「……んっ。あ……あっはは……」
ふと、目が覚めた。視界に広がるのは、見慣れた自室の天井だ。
夢を見ていた。
荒唐無稽で馬鹿馬鹿しくて、だからこそ、笑いたくなる、そんな夢だ。
「……私が、アイドルデビュー、とか」
ありえない。不可能だ。今の私とはあまりにもかけ離れてる。
だからこそ、私はこの夢にこんなにも惹かれたのかもしれない。
だって、たかが夢の話なのに。
歓声は心地よくて。スポットライトは眩しくて。目の前の光景があまりにも綺麗すぎて。
それが夢だったことに、思わず涙が流れた。
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「765プロダクション……ここか」
都心から少し離れたオフィス街の一角に、そのビルは存在した。
一階に居酒屋の入った典型的な雑居ビル。下が飲み屋なのは嬉しいけど、芸能プロダクションとして大丈夫なのかしら。
「失礼します。面接に参りました。馬場このみです」
扉を開けると同時、目の前のソファーに座っていた中年の男性が立ち上がり私を出迎えてくれた。
「ようこそ765プロへ。君が馬場このみくんだね。私は社長の高木順二朗だ。早速面接を始めよう」
「……では最初の質問だ。馬場くん、君はなぜ我が社の面接を受けようと思ったのだね?」
「はい。前職が事務員だったので、そこで手にしたスキルを活かした職につきたいと思っていました」
……半分嘘で、半分ほんとだ。
ここはアイドル事務所。私自身がアイドルになることはできないけど、なにかアイドルのためになることがしたいというのが一番の理由だった。
「なるほどなるほど。我が社は40人以上のアイドルを抱えているのだが、どうもアイドルの人数に対して事務方が少なくてね? 馬場くんが即戦力として入社してくれるのは非常にありがたい……そうだね。これは実は社外秘なのだね」
「!? あの、それ。今わたしに話してしまっても大丈夫なんですか?」
「ん? はっはっは。どうせあと1週間で告知するんだ。それが多少早まったところでなんの問題もありはしないよ。さて、話を本題に戻そう。我が765プロは13人のアイドルを抱えるプロダクションだ。だが、13人ではやれることにも限界があってね? 人員と業務の拡張を兼ねて、765プロだけの劇場を作ることにしたのだ。その名も」
「765プロ、ライブシアターですよね? 社長。おはようございます。百瀬莉緒、ただいま出勤しました」
「おお、莉緒くん、おはよう。紹介しよう。彼女は百瀬莉緒くん、ライブシアターのアイドルだ。莉緒くん。彼女は馬場このみくんだ。明日からライブシアターで事務員として働くことになった。よろしく頼むよ」
へっ!? もしかして、採用……?
「このみくん。これから時間はあるかね」
「え、は、はい」
「莉緒くん。このみくんを案内してもらえるかね?」
「はい社長。それじゃあ行きましょうか、このみさん」
あれよあれよという間に就職が決まり、気づけばシアターに向かう電車に乗っていた。なんというか、ここ数日で一番疲れた気がする……
「えーっ!? このみさん、私より年上なの!? あ、あの、姉さんって呼んでいいですか……?」
「……好きにして」
もうなんでもいいわ……
「姉さん、姉さん起きて。着いたわ」
「ん……」
……気づけば、電車の中で眠っていたらしい。莉緒ちゃんに起こされてついたのは、事務所から電車で一本のところにある小さな繁華街だった。そういえば、ここに昔からあったイベントホールが取り壊されるってニュースで見たっけ。もしかしたらその跡地なのかしら。
改札を出てまっすぐ進む。商店街を抜け左に曲がると、すぐに目的地らしきイベントホールが見えた。
「姉さんついたわ。ここが、765プロライブシアターよ……姉さん?」
「あ、ごめんなさい……意外と大きいのね。ちょっとびっくりしちゃった」
「それだけ社長もこのプロジェクトに力を入れてるってことよね」
