幼馴染の末路2 (45)

幼馴染の末路
幼馴染の末路 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451922278/)

の続き
順ちゃん視点


メキシコの遠い親戚からもらったサボテンのテキーラグラスを、ひよは珍しそうに蛍光灯にかざす。
どうして女の子って、使いもしないのに部屋に並べたがるのかな。
まあ、お陰で多少間を保ててるんだけど。

お風呂から上がり、酔いも覚めてすっかりいつも通り。
という訳にもいかない。

先程から、全くこちらを見ようとしない彼女に、私はなんて声をかけたものかと胸裏でため息をついていた。
ロサンゼルスの話は昔したような気がするから、メキシコの話でもしようか。
興味ないか。

英語や絵画、洋楽にインポートものの服。中学時代、そういったものに憧れた。
日本の友人には理解はされても、田舎の学校では共感できる人間は少なく、あまり表に出すことなどなかったけど。

高校では、多少似たような思考の人がいて、大学ではサークルにいる時だけ、素の自分になれたような気がした。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1452431710

「ひよ、私のどこが好きなの?」

答えにくいかな。

「うっ」

テキーラグラスを持ったまま、固まる。

「ひ、ひ」

ひ?

「秘密……」

「え? なんて言ったの?」

聞こえたけどね。
秘密にしたいんだ。
そんな、変な所を好きなの?

「私は……自分のことあんまり好きじゃないからさ、何を言われても嬉しいよ」

舌の根に、甘苦い薬の味が甦る。

ひよは、一瞬私の方を振り向くような仕草を見せた。

「……笑わない?」

「それは、保証できないけど」

「じゃあ、やだ……」

こたつの中に伸ばされていたひよの両足の裏を、
足の指で引っ掻いた。

「わあっ!?」

やめてよ、やめてと、あまり嫌がることなく笑う。
机の上にあった化粧水の瓶がかたんと転がり落ちた。

ひよは、凄くいじりやすかった。

「言う! 言うから!」

よわ。

「うん」

「少し言う……」

少し?
私は離しかけた足を、再び臨戦体制へ戻す。

「や、やだ!順ちゃんやだ!? 無理!」

「もう、何でもいいから言って」

「い、意地悪な所も、す…………きっ」

事切れるように、ひよは言った。

真っ赤な顔で。
まるで、恋してるみたい。
そっか、本当にそうなんだ。

「私、さっき何を言われてもって言ったけど、あれは嘘。ごめん、それは納得できない」

「ええ!?」

「他には?」

泣きそうなひよを見ていると、
晒し者にしてるみたい。
実際、その通りだけど。

ひよは口を何度か開いて、そして、閉じる。
言いあぐねているみたいだ。
人を困らせることなんて、
甘えてるみたいで嫌。
なのに、今私がしてることは、何なんだろうか。

「声! 声が好きっ!」

「ふーん……」

普通に嬉しい。

「ありがとう」

ちょっと恥ずかしいけど。
ただ、このわずかな高揚は、
愛の告白だからだけではなくて。
褒められて、自分の価値を認められて、
私の無意識が喜んでいるんじゃないかとも思った。

