一ノ瀬志希「幼馴染と小さな嘘」《モバマス・エイプリルフール》 (29)

百合要素あり。
地の文あり。
元ネタはモバマスのエイプリルフール。
エイプリルフールネタを知らないと、良く分からないと思いますので、ご注意を。

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自慢じゃないけどあたしって、子供の時から頭がよかったのよねー。
いわゆるギフテッドって奴?
でも、よくある話なんだけど、ちょっと変わった子って、周りからちょっかい出されやすいのよねー。もーウンザリしちゃう。
 あの日は一人で川の匂いを堪能してたのよ。陽気も良かったし、サンダル脱いで川に足なんか入れてさ。
 そしたら、油断したねー、後ろからサンダルをホヒョイッてとられちゃったのよ。
犯人は近所の同い年の男の子。
「ちょっと、返してよ」
 向こうはへらへら笑ってサンダルを振りまわすの。取り返そうと思ったんだけど、自慢じゃないけどあたしって、昔から体力ないんだよねー。すぐへばっちゃった。
 そんなあたしをみてまだ笑って、チョ―ムカつく。

 え、泣いてたかって? にゃはは、残念。泣いてない泣いてない。
 だって、泣きそうになった時にあの子が来てくれたんだもん。
「こらー何やってるの!」
 凄い大きい声で、びっくりしちゃった。みたら、見覚えのない子だった。男の子みたいな恰好してたけど、髪が長かったから直ぐに女の子って分かったよ。
 こっちまで近づいてきたと思ったら。
「女の子を泣かしちゃ駄目でしょ!」
 え、泣いてないんじゃないかって?
 本当に泣いて無かったって。ホントだよ?
 男の子はタジタジだったけど、サンダルを私に返す代わりに、ポーンって川に投げちゃったの。
「君ー!」
 って怒鳴る女の子にあっかんべーして、男の子はどっか行っちゃった。
 でもそんな奴のことなんてどーでもよかった。
 だだ、流れてくサンダルが心配で。川の流れは緩いけど、どうすればいいかわかんなくさー。
 そんな時に彼女が言ったの。
「あたしに任せて!!」

 どうするの? ってあたしが尋ねる前に走りだしちゃった。サンダルまで追い付いたけど、川の真ん中まで流れてて、どうするのかと思ったら、バッシャーン。
 水の中に入ってったの。
 それで、サンダルに追い付いたと思ったら。スッテーン。
 こけて水の中に消えちゃった。もうびっくりだよー。どうなるかあたふた。
 そしたら、スクッ立ち上がってさ、その手の中にあたしのサンダル。
 びしょ濡れで、こっちは心配してるのに、全然気にしない真っ直ぐな笑顔でさー。
 まあ、これが、あたしと、あたしの幼馴染、姫川友紀との出会いって訳。


 なーんて昔の事を思い出しちゃったもの、春の匂いにやられちゃったからかな?
 校庭じゃ桜がいい感じに咲いてるし、ポカポカ陽気の中、学生諸君が運動に励んでいるし。
 まさしく春だねー。

 階段を降りて、昇って廊下をちょくしん。一番奥の部屋へ。
 おやおや? 中から音が聞こえてくる。
 という事は。
 部屋に入ると、やっぱり居た。肌の白い女の子が、画面に釘づけ。
 画面には、カーボーイな感じの男の人が二人映ってた。
 その子、奏ちゃんは、あたしがいきなり入ってきても大して驚いていない。
「あら、志希」
「奏ちゃん授業サボって映画ー? いーけないんだー」
「サボってるのは貴方もでしょ」
なんて笑いながら、リモコンで映画を停止しちゃった。
「別に見てていいんだよー?」
「邪魔されたくないの」
 奏ちゃんは立ち上がると、ポットの置いてる壁際の台の所に移動。ここは映画部の部室で、奏ちゃんはその部長さんなんだー。
 あたし? あたしは別に部員じゃないよ?
「コーヒーとお茶、どっちがいい?」
「ビューティースメルなダージリンの気分かなー」
「生憎、今は紅茶を切らしてるわ」