関係者入口の扉に手をかけて、莉緒ちゃんが私に手を差し延べる。
「さあ、このみ姉さん。ようこそ、私たちの劇場へ!」
「……で、ここが給湯室ね。どう? 覚えられそう?」
「一応社長に地図ももらったし、多分大丈夫」
「まあ私は明日からもシアターにいるから、何かあったら聞いてね?」
「うん」
……良かった。頼りになりそうな先輩に知り合えて。
「……あのね、莉緒ちゃん。一つだけいいかしら」
「ん? なに?」
「……その。ステージを見てみたいのだけど」
「もちろん! ついて来て、案内するわ」
「……ここが、ステージ……」
「ええ。だいたい2000人くらいかしらね。今はシンプルな作りだけど、改築すれば花道とかトロッコも使えるようになるわ」
……ここに、莉緒ちゃんが立つのね……今は、誰もいない会場。ここが、たくさんの観客でいっぱいになって……
「姉さん? 姉さん、どうしたの?」
「え? う、ううん。なんでもないの」
「……きっと疲れてるのよ。今日はもう帰っていいんじゃないかしら」
……確かに、ここ何日かバタバタしてたものね……
「ありがとう莉緒ちゃん、そうするわ」
「失礼します。馬場このみ、入ります」
「1234!123……あ、姉さん。おはよう」
翌日、シアターで私を出迎えたのは朝も早い時間からダンスのレッスンをする莉緒ちゃんだった。
「……早いのね」
「次のライブまで時間がないからね。姉さんも、頑張って仕事に慣れてね」
「もちろん」
そのままステップを踏み続ける莉緒ちゃん。なんというか、レッスンをする莉緒ちゃんは昨日とは全然違っていた。
莉緒ちゃんって、こんなにストイックな子だったんだ。
「もしもし、765プロライブシアターです。あ、社長。莉緒ちゃんですか? はい、かわります。莉緒ちゃーん、電話よ。社長から」
「はい、はい……わかりました! すぐ行きます!」
楽しそうな莉緒ちゃんの声。何かいいことがあったみたい。
「姉さん。私、今度のライブで自分の持ち歌を披露することになったわ。私初めてよ、初めて、自分だけの歌が持てたの」
その日の夜、嬉しそうに話す莉緒ちゃんと一緒に、私は帰路についていた。なんと、莉緒ちゃんと私は一駅しか離れていないらしい。
「……莉緒ちゃんは、本当にアイドルが好きなのね」
アイドルをやっている自分が、と言えばいいのか。普段は明るく気さくな莉緒ちゃんだけど、レッスンの時は本当に真剣だ。
……何故、ここまで彼女は夢を強く持てるんだろう。
「……私ね。アイドルって理想の形の一つだと思うの。私がそんな風になれるかはわからないわ。けど、そうなりたいなって思う。今はシアターでライブをする一人でしかない私だけど……いつか、武道館をお客さんでいっぱいにするの……ちょっと姉さん、急に黙らないでよ」
……あなたがそんな風に真剣に語るから、思わず聞き惚れてしまったのよ。
「……大丈夫。莉緒ちゃんならできるわ。私が支えてあげるから、安心なさい」
「! ……うん。このみ姉さんが一緒なら百人力ね」
瞬間、莉緒ちゃんと二人でステージに立つ自分の姿を幻視して。
そのありえない姿に、少しだけ心がチクリと痛んだ。
「ラーブソーングのよーにきーらめーいてラーブソーングのよーにとーきめーいて」
莉緒ちゃんの持ち歌、dear...。あの子があまりにも歌うから、私もつい口ずさむようになってしまった。
「……姉さん。やっぱり歌うまいわね。事務員なのもったいないわ」
莉緒ちゃんはこういってくれるけど。この歌は莉緒ちゃんが歌うのが一番素敵な曲に聞こえるわ。
……私が765プロに入社して2週間。初めてのライブを目前にして、信じられない話が飛び込んできた。
「はいもしもし765プロ、ああ莉緒ちゃん……へっ!? 倒れた!? どういうこと!?」
「……ごめんなさい。これまで朝から夜までレッスンばっかりだったじゃない? だから……」
