範囲には)

漫「…………ホンマですよね?」

智葉「……ああ」

漫「…………」ホッ

煌(…………)

漫(…………)

煌(……随分、外見の印象だけで誤解をしていたような気がしますね)

漫(……反省せなあかんよね)

煌(これは私たちが、もっとしっかり支えて差し上げませんと。自然に、お気遣いなさらず済むように)

漫(…………うん)

漫「ほな、思い切ってもっとフランクな感じにしてもうた方がええですか?」

煌「そうですね、軽く抱きついちゃってみたり!」

漫「あー、最初の日の玄みたいな?」

智葉「あの件はまた別だ」ギロッ

漫「ヒッ」

智葉「…………まだ謝りに来てないからな、あいつ」

煌「えっ」

漫「えっ」

煌(何してるんですか玄……)

智葉「別にもう怒っちゃいないが……。あれっきりというのはよろしくない」

智葉「一応のケジメとして一言あれば、それでいい話なんだがな」

煌「で、でも玄は部長のこと、避けてるような感じには……」

漫「うん、いちばん接しやすい先輩やって……話してましたよ……」

煌「はい、いつも和やかにお話されていたように見えましたが……」

智葉「…………ああ」

智葉「あいつはあれで、仲良くなったつもりなんだろう」

煌「…………」

智葉「翌日から普通に話しかけてきたし、謝るようなことじゃないと思っているんだろうな」

漫「…………」

智葉「だがさすがに。いきなり先輩の服を脱がせて何も無しでは、周りのやつらに示しがつかん」

煌「…………はい」

智葉「あいつが自主的に謝りに来るのが筋だから、今まで黙っていたが……」

智葉「……そろそろ一度、ちゃんとしないといけないかもな」

智葉「私もそんなにぐだぐだ引きずるつもりは無いが。筋は通さんとな」

漫「…………」

煌「あの……。でしたら私達から、玄に来させるように一言……」

智葉「……まあ、気遣ってくれるのは嬉しいが。あまり大事にする気はないよ」

智葉「……それに、私がお前たちに言ったからあいつが来るというんじゃ、筋が通らないだろう」

漫「…………」

智葉「本当に反省してるなら……、玄が自分で謝ろうと考えて来るのが筋だし、私にしても直接本人に言うのが筋だ」

煌「…………」

智葉「だから玄に話すのはいいが。あくまで自分から気付いてくれるのを促す程度にしてほしい」

漫「……わかりました」

智葉「悪いな、面倒なことを言うようだが」

煌「…………いえ、わかります」

智葉「ありがとう」

漫「…………」

漫(…………)

煌(…………)

漫(……ケジメとか筋を通すとか示しがつかないとか……)

煌(…………普通です、普通ですから)

漫(……やっぱ、端々の言葉遣いがヤク(いけませんって漫)

漫(煌……、さっきから直接脳内に……!?)


※翌日、玄ちゃんはちゃんと謝りに行きました☆



成香「……うーん……。なんだか寝つけないです……」

ムクッ

成香「……キッチンでお水でも持ってこよう……」

トコトコ

成香「あれ……? 明かりがついてる……」

チラッ

照「…………」

成香(宮永先輩……? 冷蔵庫を開けてどうしたのかな……?)

成香「何してるんですか?」

照「!!」ビビクン

成香「?」

照「違う、これは違うから」コソコソッ

成香(……後ろに何か隠した?)

照「…………」

成香「何を後ろに?」

照「なんでもない、アイスなんかじゃない」

成香「アイスですか?」

照「あっ」

成香「それ……、今日私が作った余りの?」

照「違う、なんでもないの」

成香「?」

照「決して私の分だけ別に隠しておきたかったとか、ついでに今ちょっとだけ食べようとかしていたわけじゃない」

成香「…………」

照「…………」

成香「そうなんですね」

照「えっと…… その……」

成香「…………」

照「…………おいしかったから」

成香「……ありがとうございます」

照「これは本当。凄くおいしかった」

成香「気に入ってもらえて嬉しいです」

成香「…………」

照「…………」

成香「食べちゃいましょうか、いまふたりで」

照「!」

成香「…………」ニコッ

照「でも……なくなっちゃったら、皆におこられる」

成香「少しくらい減っても平気です、問題ありませんよ」

照「…………いいの?」

成香「……明日また作ればいいですから」

成香「……もし、よかったら」

照「?」

成香「明日は一緒に作りませんか?」

照「……私は作れない」

成香「作り方、教えてあげますから」

照「…………でも、そういうのは苦手」

成香「大丈夫ですよ、簡単です」

照「…………」

成香「あっ、いちごジャムがありますね。明日はストロベリーアイスにしましょうか?」

照「!!」

成香「どうですか?」

照「やる」

成香「はい! よかった!」ニコッ

照「うん」

成香「がんばりましょうね」

照「…………ありがとう」

成香(……宮永先輩……)

成香(去年の全国優勝者で麻雀いちばん強くって、空いた時間はずっと本読んでるかお菓子食べてるか……)

成香(……あるいは、本とお菓子の両方か)

成香(だからなんとなく話し難くて、近寄り難いなって思ってたけど……)

成香(……意外にかわいい、素敵な人です)ウフフッ

――こうして、楽しい合宿は過ぎていった。

二日目から智葉の指示で、私と照が強制的にお手伝い係にさせられたんは誤算やったけど……。

それでも、収穫はいっぱいあった。

料理は毎日おいしかったし、みんなそれぞれ仲良うなった。

その後アイスクリームマシーンは部室に置かれ、照も作り方を覚えてくれた。

つまりこれから、いつでも手作りアイス食べ放題いうわけや。なんたる勝ち組。

でっかい鉄板? あれは知らん。

いつの間にかなくなっとったわ。

5月の終わり

成香「合宿……楽しかったですねー」

漫「そうやねー」

煌「すばらなひと時でした……」

漫「ここに来て二か月……。正直最初は不安やったけど、ホッとしてるわ」

煌「うん。私もですよ」

成香「部活は楽しいですし、先輩方も優しいですし……。本当によかったです」

玄「…………」

煌「そろそろこっちの生活にも慣れてきましたか?」

漫「まあ、ぼちぼちやね」

成香「はい! 毎日素敵です!」

煌「すばら!」

玄「…………」

漫「ねっ、玄も」

玄「…………」

漫「ん?」

玄「…………うん、そうだね」

漫「?」

玄「…………」

漫「どうかした?」

玄「…………ううん、なんでも」

漫「…………」

玄「…………」

数日後 玄と漫の部屋

玄「うっ……うえっ……」

漫「?」

玄「……うえっ……ひっく……」

漫「玄?」

玄「ふえぇ……ふえぇぇぇん…………」

漫「泣いとんの?」

玄「うぅ~、ふえぇぇぇ~~」

漫「……どないしたん、急に……」

漫「ほら、泣いたらあかん。頭なでなでしたるから」なでなで

玄「ふぐ……、へっく……」

…………

……

漫「…………落ち着いた?」

玄「……うん」

漫「体どっか痛いん? 保健室行く?」

玄「ううん、そういうのじゃないよ」

漫「…………」

玄「ちょっと……、思い出しちゃったの」

漫「思い出し?」

玄「…………奈良にいた、お友達のこと」

漫(……なんや、ホームシックかな?)

漫「……こないだの話?」

玄「…………」

漫「こっちの生活楽しいって話してた時……。ちょっと沈んだ顔した気がしたけど……」

玄「…………」

漫「……寮生活……まだ慣れへんの?」

玄「…………」

漫「この学校で麻雀すんの……楽しくないとか?」

玄「……ううん、そうじゃないよ」

漫「?」

玄「楽しいから……つらいの……」

漫「……えっ?」

玄「ここに居るのは、楽しい……すごく楽しいよ……」

漫「…………」

玄「…………部室にたくさん、人が集まって。みんな笑顔で優しくて」

漫「…………」

玄「……でも……。みんなのこと……考えたら…………」

漫「…………みんな?」

玄「…………ずっと、待ってたのに。毎日お掃除してたのに」

漫「?」

玄「いつか……。いつかみんなが、戻ってくると思ってたのに」

漫(……何の話や……?)

玄「……それまで待ちきれなかった」

漫「…………」

玄「待ちきれなくて、私は…………。自分から離れちゃったんだ」

漫「…………」

玄「……私なりに、割り切ってたつもりだったのに。なるべく考えないようにしてたのに」

漫「…………」

玄「……こっちが楽しければ楽しいほど、思い出しちゃうの……」

漫「…………」

玄「……みんなとはできなかったのに……私だけ楽しいって……」

漫「…………」

玄「……みんなは楽しくないのに、って……」

漫「…………」

玄「そればっかり……考えちゃうの……」

漫「…………」

玄「…………」グスン

漫「…………」

玄「…………」

漫「…………正直、何の話なんかようわからんけど」

玄「…………」グスン

漫「……つらい思いしてたん、気付かんでごめんな」ギュッ

むにゅっ

玄(…………オウフッ、おもちの感触が)

漫(明るく振る舞ってたように見えたけど……。玄なりに色々抱えてたんやな……)ギュギュッ

玄(うへへ……おもちが……)

漫「…………」

玄「…………」モフモフ

漫「…………」

玄「…………」モフモフ

漫「…………」

玄(…………あったかい)

漫「…………元気、出してな」

玄「……うん……。ありがとう」

玄「もう少し……こうしてていい?」

漫「?」

玄「えへへ……おっきなおもち……」

漫「…………」

玄「……おねーちゃんみたい、なの……」

漫「…………」

玄「…………おねーちゃん…………おかーさん…………」ギュッ

漫(…………しゃーないな)ヤレヤレ

漫「……それから三日後」

漫「なんだかんだで、一回泣いたら落ち着いたみたいや。もう玄が夜泣くことはなくなった」

漫「……代わりに、私は毎日抱き枕や」

漫「まあ、日常生活に引きずらへんならそれでもええんかもと思うけど……」

漫「…………でも」

漫「さすがに毎日おもち枕は…………、私もきつい」

漫「……てなわけでな、ちょっと慰めに来てくれへんかな」

煌「ホームシック……ですか?」

漫「まあ多分、そんな感じやと思う」

成香「心配です……」

漫「まあ、別に深い事情聞いたりせんでもええと思うから。楽しく話し相手なってくれたらさ」

煌「うん、お安い御用!」

成香「わかりました!」

その日の夜 玄と漫の部屋

コンコン

漫「どうぞー」

玄「あっ、煌ちゃん、成香ちゃん」

煌「おじゃましますっ!」

成香「こんにちは」

煌「ほほーう、同じつくりの部屋でも雰囲気違うものですねー」

玄「……どうしたの?」

煌「なーに、ちょっとお話しに来ただけですよ!」

成香「……漫ちゃんから、聞きました」

玄「?」

成香「……故郷のお友達を思って、つらい思いをしているって」

玄「…………」

成香「…………」

ギュッ

玄「? ……成香ちゃん?」

漫「玄の両手を握って……?」

成香「『ペテロの第一の手紙』第5章7節――」

玄「成香ちゃん……?」

成香「『思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。』」

玄「…………?」

煌「……聖書の一節、ですかね?」

成香「……大丈夫です」

玄「…………」

成香「神様はきっと見守っていてくださいます。玄ちゃんも、故郷のお友達さんも」

玄「……神様……?」

玄「成香ちゃんは……クリスチャンさんなの……?」

成香「い、いえ……。ちゃんと勉強してるわけじゃないです」

成香「私なんかがそんなこと言ったら、ちゃんとしてる人におこられちゃいます」

成香「だから的外れかもしれませんし、全然そういうのじゃないんですけど。私も同じだなって思って」

玄「?」

成香「私も、北海道に置いてきた友達がいるんです」

玄「!」

成香「幼馴染の一つ上のおねえさんが……。お家が教会の子で、そういう高校に行ったんです」

成香「それで、私も読むといいよって……。昔から聖書やそのお話の本を貸してもらったりしていて」

成香「……それで、ちょっとだけ覚えたんです」

玄「…………そうなんだ」

成香「……小学校のときから、そのおねえさん……ちかちゃんと一緒にずっといて……」

成香「私も……一緒の高校に行くんだろうなって思ってたんですけど」

玄「…………」

成香「牧場の融資と、この学校の話が来て……そこから色々悩んで考えて……」

成香「いっぱい不安で、何度も泣いちゃったりしましたけど。それでも」

成香「これが、神様が私に示してくださったお導きだと思って。がんばってみようって思ったんです」

成香「ちかちゃんと、牧場と離れても……。神様は見守っていてくださると思うから」

玄「成香ちゃん……」

煌「……私もね、玄」

玄「煌ちゃん……」

煌「故郷を離れ、ひとりこの東京にやってきたのは……。ここにいる四人みんな一緒」

煌「不安や心配も、それはありましたけれど……。来なければ得られなかったすばらなこともたくさん感じてる」

煌「玄が来てくれなかったら、この四人がここに集うことも無かったんです」

煌「私はここで玄に会えて、それだけでもすばらだったと思ってますよ」

玄「…………」

煌「あなたは優しい人。残してきた人を思う気持ちもすばらだけど」

煌「あなた自身が選んだこの道。それに自信を持ちましょう」

玄「自信を……持つ……」

煌「玄が楽しく笑顔でいる方が、故郷の友達も嬉しいと思いますよ」

玄「煌ちゃん……」

玄「……園城寺先輩にも……似たようなこと言われたかも……」

煌「ほほう」

成香「……きっと先輩も、玄ちゃんを元気づけてくれたんですよ」

玄「……うん。そうだね」

成香「……元気、出してくださいね」

煌「私たちがついてますよ!」

玄「…………ありがとう」

成香「……余計なお世話だったかな?」

玄「そんなことないよ! 凄く元気もらったよ!」

成香「……よかった」エヘヘッ

玄「ありがとう!」

煌「すばら!」

漫「…………」ホッ

煌「……おや、この写真は……」

玄「あっ、それ……? ここに来るとき、家から持ってきたの」

漫(…………いっつも眺めてたな、机の上に置いて)

