【安達としまむら SS】誰かさんと思い出になる日 (57)


しまむら: サボり女子高生その1。栗色に髪を染めている。ちょっと天然気味な女の子。化粧も安達より時間をかけているが、安達の方が美人だと思っている。


安達: サボり女子高生その2。ほっそりした体型で、出っ張りが少ない。最近、よからぬ想いを巡らせるようになってしまい苦悶中。



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私の本心をしまむらに気づかれてしまったら、私たちの関係は終わってしまう。のだろうか……

しまむらは、何かがあったから離れていってしまうというよりは、むしろ何ないままでいるといつの間にかどこかへ行ってしまうような、

そういう感じの方がしっくりくる。


だから私は、毎日のようにこうして気を揉んでいる。心を砕いている。

身勝手な、独りよがりでしかない自己完結を繰り返している。

いつまでもしまむらの隣に居たくて、しまむらを引き留めたくて、私なりに頑張っている。

…つもりなのだが、ほとんどは私一人が空回ってばかりな気がする。


明日はちょうど一年前に私がしまむらと知り合った日なのだが、
そういうことを改めて告げるというのは変なことだろうか。

考えてすぐ、それはきっと変なんだろうなという結論に至る。


たかが友人程度の間柄で、普通はそんなことを気にしないだろう。
というより、いちいちそんなことを確認していたらきっとキリがないはずだ。

特にしまむらは、そういうことに関して人一倍拘らなさそうだし。


これまで色々な事が上手くいきすぎてて時々忘れそうになるけど、
基本的にしまむらと私は同じ地平に立ってはいない。


私が一歩でも踏み出しすぎてしまえば、しまむらはきっと頬を引きつらせて、微妙な表情をするに違いなかった。

そういうしまむらの姿は、悲しいくらい簡単に想像できる。




けれど私にとって、しまむらと出会えた日はかけがえなく特別で、
自分の誕生日よりも大事な記念日のようにさえ思っている。


そこは私が誕生日にあまり思い出がないせいかもしれないけど、

とにかく私は、私が特別だと思う日をしまむらにも同じように特別だと感じて欲しかった。


そのためにはどうすればいいのか。
思い悩んだ末に私は、しまむらにメールを送ることを決めた。

メールの文章で何気なく明日のことを仄めかしてみようと試みる。

それならば文面はあまり直接的じゃないほうがいいと、そう思った。


あくまでさりげなく話題にして、しまむらが「そういえば」と気づいてくれるような、それくらいの方が私としても望ましい。

そうして熟考に熟考を重ね、したためた文章は私の意志みたいなものが血の一滴分くらいは滲んでいそうだった。


『問題です。明日は何の日でしょうか?』

なぜか内容はクイズ形式っぽくなっていたけど、
でもこれならば、多少しまむらに怪しまれても、どうとでも誤魔化せるはずだ。


あとはこれをしまむらに送るだけ、送る……だけなのだが。


「………………………」

やっぱり、というかいつもこういう時に私の体は簡単には動いてはくれない。
明日までは残りあと数時間しか残ってないのに。


とりとめのない雑談程度と気楽に考えてさっさと送ってしまえと、
心の中で何回も自分に言い聞かせてから、ようやく私は携帯の画面へと指を伸ばすことができた。


メールが無事送信され、しまむらの元に届いたことが画面越しに知らされる。


「……はぁ……ああ」

一度送信してしまえば、それとともに私の中で高揚していた気持ちはどこかへとすっぽり抜け落ちてしまう。


その代わりに私を満たすものは、ドロドロとした不安感だった。

