僕「宇宙人に会った」 (13)
男「宇宙人に会った」の続編です。
前編を読んでからでないと、意味が分からないかもしれません。
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自分を俺と呼ぶだけで、周囲は慌ただしく表情を変えた。
もっと早くに見るべき反応を、俺は今さら見ている。
少しはあのときから成長したと言うことだろうか。
俺はふんわりと漂う花の香りを思い出した。
「名前も分からないな」
白い服に銀色の長髪をなびかせた女性は、自らを宇宙人だと名乗った。
俺は過去にも宇宙人と会ったことがあると、セピア色のページをめくり、あの人の姿を思い出す。
白い花の化身のような、華奢な手足と憂いを帯びた瞳は、二十年前も変わらなかった。
二十年前、僕はまだ幼稚園児だった。
幼稚園児なのに、もう世間から浮いていた。
頭はそれなりに回る方だし、運動も特に不得意な訳ではない。
だけど、まわりの人間とどうしても馴染めなかった。
みんな、あまりにも子供すぎて、幼さについていけなかったのだ。
その結果、僕は保健室にいる。
保健室はいつも優しく僕を待っていた。
教室のような騒がしさも、家にいるときに必ず耳にする怒鳴り声も、ここはなにもよせつけない。
世捨て人のような気持ちで、僕はベッドに横になった。
しかし、今日は隣のベッドに誰かいた。
その子は一際目を引く姿で、髪は銀色に輝き、真っ白なワンピースを身にまとっていた。
僕は思わず声をかけた。
「こんにちは。キレイな髪だね」
すると、彼女はうっとうしそうな顔をしてこちらを見た。
「突然なんなの?口説くつもり?」
言葉の意味が分からず慌てていると、女の子はため息をついた。
「話しかけるんなら名前くらい名乗りなさいよ」
僕は、しどろもどろに自分の名前を告げた。
しかし、女の子は名乗ろうとしなかった。
「別に私の名前なんて知りたくないでしょ」
「そんなことないよ。教えてくれないの?」
「そうね……このバカみたいな場所から連れ出してくれたら、教えてあげる」
それって、ここから抜け出すってことだろうか。
考えただけでドキドキする僕を横目に、彼女はもう一度ため息をついて、ベッドに横になった。
ちょっとほっとした反面、大きなチャンスを失った気がして、僕もベッドに横になる。
やっぱり諦められなくて、女の子に色々と話しかけた。
「何才なの?」
「……一応、五才」
「好きな食べ物とかある?」
「そんなことどうでもいいでしょ?」
「海は好き?」
「海なんて知らないわよ、いい加減にして」
ごろんと背を向ける彼女に、僕は自分でも決意が出来ないまま声をかけた。
「明日、海に行かない?幼稚園が終わったあとに」
彼女は微かに花の香りをさせて、なにも答えなかった。
僕は保健室の白い天井を見上げて、そっと目を閉じた。
母が迎えに来て、妹と三人で家に帰ると、やっぱり父は家でテレビを見ていた。
職につかない父と仲の悪い母は、近所迷惑など考えもせず夜中に言い争いを繰り返す。
僕はこっそり妹を呼んだ。
「明日海に行こうと思うんだけど……お父さんとお母さんには話さない方がいいよね」
「なに言ってるの。子供だけで海なんて危ないでしょ?
ちゃんと話ぐらいはしといた方がいいよ」
まるで母親のように話す妹に、僕は負けた。
「じゃあ、話してみるよ」
しかし、結果は散々だった。
「困らせるようなことばかり言わないで。私がついていけるわけないでしょ」
「ついてこなくていいよ。危ないことはしないから」
「子供なんてそこにいるだけで、危険にさらされてるようなものなのよ。
アンタが幼稚園に行ってるだけだって、ひやひやもんだわ」
やっぱり少しも信用されてなくて、少し苦笑いをした。
結局誰の賛同も得られないまま、僕は海に向かう決意を固めていった。
「今日は海に行こうね。お父さんとお母さんには許可をもらったから」
眠たそうな目をしたまま、昨日と同じ白いワンピースを着た女の子は、僕に言った。
「その喋り方、なんとかならないわけ?」
「え?」
「アンタはもっと別の喋り方できるでしょ」
今日も言葉の意味が分からなくて、僕は柔らかいベッドの上で少し慌てた。
彼女は体をゆっくり起こすと、目線をあわせないまま僕に告げた。
「私、今日には別の場所に帰らなくちゃいけないのよ。
だから、帰るころには私はもういないわ」
ショッキングな事実を叩きつけられて、僕は決断を迫られた。
「じゃあ……」
「ん?」
「じゃあ……今行こう」
女の子は顔色を変えずに、窓の外を見た。
「いいよ、無理しなくて。顔真っ青だし」
その言葉で、決意はしっかり固まった。
「大丈夫だよ!海に行こう。きっと気に入るから」
「……別についていってもいいけど、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だってば!」
僕は女の子の手をとって、昇降口に走り出した。
今は休み時間じゃないから、園児も先生も誰も廊下にいない。
保健の先生も、職員室でコーヒーでも飲んでいるのだろう。
香ばしい香りと花の香りがほのかに漂う。
静かな空気で満ちた廊下を、上履きのまま外に向かって駆け抜けた。
「海はすぐそばなんだよ。みんなで行ったことがあるから、僕も道は分かるんだ」
