俺「なんだ、夢か・・・・・」(26)
俺は野球部に所属する一般的な高校生だ。
肩が強いおかげで、2年になるころには、
3年生を押しのけレギュラーのピッチャーまで登り詰めた。
高校球児としてはやはり目標は甲子園出場・・・そして優勝だ。
うちは弱小野球部ながら、練習試合では中々良い成績を残せた。
監督「お前のおかげだ、これからも頼むぞ!がはははははは」
監督は大きな顔を更に大きくするかのように口を開いて嬉しそうに笑う。
俺は褒められたせいか、監督の笑顔に釣られたせいか一緒に大声で笑った。
地区大会が始まった・・・・。
1回戦・・・2回戦・・・・・・・
弱小高校の俺達は遂に新記録、最終決戦まで駒を進めた。
試合には家族全員が総出で応援に来てくれている。
妹は小さい体を飛び跳ねさせてアピールしてくる。
妹「おにいちゃーーん!!」
声援の合間に聞こえる妹の声。悪い気はしない。
だが、俺はそんな「兄」という部分を押し込み、
ひとりのピッチャーとして真下のグラウンドを見つめる。
汗がグラウンドに水玉を作る。今日は特に暑いな・・・・・・だが・・・・・・。
俺は思考を集中させる。暑さ?そんなことはどうでもいい。
俺はゆっくりと顔を上げ、バッターの目を睨み付ける。
キャッチャーのサイン・・・・・内角低めの・・・フォーク・・・・・。
俺は横に首を振る・・・この4番にそれは通用しない・・・・・心理戦は続く。
俺は2回ほど首を振った。キャッチャーは観念してくれた。
「どうせこれなんだろ?」っと言わんばかりのサインの出し方。
「当たり前だろ。今使わなきゃいつ使う」そんな笑みを浮かべて俺は首を縦に振る。
直球、ド真ん中のストレートのサイン。
監督の顔を一瞥する。勝利の女神っというよりは・・・おっさん、か。
真剣な表情の中に笑みがこぼれている。俺の行動を全て信用してくれているのだ。
俺は脚を上げ、振りかぶる体勢に入る・・・・・・。
答えなければ、そのみんなの期待・・・・・にっ!!
俺の人差し指と中指からボールが離れる。
いけっ!俺の最高のストレートだ。140kmは確実に出ているはず・・・。
キャッチャーのミットに飛び込んでいくボール・・・・バッターが・・・・・反応した!?
明らかに140km/h越えのストレートだ!
ほとんどだまし討ちのごとくに投げた、勢いの良いボールに反応するバッター・・・
タイミングが絶妙・・・しかし若干バットがボールの上を叩いている。
これなら・・・・・ごろにでき・・・・・
カキーンッ!
ピピピピピピピピピピピ
目覚ましの音が俺の耳に飛び込んでくる。
俺「なんだ・・・・もう朝か・・・・・・・」カチッ
今日も暑い。早く野球部の朝練に行かなければ・・・・。
しかしさっきの夢はなんだったんだろうか・・・・確か大事な試合をして・・・・・
上手く思い出せない。まぁいい。急いで朝飯を食って、学校へ行かなければ・・・。
朝飯を口に放り込む。昼まで保たなくなるからだ。
親父と母親に行ってきますと、言い家を出る。
まだ午前7時。小学生の妹がまだ寝ていることを気遣って、
家族の間では少し小さい声で「行ってきます」を言う暗黙の優しいルールがあった。
部活仲間たちと談笑をしながらも、急いで部室で着替える。
着慣れたユニフォームに、履きなれたシューズ・・・・・。
グラウンドへ急ぎ足で向う。
監督「おう、おはようさん。よぉし、練習はじめるぞー」
俺にとっての学校は、部活・・・・野球のことで頭がいっぱいだ。
そのためか授業は退屈だ。
今日も暑い。窓から教室に入ってくる気休め程度の風が、カーテンをなびかせて自己主張をする。
「もう少し強く吹くか、冷たいのを頼むよ。」と言いたくなりながら、外を眺める。
部活の時間だ。
俺はまた部室へ向かい、グラウンドへ集合する・・・・・・。
今日も疲れた・・・・。
部活仲間と監督のものまねをして、笑いながら帰路に就く・・・・。
親父はまだ帰っていない。母親と妹に帰ったことを告げる。
妹「お兄ちゃん、頭触らせてぇ!」
あいかわらず俺のスポーツ刈りを触るのが好きなようだが・・・・まぁ、次の展開は読める。
いつものことだ。
じょりじょりじょりじょり
妹「・・・・・・くさい」
そりゃそうだ。俺本人が今すぐ風呂に入りたいくらいなんだからな。
母親と俺が笑う。妹は少し拗ねるように言う。
妹「お風呂入ってよ、お兄ちゃんのバカ!」
相変わらずのやり取りだ、さぁ風呂に入って飯を食おう。
明日も部活だ・・・・・。
翌朝
ゆっさゆっさ・・・・
誰だ・・・・俺の体を揺するのは・・・・・もう、寝かせてくれよ・・・・・・
ゆさゆさゆさゆさ!