玄「昔のお友達と一緒に撮ったの。河原に遊びに行ったときのだよ」

煌「この子…………、和!?」

玄「えっ」

煌「間違いない、この顔、このふわふわの服、このおもち……」

玄「和ちゃんを……知ってるの……?」

煌「知ってるも何も! 私の中学の後輩ですよ!」

玄「えっ」

煌説明中

玄「そうなんだ、阿知賀から転校した先の……」

煌「奈良から来たとは聞いていましたが……玄と一緒だったとは……」

玄「…………」

煌「……これは……」

玄「?」

煌「すばら! 実にすばらなことです!」

煌「友達の友達はみな友達! これは和が繋いでくれた縁ですよ!」

煌「ほら! またここにきてすばらな事が増えましたね!」

玄「…………そうだね、すばらだね!」

玄「ときに」キラリッ

煌「ええ」キラリッ

玄「和ちゃんのおもちはその後どうだったのかな!? 更におっきくなってるかと!」

煌「ええもうそれはそれは! 一年間でさらに成長しましたね!」

ワイワイキャッキャッ

漫「おもち星人どもめが……」

――なんや知らんが、一年生四人。いつの間にかまた、ぐっと仲良し度が増した気がした。

そんな効果もあってやろうか。麻雀部の方は毎日、ますます熱が入って盛り上がる。

傍から見てれば、活発で熱心なええ部活動なのかもしれんけど。

そのええ雰囲気とは裏腹に。この頃の私は、打っていてきついと感じる事が増えてきた。

――目に見えないあいつらの何かが、私に変化をもたらしたのか。

後輩には負けたくないと思う、対抗意識や危機感がそうさせたのか。

そこにどんな影響があったのかはわからへんけれど。

何回戦も休まずあいつらに付き合ったり、いつも以上に神経使って考えてみたり。

そんな日々を過ごす中で……。また、一手番先の未来が見えるようになってきた。


―ピキッ―

怜(あっ、次の下家の捨て牌……)

怜「…………やっぱこっち。リーチや」タンッ

玄「…………」タンッ

怜「ロン」

玄「! …………はい」

漫(直前に三面張を捨てて、単騎のリーチ一発……!?)

智葉(何だその打ち方は……)

――徐々にやけど、見える回数も長さも増えていった。

一日平均、一回が二回に。一人先だけやったのが、二人先までも。

自分で制御も調節もできない、たまに突然訪れるラッキー。

それでなんとか、あいつらに食らいついていく日々。


智葉「よし、今日は終わりにしよう」

怜「おー、漫……。ちょっと膝枕ー……」

漫「またですかー?」

ポフッ

怜「…………ふう」

漫「…………」

怜「ほんま漫の膝枕は……東洋一の神秘やで……」

漫「?」

怜「…………」ケホッ コホッ

――たくさん見えた日はそれだけ、疲れも込んできて。フラフラになることも多くなった。

それはつまり、玄と漫という新しい膝枕に世話になる時間が増えたってことやけど。

二人とも嫌な顔もせず、交代で付き合ってくれとった。

ほんまにあいつらの優しさは北半球を駆け巡るで。

…………というか、フラフラにならんでも膝枕は毎日やっとったけどな。

あんな優秀な膝枕が二つもあって、使わん方がどうかしとるわ。ウヒヒヒヒ。


玄「……先輩、今日も?」

怜「…………うん」フラフラッ

ポフッ

玄「…………」

怜「…………」

玄「……大丈夫ですか?」

怜「しんぱい……いらんて……」

――そんな、インハイ予選が間近に迫ったある日の部活。


智葉「よし、ここまでだ」

玄「はい!」

怜「…………ふう…………」

漫「お疲れ様でした!」

怜「…………すず…………ひざ…………」

漫「えー、今日は玄の当番ですよー?」アハハッ

怜「…………」フラッ

漫「……先輩?」

怜「…………」フラフラッ


ドサッ

――優秀な膝枕があるからいうて、無理してもええわなんて気持ちは無かったはずやけど。

その日はいつになく何回も、いつになく先の手番まで見えた。

今日はようやったなーと思いながら、いつも通り漫の膝枕に倒れこんで……。

そのまま私は、意識を失った。

数日後 怜の病室

怜「……夏終わるまで入院?」

医師「ええ」

怜「そんなおーげさな……」

医師「何を言ってるんです。何日生死の境を彷徨ったと思ってるんですか」

怜「…………」

医師「とりあえず、今から二週間は絶対安静。夏休みまでは、学校にもここから通ってもらいます」

医師「夏休みに入ったらもう一度入院して、一ヶ月療養してください」

怜「夏休み一ヶ月て、インハイは……」

医師「無理言わないでください。麻雀が原因というなら尚更、大会出場なんて許可できません。部活動も禁止ですよ」

怜「…………」


――結局、予選を前にドクターストップ。夏休みは強制再入院。

それが、私の二年目の夏やった。

数日後

黒服A「お嬢、今年もインターハイの申込用紙が届きました」

智葉「……む」

黒服B「今年はいよいよ団体戦ですよね!」

智葉「…………そうだな」

黒服C「やはり一番悩むのがオーダー決めかと思うのですが。お嬢が決められるんですよね?」

智葉「そのつもりだが」

黒服D「そうかと思いまして! 我々から、これをお嬢に!」

パサッ

智葉「?」

智葉「なんだこの紙の束は」

黒服E「合宿を含め、今年すべての部内対戦成績を記録し分析したレポートです」

智葉「……なんだと?」

黒服F「部員の皆様の特徴を捉え、お嬢のために参考になりそうなデータを多角的に分析しました」

智葉「…………お前らにそんな仕事できたのかよ」

黒服G「はい! 我々皆で手分けしてやりました!」

黒服H「是非、ご参考にしてください!」

智葉(こいつら……)

黒服全「…………」ドキドキ

智葉「…………フン」

智葉「内容を見てないからなんとも言えんが。一応、礼は言っておく」

\オオッ/

黒服全「は、はいっ! ありがとうございます!」

その日の夜

智葉「あいつらの作ったこの資料……」

パラッ パラパラッ

智葉「…………」

智葉「……よくここまで記録してたものだ」

智葉「専門家じゃないんだから当然、ところどころ的外れな点もあるが……」

智葉「……なかなかどうして、努力の跡は見える」

智葉「普段のあいつらが作ったとは思えんな」

智葉「…………」

智葉「…………腹立つことに」

智葉「それで……。改めて見えてきたうちの部員たち……」

智葉「…………」

智葉「単純な平均獲得点数や平均順位で見れば……、照と私が1位と2位」

智葉「……だが」

智葉「こいつらは……そんな数字では測れない……」

パラッ

智葉「まずは普段から目に見えて異彩を放つ、あのドラ爆麻雀……」

智葉「平均和了飜数……および、平均和了時ドラ所持数1位。松実玄」

智葉「……大したものだ、ここまで貫いているとな」

パラッ

智葉「……しかし、それを超えてくるこの数字……」

智葉「1位獲得時のみの得点平均値……。1位、上重漫」

智葉「……もちろん、1位の獲得回数自体には差があるが……」

智葉「いざ取った時の爆発力。局地的にしろ照や玄を上回るとはな」

智葉「そして……。そんな中にありながらこの……」

パラッ

智葉「トビ終了回数ランキング1位……。花田煌、0回」

智葉「…………どんな冗談だよ、この大火力揃いの中で」

智葉「…………」

智葉「……まったく。面白いやつらが揃ったものだ」フフッ

智葉「…………」

智葉「そして……成香……」

パラッ

レポート「本内成香お嬢様……。総合評価:かわいい」

智葉「…………」

レポート「園児服が似合いそうな部員ランキング1位」

レポート「頭なでなでして差し上げたい部員ランキング1位」

レポート「お茶をお出ししたときに返してくださる笑顔がちょーかわいい部員ランキング1位」

レポート「…………」

レポート「…………」

レポート「背中に乗って踊ってほしい部員ランキング、僅差でお嬢を抑え1位」

レポート「冷たい目で罵声を浴びせていただきたい部員ランキング、お嬢との激戦を制し1位」

智葉「…………」

…………

……

レポート「…………以上100項目。担当:海老谷(黒服G)」

智葉「…………クビだな、この黒服G」

次の日 部活

智葉「団体戦のメンバーを発表する」

全員「はい!」

智葉「入院している怜以外から、今までのデータを総合的に判断して決めさせてもらった」

照「…………」

智葉「……今年はこれでいく。目標は一つ、全国制覇だ」


先鋒学院高校麻雀部

先鋒:宮永照
次鋒:上重漫
中堅:松実玄
副将:花田煌
大将:辻垣内智葉

智葉「漫、玄」

漫玄「はい!」

智葉「お前たちには特に言うことはない。自分の麻雀をしてくればいいよ」

智葉「先に照が打つんだ、そうそう危ない状況にはならないだろう……。楽に打てばいい」

智葉「最後には私もいる。思い切って暴れてこい」

漫「はい!」

玄「がんばります!」

智葉「煌、頼むぞ」

煌「はい!」

智葉「副将は不測の事態が起こりやすい。……極端な話、大差の付いた相手をトバして大将に回さず逃げ切るとかな」

煌「……むむっ」

智葉「周囲の状況を見て上手く立ち回れる力が必要だ……。お前みたいな、な」

煌(部長……)

智葉「よろしく頼む」

煌「はい! すばらですっ!!」

智葉「成香」

成香「……はい」

智葉「お前は病院に……、怜についていてやってくれ」

成香「!」

智葉「すまんな、こんな役を」

成香「いえ! がんばります!」

智葉「……怜には私から伝える。今日の見舞いは一緒に行こう」

成香「…………はい」

――そして、全国決勝の日。

実況「団体戦決勝、決着です!!」

実況「序盤、中盤、終盤、隙のない大火力の競演! 脅威の得点力を発揮した先鋒学院高校が今年の夏を制しましたー!」

解説「先鋒学院? 強いよね」

ワァァァァーーーー


病院

テレビ「ワァァァァーーーー……」

成香「わあ……」

怜「全国優勝……か……」

成香「みんな、凄かったですね!」

怜「ああ。…………でもな」

成香「?」

怜「やっぱり、病院のテレビ越しなんてあかんわ」

成香「……えっ」

怜「来年は、あっちに行くで。あいつらと同じ会場に」

成香「…………」

怜「……お前も一緒にな」

成香「園城寺先輩……」

怜「……お互い、がんばろな。レギュラーに関しては全員ライバルやけど」

成香「わ、私なんてそんな……。全然麻雀強くないですし……」

怜「……あかんで、そういうの」

成香「…………えっ」

怜「勝てんからって、周りが強いからって。自分のこと強くないって決めつけたらあかん」

成香「…………」

怜「……諦めたらそこで試合終了やーいう言葉は、聖書には載ってへんかったんか?」

成香「……?……」

怜「……私かて、今年の成績は知っての通りや。たぶん入院してなくても、あのメンバーには入られへんかった」

成香「…………」

怜「……でもな」

成香「…………」

怜「私は諦めてへんで。来年はあっちに、あの中に入ったる」

成香「先輩……」

怜「……なんかな、何かが掴めそうな気がしてんねん」

成香「何か……?」

怜「成香かて今はそうでも……。諦めへんかったら、ある日突然何かあるかもしれんで」

怜「ある日突然、なんてのは……。それこそ奇跡(読み:原作新展開)て言われるもんかもしれんけど」

怜「何であっても、諦めたらそこまでや」

成香「…………」

怜「……なっ」

成香「…………はい」

怜「…………おう」

成香(……なんて……素敵な人……)

9月 退院後

怜「ツモ 3000・6000や」タンッ

漫「……はい」

智葉「また一発ツモか……」

玄「おおー」

黒服C「……これは凄い」

照「…………」

――夏休みの入院から明けて。私は、完全に私の力を自覚した。

見える。自分の意思で見たいときに見える。

以前は見えても一人二人の手番やったのが、今は確実に一巡先まで見える。

煌「最近の園城寺先輩はすばらだね!」

漫「せやね」

玄「なんていうか、気迫がまず違うよね」

煌「鬼気迫る勢いっていうのかな! 迫力を感じるね!」

成香「…………うん」

成香(やっぱり……。何かを掴んだんだ……)

煌「でも、気持ちだけの話じゃなく。傍から見ても明らかに打ち方が変わったね」

玄「うん……。特に、リーチしてからの一発ツモが急に増えたと思う」

煌「他家への放銃も、全然しなくなったかな」

玄「本当、どうしちゃったんだろうっていう感じ……」

成香「……うん、ちょっと怖いくらい……」

漫「…………」

成香「強くなるのは素敵なことだけど……少し心配です……」

漫「……こないだ膝枕したとき、ちらっと聞いてんけどな」

煌「うんうん」

漫「一巡先が見えてるらしいで、園城寺先輩」

玄「えっ」

成香「一巡先って……。未来が、ってこと……?」

漫「うん」

玄「まさか……そんなこと……」

漫「いや、マジらしいで。いつものあの人の軽口やなしに」

煌「それは……なんとまあ……」

玄「ふわぁー」

成香「すごーい……」

煌「すばらっ!」

――皆には、特に隠したりもせーへんかったけど。

別段気味悪がられたり否定されたりもせず、みんな普通に受け入れてくれとった。

ほんまあいつらの優しさは天井知らずやな。

これで……。この力で、来年こそ私も…………。

――そう思っていた、矢先のことやった。


10月 とある日の部活

照「ツモ 4000オール」ギュルルン

成香「……はい」

怜(それでも、照にはまだ勝てん……)

怜(まだや…… もっと先を……)

怜(…………試してみるか)

怜(ダブル……。二巡……先…………)

フラッ

バッターン!!

