幼馴染の末路 (68)
幼馴染 百合
がっと思いついたまま書きますので
読み難くなったらすいません
恥ずかしくて、
怖くて、
いつも、
彼女には、
届かない。
音楽好きの家に生まれた彼女は、
歌がとても上手で、
おまけに声はとても柔らかくて綺麗。
カラオケに行った時などは、耳が幸せだった。
その声が好き。
変に思われたくなくて、
言えなかった。
学校の帰り道、
家は反対方向だったのに、
いつからだったか、
同じ方向に歩みを進めていた。
割と教室では真面目でクールな方なのに、
一人っ子のせいか、
甘えん坊。
裾を引っ張って、
自分の家の方へ向かわせる。
我がまま。
でも、
一緒に少しでも帰りたくて、
言わなかった。
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彼女のそばに居たくて、
興味もないのに、
誘われた音楽系の部活に見学に行った。
びくびくしながら後をついていった。
自分には合わないことも分かっていた。
カスタネットですら、手が震えた。
どうして、ついてきたのか。
彼女はそんな目をしていた。
断れば良かったのに。
そんな風に、
言わないで欲しい。
隣で、あなたが歌う所を、
見るだけでいいよ。
それだけで、いいんだよ。
言葉がなくても、
分かり合えると、
そんな風に勘違いしていた。
都合の良い、心地よさを求めていたのかもしれない。
本当の彼女を見ていなかったのかな。
少しづつ、私は、
内気で弱気で臆病になっていた。
その変化は、
彼女が気にしていたくせ毛を綺麗に伸ばして、
素敵な女性に変わっていって、
周囲の男の子からも声をかけられるようになっていった、
そんな時期と反比例するかのようだった。
彼女の可愛さを知っているのは、
私だけじゃなかった。
周りの人が気付いてしまった。
もう、私だけの幼馴染じゃなくなった。
家が近くて、一緒に帰って、
一番近くで互いのことを話して、
彼女の笑った顔にみとれて、
別の子と仲良くすれば、
互いに嫉妬してみたり。
なんだか、そんな二人の特別も、
だんだんと普通になっていった。
もしかしたら、
それが思春期の終わりで、
大人になるってことだったのかな。
あの頃感じた、甘酸っぱさは、
今はもうない。
今は、彼女への憧れと、
それがひねくれて生み出された、
彼女への恐れしかない。
大好きなものを大好きと認められない。
大好きなものに大好きと言えない。
大好きなものに大好きと――。
昔呼び合っていたあだ名も、
今はもう使ってくれていない。
でも、それが好きだから、
あの時の、少しくせ毛があって、
少し、我がままなあなたが好きだから
私は使っていた。
高校までは使っていた。
「じゅっちゃん」
小学校、中学校までは同じだったけれど、高校はバラバラになった。
じゅっちゃん――順ちゃんは英語が好きで、勉強も得意だったので、県内でも有名な進学校に入った。
将来は独立して、コンサルティング業界に進出したいなんて、バカな私には難しい話をするようになった。
私は国立の付属高校へと進学した。理由は安いからとか近いからとか、そんな感じだった。
将来の話をぽつぽつとし始めて、
それからだった。
彼女と、なんだか壁を感じてしまうようになったのは。
大人になっていく、
知恵と言う武器を身に着けて、
海原に出て行く彼女がちょっとだけ羨ましかった。
でも、どんどん私の知らない彼女が増えていった。
いつまで、私は、
じゅっちゃんと呼んでいいのか分からなくなった。
ううん。
もう、だめだ。
呼べない。
ある、夏祭りの日のこと。
高校で離れてしまって、
私と順ちゃんはあまり遊ぶこともなくなった。
もともと、引っ込み思案だった私は、
大体、順ちゃんに誘われないと、
遊ぶきっかけすら作れない女の子だった。
近所の地域の小さなお祭りに、
やっとのことで誘うことができたのは、
私の中では、本当に頑張ったことだった。
夜の7時に、公園で待ち合わせた。
田舎町の小さなお祭り。
その頃は、もう、
彼女の顔をまともに見て話すことが、
かなり難しく、息苦しささえ覚える程になっていた。
好き、という心だけがそうさせるんじゃなかった。
私は彼女の幼馴染なのかな。
なんなのかな。
あやふやな立ち位置の、
不確かな自分が、
いつ彼女から切り離されるかが怖くて、
自信がなくて、
怖かった。
彼女に友達以上の感情を抱く自分が、
醜く思えていた。
「ひよ」
「は、あ、うん」
私の単純な二文字の平仮名の名前を、
簡潔に読み上げて、順ちゃんは屋台に方に指を差した。
「何食べる?」
指で数えるくらいしかない出店の一番端っこから、
焼き鳥の香ばしい匂いがした。
「焼き鳥とか……」
「共食いかあ」
「う」
昔のあだ名は、ひよだから、ヒヨコだった。
「いいよ、それにしよ」
ヒヨコなんて、最近全然呼ばないくせに、
このからかい方だけは、忘れないんだね。
塩とたれを二本買った。
かき氷もいちごとメロンを買った。
公園の中心で鳴り始めた太鼓が、お腹の底を震わせた。
盆踊り大会が始まったが、
互いにあまり興味はなかった。
公園の中は暗い。
喧騒から少し離れたベンチに腰掛けた。
夜は、まともに顔を見なくていいから、
ちょっと、ほっとしていた。
今日は眠すぎるのでここまで
ではまた明日以降に
しえ
じゅっちゃんと他愛もない話をした。
気が引けるような話題を探しても、
私には何も無かった。
もっと、聞いて欲しいこととか、
聞きたいこととかあったのだろうけど。
どうしてか、話題は、じゅっちゃんの高校の前にあるかき氷屋が安いだとか、
今呼んでいる漫画が面白いとか、そういった方向へ流れていった。
そういうくだらない話で、二人だけの時間がどんどん短くなって、
まるで私が彼女を無理に引き止めているような、
そんな錯覚にさえ陥ってしまいそうだった。
くだらなくて、どうでもよくて、
こんな話をしてじゅっちゃんは楽しいのかなとか、
不安になって話しているうちに、
目元が熱くなった。
暗くて本当に良かった。
うっすらと、彼女の優しい表情が覗く。
緊張で乾いた唇を潤すように、
かき氷を口に含んだ。
何度も。
人一人分の距離が埋められない。
かき氷の味の交換さえ、できない。
隣にいるだけなのに、
なんでこんなになっちゃうのかな。
「あのね、報告がある」
目の前にある鉄棒をぼんやりと見つめていると、
じゅっちゃんはそう切り出した。
ああ、もしかして同じ気持ちだったとか。
自分に都合の良い答えを思い描きながら聞いた内容は、
心のどこかで、いつかあり得ると予想されていたものだった。
「ひよ、私、彼氏できたよ」
「え、ほんとに?」
薄っぺらな返答を返した。
「ほんと」
「いつから?」
「半年くらい前」
けっこう前。
それくらい、私たちは、
会ってもなければ話してもなかった。
その間に、できてしまったんだ。
私の気持ち、知らないから、
じゅっちゃんは幼馴染には知らせとかないといけないって言う、
そういう義務感みたいなのできっと教えてくれたんだ。
後ろ向きにばかりしか考えられなくて、
おめでとうの言葉すら言えなかった。
本当に、私は何もかも小さい。
「どんな人かな? 写メとか」
言って、後悔した。
じゅったんの隣にいる写真?