ああ、可愛くない捉え方。
彼女はこんなに一生懸命なのにね。

「笑った声……好きです」

こたつの毛布を顔まで引っ張っていた。

「もう、いいでしょ……」

「もっと聞きたいってば」

「聞いて、どうするのさぁ……?」

声は全てこたつの中へ吸収されていく。

「さあ」

「順ちゃんっ」

「あはは」

「あははじゃないよ?! こっちは恥ずかしいのに……!」

「好きになる気持ちが知りたいから。女の子が、女の子を好きになる時、何を見てるんだろうって」

「……知ったって、順ちゃんは、気持ち悪いと思うだけだよ」

「かもね」

気持ちのことは分からない。
嘘は付けない。

「そ、そんなこと思われたら……私、もう、順ちゃんに会えない」

「……思うかも知れない。けど、それでも一緒にいて」

「順ちゃん、それ、私の台詞だよ……」

ううん。
ひよを、性の対象として見れなくても、
私が、拠り所が欲しい。

眠いので、ここまで
大人びてるけど、精神的な脆さのある順ちゃんと、子供っぽいけど、案外タフなひよちゃんの話。

「私も、順ちゃんに聞きたいことがある……」

ひよは足を引っ込める。

「どうぞ」

「ま、待ってね、うん、答えずらかったらいいから」

言うぞ言うぞ、と助走をつけるひよ。

「高校の時に付き合ってから、誰か付き合った?」

「ううん」

あれ。
そうすると、ひよに報告した時にはすでにってことだろうか。
私は彼女を傷つけてしまっていたかもしれない。
あの時、同時に二人の人間の心を無下に扱っていたとしたら、なんて凶悪なんだ。

彼女は下を向いて、なんかほっとした、と呟いた。

「ひよは? なかったの? 彼氏とか」

「私は……」

彼氏。
それとも、彼女かな。
ごめん、好奇の目で見てる。

「彼氏、いたことは、ありました……5回くらい」

「ちょっと待って、それ、私より多い」

「え、そうなの?」

「全員、男?」

「う、うん」

目が泳いでいく。

「誤魔化さなくても、いいよ」

「……一人、彼女」

愚的日本鬼子... 魚釣島我的領土 XD

こういうのって、たぶん嫉妬する場面なんだろうね。嫉妬に近い感情はあった。
どうして、教えてくれなかったのって。

喉元まで出かかった。
普通に言えないよね。
教えてもらったとしても、私はたぶんまた害にしかならない言葉を吐いてしまうし。
ひよは、おちょこみたいに続けた。

「男の人と、キスしようとしたの。順ちゃんのことは忘れないといけないって」

忘れられる所だったんだ。

「もしかして、しなかった?」

「あ、うん、どうしてもできなくて」

聞いていいのか。
悪いのか。
私は言った。

「女の人は?」

「女の人はね、もっと無理だった……」

「そうなの?」

「うん」

意外。

「順ちゃんをね、忘れるなんて無理だなあって、思い知らされた」

女の人ならいいのかというと、違うんだ。

「順ちゃんだからなんだね……この気持ち」

「照れくさいかも……」

頬やまぶたが熱い。
恥ずかしいのに、もっと言わせてみたいかも。
そんな邪なことを考えていたら、

「順ちゃん、今、私とキスできる?」

「……え」

真面目な顔。
唇に視線を落とす。
できないことはないと思う。
思うという錯覚かもしれないけど。
やや、考え込んでしまって、
ひよは否と捉えたのか、

「できないよね?」

笑いながら言った。

「変なこと聞いてごめんなさい……」

「できるって言ったら?」

挑戦的過ぎた。

「言ったら……え?! あの!? え?!」

「する?」

「し、しない」

「しないの?」

「私は、友達だと思ってた子にキスできなかったから。順ちゃんには、同じ気持ち味わって欲しくない……」

「どういうこと」

要領を得ない。

「大学の友達だったんだけど、私がごめん、やっぱり無理って断ってから……今、音信不通」

「うわあ」

「だから、そういうのって直前の直前にならないと分からないものだと思う……よ」

「でも、キスだけが恋愛じゃないよ? でしょ?」

「そうだよね……プラトニックな関係とか」

ひよの幼い表情から、そんな台詞が飛び出し、
笑いそうになった。

「あ、バカにしてる……」

「してないしてない」

「口元緩んでるもん」

私は慌てて、こたつ布団を引っ張った。

「でも、ほんとはしたい?」

念のため、聞いてみる。
ひよはうんうんとか、でもとかやっぱりとか、
ぐだぐだ悩んで、最後に小さく頷いた。

ひよは明日の朝には帰る。
次は、いつ会えるかわからない。
だから、この恋は成立するかしないか、
私自身も知りたい。
もちろん、ひよと音信不通になりたくはない。
全て私自身が答えを持っている。

