・モバマスSS短編、地の文形式
・jewelries!に選ばれなかったので、過去捏造にオリキャラを重ねて妄想を添加して一編
一連のシリーズ過去作3作
鷺沢文香「図書館はどこですか」
和久井留美「猫の森には帰れない」
有浦柑奈「ゆりかごの歌」
その他短編過去作
【モバマスSS】僕は君が好き
【モバマスSS】公園で
【モバマスSS】愛が二人を分かつまで
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「旅行?」
「うん、旅行」
晴れ渡る青空、その向こうに巨大な入道雲が見える季節。
私と彼女は大学構内のカフェテラスでテーブルを挟み座っていた。
頭上には大きなパラソルが夏の照りつける太陽を遮る。
手元にはそれぞれ書きかけのレポートと、彼女が示している一冊のパンフレット。
「みんなでさ、海行かない?」
「サークルのみんな?」
「そう、みんなで海行って遊ぶの」
「私、泳ぎたくないなあ」
「大丈夫よ、アタシ泳げないもの」
事もなげにカナヅチを告白した彼女は笑いながら、かけている分厚いレンズの眼鏡に手を触れた。
私もそれにつられて苦笑した。
「んもう、ナオちゃんったら」
「でもでも、せっかくの夏休みだよ、バカンスだよ!どこか行かなきゃ損よ」
「確かに、せっかくの休みだもんねえ。でも車は?」
「カイチョーさんのに頼んで乗せてもらいましょ。ほら、あのワゴン車よ」
「え……あのオンボロで行くの?」
「オンボロがいいのよ!もう、わかってないわねえ」
ナオちゃんは頬を膨らませて私に静かな抗議をした。
ナオちゃんと私は同学年だが、年は二つほど違う。彼女の方が上だ。
専攻も違うが、学部共通講義のガイダンスで隣同士になり、会話をする機会があったのが縁の始まりで、
その後同じサークルに入部したことから本格的な交流が始まった。
二回生に進級して今まで、些細なけんかはあったが概ね良好な関係が続いていると思う。
ナオちゃんは年下の私に対してもそのあどけなさを隠さず接してくる。
かと思えばいきなり先輩風を吹かして私や他の同級生を先導するものだから、
私は密かに彼女をやんちゃな妹のように感じている。
私はそっぽを向いたナオちゃんの機嫌をどうにか直そうと、彼女の話を肯定した。
「そ、そうね。確かに真夏のビーチでドライブするなら、ちょっとぼろい車の方がサマになってるわよね」
「でしょう!だからさ、このレポートとかぜーんぶぱっぱと終わらせてサ、みんなで行こうよ!」
「はいはい、じゃあバカンスの話は一旦置いて、レポート進めましょ?」
ナオちゃんは冊子をかばんに仕舞い、レポートの資料を取りだした。
それから一ヶ月後。
諸々の課題を私はきっちりと、ナオちゃんはどうにか片づけ、あっという間にバカンスの日は来た。
私とナオちゃんがサークルの会合で旅行のプレゼンをすると、結構な数の仲間が集まった。
一台の車に収まりきれず、急遽レンタカーを一台借りての大所帯。
サークルの会長が提供したワゴンには仲間たちがぎゅうぎゅうになって乗り込み、
4人乗りのレンタカーに私とナオちゃん、そして運転役の先輩と食料、飲み物を一杯に乗せ、
私たちは朝早くから大学から遠く離れた海岸へと車を走らせた。
「あと四つインターチェンジを越せばええんか?」
「はい、先輩。『もびきインターチェンジ』ってところで抜けてください」
あらかじめ書いておいたメモ帳を見て後部座席から私は答えた。ナオちゃんは私の隣に座っている。
世間一般では平日なこともあり、特に渋滞に巻き込まれることも無く先輩は軽快に車を走らせている。
もう一台のワゴン車が私たちの遙か後方に見える。
馬力の差か、運転手の気質の差か。
「あいよ。……なあ、何かラジオでもかけへん?」
窓の外をじいっと見ていたナオちゃんが先輩の声に反応する。
