シンデレラの姉 (17)
安部菜々のSSです。
普通に普通のSSです。自分にとってのアイドルというのに悩む安部菜々のお話です。
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「だから、なんでそんなこと言うんですかッ!!?」
日本が大々的な寒波に襲われ、そびえ立つビルも氷の柱になってしまうのではないかと心配になる冬。
文明の利器であるストーブこそあれど、部屋の中での厚着は欠かせない寒さの中、私……安部菜々は声を荒げる。
乾燥した空気が喉に触れ、叫んだこともあり喉がカラカラになった。アイドルは喉が命であることは重々承知しているが、今のナナはそんな考えすら浮かばないほどヒートアップしている。
プロデューサーの部屋に染み込んでしまったナナの叫び声は、ナナとプロデューサーの間に沈黙をつくる。
「……ふぅー」
彼は、こめかみを抑えながら、ゆっくりと息を吐いた。窓の外のように冷たい息だと思った。
聞き分けのない子供を相手にしているようなプロデューサーの態度に、ナナは少しカチンとくる。
そんなナナの事など気にした様子もなく、彼はまた同じ言葉を繰り返すのだ。
「あのな、安部。もうあのキャラはキツイから、止めろと俺は言っている」
「だから――っ」
「あーあー、もう叫ぶな。耳が痛い。だいたい、こんなこと言われる心当たりはあるんだろ?」
「そ、それは……」
「仕事も減ってる、新曲も出ない、ファンも増えない……それが何故か分かるか?」
「……」
言いたくない。
だが、彼は沈黙するナナに突き放すように言うのだ。
「それは、お前のそのキャラが受けてないからだ」
「――っ」
「ウサミン星から来たウサミン星人? 永遠の17歳? 妙なキャラ付けがお前の評判を落としていることに気づかないのか?」
「インパクトは……あると思います」
「そりゃ最初だけだ。あとは見ていて痛々しいだけだぞ。しかも、ボロも出しまくり。自分の中で設定が曖昧である証拠だ」
「……」
「いいか。お前だけが楽しんでたんじゃ意味が無い。ファンを楽しませるのがアイドルだ。今のお前のそれは、ただの自己満足だ。中途半端な設定などない方がマシだ」
「なんで……そんな言い方しか出来ないんですか……」
馬鹿にされている。
今までのナナのことを、全否定されているような気持ちになり、涙が瞳にたまり、今にも零れそうだ。
だが、泣いたら、それを認めたことになる。
「何故こんな事を言うかって? そりゃ、俺がお前のプロデューサーだからだ。俺には、お前を有名にする義務がある。お前をプロデュースするのが俺の仕事であり使命だ」
「だったら」
「だからこそ。売れも受けもしない妙なキャラ付けを続けている奴は放っておけない。いいか安部。お前は可愛い。同年代の女性から比べるととても魅力的だ。だから、お前はもっと別の方面からプロデュースすべきなんだ。そのためには、あのキャラは邪魔でしかない」
「……前のプロデューサーさんは、ナナのこのキャラを認めてくれたし応援してくれたり、好きだとも言ってくれました」
「『前の』、な。今のプロデューサーは俺だ。俺には俺のやり方があり、考えがある。もちろん、お前の意見も尊重する。だが、あのキャラだけは認めるわけにはいかない」
「……もういいです!! 埒が明きません!」
ナナは、ズカズカと扉の向かって歩いて行く。
平行線をたどる会話は、お互いの妥協点すら見当たらない。
冷たいドアノブに触れ、ナナの手のひらの体温が奪われた時、プロデューサーに突き放すような言葉をかけらた。
「しばらく休暇をやるから……いや、今は休暇しかないのか。とにかく、頭を冷やせ。この寒空の下を少し散歩すれば、頭に昇った血も冷めるだろう。そして冷静に考えろ。これからどうしたら、アイドルとしてのお前にもっともよい結果になるのかを」
