速水厚志「ハッピーエンドを取り戻す」 (55)




――ガンパレード・マーチ 偽――


未来へ4

第二十一章





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一九四五年

第二次世界大戦は意外な形で終幕を迎えた。
「黒い月」の出現。
それに続く、人類の天敵の出現である。

人類の天敵、これを幻獣と言う。
確固たる目的も理由もなく、ただ人を狩る、人類の天敵。
人類は、存続のために天敵と戦うことを余儀なくされた。

それから五十年。戦いはまだ続いている。




二〇〇〇年

遺体回収の名目で、封鎖地帯となっていた熊本へと帰還した5121小隊。
しかしそこで待っていたのは、捨て駒にされ無惨に死んだ学兵の遺体のみではなかった。

取り残され、生き延びるために幻獣共生派となった学兵らが、共生派の村々で暮らしていたのだ。
見捨てられた、負けた、敵に下った。というみじめな思いを抱え、自衛軍、日本を恨み、憎み、恐れる元学兵たち。

その元学兵らを本土に連れ帰ること。
それこそが5121小隊の真の任務であった。


苦難の末、どうにか元学兵らの信用を得ようという時、それは起こった。
謎の敵による奇襲。
最新鋭の装備を持った有力な敵が、村を、5121を襲う。

5121小隊は元学兵、そして村人らを連れて阿蘇地方へと逃げた。
避難民に多くの犠牲を出しながらも、どうにか南阿蘇でカーミラ軍と合流。

が、避難民の中に敵が紛れ込んでいた。
共生派の村と橋渡しをしてくれた青年が、カーミラの暗殺を謀ったのだ。
カーミラをかばい、避難民の中でも非戦的な少女、リリアが死亡。
さらには敵幻獣が雪崩れこんできた。

数十、数百、数千万という数で攻めてくる敵幻獣。
それに応戦するカーミラ軍だが、敵の自爆攻撃によりカーミラ自身が負傷。
カーミラ軍も多くの戦力を失い、最早戦えるのは、5121小隊のみとなった――




九月十四日 午前三時 菅生集落


深夜。敵がいつ襲来するか知れぬ恐怖に、皆眠れずにいた。
先の浸透攻撃で、岩田、中村が重傷。壬生屋も一番機で敵の自爆攻撃を受け、意識不明。
自衛軍はワシントンからの圧力で動けず、海兵は撤退。
戦えるのは、厚志、舞の三番機、滝川の二番機、来栖、若宮、そして元学兵だった者ら。
誰も眠れぬまま、それぞれの夜を過ごしていた。

その闇夜に独特の風切り音が鳴った。
青スキュラの大群が5121の陣地に向かってくる。

一体が校庭に着地し、降り立ったエメラルド色の瞳の少女、カーミラが、士魂号三番機の前で厚志、舞と向かい合った。

「お察しの通りよ。反撃は見事に失敗。ミノタウロスもゴルゴーンも、地上の戦力は、全て消滅した。空に浮かぶ青スキュラだけが生き残った」

カーミラの表情からは覇気と自信が消え去り、別人のように憔悴している。

「そうか」

舞は静かに言う。

「明日が、最後になるな」

「……そうね」

カーミラも、舞も、まるでらしくない顔だ。
絶望と悲しみに呑まれかけている。

「嫌だ」

厚志は気がつくと、そう口走っていた。

「厚志……?」

唐突な、いつものぽややんではない強い口調に、舞が不思議そうに見る。


「僕は、死にたくない。そのために戦車兵になったんだ。死ぬためだけに戦うのはごめんだ」

「なにを言っているのだ。そなたは」

「今の二人は、死にに行くみたいだ。僕は死ぬために戦ってきたわけじゃない」

「この状況だ。覚悟は必要であろう」

「必要なのは死ぬ覚悟じゃない」

今更、何を。舞は困惑し、厚志を見ていた。
これまで、どんな窮地も、どれだけの死地さえも乗り越えてきた。
それなのに、厚志はこれまでにない恐ろしい表情で睨む。なぜだ。

「このまま戦ったら、死ぬだけだ。二人ともそれを分かってるのに、ただその戦いに挑むって言うの?」

「なれど、逃げ場などはないぞ」

文字通り、生きるか死ぬか。5121、そしてカーミラに逃げ延びる場所、帰る場所などなかった。

「そうじゃない。僕たちは最初っから、ずっと不利な戦いをしてきた。ずっと、勝ち目のない戦いに挑み続けてきた。無茶や無理ばかりしてきた。……けどその戦いに、無策だったことはない」

ずっと、いつでも、戦い方を考え、勝ち方を考え、あらゆる手段を試行錯誤し針の穴に糸を通して、生き残ってきた。
奇跡だけにすがって戦ったことなど、一度もない。

「じゃあどうしろって言うのよ!」

声を荒げたのは、カーミラだった。

「青スキュラたった千で、敵の中型幻獣を数百万と相手にできる戦略や戦術がどこにあるの? いくらあなたたちが鬼のように強くても、災禍を狩るための災禍だとしても、たったの一個小隊、それもボロボロの。押し寄せるあしきゆめの海に、勝つ方法が、どこにあるって言うの?」

白磁の肌に、水滴が伝う。

背後に立った家令のハンスですら、ハンカチ一つ差し出せずにいた。

「へぇ、なんだかずいぶんと辛気臭い顔が並んでるね。今日は誰かの通夜かな」

半ズボンから伸びる細く白い足が三人に歩み寄りながら言った。
カーミラが、エメラルド色の瞳に怒りを宿し睨む。
冗談にもなっていない。
幻獣とはカーミラの世界では人間だった者達であり、カーミラにとっては大事な、家族同然の民だ。それが既に何十万と死んでいる。
そしてカーミラを慕ってくれた避難民らも、多くがカーミラを守り、死んでいった。


「茜、そなたは殺されに来たのか」

「そんなわけないだろ。自分から死にに行くバカがどこにいる? 僕は天才だぞ」

「ふむ。ならば聞こう。何か策があるのか?」

半ズボンの少年、茜は、ふっと髪をかき上げた。

「当然」

そして嫌悪の視線を向け続けるカーミラに、真っ直ぐ向き合った。

「カーミラ。君はこう言っていたね。阿蘇は君の力の源泉だと」

「……」

「それからこうも言っていた。幻獣とは、石化の病から逃れるために、この世界に転移してきた別世界の人間だと」

カーミラは茜を睨んだまま答えなかった。
気にせず、茜は舞に視線を移す。

「つまりね、阿蘇には転移ポイントがあるのさ。この世界と、カーミラのいた世界をつなぐ」

「なんだと……いや、そうか。なるほどな」

舞は驚きもそこそこ、早々に納得した。
確かにそれならば納得がいく。カーミラがどうしても阿蘇を幻獣領にしたがった理由。敵が阿蘇を目指してくる理由。
阿蘇が、幻獣の湧き出てくる泉ならば、そこを押さえることは幻獣王にとって、安定した戦力の供給があることを意味する。

「しかも、僕が思うに、阿蘇は数ある転移ポイントでも最大の転移量を誇っている。違うかな?」

「…………だったら、なんだと言うの」

これまで隠してきた秘密を、カーミラはあっさり肯定した。
最早、隠しても無意味と悟ったか。それとも、秘密を見抜いた天才に、賭けてみようとでも決意したか。

「ふっ……簡単なことさ。敵を阿蘇まで迎え入れてやって、その転移ポイントから向こうの世界へ送り返しちゃうんだ」

はぁ、とカーミラは溜息を吐く。やっぱり期待外れ、とでも言いたげに。

「門は、一方通行よ。もしかしたら、そうではないのかもしれないけれど。……でも、私たちには門を使って自由に行き来する技術も知識もない。こっちへ来るのだって、自分達で門をコントロールしたわけではないのだから」

ならば、門とやらを活用することは不可能か。幻獣が湧くといっても、都合よく出現させられないのなら、増援でのカーミラ軍補強も期待できない。
舞は、むうと気難しげに眉間にしわを寄せ、額に拳を当てた。


しかし茜は、こちらもやっぱりねと言わんがばかり、また髪をかき上げ不敵に笑う。

「なら、こうしよう。……その門ってのを、壊す」

カーミラがぎょっと目を丸くして、それから嫌悪の眼差しがより深く憎悪に変化した。
それに気づいてか、それとも気づかずか、茜は続ける。

「どうせ敗北して、戦力の補充ポイントをむざむざ敵にくれてやるくらいなら、壊してしまえばいいんだ。そうすれば、敵は勝っても最大の目的を達成できなくなる。無駄足かかせてやれるのさ。骨折り損のくたびれ儲けってやつ」

「なにをっ」

「僕は茜に賛成。もしかしたら、門がなくなったと知れば、敵も無駄な戦力の消耗を恐れて侵攻を断念するかも」

カーミラが何か叫ぼうとした瞬間、それまで黙って聞いていた厚志の声が割り込んだ。

「しかし、物理的な破壊が有効なのか? 仕組みも使い方も分かっていないのだろう?」

それに舞も乗った。
カーミラだけが、両の拳を握り、唇を噛んで震えている。

「核ならどうかな」

「なに……?」

「善行さんが言ってたろ? ワシントン政府の……オレンジ計画ってやつ。カーミラ軍と共闘したら日本を幻獣側についたとみなし、核攻撃を仕掛ける。……その核をいただいちゃうのさ」

確かに、オレンジ計画が発動されることが前提ならば、自衛軍も参戦できる。

「でも、どうやって? 爆撃機で落としに来るんだよね?」

「カーミラが青スキュラで上空から接近、パイロットを精神操作するってのはどうだい?」

「ふむ……できるか、カーミ」

「ふざけないで!」

舞の言葉を切り、カーミラは紅潮した顔で叫んだ。

「門は……ただの戦力の補充ポイントじゃない……。私達が、最後の望みをかけて渡った、希望の橋なのよ。それをっ」

「ふぅん、あなた、まだ侵略する気満々なんだ」

振り返ると、整備班長の原素子が冷たい視線を浴びせていた。
手には、整備用大型カッター。


「侵略……? 日本政府の首相に頂いた土地に移民を迎えることが、侵略にあたるとでも?」

「その土地が今まさに奪われようとしているのに、移民もクソもないじゃない。それに、みんながカーミラさんやリリアちゃんみたいならいいけどね。ほとんどの幻獣は、言葉もしゃべれない、物も食べない。そして武装せずとも人間を圧倒するパワーを持っている。……そんな存在をこの世界に招き続けることが、移民?」

正論ではある。
移民と称し向こうの人間を幻獣として召喚し続け、人間を滅ぼすに充分な戦力が溜まったら攻撃に移る。なんてことも可能だ。
カーミラにその意志がなくとも、門を奪われたり、幻獣を統率するカーミラ自身が亡くなれば、幻獣はただの殺戮機械に戻るのではないか。
そんな危険なものを、果たして移民と呼べるのか。

ふとカーミラを見れば、目に雫を溜め、肩を震わせ原を睨んでいる。

そして、声も震わせながらわめく。

「人間よ! 彼らは!」

「違うわ。幻獣は化け物よ」

原の声は、いつにも増して冷淡だった。

「たまにおとなしいゴブリンがいたり、この青スキュラみたいに、知性のあるものがあったとしてもね、ほとんどは殺すことしか能のない化け物じゃない。人間の身体をバラバラに千切って、首の串刺しを並べて遊ぶ」