黒々として粘度のあるそれが、私の心へ無遠慮に去来してきて胸の奥を満たしていき、息苦しくて窒息してしまいそうになる。


「……………………」

しまむらのことを考えると、私はいつもこうだ。
心が上へ下へと大きく揺さぶられて、少しづつ磨耗していくような感覚をおぼえる。

そのせいで疲弊して、ウンザリしてしまう自分が確かにいる。


ただその反面、磨耗した分は以前よりも自分が丸くなったようにも思える。

そのおかげでしまむらに近づくことができたのならばと、多少苦しくても受け入れられた。


そんな私の独りよがりな気苦労も虚しく、

『降参、答えを教えてたもれ』

返ってきたメールは至極あっさりとしたもので、なぜか語尾が少し訛っていた。

もしかしたら、本当は覚えていてワザと答えをはぐらかしているのかもしれないと思ったけど、そんなのはしまむららしくなかった。

分かっていたけれど、少しだけ落胆する。


「………………はぁ」

落胆ついでに私は、ふつふつと心の奥底に湧き上がる感情に気づいた。

怒りとか失望とかではなく、多分それは焦りだった。


しまむらと出会って一周年の明日は、もう二度とやって来ない。

そう思った途端に焦燥感に火がつき始めて、もうあとは突き進むだけだった。

多少見苦しくてもいい、二人でその日を思い出にできるのなら。


今の私は、昔に比べて随分とワガママになってしまったような気がする。

人の欲には際限がないとはよく言ったもので、
日に日にしまむらに求めるものが多くなっていく。

しまむらは物事に対していくらか寛容だけど、それにも必ず限度というものがあるはずだ。


いつまで私を受け入れ続けてくれるのだろうかと、
考えれば考える分だけ、私の不安は絶えなかった。




『問題です。明日は何の日でしょうか?』
という、珍しく届いた安達からのメールを眺めながら、わたしは首をかしげた。

「明日、ねぇ……?」

同じ携帯の画面でカレンダーを確認しても、明日は何の変哲も無いただの平日である。

もうあと数時間で訪れるこの日に、一体何があるのだろう。

祝日でないとすると誰かの誕生日とかなのかなと、とりあえずの当たりをつけてみる。

まぁ誰かしらの誕生日ではあるんだろうけど、安達から訊かれたという一点でピンとくる人物は一人もいなかった。

わたしも安達も有名人とかにはそう詳しくないし、話題に出したこともなかったはずだ。

とすると、なんだろう。
「…………うーむ」


しばし考えたが、やはりというか思いつかない。

そもそも、わたしが今いる二階のこの勉強部屋は、今夜も扇風機程度では補いきれないほど蒸し暑く、
何かを考えるには不向きなのだ。


夏休みも終わって、もう二学期は始まっているというのに、ここの空気はいつまで蒸し暑いつもりなのだ。

もしかしてわたしが夏休みの課題を終えるのを待ってくれているのかな、なんて、そんなわけないかとひとりごちる。

さっさと涼しくなればいいのに。


閑話休題。と心の中でつぶやいて安達のメールへと意識を戻す。

文章を眺めて、どういう意味なのだろうかと繰り返しそれを頭の中で反芻する。

「まぁまぁ、安達なりにユーモアを凝らした文章なんだろうな……」
最初に抱いた感想はそんなところだった。

そしてそれ以上の何かを思いつくことはついになく、あっさりとわたしは考えることを放棄した。

いつまでも答えの出ない問題に取り組めるほどわたしは辛抱強くはない。
ということで、さっさと降参のメールを安達に送る。


『降参、答えを教えてたもれ』

うだる暑さに気圧されて、つい文章が公家っぽくなった。

知識としては妹と一緒に観ていたNHKの某アニメくらいのものしかない。
最近妹はそういうのは観なくなって、その代わりにヤシロが私の足の間に収まっていることが多くなった。