ナナは、返事をしなかった。
力任せに扉を開け、力の限りドアを閉めた。子供のような対応だ。自分でもわかっている。
だが、それが今できる最大限の反抗だった。
大きな音が鼓膜に響く。廊下の空気は冷たくて、でも、あのプロデューサーがまとう空気よりは暖かく感じた。
溢れそうになった涙を、そっと袖で拭う。
あぁ、認めるしかない。こんなにイライラしているのは、彼の言うことがまったくの的外れでないことを、頭のどこかで理解しているからだ。
プロデューサーが別の人に変わったのは、ほんの1週間前。
それまでは、ウサミン星から来たウサミン星人として、少ないながらも仕事をこなし、楽しく活動していた。
前のプロデューサーさんも、ナナのために一生懸命売り込みをしてくれていた。無名のナナに、ある程度仕事が来るようになったのは、間違いなく彼のおかげだ。
ナナをスカウトしてくれたのも、元プロデューサーさん。あの時、ナナはアイドルになれる魔法をかけられたのだ。
だが、日に日に仕事は減る一方。
そんな時、プロデューサーさんの異動命令が下った。今、彼は中堅アイドルのプロデューサーをしている。
そして出会ったのが、今のプロデューサー。一週間は様子見とばかりに何も干渉してこなかったのだが、ついさっき呼び出され指摘され、やがて口論となった。
いや、ナナが一方的に熱くなっただけだ。
「どうしたら、アイドルとしてのナナにとって、もっとも良い結果になるか……かぁ」
最後の彼の言葉が離れない。
延々と耳に残り続けている。
――*――*――*――
積もった雪の上を歩く。
一面が白く塗りつぶされた世界は、まるで雲の上を歩いているかのような錯覚すら覚える。
一歩歩くたびに、ナナの足あとがしっかりと残っていた。しかし、それはやがて降った雪でかき消されるし、誰かの足あとによって上書きされる。
今のナナの状況のようで、思わず目を逸らしてしまった。
小学生の頃から、魔法少女が好きだった。
ふりふりの衣装に身を包み、悪い奴らを懲らしめたり、誰かを救ったり。そんな彼女たちに憧れを抱いた。
それと同時に、アイドルにも憧れた。アイドルと魔法少女は、ナナの中で共通点は多い。
ふりふりの衣装だったり、普通の女の子が変身するとかだったり、誰かに夢を与えたり。画面の中の彼女たちは最高にキラキラしていたし、ナナも夢を与えられた一人だ。
いつしか、ナナは声優を目指した。勉強もした。
それと同時に、アイドルも目指した。図々しい選択だと思ったが、そういう人がいることも知っている。
大好きな声優とアイドルを両方できる、歌って踊れる声優アイドル。二兎を追うものは二兎を得られないと言うが、二兎を追う者でなければ、二兎を得られる可能性は0だ。
そしてナナは、元プロデューサーさんに出会い、アイドルになる魔法をかけてもらった。夢に一歩近づけた。
でもそれは、シンデレラの魔法のように、時間が来たら消えてしまうような脆い魔法。
いや、ナナは今、シンデレラですらない。
シンデレラの活躍を指を咥えて見ている、姉のような立場だ。
こんな話がある。靴でシンデレラを探す王子に、自らがシンデレラだと思わせるため、姉たちはその足を切り落としてまでその靴を履くという話を。そして、すぐにその嘘はバレてしまう。また、姉が報われることはなく、最終的には目をくり抜かれ失明してしまう。
まさに、ナナは今その状況だ。履けもしないシンデレラの靴を、足を切り落としてまで履いて、シンデレラになろうとする。
自分を偽ってまで、アイドルに固執するナナは、端から見たらどう見えるのだろうか。痛々しくて、目を逸らしたくなるような姿に写っているのだろうか。シンデレラの靴を履く姉たちのように。
そして、やがて光さえも失ってしまうのだろうか。
そこまで考えて、ナナは身震いした。
「……嫌だ」
ポツリと言葉に漏れてしまう。