「それはっ」

「生体ミサイルや生体レーザーを持っていて、たとえ仲良くなってコミュニケーションがとれた気になっても、いつ突然暴れ出して殺されるか分からない。……そんな不気味で恐ろしいものは、もう人間なんかじゃないわ」

カーミラはもう限界だった。
顔を怒りと悲しみに歪める。

「あなたたちなんてっ……その気になれば全員精神支配して、捨て駒として敵にぶつけることだってできるのよ!」

「……へぇ、それが本音なのね。やっぱり幻獣と分かり合うなんて無理だったのよ。ワシントン政府の判断もむべなしってところかしら」

「なんで、すって」

ぽろぽろと、涙がこぼれ出した。

違う。
言いたかったのは、それをしないのは友情のためだと。仲間だと思っているからだと。

「言っておくけれど、どんな作戦があろうと、整備班は明日いっぱいで撤収するわ。それは覆らない」

原は踵を返し、ひらひらと手を振った。

「それじゃあね、おバカな正義の味方さん達。とっておきに無様な死に方でも相談してなさいな」

おほほほほ、と笑いながら去っていく。
その背に、誰も呼び止められすにいた。




殺せなかった。

原は補給車の側でがくりと膝をついた。
カッターが手から落ちる。

「私のばか……」

カーミラを殺して、5121がここに残る理由を奪ってやるつもりだった。
それで自分がどんなに悪者になろうとも。
しかし、爆破テロと精神操作でたくさんの人の命を奪った幻獣王は、今やただの、泣きじゃくる少女だった。

どうせ、ハンスや厚志の前で、カッターでの暗殺なんて成功しないかもしれない。
それでも、その覚悟でいったのだ。それなのに――

「……音?」

原は、ふと顔を上げた。
聞きなれた、レーザーメスの音がする。人工筋肉の損傷した部分を削ぎ落す、修理の音。
それは大破した一番機の方から。

知らず、そちらへと足が向く。

「新井木さん?」

一番機整備士の新井木勇美が、横たわった士魂号の足へかじりつくように修理している。
素早く、まだ使える部分を探し、つぎはぎにして直していく。

「なにをしているの」

「岩田も中村もいないし、僕がこの子を直してあげないとね、って」

新井木は振り向かず、手を動かしながら言った。

「まさか、ずっと?」

えへへっと鼻をこすり、またレーザーメスをあてる。

「どうせ、整備班は明日いっぱいで撤収でしょ。壬生屋さんはいないけど、三番機がダメになったら、速水くんあたり乗るかもしれないし。できることは、やっておきたいんだ」

「装甲の予備パーツもないじゃない。軽装甲仕様で仕上げる気? それに武装……ああもう! 仕方ない子ね」

そう言うと、原は近くに置いてあった工具箱をひったくり、肩に担いだ。

「あとどこよ、直し終わってないとこは。カメラセンサーは? 全損してた手首は交換したの? それから」

新井木が、目をぱちくりさせて原を見る。

「なによ。この整備の神様、5121の女神様が手を貸してあげようって言うのよ? 朝には倍の性能にしてやるわ」

「あははは! そりゃ頼もしいや」

こうなったら、もう考えても仕方ない。
今はただ、頭をからっぽにして手を動かす。一心不乱、新井木と競うように。
これが、最後の仕事かもしれないのだから。
勝っても、負けても。




二番機、黄色い軽装甲の足元で、滝川は毛布にくるまっていた。

「……今日まで、本当にありがとうな」

膝まづいている軽装甲の機体表面に、そっと触れる。

「最後まで、よろしく頼むぜ」

語りかける滝川の背後に、足音が近づいてきた。

「整備班は、明日いっぱいで撤収します」

「知ってる」

生真面目な声色に、そっけなく返す。

「……一緒に、行こうよ」

やっと絞り出したような声が、背中をくすぐった。
もぞりと動いて、滝川は振り返る。
今にも泣き出しそうな顔で森精華が立っていた。滝川も立ち上がり、向き合う。

「それは、できねぇ」

「どうして」

切迫した声が、潤んだ瞳が、訴えかけてくる。けれど滝川はきっぱりと言った。

「俺は、そのためにここにいるからだ」

「なによ、それ……意味わかんない」

うつむき、バンダナを外し、顔に押しあてた。泣いているのか?
滝川は手を伸ばしかけて、ためらった。

「こんなっ……こんなことになるなら、こんなふうに終わっちゃうぐらいなら! とっくにやめてればよかったのに! 正義の味方ごっこなんて!」

「……俺達が軍をやめて、ここにいなかったとしても。他の、どこかの誰かが、血を流して、涙を流すだけだ」

「それでいいじゃない! 何がいけないの!」

滝川は困ったように、頭をかいた。
こんなとき、もっとうまく言えたら。かっこつけた台詞の一つでも言って、肩を抱いて、愛を囁いたり。
ちくしょう、俺ってばなんにも成長してねぇ。

「それでも……よかったんだろうけどさ」

ただ、思いのままを言葉にするしかない。

「けど、俺は決めたんだ。俺が血を流して、どこかの誰かを守るって」

森が、少しだけ顔をあげ、赤くなった目で滝川を見る。

「……あんただけは、普通だと思ってた。……いつの間にか、化け物になってたんだ」

「バケモノか。それもいいかもな。バケモンになって、それで、生きて帰って、抱きしめられる人がいるなら」

「…………帰ってこれるの?」

問いかけには、答えられなかった。
ただ、濡れてぐちゃぐちゃになったバンダナをぐいと奪って、ゴーグルを頭に乗せてやった。
森はいっそう泣いてしまったが、バンダナを鉢巻のように結んだ滝川は、なぜかそれだけで、絶対に死なないと、そう自信が湧いてきた。

「行ってくる」




夜風が木々を揺らす。

そこへ、何かが草木の中で動く異音が鳴った。

「誰だっ」

瀬戸口は神経を尖らせたが、現れたのは、赤いちゃんちゃんこを着た、デブ猫だった。

「ブータ……! 来てたのか」

再会を懐かしもうとした瀬戸口に、しかしブータは厳しい口調で言った。

(キッドよ。此度の戦い、いよいよもっておぬしの力が必要になるぞ)

「分かってるさ。最後まで、俺にやれる限りのことはやる」

(そうではない)

強い視線がまっすぐ突き刺す。

(山かと見紛う巨大な悪しき夢が、その背に各地の幻獣を乗せて、この地へ渡ってくる。おそらく、今この世界に存在するほとんどの幻獣が集結するであろう)

「なんだって……」

青ざめ、瀬戸口も表情を引き締めた。

「また、南王のようなやつが現れたのか」

(いいや、王ではなかろう。巨大ではあるが、知性は低く、数も多い。海を渡る悪しき夢の船といったところか)

「海の幻獣か……」

イルカやクジラ、シャチといった海に住まう動物神からの情報だろう。
これまでも必死に戦ってくれていたが、さすがに止めきれる相手ではないと見える。

(これが最後の戦いとなる。祇園童子よ)

「俺は瀬戸口隆之だ。さっきもキッドとか言ってたな。変な名前で呼ぶのはよせ」

(忘れたふりか。それとも)

「やめろと言ってる。俺は……今の俺にできることをするだけだ」

だがそこで、がさがさともう一つ音が鳴った。
身構える瀬戸口。
が、飛び出したひょろ長い影は目の前で勢いよく、派手にすっ転んだ。

「あぁー! いたぁい! 誰です! こんなところにバナナの皮をぉ!」

そしてすっくと起き上がり、にやりと笑う。

「お、お前……」

唖然とする瀬戸口に、岩田は白衣についた葉っぱを払い落としながら言う。

「フフフ……あなたにできること。例え鬼に戻れなくとも、まだありますよ」

「なにっ」

岩田裕は重傷を負い、病院へと運ばれたはずだ。
参謀の方とてこんなところにいるわけがない。

「お前は、誰だ……!」

「フフフ、どうでもいいじゃありませんか。今はそんなこと」

幽霊か?
しかし足はある。足がなければ、得意のバナナですべって転ぶギャグはできない。

「ついてきてください。カモーン瀬戸口」

「……」

くいくいと、人差し指で手招きする。

何者であろうと、放っておくわけにもいかない。
瀬戸口は岩田の後を、歩きだした。




最後の一滴まで、涙を絞り出し、真っ赤に泣きはらした顔を、カーミラは無造作に腕でぐいとぬぐった。

「決めたわ。あなたたちは、わたしに精神操作され、敵に突撃する」

真っ直ぐに、舞を見つめて言う。
涙の跡が拭ききれていないが、凛として美しい顔だ。

「後方にいる、海兵、自衛軍も。オレンジ計画ってのが発動したら、わたしと青スキュラで対処するわ」

「全ての責任を背負い込む気か。しかしそれでは、例え勝てたとしても」

「分かってる」

阿蘇、阿蘇を守る元学兵とカーミラ。それを守って共闘することを、全てカーミラのせいにしてしまえば、日本が共生派として地図から抹消されずに済む可能性もある。
だがそれは、首相との和平条約の無効化と、今後の和平の可能性を、完全に潰えさせることだ。
幻獣と人類は、いよいよもってどちらかが滅ぶまで戦うこととなる。

「素子に言われて、気がついたの。わたしたちは最後の希望とすがって、この世界に辿り着いた。けれど……待っていたのは、殺すか、殺されるかの戦いだった」

息を吐き、吸い込み、空を見上げた。

黒い月が、青い月と重なり、ぽっかり浮かんでいる。

「生存競争だから。戦争だから。そう割り切ってきたけれど…………それはわたしたちの都合……。あなたたち、こちらの世界の人々にとっては、わたしたちは、後から来た、侵略者に過ぎない。例え、平和的に、移民として訪れていたとしても」

もし、門を越え、幻獣らが人間の姿でこの世界に訪れていたとしても。
これまで出現した幻獣の数だけの人間を、住まわせる余裕が、この世界にあるか。
最初から和平が成り立てば、この世界の人類の数も減っていないということ。
エネルギーも、食料も、足りるわけがない。

そして何より、後から来た移民が、対等かそれ以上の数を持って移住してきたら。
元々の人類にとっては、脅威以外の何者でもないだろう。

いずれ、差別と、争い。出身世界が異なる人類同士での戦争がはじまるだけだ。

「だから、わたしは責任を負わなければならない。これまで幻獣が殺してきた、この世界の、多くの人々の命に対して。ゴブリンがなぶり、晒し、辱めた命。ゴルゴーン、ミノタウロスに潰され、強酸に焼かれ、溶かされた命。ヒトウバンに生きたまま埋め込まれた生首、ワイトに寄生された遺体。わたしの爆破テロで死んだ人達。知性体に精神操作された人達。……その全ての命に」

「……分かった」

舞は、ゆっくりと頷いた。

「なれど我らは、そなたを、そなたらを見捨てるつもりはない」

「そうだよね。責任って言うなら、ちゃんと生きてとらなくちゃ。生きて、向こうの世界の人達と、こっちの世界の人達が、いつか和解できるように、死ぬまで頑張ってもらわないと」