あと、安達も

「……………ふぁ」


そんな余計なことを考えてしまえるくらいに、安達からの返信は遅かった。

ただ答えを提示するだけなのに、安達は何を勿体ぶっているのだろうと、少々訝しむ。


それとも、クイズっぽく冗談めかしてはいたけど、実は大事な話だったりするのかな、安達にとっては。

わたし的には再三申した通り、何の思い当たる節はないというのに。


明日が何の日かなんて分からない。

少なくとも安達からそう訊かれたときに、答えるべき材料をわたしは持っていなかった。


せめて「安達は物知りだなぁ」と、軽く流せる程度のことだったらいいなと祈るばかりである。

掘り下げてみたら、またこっちが反応に困るような話だったら、どうしよう。

どうしようなぁ……


なんとなく戦々恐々としてしまったが、そのあと返ってきたメールの内容は、
『答えはCMのあとで』
というものだった。


「なんじゃそりゃー」

いいながらすてーんと後ろに倒れる。とんだ肩透かしを食らった気分だ。

ひんやり、というよりヌルい床の感触が薄着越しの背中に伝わってくる。


メールの意図はさっぱりわからないけれど、安達がほんのりと何かを働きかけようとしているのだけは、なんとなく感じた。


こっちは自分の課題だけで手一杯だというのに。また安達が、わたしに何かを期待しているような気がする。


「…………むむむぅ」

仕方ない、今夜は安達のために課題の方は諦めてやるとしよう。


そう決意して、課題のノートを閉じる。
残りあともう少しなんだけど、少しと思うとじゃあ明日でもいいか、となってしまう。

今からでも遠くから担任の叱りつける声が聞こえてくるようだった。



寝苦しい夜が明けた。


昨日にとっての明日、さしあたっての今日が何なのかは分からないまま、わたしは学校に着いてしまった。

朝っぱらからジリジリとする日差しの中、夏服姿で登校するというのはなかなか苦行だった。

自転車だと歩くよりは多少はマシなのかな、風を切るように走っていれば暑さの中でも少しは気がまぎれるのかもしれない。

用事ついでに、後で安達にきいてみようと思った。


安達の下駄箱を覗いてみると安達はもう既に学校に来ていた。

教室にいくと、いつものようにボーッとドライな雰囲気を醸している安達の姿があった。

そしてわたしが教室に入って来たことに気づくと、安達は急にそわそわしだす。いつものことだ。


「おはよ、安達」

「お、おはよう…っていうか、うん……おはよう、しまむら」

何故か二度言った。今朝も挨拶の確認作業を怠らない安達である、というのはさておき。


「昨日のメールだけどさ、あれってなんだったの?」

「あれは、えと…その」


尋ねられた安達が何やら気まずそうに口ごもる。
安達から振ってきた話題だったはずなのに、どうしてそんな顔をするのだろう。

こっちとしてはごく自然な流れで話を切り出したつもりだったのに、何かマズイことでも聞いてしまったかのような気分にさせられる。


口元はモゴモゴしたまま目線は伏せがちだけど、こちらの方をチラチラと盗み見ている。


こういうときの安達は、まるで小さい子供のようだと感じる。

誰かに構ってほしくて、ワザとらしく気を引こうとして、
そのくせこっちが近寄っていくとプイッと逃げていってしまうような、そういうの。


「……ふぅむ」

「どうかした?」

「べつにぃ」

わたしに何かを気づいて欲しい、そういうサインを安達は態度の端々に滲ませている。


最初からわたしに答えを教えてくれるつもりはなかったのだろうと思った。

やっぱり安達は、わたしが何か応えてくれることを期待しているようだ。


もしかしたら、問い詰めれば安達も吐くかもしれないけど、わたしに何かを気づいてもらうことが安達にとっては重要なことなのだろう。と想像してみた。

相変わらず安達はめんどくさいなあ、と心の中で密かに思う。


「そういえば安達、自転車ってさ…涼しい?」

「え?……えっと、そこそこ」

無言でいるのもなんだか心苦しいので、とりあえずそう言ってお茶を濁してみる。

何も分からない以上、それがわたしにできる現状での精一杯だった。


答えはさっぱり浮かばなくても、一日は否応なく過ぎていく。

このまま今日が終わってしまったほうが、きっと双方楽になれるだろうと少しだけ思った。


チャイムが鳴り、担任が教室にやってきて、朝礼が始まる。

課題の提出ができてない生徒たちの名前が呼ばれ順々にお叱りの言葉を頂戴していく。

そこには恥ずかしながらわたしと、同じく安達も含まれていた。


休みの間はお互い色々あったからなぁ、色々。
いろいろ、あったのかなぁ?夏休み。


自業自得とはいえ、叱られていい気分になるわけはない。


ため息をつきながら机の上に突っ伏す。
夏服の袖口からはみ出した、薄い日焼けあとが目に入る。

それを見て、なにかデジャビュめいたものを感じる。
でもそれが何だったかまでは分からない。

