「アルス。起きなさい私の可愛いアルス」

「ん…」

アリアハン城下町の外れにある家にて母親が少年を起こす。
どこの町でも見かけそうな風景だが、母親の表情は何故か険しい。

「今日はお城に行く日ですよ。早く着替えを済ませなさい。この日のために、
お前を立派な勇者として育ててきたつもりです」

「……分かってる」

少年は一言、そう呟きベッドから身を起こす。
それを見た母親は、朝食の準備をするために、階段の方へと足を向けた。

朝食を終えたアルスと呼ばれる少年は、母親の付き添いのもと、家から城まで
の道を歩く。

歩く途中、さまざまなことを考える。

今までのこと。これからのこと。
人の住む世界。魔物の住む世界。
勇者という存在。魔王という存在。

そして、自分の父親のことを。

「よくぞ来た。勇者オルテガの息子アルスよ」

「……はっ」

城についたアルスは、兵士に案内されるまま、謁見の間へと通された。

「うむ。面を上げよ」

「はい」

アルスは顔をあげ、王の顔を見据える。

「……よい顔になった。そなたも今日で16才。この国では立派な成人と認められる」

「はっ……」

「一人前となったお主に命ずる。魔王バラモスを討ち果たして参れ」

「……慎んで、お受けいたします」

内心、16才の誕生日祝いに魔王討伐を言い渡されるなど、とんだ
誕生日プレゼントだと思いながらも、アルスはそれを顔に出さず、
王に頭を下げる。

「しかしアルスよ。一人旅は大変危険なものとなろう。町の酒場で
冒険者を雇い、仲間を募るがいい。そして、少しばかりではあるが、
そなたに道具と金貨を与える」

「ありがたき幸せ」

王はアルスの言葉を聞き、大臣に合図を送る。
大臣はアルスに金貨と道具の入っているであろう皮袋を渡した。

「この命に代えましても、バラモスを討ち果たして参ります」

「期待しておるぞ」

アルスはそれだけ言うと、立ち上がり城を後にした。

城を出たアルスは、大臣から手渡された皮袋の中身を確認した。

中にはこん棒が二本、ひのきの棒が一本。それから旅人の服が一着と
あとは50ゴールド。

「これで魔王を倒せとはな」

アルスは吐き捨てるように呟いた。
しかし、彼の言葉も尤もだろう。

世界を救えと送り出す者に、これはあまりにも酷かった。

彼の父オルテガがこの国を旅立つとき、国を挙げて彼を
送り出したのに、アルスにはこれだ。

いくら魔王の驚異で国力が弱まっているとはいえ、これでは
アルスに何も期待していないと言わんばかりの扱いだった。

だが、「いつものことか」とアルスは思い直し、皮袋の中身を
全て道具屋に売り払い、薬草を買い身支度を整えた。

どうせ一人旅なのだ。
国から与えられるものには最初から期待などしていなかったし、
これでいいとアルスは思った。

アルスが一人で旅をしようと思ったのには理由がある。
王は酒場で冒険者を募れと言ったが、それがそもそも
無理な話だった。

この町の冒険者と呼べる人間は、いわゆる傭兵崩れ。
アリアハンの城下町からレーベの村に行くときの人の護衛
を主に生業としており、人数もほとんどいない。

この国に生息するスライムや一角うさぎを倒す程度で、とても
魔王討伐の旅についてきそうな者はいない。

仕事がなければ、昼間から酒を飲むくらいしかやることのない
連中である。

アルスはそれが分かっていたので、最初から一人で旅に出る
つもりだった。

「ちっ……」

町の門を出たところで、アルスは直ぐに臨戦態勢をとった。

「……ぷるぷる……」

目の前にはスライムが5匹。
1匹1匹ではそれほど驚異ではないが、5匹同時となると、
1人ではなかなか難しい。

スライムの方もそれが分かっているのか、普段は単体で
行動することが多いにも関わらず、旅人が一人なのを見ると、
複数で集まってくる。

しかし。

「……ふん」

アルスは無表情のまま、背中から銅の剣を抜き出し、スライム
に向かって駆け出した。

一瞬。

スライムは自分が何をされたのか分からない程の速さをもって、切り
捨てられた。

5匹同時に、である。

剣を振り払い汚れを落としながら、アルスは何事もなかったかのように
再び歩き始めた。

橋を渡り、街道を道なりに進み、夜にはレーベの村へと辿り着いた。

途中、何度か戦闘があったが、アルスの実力はここらの魔物では相手
になることはなく、特に苦労もせず村へとついた。

アルスは村を見渡し宿屋を確認し、そのまま足を宿屋の方へと向けた。

宿屋に言われる金額を払い、食事を取ってからアルスはベッドで横になった。

思いの外疲れた。
アルスはベッドで横になりながら、昔のことを思い出していた。

…………15年前。
アルスが1才になったばかりの頃、オルテガの訃報が国に届けられた。
国は沈み、世界は希望を失った。

勇者を失ったアリアハンの絶望は深く、他の国からの魔物が押し寄
せてこないようにと、ロマリアと続くはずの移動手段、旅の扉を封印した。

以降、この国は船による往来しか出来なくなり、その船も魔物の活動が
活発となった今では不可能となり、アリアハンは完全に孤立。鎖国状態と
なった。

それからというもの、国の力は目に見えて衰えていくようになる。

鎖国により物資の流通がなくなり、技術は伸び悩み、人の交流もなくなり、
世界情勢がどのように動いているかも分からない。

かつては大国と謳われたアリアハンも、只の辺境の島国へと成り下がった。

そして、鎖国により人々の心も閉鎖的で閉塞的なものへと変化していく。
そういった負の感情は、しだいにアルスへと流れていった。

「お前の父親が魔王を倒せなかったせいだ」

「オルテガには多大な支援をしたのに」

「負け犬、役立たず」

「息子のお前が何とかしろ」

「死ね」

毎日のように、罵声を浴びせられながらアルスは育った。

幼いアルスは共に生活をする母と祖父を頼ろうとするが、

「あなたは勇者オルテガの息子なのですよ」

「オルテガに代わり、お前が魔王を倒すのだ」

と、守ってくれるどころか、周囲の人間以上に二人はアルスを
追い詰める。

修行と称して、町の外に投げ出されては家に入れてもらえない日々。
魔物を100匹倒すまでは帰ってくるなと、10才にも満たないアルスは
門の前へ連れていかれる。

しかし、魔物を100匹倒しても、まだ足りないと、祖父は言う。

アルスはしだいに心を閉ざしていった。

毎日毎日魔物と繰り返される戦闘。

だんだんと心を閉ざしていく代償に、いつしかアルスは、
アリアハンの誰よりも強くなっていった。

剣を振るえば誰よりも速く、魔法を唱えれば誰もが恐れるほど
の威力を。

そして、アルスに対する周囲の人間の態度もまた変わっていく。
幼い頃はバカにしていたはずのアルスが、ひどく強大に不気味に
思えたのだ。

「化け物」

誰が最初に口にしたのかは分からない。
しかしいつしか、大人も子供も、アリアハンの人間はアルスを
そう呼ぶようになっていった。