いつのまにか普段のにこにこ顔で、厚志がのんびりと言った。

「厳しいこと言うのね。最後まで」

「最後なんかじゃないよ」

微笑む厚志の周りに、金色の光が漂って見えた。

この世界では忘れ去られたはずの、淡い希望の光。

「本当の戦いは、これからさ」




白みかけた空から、青白い翼を羽ばたかせ、天使のような姿の知性体が舞い降りた。

カーミラの腹心の、ライザである。

「敵襲……! 阿蘇市街に、敵幻獣多数!」

口許を引き結んだ舞と、決意を瞳に燃やしたカーミラは、互いに頷いた。

「行くぞ、厚志」

「うん。行こう、舞」

士魂号複座型に駆け乗ろうとする二人に、狩谷が車イスを走らせてきた。

「速水! これを!」

搭乗しかけていた厚志に、何か投げる。
厚志はそれをキャッチし、手のひら大のそれをきょとんと見た。

「プログラムセルだ。多目的結晶にそれを使ってから神経接続を行え」

「狩谷くん、これは……?」

「心配するな。たいしたものじゃない。……中村に頼まれた。ただの祈りだ」

「……分かった。ありがとう」

重傷を負い病院へと運ばれた中村に、いつの間に頼まれたことなのか。
そんなことは気にもかけず、厚志は笑顔でお礼を言い、左手の多目的結晶に渡されたプログラムを使用した。

「これは……」

「何をしている、厚志。早くしろ」

既に操縦席内に収まった舞にせかされ、すぐ滑り込み神経接続を行う。
ふっとグリフに落ち、一瞬青空、青い海が見えたかと思うと、厚志は8メートルの巨人と一体化し、それを立ち上がらせた。

「大量の敵が阿蘇市街まで再び侵攻。種類と数までは確認が取れていませんが」

「またセムティックスを背負わされているだろうな」

善行からの通信に、舞はそっけなく応じた。

「歩兵が起爆装置を持った敵を潰すまでは、なるべく離れて戦って下さい。支援火力に乏しいので、内臓を抜き取る例のアレも厳禁です」

「分かっている。厚志、聞いたな」

「うん。離れて動き回っていたら、舞が狙撃してくれるんでしょ」

92ミリライフルを装備し、腰にもジャイアントアサルトと予備弾倉をセット。

「そうだ。来栖と若宮が起爆装置をやったら、あとはいつも通りだ。行け!」

とん、と背中のシートを蹴られ、厚志はアクセルを踏み込む。
ぐんとGがかかり三番機が走り出した。

「わわっ、待てよぉ!」

イタリアンイエローの塗装を施された、滝川の軽装甲が後に続く。

それから随伴歩兵両名の張り付いた戦闘指揮車。離れて石丸、佐藤の戦闘車両と、二台に守られる形で補給車、武装を積んだトレーラーも。

戦場へと。

生まれ故郷へと、加速していく。


九月十四日 午前六時 阿蘇市街


廃墟と瓦礫だらけの死んだ町。
焦土と化した阿蘇市街が、大小無数の幻獣に埋め尽くされている。

「オウルベア……! 重砲型幻獣がいる!」

その名の通り巨大な熊のような大型幻獣の一団が、大量のグレーターデーモンとそれより一回り小さいレッサーデーモンに囲まれ、進攻してきていた。
スキュラやゾンビヘリと言った空中ユニットこそいないが、遠方から大威力のレーザーを放つ重砲型幻獣(オウルベア)は脅威だ。

「煙幕弾を使うぜ! その間に」

「うん! 先頭を押さえる……!」

滝川からの通信と同時、頭上を煙幕弾が飛ぶ。
そしてオウルベアの一団を白い煙が遮断した。これでしばらくはレーザー攻撃を減殺できる。

三番機がその間に、敵の先頭集団にいるグレーターデーモンの一体に92ミリを撃った。
正確な射撃。一発で仕留める。
それに反応しデーモン、ゴブリン、アンフィスバエナ、中、小型幻獣の数百数千の群れが三番機へと向く。

「足を止めるなよ。起爆装置を潰すまでは慎重に行け」

無線から茜の声がそう言った。
瀬戸口は、もしかしたら人手不足を補うため、起爆装置探しに駆り出されているのかもしれない。

降り注ぐ生体ミサイルの雨嵐を、巧みにステップを踏みながらかわす。
そしてその激しい動きの合間にも接近する敵へ92ミリを放った。
大群を前にして、一歩も寄せ付けぬ華麗な攻撃。

「こっちにもいるぜ!」

滝川の軽装甲が、廃墟から廃墟へと、隠れながらジャイアントアサルトの銃撃を三番機に気をとられた敵側面に叩き込む。

「まいちゃん、デーモン7撃破! あ、8! 9!」

「滝川機、デーモン3、アンフィス2撃破。敵に寄りすぎるなよ」

ののみも茜も、巻き添えで倒れていく小型幻獣の数はカウントを諦めている。
それでも、数えることもかなわぬ大軍勢に対して、目先の撃破数が、支えになるはずだと、そう思ってのことだった。


「へへっ、分かってるって。俺の可愛い軽装甲に傷なんてつけるかよ」

「ならいいけど。右からアンフィスが回り込もうとしてるぞ」

「げっマジかよ! このやろ!」

ジャイアントアサルト二丁を敵集団に連射しつつ、アンフィスの放つレーザーをかわし、下がる。

「ぶねぇ!」

掠めたレーザーで、じゅっと肩の塗装が焦げた。
蛇に女の顔と足、四本の腕を生やした、ともすれば美しいとさえ言える中型幻獣、アンフィスバエナ。デーモンと違いセムティックスを背負わされてはいないが、キメラやナーガより素早く、しなやかな動きをする難敵だ。
気をつけなければすぐに包囲されてしまう。

「一旦下がれ。ただしこっちまで引きつけるなよ。今ここには戦闘車両二台しかないんだからな」

佐藤、石丸の戦車を支援に出してしまえば、戦闘指揮車、補給車になにかあったとき対処できなくなる。
今は戦線を、人型戦車たった二機に頼るしかなかった。

「来栖らはまだか!」

しびれをきらし、舞が叫んだ。
もうデーモンを20は倒した。ゴブリンも数知れず踏みつぶし、足元は幻獣の体液まみれとなっている。

「あせっちゃめーなのよ。まいちゃん、しんじるの」

「……そうだな。すまない」

通信を送る内にも、回り込もうとするデーモンを撃ち減らす。
空になった弾倉を交換。
こみ上げる吐き気を誤魔化しながら。
一秒たりと止まらぬ厚志の操縦に、さすがに脳と体が悲鳴を上げ始めている。敵との距離を慎重に計り続ける神経戦を早く終えたかった。




「邪魔だぁ!」

若宮が咆哮と共に、サブアームに抱えた二本の12、7ミリ機銃を掃射する。
木立の中に潜んだ小型幻獣らが体液を噴いて倒れていく。

片付けたか?

そう思った瞬間には、また四足が山中を分け入る音がする。
小型レーザーを吐く犬のような幻獣、コボルトと、硬い甲羅を持つ二首の亀のようなバジリスクだ。
特にバジリスクは強酸を撒き散らすため、接近させると厄介な相手である。しかも亀のようと言っても動きが遅いわけではない。
コボルト共々、蜘蛛がごとくしゃかしゃかと地面を這ってくる。

「突破する」

来栖がぼそりと呟いた。
そして返答も聞かず走り出す。四方八方から飛来するレーザー、強酸を紙一重にかわし、走り抜けていく。

「また無茶を……!」

言いながら、若宮も走り機銃を振り回した。
そこかしこから幻獣の体液が散る。

実のところ、起爆装置を持った敵の位置に目星はついていた。
戦場を見渡せ、安全に隠れられる場所はそう多くない。さらにこれまでの敵の潜んでいた位置から、パターンを推測し絞り込めた。

だが敵もそれを察してか、大量の小型幻獣に守らせていたのだ。
逆に言えば、読みは当たったこととなる。

「! だめ……危ない、わ……」

急に石津からの通信が入った。今は指揮者に残っているはず。
来栖らの状況は見えていない。
が、来栖はその声に従い走るのをやめ、後方に飛び退いた。

その、たった今立っていた地面に、鋭く太い針が突き刺さった。
繊維状の身体を自由に伸縮させるストリングスライムが、木の陰に張り付いていたのだ。

すかさずカトラスを抜き、木ごと切り裂く。

「小型幻獣のトラップか……!」

若宮が息を呑んだ。

これを警戒して進めば、また時間を食われる。

「くそっ!」


「……ちっ」

舌打ちを一つし、神経を尖らせながら、身を伏せつつ走る来栖。
その後ろを、若宮も追従する。

また四足の移動音がした。
そちらへ向け、機銃を掃射。同時に異変を察知した来栖のレーザーライフルが一本の木を貫く。
と、地面にぼとり、ストリングスライムが落ちて、繊維状の身体を伸ばし赤い目玉が転がった。見事にその中心を貫通されている。

「ええい! これじゃきりがないぞ!」

若宮が地団太を踏んだ。
早く起爆装置を潰さなければ、人型戦車が危ない。

焦燥が募り、二人は足を速めた。

「っ……! いけない……それ以上、は」

石津の警告も、一瞬遅れた。
二人の随伴歩兵は既に、敵の罠に踏み入れていた。

「しまった!」

地面に埋まっていた大量のストリングスライムが、二人の足に絡みついたのだ。そこへバジリスク、コボルトの足音が迫る。

「くそっこいつ!」

機銃で薙ぎ払う若宮とカトラスで断ち切る来栖。
だが地面に張り巡らされたストリングスライムは次々と絡みついてくる。

このままでは、やられる。

若宮の背に、冷や汗がどっと流れた。





 騎兵を兵と呼ぶのなら

 ちょうちょトンボも鳥のうち





歌が聞こえた気がした。
古臭い、忘れかけられた歌。

それに次いで、獣の駆ける足音。コボルトやバジリスクの這うような音ではない。もっと力強く、地を蹴る猛獣の足音だ。

「第105山岳師団! 突撃ぃい!」

少年の怒声から、一斉に駆け抜ける動物兵器、雷電の群れ。
前脚の上についた腕が、その爪で敵を切り裂き、その背に乗る少年少女が、手にした青龍刀とサブマシンガンでとどめを刺していく。

大量のストリングスライムとバジリスク、コボルトは、あっと言う間に屠られてしまった。

「学兵……! なぜこんなところにっ」

驚き目を見張る若宮の前に、一匹の雷電、ライオンのような、鵺型の動物兵器が雄々しく立った。
その背で、少年が凶暴な笑みを見せる。

「俺達山岳騎兵は、命令で動くんじゃねぇ。てめぇの恥で動くのよ。今この国のため、どっかの誰かの為に戦ってるお前らを見捨てたら、俺達は一生恥じる」

だから駆けつけた。それだけよ。と、そしてまた駆けだした。

「部隊と、この命を助けてもらった恩もあるしね!」

今度は狼型の雷電が通り過ぎ、その背に跨った少女が声を張る。

「山にいる小型幻獣は、わたしたちが引き受けるよ!」

応! と返事がこだまし、動物兵器が木立の間を駆けていく。
雷電には幻獣の気配が分かるのか、ストリングスライムのトラップを的確に回避しては潰していった。

「行くぞ」

来栖が低く呟くと、雷電たちの後を追って走りだした。


「待って!」

振り向くと、気の弱そうな少女が鵺型の雷電から降り立ったところ。さらにもう一人、狐型雷電からは衛生兵用のウォードレス、テンダーFOXを着込んだ少女も。

「お二人とも、足を怪我されてます。ウォードレスの上から応急処置ですが、手当てさせて下さい」

言いながら、二人は素早く跪き、来栖と若宮の足から流れ出る血を止め、ウォードレスの人工筋肉を補強した。
足を捕まえたストリングスライムの針が、何本も貫いていたのだ。
二人は痛みも忘れそのまま進軍しようとしていた。