「あ、アタシいろいろCD持ってきてるんだ」
「へえ、じゃあなんか聞かせてよ」
ナオちゃんは手元のバッグをまさぐり、何枚かのCDとプレイヤーを取りだした。
私は彼女の取りだしたCDが気になり、覗きこむ。
「……やっぱり、アイドルのCDばかりねえ」
「やっぱりって何よ、やっぱりって」
「この前行ったCDショップでも日高舞のアルバム買ってたわよねえ」
「あの時代の曲が好きなのよ」
「なんや、ナオちゃん日高舞好きなんか?」
俺もちっちゃい頃よう聞いてたわ、と先輩がアクセルを吹かしながら聞いた。
「うーん、好きですけどぉ、それよりもアタシはこの人かな?」
彼女が見せてくれたCDに写っていたのは、当時の日高舞とそれほど変わらないで
あろう年頃の女の子だった。
私には見覚えが無かった。
「だあれ?この人」
「えー、知らないの?センパイは?」
ホラ、とナオちゃんは身を乗り出して運転中の先輩にジャケットを見せた。
その姿を見て私は苦笑する。
私にとっては先輩は先輩だが、ナオちゃんのほうが人生の先輩なのに。
「どれどれ……あー、どっかで見たことあったよーな……」
「ほら、先輩も知らないって」
「えー」
ナオちゃんは残念そうな顔をして座り込んだ。
「ほな、その子の曲でもかけてみい。聞いてりゃ思い出すかもしれん」
「そうですね、ホラ、ちょっと聞かせてみて」
「はーい、じゃあねえ……この曲!」
ナオちゃんのCDプレイヤーから聞こえてきたのは、ちょっと昔のトレンディドラマで流
れるようなアップテンポのメロディと、芯の通った少女の歌声。
「空にかかる虹」「名も知れぬ花」「あまねく光」「幸せな小鳥」と歌詞はとても抽
象的だ。
アコースティックギターとピアノがコーラスを交互に包みこんだ曲のシメの部分で、
私は思わず聞き入ってしまった。
「……ね、どうでした?思い出せました?」
「うーん、すまん。ちょっと思い出せなかったわ」
「そうですかぁ……。ね、どこかで聞きおぼえない?」
ナオちゃんは私に聞いた。
「……わからないわ」
「そっかー……。じゃあ、この人ならわかるかな?」
それから彼女は色々な人の曲をとっかえひっかえかけ続けた。
日高舞の曲も何曲かかかった。
先輩はイントロを聞いただけで誰の曲かを当てることが多かった。
普段はそんなそぶりも見せない先輩も実はアイドルの曲とかよく聞いているのでは、と私は密かに思った。
「……あ!海が見えてきた!」
高速を抜け街道を走っていた時、不意にナオちゃんが窓を開けた。外の熱気が暴風となって車内に流れてきた。
わずかに潮のにおい。窓の外に水平線が見える。
「おいナオ、顔出すと危ないぞ」
顔を出した彼女のみつあみが、風を受けて大きく揺れる。
「センパイ、大丈夫ですって!はい、もう閉めます!」
そう答えて彼女は満面の笑みで振り向いた。
こういうお茶目なところを惜しげも無く見せる彼女が、私にはとても愛らしかった。
>>11改行ミスにつき修正
彼女が見せてくれたCDに写っていたのは、当時の日高舞とそれほど変わらないであろう年頃の女の子だった。
私には見覚えが無かった。
「だあれ?この人」
「えー、知らないの?センパイは?」
ホラ、とナオちゃんは身を乗り出して運転中の先輩にジャケットを見せた。
その姿を見て私は苦笑する。
私にとっては先輩は先輩だが、ナオちゃんのほうが人生の先輩なのに。
>>13改行ミスにつき修正
ナオちゃんのCDプレイヤーから聞こえてきたのは、ちょっと昔のトレンディドラマで流れるようなアップテンポのメロディと、芯の通った少女の歌声。
「空にかかる虹」「名も知れぬ花」「あまねく光」「幸せな小鳥」と歌詞はとても抽象的だ。
アコースティックギターとピアノがコーラスを交互に包みこんだ曲のシメの部分で、私は思わず聞き入ってしまった。
