綾乃「歳納京子は振り向かない」 (49)
タイトルからある程度想像できると思いますが、あまり明るい話ではありません。
苦手な方はご注意くださいませ。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1448016188
「ねーえ、好きだよ結衣」
「ん……私も好きだよ、京子」
朝焼けの空が鮮やかに映える二人きりの教室。
二人は肩を寄せ合い、頬を赤らめながら、甘い言葉を交わし合う。
しばらく、静寂な時の流れに身を任す。
呼吸の音、衣服同士が擦れ合う音、互いの心臓の音。
それらの“無”に限りなく近い音たちが、二人の間を演出する。
もはや言葉さえ必要ないのかもしれない。
そんな時の流れに身を任せていた二人だったが、ふと次の瞬間。
二人はの唇は、一つに重なった。
……あーあ。
あーあーあーあ。
見ちゃった見ちゃった。
ま、そうよね。
仕方ないわよね。
だって、幼馴染だものね。
出会って1年そこらの私ごときが入り込めるほど、甘くないわよね。
分かってた。
分かってたわ。
それに船見さんって、カッコよくって、頼りがいがあって、しかも面白くって。
こんな素敵な人だもの、歳納京子じゃなくても好きになっちゃうわ。
うん、仕方ないわ。
はぁーあ。
私の恋、終わっちゃったなぁ。
なんだか、思ったよりあっけないのね。
もっとこう、激情的になったりとか、行き場のない感情を喚き散らしたりとか、悲しみのあまり涙が止まらなくなったりとか。
ショックのあまりその場で膝から崩れ落ちるだとか、普通、そうなったりするものなんじゃないのかしら?
漫画の読みすぎ?
それとも、恋ってこんなもの?
初恋だったからなぁ。
ちょっと分からないや。
初恋は実らないって、本当だったんだなぁ。
あ、もしかして最初から望みなんて無いって、無意識に自覚してたのかしら?
だから、もうフラれる準備が心のどこかでできてたとか?
うわ、なんかヤダなぁ、それ。
ていうか、二人はさ。
なんで朝の教室でさ。
そういうことしてくれてるのよ。
確かにまだ登校してくるには早い時間かもしれないけどさ。
ちょっと用事があって早めに登校してきた生徒と、鉢合わせするかもしれないじゃない。
二人とも、そこまで頭が回らないほどおバカじゃないはずよね?
現に私がバッチリ目撃しちゃったじゃないの。
どう責任取ってくれるのかしら?
なおも私の存在に気付かないなんて、どれだけ鈍感なら気が済むの?
「おはよう、二人とも」
私も「おはよう」じゃないのよ。
なに見なかったふりしてるのよ。
ほら、二人とも慌てて、何ごともなかった風を装ってるじゃない。
今日一日、どんな顔してあなたたちに接すればいいのよ。
あ、もしかしてなんだけれど。
もしかして、見せ付けちゃってる感じだったりする?
アレでしょ、危ない橋を渡って楽しむみたいな、そういうやつなんでしょ。
そういう恋愛もあるわよね。
あなたから借りた漫画でも読んだことあるもの。
はぁーあ良かったー!!!
だって私そういうのマジで無理だもの。
落ち着いた恋愛に憧れるもの。
そういうの強要されたりでもしたら、多分歳納京子のことでも嫌いになってたんじゃないかしら。
うん、そうよ。
だから、最初から歳納京子と一緒になるなんてどだい無理な話だったのよ。
そうよ、そうに違いないわ。
アアアーーーー!!!
思ったよりも早く忘れられそうで安心したわーーーーー!!!!!!
ふふ、そうよ。
私は次期生徒会長になる人間ですもの。
恋愛にうつつを抜かしてる暇なんて、ないんだから。
――――――――
――――
――
―
「綾乃ちゃん。うち先に生徒会行っとるな~」
ん。
あれ、もう放課後?
教室ガラガラじゃない。
さっき千歳の声がした気がしたんだけれど……気のせいかしら?