「よければ、健司……この子に乗ってあげて。気持ちも、言葉も通じるから」

健司と呼ばれた鵺型雷電は、来栖にすり寄ってきた。

「ジジも。わたしたちじゃ、どうせ戦いの役には立たないから」

「分かった。ありがとう。少しの間借りるぞ」

「……感謝する」

来栖が鵺型に、若宮が狐型に跨る。重ウォードレス可憐の重みにも、びくともしない。

「頼むぞ! はぁっ!」

馬に乗るように掛け声を発すると、狐型雷電、ジジは勢いよく走り出した。
鵺型、健司も、来栖は何も声を発さなかったが、意を察して走り出す。

まるで動物兵器と一体になったよう、二人の思うまま、二匹の雷電が駆ける。

「見つけたっ……!」

小型幻獣のさらなる群れに守られ、起爆装置を持った共生派を発見した。
若宮の機銃が駆け抜けながら掃射され、来栖のレーザーライフルが的確に敵の心臓を貫いた。

「起爆装置、確保!」




「よし、やるぞ」

舞の声がかかるや否や、厚志は最も突出していたデーモンの一体へと肉薄。
その胴体にパンチをぶち込んだ。
そしてその体内にある内蔵のような器官を引きずり出し、踏みつぶして見せる。

「……?」

敵の生体ミサイルが、ぴたりとやんだ。
次の瞬間。

「厚志! 動け!」

三番機を射程に捉えた全てのデーモンが、寸分狂わず同時に生体ミサイルを発射した。
それも同じ地点を狙うのではない。
逃げ場なく埋め尽くすように、移動範囲全てに発射されたのだ。

かわせない!

厚志は一瞬の油断を悔いた。
そして思い知った。芝村舞の力と、自分が常に、その忠実な手下であることを。

「ミサイル発射姿勢!」

舞の声に反射的に従いがくんと膝をつく。
その瞬間背部ミサイルポッドが開き一斉発射された。
頭上に降りそそがんとする生体ミサイルに次々命中し、相殺する。

結果、三番機のいるわずかな隙間のみ生体ミサイルは着弾せず、間一髪で生き延びた。

「走れ!」

もう一度同じ手を食らったら、次はない。ミサイルポッドの装填数は一だ。
降ってくる生体ミサイルをかわしながら、敵の大群から逃げる。
だがおかしい。変だ。
厚志は違和感に顔をしかめた。

いつもの、あの肌がひりつくような憎悪を感じない。

「! 敵がついてこない。なぜだ」

支援火砲がないとはいえ、爆発の危険がなくなった以上バカ正直に大軍勢を相手取る必要はない。
内臓抜きで一集団ごとおびきだし、撃破すればよいと、そう考えていた。

だが実際には、デーモンの群れは統率を失うことなく、隊列を組んだままこちらを取り囲まんと陣形を広げてくる。
冷静に生体ミサイルを放ちながら。

「どうした、速水」

通信機から茜の声が訊ねた。


「追ってこないんだ。憎しみも感じない」

「ふん、また知性体の精神支配か? まぁこの規模の敵だ。その可能性も考えてはいたけどね」

「ならば対策はあるのか」

「ふっ芝村らしくもないじゃないか。敵がコントロールされているなら、人間同士の戦いと同じさ。いや、状況を見て指示を切り替えられる距離にいないなら、柔軟な対応ができないぶん、人間以下かな」

確かに、そうかもしれない。
しかしそれはこちらにも充分な戦力があればの話だ。
人型戦車二機では、敵の戦術的な動きに対応できるはずもない。

「ちっくしょお!」

滝川の声が通信機ごし叫ぶ。

「腕を一本やられた! 残弾も少ねぇ、一度補給車まで戻る」

「バカ! 今戻ってきたらこっちまで危ないだろうが! 狙ってくる敵を一掃してからにしろ!」

「んなことできるわけねーだろ! この数だぞ!」

自爆の恐怖は消えたというのに、早くもどん詰まりか。
舞は舌打ちし、敵に弾を撃ち込みながら必死で打開策を考えた。

「えんまく、もうそろそろ切れるのよ」

まずい。
遠方のオウルベアから高威力のレーザーが来れば、ひとたまりもない。

「滝川機に敵装甲車が接近! 気をつけろ!」

「んなっ!」

人型戦車の天敵である携行ミサイルの敵歩兵は、随伴歩兵が対処してくれたか見当たらなかった。
だがそれでも幻獣の大群との戦闘中に、装甲車まで対処する余裕はない。


「滝川! このままじゃ回り込まれるぞ!」

「あっちゃん、まいちゃんも囲まれそうだよ。早く逃げて」

茜とののみが懸命に伝えるが、逃げ場などない。

ここまでなのか?

違う。否、否だ。

屈辱的な自問に、断じて否と首を振る。
逃げるために、死ぬためにここに来たのではない。我らは、そう。
戦うために、やって来たのだ。

「敵に飛び込め、格闘戦をやるぞ」

弾数も消費しない。接近して混戦になれば生体ミサイルの一斉射も使えまい。

「分かった。行くよ」

大きくGがかかり、ぐるんと機体がUターンする。
そして一気に敵の懐へ跳躍しようと、した瞬間、通信機に割り込む声が。

「それは待った方がいいね」

おっとりした、優しげな少年の声。
なんだと問うより先に、展開していた敵集団の一翼が爆発四散した。

「あれは……」

山陰から姿を現したのは、士魂号よりもヒロイックなフォルムの人型の巨人。
人型戦車、栄光号だった。

緑と白に塗装された栄光号は、その肩に装備された砲を連射する。
グレネード弾は幻獣の群れの中へと吸い込まれていき、次々と爆発した。
三番機を囲もうとしていた敵の陣形が大きく崩れる。

「こちらが援護する。今のうちに弾薬の補給を」

「助かった。感謝する」

名も聞かぬままそれだけ伝え、素早く後退した。
どうやら滝川の方にも増援があったようで、無線に半泣き大声で感謝の言葉が繰り返されたかと思うと、一目散に二番機が駆け戻ってきた。


「装備はトレーラーから適当にとって頂戴。整備班はパーツ交換急げ! 十分で送り出すわよ!」

原の怒声に、残っている整備班の面々は、文句も言わず威勢のいい返事で応じた。
パイロットの休息も、操縦席内で目をつぶるだけだ。

増援があったとはいえ、こちらと同じく一機では長く押しとどめられようもない。
三番機は二番機の修復を待たずして、先んじて戦場へと走った。

砲声と、爆発音が近づく。
厚志は、自然と穏やかな笑顔を浮かべていた。

あぁ、ここが、こここそが、僕らの故郷なのだと。

「死すらも超える……マーチを歌おう。時をも超える……マーチを歌おう」

ふと口をついて出たワンフレーズは、かつてこの九州にて、多くの学兵が口ずさみながら敵に突撃し、死んでいった、突撃軍歌。

ガンパレード・マーチ。

それが、伝染するように。

それぞれ、思い出すように。

滝川陽平が、田代香織が、茜大介、東原ののみ、森精華、果てには狩谷夏樹、原素子までもが、その唇に音を乗せ始めた。


 絶望と悲しみの海から それは生まれ出る

 地に希望を 天に夢を 取り戻すために生まれ出る

 闇をはらう 銀の剣を持つ少年

 それは子供の頃に聞いた話 誰もが笑うおとぎ話


「でもわたしは笑わない。わたしは信じられる」

背中ごし、芝村舞の声が操縦席内に響いた。
二人の、みんなの声が重なる。


 あなたの横顔を見ているから


速水厚志は、アクセルを強く踏み込んだ。




九月十四日 午前七時 草千里ヶ浜


ベヒモスやタランテラ、大型幻獣が焼け野原となった平原を狭しと踏み鳴らす。
その背には何十体という小型幻獣をそれぞれ背負い、足元にはグレーターデーモン、レッサーデーモンが時折踏みつぶされながらも、うじゃうじゃと付き従っている。

まさに、悪しき夢の波頭。絶望の光景だった。

しかしそこへ、一枚の花びらが宙に舞った。場違いなほどの美しさを持つ、薔薇の花弁。
波のように押し寄せる赤い目の群れが、そのたった一枚の花びらにそそがれる。

そして前方へと視線を戻した時、そこには優雅に立つ、人型の巨人の姿があった。
二本の角が天に伸びた髑髏の仮面。西洋の騎士のような甲冑。
そして腕には、二振りの超硬度大太刀。

ぞわり、震え、幻獣たちが一斉に竦みあがった。

「……そうか。覚えていてくれたか。……いやぁ、忘れられるはずないよなぁ…………お前達を最も殺したやつのことを」

大太刀を、ゆらりと構える。

「だが今の俺は、デクでもキッドでも祇園童子でもない…………」

幻獣の大群が数歩退いた。が、強烈な精神支配によって、再び前に歩みだした。
忽然と現れた敵、士魂号重装甲、西洋型を呑み込まんと一気呵成をもって進軍する。

「……瀬戸口隆之、参る!」

地面を蹴り、敵のただ中へと跳躍した。
西洋型めがけ発射されるレーザー、生体ミサイルの渦。しかし瀬戸口はそれをもろともせずかわし、敵陣へと着地した。
いや、着地したと見えたときには、既に周囲のデーモンらは斬られ、体液を噴いて倒れていた。

「はぁっ!」

重装甲とは思えぬスピード、反射速度で敵の合間をすり抜ける。
そして幻獣たちは、何が起きたかも分からぬままにばったばったと倒れていった。

脅威。恐怖。混乱。狂想。

絢爛たる舞踏を舞う者に、悪しき夢の海が蹴散らされていく。

ここに、草千里ヶ浜を進攻せんとしていた敵は、完全に釘づけにされた。




滝川機を狙って現れた共生派の装甲車は、知性体ライザの指揮する青スキュラによってレーザーを受け破壊された。
いくら遠方から攻撃できるとはいえ、オウルベアとレーザーの撃ち合いになれば分が悪い。
危険を承知での、思慕の参戦だった。

さらに学兵の乗る戦闘車両数台も支援に加わり、滝川二番機を援護。
戦車、軽装甲ともに幾度も損傷を負いながらもぎりぎり踏ん張り続けていた。

突撃軍歌の唱和は、まだ続いている。


三番機は、緑の栄光号砲戦仕様と、さらに続いて合流した青と白に塗られた同じく栄光号砲戦仕様の支援を受け、オウルベアの一団を始末しようと敵の大集団を掻き回していた。

縦横無尽に暴れまわる複座型と、それを的確に支援する砲戦型二機。
グレネード弾はひっきりなしに爆発し、両脇に抱えた減口径砲二丁も次々リロードし火を吹く。
あれだけいたデーモンが徐々に剥がされていき、遠方で守られていたオウルベアを、ついには射程に捉えた。

「ふむ、敵陣に隙ができたな。さらに突破口を開くため、ミサイルを使うぞ」

「うん、分かった」

栄光号の援護射撃を受け、敵の軍勢、その僅かに生まれた隙間へと突っ込んでいく。
小型幻獣を見境なく踏みつぶしながら、射程範囲に最も突出したオウルベアまで届いた。

「今だ!」

周りじゅう敵に囲まれながら、ほんの一瞬の静止。コンマの間も置かずにジャベリンミサイルが放たれた。
全弾命中。静止した三番機を狙おうとした敵はことごとく消え去った。