安達の方に視線を向けると、安達もわたしの方を見ていた。

一瞬見つめ合って、すぐに安達が顔を背けてしまう。

いつも通りのことだった。

「…………はぁ」

今日はきっと、安達にとってなにか大事な日で、
そしてそれにはわたしも関係している。

わたしが忘れた何かを、きっと安達は今も大事に思っている。


たまにだけど、安達はもしかしてわたしよりもわたしに詳しいんじゃないかと錯覚することがある。

でもそれはやっぱり錯覚に過ぎなくて、安達の知るわたしなんて、わたしのほんの一面に過ぎないのだ。
私の知る安達がそうであるように。

大体、わたしと安達が共有できる部分なんてたかが知れている。

知り合った期間だって、ほんの一年かそこら程度しかないのだから、当然だった。


「…………………」

と、そこまで考えておいて、一年という単語に妙な引っ掛かりを覚えた。

一年。
つい「まさかね」と思ってしまう。

でも安達ならばあるいは、そういうことを大事にしそうだなとあっさり納得してしまう自分もいた。


納得して、ついでに少し呆れた。

たしかに、ちょうど一年前の今日が、わたしと安達が初めて知り合った日だった、ような気がする。


しかし、普通そういうことをいちいち覚えるものなのだろうか、そんなことを気にかけて欲しいと思うのだろうか。

安達は、YESなのかな……
わたしは別に、というかNOだけど。


昼休みになると、すぐに安達はわたしのところにやって来る。
わたしと一緒にお昼ご飯を食べるためだ。

他の誰にも譲らない、そんな気配に満ち溢れていて、まるでわたしのことを監視せんとするかのような勢いがある。


「今日も相変わらずだねぇ」

「うん……そうだね、しまむらも」

いつになく動きがぎこちない安達を相手に、当たり障りのない会話を交わす。


あんまり引っ張っても安達が疲れてしまいそうだから、さっさと答えてあげることにしよう。

でも、ただそのまま言うだけじゃ、やっぱりなんだか味気ない気がする。
それじゃあ……うーむ

「しまむらは、今日はお昼どうするの?」

「とりあえず購買に行って……自販機で飲み物も買うつもり、安達は?」

「私は、しまむらについてく」

だと思った。

さて、こんな暑い日は出来るだけ涼しい場所でお昼を食べたいんだけど、
今日はどうもそうはいかないらしい。

夏休みも挟んで、しばらく行ってなかったあの場所は、この季節はどうもじっとりと蒸し暑かったような気がする。


昼時といえば一日の内で一番太陽が高い位置にあって、つまりは一日の内で最も暑い時間帯である。


そんな時に、どうしてわたしは体育館なんかに向かっているんだろう。

何のためといわれれば、安達のためなんだけど。


その当の安達はというと、この炎天下の下に連れ出されたというのに、文句ひとつ言わずわたしの後ろについて来ている。

こっそりその表情を覗いてみると、僅かに頬が紅潮していて、目も少し潤んでいた。

暑いからなのか、もしくは期待感に満ちてそういう表情をしているのか、その心中はわたしには計れなかった。



直接焼いてくる陽の光と、地面からの照り返しに耐えながら、何とか体育館に辿り着く。

目の前には体育館の二階へと続く階段がある。
どうせ登った先もじっとり蒸し暑いんだろうなと思うと、少し辟易した。

「はぁ……よっし、登ろうか」

「う、うん」

気合を入れ、一歩一歩階段を踏みしめて登りはじめる。
そうして、わたしたちが出会った場所に少しづつ近づいていく。


そうして登りきったその先で、わたしは知らない顔に遭遇した。

×そうして、わたしたちが出会った場所に少しづつ近づいていく。
○わたしたちが出会った場所に少しづつ近づいていく。


「………え?」


知らない女子生徒がそこにいた。二階の隅で壁にもたれかかりながら足を伸ばして座り、ぼんやり空中を見つめている。


まさかここに人がいるとは考えてなかったので、思わず硬直してしまう。

こんな校内の端っこに来るのなんてわたしと安達か、せいぜい日野と永藤くらいなものだと思ってた。


年下か年上なのか同級生なのかも分からず、どう声をかけたものかと対応に困っていると、

「…………………」

その顔がゆっくりとこちらへと向き、その視線が私たちを捉えた。

真っ黒い長髪が、汗に濡れた頬に何本か張り付いていた。


わたしを見て、その次に後ろに控えていた安達を眺めて「……ああ」と静かに呟く。


「えーっと、その、こんにちは」

とりあえず適当に挨拶をしてみた。

その間に、ここは退散した方がいいかなと少しだけ考える。

わたしたちの他に誰かいるというのは、あまり都合のいい話ではなかった。
特に安達は、そういうのを嫌いそうだし。


そういったわたしの心の機微を感じ取ったわけではないのだろうけど、その女生徒がゆるゆると立ち上がってこちらへと近づいてきた。

「あーいいよいいよ、すぐ退くから……どうせここ暑いし」

確かに暑さにまいってるらしく、声に張りがない。

「はぁ、そうですか」

