半魔「どうして僕は、人間じゃないのかな」 (41)

半魔「……ふう」

草むしりを一時中断し、彼は腰を下ろした。

彼が草むしりを命じられた村長宅の庭は、村の家の中では一番広いが、それでも街の上流階級の邸宅に比べれば大したことはない。

とはいえ、まだ13歳になったばかりの彼には、この庭全ての雑草を抜くという作業は、それなりの重労働ではあった。


彼が、普通の子供よりも体力があるとしても。


鈍い痛みを感じる掌を、開けたり握ったりしてほぐす。

人間よりも硬く鋭い爪(――苦労して切っても、またすぐ伸びてくるのだ――)を見るのを彼は嫌っていたので、その間ずっと上を向き、空の雲を眺めていた。


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王国北部の小さなこの村で、人間の母親と魔族の父親との間に彼は産まれた。

元々両親は村から離れた街に住んでいたのだが、魔族排斥を掲げる過激派組織に目をつけられ、彼の父は身重の妻を抱えて、この村まで逃げてきた。

当然、この村でも歓迎はされなかったが、身重の人間を追い返すことも出来ず、渋々ながら受け入れられた。


そうして、その村で彼は産まれ、一家は村の隅でひっそりと暮らしていたのだが、そんな生活は一年と保たなかった。


狩りのために森に入っていた両親は、執念深く彼らを追ってきた過激派組織からの襲撃を受け、そして、父は命を落とした。

彼は母から一度だけ、その時の話を聞いたことがある。

10人ほどの集団の奇襲を受けた彼の父は、それでも互角に渡り合っていたが、過激派の一人が母を人質にとり、父に抵抗を止めるよう要求したそうだ。

父は、その要求を呑んで殺された。

母親も足に大きな火傷を負い、今なお歩くのにも苦労する生活を強いられているが、その傷を与えた魔法は彼女を狙ったものではなく、最初の奇襲の際の流れ弾だったらしい。

その組織は魔族には容赦しないが、人間に対しては、相手が例え魔族への協力者であっても基本的には手を掛けることを禁じていたという。

父が要求を素直に呑んだのも、それを知っていたからだったのであろう。


「あの人達、去り際に私に謝ったの。『貴女に怪我をさせるつもりはなかった。申し訳ない』って。火傷の治療代まで置いてね」


最後に母は、ぽつりとそう言った。

お金を使ったのかどうか、彼は訊けなかった。

村長「半魔」

後ろから声を掛けられ、彼は振り向く。

屋敷の入り口に村長が立っていた。半魔も慌てて立ち上がり向き直った。


村長「そろそろ先生のところに行く時間だろう。続きは明日でいい」

半魔「はい、ありがとうございます村長さん」


そう言って彼はぺこりとお辞儀する。

村長は一つ頷くと、また家の中に入っていった。


村長は半魔に対してはいつも無愛想で、彼のことを疎ましがっているのは明らかであったが、それでも村人の中ではマシな態度だ。

20年前に起きた魔族と人間との大戦で剣を持って戦ったという村長は、初老となった今もなお筋骨隆々の大男だ。

実直で不正を嫌う気質であり、胸の内ではどう思っていようと、半魔ら母子を無碍に扱うような真似は絶対にしなかった。

両親が村に渋々ながらも受け入れられたのは、村長の意向に依るところが大きい。

身体の不自由な母を抱えながら何とか暮らしていけるのも、村長が半魔に村の様々な雑用を仕事として与えてくれるからである。

疎んじられていることを感じつつも、半魔は村長に感謝していた。

村長宅の庭を出て、畦道を走る。

農作業をする村人達とすれ違うが、誰も半魔を見ようともしないし、彼もまた無言で走り続けた。

この村では、彼ら母子は基本的にいない者のように扱われる。

必要最小限のこと以外は、彼らと言葉を交わさないよう努めている村人が多い。

だが、無視されているうちは、まだ幸いだ。

半魔「……」


前方に人影を見て、彼は足を止めた。