立ち上がり、すぐさま走り出す。
周囲に再び敵が密集する前に離脱し、栄光号と合流。
そして守りの薄くなったオウルベアの一団に、栄光号二機と共に砲撃を浴びせかけた。

一体、二体。三、四と。

巨体が、数える間もなく沈んでいく。
巻き添えになったデーモンやゴブリンが何十匹と潰された。




九月十四日 午前七時 福岡・テレビ新東京中継局


そんな苛烈な戦闘映像を前に、遠坂圭吾は拳を白くなるほど握っていた。

今すぐにあの場へ飛び込んで、戦友たちと肩を並べ、戦いたい。
自分の整備の腕で、少しでも仲間を支えたい。

そんな欲求が脳を、体を、興奮させ続ける。

映像ごし聞こえてくる、5121と駆けつけた学兵らの、ガンパレード・マーチのせいもあるだろう。
全員の声が、互いを奮い立たせ、励まし合いながら、戦場に響き渡っている。

「みなさん……わたしはっ」

自分の戦いは、ここにある。
分かっている。
狩谷の作ったプログラムセルによって、士魂号を通して見る厚志の視界を、そのまま映像としてこちらに送る。
そしてそれを、全国に、遠坂財閥テレビ新東京から、臨時放送で流すのだ。

画面では、学兵らの突撃軍歌にかぶさり、突撃レポーター桜沢レイが必死で訴えかけている。
彼らはこの国のために今も戦っている。
彼らを見捨ててはならない。
文言は陳腐そのものだったが、その声、その心は、真剣そのものだ。伝わらぬはずはない。

「お願い、届いて……お願い……!」

中継機の前で、田辺真紀が両手を組んで祈る。

遠坂にはその後ろ姿が、まるでその頭上に光輪をたたえた、天使のようにも見えた。

そうだ。届け。届いてくれ。
この祈りが届かない世界なら、価値などない。
信じさせてくれ。
この世界には、まだ、価値があると。

遠坂も、拳を胸の前に。
気が付けば、懸命な祈りに加わりながら、突撃軍歌の唱和に加わっていた。





幾度も補給、修理を繰り返しながら、士魂号二機、栄光号二機、戦闘車両複数は、徐々に退がりつつも敵集団の先頭をかき回していた。
それを支える指揮車、補給車、トレーラーは二台の戦闘車両を護衛につけ、敵の進路からは外れた地点に潜伏。
その位置を敵に悟られぬよう、慎重に隠れていた。
だがついに、レーダーの反応に、赤い光点の群れが。

「ヒトウバン、ゴブリン、多数なのよ」

「ついに来たか……! 加藤、補給車をかばう位置に前進! 石津、銃手頼むぞ!」

茜の指示に「はいな」「わかった……わ」とそれぞれ応じる。
人型戦車の補給の際、いくら素早く敵を振り切り戻っても、これだけの敵だ。
いつまでも隠れられるわけもない。
覚悟はしていた。

「肉薄させるなよ! 攻撃開始!」

石津が指揮車機銃につき、迫りくる小型幻獣の群れに掃射する。
だが敵の圧倒的な物量に対して、火力不足だ。
仲間の死体を踏み越えてどんどん近づいてくる。

「90式はどうした!」

「ふえぇ……違う方から来たレッサーデーモンと交戦中。みんながんばってるのよ」

グレーターデーモンの小型種か。
戦車がそちらを押さえてくれているだけでも有難かった。小型とはいえ生体ミサイルや強力なパンチを持ち、ゴブリン、ヒトウバンよりも硬い。
指揮車補給車に近づかれたら、成す術はないだろう。

目の前の小型幻獣ですら、押し込めず、迫ってきているのだから。

「……最悪、指揮車が囮になる。そうなったら、加藤、石津は東原を抱えて逃げろ」

補給車とトレーラーがいなくなれば、人型戦車は戦えない。
だが指揮車は、なくなっても、どうにかなる。
増して今ここには善行さんもいない。
大天才を失うことはこの世界の未来にとって大きな損失だが、それも仲間の命を思えば小さすぎるほどだ。

小型幻獣の群れが、いよいよもって指揮車に迫る。

くそっ、ここまでか。
三人に退避指示を出し、ハンドルを奪おうとした。
しかし茜の声は遮られ、割り込んだ女の怒声が耳に突き刺さった

「おらおらぁ! こっちだ! かかって来いよ!」

小型幻獣の群れに、違う向きから銃撃が加えられる。指揮車機銃との十字砲火となった。

「田代……! なにしてるんだバカ!」

いつの間にかウォードレスを着込み、固定した小隊機銃で敵を薙ぎ払っていく。
隣にはヨーコが給弾手としてついている。


無茶だ。あのネアンデルタール女、こんなところで死ぬ気か。
茜は頭に血が上るまま叫んだ。

「早く戻れ! このバカ! バカだと思っていたがここまでとはね、指揮車を守るより補給車と一緒に一人でも多く生き延びなければ、この先戦えなくなる! お前や石津がいなくちゃ誰が怪我人の手当てするんだ! 大バカ野郎!」

「野郎じゃねぇ!」

そこか?
思わぬ返答に面食らった茜に、田代の声が、優しさを帯びて続ける。

「……ったく、バカはどっちだよ。お前みたいな大天才の方が、死なすわけにいかないに決まってんだろ。このバカ」

「っ……」

天才の考えることが、こんな暴力単細胞女に見破られていたとは。

「…………バカにするのか褒めるのか、どっちかにしろよ。バカ」

「同じようなもんだろ。天才」

小型幻獣は、倒しても倒しても湧き続けていた。
敵も補給を絶つことの重要性を理解している。侵攻が途切れることはない。
このままでは無限に続く小型幻獣に、じき呑み込まれてしまう。

なにかないのか。なにか。
あのネアンデルタール女と、僕らが生き残る道は。
天才なんだろう、考えろ。

だが妙案は浮かばない。どの方法でも犠牲者が出てしまう。

くそっ、こんなもんなのか、僕は。
歯を食いしばり、首を垂れる。

「くる……くるよ、だいちゃん!」

ののみが指揮車内に声を張った。
来る? 何が来るんだ、敵の増援か?
こうなれば、敵の中に突っ込んで自爆でもしてやるか。そうすればいいかげん、あの女も諦めて撤退するだろう。
前回襲撃してきた敵の、爆発せずに残ったセムティックスをこっそりと持ってきていた。
だがそれを使う機会は訪れなかった。

激しいマシンガンの音が、二つの機銃に重なった。
そしてまたも女性の、けたたましいがなり声が響く。

「てめぇらうちの生徒に手ぇ出して、ただで済むと思うなよっ……覚悟しろ!」

敵前へと飛び出した一つの影。
それは突撃兵用のウォードレス、ハウリングフォックスだった。
人工筋肉と装甲を強化した、強力な補正のぶん戦闘時間の短い、漢らしい一品である。
それがサブマシンガン二丁を抱え突進、敵幻獣を掻き散らしていく。

「まさか、先生。本田先生っ!」


「よーぉ生きてっかお前ら。しぶとく育ってくれて、俺は嬉しいぜ。かったるい教師やってた甲斐もあるってもんだ!」

「嬉しいのは分かりますが、あまり突出しすぎないように。わたしを置いていかないで下さいよ」

渋みのある声と共に、今度は重ウォードレス烈火が現れた。
そしてずんずんと敵に近づいていくと、その強烈な拳で小型幻獣の頭を次々粉砕した。

「坂上せんせまでっ! 来てくれはったん!」

「へっ……こんなおっかねーセンコー二人がいりゃ、百人力だぜ!」

懐かしさに、声を上げる5121の隊員たち。
あのプレハブ校舎で、モデルガンをぶっ放ったり、演歌を歌ったり、自分達学兵のために涙し、最後まで助け、支えてくれた二人。
心に自然と、希望が湧き戻った。

「ここまで生き残ってきたんだ! 戦争終わるまで全員で生き延びなかったら承知しねぇぞ! 分かったか!」

「はい!」と威勢よく返事を重ねる。

そうだ。生きるんだ。
生きて、戦わなければ。

茜は戦術画面に食い入り、生き延びるために、脳をフル回転させ始めた。




巧みに動き回り、廃墟や瓦礫といった遮蔽物を盾にしながら、滝川の二番機はしぶとく戦っていた。
そしてそれを、学兵らの戦車小隊が、後方、側面から的確に援護する。
最新鋭の戦車と装甲車が複数ずつの、学兵の部隊にしてはいささか贅沢な部隊。ではあるのだが、敵の物量に対して、圧倒的不利は変わらない。
滝川と学兵小隊は、じりじりと戦線を下げながら、薄氷を踏むようなバランスで奇跡的に持ちこたえているに過ぎなかった。

「ぐっ……うおっ! あぶねぇ!」

二番機の頭部すれすれを、生体ミサイルが飛ぶ。
一瞬反応が遅れればおじゃんだった。

「ちくしょお、こんなのいつまでも保たねぇぞ……!」

故障、被弾の度に、整備班は頑張ってくれていたが、なにぶん一度の整備にかけられる時間が少なすぎる。
ほんの僅かな間離脱するだけで、幻獣の大群は大きく進軍してくるのだ。

機体、パイロット共に、疲労が限界まで溜まっていた。
自然と動きも鈍くなり、あわやという場面も増える。

「黄色いアルマジロさん! あと少し、あと少しだけ耐えて! みんなも、お願い! わたしたちならやれる! 全然負けてないよ! あんなたっくさんとも、しっかり渡り合えてる!」

明るく励ます少女の声。戦車小隊の隊長さんだ。よく声を出して戦う、いい指揮官だと滝川は関心していた。
それにしてもアルマジロなんて、誰が吹き込んだのか。

「へっへっへ、こっちはまだまだいけるぜ。そっちこそ、大丈夫なのか? ヒロイン天国小隊さんよ」

「このぐらいへっちゃら! 女は努力と根性と忍耐!」

なにやらぼそぼそと「隊長は忍耐ないだろ……」などとも聞こえたが、とにかく、こうして張り合う相手がいるだけで、気力がわいてくる。

それにヒロイン天国小隊とはいい名前だ。
これから素敵なモテモテ学園ライフが始まりそうで、うきうきする。
接近したアンフィスバエナをキックで蹴飛ばし、戦車に迫ろうとするデーモンにアサルトを撃ち込みながら、滝川はうんうん頷いた。

最初「こちら第108警護師団! ヒロイン天国小隊! これより援護に入ります!」と聞いた時には、耳を疑ったものだが。


「意地悪ライバル小隊! そっちは生きてる? まだいけるよね!」

「きぃー! だからわたくしはそんな珍妙な名前、認めていませんからね!」

意地悪ライバル小隊……なぜか雪国仕様のスノーフォックスに、熱線砲や携行ミサイルをふんだんに所持したこれまた豪華な随伴歩兵部隊である。
そのライバル小隊が戦車を確実に守っているからこそ、不利な状況でもここまで戦えていた。

