ぽちゃん…
誠子「釣れないなぁ…」
京太郎「今日は天気が良いな…」
誠子「ええ…魚は釣れませんがね」
京太郎「大方、昼前に釣り尽くされたか、釣り人の残した餌で満腹になったんでしょうね」
誠子「でしょうね…私も少し遅かったのか、先ほどから全然ですよ」
京太郎「まあ、釣りを続けてればこんな日もあるでしょうね」
誠子「そうですね…」
びくっ…
京太郎「引いてるみたいですよ?」
誠子「本当だ…」
くいっ…
ぽちゃ…
誠子「残念、餌だけ喰われてる…」
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京太郎「はは…まあ、そんなこともありますよね」
誠子「本当に今日は厄日だなぁ」
京太郎「それじゃあ俺も…」
しゅ…
ぽちゃ…
京太郎「この時期は、やっぱりメバルですか?」
誠子「そうですね。やっぱりメバルが旬ですかね」
京太郎「メバルはね、煮付けが旨いですよ」
誠子「お料理なさるんですか?」
京太郎「ふふ…うちの優希…おっと、部活の仲間に急かされてタコスを作らされてますからね。龍門渕に料理に御詳しい方が居て、その人に教えてもらってますから、少しは料理に明るくなりましたよ」
誠子「そうですか。いいですね、料理が出来る男というのは…私も少しは出来ますがそんな大層な物は作れませんからね」
くいくい…
誠子「おや?引いてますよ?」
京太郎「本当だ、それ」
ばしゃん…
ぴちぴち…
京太郎「やった、メバルだ」
誠子「お、やりますね」
京太郎「いやぁ、まだまだ小さいですよ」
亦野と文堂と深堀は許す
誠子「ところで、須賀さんはどうして此方まで?」
ぴちぴち…
京太郎「ふふ…二つ程、野暮用がありましてね。一つはなんてことはない、人使いの荒い部長に、こんな遠くまで使いに走らされただけですよ」
誠子「それは大変ですね」
京太郎「もう一つは…」
誠子「…」
京太郎「あの人からの言付けを先生に報らせにね…」
誠子「…」
京太郎「で、何時宮永照をお殺んなさるんですか、先生?」
須賀京太郎と言う男は、なかなか隅に置けぬ男であった。
普段は、長野県にある清澄高校の麻雀部に所属し、自ら雑用その他を引き受ける、至って人畜無害の男である。
しかし、こうして裡へと廻れば金づくで人殺しを斡旋する、仲介のような事を引き受けているのであった。
一体、誰がこの男の穏やかな面差しから、人の生き死にを商いとして算盤で弾くような真似をする外道だと思い至るのであろうか。
普段は一滴の血の匂いも周囲に感じさせず、のうのうと暮しているのである。
決して他人に気取られない。
時に道化を演じてでも、自分の正体を悟られないようにする。
この須賀京太郎という男は、その点に於いて怖ろしく手慣れた男であった。
亦野誠子が徐に釣り竿を引く。
それを見て、
京太郎「いやね、急かすつもりはないんですよ。先生のお好きなようになさってくれればね」
と平淡に言放った。
その冷たい瞳は、一瞬も微動だにせず海の水面に浮きがたゆたうのを見詰めている。
亦野誠子の方も、また同じであった。
誠子「もう少しだけ…待ってもらえれば…」
京太郎「いえ、本当に急かす訳じゃないんですよ。ただね、私としても確実に殺って貰えるかどうかだけが、心配なんですよ」
須賀は亦野に言う。
誠子「…」
亦野はそれに、ただ沈黙し続けた。
そもそも事の起こりは数カ月前に遡る。
亦野誠子が所属する白糸台麻雀部は、夏のインハイへ向けて新コーチを迎えて益々練習に精を出していた。
高校生最強と謳われる宮永照をようする麻雀部である。
その練習も自然と熱が入った。
しかし、この新コーチと云われる人がいけなかった。
コーチ「今日から私がこの白糸台麻雀部のコーチだからなァ!今までのぬるい練習とは訳が違うから覚悟しろよォ!」
一見、とても良い指導をするコーチとして部員は勿論、他の教師や保護者までとても慕われていたのだが、
コーチ「おい、渋谷。何で呼ばれたのかわかってるな?」
尭深「はい…」
コーチ「お前、インハイには出たいよな?でも、お前のチームではどうしても部内対抗戦を勝ち抜くのは無理だ」
尭深「いえ、まだ五月なのでこれから…」
コーチ「お前自身は実力もあるのに、惜しいなぁ…」
尭深「…」
コーチ「なぁ、お前を宮永のチームに加えさせてやるよ」
尭深「!?」
コーチ「ただしなぁ…」
さわさわ…
尭深「んっ…」
コーチ「私と寝ろ渋谷。そうすれば宮永と同じチームに…」
尭深「結構です!」
ばっ!
コーチ「な!?私の、このコーチの直々の申し出を断る気かァ?」
尭深「私は、そんなことをしてまでインハイに出たいとは思いません。私は、私の実力だけでインハイを目指します」
尭深「このことは、私の胸の内にだけ仕舞っておきます。ですから、コーチもこの話はなかったということで」
ばたん!
コーチ「ふ、巫山戯るなよォ…渋谷ァ…たかがアバズレの分際でお高く止りやがって…尭深だけに」
コーチ「ふふ…今に私の誘いを断ったことを後悔させてやるからなァ…覚悟しとけよォ…ククッ!」
その日から、新コーチによる渋谷尭深への執拗な嫌がらせが始まった。
尭深「♪」
誠子「渋谷おはよう」
尭深「誠子ちゃん…きゃっ!」
誠子「うわぁ!渋谷の靴箱の中に猫の死体が!?誰だ!こんな酷いことをした奴は!」
「クックック…」
そして教室でも、
尭深「わ、私の机に…」
誠子「ひ、酷い…」
渋谷尭深の机には『死ねメガネ』だとか『ネクラお茶汲み』だとか『ハーブス女タイム(大爆笑)』だのの罵り言葉がところ狭しと書かれていた。
それはとても、この机ではまともに授業を受けられない程に。
「おい!朝のホームルームを始めるぞォ!何だ、渋谷…何時まで立っているんださっさと席に着けェ!」
くすくす…ぷふふ…
尭深「ううっ…」
誠子「渋谷…大丈夫か?」
尭深「うん…平気、誠子ちゃんは気にしないで…」
誠子「でも…」
「おい!亦野!渋谷!何時までおしゃべりしてるんだァ!とっとと黙りやがれ!」
尭深「すみません…」
誠子「…」
部活中ともなると、その嫌がらせは熾烈を極めた。
コーチ「テメェなんだァ!?この萬子は?巫山戯てるのか?」
尭深「…」
コーチ「渋谷ァ!歯ア喰いしばれ!」
がしっ!
誠子「止めて下さい、コーチ」
コーチ「ナンダァ!?手を離しやがれ」
尭深「誠子ちゃん?!」
誠子「先ほどの萬子も、それほどのミスとは思えません。なのに渋谷にだけこんないくらなんでも厳しすぎじゃないですか?」
久保「ナンダトォ!?テメェ、コーチであるこの私に逆らう気か?」
誠子「ええ。だから、殴るのであれば私だけにして下さい」
久保「上等だァ!亦野ォ!歯ア喰いしばれ!」
ばちん!!
尭深「誠子ちゃん!?」
誠子「大丈夫だよ。全然痛くないから、だから、練習を続けよう?」
尭深「誠子ちゃん。私の為に…ごめんね…」
誠子「尭深が謝ることないさ。ささ、卓へ着こう」
尭深「誠子ちゃん、本当にありがとう…」
久保「チッ…」
その後も、新コーチの執拗な嫌がらせは、休憩時間にまで及んだ。
尭深「お茶にしよう。今日は私も誠子ちゃんも好きな『たけのこの智葉』を持って来たから…」
誠子「楽しみだなぁ」
尭深「ふふ…今、お茶を淹れるからね…慥か、お菓子はここに…!?」
誠子「尭深、どうしたの?」
尭深「あわわ…わ、私の持って来た『たけのこの智葉』が、『きのこの久』にすり替わってる…」
誠子「な、なんだって!?」
尭深「そんな…酷いよ…酷過ぎるよ…」
誠子「ねえ、尭深。朝から様子が変だけど、一体どうしたの?もしかしたら、この悪戯に心当たりがあるんじゃない?」
と尋くと、渋谷は潤んだ瞳をしながら、
尭深「実は…」
昨日の新コーチとのやり取りをすべて語った。
誠子「宮永先輩のチームに入れることを条件に、無理矢理関係を迫ったと…」
尭深「それを断ったらこんなことに…」
言い終えると、渋谷は頭を伏せて大粒の涙を流し出した。
それを見た亦野は、当然、
誠子「コーチ…許せない…」
と、言って渋谷の元を飛び出し、新コーチの元へと向った。
誠子「コーチ、お話があります」
コーチ「ナンダァ?急に飛び出して来て」
誠子「渋谷に聞きました。あなたは昨日、渋谷に宮永先輩のチーム入りを条件に関係を迫ったようですね?」
コーチ「チッ…あのネクラお茶汲みめ…」
誠子「すべて渋谷が話してくれました。それを断ったことも、それなのにあなたは事もあろうに渋谷に逆恨みしてあのような嫌がらせを行なったんじゃないですか?」
コーチ「…」
誠子「この事は他の教師達にも伝えておきます」
コーチ「亦野ォ…貴様ァ!」
コーチは逆上して、その辺に落ちていたバールのようなものを拾い亦野へ振りかざしてきた。
誠子「!?」
そのまま、頭上にバールを振り落とす。
バールに打たれた亦野の額からは血が流れ出た。
誠子「うぎゃあぁ!?」
コーチ「死ねェェ!!」
更に追い打ちをかけようと、再び振り上げる。
しかし、やられたままの亦野ではなかった。
重いバールを振り上げる動作で、コーチの体が僅かにぐらつき隙が出来た。
その隙を突いて、久保へと渾身の体当たりを喰らわしたのだ。
コーチ「グワァァ!!」
悲鳴を上げながら倒れる久保、そのまま手に持っていたバールを宙へ放り出してしまった。
亦野はそれを見逃さなかった。
怒りに我を忘れた亦野は、拾ったバールで久保を一心不乱に殴りつけた。
やがて、我に変えるとそこには久保の屍が血だまりの中に倒れていたのである。
誠子「や、やってしまった…」
亦野は、誤ったとは言え久保貴子を惨殺してしまったのであった。
どうする事も出来ず、ただ茫然とする亦野の元へ、心配して見に来た渋谷が現れる。
尭深「っ!?こ、これは…」
誠子「…」
渋谷は現場の在り様を見て、唖然とした。
バールを持った亦野と、血だまりの中に倒れる新コーチ。
当然、渋谷尭深は自分の為にこんな状況に陥ったと考え、大変心を痛めた。
尭深(これはきっと誠子ちゃんがやったんだ…)
尭深(私なんかの為に、誠子ちゃんがこんな…私の所為だ…)
当の亦野は、
誠子「はは…私の悪口を言われてつい、カッとなっちゃってね…殺しちゃったんだよ…」
と、あくまで渋谷を庇おうとしていた。
それを聞いた渋谷は口元を強く結び、涙を堪えて、
尭深「誠子ちゃん!死体を隠そうよ!」
と強く言放った。
誠子「隠すって言ったって…それにそんなことをしたら渋谷まで共犯に…」
尭深「本当は、私の為に口論になってこんなことになったんでしょ?」
誠子「…」
尭深「誠子ちゃんが、こんな奴の為に捕まって良い訳ないよ。誠子ちゃんの為なら私、共犯だってなんだって良い、だから…」
誠子「渋谷…」
二人は協力して新コーチの遺体を隠すことにした。
先ず、血で汚れた部屋を二人で綺麗にした。
普段から放課後二人で掃除をやっていたので誰も怪しむ者はいなかった。
そして、遺体を黒いゴミ袋にで覆い隠し、亦野が借りて来たリヤカーで運ぶことにした。
時刻はもう夜の八時のことである。
渋谷はあらかじめ、麻雀の特訓を理由に夜遅くまで校舎に残ることを他の教員から許可を得ていたのだ。
ちなみにこの白糸台では、麻雀部としての申し出であったならかなりのことが自由に許されていたのだ。
たとえ教員でも、麻雀部の生徒の申し出ならば大抵のことは禁止することは出来ないのである。
このことはコーチの死体を処理する上で大変好都合であった。
運んだ死体は、裏庭の目立たぬところに穴を掘り、そこへ埋めた。
当然死体処理なんてしたことは無かった二人は、埋めさえすれば安心だと考え込んでいた。
すべての作業が終った時には、周囲は青白くほの明るくなり始めていた。
コーチは、突然の行方不明として処理された。
ただ、まだ日にちが経っていないことから、警察などへの届け出はなされていないようであった。
しかし、周りの者は当然不審に思っているようである。
いずれ本格的に警察が捜査に乗り出せば、二人の幼稚な隠蔽工作など、すぐにバレてしまうかもしれない。
生きている心地がしない、というのは殺した亦野はもちろん、それを庇った渋谷も同じであった。
二人は、いつくるかもしれない裁きの時を思い、子鹿のように怯えて生活していたのであった。
そんな、亦野のところへあの男がやって来た。
須賀京太郎は、この日、たまたま親友の姉への使いと言った理由ではるばる来訪していた。
そしてすべてを見通していたかのように、亦野へ近づいてきたのだった。
京太郎「もし…」
と須賀京太郎は亦野誠子へ声をかけた。
亦野は少し警戒気味に答えた、
誠子「は、はぁ…なんですか?」
よりにもよって、あんなことがあった後に不審な者から声をかけられて、少し動揺していたのもあったが、それよりも一度人を殺めた亦野には、この男の血生臭さのようなものを仄かに嗅ぎとったような気がしたのだ。
そして、その予感は的中していたのである。
京太郎「あなた、人を殺しましたね…」
誠子「!?」
寒風が、肌に痛かった。
まだまだ寒い盛の時期である。
京太郎「俺にはわかるんですよ、恐らくこの間行方知れずになった新コーチじゃないですかね?」
亦野は出来るだけ気取られないように注意して周囲を見渡した。
およそ人の影は見えない。
その時の亦野の脳裏には以前には思いも拠らなかったであろう、この男を始末する、という考えが浮んで来た。
それだけ、あの日の殺人は亦野を自他の生死に大胆な生き物へと変貌せしめたのであった。
亦野には、あの日以来妙な自信がついていた。
人殺しについて、彼女はあのたった一度で馴れ切ってしまっていた、なるほど人は存外に簡単に死ぬものだと、あの日悟ったのである。
亦野にとって殺しとは、得意とする麻雀や趣味の釣りなんかよりも、よほど天性だとも考えてしまっていた。
それに、自分だけの問題ではない。
殺人の隠蔽には、渋谷まで片棒を担がせてしまったのだ。
それは明らかに自分の責任だと、亦野は考えている。
だから亦野は殺人をどんな犠牲を払っても隠し通す気でいた。
そして、巻き込んでしまった渋谷を守る為なら、どこまでも血生臭い道を駈け抜ける覚悟もあった。
だから亦野にとって、間の前の危険を排除するのは、朝起きて髪の癖を直すのと同じように、生活の延長線上にあるものとなんら変わりはなかったのだ。
誠子「どこまで、知ってるんですかね…」
亦野は、少し声色を落として聞いた。
誤摩化す気は毛頭無い。
京太郎「無駄ですよ。俺を殺したところで、どうせあんな幼稚な隠し方ならすぐ見付かります」
誠子(殆ど、見破れれているな…)
誠子「どうするんですか?私を、通報なさるんでしょうか?」
亦野はにわかに構えた。
京太郎「いえいえ、そんなことはしませんよ。俺はね、本当はあの人から見込みがある人が居ると言われて、あなたを訪ねたのですよ」
誠子「見込み?」
これは亦野にとって、予想外の返答であった。
当然、このことを種に脅すとばかり思っていたからである。
京太郎は続けてこう言った。
京太郎「ええ…俺と契約して殺し屋になってくれませんか?」
そこで、亦野は須賀から殺し屋になることを持ちかけられたのである。
根拠はないが須賀の背後には何か組織立った物が蠢動しているような気がした。
須賀一人を殺しても、言った通り無駄であろう。
身の安全を考えるなら、ここは須賀の提案を飲んだ方が良いと判断したのだった。
いや、それだけではない。
亦野は、確実にあの日の殺人の快楽に、知らずに呑まれていたのである。
心のどこかで、もはや自分は一般の人生を歩めない人間だということを、悟っていたのであった。
ならば殺し屋なんて、自分にとって天職だろうと、半ば自暴自棄になっていた亦野は、思い至ったのである。
その日から、亦野は言われるがままに殺しを行った。
二度目の殺人は、顔も知らぬ老人であったので、殺すこと自体には難儀しなかった。
ターゲットの名前と、写真のみ、あとの詳しい経歴は聞かなかった。
ただ最初の殺人と違うのは、今度からは自発的殺人だということであった。
しかし、自分でも驚く程葛藤なく殺せたことに、亦野はやはり自分は血の匂いを嗅いで生きてゆくしかない動物だとつくづく思い知らされたのだ。
その後も、次々にあらゆる人物を闇へと葬っていった。
その人が何をしているのか、善人か悪人か、何故殺されるに至ったか、それは亦野にとって、蚊ほどの興味もなかった。
それより、身を焦がすような殺人の快楽に精神の根っ子まで麻痺させていたいと言う想いが強く亦野の体を支配していたのだ。
殺しにはそれ相応の報酬が出される。
しかし、亦野はその報酬の必要最低限だけ手をつけるだけで、後は手つかずであった。
今の亦野には、金すらどうでもよいことなのだ。
渋谷には、部活の必要な時以外には、構わないようになった。
と言うより、亦野はあの日から徹底的に孤高を決め込むようになった。
所詮自分とは住む世界が違う者という思いが、人を遠ざけるに至ったこともあるが、それとは別に大切な親友の渋谷には、自分と同じ血の茨道を歩んで欲しくないという願いもあったからだ。
渋谷には、早くあの日の事を忘れて自分の人生を歩んで欲しいと、亦野は考えていた。
その為には、自分は早く渋谷の元から姿を消す必要があると考えていた。
だが、須賀からは、殺し屋として生きてゆくからには、今の生活をがらりと変える事は避けるべきだと、今の部活も、出来るだけ止めずに続けろと、この稼業は少しでも怪しまれれば命取りになると言う事をきつく戒められていたのだ。
京太郎「それにしも、先生のやり方は実に鮮やかだ」
と須賀は言った。
誠子「そうですかね」
京太郎「いや、実に見事ですよ。本当に、先生はこの道の逸材です。殺ると決めれば、すぐにでも殺ってのけるのですからね。一遍の無駄もない…」
しゅっ……
ぽしゃ……
誠子「見えるんですよ」
京太郎「見える?とは…」
誠子「ほら、麻雀で上がりまでの牌の路筋が判るだとか、カン材が見えてるだとかあるじゃないですか?」
京太郎「え、ええ…」
誠子「私にはね、殺したい相手をどうすれば一瞬で殺せるか、というのが少しの観察で見えてくるんですよ」
京太郎「はぁ…」
誠子「だからね、私はその見えたものを見えたままに行っているだけなんです。別に特別に考えたり工夫したりしてる訳じゃない、ただ、その感覚に従ってるだけです」
しゅっ…
京太郎「さいですか…」
須賀は、まさに天性の人だと思った。
亦野には、殺人という行為に於いて矜持があったのだ。
誠子「だからね、私には殺しってものが、何をするよりも簡単なことなんです」
亦野は竿を引き上げた。
糸先には、先ほどとは違って獲物が掛かっていた。
亦野はそれを丁重に、まるで宝石を一つ一つ磨いて箱の中に入れるように丁重に動作して針から外した。
誠子「明後日」
京太郎「明後日ですか?」
誠子「明後日までには殺る。それでいいね?」
京太郎「はい…先生のことですから、万が一にもしくじりはございませんと思いますが、良い結果を心待ちにしております」
と言い終えると、須賀は腰を浮かせた。
やがて、ものぐさそうに釣り具を片付けると、
京太郎「それでは、俺は部長の用事がまだなので…」
と言ってその場を後にした。
誠子「…」
亦野は、なんだかもう少し潮風に吹かれていたい気持ちでいた。
今までは一度だって、それこそ初めて人を殺した時にでさえ、沸き起こらなかった感傷めいた気持ちが、ここに来て自身の胸の穴を吹きすさぶようになったのだ。
亦野の中に、自身でも知らないうちに、宮永照を殺したくないという気持ちが萌え出ていたのである。
数週間前。
亦野と渋谷は、コーチ亡き後の代行の推薦によって、宮永照と同じチームで打つ事が決まった。
「みんな、はじめましレジェンド!今日から私がコーチ代行だ!今までのぬるい練習とは違うからな覚悟しとけよ」
「亦野と渋谷は、今日から宮永のチームで打つんだ」
亦野「はい」
渋谷「あの…宮永先輩と同じチームで打てるなんて…」
今の亦野に、どこで打とうが同じであった。
インハイに出場し、プロに選ばれるような成績を残すには、やはりインハイ二連続出場および、優勝経験者の宮永照のチームに加わるのは、必須とも言えた。
だが、亦野にはそんなことには興味はない。
己は、このようなことを続けて、どうせ卒業までは生きてはいけないと、どことなく諦めていたのだ。
だから、この学校を出てからの事なぞ、自分が考える必要はないと、仮令運良く生き残ってもこの仕事を続けるだけだと常々思っていた。
自分は碌な死に方をしないと、今日明日にも闇に散ってしまうような身であると、そう日々考え詰めて自身の生活と、麻雀に付き合っているのだ。
「それじゃあ、各自練習開始だ!一ヵ月後には対抗試合をやるから、みんな気を抜くなよ!」
「まあ、この阿知賀のレジェンドと呼ばれたあたしがコーチ代行してやってるんだ、みんな大船に乗った気でいてくれてかまわないぞ!」
誠子「…」
(亦野誠子…ただ者じゃなさそうだね…)
このコーチ代行、亦野の牌の変化を見抜いていた。
牌符を見比べても、前コーチの頃とそれ以降では、成績の違いは明らかであった。
亦野の打筋には、以前のものとも比べても、およそ大胆であり、それでいて正確でミスなどが一切ない、それは獣が牙を剥くような凶暴性が、端正な感覚として卓に出てきているようである。
これは、恐らく前コーチの指導の賜物、というよりかは、何か己の人生に前後を不覚にするほどの揺さぶりがあったのではないかと、この現コーチは考え至った。
現にコーチが失踪した日以来、亦野は他の部員とは、宮永照とは違った意味で一線を画していた。
その一挙一動に、刹那に生きる者の孤独を纏っているような、そんな錯覚に陥る。
それはやはり孤高と言われた宮永照とは、また違った感覚なのだ。
(彼女は確実に、失踪した前コーチとの間で何かあった…その何かが、亦野の麻雀を、いや人生さえも変えてしまった、ということだろうか?)