白い息に紛れた言葉。
プロデューサーの言うように、このままだとナナはアイドルですらいられなくなる。
「ナナは……どうしたら……」
「……菜々さん?」
「ぁ……ぷ、プロデューサー……さん」
「元、ですけどね。どうしたんです? こんなところで立ち止まってたら風邪を引いてしまいますよ?」
「プロデューサーさん……今からでも、ナナは貴方の元に帰ることは出来ませんか……?」
「……何かあったんですか? とりあえず、近くのカフェへと入って、温かいものでも飲みましょう」
プロデューサーさんに連れられて、近くのカフェへと足を踏み入れる。
店の中は段違いに暖かい。だが、もっと暖かいのは、この元プロデューサーさんの纏う空気だ。
一緒にいるだけで、彼の優しさが温度になって伝わってくるような気がしてくる。
ナナは、ついさっきの口論を彼に話した。
出来る限り客観的に話したつもりだが、どうしても不平不満が混ざってしまう。でも、そんな言葉も彼は静かに聞いてくれた。
やがて、全てが話し終わると、手元にあった暖かいコーヒーを一口飲む。今の説明のように苦いコーヒーだ。
「うーん、僕の意見を言わせてもらうと、正直、彼の言うことが全て間違っているわけではないと思うんです」
「そう……ですか。そう言われるんじゃないかって思ってました。本音言うと、全て間違ってるって言って欲しかったですけどね」
「プロデューサーとアイドルの意見が、必ずしも一致するとは限りません。一致するのが、一番ベストなんですけどね」
「一致するような組み合わせにすればいいじゃないですか」
「それでも、全員が成功するわけではないと思うんです。自分から見た自分と、他人から見た自分は異なります。逆に言えば、自分では気づかない魅力に、他人が気付く場合もあるんです。だから、人の意見も無視は出来ません」
「どっちなんですか」
「ケース・バイ・ケース。そればっかりは、実際にやってみないとわかりません。成功すれば正しかった、成功しなければ間違っていた、と言ったところでしょうか」
「なんか卑怯ですよ、それ」
「100人の人がいたら、菜々さんに対する印象は100人ともそれぞれ違う。ある程度の一致はあっても完全に一致はありません」
「……つまり、多少の意見の食い違いは当たり前……ですか」
「えぇ。僕から見ると、菜々さんは、今壁にぶつかってるんですよ」
「壁?」
「転機と言ってもいい。今のままでアイドルを続けるのか、また違う方向性でアイドルを続けるのか。菜々さんはどうしたいんですか?」
「……わかりません」
「僕は、菜々さんのあのキャラは好きですよ。見ていて元気になる。だから、僕はあのままの菜々さんをプロデュースした」
「ナナは、ずっと、貴方のところでアイドルをしていたかったです」
「結論から言うと、突き放すようで心苦しいのですが、それは無理な相談です。今のプロデューサーも、ずっとあなたの側にいるとは限りません」
「……」
「ただ、ずっと僕のところにいたら、菜々さんは何も考えずにあのまま突き進んでいたことでしょう。いい機会です。自分にとってのアイドルというのを見つめ直してはどうでしょうか」
「ナナにとっての……アイドル」
「そうです。自分にとってのアイドルというのを考え直せば、答えが見つかるかもしれません」
――*――*――*――
ナナにとってのアイドル。
それは、考えるまでもない。昔見た、あのキラキラと輝いていた人たちのような。人々に夢を与える、魔法少女のような。
でも、そこには理想しかない。今のナナとは程遠い存在。まるで月でも見ているような、そんな気分だ。
現実は厳しい。今の季節のように凍てつくような厳しさだ。
アイドルと名乗ることはできる。しかし、あのナナが夢見たアイドル達には遠く及ばない。同じアイドルと一括りにすることすらおこがましい。