それよりどうしようかしら。
ぜんっぜん授業聞いてなかったし、ノートも全く取ってなかったわ。
はぁ……これじゃ歳納京子と同レベルね。
っとと、油断するとどうしても歳納京子のことを思い浮かべちゃう。
てかさあ、もう照れ隠しの呼び捨ても必要ないわよね。
これからは“歳納さん”って、優しく呼んであげなくちゃね。
それより千歳はどこ行ったのよ。
いつもは余計なお節介焼くくせに、こういうときばっかり気が利かないんだから。
……って、なに千歳に八つ当たりしてるんだろ、私。
さっさと生徒会室行こっと。
「結衣ー今日ごらく部どうする?」
「……しばらくは休みってことにしたほうがよくない?」
「ん、それもそだね……じゃあ結衣ん家行っていい?」
「……仕方ないな、京子は」
…………………………………………………。
……………………………。
…………………。
…………。
……。
はぁー惚気だ。
お惚気だ。
いや別に普段通りの会話っちゃ会話なんだけれど。
今朝のアレを見ちゃった後だと、惚気てるようにしか聞こえないし。
ズルいなー船見さん。
幼馴染ってだけじゃなく、一人暮らしまでしちゃってるんだもの。
私、知ってるんだから。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
歳納京子を家に連れ込んでたのよね?
そんなの。
そんなの私が、勝てるわけないないナイアガラよね。
はっ、なにこのダジャレ、ウケる。
「先輩方、遅いですわね」
「日直とかじゃないのー?」
生徒会室のドアノブに手をかけようとしたそのとき、中から二つの声が聞こえた。
あぁ、そういえばココにはこの子たちがいたんだっけ。
入室したら声かけなきゃいけないわよね。
無視するわけには、いかないわよね。
……それはちょっと憂鬱だなぁ。
嫌いになったわけじゃない。
普段ならただの可愛い後輩なんだけれど。
……今日はちょっと見てるのも辛い気がする。
普段の微笑ましい喧騒劇も、きっと惚気て見えてしまう、そんな気がした。
二人は別に付き合ってるわけでもなんでもないけど、無理なものは無理だ。
それに中にはきっと会長もいる。
あー。
考れば考えるほど無理だ。
会長のあの吸い込まれるような瞳に覗かれたら、私は逃げ出したくなるに違いない。
だって会長、人の心を読むのがやたらうまいんだもん。
今は下手に心配してほしくないし、ほっといてほしいし。
無理、無理。
はぁ、いいや。
今日は生徒会、サボっちゃおうかな。
いつも真面目に仕事してるんだし、傷心気味の今日くらいはサボったって許されるわよね。
明日からはまたちゃんとやるから、今日だけは、ごめんなさい。
いいじゃん、今日大した仕事無いんだし。
てか“先輩方”ってことは、千歳も来てないんじゃないの。
今日は帰ったのかな。
ま、それもいいんじゃないかしら。
どうでもいいんじゃないかしら。
――――――――
――――
――
―
「……」
あ、千歳だ。
あ、違った。
千鶴さんだ。
千鶴さんは相変わらずしかめっ面で本を読んでいた。
本の表紙は……なになに“自然な笑顔の作り方”?
へえ、そんな本あるんだ。
なにに使うのかしらね。
笑顔、かぁ。
そういえば今日は一度も笑っていない気がする。
……もしかして、今歳納さんと船見さんのことを話したらさ。
千鶴さんの作った笑顔が、少しは歪むんじゃないかしら。
……いや、そんなこと話す度胸なんてないけれど。
興味は、あるわよね。
どうなるんだろうってさ。
ふふ、私性格悪すぎ(笑)
あと下手に話しかけて彼女の妄想話に付き合わされるのは、まっぴら御免だ。
無理無理、絶対イライラしちゃうもん。
もう若干、イライラしてるもん。
大体さ、私は歳納さんのことが好きって言ってるじゃないの。
なんで千歳とラブラブしてる妄想、するのかな。
……あ、言ってなかったっけ。
言ってなかったんだっけ。
そうだ、私は認めようとしなかった。
歳納さんのことが好きって、認めようとしなかった。
あららー。
知らない間に一本取られてたワー。
はぁ、バカだなぁ。
さっさと好きって認めておけば、また違ったんじゃないの?
いやでもそこは私の態度とか雰囲気で察するとかさ。
自分で言うのもなんだけど、フッツーにバレバレでもおかしくないレベルじゃなかったっけ?
みんなちょっと察するくらい、できたと思うんだけどなぁ。
これは千鶴さんに限った話じゃないけどさ。
……はあ、なに言ってんだろ私。
ホント、性格悪いなぁ。
ていうかさ、思ったんだけどさ。
千鶴さんて、もしかしたら二人が付き合ったことを喜ぶんじゃないかしら?
そうよね。
だって私と千歳の仲を阻む人、これでいなくなったわけだし。
いや、そうして考えると千鶴さんも中々サイテーね!