期待

 坐って待っていると、グリーンティーの入った赤いマグカップをあたしの前に置いてくれる。
 向かいに座った奏ちゃんも、虹色のマグカップでグリーンティーを一すすり。
「それで、なんでここに来たの?」
「べっつにー? ただあたしの中のランプが点灯しちゃってねー。エスケープしようって! で、ブラブラして先生に見つかると面倒だから、隠れられそうなここに来たの」
「あら、あたしに会いに来てくれたんじゃないの? 残念」
「にゃはは」
「でも、サボっていいの?」
「勉強? それなら平気平気」
「あたしだってその心配はしてないわよ。志希なら授業を聞かなくても問題ないだろうしね」
「奏ちゃんこそ大丈夫なのー?」
「先生が休んで自習だから。問題ないわ」
「ありゃりゃー」
「それに、あたしが聞いてるのは授業じゃなくて。あの子、心配するでしょ?」
「誰の事かな?」
「貴方の幼馴染よ」
「ああ、多分ねー」
「……それとも、心配してほしいの?」
「いやいやー、あたしはそんなに意地悪じゃないよー」
「そうね。でも、大切過ぎる人って、返って苛めたくならない?」
 ドキリとする。奏ちゃんの目って、たまに何でも見通してるように見えるんだよなー。
 笑って誤魔化そうとするあたしに、奏ちゃんも微笑む。
「じゃあ、たくさん心配してもらうために、ゆっくりとお茶を楽しみましょう」

 結局、あたしはお昼になるまで映画部の部屋でのんびり過ごしたの。
 教室に戻ると、お昼休みのざわつきと香り。
 目は自然と、幼馴染に。友紀は一つの机を美羽ちゃんと囲んでいた。いつもなら泉ちゃんがいるけど、今日はいないみたい。
 多分、生徒会のお仕事か、他のクラスの友達に会いにいってるのかな。二人っきりで楽しそうに話しているのを見て、少し心が疼く。
 しょーもない嫉妬心。ボーっと立ってると、友紀があたしに気がついた。
「あ、志希ー!」
 ひときわ大きな声を出した幼馴染の元に、あたしは歩いていく。友紀のお弁当の風呂敷は可愛いキャッツ印。
「ヤッホー、友紀」
「ヤッホーじゃないって。またサボってー」
「まあまあ、ユッキー落ち着いて」
 そう言って、美羽ちゃんが友紀を宥めてくれる。それでも、友紀のお説教モードは止まりそうにない。
「先生も呆れてたよ」
「へーきへーき、テストには問題ないし」
「問題はテストだけじゃないでしょ! そういう態度も評価に繋がるんだから」
「だって、授業つまらないんだもーん」
「もーんじゃないよ!」

 そんなやりとりを、美羽は仕方がないという風に笑っていた。
「もう、ユッキーお母さん見たい」
「まったく、お母さんにもなっちゃうよ。志希ってば昔から人に心配ばかりかけて。あたしまで先生に色々言われるんだから」
「にゃはは、ゴメンゴメン」
「笑い事じゃないんだからね! この前なんて、せっかくソフトボールの授業があったのに、バツとしてピッチャーやらせてもらえなかったんだから!」
「あれはユッキーが本気で投げたら、打てる人が限られるからだって……」
「当然! 完封させる自信があるよ!」
「体育の授業で完封を狙わないで!」
「いやいやぁ、それは友紀には無理な相談だね。何と言っても、その血は甲子園の砂で出来てる女の子だから」
「流石、あたしの幼馴染。よく分かってる!」
 友紀の笑顔に、あたしも釣られて笑っちゃう。あたしの方が、彼女を理解してる。それを美羽ちゃんに見せつけられた気になって、少し気分がよくなった。
 でも、美羽ちゃんはそんなあたしのことなんて、全然気にしていない。
「もう、二人とも」
 そりゃそうだ、美羽ちゃんにとって、友紀はただの友達なんだから。
 そして、友紀にとってあたしは、幼馴染の大親友。
 あたしにとって?
 あたしにとって、友紀は……

 友紀は、あたしの家の近くに引っ越してきた子だった。当然、学校も一緒になって、クラスもたまたま一緒になった。
 友紀は明るくて、誰とでも仲良くなれるタイプ。一方のあたしは、まあいわゆるロンリーウルフ?
 友紀は案外世話焼きで、いつもあたしを気にかけてくれてた。
 小学校中学校と、ずっと同じクラス。
 たぶん、あたしが先生たちから煙たがられてたから、友紀にあたしを押し付けてたんだろうねー。
 そうなっても友紀は嫌な顔一つせずに、いつもあたしの傍にいてくれて。あたしを色んな事から守ってくれて。
 大切な存在で。
 気がついたら、友紀はあたしにとって、ただの親友じゃなくなってた。
 

 授業中でもつい、友紀の方に目が行ってしまう。だって、授業がつまんないんだもーん。
 友紀は、隣の席に美羽ちゃんと何か話してる。
 美羽ちゃんは自分のノートをつつく。友紀が覗き込む。友紀が笑う。美羽ちゃんも笑う。
 あたしは、そんな二人から目を逸らした。
 なんだか、無性にうんざりして。

「だから、またここに来たの?」
 奏ちゃんが、向かいの席で、なんだか呆れるようにこちらを見てくる。
「理由は言ってないでしょ?」
「顔に書いてあるわよ。教室にいたくないって。理由も想像付くわ」
「いやー。あたしのそんな所を勝手に想像しないでー」
「バカ言ってないの」
「そう言う奏ちゃんこそ、またここにいるの?」
「今日は自習なの」
「また?」
「そう、また」
 別の映画を見ていたようで、画面は女性が誰かに電話を掛けているシーンで止まっていた。
「ねえ、志希」
「なにー、奏ちゃん?」
「貴方はこのままでいいの?」

「どういうこと?」
「とぼけないで、分かってるでしょ?」
 まっすぐな目。本当に不思議。まるであたしの事を全部理解してるみたい。
 友紀もこれくらい理解してくれたらな。なんてわがままな事を思っちゃう。
「ただ待ってても、なにも起こらないわよ。貴方から動かないとね」
「別に、何かを起こしたい訳じゃないしー」
「そばに入れるだけで満足って事? ずいぶんとお淑やかなのね。それとも清廉な少女のフリ?」
「時間を無駄にしないタイプだからねー」
「むしろ無駄にしてるようにしか見えないわよ」
「……あたしには、この化学式を解く時間がないの。なら、挑まないのも正解だと思うな」
「そもそも、その化学式に解はあるのかしら?」 
 それはあたしも分かってる。この問題は簡単ではない。
 クピドはとっても意地悪で、たまにこの世界へ難解な方程式を放り込む。
 運の悪いことに、それはあたしにプレゼントされちゃった。
 とっても幸せで、とっても恨めしい。

「ねえ、志希。貴方にとっての王子様は、ガラスの靴を持っていないのかもしれないのよ。ガラスの靴がなければ王子は、貴方を一生探し出せないわ」
「そうかもしれないけど。だからって、王子様の舞踏会に、出ちゃダメって訳じゃないでしょ?」
「そうね」
 奏ちゃんは優しく微笑む。丁度、チャイムが鳴った。
「あら、学校も終わりね。じゃあ、ホームルームぐらいでましょうか?」
 立ち上がった奏ちゃん。あたしも奏ちゃんについていく。奏ちゃんは部屋を出る前に、ある事を思い出した。
「そうだ」
 そう言って、カレンダーの元まで行くと、彼女はページをめくった。
 時間は、嫌でも経っていく。
 今月も、今日でもう終わりだ。



 一体、いつまであたしは友紀と過ごせるのだろう?

 教室に戻ると、やっぱり友紀に怒られて、あと泉ちゃんにも怒られて、美羽ちゃんは呆れていた。
 それからホームルームを終えて、あたしは友紀と帰ることに。美羽ちゃんは、合唱部に遊びに、泉ちゃんは生徒会のお仕事。
 だから、今は二人っきり。
 友紀は、あたしが授業をサボったことを、まだ気にしていた。
「もう、いくら何でもサボり過ぎだよー」
「だって、授業つまらないんだもーん」
「仕方ないでしょ。つまらなくてもちゃんと勉強しなきゃ」
「大丈夫大丈夫~、あたしは友紀と違って授業を受けなくても勉強に支障はないから」
「でしょうね……全く」
 友紀は呆れるように腕を組むと、
「それだけ勉強出来るなら、留学でもなんでもすればいいのに。なんであたしと同じ学校なんだか」
 なんて、簡単に言ってしまう。
 別に悪気がないのは分かっている。それでも傷ついてしまう。


 友紀と一緒にいたいから、あたしはこの学校にいるんだよ?


 そう言えればいいのに。
 昔なら簡単に言えば言葉が、いつの間にか言えなくなってしまった。
 きっとクピドが、あたしの口をふさいでしまっているからだろう。
 それでも、彼女に悟られたくないから、あたしは精一杯の笑顔を作った。

 次の日、いつものように友紀と一緒に登校。
 教室につくと、美羽ちゃんがいきなりあたし達に言ってきたの。
「実は私、男なんだ!」
「へえ、ホントー? 知らなかったー」
「志希ちゃん軽く流さないで!」
 美羽ちゃんの後ろから、泉ちゃんが呆れた様子でやってきた。
「もう、また馬鹿なこと言って。もっとマシな嘘にしなさいよ」
「でも、ウソのバランスって難しいんだよ」
「美羽は難しく考えすぎ」
 そんなやりとりを聞いていて、今日が何の日か、やっと思い出した。
「そっか、エイプリルフール」
 今日は四月一日だ。美羽ちゃんがビシッと指をさしてくる。
「その通り!」
「でも美羽ちゃんの嘘つまんないよ?」
「キャッチャーも取れないような大暴投だったね」
「二人とも! 酷い!」

 嘆く美羽ちゃんの後ろでは、うんうんと泉ちゃんも頷いていた。
「分かりやすくしたいというのは分かるけど、安易すぎよ」
「だって、ひどい嘘だとみんなを傷つけるし、分かりづらいと気が付いて貰えないかなーって」
「だからって、もう少しあるでしょ」
「泉ちゃんならどんな嘘をつくの?」
「え、私なら?」
「そう、分かりやすい嘘で、みんなを傷つけない感じの奴だよ」
 ちょっと戸惑っていた様子だけど、ふと窓の外を向いた泉ちゃんは、何か思いついたようだ。
「なら、今晩は桜が奇麗だし、生徒会権限を使って学校に泊まって、夜桜見学をしない? とか……どうかしら」
「うーん、あんまりおもしろくない」
「べつにあたしは、美羽と違って面白さは求めてないけど……」
 確かに面白くない。
 美羽ちゃんもつまらないけど、泉ちゃんもちょっと考えが堅いんだよなー。
 なんてあたしが考えていた、そんなとき。
「お、いいんじゃない。それ」
 そう言ったのは友紀だった。

「学校でお泊まり、やろうよ!」
「え、本気なの友紀?」
 驚いたのは提案者の泉ちゃん。
 そりゃそうだ。本人は嘘のつもりで言ったんだもん。
 でも美羽ちゃんも乗り気だ。
「たしかに、面白いかも!」
「でも許可が……」
「いいじゃない。泉ちゃん生徒会でしょ? 生徒会長に掛け合ってみてよー!」
「ええぇ……」
 グイグイ来る二人に、泉ちゃんも押され気味。
 でも、ウソとしては面白くなかったけど、本当になったら面白そう。
「いいじゃんいいじゃーん。やろうよー。会長さんに聞くだけ聞いてみてさー」
「だけど……」
「泉ちゃんが言ってくれないなら、その時は、あたしの作ったケミカルで会長をー」
「あー分かったわよ! 会長に聞いてみる」
 観念した泉ちゃん。
 友紀が笑顔を向けてくる。
「ナイスフォローだよ、志希!」
 そんな簡単な言葉だけで、私はとても幸せになれた。
 本当、自分でも笑っちゃうほど単純なんだから。

 でもまあ、そう簡単に行くもんじゃないよね。
 生徒会長の時子ちゃんと言えば、とっても厳しい事で有名だもん。
 そう思っていたけど。
「会長、いいって」
 泉ちゃんも、驚いた顔をしていた。
 しかも、私たちだけじゃなくて、学校の生徒全員、OKだって!?
 何だか、思っていた以上にオオゴトになってる気がするけど。
 まあ、許可が出たなら結果オーライ? って感じ?
 放課後、人によっては荷物を取りに帰ったり、はたまた残ってたり。あたし?
 あたしは当然残ってたよ?
「なんだか、おかしなことになったわね」
 そう言った奏ちゃんも、少し楽しそうだ。
 放課後、映画部の部室に行ってみると、奏ちゃんはちょうど映画のエンディングを見ている所だった。
「また、自習だったのよ」
 いたずらっぽく笑った奏ちゃんは、いつもと違って、少し子供っぽく見えた。

「ねー奏ちゃん。奏ちゃんは何でいつも部室で映画見てるのー?」
「映画を見るのに理由は必要?」
「でもさー、いつも一人でいるじゃーん。流石に飽きない?」
「志希がいるじゃない」
「あたししか来ないじゃーん」
 映画部と言っても、部員は奏ちゃんだけだ。
 おかしい事じゃないの。他にも一人だけの部活はたくさんあるから。
 だからって、こうやって部室に入り浸ってるのは、奏ちゃんだけ。まるで、奏ちゃんは。
「もしかして、学校のみんなを避けてるー?」
「さあ、どうかしら?」
 濁したけど、否定はしない感じ。
 ちょっとの沈黙の後、奏ちゃんが言ったの。


「ねえ、志希。『素晴らしき哉、人生』って映画、知ってる?」


 どこかで聞いたことのある名前。でも内容までは知らないや。
「古いアメリカの映画でね。映画の中で主人公は、天使に自分がいなかった世界を見せてもらうの」
「それがどうかしたの?」
「あたしには、この世界もそれと同じなんじゃないかなって、思うの」
「……誰かがいない世界って事?」
「うんうん、この場合は逆ね。誰かが居る世界。誰もが居る世界なんじゃないかなって。十二時を回ったら消える魔法。あたし達は、その魔法の消える、うたかたの夢を享受してるんじゃないかなって」
「うたかた?」
「そう、きっと天使が、全てが無くなる瞬間に見せてくれている、最後のお土産。みんなが欲しい物があって、みんなが笑っている、そんな世界。きっと、あたしだけじゃなくて、他にもそれに気が付いている人がいるはずよ……この世界は永遠じゃないって」
「つまり、奏ちゃんは、偽物の世界だから、みんなと居なくていいって思ってるの?」
「それも逆」
 奏ちゃんは、寂しそうに微笑んだ。


「だって、もしこの世界が消えて、みんなとただの他人になって。
みんなが忘れて、あたしだけこの世界の記憶や思い出がある、なんて事になったら。
そんなの、辛いじゃない?」


 夜、いつもなら真っ暗闇に包まれる学校が、今日はとても騒がしい。真夜中に開いてる学校、なんだか変な感じ。
 みんな校庭に敷物を各々で引いて、飲み物とかお菓子とか、ゲームとか色々用意して、夜の桜を楽しんでいる。
 その合間を、歩いてみる。
 泉ちゃんは美羽ちゃんとバトミントンで遊んでいる。
 卯月ちゃんと凛ちゃん、未央ちゃんの三人は、まるで長く連れ添った家族みたいに、くつろいだ様子で歩いていく。
 美穂ちゃんは乃々ちゃんと並んで座って、ただ桜を見上げてる。
 里奈ちゃんは、仁奈ちゃんを持ち上げて、桜の木に咲いた、花をまじかで見せてあげている。
 そんな二人を、クラリスちゃんとレナちゃんが木に寄りかかって眺めている。
 奏ちゃんも、伊吹ちゃんと一緒に何か話して、笑っている。
 校舎を見上げると、三階の教室から、時子ちゃんとちひろ先生が、こちらを見下ろしてた。
「おーい! 志希ー!」
 友紀が手を振っている。私も手を振り返す。友紀の元へ、近づいていく。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので。
 気がつけば、時計の針はもうもう直ぐ、真夜中零時の時間を示す所だった。

 この時間になると、寝始めている子もたくさんいた。
 だけど、教室に戻ることはあっても、不思議と、誰も家に帰ろうとはしなかった。
 友紀はまだまだ元気。未央ちゃんと、さっきまで美羽ちゃん達が遊んでいたバトミントンで遊んでいる。
 あたしは、ちょっと眠いかな? 少し離れた所で二人を見てたけど、小さく欠伸を掻いてから、校舎の中へ入っていった。
 いくつかの教室の明かりはついていたけど、廊下の電気は消えたまま。あたしは気ままに昇って行って、屋上まで言ってみる。
 やっぱり。鍵はあいていた。きっと、どこの鍵も開いているだろう。
 屋上から周りの景色を見る。どこまでも続いている。けど、どの家にも明かりは灯っていない。
 まるで、この世界で、生きている人間はこの学校の生徒だけみたい。
 きっと、それは間違いじゃない。

奏ちゃんが言っていたこと。実はあたしも理解していた。
この世界は偽りで、つかの間。
夢の世界。
そして、奏ちゃんの言っていた、本当は居ない誰かが、自分だって事も、ね。

この夢が終われば、あたしはいなくなる。

別に怖いとかはないよ。だって、あたしは本当は居ない人間なんだもの。
それに、こうなったのも、友紀を守る為だったから。今まで守ってもらってた子を、最後に守るって、ちょーヒロイックじゃない?
そして、きっとこれが友紀といられる最後の時。
皆、眠ったら、みんな、夢から覚める。
そしたら、あたしや、夢の世界の子たちはみんな……
奏ちゃんは、みんなが忘れる事を恐れてた。
あたしは逆かな。
みんなが、覚えていることが怖いの。
友紀が、あたしの言った事を覚えていて、それでもし、拒絶されたら?
それが、友紀にとって、あたしの最後の記憶? 
それだけは嫌だなー。
だから、あたしはこの気持ちを言わないことにしたの。

今度は、校庭を見下ろしてみる。友紀の姿を追う。ここからじゃ見えない。
「しーき」
 びっくり。
振り返ると、そこには友紀がいた。
「友紀、いつの間に?」
「それはこっちのセリフだよ。いつの間にかどっかに行っちゃって」
「よく、あたしの事見つけたね~」
「そりゃあ、当然、だって。あたしは志希の幼馴染なんだから」
 ほんと、それだけで嬉しくなっちゃう。とっても笑顔が眩しくて。


 あたしは、心の中で時間を数える。



12……11……


「うわー凄い景色ー絶景だね、志希」


       5……4……

「ん? 志希? どうかしたの?」


  2……1……


         0




「ねえ、友紀。あたし、友紀のこと、大好き。愛してる」



「……っへ?」
 目を丸くする友紀、暗くて、表情が読み取れない。

 あたしは、笑った。
「なーんて、驚いた?」
「いや、え? な、な?」


「エ・イ・プ・リ・ル・フール」


 それで、やっとわかったみたい。
「……やったな、志希」
「にゃはは、引っ掛かったね友紀」
「……フフッ」
 それから、お互いに笑いあった。
「じゃあそろそろ、もどろっか、友紀」
「ええ、もう少しここに居ない? 駄目かな?」
 まさか、駄目な訳がない。あたし達は並んで地べたに座る。

 友紀は空を見上げていた。
 あたしは、空を見るふりをして、友紀の顔を盗み見ていた。
 友紀が、こっち向く。
 あたしも、友紀の顔を正面から見る。
「ねえ、志希」
「なにかな?」


「あたしも、志希の事が大好きだよ」


 その言葉は、たまらなくうれしくて、切なくて。

 だって、その大好きは、私の言った大好きとは、少し違うから。

 だからって、その言葉に、ウソがない事も分かってるから。

「志希の為ならあたしは何だってするよー?」
 そして、その言葉も嘘じゃないって、あたしは知ってるから。
 本当に、友紀ってばおバカさん。

 ねえ、奏ちゃん。確かにあたしの王子様は、ガラスの靴をもっていないよ。

 だって、それはもう、とっくにあたしへ返してくれてるもん。

 初めて友紀と出会ったあの日に。友紀は、私の靴を探してくれた。

 もう、見つけてくれてるもん。

 たとえ想いが届かなくても、私にとって、ただ一人の王子様。

 王子様は心が広いから、きっと許してくれるよね?

 あの時、もうエイプリルフールは終わっていたことを。

 そんなあたしの、小さな嘘を。

 そんなことを考えならが、あたしと友紀は、ずっと並んで一緒に星を見ていた。

 みんなが安らかな眠りについて、

 この夢から、永遠に目覚めるまで。




 一ノ瀬志希「幼馴染と小さな嘘」《終》

素晴らしい、これこそが百合だな

せつない

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