ABE NANA Z~アイカツの「F」~ (36)
タイトルどおり、安部菜々とフリーザのSSです。
ちょっとテンション高めで色々キャラ崩壊してますが、まぁ温かい目で。
ほぼ安部菜々とフリーザしか出ません。
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「あの、菜々さん」
事務所の廊下で呼び止められた安部菜々は、「はいっ」と返事をして振り返った。彼女が振り返ると同時に、ふわりとポニーテールが揺れる。
ウサミン星からやってきたウサミン星人。彼女はそういうキャッチコピーで活動しているアイドルだ。彼女を呼び止めたのは他でもない、プロデューサーである。
事務所の廊下を歩いていたのは、特に用事があったわけではない。
プロデューサーと視線がぶつかった菜々は、ニコリと笑う。
190は超えているであろう巨体の彼は、ずいっと菜々に視線を合わせるように前かがみになった。
彼の見た目のせいもあって、威圧しているようにしか見えない。
「少しお時間よろしいでしょうか」
「は、はい……」
身長差のせいもあって、思わずのけぞってしまう菜々。どうにも彼のこの仕草にだけは慣れなかった。
顔が近くて、少しドキドキする。
プロデューサーに引き連れられてやってきたのは、いつものプロデューサーの事務室だ。
大抵、何かの話がある時はこの部屋である。
新しい仕事が入ったのかな? と菜々は考えた。
「実は、新世代アイドル育成計画という案が上がっていまして」
「はぁ」
「菜々さんに、その新世代アイドルの方の育成係をお願いしたいと思っています」
「えっ!? ナナにですか!?」
プロデューサーの言葉にビックリたまげる菜々。
育成される側かと思っていただけに、その驚きは隠しきれない。
それと同時に、自分が育成する立場で大丈夫かなという不安もこみ上げてきた。
「新世代アイドルの方が『どうしても菜々さんに』と強い要望がありまして」
「そうなんですか? え、えへへっ。なんだか照れますね」
モジモジと服の端をいじったり、髪の毛を触る。どうにも落ち着かなかった。
そういう要望を出してくれるということは、菜々の事を強く尊敬しているということだろう。
不安もあるが、その事が嬉しくて、菜々はついつい浮かれてしまう。
「期間は1週間ほどです。引き受けて、いただけますか」
「……」
菜々は考えた。育成するということは、その子に色々教えなければならないということだ。
菜々だってまだ完璧ではない。
教えられるほどの力が、自分にあるだろうか。そんな考えが浮かんでは消える。
だが、同じくらい、その子の力になりたいと思ったのも事実だ。
目を閉じ数秒。菜々は考えた末の答えをプロデューサーに告げた。
「ナナ、やります! うぅん。やらせてください!」
その答えを聞いたプロデューサーは、安心した顔をする。
菜々も、ニッコリと笑った。
「実は、もうその新世代アイドルの方は来られているんですよ」
「え?」
びっくりした反面、緊張でドキドキしてくる。
心の準備がまだ整っていなかった。
どんな顔をすればいいだろう。どう声をかければいいだろうと、菜々の頭の中でグルグルと考えが渦を巻く。
というより、菜々が断ったらその人たちはどうするつもりだったのだろうか、と思ったが、プロデューサーは菜々が断らないと踏んでいたのかも知れない。
「どうぞ、お入りください」
プロデューサーが声をかけると、ガチャリと、ドアノブが回る音がした。それと同時に、菜々の心臓もさらに高鳴る。
菜々は振り返ることが出来ない。
まだ、どういう反応をしていいかわからないからだ。
「お待たせしました。こちら、この度育成係をしていただくことになった、安部菜々さんです」
プロデューサーの紹介が入り、菜々は腹をくくった。
勢い良く振り返り、自己紹介を始める。
「はじめまして! ウサミン星からやってきたウサミン星人! 安部菜々です! ナナもまだまだ未熟ですが、全力でやらせていただきますっ! よろしくお願いします! キャハっ」
ここで初めて、この部屋に入ってきた新人アイドルを見た。
「…………」
なんか変な乗り物に乗って、若干浮いていた。
目立っていたという意味ではなく、物理的に。
あと、2本角が生えている。
さらに、その後ろにはスーツ姿の男性が2人。
片方はスラリと背が高く、美形な顔立ち。片方は、丸々と太っていて厳つい表情だ。
「…………ん?」
菜々の目は点になる。どこかで、見たことがある気がしてならない。
そいつの二の腕はピンクピンクしており、頭の中はシックシックしてそうな外観だ。
彼女が固まっていると、菜々の目の前の中央で乗り物に乗っている新世代アイドルは口を開いた。
「はじめまして。私は、フリーザと申します」
「ふりーざ……フリーザ……あっ、フリーザ様ですね! 分かりましたよー、喉元まで来てたのが一気に出た気分です〜」
名前を聞いて、喉元まで出ていた答えが出たらしく、すっきりした顔をする菜々。
「ホッホッホ、やはり私をご存知でしたか」
「そりゃもちろんですよ〜」
あっはっはー、と笑って、菜々は息を吸い込んだ。
呼吸を止めて思考停止。
ここに来て菜々、真の無になる。
プロデューサーの事務室に、なんとも言えない空気が数秒間漂った。
「新 世 代 す ぎ る ! ! !」
頭が状況に追いついた菜々は、とりあえず叫んだ。
状況は把握。しかし、理解はできない。
どういう顔しようとか、どう声をかけようとかそんな考えはクソ喰らえだった。
新世代アイドルが、まず人間じゃない。
「ちょっ!! っていうか、なんでフリーザ様がいるんですか!! モノホンですよね!! キグルミじゃないですよね!!?」
間近で見たフリーザ様は、どう見てもキグルミなどではない。コスプレでさえなかった。
乗り物も、本当に浮いていた。糸などで吊るされている様子はない。
「菜々さん、フリーザさんをご存知で?」
「むしろ何故知らない!!」
キョトンとするプロデューサーに掴みかからんとする勢いで菜々は詰め寄る。
プロデューサーは、訳が分かっていないようで、菜々が何にそんなに必死なのかが理解できない。
「え、フリーザ様ですよ!? ドラゴンボールの! 漫画の!!」
「い、いえ……」
ドラゴンボールの名前を出されてもいまいち分からないプロデューサーは困惑するだけだ。
こればっかりは、世代とか関係なしに分かりそうなものじゃないかなっ! と菜々は心の中で叫ぶ。
「本当の本当に知らないんですか!?」
「え、えぇ」
「というか、なんでこの人をアイドルだと認定出来たんですか」
「笑顔……です」
「あんな冷酷営業スマイルするアイドル嫌ですよ!!!!!」
ホワイ ジャパニーズ ピーポーッッッ!!!??? だった。
常識がないのか器がデカイのか、よく分からないプロデューサーだ。