きゃいきゃい言い合いを続ける二人のやりとりを聞き流し、滝川はまた一体、もう一体と敵を削っていく。

「まったく、頼もしい限りだぜ。お前ら。……にしてもよ」

しかし、あと少し、とはなんなのか。
なにかこの状況を覆す策があるのか。そう問おうとした、ちょうどそのタイミング。

敵幻獣の大集団が、突然、爆発した。

「な、なんだぁ!」

こちらに届く距離ではなく、まだ移動中の、ぎゅうぎゅうに詰まった幻獣の群れ。
その群れの中で爆発が断続的に起こり、幻獣の進攻が一時的に止まった。
しかも爆発はさらに後方までどんどん続いて巻き起こり、敵戦力をずたずたにしていく。

「やったやった! やったんだ! さすが岩崎!」

嬉しそうに跳ねるような声で、ヒロイン天国小隊の隊長がはしゃぐ。

これ、あいつらの仲間がやったのか?
驚きながらも、しかし、これでどうにか互角に戦えると、滝川は歯を見せて笑った。

「やろうぜ軽装甲! こっから反撃、俺たちのターンだぁ!」




「ふぅ……と。こんなところかな」

隠密任務用ウォードレス、静寂の頭部電子装備を脱ぎ、灰色の髪の少年は汗を払うように首を振った。

「うまくいきましたわね。にしても、これで全部かしら」

隣で、いかにもお嬢様といった金髪美少女が仁王立ちで言う。
その手には、敵から奪ったセムティックスの起爆装置が握られている。

「さぁ。全部かは分からないけれど、逆手にとられてこれだけの大打撃を食らったんだ。それでも自爆攻撃に頼るほど、敵も愚かではないと思うね」

金髪美少女は「それもそうね」と使用済みの起爆装置を投げ捨て、ふふっとしとやかに笑った。

「任務完了、ね。これからどうするの?」

「さて、僕は捕まえた敵共生派を、憲兵隊に引き渡す仕事が残ってるけど。付き合ってくれる?」

「あら、女の子に重たい荷物運びなんてさせる気かしら」

「ははは、荷物は男が持つのがデートの基本。かな? 移動中に敵から襲われないよう、守ってほしいだけさ。さっきまでみたいにね」

金髪美少女は武器を一切手にしていなかったが、その身体から放たれる生体レーザーはかなり強力なものだった。
とはいえこれだけ早く作戦を成功させられたのは、二人のみの手柄でなく、サポートしてくれた黒い狼型雷電に乗る少年と、同じく生体レーザーを放つのんきそうな少女のおかげである。

「それじゃ、もう少しだけ付き合ってあげますわ。地獄のデートコースをな」

最後の一言だけえらく低い声になったのを聞いて、灰色の髪の少年は、はははとまた、楽しそうに笑った。


単行本は全部買ったけど原作は打ち切り臭がひどすぎたからなあ
二次創作(三次創作)位はいい締め方を期待したいね



九月十四日 十時 草千里ヶ浜


足をやられてのびた大型幻獣らに進路を塞がれ、デーモン以下中型、小型幻獣が体液を撒き散らしながら右往左往している。
草千里ヶ浜を進攻していた大群は、完全に統率を失い、個々に敵を探し彷徨うか、怯え、逃げ惑っていた。

そんな滑稽な様子を、遠く山中の神社に身を潜めながら西洋型士魂号は見下ろす。
左腕を肩から失い、装甲のほとんどが破損。髑髏の面の角と、右手に握っていた大太刀もぽっきり折れてしまっていた。
折れた大太刀を地面に突き立て、西洋型は器用にあぐらをかいた。

「やれやれ……これじゃ壬生屋の嬢さんに怒られちまうな」

少なくとも100か200はやったか。
増してその数字よりも、敵の戦意を削ぎ、既に敵なしと出てきた大型幻獣を利用し、足止めをかませたことが大きい。

しかし残った右肩に飛び乗った老猫は、不満そうにヒゲを歪める。

(もうバテたのか。せめて300は狩ってこんか)

「おい、俺の肩に乗っても絶技は使えんぞ。速水達のとこへ行ってやれ」

しっしと、手で追い払う。

(向こうはスキピオ将軍とペンギン神族に任せてある。負けはない)

「そうかい。ま、茜の指揮でとんでもないことに、なってなけりゃいいが」

(そもそもお前は、わしが起爆装置を持った敵を事前に狩らなければ)

「はいはい分かってますって。俺が戦えたのは、おっさんが年甲斐もなくはしゃいだおかげですよ」

と、言い合っていると、老いたデブ猫以外に、リスのような生き物が西洋型にたかってきた。
ぴょんぴょんと、まるで踊っているようだ。

「おっとこいつは……どうやらこっちにも、増援が到着したようだ」

西洋型が、よっこらしょと腰を上げる。

「俺達年寄りは、ここらでトンズラこくかね」




ろくに動けなくなった大型幻獣を乗り越え、未だ戦意を失っていない幻獣らが進軍せんとする。
その先に、またも巨人の影が現れた。
それも、今度は十機以上もの、本格的な人型戦車部隊が。

「どうやら、一足先に舞踏を行った者がいるようだな。……俺のぶんをとっといてくれて、感謝するよ」

先頭に立つミッドナイトブルーの栄光号重装甲が、不敵に言い放った。

「死にたいやつだけ前に出ろ! 少しでも己が理性を持ち、命を尊ぶものは、そのウドの大木の陰に隠れていろ!」

ウドの大木、と言われ激高したか、だらしなく地に寝そべっていたベヒモスの一体が大きく長い首をもたげる。
そしてその頭部から大型レーザーを発射、しようとした瞬間、栄光号重装甲の放った零式減口径砲の一発が、その赤い目を貫いていた。

さぁ来い……! ここがお前達の地獄だ!

それを火蓋とばかりに互いが雪崩れこむ。
真っ先に突撃したミッドナイトブルーの栄光号重装甲は、並み居るデーモンをまるで赤子の手を捻るように、易々と葬っていく。
追従する栄光号砲戦仕様、対馬、光焔号、光輝号数台、栄光号複座型が、惜しみない支援火砲によって、死神の舞踏に華を添えた。
最も遠くからは、栄光号軽装甲が92ミリライフルで敵を狙撃しては、素早く移動し敵の狙いから逃れる。

「さっすが隊長! 怖いぐらい強い……! わたしたちも負けないぞぉ!」

複座型操縦手の活発そうな少女が、うまくステップし敵の生体ミサイルをかわしながら、前へ前へと出る。
それに対し砲手の二枚目が眉をひそめた。

「俺達の複座は5121と違ってミサイルを積んでないんだ。突っ込んだって仕方ないぞ」

5121が結局士魂号を愛用しているので、余った後継機の複座型を譲り受けていた。
が、有線式ジャベリンミサイルは芝村舞のように使いこなせない。
ならばとステップワーク重視で、背部ミサイルポッドは排していた。

「その通りだ。隊長の邪魔はするなよ。俺達は支援を徹底するんだ」

無骨な人型、対馬に乗った生真面目そうな少年が言うと、四脚の光焔号からも、肩に背負った二門の120ミリ砲をぶっ放ちながら「そうそう」と声がする。

「わたしたちもだいぶ強くなったけどさ。あの人には全然かなわないって。最初に見せつけられた差が大きすぎるよ」

「役割に、徹すればいいから……」

「あいつの背中は、俺達が守る……!」

狙撃する軽装甲と、果敢に重装甲の後を追う砲戦仕様。二機に乗る、無口な少女と少年もそう応じた。
補給車、整備車両、トレーラーも予定の位置に隠蔽を完了し、同時に僅か数名の随伴歩兵も到着。
ここに第109警護師団、つまり、二一一天文観測班の戦力が集結した。

「大型幻獣の背後に隠れた敵は追うな。出てきたやつだけを叩きつくせ!」

言いながら、重装甲は弾切れした減口径砲を投げ捨て、ジャンプで一気に敵へと肉薄。
パンチで頭部を粉砕し、さらにその死体を盾に他の敵に接近。今度はキックでどてっ腹に風穴を空けた。

既に敵軍勢は手負いとはいえ、圧倒的物量を前にも人型戦車部隊は一歩も引かず……どころか、完全に優位に立って戦場を支配している。
その驚異的な戦いぶりに一度出てきた敵幻獣さえ、大型幻獣の背後へと戻っていく始末だ。

戦闘は、二時間と経たずに終結した。


戦意を持って出てくる敵は全てが殺し尽され、最後、盾となっていた大型幻獣に一斉砲撃を浴びせ、消滅させる。
するとそこには、一万、二万という小型幻獣の群れ、そして百そこらのデーモン、アンフィスが残っていた。
それだけの数がいながら、幻獣らに戦意はない。
傷を負った者も多く、かばい合うようにして、へたりこんだままだ。

「みんな、聞いて欲しい」

少女の声に、幻獣らは赤い瞳を向けた。
ミノタウロスの肩に乗った、触覚のように髪をぴょんと束ねた少女。

ミノタウロスは重装甲と並んで、幻獣らの前に出た。
さらにぞろぞろと、他のミノタウロスやキメラ、ゴブリンが、人型戦車らと共に囲んでくる。その数は千と数百。

「わたしたちは、望遠鏡破壊任務を負った部隊。……噂、聞いたことない? 幻獣を裏切って人類側についた愚かなやつらって」

赤い瞳たちが互いを見合わせ、ざわつく。
物言わぬ幻獣の人間くさい動作が、なんだかおかしかった。

「まぁ、カーミラの和平に比べたらちっちゃいことだけどさ。わたしたち、和解したんだ。うん、まぁ、その」

少女は、少しだけ言いづらそうに、顔を赤らめる。
栄光号重装甲から糸目の少年が出てきて、少女に視線をやった。
少女も視線を合わせ「えへへ」と笑う。

「つまり…………わたしたち、子供産むの!」

「ちょっと待ってくれるかな」

真っ赤になって叫んだ少女と、冷静に、しかしやはり赤くなりながら、少年が止めた。
上空から降りてきた知性体が、糸目に対してうなずく。
幻獣に対して同調能力のない少年の、通訳を買って出てくれるらしい。

「あー、今のは言葉の綾で。……出産だとか結婚だとかは置いといて、とにかく僕らは仲良くなったんだよ、うん。それで、だね」

言葉を探すように、赤い目を見渡す。
そのどれもが驚愕したように、見開かれているように見える。

当然か。敵対する、向こうにとってはこちらが化物だ。化物、それも死神と、結ばれる幻獣が存在するなど。

「僕らが橋渡しになって、父島を攻めていた幻獣とは和解したんだ。それで……どうだろう。君たちも、僕らと一緒に」

「この世界に、新しい楽園を作ろう。ね!」

少女は目を、宝石のような赤い目を輝かせて言った。

父島を襲った幻獣の大攻勢。それがパタリとやんだ理由は、世間には全く知られていない。さらに軍にも事情を知っている者などほとんどいない。
この部隊の人間達だけが、この驚くべきロミオとジュリエットを知っていた。

「詳しい和解の条件は、カーミラの元へ移動してからにしよう。では、ついてきてくれるかな」

そう言って、少年はまた操縦席に入ると、無防備に背を向けて歩き出した。

戸惑い、ためらいながらも、一体、また一体とそれに追従しだす幻獣。
人型戦車と共にいるミノタウロスらに促され、ついにはそこにいた全ての幻獣が引き連れられる。
激戦が繰り広げられた草千里ヶ浜はついに、敵も味方も、からっぽになった。