あっはっは。
てか、千歳と千鶴さんは人で遊びすぎなのよ。
私の気持ちを無視して好き勝手妄想しないでほしいんだけど。
私は歳納さんとプラトニックな恋愛をしたかっただけなのよ。
性に訴えたり、そもそも相手が違ったり、やりたい放題しすぎでしょ。
ま、もはやどうでもいいんだけど。
――――――――
――――
――
―
「~♪」
あ。
赤座さんだ。
赤座さんは陽気に鼻歌を歌いながら、面倒くさい窓拭きの掃除をしていた。
恐らく自主的にやっているのだろう。
にも関わらず、赤座さんは笑顔だった。
相変わらずの、可愛らしい笑顔だった。
いいなぁ。
羨ましいなぁ。
私もそんな笑顔ができる人間になりたかったなぁ。
今さらだけどさ。
ごらく部の人たちって、やたら彼女の影の薄さを主張するけどさ。
こうして遠くから見てても、全然そんなことなくない?
低い身長を感じさせないピンと張った背に、ちょこんと頭に乗ったお団子ヘア。
そしてなにより屈託のないその笑顔は、そこらのやかましい中学生よりも断然魅力的じゃないかと思う。
ヤダヤダ、私特定の子をああいう扱いするの大嫌いなのよ。
そういうことからイジメに繋がるのよって、今度説教してやろうかしら。
……いや、しないけどね。
そんなこと言ったってウザがられるだけだもんね。
私、イジメられたくないもの。
あ、声はかけませんから。
今声をかけたらどうせ「二人が付き合うことになったんですよぉ~」って話振ってくるんでしょ。
幼馴染ですもの。
知らないわけ、ないものね。
そうね。
この子の欠点をひとつ挙げるとしたならば。
この子は純粋が過ぎる。
その一点に尽きるだろう。
この子は二人の幸せが私たち全員の幸せに繋がるって、本気で信じてる。
その裏で悲しむ子が、大勢いるかもしれないってことを。
本気で疑わないでいる。
……汚してやりたい。
そう思わなくもないけど、もちろん実行に移すなんてことはない。
彼女が壊れてしまったって、私責任取れないし。
幼馴染に責めたてられたって、困っちゃうし。
あ、そうだ。
千歳のあの妄想のこと、この子に教えてあげたら愉快なんじゃない?
私と歳納さんの妄想を聞かされたら、さすがの赤座さんも分かってくれるんじゃないかしら?
――――――――
――――
――
―
「……っ」
グスッ。
ヒック。
女性のすすり泣く声が聴こえた。
その声のする方へと歩いていくと、そこにはやはり彼女がいた。
吉川ちなつ。
ピンクのツインテールを揺らし、自身の膝にうずくまって涙を流す彼女は。
恐らく、私と同じ境遇だった。
相手は違えど、同じ失恋した仲間だった。
ただ違うのは、彼女の方が激情的で、感情的だったってこと。
彼女は泣く。
ひたすら泣く。
赤子のように、声を上げて泣く。
私が目の前にいることにも気付かずに、泣く。
私も彼女のように泣けたのなら、悲劇のヒロインになれただろうか。
この失恋を糧にして、更に強く生きていけたのだろうか。
彼女はきっとそうやって強くなっていくだろう。
散々泣いて、強くなって。
涙を忘れた頃には、彼女は今よりもずっと魅力的に成長する。
その頃になっていくら船見さんが取り戻そうと手を伸ばしても、その手はきっと届かない。
彼女にはそんな強さが秘められている。
そんなに親しかったわけじゃないけれど。
私は、そう信じている。
頑張って、応援してるわ。
応援だけだけど。
あれ、じゃあ一方の私は?
泣きもしない、暴れもしない。
なんとなく、ただボーっとしているだけ。
こんな私は、なにを糧にして強くなればいいの?
いつまで私はこうしてればいいの?
いつまでこんな辛い思いをしてればいいの?
いつまで平気なフリをしていればいいの?
いつまで自分を誤魔化し続けていれば。
……あれ、私は自分を誤魔化しているのかな。
いや、別に誤魔化してなくない?
だって出ない涙は仕方ないじゃない。
無理に出して、それでなんの意味があるのよ。
仕方ないじゃない。
それが私自身なんだから。
あ、嘘、辛いかも。
出てよ、涙。
私を強くしてよ。
私そんな冷淡な人間になりたくない。
もっと純粋で素直で可愛らしくなりたい。
こんな簡単に諦めたくない。
寝取ってでも自分のものにしたいって、思いたい。
思えない。
なんで?
