【ガルパン】ローズヒップ「戦車道?」 (25)
ローズヒップが戦車道を始めるまでの話
「貴方が一年生の――かしら?」
私の油で汚れた整備服と対比になるような綺麗な制服を纏ったダージリン様と自動車整備の部屋で出会った。
落ちゆく夕日を背負って彼女が声をかけてきたここが、私の戦車道の始まりだ。
聖グロリアーナの整備科、その倉庫で私は車を弄っていた。両親の影響か、私は小さい頃から車、特にひたすらに早い車の虜だった。
父と母、そして私は小さいころからテレビにかじりつき、レースを見るのが楽しみだった。
並んだ車が一斉にスタートを切って、揃いも揃って死んでもおかしくないスピードで道の上を走り、
ひたすらにチェッカーフラッグを目指す。そのスピード狂たちの虜だった。
同級生に何故好きなのか、と聞かれたことがあるが、何故好きなのかは未だによく分からない。ただ好きだった。あの速さが。
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この聖グロリアーナを選んだ理由は家から近かった、という理由もあったし、
何より両親が私の将来を案じて名門のお嬢様学校に行ってはどうか、と言ってきたのもある。
別段嫌ではなかったのと、その話を聞いて思うところもあったし、何より自動車整備部もあったので私はこの学校へ入学した。
幸いにして学力は足りていた。
入学してすぐ、整備部へと足を向けた。お嬢様学校ということもあってか、やはり鉄と油に塗れる整備部は人気がないらしく、
部員が少ないからか先輩達からは大歓迎だった。家のガレージで父の車を一緒に弄り、
学校でもいろんな名車を弄り、と満ち足りた学校生活を送ることができた。私をここに進ませてくれた両親には感謝してもしきれない。
学校で一番楽しかったのはやはり、自分たちで弄った車を使って、学園艦内にある小さなサーキットをかっ飛ばしてタイムを競ったり、
実際に陸に上がって小さなレースに出たりしたことだ。車内で風を感じ、そして風になったあの瞬間はどれも忘れがたい宝物だった。
来る日も来る日も自動車を整備していたある日、学校の倉庫の片隅に古臭い戦車が眠っていることが分かった。
通常ならば、戦車道の面々に整備して引き渡すのだけど、クロムウェルの車輌数が十二分に充実していることなどがあって、私達がそのまま所持してもよい、ということになった。
先輩たちは戦車道に用いる戦車を元々整備しており、私達が整備するということは普通だったが所持というのは今までなかったそうだ。
私は今まで自動車しか弄ったことがない、と伝えると先輩たちは笑って「なら貴方にこの子をあげるわ」と言った。無茶だと思った。
それが私とクルセイダー巡航戦車の出会いだった。
ぶっちゃけて言えば私にとって戦車は自動車のスピード以下でのろのろと動く鈍重な兵器、という認識しかなかった。
それでも先輩たちの知識と技術を借りつつ、私を中心に色々と整備を続け、まともに走行できる程度に仕上げた。
可動した時の先輩たちの嬉しそうな顔は今でも覚えている。
自動車には乗せられないような大きなエンジン、すわり心地の悪い座席、鉄と油とサビが混ざったようなあの車内、重量を増やすだけの砲塔など
とてもじゃないが気に入る要素は少なかった。
が、思いの外乗ってみると面白く、可動するようになったクルセイダーに乗って、顔を出しながら走った時は思わずひゃっはー、と叫んでいた。
最初は自動車九割、段々と割合が増えて、クルセイダーや戦車のメンテナンスが日常の五割、そして気づけば乗っているのも整備するのもクルセイダーとなっていた。
気に入れば早いもので、今まで知らなかった自動車にはない機構の整備の方法を調べ、油にまみれて工具を使いこなし、
顔が戦車の汚れでいっぱいになったころ、気づけばこの子で走ることが物凄く楽しくなっていた。
確かに足は遅い。時速百キロを超えるのが普通な自動車に比べ、最高速度はその半分程度だ。
だけど、楽しい。空いているグラウンドや、レース場を使ってこの子でタイムアタックをしたり、ドリフトをしてみたりするのが日課になっていた。
しかし、日が経つにつれて同乗してくれる先輩は減っていった。曰く、貴方の運転は世界が追いついてないとのことだ。
世界すら置いていくスピードか、と自分のことながら感心していたが、乗るに耐えなかった先輩たちの皮肉なのだと気づいてからは少し反省した。
代わりに先輩を見かけは可愛らしいが中身は私好みに弄ったミニ・クーパーの助手席に放り込んで、サーキットを駆け巡った。
そんなことを続けて、気づけば後輩ができた頃だった。戦車道の隊長なる人から声をかけられた。
名前は学内でも有名で、人は彼女をグロリアーナの伝統にちなんで――ダージリン、と呼んでいた。
「貴方が整備部の――かしら」
父に買ってもらった整備服を存分に汚しながら、クルセイダーをいじっていた時だった。
汚した整備服を見て喜ぶような親なのでその事自体は気にしてなかったのだが、
まさか学内でも有名なお嬢様と話すなんて思ってもおらず、すこし照れくさい。
「えぇ、そうっすけど。えぇと」
「ダージリン、そう呼んで頂戴。三年生で戦車道の隊長をしているわ。こっちがアッサムよ」
「よろしく」
アッサムと紹介された人は小さくお辞儀をしてきた。こっちもはぁ、どうもです、と返したがいまいち要件が分からない。
戦車の整備なら先輩たちがいつも頼まれている。
「あぁ、すいません。こんな汚れまみれの汚い格好で」
そういうとダージリンは私の上から下までをじっくりと見た。
「構わないわ。その汚れは整備して汚れたのでしょう?なら誇りなさい。美しい汚れだわ」
よくわからない変わった人だ、さすが私には縁のなさそうな紅茶の園とやらにいるだけはある。
「それで、なんの用っすか?整備なら先輩たちのほうがわかると思うんすけど」
「貴方の先輩たちから話を聞いたの。ある二年生の操縦テクニックには眼を見張るものがある、とね」
「……それで?」
そう聞くとダージリンはこほん、と咳払いをして口を開いた。
「乗せていただけないかしら、あなたの運転する戦車に」
先輩すら嫌がった戦車に乗せてくれ、そう言ってきたのだ。
しかし、戦車道を嗜んでいるとはいえ仮にもお嬢様だ、失礼があったら先輩たちに迷惑をかけちゃうかなあ、と考えて返答に困っていると、
私の考えが読めたのかダージリンが言ってきた。
「話は聞いている、と言ったでしょう?普段の、いえ、自分の運転したいように運転してごらんなさい」
「はぁ、いいですけど、後から何言われても困りますよ?」
クルセイダーの操縦席に乗り込み、その後ろにアッサムとダージリンが乗り込んだ。
じゃあ運転しますよ、と声をかけようと振り向いたら、何故かアッサムが紅茶を淹れていた。
戦車内であるのに気品さを漂わせながら紅茶を受け取ったダージリンはカップを悠然と持ちながらこちらを見ていた。
「どうかして?」
「い、いやその、紅茶零しますよ……?」
そう注意したのだったがダージリンは顔色変えずにこう返答してきた。
「ふふっ、私達聖グロリアーナの戦車道はね、何があろうと紅茶を一滴たりとも零さないのよ」
わけがわからない。もう知ったことか、と私はクルセイダーのエンジンを動かした。
「あーもうどうなっても責任とりませんから!」
倉庫から一気に飛び出す。ちょうど他の部活も使っていない時間帯だったので、そのまま倉庫の前のグラウンドを走る。
一気にアクセルを踏み込んで、何もないグラウンドにコーナーをイメージしておもいっきりドリフトする。
履帯が外れそうな勢いでドリフトし、反転してまた加速。普段よりも更に高速で回るエンジンの音が車内に響き、
エンジンと走行の振動がなんとも気持ちいい。車では味わえないものだ。今度は長い直線を一気に走り、
連続したカーブを走るように右へ左へと揺らしていく。そしてゴール前の最後のヘアピンカーブを最初と同じく大きくドリフトしながら曲がっていく。
頭の中でイメージしたサーキットを戦車で走るこの感覚はなんとも奇妙で面白い。いつか走ってみたいものだ。
そんな風にいつもと同じ、それ以上に激しく走っていると、お嬢様二人が同乗者にいた事を忘れていた。
車を止めて振り向くと、そこには落ち着いて紅茶を飲むダージリン達がいた。
一滴も零すことなく――紅茶を飲んでいた。するとアッサムが
「すごい運転ですね。私達の中でもここまで動かせる人はいません」
と微笑んでくるが、彼女のカップからも紅茶がこぼれた様子はなかった。続けてダージリンが
「えぇそうね。ここまでの技術を持った娘は恐らくいないわ。十分堪能させてもらいましたしこのまま倉庫へ戻ってもらえるかしら」
てっきり彼女たちの紅茶は空なのか、と思って見ていたが、ゆっくりとダージリンは紅茶を飲み干し、アッサムにおかわりを注いでもらっていた。
私は面食らったままゆっくりと戦車を動かして倉庫へ戻った。
倉庫へ戻って戦車を止めてハッチから外へ出ると、先に降りたダージリンが涼しい顔で待っていた。
そして私の学校生活を大きく変える一言を言い放った。
「あなた、戦車道、いえ紅茶の園へ来るつもりはないかしら」
「……はぁ!?マジですか」
面白そうだと思い二つ返事で招待されることを了承すると、ダージリンたちは帰っていった。
そういうわけで私はダージリンに紅茶の園へと招待され、そして戦車道へ。
今日の出来事はなんだったんだろうか、と思いながらクルセイダーの上で寝っ転がっていると、先輩たちがやってきた。
挨拶し、今日あったことを話すと先輩たちは先に聞いていたようで、自分たちのことのように笑って喜んでくれた。
後日、ダージリンに連れられて紅茶の園へとやってきた。
彼女曰くここは戦車道で幹部なんかを務める子たちが集まる気品ある集まりだそうだ。
「以前話したとは思うけれど、彼女が整備部から話を聞いた二年生になるローズヒップよ」
「ローズヒップ?ってなんです」