「ザーボンさん、ドドリアさん、やはりこの方にして正解でしたね」
「そうですね、フリーザ様」
「えぇ」
耳打ちをするように、後ろにいる付き人に小声で話しかける。
だが、その声は丸聞こえだった。
「え、どういう……ことですか?」
聞こえた言葉に反応すると、フリーザは普通に答えてくれた。
「いやぁ、銀河の端の辺境の星だけあって、誰も私のことを知らなくてですね。すると、貴方も宇宙人だそうじゃありませんか。もしかしたら、私の事を知っているのでは? と思いまして。あなたに賭けてみたのですよ」
「あぁ、そういう……」
「ウサミン星……は、聞いたことのない星なんですがね?」
「あ、あはは……」
後ろにいる付き人に「ウサミン星という星を聞いたことがありますか?」とフリーザは尋ねるが、やはり首を横に振る。
そりゃそうだろう。
「私を知っているということは、この付近の銀河の方ではありませんね? 遠く離れた地球を訪れるだけの科学力がある星を、知らないとは思えないのですがね」
「あ、あれです! ウサミン星は星全体をバリヤーで見えなくしているんです!」
「ほう、それは凄い」
あぁ、自分はまた妙な設定を増やしてしまった。菜々は自分の浅はかさを後悔するが、今更嘘だといえば殺されそうな気もしたので、嘘を貫くしかなかった。
誰だって、指先から発射されたビームで貫かれたくはない。
「どの辺にある星なんですか? ホッホッホ、ご心配なさらずとも探したり侵略したり破壊したりしませんよ」
発言が既に恐ろしかった。
「で、電車で1時間の所に……」
「電車?」
フリーザが首をかしげると、後ろからザーボンが顔を近づけて解説を入れる。
「フリーザ様。電車とは、この星に存在する乗り物のことでございます。ほら、ここに来るときに乗ってきたじゃありませんか」
「乗ってきたの!!!???」
よほど目立ったことだろう。
彼らなら電車を使わずとも空を飛んでくればいいのに、そう思ったが、それはそれで目立つので、どっちもどっちだということに菜々は気づいた。
「あぁ、乗り遅れそうになって私が扉に挟まれたアレですか……」
「意外にお茶目ですね」
想像するだけでシュールだった。
その後、その扉がどうなったかは知らない。
というか、今乗っている乗り物は電車に乗る時も乗っていたのだろうか。
「しかし、あれで1時間とは……」
「あ、えっと、わ、ワープです!」
疑問を持つフリーザに、咄嗟に嘘を放り投げる。
言ってて虚しかった。
しかし、本物の宇宙人が相手では仕方がなかった。相手は本当に宇宙の様々な星を知っているのだから。
むしろ、こんなとんでも設定を信じてくれる辺り、本当にそういう技術があっても不思議ではなかった。
「ホッホッホ、素晴らしい科学力を持った星のようですね。配下に欲しいくらいですよ」
「あ、アリガタキ シアワセデス」
「どこかの星と交流はあったのですか?」
その質問に、菜々は「え゛」となる。
なんの交流もありませんでした。そう答えればいいのに、思わず菜々は口走る。
「そ、そうですね……M78星雲光の国とか……?」
>>1意味不明でワロタ
そこまで言って、菜々は口を塞いだ。
そんな特撮の設定の星など、あるはずがないのだから。
ちらりとフリーザを見ると、口を閉ざしたまま菜々をじっと見ていた。
あぁ、死ぬかもしれない、菜々はそう思った。
「やはり、カタギの連中と付き合いがありましたか」
「本当にあるんですか!!!!!」
自分で言っておきながら、実際にフリーザは関わりを持っていたことに驚きを表す菜々。
そのことをしまったと思うも、フリーザは別段変に思っていないようだ。
ふーっと額の汗を拭う。
というか、フリーザ様はウルトラ警備隊をカタギと表現するらしい。
「彼らとはトラブルばっかりでしたよ……大猿になったサイヤ人とよく取っ組み合いになったりしてましたね。あと、たまにがさ入れされたり」
「がさ入れされたのッ!!!?」
「うちはあくまで合法的に侵略や破壊、星の売買を行っているというのに、難癖付けて鬱陶しいったらありゃしませんでしたね」
愉快そうに笑うフリーザだが、菜々は1ミリも笑えなかった。
スケールがデカイだけで、完全に地球のヤクザと警察のそれだ。
ウサミン星って平和な星なんだろうなぁと、菜々はしみじみ思った。
「まぁ、とにかく、同じ宇宙人アイドルとして頑張っていきましょう」
フリーザはニコリとしながら、手を差し出してきた。
握手のつもりなのだろうが、菜々は怖くて手が出せない。
手を引きちぎられそうだった。どこぞの全身葉緑体の光合成マンみたいに再生など出来ないのだ。
数秒間フリーザの手を見つめて、菜々は決心したように手を握った。
引きちぎられるなんてことはなく、ただ思ったよりもフリーザの体温が高くて、温かい手だなという印象だった。
――ただ、ちぎれはしないが滅茶苦茶痛かった。
「あだだだだだだだだだだだだだだーッッッッ!!!!!!! お、折れる!!!! 折 れ ま す ! ! ! ! !」
「おっと、これは失礼」
パッと手を離してくれるフリーザ様。
彼的にはまるで力を入れているつもりはなかったのだろうが、それでも戦闘力5にも満たない虚弱で貧弱な菜々にはとてつもなく強い力だ。
危うく二度とマイクが握れない体になるところだった。
優しく自分の手を撫でる菜々。教えているうちに死んでしまいそうだと思った。
そんな菜々ににこっと優しく微笑むフリーザ。
「は……ははっ」
菜々は、もう引きつりながら笑うしかなかった。
ガチ宇宙人に、仲間意識を持たれる日が来るとは、人生分からないものである。菜々は、天井を見上げてそう思った。
「そういえば、菜々さんは年はおいくつなんですか?」
「え、永遠の17歳です」
「なんとっ!? まさかウサミン星では不老不死が実現しているのですかっ!!!?」
(あぁぁあああああーーーもぉぉおおおおおおーーーーー!!!!!!! 面倒くさいよぉぉぉおおーーーー!!!!!!)
凄く泣きたかった。
この時ばかりは、己の設定を責めたくなった。
――*――*――*――
「とりあえず、まずはダンスの練習から初めてみましょう」
「ホッホッホ、よろしくお願いしますよ」
気を撮り直した菜々は、ジャージに着替え、フリーザと共にレッスン室を訪れていた。
レッスンが開始する。フリーザは、あの謎の機体から降りて地に脚を付けていた。
不安ということで、今はプロデューサーに付き添ってもらっている。
フリーザの後ろにいたザーボンとドドリアも、2人のレッスンを見学するようだ。
ちなみに、ザーボンはマネージャーで、ドドリアはボディガードらしい。
「洋服……じゃないや、その戦闘服は脱ぎますか?」
「脱いだ方がよろしいですか?」
「いえ、動きにくくないならそれでいいんですけど」
「せっかくです。貴方の指示に従います」
バキッ!!!
