神谷奈緒「シンデレラ前夜」 (38)
「悪い加蓮、遅れた」
「遅いよー。ポテト冷えちゃったよ」
「いやー、話しに花が咲いちゃってさー」
「私を待たせるほど大切な話だったのー?」
悪戯に笑う顔が憎たらしいほど可愛いから性質が悪い。
「悪い悪い、コーヒーでも奢るよ」
「オレンジジュースがいいなー」
「はいはい」
「やったね♪」
これぐらいの出費と時間で済んだのだから良しとしよう。
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「どう、新しい学校は慣れたか?」
「うーん、まあぼちぼちかなぁ」
「新学期始まって早々に体調崩してびっくりしたよ。ってか加蓮薄着じゃん!セーター貸そうか?」
「ありがと。今日暖かいから大丈夫だよ」
「ならいいんだけど。で、わざわざ呼び出してどうしたんだよ。学校辛いか?なんか手伝って欲しいことでもあるのか?」
「奈緒、心配しすぎ。大丈夫、学校も手伝いごとも何にもないよ。ただ話したいなーって思ったからさ」
「そか。っていうか…」
「まあ、そうだよ」
そういって外の景色を加蓮は眺める。
私も視線を外にやる。
半袖の人が多くなり、夏の到来はもうすぐそこまで迫っているようだ。
視線を加蓮に戻すと、つまらなそうにストローをかじりながら、まだ外を眺めていた。
加蓮が何を言いたいのかは見当がつく。もう一人の親友の話だろう。
見た事のあるタイトル。期待
「前にさあ」
「うん」
「凛からメールがきたんだよ」
「あたしもきたよ。忙しいみたいだな」
「うん」
もう一人の親友。
渋谷凛。
高校に入って、入ったと思ったらいつの間にかアイドルになっていて、
かと思ったらCDデビューしていた。
何を言ってるのかポルナレフ状態とはこのことかと、身を持って感じる。
「毎日忙しいけどすごく充実してるって、メールの文面は素っ気ないのに伝わってきてさ」
「うん」
「それで、ライブの写真とかネットで見てるとさ」
「うん」
「なんかすっごく遠くに行っちゃったんだなって思って寂しくなっちゃった」
つい数ヶ月前は隣にいた女の子が、いつの間にかステージに立って、
歌って踊るアイドルになってるなんて、想像もしなかった。
だから、加蓮が寂しいというのも良くわかる。
「それでさ…」
「ああ」
「あんなぶっきらぼうだった凛が、私たちだけに見せてた笑顔をふりまいててさ、
なんかほんとに遠くに行って、新しい心許せる場を作っちゃったんだなって思ったらなんか…悲しくなってきちゃってさ」
「…」
「もっと私たちに話してくれてもいいんじゃないって、わがままなのはわかってるけど、そんなこと思っちゃってさ」
ふふっと笑う顔は力なく、馬鹿なことを言ってる、わがままだけど、
やっぱり一番側にいる親友でいたい気持ちがあるのだろう。あたしもそういう思いはある。
「なんだろ…あたしは凛が羨ましいかな」
「羨ましい?」
「あんなぶっきらぼうな凛が変わっちゃうような、
そんな夢みたいなものに出会えたんだぞ?それってすごく羨ましくないか?」
「…そうだね」
「それに、本当に忙しいみたいだしな。いつか色々話してくれるよ。
もしかしたら恥ずかしいから言えないだけかもしれないしさ」
そう言って、にっ!と笑う。加蓮もわかってくれると思う。親友だから。
「はぁ…奈緒みたいにわかりやすかったらいいんだけどねー」
「わかりやすいって、どういう意味だよ?!」
「べっつにー♪」
嬉しそうに笑ってくれた。加蓮も凛も笑顔でいてくれるのが一番だ。
誰の側であれ、何のためであれ、親友が笑顔でいてくれるなら、いくらでも。
「ずばずば言うときもあるけど、どう言えばいいのか悩むことも多いしな」
「あー、確かにそうかも」
「凛はどこに行っても凛だし、あたしたちの親友に変わりはないよ。
それに、あたしたちがそう思ってるってことは、凛もきっとそう思ってるって」
「…そうかな」
~♪~♪~♪
「私の?」
「あたしのもだ」
From 渋谷凛
Title 久しぶり
久しぶり。今度三人で話せないかな。来週の日曜日とか。
レッスンで夕方ちょっとだけしか時間ないんだけど。
「な?」
「うん!」
次の日曜日
「久しぶり」
「りーん!!」ダキッ!!
「よっ!元気してた?」
「うん、おかげさまで。なかなかメールも返せなくてごめんね」
「いいって、忙しいんだろ?」
「うんうん、無理しないでいいからね!」
「加蓮に無理しないでって言われる日が来るなんてびっくりだよ」
「だなー」
「ぶーぶー。でもいいの!凛が元気ならそれだけで十分だから!」
「ありがとう」
随分会ってなかったような気もするし、
でも毎日見ようと思えば見られる存在だし、不思議な距離感。
少しやせた気がするけど、雰囲気は今までの渋谷凛ではない。
これがアイドルとしての渋谷凛なのだろう。
服もジャージ姿だし、レッスンの合間だったのだろう。
「それで、今日はどうしたんだよ?忙しいんじゃないのか?」
「うん、これからまたレッスン。あんまり時間ないんだ」
「残念だけど仕方ないね。それで、何か用があったんじゃないの?それとも私と奈緒に会いたかっただけ?」
「ごめん。わざわざ会いに来てもらったのに、全然時間も取れなくて」
「気にしない気にしない♪」
「そうそう、ただの高校生は暇だからな」
「奈緒と違って私は忙しいけどね~」
「そこは暇だって言っとけよ…」
「ふふっ。いつも通りな感じで嬉しいよ…それでね」
凛は言葉を探してる。加蓮もあたしもそれに気づく。だからそんな時はじっと待つ。
「それで…今度ライブがあるんだ。凄く大きいステージで、沢山の人が入って」
「うん」
「今、私が向き合ってるもの、夢中になってるものがそこにある」
「…」
「二人に、その世界を見てほしいって思ってる」
頬が赤く染まっているのは夕日のせいか、それとも。
どちらだったとしても、そうして伝えてくれる言葉が嬉しい。
「これ、そのライブチケット。私が見ている世界を近くで見てほしい。
アイドルなんて、昔の私からは全然想像できないかもしれないけど、でも…凄く、楽しいんだ」
恥ずかしがりながら、でも嬉しそうな笑顔の凛に、あたしも加蓮も見惚れていた。
「昔の私を知ってる二人に見てほしい。恥ずかしいけど、でも、二人には今の私を見てもらいたい…」
凛は何を思っているんだろう。断られると思っているのだろうか。
「行く…ぜーったい行くから!ね、奈緒!?」
「あ、ああ!断る理由が無いしな!」
「うん…来てね、絶対」
「凛ちゃんは親友を疑うのかなー?」
「加蓮が言える立場じゃないけどなー」
「ちょ、ちょっと!」
「?」
「この前凛からメールが来なくてさびしーよー、お話したいよーって愚痴ってたからさあ」
「うぅ…奈緒のくせに私をいじるなんて…」
「いつもいじられてるお返しだ」
「ふふっ、こういうやり取りも随分懐かしい気がするよ」
「じゃあ今はライブに向けてのレッスンで大忙しって感じか」
「うん、もうそろそろ戻らなきゃ…」
少し名残惜しそうにしてくれるその顔だけで十分に私たちは嬉しい。
渋谷凛にとって私たちとの時間は、大切にしたいと思える瞬間なんだなと感じられるから。
「ほらほら、レッスン始まっちゃうんでしょ?」
「そうそう。それと、メールは出来る時でいいし、ライブが終わってゆっくりする時間が出来たらその時沢山話そうな!」
「…うん」
「ライブ、楽しみにしてるからな」
「どんな凛が見れるか楽しみだなー♪」
「もう…」
「さ、あたしたちを満足させるライブをするために、沢山レッスンしてくるんだー」
「そうだー♪」
「…ありがと。元気出たよ。いってきます」
「おー」
「怪我すんなよー」
力強い足取りで走り去っていく。
夕暮れに消えていく姿を見て、本当に遠くに行ってしまったんだなと感じてしまう。
「何か、凛、綺麗になった?」
「だなー。流石アイドルってとこなのかな。元から綺麗ではあったけど」
「元々綺麗だったけど、何か磨きがかかったというか…」
「やっぱり夢中になれる何かが見つかったって言うのが一番の原因か」