九月十四日 午前十時 中国・広州湾


無人の港に停泊している大型強襲揚陸艇。
その甲板で、Tシャツとジーンズ姿の少女のように見える幻獣の王……巨大な軍産複合体と大量の幻獣軍勢を所持する、現在最大勢力の幻獣王ハニエルが、太い縄で縛られ、椅子に固定されていた。
家令であるボリスは、すぐそばで甲板上に転がり、身体のあちこちから血を流し這いつくばっている。

「き、きさ、ま……!」

ボリスは目を血走らせ、ハニエルの側に立つ男を睨む。
だが男はそれに無反応で、ただ黙々と働く船員たちを眺めていた。

既に船員らは、男による精神支配で、操り人形と化していた。

「ほぅ……精神支配が解かれたか。最前線の……ふん」

顔を歪め、椅子に固定されたハニエルを見下ろす。

「王族と言えど、所詮は逃げ延びただけの者。爆弾遊びと、この世界で得た玩具にすがるようでは、この程度か」

哀れむような、憎むような、いとおしむような、ちぐはぐに歪んだ表情で。
しかしハニエル側に何か応える余裕はなかった。
ハニエルの表情は、唾液と涙と鼻水を垂れ流し、目を見開いて浅く呼吸し続けるという、元の美貌が台無しの情けない限りとなっている。

男は、そんなハニエルの頭に、そっと、優しく手を乗せた。
途端、「ぎぃっ!」とさらに苦悶の表情を浮かべる。

「ぁ、あがっ……やめ、やめで……おね、が、やめっ」

びくんと身体を痙攣させるが、縄をほどくどころか、椅子を揺らすだけの力もない。

「貴様ぁあ! ハニエル様にっ」

タン、と一発の銃声。
甲板にいた従業員の一人が、ボリスの頭に銃弾を撃ち込み黙らせた。

「決戦存在を倒せるのは、決戦存在のみ……だが、…………例外もあるだろう」

ぎりぃと、ハニエルの頭に乗せた手に力を込める。
悲痛な叫び声が、むなしく響き渡った。

「行ってこい。この世界での、最後の仕事だ」

膨れ上がった闇が、揚陸艇を、まるごと呑み込んだ。




九月十四日 午前十時 阿蘇市街


背負ってきたセムティックスを無意味に爆破され、幻獣の戦線は崩壊。
以後、精神支配による統率をも失ったか、各個やみくもに進撃する敵を人型戦車、山岳騎兵が奇襲と退避を繰り返すゲリラ戦法で掻き回した。
さらに戦車部隊が敵集団の先頭を押さえている間に、爆発せず回収したセムティックスでトラップを多数設置。
退がりながらも誘導し、爆破トラップによって敵幻獣の数を削った。

そんな戦いを三時間と続けた頃だった。

「もう無理よ! 操縦席から下りて!」

散々応急処置的な修理を受け、装甲も人工筋肉もボロボロになった黄色の軽装甲が、バズーカとアサルトを手に立ち上がろうとする。
その足元で、森が泣きそうになりながら叫んでいた。

「機体もあなたもとっくに限界がきてる! 戦えていることがおかしいの! これ以上は本当に死んじゃうっ……早く下りて!」

そんなの、俺が一番よく分かってら。
滝川は軽装甲の操縦席内で、ぐわんと揺れ動く自分の頭を、拳でぶった。
しっかりしろ、滝川陽平。お前の仲間は、お前以上に傷だらけになりながら、まだ戦っているんだ。

「頼むぜ……あとちょっとだけ、無茶させてくれよ」

森と、軽装甲と、自分の身体に語りかけ、戦場へと踏み出そうとした。
その足がもつれ、機体が傾く。

「うわぁっ!」

倒れる。まるで初めて乗った時のような、情けないミス。
やばい! 整備機材と森を巻き込んじまう……!
とっさに身を捻り、倒れる向きを変えようとした。が、大きく傾いた機体は、傾いたままガクンと宙ぶらりんに止まった。

「な、なん……」

「はっはっは! いい意地だ。ここまでよく頑張ったな、イエロートータス君」

真紅に塗られた、エースの軽装甲が滝川機の肩を支える。

「あ、荒波指令っ」

「あとは俺に任せろ。俺達に、任せろ」

トータス昇格、アルマジロじゃないのかよ。なんて言う間もなく、滝川機を寝せると赤い軽装甲は走り出した。
その後ろに、都市迷彩の栄光号数機も追う。

「全軍抜刀! 全軍突撃! 我に続け! アールハンドゥガンパレード!」

勇ましい荒波の掛け声に、いくつもの声が重なっていく。

「アールハンドゥガンパレード! 友軍を救え!」

「アールハンドゥガンパレード! 友を助けろ! 正義に従え!」

アールハンドゥガンパレード! アールハンドゥガンパレード!

野太い声が、甲高い叫びが、静かな怒声が、果敢な雄叫びが、
鳴りやまず後続し、戦場へと突き進んだ。

藤代、田中、島、村井、植村、箕田、能見、中西、久萬、果てはリポーター桜沢レイの声まであった。

百十六師団、海兵旅団、二十一旅団、十三連隊、福岡に待機していた全ての兵が突撃する。
そしてその様子は、三番機からの映像に代わり桜沢レイ率いる報道部隊が映し出し、実況中継して全国に流す。

祈りは届いた。
儀式は成ったのだ。




「お待たせしました、皆さん。ここは我々が引き受けます。5121、並びに学兵の皆さんは後退。しばらく休憩をとって下さい」

通信機から、善行の声。次いで瀬戸口も。

「オーケーお嬢さんがた、全員無事だな。黒猫さん白猫さん、ペンギンさんも、みんなのお耳の恋人、この瀬戸口隆之の誘導に従って、すみやかに退避。自衛軍と入れ替わってくれ。ちょっと早いがティータイムにしよう。あったかいコーヒー紅茶、クッキーにメロンパン。芝村の姫さんには焼きそばパンもあるぞ」

いつもの軽口に、皆がほっと息を吐いた。

「栄養補給したら、お昼寝と洒落込もう。なんなら、お兄さんが膝枕に腕枕で、みんなに添い寝してやるぞー」

「わーい」と喜ぶののみと、呆れた溜め息や、笑い声がした。
瀬戸口の耳には、どこからか「不潔です!」の罵声も聞こえた気がした。

「善行のバカ! 遅いわよ。危うく全員三途の川で水泳大会するところだった。いい? わたしが行きたいのは温泉。それから南国リゾート。分かった?」

「はは、どこへなりと連れて行きますよ。これが終わったら」

「……約束よ。絶対だからね」

周辺の小型幻獣は一掃され、安全に撤収準備が始まる。

滝川も軽装甲から転げ落ちるように出て、ウォードレスを脱がされ汗を丹念に拭いてもらいながら、メロンパンと水で栄養、水分補給していた。

誰もが安堵し、油断していた。

その僅かに平穏な時間が引き裂かれる。

「なんだあれはっ……!」

誰かが叫び、空を見上げた。つられ全員が見上げる。
そこに浮かんだ黒く巨大な翼。スキュラの5倍はあろうかという大きな一つ目カラスを。


「赤い目……あれも幻獣か!」

「撤収急げ! 対空戦車、前へ!」

地上の自衛軍に先立ち、青スキュラの群れが知性体に連れられ、5121をかばう位置に出る。
そして接近してくる一つ目カラスへとレーザーを一斉射した。

が、カラスの体にはぶわっといくつもの穴があき、レーザーがすり抜けてしまった。
カラスは反撃とばかり滞空し、強く羽ばたきを送る。
すると翼から液体が飛び散りスキュラを襲った。焼け焦げる匂いと煙が上がる。