「夏はダメだねここは、まぁ大人しく図書室にでもこもるよ、じゃあ」

「どうも……」


そう言いながら、彼女はわたしたちの脇をすり抜けて階段を降りていった。

驚いたのはその際に、ジーっと安達のことを見つめていて、安達もその相手を見つめ返していたことだった。


緩慢な動きのその背中が見えなくなった頃合いを見計らって、安達に声をかける。

「……へぇ」

「な、なに?」

「いや、もしかして今の安達の知り合いだったのかなって」

「……べつに、そういうのじゃない、けど」

「………へぇ~」

微妙に歯切れの悪い返答だった。ということは全くの見ず知らずってわけでもないのだろうか。

わたしの知らない安達の交友関係を垣間見て、少しだけ感心した。

なんだか妹に初めて友達が出来たときのような、そんな気分になる。


「私の友達は、しまむらだけ、だから……」

「……あははは」

しかしそんなわたしの和やかな気分は、次の瞬間にはあっさりと打ち砕かれてしまった。

残念ながら、安達には心境の変化というものは未だ訪れていないようだ。


「……さて、と」

まぁそれはそれとしてだ。

知らない人に譲られて、無人となった体育館の二階に安達と二人並んで座る。

思った通りそこは、じっとりとしていて息苦しくまるでサウナのようだった。

サウナといえば脳裏には安達母の姿が浮かぶけど、いま隣にいるのは娘の方だった。


座って、どう言ってあげたものかと少し考えてみる。

安達は体育座りの格好をしていた。
首筋にチリチリと視線を感じる。
揃えた膝の上に顎を乗せて、すがるような目でわたしを見ているらしい。



しばらく考えて、まあ考えても仕方ないかということに気づき、

「もう、一年経つんだね」

思ったままを口にしてみた。

隣にいる安達の体がビクッと跳ねるのを感じる。ああ……やっぱりなんだ、安達。

「出会った、っていうよりは本格的に知り合ってから……って意味だけど」

「……うん」

小さく、首をすくめるように安達が頷く。

「正解?」
「うん」

ああ、よかった。
首だけを向けて安達を見ると、安達もわたしを見つめていたようだ。

顔をほころばせて、いつも通りにへーっと笑っていた。
嬉しそうで何よりである。わざわざこんな所まで足を運んだ甲斐があったというものだった。


どうやらわたしは安達の期待に無事応えられたらしい。

問いに正解したところで、果たして何のポイントが溜まるのかは知らないけど。

笑顔でいた安達が、ふと我に返ったように顔を伏せる。
桜色に染まった耳が、垂れた髪の間から覗く。

「ね、ねぇ」

「ん?」

そして短く呟きながら、その指先がちょんっとわたしの手の甲をつつく。

手を握っていいかの合図だった。まるでわたしに対して負い目でもあるかのように、今日はまだ催促の仕方が控えめだ。


「……いいよ」

しかしわたしが了承するや否や、安達の手が即座に飛びついて私の手を絡め取る。

高い気温と湿気の中でじっとり汗ばんだ手のひら同士をくっつける。
その間で徐々に水気が広がっていって、少しだけ「うへぁ」ってなった。


「あ、そういえば、お昼」

「……うん」

ぎゅう、と繋いだ手から「離したくない」という安達の意思めいたものが伝わってくる。
どうやら今日はこのままお昼ご飯を食べるつもりらしい。

片手だとパンの包みを開けるのとか、ペットボトルのフタを開けるのも一苦労なのになぁ。

しかし固く結んだその手は動かしてもにちゃにちゃ汗が水音を立てるくらいで、
少しも緩む様子は微塵も感じられなかった。


なんとかかんとかお昼を食べ終わった頃には、二階の蒸し暑さにすっかり体は汗まみれになっていた。

皮膚に張り付いく制服を引き剥がしながら、体育館を後にする。


「しまむら」

その道すがら、不意に安達に声をかけられた。

「ん、なに?」

「その、お墓参りはしなくていいの?とか…」

「お墓参り?」

いきなり出てきた単語に、驚きを隠せなかった。
何の話だろう、お盆はもう過ぎてるし、もしかしてここで誰か死んだとかそういう話なのか。

こんな身近な所にもそんな謂れがあったのかと、少しだけ背筋が寒くなる。


「あ、いや、いい……べつに覚えてないなら」

「そう?」

どうやらそういうわけではないらしい、良かったと一人胸をなでおろす。

しかし覚えてないとは、またわたしは何かを忘れているようだ。
そしてまた、安達はそのことを覚えている。

もしかしたら、安達は記憶力がいい方なのかもしれない。

それならわたしより授業出てないのに、私よりテストの点が良かったことも説明がつく。

根が不真面目なのは如何ともし難いが、なんだか少し勿体無いような気がしてきた。


もしも、わたしがひょんなことから記憶喪失になったら、その時は安達に教えてもらうとしよう。

その結果出来上がるわたしはきっと偏ったわたしになると思うけど、どうせ他に当てもないし、それでいいかと思えるくらいには、わたしは安達のことを信頼している。
のかなぁ…