あんなに好きだったじゃない。
毎日そのことで頭がいっぱいだったじゃない。
どうするのよ私。
歳納京子を失った私。
すっごく空っぽだ。
私今、空っぽの人間だ。
なにもない。
なんにもない。
大事なものを奪われているのに。
どうしてただ見てるだけなの?
この気持ちはなんなの?
この気持ちのやり場は、どこにあるの……?
わからない。
わからないわ。
わからないのよ。
わかりたいのよ。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!
気が付けば私は走っていた。
驚く生徒も、怒る先生も、なにもかも気にせず走った。
やり場のないこの感情を忘れたかった。
走れば忘れられると思った。
ひたすら走った。
忘れられなかった。
私は屋上に出ていた。
屋上は温かい春の風が舞っていた。
今年の花粉は大分マシだ。
だって涙が出ない。
屋上に出たのに特に意味はなかった。
生きてるのが辛くなってだとか、そんな物騒な理由じゃない。
意味なんてない。
本当に、意味なんてないんだ。
非日常を感じたかったのかもしれない。
下校する生徒たちを見下して、悦に浸りたかったのかもしれない。
単純に、春風を浴びたかったのかもしれない。
本能でそう動いてしまった可能性はある。
けれど、そこに私の意志は介入しない。
私は空っぽの人間だから。
しばらく風を浴びてみた。
漫画でいうような、心地よい気分には浸れない。
こんな爽やかな風でさえ、ただただ辛い。
私はなんとなく、飛び降りたい人の気持ちが分かるような気がした。
だってこんなに辛いのに、他に夢も希望もない。
ならいっそ、死んでしまった方がマシ。
そう思う人がいても仕方ない。
今ならそう思えた。
自殺はダメよなんて安易に言い張るのは、やめた方がいいな。
私は端っこの方まで移動して、鉄格子越しに、下校する生徒を見下してみた。
部活を終えた生徒が数名、ジャージのままで下校している。
立派な校則違反だ。
だけど咎めることは敵わない。
屋上に出るのだって、校則違反だからだ。
ヤバいなぁ。
先生に見つかったら、叱られるどころじゃ済まないだろうなぁ。
生徒会長、なれなかったりして。
待ってよ。
私から歳納京子だけじゃなく、生徒会長の座まで奪うつもり?
ふふ、真面目に死にたくなってきちゃった。
もう帰ろう。
そうだ、帰ろう。
うん、ちゃんと帰ろう。
帰らないと、マズい。
ここにいたら、本格的にヤバい。
なんか、色んな感情が、私の中でざわめいている。
私が私でなくなってしまう。
空っぽの自分が、そう警鐘を鳴らしている。
私は振り返る。
正面を見る。
出口を見つめる。
見える。
見えてしまう。
学校の制服。
指定された靴下、上履き。
私のほうへと伸びる人影。
右袖に付けられた、真っ赤な腕章。
丸いメガネ。
たなびく髪。
白い、髪。
「綾乃ちゃん……」
涙。
私が欲してやまない、涙。
それをなぜ貴女が持っているのかしら?
だって、泣きたいのは私の方だよ。
頂戴よ、その涙。
泣かないでよ。
頂戴よ。
貴女は、近づく。
フラフラと近づく。
おぼつかない足取りで近づく。
その距離。
3m。
2。
1。
軽い身体が、私を包み込む。
温かみに溢れている。
貴女らしい。
「どうしてこんなところに……」
貴女は涙声のまま聞く。
大体、分かってるんでしょ?
そんな状態で聞くってことは分かってるんでしょ?
なにがあったか、わかってるんでしょう?