残酷過ぎだよ。
「あるけど、写真写り悪いやつ」
きっと照れ隠しで言ったんだね。
そういうことばかり分かってしまう。
「いいよ」
スマホの画像フォルダの一枚を拡大してもらった。
出木杉君みたいな、好青年だった。
同じ高校の人で、一緒に勉強をしているうちに、
あちらから告白してきたみたい。
「優しそう」
帰りたい。
静かに、スマホをポケットにしまって、
「優しいよ」
と言うじゅっちゃんも、
背中の方で騒がしいくらいの、
祭り囃子や人の笑い声も、
鋭利なナイフのように、
私を不安にさせた。
「手、つないだりした?」
純粋な質問だった。
あまりにも純粋過ぎて、
逆に変なくらい。
「ううん」
どうして。
そんな風に聞いていいのかな。
分からない。
嫉妬してるわけじゃない。
私は絶望してるだけだから。
せっかく、付き合えたのに、
もったいないなんて気持ちにもならない。
私が社交辞令で投げかけた質問に、
じゅっちゃんは予想外の答えを後出しした。
「付き合い始めてから、逆に一緒にいるのしんどくなったみたい」
それこそ、
「どうして……何かされた?」
私は、困惑した。
言葉の節に、やや疲れをのぞかせていた。
彼女のそういうのには敏感だった。
「されたわけじゃないけど、うん、ひよに言う話じゃなかった、ごめん」
自分で言ったことを後悔したみたいに、言葉を引っ込めていく。
たぶん、自己嫌悪したんだね。
優しいから。
誰かを責めようとしてるわけじゃないんでしょ。
分かってるよ。
じゃあ、いいと思うんだけどな。
「他の人にはもう相談した?」
それなら、確かに私にあえて言う話じゃないって、
私自身も納得できる。
「ううん」
「そっかあ……」
「こんなこと、高校の友達には言えない」
「じゅっちゃん、それ、私も入ってたりする?」
「うん」
「そっか」
私は、じゅっちゃんのことだけ考えてれば幸せだし、
私の中心はじゅっちゃんだから、
じゅっちゃんの繊細で優しい気持ちをきっと理解してあげられないかもしれない。
でも、
「私、何を聞いてもじゅっちゃん好きだから……大丈夫だと思うよ」
どさくさに好きとか言ってやったもん。
だから、もう、なんでも言ってよ。
それから、じゅっちゃんはぽつりぽつりと話してくれた。
今は、受験真っ只中で、彼氏さんはとある国立難関大学を目指していること。
それは、じゅっちゃんも同様だった。じゅっちゃんも、私立の難しい所を受ける。
「ただ、私は推薦をもらったから」
断ることだってできた。
でも、それを受け入れた。
藁にもすがる思いだったって。
最初から、分かっていたことだけど、
周りには地道に模試の勉強を積み重ね、
本番のセンター試験に備えて、
血の滲むような努力をしている人だっている。
そういう人達の一人が、じゅっちゃんの彼氏。
私は、高校を卒業したらほとんどエスカレーター式で、
地元の大学に上がれるから、なんとなく気持ちは分かったけれど、
私の友達や周りはそういう人ばかりだった。
それに、彼女は申し訳ないという罪悪感が人一倍大きいのだと思う。
「それで、彼氏さんに遠慮して、辛くなったの?」
だからって、じゅっちゃんが人の人生のことで、
そこまで思い悩んで辛くなる必要ないと思うよ。
「うん……あ、うん」
歯切れが悪い。
どうしたの。
「じゅっちゃん?」
好きだから、恋人のこと真剣に考えてしまうのかな。
そういう話に行きつくことも予想できたけど。
だから、蒸し返せば、掘り返せば、
どのみち自分の首を絞めていくだけなのに。
好きな人のことだから、傷ついても、知りたいと思のかな。
怖いなあ。
怖い。
聞いて、同情して、
私のこと、思い出して、
振り向いてくれるわけでもないのにね。
「じゅっちゃん。無理に、言わなくても……いいからね?」
本当は聞きたいよ。
それで、じゅっちゃんにたくさん、
甘やかすような言葉を送りたい。
あなたのこと、一番に考えてるんだって、証明したい。
言い難そうにしていたじゅっちゃんは、
漸く口を開いた。
「彼氏が、この間一緒に勉強しようって誘ってきた時に断ったんだ」
「うん」
「私が軽率だった。その時、彼はすごくイライラしていたんだよね。模試の結果が悪くて、体調も悪くて、だからもっと気遣ってあげないといけなかった」
「……うん、なんて言われたの?」
「お前は、ラクでいいよなって、ぼそっと言われた。それだけ、ただそれだけなんだけどね」
じゅっちゃんには、その言葉はあまりにも重た過ぎたようだった。
彼氏に言われた翌日から、周りの人達にもそう思われているような気分にもなったそうだ。
推薦を取り消してもらうことも考えたらしいけど、それこそ、
先生や親にも申し訳ないし、周りの友人を侮辱することになる気がして、
結局、彼氏の言葉に未だに苦しめられていると言う。
苦しめられているというのは、
具体的に言うと、こうだ。
「え、ご飯、食べれてないの?」
少し、以前よりも痩せたかなと思ってはいたけど。
「食べると気持ち悪くなって、吐く……」
「そんな……」
「でも、夜はどうしてもお腹が空いて、食べてる。それも、すごく食べる。無意識って言うくらい」
「我慢できない?」
「我慢できる量じゃない」
どういうことなのか、
私にはよくわからなかった。
でも、彼氏の話しとか、
受験の話とか、
そういったことよりも、
きっと、彼女が本当に認めて欲しかったのは、
自分のこの末路のことだったのかもしれない。
「そっか……」
「私、彼氏さんのこと……許せないって思う。じゅっちゃんが、まだ付き合ってるのが不思議だよ」
「うん、なんでかな。私にも不思議。そんな風に思ってるなら、一人で勝手にしろって言ってやりたい。でも……」
「でも?」
「あの人、今、私が離れたらたぶん……勉強できなくなると思うから。受験終わるまでは、支えてあげないといけない」
「それは、彼氏さんがただじゅっちゃんに依存してるだけじゃ……」
ああ、それともじゅっちゃんが依存してるのかな。
想像したくないけど。
「失敗した時に、あの人が私を言い訳にしないように」
じゅっちゃんは公園の薄暗い街灯を見た。
そんなことすら、言ってしまいそうな人なの?