そんなとりとめのないことを考えるわたしの隣で「よく考えたら、ただの虫だし……うん」と、こっちもよく分からないことをブツブツと言っていた。

お互い日々余計なことに頭を使ってるようでと、思わず失笑してしまう。


「あははは」

吹き出したわたしの顔を、安達が怪訝な表情で覗いてくる。

なんでもないよ、と身振り手振りで促すとまだ少し怪しんだ様子だったが、安達は大人しく前に向き直った。


「今日さ、学校終わったらどこか寄ってかない?二人で、ていうか……うん」

わたしから視線を外した安達が、少し遠慮がちに口を開く。


「えぇ、今日暑いからあんまり出かけたくないんだけど……」

「な、なら……しまむらの家はどう、かな?」

その安達からの提案を拒否してみると、それは想定済みだったとばかりに間髪入れず代案を提示してくる。

なんだかわたしの行動が安達に筒抜けになってたみたいで少しむずがゆい。


「まあ、それなら」

いいかと、こっちは別段断る理由もないので受け入れる。
こっちとしても家まで送ってもらいたかったところだったし、ちょうど良かった。

あだむらSSとか初めてみた


「うん………ありがとう、しまむら」

「どういたしまして、それじゃあ放課後までもう少しがんばろうか」

「お、おー!」


喜び勇んだ安達がバンザイの格好をとると、繋がったままのわたしの片腕もつられて上へと上げさせられる。


無理やり動かされた肩が軋んだ。手もそろそろ離してほしかったが、今更その幸せそうな顔を曇らせるわけにもいかず、言い出せなかった。

しかたないと、安達が恥ずかしがって自ら離すのを待ってやる。

案外というほどでもなく、衆目に気づいて安達が赤面するのにそこまでかからなかった。

おまけ「ヤシロ来訪者 アニバーサリー」


「しょーさんと出会ってからもうそろそろ一年経つんですね」

クーラーの効いた涼しい部屋でヤチーと遊んでたら、ヤチーが突然そんなことをつぶやいた。

一年、もうそんなに経ったのかーと思ったけど、よくよく考えたら去年の夏にヤチーはいなかったはずだ。


「いや、ちがうと思うけど」

「あれ?」

「たしか、もっと涼しくなってからだったような」

多分だけど、と付け加える。

「ほうほう」

訂正したら、ヤチーも「そうでしたか」と納得したように何度か首を縦にふる。


「そういわれてみれば、もっと寒いころだったような気がしてきました」

「寒いとかって、ヤチーわかるんだ」

いつも服装とかちぐはぐだし、宇宙服?だったりもするし、勝手な思い込みだけどそういうのに鈍感だと思ってた。


「たしかダストシュートの中に裸で横たわっていたわたしを、しょーさんが見つけて…」

「そんなドラマチックでもなかったと思う」


せいぜい道端でとおせんぼしてたとかその程度だったはずだ。

最初会ったときは「あやしいやつだ」と思ってた記憶がある。
見るからに変だったし、髪の毛は変な色でなんか光ってたから。


いまは「あやしい」というよりは「きれい」というのが勝ってる。

今日もヤチーの光の粒は絶好調だった。クーラーの風にあおられたようにゆっくりと部屋の中をただよっていた。


「ということは、わたしたちの一周年記念はまだ先ですか、ざんねんざんねん」

「なにその一周年記念って」

「それはもう、アニバーサリー的なお祝いですよ」


あにばーさりーってそんなの祝う人いるのかな、けど恋人とか夫婦とかだったらするのかもしれない。

なら、わたしとヤチーはなんか違うんじゃないかな、そういうことするのって。
わたしとヤチーは、友だちだし。


「ふふふふ、プレゼント期待してますよ、しょーさん」

「けっきょくそれかー」

いつも通りだけど、ヤチーずうずうしい。親しい仲にも礼儀ありって知らないのか。

目の前でニコニコしてるヤチーはそういうの知らなそうだ。わたしも、よく知らないけど


「わたし小学生だし、あんまりそういうのとか用意できないよ」

「なんと」

「ていうかヤチーの方が年上なんだから、ヤチーこそわたしにプレゼントするべきだと思う」