ひよはサボテンのテキーラグラスとは違う。
私は部屋の電気を消した。
彼女と私の動揺が、互いの吐くいきさが、空気を焦がした。

「やらしいムード漂ってる」

そう茶化して、
ひよに近寄る。
彼女は後ずさった。

もう一歩。
端に追い詰めてしまった。

「し、しないの?」

誤 いきさ→息

聞いたのは私の方だった。

「する……しない………」

「どっち」

ひよの瞳に焦点を合わせる。
本来、私ではなく、彼女がする側ではないだろうか。
とは、言わなかったけど。

「す……る」

「わかった。そのまま、動くな」

彼女の前まで移動して、膝を立てる。
ひよは萎れたタンポポみたい。
メキシコの親戚の家にいた耳の長い兎をいつも思い出す。
頭を撫でてやると、身を震わせる。
ほらね――。

「暗いから、よく見えないよ。私さ、目悪いから」

「ほんと?」

「ほんとだよ」

と言い聞かせている間に、彼女の肩を掴んだ。

好きになるかどうか。
キスができるかどうか。
それだけで決めることじゃないけど。

私は、結局、できなかった。

その日の夜のことは、あんまり思い出せない。
しようとした瞬間、酷い立ちくらみが襲ってきて、
私はそのまま何も喋れなくなってしまったから。
する気はあった。
あれは、体の本能みたいなものだったのか。
本来、交わるべきではなかった同性と交わろうとした罰なのか。

思い出そうとすると、こめかみが痛んだ。

途切れ途切れに私は謝った。
嫌いにならないで、と。
嫌いになんてならないよ、とひよは抱きしめてくれたのだった。
明朝、彼女は去っていった。

私は、ますます自分のことが嫌いになった。

お正月になった。
長い休みだったが、大掃除を手伝わなければならないぎりぎりの日まで、バイトを入れていた。
高校の時の友達は帰って来れないらしく、他の同級生に同窓会に誘われたけれど、体調が悪いと断った。
断ったのは、元彼に会いたくなかったのはもちろんだけれど、変わってしまった自分を晒すのはもっと苦痛だった。

だから、私にはひよが必要なのに。

後悔しても遅い。
できなかったのだから。
禁忌に触れるような、
自分の価値観が崩れるような、
そんな恐ろしさを感じてしまった。

私は、自分の欲しいものだけをひよに求めていた。
だからって、それで諦めてしまうことも選べなかった。

私は一日だけ、長い冬休みの一日だけを彼女とのデートに当てることにした。
看護婦をしている母は忙しく、父も会社の付き合いでその日は家に私しかいなかった。
だから、家に呼んだのだけれど、外がいいとひよに言われて、
近所の神社に初詣に来ていた。



