花陽「その柔らかな細腕で」 (20)
しとしと、しとしと。雨が降って、降って、降って――
白い部屋に、少女が一人。
部屋と同じように白い服に身を包んで、ただただ静かにそこに居た。
瞼を閉じて、何かを待つように。
彼女――小泉花陽はスクールアイドルである。いや、「だった」と言うべきだろうか。
友人に背中を押されて参加したスクールアイドルグループで、幾つもの壁を乗り越え、有終の美を飾り――だが。
ほんの数カ月前に起こった凄惨な事故に巻き込まれ、結果としてもう二度と大地を踏みしめることが出来なくなった彼女は、壊れかけた心を携えて、この部屋で佇んでいる。
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ガラリ。控えめな音をたてて扉が開いた。
オレンジの髪を揺らしながら、活発そうな少女が部屋へ入る。
星空凛。この部屋の主の親友だ。
「かーよちん! 今日も来たよーっ」
「凛ちゃん、いつもありがとねえ」
その声音は明るい。
だが、深い間柄である花陽にはわかってしまう。彼女は無理をしている。
自分が重荷になっている。
自己嫌悪が花陽の内心を駆けた。わたしが居なければ、そんな思いが膨れ上がる。
いや、結局のところ、自分の死をもって自分が楽になりたいだけなのだ。
嫌悪、嫌悪、嫌悪。自らに対するそれが、指数関数的に大きくなっていく。
「今日はね、新米のおにぎりを持ってきたんだよっ」
「わっ、ほんと!? 嬉しいっ」
笑顔を作って、花陽は凛からおにぎりを受け取り、頬張る。
好きなものを食べているはずなのに、味がしない。
味を感じなくなったのはいつからだっただろうか。花陽はそう思いながら、言葉を紡ぐ。
「美味しいよ、凛ちゃん」
「そう? えへへ、良かった」
精一杯の虚勢でそう返す。
彼女の笑顔を壊してはいけない。/どうでもいい、楽になりたい。
『凛ね、かよちんの笑顔がすきなの!』
いつかの記憶がフラッシュバックした。
頭痛が花陽を襲う。なくなったはずの脚が痛む。
悟られてはいけない。知られてはいけない。/悟ってほしい。知ってほしい。
それでも笑顔を保って。
「ごめんね、凛ちゃん。なんだか眠くなっちゃった」
そして、意識が、途絶えて――
「ごめんね、凛ちゃん。なんだか眠くなっちゃった」
そして、意識が、途絶えて――
―――
わたしは、卑怯だ。
―――
―――
「凛は、かよちんの為に生きている」。誇張ではなく、本人は本気でそう思っている。
彼女の本気の願いであれば、どんな手段を用いても叶えようとするのは間違いないであろう。
それが、例え彼女を傷つけてしまうものだとしても。
―――
「あ、かよちんおはよう」
花陽の手を握った凛は、微笑んで言った。
それに対して、花陽は顔に感情を感じさせない。
「かよちん、どうした――」
「ねえ、凛ちゃん」
凛の言葉を遮って、花陽が言った。凛の内側から、嫌な予感が押し寄せる。
(だめ、だめっ!)
「私、もう疲れちゃった」
声は出ない。花陽の声が、凛の心を包んで蝕んでいく。
二人の間で育まれてきたものが、今は呪いとなって牙を剥く。
「凛ちゃん、終わらせて?」
「――っ!」
困ったような、曖昧な笑顔で花陽は言った。
それは、花陽の心からの望み。一時の気の迷いではない決断。
長い長い時間が育てた凛の花陽に対する依存ともいうべき感情が、その本心を拒否することを許さない。
――終わらせてしまいたくない。そんな思考とは裏腹に、腕は花陽の首へと吸い寄せられていく。
「本当に、いいの?」
「うん」
凛の表情が歪む。涙が花陽に落ちた。
「えぐっ、かよちん……ひっく……」
ぽろぽろ、ぽろぽろ。大粒の涙がこぼれ、徐々に徐々に腕に込められる力は強くなる。
――ありがとう、凛ちゃん。
――ごめんね
声にならない声が漏れて、視界がかすんで――
しとしと、しとしと。雨は未だ止まない。
しとしと、しとしと。降って、降って、降って――
END
あとがき
自分でも何がしたかったのかわからない
凛ちゃんはかよちんのお願いは断れなさそうと思ったらこんなのが出来てしまった
付き合っていただきありがとうございました
しこしこ
乙
寝たきりってことか
にゃー…
乙
にゃあ・・・
このSSまとめへのコメント
もう少し考えて欲しかったと思いました。