いや、信じてないけどね、ヤチーの方がちっちゃいし。六百なんちゃら才とかって言われても信じろって方が無理だ。


「なるほどたしかに、では」

言われたヤチーがいつものように何やらポケットを探り始めた。
なになに?何かくれるのかな、とわたしもつい前のめりになる。

わたしもそうヤチーのことは言えないかもしれない。


「よいしょ、っと」

「なーに?それ」

「プレゼントですよ、わたしからしょーさんへ」


ヤチーが取り出したのは、何の変哲もない缶の箱だった。

にぶい銀色の四角いやつで、中に何か詰まってそうな感じがする。
明らかにポケットに収まらないサイズなのは、見なかったことにして。


「もし、どうしても我慢できなくなったときこの箱を開けてください、きっとしょーさんに必要なものが入っているはずですから」

「………や」

ヤチえもん、じゃなかった。

あれ?ヤシえもん?だっけ、ヤチーヤチー言いすぎて元の名前にピンとこなくなってる。


「もらっていいの?」

「どうぞどうぞ、わたしからのほんの気持ちですので」

何だか催促したみたいになってしまって面目ない。

わたしもその一周年ナントカの日にはヤチーに何か贈ろうかな、何日なのかは分からないけど。


「そっか、ありがとうヤチー」

「どういたしまして」

ところでこれ、中に何が入ってるんだろう。


しげしげと箱を持ち上げ、観察していたら、

「ただいまー」

と、玄関からねーちゃんの声がした。
私がはっとして立ち上がって部屋から出ようとすると、その後から「おじゃまします」って小さい声がした。

「………………」


少しだけ開けて、玄関の方を見る。
靴を脱ぐねーちゃんの後ろにあの人がいた。

ねーちゃんの友だち。

静かで、あんまり喋んなくて、ねーちゃんの後ろにぴたってくっついて歩いてる。

わたしはあの人のこと、あんまり好きくない。


「ただいま、何やってんの?」

戸の隙間からのぞいてたわたしに、ねーちゃんが声をかけてくる。

「べつに、なんでもないし」

「ふぅん、ならいいけど」

「おかえりなさい、しまむらさん」

わたしの後ろからヤチーがおねえちゃんに元気よく挨拶をした。

それにねーちゃんは「おう」って、そういえばわたしは「おかえり」っていいそびれた。


「あんまり騒ぐなよー」とねーちゃんが私たちに釘を刺して、友だちと二人で二階へ上がっていく。


その途中、一瞬だけその友だちの人と目が合った。
少しだけもうしわけなさそうな、そんな表情をしていた。ように見えた、たぶん。

「……………」

あんまり、おもしろくない。


「どーかしましたか?しょーさん」

「ねぇヤチー、これ開けてもいいかな?」

缶の箱を指差して、いった。

「どうぞどうぞ、ぜひ」

ヤチーはすごく軽い感じで、そう返事をした。

箱の蓋に爪をかけて引っぱる。
ベコベコと音を立てて、箱が開いた。


あけてびっくり、なんてことはなく、
中身はただのよく見るおせんべいの詰め合わせだった。

いろんな種類のおせんべいが、缶の中で二段に敷き詰められているやつ。


「……わー」

これをどうしろと、食べろと?
ヤチーをみたら食べたそうに箱の中を見つめていた。

「……食べる?」

「ごしょーばんにあずからせてもらってもよろしいでしょうか?」

「いいけど、もとはヤチーのだし」


それから二人でテレビをみながらおせんべいを食べた。

わたしはピーナッツのはいったおせんべい、ヤチーは栗の形をしたおせんべいばっかり食べた。

おせんべいをバリバリ。食べたら少しだけ気持ちが落ち着いた。

おまけ「日野家来訪者(仮)」


昼休みになって、永藤がわたしの机の上にのしかかってきた。

たぷんって感じで、だらけきった永藤の態度を表現するように、その無駄に大きい胸が机の上で張りよく潰れる。


「日野ー、あっちいよー」

「それ朝も聞いたぞ、まぁたしかに暑いけどさ」

たぶん永藤は人より脂肪を溜め込んでるから、より暑く感じるのかもしれない。

だからってこう見せつけられたら、こっちとしては嫌味にしか思えなかった。


「わたしの机の上に乗せんなー」

