ナターリア「夢をこの手に掴むんダ!」 (18)

 それなりの規模を誇るビルの中の、無数にあるレッスンルームの一つ。

そこで行われていた参加者総勢2名による球技大会は、鬼の襲撃によってあっけなく幕を閉じた。

「え~!もう終わりかよ!」

「ごめんね晴ちゃん。プロデューサーさんはお仕事行かなくちゃいけないの。

さあプロデューサーさん、急いで準備してくださいね!」

「せっかくいいところだったのによー……」

 主催者兼参加者である結城晴は、突然の終了宣言に不満を漏らした。

レッスンまでの空き時間を潰すために連れ出したプロデューサーが、

こんな中途半端な時間でこの場を去るなどとは考えてもいなかったのだ。

少しばかりロスタイムを要求しようかとも考えたが、

自分たちの仕事を取りに行く為などと言われてしまってはそうもいかない。

「……まあ仕事なら仕方ねーか。

おいプロデューサー!カッコイイやつを取ってこいよな!」



 彼女の思いを知ってか知らずか、生返事だけを残しプロデューサーとアシスタントはその場を去ってしまった。

これ以上この場にとどまっていても仕方がない。

そう考えた彼女は次の遊び相手を求めて事務所へと戻ることにした。

いつも騒がしいあそこならきっと時間が潰せるはずだ。


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 そう考えて戻ってきたはいいものの、そこはいつもの喧騒が嘘のように静まり返っていた。

確かに今日は休日、しかもレッスンはまだまだ先の時間帯ではあるが、平時であれば既に数人が集まって騒いでいるはずである。

誰もいないのかと辺りを見回してみると、真剣な眼差しで机に向かっている人物を発見した。

多くのアイドルを抱えるこのプロダクションでも数少ない褐色の肌の持ち主、ナターリアだ。

いつも明るく活発に動き回っている彼女が、こうも静かに座っているとは驚きである。

よく見ると彼女の後ろには棟方愛海も静かに佇んでいる。

山があれば迷わず登る彼女だが、流石に空気を読んで大人しくしているようであった。

 ナターリアは難しい顔をしながら手に持った小さな本を読み進めているが、

時折思い出したかのように手元に置いてあるもう一冊の分厚い本をパラパラとめくり、

そばに置いてあるノートになにやら書き込んでいるようだ。

何をしているのかはさっぱりわからないが、あれほどまでに集中しているのなら邪魔しない方がいいだろう。

そう考え静かにその場を去ろうとした晴だったが、タイミングの悪いことに彼女の存在に気付いた愛海と目が合ってしまった。

飛び掛かってきた淫獣を反射的に蹴り飛ばし、少し離れたソファーへと叩き込む。

そうして生まれた突然の轟音に可愛らしい小さな悲鳴をあげ、ナターリアは目を見開いてこちらを向いた。

しばし彼女と無言で向きあった後、晴は小さな溜息をつきながら彼女の方へと歩を進めた。

「悪いナターリア。驚かせちまったな」

「ううん、大丈夫だヨ。オハヨウ晴!いや、もうコンニチハなのかナ?」


 そう言って彼女は溢れんばかりの笑顔を見せた。集中を乱したことを若干気に病んでいた晴も、それを見て安堵し腰を下ろした。


「どっちでもいいんじゃねーの?わかんなくなったらとりあえずこんにちはでいいだろ」

「そーなのカ。日本語はややこしくて難しいゾ!」

「適当でいいんだよ適当で。それよりさ、さっきまで何読んでたんだ?随分と気合入ってたみたいだけど」

「コレカ?これはライトノベルっていうんだゾ!アスカから借りたんダ!」


それは知ってる、と言いかけた晴だったが、覚えたてであろうその言葉を満面の笑みで話す彼女を前にしては口を紡ぐしかなかった。


「へぇ~。面白い?」

「ウン!とっても面白いゾ!間にイラストもあって読みやすいんダ!」

「読みやすいって言うわりには難しそうな顔してたけどな」

「そうなんだヨ……面白いんだけど、読めナイ漢字が多くてナ……」

「なるほどな。それでそこに国語辞典が置いてあるわけか。確かにそれがあればなんとかなりそうだな」

合点がいき一人満足する晴を余所に、どこか険しい表情をするナターリア。

どうしたことかと不思議に思う晴の心中を察してか、彼女はその理由を語り始めた。


「アスカの本がムズカしくて困ってたら、ランコがこの辞典を貸してくれたんダ。

でもナターリア、この辞典すら読めなくてナ……」

「あー……そういうことかー……」


考えてみればもっともな話である。字が読めなければ国語辞典があったとてそれほど意味を成さない。

ならばいったいなぜ蘭子はこれを彼女に貸したのだろうか?