「……ね、どうでした?思い出せました?」
「うーん、すまん。ちょっと思い出せなかったわ」
「そうですかぁ……。ね、どこかで聞きおぼえない?」
ナオちゃんは私に聞いた。
「……わからないわ」
「そっかー……。じゃあ、この人ならわかるかな?」
お昼を少し過ぎたあたりで私たち一行は目的の海岸に到着した。
近くの民宿にチェックインし、荷物をあらかたそこに預けた後、私たちは海へ向かった。
みんな服の中に水着を着こみ、いつでも海に入る準備は出来ている。
会長さんが砂浜にレジャーシートとパラソルを立てて簡単な拠点を設営し、自由時間を言い渡した。
それを待っていたかのように一部の男子は――運転手をしていた先輩も含め――海に飛び込んでいった。
私はしばらく拠点でジュースを飲んでその光景を見守っていたが、しばらくしてナオちゃんが私に耳打ちしてきた。
「ね、あっちの岩場の方に行ってみましょ」
その海岸は陸を背に右手、南の方に黒い岩場がそびえていた。
サークルの皆は誰も近寄っていない。皆目の前の海や砂浜ではしゃいでいた。
「何か面白いものが落ちてるかもよ?」
そう言った彼女はどこから持ってきたのか、つばがギザギザの麦わら帽子をかぶっていた。
断る理由などない。いつもナオちゃんとはサークルの集まりでも抜け出して二人で遊んでいる。
私は靴を履き、ナオちゃんと一緒にこっそり拠点から離れた。
「うわあ、何これ」
こちらから見えなかった岩場の裏手には、様々な漂流物がうち捨てられていた。
乾いた古木、発泡スチロールの巨大なウキ、ペットボトル、サンダル……。
私と彼女はそれらを取りあげては放り、何か皆を驚かせられそうなものはないか探した。
「うげっ、ちょっとちょっと!こんなところにマネキンが落ちてる!」
「ナオちゃん怖い!怖いからそれ持ってこないで!」
色褪せたマネキンは、無機質な目も相まってなかなかにホラーだった。
「……あー、こんなことならサンダル履いてくればよかった」
「私もー」
溜まってしまった靴の砂を二人して振りつつ、私はナオちゃんと流木の上に座り込んだ。
ナオちゃんはポケットから何かを取りだす。
ビニール袋に入っているのは、ライ麦のパンだろうか。大学の購買で見たことがあった。
彼女は袋から取り出したそれをちぎって、私にくれた。
不思議なもので、食べ物を持った途端にいつの間にかお腹が空いていたことを私は自覚した。
一口齧る。普通のパンとは違う食感。
ほのかな甘みを感じ、一瞬ライ麦畑の豊かな緑が脳裏をよぎったが、潮風がそれをすぐに取り払った。
「靴、センパイの拝借すればよかったね」
「いやよ、後で面倒になるの」
「それもそうね」
靴を履きなおしていると、ふと流木の下にピンク色の何かが見えた。
手を伸ばして掴むと、それはピンクの貝殻だった。
「あら、こんな色の貝殻もあるのね」
「うわあ……それすっごくキレイ」
ナオちゃんは目を輝かせてそれをじっと見つめていた。
駄菓子屋のショーケースを前にした子どものような目だった。
「ナオちゃん、これあげるわ」
私は躊躇なく彼女に差し出した。
「え?いいの?」
「当然、旅の思い出よ」
分厚いレンズに覆われた彼女の瞳が大きくなる。
顔をほころばせたナオちゃんは、しかし私にお礼を言いかけ、止まる。
「……?」
「……ちょっと待ってて」
突然、ナオちゃんは立ち上がり、食べかけのライパンを流木に置いて砂浜で何かを探し始めた。
私はどうしたのかと彼女に問いかけたが、「ちょっとそこで待ってて!」と聞かない。
ナオちゃんはよく突飛なことを思いついては、私や他の仲間をさしおいて一人で突っ走ることがあったので、
とりあえず私は様子を見守ることにした。
「……うーん、どこだろう」
時折聞こえる彼女の独り言を聞きながら、私はじっと待った。
波の音に混じってサークルの面々が盛り上がっている声も聞こえる。