「ひよは昼ごはん、まだ?」

「うん」

石畳を並んで歩く。
目の前には家族連れがいた。
お父さんの肩に、女の子。
お母さんからお金をもらって、
一緒にお賽銭箱に投げ入れていた。

「温かいもの食べよっか」

適当に提案する。
風が冷たい。
後ろで待っていたカップルが、
寒い寒いと言いながら、互いに身を寄せ合っていた。

私たちは、女と女で。
互いに同じ役割を持っている。
私はお賽銭を投げた後、
ひよの手を握りしめた。

これって、意地かな。

「えっ……」

彼女は、すぐに手を離した。

「あ、ごめん……」

「い、いいの」

びっくりしたようだ。
それとも、嫌だったのかな。
もしかして、これが最初で最後になったりして。
そんなわけ――。
そんなこと――。

一度拒否されてしまうと、再び繋ぐのは難しかった。
それは、ひよも同じだったのかもしれない。

「順ちゃん、おみくじ引こうよ」

私はそのまま帰ろうとして、慌てて方向転換した。

100円のと、200円の。
それと、子ども用のストラップ着きのが3つ。

「おみくじって、こんなにあったっけ?」

私は言った。

「去年は、なかったかも……順ちゃんは、いつもどれなの?」

「わたしは、普通の100円の」

「あ、じゃあ私と同じだ」

「どうせ、縛るなら安いのがいいし、ストラップいらないしね」

「なんだか、夢のない買い方だなあ」

ひよはそう言いつつ、私と同じものを買っていた。

「で、同じのなの?」

不思議そうに問いかけた。

「一緒のがいい……から」

俯いて、そんなことを言った。
私は、言葉に詰まってしまった。

「あ、あの見比べれるし」

と、ひよは慌てて付け加えて、

「で、でも見比べるものでもないよね」

と手をばたつかせながら苦笑いしていた。

神社を出る時、バレーボールみたいに大きな胸を揺らす女の人とすれ違った。

「すご」

思わず目で追ってしまった。
しかも、やたら胸元が開いていた。

「あれで、神社に入るのはアウトだわ」

「すごいね、私の何倍くらいあるんだろ」

と、隣の小さな彼女は自分の胸を見下ろしていた。
ひよの胸を盗み見る。
胸の大きい小さいにこだわる方じゃないけど、
男の人ならたぶん、触ったり揉めたりしたらなんでも良かったりするのかな。
視線に気が付いて、ひよがびくりとしていた。