煌「園城寺先輩!!」

黒服H「ど、どうなさいました!?」

煌「早く! 救急車と部長を呼んでください!!」

黒服I「は、はいっ!」

漫「部長は!?」

玄「今日はまだ来てないよ!」

照「……怜! しっかりして!! 怜!!!」

…………

……

怜「…………はっ?」

漫「……目ぇ覚めましたか」

怜「ここは……」

漫「病院です」

怜「…………なんでや」

漫「……覚えとらんのですか」

怜「んー……。……ああ、(また)倒れたんか……」

漫「…………はい」

怜(……二巡先……あかんかったか……)

怜「そんで病院直行か……」

漫「はい」

怜「おーげさおーげさ……。ちょっとフラフラっとしただけやって」

漫「……見てたらわかりますよ、そんなんやないって」

怜「んー?」

漫「部長と宮永先輩があんなに取り乱したん……、夏んとき以来ですよ」

怜「…………」

漫「ほんま、無理せんといてくださいね」

怜「…………」

漫「……私でよければ、いつでも膝枕しますから」

怜「…………」

怜「ええ心がけやんか、さすが暫定首位の膝枕や」

漫「……まあ、褒め言葉や思うときますわ」

怜「当たり前やで」

漫「……ほな、いっこ聞いてええですか?」

怜「なんや?」

漫「なんでずっと『暫定』首位なんですか?」

怜「そこ引っかかるかー?」

漫「…………別に、深い意味ないならええんですけど」

怜「ほなええやんー」

漫「…………玄のほうが、ええんですか?」

怜「……玄とも僅差やけどな、そっちやないわ」

漫「?」

怜「真の首位は……、もっと別。大阪におるさかいな」

漫「…………」

怜「一年半、会うてへんけど……。あの感覚はこの頭が覚えとる」

漫「…………」

怜「あれに勝つんは容易やないで~……」フフフ

漫「……よーわかりませんけど。結局、その人の方がええってことですか」

怜「せやな」

漫(…………ふーん)

怜「?」

漫(……先輩のいちばんやないんや。あんだけやってんのに)

怜「なんや?」

漫「…………いえ」

漫(…………)

漫(別にええけど。こんな事で何言うとんねん私)

怜「よっしゃ、この際やから教えといたるわ」

漫「?」

怜「理想の膝枕っちゅーもんをや」

漫「……はあ」

怜「まず大前提は、適度な肉付きと程よい弾力。これが無かったら膝枕でもなんでもない、ただの足や」

怜「その点、漫はええ。玄もすばらや。たいしたもんや、あんたら二人」

怜「でもな。もう一段上、理想の膝枕となるにはそれだけじゃあかんねん」

怜「なにより、頭を預けたときの安心感! これが大事なんや。漫はその点……」

漫(ま、まずい……)

怜「…………で、…………は、…………の…………」

漫(いらんとこに火ぃついてもうた…………)

一時間後

漫「…………」ゲッソリ

怜「……ちゅーわけや」

漫「…………元気そうでなによりです…………」

怜「せやからおーげさ言うたやん」

漫「…………」

怜「…………」

漫「…………」

怜「ありがとな、漫。これからも頼むで」

漫「……ええ、任せてください」

漫(よし、なるべく玄に押し付けよう)

次の日 智葉と照

智葉「昨日怜が倒れた件だが」

照「…………」

智葉「あいつの一巡先が見える力に関係がある……。そうだな?」

照「…………」

智葉「お前には見えてるだろう、言え」

照「……言えない」

智葉「なぜだ」

照「言えば禁止される」

智葉「当然だろう」

智葉「やはり普通じゃないことをしてるんだ。限界が来たんじゃないのか」

照「…………」

智葉「……あるいは、一巡先だけじゃない。それ以上を見ようとしたか」

照「…………」

智葉「…………」

照「…………」

智葉「…………どうなんだ」

照「……言えない」

智葉「…………そうだと言ってるのと同じだぞ、それ」

照「…………」

照「…………」

智葉「…………」

照「…………」

智葉「…………言いたくないなら、それでもいい」

照「…………」

智葉「体を壊されるわけにはいかん。直接本人に聞いて禁止させるまでだ」

照「待って」

照「怜はずっと強くなりたいと……私たちと対等になりたいと思っていた」

智葉「…………」

照「大阪の友達のために、私たちとのために」

智葉「それで体を悪くするというなら本末転倒だ」

照「無理をしなければいい、一巡先までなら問題ない」

智葉「体力は消耗してるだろう。夏に退院してからもずっとフラフラしてたじゃないか」

照「それでも……やめろとは言えない」

智葉「……本当に、命に関わるかもしれんのだぞ?」

照「…………」

智葉「麻雀に勝てるなら、怜がどうなってもいいって言うのか?」

照「違う」

智葉「何が違う」

照「止めたら、ますます無理をすると思う。私たちにそれを隠そうとして、気付かない所でもっと大変なことをする」

照(…………もしかしたら、三巡先まで)

智葉「…………」

照「……怜はそういう性格」

智葉「…………」

照「…………」

智葉「私たちがやめろと言ってもか」

照「だからこそ」

智葉「…………そうか」

智葉「それなら、別の方法だ」

照「?」

智葉「怜のための特別シフトを用意する」

照「……特別シフト?」

智葉「体力消耗するなら、体力づくりから始めたらいい」

照「…………」

智葉「運動に食事に健康管理。体を壊さないためにできることなら、他にもあるだろう」

照「ガイト……」

智葉「これからうちの部は、そうやって動いていく。いいな」

照「…………ありがとう」

智葉「……フン、もう倒れられるのはまっぴらごめんだからな」

次の日の朝 照と怜の部屋

バタンッ

煌「おはようございまーす!」

成香「おはようございます!」

煌「起きてください! すばらな一日の始まりですよー!」

怜「…………うーん」

照「…………うーん」

怜「なんやねん…… 一体……」

煌「今日から特別時間割だと! 部長よりお達しがありまして!」

成香「朝は早起きして体操から始めましょう!」

怜「……ええってそんなん……」

煌「さあ、起きてください!」

怜「なんで二人はそない元気なん……」

成香「牧場の朝は早いですから! 早起きは得意分野です!」

煌「先輩方とすばらな一日のためですので!」

成香「ほら! 宮永先輩も!」

照「……ねむい」

煌「早起きは三文のすばらと言いますよ!」

照「……私はいい」

煌「何をおっしゃいます! さあご一緒に!」

照(…………とばっちり)

成香「はい、いち、にっ! いち、にっ!」

怜「ねむ……ねむいて……」

照「…………」ウトウト

煌「来週からランニングもしますからね!」

怜「逆に体おかしくするわ……」

煌「大丈夫! お体の調子を見ながら、最初はお散歩からでいいですから!」

その日の部活

照「すみません、ポッキーおかわりください」

黒服J「はっ、宮永様。それが……」チラッ

照「?」

煌「すみません先輩。今日からポッキーは、みんなで一日ひと箱までです!」

照「えっ」

煌「健康のためですから! おやつも八分目にしませんと!」

照「!」ガーン

智葉「怜一人だけに我慢させるわけにいかんだろう。それくらい付き合え」

照「…………」

照(ときシフト…… しなくてよかったかもしれない……)

――なんやよーわからんけど。突然、規則正しい健やかな毎日が始まった。強制的に。

どうやら、私を健康にしたいらしい。この私を。

フフフッ、この筋金入りのダメ人間を更生させようとはええ度胸やないか。

…………なんて、軽口も叩きたくなるほどに。

全員が私なんかのために一生懸命やった。照も涙目でお菓子我慢してたしな。

ほんまに幸せもんやで、私は。

東京なんて、完全に孤立無援のひとりぼっちや思うてたのにな。

12月 とある金曜日の夕方 玄と漫の部屋

玄「……あっ、宿題のノート教室においてきちゃった」

漫「月曜日提出のやつ?」

玄「うん……。ちょっと、学校戻って取ってくるね!」

漫「もう学校、鍵閉まってまう時間やで?」

玄「でも、この土日でやらないとまずいから! ダッシュで行ってくるよ!」ビシッ

漫「そう……。気ぃつけてな」

キーンコーンカーンコーン

玄「うひゃあ、早くしないと!」

タッタッタッ

玄「よーし、ここは普段通らない近道を……。こっち!」

ガサガサッ

玄「ふっふっふ、ここの裏が通れるんだよね……」

ニャー

玄「ん?」

ニャー ニャー

玄「なんだろう……、何か声がした?」キョロキョロ

ニャー ニャー

玄「……これは……!」

バタン

漫「おー、おかえりー」

玄「……漫ちゃん……どうしよう……」

漫「ん? 何そのダンボール箱?」

ニャー

漫「えっ?」

玄「……子猫さん……拾っちゃった……」

漫「えええええーーー!?」

漫「捨て猫……やんな?」

玄「うん……。どうしよう……」

漫「どうしよう……言うても……」

玄「中庭の隅で、寒くて震えてたの……。放っておいたら凍えちゃうよ……」

漫「うーん、でも……。寮じゃペットなんて飼われへんし……」

玄「……でも……、ひとりぼっちだよこの子……」

漫「玄……」

玄「……あったかくないのは……だめだよ……」

漫「……よし、煌たちに相談しよ。二人ならきっとええ知恵持ってる」

玄「うん……」

煌と成香の部屋

コンコン

成香「はーい?」

玄「こんばんは」

煌「おや、いらっしゃい!」

漫「ごめんな遅くに」

成香「どうしたんですか?」

玄「……うん」

漫「……ちょっと、相談したいことあって」

煌「ほほう、なんなりと!」キラッ

玄説明中

煌「なるほどなるほど~」

猫「…………zzz」

玄「……どうしたらいいかな……?」

煌「ひとまずあったかくしてあげましょうか。古い毛布やタオルでも探してきましょう」

玄「食べ物もいるよね……? 自動販売機の牛乳でいいかな?」

成香「あっ、待って」

玄「?」

成香「人間の飲む牛乳は飲めない猫さんもいるから……。できれば、ミルクは猫専用のがいいんです……」

玄「そうなんだ……」

煌「さすが牧場の子! すばら!」

漫「でも、そんなんもう買いに行ける時間やないで」

成香「それじゃ、食堂で何か代わりのものを探してきます」

煌「よろしく!」

ムニュムニュ… フニャーオ…

玄「あっ、起きた」

猫「…………」フギャッ!!

ぴょんっ ダダダッ

玄「あっ、外に出ちゃだめだよ!」

煌「おとなしくしててください!」

漫「捕まえとかな!」

フニャーーー!!!

漫「大人しくせえって……。ほら、こっちや」

ガリガリガリッ

漫「うわっ、引っかきよった!」

ニャニャニャーーー!!!

煌「興奮しちゃってますね……」

玄「……だ、大丈夫だよ……。怖くないんだよ……」スッ

がぶっ

玄「痛っ!」

漫「こらっ! 噛んだらあかん!」

ガタッ ガタガタッ

玄「お願い! おとなしくして!」

ニャー!! ウニャニャニャーーー!!

ドタンバタン

怜「なんやーうるさいでー」

照「どうかしたの」

漫「あ、園城寺先輩、宮永先輩……」

怜「…………猫?」

怜と照に説明中

煌「……というわけでして。なるべく大事にせず内緒にしていただいて……」

怜「なるほどなー」

照「……猫さん」

怜「よっしゃ、任せとき。ほらー、なんも怖いことないでー」スッ

フギーーー!!!

がぶっ

煌「あっ」

怜「…………ぶっとばす」

煌「ど、どうか穏便に~」

ドタバタドタバタ

成香「……あ、あの、食べ物もらってきましたけど……」

漫「おー、助かった」

煌「これで大人しくなってくれれば……」

猫「……」フゥーッ

玄「ほ、ほら、ごはんだよ……」

スッ

猫「ウニャッ!!」

ガバッ

玄「!」

ガツガツムシャムシャ

成香「お、お皿を奪い取った……」

照「……早い」

怜「……なんちゅー勢いや」

猫「…………」スッ

照「?」

煌「何でしょう、これは……」

玄「お皿をこっちに差し出して……?」

猫「…………」トントン

成香「空になったお皿を指して……。足りないアピール?」

猫「…………オアアーーーォ」

漫「早よおかわり持って来いって感じの顔してますね……」

怜「……偉そうに」

照「……おかわり、あげてみる?」

成香「…………そうですね」

スッ

猫「……ウニャッ!!」

ガバッ ガツガツムシャムシャ

怜「…………早っ」

玄「あ、あはは……」

煌「これはなんとも……」

漫「行儀が悪いというか、ふてぶてしいというか、可愛げがないというか……」

怜「とんだドラ猫やな」

煌「……あっ、だから玄が拾ったんですか」

怜「あー」

漫「あー」

玄「えっ」

猫「…………」zzz

煌「おなかが膨れたら、落ち着きましたかね」

玄「この子……どうしたらいいかな……」

煌「とりあえず、ずっとこの子をこの部屋に置いておくのは無理ですね」

玄「うぅ~」

怜「一日二日はいけても、ずっとは厳しいで。寮の誰かでも見つかったら大事件や」

煌「はい。捨てられてしまうばかりか、ペット禁止の規則を破ったという話になれば多方面に迷惑が」

照「……こんなに暴れる子だと、人に怪我させてしまうかも」

玄「…………」

漫「食べるものも……。寮の食堂から毎日もらい続けるわけにはいかへんよね」

成香「私たちのお小遣いじゃ、猫缶や猫ミルクをずっと買い続けるのも難しいです……」

煌「……やはりいろいろな面で。寮生の我々だけでは限界がありますね」

玄「…………」

玄「部室で飼うのは……ダメなのかな……?」

漫「……ちょっと危険が多すぎやなあ」

成香「ずっと大人しくしてくれてたらいいんですけど……」

煌「ええ、対局中に卓の上で暴れられたりしたら……」

照「……鬼の顔が見える」

怜「……ああ。智葉、激怒するやろな」

煌「ですよねー……」

怜「最悪、漫のおでこが入れ墨で埋まるわ」

漫「ひっ!?」ササッ

怜「冗談やって」

玄「じゃあ、黒服さんたちに頼んでみるのは……?」

煌「……うーん……」

怜「あの人ら、智葉には逆らえへんからなー」

煌「ですよねー……」

玄「やっぱり……」

怜「智葉がダメ言うたら一気に敵になる人らやで」

煌「……ええ。逆に私たちが不審な行動を見せたら、部長にご報告してしまいそうですね」

怜「そうやなー」

怜「やっぱりどうするにしても、智葉を味方につけんとあかんわ」

煌「……そうですね」

怜「智葉に嫌われてもうたら、なんもかんも終わりや。逆に智葉さえ良ければどうとでもなるて」

煌「…………はい」

怜「そこが最大の壁やな。天国か地獄かの分かれ道や」

照「……ラスボス」

成香「……部長さんって、猫さんはお好きなんでしょうか……?」

怜「知らん」

照「わからない」

玄「うう……」

漫「……でも失礼やけど、なんとなくかわいいもん好きって感じやなさそうっていうか……」

煌「…………ええ、一緒に楽しく遊んでいる姿はあまり想像できませんね」

怜「むしろ食うてそうなイメージが」

漫「ひっ!?」

怜「冗談やって」

照「……でも、正直に話したほうがいいと思う」

玄「宮永先輩……」

照「内緒でこそこそやって見つかったら、いつもの5倍くらいおこられる。正直に話せば2倍くらいで済むかもしれない」

怜(……怒られる量が基準かい)

煌「どっちみちおこられるんですか……」

怜「……まあでも、それしかないんちゃう」

煌「……はい、部長だけが頼りですからね……」

煌「じゃあとりあえず、この土日はここで面倒見ましょう」

煌「明日は土曜日。学校も部活もありませんから、ここで色々と準備して」

煌「日曜日の部活のときに、なんとか部長に……」

照「うん」

煌「月曜日になる前にはどうにかしませんと。学校が始まってしまったら、昼間は誰も面倒が見れなくなりますからね」

怜「あさってが勝負やな」

煌「そういう方向で、いいかな玄?」

玄「……うん」

煌「では明日は、買い物チームと留守番チームに分かれましょうか」

成香「役割分担ですね」

漫「ほな、玄は留守番でこの子のそばにいてる方がええかな?」

玄「うん!」

煌「あとは、部長への言い訳……じゃなくて、説得の作戦を考えるチームですね」

照「むずかしいことを考えるなら、怜がいいと思う」

怜「ええで」

玄「煌ちゃんも……お願い」

煌「任されました!」

漫「ほな、私と成香と宮永先輩が買い物チームやな」

照「わかった」

煌「最悪一週間は面倒見られるくらいのものは買っておきたいですね」

漫「買うものは……、何が必要やろ?」

成香「それなら私、大体分かります」

漫「おぉー」

照「さすが牧場の娘」

煌「じゃ、そちらも大丈夫そうだね! よろしくです!」

土曜日

買い物チーム 照、漫、成香

漫「ほな、行ってきます」

煌「うん、気をつけて!」

成香「ひと駅隣のホームセンターに行けば、いろいろ揃うと思います」

照「うん」

怜「えっ、電車乗るん?」

漫「はい」

怜「……ほな、ちょっとこっち来てや」

漫「?」

タッタッタッ

怜「ほい、漫」

漫「はい?」

怜「こっちの袋がお金。あとこれ渡しとくわ」

漫「スマホ?」

怜「GPSのアプリが入っとるから」

漫「GPS……ですか?」

怜「…………みっつ、言うといたるわ」

漫「? はい」

怜「ひとつ、照と手ぇつないで絶対放したらあかん」

漫「?」

怜「ふたつ、もしもはぐれたときはそのGPSが命綱や。あんたらにかかっとるからな」

漫「……はあ」

怜「そんでみっつめ……。これがいちばん大事なんやけど」

漫「…………」

怜「ついでにあんぱんと牛乳頼むわ。あと鶏さんの揚げたやつ」

漫「…………はあ」

怜「ほな、いってら」

漫「……はい」

漫(何を大げさな……。ちょっと隣の駅行くだけやのに)

タッタッタッ

漫「お待たせー」

成香「うん。宮永先輩は?」

漫「えっ? 一緒におったんちゃうの」

成香「えっ」

漫「えっ」

(いない)

漫「先輩!? 宮永先輩ーー!?」

留守番チーム 怜、煌、玄

煌「さて。我々の使命は、第一に誰にも見つからず今日一日を乗り切ることです」

玄「うん」

煌「それから猫さんの面倒を見つつ、明日部長へ話す作戦を考えましょう」

怜「おー」

煌「寮や校内をウロウロ連れ歩くわけにいきませんから……、なんとかこの部屋の中で!」

玄「了解だよ!」

煌「今あの子は?」

猫「……zzz」

怜「寝とるな。一日こんな感じやったらええねんけど……」

煌「じゃあ、玄はいつ起きてもいいようにそばについていて」

玄「うん」

煌「我々は作戦会議ですね」

怜「おう」

煌「いくつかパターンを想定しましょう。部長の反応がよさそうだった場合、難しそうな場合、危険を感じる場合……」

煌「落としどころとしては、部でどうにか飼うか、部長のおうちでお世話になるか、引き取り先を皆で探すか……」

煌「あとは、黒服さんの動向ですね。先に話しておくべきか、黙っていた方がいいものか……」

煌「上手くこちらに協力していただければすばらなんですが……。いや、そうなるように持って行かないと」

怜「…………」

煌「こうなったら、こうして…………。いやいや、そうなることもありますね…………」ブツブツ

怜「煌……」

煌「はい?」

怜「麻雀の打ち筋見ててもそう思うたけど……」

煌「…………はい」

怜「お前結構……わるだくみとかイケるクチやな」

煌「……悪いことなどありませんよ。そこにすばらがあればこそ!」

買い物チーム 最寄り駅前

漫「…………」右手ギュッ

成香「…………」左手ギュッ

照「?」

漫「……ほな、行きましょう」

成香「はい」

漫(まさか出発前からまいごになるとは……)

成香(絶対、手を離さないようにしないと……)

ギュッ

ギュギュッ

むにゅっ

照(…………おもちが当たっている。片方からだけ)

照(この状態……)

漫「…………」右手ギュッ

成香「…………」左手ギュッ

照(……手を繋いで両手がふさがっている)

照(つまり、今の私は……)

照(…………去年新宿に行ったときの、ガイトのポジション!)キュピーン

照(しかも二人は後輩。ここは私ががんばらないといけない)ゴォッ

照「大丈夫。さあ行こう」グイッ

成香「えっ」

漫「こっち反対側のホームですよ!?」

…………

……

お昼過ぎ

照「ただいま」

煌「おかえりなさい! いかがでしたか?」

照「問題ない。ちゃんと買えた」

漫「…………」

成香「…………」

玄「どうしたの? 凄く疲れたみたい」

漫「宮永先輩は…… 絶対、ひとりにしたらあかん……」ゲッソリ

成香「…………はい」グッタリ

煌「?」

漫「気ぃつけよう、みんな……」

玄「一体何が……」

怜(…………やっぱりか)

煌「じゃあ、とりあえず猫缶をあげましょうか」

玄「そうだね」スッ

成香「あれ、三人ともその手……」

漫「引っかき傷だらけ! どないしたんですか!?」

煌「どうもこうも」

怜「半日あの子と付き合った結果や」

玄「はい……」

漫「…………やっぱりですか」

怜「おう」

怜「…………」

漫「…………」

怜「…………お互い、苦労したようやな」

漫「……はい」

怜(……暴れた猫に)

漫(……宮永先輩に)

日曜日 部室の前

怜「ほな、いよいよ智葉に話すときや。皆、用意ええな」

全員「おー!」

怜「入るで、部室」

―ピキッ―

怜「!」

煌「園城寺先輩?」

怜「…………あかん」

煌「?」

怜(見えた……。智葉の前で、玄がこの世の終わりみたいな顔で泣いとる未来が……)

煌「どうしたんですか?」

怜「あかんわ、智葉に見せたら」

煌「えっ」

照「どうしたの?」

怜「……なんとなくやけど。今話してもうまくいかん気がするわ」

成香「…………?」

煌(まさか、未来が見えた……?)

怜「……慎重にいこ。智葉の機嫌を見極めるんや」

玄「は、はい……」

怜「機嫌ええときを待って、それとなく猫の好き嫌い確認して……。無理そうなら日を改めたほうがええかも」

煌「……長期戦バージョンですね。想定内ですよ」

漫「それまでは……」

怜「とりあえず、黒服さんが頼りや。預かってもらえるか聞いてみよ」

黒服詰所

コンコン

黒服A「はい?」

玄「……こんにちは」

怜「どーも」

黒服A「これは皆様お揃いで、どうかなさいましたか?」

玄「あの……実は……」

黒服A「猫……ですか……」

煌「私たちじゃどうにもできなくて……。部長にお助け願いたいと思うのですが」

怜「正直、智葉が怖いんで。タイミング測りたいんです」

照「もしくは、一緒に説得してほしいです」

黒服A「……なるほど」

成香「あの、部長さんは猫さんお好きな方ですか……?」

黒服A「……申し訳ありません、わかりかねます」

黒服B「今まで一度も飼ったことはないかと思いますが……。特に好き嫌いとは聞いたことがないですね」

漫「そうですか……」

黒服A「ひとまず、事情は了解いたしました。とりあえず部活中はこちらでお預かりしましょう」

成香「いいんですか?」

黒服B「お嬢のご機嫌を伺えるまで、詰所に置いておいてかまいませんよ」

玄「ありがとうございます!」

黒服C「部活が妨げられると、お怒りになるかと思いますので……。お嬢にアプローチするのは部活終了後がよろしいかと」

漫「なるほど」

煌「さすがわかってますね」

煌「じゃあ、とりあえず部活は普通に。部長のご機嫌を損ねないように、バレないようにいきましょう」

全員「おー!」

部活中

タンッ

智葉「…………」

煌「ツモ 700・1300です」パタッ

玄「はい」

智葉「…………」

智葉(皆淡々と麻雀やってるが……)

煌「…………」

玄(…………普通に、普通に……)ドキドキ

成香(…………不審な動きをしなければ……大丈夫……)ドキドキ

智葉(…………)

智葉(……なんで全員、手に引っかき傷があるんだよ)

休憩時間

智葉「おい」

成香「はいっ!?」ビクッ

玄「なな、なにか?」ギクシャク

智葉「……その手、どうしたんだ」

玄「!」ドキッ

煌「まずい!」

怜「もう勘付かれた!?」

玄「な、なんでもないですよ?」

智葉「いや、お前ら全員そうだろ。傷だらけじゃないか」

玄「うっ」ドキッ

成香「えっと……その……」

煌「くっ、早くもピンチに……」

バタンッ

黒服C「おっ、おいこら!」

黒服D「そっちは駄目だ!」

黒服E「待ちなさい!」

フギャギャーー!!

玄「あっ、出てきちゃった!」

漫「最悪や……」

智葉「…………猫?」

タタタッ

煌「あっ、部長のほうに!」

玄「危ないですっ!」

怜「ああ、大変や!」

玄「ひっかかれちゃう!」

怜「斬鉄剣で真っ二つにされてまう!」

玄「えっ」

怜「えっ」

ダダダダッ

智葉「?」

ぴょん

煌「部長の胸に飛び込んだ!」

怜「ああ……」

漫「……おしまいや……」

ぽふっ

フニャー ゴロゴロ…

智葉「おいおい、なんだよ」

玄「えっ」

照「えっ」

智葉「……よしよし、大丈夫だぞ」なでなで

キューン フニューン

漫「あ、あのドラ猫がおとなしく……」

成香「すごく丸くなって甘えてます……」

怜「…………なんやこれ」

智葉「どうしたんだ、この子は?」

成香「私たちの誰にも懐かなかったのに……」

玄「全員ひっかかれたのに……」

フニャーオ ペロペロ…

智葉「ははは、くすぐったいぞ」

漫「……怯えて猫かぶっとるんとちゃいます?」

怜「いや、めっちゃ幸せそうに甘えてるで……」

フニュー… ゴロゴロ…

智葉「……フフッ、おとなしくていい子じゃないか」なでなで

照「…………ずるい」

煌「すばら!」

…………

……

黒服A「お嬢、連絡つきました」

智葉「うん」

黒服A「例の児童養護施設で、飼っていただけるとのことです」

智葉「……悪かったな、押し付けたような形で」

黒服A「いえいえ、皆さん喜んでいらっしゃいましたよ。一足早いクリスマスプレゼントだと」

智葉「…………そうか」

怜「……スピード解決してもうたな」

漫「何やったんでしょう、昨日の死闘は……」

成香「……でも、一件落着ですね」

玄「よかった……」

煌「すばらです!」

怜「ありがとな、智葉」

照「さすがガイト」

智葉「……私は何もしてないぞ」

怜「謙遜せんでええで。これで様子見に行くって口実もできたしな」

智葉「口実?」

怜「今年のクリスマスや。みんなで行くで、あの養護施設」

照「うん、みんなでサンタやろう」

智葉「…………仕方ないな、お前らは」

その夜 玄と漫の部屋

漫「よかったな。みんなのおかげやね」

玄「うん、ありがとう」

漫「でも部長に一番懐いたんは、びっくりしたけどなー」

玄「ウフフッ、ほんとだよね!」

アハハハハ ウフフフフ

……

漫「……そういえば玄、宿題のノートは?」

玄「あっ」


翌日

玄「倍の宿題……もらっちゃいました……」グスン

智葉「は?」

怜(……あっ、昨日見えた顔)