「ふぅ」
「なんで今戦闘服破壊したんですか!!!」
戦闘服が木端微塵だった。
飛び散った破片を触ると、ゴムのように柔らかくて軽い。どうやってこれを粉々にしたのか、菜々は純粋に興味が湧く。
「脱ぎにくくて着にくいんですよ、これ」
ゴミでも見るような目で、フリーザは戦闘服の破片を見る。確かに、頭にあんなに立派な角があったらさぞかし着にくいことだろう。
それにしたって、わざわざ壊さなくてもいいのではないだろうか。
後ろの方で、ザーボンが新しい服の催促をする電話が聞こえた。電話を切った後、またか……とつぶやきながら眉間を押さえている。どうやら、あっちはあっちで苦労しているようだ。
菜々がジャージを渡すと、すんなりソレに着替えるフリーザ。
意外と着やすかったようで、感心したようにジャージを観察する。
小さく、「戦闘服も前の方にチャックを取り付けますか」と呟いたのが聞こえたが、ザーボンの頭痛が余計酷くなりそうだったので、聞こえないふりをしてスルーした。
「じゃー、いきますよ。まずは、菜々の動きを見て覚えてください」
ワンツースリーフォー、ファイブシックスセブンエイトッ。
菜々は軽いダンスを行う。これは、菜々が養成所に来て初めて習った簡単なダンスだった。
最後にくるっと回って決めポーズをする。
「こんな感じです」
「なるほど、分かりました」
菜々の動きを見て、フリーザはダンスを踊る。うむ、実に不気味だった。
菜々は手で音頭を取りながら、掛け声をかける。
戦闘が得意なだけあって、動きにキレがあって実によかった。物覚えもいい。
ただ、時々フリーザがステップを踏むと地面にヒビが入るのは気づかぬふりは出来なかった。注意も出来ない。
「凄い、もう覚えちゃいましたね!」
菜々は何も見ていない。
床にヒビも入っていないし、ダンスの衝撃で壁に亀裂も入っていない。
「ホッホッホ! これくらい余裕ですよ」
「1つ注意点があるとすれば、踊る時も笑顔だといいですね。アイドルは常に笑顔です!」
にぃっと両手で口を釣り上げる。フリーザもそれにならって口角を上げた。
「それじゃ、1回ナナと踊って動きを合わせて見てください」
フリーザの隣に立つ菜々。目の前の大きな鏡に映る光景が、今でも信じられない。
ジャージ姿のフリーザに、ジャージ姿の菜々。
なんなんだ、これは、と菜々は遠くを見つめるように鏡を見た。
「いきますよ。ワンツースリーフォー」
菜々とまったく同じ動きをするフリーザ。人と合わせるのも問題ないようだ。
早く動こうと思えば動けるのに、あえて菜々の方に動きのスピードを合わせている。
案外、いいアイドルになるのかもしれない、菜々はそう思った。
そして、最後のターン。
クルッと回ったフリーザの尻尾が、隣にいた菜々に襲い掛かる。
「ふみゅぐっ!!!」
ゴッ! ガッ!! パリーンッ!!!!
2回地面をバウンドして、菜々は窓ガラスを突き破って外に飛ばされた。
「ぃやあ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ーーーーーーー!!!!!」
「な、菜々さぁーーーーーーーん!!!!!!!」
プロデューサーの無力な叫びが、特訓室にこだました。
――*――*――*――
「な、ナナ死ぬかと思いました」
ソファーにもたれ掛かる菜々は、今でも心臓が張り裂けそうなくらい激しく動いている。
冷や汗も滝のように流していた。
菜々を飛ばした張本人のフリーザが、クロックアップで先回りして受け止めてくれたのだ。
とはいえ、突然バンジージャンプをさせられた気分だ。紐なしの。
プロデューサーが優しく介抱してくれているが、幸いにも、菜々には目立った怪我はない。
プロデューサー曰く、この手当は念のためだそうだ。
菜々的に、プロデューサーに優しくされるのは悪い気分ではなかったので、されるがままである。
ある意味、怪我もしていないので、この状況には感謝しかない。
(それにしても、よく無事でした……ナナ)
パンチ力100tの攻撃を変身もせず生身で喰らっても平気な人種もいるくらいだし、案外人間丈夫なのかもしれないと、菜々は思った。
ただ、二度と尻尾が当たる範囲内には近寄らないと心に誓った菜々だ。
さっきばかりは、本当に死を覚悟した。
「すいませんね、菜々さん。尻尾分の距離を開けておくべきでした」
「いえ、それを言ったらナナの不注意もありますので……」
責めはしない。いやむしろ責めれない。
圧倒的力の差を思い知った。アイドルとしてではなく生物として。
菜々はプロデューサーからしばらく安静を言い渡される。
正直、菜々もしばらく座っておきたかった。
ちょうどいい機会だと思い、菜々はフリーザに質問する。
「フリーザ様は……」
「フリーザで結構ですよ。菜々さんに教えを乞いているわけですし」
「……じゃぁ、フリーザさんは、なんでアイドルになろうと思ったんですか?」
沈黙。
フリーザは、うつむき考える。
そして、静かに口を開き始めた。
「私は宇宙の帝王です」
「知ってます」
「これまで私は様々な星を侵略し、支配し、破壊してきました。その数は今更数え切れません。その過程で部下も随分増えました。我が社はどんどん勢いに乗っていきましたよ」
「あ、会社なんですね、一応……」
「しかし、ある時私は気づいたのです。私に着いてくる者は、私の力に怯え、恐怖する者ばかりだと。言ってしまえば、私と配下を繋ぐものは、唯一恐怖なのです」
「あとお給料です」
「お黙りなさいザーボンさん」
「はっ」
「……ある時、私の恐怖に屈さない者の存在がちらつき始めました。その時思い知ったのです。恐怖では、全てを支配する事は出来ないと。真の宇宙の帝王になるには、このままではダメだということに」
「はぁ……」
「そこで、私はアイドルになることを決意しました」
「すいません、最後だけ分かりません」
色々過程を飛ばし過ぎだろうと思った。
途中まではなんとなく話が分かったが、今その結論に至るまでの流れがまるでわからなかった。
「いやいやいや……分かりませんよ。なんで急にアイドルが出てきたんですか。真の帝王になれなかった私はしぶしぶアイドルになることを決意しました的な感じなんですか」
「簡単に言えば、時代の移り変わりですかね」
「移り変わり?」
「恐怖政治なんて、今時古いんですよ」
「うわー、これあれですね。菜々の時は竹刀持った熱血体育教師とかいましたけど、時代が変わって、今じゃそういう体育教師はいないっていうあれですよねって、あぁ!! いませんよ! ナナ今学校通っててもそんな先生いません! 昔はいたって聞きました!!!」
突然弁解し始める菜々。
フリーザたちは、そんな菜々を不思議そうに見ていた。
彼らに弁解する意味などほぼないに等しいが、もはやこれは癖のようなものだ。
「とにかく、私は恐怖に頼らないず、恐怖以外で相手を屈服させようと考えたのです」
「それでなんでアイドルに……」
「フリーザ様。そういえば、この間借りたラブライブのDVDはいつお返しすれば……」
「俺もWUGの劇場版を借りっぱなしですぜ」
「ザーボンさん! ドドリアさん! 少しお黙りなさい! ってあぁ! そういえば、キュイさんにプリパラを貸したままだったのを思い出しましたよ!!!」
「…………」
「……………………」
「………………………………」
「………………………………ホッホッホッ!!!」
「笑って誤魔化すな!!!! もろに影響されてるじゃないですか!!!」
「うるさいですね、殺しますよ!!」
「やってるやってる!! 恐怖で相手を屈服させようとしてる!!!」
完全に染み付いて取れない布の汚れレベルで、フリーザが恐怖政治を止めるのは無理なのではないだろうかと、菜々は思った。
そのやり方が骨の髄まで染み込んでいる。
「……はぁ、まぁなんとなく分かりました。もうここまできたらナナ何聞いても驚きません」
菜々は肩を落として諦めた。
究極的に言えば、フリーザが本当にいる時点で、もう驚くことはないというものだ。
「ホッホッホ、分かっていただけましたか」
「えぇ、だいたい」
「とにかく、今宇宙はそういう時代なのですよ。あの戦闘民族であるサイヤ人も今アイドルユニット組んでますしね」
「驚 い た よ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! 」
衝撃的だった。
一体、何を血迷えば彼らがアイドルユニットを組むというのだ。
それは本当にアイドルなのか?
