・デレマスはアニメ版準拠設定、ライダー側はTVSP・劇場版を含んでいます
・1日1回まったり進行
・できれば来週の水曜日まで(10日間くらい)に完結させたい(希望的観測)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1450002752
<R← I>
山林の空気というのは、往々にして美味しいものである。
都心部を離れた場所となればなおのこと。
そして、元より空気の良さをウリにしていると来ればもう言う事はない。
尾室隆弘がやってきたのは、まさにそういう場所であった。
といっても彼は息抜きにやってきたのではない。
その証拠に、彼の背後には山林に似つかわしくない大型トレーラーがあった。
周囲には野山で動き易い、思い思いのアウトドアスタイルに身を包んだ人影が幾つか動いている。
やがてその中の一人が、トレーラーの前で待つ尾室に近付いてきた。
「隊長、たしかに目撃証言通りの活動痕跡が確認されました。
ただ、痕跡が山林一帯に及んでいるので、彼らの本拠地を探り当てるには少々時間がかかりそうです」
ショートカットの印象的な女性からの報告を、尾室はうんうんと軽く頷きながら聞いていた。
その姿からは部隊を率いる隊長らしさはほとんどなく、むしろ小市民的な親しみやすさが滲み出ている。
しかし、判断力までは凡人というわけではない。
「わかった。まぁ何年も潜伏してる相手だからね、こっちも根気良くいこう。
今日は探知用ソナーだけ設置して一旦引き揚げ。明日、トレーラーはここに来て調査継続。
僕は単独で千曲署まで行ってくる。調査延長の連絡ついでに、目撃証言が増えてないか確認してくるよ」
的確に指示をまとめ、尾室は部下にそう伝えた。
山林一帯を細かく洗い出すとなれば、相応の手間はかかる。短期調査の予定だったので追加手続きも必要だ。
しかし、ハズレでなかった以上は事を進める以外の道はなかった。
なにせ今回の相手は、尾室の率いる部隊にとって本来の仮想敵とされた存在である。退く理由などありはしない。
「了解しました。…それにしても明日1人で千曲署、ですか」
「うん。県警本部まで行くよりも早いからね。
ホント、毎度のことだけど迷惑かけるね。隊長じゃないとできない事務仕事が多いのは困りものだよ。
おかげで君に現場指揮を頼む機会が増えちゃって…」
「いえ、それは全然かまわないんですけど」
部下の素っ気ない割り込みに、尾室は思わず口を止めた。
隊長という立場にも関わらず、現場指揮の負担を頻繁に部下に背負わせてしまっている悩みに嘘偽りはないのだが、
どうやらそういうことを聞きたいわけではなかったらしい。
「隊長は明日何があるかご存知で?」
「…どういう意味?」
思わずきょとんとしながら尾室はそう聞き返した。
思い返しては見るものの、何か思い当たる節がない。
明日は別に隊員の誕生日も部隊の緊急活動予定もないはずだった。
そんな思案中の尾室を見て、部下がいたずらっぽい笑みを浮かべている。
「明日はちょっとしたイベントがありましてね…多分色々立て込んでると思いますよ、千曲署。
まぁ、ここのところ隊長はお忙しかったですし、息抜きにはちょうどいいんじゃないかと」
「ヤだなぁ、慌ただしいと手続き応対でカリカリする人多いのに。何があるの?」
軽く笑いながら出た部下の言葉にも、尾室はピンと来ない。
息抜きというからには、明日起きるのは問題事ではなく楽しいものらしい。
ただ、手続きに行く身としては催事が原因で手続きが面倒になるのは単純に困る。
「それは行ってみてのお楽しみ、ということで。調べればすぐにわかりますけど。
じゃ、私はソナー設置と撤収準備のために、みんなをトレーラーに集めてきますね」
「ああ、うん。お願い」
結局、明日何があるかはぐらかされたまま、部下は山林へ戻って行く。
その場には尾室一人だけが残された。
綺麗な空気を吸いながら改めて思い返すも、やっぱり何があるかわからない。
だから、あまり深く考えないことにした。
(息抜き、ねぇ…何があるか知らないけれど、僕は逆に気持ちを引き締めに行くつもりなんだけどな。
あそこには、今の僕の原点があるんだから)
背伸びする尾室の背後に停まるトレーラーの車体には、はっきりと「G5」と描かれたロゴが入っていた。
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Masked Rider AGITΩ
----------------------→
天使よ大地へ還れ
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The IdolM@ster Cinderella Girls
The IdolM@ster Side M
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おお、超電王、鎧武ときて次はアギトか。期待
<R------→I>
長野県・千曲警察署。
管轄内に上信越自動車道と長野自動車道が交わる更埴ジャンクションを有するこの地は、
県内でも特に高速道路事故撲滅への意識が強い。
交通安全祈願の神を祀る神社まであると来れば、交通安全週間の実施においても
力を入れていく方針が出るのは当然ではある。
…あるのだが、今年は力の入れ方が少々違った。
「サイキック~、出動ぉ!」
少女の変わった号令に合わせ、千曲署をやや離れた大通りから白バイ隊が発進する。
隊員達のテンションが心持ち高く見えるのは、報道陣によるフラッシュだけが原因ではない。
そして、白バイ隊の発進を見送るオープンカーの後部座席には、3人の女性が立っている。
-セクシーギルティ。
美城プロダクション所属の現役アイドルグループであると同時に、今日は高速道路交通警察隊の一日隊長である。
いくら交通安全週間に真摯に取り組むとて、県警レベルで芸能人を用いたPR活動に手を出すのは
簡単な話ではないのだが、今回だけはトントン拍子に話が進んでいた。
その理由は、オープンカーの運転席後方に立つ女性の存在にある。
腰に手を当てて仁王立ちする姿は実にアイドルらしくなく、どちらかといえばまだ現職警官に近かったが、
それも当然ではあった。
片桐早苗。
彼女の前職は、長野県警の警察官である。
(にしても、あの音楽隊があたし達の曲を演奏するとはねぇ…)
仁王立ちの姿勢はそのまま、早苗はちらりと横目で警察音楽隊の様子を見ていた。
今日のためにわざわざアイドルソングの練習をしていたらしい。
現職当時ではありえない光景に、今更になって早苗は自分がアイドルになった実感を得ていた。
「そういえば、警察にいた時の早苗さんって何してたんですかー?」
式典開始からそれなりに経ったからか、不意に中央に立つ及川雫が話しかけてきた。
背があまり高くない早苗からすれば、長身の雫は頭一つ分ほど上背があるのだが、
105cnもの大きさのバストも手伝って傍から見るとそれ以上の身長差に見える。
それでも相手にプレッシャーを感じさせないのは、まさしく癒し系アイドルたる雫の面目躍如なのだが、
さすがに話題が自分の過去となると早苗も軽くは話せない。
「…盗犯係で前線出づっぱり、ってところね」
「盗犯係?」
「ああ、その名前じゃわかりづらいか。
うーん、ものすごく平たく言えばドロボー捕まえてたの。強盗とか車上荒らしとか、そういう類。
ドラマで見る刑事に比較的近いのかな?殺人だの詐欺だのは課が違うけど」
「そーなんですかー。紹介資料のイメージで、なんか路上駐車とか取り締まってる気がしてましたー」
言われて、早苗は自分がプロダクションに入って最初に撮った写真を思い出した。
元・婦警という経歴を押し出すためにあえてステレオタイプな婦警の服を着たが、
そういえば撮影現場のアイデアで交通整理用の笛も吹いていた気がする。
わかりやすいのは確かだが、実際の経歴との齟齬があるのは間違いない。
「宣材はあくまでイメージよ。今日手伝いに来てもらってる新人の子…シンデレラ・プロジェクトだっけ。
あそこの子達だって、宣材じゃネコミミとかゴスロリとか着てても学校じゃそんなことしてないでしょ?
それと同じ。まぁ、例外もいるけれど」
含みを持たせながら、早苗は雫の背後を見やる。視線の先にいるのはまさしく例外。
婦警姿になってもなお、紹介資料の写真さながらスプーン片手に力んでいる少女の姿があった。
「ユッコちゃーん、発進の号令はキマってて良かったんだけど…まだやってたの、それ?」
「白バイ隊の皆さんが帰ってくるまで護身(プロテクト)オーラを届けてるんです!むむむむ!」
そう言うとユッコ-堀裕子は、常に携帯しているというスプーンを手に、再び必死で念を送り始めた。
どうやらスプーン曲げの要領で、オーラを飛ばしている…つもりらしい。
早苗にはよくわからなかったが、こういったエキセントリックな行動が裕子の持ち味なので、
支障がでない限り止めるようなことはしなかった。
なにせ、裕子は「超能力アイドル」というとんでもない触れ込みのアイドルである。
下手なグラドルが束になっても叶わないダイナマイトボディを持つ雫とも、
そして元・婦警という凄まじい前職を持つ早苗と比べても、インパクトでは釣り合いが取れている。
裕子のオーラ発射はその後も続いたが、さすがに高速道路に入った彼らが帰還するまで
白バイ隊の発進式が続くわけもなく、間もなくオープンカーは千曲警察署へ戻る道を進み始めた。
「警察のイベントははじめてですけど、思ったより普通でしたねー」
「そんなもんよ。あたしは古巣ってこともあって最初から緊張感ないけど」
言葉通り、早苗は全く緊張感なく答えた。
本来は雫のように、一度は警察組織相手に身構えるものだが、内情を知っている早苗にそう言ったものはない。
もっとも、姿を見る限り雫や裕子とてそうそう緊張はしていないと、早苗には見て取れた。
マイペースにエキセントリックとやや特殊な感性をしているのも原因だが、それ以前に彼女らは-そして早苗自身も-アイドルである。
この程度の状況に呑まれていては話にならない。
だから、今日最後のスケジュールを確認する早苗の声もまた、やはりリラックスしたものだった。
「よっし、あとはクロージングの交通安全イベントだけね」
<R←------I>
(なるほどね。これは慌ただしいな…)
尾室がやってきた千曲署内は、人の動きが激しい上に人員が少なかった。
部下の言葉通りの状況に面食らったものの、入口に貼られたポスターのおかげでその理由はわかった。
一日署長-今回は一日隊長だが-という催事は、ことPRという点では警察にとって必殺技に近い。
通常は署の壁面やサイト上で必死に告知してもさしたる効果がない内容も、
一日署長という形になれば、芸能人目当てでニュースメディアが片っ端から記事にしてくれる。
しかもそれがただの芸能人ではなく、署のOGであるなら絶対手は抜けない。
だからこそのこの状況である。
ポスターに記載された内容では、白バイ隊発進式の後、署内のホールで交通安全週間告知を兼ねたステージイベントまであるという。
終了時刻を考えると、イベントに回された人員がすぐ帰ってくる可能性は薄いだろう。
結果、尾室は署内のベンチで座って待つことにした。人員が少ないとはいえ、業務自体は止まっていない。
(根気良く行くって決めたばかりだからね。慌てない、慌てない…っと)
呼び出しがかかるまで寝るつもりで目を閉じた尾室だが、胸ポケットに入れた携帯のバイブ音にそれは押し留められた。
出てみると、相手は千曲署の状況を予見したあの部下だった。
「隊長、そちらの状態はどうです?」
「いい具合に混乱してる。そっちに戻るにはもうちょっとかかりそうだよ」
「そうですか…こちらも少し、状況が混乱してくるかもしれません」
部下の声に緊張感が少なからず含まれていることに気付き、尾室は何があったか察した。
「ソナーに反応があったのか?」
「はい。微弱ですが、複数の動態反応がありました。
現在、Gトレーラーで反応が集中して見られた場所に向かっています。
ただ野生動物が引っ掛かった可能性もあるので、まだ隊長に緊急帰還をお願いするには早い状況でないかと」
「わかった。僕はここで対応待ちしてるけど、もし例の相手が見つかったらすぐに連絡を」
了解、という言葉を最後に電話は切れた。
同時にふうっ、というため息が思わず漏れる。
ソナーの捉えた相手が思った通りの存在であろうとなかろうと、この先の心配を尾室はしていなかった。
仮に反応が当たりなら戦闘になるだろうが、尾室の鍛えた頼れる部下達なら、今の状況を乗り切れるだろう。
もし野生生物の誤探知であったのなら、それこそ当初の予定通り署で調査継続の連絡をするまで。
なら、重要なのは遠方地からでもきちんと指示を飛ばすことで、むやみに焦って引き返すことではない。
割り切った尾室は、署内の簡易パンフレットを見直した。
配置を確認すると、間もなくしてベンチを離れる。
イベント実施に回された本来の担当者を捕まえた方が、話も早く進むかもしれない。
そんな淡い期待もさることながら、アイドルの1人に見覚えがあったのも抵抗なく足を進められた原因だった。
それは尾室がここに来た、もう1つの目的とも無縁ではない。
目指す場所はイベント会場、そしてその後ろにある倉庫棟。
そこには苦くも忘れられない、思い出の品が眠っている。
<R------→I>
「お弁当おいしいです!!」
ロケ弁片手の裕子の声が部屋に響く。
良くも悪くもストレートな反応はいつも通りだったが、その語気がかなり強いことを早苗は感じていた。
オープンカーが千曲署に戻った後、到着直後にステージイベント開始ということはなかった。
発進式に来た観客や報道陣の移動時間を考慮したタイムスケジュールのおかげである。
そのため、セクシーギルティの面々は署内の臨時控え室に入り、遅めの昼食休憩を取っていた。
用意されたのは現職当時は散々食べた、そこそこリーズナブルながら素材の味をきっちり活かした弁当。
早苗にとっては懐かしくも珍しくないものだが、都内のスタジオ撮影で出る弁当と比べれば個性は良く出ている。
もっとも、朝からあまり腹に入れていないという事実も多少は味に影響しているだろう。
結局オープンカーを降りるまで念を送り続けていた裕子も、昼食と知るやあっさりスプーンを衣装のポケットにしまったのだから。
かくいう早苗も久々の弁当を早めにかき込んでいる。ステージ上で腹の虫が鳴ってはかなわない。
やがて箸を動かす手が止まりかけてきた頃、不意にノックの音がする。
直後に部屋のドアから入って来たのは、スーツ姿の実直そうな男性が一人。
「みんな、お疲れ様。あと少しだね」
やや頼りなさげな見た目と裏腹に、セクシーギルティの3人にかけた声は、物怖じしないハッキリしたものである。
その態度自体、彼がただのサラリーマンでないことの証左だった。
「プロデューサーさん、もうステージの準備が出来たんですかー?」
「そうじゃないよ。順調に進んではいるけどもうちょっとかかる。
まぁたとえ出来てたとしても、ウチのアイドルが食事後間もないなら無理にだって時間調整するけどね」
既に弁当を空にし、実家の名物である牛乳を飲んでいた雫の問いに、男-セクシーギルティの担当プロデューサーは軽く答えた。
美城プロのイメージロゴをあしらった、特注の関係者用腕章が眩しい。
と、今度は裕子の声が飛んでくる。
「じゃあプロデューサーもお弁当食べに来たんですか!」
「いや、ウチのロケ車で食べたから。第一、発注ミスってなかっったら弁当余ってないはずだよ」
「むむむ…ならば、さいきっく☆透視で隠れているお弁当を探します!」
そう言うと裕子は、さして広くない部屋の中で目を凝らし始める。
相変わらずエキセントリックで強引なその光景に、思わず溜息を漏らし掛けた早苗の方に、
プロデューサーの手がポンと乗った。
「ということで、早苗さん」
「え、あたしに振るの?ここで!?」
「あの、ユッコちゃんのことはとりあえず置いといてください。
…陣中見舞いにちょっと意外な人が来てます」
「意外な人ぉ?まさか握野君のことじゃないでしょうね」
早苗が釘を刺した直後、部屋の外で派手な音が鳴った。
入口を開けると、そこには目つきの悪い三白眼の男が盛大にコケている。
尖り気味の歯も相まってその顔は実に印象が強い-一言で言うなら悪人面-ものだったが、
裕子と雫は全く気にしなかった。
「おお!さいきっく☆透視でも見えない場所に人が!」
「そ…そりゃどうも…」
「うわー、うちの牧畜犬みたいにキリッとしてますー」
「そういう褒められ方ははじめてだな…」
男-握野英雄が助け起こされる様を、早苗はジト目で見ている。
そんな彼女に、思わずプロデューサーは疑問をぶつけた。
「なんでわかったんです?何か彼から連絡でも?」
「いや、朝会ってるでしょ。たしかにしれっと紛れ込んでたから気付きにくかったと思うけど」
「うーん、覚えてないな。彼から聞いた感じではこれが今日初めて会うような感じでしたし。
申し訳ないんですが、いつ会ってました?」
「今日のイベントで出す警察犬の紹介してもらった時。
1頭しか連れて来てないのに、ドッグトレーナーが2人いるってのはおかしいでしょ?
気になって顔を見たら握野君って、吹き出すのこらえるので必死だったんだから」
「なるほど…だから先行取材の時に妙に笑顔が多かったんですね」
「いやいや、笑うこたないじゃないですか…!」
納得するプロデューサーの背後から、握野の声が飛んできた。
現職時の階級差を今でも律儀に守るこの男でも、ツッコミ所は見逃せなかったらしい。
が、早苗は意に介さず逆にツッコミ返した。
「笑わない要素がどこにあるのよ!?
そりゃ広域連続強盗事件で警察犬使う度に顔合わせてたけどさ、それにしたって元神奈川県警の人間が
あたしの古巣でさも当然のように犬撫でてるのはどー考えたっておかしいでしょ!?
ホント、なんのドッキリかと思ったわ」
「あれは警察犬見せてもらってたら偶然取材がカチ合っただけで…
ほら、カワイイじゃないですか。シェパードのベック」
その言葉に、早苗は語気を抑えた。
ついさっき「犬に似ている」と言われたばかりのこの男が、実際のところ半端ではなく犬好きで、
好きが高じて直轄警察犬訓練士にまでなった事実を、早苗はよく知っている。
それに午前中に直接対面した黒毛の目立つシェパードは、たしかに早苗の目から見ても愛らしい風ではあった。
なので、これ以上突くのはやめにした。犬に免じて。
「にしても…どしたの、こんな時に」
「こんな時だからこそ、見学させてもらいにきたんです。
オレも同じようなこと起こりそうだし、ケーススタディしておいた方が後々楽かなと。
朝はかなり忙しいようだったので避けたんですが、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」
丁寧に頭を下げる握野の姿に、るようやく早苗は彼がこの場にいる理由に納得した。
握野はプロダクションこそ違うものの、実は早苗と同じ「元警察官のアイドル」なのである。
古巣の警察にイベント目的で呼ばれる、という状況などそうそうあることではないので、
貴重な参考例として見ておきたい気持ちは理解できる。
警察犬を見ていたのも、ステージイベントと異なり一般人では入り込めない状況まで
見学するための策だったのだろう。…ただの犬好きが高じた可能性もあるが。
「ああ、そういうこと。なら、最後まできちんと見ていきなさい。
…時間的にそろそろよね、プロデューサー?」
早苗の言葉に、プロデューサーが改めて腕時計を見る。
時刻を確認したその目が一瞬だけ真剣になった。
騒ぎ過ぎたせいか、思ったより時間が経っている。
「ええ、そろそろです。会場への移動準備に入ってください」
「よっし!じゃ、せっかくだから握野君も入りなさい」
「ええ!?」
「ほら、円陣円陣」
プロデューサーの言葉に気合いを入れた早苗は、やや強引に握野の手を取ると、
裕子や雫、プロデューサーと共に円陣の形で手を重ねた。
「これが今日最後よ!セクシーギルティ!」
「さいきっくぅ~…」
「もー☆」
いつもより1人多い出陣の花火を挙げ、早苗達は臨時控え室を離れて行った。
<R←------I>
「地下?」
「はい。例の動態反応ですが、山林の中にある地下道から出ていたようです。
人間がやっと入れるサイズですので、先ほどG5を降ろして調査開始しました。
トレーラーは地上から併走という形で対応しています」
ステージイベントの終了とほぼ同時に会場を抜け出した尾室は、正門まで移動しながら再び連絡を受けていた。
尾室も部下達も、それぞれの状況でやるべきことをこなせている。
それが故にやや緊迫した状況においても、穏やかに通信連絡ができていた。
「反応そのものについては、野生動物ではないという識別ができた矢先に一度消失しています。
原因は不明ですが、何か彼らに呼応する反応があるのかもしれません」
「そうか。G5には無理に前進するなと伝えて。
あまり考えたくないことだけど、こちらを認識した上で挟撃を狙っているかもしれない」
「ですね。そうでなかったとしても、地下だと回避行動が難しいですから
…G5、聞こえる?移動速度を抑えて。それとできる限り移動範囲の広い場所を確保。
スペックは高いとはいえ、挟撃されては危険です」
山林で活動中の別の部下へ指示が飛んだのを確認すると、そのまま尾室は自分の側の状況連絡に移った。
「こちらだけど、ステージイベントはほぼ終わったよ。衣装トラブルがちょっとあったようだけど、
それ以外は特にアクシデントはなかったね。僕の探してた担当者もその場で捕まえて、話もまとめてきた。
署の方に追加の目撃証言は来てないけど、僕らの側で調査進展があった以上は調査期間は1週間延長して良いことになったよ。
…まぁ、本当は他に見るものもあったんだけど、この状況じゃ後回しだね」
「ええ。とりあえず、何か適当なアシを拾って合流していただけると助かります。
イベント後で動きにくいかもしれませんが、最悪はタクシー移動を…ん?」
「どうした!?」
不意に、電話先の声が途切れる。
問い直す尾室に聞こえてきたのは、いつになく緊迫した声だった。
「ソナーの反応が復活、同時にG5がターゲット捕捉して交戦状況に入りました!
相手は…アントロードです!」
ついにこの時が来たか、と尾室は覚悟を決めた。
倒すべき相手が見つかったのなら、もはや一刻も早く合流しなければならない。
「了解した。今すぐそっちに戻-」
しかし背後から響いた声が、口早な応答を言い終える前に遮っていた。
咄嗟に振り返る。発生源はイベント会場、それも裏側にあたる関係者口の方向と推測できた。
ただのトラブルなら無視して帰還するつもりだったが、思わず尾室は足を止めた。
-猛烈に嫌な予感がする。
「今聞こえたの、悲鳴ですか?」
「ああ。すまない、こちらでも何か問題が発生したらしい。
現場に任せられれば良いけど、コトによっては車両を出すまで時間がかかるかも」
「わかりました。G5ならそう問題はないと思いますが、状況の変化があったら連絡します」
「頼む。こっちも可能な限り速く移動する」
必要な指示を迅速に伝えると、尾室は電話を切ってすぐイベント会場までの道を引き返した。
今更になって正門まで来てしまったことを後悔する。
関係者口まで突き進むのにダッシュで3分とかからないはずだったが、
それが長いのか短いのか、今の尾室にはわからなかった。
<R------→I>
セクシーギルティの3人が会場の関係者口に現れたのは、ステージイベントが終わってやや間が空いてからのことである。
ステージ上で最後に起きたトラブル-裕子が念じていた際に雫の衣装のボタンが弾け飛ぶ-への対処もあり、
本来よりも遅れての移動となったが、既に観客や報道を相手にする仕事は終わっている。
後は警察関係者に挨拶すれば、今度こそ東京へ帰るだけだった。
だが関係者口の先で、早苗は一人立ち止まっていた。
「早苗さん、どうしたんですかー?行かないんですかー?」
遅れて関係者口を出た雫に声をかけられるも、早苗はまだ動かない。
思わず雫が視線を追った先には、やや古めかしい建物があった。
関係者口からまっすぐ進んだその建物の表札には「倉庫棟」と書かれている。
「結局、見れなかったな。一応思い出らしきものはあったんだけど」
「倉庫をですかー?」
「倉庫というか、中にあるものなんだけどね」
「開けてもらったほうがいいですかー?」
「…いいのよ。言い出せないくらいの未練なんだから。
あの時使う機会があれば、なんて思うのは不謹慎だし」
雫が近場の警官にとてとてと向かっていくのを手で制しながら、早苗はそう答えた。
が、直後に話を聞いていた裕子が制止を突き抜け、猛ダッシュで倉庫棟の扉に迫っていた。
「鍵明けもエスパーユッコにお任せを!さいきっく☆解じょ…」
「数字入力3回ミスったら大音量の警告音鳴るわよ、ソレ」
早苗の忠告に、念を送りながらボタンに伸ばそうとしていた裕子の手も足も止まった。
さすがに一日隊長で来たアイドルが、その署内で叱責モノの事態というのは格好が悪過ぎる。
「い、いやぁコレは『さいきっく☆解除』という寸止めテクニックでして!」
「耳まで真っ赤にして何言ってんの…」
思わずそうツッコむ早苗だが、それ以上言うことはなかった。
彼女達の行動にブレーキを掛けない方向性もさることながら、今の彼女達の心配の原因は自分にある。
-アイドルとして日々を過ごしている以上、迷う必要なんてないのに。
「…ま、心配かけて悪かったわね。プロデューサーと一緒に挨拶済ませて帰りましょ」
割り切ると同時に早苗が署の本館に足を向けた時、それは起こった。
「きゃああああああ!!」
唐突な女性警官の悲鳴に、真っ先に早苗が振り向く。遅れて雫と裕子も。
彼女達の視界に入ったのは、グンタイアリのような特徴を持った人型の怪物。
そんな奇怪な怪物を見て、すぐ口を開いたのは早苗だった。
「あれは、まさか…アンノウン!」
「「安納芋?」」
雫と裕子の声が不意にハモっていた。
緊迫した状況下で毒気を一気に抜かれる。
「芋じゃなくて『正体不明なもの』ってことよ。もっと正しく言えば…超越生命体ね」
アイドル仲間との年齢差を意外なタイミングで思い知りながら、早苗はそう説明した。
人類の敵として現れたアンノウンが世間を騒がせたのは、もう数年前の話になる。
しかも活動圏が偏っていた上に、報道管制によって警察外ではあまり事件が知られていない。
福井や活動圏を離れた場所の民間人である2人には、今となっては全く馴染みがないのもおかしなことではない。
だが、アンノウン関連事件を警察官として迎えた早苗は違った。
(アントロード。攻撃方法は、たしか…!)
記憶にあるあの怪人-アントロードの情報を探る。
その間にも女性警官の悲鳴を聞き付けた警官が、アントロードに向けて迫る。
その光景に、思わず早苗が口を開けようとした瞬間-
「ヤツらに絶対近付くな!陸で溺れ死ぬぞ!」
制止をかけようとした早苗より先に彼らを止めたのは、現場に割り込んだ握野だった。
その声に気付いた警官達は、女性警官のみを迅速に助け出し急いで距離を開けた。
幸い、一般客や報道はもう帰って久しかったので、退路や誘導の心配は必要ない。
同時に異変を察した署内からも、暴徒鎮圧用のシールドを持ち出した警官が応援にやってきていた。
だが、アントロードもまた1体ではなく、どこからか増援がやってきた。
偶然その近くに出てしまった警官に向け、アントロードが口から体液を発射する。
蟻酸と呼ぶべきそれをなんとかシールドで受けるも、ポリカーボネート製のシールドは無残にも一瞬で溶けてしまった。
盾を囮に咄嗟に退避した警官をそれ以上追撃することはなく、アントロードは本来の進行方向へ進んでいく。
そんな中、早苗達と握野は改めて合流を果たしていた。
「握野君!今、陸で溺れ死ぬって言ったわよね?」
「自衛隊基地襲撃事故の調査にウチの警察犬も出てたんですよ…!
早苗さんなら、この意味がわかるはずです」
握野の予想通り、早苗は彼の言葉の意味するところがすぐにわかった。
かつて発生した自衛隊基地襲撃事故、その犯人こそアントロードである。
先ほどはシールドを溶かすのみで済んだが、これが人体に当たった場合、
体内の酸素を抜かれて陸上で溺れ、窒息死する事実が事故当時に確認されている。
そしてそれを知っているということは…おそらくこの倉庫棟の地下にあるものも、あるいは。
「わかった。握野君、ひとっ走り付き合いなさい」
「まさか、アレを動かす気ですか!?」
言葉の意を汲んだ握野の顔に驚愕の色が浮かぶが、早苗はそれを意に介さなかった。
「あんたと同じよ。『こんな時だから』…ね!」
キッ、と睨みつけた先には、アントロードの群れ。
20はいるだろう軍勢は、その全てが他の警察官を無視して早苗達の元に集中して向かって来ている。
理由は定かでないが、この怪物の目的が早苗達にあるのは明白だった。
ここで下手な方向に逃げ出せば大変な数の犠牲者を生むだろう。
目的が早苗達であれ、邪魔をすれば攻撃してくることは既に立証されている。
ならば本来の予定通り署の本館に入ったり、正門から屋外へ出るのは論外だ。
イベント会場に戻るのは少しマシではあるが、撤収が完了しきっていなければ少なからず犠牲者は出る。
選べる道は一つしかない。退路として、そして活路として。
イベント会場と道を挟んだ反対側、倉庫棟の方向へ早苗は突撃した。
入口にはナンバー式のロックがかけられている。チャンスは3度しかないが、早苗は迷わず手を伸ばす。
備え付けのボタンで素早く「020127」と入力すると、カチリという音と共にロックが外れた。
(やっぱり暗証コード変わってない!あれから有事なんて起きてなかったろうから、当然か)
一発で解錠できた運に感謝しつつ、早苗は迷わず倉庫棟の扉を開けて内部に突入した。
早苗の後を追う形で、雫と裕子、そして握野も入口を抜けて突き進む。
そしてアントロード達もまた、続々と倉庫棟の中へ入っていった。
倉庫棟の扉に外部からロックがかかったのは、最後の一体が入って間もなくのことである。
020127は最終回の放送された日か
<R←------I>
(遅かった?…いや、まだ!)
辿りついたイベント会場通用口で見たのは、倉庫棟にアントロードが消える瞬間だった。
同時にアスファルトに垂れた蟻酸を見て、尾室は大方の状況を察する。
怪物の脅威を前に慎重な動きを見せている所轄の警官達を余所に、現場を駆け回り必死で捜索する。
そして、見つけた。
直後に携帯電話を迅速に操作し、部下へと繋ぐ。
「こちら尾室!状況どうなってる!?」
「こちらGトレーラー、G5はアントロードを撃破しながら徐々に進行中です。
ただ、アントロードの様子が妙です。動態反応にあった移動の兆候が見られず、
G5との交戦をいたずらに引き延ばしているように見受けられます」
「やっぱりか…その見立ては合ってるよ。今しがた、アントロードの一部がこちらに出現した。
マンホールを開けて出現した以上、その地下道のどこかをブチ抜いて下水道に出たんだろう。
こっちにいるのが本隊なら、G5と戦っているのはおそらく囮だ!」
「なんですって!?」
「ソナーの反応を逆手に取って足止めされるとは…読みが甘かった!」
アントロードの出入り口となったマンホールを前に、思わず尾室は歯噛みする。
動態反応が消えている間にGトレーラーは追跡を開始したわけだが、
敵は部隊を2つ以上に割いた上で、ソナーに1部隊のみをあえて反応させたのだと、尾室は判断した。
もちろんその囮とてG5にとっては倒すべき存在だが、もし尾室が千曲署を迅速に去っていたら、
本隊の移動先が判明した頃には署内に死体の山ができていてもおかしくなかっただろう。
…かつて、本当に死体の山を築き上げた相手なのだから。
だが、現に尾室はここにおり、そしてもう1つの可能性も生きている。
「G5のモニターカメラ解析、アントロード背後の壁面に崩落が確認されました。
隊長の予測通り、ここにいる個体はあの出入り口を通さないための陽動のようです」
「よし、武装ロックを全面解除!G5は遭遇したアントロードを即時撃破してくれ。
撃破後は前進して追撃を。この状況なら、挟撃の危険は薄いはずだ」
「了解しました。しかしこの数では、全個体を一撃で撃破しても即時到着とはいきません。
このままでは隊長が…!」
「まだ希望はある!」
弱気になりかけた部下を一喝するため、尾室は激を飛ばした。
日頃の穏やかな人柄からしてそれは無理をしたものだったが、それだけに真剣味はあった。
そしてそのまま、今一度の現状共有を図る。
「こちらに侵攻してきたアントロードは封じ込められてる。まだ人的被害は出てない。
それにここには-ここだからこそ、切り札がある。
アントロードを封じ込めたのが僕の想像した通りの人なら、あれを起動できるはずだ。
僕は援護に入って、こちらで事態を抑え込みにかかる」
「起動って…まさか、そこにGシリーズが!?」
「ああ。あそこにあるのは-」
尾室は一度言葉を切った。そして、軽く深呼吸してから答える。
それは過去の尾室の原点にして、未来への礎。
そして、今を打開する切り札。
「G3マイルド。G3ユニット最後の遺産にして、G5のご先祖様だ」
やっぱマイルドか・・・アントロードなら大丈夫だろうけど、もう少し上がでると不安
<R------→I>
早苗を先頭に、4人は倉庫棟内部を駆け抜けていく。
アントロードは歩行速度が遅いため、全速力で降りれば距離は簡単に開けられる。
しかし密閉された建物の中では、ただ突き進むだけでいつか追い付かれてしまう。
「どこまでいくんですかー?」
遅れ気味に走りながら雫が聞くが、それに答える者はいない。
その事実から今がよほど切迫している状況なのだと気付き、
雫は縫い付け直したばかりの衣装のボタンをかばいつつ、走る速度を上げた。
階段で地下3階まで降りたところでフロアに入り、さらに最奥の一室まで突き進む。
またも備えられたボタン入力式ドアロックに「010128」と叩き込み、解錠された扉をすぐさま開いた。
4人全員が入ると同時に扉を閉めた早苗が、その脇にあるスイッチを思い切り押し込むと重い音が響いた。
「おお!なんか派手な音がしました!!」
「この扉の内部ロックよ。通常のロックより防御機構が固まるから、そう簡単には破れなくなるはず。
それとこれが…倉庫棟入り口の遠隔ロック!」
騒ぐ裕子を尻目に、早苗は腕時計を見ながら近くにある別のスイッチも押し込んだ。
「これであの時見えてた分のアンノウンは全員釣れたはずよ。
あの速度なら猶予はあと10分、ってとこかしら」
「あのー、助けとか来るんですかー?」
「来ないわよ。来ても被害者が増えるだけだし」
事もなげに答える早苗と対照的に、雫と裕子がさっと顔を青ざめさせた。
扉の密閉性がいくら高かろうと、怪物が迫ってくる事実に変わりはない。
「えっとー、それじゃー私達って…」
「オトリになったってことですか!ひえぇー!」
恐怖を抑えようとしてか、雫と裕子が抱き合って騒ぐ間にも、早苗は室内を突き進んでいた。
元々この部屋は小学校の教室程度と大して広くない。
その上、物置扱いでもされていたのか、通路に雑然と置かれた段ボールが床面積を占有していたため、
1分もあれば必要なものは見つかる程度の行動範囲しか残っていない。
そうして見つけた、中央部の業務用パソコンの電源スイッチに早苗は迷わず手を掛けた。
「…だ・れ・が・オトリだって?
たしかに『助けは来ない』とは言ったけど、そんな自己犠牲みたいなくだらないコト話してないわ」
その言葉に応じるように、室内後方にある壁が動き出した。
金属製の壁で仕切られた隣室が開放され、再び早苗を先頭に部屋に踏み入る。
今度は教室の半分程度とさらに狭いが、それ以上に部屋の中央に鎮座するものが強烈な存在感を放っていた。
「な、なんかメカメカしいのがでてきましたよ!!」
ダイレクトな裕子の反応も、至極当然のものであろう。
それはまさしく機械の鎧だったのだから。
赤いアイカメラに、青と銀の金属装甲。
胸に光るは警察を現す桜の紋。
そして肩に赤い「00」のマーキング。
これをメカと呼ばずとして何という、といわんばかりの代物がそこにあった。
「G3マイルド…」
思わず漏らした握野の言葉に、早苗が敏感に反応する。
「やっぱり知ってたのね。ここにコレがあること」
「これでも、マイルドの装着員募集に応募した身ですから。
こんな顔でいつも怖がられてる俺からすれば、『警視庁公認で活動する仮面の戦士』なんてのに興味を惹かれないわけがなかった。
で、装着員募集は落ちたけど、自衛隊基地の件でG3-Xを偶然見れたこともあって、その後も個人で色々調べてた次第です。
といっても機密事項ですから、あんまり深く知ってるワケじゃないですけどね。
…そういう早苗さんは、俺以上に知ってるみたいですけど」
「そりゃ知ってるわよ。一応、当事者だもの」
「当事者?」
「今じゃもう隠すようなことでもないけど…後で説明する。今は時間がないわ」
その言葉に、握野は即座に引き下がった。
無駄な状況を作らないのは、警察組織の基本だ。
まして一刻一秒を争う事態ならそれは徹底されるべきである。
警察を抜けてアイドルになった今でも、その精神は忘れていない。
「3人とも、さっきの部屋に戻って。…あたしが行くわ。これであの怪物を倒す」
「早苗さんがそれ着るんですか!」
「わー、なんか強そうですー!」
「はいはい、っと。君らはこっちだ」
俄然盛り上がる雫と裕子達の肩に手をかけ、握野は元の部屋に戻っていく。
そのまま去ろうとする背中に、早苗の声がかかる。
「握野君、ナビゲートお願い。いけるよね?」
「多分。G3ユニットの情報が知識通りのものなら、鑑識で使ってたコンピュータと基本はそう変わらないかと。
もちろん現物触るのは初めてですから、結局は出たとこ勝負になりますけど」
「気休めだけど、握野君ならやれるわ。…頼りにしてるから」
そして早苗が壁のスイッチを操作すると、部屋を仕切る壁の向こうに3人の姿は消えた。
単身残った早苗は、すぐさまイベント用の婦警の衣装を脱ぎ棄てる。
代わりに着るのはハンガーに用意された黒いボディスーツだ。
軽いストレッチの後、スーツの下地となる黒肌の上から脚部・腕部・胴体と次々にパーツを合わせていく。
同時に早苗のやや小柄な体格に合わせ、パーツが自動でサイズ調整を行う。
G3シリーズでもっとも進んだオートフィット機能を有するだけに、早苗が意識する間もなく鎧は肌と一体になった。
そして、最後に前面だけしかない頭部パーツを顔に合わせると、やはり自動で後頭部のパーツが展開され頭部を包む。
(パンチの衝撃で頭部パーツだけが吹っ飛ぶ、なんて事態にならないよう改良したって話…信じるしかないわね)
かつてこの装備で起きた事故についての不安を振り切っていると、頭部ユニットが起動し視界が開ける。
同時に先ほどの部屋から通信が入った。
握野の声があまり慌てていないあたり、例の業務用パソコンは問題なく使えているらしい。
「早苗さん、こちらナビゲートルーム握野です。
マイルドの状況、および倉庫棟内の監視カメラ映像、モニタできました。
ただ起動ロックは解除できましたが、GM-01の火器管制ロックが解除できません。
パスコード式らしいから時間をかけても対処できるか…」
「オーケー、とりあえずこれで勝負するわ。コイツは基本的に体術勝負だし、01はダメでもこっちは動くハズだから」
腰の裏に手を回しながら答える早苗も、戦闘に入るというのに不安な様子は見せていない。
それどころか平常心すら窺える様に、人間相手とはいえひたすらに前線へ身を投じていたであろう早苗と、
後手に回った上で警察犬を伴っていても常に緊張の連続だった自分との違いを感じていた。
あるいは、これが早苗のいう「当事者」であることの強みなのか。
そんな握野の思いをよそに、早苗の指示が飛ぶ。
「出動したら、すぐにエマージェンシーコールを。当時と部署は違うかもしれないけど、
アンノウンに太刀打ちできる相手に緊急信号が行くはずよ。下手な相手に電話連絡するよりよっぽど話が速いわ」
「了解です」
「あとは…あの子達をお願い。特にユッコちゃんを」
早苗の言葉に、思わず握野は首を傾げた。
たしかに握野の目から見ても、どちらかと言えば雫より裕子の方がトラブルを起こしそうには見えたが、
同じ一般人という範疇である以上は大差はあるまい。むしろ緊急時の反射神経では雫の方が問題がありそうにすら見える。
「パニックにならないように、ということですか?」
「それもあるけど、ちょっとした懸念があってね…思い過ごしならいいんだけど」
ことさらに裕子を優先する理由が気になった握野が問うと、やや煮え切らない声が返って来た。
これから戦いに出るというのに迷いを持たせてしまった、と握野は少し後悔したが、
その揺らぎはすぐに消えた。
「まぁいいわ。あとはそっちのタイミングで出して」
目を閉じて、呼吸を整える。
いつ出ても大丈夫だと、早苗は行動で示していた。
ならばと、握野も状況を確認しゲート開放を急ぐ。
幸い起動システムと同じく、ゲートのロック解除システムも問題なく見つかった。
「じゃあ、いきますよ…G3マイルド、緊急出動!」
間もなくして目前の扉が開く。
前進して出動した早苗の視界に、まだアントロードの姿は見えない。
間髪入れずに握野からの通信が飛ぶ。
「カメラ映像で確認しましたが、地下3階にはまだ侵攻されてません。
先頭は地下2階手前です」
「了解。2階で食い止める!」
ナビゲートを受け、早苗は迷いなく階段まで進む。
そして一気に階段を駆け上がり、踊り場が見えたところでついに捉えた。
相対するアントロードもまた、既にG3マイルドの姿に反応している。
「だりゃあああ!!」
アントロードが口から吐く蟻酸を気合いと瞬発力でかわし、その勢いで腕を掴む。
そのまま腕関節を極めつつ、綺麗な背負い投げで床に叩きつけた。
景気の良い炸裂音、硬質の床の上にクッションなど存在しない。
人間相手なら、これですぐ立ち上がれるのはよほどタフな者に限られるだろう。
だが相手が人外である以上、G3マイルドによる身体強化を上乗せしてもこの程度では倒せない。
起き上がられる前に追撃すべく、早苗はG3マイルドの腰部後ろにセットされた武器を取り出した。
電磁コンバットナイフ、GK-07バンシィ。
試験運用後の本格配備を目指して開発された、GK-06の改良品である。
緊急時を想定し、マイルドの起動と同時にロック解除される仕様であることがこの状況では幸いした。
そして手の中で起動したバンシィを手に、ダウンしているアントロードへ肉薄する。
喉を真横に裂き、返す刀で縦に斬り付け、そしてその交点を突き刺す。
迷いなく三連撃を叩き込むと、喉より蟻酸が漏れ出る前にG3マイルドは後退した。
間合いを取った直後、アントロードの頭上に白い輪が浮かぶ。
同時に身体の内側から爆発を起こし怪物は散った。
(1対1ならいけそうね。一発でも喰らったらマズいけど、地の利を活かせば…!)
踊り場に立ち、階段を見上げる。
速度の遅さと足場を強引に降りてこない性質を利用すれば、ここで一体ずつ処理することはできる。
奇襲を受けるリスクも考え、早苗は進軍せずに万全の体制を整え迎撃する道を選んだ。
「早苗さん、次が来ます!」
握野の声から間もなく、視界の先の階段にまたアントロードが現れる。
バンシィを腰に戻した早苗は、再び呼吸を深く整えた。
(千客万来っていうなら、お姉さんとG3マイルドがたっぷり相手してあげるわ…!)
<R←------I>
行きはよいよい、帰りは怖い-図らずも尾室はその言葉を実践させられていた。
用事ついでにステージイベントを見に歩いた道を、全力疾走で辿る。
いくらG5の隊長になってから身体もそれなりに鍛えたとはいえ、それは心臓を絞め上げる行為に違いなかった。
ようやく千曲署本館の入り口へ辿りついた時、再び携帯電話が鳴った。
「隊長、千曲署地下からエマージェンシーコールが発信されています」
「倉庫棟のナビゲート端末からだろう。それが出せるってことは、少なくともシステム起動はできてるってことだ。
既にマイルドも出撃してると思う。コールに応じるためにも、今はG5の進軍を急いで」
「G5は現在、地下道と下水道の境まで到達しています。
先を急ぎたいのですが、下水道内各所にアントロードが待ち伏せしており強行突入ができません。
水道に蟻酸が混入する危険を考慮して、下水道内での交戦を避け地下道側へ引き摺りこんで交戦しています」
「それでいい。急いで欲しいのは事実だけど、そのために被害を拡大しては本末転倒だからね。
あとは、できるだけのことをしよう」
「了解です。…隊長、G5は必ず間に合わせます。それまでお気を付けて」
静かに、しかしいつになく力の入った部下からの連絡を切ると同時に、尾室は再び本館内に突入した。
イベント後の収拾と緊急事態が重なり、混乱の続く署内を駆け抜ける。
間もなくして尾室はイベント会場で見かけた初老の刑事を視界に捉えた。
今、署のスタッフでGシリーズについてもっとも理解と知識があるのは彼に違いない。
「先ほどはどうも、G5ユニットの尾室です。
至急、通信室にあるコンピュータを使わせてほしいのですが」
懐から取り出した警察手帳を突き出し、一気にまくしたてる。
この状況ではもはや、G5ユニットとしての権限を行使することに迷いなどない。
尾室の様子に刑事もまた目つきが鋭くなった。
「…G5への定期通信、ということではなさそうですな」
「ええ、倉庫棟のG3マイルドが起動しています。
状況確認も兼ねて、もっとも近い外部介入可能な端末をお借りしたい」
マイルドが起動している、という事実に目尻を一瞬だけ釣り上がらせた刑事は、
すぐさま席を立ち上がり署の奥へ向かって歩き出した。
「ご案内します、こちらです」
刑事の誘導に従い、尾室もまた足早に騒がしい署内を進む。
受付を抜け、デスクを抜け、最奥の階段へ。
その移動中、一つの声が聞こえた。
たまたますぐ近くを通った偶然か、あるいは数多の声を抜け響いた必然か。
ただ、尾室がその声を無視できなかったことだけは事実だった。
「彼女達は今どうなってるんですか!?会場から戻ってこないだけでなく、怪物と共に倉庫棟に消えたなんて!」
振り向くと、一人の男が広報担当者に喰ってかかっていた。
どこにでもいそうな、スーツ姿の実直そうな男。
だが、今できる限りのことをするために前に進もうとしている。
かつての自分に似たその姿が、思わず尾室の足を止めさせた。
「ちょっと失礼。…どうなさいました?」
先導する刑事に断りを入れて引き返し、尾室はその男と広報の人間の間に割り込んだ。
男は一瞬面くらったようだが、すぐに頭を下げて自身の素性を明かした。
「お世話になっております。私、美城プロの者です。
本日一日隊長を務めさせていただいたセクシーギルティ、片桐早苗・堀裕子・及川雫を担当させていただいております」
受け取った名刺には、たしかにその男の名と美城プロの名が書かれている。
広報担当者と異なる対応から、おそらく自分を署の責任者か何かと勘違いしてるのだと尾室は感じたが、
偶然とはいえ所轄の人間と異なる権限を持つ人間への対応として、それは間違ったものではなかった。
そしてこの状況において、尾室も彼の存在は無視できるものではない。
わずかに思案した後、プロデューサーの目を見て尾室は答えた。
「わかりました、今すぐ私と一緒に来てください。
彼女達が今どうなっているか知りたいなら、多分それが一番早い」
「尾室さん!?」
尾室の提案を刑事が制止しようとする。
アンノウンの大規模活動終息から年月が経ち、G5ユニットへ代変わりした今でも、
G3ユニットの存在が警察内の機密事項であることに変わりはなかった。
広報に関わった一関係者程度にやすやすと明かせるものではない。
だが、尾室はそれを知っていながら、逆に刑事を制止した。
「事態が僕の想定している方向に進んでいるなら、彼を連れていくことに意味はあると思う。
…それとも、彼女達の活躍や現場の混乱をメディア拡散させたいかい?」
その言葉に刑事の動きが止まった。
美城プロほどの大型芸能プロダクションともなれば、情報統制を破る一打を打つことは不可能ではない。
たとえそうでなくとも、広報の重大な一手である一日隊長の企画を後追いで潰されれば、
それだけで今日あったこと全てが警察広報史に残る汚点となりうるだろう。
G3マイルドを起動しているであろう人間のことを考えれば、なおのこと。
ならば隠蔽するのではなく、引き込むのが妥当と尾室は判断したのだ。
「いえ、G5の方にお任せします。…こちらです」
刑事はすぐさま引き下がり、尾室とプロデューサーを連れて再び最奥の階段へ歩き出した。
無駄な状況を作らないという警察組織の基本は、現職の刑事なら当然心得ている。
「勝手を言って申し訳ない。あとで埋め合わせはします」
「お気になさらず。小沢女史に比べればこの程度どうとでもないですから」
刑事の言葉に、思わず苦笑する。
強引なことを言ったと内心感じていた尾室だったが、かつての上司は尾室よりずっと奔放で、そして強引だった。
階段を駆け上がり、パソコンの並ぶ通信室に立ち入る。
緊急状況のためにほとんどの台は埋まっていたが、唯一壁際の一台が空いていた。
「あの台をお使いください。私は1階で倉庫棟外の対応にあたります」
「お願いします。この方への対応も含め、あとはこちらで行います」
尾室が頭を下げると、刑事は足早に階段を駆け下りていった。
そしてプロデューサーを伴い、空いている台に座る。
既に起動状態のパソコンを操作すべく、尾室は容赦ない速度でキーボードを叩いた。
「あの、尾室さん。早苗さん達は今どうなっているのですか?
現場の方から聞いた通りに倉庫棟に入っていったとしたら、あの怪物に…」
「大丈夫です。彼女がわざわざ倉庫棟に入ったのは、おそらく被害を抑えるためだけじゃない」
画面から目を離さずに、尾室はプロデューサーの不安を打ち消した。
なおもキーボードを叩く手が止まると同時に、モニタに複数のウインドウが開く。
どこかの建物内を映したと思しきウインドウの中の1つに、尾室とプロデューサーの視線が集中する。
そこには青い鎧を纏った戦士が、蟻のような姿の怪人を打ち倒していく光景が流れていた。
「これは倉庫棟内の監視カメラが捉えているリアルタイム映像です。
今、この怪物-アントロードと戦っているのが、おそらく片桐早苗さんと思われます。
証言にあった握野という男性が着ている可能性もあるので、緊急連絡が発信された
ナビゲートルームを見て確認する必要はありますが」
「いえ、間違いなくあれは早苗さんです」
今度はプロデューサーが、尾室の迷いを打ち消す。
その確信は片桐早苗を知るものだからこそ持ち得るものだった。
「早苗さんは相手を投げる時、ほとんど組み合わないで一気に投げにかかるんです。
実際に棟方愛海というウチの所属アイドルがよく投げられていますし、僕も投げられて知ってる癖なので間違いありません」
言葉通り、モニタの中の戦士はアントロードとの間合いを一気に詰め、組んだ直後に足をすくい払腰で叩きつけた。
直後に背後から取り出したナイフで斬り付けると、アントロードが爆発を起こし消えていく。
だが、また別のアントロードが階段上から現れ、再び交戦状態に入っていく。
その様子に装着者が早苗であるという事実と、幾つかの懸念が浮かび、尾室は再びキーボード上の手を動かし始めた。
「あの鎧は一体…?」
「G3マイルド。かつてあの怪物と戦うために警視庁G3ユニット…
僕がかつてオペレーターをしていたチームが完成させた、強化外骨格です」
尾室は青き鎧-G3マイルドについて語り出した。
たしかに機密事項ではあったが、今それを着ている人物の関係者には知る権利がある。
「G3マイルドはG3-Xという特機を、量産に向けて調整した試験機でした。
G3-Xに先んじて現場に到着し人々を守る用途に向け、性能は少し落ちるものの、
誰にでも使えて危険性も全くない優れた運用性を持っていたんです。
…ただテスト稼働の結果、量産自体は流れてしまいました」
量産保留の事実を話す一瞬、尾室は思わず顔をしかめた。
なにせ、テスト稼働時の装着者は誰あろう尾室だったのである。
当時の同僚や上司はフォローしてくれたものの、警視庁や神奈川県警内で装着者募集までかけて行った末の結果が、
自分の不甲斐無さによるものではないかと、今でも後悔している。
その反省の1つの結実こそ、今のG5ユニット隊長という立場であった。
「その後に諸事情あって、G3マイルドの試験機はこの千曲署に保管されることになったんです。
そして、当時ここにいた早苗さんがマイルドの現地装着者になった。
実戦の機会はなかったんですが、テスト装着はしてもらったんで存在は覚えていたはずです」
千曲署への移設とテスト装着時に会った当時の早苗の姿を、尾室は今でも覚えている。
パンチ一つも当てられず散った自分と違い、テスト戦闘の標的を格闘術で圧倒する姿に、
これが自分の上司と同じ「強い女」なのかと震撼したものだった。
…その上司と意気投合してビールと肉を胃に入れまくる光景もまた、鮮明に覚えているのだが。
そんな回想を、パソコン上で新たに展開されたモニタが打ち破った。
通信回線接続に先駆けてリンクに成功した、G3マイルドのステータス管理画面である。
(ステータスは…やっぱり限定稼働か!)
尾室の懸念の1つは的中してしまった。
今、早苗の使っているG3マイルドには、GK-07バンシィだけでなく、強化拳銃であるGM-01スコ―ピオンも追加装備されている。
直撃させればアントロード程度なら大ダメージになる上、予備カートリッジも含めればそうそう弾切れもしない。
だが早苗は格闘術とバンシィだけで戦い、予備カートリッジも持っていない。
その理由は単純だった。
-撃てないのだ。
GM-01の火器管制システムのロックを、現地のオペレーターが解除できていない。
バンシィと違い、銃であるGM-01はG3ユニットの専任オペレーターと統括者にしか解除権限がなかった。
「尾室さん、大丈夫ですか?」
焦る尾室の様子に、思わずプロデューサーが不安げな声をかける。
また不安を打ち消そうと大丈夫、と言おうとしたが、その前に彼の持つものに目が吸いこまれる。
それは今日のステージイベントの告知チラシ。署の入り口にあるもの
そこに書かれた文字が、別の懸念を崩した。
「そうか。そういうことか」
「あの、何が『そういうこと』なんでしょう?」
思わずキョトンとするプロデューサーに対し、尾室は逆に冷静さを取り戻して答えた。
「アントロードを追っている僕として、今回の行動に2つの疑問があったんです。
その1つが、長きに渡って痕跡らしきものを全く見せなかった彼らが、なぜ今になって動き出したのか。
それが解けたかもしれない。だから一つ、あなたにお聞きしたいことがある」
「僕がお答えできることで良ければ、なんでもお答えします」
尾室の真剣さに、プロデューサーもまた誠実な対応を返した。
この推測が正しければ、アントロード襲撃の核心に迫ることができる。
「この子について、こういうことは起きていませんか?」
言いながら、尾室はチラシの一点を指差した。
通信室の緊急連絡に紛れて行われたその問いに、プロデューサーはゆっくりと、しかし確実に答える。
「…おっしゃる通り、たしかにそういう事例が実際にあります。
ただし写真にUFOらしき物体が頻繁に映ったり、キノコの成長が著しく早まったというもので、
ステージ上のものとは全く違なるのですが」
「それで十分でしょう。彼らは自覚、無自覚を問いませんから」
プロデューサーの答えは、尾室の推測を裏付けるものだった。
ならばこの事件だけでなく、その後に取る対処も決まってくる。大きな前進だった。
光明が見えてきた勢いからか、尾室は最後の懸念を自ら明かした。
「…この際なので言ってしまうと、もう1つだけ疑問があるんです。
アントロードの長であったクイーンは、事件当時に撃破されているんです。
おそらくそれが原因でしょう、事件後間もなく遭遇した個体は野生に帰ったかのような行動しかしていません。
だから何故、今回のような作戦行動を取れるのか。それが疑問なんです」
それを聞いたプロデューサーは何やら考えていたようだが、すぐには何も答えない。
無理もない。彼は担当アイドルとの交流では専門家だが、怪人の生態系など知る由もない。
元より尾室も疑問を曝け出して気持ちを落ち着かせたいだけで、答えには期待していない。
が、その矢先に意外な反応が返って来た。
「これは一体…?」
プロデューサーがモニタの一点を指差す。
早苗が戦っている地下2階より上の、地下1階の映像だ。
その中に映るアントロードの中の1体は、他の黒一色の個体と異なり、胴体部が赤かった。
思わずキーボードを叩く手が止まる。
(騎士クラスとされるフォルミカ・エクエス?いや、違うぞ!)
覚えている限りの情報と照らし合わせ、尾室はその個体が何か判断しようとした。
アントロードは長であるクイーン-フォルミカ・レギアだけでなく、
その下にナイト-フォルミカ・エクエスというものもいる。
赤い胴体はまさしくエクエスの特徴だったが、手に持った武器が違う。
その武器はエクエスの持つ鎌ではなく、レギアと同じ三又槍なのだ。
加えて、レギアに似たマント状の羽根もあった。
そこから導き出されるのは-
「尾室さん…もしかすると、代役なのではないでしょうか」
「代役?」
「はい。
リーダーが不在になった場合、組織を存続させるためにリーダーに相当する役目を誰かが代わりに担う。
人間社会でよくあることが、彼らにも起きたのではないかと」
情報を元に尾室の行き着いた結論と、組織論から想像したプロデューサーの読みは一致していた。
アンノウンの主たる存在が手を引いたとされる時から、かなり時間が経っている。
生き残りが独自に成長するには十分な期間だ。
再び手を動かす前に、尾室はG3マイルド最後の敵であろう存在を改めて見やった。
(あの人を殺した『女王代理』…か)
<R------→I>
「これで!12体!」
通信で聞こえる音声と共に、G3マイルドが小手返しで崩したアントロードにトドメを刺す。
ナビゲートの甲斐もあり、早苗は順調にアントロードを撃破している。
だが、いくら強化外骨格を纏ったとて無敵ではない。
(いくら早苗さんとて、持久戦が延々続けばキツいか…!)
呼吸を整える前に漏れ出した息の切れる音を、握野は聞き逃さなかった。
元々、早苗はどちらかといえば短期決戦型の人間である。
ましてステージイベントで消耗した体力を回復しきらないまま倉庫棟へ駆け込み、
そのまま戦闘に入ったとなれば、最初からスタミナは半減していてもおかしくない。
体力消耗を悟らせない早苗のプロ根性は、同じアイドルである握野からしても流石という他なかったが、連戦が続けば限界は来る。
実際、10体目を超えたあたりから掴みかかる一瞬に、わずかだが反撃を受け始めていた。
今は肩部装甲に傷が付く程度だが、G3-Xより軽装なマイルドでは直撃一つが死につながるだろう。
かといって短期決戦を狙って強行進軍したところで、奇襲や包囲による直撃のリスクがさらに上がるだけ。
出せる指示は迎撃戦の継続だけだった。
(どうにかできないのか…!)
握野は一度モニターから目を反らし、室内に目を向けた。
背後にいる雫と裕子は、室内の荷物をひたすら整理している。
一見して使えそうなものを残しつつ、用途のわからないものは入口に積んでバリケード化する作業。
握野の背中越しに早苗の戦闘風景や倉庫棟内のカメラ映像を見ることはできるのだが、
それよりも今できることをしたいのだろう。
打開策は見つからないが、落ち着いた彼女達の行動は焦りを抑えるのに十分だった。
そうして再び端末のモニターに目を向けた時、カメラ映像の様子が先ほどと違うことに気付く。
「早苗さん、気をつけてください。様子の違う新手が来ます!」
「新手?」
「一体だけですが、胴が赤くて槍持ってるヤツが混ざってます」
「ソイツがボスかしら?槍が相手だと掴みにくいわね…!」
回線を通して聞こえる早苗の声が渋くなった。
槍ほどのリーチとなると、素手で掴むより先に武器が当たる可能性が高い。
蟻酸を口から放つのに比べタイムロスがなく、回避も容易ではない。
さらに突きに終始されればバンシィで斬り結ぶのも難しい。
加えて、ボス格であれば身体能力自体もこれまでと違う可能性がある。難敵であるのは間違いない。
(コイツが使えれば別だが…オレに出来る限界超えてるな、コレは)
モニター内の火器管制画面を睨み、握野はそうごちる。
銃であるGM-01なら遠距離から確実に有効打を与えられるが、ロックは依然として解けない。
戦闘ナビゲートと並行して解除を試みるも、警視庁最大の英知の一端を、一介の元鑑識が簡単に破れるワケもなかった。
「何体目に来る?」
「次から数えて3番目です。状況が変わらなければ、ですが」
「もし状況が変わったら教えて。順番を利用して対処するから」
「了解です」
早苗からの通信を受け、握野はモニターを注視した。
踊り場に立つG3マイルドは、再び対峙したアントロードを大外刈りで地に叩きつける。
しかし、これまで行っていたバンシィによる追撃を抑えていた。
2回の斬撃で喉だけを潰し、意図的に瀕死で生かした状態で地下3階側のもっとも近い段に放置する。
ついでやってきた別のアントロードも、同様に瀕死にキープして捕えた。
そして、ついに赤いアントロードが階段を降りてくる。
が、踊り場の手前で不意に立ち止まったそれは、三又の槍を手に構えた。
階段の手すりを挟んだこの位置だと、早苗からは死角になる。
意図に気付いた握野が叫ぶ。
「早苗さん、階段上に赤いヤツが!待ち伏せです!」
「ナイス握野君!」
その声と共に、G3マイルドが動いた。
昇り階段側に投げ飛ばされた瀕死のアントロードが、直後に槍で串刺しにされる。
肩口に刺さった槍が捻られると、いとも簡単に腕が千切れ、直後にアントロードは爆発した。
(いよいよヤバい相手だな…)
モニター上の光景に、思わず握野は肝を冷やした。おそらく現場にいる早苗も同じだろう。
いくら雑兵とはいえアントロードは人外の存在である。身体的な強度は人間を大きく超える。
それを平然と、刃の切断力でなく力だけでもぎ取ったのだ。
たとえG3マイルドでも、直撃をもらったら首なり腕なり持ってかれるだろう。
ややあって踊り場に立ったた赤いアントロードは、再び三又の槍を構えG3マイルドを迎え撃つ。
突きの連打は浅かったが、深く押し込んでこないだけに思い切った反撃は難しい。
それどころか、徐々にだがG3マイルドは後退していく。ジリ貧だ。
-戦況が動いたのはその直後だった。
高めに突き出された槍を、左右ではなくしゃがんで避ける。
姿勢を下げたG3マイルドは中腰のまま後方に飛び退き、槍の追撃を下り階段ギリギリでかわした。
そして、立ち上がると同時に手に掴んだものを突き出す。
直後、三又の槍が刺さったのは、階下に残っていた瀕死のアントロードだった。
マイルドに足を掴まれ、逆さ釣り状態になった体がそのまま盾になったのだ。
なまじ突きが浅いだけに完全に貫けず穂先が潰れ、槍の動きそのものも大きく鈍っている。
同時に早苗は一気に踏み込んだ。
掴んで叩きつけられれば良し、バンシィが刺さるならなお良し。
最悪、槍を手放させることだけでもできれば状況は好転する。
だがその好機にあってなお、握野は状況を伝えなければならなかった。
「早苗さん、上だ!」
「…くっ!!」
赤いアントロードの腕に触れようとした瞬間、その肩越しに通常のアントロードが飛びかかっていく。
握野のおかげで咄嗟のアッパーカットで迎撃できたものの、詰めた間合いは離れてしまう。
同時に、三又の槍に貫かれたアントロードが爆発する。
(これでもダメか…!)
状況は振り出しどころか、不利になってしまった。
槍を落とすこともできず、敵は1体追加。しかもさらに後方から増援が来る。
赤いボスがいるこの状況では、通常のアントロードにトドメを刺すことすら厳しい。
「また後続が来ます!地下3階まで下がってください!」
「そうするしかなさそうね…!」
階段上に新たな影を見つけた握野の声に従い、G3マイルドが階段を飛び降りる。
幸か不幸か、アントロードは飛ばずにまた歩いて来ている。
一対一の状況に体勢を整え直せれば、まだ希望はある。
だが、直後にモニター上に表示されたものに、握野の目は限界まで見開かれた。
『Emergency LOW BATTERY』
(おいおいウソだろ…!?)
今の握野にとってもっとも見たくない赤い文字。
それでも、伝えなければならない。
「早苗さん!バッテリー残量が10%を切ってます!」
「ちょ、ちょっと…!まだ30分も動いてないわよ!」
「経年劣化か自然消耗か、とにかく残量がないのは間違いありません!」
G3マイルドの腰の中央、バックル部分に映し出された赤いバーがほぼ消えかけているのを見て、握野は歯噛みした。
G3マイルドのアーマー総重量は100kg近くある。G3-Xなどの特機に比べればマシだが、それでも重い。
装着の際に専用ハンガーの支援が必要なのは、その重量ゆえである。
にも関わらず作戦行動中に軽快な動きができるのは、バッテリー駆動で動くパワーアシスト機能の恩恵に他ならない。
当然、バッテリーが切れればその超重量を身体1つで受けることとなる。
いくら早苗が優れた武道の腕を持ち、アイドルのレッスンという形で鍛錬を続けていても、
自重の2倍ほどの重りを付けてはまともに戦うことなどできはしない。
早苗のような激しい体術での戦闘は、当初想定された行動パターンよりバッテリー消耗が激しいとはいえ、
スペック上ならまだ持続時間は持つはずだった。だからこそ、早苗も握野もバッテリー切れはまだ考えていなかった。
しかし、いかに優秀なバッテリーでも、配備状態でそのまま放置されれば消耗は避けられない。
加えて緊急出撃のために時間のかかるバッテリーチェックを省略したことが、ここに来て窮地を招いていた。
「まさか、最初からコレが狙い?単純な連中かと思ってたら、意外に!」
「早苗さん、離脱してください!バッテリーが…」
「断る!」
早苗の強い言葉が、握野の制止を途中で止める。
「再チャージしても間に合わない、下手すれば離脱途中でダウンするのがオチよ!」
「だったらどうすれば!」
焦りのあまり、ナビゲートするはずの握野が思わず問い返す。
地下3階の踊り場を沈黙が包み込む。
それを破ったのは早苗だった。
「いい?握野君。あたしはこれからマイルドが止まる前に、あの赤いのを地下4階まで叩き落とすわ。
あそこは地層調査用のフロアで行き止まり同然だから、階段を昇って戻ってくる以外の行動はできないはず」
「時間稼ぎですか?」
「そう。後続が赤いのを追ってるなら、引き剥がして3階の防火シャッター閉めちゃえば時間は稼げる。
体勢が立て直せるかもしれないし、運が良ければエマージェンシーコールも成果が出るかも」
「了解しました…!」
握野の応答に、早苗は深く呼吸を整え出した。
失敗すればもはや後がない。一か八かの策である以上、これまで以上に精神力が問われる。
だがその矢先、G3マイルドを映していた映像がブラックアウトした。
(しまった!上からカメラを!)
3階踊り場を映す監視カメラが消えてしまえば、握野からは状況の把握ができなくなる。
瞬時にG3マイルドからのアイカメラ映像を注視するも、そこには既に赤いアントロードの姿があった。
そして-アイカメラからの映像も、途絶えた。
「早苗さん…?早苗さん!早苗さん!!」
握野は叫んでいた。応答はない。
もちろん、握野とて簡単に早苗がやられるとは考えていない。
だが何があったかわからない以上、撃破された可能性を否定することもできない。
そして早苗が、G3マイルドが倒されてしまえば、同時に自分達にも死の恐怖が迫ることになる。
「握野さーん、早苗さんは大丈夫ですかー?」
「…あ、ああ。問題ないよ。ただエキサイトし過ぎただけだ」
この状況下でもマイペースな雫に、反射的に嘘をつく。
現状を説明してパニックに陥らせるよりは、平静を保たせた方が良い。
それはわかっているが、当の握野自身が平静を全く保てていない今、それがどこまで成功したかはわからない。
だが、握野はまだ諦めてなどいない。
直後にモニターに映し出されたものに、尋常でない速度で反応したことが何よりの証拠だった。
(通信!?マイルドからじゃない、どこからだ…!)
<R←------I>
「繋がった…!」
プロデューサーの見守る中、尾室は倉庫棟地下への通信を繋げることに成功していた。
だが、それを喜んでいる暇はない。状況は切迫している。
「ナビゲートルーム、応答してください。こちらG5尾室、現在千曲署の端末から通信しています」
間もなく応答はあった。男の声だ。
「こちらナビゲートルーム握野、マズイ状況だ。マイルドからの映像が途絶えてる。
加えてバッテリーも切れかけだ。どうなってるか把握できない!」
「焦るのはわかりますが、落ち着いて。ナビゲートの基本は冷静になることです」
混乱しかけている男-握野を、尾室はそう諭す。
かつての上司に叩き込まれた信条と、それを実行する胆力は間違いなく尾室に受け継がれていた。
「マイルドのステータスモニタを見てください。バイタルは生きてますし、バッテリー残量の減少速度も変動しています。
おそらくダメージにより通信に不具合が出ただけで、早苗さんは生きて戦闘行動を続けていると思われます。
館内カメラを追えばどこかに姿が見えるはずです」
「わかった…取り乱してすまなかった」
尾室の指摘もあり、握野もまた冷静さを取り戻した。
ふと、自分の隣にいるプロデューサーに気付き、尾室はすぐ通信を続けた。
「握野君、そこに雫ちゃんと裕子ちゃんは?」
「ああ、一緒にいる。正直やれることはないから、本人のやりたいようにしてもらってる。
今は部屋を整理してるみたいだ。ルーム内のカメラに映ってる」
握野の言葉通り、ナビゲートルーム内を映すカメラの隅に、たしかにステージイベントで見た姿が映っている。
それが及川雫と堀裕子当人であることは、尾室以上に彼女達をよく知るプロデューサーの反応が全てを物語っていた。
「よかった、2人ともいる!全員無事だ!」
「襲撃は免れていたようですね。あとは救出か、撃滅が上手くいけば…」
最悪の状況-既に早苗以外の同行者が被害を受けている-を回避できたことをわずかに安堵しながらも、
尾室は頭脳をフル回転させていた。
Gトレーラーからの連絡がない以上、G5が突入できる状態ではない。
だが、G3マイルドの戦力については、尾室自身がいれば何ももう問題はないと踏んでいた。
ならばこそ、目下の課題はバッテリーをどうするか。
バッテリーさえあれば状況はひっくり返せる。
しかし、バッテリー残量からしてG3マイルドが途中でダウンしている可能性はかなり高い。
よしんばギリギリ引き返せたとして、決して短くない再チャージの間にナビゲートルームごと4人は全滅するだろう。
だが、このような事態への打開策があることを、尾室は知っている。
かつて尾室がG3マイルドで出動した時に、G3-Xが現場でバッテリー切れを起こしかけている。
ならばこそ、G3マイルド自体が同じ轍を踏む可能性は最初から考慮されて然るべきだった。
「握野君、ナビゲートルーム内にマイルドの予備バッテリーがある。
それを使ってバッテリー交換を行ってほしい。保管場所は今送ります」
「了解です。ただ、どうもこの部屋は物置として使われてたらしくてモノが散乱してる…
すぐに見つかるかも、保管場所通りにあるかも保証できない」
「雫ちゃん達の整理した中にあるかもしれない。確認をお願いします」
尾室の言葉を受け、握野が振り返って背後の雫達に捜索の指示を出す。
すぐに通信口に戻って来た握野に、尾室はさらに続ける。
「それと、バッテリーに絡んで問題がもう1つある」
「重量、か?」
「ええ…」
肯定の意を示すと同時に、尾室の言葉が濁った。
アーマーの総重量が100kg近いG3マイルドは、バッテリーだけでも10kgほどの重量がある。
持ち上げるだけならなんら問題ないが、これを迅速に運び、スムーズに装着させるとなると容易ではない。
早苗が自力で帰還できる保証がない以上、運ぶ場所がハンガーまでで済むとも限らないのだ。
しかもそれを、ナビゲート席に座る握野以外で行う必要がある。
女性の細腕でも2人がかりなら運べるとはいえ、取り落とす危険も考えるとスピードは期待できない。
「それは…!」
「どうした、握野君!」
台車はないか、と言おうとした矢先に握野の驚愕する声がヘッドセットに響く。
カメラの死角にアントロードが出現した可能性も考えて声を荒げたが、
それに答える握野の声はこれまでになく落ち着いていた。
「…尾室さん、バッテリー周りの問題はたった今解決したよ」
「解決?」
「ナビゲートルーム内のカメラを見てくれ」
言われて、モニター内のカメラ映像に目を向ける。
次の瞬間、尾室もまた驚愕し、同時に歓喜した。
「なるほど、これならいける!」
状況は見えた。後はもう、やれることをやるだけだ。
「よっし…尾室さん、マイルドの発進口側からバッテリーを出します!」
「お願いします!あと、握野君にはもう1つ頼みたいことがあります」
「任された!何でもどうぞ!」
一気に事態が好転した空気を感じてか、握野のテンションが上がっている。
だがそこに尾室が投げ込んだのは、上がり過ぎた調子を戻すかのような変化球だった。
「裕子ちゃんに、早苗さんに向けてオーラを送るよう頼んでもらえますか?」
「…はぁ?」
思わず握野が疑問符全開の声を返すが、尾室は意に介さず続けた。
「白バイ隊に送ったというものです。たしか、護身(プロテクト)オーラと言ったような…」
「あの、それが今の状況に関係が?」
「大アリです!」
かつての同僚に倣い、あえてクソ真面目に尾室は答えた。
その剣幕で裕子への指示がジョークの類でないことを悟った握野は、浮ついた態度を引きしめる。
「わ、わかりました。頼んできます」
「お願いします。それが多分、最後の鍵になるはずです。
もう少しでマイルドとの通信も回復します…絶対に助かります!」
指示が通ったことを確認し、激励を残して尾室は通信を切った。
同時に、常にキーボードを叩いていた指が止まる。
「なんとか出来ました。僕に出来ることはおそらく『次』で最後でしょう。
…その『次』へ繋げるには、貴方の力が必要不可欠です。お願いします」
通信用のヘッドセットを外し、尾室は傍らにいるプロデューサーに頭を下げた。
<R------→I>
(間一髪、ね…!)
目前を通る三又槍の穂先を、皮一枚で外す。
奇襲に近い攻撃にも関わらず、反射的に避けた早苗の反応は流石だったが、無傷では済まなかった。
代償は左のアンテナと左のアイカメラ。そのせいで左目は半ば露出している状態だ。
さらに受けた場所が悪かったのか、攻撃を受けてから握野からの通信が途絶えている。
それでもやるしかない。
再び繰り出された槍を、階段の手すりを背にかわす。
その勢いで、ゴム製のカバーで覆われた手すりに槍は突き刺さった。
赤いアントロードは力を込めると手すりが砕け、間もなく槍が自由になる。
だが、力を込めるわずかな瞬間こそ、早苗の狙っていたタイミングだった。
「落ちろっ!」
G3マイルドの全力を込めて、赤いアントロードの背後から渾身の蹴りを入れる。
自ら止めるものを砕いた以上、足を踏み外せばあとは階段中央部へ落ちていくだけだ。
そうはさせまいと振り向いて抵抗しようとするアントロードの顔に、思いきりバンシィを投げつける。
目に突き刺さったそれを抜く間もなく、赤いアントロードの姿が消える。
同時に早苗はすぐさま踊り場を離脱し、壁にある防火シャッターのボタンを押した。
遅れて降りてきた後続のアントロードの足が、3階フロアではなくさらに階下へ向かったのを見て、
早苗はわずかに緊張を解いた。
(よし、あとは一度戻れさえすれば…)
疲労の色は濃かったが、それでも早苗はG3マイルド発進口を目指して歩き出した。
トドメに使ってきたバンシィを失ったが、GM-01のロックを解除する方法が見つかれば状況は変わる。
そうでなくとも階下に誘導できた以上、わずかな時間でも再チャージできれば握野達を逃がすことはできるはずだ。
早苗自身は無事では済まないだろうが、握野なら雫と裕子を連れて逃げ切ることができるだろう。
希望はある。わずかな時間が許せば。
だが、時間は容赦なく過ぎていく。
バッテリーが、切れる。
「あ、が…うあっ…!」
苦悶の声は隠せなかった。
突然、全身に100kgもの重圧をかけられた衝撃は、想像を超えて大きいものだった。
立っているのは1秒でも辛かったが、それでも必死で足に力を入れ、なんとかゆっくり倒れ込む。
転倒による内臓や足腰へのダメージは避けられたが、再び起き上がることはできない。
(ヤバ…意識、飛びそう…!)
倒れている間にも重量はのしかかり続けている。全身に脂汗が浮かぶが、抵抗できない。
とうに限界を超えた体力で、この物理的重圧に抗うのは拷問に等しかった。
ここで止まったら全て終わりだとわかっていても、動けぬまま意識まで刈り取られていく。
唯一、アイカメラの砕けた左眼から入る光だけが、早苗の意識をギリギリで繋いでいた。
最後の光すらも、自らの頭の重みで消えかけたその時。
(ホントにダメだわ、コレ…)
「…なえ…ん…早苗さん!聞こえますか!」
「プロ…デューサー…!?」
信じられない声が、再び意識を引き戻した。
通信が通じているのか、それとも幻聴なのかすら判断が付かないまま、
朦朧とした意識の中からなんとか声を絞り出す。
その声にプロデューサーは即座に反応した。
「よかった、まだ大丈夫だ!」
「…でも、ヤバいわ…」
「諦めちゃダメです!!」
吐露した弱音が一蹴される。
腕力ではてんで相手にならないプロデューサーだが、今はその心の強さが早苗を支えていた。
「言ったじゃないですか、『トップアイドルにしてくれなきゃぶち込んじゃう』って!
早苗さんはまだトップじゃない!そこへ導く日まで、僕は諦めない!」
「そんなこと言われたら…あたしだって、諦められないじゃない…!」
重量が変わるわけはない。体力も戻らない。
だが、それまでピクリとも動かせなかった指が動いた。
やがて指から手へ、そして腕が動く。
その身を動かすのは気力だけだった。
匍匐前進して進むのが精一杯だが、それでも発進口を目指す。
「あたしにだって…あるもの…みんなと進む、夢が!」
「そうですよ!こんなところで倒れちゃいけない!」
プロデューサーの鼓舞がそのまま燃料となるかのように、早苗は前に進む。
だが、まだ長い直線を残した状況でその動きは止まった。
不意に、廊下を走る足音が聞こえたのだ。
アントロードが追い付いてきたかと思ったが、すぐにその可能性を打ち消す。
(音が違う、一体誰が?)
響くのは散々聞いたアントロードの歩行音ではなく、靴音。
倉庫棟のロックが解除されたのかとも思ったが、ならば一人だけが来るということは考えにくい。
かといってアントロードの足では、靴を履いて偽装することもない。
やがて疑問の解けぬまま、早苗のすぐ近くで靴音は止まった。
何者かが、G3マイルドの背中に触れる。
直後にガコン、という音がして背中の重みが幾らか軽くなった。
まさか、と早苗が思う間に今度は背中に何かが挿し込まれる。
(…ウソ?)
かかり続けていた重圧が不意に消える。それどころか身体が軽い。
起き上がってベルトのバックルを見ると、赤いバーが最大まで伸びている。
レッドゾーンに達していたG3マイルドのバッテリーは、完全に回復していた。
そして顔を上げた先には、自分よりも大きい女性のバスト。
「早苗さん、大丈夫ですかー?」
「し…雫ちゃん!?それに、その箱って!」
「はい、バッテリーです!あのお部屋で偶然見つけました!」
ナビゲートルームに置いてきた雫が外に出てきていること以上に、
その片手にバッテリーを持って平然としていることに早苗は驚いた。
だが、考えてみれば不思議ではない。
やたらと胸に注目が行く及川雫だが、実家が牧畜犬もいる及川牧場の出の彼女は、
酪農にずっと関わってきた影響で見た目以上の腕力とスタミナがある。
その腕力を持ってすれば、10kg程度の重量物など小荷物と変わらないのかもしれない。
「お役に立てましたかー?」
「めちゃめちゃ助かったわ。命の恩人かも」
雫と抱き合って喜ぶ早苗の耳に、プロデューサーの安堵の声が聞こえた。
「よかったぁ…いやー、雫ちゃんが着くまでに精神力切れたら終わりだって、尾室さんが大役任すんだもの」
「尾室?それって…!」
「そう、僕ですよ」
疑問を持った瞬間、聞き覚えのある声が通信に割り込んできた。
G3マイルドを初めて着た日に会った、G3ユニットの正規人員。
「お久しぶりです、早苗さん。テスト装着以来ですね」
「やっぱり、G3ユニットの!貴方がいるってことは、小沢さんやG3-Xも来てるってこと?」
「いえ、もうあれから時間が経ってますから。
今はエマージェンシーコールを受けてG5が動いていますが、それと別に僕が来ました」
過去を懐かしむような尾室の声は明るい。
早苗の知る尾室隆弘という人間は、こういった凡人らしい反応をする男だった。
だが、それに続く言葉は内容に反し、トーンが抑えられていた。
「もう少しで、裕子ちゃんがオーラを送ってくれます。そのタイミングで動いてください」
傍からすればやはり何かの冗談のようにしか聞こえない。
しかし早苗にとっては、ある懸念を確信に導くものだった。
「そういう指示出したってことは、やっぱり…」
「ええ。あの子は『超能力者』だと思ってます」
早苗に耳に届いた尾室の言葉は、実にはっきりしていた。
-かつてアントロードが出現した、自衛隊基地襲撃事故。
その際に判明したアントロードの目的は「超能力者の抹殺」というものだった。
だからこそ早苗は、裕子が狙われている可能性を考慮して握野にその保護を厳命したのだが、
近過ぎるが故に具体的な原因まではわかっていなかった。
なにせ普段の堀裕子という少女は、知恵の輪を力技で外そうとする娘である。
スプーン曲げもスプーンそのものが曲がったことは両の掌で数えられるほど少ない有様で、
知れば知るほどとてもでないが本物の超能力者とは思えない。
そういった側面を知らず、状況を俯瞰すべく警察関係者やプロデューサーから情報を集め、
今日の状況を冷静に分析したことが尾室の確信に繋がったのは、皮肉という他はない。
「危険に晒すような真似だとはわかっていますが、一撃で倒せるなら話は別です」
「バンシィは失くしちゃったけど…まさか…」
「そのまさかです。なんたって僕は、元G3ユニットの人間ですからね」
早苗の期待に応えるべく、尾室は息を吸い込んだ。
「GM-01アクティブ、発砲を許可します!」
漢・尾室隆弘、渾身の声が響くと共に、右腰に備えられた銃から駆動音が聞こえた。
GM-01の火器管制ロックが解けた瞬間である。
かつてのG3ユニット正規オペレーターたる尾室にとって、
外部からの遠隔通信でも可能なほどそれは造作もないことだったのだ。
「以前伝えた通り、そのGM-01には特殊な弾頭が入ってます。
アントロードくらいなら一撃です。弾も、必中を心掛ければ予備はいらないでしょう」
その言葉を確認するように、早苗はGM-01の弾倉を確認した。
残弾は6発。外すことは許されないが、予想される状況ならそう難しいことではない。
「後のオペレートは握野君に任せます。決着を、付けてください」
「オーケー、任せて!」
早苗が答えた直後に、通信回線が切り変わる。
次に聞こえたのは握野の声だった。
「早苗さん、無事でよかった!マジで心配したんですから!」
「あたしを誰だと思ってるのよ?これくらいで折れるような女じゃないわ」
ナビゲートルームに完全復活した早苗の声が届いたその時、防火シャッターが破れる。
三又槍により強引にこじ開けられた先には、やはり6体のアントロードがいた。
しかし、その様子が急に変わる。
「むむむむ…早苗さーん、オーラ届いてますかー!!」
通信から、ヘッドセットの外からも聞こえるやたら大きい声が響く。
同時に、アントロードの向く方向が変わる。
正面で相対するG3マイルドに集中できず、何か別のものを目指そうとする動きは明らかな隙だった。
「さぁて、第2ラウンドと行きましょうか…とりあえず雫ちゃんは下がって。
まずはザコ掃除から行くわ」
「はい!待ってますー」
早苗の言葉通りに雫が後退したのを確認し、G3マイルドが一気に突進していく。
「ヨソ見してんじゃないわよ!」
赤いアントロードの繰り出す槍の突きが揺れる。
不正確な狙いのそれに蹴りを入れて外し、早苗は一気に背後へ抜けた。
そして通常のアントロード目掛けてGM-01スコ―ピオンを向けた。
1、2、3、4、5。
1発ずつ、確実に撃ち込まれた銃弾はアントロードにそのままトドメを刺していた。
5つの爆発を背にさらにGM-01を動かそうとした早苗だったが、あえて銃口を下げる。
(あと1発…いくら引っ張られてても、コイツは防いでくるかも)
曲がりなりにも相手はボス格である。
この状況でなお三又槍での攻撃を継続してくるような相手なら、悪あがきの1つや2つはするだろう。
必中を狙うならもっと確実な方法が欲しい。
ならばと、一度雫のいる方向へ下がり、同時に声を上げる。
「雫ちゃん、タイミング良くお願い!」
一瞬振り向いた先の雫がこくん、と首を縦に振ったのを確認し、早苗は再び赤いアントロードと対峙した。
狙いが甘くなったとはいえ、槍の威力は変わらない。だからこそ、まずは槍を潰す。
「えーい!」
G3マイルド目掛けてアントロードが槍を突こうとしたのと、雫が手に持ったものをブン投げたのは同時だった。
直後、槍を突くために伸ばされたアントロードの手に、空のバッテリーが直撃する。
電力的にはゼロでも、重量は当然変わらぬ10kgのまま。それが雫の腕力で投げられたなら衝撃は計り知れない。
こらえきれずに槍を取り落とした瞬間を見逃さず、早苗は落ちた三又槍を奪った。
そしてそのままG3マイルドのパワーを込めて胴体目掛けて突き刺す。
だが、同族と同じく槍に胴体を貫かれても動きは止まらず、そのまま早苗に向かってくる。
「早苗さん、下から右へ抜けて!」
繰り出される蟻酸を、握野の指示と気合いで避ける。
槍の刺さった相手に投げ技を使うことは難しいが、ならばさらにダメージを与えるまで。
そしてそれに最適なものは、既に預けていた。
一気に接近した早苗は、アントロードの頭部に手を伸ばした。
そこには階段から突き落とす際に刺したバンシィが残っている。
そして左眼に刺さったままのバンシィを引き抜き、槍の刺さった腹にさらに突っ込む。
身体を痙攣させ、ついに赤いアントロードの動きが止まる。
露出した腹部目掛けてGM-01の銃口が向けられた。
「終わりよ!」
早苗の叫びと、最後の銃声が響く。
天使のような輪を浮かべ、赤いアントロードが爆死したのはその直後のことであった。
<R←------I>
倉庫棟入口のロックが外れ、4人の生存者が出てくる。
その瞬間を尾室とプロデューサー、そして通信室へ案内したあの刑事が揃って間近から見ていた。
雫と裕子はこの状況にあってなお平然としていたが、マイルドの運用に直接関わった2人はさすがに疲労の色が濃い。
プロデューサーから「悪人面」と聞いていた握野の顔はとてもそのように見えなかったし、
破損した頭部パーツを外した早苗に至っては、その表情だけで限界が目に見えていた。
いきなり戦闘をこなした上に、途中で大質量に押し潰されれば無理もない話だが。
彼女達を出迎えるべく、真っ先にプロデューサーが駆け寄る。遅れて尾室と刑事も。
緊急措置とはいえ、今はもう民間人である早苗がG3マイルドを起動したことには後処理が必要だが、
今はまず無事に決着が着いたことを喜ぼうとした。
「えええええ!?あ、あれって!」
悲鳴にも似た声と共に、穏やかな空気が消し飛ぶ
裕子が指した先にあったもの、それはマンホール。
千曲署にアントロードがやってきた侵入経路。
空いた蓋から見えるのは、紛れもないアントロードの顔だった。
頭部パーツを武器に立ち塞がる者、身を呈して女性を守る者、スプーン片手に祈る者。
反応はどうあれ、その場にいる全員に衝撃を与えるのに充分だった。
…唯一、尾室を除いて。
「下がりませんよ。僕は信じてますから」
早苗の制止を無視し、尾室は立ち止まったままマンホールを見やっていた。
だが、視線の先にいるアントロードに、動く気配はない。様子がおかしい。
それどころかマンホールの中に落ちていく。ややあって地下から爆発音まで聞こえた。
代わりにマンホールから姿を現したのは-
「G…3?」
「やっぱり来たか…あれはG5。僕が率いている部隊で活躍してる、G3マイルドの子孫です」
尾室の言葉通り、G3マイルドに少し似た、青い強化外骨格の戦士がマンホールを抜けてやってくる。
同時に、千曲署の外から猛スピードで1台の大型トレーラーがやってきた。
はっきりと「G5」と描かれたロゴが、その所属を表す。
「た、隊長!ギリギリ、間に合ったみたいですね…!」
トレーラーから、ショートカットの女性が息を切らせながら降りてくる。
その消耗度合いが、尾室の立ち会えなかった地下道での激戦を証明していた。
よく見ればG5の装甲も各所に傷が目立つ。
「なんとか、下水道に損害なく壊滅させられました。…本隊の方は?」
「G3マイルドが撃破した。でも、間に合って良かったよ。これ以上は限界も限界だ」
背後でへたり込む早苗を見やる。
ようやく柔らかくなった表情からは、G5という自分以外の戦力が到着したことで、
精神的な緊張が解けたことが窺えた。
今度は自分達がそれに応えなければ、早苗の戦った甲斐がない。
「ソナーの反応はキレイさっぱり消滅してます。
後処理は必要ですが、目下の脅威は根絶できた形です」
「よし、現時点で状況終了とする!
G5およびマイルドの外装回収に入ってください」
指示を飛ばすと同時に、何とか起き上がった早苗の右肩を担ぎ、Gトレーラーへ運ぶ。
外部からG3マイルドのパーツを解除するにあたり、元G3ユニットの尾室が最も手早く行えるだろうことは間違いなかった。
それに、仮にも機密事項である。握野やプロデューサーに話したことも少なくないとはいえ、いたずらに機密を漏らすことはない。
部下と共に早苗を連れた尾室は、トレーラーの中へと姿を消した。
間もなくしてG3マイルドの解除は始まったが、尾室は部下のオペレーターが女性であることに感謝した。
トランジスタグラマーな早苗のボディラインが丸わかりの黒いボディスーツは、実に目に悪い。
解除が終わっても、着替えとなればカーテンでの目隠しは必要だった。
「お疲れ様です、早苗さん」
「ほんっとに疲れたわ。終わったのよね?」
「恐らく。少なくとも僕の追っていたものは、これで終わりです」
解除がつつがなく終わった頃には、早苗の体力は幾分戻っていた。
まだ疲労が抜け切ったわけではないが、着替えをしつつ楽にした状態でも話すことはできる。
カーテン越しに聞こえる早苗の声のトーンがわずかに沈んだのも、疲労ではなく尾室の事情を知ってのものだ。
「…まだ気にしてたの?あれからどれくらい経つのよ」
「あの人のことでこだわってるわけじゃありません。
小沢さん達と追い切れなかった、最後の人類の脅威だから追ってたんです」
割り切った風を装ってはみたものの、尾室の心中は複雑だ。
100%嘘ではないが、100%本当でもない。
尾室の追っていたアントロードは、かつての自衛隊基地襲撃事故で逃げ延びた生き残りである。
大軍を為して現れたアントロードに総力を以て対抗したものの、ある間隙を突かれ逃走を許した。
G3-XとG4。Gシリーズ同士の戦い。
そして逃走が判明するきっかけとなった、アントロード襲撃による深海理沙の死。
深海に泥酔させられた尾室がG4の管理パスワードを漏らさなければ、起きなかったはずの事態。
G3ユニットが解散した後、その後継たるG5ユニットの指揮に自らあたったのは、
その後悔を未だ抱えていたからだった。
同時に、アギトやG3-Xの戦いで地上から消えたはずのアンノウンという脅威の、
最後のひとかけらだからというのも、アントロードを追い続けた理由として間違ってはいない。
かつて凡人と評された尾室には、公人と私人としての自分を切り離すことは出来なかった。
「ま、いいわ。信じてあげる。
あたしもどこか、未練みたいなのがあったからね」
早苗が追及をやめたことに、内心で安堵する。
やや間があって、またカーテンの向こう側から声がした。
「良い機会だから聞かせてちょうだい。
警視庁管轄だったはずのG3マイルドがここに置かれた理由って何?
昔聞いた、クーデターや乗っ取り対策って理由ならここである必要はないはずよ」
代わりに飛んできたその話題は比較的答えやすいものだ。
だから否定せず答える。
尾室自身にとっても、原点を見直すのは悪いことではない。
「Gシリーズが、かつて未確認生命体と戦った英雄を模して造られたって話…覚えてます?」
「たしか警察内呼称で言うところの『4号』だっけ?」
「はい。その『4号』と、彼の最大のパートナーだったある警官が会った場所に一番近い署なんです、ココ。
『Gシリーズの礎となった英雄へ敬意を表す』…それが乗っ取り対策の裏にあった真意です。
G4事件やG1事件で、人をないがしろにした力は歪むものと悟った、小沢さんの意向でした」
尾室が思い起こすは、きっかけとなった2つのGシリーズである。
G4は強大な力と引き換えに、人体をパーツとした危険物だった。
G1も強大なスペックの代償に、人間には全く使えないものだった。
それは決してGシリーズの目指す道でないと結論付けた時、対局にある「人を十全に活かす」
G3マイルドの改修に着手したのは不思議なことではなかった。
ここにマイルドが置かれたのは、答え合わせのようなもの。
かつて参考にし、今はどこにいるのか定かでない『4号』に対する、青空色の答え。
「人があってこそ、か…言い得て妙ね」
着替えを終え、いつの間にかカーテンを自ら取り払った早苗の顔はどこか吹っ切れていた。
90年代チックなボディコンらしい早苗の私服は妙に目立ったが、今の尾室は気にしなかった。
そのセンスに驚くのは、現職当時でとっくに済ませている。
「じゃあ、そろそろ行くわ。あたしには、トップアイドルになる夢が待ってるから」
浮かんだ笑顔は、まさしくアイドルのそれだった。
そこにさっきまで戦っていた戦士の険しい面影はない。
それこそが本来あるべき姿で、そしてもう失うことはないはずだ。
早苗が夢を捨てない限りは。
「後は頼んだわよ、G5。もうあたしとマイルドに頼るんじゃないわよ?」
「任せてください。僕も、アイドルとしての早苗さんを応援してますから」
握手と共に交わした言葉が最後になった。
傷の残ったアーマーとボディスーツを残し、早苗は去っていく。
-G3マイルド予備装着員・片桐早苗。
自分がアンノウンとの戦いに終止符を打ったように、彼女も今その職務に真に別れを告げたのだと、尾室は悟った。
<R →I>
セクシーギルティが一日隊長を務めた日から、8ヶ月ほどの月日が経った。
事件後2週間ほどして、尾室から手紙が送られてきた。
G5によりアンノウンの完全消滅が確認されたことで、秘密裏に行っていた堀裕子への護衛活動も止めるという連絡だった。
併せて、裕子が本当の-ただし本人の意図した通りには絶対に力が働かない-超能力者という事実も、
闇に葬られることになった。早苗とプロデューサーがうっかり口外しなければ、明るみに出ることはあるまい。
そして、封筒には結構な額のビール券と焼き肉屋の食事券が同封されていた。
G3ユニットで恒例だった、「打ち上げや飲み会は焼き肉屋で」という伝統はG5でも相変わらずらしい。
しかし、いくら元・警察関係者とはいえ、現職警官と仕事外で会うのは問題もある。
そういった事情からの食事券だった。
大のビール党にして肉も大好きな早苗が、握野を含む当時のメンバーを集めて
ありがたく使わせてもらったのは言うまでもない。
それからは美城プロの再編という騒動もあり、過去を省みる時間は減っていった。
雫や裕子と別れての活動も増え、セクシーギルティとして集まる機会もそうそうない。
だが、一つだけずっと覚えていることがある。
(トップアイドルになる夢…死にかけのあたしを動かすダシにしたんだもの、
絶対に叶えてやるんだから!)
かつて命を繋いだ夢を思い出す度に、気力が漲ってくる。
まるでG3マイルドが早苗の力になったように。
その力に突き動かされるように、会場へ思い切り足を踏み入れる。
-幕張メッセ。
『シンデレラの舞踏会』と銘打たれた渾身のオールスターライブ。
早苗が身に纏うは婦警にも似た、警備員の衣装だった。
客席側から乱入すると同時に、思いきり笛を鳴らす。
同時にスポットライトを浴びた早苗に、観客の視線が集中した。
「イケナイ子は、お姉さんが逮捕しちゃうぞ♪」
夢はまだ、終わらない。
<END>
これにて終了となります。お目汚し失礼いたしました。
最初は「早苗さんがG3マイルド着たら尾室君と比べて超強いんじゃない?」という単純な思いつきからスタートした話が、
気付けば大分入り組んだ戦いになってしまいました。
あと、会話する相手の大部分が早苗さんになったことで、握野君の魅力があまり引き出せなかったのはホント反省しますorz
今回も少しだけ本編内小ネタに触れておこうかと。もちろんネタバレなので注意。
・セクシーギルティ交通隊長になるの巻
今回の話は、デレアニ5話の「交通安全週間イベントに出るセクシーギルティ」に前後したものとなってます。
尾室君も見たステージイベントはまさに5話に出ている光景ということ。
ちょうど書く前に内田理央さん(『ドライブ』詩島霧子役)の警視庁交通部タイアップイベントの記事を見て、
「話題の人呼んでおいてステージイベ単体ということはない」と影響受けた結果、
「朝に挨拶周りして昼にパレード、午後にステージイベントやって撤収」という流れに組み込みました。
・宣材はあくまでイメージ?
ゲーム版と違い、デレアニでは2話のシンデレラプロジェクト顔合わせシーンで
「ゲーム内立ち絵に相当する写真は、スタジオ撮影されたイメージである」と明示されています。
これを逆手に取って、あの服を無視する形で早苗さんの現職時の所属を刑事課盗犯係に変えました。
2期1話の手錠使った確保シーンが妙に慣れてるので、本当に刑事課かもしれません。
ただ、ゲーム版ではおそらく見た目通りに交通課勤務だったと思われます。
・武道特例
今回、やたら格闘術の鬼のように表現されている早苗さんですが、これはよく言われる「武道特例で採用された」説を使ったため。
実は早苗さん、警察官採用基準の身長を割っている(3cm足りない)のですが、ある程度なら武道などの優秀成績で覆ります。
デレアニでは相手を投げ飛ばすことはなかったですが、ゲーム版では一通りの武道の有段者なのでそれに倣った形。
・早苗さん達のプロデューサー
今回出てきているプロデューサーさんはシンデレラプロジェクトのPではありません
(パレードのシーンでCPとセクシーギルティの管轄が違うことはやんわり出してます)。
ですが元になった人はデレアニ映像内に実は出てるんです。
2期3話でユッコを含むバラエティ系アイドルに方針変更を伝えた2人の社員の内、立ってる若い方の人がモデル。
…この後のバラエティ班は早期にCPと合流してしまうので、多分この人を思い出せた人はほぼいないんじゃなかろーかw
・G5ユニット
『アギト』最終回で尾室がトップに就いたことくらいしか判明していない組織です。
映像見る限り隊員は男ばっかりなんですが、オペレータを男にすると尾室サイドが男だらけになってあまりに地味なのと、
疲労しきった早苗の着たG3マイルドのアーマーを男が外す薄い本っぽい展開になってしまうので、
映像に反するのを承知でオペレータは女性に捏造しています。
・バンシィ
GK-06はユニコーン、じゃあその改良型の名前は?となったら自然とこの名前になってました。
元ネタは言わずもがな。最初は「バンシィを押すとは…!」とかセリフ入れようか考えてましたが、
やっぱりやり過ぎということでカットしています。
・「特殊な弾頭」と『4号』の繋がり
GM-01に装填された特殊な弾頭。劇中では明示しませんでしたが、あの正体は「神経断裂弾(強化型)」です。
『4号』への回答として置かれたもの故に、当時の人間の英知を顧みたワケですね。
・ラストシーン
早苗さんラストカットは、ステージ名通りに2期最終話での登場シーンがベース。
空いた期間は1期5話~2期最終話の放映の間をそのまま反映しています。
・ユッコと超能力
「UFOらしき物体が映った」はオーストラリアアイプロ、
「キノコの成長が著しく早まった」はシンデレラガールズ劇場で実際に見られたものです。
デレアニ本編では最終回で幸子の座るパイプ椅子を飛ばしましたが、ラストシーンの時系列の関係で入れられず。
ただし、今回作中で事件の引き金を引いた「護身(プロテクト)オーラ」だけは完全な捏造。
名前は黒龍波をうっかり反射して痛い目遭った人からお借りしました。ぶい!
・アントロード進化
今回のボス格となった赤いアントロードですが、女王(フォルミカ・レギア)を失った後、
騎士(フォルミカ・エクエス)の1体が女王代理として群れを率いて逃げたと想定しています。
深海を襲ったアントロードの始末について、劇場版の映像内で判然としないのを利用した形です
(アギト・ギルス・G3-Xは目前の敵だけ倒して終わるので、全くの別動隊である彼らは放置…)。
尾室君にとっては、自身の失態(深海のせいだけど)が二重に悲劇を生んだ形なので、
その結果であるこのアントロードはまさに因縁の相手です。
…ということで、今回はこれまでになります。
お付き合いいただき本当にありがとうございました。
それでは、また倉庫の片隅で。
乙
おつおつ
面白かった!乙です
完結乙
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