人影は三人の少年で、半魔よりは少し年上だ。

道をふさぐようにそこに立ち、半魔が近づいてくるのを待っている。

彼はしばし逡巡していたが、やがて溜息を一つ吐くと、諦めたように足取り重く歩き出した。


少年A「おい、化けモン。また村長の家で草むしりか?」


半魔がやってくると、真ん中の大将格の少年が待ちかねたように問うてきた。

これから行うことが嬉しくて堪らないとばかりに、にやけ顔を隠そうともしない。


半魔「……」


半魔は答えなかったが、少年は気にする風もなく続ける。


少年A「まあ仕方ないよな。親父の方の化けモンは死んじまったんだからな」

少年A「おまけに役立たずのお袋まで抱えてるとくりゃぁ、お前が働くしかねえもんなあ!」


もう何度聞いたか分からない台詞だ。


少年B「へっへっへっへ!」


傍らの大柄な少年が大声で笑うが、残る一人は渋い顔をしている。

明らかにこの「儀式」に乗り気ではない様子だ。

少年A「おいこら何とか言ってみろよ。親を馬鹿にされても怒らねえなんて、てめぇそれでも男か? ああ?」

少年A「化け物には血が通ってねえから、親のために怒ることも出来ないのかよ!」


そう言って大将格は笑いながら半魔を蹴りつける。

半魔が尻餅をついたのを見ると、大柄な少年と共に声をあげて更に笑った。


少年C「おい、やっぱやめようぜ」


残る一人が渋い顔のまま、口を開いた。


少年C「先生に見つかったら今度こそぶん殴られるって」

少年B「バレなきゃ良いんだよ、バレなきゃ」


言いながら、大柄な少年がしゃがみ込んだ半魔を蹴った。


少年B「先生も何でこんな奴を庇うんだろうな」

少年A「さあな」


二人の少年に蹴りつけられている間、半魔はじっと耐え続けた。

もし半魔が本気を出せば、三人の少年などいとも簡単に打ち倒せるだろう。

だが、彼は決して反撃しない。そう、母に言い聞かせられて育ったからだ。

少年達も、それを知っている。

少年B「いっぱい魔族を殺したから、もう嫌になっちまったのかな」

少年A「そりゃねえよ」


蹴りつける作業は休むことなく、うずくまる半魔の頭上で、少年達は言葉を交わした。


少年A「あのニヤケ面の奥の本性は絶対冷酷非道だぜ。俺にはわかるね」

少年C「そりゃお前がいつも叱られてるからだろ……」

少年B「ぶはは」



「まさか君に非道などと言われるとはね」

ぴたり、と、飽きもせず半魔を蹴っていた足が止まった。

彼は顔を上げる。

凍り付いたような表情の少年が二人と、手で顔を覆い天を仰ぐ一人の向こうに、涼しげに笑う男が立っていた。


少年C「違うんです、先生。僕は止めたんですけどこいつらが……」


早速言い訳を始めた少年を、男が制する。


先生「そのようですね。しかし、本当には止めていない」

先生「虐げられる者を目前にして救いの手を差し伸べない者が、王国男児に相応しいと、君は思いますか?」

少年C「……いえ、思いません」

先生「結構。だが、今日のところは君のことは置いておきましょう」


そう言って先生は、しゃがみこむ半魔と、未だ固まって動けないでいる二人の少年のところに歩み寄った。


先生「さて」


びくり、と二人の少年が震える。Aの頬をつうっと汗が伝うのが半魔には見えた。

先生「私は体罰を用いません。それが王国の伝統ですからね」

先生「共和国軍では日常茶飯事の鉄拳制裁も、我が王国騎士団は禁じている。それはなぜか?」

先生「上の人間が、目下の者を殴りつけ屈辱を与えるなど、士道に悖る行為だからです」


先生「……が、しかし。それにも限度というものがあります」

先生「何度言ってきかせても変わらない者に対しては、時として、身体に教え込むことも必要でしょう」


最初からずっと、先生の表情も声の調子も変わらない。微笑みながら穏やかに語りかけているだけだ。

だが、少年達の身体は、半魔にも分かるほどぶるぶると震えだしていた。