「誰かに、揉まれたことあるの?」

興味本位で聞いた。

「ない……」

キスはできないけど、
胸は触れるんだよね。
周りを素早く確認し、
手を伸ばして、軽く右胸を掴んだ。

ひよは言葉にならない何かを発していた。

3回くらい背中を叩かれた。
ひよの胸は、ダッフルコートに包まれて、
よく分からなかった。

それから、辺りをぶらぶら散歩した。
天気は良くて、眠気が襲ってきた。
ぼんやり空を眺めていたら、裾を引っ張られた。

「お昼何か食べたいものある?」

「特に、考えてなかったけど」

「友達の両親がやってるインドのカレー屋さんがあるの。行ってみない?」

「え、すごいね。そこにしよう。カレー食べたい」

食べ物はけっこう気が合いやすい。

「食事に関しては、意見が割れることないよね、私たち」

と、笑いながらひよは言った。
私も、今、同じ事考えてたよ。
それは、単純に嬉しいかも。
子どもっぽいかな。

交差点で立ち止まる。
ひよに伝えようと思ったけど、
なんだか上手く言い出せず終わった。

カレー屋は昼時とあって少し込み合い始めていた。

「ひよー!」

ぴょんぴょん飛び跳ねながら、
そこの看板娘的な存在の女の子が飛び出してきた。

「かれんちゃん、あけましておめでとうー。今年もよろしくねー」

「おめでとー、今年もよろしく! お友達?」

「あ……う、うん」

「そっか、大学の友人のかれんです。お世話になってます。あっと、あっち席空いてるから。すぐ注文取りに行くから待っててね」

「ありがとう」

私は小さく頭を下げた。
かれん。
かれ。
カレー。

まさかね。
一人、笑いを堪える。
ひよが頭上にクエスチョンマークを浮かべて、私を見ていた。

注文を受けてから、予想以上に早く料理が運ばれてきた。

「あ、このナンはね私が焼いたんですよー」

白くもちもちした生地を口に運んだ瞬間、
彼女は通りすがりに解説してくれた。

「ちょっとナン残しておくと、そこのビンの中にハチミツが入ってますから、かけて食べるもよしです」

と、早口で言って、最後にひよの耳元で何か喋って去っていった。
手慣れてるなあ。
ひよを見ると、また、形容しがたい表情をしていた。
彼女、何を言ったんだろう。

「た、食べよ?」

と、焦りながら彼女は手を合わせた。
教えてくれないのか。
まあ、でも人の事だし。
聞くことでもない。

熱くて食べれずに、ちぎった所に一生懸命息を吹きかける。
ひよがじっと見ていた。

「可愛い」

そうかな。
そうは思わないけど。
ひよも目が悪いのかもね。


看板娘に言われた通り、ナンを少し残して、最後はハチミツをかけて食べた。
良いデザート代わりになって、すごく美味しかった。

お皿が全て空っぽになる頃には、
お客さんも減って、看板娘も少し暇そうにしていた。

私たちが食べ終わったことに気が付いて、こちらに歩み寄ってくる。

「お下げしてもいいですか?」

眩しい笑顔。
私は、

「ありがとう。お願いします」

社交辞令で笑顔を返す。

「あと、ちょっとひよちゃん借りて行っていいですか」

「え、あ、どうぞ」

なに。

「ご、ごめんね順ちゃん。ちょっと待ってて」

「渡したいものがあって、すぐ終わりますので」

かれんはひよの手を取って、そそくさと厨房の奥へ。
仲良さそうだと、ぼんやりと思った。

看板娘とひよがいなくなった店内は、一気に光がなくなったみたいになった
いるのは、私と会社の昼休憩らしきスーツのおじさんが一人。あと、大学生っぽい男の子。

カランコロンとドアベルが鳴る。
他のバイトが、いらっしゃいませーと駆けよっていく。

「あれ、順……」

声をかけられた。
顔を上げる。

「……あ」

地元で最も会いたくなかった人間に会ってしまった。
これだから、外は憂鬱。
自分で選べないことが多すぎる。

私は名前で呼ばないという抵抗を貫き、
軽い挨拶だけした。
彼は、黒髪を金髪に染めていた。
大学デビューでもしたのかもしれない。
彼とは、音楽の趣味が合っていたことも思い出した。
余計なことばかり、水底から浮かび上がる。
そのまま泥に混じって忘れたままにしておきたかったことまでも。

彼への好意は、あの時、確かに生まれた。
それは、もう今は消えてしまったと思ったけど。
無くなることはなく、思い出さないようにしているだけだったんだ。

ひよ。
早く、戻ってきて。
目の前が、真っ暗になりそう。
息苦しい。

でも、私は彼女に縋る資格が、本当にあるのだろうか。

彼は、店の影に同化するように、端の席へ向かった。
彼の後ろには、茶髪のテンションの高そうなコバンザメが引っ付いていた。
私を値踏みにするように見て、真顔で通り過ぎていった。

妹?
彼女?
どうでもいいけど。
その子の視線は、やたら気分悪くなった。
私の席からだと、その二人がよく見えたので、
仕方なくひよの席に移る。

「ご、ごめん、お待たせ? あれ?」

「あ、すぐ移るから」

少しの間だけでも視界に納めずに済んだ。
それに、ひよが座ると完全に消える。
私はひよをじっと見た。

「あれ、その髪飾りどうしたの?」

「あ、これインドのお土産にって、くれたの」

「へえ、可愛い。似合ってるよ」

「ありがと……お土産はいいよって、言ってたんだけどね……えへへ」

嬉しそう。
その後は、かれんの話をたくさんしてくれた。
カレーの修行をしてるとか、趣味は合気道だとか。
暗算がすごく得意だとか。
面白い子なんだ。
ひよの話しも私と話すときよりも弾んでいた。

凄く良い気分転換になった。
それは、間違いない。
だから、店の中に私の居場所は無いという強迫観念は、おかしい。
ひよに引き離されていく、この感覚は、私の生み出した妄想。