と聞くと横にいたオレンジペコが説明してくれた。
「代々、戦車道で幹部や幹部候補生となる生徒には紅茶にちなんだ名前を与えるのが伝統なんです。そして貴方に与えられた名前がローズヒップ」
「まじっすか!?」
そう驚くと紅茶を一口飲んだダージリンが付け足すように話してきた。
「オレンジペコの言うとおりよ。付け加えると、そういった名前を与えられるということは全生徒の憧れでもあるわ。つまり」
「つまり?」
「気品、優雅さを持った英国淑女の名に恥じぬ生徒である必要があるの。お分かり」
「えぇ、まぁ、なんとなく?」
そう適当によくわからないまま返すと、ダージリンが一つ咳払いをした。
「今後貴方の態度、口調、そういった相応しくない言動はしっかり教育していくわ。覚悟を決めて頂戴」
「ま、マジ、ですの……?」
それからの日々は整備部で戦車を弄り、家では車を弄る、ということに加えて、
戦車道の練習およびお嬢様としてあるべき立ち居振る舞いを覚える、という忙しいものだった。
整備部の先輩たちには慣れないお嬢様言葉に笑われたりもした。
紅茶の園では毎回毎回、ダージリンやアッサムなどに言動を正された。
といっても空気は和やかで矯正されていく私の姿をみて笑ってくれていたし、
母や父も私の言葉遣いが変わっていくのを楽しんでいた。
そんなある日だった。学校内を歩いているとダージリンを見かけた、声をかけようと近づくと誰かと話していて、
あまりいいムードではなかったので、行儀が悪いとは思いつつも隠れてしまった。
聞き耳を立てていると何やらダージリンに対してつっかかっているようだった。
「ダージリン、貴方最近油で汚れた犬を飼いはじめたらしいじゃないの」
「……なんのことかしら?」
「いえ、これでも心配しているのよ?貴方に変な病気にでもかかってるのではないか、って。
貴方は全生徒の模範でないといけないのよ?それがあんな汚れた小娘に、あまつさえ名前まで授けるなんて……」
私の事だった。私を切り口にダージリンに対してやっかみを言っていた。酷く、辛く、悲しくなった。
楽しんでいた私がバカみたいに思えて、ほんの、少し目が潤んでいた。
しかし、ダージリンは一呼吸置いて、毅然と言葉を返した。
「何か勘違いしていらっしゃるようだから忠告しておくわ。私の体調管理は貴方に心配されるものではないということ、
そして私が拾ったのは汚れた小娘なんかではないわ。あなたこそ目の心配をされたほうがよろしいのではなくて?
私が拾ったのは、汗と油で誰よりも綺麗に輝く宝石よ。繰り返すようだけれども、貴方に心配される筋合いは一つもないわ」
そう言ってくれた。そして
「行くわよ、ローズヒップ。今日はいい茶葉が入ったとアッサムが言ってたわ」
隠れていたのはお見通しだったようだ。立ち上がって柱の陰から出る。
「はい、今向かいますわ、ダージリン様!」
私はダージリン様の元へ駆けていった。
「そういえば、よく私の運転で紅茶零しませんでしたのね」
そう尋ねるとダージリン様は笑って答えた。
「貴方と出会った時のことかしら?」
「えぇ、そうっす。いや、そうですわ」
間違った言葉遣いをすぐに訂正すると、ダージリン様はクスクスと笑った。
「まだ慣れないのね、その口調」
「それより、さっきの紅茶の話ですわ」
恥ずかしいので話題を切り替えると、彼女はまっすぐとこちらを見た。
「予想はしていたから、先に飲んでおいたのよ」
そうは言うが飲み干していたように見えた。よくよく思い返してみると確かに、カップの中を見たわけではなかった。
してやられた、という気持ちだ。
「あぁ、もう!騙されましたわ!」
そう嘆いていると
「ふふ、こんな格言を知ってる?イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばないのよ」
そう自信たっぷりと言われた。そう言われては返す言葉がない。
それに、戦車道をできるこの環境が嫌いではないし、むしろ入学してから一番楽しんでいるかもしれない。
以上になります。
以前書いた話を修正し投下させてもらいました。
ローズヒップのヒップをローズヒップしたいのでもっと二次創作増えろ。
おつ
とてもよかった
乙
淡々とした文章の中に突然ひゃっはーって出てきて吹いてしまった
乙です!
ローズヒップに焦点を当てたssは初めて読んだかもしれない
ローズヒップの少し拙いお嬢様言葉はこうやって生まれたのかw
おつです
果たして手段を選ばなかったのは戦争なのか恋愛なのか
素晴らしい。 乙!
読んでくれてありがとうございます
ローズヒップは面白い可能性を秘めてるからもっとローズヒップ関連の創作増えろ
良い、いい
乙
乙!面白かった
乙
はぁあああああん!ローズヒップぅうううん!
面白かった
あの口調への解釈がいいね!
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