音の無い恋 (24)
コンコン、と2回、ノックする。
「どうぞ」
僕の顔を見ると、部屋にいた少年は笑顔を見せた。
彼の名前は伊藤 なおと。
下校途中に自転車とぶつかり、足を骨折してしまった。
彼とは仲が良いので、よくお見舞いに来ている。
しばらく他愛のない雑談をして、僕は病室を出た。
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病室を出てしばらく歩いていると、少女がいた。
病院服を着ていることから、患者なのだということが分かった。
せわしなく辺りを見渡しているが、何か探しているのだろうか?
「あの・・・・・・どうかしましたか?」
話しかけてみたが、反応はない。
・・・・・・無視か?
つい、肩を軽く叩いてみた。
すると、なぜかビクッと体を震わせた。
慌てて僕の方を向くと、いきなり手を激しく動かし始めた。
それが手話だということに、10秒ほどで気付いた。
この子、耳が聞こえないのか?
僕は鞄から生徒手帳を取り出し、文字を書き連ねた。
『すいません、僕は手話は分かりません。』
それを見た瞬間、カァッと顔を赤くした。
たしか耳が聞こえないと喋れないハズだ。
僕は1枚、紙を破り、ペンと一緒に渡した。
すると、驚くほどの速さで文字を記していった。
『それはすいませんでした!えっと、それでなんの用でしょうか?』
この文を書くのにかかった時間、10秒。
しかも、テーブルは自らの左手。
筆談も慣れてはいるんだろうが・・・・・・正直驚きを隠せなかった。
そんなことを考えながら、文字を書く。
『いえ、何か困っていたようなので、手伝おうかと思って。』
彼女が素早く文字を書き連ねている間、顔をまじまじと見つめてみた。
なんていうか、すごく綺麗な顔立ちをしているのだ。
全体的に整っていて、それでも幼さが残っている。
「可愛いなぁ・・・・・・」
ポツリと呟いた。
この時ばかりは彼女の耳が聞こえなかったことに感謝しなければならない。
と、いつのまにか書き終わっていたので、紙に目を向けた。
『実は、たまたまこれを拾って・・・』
そしてもう片方の手で見せてくれたのは、僕の鞄についていた犬のキーホルダーだった。
それを知った瞬間、顔が熱くなるのが分かった。
うぅ・・・・・・恥ずかしい・・・・・・。
穴があったら入りたい・・・・・・。
『ごめん、それ、僕のだよ』
『そうなんですか。じゃあ持ち主を探さなくって済んで良かったです。』
そう言って――正確には書いて――僕の手の中に置いた。
そして、とても可愛らしい笑顔を向けてくれた。
その笑顔、とても素敵でした。
僕は部屋に戻ると、鞄をベッドに投げ捨て、自分用のパソコンをひらいた。
『手話』
そう、今から僕は、手話について勉強するのだ。
なぜかって?
それは、今から数分前まで遡る。
彼女の悩みが解決した今、僕がここにいる意味はない。
名残惜しいが、もう帰らなくてはいけない。
『じゃあ、僕はもう行くね。』
僕の書いた紙を見た瞬間、悲しそうな顔をした(妄想)。
そして、既に文字で真っ黒になりかけている紙を見せた。
『もう、ですか?』
僕は、少し迷って小さく頷いた。
そして、紙を見せた。
『うん。だって、もうここにいる理由はないから。』
『そんなことないですよ!』
目の前にズイッと出された紙に、僕は一種の疑問を感じた。
『だって、僕は君が困っていたから話しかけたんだ。だから、もう君といる理由はないだろう?』
僕の言葉に、彼女はムッと口をつぐんだ(声がでないのだから意味はないんじゃないのだろうか)。
そして、スペースがなく小さくなった文字を僕に見せた。
『私は、あなたともっとお話がしたいです。』
叫び狂いたいほどにテンションがあがった。
僕は、一呼吸置いてから、文字を書き連ねた。
『じゃあ、また明日。君の病室で会わない?』
『いいんですか!?じゃあ、私の病室はここなので。』
僕が読んだのを確認すると、左手ですぐ近くの病室をさした。
そこには、『川谷 さくら』と書かれたプレートがあった。
さくらちゃんか。
可愛い名前だな。
『そうか、じゃあ、またね。』
『はい!』
あの時のことを思い出すだけで、顔がにやけてしまう。
多分ここで家族の誰かが入ってきたら僕は変態だと認識されてしまうことだろう。
まあ、とりあえず。
筆談だとやっぱり書いてる間のタイムロスがあるので、僕が手話を使えた方が効率が良いだろうと考えた。