母親が、自分の幸せを願う前に、人や周りの幸せを祈りなさいとよく言っていたけど、
今は自分が楽になりたい。

「ひよ、ごめんちょっとお手洗い」

「あ、いってらっしゃい」

トイレで一回吐いた。
ごめんなさい、と謝った。
誰に謝ったのか、自分でも分からなかった。


「ごめん、お待たせ。出よっか」

「うん……」

ひよが何か言いたそうにしていた。
気のせいかな。

呼び鈴を押すと、かれんが出て来た。
明るくて、気さくで、人懐っこい。
さくさくと会計を済ませて、外へ。
ひよの手を握りしめるかれん。

「じゃ、また大学で会おうねえ!」

「うん、おみやげありがとう!」

ひよは大きく手を振る。

「良い子だね」

私は言った。

「そうなの」

大きく頷く。

「いいな、ひよは」

「じ、順ちゃん?」

「まず、ひよが良い人だからだね……」

「何言ってるの、もう」

「ひよがさ、もし付き合うならああいうタイプの方が幸せだったりして」

「……どうしたの? 順ちゃん、疲れた?」

「え」

「さっきから、顔色悪いし」

「そう?」

「ごめん、やっぱり家に行こう? 家まで送っていくよ」

「だ、大丈夫大丈夫。食べ過ぎて、苦しかっただけで」

「でも……」

「ほんとに、いいから」

なんで、こんなに良い子なんだろう。
私にはなれない。
私には無理。

何よりも先に、周りの幸せを祈るだなんて、無理。
何よりも先に、私は自分の不幸を嘆く人間なのだから。

「じゃ、じゃあせめて一緒に家に戻るよ」

家に帰るのは望んでいたので、私は軽く頷いた。

帰りは手を繋いで帰った。
私からじゃない。
ひよからだ。

温かい。
柔らかい。

さっき、私ひよのこと何も考えずに、
何かの役を演じようとして、手を握ろうとしたんだ。
ひよはきっと周りの人に見られるのが恥ずかしかったんだ。
今さら、そんなことに気が付いた。

だって、今この手から伝わるのは、
ただ、私のことを心配するひよの気持ちだけだったから。

「順ちゃん、大丈夫だよ」

強く握りしめて、ひよは言った。
私はそんなに怯えた顔をしていたのかな。

「そんなに、引っ付かなくても一人で歩けるから」

私は、気恥ずかしくて、多少照れ隠しでそう言った。

「あ、そ、そうだよね」

ひよも自分の距離が近すぎることに気が付き、やや離れた。
そこに風が入り、温もりが離れていく。
それを繋ぎ止めたいと思うのは、
私を守るためだったけれど。

私も、彼女に何かを返さなければならないと、思い始めていた。
それは、義務感なのか。
それとも――。

暫く歩いて、気持ちも落ち着いてきた。
家に着いた頃には、二人きりという状況をまずは楽しもうという余裕すら出て来ていた。

「家、入る?」

提案して、逡巡されて、ひよは迷惑じゃなければと承諾した。
最初にひよが断ったのは、たぶん、学祭の時のような環境を作り出さないようにしたかったのかも。
それがお互いのためだと考えたのかもしれない。

リビングのソファーに腰掛けると、どっと疲れが溢れた。
ぐたりと横になる。
が、ひよを放っておくわけにもいかない。
起き上がろうとしたら、額を上から抑えられた。

「横になってて、順ちゃん」

「ひよ、心配しなくても」

「心配させてよ、私……順ちゃんの」

額に合った手が、そのまま私の瞼に降ろされる。
視界が遮られた。

「彼女だよ……」

言葉は何色か分からない。
表情も。
彼女の温かい手に拒まれて。

数分して、手が離れても、私は目を開けれなかった。
カーテンから覗いていたわずかな斜陽が、
瞼の裏の熱を強くする。

体は、まるで縛られたように、動くことを拒む。
今はじっとしていろと。
空気が重力が告げる。
今、立ち上がった所で、
またふらふらと倒れこむだけ。
ひよは私の手を握ってくれた。
互いに、少し汗ばんでいた。