誠子「ロン…8000」
菫「あの、亦野誠子という奴、なかなか見所がある奴だ。以前はパッとしない打筋だったのに、行方不明になった前コーチのご指導の賜物だな」
照「多分、違うと思う…」
誠子「一局終りました」
照「うん、他の子とやらせてみてもまずまずの成績だね」
菫「よし、亦野それと渋谷、二人は実力を見る為に今日は終日私と照と相手してもらうぞ」
尭深「は、はい!」
誠子「わかりました」
こうして部活の時間は過ぎた。
渋谷は先輩二人の打筋に、終始感動に打ち拉がれていた。
尭深「すごいよ!流石高校一万人の頂点!」
と、一局を終えるごとに感嘆を洩らしていたのであった。
一方、亦野の方は至っていつも通りであった。
元々、そんなに喋る方ではなかったが、あの日以来、ますます寡黙になっていった。
そんな様子を見て、先輩である宮永照はつかつかと亦野の方へ躙り寄って来た。
菫「お、おい?照?」
と同級生でもあり麻雀部の部長を務めている弘世菫が、その様を心配そうに覗き込んだ。
照「亦野さん…」
誠子「…」
先輩の呼びかけに対して、無言を貫く亦野の態度は、ただの不敬や下らない反抗心とは違った、一種のアイロニーめいたものをその閉じた口に感じさせる。
ただ渋谷は、先輩は亦野のこの無口を生意気な反抗ではないかと疑っているんだと思い込んでいた。
尭深「ち、違うんです。誠子ちゃんは、ただ…ちょっと緊張しているだけで…」
と、誰の目にも明らかな程下手な弁解をして必死で亦野を庇おうとしてた。
照「…」
誠子「…」
その時、無造作に宮永照は傍に持っていた、ナッツの袋の口を自身の口へと押し流す。
袋の中のナッツはたちまちにすべて宮永照の口の中へと移った。
照「栗鼠の真似…」
と、ナッツで膨らんだ頬袋を見せた。
それには、不思議と亦野も思わず、
誠子「ぷっ…」
と吹き出した。
緊張が融けた所為でもあろうか。
その意外性が、行為の剽軽さを際立たせたのかもしれない。
いや、宮永照の人柄が、その誰もを和ませ融和する笑顔が、亦野の氷塊のような心を、ほんの一瞬だけ溶かしたのかもしれない。
それは宮永照が麻雀と共に持って産まれた、もう一つの天性でもあった。
照「やっと笑ってくれた…」にこっ…
誠子「はぁ…」
照「まだ馴れなくて緊張しているせいだとも思うけど、亦野さんの打筋には何か思い詰めたような物があるような気がするの」
照「それはきっと亦野さんにとって、とても重大なことかもしれない。私なんかには話せないようなことだと思う」
照「でも、私は出来るなら亦野さんの力になりたいと考えている。だから一人で抱え込まないで欲しいとも思っている」
照「私は、今の亦野さんの打ち方も素敵だけど、前の亦野さんのひたむきな麻雀も好きだから」
誠子「ありがとうございます…」
尭深「誠子ちゃん…」ぱぁ!
照「それじゃあ、今日はここまでにしてスイーツバイキングにでも行こうか」
菫「お、おい!?照ぅ!?」
亦野は、宮永照という人物は、渋谷と同じく殺しを性とする自分とは真反対の人間だと、自嘲気味に考えた。
渋谷尭深の、自分を汚してまで通そうとするその犠牲精神も、宮永照の居るだけで人を和ませる温かさも、自分の人を殺める才能とは反対も反対だと思ったのだ。
そう思うと、
誠子(宮永照は、いい人だ…)
と言う本来なら喜ぶべき事実が、今の亦野にとっては鋼鉄のように重い枷のようにのしかかって来るのだ。
亦野は、もうこの時から、須賀京太郎より宮永照を殺すように言われていたのだった。
前述した通り、亦野は殺す相手が善人だろうが関係ない。
相手が如何なる経歴を持とうとも、ただ己の能力と感覚にパブロフの犬の如く従って、殺すのみである。
いい人、というのは今までの亦野にとっても、何ら殺人をためらう動機にはなり得ない。
ためらう時とは、時間的または物理的な要因のみの筈だった。
なのに亦野は、この温和な先輩達と語り合ううちに、捨てた筈だった他人に対して愛おしいと思う心が、ここに来て何もかもが焼き払われた野山に芽が息吹くように、徐徐に心の片隅を占領するようになったのだ。
誠子(ここに来て、迷いが産まれたか…)
いや、自分はそんな青臭い感情など、とうの昔に捨てた筈だ。
迷いが出来たのなら、やることはただ一つ、いつだってその答えは明瞭に照らす太陽のように頭上に降り注いでいる筈だ。