彼らと仲が悪いわけではないが、別に一緒にいる理由もない。
ナオちゃんもそう思っているはずだ。
いつも二人してこっそり逃げ出しては、街に出ていろいろなことをした。
ちょっとおしゃれな喫茶店でデザートを食べたり、ゲームセンターで遊んだり、
CDショップで試聴を片っぱしから聞いたりもした。
彼女がいなければ行かなかった場所や、出会えなかった人がいる。
ナオちゃんが、私の世界を大きく広げてくれていたのだ。
私は、知らず知らずのうちに彼女に尊敬の念を覚えている自分を認めた。
そんなことを考えていると、不意にナオちゃんの「見つけた!」という声が聞こえた。
いつの間にか100メートルかそこらまで離れたところに行ってしまっていた。
砂浜をぎこちなくかけてきた彼女は、私に手を差し出した。
手のひらの中には、私があげたものとは形状の違う、ピンクの貝殻。
「ふふん、これでおあいこね」
「え、もしかしてこれ、探してたの?」
「旅の思い出よ」
その得意げな表情がなんだか憎たらしくて、貝殻を受け取ると同時に彼女のみつあみをぐいと引っ張った。
「それ!」
「きゃっ!」
「ホント、あなたって面白い!」
「な、なにするのよ!」
「うふふ……」
「も、もう……あは、あははは!」
それから私たちは流木の上でずっとお喋りをしていた。
大学でのこと、それぞれの家族のこと、そして、これからのこと。
「ね、ナオちゃんは大学卒業したらどうするの?」
「アタシ?うーん……まだ見つかんない。何かある?」
ナオちゃんは私に問いかけた。
「私、か。私ね、ちょっとだけ興味のあることがあってね……」
休憩
再開は夜予定
タマか
それは、小さなころからおぼろげに夢みていたことだった。
テレビでニュースや、天気予報、それに街中の流行を伝えるアナウンサー。
その言葉一つで人々に様々な感情を与える彼女たちに憧れ、
いつか私もモノを伝える仕事に就きたいと考えるようになったことを彼女に言った。
「へえ、アナウンサーかあ……」
珍しく不思議そうな顔を浮かべ、ナオちゃんはまじまじと私を見た。
「じゃあ、テレビに出るんだ、きっと」
「そうね、なれたら出るかもね」
「なれるよ、きっと」
「そうかしら?」
「うん、なれる。だって、アタシ応援するもん」
ナオちゃんがいきなり立ち上がる。
「……実はアタシ、ホントはアイドルになりたかったの」
「アイドル?」
「うん、アイドル。テレビに出てる人たちみたいに、アタシも歌ったり踊ったり……、そう、たくさんの人たちを元気にしたいなあって」
彼女はじっと海の方を見つめていた。
「……実は、少し前にオーディション受けたんだ」
「えっ、ホント?知らなかったわ」
「うん、春休みにね、ちょっと」
「春休みって、ホントに最近ね」
「うん」
「……結果は」
「うん、ダメだった。『もうちょっと若ければ良かった』って、言われた」
「何それ、酷いこと言うのね」
「でもさ、やっぱアイドルって言ったら10代の子たちがメインじゃない。テレビに出てるのもそれくらいの子たちでさ」
「……」
「だから、そう言われて妙に納得しちゃって」
「それはそうかもしれないけど……」
「あ、でもね」
ナオちゃんは私の方を振り返って言葉をさえぎった。
「逆にさ、これで踏ん切りがついたっていうか、ホラ」
彼女の表情に後悔の様子は無かった。
「……アタシの人生ってもっと他に何か出来ることがあるんじゃないかって思うようになったの」
「出来ること?」
「うん。アイドルになれなくたってさ、何か人を元気にする仕事なんていっぱいあると思うの」
「そりゃあ、なんでもあるわね」
「そう。別に一本に絞らなくてもさ、いくらでもある方法を選んでアタシなりにやっていけたらなって、ね」
「……そうね」
いつもの妹のようなナオちゃんとは思えない、達観した彼女がそこにいた。