なんだよ、俺は眠いんだよ。目覚ましだって鳴って・・・母親がそこにいた。
目覚ましは、既に午前7時00分を指している。目覚ましのセットはした、どうして?
あれ・・・・母親が何か言っている。口が動いているが・・・・・・・音が聞こえない。
俺はそこらじゅうのものをたたいて回る。何も音が聞こえない。
衝撃のおかげか骨振動で振動が伝わる程度だ。
母親はそんな俺を呆然と見ている。
耳が聞こえない。俺はそれに母親に伝えようとするが・・・・・・・・。
声もでない
耳が聞こえない、声が聞こえない・・・・・母親に伝えられない。
俺は、すぐに鞄からノートを取り出す。ほとんどのページが落書きか空白のノート。
ノートとしての役目を果たしていない。
だが、今からこいつが俺の口になってくれる・・・・・。
筆談で母親に現状を伝えるためペンを走らせる。
「声がでない」「耳が聞こえない」
興奮していた俺は、1ページに1言ずつ殴り書く。ペンが折れそうな程力を入れて・・・。
母親は呆然として立ち尽くしてしまった。
あまりの遅さに親父が入ってきた。
母親と俺の状態をみて何か、おかしいと感じた親父は、俺をベッドに座るように促す。
そして母親を連れてリビングへ向かおうとする途中・・・・親父は、俺のノートを見てしまった。
5秒だろうか、10秒だろうか。親父はそのまま固まってしまったが、すぐに我に返り母親を連れて行く。
母親の目は力なく宙をさまよっていた・・・。
すぐ俺は病院へ連れて行かれる。
筆談での会話・・・・・原因、不明?
精密検査の必要あり・・・・・・?
ふざけるなよ糞ったれ!俺は野球をやるんだ!
野球をやるために暑さに苦しみ、寒さに耐えて練習してきたんだ!
それを原因不明?
そんな一言で済まされてたまるか!
俺は医者の胸倉を掴んで引っ張り挙げた。
母親が俺の背中に顔を擦り付けて抱きついてくる。
親父が俺の腕をほどこうと必死に掴みかかってくる。
そんな両親を見ていると、俺は泣きそうになり腕を放した。
罪悪感と虚無感が襲い掛かって俺の心を蝕む。
声にできない・・・・・虚しい・・・・・・気付いたときには、俺は泣いていた。
とりあえず、明後日精密検査を行うとのことで帰宅した。
帰り道、車の中。俺はぼぉっと外を見つめる。
俺はこれからどうなってしまうのだろう・・・・・。
車が家に着く・・・・・・。
庭にある木に、セミの抜け殻がくっついていた・・・・。
もう夕方だ。とりあえず飯を食う。両親は何か言い合いをしている。
妹は怖がって部屋へ逃げて行ってしまった。
妹が少しかわいそうなので、様子をみにいってやろう。
ペンとノートを持って・・・・。
妹は最初、俺の状況が理解できなかったようだ。
そもそも、「筆談」という言葉の意味や行動を理解しているか怪しい。
妹が何か書き始める。
妹「何も聞こえないの?」
俺「聞こえないんだ。」
妹が何か言っている・・・・なんかむかつくな、なぜだ?