私、同じ高校だったら、絶対に無理やりにでも別れさせたよ。
そこまで、遠慮することないって。
じゅっちゃんは、少し笑って、
「彼女を言い訳にするような人と付き合ってたなんて、私だって嫌だから」
夏祭りはいつの間にか終わっていた。
焼き鳥を焼いていた屋台の煙は大人しくなっていた。
「聞いてくれてありがと。ちょっとスッキリした」
私は何もしてないけれど、
じゅっちゃんは私の頭に手を置いて、
2回くらいポンポンと撫でた。
「な、なにっ?」
動揺して、つい首を引っ込めてしまった。
「あ、なんとなく」
「び、びっくりしたよ…‥急に」
「ごめん、落ち着くなあって思ってたら無意識に」
「無意識って……もお」
「ひよって、なんかいい匂い」
鼻を近づけてきたので、
ぎょっとして後ずさった。
「そ、そんなこと。じゅっちゃんの方が良い匂いするよ。私なんて、家族共用でお得なシャンプーとお得なリンスしか使ってないし」
「そうなの……? でも、私は好きだよ、ひよの匂い」
なんて殺し文句なんだろう。
その台詞ごと、この瞬間を、
引き伸ばして、ずっと味わっていたいくらい。
「あの、照れるよ……」
「ごめんごめん」
おどけたように、じゅっちゃんはまた笑った。
じゅっちゃんの話を聞く前は、
じゅっちゃんの彼氏さんが羨ましいと思って、
彼氏さんになりたいってちょっと思ったけど、
こんな風にじゅっちゃんを苦しめる存在にはなりたくない。
ただ、じゅっちゃんに告白したその勇気だけは、
唯一、すごいと思えたし、
そうやって、じゅっちゃんの悩みの種になっていることは、
ある種羨ましくも思えた。
だって、男の子だからね。
言い訳かな。
女の子を悩ませるのが男の子。
私は、やっぱり、幼馴染の女友達にしか過ぎないんだ。
それから、受験シーズンが終わって、
ほどなくして、彼氏さんと別れたという報告が、
私のラインに入った。
夏祭りから、だいぶ時間が経ち、
私の気持ちも波風はあまり立たなかった。
たぶん、どうせ別れることになると、
どこか確信めいた予感はあったし、
実際、あの時のじゅっちゃんもそう自分でほのめかしていたから。
じゅっちゃんは私立の大学に合格し、
経済について学び始めた。
私も地元の国立大学に入り、なんとなく進路について考え始めていた。
特にやりたいこともなかったけれど、
父親が公務員だったこともあり、
なぜか私も行きたいと思うようになっていた。
あの夏祭りの日から、1年半が経過した。
順ちゃんとは、相変わらず電話やラインのやりとりは少なかった。
でも、たまに話した時に順ちゃんは体調を崩しがちになったことが分かった。
声がしんどそうだったから、なんとなくそう感じただけで、
本当は違うのかもしれないけれど。
音楽で気の合うサークルを見つけたとも聞いた。
でも、それ以外での人付き合いが億劫になってしまって、
友達はつくっていないことも知った。
順ちゃんは地元を離れ、
都会で一人暮らしをしていた。
ちょっと憧れる。
外に出るのが怖くて、私は地元を選んだから。
友達と呼べる人はいない、と順ちゃんは言っていた。
私の中の順ちゃんは、けっこう寂しがり屋の甘えん坊だから、
大丈夫かなと心配になった。
それは、確かにもう何年も前の話かもしれないけれど。
でも、彼氏さんと別れなかったのは、
そういう順ちゃんの本質的な性格も、
関係していたんじゃないかって、
後になって思った。
それから、近々、学生祭があることも知った。
何かサークルで出すのかと聞いたけれど、何も出さずに、
家で過ごそうと思っていると言われた。
「……遊びに行ってもいい?」
そう恐る恐る聞いた。
断られないかな。
喉が鳴った。
あ、聞こえなかったかな。
『うん、おいでよ』
向うの声は、意外と弾んでいた。
寒い季節が訪れた。
寒いのは苦手。
手も足も冷え切って、死んでしまいそうになる。
大学の帰り道は自転車で、いつも、自分に『頑張れ頑張れ』なんて鼓舞して、やっと家に帰っていた。
その頃、私の大学では専門のコースに分かれて勉強を始めるようになっていた。
同じ考え方や、嗜好の似た人達が自然集まった。
同じコースの友人に、福祉ボランティアをしている男の子がいて、
時折、人手が足りなくなったら、頼み込まれてお手伝いに駆り出された。
子どもの遊び相手をしたり、お年寄りの話相手になったり、
私は授業以外はもっぱらそのお手伝いをすることが多くなった。
ボランティア団体の人達は、みんな良い人ばかりだった。
誘ってくれた友達も本当に気の良い子だった。
だから、一緒に居て心地良かった。
順ちゃんの所へ遊びに行くまで、1週間を切った頃。
誘ってくれた男の子に、授業終わりに呼び出された。
たぶん、新しいボランティアの話かなと私はいつも通り、
よく会っていたラウンジに行った。
どうやら、お正月に児童養護施設で餅つきのボランティアを募集しているらしかった。
断る理由がなかったから、私は二つ返事で了承した。
お正月なんてまだまだ気が早いなあ、なんて笑いながら私は彼に言った。
すると、彼は急に真剣な表情になって、
私のことを真っ直ぐに見て、こう言った。
「クリスマスとお正月、一緒に過ごしたいんだけど」
「え」
すぐに意味が理解できず、
私は彼の目をじっと見つめ返してしまった。
視線がふいっと逸らされる。
こちらを見ずに、彼は聞いてきた。
「だめ?」
断る理由はなかった。
でも、私は断る理由を探した。
「……えっと」