「女が変わるのは恋をした時と相場は決まってるんだけどねー」
「こ、恋っ!?」
「もしかしたら素敵な魔法使いに出会って変わっちゃったのかもねー。シンデレラプロジェクトだし」
「こ、恋で変わるのか…」
「奈緒にもいつか素敵な魔法使いが現れるかもねー」
「素敵な魔法使いってなんだよ…」
「さあ?奈緒好みの素敵な殿方が奈緒をあんな風やこんな風に…」
「や、やめろー!!」
「奈緒ちゃんはどんな想像をしたんですかー?いやらしー♪」
「あ、いや…ちょ!」
「さっきいじったお返しー!」
「も、もう!」
「…ライブ、楽しみだね」
「…だな」
変わっていく様を見せるのは、凄く勇気のいることだと思う。
前のその人の事を知っているから余計に、
今まではそんなんじゃなかったじゃんとか、
変わってから関わりにくくなったとか、
周囲のスピードと自分のスピードが違いすぎると浮いてしまう。
親友と言えども、いや、親友だからこそ伝え辛かったのかもしれない。
今までの関係を壊したくないとか、
離れて行ってしまうのではないかとか、
そんなことを考えていたのかもしれない。
一般人とアイドル。それだけでも相当の距離があるのに、
忙しくて連絡も取れない、新しい環境に身を置き、
新しいコミュニティも出来、更に距離が開いていく。
そこに今後の運命を左右するであろう大きなライブ。
物理的にも、心理的にも三人の距離は開いて行ってしまうだろう。
加蓮もあたしも、そして凛も、今までのようにいられなくなってしまうことが怖いんだ。
変わらないでいられる訳がないから。
でも凛は見てほしいと願っている。
だからあたしたちは見届けなければいけない。
親友の大切なステージを。
~~~~~~~~~~~~~~~
「渋谷さんにはもう一つユニットを組んでもらおうと考えています」
「…新しいユニット?」
「はい。ニュージェネレーションズの快活なイメージとは別に、
落ち着いていてクールなイメージをコンセプトに作っていきたいと考えています」
「シンデレラプロジェクトの中から選ぶの?」
「いえ、新たに渋谷さんと新しいユニットのイメージに似合う人を見つけようと思います」
「そうなんだ。ニュージェネレーションズと掛け持ちだと忙しくなりそうだね」
「よろしくお願いします。それで、こういった人がいいと言うような、
希望などがあれば参考までに聞いておきたいのですが」
「…希望」
「はい」
「ちなみに何人予定なの?」
「渋谷さんを含め三人ほどを予定しています」
「三人…」
「…渋谷さん?」
「プロデューサー、運命って信じる人?」
「運命ですか?…信じています」
「そっか。じゃあプロデューサーの運命の人を連れてきてほしい。
プロデューサーの運命を信じる私の運命を信じるから」
「?」
「任せるってこと」
「分かりました」
~~~~~~~~~~~~~~~
ライブ当日
「…なあ加蓮、ここって関係者席ってやつだよな、きっと」
「…うん、そうだと思うよ。うわー、ステージ超近い」
「何かあたし緊張してきた…」
「何で奈緒が緊張するのよ」
「そういう加蓮も顔色悪いぞ」
「…だってさあ」
「まあそうだよな…」
自分たちが緊張してもしょうがないのに、胸の鼓動は早くなる。
色々な思いを胸に、あたしはそのステージに目を向ける。幕はまだ閉じたまま。
ざわつく会場、独特の熱気、少しの緊張感、そして抑えきれない高揚感。
これが、凛が向き合っている世界の一つ。
キュッと手を握られる。
加蓮はじっとステージを眺めている。
あたしも加蓮の手を握り返す。色々な思いが駆け巡る。
これまでのあたしたちと、これからのあたしたち。それを大きく左右するその幕が…
ウオォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!