「若手の純サイヤ人の5人組で、ユニット名が『サイヤの休日』でしたね」
「あの人たち年中休日じゃないですか」
「もっとも、ラディッツさんは『兄より優れた弟など存在しねぇ!』という理由で脱退、ナッパさんも『髪のないサイヤ人など必要ない!』とベジータさんに追い出され、今や孫悟空、ベジータさん、ブロリーさんの3人ですね」
メンバーを聞いて目眩がした。
まともなアイドルユニットではない。確実に。
「ベジータさんは、絶望的に歌とダンスが下手でしたがね。まぁ、1人くらい下手な人がいても大丈夫でしょう」
「あぁ、スマっ……」
「菜々さん、それ以上はッ」
プロデューサーに声をかけられ、慌てて口を塞ぐ菜々。仮にも業界の大先輩だ。思ってても口に出してはいけない。絶対。
「それで、大丈夫なんですか? そのユニット」
「えぇ、人気爆発だそうですよ」
「えっ、意外ですね」
「ライブのたびに花火が上がるそうなんですよ。ブロリーさんが『いつかトップアイドルになれるといいなぁ!!』と言いながら大きな花火をですね……」
「星!!! 爆発してるのは人気じゃなくて星!!!!」
「ベジータさんは、その演出は汚い花火だとお嫌いのようです。私は綺麗だと思いますけどね」
「プロデューサー慰めてください……ナナ、会話の次元についていけません……」
プロデューサーに擦り寄ると、彼は無言で菜々の頭をなでてくれた。
菜々のやる気ゲージが一気に上がっていく。スタドリよりもエナドリよりも、プロデューサーのよしよしは菜々を回復させてくれる。
菜々的仙豆だ。
頭をなでてもらうこと数秒。
思いっきりプロデューサーに抱きつきたい衝動にかられたが、ぐっと我慢した。
菜々は勢い良く立ち上がる。顔は湯でダコのように真っ赤だった。
「さ、さぁ、特訓の続きをしましょうか!!」
その後、発声練習で窓ガラス割れたり、ダンス練習でデスビームを放ったりとと、色々散々であったことはあえて語るまい。
――*――*――*――
フリーザと行動するようになって3日目。
今日はバラエティ番組への出演があった。付き添いでフリーザも出演することになっている。どうやらプロデューサーが上手くねじ込んだようだ。
アイドルたるもの、どんな番組でもアイドルでいなければならない。それを教えるちょうどいい機会だと菜々は考えていた。
「おはようございまーす」
楽屋のドアノブをひねって扉を開ける。
そこのちゃぶ台には、ラグビーボールのような仮面を被った誰かが座っていた。
「待っていましたよ、ウルトr…………ウサミn…………安部セブン」
「菜 々 で す ! っていうか、それとんだ宇宙人違いじゃないですか!!」
ツッコまれて満足したのか、笑いながらそのお面を外す。
もちろん、フリーザである。
「ホッホッホ、暇を持て余した帝王の遊びです」
「楽しそうで何よりです……」
朝一番なのに、菜々は既に疲れ始めた。
「さて、今日はバラエティ番組でしたね」
「えぇ。バラエティ番組では、アイドルとしてイメージアップとイメージダウンの両方が起こりうる場所です。ドラマなどとは違って、ほぼ素が出てしまいますからね。まさに戦場。いい意外性と悪い意外性ってありますからね。1番気が抜けない収録です」
「ほう、いい悪いの意外性とは、例えば?」
フリーザに尋ねられ、菜々はうーんと考えながら首を傾げた。
腕を組み、顎に手を当てる。
自分で言っておいて、例えがぱっと思いつかなかった。
「そうですね……例えば……悪いのは、意外に言葉遣いが汚い……とか? いいのだと、意外な特技持っていたり……とかですかね」
「星を真っ二つにする特技なんてどうでしょう」
「意外でもなんでもないんで、金輪際やらないでください」
菜々は笑顔で答えた。そんな物騒な技が出る機会がないことを、ただただ祈るばかりだ。
とにかく、イメージダウンだけは避けなくてはならない。
ようは、アイドルとしての自分をいかに崩さないかが重要だ。問題なのは、崩さなすぎてもいけないところ。そこが難しい。
フリーザは、ちゃぶ台に置いてある台本に目を通していた。台本には、大まかな流れが書いてある。
「とにかく、リハで雰囲気を掴んでください。知識より経験です。アイドルとしての自分をしっかりと持つんです」
「フォッフォッフォ、分かりました」
「さっそくキャラ崩れてますよ!! なんで手をカニみたいにしてるんですか!!」
「高速で反復横飛びすれば分身も可能です」
「そんな特技いらないです!」
「ヌルッフフフフ、そうですか」
「さっきからキャラブレッブレじゃないですか!!!」
菜々は心底心配になった。
こんな調子で大丈夫かと菜々は軽く頭を抑える。
フリーザとくだらないコントをしていたら、あっという間にリハになった。
(どうしよう……もうリハだ……台本あんまり読めなかった)
パラパラ〜っと読んである程度の流れは分かった。だが、いつもなら菜々はもっと読み込むのだ。
今回は、どうにもフリーザが不安材料過ぎて落ち着かない。
今は菜々の隣に大人しくいるが、いつ何をしだすか分からない。
宇宙の帝王は器が大きすぎて、行動が大胆過ぎる。
というか、いつの間にか最終形態になっていた。
「……なんで急にその姿になったんですか?」
「ふっふっふ、そりゃぁこっちのほうがテレビ映えするからね。君たちも化粧をしたりするだろう? それと同じさ」
さらりと説明するフリーザ。
どうやら、姿が変わると口調も変わるらしい。
丁寧口調が少し砕けている。
なんというか、態度がでかくなった。
「いいですか。フリーザさんはテレビ初出演なんです。たぶん新人なんでほとんど撮ってもらえないと思いますが、だからこそ充分にカメラを意識して、チャンスをものにしないとダメですよ。これから先に大きく影響します」
「ふふふ、大丈夫だよ。目立つことには自信があるんだ」
腕を組んで自身たっぷりの言葉を吐くフリーザ。そのどこから来るかもわからない自信が、菜々を余計に不安にさせた。
悪目立ちしなければいいけど……菜々がそう呟くと同時に、まもなくリハに入る旨の掛け声が掛かる。
「それじゃ、リハでも本番と同じくらい真剣にいきましょう!」
――*――*――*――
「まさかリハで追い出されるとは思いませんでした……」
楽屋で膝を抱えて落ち込む菜々。