今さら、そんなこと聞かないでよ。
惨めな私の、惨めな回答を、聞き出そうとしないでよ。
察してよ。
察してください。
察してもらわないと困るんです。
どれだけの間、一緒にいたと思ってるのよ。
それくらいできたって、バチは当たらないと思うわ。
「涙が出ないの」
貴女の質問をぶった切って。
私の一方的な悩みを投げつける。
貴女の震える肩は、いつまでも不規則に動き続ける。
そして。
そして貴女は、口を開いた。
「思い出すんや……」
「全て、思い出してみたら分かる」
「今までのこと、全部、全部」
「歳納さんと積み重ねた時間を、全部」
「隅から隅まで、全部思い出して」
「そしたら、分かる」
「綾乃ちゃんの気持ちが、分かる」
「逃げたら、あかんよ」
思い出。
歳納京子との、思い出。
今日、今このときまでずっと、ずっと封印されていた思い出。
歳納京子と出会った日。
歳納京子の制服姿を見た日。
歳納京子と同じクラスだった日。
歳納京子と初めて話した日。
歳納京子が初めて先生に怒られた日。
歳納京子が船見さんと仲いいと知った日。
歳納京子に落し物を拾ってもらった日。
歳納京子がアニメ好きだと知った日。
歳納京子がテストで学年トップの成績を叩きだした日。
歳納京子に負けて、悔しくて悔しくて、涙を流した日。
歳納京子にライバル宣言をした日。
歳納京子の困り顔を初めて見た日。
歳納京子が居眠りをしている日。
歳納京子の寝顔を初めて見た日。
歳納京子の居眠りを注意した日。
歳納京子にごめ~んと、適当に謝られた日。
歳納京子が教室で漫画を描いていた日。
歳納京子がリボンを忘れていた日。
歳納京子がトマト好きだと知った日。
歳納京子が傘を忘れていた日。
歳納京子に置き傘を貸してやった日。
歳納京子の後ろ姿を見送った日。
歳納京子に初めてお礼を言われた日。
歳納京子にお菓子をもらった日。
歳納京子のことをちょっとだけ見なおした日。
歳納京子の夏服姿を初めて見た日。
歳納京子に綾乃って、初めて呼ばれた日。
歳納京子のことを歳納京子って、初めて呼んだ日。
歳納京子に次のテストこそ負けないからって、宣言した日。
歳納京子の打倒を掲げて、勉強を続けた日。
歳納京子とテスト当日に言い争いをした日。
歳納京子とのテスト中、ぶっ倒れた日。
歳納京子に保健室まで連れて行ってもらった日。
歳納京子に本気で謝られた日。
歳納京子の泣く姿を初めてみた日。
歳納京子に無理させてごめんねって言われた日。
歳納京子が後悔する姿を初めてみた日。
歳納京子に看病してもらった日。
歳納京子が優しい子なんだと知った日。
歳納京子に再度テストで負けた日。
歳納京子が適当な態度で終業式に望む姿を見た日。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子を想って過ごした夏休み。
歳納京子が始業式に参加した日。
歳納京子の後ろ姿を追った日。
歳納京子にまたもライバル宣言する日。
歳納京子の笑顔にときめいた日。
歳納京子が大好きになってしまった日。
そうして、歳納京子との思い出を思い返していく。
時間の流れなんてあっという間だけれど、思い返せばもっと早い。
私は流れるように歳納京子に恋をした。
けれどもその想いもまた流れるだけで、歳納京子の元には届かない。
歳納京子は振り向かない。
続けて思い出す。
歳納京子のことが大好きになってしまったあの日からのこと。
全部、全部、自分でも驚くくらいに。
するすると、思い出が蘇っていく。
歳納京子と2年生に上がった日。
歳納京子に中間テストで負けた日。
歳納京子が占拠している茶道室に強行突入した日。
歳納京子のプリントを取りに行って入れ違いになり、プリンまで食べられた日。
歳納京子が熱を出した私に、早く良くなって学校に来てねって言ってくれた日。
歳納京子のことを想って、短冊に願いを込めた日。
歳納京子にテストのことをすっぽかされた日。
歳納京子と海水浴場でばったり遭遇した日。
歳納京子に浴衣姿で押し倒された日。
歳納京子が頭を打って、性格が変わってしまった日。
歳納京子がサボろうとしたゴミ出しを、代わりにやってあげた日。
歳納京子にほんのささやかなきっかけから、ほっぺたにキスしちゃった日。
歳納京子に修学旅行の班を同じにしてもらえた日。
歳納京子と修学旅行に行った日。
歳納京子が花粉症の私に、授業中こっそりティッシュをくれた日。
歳納京子にプリンをあげたら、代わりに大好きなアイスをくれた日。
歳納京子とカラオケでデュエットした日。
歳納京子がパジャマパーティ用に、羊の着ぐるみパジャマをプレゼントしてくれた日。
歳納京子のお下がりの服を着て、一緒におしゃべりした日。
歳納京子のリボンをむしっちゃって、嫌われるんじゃないかとひどくドキドキした日。
歳納京子と腕相撲しようと手を合わせて、その温もりにドキドキした日。
歳納京子が鉄棒のところで、急に後ろから私を抱え込んでドキドキした日。
歳納京子と二人きりではじめて映画を見にきてドキドキした日。
歳納京子とお花見場で桜色のアフロを被せられて、その距離の近さにドキドキした日。
歳納京子と
歳納京子と、
歳納京子と……
歳納京子と。
あれ。
ない。
思い出せない。
さっきまではするすると蘇ってきた思い出が。
ない。
ない。
ないんだ。
どこにも、ないのだ。
歳納京子との思い出が、もうない。
無くなってしまった。
そしてこれから、手に入れることもない。
私と歳納京子との思い出が今以上に増えることは、もうない。
あの笑顔が。
あの声が。
あの愛しさが。
あの憎らしさが。
あの子との未来が。
全て手に入らない。
てにはいらないんだ。
好きだった。
いや、まだ好きだ。
好きだから。
好きなのに。
ここで私と歳納京子の物語は終わってしまった。
楽しかったことも。
悲しかったことも。
苦しかったことも。
愛しかったことも。
全部全部。
終わってしまった。
その瞬間。
胸の内から、あまり良くないものがこみ上げてくる。
脳はそれを拒絶したがっているのに、身体が言うことを聞いてくれない。
全身がかくかくと痙攣を始める。
身体に力が入らなくなる。
きっと今、貴女に支えてもらわなければ。
私は自らの力で立っていることさえできない。
なんで、なんで急に、こんな。
ちょっと、ちょっとだけ、昔のことを思い出しただけなのに。
なんで。
どうして。
「我慢せんでええんよ」
……我慢?
我慢。
……。
あぁ。
そっか。
そうなんだ。
私、我慢してたんだ。
「ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
私は、泣く。
私は泣く。
鳴く。
ナく。
哭く。
声を上げて泣く。
力いっぱい鳴く。
ぽたり、ぽたりと、涙をこぼしてナク。
声が枯れるまで、ただひたすらに哭く。
泣く。
鳴く。
ナく。
哭く。
悔しい。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。
今からでも遅くない。
洗脳してでも奪いたい。
寝取ってでも奪い取りたい。
殺してでも、奪ってやりたい。
そんな物騒なことを考えながら。
私はただひたすらにないた。
わたしは最後まで素直になれなかった。
歳納京子だけじゃない。
自分じしんのかんじょうにまで、素直になれていなかった。
好きだって、言っておきながら。
そんなに好きでもない風を装よそおっていた。
本当はこんなにもあいしていたのに。
だけど。
歳納京子のことを思い出して。
喜怒哀楽の感情を思い出して。
わたしという人間を取り戻して。
わたしは。
わたしは今、ようやく素直になれました。
好きです。
大好きです。
歳納京子が大好きです。
もしもこの気持ちが伝えられたら。
もしも歳納京子と付き合うことになってたら。
真っ先に、あの映画館でデートをしてみたかった。
暗闇のなかで、恋愛映画を見て。
不意に触れてしまった手に、ドキドキしてみたかった。
映画の感想で盛り上がって、フードコートでご飯を食べて。
たまに食べさせあいっこしてみたりして。
本当に恋人になったんだって、実感してみたかった。
それで帰りに、やっと手なんて繋いじゃったりして。
歳納京子の真っ赤な顔を見ながら、くすくすと笑ってみたかった。
綾乃も真っ赤じゃん、なんて言われて、幸せを噛みしめてみたかった。
何回目かのデートの帰り、ちょっと強引に、キスとか、されてみたかった。
じゃ、じゃーね! なんて言い残して慌てて走って帰る歳納京子を。
放心状態のまま、見送ったりしてみたかった。
その唇の感触が一日中忘れられなくなったりとか、してみたかった。
こういうことはよく分からないけれど、歳納京子が望むのなら。
エッチなことだって、させてあげたかった。
暗がりの中でも映える歳納京子の白い肌を、この身体で受け止めてあげたかった。
痛いって話もきくけれど。
歳納京子のためなら、絶対我慢できた。
思い出と一緒に、今となっては叶わない夢まで、泡のように、儚く消えていく。
そうして私は、本当に空っぽの人間になってしまった。
それほどまでに、歳納京子のことを愛していた。
だけど。
だからこそ。
私はもう、大丈夫。
だって、こんなにも涙が止まらないのだから。
この悲しみの強さだけ。
私は強くなれるのだから。
おしまい
ありがとうございました。
すみませんでした。
乙
乙
酷い気もするがこのコンビは失恋がよく似合う…
綾→京結はワンパターン
もはやリピート再生を見てる気分
乙
乙乙
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません