強い想いがあったなら (28)

 それは、ちょっとした正義感から出てしまった行動だった。

「はぁ~今日も部活疲れたぜ」
「秋人はまだいいじゃん。上手いんだし。僕なんて全然だよ」
「いやいや。春樹だって上手くなったと思うよ。今日とかあのシュートはファインプレイだったぜ」

 そう言ってニカッと笑って見せる少年の名前は長月 秋人。
 勉強も運動もできてイケメンで性格も良い。なんでもできるすごいやつなのだ。
 対して僕、梅原 春樹は平凡な中学2年生。 顔も勉強も運動も、平均的なレベルだ。
 こんな僕と完璧な秋人が仲良くしてくれる理由はよく分からないが、僕としては嬉しいことである。
 そんな僕らは、今はサッカー部に入っている。

「にしてもあちぃな~。どっかの自販機でジュースでも買って行こうか?」
「自販機は高いよ。コンビニで買った方が早いよ」
「ふーむ、そうか~。お」

 秋人が前方に目を向けたまま声を出したので、僕もその視線を追いかける。
 そこには、僕の幼馴染でもありクラスメイトでもある、波川 夏美。
 色素の薄い長髪に整った顔。清楚と言う言葉がよく似合う。
 5歳の頃からずっと片思いをしてきた少女だ。

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「お前の想い人じゃん。挨拶してきなよ」
「へ?無理無理無理!緊張して声が裏返っちゃうよ」
「もったいないなぁ。しゃーない、俺が話しかけてきてやるよ。おーい」
「おい、やめろって・・・・・・」

 夏美に声をかけようとした秋人の腕を必死に引っ張る僕。
 彼は「冗談だよ~」と笑っているが、嘘だ。あの感じは絶対嘘なんかじゃない。
 嘘つくなと言おうと思った時、夏美が赤信号の横断歩道を渡り始めたのだ。
 注意しようとした時、彼女が子猫を拾い上げたのが分かった。

「猫を助けるなんて、相変わらず優しいな~」
「お前は相変わらず告白せずに眺めてるだけなんだな~」

 秋人の言葉に僕は口を閉ざす。
 残念ながら彼の言葉に言い返す材料を僕は持ち合わせていなかった。
 その時、ものすごいスピードでダンプカーがこちらに向かってきているのが分かった。
 このままでは、夏美が轢かれてしまう。

「危ない!」

 僕は鞄を投げ出し彼女の元に走る。
 部活で疲れた体から汗を飛び散らせながら、彼女の元に行く。
 まだ間に合う!まだ間に合うんだ!
 彼女の華奢な体を突き飛ばした。あぁ、これで彼女は助かる、と安心したのも束の間だった。
 数瞬後、僕の体に何か大きな物質がぶち当たった。
 タイヤに体が巻き込まれ、弾き潰されていく。
 そこで、僕の意識は途絶えた。

---

「いやぁ、なんか悪いことしたな。俺のせいで」

 目の前で黒い子猫がそう言う。
 なんだこの世界は、猫が普通に話しているぞ。
 何もない白い空間。地面もなければ、壁や天井もない。永遠に続く白い世界。

「俺は死神でよぉ。本当はあの女の子を死なせる予定だったんだよ」

 子猫が死神だなんて初めて知ったぞ。
 というか、夏美を死なせるなんてふざけるな。

「いやぁ、お前らが助けに来るってのは想像していたんだがな?思いの外やるというか、お前らが助けに来ても間に合わない距離とか時間を計算していたんだ。恋の力というものはすごいんだな」

 恋と聞いて僕の顔は熱くなる。
 べ、べべ別に恋とかそういうのじゃないしッ!

「そんなに顔を赤くして言われても説得力ねえよ。まぁ良いさ。まぁ悪いことしたからな、せめて次の人生は確実な幸せを保証して転生をさせてやるさ」

 そんな話を聞いていた時、ふと頭の中をよぎる考えがあった。
 僕は聞いてみることにした。
 そういえば、夏美が死ぬはずだったと聞いたけど、結局彼女が死ぬことは確実なのか?