僕は、頑張ってその日は徹夜をし、手話をマスターしたのであった。
翌日、僕は隈ができた顔で登校した。
「おはよー、って、うわっ!どうしたんだよその顔!」
友達の山田 りくとが驚きの声をあげた。
僕は理由を話すために指を動かした。
『ちょっと、本読みすぎちゃって』
「は?お前何やってるんだ?」
おっと、うっかり手話を使ってしまった。
やっぱ脳は眠ってるのかな・・・・・・。
「いや、なんでもないよ。実は昨日はちょっと本に夢中になっちゃってて」
「お前いつからインテリ君になったんだよ?それより、今日放課後遊ばねえか?」
僕は、笑顔で固まってしまった。
今日の放課後は、無論さくらちゃんに会いに行くつもりでいたのだが。
「あ・・・ごめん。今日は用事があって・・・・・・」
「じゃあ明日は?」
「明日も・・・・・・ていうか、しばらく無理かも」
「え?なんでだよ?」
もうこのまま理由を話してもいいんじゃないか、そう思って口を開いた。
「色々あるんだよ、僕にも。ごめんね」
無意識に口にした内容に、僕の思考は停止した。
別に内緒にする必要もないのに・・・。
なんで嘘をついてしまうのだろうか?
「そうか、まぁ、お前は嘘をつくようなヤツじゃないからな。分かったよ」
その言葉に、僕の胸は微かに痛んだ。
待ってました。
とにかく待ってました。
僕は帰りの会が終わった瞬間に教室を飛び出し、あの病室に向かった。
病室に入ると、さくらちゃんが笑顔で迎えてくれた。
よく見ると、手元にメモ帳のようなものとペンを用意してくれていた。
僕は自分を待ってくれていたことが(妄想)嬉しくて、顔がにやけそうになってしまった。
『こんにちは』
覚えたての手話を彼女に披露する。
さくらちゃんは、パァッと顔を輝かせた。
『手話できるんですか?』
『うん。大変だったよ』
僕が苦笑い混じりに言うと、微かに表情が曇った。
あれ?何か変なこと言ったかな?
『どうかした?』
『えっと、私のために覚えたんですか?』
『もちろん、徹夜したんだよ?』
さらに彼女の表情が曇っていく。
あれれ?失礼なこと言ってないはずだけど・・・・・・。
『僕、何か失礼なこと言っちゃったかな?』
『え?』
しばらくポカーンとした後、慌てて手を動かした。
『いえいえそんな、ただ、私のために徹夜までさせちゃって、悪いなーって思って』
僕はその言葉にちょっとだけびっくりした。
『そんな、気にしないでよ。僕達は友達でしょ?』
『友達?』
疑問符をつけられるのは悲しいけど、しょうがないかな。
僕は笑顔で続けた。
『うん!友達だよ!』
すると、顔が一気に明るくなっていく。
しばらくニコニコしていた後、唐突に告げた。
『そういえば、あなたの名前はなんですか?』
そういえば、言ってなかったな。
僕は間違えないように、慎重に言葉を綴った。
『北野 あさと、です』
『あさと君か』
しばらく、目をつむって口を動かしていたが、やがて顔をあげて、
『これからよろしくね、あさと君!』
その時、病室のドアが開いた。
見ると、30代後半くらいの男が立っていた。
『お父さん!』
「貴様、何やってるんだ!」
突然、胸ぐらを掴まれた。
く、苦しい・・・。
『お父さん!やめて下さい!』
さくらちゃんの無音の叫びも虚しく、おじさんは手を止めない。
――そんなこんなで閑話休題。
『いやはや、君はさくらの友達だったのか』
『もう、お父さん!』
『死ぬかと思った・・・・・・』
勘違いってだけで、実際はとても良い人だった。
僕は苦笑いをしつつ、出してもらった紅茶をすすった。
「・・・・・・さくらのことなんだが・・・・・・」
そこまで言って、少し黙る。
どうしたんだろうか?
「実はこの子は、先天性の病を患っている」
「・・・・・・え?」
僕はつい聞き返してしまった。
今、目の前にいる男はなんて言ったんだろうか。
「今、なんて・・・・・・?」
「だから、この子は先天性の病を患っていると言ったんだ」
ちゃんと言い直してくれた。
僕は、一度深呼吸をして、口を開く。
「それは、耳が聞こえないことについてですか?」
「勘が良いな。まぁ、それも関係する」
関係はするのか、なんて、ちょっと考えたりもする。
別の事を考えてないと、精神がおかしくなってしまいそうだ。
「心臓を中心に、色々な臓器が弱いらしい。筋肉や神経も、それに合わせて弱くなり、いずれは死に至るだろう」
死・・・・・・?