半魔は少し、彼らが可哀想になった。

先生「とはいえ、大切な生徒を痛めつけるなど、私もしたくはない」

先生「そこで……」


言うと先生は呪文を呟き、少年二人の肩に触れた。

すると、彼らの背後に一つずつ、光る細長い棒状のものが現れる。

それらはぴたりと彼らの背中に貼り付き、上空に向かってどこまでも伸びていた。


少年A「せ、先生……?」


棒の頂点を追って空を見上げていた半魔は、Aの不安げな声で顔を戻す。

少年達は身体を不自然に揺らしていた。見たところどうやら首も背も動かせぬらしい。

光の棒に貼り付いたまま、直立不動の姿勢を崩せぬようだ。

おもむろに、先生がぱちんと指を鳴らした。

と、半魔の顔に風が吹き付け、思わず目をつぶる。

次に目を開けた時には、二人の少年の姿はどこにもなかった。

ただ、光の棒だけがそのままに、まっすぐと上空に向かって伸びている。

残された少年も呆然としていた。先生だけが微笑んだままで、


先生「そして、こうする」


また、ぱちんと指を鳴らす。

今度は光の棒も消えてなくなった。



数秒間は、何も起こらなかった。

先生が何も言わないので、半魔も少年Cも黙っていた。

ただじっと先生を見つめる。彼は相変わらず微笑んでいた。



と、半魔の耳に何かが届いた。

間をおかず、「きましたね」と先生が呟いたのも聞こえる。

最初、半魔にはそれが何の音だか分からなかった。

ただ、上の方から聞こえることだけは判断できたので、反射的に上を向いただけだ。


空に、何かが見えた。


それが、少年AとBだと分かるのと、先程から聞こえるこの音が、彼らの悲鳴だと知るのとでは、どちらが早かっただろうか。

消えたはずの二人の少年は、空から落ちてきていた。

そこでようやく半魔とCは、あの魔法が彼らを上空に飛ばすものだったのだと得心した。

だが、目前の事象を理解はしても、思考が追いつかない。

二人とも白痴のように、ぽかんと口を開けたまま、空を見上げるだけだった。

空の二人が吐き出し続ける言葉が「あ」だということを判別出来るくらいに彼らとの距離が縮まって初めて、ようやく地上の二人の心に焦りが芽生えた。


「先生……ッ!」


どちらともなく叫んで顔を戻した時には既に、先生は上空に向かい何事か呟いているところだった。


「あああああああああああ……」


速度が緩まり、ふわふわと綿毛のように地面に降りるようになってもなお、しばらくの間、二人は変わらずに絶叫し続けていた。

先生に抱き留められるようにして地面に降ろされた時にようやく彼らは叫ぶのを止めたが、へたりこんだまま呆然としていた。


先生「ふむ」


二人の顔の前でヒラヒラと手を振りながら先生が呟く。


先生「心臓が止まった時の為に蘇生魔法も用意していたのですが、必要なかったようですね」


きっとCも、さっきのAの言葉を思い出しているだろうな、と半魔は思った。

先生は魔法使いだ。

それも、王国でも最高位の魔法使いらしい。

どころか、20年前の大戦で多大な戦果を挙げた英雄の一人だと半魔は母から聞かされた。


年齢は知らない。

半魔には20代くらいに見えたが、大戦に加わっていたということはおそらくはもっと上なのだろう。


大戦後は王城で仕えていたようだが、10年ほどまえに職を辞し、ふらりとこの村にやってきたらしい。

村長とは大戦時からの知己だったようで、そのまま村の住人となり、以来村の子供達を相手に私塾をやっている。


最初の数年は噂を聞きつけた魔法使いが教えを請おうと大勢村に押しかけたそうだが、その全てを断り続け、最近ではそれも無くなった。

偶に王都の人間らしき者がやって来ては戻ってくれるように説得しているようではあるが。

AとBの「無事」を確認した先生は、どこからか服を取り出して二人を着替えさせ(そして汚れた服をどこかに仕舞い込んだ)、その間に半魔を治癒すると、子供達を自宅へ先導した。

AとBはその間ずっと心ここにあらずであったが、先生の言うことには素直に従った。

授業が終わり、先生の私室へ呼ばれた二人が部屋から出てきた時には綺麗になった元の服を着ており、席に着いたままの半魔を見ないようにしながら足早に走り去っていった。


彼らの後をCが追いかけるのを見届けた半魔は、そこでようやく席を立ち、先程のことについて先生に御礼を述べに、私室へと向かった。


先生「何かあったら、遠慮無く私に言ってくださいね」


と、いつものニコニコ顔で応える先生に曖昧な返事を残して、半魔も帰路についたのだった。

家に着くと、いつものように母に今日の授業内容を話して聞かせる。

母もまたいつものように穏やかな表情で頷いていたが、近年、『光の橋』という名の人間界に住む魔族を支援する団体が勢力を拡大しており、政界でも支持を広げているという話を聞くと、


母「お父さんも、今なら死なずに済んだのかしらね」


と、寂しそうに微笑んだ。

父が殺された後、村長が街の騎士団に届け出たが、ろくに捜査もしてもらえなかったと聞いたことを、半魔は思い出した。

彼は鋭い爪が母に触れぬよう注意しながら、ぎゅっと彼女を抱きしめた。

母も半魔を優しく抱きしめ返す。彼らはとても幸せだった。


村人から無視され、時に心ない暴力を受けることはあっても、村長と先生のおかげで、母子はそれなりに穏やかな、満ち足りた暮らしを送っていた。


『光の橋』と、あの少女が、村にやってくるその日までは。

今日はここまでです。読んでくださりありがとうございました。

おつ
期待


支援団体が来るのに状況が暗転すんのか

――――――
――――
――

――村長宅

村長「……あんたらが『光の橋』、か」


応接間には村長と先生が並んで座り、向かいには客人である三人の男が腰掛けていた。

村長が問いかけたのは、真ん中に座った男で、恰幅の良い中年男性である。


支部長「ええ、はい。私、この地域に置かれた支部の支部長を務めておりまして」

支部長「そして、こちらが支部の書記でございます」

書記「よろしくお願いいたします」


おそらくはまだ二十代と見える青年が、緊張した面持ちで挨拶する。


支部長「そして、この方は我々を護衛してくださっている武闘家さんです」

武闘家「よろしく」


最後に紹介された男は軽く頭を下げた。

三人の中では最も年長のようで、村長よりも少し年下といったところだろう。

その佇まいからだけでも只者でないことが村長と先生には感じられた。

村長「こんな田舎の村に護衛連れとは大仰なことだな」

支部長「はっはっは、何分私どものこの仕事は敵が多いですからなぁ」

支部長「まあまあ念のためというやつですよ」

支部長「村の治安を不安視しているわけではないので、どうかお気を悪くしないでください」


冗談めかした言い方ではあるが、敵が多いという言葉は事実だろう。

彼ら『光の橋』と、反魔族の過激派との対立が深刻化していることは村長等も知っていた。


――そして、その対立は、両組織の「背景」でも起きている。

支部長「まあまあ、そういうわけですから」


いささか唐突に支部長が本題を切り出す。


支部長「この村におられるという魔族と人間の合いの子の少年にですな、是非とも会わせていただきたいのですよ」

支部長「彼にはきっと支援が必要でしょうからなあ」


村長(いったいどこから聞きつけてきたのやら)


苦々しさが胸に広がる。

別に箝口令を敷いていたわけではなかったが、それでも半魔のことを口外するのは、村では暗黙の禁忌とされていた。

だが、やはり、人の口に戸は立てられぬものらしい。

街で半魔のことを喋った者がいたのだろう。


村長(……いずれ避けられぬ事態だったのだろうな)


――――――
――――
――

半魔との面談を許可すると、『光の橋』は去っていった。

本当ならば会わせたくなどないのだが、そうすれば事態は余計に厄介なことになるのは目に見えている。


村長「どう思うね、先生」


残された村長は、会談中ずっと押し黙ったまま考え込んでいた先生に話を向けた。


先生「……ええ。厄介なことになりましたね」

先生「半魔君に、悪い影響がなければ良いのですが」


先生の表情からも、笑顔が消えていた。


――――――
――――
――

――半魔の家

母「半魔を、街に……」

支部長「どうでしょうかねえ。悪い話ではありませんよ、奥さん」


村長宅と同じように、家主の対面に座った支部長が切り出した話は、母子にとっては考えたことすら無いものだった。

半魔と母の街への移住。


書記「街での仕事は我々が斡旋しますし、それ以外の面でも様々な支援が受けられます」

書記「この村にいるよりも、収入は安定するでしょう」

母「……ありがたいお話だとは思うのですが、その、やはりいきなりのことで」


突然の話に母は戸惑っていた。

聞く限り、たしかに悪い話ではない。

しかし、それだけで安易に判断を下せるものではなかった。

支部長「ええ、ええ。奥さんが戸惑うのはよぉくわかります」

支部長「聞いたところでは、奥さんは街からこの村へ逃げてこられたそうですしねぇ」


気の毒そうに、支部長が言った。

彼女の表情がさっと曇る。


母「はい、夫が狙われて……あ、でも、今は街でもそんなことは起きなくなったんですよね?」

母「皆さんのような方々もいるんですし」


最近息子から聞いた話を思い出し、期待の籠もった声で彼女がそう尋ねる。

今度は支部長らの顔が曇る番だった。

支部長「……実はですね、奥さん。そう上手くはいっとらんのです」

母「え?」

書記「むしろ、状況は当時よりも悪化していると言えるかもしれません」

母「あの、どういうことでしょうか。魔族への感情は良くなったのでは……」


彼女はますます混乱した。

魔族を支援する団体まで出来ているというのに、悪化している理由が分からない。


支部長「村ではまだあまり実感はないかもしれませんが、実は王国はいま不況に陥っておるのです」

母「え、ええ、はい。それも何となく聞いてはいますが……」


今度も彼女は息子から聞いた授業の内容を思い出していた。

自分の情報源が息子からの話だけであることを思い知らされ、少しだけ恥ずかしくなる。

支部長「つまり、失業者が大勢生まれとります」

支部長「そうするとですな、人間からの魔族の皆さんへの目は、どんどん冷たくなるのです」

支部長「何しろ魔族は人間よりも安い給料で、人間の何倍も役に立ちますからねぇ」

書記「不況の結果、魔族は以前よりも優先的に雇われるようになり、人間側は『魔族に仕事を奪われている』と感じるようになってしまったのです」

母「……」


半魔は黙って話に耳を傾けながら、落胆の色も露わな母を案じた。

先生の話を聞いた時には、まさか街がそんな状況になっているとは思ってもいなかった。

きっと、先生は敢えてその部分を省いて話したのだろう。


とはいえ、半魔の中には母のような失望感はなかった。

村から出たことのない半魔にとっては、街のことなど、自分と無関係な場所としか思えなかったのだ。

母「……では、過激派の動きも」

支部長「はい、10年前よりも規模が大きくなり、活動も活発化しとります」


書記「しかし、我々も様々な対策を打っています」

書記「魔族の皆さんの住居を集中化、そこを独自に警備し、これまでのところ被害を未然に防いでいます」

書記「街に移っていただければそれが可能なのです」

支部長「奥さん、いつ過激派が我々のように貴女方のことを知るか分からない」

支部長「そうなる前に、決断していただきたいのですよ」

母「それは……」


確かにその通りだった。

村長や先生がいるとはいえ、常に彼らが目を光らせているわけではない。

過激派がその気になれば、いくらでも半魔を狙う隙はある。

支部長「……まあまあ、今すぐ返事をしろと申しているわけではありません」


彼女の迷いを見て取った支部長が穏やかな声を出す。


支部長「我々はしばらく村に滞在する予定です。今日は挨拶に伺っただけですからなぁ」

支部長「どうか、よく考えてみてください。半魔君も、ね」


そう半魔に微笑みかけると、支部長らは腰を上げた。


支部長「では、我々はこの辺で失礼します」

母「……あ、すみません。何もお構い出来ませんで」

支部長「いえいえ、こちらから押しかけたようなものですからな」


他の二人も立ち上がり、扉の方へ向かう。


支部長「私らは宿にいますので、何かあればそちらに連絡をください。では……」


そう言って扉に手を掛けた支部長は何かを思い出したように動きを止めた。


支部長「そうそう。実はこの書記君の姪御も村に連れてきているのですよ」

支部長「半魔君と同じ年頃の子でしてな。なあ、書記君?」

書記「……ええ」


その時、半魔には、なぜだか少し書記の表情が強ばったように見えた。


支部長「今度紹介するので、よければ彼女と遊んでくれるかな?」


支部長にそう問われ、半魔はこくんと頷いた。

自分と遊びたがるような子がいるとはとても思えなかったが。


――――――
――――
――

武闘家「で、どうなのよ感触としては? あの母子は乗ってきそうか?」


半魔の家から出て宿へ向かう道すがら、武闘家が尋ねる。


支部長「まあ大丈夫だろう」


のんびりとした声で支部長は返す。


支部長「半魔君当人はあまりぴんと来ていないようだったが、母親の方は迷っていたようだしねぇ」

書記「何としても来て貰わねばなりませんね」

書記「魔族と人間との子供というのはそう多くありませんから」


生真面目な書記の言葉に支部長は苦笑した。


支部長「まあまあ、そういう打算はとりあえず置いといて、まずはこちらの誠意を見せんとなぁ」


『光の橋』がこの村を訪れた一番の理由は、そこにあった。

魔族と人間との間に生まれた半魔を、両種族の融和の象徴として組織に加える。

それで事態が大きく改善するなどという夢想は持ってはいないが、いい広告塔にはなるだろう。

反魔族の感情は日に日に高まっている。彼らも必死だった。

現在人間界に居住する魔族の多くは、そもそも人間側が積極的に招きいれたものである。

20年前の魔王軍の侵攻に苦慮していた連合国は、魔王に批判的な魔族を味方につけ、これを戦力とする政策を打った。

しかし、魔王軍を撃退し、世界に平和が訪れると、人間側についた魔族はただのお荷物と化した。

魔族達は過激な反魔族主義者の襲撃に怯えつつ、ひっそりと隠れ暮らすようになる。


そして、現在。

魔族は安価で効率的な労働力として大商人達に見直され、移民として境界を越え、新たな魔族が大量に人間界に流入するようになった。

その影響を受けたのは、最も魔界に近い場所に位置する、この王国である。

当然、居住する魔族の数は王国が圧倒的に多く、国際的組織である『光の橋』の総本部も王国の都に置かれていた。


支部長(不況が深刻化すればするほど、大商人達は安価な労働力として魔族を求め、そして民衆は魔族への憎悪を募らせるだろう)

支部長(事態はどんどん悪くなっていく……いまのうちに打てる手は全て打っておかねば)

いつの間にか、彼らが宿泊する飯宿屋の入り口が見えていた。

田舎の村のことなのでお世辞にも綺麗とは言い難いが、数日滞在する分には十分だ。

支部長が扉に手を掛けようとした時、


武闘家「待て」


武闘家にそれを制された。


支部長「……? なにか?」

武闘家「中から敵意のようなものを感じる」

書記「!?」

支部長「ま、まさか……ッ!?」


武闘家「どうやら向こうにやり合う気はなさそうだが……一応俺の後ろにいけ」

支部長「は、はい」

書記「……そんな」


書記の顔からはみるみる血の気が引いていく。


武闘家「……開けるぞ」


キィ、と音を立てて、宿の扉が開いた。



「こんにちは、『光の橋』の諸君」


そこにいたのは、支部長が最も見たくない面々。

『遊撃士』……王国最大の反魔族組織の者達であった。

女戦士「……支部長」


留守番役だった女戦士がホッとした表情を向けてくる。

どうやら宿に残った人間に手を出したりはしていないらしい。

それだけ確認すると、ひとまず女戦士には頷きだけを返し、遊撃士達に向き直った。


支部長が遊撃士達を認識できたのは、彼らが揃いの制服を着ている為であり、全員の顔を把握しているわけではない。

しかし、先程挨拶してきた男には見覚えがあった。

年齢は40代程だろうか。

頬がこけた痩せぎすの男ではあるが、元は歴戦の王国騎士であり、今は遊撃士の部隊長を務めていたはずだ。

宿にいる数人の中では、彼が最も上位だろうと目星をつけ、支部長は男に話しかけた。


支部長「どうして貴様等がここにいる?」

隊長「我々は王国より正式な許可を得た自警団」

隊長「ここにいるのも、定期的な巡回の為ですよ」


敵意を隠そうともしない支部長の問いに対して、遊撃士の部隊長は表情を変えず応える。


支部長「……」

書記「白々しいことを……」

『遊撃士』はさる大貴族により創設された王国公認の自警団であり、警察権も付与されている。

その為、確かに彼らの職務に巡回が含まれていることは事実ではあるが、それは犯罪の多い都市部での話だ。

商人の護衛の仕事でもなければ、こんな田舎まで来るはずがない。


となれば、彼らがここに来た理由は一つ。

遊撃士の、裏の目的の為である。


支部長(情報が漏れていたのか……)


光の橋が半魔を見つけたことを、遊撃士側に察知されていたらしい。

内通者がいるのか、それとも自分達の動きから推測されたか。

いずれにしろ、最悪の事態だった。

武闘家「落ち着けよ、支部長」

支部長「しかし……」

武闘家「考えてもみろよ。こいつらが半魔を殺すつもりなら、こんなところでグズグズしてるか?」

支部長「え?」


言われてはたと思い当たった。


支部長「そうか……先生がいるから、か」

隊長「……」

武闘家「その通り。あの英雄が半魔に好意的だと、村に来て初めて知ったんだろうな」

武闘家「だからこんなところで俺達を威圧するくらいしか出来なくなったんだろ? 違うか?」


支部長は遊撃士らの方を見る。

隊長の表情を変えなかったが、部下達からは明らかに敵意が強まったのを感じた。

おそらく、図星だったのだろう。

隊長「……仰る意味が解りませんが、我々は貴方達と敵対する気は毛頭ありませんよ」

隊長「ここへは食事に来ただけです。宿がとれませんでしたから、我々は野宿するしかないのでね」

隊長「食事も済みましたので、そろそろ失礼しましょうか……行くぞ」


号令に従い、遊撃士らがぞろぞろと立ち上がり出口へと向かう。

傍らに避けた支部長達を睨みつけていく者もいる。


支部長と書記の胸に言い知れぬ不安を残し、遊撃士らは店を去っていった。

すみません、今日はここまでです。
地の分に慣れていないので投下が短くなって申し訳ない。

読んでくださりありがとうございました。

フランスのテロ思い出すな

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