どんよりとした空気がこの空間に満ちていた。
「まったく、短気なやつらだよね」
「全部あんたのせいだけどねっ!!!!」
フリーザがやらかしたのは以下の通りである。
サイキックアイドル、堀裕子のスプーン曲げを見て、フリーザもガチ超能力でセットを浮かし、そのまま飛ばして破壊。
1番可愛いのはボクだという輿水幸子に何故か対抗。宇宙一は僕だよと醜い言い争いに発展。
椎名法子がドーナツ好きをアピールすると、星をドーナツのようにしたことがあるなどと恐ろしい発言を放つ。
暑がる十時愛梨に対して、己の全裸アピール。十時の全裸を誘発(未遂)。
などなど。
数えだせばキリがなかった。
完全に悪目立ちだった。
なんというか、他の人を喰っている印象だ。
流石宇宙の帝王。オンリーワンよりナンバーワンらしい。
「アイドルは程遠いですよ、これは……」
「ふっふっふ、兄のようには上手くいかないものだ」
「お兄さん?」
「あぁ、クウラ兄ちゃんも今アイドル活動をしていてね。最初はソロだったんだが、途中でアイドルユニット『ビックゲテスター』に加入したんだよ」
「それアイドルユニットの名前でしたっけッッ!!!?」
「皆兄ちゃんにそっくりで驚いたよ」
「気付いて! それ皆お兄さんですよ!!」
100人はいそうなグループである。誰が誰かはわからないだろうが。
ギンギラギンにさりげなく体が光っていそうだ。
舞台裏から大量に登場するシーンは、きっと絶望的でトラウマものなのだろう。
「……あ、もしかして、アイドル目指し始めたのってお兄さんがアイドル始めたのも関係あるんですか?」
「……どうだろうね?」
引っかかる言い方だったが、特に菜々は追求しなかった。
「……とにかく、やってしまった失敗はもう取り返せません。次を頑張りましょう」
「ふっふっふ、もちろんだよ」
自信満々に笑うフリーザ。
その戦闘力からくるであろう自信が、まるでアイドル界では通用していないことに、今だに不安を隠せない菜々だ。
フリーザの育成係はまだまだ続く。これで終わりではない。もうちっとだけ続くんじゃ。
――*――*――*――
「はい。それじゃ、行きますよぉ。さんはい」
「おーれはすてきな、バイキンマ」
「アウトォオオオオオッッッ!!!!」
今日は歌のレッスンだった。
ある程度の発声練習が終わった後、なんでもいいから彼に知っている歌を歌ように言ったのだが、いきなりウサミンセンサーに引っかかったようだ。
たぶん、歌の上手い下手の話ではない。
ちなみに、レッスン時は第一形態だ。
「ふむ、歌いやすくて知っている歌だったんですけどねぇ」
「すいません。クオリティ的にアウトです。完成度高すぎです」
菜々は胸の前でバッテンマークを作って止めた。眼にも見えない早技でどんな敵でもイチコロにしてしまいそうだったから危険だと判断した。
「ふぅー、そろそろ休憩しますか」
「もうですか?」
「ナナの体力は、1時間しかもたないんですよ」
「ほっほっほ、1時間も戦えれば充分ですよ」
「戦闘力万超えの方々と同じレベルで考えないでください」
とはいえ、体力面で若いアイドルに劣っているような気がしないでもない。
もちろん、小学生組とか、そういう若い組である。決して、卯月たちの事ではない。
水分補給を終えた菜々は、そっと立ち上がった。そのまま無言でレッスン室を出ていこうとしたら、フリーザに呼び止められてしまった。
「おや、菜々さん。どちらに行かれるのですか?」
「あ、えっと、ちょっとお花を積みに……」
「ほっほっほ、そうでしたか。呼び止めてすいませんでしたね」
「いえいえ」
「ちなみに、ここに空のペットボトルがありますよ」
「アイドルに何させようとしてんですかッッッッ!!!!!」
「水不足の惑星を攻める時はこうしてペットボトルを持参させ、ペットボトル一本分の水をひたすら繰り返し……」
「いやいや、聞きたくないですよそんな生々しい話! そもそも、ここは水が星全体の7割を占める地球ですよ!」
「分かっていますよ。フリーザジョークです」
「文字通り背筋が凍るようなジョークですね……」
やれやれと扉から出て行く菜々。すると、背後からフリーザも着いてきた。どうやら、フリーザもトイレに行くようだ。
というか、フリーザも排出行為をすることに驚きを隠せない菜々だ。
「フリーザさんも、その……するんですね」
「そりゃ、生物ですからね」
変身したり、体半分に斬られても生きてたり、宇宙空間でも生存できたりするフリーザを、菜々と同じ「生物」という枠組みでくくっていいか、正直悩んだ。
だが、生きているということは生物ということで勝手に納得する菜々。
「ウサミン星の素晴らしい科学力を持ってしても、生理的行為はどうにもなりませんか」
「え……? あ、あぁ! そりゃもちろん。ウサミン星人は体を改造なんてことしないので! やはりどんな科学力を持ってしても、生物であることに抗えはしないんですよねぇ、えぇ」
トイレの扉を開けながら菜々は、ぎこちなく笑う。こんな質問を繰り返しされたらそのうちあっさりボロが出そうで不安だった。
というより、すでにボロしかない気もする。
「ほっほっほ、そうですかそうですか」
菜々の後ろに続き、フリーザは扉をくぐった。
隣同士の個室に入る所で、フリーザは「また後で」と菜々に微笑みかける。
菜々もにこっと笑顔を作って、個室へと入った。
………………………………。
「こ こ 女 子 ト イ レ で す よ ッ ッ ッ ! ! ! 」
あまりに自然すぎてスルーするところだった菜々は、用も足さずにトイレの個室から飛び出した。
フリーザも顔をひょっこりと出す。「はい?」と菜々が何に驚いているのかをよく理解していない表情だ。
「いやいやいや! 凄い自然に着いてきてたから普通にしてましたけど、ここ女子トイレですよ! 神聖な領域ですよ! おなご以外が立ち入ることを禁じられている女子だけの世界ですよ! 男子が入ろうものなら、絶対に許さんぞ虫けらどもってジワジワとなぶり殺しにされるレベルですよッ!」
フリーザに掴みかからんとする勢いで菜々はフリーザに詰め寄った。
それでもフリーザはきょとんとした表情をしていた。何が何か分かっていない。
菜々はとりあえず、フリーザの手を引いてトイレから飛び出した。問題が起こる前に。