だったら、今のナナはなんなのだろう。アイドルと書かれたタスキをかけられ、はしゃぐ子供なのだろうか。
今のプロデューサーの言うように、理想のアイドル達に手をのばそうと思ったら、今のままじゃダメなのだろうか。
鏡に映る自分が見えた。
自分で言うのもなんだが、確かに同年代から比べると童顔で若くみえると思う。背は小さいが、胸はある。
肌のハリが無くなりつつあるのが、若干の悩みですが……。
今のプロデューサーは言った。ナナが魅力的だと。きっと、あの言葉に嘘はないのだと思う。冷静になってみれば、プロデューサーは、懸命にナナにプラスになることを考えていた。
彼は彼なりに、ナナのことを考えてくれているのだ。
ふと、彼はナナを……安部菜々というアイドルをどのようにプロデュースするのか見てみたいと思った。
今の自分では想像もつかない、違う私。
「どうしたら、アイドルとしてのナナにとって、もっとも良い結果になるか」
さっき聞いたばかりの言葉。それが今でもナナの耳に残り続ける。
その言葉をつぶやいた時には、ナナはプロデューサーの事務室の前に居た。
さっき出て行ったばかりの部屋。ナナは、壊れやすいものでも叩くような力でノックした。返事はすぐに来る。
「どうぞ」
「……失礼します」
「随分と早かったな。しばらくとは、2~3日くらいのつもりだったんだが。おっと、抗議のつもりなら、そんなものに割く時間はないぞ。それはさっき充分やった」
「……抗議じゃない……です」
「ほぅ? だったら、詳しく聞こうじゃないか」
「言いたくないですが、プロデューサーのプロデュースするナナというのを、見てみたくなりました」
「おぉ、分かってくれたか、安部!」
彼は、今までにないくらいの笑顔で笑った。
勢い良く立ち上がった彼は、入り口付近で立ちっぱなしだったナナの元まで歩いてきて、ぎゅっとナナの手を握った。
不意の出来事に、不覚にもドキッとしてしまう。男の人に手を握られたのはいつ以来だろうか。
「きっと分かってくれると思っていたぞ。そうとも、お前にはもっとアピールできるところがたくさんある。そこを重点的に……そうだな、例えば年齢相応な大人な路線でプロデュースする……とかな」
「そ、それよりも、プロデューサー……手離してください」
「すまんすまん、つい。そうだな……さっきは俺も熱くなったが、なにもお前の全てを否定したかったわけじゃない。ただ、せっかくの魅力が伝わりきっていないと、そう言いたかっただけなんだ」
「……」
「これからは、ウサミン星人安部菜々ではなく、アイドル安部菜々として、本当のお前の姿を見せていこう」
「本当の……ナナ」
「あぁ。そんな安部に朗報だ。来週、小さいイベントだがライブの仕事が入った」
「!?」
「意見が平行線のままなら、この話はしないつもりだったが、今なら俺は全力でお前に協力する。来週こそが、新・安部菜々の初舞台だ」
「……」
「今後の方針について、茶でも飲みながらゆっくり話そうじゃないか。急なライブだが、お前ならできると信じているぞ」
「曲は、どうするんです? 流石に1週間じゃ……」
「カバーだ。『碧いうさぎ』って曲を知っているか? 結構有名な曲だから、知っていると思う。新しいお前にピッタリな曲だ。あとは振り付けだが、ゆっくりとした曲だ。激しい振り付けにも難しい振り付けにもならない」
「碧いうさぎ……」
聞いたことはある。
ゆっくりとした、落ち着きのある曲だ。
今までのナナからすると、まったくの逆と言ってもいいテンポの歌。
プロデューサーは懸命にこれからの方針を話していった。
さっきまでの言い争いが嘘のように、話が流れるように進んでいく。
具体的な話がスラスラと出てくる彼を見て、きっと、この1週間の間に考えた、彼なりの考えなのだとすぐに理解できた。
それと同時に、目の前のプロデューサーが本当に一生懸命ナナのことを考えてくれていたのだと分かった。
ナナのことを軽視していたわけではない。ウサミン星人を馬鹿にしたいだけじゃない。前のプロデューサーさん同様、方向性は違えどナナを全力でプロデュースしようとしてくれている。
「……聞いているのか?」
「あ、すいません、聞いてます、プロデューサー『さん』」
「……ようやく、トゲトゲした言い方じゃなくなったな」
「え?」
特に意識をしていなかったので、突然のプロデューサーさんの言葉にナナは首を傾げてしまう。
彼は、「なんでもない」とだけ伝えると、話を進めていった。
そして、自分がいつしか今のプロデューサーさんのことを、プロデューサーさんと『さん付け』で呼んでいる事に気付いた。
あぁ、そうだ。
自分を懸命にプロデュースしてくれる人なのだ。敬意を評して当然だ。
だからこそ、ごめんなさい、プロデューサーさん。
「もしもし……お願いがあるんです……プロデューサーさん……いえ、『元』プロデューサーさん」
ナナは、彼との打ち合わせの帰り道、元プロデューサーさんへと一本の電話を入れた。
――*――*――*――
ライブ当日。
ギリギリまでプロデューサーさんとの打ち合わせがあり、細かい段取りを頭に叩き込む。
会場はそれなりの人が集まっていた。
大きな会場ではない。ライブも自分だけのライブではない。だがそれでもこの小さな会場に人が集まっていることに、どうしても胸が高鳴ってしまう。
すでにライブはスタートしていた。
ナナは真ん中。開演して間もないので、自分の出番までは時間があった。
「よし、俺は他にやることがある。あとは大丈夫だな」
「はい」
「大丈夫だ。短い期間だったが練習もしっかりしていた。お前ならきっと大丈夫だ。ライブ、いちファンとして楽しみにしているぞ」
「……はい」
「じゃぁ、またあとで」
プロデューサーさんとの最後の確認が終わり、彼は部屋を出て行った。
ふぅーっとナナは息を吐いた。
緊張とは違う、別の気持ちが胸を苦しくする。わかっている。これはきっと罪悪感なのだと。
これからやろうとしていることは、明らかに裏切りだ。ナナのことを本当に思ってくれているプロデューサーさんに、砂をかけるに等しい行為。
止める事もできる。だが、やるしかないのだ。
これがうまくいかないようでは、どの道ナナに後はない。
そうして、ナナは今着ている新・安部菜々の記念すべき第一号の衣装を……脱いだ。
プロデューサーさんが用意してくれた、大人な雰囲気が生地の上から伝わってくる、新しい安部菜々の殻を。
――*――*――*――
「どういうことだ……っ!? なんで『メルヘンビュー!』が流れている!! おい、スタッフ! どういうことだ!!!」
「待ってください。僕がしたことです」
「お前は……ふん、前のプロデューサーがしゃしゃり出てなんの真似だ。どけっ! これは、新しい安部菜々のための大事な一歩目のライブだ!」
「菜々さんきってのお願いです」
「安部の……?」
「はい。僕に頼る、最後の願いだと。今回だけ、貴方に逆らうので手を貸してほしいと」
「意味が分からん。それでホイホイ手を貸して、人のプロデュースを邪魔するのか。もうお前はプロデューサーじゃないんだ。勝手なことをするな!」
「勝手なことをしたのは謝ります。僕だって、自分が何をしたかはわかっています。どんなバツも受けましょう」
「バツだと? 笑わせる。お前のバツなどどうでもいい! お前は、安部の新たな道を潰す手伝いをしたんだぞ! そのことが本当にわかっているのか!」
「……」
「安部に言われてだと……ふん、あいつ、ようやく分かってくれたと思ったのに……」
「菜々さんは、貴方のことをちゃんと分かってましたよ。貴方の考えも」
「何?」
「ただ、貴方は菜々さんのことを分かっていても、彼女の気持ちを理解していない。来てください。貴方に見せたいものがあります」
「……」
――*――*――*――
(あぁ……プロデューサーさん、怒ってるだろうなぁ)
唯一の持ち歌を歌いながら、ナナはそんなことを思った。
いくら一週間別の曲の練習をしていたとは言え、初めての持ち歌の振り付け。忘れるはずもない。
衣装も、こっそりと持ってきた、「ウサミン星人安部菜々」の衣装だ。頭の上でうさぎの耳がゆさゆさと揺れている。
そう。もしかしたら、この衣装を着るのは最後かもしれない。この歌を歌うのも、最後かもしれない。
でも、だからこそ、ナナは今日こうしなければならなかった。
曲が間奏に入り、舞台全体を見渡した時、ステージ付近でプロデューサーさんと、元プロデューサーさんが並んで立っているのが見えた。
見ていますかプロデューサーさん。これがナナです。これが、安部菜々という、アイドルの姿です。
安部菜々というアイドルの本当の姿は、紛れも無く今あるこの姿なのです。
プロデューサーさんが提案してくれた案は、とても魅力的なものでした。ナナのことをよく見てくれている証拠です。
貴方のプロデュースするナナを見てみたいと言いました。それは決して嘘ではありません。
でも、今じゃないんです。
完全に納得していない状態で、貴方の提案に乗っかり進んだナナは、きっとナナの本当の姿ではない気がするんです。
自分を偽ってまで突き進んでしまえば、それはきっと本当にシンデレラの姉のようになってしまいます。足を切り落としても、シンデレラにはなれない。その嘘は、必ず暴かれる。
このライブが最後の勝負です。これで、何も伝わらなかったのなら、安部菜々というアイドルにはきっとなんの価値もなかったということでしょう。
ヒト1人の気持ちも動かせないで、なにが夢を与えるアイドルですか。
だから、これでプロデューサーさんの気持ちが何も変わらなかったのなら、ナナは自分の方向性の間違いを認めます。今度こそ貴方の言う、新・安部菜々に賭けてみます。
最後まで見ていてください。本当の安部菜々の姿を。
……ねぇ、プロデューサーさん。
プロデューサーさんは……、
「プロデューサーさんは……ナナの本当の姿を知っても、好きで……いてくれますか……?」
これで見捨てられるなら、構わない。
でも、できることなら、一緒に進んでいきたいと、ナナは思っています。
(……って、今ナナ声に出てました!!?)
ヤバイヤバイ! 今、会場ポカーンとなってます!
ごごご誤魔化さなきゃ!
「なんちゃってー!!」
間奏だからって油断してしまった。
テンパった呼吸を、なんとか整える。今のは不味かったかもしれない。
冷や汗を拭えないまま、曲はラストスパートへと入ってしまった。
――*――*――*――
「あいつ、ライブの途中で何やってるんだ」
「今のが、紛れも無く、菜々さんの本心だと思いますよ」
「だとしたら」
「菜々さんは伝えたいんですよ。自分の本音を。このライブを通して」
「直接言えばいいだろう。こんな周りくどいことしないで」
「貴方が聞く耳持たなかったんじゃないんですか?」
「……」
「言ってましたよ。これで何も伝わらなかったのなら、ウサミン星人は今日で封印する、と」
「そうか。なら、明日からが本当の新・安部菜々の始まりだな」
「……プロデューサーって難しいです。アイドルの個性や魅力を理解し、プロデュースしなければならないんですから」
「何を今更」
「時に意見が合わないこともあるでしょう。それでも、アイドルの気持ちを組んで一緒に歩いて行く。それが、プロデューサーだと、僕は思うんです」
「甘い。そんなことをしていれば、その時期にしかない魅力をプロデュースする機会を失うぞ。そして、チャンスも掴めないまま人々の記憶から消えていく。そんなアイドルをたくさん見てきた」
「でも、自分の考え通りにアイドルを、気持ちを無視してまでコントロールする。結果を出すには間違ってないかもしれないですが、プロデューサーとして正しいとは思えないんです」
「…………結果が出せなければ、なんの意味もない」
「でも見てください。菜々さんのあの楽しそうな笑顔を」
「そうだな。はしゃぐ子供のようだ」
「観客も、最初こそ戸惑いましたが、今では、ご覧のようにとても楽しそうです。それは、菜々さんが心の底から今の自分を好きで楽しんでいて、それに引き寄せられているから。そう考えられませんか?」
「分からんな。そんなやり方は非効率的だ。その場の雰囲気と勢い任せにすぎない。観客も、会場が程よく温まっているからノれるんだ」
「……」
「だが、あんなに笑顔な安部も始めた見た」
「そうですか? 僕は、彼女のあの笑顔に惹かれて、アイドルに勧誘したんですがね?」
「そうか」
――*――*――*――
ライブが終わり、舞台裏へと降りる。
観客たちの声援も、かかっている音楽も、もうナナに向けられたものではない。
少し離れれば、まるで別世界のように音が小さくなっていった。
その廊下の先に、プロデューサーさん達が並んで待っていた。明るいところから急に暗い所に出たため、彼らの表情はよく見えない。
だから、ナナは恐る恐る聞いた。
「あのぉ~、怒ってます?」
「当たり前だ!!」
「ひぃ! ですよねごめんなさい!!」
「訳を聞こう。なんでこんなことした?」
腕を組んでふんぞり返っているプロデューサーさんは非常に怖い。
あぁ、ほんの数秒前まではやりきった達成感に包まれていたというのに。これも、悪いことだとわかっているからなんだろう。
こんな気持ちになるのは、子供の時に親に隠し事がバレた時以来だ。
「プロデューサーに知って欲しかったんです。今のナナが、作り物じゃない、紛れも無い本当のナナなんだって」
「キャラは作ってるだろ」
「そういうことじゃなくて、それも含めて、ナナというか……」
「じゃぁ、なんでわざわざライブでだまし討ちみたいな真似をした」
「……ナナのライブで、プロデューサーの考えを変えたかったんです」
「何?」
「貴方1人の心も動かせないようじゃ、貴方の言うとおり、ただの自己満足だと思ったからです」
ナナは、まっすぐにプロデューサーさんの目を見た。
彼は威圧するように、ナナの視線に自分の視線をぶつける。
隣にいる元プロデューサーさんは、何も干渉してこない。ただ、そこでじっと見ているだけだ。
やがて、プロデューサーさんは視線を外し、ふぅっと息を吐いた。
「そうか」
「……」
「なら、それは失敗だな」
「…………え?」
「俺の根本的な考え方はまるで変わっちゃいない。やり方は非効率だと思うし、お前の魅力も、今のままじゃ伝わり切らないと思っている」
「そう……ですか」
ぐっと、唇を噛み締めた。
悔しい。
一生懸命やった。ナナの全力をぶつけた。だけど、プロデューサーさんには届かなかった。
今の顔を見られたくなくて、思わず顔を伏せる。こみ上げてくる気持ちが、目元まで這い上がってきた。
じわりと目元が熱くなる。
ウサミン星人を止めなきゃいけないのが辛いじゃない。アイドルとしての無力さを、思い知ったから辛いんだ。
「ただ……」
下を向いたままのナナに、プロデューサーさんは、さらに言葉を投げかけてくる。
「どうやら、俺は結論を出すのが早かったらしい。安部の魅力は、1週間観察した程度じゃ把握しきれていなかったようだ」
「……え゛……?」
「みっともない顔するな。まだまだ可能性がありそうだ、と言ってる」
「……づ……んっ! つまり?」
「新・安部菜々の方向性は見直しだ。それまでは、『繋ぎ』でウサミン星人させてやる。次の案が浮かぶまでに、俺の考えを変えてみろ」
「プロ……プロデューサーさん」
「人の気持ちなんて、よっぽどじゃなきゃひっくり返らない。だけど、きっかけがあってじわじわと変わっていく、そんなのもアリだろ。何も、1回で人生観を変えてしまうだけがアイドルじゃない」
「ふっ、素直じゃありませんね」
「うるさい、お前は黙ってろ。というか、『元』プロデューサーはとっとと帰れ。自分のアイドル放ったらかしにするな」
「そうですね。じゃぁ、僕はここで。菜々さん、僕はプロデューサーとしてではなく、あくまで一個人として、貴女を応援していますよ」
それだけ言うと、元プロデューサーさんは去ってしまった。
去っていく彼の背中に、ナナは頭を下げた。今大きな声を出せば、ごちゃごちゃになった気持ちが溢れてしまうと思ったから。
彼が去ったのを見送ると、ナナはプロデューサーさんと2人きりになる。
しばらくは沈黙が続き、無言のまま控室へと戻った。なんと声をかければいいのかわからなかった。
「プロデューサーさん。本当にごめんなさい」
ナナは、部屋に入るとまっさきに深々と頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。
あぁは言ってくれたが、ナナのしたことは明らかに悪いことだとちゃんとわかっている。
だから、とにかく先に謝るべきだった。
「あぁ、二度とするな。次はないからな」
「はい」
「俺も忘れていたよ。アイドルの意見を聞くってこと。いつの間にか、自分の意見しか通そうとしていなかった」
「プロデューサーさん……」
「これからは、お前の意見にもちゃんと耳を傾ける」
「……はいっ!」
ようやく、プロデューサーさんと近づけた気がした。
出会ってまだ2週間だ。まだまだお互いわからないことの方が多い。
だけど、アイドルとして、今のナナのまま、歩んでいきたい、ナナはそう思わずには居られなかった。
「時に、新しい安部菜々の方向性をより子供っぽくしようと考えているんだが、お前はどう思う?」
「……はい?」
「ライブを見ていた思ったんだ。歌う姿が子供みたいに純粋だなと。だから、もっと子供っぽさをアピールしてだな」
「ちょちょちょっ! プロデューサーさん!? しばらく先送りにするみたいな事言ってませんでした?」
「次の案が浮かぶまでに俺の考えを変えてみろとは言ったな。きっかけがあってじわじわと変えていくのもアリ、とも言った」
「だったら!」
「アホか。案など次々に浮かぶぞ。人の気持ちを変えたいなら、じゃんじゃん来い。次の案が浮かばないくらい、今のお前が最高だと俺に思わせてみろ。もちろん、意見もちゃんと聞いてやる。で? 子供っぽく行く方向はどうだ?」
「も……もうちょっと時間くださいーー!!!」
プロデューサーさんと少し……いや、だいぶ近づけた気がした。
本当のナナも知ってもらえた。
今、目の前にいるプロデューサーさんも本当の彼なのだろう。今までの彼は、結果を出すことだけにこだわっていた……のだと思う。
だから、ナナのライブで、少しでも本当の彼を引き出せたのなら、それはとても嬉しい。安部菜々というアイドルに、それができるくらいの力はあったということだ。
ただ……なんだろう、この、いじめられているような感覚は。プロデューサーさんって、実はちょっと子供っぽい人?
ナナを虐める彼の方が、よっぽど、シンデレラの姉のようではないだろうか。
でもまぁ、ナナは負けない。
彼の考えもいつか必ず変えてみせる。
今の……この、ウサミン星人安部菜々こそが、一番最高の私なのだと、彼にもファンにも必ず分からせてみせる。
ナナはいつか、本当のシンデラレになると、今なら胸を張って言える。
私は安部菜々。人々に夢を与える声優アイドルを目指す、1人のウサミン星人だ。
――完――
終わりです。
ありがとうございました
良かった。
葛藤とか確執とか結構あうんだなウサミン
ただ良かっただけに一点だけ気になる
>いつか本当のシンデラレ
乙
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