留美「恋して、もっと恋をして」 (17)




モバマス・和久井留美のSSです。




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ブンッ バン

ブンッ バン



……当たらない。



衝撃音はさっきから、後ろの壁に当たる音ばかり。



都内某所、バッティングセンター。

ここに来るのも久しぶりだ。



まだ秘書仕事に従事していた頃、

ストレスが溜まると、一人でこっそり足を運んでいた場所。

行く頻度が高いのは良くない兆候。

そんなバロメーターを振り切って、

最終的に、毎週行くようになっていたのだから笑えない。



まあそんな時代を経て今があると思えば、幸せなのかもしれないけれど。



ブンッ バン



課題は解決するもの、仕事の結果は残すもの。

疑問は多面的に解明し、次のプロセスに進む。

常々そう思っていた秘書時代の日々にも、

バッティングだけは上達することがなかった。



たぶん、上達する気もなくて。



理由を言葉にするのは難しいけれど、

たぶんそれは、私の唯一の、息の抜きどころだったからかもしれない。

必死になっちゃいけない。

ありのままでいい。

対策を研究するとか、

誰かにイチから教わるとか、

そんなことは必要なくて。



頑張らないままで、でもめいっぱいバットを振って。

それが妙な楽しさだったから。



ガツッ



たまにこうして、鈍い音をたててボールが前に転がる。

それでも私には十分楽しいのだ。


何の因果か運命か、

職を失ったタイミングで彼に出逢い、

私は誘われるがままにアイドルになった。



半信半疑だった私に、親身になってフォローしてくれた彼。

今はよきプロデューサーとアイドルの関係で。



でも。

だからこそ。

惹かれるところがあったって、おかしな話でもないでしょう?