すぐに、順ちゃんのことを思い出した。
クリスマスもお正月も、
私が隣にいて欲しい人は、
いつも、たった一人だけだった。
「ごめんね、私、好きな人いるんだ……」
なんて実りのない答えだったんだろう。
言った傍から、後悔した。
「あー、うん、でも待ってるから」
諦めが悪い所、彼は少し私と似ていた。
私は彼と私自身の選択の幅を広げてしまった。
私は何も言えなかった。
待つことは悪いことではない。
期待することは止められない。
「……ありがとう」
むげに出来ずに、私は言った。
順ちゃんに会いたくなった。
順ちゃんに会って確かめたくなった。
私は、まだ、順ちゃんの一番になりたいんだって。
会えば分かる。
どうして、私は彼の存在を心地よいと思いながら、
断るようなことを言ったのかを。
今日はここまで
眠いので寝ます
よいよね
修正:ひよがあだ名で呼んでいたのは高校までです。時系列が分かりにくい上に、地の文もあだ名だったりそうでなかったりですいません。
万が一の可能性を、私が秘めているわけじゃないのに。
それよりも、百に一つの出会いの方が何倍も幸せになれると思うのに。
気まずい空間になり果ててしまったラウンジには、
その後いきにくくなってしまった。
彼からはいつも通りボランティアのお誘いが続いた。
でも、ラウンジにはいけなかった。
週末。
夜行バスに乗って、
彼女のいる街を目指した。
その日は大学のフィールドワークで、
疲れはピークに達していたのもあり、
彼女に会うまでのドキドキを楽しむ間もなく、
眠ってしまっていた。
気が付いたら、朝だった。
バスの停留所に着いたらしくて、
私は車掌さんに揺り動かされた。
「ご、ごめんなさいッ……」
慌てて荷物と上着を掴んで、バスを降りた。
早朝だというのに、バスターミナルは人だかりができていた。
片田舎から来た私は、その流れに逆らうこともできず、
いつの間にかもう一度別のバスの入り口に運ばれそうになった。
やっとの思いで、駅ビルの中に入って、ポケットから携帯を取り出す。
迎えに来ると言っていたけど、
朝早くで申し訳ないので断った。
送られてきた住所を確認して、
地図アプリの指示を見て立ちあがった。
「わッ」
「わ!?」
後方からの突然の声に、私は斜め上に飛び跳ねた。
振り返ると、順ちゃんが半笑いで、可笑しそうにしていた。
「びっくりした……ッ」
驚いて、
「びっくりしたぁッ」
私は同じことを二回繰り返してしまった。
「バス、降りてからずっと見てた」
「え」
「人だかりに流されてた」
「助けてよ……」
縋りつくように順ちゃんのクリーム色のトレンチコートを揺さぶった。
酷い。
子どもみたい。
でも、見た目はカッコイイお姉さんだった。
ずるいなあ。
「面白かった」
まだ言う。
「もお……でも、迎えに来てくれなくても良かったのに眠くないの?」
「眠いね」
「だよね……」
「帰ったら、ちょっと寝るかも」
「えー」
「学祭は、10時に出たら十分回れるよ。歩いて、15分くらいの所だから」
「何時間くらい寝るの」
「1時間くらい」
「私、その間どうしようか」
「夜行バスだったんだよね? 寝てていいよ」
それが、ぐっすり寝れてしまったんだよ。
「ぶらぶらしてるからいいもんね……」
「いいけど、私の家の周り何もないよ」
「ええ」
せっかく来たのに、
もっと色々行きたい所とか、
調べてくれば良かった。
「地下鉄で行くから、こっち」
私が24時間解放のチェーン店が立ち並ぶ一角に、
勝手に突っ込もうとしていたら肩を掴んで修正された。
「はい…」
「ひよ、離れたら迷子になると思う」
街角の交番の前にいた酔っ払いのおじさんを見ながら、順ちゃんは言った。
「少なくとも、あんな感じにはならないと思う」
迷子になるのは否定できなかった。
地方にはないブランド品の直営店や、
大きすぎるくらいの看板の電器屋さんを通り過ぎて、
二人で地下鉄に乗った。
田畑に囲まれ、地下鉄なんてもののない田舎街で暮らしていた私は、
順ちゃんが迷うことなく都会を道案内してくれる姿は、
なんだか少し遠い人のように思えて寂しい気持ちにもなった。
ここで暮らしてるんだということ。
私の知らない街で、
私の知らない生活を送っているんだってこと。
「ひよ、夕飯どうする? お昼は学祭で何か食べればいいけど。食べたいものある?」
座席はぎゅうぎゅうで、いつもよりも声が近い。
「あ、なんだろ、なんでも……あ、作ってくれないの?」
「え、や、むりむり」
7回くらいむりむりと言われた。
言ってみただけだよ。
嫌ならいいよ。
「おすすめのお店とか、行き付けのお店とかは?」
「あんまり、行かないから分からない。友達いないし」
「……そういう自虐的なネタは、私どうやって突っ込んだらいいのかな」
「笑えばいいと思う」
順ちゃんは、なんだかちょっと垢抜けた感じになっていた。
「あ、あのパン屋可愛い」
地下鉄なのに、地上に出ていた。
変なの。
どうでもいいけど。
「ほんと」
「え、見たことないの? 住んでるのに?」
「この時間に地下鉄乗らないし、いつも人が多くて外見えない」
「へえ」
ケンタッキーのおじいさんみたいな置物を発見。
指さしている間に、透り過ぎてちょっと間抜けな感じ。
「何してるの?」
「ううん…」
一緒に、旅行してるみたい。
そう言えば、行ったことなかった。
きっと、恥ずかしくて緊張して、
誘うなんてできない。
じゃあ、この状況は――?