妹「今のはどう?」
俺「なぜかむかついた」
すると妹は・・・・
妹「くさいくさい、って言ったよ」
なかなかいい言葉のチョイスだ。我が妹ながら。
その後も言葉遊びのように筆談をしたりジェスチャーをしたりして妹と遊ぶ。
午後9時
そろそろ妹を風呂に入れて寝かせてやろう。
妹「一緒に入ろうよ」
妹とは言え、もう小学4年生だというのに未だにこういうことを言う・・・。
渋々承諾してやると、妹は俺に抱きついてピースサインをしてくる。
意外と楽しいかもしれないな、などと考えているバカな俺がそこにはいた。
そして、それが妹の笑顔を見た最後の日になった。
翌朝
俺は狼狽する。母親に揺すられて起きる・・・・。
目が見えない。筆談ができない。点字でも覚えるか?
と、とりあえず母親に伝えなければ・・・・。
俺は必死に枕元においたノートとペンを持ってゆっくりと手の感覚を頼りに書く。
「目が見えない」
明日、精密検査があるというのに・・・・一体なんなんだこの病気は。
たった2日で、俺から音と視界を奪いさっていきやがった・・・・。
俺はどこかへ連れて行かれる。恐らく母親・・・・・。
五感を研ぎ澄ませ・・・・まだ残っている部分で補うしかない。
外だ。温度変化で分かる。どこへいくのか・・・・俺は歩数を数え、方角と距離を測る。
車の方向だ。恐らく病院へ向かうんだろう。
④
両親に両脇をつかまれ、連れてこられた先。
独特の匂い・・・・予想通り病院だ。
待合室で待たされる。
トイレに行きたい、おなかがすいた・・・・
俺は筆談で伝える。
okなら俺の肩を2回叩いてくれ、noなら1回叩いてくれ。
そう書き添える。それさえ伝わったのか、何度も確認した。
両親はどの問いに関しても2回で返してくれる。
思考が停止し始める。俺という存在がなくなっていくような感覚。
突然両親が立ち上がり、俺を連れて行く・・・・恐らく診察室・・・・・・・
違う!俺達は今、エレベーターに乗っている!
それに・・・・・誰かもうひとりいる気配がする。
医者か?看護婦か?患者か?
恐らく看護婦、最悪医者だ。
エレベーターで上に向かっている・・・俺は最悪の事態が起きてもいいように心の準備をする。
どうやら着いたようだ。両親に引っ張られる・・・・・。
僅かな段差・・・・足の裏の感触・・・・・別室に入った。
まだ歩く・・・・広い・・・・・・・風が涼しい・・・・・・だが屋外ではない、不自然な風。
あぁ、あれだ・・・・・・教室の中にいたときの風だ・・・・・・・・。
俺は結論付けた。ここは病室・・・・緊急入院だ。
想定していた最悪の事態。恐らく、完全に俺の人生は終わった。
ベッドに寝かせられる。
「俺は入院するの?」
誰かが俺の肩を・・・・・・2回叩く。
「長くなるの?」
俺は返事をずっと待った・・・・・・・しかし誰も俺の肩を叩いてはくれなかった。
絶望に打ちひしがれるとはこのことだ。
こんな状態で一生をここで過ごすのか?
妹の笑顔も、両親の顔も、バカをやった部活仲間の顔も・・・・・・。
見えない、聞こえない、話せない・・・・・・・・。
俺は自暴自棄になってしまった。
3日後
朝起きるとなんだか体がおかしい・・・・・・。
首から下が動かない。
どうなってる。どんどん進行しているぞ。
昨日の精密検査の結果はまだか!俺はどうなっちまうんだよ!
首をぶんぶん振って周りの患者に知らせる。
すぐナースコールを押してくれたようだ。誰かが来た。
筆談ができない。どうすればいい・・・・口にペンを咥えるしかない。
泣きながら書こうとするが、嗚咽がでてペンが咥えられない。
「か らだ うごかな い」
肩を2回叩かれる。
なんとか伝わったようだ・・・・・。
すぐ親が飛んできた。
容態をみたであろう親は、俺の問いかけには何も答えてくれなかった。
恐らく俺のその書いている姿を見ただけで絶望してしまったのだろう。
トイレにはいけない。カテーテルを差し込まれ、おむつをはかされる。
一週間前までグラウンドを走り回っていた人間とは思えない状態だ。
俺は親にお願いする
「妹はつれてくるな」
肩をそっと・・・2回叩かれた。
しかしその手は震えていた・・・。
更に一週間後
体の様子がまたおかしい・・・・・。
おかしいというより、おかしくない・・・・?
何も感じない。布団の重み、シーツが足に擦れる時の感覚、温度・・・・・・。
気がつけば、まったく何も感じない体になっていた。
もう筆談に対しての答えを知る術が無い。
肩を叩かれても何も感じない。体が常に宙に浮いているかのような・・・・
ただ呼吸をし、飯を食い、排泄し、寝る・・・・ただそれだけの存在。
頭をぶつけても痛くない。試しにやってみた。
俺は完全に気が狂ってきていた。
もう何日たったのか分からない。
暴れる俺に麻酔を打ち込んだようだ。何日寝たのか分からない。
1ヶ月か・・・・2ヶ月か・・・・・・・・・・・
そして俺は自殺を考え始める。
何度も何度も
「殺してくれ」「殺してくれ」と口で書いたが、一向にやってはくれないからだ。
何か方法はないのか・・・・・
この、腕に刺さっている点滴のチューブがいい。こいつを首に絡めて窒息死がいい。
これが成功すれば俺はこんな世界からおさらばできる。
俺はとても興奮していた。早く死にたい、早く死にたい・・・・・。
なんとかして体をベッドの下の方へもっていく
腕の当たりにあるチューブまで距離がある。頭を勢いよく振り、体をずれさせる。
やった、届いた!
俺は器用に自分の首にチューブを巻きつける・・・・・・そしてそのまま崩れ落ちる・・・・・
意識が遠のく、初めは苦しかったが少しずつ楽になってきた・・・・・・
やっと解放さ・・・れ・・・・・る・・・・・・・・・
あれ、ここは・・・・・俺は死んだはずだ。
どこだここは。病院?どうして目が見え・・・・音も聞こえる・・・・・・・・?
隣の人に問いかける。
「ここ、どこですか?」
隣の人は読んでいた本を落として、ナースコールを押してくれた。
すぐ看護婦さんが駆けつけてくる。
「意識が回復した」と言っていた。
なんのことだ?それより俺はなぜ腕も足も動く?
夢、だったのか?
看護婦が興奮気味に、嬉しそうに言う。
「もうすぐご家族がいらっしゃいますから!」
か、家族に会えるのか!?
俺はまたあの家に帰ることができるのか・・・・そしてこの違和感の無い体。
多少筋力は落ちているがすぐ回復してみせる。野球がまたできる!
両親と妹が来た、と看護婦が言う
そして入ってきた・・・・・
「よかったぁ!あの日からこん睡状態だったのよ!」
「おい、大丈夫なのか?ピッチャー返しで打ったところは!?」
「お兄ちゃん会いにきたよー!」
次々に俺に向かって言う・・・
「あんたら・・・・・誰だ?」
あぁ、そうか・・・・・さっきまでのが夢で、これが現実なのか?これも夢だよな?
それにしても神様、家族の顔が全員俺の顔っていうのは無いぜ・・・・。
おわり
怖い
乙
読みやすかったし、ストーリーも凄くよかった
最後はぞくってしたよ
乙
おもしろかった
乙
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