「なんで、なんでこんな……あなたは、誰よりも一生懸命だったのに……それに、あの曲は、dear...はどうなるの!」
あれを歌えるのは莉緒ちゃんしかいないのに。
莉緒ちゃんのために、あの子は生まれてきたのに。
「ごめんなさい……あのね。このみ姉さんさえいいなら……dear...を歌ってくれないかしら」
「……へ」
なんで、なんでそんなことが言えるのよ。この子は。
「このみ姉さんなら、きっと歌えるわ。社長やみんなには私から話しておくから」
「でも……!」
莉緒ちゃんはいつか武道館をお客さんでいっぱいにしたいと言った。そんな莉緒ちゃんの夢を私自身が摘み取るようなこと、私はしたくない。
「……姉さん。あのね。私、dear...は大好きな曲よ。いつか私が武道館に立つ時、あの曲を歌いたいって何度も思ったわ……けどね、それ以上に、私はあの曲を一人でも多くの人に聞いてもらいたいの……このみ姉さんになら、任せられるわ」
……もうどう言っても納得してくれそうにないわね……ううん。莉緒ちゃんが覚悟を決めてこの曲を私に託してくれたんだもの。私もそれに応えなきゃ。
「……わかったわ。大丈夫よ莉緒ちゃん。お姉さんに任せなさい」
衣装に着替え、ステージの裏から客席を覗く。
そこには色とりどりのサイリウムを掲げた、たくさんのお客さんの姿があった。
……本当は、ずっとずっとステージの上に立ちたかった。あの日夢で見た景色の先へと。
本当はやりたかったことを諦めて、おばあちゃんになって後悔したくなんてなかった。
これがきっと、最後のチャンス。
もう、周りを眺めるだけなんて嫌だった。
開演のブザーがなり、アナウンスが聞こえる
これはきっと、出発の汽笛だ。
ポケットにしまいこんだチケットを、今こそ使いに行こう。
「……うん。やっぱりこのみ姉さんに任せてよかった」
「うう……恥ずかしい……」
ライブの数日後。当日撮影した映像を、私は莉緒ちゃんと一緒にシアターで見ていた。
あの時は、たくさんのお客さんに拍手を頂いたけど……こうして見るととてもじゃないけど見られたものじゃないわね。
「ねえ、姉さん。私ね、もう一つ夢ができたわ」
「……夢?」
……やっぱり、持ち歌が欲しいとかかしら。dear...は……結局これからも私が歌うことになったし。
「このみ姉さんと一緒に、武道館でライブをするの! ……このみ姉さん、付き合ってくれる?」
「当たり前でしょ?」
私に夢をくれたのも、私にそれが叶うきっかけをくれたのも、ほかならぬ莉緒ちゃんだ。
それを断る道理はない。
「よしっ。じゃあさっそくレッスンしましょうか! ほらほら、姉さんも着替えて着替えて♪」
「えっ、ちょ、ま、まだ書類が〜」
夢を見ていた。
ステージに立つ、自分の夢だ。
けど、決して一人ではない。
隣には、莉緒ちゃんの姿があった。
何故かしらね莉緒ちゃん。
あなたとなら、どこにだって行ける気がするわ。
終わり
一日遅れたけどこのみさん誕生日おめでとうございます
誰よりも大人で誰よりも夢にひたむきなあなたが大好きです
この一年、幸せでありますように
水中キャンディは癒されるから嫌なことあったり落ち込んだりした時に聴く
dear....は勇気を貰えるから気合い入れたかったりしたら聴いたりしてる
このみ姉さん愛してます。
乙でした
>>2
馬場このみ(24) Da
http://i.imgur.com/5dM28dt.jpg
http://i.imgur.com/1ERKUYZ.jpg
百瀬莉緒(23) Da
http://i.imgur.com/5lrXd2q.jpg
http://i.imgur.com/nEEfxGo.jpg
>>7
「dear...」
http://www.youtube.com/watch?v=Vc8Nlerv5iE#t=68
おつおつ、良きこのりおだった
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