彼女が、死ぬのか?
僕は、視界が歪むのを感じた。
おじさんの顔や、後ろの壁が、ぐにゃりと歪む。
「でも、今は余命とかが差し迫ることとかはないんですよね?」
「それは・・・・・・」
黙らないでよ。
僕は、さくらちゃんの顔を見た。
何を話しているのか分からないせいか、不思議そうな顔をしている。
ほら、まだ元気そうだよ。
この子が死ぬわけがないじゃないか。
「あと、半年ほど、だ」
言葉を失う。
あと半年だって?
半年。
長いように感じるが、実際はあっという間だ。
「さくらと仲良くしてくれるのは嬉しいよ。でも・・・」
そう言って黙り込んでしまった。
しばらく沈黙が訪れる。
僕は、鞄を持った。
「急用を思い出したので、もう帰ります」
そして、さくらちゃんの方を見て、手話をする。
『もう帰るね。また明日。』
さくらちゃんは、笑顔で頷いてくれた。
僕は、病室を出て、すぐに家に戻った。
どうやって帰ったのか、記憶にない。
別になんでも良い。
僕は枕に顔をうずめ、ただただ泣いた。
いつまで泣いていたのだろうか。
気付けば、夜になっていた。
僕は1階におりて、夕食を食べることにした。
「ちょっとあんた!どうしたのよその顔!」
母さんが目を見開いてそう言う。
しまった、そのままの顔で来てしまった。
「・・・なんでもないよ・・・・・・」
僕は洗面所に行き、顔を洗った。
目は腫れているが、こればかりはしょうがない。
しょうがない?
そうだ、この世にはしょうがないことなんてたくさんある。
人の・・・死とか・・・。
「しょうがない・・・もんか・・・!」
小さく呟いた。
なんだよ!なんでだよ!
なんで彼女が死なないといけないんだ!
そこである疑問が頭に浮かぶ。
なんで僕は、こんなに悲しんでいるのだろうか?
今までテレビとかで見ても大して悲しまなかった。
なのに、さくらちゃんが死ぬと分かってから、何かがおかしいのだ。
1分ほど考えて、ようやく答えがわかった。
僕は、彼女のことが好きなんだ。
全てのピースが1つに合わさるような感覚がした。
そこには、君がいた。
あぁ、なんて・・・・・・残酷な答えなんだろうか・・・・・・。
仮に彼女も僕が好きだったとして、恋人になれたとしても・・・・・・。
結局、彼女は死ぬ。
「はは・・・なんだよ・・・・・・」
いいじゃないか。
夢を見続けようじゃないか。
僕は立ち上がり、先ほどの部屋に戻った。
翌日、僕は彼女の病室に向かった。
意味は無いと知りつつ、ノックをする。
今日は休日なので、私服で来たのだが・・・・・・。
(ダサくないよね・・・・・・?)
自分の服装を確認する。
黒と白のボーダーのシャツに黒の薄手のジャケット。白い7分丈のズボンに黒のスニーカーといった感じだ。
よ、よし。
多分、大丈夫・・・・・・。
『ッ!?』
僕が入った瞬間、目を丸くして驚いた表情をした。
『どうしたんですか!?その服装!』
一体何に驚いてるんだか。
僕は苦笑いをしつつ手話で返す。
『今日は土曜日だから、学校は休みなんだよ。だから私服なんだけど』
『・・・・・・休み?』
首を傾げながら聞いてくる。
可愛すぎる!
でも、そうか・・・。
病院にいたら曜日感覚とか分からなくなるものなのかな?
『そう。だから、今日と明日は昨日とかよりも長くいられるよ』
『本当ですか!?』
これまた可愛すぎる笑顔で喜びを露わにしていた。
『じゃあ何をしようか。』
『あの・・・・・・。』
『ん?』
『外の話をしてくれませんか?』
僕は笑顔で固まった。
外の、話・・・。
もしかして、もうすぐ死ぬことを知らないんじゃないのか?
普通あと半年で死ぬと分かっててこんな質問しないだろう。
じゃあどうするべきか?