「んぁ?いや、元々一人死なせるのが目的だし、お前が死んだだけでも十分だろう」

 ・・・・・・そっか。それなら、いいんだ。
 その時、すぐ目の前に大きな扉が現れる。

「全く、変なやつだなぁ。まぁいいさ、そこの扉を潜れば、転生できる。ここのことも今まで生きた人生も全てやり直してな」

 ・・・・・・。

「あ?なんだよ。何か言いたげな顔じゃねえか」

 少しだけ、現世に未練があるんだ。
 ねぇ、ちょっとでいいから、時間をくれないかな?

「無理だ。死んだ命を少し生き長らえさせることは死神界では禁忌なんだよ」

 そうなんだ・・・・・・。
 僕は俯いた。

「ただ、一つだけ・・・・・・可能性がある」

 僕はその言葉に顔を上げる。
 可能性だって?それは、一体どうすればいいんだ!?

「落ち着けよ。強い未練を持った者がこの扉を潜るとな、たまーにその未練という名の鎖によって現世に引っ張られ、ポンッと霊体として現世に復活すんのよ」

 少しだけ得意げに話す子猫。
 つまり、未練が強ければ、想いが強ければ幽霊になって現世に戻れるってことか。

「まぁ要約するとそうなるな。そんじゃやってみろよ少年。お前の未練の強さ見せてみろ」

 僕は扉の前に立つ。
 やがて、扉が開く。そこには、白と黄色の渦がある。

「おっと、言い忘れていたが、現世に行ったらここの世界のことは忘れちまうからな」

 子猫はそう言うと大きなあくびをした。
 僕は一度だけ頷き、渦の中に飛び込んだ。

---

 瞼を開けると、そこはいつもどおりの下校道だった。
 今、なんか長い夢を見ていた気がするけど・・・気のせいか?
 そんなことより、僕は生きている!
 なんだ、てっきりダンプカーに轢かれて死んじゃったと思ったよ。

「はは・・・・・・見てよ秋人!僕、生きて・・・・・・」

 両手を広げて友人に生還を知らせようとした時、僕は絶句する。
 秋人と夏美が、何か赤黒い塊に寄り添い、泣いている。
 その塊がなんなのか、僕は知っているような気がした。
 違う、違うよ・・・・・・あの塊が、ソレなわけがないじゃないか。
 僕は少しずつ、フラフラと近づく。
 ほぼ原形を留めていない体。ソレが持っていたであろう鞄も一緒に潰されたらしく、様々なものが散らばっている。
 あぁ、あれは弁当箱かな。僕も赤が好きなんだ。お揃いだね。
 あ、あれはルーズリーフかな?僕も同じデザインのものを使っていた気がするぞ。

「ぁ・・・ぁぁ・・・・・・」

 よく見れば、なんで僕には足が無いんだよ?
 なんで、体が透けてるんだよ・・・・・・?

「嫌だ・・・・・・」

 僕は死んだ。
 文字通り、死んだ。
 もう美味しいものを食べることも、読みたい本を読むことも、何もできないのか・・・・・・?

「うわあああああああああああああああああああああああああああッ!」

 僕は号泣した。
 涙は地面に当たると、染み込むこともなく消えていった。

 幽霊という体は、やることがなさすぎてとても退屈だった。
 何を触っても通り抜けてしまうし、誰にも相手されない。
 それこそ、最初はノリノリで女子風呂を覗いたり、夏美の生着替えを近くで見つめたりしたさ。
 それは純粋に楽しかった。
 しかし、そんな行為も一ヶ月も続くとすっかりやる気すら失ってしまった。
 何をすればいいのか考えた時、真面目に思ったことがある。
 僕は未練があるから幽霊になったんじゃないのか?
 僕は何かやりたいことがあったから。こうして霊体になったんじゃないのか?
 一体なんなのか考えた時、答えは一つしかなかった。
 夏美に、幸せになってほしい。
 だって、彼女が、好きだから。
 今更告白なんてしたって、届かないし。仮に届いてОKだったとしても、付き合えない。
 だったら、彼女には幸せになって、僕のことなんか忘れて、これからも前を向いて生きて欲しい。
 そう思えば早かった。僕は、とある場所に向かった。