それが彼の立ち振る舞いによるものなのか、

彼の言動の何かが気になったからなのか、

そのあたりは、うまく話せる自信はないのだけれど。



以前は恋に愛にと拘泥する自分じゃなかっただけに、この変化には驚いている。

出会いは人を変えるし、人生はつくづくわからないことだらけだ。




カキーン



隣のレーンで、大学生くらいの若い女の子が快音を響かせた。

野球経験者だろうか。

基礎のわからない私にも、堂に入った構えだということは伝わってくる。



レーンの外から彼氏らしき男性が話しかけている。

すげぇな、いいスイングだ、さすが。

そんな言葉とはしゃいで見せる彼女。



微笑ましいカップル、というべきなのかしら。

カップル云々はさておき、楽しそうなのはいいことね。

ふいに彼女と一瞬目があった。

やわらかな笑顔と、どこかで見たような……といった表情。



フフッ。

若い子にも私がわかるのかしら。

そうね、まだまだ大それた立場じゃないけれど、

私も一応、これでもアイドルなのよ。



それと。



ギュッ 



ー 足の幅は、これくらいがいいのかしらね。

ふむ。

ー 私って、とっても負けず嫌いなのよ。



あと3球。






* * * * * 


結局ほとんど当たらなかった。



でも楽しかった。

思わず熱が入ってしまった、そんな自分にちょっとワクワクしたりもして。



少し外が薄暗くなってきた。



駅の時計を見上げる。

まだ7時前。

足はひとりでに、駅併設の大型書店に向かっていた。



ここは広くてお気に入りだ。

専門書から小説まで何でも豊富だし、画集なんかも置いている。



つい最近、子猫の画集を買って店員さんに領収書を切ってもらったのもいい思い出だ。

私の趣味じゃないですよ、あくまで仕事の資料ですよと言わんばかりに。

もちろんその領収書を提出する予定はないけれど。ちひろさん、安心してくださいね。



今日も特に目的があったわけではない。

ぼんやりと店内を歩きつつ、棚から棚へ、目を走らせる。

何か退屈しのぎに読む物はないかしら。



……と。



偶然にも、すぐそばの一角、スポーツ書のコーナーに目がいった。






……。



今日はなんだか、変な気分。

「バッティングの基礎」などの文字が踊る書籍に手を伸ばす。

いつもなら決して、手に取ることもないだろうに。



……ふむ。

やっぱり何事も、ベーシックな形が決まっているものなのね。

パラパラと読み進めるだけで、少しできそうな気がしてくるのは不思議だ。



留美「足幅を広めにとって……」ブツブツ



向上心や向学心はもともとある方だと思う。

とはいえ、気まぐれで立ち読みをするなんて。

以前の私では考えられないことだ。

フフッ、私も変わったのかしら。



P「……留美さん?」

留美「!?」





ほんの、ほんの数秒だけ、

どうしようか考えた。



シラを切れるかしら。いえ無理。

何事もなかったように本を戻せるかしら。いえ無理。



じゃあ、強気で返すしかないわね。



パタン



留美「そうね、私が和久井留美よ」

P「知ってますよ」





* * * * *


P「あはは、バッティングセンターでそんなことがあったんですね」

留美「あまり語りたい内容ではないけれどね」



駅からほど近い路地の入り口にある、

小ぢんまりとした料理屋。



書店での熱心な立ち読み姿を見られてしまった私は

どこか気恥ずかしくて、

早々にその場を立ち去るつもりだったのだけど。



P「僕はこれからご飯でも行こうかと思っていたところですけど、留美さんは?」



こういう時に限って、緩やかに誘い文句を投げかけてくる貴方。

本当に、いい性格してるわね。



P「もしよければ、ご一緒にどうですか」



お誘いに乗る形で、今こうしてご飯となっている。

私が何か画策したわけじゃないのよ?

今日はね。





留美「本屋でのアレは、本当にただのきまぐれよ」



嘘は言っていない。

ただ、バッティング理論の本を興味深く読んでいたことも確かだ。



留美「ガラじゃない、って思うかしら」

P「いいじゃないですか、たまにはそういうのも」



わかっている。

こんな些細なことを気にするのは、どうせ私だけだ。

彼はとってもおおらかで、いつだって優しい。



P「……今日の昼間、何かありました?」

留美「?」

P「や、留美さんがバッティングセンターに行くのはだいたいストレスフルなときですよね」

留美「……ええ」

P「でもここ最近は、そんな様子は見られなかったように思っていて。なら今日の昼間に、何かあったのかなと」



……ふふっ。

ひとの好意には鈍いのに、

こういうところだけは本当に冴えているんだから。



そういうところも素敵だし、

そういうところ、本当にズルイ。



留美「別に、たいしたことじゃないの。今日はいろいろうまくいかないことが続いたり、小さなミスが重なったりして」



あと、貴方と他の子が仲良さそうにしている姿を見かけたり……なんて。



P「ああ、ありますねそういう日も」



本当にね、よく見るわ。



もっとも、いくら私でも、普段はそれくらいでイライラしたりしないんだけど。

うまくいかないことが重なっているタイミングだったりして、ついね?



留美「……でも、今こうしてP君とご飯に来られているんだから、今日はいい日なのかもしれないわね」

P「あはは、乙女心と秋の空、ですか」

留美「ふふっ、知ってる? 乙女って結構ゲンキンなのよ?」





* * * * * 


留美「……ごめんなさい、今何時かしら」

P「え? えーと、8時をまわったところですね」



彼の腕時計を覗き見る。



私は最近、あまり時計をしなくなった。

秘書時代は、いつでも右手にないと不安だったのに。

今は解き放たれたように、付けていない自分が自然で。



深い意味はないけれど、必要に駆られない限りは、

もうしばらくこのままいたいと思っている。



留美「案外まだ早い時間なのね」

P「そうですね」



留美「……ねえ、今からバッティングセンターに行かない?」






P「……え? でもさっき行ったんでしょ?」

留美「ええ。でもその……P君と行きたいなって」



我ながら、突拍子もない話だ。

海が見たい、とでも言えばロマンチックだったのだろうか。

まあ私には向かない言葉だと思うけれど。



P「ええと……まあ、留美さんがそう言うなら構いませんけど」

留美「ふふっ、ありがとう」



不思議と、断られない自信はあった。

でもたぶん、それは彼がまだ私に本気じゃないからこそ。

だからこそ、ね?



留美「さ、そうと決まったらさっさと行きましょ」ギュッ

P「え、あ、はい」



照れくさいものね、手が触れているだけのなのに。





* * * * *


課題は解決するもの、仕事の結果は残すもの。

疑問は多面的に解明し、次のプロセスに進む。

常々そう思っていた秘書時代の日々にも、

バッティングだけは上達することはなかった。



たぶん、上達する気もなくて。



理由を言葉にするのは難しいけれど、

ひょっとしたら、それは。



あなたが教えてくれるのを、待ってたいたからかもしれない。



みんな知ってるかしら。

私って、とっても負けず嫌いなの。

あと、恋する女は強いって。

だから。



恋して、もっと恋をして。





以上です。

バッティングセンターのくだりは
デレステの留美さんのウワサが元ネタです。

*参考
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira110176.png


他に
みちる「もぐもぐの向こうの恋心」
あい「恋より先の、もっと先の」
比奈「オトメゴコロ」
美羽「笑顔の彼方、恋模様」
など書いています。

ありがとうございました。



これはいい淑女

乙!

うーん
なんか似たやつ見たことある気がするんだよなぁ


みうさぎの次にるーみんとは予想外の人選
ちょうどブライダルも来ましたね

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