おそらく蘭子はナターリアが悩んでいる原因は[字が読めない]ことではなく[意味が理解できない]ことだと思い込んだのだろう。

飛鳥と親しい彼女だからこそ、それが難解な言い回しを好んでいることは当然知っているだろうし、

またそれが外国人であるナターリアにはより手ごわいものであると考え、この辞典を授けたのだろう。

そんな予想を脳内で繰り広げたところで、目の前でうなだれる彼女を助けることにはならない。

少しばかり考えた後、晴は思いついたばかりの案を口にする。

「それならさ、オレが教えてやるよ」

「エ?本当カ!?」

「おう。って言ってもオレが読めるところだけだけどさ。

あんまりこういうのは得意じゃないから、俺も読めない字の方が多いかもしれないけどな」

「アリガトウ晴!!それじゃあ早速この字なんだけどサ!」

「わかったわかった。教えるからちょっと落ち着こうぜ」


本を片手に興奮した様子で近づいてくる彼女を制しながら、晴はその隣に座りなおした。

難しい字を教えると言っただけのはずだったが、ナターリアがひっきりなしに質問を繰り返すために半ば朗読に近い状態となってしまった。

読み上げている部分をナターリアが必死に目で追っているので、

必然的に小さな本を二人で覗き込むことになってしまったが不思議と抵抗はなかった。

晴ナタ…!

本来読書などはあまり好まない晴ではあったが、いざ読み始めてみるとなかなかに引き込まれる内容だったこともあり、

それなりにこの状況を楽しんでいるようだった。

そうしてしばらくの間二人の奇妙な読書は続き、本を半ば読み終えたかというところで、晴はふいに浮かんだ疑問を口にした。


「なあナターリア。なんでわざわざ小説なんて借りたんだ?暇つぶしなら漫画とかの方が読みやすいだろ?」

「暇つぶしじゃないゾ。これは日本語の勉強のために借りたんだヨ。

どうやって日本語を覚えたらいいかアスカに聞いたら、カツジを読むべきだって言われたんダ」

「なるほどなー。それで小説なんて読んでたってわけか」

「耳を慣らすならラジオもいいよって言われたんだケド、それは持ってないからナ。

簡単な漢字なら読めるって言ったらこれを貸してくれたんダ」


日本語を学ぶための参考としては、飛鳥は人選ミスなのではないかとも思ったが、こうして読み進めてみるとこの本は捻くれた表現こそ多いものの、

小学生の自分でも読める程度の漢字で構成されている上に難しい字にはしっかりルビが振ってある。

おそらく飛鳥なりにナターリアが読みやすいと思う本を選んだのだろう。

「でも勉強なんてしなくても、ナターリアは結構日本語理解できてるだろ?

なんで改めて勉強しようなんて気になったんだ?」

「ンー…この前イベントに出たとき、台本があまり読めなくてナ……

その時はナツキやホタルに助けてもらったんだケド、やっぱり自分で読めるようになりたいんダ」

「イベントって幻想公演か?ちゃんと喋れてたじゃん。カッコよかったぜ」

「たくさん練習したからナ。本番では上手くいったケドたくさんメーワクかけちゃったカラ、次はもっと頑張ろうって思ったんダ!」

「ナターリアは真面目だなぁ。オレなら勉強のためにわざわざ読めない本を読もうなんて気になれないぜ。

英語の教科書とか見るだけで疲れちまうよ」

「ほかの国のコトバもわかるようになってくると面白いゾ!

みんなともっとお喋りできるようになりたいし、なにより夢をかなえる為だからナ!いくらでも頑張れるゾ!!」

「夢の為、かー……それってアイドルのことだよな?なんでナターリアはそんなにアイドルにこだわるんだ?」

「ナターリア、アイドルになるために日本に来たんだヨ!だからこだわるのトーゼン!」

「アイドルになるためね……ブラジルの事ってサッカー以外よくわかんねーんだけどさ、向こうでアイドルやるってのはダメだったのか?」

「ブラジルにもアイドルいるヨー?

でもムコウに居たときにテレビで見た日本のアイドル、とっても輝いてたんダ!

キラキラ眩しいステージで、ライトに負けないくらい綺麗に輝いてタ!