2月13日

煌「さて! 一年生四人集合です!」

漫「どないしたん、急に」

煌「ふふふ、明日は何の日か知ってるかな?」

成香「?」

漫「2月14日いうたら……」

玄「バレンタインデー……、かな?」

煌「そう!」

煌「日ごろお世話になっている先輩方に、私たちからチョコをお贈りしようかと!」

玄「おー」

漫「ええやん」

成香「素敵です」

玄「みんな甘いもの好きそうだしね!」

漫「特に宮永先輩、ごっつい食いそうやでー」

玄「ウフフッ、そうだね!」

成香「でも、どういうのがいいのかな……?」

煌「そこでね、私にいい案が!」

玄「いい案?」

煌「さらに4日後の18日! 宮永先輩のお誕生日なんだ!」

成香「わぁー」

漫「それはそれは……」

煌「だからバースデーケーキを兼ねて、チョコケーキはどうかな!?」

漫「なるほどー」

玄「一緒にお誕生日パーティーだね!」

煌「そう! たくさん作ってみんなで食べられるし!」

成香「素敵ですー」

煌「ではまず、材料のお買い物に行きましょう!」

三人「おー!」

夜 寮のキッチン

煌「それでは、始めましょうか!」

玄「おー!」

漫「チョコケーキってどう作るん?」

成香「基本的には、普通のケーキとそんなに変わらないです」

煌「ココアパウダーを入れて焼いたスポンジと、チョコクリームやフルーツを重ねて……」

玄「最後に、表面にチョコレートを塗ればいいのかな?」

成香「うん。あとは飾りつけですね」

煌「では、みんなそれぞれ飾りつけに買ってきたものを出しましょう!」

バラバラッ

漫「ハートや星のチョコ型、カラフルなつぶつぶ、いちごに粉砂糖にナッツにリッツ……」

成香「素敵です」

煌「玄、それは?」

玄「うふふ、私のはこれ!」

漫「四角いマシュマロ?」

玄「そう! いいこと思いついたんだ!」

玄「ふっふっふ、見ててね!」

玄「まずひとつの面だけにチョコを塗って……」ペタッ

玄「反対側の面に、つまようじでチョコを少しずつ……。ちょいちょい……と」

煌「おお……」

漫「これは……」

玄「はい、「中」! 四角いマシュマロにチョコで文字を描いた麻雀牌だよ!」

成香「わぁー」

煌「すばら!」

漫「これはええアイディアやね!」

成香「麻雀部のお祝いにぴったりですー」

玄「簡単な絵なら、字牌じゃなくても描けると思うよ!」

煌「よーし、皆で描きましょう! 誰が一番上手かなー?」

漫「競争やね!」

煌「そうだね! じゃあ漫が最下位だったらおでこにチョコで落書きしちゃおうかな!」

漫「なんやそれー、私だけ狙い撃ちやんー」

ワイワイ キャッキャッ

…………

……

次の日

智葉「よし、じゃあ今日も始めるぞ」

煌「お待ちください! 今日は始める前に!」

智葉「?」

煌「我々四人から、先輩方へ!」

漫「いつもありがとうございます!」

四人「ハッピーバレンタイーン!」

ジャーン

智葉「これは……」

照「ケーキ……!」

成香「三段重ねチョコケーキですー」

怜「わぁー! わぁーわぁーー!!」

煌「4日後は宮永先輩のお誕生日ということで! バースデーケーキも兼ねて!」

四人「ハッピーバースデー!」

照「ありがとう……。凄く嬉しい」

怜「トリプルやー! なー見てー! トリプルー!」キラキラ

智葉「……そうだな」

照「うん、凄い」

怜「わぁ…… トリプルやぁ……」キラキラ

智葉(…………あいつ何か知らんが、トリプルって言葉に異様に食いつくよな)

ワイワイ キャッキャッ

黒服A「……微笑ましいですね」

黒服B「後輩に感謝されるお嬢……。ご立派です」

黒服C「いいなぁ……」

玄「あ、それから忘れないうちに!」

クルッ

スタスタ

黒服A「?」

黒服B「松実様?」

黒服C「こっちに来ましたが……?」

玄「はい、黒服さんたちにも」スッ

黒服D「…………えっ」

ざわ…

黒服E「えっ……、あの……、なんと……?」

玄「ケーキの方にたくさん使っちゃったので、少なくてごめんなさいですけど」

煌「ちゃんと別に用意いたしましたので!」

成香「いつもありがとうございます! 日頃の感謝の気持ちです!」ニコッ

黒服F「われ……われに……?」

四人「はいっ!」

ざわ… ざわ…ざわ…

黒服H「おお……おおおっ……」

黒服A「なんて……いい子たちっ……」ボロ…ボロ…

黒服B「天使っ……圧倒的天使っ……」ボロ…ボロ…

黒服C「生きてて……よかった……」ボロ…ボロ…

智葉「泣くな泣くな大げさだな」

黒服D「チョコを……くれたねっ……! お嬢からももらったことないのにっ……!」

黒服E「うっ…… うおっ……」

黒服F「うおおおおーーーー!!」

バンザーイ バンザーイ バンザーイ

成香「こんなに喜ばれるなんて……」

煌「すばらっ!」

怜「……あげてへんかったん?」

智葉「…………誰がやるかよ」

全員「ごちそうさまー!」

照「とってもおいしかった……。今日はありがとう」

煌「はい! こちらこそ、喜んでいただきすばらです!」

照「……それじゃあ」

煌「はい」

照「4日後の本番も楽しみにしてるね」

煌「えっ」

玄「えっ」

照「?」


※4日後、急いでもう一個作りました。

高校三年生 4月

智葉「新年度……か」

黒服A「…………」

智葉「どうした、珍しく元気がないな」

黒服A「…………いえ」

智葉「で、今年は何人来るんだ」

黒服A「…………」

智葉「ん?」

黒服A「…………一人です」

智葉「……何?」

黒服A「…………」

バタン

優希「たーのもー!!」

優希「麻雀部に入部しに来ましたじぇー!」

煌「あっ、優希!」

優希「花田せんぱーい!!」

ギュッ

優希「お久しぶりだじょ!」

煌「よく来てくれましたね、優希!」

玄(……ちょっと、昔の憧ちゃんに似てる子だ)

怜「ふーん、知り合いなん?」

煌「ええ、私と同じ中学の後輩です!」

優希「だじぇ!」

成香「そうなんだー」

煌「でも、よくここに来てくれましたね?」

優希「ふっふっふ、海より深い深謀遠慮の末にだじぇ……」

智葉(こいつも笑えない事情があるのか……?)

―回想―

黒服C「というわけで、ぜひともうちの麻雀部へお迎えしたいと思っています」

優希「ちっちっちっ……。このゆーきちゃんを安く見積もられちゃ困るじぇ」

黒服C「?」

優希「花田先輩と一緒なのは確かに魅力だじょ……。でも、それだけでのどちゃんのおっぱいを捨てるわけにはいかないじぇ」

黒服C「はあ」

優希「のどちゃんと私を別れさせたいなら、それなりの対価が必要だじぇ! 私はそんなに安くないじょ!」

黒服C「学食のタコス食べ放題というのはどうです?」

優希「乗った!!」

―回想終―

優希「まあ一言で言うなら、タコスに導かれて来たんだじぇ!」

成香「タ、タコス?」

玄「?」

煌「言葉の意味はよくわかりませんが、とにかく相変わらずですね……」

優希「タコスは宇宙の真理だじぇ!」

煌「ところで……、あなたが来たのなら、和は?」

玄「!」

優希「のどちゃんは地元の公立だじぇ!」

煌「そうですか……」

玄「一緒に来れたらよかったのに……」

優希「なんかな、お父さんの仕事の都合で離れられないって言ってたじょ」

煌「お父様のお仕事ですか……。それじゃ無理には言えませんね」

玄「阿知賀から転校するときもそうだったね、和ちゃん……」

優希「ん? こっちの先輩はのどちゃん知ってるのか?」

玄「あ、うん、実はね……」

智葉「…………」

智葉「あいつらが今話してたのって……、ミドルチャンプの原村和か」

黒服A「はい。花田様や片岡様と同じ中学です」

智葉「そっちには声かけなかったのか? 親の都合と言ったって、一人で寮に来たっていいだろう」

黒服A「だって……それは無理な相談というか……」

智葉「?」

黒服A「彼女のお父さん、凄く怖そうな弁護士さんだったので……」

智葉「…………」

黒服A「…………」

智葉「…………ヘタレめ」

智葉「それにしても、一人とはな」

黒服A「申し訳ありません……。実は、先手を打たれてしまったといいますか」

智葉「先手?」

黒服A「実は我々のほかにも、全国の有望選手に声をかけていた高校がありまして」

智葉「ほう?」

黒服A「大概の子は先に声を掛けられていたり……うちの誘いを断るよう根回しされてしまったりで」

智葉「……ふむ」

黒服A「問題ないとは思うのですが……。何かありましたらまたご報告します」

智葉「……ああ」

翌日

智葉(……で、こいつの実力だが)

優希「どーん!! 連荘ツモだじぇ!」

成香「ひゃぁぁ……」

怜「大したもんやん」

煌「相変わらず、東場の勢いはすばらですね!」

智葉(ふむ。なかなかやるじゃないか)

優希「今日も元気だタコスが美味いじぇ!」

智葉(……だが……)

南一局

成香「あっ、それロンです!」

優希「…………はい」

玄「東場のうちは凄いのに……」

怜「南場に入ると、とたんにからっきしやな……」

煌「そういうところも変わってませんね……」

智葉(集中力が続かないで片づけるにしては……極端過ぎる)

優希「……しょぼーん……」

智葉(こいつもまた……。常識の外側にいるヤツなのか……?)

数日後

優希「ふっふふーん、今日も元気だタコスが美味い~」モグモグ

煌「相変わらずですね、優希」

玄「いつも食べてるけど……それ何なのかな?」

優希「タコスです! 私の元気の源だじぇ!」

成香「いろんな具を包んで巻いて……、クレープみたいな感じですか?」

優希「これはトルティーヤ! 小麦粉じゃなくてトウモロコシの粉を焼いたんだじょ!」

玄「へぇー」

優希「小麦粉を焼いたのなんて邪道だじぇ!」

漫「あん?」ピクッ

玄(あっ……)

成香(……これは……)

玄「で、でも、小麦粉を焼いたのでもおいしいのあるよね?」チラッ

成香「そ、そうですよね! お、お好み焼き……とか……」チラッ

優希「あー、広島のあれなー」

漫「ほう」ビキッ

玄「え、えっと……広島じゃなくて……」チラッ チラッ

優希「?」

成香「う、薄皮で焼くのは確かに広島のほうが似てますけど……」チラッ

玄「混ぜて焼くのもおいしいよね?」チラッ

優希「ん? 混ぜ焼きなんてしたらタコスじゃなくなっちゃうじょ?」

漫「…………」ビキビキッ

煌「あの……、漫?」

漫「これはこれは……。ちぃーとばかし痛い目見せたらなあかんな……」ゴゴゴゴゴ

煌「あの、漫? なるべく穏便にね?」

漫「……わかってるて」

ツカツカ

漫「おい」

優希「? はい?」

漫「さっきから聞いとりゃ、言いたい放題やないか」

優希「じょ?」

漫「言うとくけどな、そんなんは最高のお好みを知らんから言えんねん」

優希「?」

漫「粉もんなら大阪のお好み焼きが最強や。異論は受け付けへん」

優希「??」

漫「まあええ。知らんなら教えたったらええ話」

優希「?」

漫「見とき。今から世界で一番美味いお好み焼き作ったるわ」

優希「??」

漫「黒服さん! 鉄板!!」

黒服C「はっ」ザザッ

優希「じょ!?」

成香「一瞬で鉄板を用意した……」

怜「ええコンビネーションやんけ」

煌「すっかり慣れたものですね……」

智葉(……何やってんだ)

漫ちゃん料理中

ジュゥゥゥ… クルッ ペタン

漫「ほいっ、いっちょあがり!」

優希「おぉー」

玄「すごーい」

智葉「…………何部だここは」

怜「まあええやん、お好み食えるで」

照「おいしいは正義」

智葉「…………」

漫「ほら、食うてみいや」

モグモグ

優希「うまーい!」

漫「フッ、どや」

優希「はい! おいしいです!」

煌「いつも通りすばらな味だね!」

怜「さすがやな」

照「…………」モグモグ

優希「でも小麦粉焼きならタコ焼きのほうがいいじぇ、タコ入ってるし」

漫「」(♯^ω^) ビキビキッ

漫「すんません黒服さん、タコ焼き器ってあります?」

黒服C「申し訳ありません……さすがにそこまでは」

漫「……そうですか」

黒服C「家庭用でよろしければ今から買いに走れますが……、さすがに業務用ですと今日中というわけには」

漫「…………わかりました、明日でいいんで業務用お願いします」

黒服C「かしこまりました」

成香「これは……」

煌「漫も本気だね……!」

智葉(……なんで使いこなしてんだよ黒服を)

漫「おい、聞いたとおりや」

優希「じょ?」

漫「明日、世界一のタコ焼き作ったる……。それ食うてからどうこう言えや」

優希「なんかよくわからんけど、了解だじぇ!」

煌「…………ふう。ひとまずこの場は収まりましたか」

成香「でも、タコ焼き作れるなんてさすが大阪の人ー」

玄「そうだねー。大阪のおうちならタコ焼き機、一家に一台あるんでしょ?」

漫「いやいや、そんなんやないよ」

玄「そうなの?」

漫「どこにでもあるわけちゃうて、風評被害もええとこや。うちにはあるけど」

玄「えっ」

怜「せやで」

成香「園城寺先輩……」

怜「大阪やから言うて、偏見で喋ったらあかんわ。うちにはあるけど」

煌「えっ」

成香「えっ」

次の日

漫「ほっ! とあっ!!」

ジュゥゥゥ… クルッ クルクルッ

智葉「……今日は一体何やってんだ」

黒服J「ははっ。見ての通りタコ焼きでございます、お嬢」

黒服K「ご心配なく。お嬢の分も材料用意してますよ」

智葉「……お好み部の次はタコ焼き部かよ」

漫「ほいっ! 出来上がりや!」

成香「わぁー」

玄「おいしそー」

優希「すごいじぇー!」

漫「どや、食うてみい」

モグモグ

優希「うむ! 美味!」

漫「……どや、小麦粉焼きのこと見直したか?」

優希「はい! 最高です! ありがとうございました、上重先輩!」モグモグ

漫「…………調子ええやっちゃな」

煌「すばら!」

怜「…………うまいな」モグモグ

照「…………おいしい」モグモグ

5月

智葉「さて、今年も5月連休合宿が終わったわけだが……」

成香「あっ、ロンです! ダブ南ドラ3です!」

優希「はい……」

智葉「結局、合宿中もずっとああだったなあいつ」

優希「南場なんてしょぼーんだじぇ……」

智葉「照、どういうことなんだあれは」

照「どういうことも何も無い。彼女はそういう子」

智葉「…………」

照「…………」

智葉「それだけか」

照「だけ」

智葉「…………ふむ」

智葉「……ひとつ、試してみるか」

照「?」

智葉「よし、みんなきけ」

玄「はい?」

智葉「来週一週間は東南戦でなく、東風戦だけにしよう」

優希「!」

みんな「!」

怜「……なんでや?」

智葉「率直に言って。優希、お前の力が見てみたい」

優希「!」

智葉「何か質問は?」

優希「はいっ!」

智葉「はい優希」

優希「タコスはいくつまで持ち込み可ですか!?」

智葉「……別にいくつでも構わんが」

優希「!!!」

優希(ボーナスステージ……開幕だじぇ……!)