これ見よがしに鎮座している永藤の胸をペシペシ叩く。
正月に食べるつきたての餅を彷彿とするさわり心地だ。


「やめろー」

「んがっ」

ガツンと、永藤の頭突きが額にクリーンヒットした。
視界の中で星が瞬き、クラクラとした目眩に脳髄が揺れる。

永藤は何故か同じように頭をぶつけたはずなのに平然としてた。

わたしとこいつとで何が違うんだろう。加害者だからか。


「日野ー、水族館行こ」

「唐突だなおい」


そのまま立ち上がった永藤が脈絡なくそう提案してくる。
下から見上げると、胸で顔が半分隠れて見えなくなった。ぐぬぬ…


「なんでまた急に」

「あっちーから、涼しいところへ逃げたい」

永藤らしい単純な理由だ。
しかしまあ、それに対して賛同してしまうくらいにわたしも暑いとは思っているけど。

まるで去年の焼き直しと言わんばかりに、今年の残暑も長引きそうな気配がする。

「あと日野、魚好きでしょ?」

「釣るのはな、見るのはべつに普通だけど」


「じゃあいーじゃん、行こーよ」

「でもなぁ、遠いしめんどいよ水族館」

海なし県に住んでると磯の香りを感じるのも一苦労だ。
だいたい夏休み中にいえばいいのに、二学期始まってからいうあたりが永藤らしいというかいちいち行動がワンテンポ遅い。


「なんだよー、金持ちのくせにケチくさいぞ」

「金持ちってなぁ、少なくともわたしはさほど余裕ねえよ」

「そうなのか、ちぇ」

ふてくされたように永藤が唇を尖らせ膨れる。
駄々をこねずあっさり引いてくれたようでわたしも安心した。


とか思ってた矢先、
「じゃあ代わりに日野んちでいーや」

なんてのたまいはじめた。

「それで代わりになんのか、お前は」

「日野んちのお池でガマンする」

ガマンって失礼な、遠慮というか礼儀というものを知れい永藤よ。

「だったら釣り堀でいーじゃん」

「釣り堀は暑いし変な匂いするし、お茶とお菓子でないから」

いつもは部活を理由にしてくるのに、今回は直接釣りの誘いを拒否された。

ていうか、茶と菓子が目当てかよ、なんて即物的なやつだ。


「……ふむ」

まあ別に、家に永藤を招くこと自体はやぶさかではない。こっちだっていつも向こうの家には入り浸っていることだし。


しかし、二つ返事でOKするのもなんだか釈然としなかったので、立ち上がって永藤の前に立ち塞がってみた。

遮るものがなくなって永藤の一見すると利発そうな顔がよく見える。


「わたしの家に来たくばわたしを倒してからにしろ!」

そう言って拳を突き出し構えをとったら、

「うりゃー」

卑怯にも速攻でズバーッと永藤が私を袈裟に斬りやがった。もちろんその手には何もなくフリだけだ。

「ぐあぁぁぁぁ」とワザとらしい断末魔をあげつつ机の上に突っ伏す。


「し、しかたない、家に来ることをゆる、す……ガクッ」

「よし」


机の表面に頬をすり寄せてもあまりヒンヤリとしなかった。

もしかしてこれ永藤の温みかな、とか考えてたら、
突っ伏した視界の端で、しまむらがあだちっちを従えてどこかへ行くのが見えた。

なにやら神妙そうな面持ちをしていたような、気のせいだろうか。


「んじゃ今日行くから、お茶とお菓子よろしく」

「んあー、あー……」

相変わらずのあつかましさ、というか何も考えてないだけか。

ご丁寧に「たまには甘いのがいいなー」と細かいリクエストまで提示してきやがった。

分かった分かった。分かったから、
頭の上に胸を乗せるのはやめて欲しい。

終わる。おまけを入れ込む場所を間違えた。

お目汚し失礼、口直しにス○○○のロ○○○○を聴くといいよ

おつ


安達としまむらSSなんて初めて見た


安達としまむら好きなのでまた書いてくだしあ


原作の雰囲気が出てて良い
もっと近づいて欲しいような欲しくないような微妙な距離が良いよね

まさかあだちとしまむらのSSが読める日が来るとは……

なにこれすばらしい
乙乙

もっといっぱい書いて欲しい

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