ワタシもそうなりたイ、同じステージに立ちたいっテ、そう思い続けてたらいつの間にか日本にきちゃったんダ!」

ナターリアは熱気冷めやらぬ様子でアイドルへの情熱を語り続ける。

アイドルへの理解や興味など無いままにこの業界に入った自分との違いに、晴は少しばかりの嫉妬を覚えた。

今の仕事は嫌いではない。むしろ嫌いではないからこそ、

かつての自分に無かったものを持ち合わせている彼女のことが、一段と眩しく感じられてしまったのだ。


「ナターリアは本当にアイドルのことが好きなんだな。

オレは親に勝手に応募されて、そのまま成り行きでここにいるようなものだから、

そういうちゃんとした理由があるのはちょっと羨ましいな」

「……ハルはアイドル、嫌いカ?」

「嫌いとかじゃねーけどさ、なんていうか、ガラじゃないし。

テレビで見るような可愛い服とか、俺には似合わないしな」

「そんなことないゾ!ウサギの衣装、とっても可愛かっタ!」

「アレはできれば忘れてほしいんだけどな……」

「それにアイドルは可愛いだけじゃないゾ!綺麗で、カッコよくて、楽しいんダ!ハルだってライブの時、凄く楽しそうだったゾ!」

「……まあ、今は割と楽しんでるよ。あの頃は無理だと思ってたけど、意外と続けられるもんだな。」

「じゃあ大丈夫だヨ。最初はイヤイヤやってたかもしれないけど、

今は楽しくて、頑張れているのならいいんじゃないのかナ?難しいことはよくわかんないけどサ。」

「そうだな。アイツも最近はまともな衣装を持ってくるようになったし、

サガン鳥栖の時みたいにちゃんとオレの好きなこともやらせてくれてるから、思ってたよりはいい感じだぜ」

「サッカーのお仕事してる時のハルはイキイキしてるよナ。

ワタシ達に合ったお仕事取ってくるプロデューサーはやっぱり凄いナ!」

「大和撫子がオレに合ってたかどうかは疑問だけどな」

「あの時のハルはとっても綺麗だったゾ!似合わないお仕事ならわざわざ取ってこないだろうしナ」

「オレはカッコいい衣装がいいんだけどな……まあ、仕事だから着てやるけどさ」

「前にプロデューサーが『今似合う仕事だけじゃなく、皆の可能性を広げてやれる仕事を取ってきたい』

って言ってたんダ。ナターリアは踊りが好きだからその仕事が多かったけド、公演に出させてもらってからは歌もお芝居も好きになったゾ!

プロデューサーのおかげで、ナターリアの好きがもっと増えたんダ!」

「そういうもんなのかな……いや、そういうもんなんだろうな。

悔しいけどアイツはなんだかんだでいい感じにやってくれてるし、アイツのプロデュースでもっとカッコよくなれるんならそれでいいしな。」

「ハルはどんどんカッコよくなってるゾ。
衣装のおかげじゃなくて、ハル自身がカッコよくなっていってるんダ。ハルがアイドル続けてた結果だヨ?」

「ヘヘッ。もしそうなら嬉しいな。ま、少しずつでも先に進めてるならありがたいぜ。」

「ナターリアだって負けないゾ。大好きなプロデューサーと一緒に前に進めばきっと手に入るんダ。

踊りも歌もお芝居も全部できるようになって、カワイイもカッコイイも全部手に入れて、

あの日見たステージに立つんダ!夢をこの手に掴むんダ!」


そう言ってナターリアは天高く手を掲げて握り拳を作った。

威風堂々たるその姿もまた、自身の目指すカッコいいアイドルの姿なのかもしれないと思い、

晴は知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。

「そういう熱さ、嫌いじゃないぜ。全部を手に入れたいだなんて、ナターリアは欲張りだな」

「フフン、ナターリアは欲張りだからナ。夢だけじゃないゾ。プロデューサーだっていつかワタシが手に入れるんだ!」

「ま、あいつはロリコンだからな。案外うまくいくんじゃねーの?

俺にはかんけーないし、応援しといてやるよ」

「ウフフ、ありがとナ。いつか絶対プロデューサーを夢中にさせてやるんダ♪

ところでハルの夢はどんな夢なんダ?せっかくだし教えてほしーナ。」

「オレの夢か……前に宿題でもそんなこと書いた気がするな……確か、女子サッカーの日本代表と……」

「ト?他にもあるのカ?」

「……プロデューサーと一緒にアイドルやること」

「関係あるじゃないカ!ユダンならないナ!」

「ち、違う!そういうのじゃない!アイツとはコンビ、ただのコンビなんだよ!

……あ!そ、そうだナターリア、座ってばっかりだったし体動かしたいだろ?ちょっとサッカー付き合ってくれねーか?」

「そんな事でごまかそうとしたってムダだゾ!!……でも確かにちょっと動きたいキブンだし、付き合ってあげようカナ」

「よーし、じゃあ空いてるレッスンルーム探しにいこうぜ!

……というか誘っておいてなんだけど、ナターリアはサッカーできるのか?」

「フッフッフ、実はナターリアのパパはサッカーのカントクさんなのダ!サッカー大国ブラジルをナメテもらっちゃダメだゾ!」

「へぇ、そりゃあいいこと聞いたな。じゃあ手加減無用だな!さあ行こうぜ!!」



そう言って彼女たちは扉を開け、元気よく事務所を飛び出して行った。

誰もいなくなった事務所で、置き去りにされたノートのページが風で捲れていった。


この後、二人について行った棟方愛海がキーパーとしての才能を開花させ世界を掴むことになるのだが、それはまた別のお話。

以上です

初のSS投稿ですので至らぬ点も多かったとは思いますが、

少しでもナターリアの魅力を伝えることができていれば嬉しいです。

今回の総選挙で彼女に声がついてくれることを願っています。

最後まで読んでいただきありがとうございました。



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SSR日菜子ください

>>1

ここによしのんが居たら完全に俺の嫁艦隊だったわ……
SSRがいつ出てくるかわからないから今のデレステ怖い

乙乙

「夢をこの手に掴む二ダ!」

ナターリア好きだから、俺特だった

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