そして一週間後


―東風戦トータル順位―

1位 片岡優希
2位 宮永照
……

(以下略)


優希「どやっ!」

玄「うわぁ……」

成香「すごいです……」

怜「……ほんまにやりよったな……」

照「…………」

智葉「……煌」

煌「はい」

智葉「……本当に、どういうやつなんだあいつは」

煌「中学の時分からそうでしたので。あの子のすばらな個性と思っていただければと」

智葉「「……南場のあいつも含めてか」

煌「はい」

智葉「これが半荘続けば立派な主戦力になれるのだが……。もたんのか」

煌「もちません」

智葉「言い切るな」

煌「はい」

智葉「……どうしたもんか」ヤレヤレ

次の日

智葉「優希。話がある」

優希「じょ?」

智葉「……まず、先週はよくやったな。東場のお前の力はよくわかった」

優希「ありがとうございます!」

智葉「…………だが」

優希「?」

智葉「だがどうしても。東場でそれだけできるのに南場がしょぼんというのはわからん」

優希「……南場は苦手なんだじぇ」

智葉「できることなら、南場でも東場と同じに打てるようになってほしいんだが。お前のためにもな」

優希「そう言われてもだじょ……」

智葉「きちんと対策を考えて、改善できるように取り組むんだ。必要なら特訓スケジュールを組んだっていい」

優希「うえぇぇぇ~~、めんどくさいのはやだじょ~~」

智葉「せっかく東場は勢いがあるのに、勿体無いじゃないか。それに裏を返せば、南場が弱点になるってことだぞ」

優希「…………」

智葉「現に今、部内でだってそうだろう。皆、お前と打つときは南場を待って狙い撃ちだ」

優希「先週みたいに、ずっと東風戦でやればいいんだじぇ」

智葉「無理を言うな。部内でどれだけ言っても、大会に出れば東南戦なんだ」

優希「うぅ~……」

智葉「理由は何なんだ。なぜ南場になると調子が落ちる?」

優希「タコスぢからが切れるから集中力が持たないんだじぇ」

智葉「そういう問題なのか」

優希「だじぇ」

智葉「…………」

優希「力がなくなっちゃうものはどーしよーもないんだじょ」

智葉「…………」

煌(苦手なことには本当に甘えんぼさんですね、昔から……)

智葉「集中力、南場まで持つ体力か……」

優希「そうだじぇ。だからそんなのムリムリで……」

怜「ほーう。ほな、お前も一緒に朝走るか?」

優希「じょ!?」

怜「毎朝やっとるランニングや。体力無いなら私と一緒につけたらええわ」

智葉「ふむ。それはひとついい案だ」

怜「決定やな。明日から朝起こしにいくで」

優希「えぇー!?」

智葉「他には何か無いか、照」

照「……英国紳士も言っていた、こういうときは逆に考えればいい」

智葉「ほう?」

照「南場だと思うから力が出ない、だったら親が二周してもまだ東場だと思っていればいい」

智葉「……どういうことだ」

照「一荘戦をやろう」

優希「いーちゃんせん?」

照「一荘戦とは東場、南場のあとに西場、北場までやって一回戦」

優希「えっ」

照「つまり大きな目で見れば、東場南場が前半戦、西場北場が後半戦」

優希「そ、そんなんしても私は東場しかもたないじょ!?」

照「一荘戦だけど、最初の2つは東場、後の2つは南場という名前でやる」

智葉「ふむ」

照「東場だから集中力は持つ、持たせようという気持ちでこの一荘を打てば、結果半荘分の長さが持つようになれるはず」

優希「そんなオカルトありえないじぇ!!」

智葉「なるほど、いいかもしれんな。付き合うぞ」

照「これで私に勝てるようになってこそ次世代のエース」

優希「そんなーー!!」

優希「ひどいじょー! 一人の一年生をみんなしてー!!」

智葉「そんなんじゃない。お前の弱点克服のためだ」

照「そう、決して一週間の東風戦だけとはいえ部内トップを取られたからどうとかいう気持ちは無い」ゴォッ

怜「おう、決しておもろそうやからこの流れに便乗しようと思ってるだけとちゃうで」

優希「先輩たち考えが全部だだ漏れてるじょ!?」

漫「タコスやのうてタコ焼きやったら、作ったってもええでー? 半荘分我慢した後でな」

優希「後でなんていらないじょーー!!」

玄「これは……」

煌「わりと皆さん……負けず嫌いですね……」

成香「あはは……」

煌「結局優希は、毎朝のランニングと週に2回の一荘戦が日課となりました」

智葉「効果ありそうなら、一荘戦は回数増やすからな」

優希「しょぼんだじぇ……」

煌「どんまいですよ、優希!」

成香「でも、みんなが弱点克服に付き合ってくれているんですから。素敵なことだと思います」

煌「そうですよ! 期待されているからこそです!」

成香「はい。私なんて何もないんですから、うらやましいくらいです」

優希「先輩……」

優希「でもいくらやったって、自信ないじょ……」

煌「でも優希だって、南場でも同じように打てるようになったらすばらでしょう?」

優希「それは……そうですけど……」

煌「みんなそういう、すばらな優希になってほしいと思ってやってくれてるんですよ」

優希「苦手なもんは苦手なんだじぇ……」

成香「がんばってみる前から諦めてちゃダメですよ、優希ちゃん」

優希「…………」

成香「そんなだったら、私が代わりにレギュラー取っちゃいますよ?」

優希「じょ?」

成香「今までの成績は優希ちゃんより下ですけど。諦めちゃう子には負けられません」

優希「…………」

成香「私も、みんなに勝てなくたって諦めてないんですから。優希ちゃんも諦めちゃだめです」

優希「なるか先輩……」

煌「うんうん」

成香「諦めたら、そこで試合終了ですからね!」ニコッ

優希「…………わかりましたじょ」

煌「うん! さすが優希! すばらな強い子ですね!」

成香「じゃあ一緒に! がんばるぞの掛け声しましょう!」

優希「おー!」

成香「はいっ、『心を強くして!』」

優希「『麻雀も強くなるぞ!』」

煌「すばら!」

優希「『モリモリ!!』」

煌成香「モリモリ!?」

6月

智葉「いよいよ来週……。東東京大会か」

黒服A「はい、全国各地でも県予選が始まった頃……。早いところはもう個人戦まで決まってきてますね」

智葉「……ああ」

黒服A「それで、ちょっとお耳に入れておきたいことが……」

智葉「……なんだ」

黒服A「以前お話しました、先手を打たれたという高校なのですが」

智葉「!」

黒服A「やはり出てきました。県大会で優勝したそうです」

智葉「…………ほう」

黒服A「少し長くなりますが、報告よろしいでしょうか」

智葉「ああ、今日終わってからな」

部活終了後

怜「ほな、また明日なー」

智葉「ああ」

バタン

黒服A「皆さんはよろしいので?」

智葉「私が聞いておけばいい。必要なら後で私から話す」

黒服A「かしこまりました」

黒服E「では、ここからは私、佐衛門三郎二朗がご報告させていただきます」

智葉「黒服Eな」

黒服E「こちらのスクリーンにご注目ください」

パッ

ジャジャーン

パッ ヒューン


『   目=-


智葉「?」


『目   指=-


『目指   せ=-


『目指せ   連=-   覇=-


智葉「…………」


パパパパパッ


『目指せ連覇!! 佐衛門三郎二朗プレゼンツ 謎に包まれたライバルのすべて』

智葉(…………)

智葉(……このうざい文字アニメーション……)

智葉(パワポ……!)

黒服E「よろしくお願いします」

智葉「そういう自己主張はいらん、早くしろ」

黒服E「はっ。私がご報告させていただく高校とはズバリ……」


ギュルルン ズギャッ


黒服E「兵庫県代表・私立大将学院高校。今年新設された女子校で初出場です」

智葉「……うちと似てるな」

黒服E「創設者にして初代理事長は、古塚財閥の会長様です」

智葉「!」

智葉「古塚の会長だと……?」

黒服E「はい。関西財界の雄にして、うちの会長とは積年のライバル」

智葉「一緒にされたら向こうに失礼だろう。関東でアレに匹敵する財力があるのは弘世のとこくらいだ」

黒服E「左様です。しかしうちの会長とは若い頃から個人的な因縁があり、お互い意識している存在だと」

智葉「……知ってるよ。こっちはずっとそれを聞かされて育てられたんだ」

黒服E「…………はい」

智葉「そうしてうちが伸びてきたことは否定しないよ。そんなレベルから張り合い、競い合ってきた相手だ」

黒服E「…………」

智葉「……だが、親同士の話だ。私にまで火の粉をかけるなと、常に思ってるからな」

智葉「……で、まさかとは思うが。今回もうちに張り合って高校作っちゃいましたとか言うんじゃないだろうな」

黒服E「はい。そのまさかです」

智葉「大人気ないな……。大財閥の会長がやることかよ」

黒服E「よっぽどうちのことが悔しかったんでしょうね」

智葉「一緒にするなって。向こうは表立った世間体のある大財閥だろうが」

黒服E「うちがこの高校で大成功しましたから……。古塚会長としてはそれはもう思うところがあったのかと」

智葉「大成功?」

黒服E「インハイ団体初出場初優勝、個人二連覇は立派に成功と言っていいでしょう」

智葉「たかだか二年の話だろうよ」

黒服E「そんなことはありません、ご立派ですよお嬢」

智葉「フン、私だけの力じゃない」

黒服E「自らを謙遜し仲間を讃える。さすがのコメントです」

智葉「やかましい」

智葉「だが、古塚の娘なら私と同い年だろう。確か劔谷じゃなかったか?」

黒服E「はい。当初はその梢お嬢様をはじめ、全国の実力者を引き抜く計画だったようですが……」

智葉「無節操な……。そんなことで人を転校させるなよ……」

黒服E「はい。当の梢お嬢様を転校させようとして激怒され、泣く泣く断念したとのことです」

智葉「そりゃそうだろうよ」

黒服E「転校生は一定期間公式戦に出場できない規定もありますしね。致し方ないでしょう」

智葉「それ以前の問題だろうが」

黒服E「よって、生徒は一年生のみ。しかし相当気合を入れて勧誘していたようで……」

智葉「で、うちが遅れを取ったと」

黒服E「はい」

智葉「……やれやれだな」

黒服E「昨年インハイ団体戦で大暴れしました、龍門渕の天江衣にも声をかけていたという情報もありました」

智葉「!」

黒服E「どうしました?」

智葉「……成程。ただの道楽じゃなさそうだな」

智葉「それで、結局どんな奴らなんだ」

黒服E「はい、現在部員数はちょうど五名。全員一年生です」

黒服E「こちらが兵庫県大会のオーダーです」

パッパパッパッパッパッ

ピシューン ドルルルッ キラキラキラッ

智葉(…………パワポうぜえ)


大将学院高校麻雀部

先鋒:大星淡
次鋒:ネリー・ヴィルサラーゼ
中堅:高鴨穏乃
副将:宮永咲
大将:安福莉子


智葉(…………ふむ)

智葉(……とりあえず、知った名前は一人)

智葉「ネリーって、世界ジュニアのあのネリーか」

黒服E「はい。サカルトヴェロのあのネリーです」

智葉「……よく連れてきたもんだ」

黒服E「…………そうですね」

智葉(他は見たこともない名前ばかりだが……。宮永……?)