答えは簡単。
『うん。いいよ。』
僕から言う必要なんて、ない。
親だけじゃなく、お医者さんも言ってない事を、僕が言うのもおかしな話だろう。
それなら、僕は彼女の喜ぶことをしてあげるまでだ。
『ありがとうございます!』
『じゃあ、何について聞きたい?』
あれから、3ヶ月が経った。
僕は、毎日この病室に通っている。
最近、彼女の体は目に見えてやつれていった。
枝のように細くなった腕。
濁った目。
頬は痩せこけて、綺麗な顔を台無しにしている。
美しさは残っている。
でも、さすがに僕にも分かる。
彼女は、死期が近いんだろう、と。
『じゃあまだ話していない事。それじゃあ今日は外国について話そうか』
『外国?アメリカとか、イギリスとかのことですか?』
『よく知ってるね。それらの国は前に話した海を渡って行くんだよ』
『それくらい知ってますよ!』
『あはは、ごめんごめん。でも、世界は広い』
言って、少し後悔。
こんなことをあと3ヶ月で死ぬ者に言うなんて、僕はどうかしてる。
『そうですね!いつか行ってみたいです!』
そんな言葉を聞いて、僕の心はズキリと痛んだ。
病室に響く音なんて、1つもない。
静かな会話。
平和な日常。
どうか、この時間が終わりませんように。
僕は、誰かに祈る。
僕は、病室のドアの前で立ち尽くしていた。
扉には、一枚の張り紙がされていた。
『面会謝絶』
これが何を意味するかなんて、馬鹿でも分かる。
頬を一筋の何かが伝う。
僕は踵を返し、来た道を戻った。
あれから1週間が経った。
今日は『面会謝絶』の文字がない!
僕はドアを開け、病室に入った。
「・・・・・・へ?」
間抜けな声が出る。
誰が予想できるだろうか?
彼女が――
――植物人間になっているなんて・・・・・・。
「さくらちゃん!」
急いで駆け寄った。
なんでこんなに機械があるんだろうか?
なんでこんな無機質な音が部屋中に鳴り響いているのだろうか?
なんで君の口に透明のマスクみたいなのがついてるの?
なんで君は目を瞑っているの?
なんで――好きだと言わなかったんだろうか?
たとえ、フラれても。たとえ、あと3ヶ月ほどで死ぬとしても。
たった、2文字程度のことじゃないか。
最後に紡いだ言葉はまた明日。
違うだろ!
好きだと言えば良かったんじゃないか!
でももう、それすらも叶わない。
僕は、ひたすら泣き続けた。
それから3ヶ月、僕は毎日病室に通い続けた。
たまに花を買ってきてあげたりもした。
いれる時間は、ずっと一緒にいた。
そして、その日がくる。
ピッ・・・ピッ・・・
無機質な音が鳴り響く。
聞いた話では、こうして意識を失っている間も衰弱していってるらしい。
僕は、さくらちゃんの手を握った。
冷たいね。すごく。
会ってから、もう半年経った。
多分、今月中には亡くなるんだろう。
僕は、その現実を受け止め、最後まで彼女の顔を見続けるしかない。
「好きだよ・・・」
もう、伝えることの出来ない思い。
枯れたと思ってたものが、頬を伝う。
その時だった。
ピッ・・・ピッ・・・・・・ピ――――――――――――――――――――――ッ
「あっ・・・・・・」
医者が何人か入ってきた。
「ご臨終です」
辛い現実がつきつけられる。
目から、涙が溢れる。
「あ・・・あぁ・・・・・・」
僕は膝をつき、とにかく泣いた。
さようなら、最愛の人。
僕は、君が大好きです。
あれから、3年が経った。
僕は花束を持って、彼女の墓地の前に立っていた。
今は、高校で医学を学んでいる。
もし、また大事な人ができた時のために、その人を守るために。
花を数本さして、残りは地面にそっと置く。
しばらく、静かな時間が流れる。
僕は、やっぱり静かなのが好きだな。
なんの音もなく、君と一緒にいたあの時間が一番好きだった。
「そろそろ帰るか」
そう呟いた時、一陣の風が辺りを吹き抜けた。
その時、どこからか声がした。
「ありがとう」
聞いたことのない声。
でも、誰が言ったのかは、分かった気がする。
僕は、誰にでもなく呟いた。
「どういたしまして」
終わりです
もし好評だった場合は、さくらちゃん編書きたいな~と思ってます
読んでくれてありがとうございました!
乙
なんか少し半月っぽい
おつ
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