完全にトイレに来た目的を忘れて。
とりあえず、トイレから離れた所に避難した菜々は、誰にも見られていなかったかを確認する。
キョロキョロと辺りを見渡す菜々は非常に怪しかったが、幸いにも誰にも見られていなかったようだ。
「ほっほっほ、何か問題がありましたか?」
「むしろ問題しかないですよ! 男子が女子トイレ入るって、小学生でも変態のレッテルがはられる愚行ですよ!」
「あぁ、言っていませんでしたか。私、地球での性別は女になっています」
「だから、女が女子トイレに入ったら――……」
………………………………………………………………。
何秒間、思考が停止しただろうか。
まず菜々は、自分の耳を疑った。次に空気を疑った。音を伝える時、何かしらの外部的要因で、音に何かしらの異常が発生していないか。
次に脳を疑った。処理するときに何かしらの変換誤差が生じていないかと。
だが、何度脳内リピートしても、聞こえた単語に間違いはない。
「……………………はい?」
ようやく絞りだした一言が、これである。
「ですから、地球上において、私は女ということになっています」
「くぁwせdrftgyふじこlp……!」
驚きが言葉にならない。
目を点にしながら、「え? は? あ……ぇ?」と意味をなさない言葉を発し続けている。
すると、フリーザはそうなった経緯を、驚く菜々をほったらかして話し始めた。
――*――*――*――
これは、まだフリーザがアイドル活動する前の時である。
「ザーボンさん。この履歴書、生年月日などはいいにしても、この性別という欄はどうするべきですかね?」
フリーザは、ペンを握りながらすぐ後ろで待機していたザーボンに尋ねた。
「おそらく、この地球の基準に合わせるべきかと。でなければ、バレた時に嘘だの詐欺だの叩かれかねません」
性別詐称など、アイドルのプロフィールが現実のものと異なるのはなるべく避けたほうがいいということは、ザーボンは学習して知っていた。
「なるほど」
「この星における性別の違いは、股にスカイツリーがついているかついていないかの違いのようですね」
「私にはついていませんね」
「はい。さらには、外見的に女の方が小柄な傾向があるようです」
「ほぅ」
「あと、女性には胸があるとのことです」
「胸……ですか」
「はい、おそらく、胸筋の事を言っているのではないでしょうか」
「なるほど! 流石ですね、ザーボンさん」
「有り難き幸せ。以上のことから、失礼ながら、フリーザさまは小柄であるように思われますし、スカイツリーはなく、胸筋は宇宙最強、などの特徴の一致から」
「女……ですね」
フリーザは、性別の欄の女に丸を付けた。
――*――*――*――
「というわけなんですよ」
「プロデューーーーーサーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!」
誰でもいいから助けが欲しかった。
もう菜々1人では突っ込みきれない。話についていけない。
無理がある。いくらなんでも無理がある。と菜々は思う。
おそらくザーボンに話をしても似たような反応をされるであろうから、話が通じる人と話がしたかった。
「くっ! 酒! 飲まずにはいられません!」
「たしか、17歳はお酒は飲めないのでは……?」
「今は、んなことどうでもいいんですよ!!! 無理がありますよ! っていうか! なんでラブライブとかその辺の作品に手を出しておきながら、胸を胸筋と解釈するんですか!! 胸くらい見てれば分かるじゃないですか!!」
「………………………………………………ホッホッホ!」
「また笑って誤魔化した!!!」
「まぁまぁ」
「っていうか、女ならテレビ映るときの最終形態完全アウトじゃないですか! 全裸ですよ!! とんだ痴女ですよ! 露出狂ですよ!! 警備員につまみ出されて警察に逮捕されますよ!」
「ホッホッホ、そんなやつらすぐに蹴散らせますよ」
「だから、蹴散らしたらダメですって!!!」
「菜々さん……先ほど、私を呼ばれましたか?」
菜々が振り返ると、プロデューサーがすぐ近くに立っていた。フリーザとの会話に夢中になるあまり、声をかけられるまでまったく気が付かなかった。
とにかく、いち早くこの気持ちを誰かに理解して欲しい一心で話しかける。
「あのッ、えっとッ、プロデューサー! 全裸ですよ、全裸!!!」
「…………は?」
これまでにないくらい、プロデューサーが困った顔をした。
――*――*――*――
「女も全裸もまかり通るなんて……」
レッスン室でうなだれる菜々は、一体何が正しくて何が間違っているのかよくわからなくなった。
簡単に説明すると、プロデューサーは「何が問題なのですか?」と首を傾げるのだ。
そもそも、フリーザをアイドルとして迎え入れるような人だ。やや常識から外れていてもおかしくはない。
自分の周りには、まともな人がいないのかなと現在おかれている環境を恨んだ。
「なんなんですか女子力53万って……もはやそれ女子力という概念レベルですよ……全裸なのに」
「まぁまぁ、そんなことより、レッスンゴレライをしましょう」
「8.6秒。それが、菜々がバズーカを撃ち込むまでのタイムです」
ボケの多さにいい加減攻撃をしたくなった。
「わりと余裕持って打ち込むんですね」
もちろん、フリーザ相手にバズーカなど小学生にマシュマロを投げるよりも効果がない。
そんなことは、菜々もわかっている。
「ところで菜々さん。アイドルは決めポーズじゃないかと思うんですよ」
「あ、フリーザさん初めてまともなこと言いましたねっ!」
漫才のようなフリーザの話の振りに、菜々はピンッ! と反応する。
ここにきて、ようやくまともな話が出来そうだった。
「とにかく、一度やってみたいのがあるのでよろしいでしょうか」
「いいですよ。では、どうぞ」
「いえ、菜々さんにも手伝って欲しいのです」
「へ? ナナにも?」
きょとんとした顔をする菜々。アイドルの決めポーズの練習になぜ菜々の手助けが必要なのかよくわからなかった。
だが、フリーザがどうしてもというので、しぶしぶ参加する。
ゴニョゴニョと耳打ちされる菜々。
作戦会議が終了すると、腑に落ちない表情で、菜々は鏡の前に立つフリーザの横に並んだ。
フリーザの「いきますよ」という掛け声で始まった。
バッ!!