そのステージに最初に現れたのは他の誰でもない、あたしたちの親友、渋谷凛だった。
湧き上がる歓声、
眩しく輝くサイリウム、
歌に合わせて発せられるコール、
その全ては消え、あたしと加蓮はステージ上のただ一人だけを見つめていた。
夜空の星みたいに輝いて、それがもうどうしようもなく眩しくて、そして凄く羨ましくて。
あっという間に夢のような時間は過ぎ、
騒がしかった会場もゆっくりと呼吸を落ち着け、
そして熱を失っていった。
「何か、凄かったな」
「うん…」
「あれが凛の向き合ってる世界なんだな…」
「凄いよね、一人でもあんなに観客を沸かせられるなんて」
「やっぱり、あたしは凛が羨ましい。あんなに夢中になってる凛、初めて見たよ」
「私も初めて見た。凄く、楽しそうだったね」
「…あたしも、あんな風に夢中になれる何かに出会えるのかな」
「…出会えるよ、きっと」
加蓮は遠くの星を眺めている。ステージ上の凛を見るようなそんな目で。
「きっと出会えるよ。親友の凛が出会えたんだもん、私たちも出会えなきゃ、親友じゃないよ!」
「何だよその理由」フフッ
「いいの!…きっといつか胸を張って凛と向かい合えるように、今から頑張らなきゃ!」
「よ、ポジティブ加蓮!」
「奈緒も頑張るのー」
「はーい」
「いつか凛を変えてくれた夢に私たちも出会えるかもしれない。
その時の為に、自分は必死に生きていかなきゃって、そう思う」
「魔法使いも現れるといいな」
「そうだね」
近い未来
きっとあのライブで受けた衝撃はずっとあたしたちの心に残り続ける。
一人の少女が生き方を変えてしまう出来事に巡り合い、
その思いを肌で感じるステージを、
あたしたちは彼女の側で目の当たりにした。
彼女の熱があたしや加蓮の胸に火を灯してしまった。
そしてあたしたち以外の人にもきっと火を着けたのだろう。
この胸の鼓動をあたしはどう向き合っていけばいいのだろう。
初めて感じる熱さを、あたしはまだ処理しきれない。
あたしはそんな夢中になれるものに出会えるのだろうか。
答えはきっと、これから進んで行く未知の先にあるはず。
ならばこの胸の熱さをあたしは抱えながら進もう。
もしかしたらいつの日か魔法使いが現れて、
あたしを違う世界に連れて行ってくれるかもしれない。
その時まで、この胸の炎を灯し続けて行こう。
でも、あたしを違う世界に連れて行ってくれる魔法使いは、
こんな三白眼でがたいのいい大男ではないと、そう願いたい。
「あの…」ヌッ
「へっ、ひぃぃぃ!!」
おわりん
誕生日以来の奈緒SS!
アニメでの登場は次クールになるんでしょうね。
クール属性だけにね!!
いじられる奈緒もいいけど、お姉さんな奈緒もいいよね。
いいよね。
おやすみなさい。
乙です。
2人もアニメ出るといいなー
乙
6弾までの中で残るは奈緒と加蓮だけだからな
絶対ユニット組むさ
乙です。
このシリーズ好きです。
前夜ってわくわくする
武内Pと通じ合う凛チャンマジ正妻
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