幼稚園の裏の坂を、コンクリートに足音を響かせて走る。
木が鬱蒼としげる砂利道を走って、幼稚園が見えなくなった時、僕達は立ち止まって荒い呼吸を繰り返した。
「ちょっと、いつまで手つかんでんの」
言われてみると恥ずかしくなり、ぱっと手を離す。
女の子は興味がなさそうな顔で、辺りを見回した。
「薄暗いわね。まさか海までずっとこんな感じなの?」
「コンビニの裏に出れば、木はあんまりはえてないよ。
だけど、海のそばはまた林みたいになってるから……」
「ふーん。じゃ、早く連れていきなさいよ」
今度は僕たちは手を握ることなく、てくてくと砂利道を歩き出した。
話題に困った僕は、ふと女の子に親のことを聞いてみた。
「二人ともいい人よ」
女の子はそれ以上語らなかった。
僕はぼんやりと、昨日あったことを話した。
「じゃあ、やっぱり許可はとれてないって訳ね。
なのに、なんで抜け出したりしたのよ」
「誰かと海に行きたかったんだ」
なぜか、君ととは言えなかった。
また無言でてくてく歩いていくと、女の子は唐突に言った。
「ねぇ、私は宇宙人だって言ったら、アンタは信じる?」
「え?」
僕はやっぱり意味が分からない。
だけど、女の子は初めて笑った。
「信じないわよね。別にいいんだけど」
その笑顔は少し悲しげに見えたけど、僕にはなにも言えなかった。
そしてしばらく二人で砂利道を歩き、また舗装された道を歩いて、角度のついたコンクリートの坂を下った。
両側には木が密集して空を隠し、じめじめとした風が通り抜けた。
「そういえば、この先にはお墓があるんだよ」
自分で言って、自分で怖くなる僕を、彼女は気づかないふりをしてほっといた。
途中お墓の横を通り、まだまだ続く坂を下っていくと、木の隙間に海が見えた。
「ほら、あれが海だよ」
「ふーん、実際見ると大したことないわね」
「もっと下まで行けば、びっくりするから」
僕たちは、さらに坂を下っていった。
騒がしい波の満ち引きの音に、さらさらと流れる砂浜に、どこまでも続く青空に、彼女はなにを思ったのだろう。
僕は佇む彼女の横で、彼女がなにか言うのを待っていた。
だけど、彼女は海を眺めたまま立ち尽くしているので、僕はその場をそっと離れた。
「はい」
僕が手を差し出すと、彼女はやっと目線をこちらに移し、僕の手の上のものを見た。
淡い桃色の薄い貝殻を、彼女は気に入ったようだ。
堤防の上に並んで座り、僕たちは遠くに浮かぶ船をぼんやりと見た。
「……来てよかったよ」
ぽそりと女の子が言った。
僕はそっと頷いた。
空と海がオレンジに染まる頃、僕たちはようやく立ち上がり、あの急な坂を歩き出した。
行きも楽じゃなかったけど、帰りの上り坂もやっぱり辛い。
呼吸を早くしながら、僕はふっと墓場のことを思い出した。
「また前を通るのか……」
「怖いの?」
「別に」
すると、彼女は軽やかに走り出し、なんと墓場の方へ向かった。
「ちょっと!?」
慌てて追いかけると、彼女は墓場の真ん中に立っていた。
そばには光輝く、UFOのようなものが一つ。
僕は目を疑った。
「ちょっと乗ってみる?」
手を差し出した彼女につられて、僕はふらふらとUFOのそばへ歩く。
真っ白な光を放つ、強い懐中電灯のようなライトがいくつも船体にくっついていた。
そして、僕はとんでもないことに気づく。
UFOは緩やかな風を起こして、少し地面から浮いていたのだ。
「ほら、ボーッとしてないで」
手をつかまれ引っ張られる僕は、夢の中にいるような気持ちでUFOに乗った。
中もどこまでも白く、生活感は一切なくて、荷物が整然とつまれていた。
外側についていたぎらついた照明はなく、壁や天井がほんのり光を放っている。
「すごいね」
僕は慌てることもなく、ただUFOの中で佇んだ。
女の子は慣れた手つきでなにかの作業をしている。
すると、壁がゆっくり持ち上がり、外の様子が見えた。
「今、海の上を飛んでんのよ」
透き通った窓の向こうは、一面オレンジ色の海だった。
豆粒のようなサーファーの姿もあちこちに見える。
さっき二人で見ていた船のそばに、UFOは近づいていった。
煙突からのぼる煙や、甲板が間近に見えて、僕はめまいがするほど驚いた。
「すごい……」
白いワンピースに身を包み、僕の横でUFOを操縦する彼女は、僕にそっと微笑みかけた。
「次に会った時は、アンタの本音を聞きたい」
僕は言葉の意味が分からない。
分からないけど、今度は慌てずに女の子に微笑み返した。
彼女が薄れていく意識の中で言う。
「私の名前は」
はっと目が覚めると、僕は自分の部屋のベッドで横になっていた。
外が騒がしいので、扉をゆっくり開けると、そこには妹が立っていた。
「お、お兄ちゃん!」
なぜ驚いた顔をされるのか分からないまま、妹は玄関の方へ走っていった。
それについていくと、玄関のそばの窓は赤く輝き、扉の前に母が立っていた。
「どういうこと……?」
母は表情を歪めて僕を見る。
そばには警察官が立っていた。
「えっ。あの子が息子さんなんですか?」
呆気にとられた二人組を前に、僕は大体の状況がわかった。
だけど、ぺこぺこと頭を下げて扉を閉めた母に、まくし立てるように状況を説明された。
「アンタが幼稚園からいなくなるから、警察にまで来てもらったのよ!
先生たちもアンタのこと探し回ってる!
なのに、いつのまに家にあがりこんだのよ!」
あがりこむ、と母は言った。
そんな母に言えるのは、一言だけだった。
「僕は宇宙人に会ったんだ」
母はもう一度呆気にとられて、僕のことを睨み付けた。
「いい加減にして。
アンタその年になって、まだそんなバカみたいなこと言うわけ?
なにが宇宙人よ!」
あまりに頭ごなしに否定するもんだから、僕はつい反論してしまった。
煌めく宇宙船、清潔で無駄のない船内、白いワンピースを着た女の子。
否定されればされるほど、言葉は熱を帯びていった。
そしてとうとう、母は顔色を変えた。
「アンタ、本気で言ってるの?」
ここまで来たら引き下がることも出来ず、僕は頭を縦に強くふった。
母は思い詰めた顔をより険しくして、父を悲鳴のような声で呼んだ。
「アンタのせいよ!」
「お前がちゃんと子供の面倒をみてないからだ!」
いつも通りに繰り返される喧嘩を、僕はもう見飽きてしまった。
自分の部屋にそっと歩いていくと、妹が扉のそばで待っていた。
「宇宙人に会ったって……本当?」
気まずそうな顔で僕を見る妹は、きっと両親と同じ事を思っているのだろう。
僕はなにも答えずに、部屋の扉を開けて、音をたてずに閉めた。
空に浮かぶ月はキラキラと静かに光って、僕がなにを思っても変わらずにそこにいた。
それを冷たさと受けとるか、温かさと受けとるかはその人による。
今日の僕は前者で受け取って、月の光が届かぬように、布団を被って目を閉じた。
相変わらず保健室通いを続ける僕に、ある変化が訪れた。
僕が失踪した時に教室に行ってないことがバレて、母が幼稚園に文句をつけにきたのだ。
いっそ怒鳴りこんでくれれば、少しは僕に同情が集まりそうなのに、無駄な知性を溢れさせて母は担任と対峙した。
「あの子が少し変わっていることは分かっています。
教室に向かわせるのも苦労するでしょう。
ですが、あの子には妹がいるんです。
妹までクラスに馴染めなくなってしまうのは、可哀想で仕方がありません。
どうか、先生方も協力して頂けないでしょうか」
僕は驚いた。
妹の立場なんて、これっぽっちも考えていなかった。
そして、僕は、笑った。
「先生、僕はもう大丈夫です。ちゃんと教室に行きます」
担任は、責任感と面倒事に関わりたくない気持ちのはざまで揺れていた。
だけど、僕の笑顔で少し安心したのか、向こうも笑顔を返してきた。
そのとき僕は、無意識に自分の成長を止めた。
二十年、幼稚園児のまま、僕は生きていくことになった。
あの人の名前がなんだったのか、今の俺には思い出せない。
再び現れた彼女は、あまりにもあの頃と雰囲気が変わり、俺には思い出す手がかりにならなかった。
しかし、ふんわりと漂っていた花の香りを思い出す。
白い作業着には似合わない、柔らかくて安心するような香りだった。
なぜ、俺は彼女を引き留めなかったのだろう。
「引き留めるもなにも」
そっと呟いてみても、今さら後悔はぬぐえなかった。
あの人は死んでしまったのだろうか。
遠い銀河のことなど、地球人の俺には知るよしもなくて。
もし、もう一度会えたら、あの人に謝れるだろうか。
そんなことを思いながら、仕事の帰りにふと川辺によると、そこにはカラフルなUFOが当たり前のように景色に馴染んでいた。
「……死ねませんでした」
俺に気がつき、自嘲気味に笑う彼女の手を、僕は再びつかんだ。
僕たちはまた、海へ向かって走り出していた。
ー終わりー
やっぱりこういう内容は恥ずかしいのですが、後編も書いてしまいました。
読んで頂けて嬉しいです。
三代目「ナルトはお前に任せる」
勇者「ゴキブリ勇者」
というのも書きました。良かったら読んでみてください。
ここにゴキブリ勇者の続編ものせてあります。良かったらどうぞ。
http://doradorayaki.jimdo.com/ss置き場/
本当にありがとうございました!
乙!
今度はちゃんと名前を聞かなきゃね
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