「ウサミン!!」
バッ!!
「フリーザ!!」
「「みんなそろって、宇宙人アイドル特戦隊!」」
「……………………」
「ふむ、やはり2人ではスペシャルファイティングポーズも決まりませんね」
「いや、これたぶん人数が問題じゃないと思います」
そもそもポーズがダサかった。どこぞの光の使者のようにはいかない。
ギニュー特戦隊のポーズを指摘しなかったのも、もしかしたら、フリーザのセンスも同レベルだったからなのではないかと勘ぐってしまう。
その後も、何度もスペシャルファイティングポーズだかウルトラファイティングポーズだかを練習したが、どれも決まらなかった。
――*――*――*――
「ナナとフリーザさんで路上ライブとは、プロデューサーも思いっきりましたよね」
フリーザとの特訓5日目の時、突然プロデューサーからその提案を提示されたのだ。
プロデューサー曰く、どんな形であれ、ライブを経験することはアイドルにとって必ずよい方向に向くとのことだ。
ホントに小さな、数分程度のライブとも言えないようなライブ。
それは、きっとフリーザが新人であることも考慮しているのだろう。
また、練習時間が1日なのも、本当のライブ前に練習時間が必ずしも沢山確保しているとは限らないという想定に基づいているのだろう。
短い時間で覚える練習も含まれているのだ。
そして、今日はそのライブの日。フリーザとの研修6日目だ。
小さな小さなステージが確保されており、そのステージ裏に菜々はいた。どうやら、他の新世代アイドルの人たちも数組参加するようだ。
他の新世代アイドルは普通に地球人なのである意味安心した。
「初めてのライブだからね。100%でいくよ」
「そ の 筋 肉 引 っ 込 め て く だ さ い ッ ッ ッ ! ! ! 」
菜々がフリーザの声に答えようと横を見たら、普段の何倍にも筋肉を膨れ上がらせているフリーザがいた。
マックスパワーにも程がある。
お前のようなアイドルがいるか、とツッコミたい菜々だった。
だいたい、そんなフルパワーでライブなんてされたら地球そのものが破壊されかねない。
菜々の忠告を聞いたフリーザは、すっと元の姿に戻る。もちろん、ライブなので彼は今最終形態だ。
「いいですか、このライブはたった数分、されど数分の1回きりです。頑張っていきましょう」
さらに他の参加者もいるのだ。小さいとはいえ、中途半端なライブをしようものなら彼らの印象には残らない。
練習時間は1日だったが、それでも最高のパフォーマンスをするのがアイドルというものだろう。菜々は、フリーザにそう伝えた。
この1回が、かならず後から効いてくる。
「ふっふっふ、お互いにね」
菜々はステージ裏の隙間から外の様子を伺った。
わずかではあるが、人が集まっている。
そして今、菜々達の前のアイドルが歌を歌っている最中だ。
「もう少しでナナ達の出番です。皆の記憶に残るようなライブにしましょう」
「もちろんだよ」
前の組の曲が終わり、まばらな拍手が聞こえてくる。
ステージ裏に戻ってきた彼女らと入れ替わるように、菜々たちはステージへと出た。
「それじゃ、いきますよ!」
まだ観客は少ないライブ。
だけど、いずれはここにいる客の何十倍、何百倍もの観客の前でライブをすることを夢見ながら、菜々とフリーザは歌い、踊った。
少しでも観客の記憶に残るように、一生懸命に。
この後、狭いステージが影響し、菜々は回転するフリーザの尻尾に接触し吹き飛ばされ、ある意味観客の記憶に残ることになる。
――*――*――*――
「ナナまた死ぬかと思いました……」
「まぁまぁ、なんとかライブが成功してよかったじゃないですか」
ステージ裏に戻ってきた菜々はぐったりと椅子に座っていた。この6日間で二度目も死にかけるとは思っていなかった。
今回も奇跡的にほぼ無傷だったようで、もはや菜々自身が実は強靭な肉体を持っているのではないかと考えてしまう。
ライブが終わったフリーザは、エネルギーの消耗を押さえるためか、第一形態に戻っていた。
尻尾に吹き飛ばされた後は、フリーザが高速で回収してくれたので、曲にもあまり遅れずにすんだ。
むしろ、吹き飛ばされた直後に踊りを続行した自分自身を褒めたいくらいだった。
菜々は、退場するときの観客の顔が忘れられない。あの「あの子大丈夫なの……?」と言わんばかりの表情。
最後の拍手は、一体どれに向けての拍手だったのだろうかと考えた。
「と、とにかく……これでようやく一段落ですね……って、フリーザさんっ!!?」
菜々が椅子から勢い良く立ち上がる。
フリーザ自身は、菜々が何にそんなに驚いているのかを理解していない。
フリーザを見ながら慌てふためく菜々。
そして、ようやくその口を開いた。
「そ、そのっ、フリーザさん、か、か体消えていってますよ……?」
「……おや、もうそんな時間ですか……」
脚の方から、徐々にだが、確実に体が消えていっている。
ほんの少しだが、フリーザの体が光っていた。
だが、当の本人は特に驚く様子もない。
「ちょっ、何を呑気な! うわ、これどうしたらいいんですかね!? とりあえず救急車ですかっ!?」
「落ち着いてください菜々さん。時間が来ただけなんですよ」
「時間が来たって……?」
「えぇ、私が、この世界にいられる時間です。そのタイムリミットが迫っているようです」
突然の言葉に菜々は絶句する。タイムリミットとは一体何の話だと言いたいが、状況に頭がついていかず、言葉が出ない。
「そもそも私は、もともとこの宇宙に存在しないはずの存在なんですよ」
フリーザは冷静に話し始めた。自分が消えるかもしれないというのに。
「宇宙は合計12個あるそうです。その中でも私がいたのは第7宇宙……ここは、おそらく第6宇宙か第8宇宙……くらいですかね。はたまた、もっと離れた宇宙かも知れませんが」
「……」
「私は、その第7宇宙で寿命を迎えようとしていました。征服した星々を眺めながら、じっくりと自分の人生をなぞるように。その時、偶然ですかね、宇宙船がある電波をキャッチしたのですよ」
すると、フリーザは菜々を指差した。
「それが、貴方のライブだった。大きな会場のステージで、貴方はキラキラ輝いていましたよ」
「……えっ? ど、どういうことですか……?」
菜々は困惑する。なぜなら、菜々はそんな大きなステージにたった覚えなどないのだ。
「ホッホッホ、あれはアニメの映像でしたね」
「あ、アニメ……?」