頑張った、うん。
頑張った。
話している最中は、彼女の太ももより上の方は見れなかったけど。
ね落ちした
また夜に
全く知らない、聞いたこともない駅で降りた。
すぐそばの公園ではポメラニアンを散歩しているおばさんがいて、
首に巻いてある毛皮のファーは、どうみてもポメラニアンにしか見えなかった。
それを順ちゃんに言ったら、笑われた。
「見えないって」
「そう?」
拳二つ分くらい離れて、
でもたまに肩が当たる。
わざとじゃない。
たぶん、私、重心が右に寄ってる。
順ちゃんは当たっても何も言わない。
意識、してないんだろうね。
と、勝手に解釈していたのもつかの間。
「あのさ、さっきから当たり過ぎ」
「ご、ごめ」
「当たるたんびに笑いそうになるから」
と、苦笑された。
綺麗に舗装されたレンガ造りの遊歩道の上で、
一直線に伸びた道の上で、
どうしてそんなに傾いていくのか。
「わ、わざとじゃないからね」
「分かってる。足だけは踏まないでよ」
「うん……ごめん」
「いいけど」
無意識だったけど、
当たった時の順ちゃんの柔らかさに、
どきどきはしていたのだった。
無言だったり、時折、目に付いたものについて触れてみたり。
順ちゃんにバスターミナルで会った時は、まるで一日中誰とも喋らなかった人みたいだったけど、
少しずつ、強張っていた口元の筋肉は弛緩していった。
「あ、見えたよ。あれ」
視線を上げる。
3階建てのアパート。
白塗りの壁に、南向きのベランダ。
駐車場が広くて、その前には、
近所の家の人の家庭菜園らしき土地。
なんだか、都会らしからぬ場所だった。
ぽつんと周りから切り離されているようで。
「何突っ立てるの。こっち」
「わぁ、ごめん」
バカみたいに口を開けてアパートを凝視してしまった。
慌てて歩み寄る。
裏側に回ると、アパートの北側の隣家の人が洗濯物を干していた。
ぎりぎり陽が当たるようだ。
私は階段を上がりながらちらちらと周りを観察してしまう。
「珍しいものなんてないよ?」
前を行く順ちゃんが言った。
こっちを見ていないのに、なんで分かったのかな。
「そっか、残念」
ミーハーなんだよね、私。
「期待とかされると困るから言っておくけど、部屋も普通だから」
「うん」
ごめんなさい。
すっごい期待してる。
順ちゃんの今の趣味とか、
たぶん洋物とか好きなんだろうけど。
部屋の匂いとか。
寝てる場所とか。
ごめんなさい。
気になってた。
部屋の中はこざっぱりしていた。
高鳴る胸は、なんだかストーカーが漸くターゲットの部屋に侵入したような心地で、
自分でも怖いくらい気持ち悪いと思う。
「荷物、適当に置いといて」
じゃあ、この辺に。
机の上には、メキシカンな置物があった。
貰いものかな。
家族でアメリカに行った写真もある。
これ、知ってる。
中学生の時だ。
おばあちゃんがアメリカにいるって言ってたっけ。
「ココアと紅茶とコーヒーどれがいい?」
え、迷う。
「……」
「あと、5秒ね」
「ええ?」
「1、2」
「ココアッ」
「うんッ……くす」
「もお……」
なんだか意地悪になった。
いつの間にか、部屋には聞いたことないアメリカの男性アーティストの曲と、
ココアの甘い匂いが漂っていた。
部屋の隅っこにはギターが立てかけてあって、
なんだか思った以上におしゃれで期待していた通り、
変わってないなあとか、かっこいいなあとか、
そんな風に思っていた。
でも、ここまで私と正反対だと逆にちょっとショックかもしれない。
だって、私は英語も不得意だし、好きな音楽は大好きなおばあちゃんと
よく一緒に聞いてた昔の民謡とかフォークソングばかりだった。
ココアを一口飲んで、
ベッドの横でコーヒーを飲む順ちゃんを見る。
私、見過ぎだよね。
外を歩いている時はあまり感じなかったけれど、
いざ部屋に入って二人きりになると、
距離が近過ぎることに後悔した。
緊張して、吐きそう。
「大丈夫?」
「え、あ、うん、吐きそう」
心の声がつい漏れた。
「え? それ、やばくない?」
「あ、ごめ、ちがくて……ッ」
こちらを覗き込んでくるものだから、
わたわたと、コップを取り落としそうになる。
「おっと」
順ちゃんの手が私の手ごと、
コップを支えた。
心の中で、ひゃあ!
と3回くらい叫んだ。
コップなんてほっといて、
握り返してしまいそうになった。
「あのさ……昔から思ってたんだけど」
え。
待って。
何。
順ちゃんは私の手からコップを取り外して、
ガラスばりの机の上にカツンと置いた。
「あ」
たぶん、取り落とされたら困ると思ったんだ。
すぐにそう悟った。
「すっごい、人見知りだよね。しかも、慣れれば逆にそうなる」
肩がかくんとずれた。
「え、ええ? なにそれ?」
焦って、損した。
「仲良くなる前の方が、すっごいストレートに色々するでしょ?」
「そうかなあ」
「そうだって。なんで? めっちゃ不思議に思ってた」
たぶん、それ、順ちゃんだけだと思うんだけど。
違うのかな。
私が気付いてないだけかな。
変な所で、好奇心旺盛だよね。
「小学校の時にね、ひよがそういう性格だなって思って、それ以来ちょっと観察してた」
「観察って……」
「なんでだろうって」
「……う、うーん」
ここで、恋愛要素を抜きにした回答を出さないと、
変に勘繰られちゃうかもしれない。
私は頭をフル稼働させる。
「た、たぶん、わかんないけどね……、仲良くなって好きだと思った人に嫌われたくないから……消極的になるんじゃないかな」
「あー、なるほど」
うん、恋愛要素抜き出せなかったよ。
頭悪いなあ。
ほんと、ばか。
「じゃあ、私のこと好きなんだ」
「うん」
あ、今、何か、さらっと言われて、
さらっと返してしまった気がする。
うん?
あれ?
「ひよって、たまに恥ずかしいくらいストレートな所が表に出てくるよね。羨ましい」
顔が熱くなっていく。
「からかわないでよッ」
「え、嫌いなの?」
「そう、じゃ……ないけど」
ほら、変な雰囲気になっちゃった。
洋楽の方も、盛り上がってきちゃってる。
もう、もう。
ばか。
人の気も知らないで。
「ひよは私が変なこと言っても、受け入れてくれるから、私も好き」
好き、好きって。
「そんなに、好きって言わないでよ……」
「ひよ?」
言葉の軽さに、
息苦しさを感じてしまう。
「……そう言えば、お昼寝しなくていいの」
「忘れてた」
「私、外ぶらぶらしてくるから……」
この部屋、熱すぎて死んじゃう。
ベッドから立ち上がる。
逃げたい。
「え、やだ」
裾を掴まれる。
順ちゃんを見ると、
子犬みたいだった。
「一緒に寝ようよ」
どうして、そうやって、
簡単に誘ってくれるのかなあ。
「む、むり。その、ベッド入らないよ」
私は挙動不審気味で、首を振った。
順ちゃんもベッドから立ち上がる。
ベッドの端をいじり始めた。
ガシャンと、何かが外れた。
ベッドの端が拡張した。
「わ、すごい」
「これなら、二人いけるから」
「ほんと……って、や、やだ、やだやだ」
つい、うっかり同意しそうになってしまった。
我に帰って、自分を叱咤する。
「わかった…一人で寝る」
手を離し、一人ごそごそと布団をかぶり始める。
「上着、しわになるよ?」
「……」
順ちゃんは上着を脱いで、
もう一度寝直した。
なにそれ。
可愛い。
もう一回、言わせて。
可愛い。
順ちゃんは壁際に寄って、
明らかに一人分のスペースを開けてくれていた。
「順ちゃん」
私より大人っぽい趣味で、
背も高くて、
クールな顔で、
かっこいい人なの。
そこに憧れて、好きになった。
だから、こうやってほんとにたまに、
弱い部分というか、
甘えた所を見せられると、
なんでもしてあげたくなってしまう。
冷静さが泡になっていく。
気が付いたら2時を回っていた。
時計のアラームをセットし忘れていたのが悔やまれる。
せっかく遊びにきたのに。
夜、寝れるかな。
「ん――」
順ちゃんも起きたようだ。
ベッドの中で、互いの体が触れあっていることに漸く気づいた。
だめだ。
目を合わせたら死んじゃう。
私は寝たふりをした。
「ひよ?」
「……」
起きてませんよ。
寝てますよ。
どうしてか、なぜか、順ちゃんの手が私の頭を撫でていた。
それから、頭ごと抱きかかえられてしまう。
何が起こってるのかな。
人生、最大の至福の瞬間が訪れていたと思う。
「起きてるんだよね?」
ベッドが軋んだ。
「……は、い」
「寝たふり、下手くそ」
「は、はい」
背中の裏で、
喋らないで。
声が、心地良い声が、
体の中に直接入ってくるみたい。
「学祭行こっか」
「うん……」
大学は、枯れ果てた木々の間の坂道を登ると、
ものの10分くらいでついてしまった。
すれ違う人の中には、何かのキャラに仮装している人や、
屋台で買ったのか、たこ焼きやチョコバナナを持っている人もいた。
私服の学生達はみなオシャレで、
そして私立大学の学生ということもあって、
どこか裕福そうなお嬢さんお坊ちゃんの印象を受けた。
「どこか、見たいところとかある?」
順ちゃんに聞いて、
私はしまったと思った。
「私のサークル、出展してないからね。友達、いないし、見るもの思いつかない」
ばっさり。
「う……」
「ただ――」
「?」
「母さんが、前回来てくれて……、でも、今年は仕事が忙しくて来れないって言われたの。だから、ひよが来てくれて嬉しかった」
順ちゃんが、私の顔色を気にしている気がした。
「大丈夫、心配しなくても怒ってないからね」
安心して欲しかった。
一人暮らしで、寂しくないわけない。
そばに、知っている人がいると、それは心強いはず。
私、そんな風になれてるなら、嬉しいよ。
ああ、でもお母さんの代わりかあ。
お母さんも心配性なんだね。
こんなに可愛い子が娘なら、仕方がないと思うけど。
きっと、お母さんも世界で一番、
順ちゃんを放っておけないんだよね。
それでも、今、傍にいるのは、私。
今、傍にいることを許されてるのは私だけ。
ううん。
驕ってるよね。
「パンフレットもらいにいこ?」
順ちゃんの手を掴むには、
まだ勇気がいるので手招きする。
でもね、私も、なんでかな。
こんなに世の中には色んな人がいるのに、
あなたのことばっかり考えてる。
そんな人、あなた以外にいないよ。
二人ともお腹が空いていたので、
端っこから食べ物系の屋台を先に物色し始めた。
「フランクフルト半分こしよ」
順ちゃんに半額出してもらって、
二人で分け合った。
マスタードとケチャップが混ざり合って、
滴り落ちそうになっていた。
それを片づけたら、
焼きそば、たい焼き――。
「ねえ」
順ちゃんが私の肩を掴む。
「食べ過ぎて苦しい」
「え」
まだ、腹八分にも満たないことを告げる。
「こわッ。おかしい」
「ええッ」
ひどい。
確かに、人より食べてる自覚はあるけど。
「あのさ、ひよ、ちょっと休んでいい?」
「いいよ?」
「人に酔った」
確かに周りを見渡すと、
人、人、人。
そんなので、講義とか大丈夫なのだろうか。
ふらふらと、ベンチへ向かう順ちゃん。
プラス、食べ過ぎもある。
私はお水を買ってきて、順ちゃんに手渡した。
「ありがと……」
一口だけ飲みこむ。
「みっともないとこ見せたね。いつも、そうだけど」
ため息交じりに、
順ちゃんは言った。
「そんなことないよ」
「そっか」
唇を薄く延ばす。
嬉しそう。
「こんなの見せられるの、ひよだけだと思う」
それは、お母さんにも見せれないってことかな。
「……かっこつけなくていいから、私だけじゃなくて、もっと周りの人にも見せていいんじゃないかな」
少し、お説教っぽくなった。
「……や」
「やじゃない」
少し熱くなってきた。
「それに、もっと、自分のこと褒めてあげていいと思う」
「先生っぽい。小学校の」
「からかわないでよ」
「ごめんごめん」
「順ちゃん、私……順ちゃんが辛いの見るの辛い」
「ひよ……」
順ちゃんは右手を自分の目に当てた。
違う。
目を隠してるみたい。
その後、暫くそこで休んで、新体操部の催しを見て、
二人で歓声を上げて、多少元気になってから、
学部棟を案内してもらった。
「机とか椅子がすごくオシャレだった」
「そうかな」
「だって、私の大学、高校の時のと同じだった」
「付属だからじゃない?」
「違うよー」
陽も沈みかけてきた。
ほとんど回れたかな。
「帰る?」
順ちゃんは言った。
「うん」
かなり冷え込んできて、
二人体を寄せあって帰宅した。
途中、夕飯を何にするか話し合って、
結局、近所のスーパーに行ってお惣菜を買った。
それから、お酒を何本か。
私、かなり顔に出るし、
弱いからあんまり飲みたくないのだけど、
酔っている方が、緊張せずに、
もっと言いたいことをすらすら言えると思ったから。
「じゃあ、一本」
と言って、順ちゃんに三本くらい買わされたのだった。
夜。
買ってきた焼き鳥で、
順ちゃんがお得意のネタでからかってきて、
久しぶりの再開に、お互い缶ビールで乾杯した。
「私は、顔にも全然出ないし、酔わないから」
と、よく分からない宣言をされた。
その頃には、私はビールを半分くらい飲んでいた。
「……うん」
と、話半分で頷いた。
まずいなあ、と胸中で呟く。
緊張と、たぶん、バスの中で完全に熟睡できてたわけじゃなかったから、
酔いが回るのが、いつもの2倍速い。
「飲み比べはしない方がいいよってことを言いたかったの」
「そっか――」
顔がぽぽぽッと熱くなっていく。
脳みそを稼働させていた妖精たちが、
次々と労働を放棄していくのが分かった。
「大丈夫、私……一缶で酔えるお手軽で経済的な子だから」
と、よく分からない自慢をする。
「あー、ひよ?」
「ていうか」
ていうか?
これ、私が言ってるのか。
このまま続けていいのかな。
「あのね、順ちゃん友達いないからって言ってたけど、私、友達だよ? そうでしょ? 違う? 違わないよね?」
息苦しい。
「ひよさん?」
「どうなの」
そこのところ、はっきりさせないとね。
「ひよは、友達だよ」
「友達? ほんと?」
「そうだって」
「よし」
私は、納得した。
でも、友達って何。
友達だから何。
何もできないよ。
「私は、友達やだ」
順ちゃんが、缶ビールを取り落とした。
「きちゃない」
近くにあったティッシュを放り投げる。
順ちゃんの顔面にクリーンヒットした。
「ごめん……」
冷静に謝った。
順ちゃんは鼻を抑えて、何事もなかったかのように、
ぶちまけたビールを拭き始める。
「でも、友達やだ」
彼女の動きが止まる。
「なんで……」
「いやなのはいや」
わけがわからない、と訝し気に眉根を潜めている。
なんで分かってくれないのかなあ。
私は、残りの液体を体に流し込んだ。
「ひよ、弱すぎ……ごめん」
謝られた。
「順ちゃんは、結婚したいとか……子どもが欲しいとか思ったことある?」
「いきなり、だね」
「そう?」
順ちゃんは、わずかに残っていた缶ビールの底の一滴を飲み干してから、
「私は、結婚したくない。というか、できないよ。ましてや、子どもなんて無理。母さんにも言われたけど、子どもみたいなあんたが子ども育てるの? って」
「結婚する時は、みんな子どもだったと思うんらけろ」
あ、呂律死んできた。
やばいよ。
もう一つ開けよう。
「ひよ、ご飯食べながら飲んだ方が、ああ、というかもう飲まない方が――」
「みんな結婚した後も、誰かの子どもらもん」
「うん、そうだね」
「じゃあ、偽装結婚したら。そしたら、経済的にも安心らし、周りの人も安心してくれるろ……?」
最近、そんなドラマあった気がする。
「ひよは、結婚したいの?」
「うん――」
「もしかして、誰か好きな人というか……彼氏できた?」
順ちゃんはぼそりと聞いてきた。
「彼氏いないもん」
私は言った。
「そっか」
「でも、好きな人はいるもん」
「へえ、どこの人?」
「言わないもん」
死んでも教えないもん。
教えない。
それで、順ちゃんがもっと、私のことに興味持てばいいの。
「当ててみてよー」
私は、素手でミニトマトを口に放り込む。
「無茶でしょ……」
順ちゃんは、首を捻る。
悩め、悩め。
「ヒント」
「ひんとお?」
「だって、私はひよの交友関係全然知らない」
「じゃあ、小・中の同級生。これ以上のヒントないよ。出さないよ」
今、順ちゃんの頭の中では、
同級生の男の子達がほいほいっと選別されているんだろうなあ。
私に合う人を探しているんだろうなあ。
自分で誘導しておいて、
なんだけど、
嫌。
「分かった、勇也君」
「ちがーう」
「敏夫」
「ちがーう」
「もう、分からない。覚えてない」
それはそれで酷いかも。
私は机に突っ伏する。
あ、頬がひんやりして気持ちい。
「え、寝るのひよ」
「寝ないよ……」
「今にも、寝そうだけど」
「答えが出るまでは、寝ない」
「えー……ふうん?」
プシュ、と子気味よく次の缶を開ける順ちゃん。
「ギブ」
「えー、もう」
「覚えてないから、出るものも出ない」
「仕方がないなあ、じゃあ、最大のヒントね」
あれ、そんなこと言っていいの。
いいか。
でも、待って。
あ。
「えっとねぇ、目の前の人」
目を瞑って、
机に向かって、
私は朦朧と呟いた。
「それ、ヒントじゃないじゃない。からかわないでよ」
「からかってないよぉ」
「からかってないなら、なんなの」
「だから、からかってない――」
あれ、私今なんて言ったんだろう。
「だって、それじゃあ、私が好きってこと?」
順ちゃんが言った。
私は、恐る恐る顔を上げた。
さっきから何杯もビールを飲んでいる順ちゃんの表情は、
恐ろしいくらい、いつも通りだった。
「私、最後、なんてヒント出したの……」
間抜けなことを聞いた。
「目の前の人って言った」
なんてこと。
なんてこと。
なんて――。
「ご、ごめんやっぱりからかってた」
「あ、そうだよね。だと思う――わけないよ?」
ええッ?
「ちが」
私は立ち上がった。
机がひっくり返りそうになる。
後ずさりして、こたつのコードに足を引っかけた。
「ほわ?!」
後ろに反り返る。
「ひよ!」
尻もちをついた。
身を乗り出して、順ちゃんが見下ろしている。
「ほんとなの」
私は両腕で、顔を隠した。
泣きたい。
口の軽いさっきまでの私、
許さないから。
私は、もう、どうにでもなれと頷いた。
「いつから」
いつからって。
「気が付いたら」
順ちゃんは、急に静かになった。
無言の時間が流れる。
ああ、テレビつけてもらっておけば良かった。
今から、テレビつけらんないよ。
私は、転んだ体制から起き上がれなかった。
体が固まっていた。
順ちゃん。
順ちゃん、何か言ってよ。
私のこと、そんな風に見たことないよね。
だったら、それでいいから。
そう、言ってくれていいんだよ。
がたん、と食器が揺れた。
私は恐る恐る、腕の間から順ちゃんを見た。
頭を抱えて、揺れていた。
私は飛び起きた。
「順ちゃん?!」
顔色が悪い。
「わ、私、こんなにショックを受けられると思ってなくて……」
「ちが、ちょっと発作が」
発作?!
「薬、とって、テレビの上」
「あ、うんッ」
お酒を飲んだ後に、薬なんて服用していいのかな。
と、なんの薬かもよく分からないけど、心配になった。
「自律神経を整える薬……?」
順ちゃんが簡単に説明する。
「ほら、高校の時、彼氏ができた時期、私変なこと言ってたでしょ」
「そう言えば」
「あれの延長っていうか、立ちくらみみたいなの。去年もこのくらいの時期にあったんだけど」
もしかして、お母さんが来てくれたのって――。
「私、ストレスに弱いみたいで」
ストレス。
私、ストレスかあ。
ふいに、そう思って、
涙が止められなくなった。
「ッぅ……ァ」
「ひ、ひよ!?」
順ちゃんが私の肩を掴む。
「ちがう、ひよがストレスってわけじゃなくて、その色々あるの、感動したり、興奮したりそういうものが体にとっては刺激になるから」
「びっくりさせたんだね……。ごめんね、順ちゃん」
「びっくり、したけど……」
「生きててごめんなさい」
「そこまで言わなくていいし……最後まで聞いてよ」
頬を両手で挟まれた。
「えうッ」
「びっくりしたけど、嫌じゃなかったから。そりゃ、そういう風に考えたことなかったけど」
見込みがあるってこと?
違うよ、期待しちゃだめ。
考えたことがないって人に、
変に期待してる自分が可笑しい。
でも、順ちゃんの負担にだけはなりたくない。
「私、順ちゃんが好きだから、迷惑かけたくない」
言ってしまって、元も子もないけど。
「迷惑じゃないよ。私、ひよといる時が、一番落ち着いていられるんだって、今日一緒に居て気づいた。だから、私は好きでいてくれてありがたいって思ってる。ただ、女の子にそういう風に思ったことないから……」
「い、いいの。思わなくていいの。いつも通りでお願い。伝えられただけで、良かったの」
「友達だって思ってた」
「うん……」
「その認識を変えないと、付き合えない」
「う、うん?」
「それは、付き合う方向に話が進んでいるってことなのかな……?」
「そうだよ。だから、最後まで聞いてって言ってるじゃん」
「なんで」
「付き合わない理由がない」
どうして、そんなこと言えるの。
だめ。
嬉しくて、溶ける。
「そんなこと言ったら、付き合う理由だって」
「それは、今さっき言った」
順ちゃんは、
私の頬に手を寄せる。
「私、このままじゃダメだと思ってた。一人で生きていけないって。でも、ひよとなら、生きていけるって思えた」
「今日一日で、そんなこと分からないよ……」
「だから、付き合ってみるの」
ああ、神様。
たぶん、順ちゃんも相当なミーハーなんじゃないかと思います。
おわり
とりあえず終わりです
お付き合いどうもです
乙
乙
付き合った後の話書いてもいいんやで?
表現というか文章が好き
続きと言わず定期購読したい
今年もいい年になりそう
乙
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