「強酸っ、そうか、あれは小型幻獣の群れだ! ヴァンパイアバットを大量に集めて体にしてる。多分本体は骨みたいに細いはずだ!」

「言ってる場合ちゃう! 早よ逃げるで!」

身を乗り出す茜をしまって、発進する指揮車。続いて補給車。

「くそっ……こんにゃろうめ」

滝川が軽装甲に乗り込む。戦うためではなく、逃げるためだが。
しかしそれでも一つ目カラスの幻獣は、動き出した二番機に目を向けた。

「! やべぇっ!」

向かってくる。追ってくる。

羽ばたき強酸を撒き散らしながら、黒くうごめく表皮を突き破り、肩から牙のようなものが盛り上がっていく。

「! 生体ミサイルだ! よけろ滝川!」

「なっ! んなこと」

茜の警告も機体の反応も間に合わない。中型幻獣のものとは比べものにならない大きな生体ミサイルが飛んだ。

死ぬ――

そう青ざめた滝川と一つ目カラスとに、割って入る者があった。

青白い翼持つ知性体が、指先からレーザーを放ち生体ミサイルを撃ち落とす。
だが爆風は大きく、飛び散る強酸に知性体は巻き込まれた。

「っ……ライザぁああ!」


知性体の名を呼び、立ち止まる滝川機。

「なにしてるんだ! 早く走れ!」

「悪ぃ……先行っててくれよ」

腰に装着したままのジャイアントアサルトを抜いた。

「こいつは、俺がやる……!」

アサルトの引き金を引く。一つ目カラスは高く飛び上がって銃弾をかわした。

「ちっくしょう! 逃げるな!」

真下まで接近しようと走る滝川二番機に、一つ目カラスが胴体のヴァンパイアバットをはがし、そこに寄生したコボルト型レーザー発射眼を露出させた。

「しまっ」

赤い閃光が走る。

「危ないっ滝川!」

二番機は衝撃と共に地面に伏せた。
その二番機に体当たりをした三番機は、右肩を貫かれ、白いたんぱく燃料を滴らせている。

「速水っ、お前」

「無事……みたいだね。早く行って。仇は、僕が討つから」

言葉を返す暇なく一つ目カラスが飛来してくる。

「来るぞ! 厚志!」

「そこだっ!」

ジャンプし、敵の鋭い鉤爪をかわす。そして空中で反転。カラスの背に向け左手を構えた。
肩には、大きな老猫が。

「いっけぇえ!」

一瞬紋様が浮かび上がり、白い光の束が撃ち出された。
カラスの体を構築していた黒い小型幻獣の群れが掻き消えていく。

「ちっ……精霊手でも倒しきれんか」

着地した三番機が、飛び上がった一つ目の骨だけ鳥……サイクロプスを見上げる。

「小型幻獣の群れが盾になって、その隙にかわされたんだ。次はないよ」

「なれど同じ手を二度食わんのは、向こうもだぞ」

サイクロプスは高度を高く維持したまま、生体ミサイルの発射体勢に入った。
撃ち合いになれば、空を素早く飛び回れる敵が有利だ。

「発射の瞬間を狙って、ミサイルごと掻き消す……!」

左手を宙へと構える。
タイミングを少しでも誤れば、回避もできずやられるのはこちら。
危険だが、しかし、できると信じていた。

実際、そのぐらいできぬはずはなかったろう。
地面が、ぐらりと揺れ動かなければ。

「ぅあっ! なんっ」

「幻獣……! 幻獣だ!」

地中から山のように巨大な幻獣が、地面を突き破って現れたのだ。

「こいつっ!」

精霊手を真下に向かい放つ。
真上にレーザーを放とうとしていた大型幻獣は瞬く間に光に呑まれた。
だが上空からの生体ミサイルに対応は間に合わない。

着弾。
士魂号三番機は、敵幻獣生体ミサイルの直撃を受けた。






テレビ画面には、自衛軍の大逆襲から切り替わり、大きな一つ目の鳥型幻獣と戦う人型戦車の姿が映されていた。

赤い軽装甲、ローテンシュトルムと、ミッドナイトブルーの栄光号重装甲。
二人の絢爛舞踏が奮戦する様が。

「なにやってんだ! 複座はっ……あいつらはどうなったんだよ!」

橋爪薫はテレビを思い切り叩いてわめいた。
その後ろで、合田純一が険しい表情をしている。

「……信じましょう。彼らがそう簡単に、死ぬはずはない」

飯島、斎藤も心配そうにテレビ画面を見つめる。

四人はそれぞれ、口々に呟いた。

がんばれ。がんばれ。




ペンギンが、ニヒルにくえっと鳴いた。
小島空が、応えて微笑む。

「あぁ、儀式は既に成功した。何も心配はいらない」

世界じゅうから、光の粒が舞い上がっていく。

「希望は、ここにある」





「舞! 舞! しっかりして! 目を開けてよ、舞!」

大破しバラバラになった士魂号の操縦席から引きずり出し、赤く血が流れる腹部、頭部を水で洗い止血した。
苦しげに浅く呼吸する舞を抱きながら、厚志は叫んだ。

「石津さん! 誰か! 誰でもいい、早く来てくれ! 舞がっ……舞が!」

死んでしまう。
こんなところで。
誰よりも正義を求め、誰よりも弱者を守ろうとした、芝村舞が。
僕の、たった一人の人が。

「どうして……どうしてなんだっ」

もっとみんなが、舞の正義を信じてくれていれば。もっと早く、舞を助けようとしてくれていれば。
もっと僕が強ければ。もっと僕が、非情であれば。鬼のように、悪魔のように。この力を、ただ殺すためだけに特化していれば。

「…………ゆるさない。幻獣も……人も…………己の無力も。僕はっ」

恐ろしい顔、殺戮者の顔をして立ち上がろうとした、その頬を平手がぶった。

「っ! ま、舞、生きて」

「たわけ……かってに、ころすな」

苦しそうに、目を薄くあけ、息も絶え絶えに言葉を吐き出す。

「そなたは……わたしの、カダヤだ。芝村は…………世界を、ほろぼすのでは、ない。世界を、せいふくするのだ……そなたも芝村なら、青ならば…………決して、やけになるな」

「舞……けど、僕は」

「わたしがいなくては、か?」

頷く厚志に、舞は口の端を上げて笑った。

「ふ……嬉しいぞ、厚志……だがわたしは大丈夫だ。行け」

舞は人差し指で、空をさした。

「あの光の柱が、お前を呼んでいる」

「え……」

見上げるとそこには、薄暗い雲を貫き、地上へと突き刺さる一筋の光があった。
そして光の中、ゆっくりと降りてくる、一つの影があった。

「行け! ……あれは、お前のためのものだ……!」

速水厚志は舞を寝かせ、立ち上がった。
妖精のように小さな神様たちが、舞に寄り添っている。

「……ここは頼んだよ。…………行ってくる」

光の柱が刺さる場所、何かが、降りてくる地点へと。走り出した。




……行ったか。

冷たい地面に背中を預けながら、芝村舞は目を閉じた。
そして歌を、静かに口ずさむ。

「はるかなる未来への、階段を駆け上がる……あなたの瞳を……知っている」


 今ならわたしは信じられる あなたのつくる未来が見える

 あなたのさし出す手をとって わたしも一緒に 駆け上がろう

 幾千万のわたしとあなたで あの運命に打ち勝とう

 はるかなる未来への階段を駆け上がる わたしは今ひとりじゃない


「アールハンドゥガンパレード。未来のために、マーチを歌おう。ガンパレード・マーチ……ガンパレード・マーチ……」


自分でも、何を言っていたかよく覚えていない。とにかく厚志にはまだやらねばならないことがあり、自分はそれを送り出してやらねばならなかった。
それだけだ。

それで充分だ。

(本当にそうか?)

声がして、自然と目が開いた。首を横に向けるとそこには、白い、美しい毛並みの白い猫がいた。ただし、とても大きい。キメラや、雷電ほどもある。

(戦巫女王よ。やらねばならないことは、まだあるのではないか)

「……そうだな。だがわたしの体はもう一ミリも動いてくれぬ。恥ずかしいことにな」

(そんなことはない。友のため戦う意志があれば、這ってでも進める。……わたしの背に乗れ)

「そなたが、足になってくれると言うのか」

(足にも、手にもなろう。千里を走り、万敵を屠り、地獄まで舞踏を続けよう。今ここに盟約は果たされた)

不思議と体は、すっと立ち上がった。あれほど力の入らなかった、痛みすら感じなくなっていた体なのに。

「……これは夢か?」

(そうだ。だが、よきゆめだ)

大きな白猫は舞を背に乗せ、戦場を走りだした。




「はっ……はぁ、はぁ…………これは」

澄み渡るような美しい青色の、見たこともない人型戦車。
士魂号よりも細く、より機械的な姿をしている。

「ふぅん……あなたが青の……ま、悪くないかな」

声がして、操縦席から一人の少女が出てきた。長い黒髪の美しい少女だ。

「きみは……」

「第三、第四、第六世界を渡ってきた。シオネ・アラダに……シオネ・アラダだったものの魂に頼まれてきた。青の蒼」

人型戦車の手をつたい、地面におりる。

「士翼号。大事に使ってよね」

「……分かった。これで世界が救えるのなら」

士翼号から差し伸べられた手に乗り、厚志は操縦席へとすべり込んだ。

「行くぞ……!」

士翼号がその背からスラスターを吹き、飛び立った。
そして見送る少女が歌を奏でる。


 陰謀と血の色の空から それは舞い降りる

 子に明日を 人に愛を 取り戻すために舞い降りる

 闇をはらう 黄金の翼をもつ少女

 それは子供の頃に信じた夢 誰もが笑う夢の話

 でもわたしは笑わない わたしは信じられる

 あなたの言葉を覚えているから






一つ目の鳥型幻獣サイクロプスは、生体ミサイルで戦車を破壊し、鉤爪でスキュラを引き裂き、レーザーで人型戦車の手を足を奪った。

「まさかこの……ローテンシュトルムが、ぐぉっ……!」

片足を焼き切られた赤い軽装甲がなおアサルトを放とうとし、しかし腕もレーザーに破壊された。

「強い……ケタ違いだ……」

ミッドナイトブルーの栄光号重装甲も、装甲のほとんどを破壊され頭部も損傷を負い、まともに戦える状態ではない。

地上に降りたサイクロプスが、地面に鉤爪を食いこませ、翼を大きく広げる。
生体ミサイル発射か。脱出しても逃げきれない。
ここまでか。二人のエースが諦観に目を伏せかけた時、その声は聞こえだした。

「その心は闇を払う銀の剣。絶望と悲しみの海から生まれ出て、戦友たちの作った血の池で、涙で編んだ鎖を引き、悲しみで鍛えられた軍刀を振るう」

青い、青い人型戦車が、刀身の間に鈴を挟んだ奇妙な剣を手に、サイクロプスへと立ちはだかる。

「どこかの誰かの未来のために。地に希望を、天に夢を取り戻そう。われらは……そう、戦うために生まれてきた……!」

剣鈴を振り上げる士翼号。
サイクロプスがそれに向け生体ミサイルを放つ。

「はあぁっ!」

気合いの一声と共に振り下ろされた切っ先から炎が溢れ出た。炎はミサイルを焼き消し、サイクロプスへと襲いかかる。
だがサイクロプスもそれをかわし、超低空を飛んだ。鉤爪が士翼号へと。

「そんなものを!」

サイクロプスの片足が斬り落とされた。しかしもう片足が士翼号を掴み、飛び上がる。

「くっ……こいつ!」

振りほどこうとするが、鉤爪の力は強く、抜けられない。
高く高く、地上が遠ざかっていく。

どこまで行く気だ……!

叩き落すつもりかと思ったが、そうではないらしい。ただ凄まじい速度で上昇し続け、遂には成層圏を越えてしまった。
青い空は見えない。
宇宙だ。

黒い月が、異様に近く見える。

「……ここでやろうと言うのか」

サイクロプスは士翼号を放すと、生体ミサイルを至近で発射せんとした。

「悪いな」

ミサイル発射より速く、剣鈴から溢れた炎が、敵を焼いた。

「……空気がなくともこいつは動くし、火の国の宝剣も、力を失ったりはしない」

さて。
舞の元へ帰ろうと、一息ついたのもつかの間。

「! ……来る。なんだ、あれは」


もう一体の士翼号が、ゆらりとこちらに近づいてくる。だがその機体表面は禍々しく変貌し、関節には動脈のような生しい器官が見える。
そしてなにより右腕が、半生物的な巨大な砲と融合しているのだ。

「そうか……お前が」

剣鈴を、顔の横に構える。

「お前が油をそそいだ……全ての元凶か……! なら、…………ここで倒す!」

振り下ろされた剣鈴から炎が噴き出し、敵が砲から放つ闇と激しくぶつかり合った。
せめぎ合い、弾き合い、衝撃波が二機を吹き飛ばす。

「ぐぅっ……まだまだぁ!」

高速で飛行し直接斬りつけようとした士翼号に、敵は血管のような触手を束ね、切り結んだ。鍔競り合い、砲を向けた敵を蹴り飛ばし、距離をとった。
縦横無尽に飛びながら何度も撃ち合い、斬り合い、死力を尽くした戦いが続いた。

「うぉおおおおおおお!」


 そうよ未来はいつだって このマーチとともにある

 わたしは今ひとりじゃない いつどこにあろうと

 ともに歌う仲間がいる

 死すらも超えるマーチを歌おう

 時をも超えるマーチを歌おう

 全軍抜刀(アールハンドゥ)全軍突撃(ガンパレード)

 どこかの誰かの未来のために マーチを歌おう

 ガンパレード・マーチ

 ガンパレード・マーチ



 ガンパレード・マーチ




 ガンパレード・マーチ






結局、オレンジ計画は発動されなかった。
自衛軍が洗脳されていたという言い訳のせいではなく、誰かがハッキングしアメリカでも日本で生放送したアレを、そのまま流したのだ。
それを見た国民に、日本は凶悪な共生派となったと言っても、誰も納得はしない。

また、軍産複合体からワシントン政府への圧力もなくなり、計画を発動する理由自体なくなったとも言われる。

阿蘇を中心として九州でまたも巻き起こった戦争は、茜が発案し流した「カーミラ、プルムの仲間になれば、人の姿に戻れる」という噂により、半数近くが投降。
二人の第四世界の王族、どちらかの説得に応じる形で、和解した。

好戦的な意志を持ち続ける者も、自衛軍の総力を挙げた作戦と、絢爛たる舞踏を行う人型戦車パイロットらの獅子奮迅の活躍により、そのほとんどが駆逐された。

終戦は、二〇〇〇年 九月二十八日。


ちなみに、茜のついた嘘が本当になるのは、それより少し、後のこととなる。




(ガンパレード・マーチ偽 未来へ  完)





ここまでお付き合いいただき、本当に有難うございました。

未来へ4、P264からの続きです。

では、また。

乙ー
読み応えの有るワクワクする良いストーリーだった
マブラヴオルタネイティヴ(偽)の人なのだろうか?

おつ
これが世界の選択か

ガンパレとか俺得だった、乙

乙でございます

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