---

「コイツが死んで、もう一ヶ月か・・・・・・」

 俺は力無く呟きながら、墓石に水をかける。
 一ヶ月前、ここに眠る少年は死んだ。
 想い人を守るために道路に飛び出し、ダンプカーに引きずられ、ミンチ肉みたいなことになっていた。
 あの光景は今でも忘れられないよ。

「あ・・・長月君・・・・・・」

 声がしたので振り返ると、少年の想い人でもある波川 夏美だった。
 彼女は手に花束を持っていた。俺が、買い忘れていた物だ。

「春樹君・・・・・・」
「もう一ヶ月・・・・・・早いよな。まだあの日のことを忘れられねえよ」

 花を供えながら呟く。
 本当に、あっという間だ。今でも、瞼を閉じればあの光景が余裕で思い浮かぶ。

「ぅぅ・・・・・・春樹君・・・・・・」
「あのさぁ、ここだけの話、いいかな?」
「ぇ?」

 涙を浮かべ潤んだ目で俺を見る波川さん。
 こうして見ると可愛いな。けど、きっと付き合えない。だって、彼女は春樹が好きだから。

「春樹さ、君のことが好きだったらしいんだよね」
「そう、なの・・・・・・?」
「あぁ。両想いだった、ってわけ」

 俺はできるだけ、なんでもない風を装って言った。
 あぁもう、この際だから言うよ。俺も彼女のことが好きだった。
 でも、春樹の想いに気付いてたからその気持ちから目を逸らしていたんだよ。
 だから、春樹が死んでちょっとだけ喜んだ自分がいたのがとても嫌だった。

「そっか・・・・・・もっと早く、想いを伝えていれば良かったかな・・・・・・」
「さぁな。それは俺にも分からない」
「そうだよね・・・・・・」

 ここに長くいるべきではないだろう。
 俺は水を入れていたペットボトルなどを拾い上げ、彼女と一緒に墓地を出た。

---

 夏美が、僕のことが好きだって?
 僕は驚きのあまりその場に立ち尽くしてしまった。
 信じられない。彼女が僕のことを好きだなんて、信じられないよ。

「でも、もう遅すぎた・・・・・・」

 僕は悔しくて、自分の墓石を殴った。が、その腕は虚しく通り抜ける。
 それが悔しくて何度もその墓石をぶん殴るそれは何度も通り抜ける。

「おいおいそこの若者よ。墓石に八つ当たりをするんじゃない」

 その時、隣の墓に来ていた老人が僕を注意する。
 僕は最初、あ、すいません、とか言ってやめかけたが、すぐに異変に気付く。

「僕が見えるんですか!?」
「はぁ?見えないわけがないだろう。まだそこまで目は衰えておらんわい」

 少し不機嫌そうに言ってから近くにあった木のバケツにペットボトルの水を入れ始める。
 僕はその老人の近くに駆け寄った。

「僕のことが、見えるんですね!?」
「だから見えると言っておろうが。わしを馬鹿にしとるのか」
「ははっ・・・久しぶりに人と会話できたっ・・・・・・」

 僕は老人の肩を叩こうとしたが、もちろんすり抜ける。

「ん?お主、もしや幽霊か?」
「あ、はい。そうです。一ヶ月前に・・・・・・」
「そうかいそうかい。わしは昔からなぜか幽霊と話せてなぁ。最近めっきり会わんから忘れておったわい」
「そうなんですか」
「あぁ。よくその幽霊の未練を解決する手助けなんかをしてやったのぉ」

 老人はそう言って深く大きく2度頷く。
 僕はなんだか嬉しくなってきた。
 幽霊になって初めて人と会話した。それだけで、喜びが溢れてくる。

「それで、お主の未練というものはなんなのじゃ?」
「えっと、それはですね・・・・・・」
「む?」

 僕は少し恥ずかしかったが、未練を話した。
 すると、老人は大笑いした。

「なッ・・・・・・笑わなくていいじゃないですか!」
「いやいや・・・はははっ・・・青春しているな~と思ってな」
「恥ずかしい・・・・・・」
「良いじゃないか。そこまで強い思いを持てる君の未練は自ら解決することで、成仏できそうじゃのう」

 自ら解決、か・・・・・・。

「できるならしたいですけど、幽霊の僕にはできないんじゃないかなー・・・・・・なんて」

 僕が言うと、老人は「ふむ・・・」と言って少し考える。
 なんていうか、僕のせいで作業をストップさせてしまうのが申し訳ない。

「ひとまず、幽霊にできることは、わしが知っている限りのことは話そう。それをどうにかして解決せい」
「はぁ・・・・・・」

 それから、老人は幽霊にできることを教えてくれた。
 僕の理解力がないせいで、時間をかけてしまったが、なんとか全部理解することができた。

「なるほど。ありがとうございました」
「良いんじゃよ。わしだって好きでやっとるんじゃし」
「いやホント、なんかすいません・・・・・・僕のせいで時間をとってしまったし」
「気にせんでええわい。お前さんはなぁ、昔のわしによー似とるんじゃい」
「昔の・・・・・・貴方?」
「わしもなぁ、幼馴染にずーっと恋しとったんじゃ。結局フラれてしまったんじゃがのぉ」
「そうなんですか・・・・・・」
「ははっ、しんみりさせるつもりじゃないんじゃがのう。今じゃ顔すら思い出せんが、好きだったということだけは覚えとるんじゃ」
「好きだった、か・・・・・・」
「あぁ。と言っても、すぐに切りかえて別の女と結婚したんじゃが、2年前に亡くなったんじゃ」

 それがこの墓ってわけか。
 僕はその墓石を見る。なんか、すごい手入れされている。覗き込めば顔が映り込みそうなほどピカピカだ。

「そういうわけじゃ。だから、お前さんも好きな子のために最後の頑張りをしてきなさいな」

 老人の言葉に、僕は大きく頷いた。

「はい!」

---

「はぁ・・・・・・」

 俺は適当にパソコンの画面をスクロールする。
 春樹が死んでからというもの、勉強も部活もなぜかやる気が出ず、どちらの成績も落ちてきているのを感じている。
 俺にとって、春樹はちょっとしたライバル的な存在だった。
 勉強も運動も、俺より下ではあるが、誰よりも努力していた。
 いずれ抜かれかねない危機感があったから、俺も頑張る事が出来た。
 しかし今、そんな彼はいない。
 今まで俺を突き動かしていた危機感は消え去り、残ったのはやる気をなくした少年が一人。

「このままくだらない毎日を過ごすのも悪くないな、なんてな・・・・・・」

 そんなことを考え始めていた時、突如俺の両手が動き始める。
 なんだこれは?俺の意志に反し、両手は勝手にタイピングして文字を打ち始めたのだ。

『あきと ぼくだよ はるきだよ』

「はぁ?」

 いたずら、にしては趣味が悪い。
 そして無駄に凝ったものだ。
 それともまさか、本当に春樹なのか?いや、ありえない。幽霊なんか存在するわけがない。

「ハッ、春樹なわけないだろ。じゃあ証拠として、俺の嫌いな食べ物を言ってみろ」

 これは春樹にしか言ってない。
 給食でも中々出るものじゃないし、だって俺が嫌いな食べ物は・・・・・・―――

『うに』

 その文字を見て、俺は絶句する。

「なんで・・・・・・」

『なんでじゃないよ ぼくなんだってば ゆうれいになったんだよ』

 俺はあんぐりと口を開けた。
 本当なら手で閉めたいところだけど、両手は現在使用不可なので開けたままにするしかない。

「ゆうれいって・・・・・・そんなわけ・・・・・・」

『ぼくだってしんじられない でもいまこうしてそんざいしているんだ』

「あ、そうか分かった。俺が、春樹が幽霊として来てくれたって思いたくて、無意識にこういうことしちまってるんだな。ははっ俺ついにいかれちまったぜ。じゃあ早く目覚めないとな」

『ちがうってば』

 俺の右手が俺の頬をビンタした。
 え、今何が起こった・・・・・・?

『ぼくはほんとうにゆうれいなんだよ いまきみのうでだけにひょういしてる』

 は・・・ははは・・・・・・だめだ。もう頭が理解できない。
 俺の顔は引きつった笑みを浮かべる。

「じゃあその憑依ってやつを俺の体全体にしてみせろよ。俺の意識を奪って見せろよ」

 そう言った瞬間、体の中に何か入ってくる感覚がした。

(えっと・・・・・・これで証明できたかな?)

 頭の中から声が聴こえた。一ヶ月前から、聴かなくなった声だった。

「マジかよ・・・・・・」

(さすがに意識とか奪うのはちょっと気が引けるからやらないけど、これで信じてもらえたかな?)

 スッと、何かが体から抜ける感覚があった。
 数瞬後、またもカタカタと手が勝手にタイピングを始めた。

『からだぜんたいにひょういしちゃうと10っぷんくらいでしはいしちゃうらしいんだ』

「そ、そうか・・・・・・」

 まさか本当に幽霊がいるなんて。信じられない。
 でも、さっきので分かっただろう。現にこうしているのだから、存在はしているんだ。

「それで、俺に何か用事があるんだろ?」

『うん ぼくがじょうぶつするためにきょうりょくしてほしいんだ』

 どんなことでも協力してやるよ。
 サッカーがしたいとかなら体だって貸してやるし、食べたい物とか、読みたい本とか、いくらでも叶えてやる。

『なつみにこくはくしてほしいんだ』

 俺は固まる。
 波川さんに告白しろ、だって?

「できるわけないだろッ!だって、お前は彼女のことが好きなんだろ?」

『いまさらぼくがこくはくしてかりにいいけっかだったとしてもぼくはもうつきあえない だったらせめてぼくがしんようしているひととつきあってしあわせになってほしい』

「そんなことできねえよ。だって、付き合うって言うのは好きな奴同士がやるもので、俺達双方で興味なんて・・・・・・」

『あきとはなつみのことすきなんでしょ?』

 は?ほへ?
 俺が、波川さんのことを、好きだって?

「なんで、知ってるんだよ・・・・・・」

『だってなつみのことみるときめきらきらしてたし ぼくとなつみがはなしてるとすごくこわいかおしてた』

 えー・・・マジかよ。
 俺結構鉄仮面に徹しているつもりだったんだけどなぁ。

『きみにならなつみのことをまかせられるかなって ごめんね みがってで』

「あぁ、本当に身勝手だよ」

 俺は茶化すように言ってからふぅ、と息を吐く。
 コイツの、最後の願いなんだ。それくらい、叶えてやってもいいのかもしれない。

「でも、やっぱり無理だよ。だって、波川さんはお前のことが好きなんだよ」

『きいたよ』

 なんだ、聞かれてたのか。
 まぁ、姿は見えないわけだし、近くにいたって言われても驚かないや。

「じゃあ尚更、お前たちがくっつくべきだろ。俺なんて入る余地も・・・・・・」

『ぼくはもうしんでるんだよ』

 たった10文字程度なのに、謎の力を感じた。
 まるで金縛りにあってしまったように動けない。
 いや、実際相手は幽霊なんだから、金縛りなのかもしれない。

『しんだあいてとくっつくなんてふかのうじゃないか だからせめてきみたちにはしあわせになってほしい』

「・・・・・・俺は良いとして、波川さんが俺を好きじゃなきゃ不可能だろ」

『あきとはだいじょうぶだよ いけめんだしきっとすきになってくれる』

 中身だったら、むしろお前の方がイケメンだよ。
 俺はハァ・・・・・・と溜め息を吐く。

「分かったよ。やるよ。その代り、フラれても怒るなよ?」

『そうこなくっちゃ』

---

 授業が終わり、私は教科書やノートを鞄に入れる。
 はぁ、今日は塾がある日だ・・・・・・めんどくさいけど仕方がないなぁ。
 そういえば、春樹君が死んだ時も塾の日だっけ。

「な、波川さん」

 名前を呼ばれたので顔を上げると、長月君が立っていた。

「ん、どうしたの?」
「この後、良かったら、屋上に来てくれないかな・・・・・・?」
「・・・・・・良いけど?」
「良かった。それじゃあ、待ってるから!」

 そう言って教室を飛び出す。
 一体何をするつもりなのか。あ、もしかして告白とか?
 告白するつもりなら、即、断る自信がある。死んだとはいえ、私は春樹君が好きだから。
 私は鞄を持ち、教室を出た。

---

 屋上で待っていると、秋人が来た。

「春樹、いるんだよな?とりあえず呼んできたから、ちゃんと見とけよ~」

 見えないし聴こえないんだろうけど、僕は「了解」と手で丸を作った。
 その時、夏美が入ってくる。

「長月君・・・・・・来たよ」
「見れば分かるよ。あのさ、波川さん・・・・・・俺は、君のことが好きだ。付き合ってほしい」

 秋人はそう言って頭を下げ、右手を差し出した。
 さぁ、どうなるか。

「その、ごめんなさい・・・・・・私、今でも春樹君が好きなの、だから・・・・・・」
「あああああああああああああ。やっぱりこんなことできねえよ。なぁ、春樹ッ!」

 突然名前を呼ばれ、僕は肩を震わせた。
 なんで?今、僕の名前を・・・・・・。

「春樹って・・・えっと・・・・・・」
「春樹。俺の体を使えよ。憑依とやらを使って、彼女に思いを伝えやがれ」

 何を言っているんだ?彼は。
 僕に、告白しろって・・・・・・。

「長月君、何言ってるの?」
「すぐに分かる。いいから、春樹。早く俺の体に憑りつけ。今しかお前にチャンスはねえんだぞ」

 あぁ、そうだ。今しか、もう伝える機会はないんだ。
 今を逃したらもう、永遠にチャンスは訪れない。
 僕は気付けば、秋人の体に憑りついていた。
 最後に小さい声で、「頑張れよ」と言われたような気がした。

「ふぅ・・・・・・」

 幽霊の体とは違って、人の体は、重力を感じるし、何かに触ることもできるし、誰かと話すこともできる。
 でも、彼の体を乗っ取るわけにはいかない。
 僕はキッと前を見る。

「夏美、信じることはできないだろうけど、僕だよ。春樹だよ」
「はるき・・・・・・くん・・・・・・?本当に、春樹君なの?」
「あぁ。春樹だよ。梅原 春樹だよ」

 夏美は目から涙を流し、僕の、秋人の、顔を見る。

「僕は死んでから、幽霊になったんだ。この世に、未練があったから・・・・・・」
「未練・・・・・・?」
「夏美。僕は、君の方が好きだよ」

 僕は彼女の手を握り、そう言う。
 彼女は頬を赤らめ、「私も、私もだよ・・・・・・」と言う。
 それと同時に涙が溢れだすので、拭ってやる。
 本当はずっとこうしていたいけど、時間がないんだ。

「夏美。僕にはもう時間が無い」
「えっ・・・・・・」
「僕の未練っていうのはね、君に幸せになってもらうことなんだ」
「私に、幸せに・・・・・・?」

 彼女は涙で潤んだ瞳で僕を見る。
 本当なら、この瞳に映り込む顔が秋人のじゃなくて、梅原 春樹の顔なら、もっといいのに。

「あぁ。でも、僕はもう死んでるからそれができない。だから、秋人と幸せになってくれ。アイツは良い奴だし、信用もできる。だから、彼と、幸せ、に・・・・・・」

 その時、意識が遠のきかける。
 直後、秋人と僕の魂が分離する。
 秋人は倒れ込むかと思ったが、すぐに腕で自身の体を支え、立ち上がる。

「春樹君・・・・・・?」

 夏美は目を見開いて、僕を見ている。
 もしかして、僕の体が見えているのか?

「行かないで!まだ、まだ方法は何かあるはずだよ!」
「夏美」

 僕は彼女にキスをした。
 僕の体が通り抜けるので、ほとんど感触なんてしないけど。
 それと同時に、僕の体は崩れ始める。

「春樹君、行かないでよ。まだ、一緒にいたいよ」
「夏美、ごめんね。秋人と、幸せになって」
「馬鹿言うなよ。俺なんかより、お前の方が・・・・・・」

 秋人も目から涙をボロボロと流し言う。
 その間も、僕の体は少しずつ崩れる。

「二人とも。僕と仲良くしてくれてありがとう。二人とも、大好きだよ」
「春樹君!」

 夏美は僕の体を抱きしめた。それと同時に、僕の体は崩れ去った。
 体はなくなったのに、意識だけある。その意識も、徐々に空に昇っていく。
 秋人、夏美。
 こんな、平凡で何の取り柄もない僕なんかと仲良くしてくれて、僕に幸せをくれて、本当に・・・・・・―――

「――ありがとう」

 何かの雫が一滴、僕の意識から零れ落ちた。

---

「・・・・・・いっちゃったね」

 波川さんの言葉に、俺は静かに頷く。

「アイツ最後、笑ってた」
「うん」
「俺達に、幸せになってほしいんだってな」
「うん、そうだね」
「俺は、君のことが好きだ」
「・・・・・・さっき聞いたよ」
「君は、どうかな?」
「私は、まだ春樹君のことが好き。でも、そろそろケリをつけなくちゃって、思ってる。まだ、変われないかもしれないけど」
「じゃあさ、まず泣くのを、止めないとな」
「・・・・・・そうだね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・なぁ」
「ん?」
「今度、どっか遊びに行こうよ」
「何それ、デート?」
「まぁそんな感じ?」
「クスッ・・・うん、いいよ」
「それは良かった」

---

「よう。未練解決したみたいじゃねえか」

 黒い子猫がそう言ってにゃはっと笑う。
 まぁ、おかげさまで。

「それじゃあ、転生か。もう一回そこの扉をくぐれよ」

 言われなくてもそうしますよ。
 僕は扉の前に立つ。

「なぁ、1つ聞いてもいいか?」

 いいけど、一体何?
 僕は振り返って聞いてみる。

「恋ってものは、いいもんなのかい?」

 いいものだよ。
 僕が笑ってみせると、子猫は「そうかそうか」と言って頷いた。
 無駄に人間っぽい動きもするよな。

「次は人間にでもなって、人間界に降りてみるかな」

 死神でも恋なんてできるものなの?

「さあな。って、そんなこと言ってる間に扉開いたぞ」

 見ると、すでに扉が開ききり、黄色と白の渦巻きができていた。
 じゃあ、もう行くね。

「おう。次の人生、頑張れよ。つっても、すぐに忘れるんだろうけどな」

 子猫の言葉に、僕は笑った。
 そして、扉に飛び込む。視界は全て、白になる。

終わりです
読んでくれてありがとうございました!

乙!

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