智葉(……まさかな)

黒服E「やはり全国から集められたようで。地元出身は大将の部長さんだけですね」

智葉「……ふむ」

黒服E「そしてその彼女こそ、古塚会長の秘蔵っ子」

智葉「ほう」

黒服E「梢お嬢様とは旧知の仲。当初は劔谷へ進学予定だったようですが……」

黒服E「二,三年生を引き抜けなかったため、代わりに本校打倒を託された最強の切り札だともっぱらの評判です」

智葉「……どこでの評判なんだ」

黒服E「我々ですが?」

智葉「…………」

智葉「まあいい。で、その秘蔵っ子の戦績は?」

黒服E「…………」

智葉「ん?」

黒服E「…………ありません」

智葉「?」

黒服E「兵庫県大会は……一度も大将までまわりませんでした……」

智葉「……ほう」

黒服E「全試合、すべて副将まででトビ終了。先鋒や次鋒だけで終わらせた試合まであります」

智葉「……兵庫と言えば、全国屈指の大激戦区だったはずだが?」

黒服E「…………はい。先鋒と次鋒の二人が大半の得点を削り切っているようですね」

智葉「……前から順に強いヤツを集めたということか?」

黒服E「オーダーの組み方も……。こちらのインタビューが唯一の手がかりなのですが」

ピッ

淡(映像)「出たい人順! 先鋒ネリーじゃなければなんでもいいって言われた!」

黒服E「…………とのことで、正直よくわかりません」

智葉「まあ、留学生は先鋒禁止になったからな」

黒服E「…………はい」

黒服E「あちらもあちらで、情報統制をかけているようで……。断片的で未確認な情報が多く」

黒服E「全員同程度の実力者だという話もあり、一番ヤバイのは副将だという説もあり。情報が錯綜しています」

智葉「……その一番ヤバイ説ってのは何だ」

黒服E「個人予選で10戦連続プラマイゼロだったというのですが……。それを意図的にやったのでは、という噂が」

智葉「…………ありえんだろ」

黒服E「……はい。あちらに掴まされたガセネタかもしれません」

智葉(……だがしかし……。宮永、か……)

黒服E「……ひとまず、この学校について分かっていることは以上です」

智葉「…………そうか」

智葉「他の有力校を聞こうか」

黒服E「はっ。まず鹿児島の永水女子、長野の龍門渕は昨年同様の強さで今年も勝ち上がっています」

智葉「神代に天江か……」

黒服E「常連校では奈良の晩成、南大阪の姫松。西東京白糸台は弘世のお嬢様率いるチーム龍姫」

黒服E「姫松と白糸台は流石の層の厚さを見せていますね」

智葉「……まあそうだろうな」

黒服E「しかしやはりこちら。全国ランキング二位、昨年個人二位の荒川憩を擁する北大阪の千里山女子が最重要です」

智葉「…………ああ」


千里山女子麻雀部

先鋒:荒川憩
次鋒:二条泉
中堅:江口セーラ
副将:船久保浩子
大将:清水谷竜華

黒服E「そして……。やはり常連校ですが、戦力の上積みが気になるのが福岡の新道寺女子」

智葉「新道寺?」

黒服E「地元の実業団チームが廃部になりまして……、そこの選手を今年から監督にスカウトしたとか」

智葉「ほう」

黒服E「こちらがメンバー表です」


新道寺女子麻雀部

先鋒:鷺森灼
次鋒:安河内美子
中堅:江崎仁美
副将:白水哩
大将:鶴田姫子

監督:赤土晴絵(前所属:博多エバーグリーンズ)

黒服E「この新監督というのが、かなり有能な方らしく……。選手たちの実力は春から格段にパワーアップ」

黒服E「県大会では近年に無い圧勝劇を見せたということです」

智葉「……ふむ」

黒服E「特に注目は先鋒、ダブルネクタイの鷺森選手」

智葉「ダブルネクタイ?」

黒服E「新道寺の制服といえばかわいいネクタイが特徴的ですが……。鷺森選手は二枚重ねでもう一本してるんですよ」

智葉「なんだそりゃ」

黒服E「ゲンかつぎとか、そういうことじゃないですか?」

智葉「…………」

黒服E「そしてまた、赤土監督と同郷の奈良出身。実業団選手だった彼女を追いかけて福岡に進学したという噂です」

智葉「……ほう」

黒服E「そのあこがれの選手を監督に迎え、並々ならぬ思いがあるとのこと」

智葉「……ふむ」

―福岡 新道寺女子―

晴絵「……なあ、灼」

灼「…………何」

晴絵「……いよいよ、全国大会だな」

灼「うん」

晴絵「今日まで……。灼には本当に感謝しているよ」

晴絵「私なんかを追いかけて、一人で福岡まで来てくれて……」

晴絵「ここの監督の仕事だって、灼がいなかったら話さえ無かった」

灼「……大したことじゃない」

晴絵「……でもひとつ。まだ聞いてなかったこと、教えてくれないか」

灼「?」

晴絵「どうして、私が福岡にいるってわかったんだ?」

晴絵「お前が高校に入る年。一年半くらい前……」

灼「…………」

晴絵「その頃の私なんて、知名度もなにも全くなかった」

灼「…………」

晴絵「ましてや、奈良でなんて……。私の友達に聞いても、全然話題にもなってなかったみたいだし」

灼「…………」

晴絵「ブログにだって、こっちの事はひとつも書いてなかったのにさ」

灼「……声が……聞こえたから……」

晴絵「声?」

一年半前 奈良・鷺森レーン

ウィーン

灼(中3)「いらっしゃいませ」

黒服H「いやいやいやー、来ましたねボウリング場!」

黒服B「やっぱり、仕事の後はこれですよねー!」

黒服C「たまの出張の時くらいな!」

ハッハッハッハ

灼(なにあれ…… 黒服……?)

黒服D「あっ、大人4人でお願いします!」

灼「……はい」

ゴロゴロ… ガラガラァン!!

黒服H「よしっ! ストライク!!」

黒服B「ナイッショー!」

黒服C「さすが中田くん!」

灼「…………」

黒服H「いやー、ひと仕事終わってからのこれは最高ですよね!」

黒服C「勧誘も大成功だったしな。堂々と羽を伸ばせるってもんだ」

黒服D「阿知賀女子学院中等部、松実玄様……。必ずやうちの高校で、お嬢の力になってくれるでしょう」

灼「!」

灼(……そっか。玄、阿知賀の高等部行かないんだ……)

灼(…………別に。関係ないけど)

黒服H「それにしても、こんなところでいい人が見つかるとは思いませんでしたよね!」

黒服D「そうだな。あの学校、麻雀部も無さそうだったのに……」

灼「…………」

黒服B「あっ、でも阿知賀女子って聞いたことありますよ!」

黒服C「うん、阿知賀女子といえばアレだよ。8年前一度だけ全国行った!」

黒服D「あー、覚えてる覚えてる。小鍛治プロのときの!」

灼「!」ピクッ

黒服B「あの人ってどうしたんでしょうね? てっきりプロになってるかと思ったのに!」

黒服D「うーん、高一の時しか聞かなかったしなあ」

黒服H「そうですねー」

灼(……何も関係ない人たちが……わずらわし……)

黒服H「でも、赤土晴絵選手ですよね?」

黒服C「ああ、確かそんな名前だ」

灼「…………」

黒服H「確か、日本リーグでそんな名前の人いましたよ?」

灼「!?」

黒服H「どこだったかな? 確か九州の……、博多?」

黒服B「博多って……エバーなんとかの?」

黒服H「そうそう、博多エバーグリーンズ!」

灼「――――!!!」ガタッ

―回想終―

晴絵「声って……?」

灼「……なんでもない。たぶん、ただのボウリングが趣味の人」

晴絵「?」

灼「…………大丈夫だから」

晴絵「?」

灼「きっかけはどうあっても。今ここに、私がいてハルちゃんがいる」

晴絵「…………」

灼「……絶対、私が連れて行くから。ハルちゃんが行けなかったその先へ……」

晴絵「灼……」

灼「ハルちゃんの傍で、ハルちゃんのために。そう思ってこの高校で……、ううん、声が聞こえたあのときから鍛えてきたんだ」

晴絵「……そうか。期待してるぞ、エース」

…………

……

黒服E「…………以上になります」

智葉「……ふむ」

黒服E「いずれ劣らぬ強豪揃い……。正直申し上げて、昨年よりも数段厳しい戦いになることが予想されます」

智葉「……面白いじゃないか」

黒服E「えっ?」

智葉「新参だろうと謎だろうと侮りはしない。だが勝つのは我々だ」

智葉「私は、私の仲間を信じているさ」

智葉「あんなやつらだが……。二年間一緒に過ごしてきた私の仲間達だ」

黒服E「お嬢……」

黒服A「ご立派です……」

黒服B「あっ、一緒に過ごしてきた仲間達ってことは……」

智葉「お前らは違う」

黒服B「えっ」

黒服A「えっ」

黒服CDEFHIJK「えっ」

次の日

玄「……部長さん」

智葉「なんだ」

玄「……団体戦のメンバーは、もう決めちゃったですか……?」

智葉「……いや。これからだ」

玄「だったら……。お願いがあるのです」

智葉「なんだ」

玄「私……、中堅で出させてください!」

智葉「…………理由を聞こうか」

玄「夕べ……。お姉ちゃんから電話があって…………」

―昨晩―

玄「もしもし、おねーちゃん?」

宥「玄ちゃん……元気だった……?」

玄「…………うん。今日はどうしたの?」

宥「……うん。あのね」

玄「うん」

宥「えっと……あの……」

憧「ほら! ちゃんと宥姉から言いなさいよ!」

宥「う、うん……」

玄「? 誰かそこにいるの?」

宥「あ、うん」

憧「やーっほー! 玄ー! 私のこと覚えてるー?」

玄「その声……、憧ちゃん!?」

憧「そうよっ!」

玄「……忘れないよ……忘れるわけないよ……」

憧「……そっ。まあ安心したわ」

玄「…………どうして、お姉ちゃんと一緒に……」

憧「もっちろん! あんたに話があるからよ!」

玄「……えっ」

憧「それじゃ、大事な話があるからよく聞いてなさい! 宥姉と私、二人からね!」

宥「えっと、玄ちゃん、今年もインターハイ出るの……?」

玄「……東東京は来週から予選開始だよ」

宥「そう……」

玄「……うん」

宥「あのね……お姉ちゃんね……」

玄「うん」

宥「インターハイの個人戦、出ることになったの」

玄「!」

憧「ふっふっふ、驚いたー?」

玄「おねーちゃんが…… どうして……」

宥「……玄ちゃんがね、去年出ていたのをテレビで見て……」

玄「去年……」

宥「玄ちゃんに会いたかったから……。がんばったの」

玄「……私に……?」

宥「憧ちゃんにもすごく、背中を押してもらったんだよ」

憧「やるわよねー、宥姉! 奈良個人三位よ、三位!」

憧「ちゃんと指導者がいてブランクなければもっと上も狙えたって、解説の人も言ってたんだから!」

憧「ま、一位と二位はうちの先輩だけど!」

玄「うちって…… 憧ちゃんは……?」

憧「晩成よ! 団体の奈良代表!」

玄「!」

憧「私だって個人も出てたら負ける気は無かったけどねー。晩成は大所帯で上級生優先だから!」

玄「…………そうなんだ」

憧「その代わり! 団体戦は出るわよ! あんたと同じ中堅!」

玄「!!」

玄「……どうしてそんな、ふたりとも……」

憧「…………決まってるじゃない。あんたのせいよ、有名人さん」

玄「有名人?」

憧「……もっと自覚持ちなさい。インターハイ優勝メンバーなんだから!」

玄「…………」

憧「去年の全国、当然みんな見てたのよ。こっち大騒ぎだったんだからね!」

玄「…………そうだったんだ」

憧「…………その大騒ぎで、誰かさんが盛り上がっちゃったわけ。あんたとミドルの和を見てさ」

玄「……誰かさん、って……?」

憧「盛り上がって盛り上がって盛り上がりすぎちゃって……。私に黙って兵庫なんかに引き抜かれて行っちゃったわ」

玄「……兵庫……?」

憧「…………本当、冗談じゃないわよね」

玄「あの、憧ちゃん誰のこと……」

憧「あら、まだわかんないの? 全国出たいなんて言うだけ言って、私のこと置いてけぼりにしてった世紀のバカタレのことよ」

玄「……?……」

憧「他県の予選結果くらい、そっちでも見れるでしょ?」

玄「…………」

憧「全国紙でも載ってるはずだから。見てごらんなさい、兵庫県代表!」

玄「……兵庫……?」

憧「真ん中あたりに見慣れた文字で、"バカシズ"って書いてあるから!」

玄「!!」

玄「……穏乃ちゃん……阿知賀じゃなかったの……」

憧「…………ええ。見事にみーんな離れ離れよ」

玄「…………」

憧「ある意味、なんもかんもあんたのせいだからね」

玄「…………えっ」

憧「…………」

玄「…………」

憧「…………いろいろ考えたわ、私も。玄がいなくなって、シズが出て行って」

玄「……う……」ズキッ

憧「……本当にいろいろ。眠れないほど悩んだり、時には開き直ったり」

玄「…………」

憧「後悔とか、理不尽だとか。どうしようもない考えばっかりになってた日もあったわ」

玄「…………」

憧「…………でもね」

玄「?」

憧「それでも、最後に思ったのは。やっぱりあんたたちとまた麻雀がしたいってことだった」

玄「!」

憧「…………だから、私もここまでがんばったのよ。あんたたちと全国の舞台で打つために!」

玄「…………」

憧「……まったく! ほんと晩成でレギュラー取るの大変だったんだからね!」

玄「憧ちゃん……」

憧「だからね、玄!」

玄「?」

憧「そーいうのもみんな含めて! 私の思いを全部ぶつけてやるから! 覚悟してなさいよ!」

玄「…………」

憧「絶対負けないからね、あんたにもシズにも!!」

玄「……うん! 私こそ負けないよ!!」

憧「そうこなくっちゃ!」

玄「…………うん」

憧「……それじゃ、そういうことで! 次会うときは全国よ!」

玄「……うん!」


玄「…………ありがとう」

―回想終―

玄「えっと、奈良にいた昔のお友達が……。中堅で、大会に出るって聞いて……」

智葉「…………ほう。奈良代表か?」

玄「はい、晩成の新子憧ちゃんと……」

智葉「…………ふむ」

玄「それから、兵庫代表の……」

智葉「!」ピクッ

玄「あの、新しくできた学校みたいなんですけど……」

智葉「……大将学院か」

玄「はい。高鴨穏乃ちゃん……です……」

智葉「…………」

玄「ずっと……、ずっと、また一緒に打ちたかった人たちなんです!」

智葉「…………そうか」

智葉「……いいだろう」

玄「!」

智葉「別に反対する理由は無い。去年もお前は中堅だったしな」

玄「ありがとうございます!」

智葉「友達だからって、手加減なんかするんじゃないぞ」

玄「もちろんです!!」

智葉「うむ。頼んだぞ」

玄「はいっ!」

玄「それと、個人戦も……」

智葉「個人は全員予選参加だ。東京は枠だけは多いからな、お前次第だ」

玄「……そうですか……」

智葉「そっちにも誰か出るのか」

玄「……はい。二人と一緒のお友達だった和ちゃんと……」

智葉(……原村和。さすがに個人では出てくるか)