迷いは断たなければならない。
亦野は、須賀京太郎に言った期限の日通り、宮永照を殺ることにした。
それ以外は、考えないように努めた。
損な役回り同士のカプスレかと思いきや
池波京太郎シリーズとは…
途中からコーチが久保になってるので和露多
コーチレズレイプかよ……
マジかよ久保コーチ最低だな、池田のファンやめます
咲からみで何かあったんだろうか…
どこまで行っても冷酷な殺し屋だということを、体中に染み込ませるためにも。
その小さく暖かい穴の空いた心を、足で踏み埋めるようにして、殺人を決行することにしたのだ。
誠子(宮永照は、たしか毎日ここを通る筈だ…)
この道は、宮永照が家に帰る際、必ず通る道で、さらに人の往来が極端に少ない場所でもあった。
つまり、殺しにはもってこいの場所である。
そして宮永照が、ここを通る際どのようにして歩くか、何に注意をするか、すべて頭に叩き込んであった。
照「♪」
誠子(来た…)
亦野は電柱の蔭に身を潜ませている。
この辺は、明かりも乏しいので気づく筈はない。
亦野は、この時の為のシュミレーションは、何度も済ませてきた。
だから、
誠子(殺れる…)
と確信していたのだ。
だが、亦野はその機会を一度だけ逃してしまった。
照「ドロップうまうま…」
誠子(今だ…)
と思っても、体が強張ってしまった。
歩調が少しでもずれれば、殺しは無理だ。
それは亦野自身が骨身に沁みてわかっていることだ。
だが、不測の事態ならまだしも、心理的な要因で歩調がくずれることは、今の一度だって無かった筈だ。
それこそ、初めての殺人の時だって同じである。
気を取り直し、もう一度相手の動きを伺う。
誠子(…)
がさごそ…
誠子(な、人が来たのか?)
照「♫」
がさごそがさごそ…
誠子(それにして様子が変だ…それに宮永照は気づいてないようだ)
ばっ!
菫「や、や、やあ照!ぐ、偶然だなぁ!」
照「菫?」
誠子(弘世菫か…今日はもう無理だな…)
照「どうしたの、こんなところまで?」
菫「いやぁ…スーパーに買い物に行こうと思ったら偶然に、偶然に照と行き逢ってしまったよ…ははは!」
ちなみに、弘世菫の住む白糸台の寮から、スーパーまでの道程は、こことは真反対である。
照「菫の寮からは逆じゃ…」
菫「た、たまには違うスーパーも試したいじゃないか!」
照(たしかこっちにスーパーは無かったんじゃ…)
菫「そ、そ、そうだ照!今週の…じゅ…十四日の放課後は暇か!?」
照「怖っ…意図が読めな…」
菫「バレンタインは空いてるかと聞いてるんだよ!この白糸台麻雀部部長の私が!」
照「え?ま、まぁ空いてるけど…菫、いつもバレンタインは忙しそうだし」
弘世菫は、毎年この時期になると大変に難儀していた。
彼女を慕って遣って来る、ファンのような者達が、大量に押し寄せて来ては、やれ、チョコを受け取れだとか、やれ、私は貴方を好いておるのだ、等、弘世菫の意中などお構いなしに、バレンタインチョコの攻勢を仕掛けて来るのであった。
弘世菫の、そのモデルのようなすらりとした長身と、その人形のように整った端正な顔立ちは、年頃の娘達には大層、眩しく光り眼を眩ませた。
だから弘世菫は、常に下級生からは想い慕われ、上級生からは怪しげな視線を一身に受けていたのである。
人から好かれるのは勿論嫌いではないが、過ぎたれば少々厄介である。
何か季節のイベントなどがあれば必ず追い回される、バレンタインなど特にである。
そんな忙しい弘世様が、バレンタインにわざわざ時間を作る。
恐らく、弘世菫は宮永照に特別な想いを抱いているんだと、弘世菫のそのぎこちない言動から僅かに察した。
だからどうと言う話ではないが、それならば只の立ち話に終止するだけに留まらないやもしれぬ。
このまま待った処で、面倒が増える可能性の方が高い。
誠子(今日は、引揚げるか……)
と誠子は得物である釣り糸を仕舞い、二人に気付かれぬ様、闇に解けていった。
今日は、と言ったがその時、亦野は腹を決めていた。
やはり、自分に宮永は殺せない。
今更、散々非道を重ねて来て虫の良い話ではあるが、もう、殺しにも疲れて来ていたのは事実だ。
明日、自分はこの仕事を下りる事を須賀に告げようと決めた。
自分は、須賀よりどんな制裁でも受ける覚悟でいるつもりであった。
誠子(こんな坊主っ首一つで、宮永のような人の生命が助かるのなら安いものだ……)
