モバP「偶像の」 (16)
世界の真ん中に立つ塔の頂上は何処に続いているのだろうか
新しい景色を求めて多くの人達がこの塔の秘密に挑んでいった
だが、彼らの運命を知る者はない
そして、いま、またひとり
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一階。ここは憧憬の国。
誰もが上を見上げる、私が生まれ、住んでいる世界。
人々が持つのは色んな願いと希望と諦め。それでも共通する想いは一つ。『あの塔の上には何があるのか』
子供の頃からいつも考えていた。上を見上げるだけで登ろうとしないこの国の人達を見ながら思っていた。
私はきっと彼らとは違う。夢を馳せ、ただ憧れるだけの人にはなりたくはない。私はそこへ自分の足で進みたいんだ。
どこまでも続いている果てしない塔。
見上げると眩くて見えなくなってしまう、そんな輝きの向こう側へ私は一歩を踏み出す。
二階。ここは猫の国。
三匹の猫が統括する、三匹の猫のためだけの世界。
三匹の猫は皆仲良し。一匹はこの国の王女様で皆のムードメーカー。残りの二匹はそんな彼女が大好きだった。
けれど王女様は大の魚嫌い。この国では魚以外の食べ物は無いのに、彼女は魚を絶対に食べようとはしない。
魚しかないこの世界だと彼女は飢えてしまう、だから二人は魚を魚には見えないように潰して、調理して、彼女を騙す。
いつも仲良しな三人の猫。優しい嘘が繋いでいる関係。
もしかして王女様は、嘘に気がついているかもしれない。
三階。ここは睡眠の国。
仕事も食べ物も娯楽もない、ただベッドがたくさんあるだけの小さな国。
ベッドの上では妖精達がただただ寝続けている。
安らかな寝息が充満するこの世界で、彼女達は夢の中でも眠るのだろう。
暖かい部屋で永遠の夢と暮らしていく。
きっとここは、どこよりも幸せで、どこよりも不幸なんだ。
だけど私はこの世界のドアを開けてしまった、外の寒い空気が部屋に流れ込む。急な寒さが彼女達を起こしてしまう。
ウサギの人形を抱えた小さな少女が呟いた。
「もう朝……? めんどくさいなー……」
起きてしまった彼女達は、もう眠ることを許されない。
四階。ここは暗闇の国。
誰も光の中にいない、暗く深い闇の世界。
読めない少女漫画を必死に読もうとする者や、自分を囲む茸を大切に育てている者。
彼女達はただ、自分の世界だけで生きている。
彼女達に話しかけても誰も何も答えようとはしてくれない。
諦めて次の階に登ろうとした時、空から何かが降ってきた。
暗闇の中を眩く照らすその何かはこの世界の姿を浮かび上がらせる。
彼女達は初めて自分以外のものを認識する。
今はその景色に怯え戸惑っていても、少女漫画の面白さも、茸の本当の美しさにもやっと気付けるのだろう。
いつか、この世界にいる自分以外の存在にも。
五階。ここは光の国。
星の海や星の空、星の城や星の絨毯、沢山の星が散りばめられた世界。
ここに生きる人達は私を手厚く歓迎してくれた。振舞ってくれた食べ物は美味しくて、希望に溢れている。
ふと、小さな箱が目に入った。幾重にも鍵のかかった頑丈そうな箱。
「うぇへへ☆ 何が入ってるか気になるぅーっ? いいよっ、見せたげゆ!」
「おーけーっ! ろっくをおーぷんっ☆ ……あれっ?」
鍵を開けたが、そこには何も入ってない。
彼女達は戸惑い、疑問符を沢山浮かべている。
「あっれー☆ おかしいなー、ここには空から降ってきた大きなお星様が…………穴空いてんじゃん☆ おい☆」
「下に落ちちゃたのかな……でも、しょうがないですよねっ、下の人達が喜んでくれてるといいなっ☆」
六階。ここは愛情の国。
たった一人の少女の創った世界。
沢山の泥人形でここは埋まっている。まるで本物の人間のような精巧さで、色んな服を着ていて……だけど皆同じ顔。
少女はこちらを見た。まるで壊れたガラスのような笑顔をしながら。
「お客様ですか……ようこそ、私達の国へ」
表情と言葉は歓迎していても、その眼は私を鋭く射抜く。異物を排除しようとしている。
少女はゆっくりとこちらに歩いてきた。堪らず私は次の階段へと走り出す。
最後に見えたこの世界の景色は、鋏を持った少女が振りかざした左手。
赤いリボンが巻かれていたその左手の後ろ側に無数の傷が見えた。
こういうの好き
七階。ここは戦いの国。
ヒーローと悪者が争いを続けている世界。
いつだって悪者は世界にイタズラをする。
皆の飲み物に細工をしたりお手製のバズーカを鳴らしたりやりたい放題。
だからヒーローは彼女を捕まえようとする。けれど、いつだって悪者は捕まる前に逃げてしまう。
終わらない追いかけっこ。二人はそれをいつまでも繰り返す。
私はそんな二人から遠く離れたところで小さな機械を操作している少女に気が付いた。
……貴女は何をしているの?
「ヒーローと悪者が追いかけっこするゲーム! 面白いよ!」
どっちを操作しているのかを聞いたけれど、彼女は照れるように舌を出すだけで教えてくれなかった。
八階。堕天使の国。
難解な言葉や見慣れない文字に囲まれた世界。
歪で禍々しい絵が地面に大きく書いてある。その中心でドレスにも似た派手な衣装を着ている少女が夢中になって何かを書いていた。
近づこうとすると彼女も私の存在に気づく、酷く怯えたような、恥ずかしそうなそんな表情。
「我が聖域に侵入するとは……! 貴様、何者だ……?」
私は自分の名を名乗ろうとする、しかしその前に後ろから声が聞こえてきた。
「名前にあるのはアイデンティティではなく、ただの虚構に過ぎない……もっとも、その虚構という飾りに意味がないとは言えないのだけどね」
いつの間にか背後にいた少女。完全にタイミングを挫かれた。私は何も話せない。
代わりにかけられた言葉も私には難解で、何を言えばいいか分からない。
数秒の沈黙の後、彼女達が唐突に笑い出す。一人は荘厳に、一人は皮肉っぽく。
この国で私はずっと置いてけぼりだった。
九階、ここは鏡の国。
全て鏡で出来ている一本の道。
道はまっすぐなのに、周りに散りばめられた鏡が私の頭を揺さぶってくる。酔ってしまいそうだ。
だからただ前だけを見て歩いていく。周りの景色に呑まれないように。
すると、誰かが向かい合った方向から近づいてきた。
長い黒髪、無愛想な顔をしていてちょっと生意気そうな印象を受ける。
手には小さな犬、どこか懐かしい花の香りが鼻腔をくすぐる。
彼女は、私だった。
『ここまで、よく来たね』
そうだね、帰ることなんて考えてなかったから
『何か大切なものは見つかった?』
色んな人に出会って、色んな世界を見てきたよ
でも、私はきっと何も見つけてなんかいない
『ふーん……そうなんだ』
――――まぁ、悪くないかな
そう呟いた彼女はもう何も喋らなくなってしまった。
私はそんな彼女に声をかけようとして気付く。
これは、鏡。
もうただの鏡になってしまっていた。
ここは何もない国。
一面真っ白で何もない空虚な世界。
自分の姿を何度も確認する。
この何もない世界は自分の存在さえ失ってしまいそうだ。
ただひたすら歩き続けた。開いたドアはいつの間にか消えていて、もう前に進むしか出来ることは無かったから。
どれくらい歩いたかは分からない。
何も変わらない景色に気が遠くなってしまいそうになった頃、自分の目の前に何かの光があることに気付く。
……これは、ガラスの靴
「よく来たね」
後ろから声がした、驚いて後ろを振り返れば黒い人型のシルエットが浮かんでいる。
「ここまで来たのは君が初めてだ」
透き通るような声。それは中性的で、性別は判断出来そうにない。
「さぁ、君の願いを叶えてあげよう」
願い?
「君が欲しいものを僕があげる、魔法をかけてあげる」
「そのガラスの靴は、君だけのものだ」
何でも叶えてくれるというのなら
それなら私は
小さなガラスの靴を履いた瞬間、それは淡い粒子となり空へと舞った。
世界が蒼色へと変わっていく。
「君はまだ進むんだね」
表情は分からなかったけれど、悲しそうな顔をしている、そんな気がした。
「貴女に祝福があらんことを」
黒いシルエットが消えて新しい扉が生まれた。
光り輝く大きな扉のドアノブを回して、私はその向こう側へと。
きっとそこは、今までと別の世界が広がっている。
読んでくれてありがとうございました
駄文失礼しましたー
こういう世界観とか雰囲気大好物
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