玄「奈良から、おねーちゃんが出るんです」

智葉(…………お姉ちゃん、か)

智葉「そうか。負けられないな」

玄「はい!」

部活終了後の部室 智葉と照

照「話って何」

智葉「インターハイのことだ。各地で全国出場者が決まってきている」

照「…………」

智葉「見てみろ。新聞だ」パサッ

照「…………」

智葉「…………」

照(…………兵庫県代表…………)ピクッ

智葉「…………」

照「…………」

智葉「……何か思うところは?」

照「…………別にない。誰が相手だって関係ない」

智葉「…………」

智葉「じゃあ、話は変わるが」

照「?」

智葉「お前、東京から出たことない東京出身だって言ってたけどさ」

照「…………」

智葉「嘘だろ」

照「……嘘じゃない」

智葉「…………」

照「…………」

智葉「そうか。もしかしたら兵庫出身かと思ったんだがな」

照「兵庫じゃない、長野県」

智葉「ほう」

照「あっ」

照「…………どうしてそんなこと聞くの」

智葉「別に。なんとなく、兵庫に知り合いでもいるんじゃないかと思ってな」

照「…………いない」

智葉「…………」

照「…………」

智葉「…………この、兵庫代表のメンバーなんだけどさ」

照「知らない。私の妹なんかじゃない」

智葉「ほう、妹とは一言も言ってないが」

照「あっ」

智葉(……黒服の調べた資料。宮永咲の出身も確か長野だったな)

照「…………」

智葉(……間違いないか)

照「…………」

智葉「…………」

照「…………ずるい」

智葉「…………」

照「…………」

智葉「…………副将の宮永咲。妹なんだな」

照「…………知らない」

智葉「…………」

照「…………」

智葉「…………」

照「…………」

智葉「…………じゃあ、質問を変える」

照「…………何」

智葉「お前、副将やらんか」

照「……やらない」

智葉「…………いいのか?」

照「いい」

智葉「…………そうか」

照「そう」

智葉「……だったら、どこがいいんだ」

照「…………先鋒」

智葉「…………」

照(……副将から……いちばん遠いところ……)

智葉「…………いいんだな」

照「……去年と同じ。問題ない」

智葉「…………」

その日の夜

智葉(……さて。どうしたものかな)

智葉(照のあの反応……。宮永咲があいつの妹なのは間違いない)

智葉(……その妹との間に、何かがあったのだろうことも)

智葉(…………その上で、副将やりたくない、か)

智葉(…………)

智葉(……それで、あいつはいいのか?)

智葉(個人的な家庭の事情など、放っておいてもいいのかもしれないし……)

智葉(あえて身内となど打ちたくないと思う気持ちも、それはそれでわかる)

智葉(……だが、あいつの態度はそうではなかった)

智葉(…………)

智葉(……もう少し、納得のいく理由を聞きたいところなんだが……)

智葉(……あいつが、素直に話すとも思えんな)

智葉(…………それにしても)

智葉(全国の舞台で、姉と妹と、か)


――玄「全国大会で、おねーちゃんと打ちたいんです!」


智葉(…………一方で、そんな妹がいるというのにな)

智葉(…………)

智葉(……もしも、あいつが……)

智葉(後ろ向きな気持ちで逃げているだけならば……。私のほうから無理矢理にでも……)

智葉(しかし照が副将に行ったら……。先鋒はどうする)

智葉(こちらもエースや規格外が集まるポジション……。疎かにはできんところだが)

智葉(…………一番、無理をしそうなポジションでもある。怜にやらせるわけにはいかん)

智葉(煌をあてて取られても最小限に抑えるか……。漫の爆発に期待して真っ向から殴りあうか……)

智葉(……あるいは、常識外の未知には常識外の未知。いっそのことタコス娘に賭けてみるか……?)

智葉(…………)

智葉(成香は…………。すまん)

智葉(……もしくは、私なんだが)

智葉(…………)

智葉(どうしても、次鋒……。ネリーが気になる)

智葉(あのネリーが世界ジュニアのアレなら、最重要警戒人物……。できれば私が打ちたい)

智葉(…………)

智葉(…………)

智葉(…………)

智葉(……いずれにせよ)

智葉(先鋒か次鋒。どちらかは私ということになりそうだな)

次の日 智葉と怜

智葉「怜、大将を任せていいか」

怜「…………どういう風の吹き回しや?」

智葉「言葉の通りだ」

怜「……先に理由、聞かせてもらおか」

智葉「理由も何も。お前ならうちの大将を務められると判断した」

怜「…………」

智葉「秋大会も春大会も、色々と違うオーダーを組んでみたが……。今回はこれで考えている」

怜「……そんでも、大将だけはずっと智葉か照やったやん」

智葉「…………」

智葉「……他に、ちょっとあってな」

怜「?」

智葉「私が別の場所に行くかもしれん。だから大将が空いただけだ」

怜「……智葉は堂々としとったらええんちゃうの。昨年王者の部長やんか」

智葉「……戦略というよりは、個人的な都合かもしれん」

怜「ふーん?」

智葉「…………どうしても、放っておけないことがあってな」

智葉「まあ、そういうわけだ。大将が空いたから、できそうなやつに声かけた。それだけだ」

怜「…………さよか」

智葉「……できないと思うやつには、声などかけんぞ」

怜「まあええけど。責任重いなあ……」

智葉「荷が重いなら、無理にとは言わんが?」

怜「…………」

怜(一巡先が見えるようになってから、ずっと……)

怜(団体レギュラーを目指してここまでやってきたし、秋も春もお試しって感じやけど出させてもらえた)

怜(出られるならそれだけで、どこでもええと思ってたけど……)

怜(でも……大将てことは……)

怜(千里山と…………。竜華と打てるかもしれへん)

怜(やっと……見せられるな……)

怜(こっちで成長した、私の姿……!)

怜「ええで。引き受けたるわ」

智葉「ああ。……ただし」

怜「?」

智葉「絶対に、無理はするなよ」

怜「…………」

智葉「…………」

怜「無理なんかせんて。私病弱やし」

智葉「それだ」

怜「?」

智葉「その病弱アピール……。それが無理してる証拠だろ」

怜「!」

智葉「……黒服に確認させた」

怜「…………」

智葉「お前の診断書、カルテ、通院履歴……」

怜「…………」

智葉「去年の秋、退院してからも何度か病院に行ってるな……。私たちに黙って」

怜「……黒服さんたちも意外と趣味悪いなー、女子高生の通院履歴漁るとか」

智葉「ごまかすな」

怜「…………」

智葉「もう病院の世話にならんように、一巡先を日常的に見てもいいように……。特別シフトでやってきたんだろう」

怜「…………」

智葉「三年生の体育でやったスポーツテストの資料もある……。体力は付いてきているはずだ」

怜「…………」

智葉「それでも、たまにフラフラするのは……」

怜「…………」

智葉「練習してるだろ、その先を見る」

怜「!」ドキッ

智葉「いつまでも体力無いふりして病弱アピールは……それを悟られないようにするためだろう」

怜「せやから元々病弱やし~」

智葉「黙れ」

怜「…………」

怜「…………隠してたつもりやったけどな」

智葉「……照が同じ部屋で生活してるんだ。気付かんわけないだろう」

怜「……ふん、私に黙ってバラしよってに」

智葉「とにかく、そういうわけだ。無理はするな」

怜「そう言われたらしたくなるわ~」

智葉「するな。部長命令だ」

怜「…………りょーかい」

智葉「……心配しなくていい」

怜「?」

智葉「大概の相手なら、お前に回る前にケリをつけてやる。ゆっくり構えてろ」

怜「…………そら、頼もしいことで」

次の日 部活

玄「ツモ! タンヤオドラ6です!!」

怜「おー」

煌「玄、気合入ってますね!」

玄「うん、お友達がいっぱい全国に出るって聞いたから!」

優希「のどちゃんが出るなら、私も負けてられないじぇ!」

玄「個人戦でも全国に出て! 和ちゃんとおねーちゃんに会うんです!」

照「!」

煌「お姉ちゃん?」

玄「うん! 実はね……」

照「…………」

部活終了後 照と玄

玄「話ってなんですか?」

照「……聞かせてほしいことがある」

玄「はい」

照「今日の部活。あなたは個人戦に出たいといった」

玄「はい」

照「離れ離れになったお姉ちゃんと会って打ちたいと」

玄「はい!」

照「……どうして、そう思えるの」

玄「?」

照「怖いと、思わないの」

玄「怖い?」

照「離れて暮らしている間……。お姉さんが何を考え、何を感じていたのかあなたにはわからない」

照「……自分のことを、どう思っているのかも」

玄「…………」

照「離れる時間が多ければ多いほど……その気持ちは強くなると思う」

照「それなのに……。会って、怖くはないの」

玄「んー、ないですよ?」

照「…………どうして」

玄「だって、お姉ちゃんですから」

照「?」

玄「私、お姉ちゃんのこと大好きですから」ニコッ

照「…………」

玄「?」

照「…………私は…………咲のこと…………」ボソッ

玄「??」

照「…………なんでもない」

玄「?」

照「……好きなんだね、お姉ちゃん」

玄「はい!」

照「……でもそれはたぶん、いいお姉ちゃんだから」

玄「??」

照「……私は……いいおねーちゃんなんかじゃない……」

玄「んー」

照「…………」

玄「先輩が何を考えているのか、よくわからないですけど」

照「…………」

玄「私は先輩がおねーちゃんだったら、嬉しいと思います」

照「…………えっ」

玄「…………」

照「…………」

玄(……抱きつき!)

ぎゅっ

照「!」

玄「……大丈夫です」

照「…………」

玄「……私は、先輩のこと大好きですから」

照「!」

玄「私のほかにも。煌ちゃんも漫ちゃんも成香ちゃんも優希ちゃんも」

照「…………」

玄「部長さんも、園城寺先輩も。みんな先輩のこと大好きだと思いますから」

照「…………」

玄「……大好きな人たちがそばにいてくれたら。怖くてもきっと大丈夫です」

玄「…………『こわいとこに踏み出すいうのも、意外となんとかなるもんやで?』」

照「?」

玄「……私も、大好きな先輩にそう教えてもらって。大好きなお友達が支えてくれて」

照「…………」

玄「それで、ここまでやってこれましたから」

照「…………そう」

玄「…………」ニコッ

照「…………ありがとう」

玄「はいっ! よかった!」

その夜

照(『なんとかなるもんやで』……)

照(……やで、と言う先輩は……。ひとりしかいない)チラッ

怜「…………」zzz

照(……怜、ガイト、みんな……)

照「…………」

照「…………」

照「……こわくない」

照「みんながそばにいてくれるから。私もこわくない」

照「私も……。目をそらさずに向かい合う」

照「…………咲、あなたと」

翌日

照「メンバー決めたの?」

智葉「ああ。今から提出してくる」

照「…………私は」

智葉「…………先鋒でいいんだろ? お前の希望だ」

照「!」

智葉「…………」

照「…………」

智葉「…………」

照「…………えっと、あの」

智葉「……だが、ひとつ困ったことがあってな」

照「?」

智葉「実はここに、副将の選手しか食べられないという不思議なお菓子があるんだが」

照「えっ」

智葉「…………困ったことに、今日が賞味期限なんだ。ものすごくおいしいと評判なんだがな」

照「…………」

智葉「……今だったら、お前に食べさせてやってもいいぞ」

照「…………」

智葉「……お前の希望は尊重したいが。そんなお菓子があるんじゃ仕方ないよな」

照(何を言っているのか。ガイトらしくもない)

智葉「…………」

照(…………ううん、違う。本気でそう思ってやってるわけじゃない)

智葉「…………」

照(…………ガイトにまで、気を遣わせている)

照「…………」

智葉「…………」

照「…………」

智葉(…………やはりこんなのじゃダメか)

照「…………」

智葉「いらんなら仕方ない。実はもうひとつ、自分の事を正直に話す先鋒だけが食べられるという……」

照「…………待って」

智葉「…………何だ」

照「…………お菓子はいらない。副将やる」

実況「――さあ、全国高校生麻雀大会、東東京予選大会がいよいよ始まります!」

実況「注目は何といっても大本命! 全国連覇をかけて予選突破に挑む、私立先鋒学院高校です!!」


智葉「…………いいんだな」

照「うん、もう決めた」


先鋒学院高校麻雀部

先鋒:片岡優希
次鋒:辻垣内智葉
中堅:松実玄
副将:宮永照
大将:園城寺怜


智葉「よし、いくぞ!」

全員「おー!」


カン


続くよね?

おしまいです。

すごく良作だけどこれは打ち切りENDなのか…?
続いて欲しいー

こっからってとこで終わるのか……

追いついた、おもしろかった
もし良かったらまた続き書いてね

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