そう決めれば、不思議と今までに無いほど晴れ晴れとした心持ちになった。
翌日、珍しく渋谷尭深の姿が見えなかった。
しかも何の連絡も無し、である。
甚く真面目で、学校をさぼるような真似は、絶対にしない筈であった為、そのことがクラスで話の種になった。
だが、皆渋谷だってそのような事があるだろうと、余り心配する様子でもなかった。
ただ一人、厭な予感を覚えた亦野を除いて。
京太郎「先生、約束が違うじゃありませんか……」
と努めて穏やかに言い放ったが、その形相から怒りが猛り狂っているのが在り在りと感じられた。
誠子「それで、渋谷を……」
亦野の声色にも、また殺気が籠められていた。
京太郎「先生が、悪いのですよ」
誠子「無事、なんですか。渋谷は…渋谷だけはッ…」
京太郎「それは、先生次第で御座居ましょう…」
とだけ言って、京太郎は懐から何やらリボンで綺麗に包装した箱を持ち出した。
京太郎「チョコブラウニーです。なかなかの自信作ですよ」
箱は、ずしりと重かった。
誠子(これで殺れと言う事か…)
やはり、何処までも逃げられるものでは無かったと言うのか。
坊主っ首わろた
京太郎「十四日には……ふふ、ホワイトデーは期待していますよ」
誠子「……」
最早引く事など出来ない。
亦野を呑み込んだ地獄の釜の蓋は、灼熱の炎天を仰ぎ、ぽかりとその釜口を開けている。
この身を骨まで煮尽くしてしまうまで、この業からは逃れる事は出来ないのだ。
それはもう、亦野一人の範疇に終えない深い深い業であった。
翌々日のバレンタインデー。
部活も終わり、一人じっと宮永照は部室で弘世菫を待ち続けた。
約束では、放課後部室で落ち合うつもりであった。
勿論、亦野はその事をこの間の会話より盗み聞いていたので、あえて弘世の所在を弘世のファンクラブにリークして、足を塞いでおいたのである。
夕暮れの射す部室に、影がもう一つ遣って来た。
亦野である。
誠子「宮永先輩、お疲れ様々です」
傍には例のチョコブラウニーの箱を携えている。
照「誠子か…菫知らない?」
誠子「さあ…それよりも、先輩には受け取って貰いたい物があるんです」
亦野は至って平静を装い、包みを開けチョコブラウニーを見せる。
自分が切り分けると言って、亦野はフルーツナイフを使い、ブラウニーを切り分けそのひとかけらを宮永照に渡した。
照「ありがとう…もぐもぐ…」
後輩より差し出された物を、何の疑いも無く食べる宮永照。
その様子をじっと見た亦野は、機を見て無防備になった宮永照の口へ、チョコブラウニーの残りを凡て詰め込んだ。
当然、驚いて叫ぼうとするが、ブラウニーが口一杯に塞いで声を出す事も出来ない。
こうなればもう、手慣れた物であった、亦野は強くブラウニーを喉奥へ突っ込んだ。
息も出来ず、もがく力も薄れ、やがて宮永は青白くなって倒れた。
誠子「宮永先輩…ごめんなさい…」
落ちたフルーツナイフは、夕陽の光を反射して、ギラリと煌めいた。
翌日、宮永照の屍体が部室より発見される。
当の死因は、チョコブラウニーを咽喉に詰まらせたことによる窒息死だと判断された。
宮永照を殺したことにより、渋谷尭深は無事、開放されることとなった。
戻って来た渋谷に、亦野は、
誠子「大丈夫だよ、何も心配しなくて良いよ…」
と、一言だけ優しい言葉をかけるとまたいつもの思い詰めた表情へ戻った。
そのまた次の日、亦野誠子は部室で首を吊って亡くなっていた。
発見したのは、皮肉にもお茶の準備や掃除などで朝早くに部室へ来ていた渋谷尭深であった。
亦野の死体は、朝日に照らされその影をゆるりと何度も伸ばしては揺れていた。
その光景を目の当たりにして、渋谷は昨日の亦野の言葉の意味を悟った。
尭深「誠子ちゃん…すべて、私のために…私がいけないんだ…」
渋谷は、足下に落ちていたフルーツナイフで、喉仏を切って後を追ったのである。
他の部員が二人の寄り添うような死体を発見した時には、外は部室の床を流れる渋谷の血のように、赤く夕陽に染まっていた。
ちゃんちゃん♪
文章うまいけど最後のやっつけ感が……
まあ、乙
コーチが久保になってるとこはワロタ
最後はもうちょいなんとかならなかったんか
弘世様の心中察するに余りある
乙
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