「……して」

沈黙を破り、私は言った。

「順ちゃん……?」

ひよは手を離す。
私は追いかけるように、捕まえる。
目は閉じたままだった。

「私、一つ勘違いしていたんだ」

ぽつりと私は言った。

「私は、自分が彼氏みたいになって、ひよを好きになっていこうとしてた。キスだって、自分からしないといけない、そうやって考えてた」

「順ちゃん、カッコいいから彼氏似合うよ?」

「うん、でも、だめだったね」

「……それは」

「私はスタートラインにも立ってなかったのに、何の準備もしてなかったのにさ、カッコつけて失敗した」

「頑張ろうとしてくれただけで、私は嬉しかったよ。だから、そんな風に言わないで」

「甘いよ。優しすぎる」

「好きだから、そういう弱い所も……私には全部愛おしく感じちゃうの」

「病気だ……それ」

私は呆れながら言った。

私の腕に、生暖かく湿ったものがぽとりと落ちた。
ひよの涙だった。
私は、目を開けなかった。
彼女の頭が私の胸の辺りに置かれた。
鼓動を聞かれているようで、恥ずかしい。

「私たち……」

とひよが切り出す。

「やっぱり、まだ付き合うの早すぎたのかな……こんな風に、順ちゃんを苦しめたいわけじゃなかったの。ごめんね、ごめんなさい」

「今日のは、ひよのせいじゃないよ」

「でも、苦しいのを見るの、いや……やだ」

彼女の葛藤が、杭のように心臓を貫いていく。

「しんどいことは今に始まったことじゃないって」

「どうして、自分のことなのに……順ちゃんは」

「ひよこそ、他人のことなのに」

「私は、そういう病気だって、順ちゃんが今言ったッ」

言った。
言ったね。
これじゃあ、言わせたがりみたい。

「付き合ってもなくても、私はそういう病気なのッ。どこに暮してたって、誰と付き合って結婚したって、私……それだけはッ……譲らないから……」

「なんなのかな、もう、それお母さんみたいだね」

「も、もうそれでもいいッ……」

ぐしゃぐしゃになったひよの顔を見てみたい気持ちもあった。
でも、そうすると、今抱いてる感情が友情の延長なのか、
慕情なのか判断しづらくなる気もした。

私はやはり瞼を閉じたまま述べた。

「よくない。私にも……私だって、付き合ってもなくてもあんたのこと必要だよ」

「じゃあ、私たち……両想いだよ……ッもう……」

ああ、そうなんだ。
私は、胸にすとんと落ちるものがあった。
目を開いた。
涙でぐっしゃぐしゃ。
半泣き半笑い。

「そっか、確かにね」

恋愛はこういうプラトニックなのもありだろうけど。
こんなの、誰か認めてくれるのだろうか。
互いに想い合うその末路は、なんともぎこちなく噛み合わせの悪いものだった。

ハッピーエンド?
まだ分からないな。
もう少し付き合ってみないと。

私はひよの頬に手を伸ばす。

「酷い顔だね」

「……いじわる」

芽生えていく新しい感情を祝福しよう。
それは驚きと喜びとに溢れ、時に牙をむき、私を弱くする。
けれど、それすらも愛おしいと彼女が言うから。

「まだ、キスとかは分からないから」

「順ちゃん、焦らなくていいよ」

「ひよが、教えて……私、ひよからだったらきっと大丈夫」

「え、ええ!? 順ちゃんッ?」

「キスだけじゃなくて、その、先のことも」

「じ、じ、じゅ……ッ」

「一生のお願い」


私は、これからひよに、何回『一生のお願い』を使うんだろうか。







おわり

これで終わりです。
順ちゃん視点だと、ひよの方がカッコいいことに気が付きました。


エピローグもいいのよ!なんて

エピローグじゃなくて3書いてくれてもいいのよ

エッティなシーンも書いていいのよ

シリーズ物にしてもいいのよ

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom