メイド「―――どうも初めまして、メイドでございます」ペコ
メイド「ええ、私は一介の、ただのメイドでございます。種族は人間、性別は女性」チラ
メイド「少女……と言うには些か年齢が過ぎましたが、世間一般ではまだ美しい盛りと称される年齢です」
メイド「まあ、容姿は関係のないことですが」
メイド「大事なのは外見の美醜よりもともかく、仕事ができることですからね」ペコリ
メイド「ふむ」
メイド「私に関してはこんなところでしょうか?」
メイド「まっ。言い忘れたことがあったとしても、あとで説明すればよいでしょう」コツコツ
メイド「なにせこれは私の独り言、誰に言うでもなく誰に聞かれることもない些末事ですから」コツコツ
メイド「私の暇つぶし、と思っていただければ幸いです」コツコツ
メイド「この屋敷にきて随分と経ちますが、誰も話す相手がいない故に」コツコツ
メイド「……こんなさもしい一人芝居、傍から見たら馬鹿らしい、見られるわけにはいきません」コツッ
メイド「さてと、そろそろ契約に基づいてメイドらしい態度をとらなければ」
メイド「ああ、こういうとまるで私が悪魔みたいですね」クスッ
メイド「しかし、私が悪魔だなんてとんでもない、縁起でもない」
メイド「……ああ、ひとつ言い忘れたことがございました」
メイド「私は一介のメイドと申しましたが、主人もまた平凡、凡俗極まりないかと言えばそうではありません」
メイド「いえ、むしろ――――」コンコン
「――――入りなさいな」
メイド「……おや、起きてらしたようで」ガチャ
メイド「失礼いたします、ご主人様」スッ
女主人「―――……」ユラユラ
メイド(窓辺に置かれた椅子を揺らしながら、どこか虚ろな目でこちらを見ている…ああ、これだけでも絵になりそうな雰囲気)
女主人「……どうしたの?お化けでも見つめている顔をして」
メイド「おっと…起こしてしまいましたか?」
女主人「ううん、今日は随分と早くに起きてしまったの」
メイド「珍しいこともあるものです、普段はこれに十分以上も使うのに……これを続けていただければ随分と楽になりますが」
女主人「あなたの仕事、減るものね」クス
メイド「ですが、日課がなくなるので少し寂しくなりますね」
女主人「……仕事じゃなくて?」
メイド「ええ、日課ですとも」
女主人「ふぅん、そうなの」
メイド「仕事と言うには、あなたを起こすことはあまりにも見合わないので」ニコ
女主人「もう、ひどい」クスッ
メイド「ですので、偶に早起き程度にしておいていただけませんと」
女主人「はぁい、じゃあお言葉に甘えるとしようかしら」
メイド「あんまりにも朝に起きないと、それはそれで困りますが」
女主人「難しい注文をすること、私のメイドさんは」コテン
メイド「……しかし、あなたがこうして早く起きたとしても」
女主人「その分、こうやってお話に費やされてしまうのね」
メイド「気苦労はしませんが、しかし」
女主人「何か不満でもあるのかしら?」
メイド「時間の流れが速いのは、私にとって幸と見るべきか不幸と見るべきか」ハァ
女主人「褒め言葉として受け取っておこうかしら」クス
メイド「そうしておいてくださいませ」ペコ
女主人「――――……あぁ…」ジィ
メイド(さてと)
メイド(椅子に座りながら物憂げな態度で窓の外を見つめる彼女は、深窓の令嬢のように映るでしょう)
メイド(事実として彼女の美しさは度を越しています、まるで人の造形を保った完璧な人形のよう)
メイド(その腰まで流れる銀髪も、透き通るように蒼い瞳も、目鼻立ちすっきりとした顔立ちも、女優のような体格も)
メイド(……いっそすべてを通り越して、目の前の彼女が創作物であると言われても納得してしまいそうなほど)
メイド(これが、私の主人でございます)
メイド(こんなことを話したら、きっと羨ましがる人が居るでしょうね)
メイド(女である私ですら、初めて見たときに心臓が高鳴ったのですから)
メイド(それに、性格も上々で器量も良い、主人としてならばこれ以上はないでしょう)
メイド(完璧な主人、それがもし居るのだとしたら彼女のことなのでしょう)
メイド(ただ――そう、彼女が一心に見ている窓の外が、一条の光すら映さぬ”夜”でなければですが)
女主人「……ねぇ」クルッ
メイド「どうなされましたか」サッ
女主人「今日は、とても素敵な夜ね」ニコニコ
メイド「生憎ながら、”人間”である私にはその言葉の真意が理解できかねます」
女主人「あら、分からない? 今日はとっても良い夜よ、静かで、暗くて、それは万物にとって平等だと思うけれど」
メイド「―――――……私には」
女主人「ええ」
メイド「今も昔も、夜が夜であることには変わりません。区別なく、夜はそれ以上でもそれ以下でもございません」
女主人「……そう」シュン
メイド(ええ、彼女は人間ではありません)
メイド(如何にその所作が人間臭かろうと、造詣が人間と寸分違わないものであろうと)
メイド(その肉体の内側に超常の力を持ち、あらゆる魔術を行使し、また誰一人として傷つけることはできません)
メイド(生まれながらの王、絶対者、孤高にして頂点の存在、ありとあらゆる生物の天敵)
メイド(私の主人は、麗しの姫君は。そう――――――)
吸血姫「やっぱり”吸血鬼”の感性は伝わらないのかしら……」
メイド(人の姫ではなく、怪異の姫なのでございます―――)
大人のお姉さん同士は良い、実に良い
その間に吸血関係があれば心が躍るのは必定である
何故誰も書かん、書いた
スヤァ
乙
思うままに書くが良い
乙
吸血百合っていいよね
▽ ▲ ▽
「――――契約をしましょう」
「……けい、やく……だと?」
▲ ▽ ▼
吸血姫「ねぇ、今日の予定はなにかしら」
メイド「昨日と変わりませんよ、ご主人様」
吸血姫「つまりそれは…ない、ってことね」ビシ
メイド「知っている癖に聞くのですね」
吸血姫「ふふ、知っているからこそ聞くのよ」
メイド「そして、私の記憶がひとかけたりとも間違えていなければ昨日の晩もそれを聞いた気がするのですが」
吸血姫「良いじゃないの、何度聞いても事実が変わることはないのだから」
メイド「何度言っても変わらない事実を聞くことに、意味があるとは思えないのですが」
メイド(このように、この方は時折分別なく我を通すことがあるのです。まあ可愛い我儘なのですが)
メイド(それでも我が主人には、繰り返し問われる徒労を知ってもらいたいものなのです)
メイド(けれども――――)
吸血姫「ねぇ、言ってちょうだいな、ねぇねぇ」キラキラ
メイド「……うっ」
メイド(絶世の美女たる我が主人にこうして目を輝かせられると、極めて否定しづらいのでございます)
メイド(「千年単位で生きている貫禄がない」だとか「ダメと言ったらダメ」だとか、そんなことを言えなくなるぐらいには破壊力があるのです)
メイド(女性としての造形美、その極致にいることを武器として弁えている者のなんと面倒くさいことでしょうか)ハァ
メイド(まあ、ここで私が逆らい続けて臍を曲げられるほうが面倒くさいことになるのですが)
メイド「では再度改めてお答えしましょう。『我が主人にはに本日の予定はありません』――と」
吸血姫「ふむ、昨日は?」
メイド「ありません、ありませんでしたというべきでしょうが」
吸血姫「明日はどうかしら」
メイド「少なくとも現段階ではありません」
吸血姫「そのまた明日は?」
メイド「ありません、今日から次も延々とあなたの予定は空白で埋まっております」
吸血姫「ずっと?」
メイド「ええ、ずっと」
吸血姫「……ふふ、うふふ」
メイド「ほう、何か面白いことがあるのでしょうか?」
吸血姫「この私に未来永劫予定がない、こんなに面白いことはないじゃないの」
メイド「少なくとも、あなたにとってはそうでも私にとっては違いますよ」
吸血姫「……その心は?」
メイド「私の予定はパンパンに埋まっているというわけです、あなたの代わりに」
吸血姫「こんなにいい夜なのに?」
メイド「私の仕事には良い夜も悪い夜もありません、雨が降って風が吹いたら面倒くさい夜になりますが」
吸血姫「私のメイドさんは職務に熱心なのね、感心感心」
メイド「そういう契約ですから」
吸血姫「ええ、そういう契約だから」
メイド「少なくとも私、メイドをしている間はあなたに尽くそうと思っておりますので」
吸血姫「律儀ねぇ、それとも真面目というのかしら」
メイド「私がそうされたいように、約束は破られぬ限りは守る主義ですので」ペコリ
吸血姫「ふふ、でもねぇ私の可愛いメイドさん」ニコ
メイド「なんでございましょうしょう、私の強大なるご主人様」コテン
吸血姫「私にとって今のあなたは、”私のメイド”以外の何者でもないのよ」
メイド「そうでしょうとも、それ以外の何になれると思っているのでしょうか?」
吸血姫「今は、ね?」
メイド「ええ、今は。未来永劫ではなくこの今は、今のみは」
吸血姫「だから、たまには職務とかじゃなくて私の話し相手になってもいいのよ?」
メイド「それを求めるのであれば命じていただければいいのです、『話に付き合えと』――ならば私はそれに従います、それぐらい分かっているでしょうに」
吸血姫「そういう問題じゃ、ないんだけどねぇ」フゥ
メイド「―――――ん」
吸血姫「そして、あなたはその真意に気づいている。気づいていていないふりをしている、でしょう?」
メイド「然様でございます」ペコリ
吸血姫「ふふ、そういう素直なところはポイント高いわ」
メイド「これもメイドの嗜みでございます」
吸血姫「意地の悪さが?」
メイド「いえ、『主に似る』ということが」
吸血姫「……ふぅん」パタ
メイド「私の意地が悪いのであれば、それはあなた似せているのですよ――本当に意地が悪いのは、あなたではありませんか?」
吸血姫「――――……ねえ、私のメイドさん」パタパタ
メイド「はい、なんでございましょう」
吸血姫「ズバッと事実を言われるのって、存外にきついのね」パチンッ
メイド「よく存じております」クス
メイド(私は奴隷ではございません、きちんとした――それは真っ当なという意味ではございませんが、人間なのです)
メイド(彼女に心服し、魂まで捧げたならばまだしも。生憎私にはそのような忠誠心がありません)
メイド(私は彼女に対してメイドとして仕えます、あくまでも仕事として)
メイド(それ故に、労働に対して彼女は対価を支払わなければなりません)
メイド(きちんとした、献身に報いる対価を)
メイド(そしてそれは、後払いという形で定められた期間の後に支払われることになっております)
吸血姫「ねぇ」
メイド「なんでしょう」
吸血姫「私とあなたが出会って、どれぐらい経ったかしら」
メイド「さぁ、パッと正確には答えかねます」
吸血姫「どれぐらいの夜が過ぎたのかしら」
メイド「太陽が昇った数と同じ数でしょう」
吸血姫「……約束の日までは、あとどれぐらいかしら」
メイド「その時が来れば、分かるでしょう」
吸血姫「その時が来れば」
メイド「ええ、その時、対価を頂く時まではメイドで居させていただきます」
▽ ▲ ▽
「1年間、私のメイドさんになって頂戴な」
「対価は私の命、その時が来たら抵抗せず殺されてあげましょう」
「……良い条件でしょう?」
▲ ▽ ▼
メイド(そう、それが私と彼女の契約)
メイド(1年間、私は彼女のメイドとして従い、尽くし、跪き)
メイド(その期間が終わったとき、私は彼女を殺す)
メイド(対価である彼女の魂をそうやって徴収する)
メイド(彼女という吸血鬼を、私が退治する)
メイド(そうして私は゛怪異殺し゛として本来の仕事を、本来の依頼を全うする)
メイド(そういう契約なのでございます)
すまない、これはただのイチャイチャ百合ではないんだ
献身や忠誠ではなく職務としてのプロ意識を持ったメイドさんいいよね
その割にはやけに馴れ馴れしい感じだけど、それも主人からの依頼だからね
スヤァ
イイ……
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