「この世界じゃ、私の方が漫画の中の架空の存在でしょう? それの逆ですよ。私の世界では、貴方はアニメのキャラクターだった。そのアニメ映像の電波を、たまたま、受信しただけなんです」
「ナナが、アニメの……」
「それを見た時ふと思ったのですよ。私もこんな生き方をしていれば、今とは違う歓声を浴びたのかな、と。ホッホッホ、いけませんよね。歳を取り寿命を間近に迎えると、どうしても考え方がそっちの方に向いてしまうんですよ。あの時あぁしていれば、とかね」
笑うフリーザ。だが、菜々はちっとも笑えなかった。
「それから死ぬまでの間、貴方が出演しているアニメを見ました。感動しましたよ。恐怖以外で、あそこまでの支持を得られることにね。そして、死ぬ直前に思ったのです。私も、アイドルになってみたかったなぁっと」
「……」
「笑いますか?」
「……アイドルを目指す人を、笑えるわけないじゃないですか」
「貴方ならそう言うと思いましたよ。ある日、寿命で死んだと思ったら、いつの間にか宇宙船ごと、この宇宙にいました。貴方が実在する宇宙だと知るのに、少し時間がかかりましたが。それから私は、貴方とアイドル活動をするために様々な作品に目を通しましたよ」
それが、ラブライブやプリパラというわけだった。
アニメを参考にする時点でややおかしかったが、菜々は、もはやそんな事はどうでもよかった。
彼は彼なりに、菜々と並ぼうとしたのだ。
「ほっほっほ、実は、ウサミン星なんて星がないことも知っているんですよ。貴方のアニメを見たんでね」
「あははっ……ってことは、ナナは完全にフリーザさんに遊ばれていたわけですね」
「兄がアイドルだったり、サイヤ人アイドルユニットだったり、なんて話も冗談です。でも、考えている時は楽しかったですよ。貴方がどんな反応をするかがね」
「ウルトラ警備隊は?」
「それは本当です」
「あ、それはマジなんですね……」
どうやら、こちらの世界で作品のモノが、フリーザのいた宇宙では実在するらしい。なんともおかしな話だった。
フリーザも、この世界の自分が登場する作品を読んだようだ。
「おや、そろそろ本当に時間のようです」
気が付くと、フリーザの体の大半は消え、体も全体的に薄くなっていた。
菜々は、フリーザとの別れを悟り、今まで誤魔化していた気持ちをぶつけた。
「ま、まだ育成期間は終わってませんよ! あと1日残っています! それに、アイドルはまだまだこんなものじゃないんですよ! まだ経験していないこともたくさんあります! ステージだって、頑張ればきっと、もっと大きな舞台に立てるんですよ! だから、消えないでください、フリーザさん!」
それを聞いたフリーザは満足そうに笑った。
そして、菜々にも笑うように言った。
「アイドルは常に笑顔なんでしょう?」
最初に会った日に、菜々がフリーザに言った言葉だ。
自分が言った手前、菜々は悲しい気持ちを抑えてぎこちなくも笑った。
「ホッホッホ、死ぬ間際の夢にしては、実にいい時間でした。菜々さん、貴方と過ごした時間、悪くありませんでしたよ」
「な、ナナも……です」
「このタイミングでタイムリミットが来たことを思うと、私は貴方出会い、貴方と一緒にアイドル活動するためにここに来たんでしょうね。もっとも、あまり時間は許されなかったようですが」
「……」
「貴方ならきっと、私が見たアニメのように、大きな舞台に立つ日が必ず訪れるでしょう……でなければ、この星を破壊しに来ますよ?」
「ははっ……だったら、ナナ、この星のためにも頑張っちゃわないといけませんね」
「えぇ、頑張ってください。ホッホッホッホッホ、こうして人を応援するのは、最初で最後ですよ」
「……っ! フリッ――」
パッと、目の前が淡く光ったかと思うと、もうそこにフリーザはいなかった。
どうやら完全に消えてしまったらしい。
恐る恐るフリーザがいた所に手を伸ばすが、その手には何の感触もない。そこで、本当に消えてしまったことを悟った。
菜々はステージ裏の天井を見た。
この天井の向こうの空の先にある宇宙。そのずっとずっと先の、宇宙の先の宇宙。そこから、フリーザは菜々の事を見ているのだろうか。
濃い6日間だった。ずっと、フリーザに振り回されっぱなしだったなと、菜々は涙を拭って笑った。
「……菜々さん、ここにいたんですか」
ステージ裏に、プロデューサーが顔を出す。菜々は慌てて後ろを向いた。まだ目に涙が残っている。それを慌てて全部拭う。
「プロデューサー……その……フリーザさんは……」
「……は? フリーザ……さん?」
「……?」
プロデューサーは何のことだろうと首をかしげていた。
菜々も、そんな彼の反応に首をかしげてしまう。
「菜々さん、ここは新世代アイドル育成ペアだけのライブですよ。ペアのいない菜々さんがなぜこんな所に?」
その言葉を聞いて、菜々は全てを悟った。
元々この世にいなかったフリーザが消えたことによって、それに関係する記憶や出来事が消えてしまったのだと。
にわかには信じられないが、そもそも信じられないことばかりだったのだ。今更ありえないと思う菜々ではない。
ただし、菜々だけは覚えていた。
(忘れませんよ、フリーザさん。あなたがいたこと、一緒に活動したこと、あなたのせいで死にかけたこと)
ふっ、と菜々は笑った。
例えこの世界の誰もが覚えていなくても、彼女1人が忘れなければ、フリーザがここにいたという事実は決して嘘ではない。
「ピピピッ。宇宙に電波を送信。聞こえていますか? ナナは、がんばりますよ」
突然の独り言に戸惑うプロデューサーを置いて、菜々は歩きだした。
何故フリーザが彼女の目の前に現れることができたのか。結局菜々にはわからなかった。
だが、きっとそれは、7つの珠が起こした奇跡なのだろう。
菜々は、そんなことを思いながら、広く澄み渡る大空を見上げた。
――END――
終わりでーす。
タイトルのZって頑張れば「と」に見えませんかね?
あ、見えないですかそうですか……
お付き合い頂き感謝申し上げます。
乙!
乙
いっきに読んでしまった。フリーザ様よかった…ナナさんはトップアイドルにならないとな
フリーザ様のお戯れで笑ったし、けっこういい話だったし……乙!
タイトルと>>1の注意書きが意味不明で笑ったし普通に内容でも笑ったし大変良かった
おつ!
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