「でもさ、今のアタシはその方法を探して宙ぶらりんなわけですよ」
彼女は大げさに肩を落とすしぐさをする。いつものおどけたナオちゃんだ。
私も立ちあがり、ナオちゃんの正面を向いてじっと彼女を見つめる。そして、
「ナオちゃん、私たちこれからもずっと、友だちでいようね」
心からの本心だった。なぜこんなことを言おうとしたのか、半ば無意識のうちに出た言葉だった。
ナオちゃんは目を丸くして私の言葉を聞いた。そして、少しの間を置いて答えた。
「……うん!ずっと友だちだよ、ミズキちゃん!」
それから私たちはサークルの皆と一緒にバカンスを楽しんだ。
スイカ割り、バーベキュー、肝試しに花火……。
およそ考えられる夏の風物詩は網羅したはずだ。
民宿の夜も私とナオちゃんはどんちゃん騒ぎを抜けだし、布団にくるまり夜中まで他愛も無い話で過ごした。
そうしていつの間にかバカンスは終わり、私たちは再び大学生活に戻った。
三回生になると、私は本格的に就職に向けた勉強を始め、ナオちゃんとの交流は減っていった。
サークルも辞め、別専攻であった彼女と同じ講義は全くなかったため、自然と会う時間も無くなった。
大学と、就活のセミナーと、自宅とを一人で行ったり来たりする日々。
ただナオちゃんとは携帯のメールアドレスを交換していたので、時折メールで連絡を取り合う関係性は続いていた。
私が「やりたいこと、見つかった?」と聞くと、「まだわかんない」とナオちゃんが答え、
ナオちゃんが「忙しい?」と聞くと、「そんなでもないわ」と返す。
たったそれだけのやりとりでも私たちは友だちでいることができた。
最終学年に進級し少しして、私は地方局で働くことが決まった。
久しぶりに会う約束をしたナオちゃんにそのことを報告すると、「おめでとう」と自分のことのように喜んでくれた。
ナオちゃんのほうはまだ進路が決まっていないらしかったが、「まあ、なんとかなるわ」と余裕そうに話していた。
私もあまり心配はしていなかった。
結局ナオちゃんが地方で就職することが決まったのは、大学卒業まで数カ月でのことだった。
お祝いのメールは送ったが、そのころになると私は研修でほぼ毎日を費やし、
ナオちゃんもナオちゃんで引っ越しや取り損ねた単位の取得におおわらわで会う機会を逸した。
卒業式でもナオちゃんとはついに会うこともなかった。
社会人になり、私は地道に下積みを重ねていった。
何本かの番組で司会やリポートを行ったし、ナレーションの仕事も相当数こなした。
表に出ず番組の制作を担当したこともあった。
リテイクを連発して上司に怒られたこともあるが、それもまた経験の一部だ。
朝早いラッシュアワーの電車に揺られ、方々を駆け回り、夜の遅い時間に帰宅する毎日。
なりたかったものになれ、私の人生はこのまま進んでいくかに思われた。
だが、年を経るごとに胸の奥ではこの現状を訝しむ感情が湧き上がってきた。
確かに私は情報を伝える側に立つことが出来た。
でも、私が本当に人々に伝えたかったものはこれだったのか?
ニュース番組で事実を淡々と述べることが私の夢だったのか?
本当に「情報」を伝えられればそれでいいのか?
微妙なわだかまりを覚えながらも、私は業務に勤しんだ。
転機が訪れたのは、28の誕生日を間近に控えたある初夏の日のこと。
「あの、アイドルになりません?」
テレビ局で何度も目にしたアイドル事務所のプロデューサーに、ある日突然面と向かってこんなことを言われた。
いつもなら若い子たちを引きつれて来るはずの彼だが、この日は一人で、しかも私を指名して訪れてきた。
私は突然の申し出に戸惑いを覚えた。
「あ、いや、すぐに答えを聞きたいわけではないです。ただ、貴女ならきっと売れっ子になれると思って……」
私はその時悩んでいた現状への違和感を思った。
アイドル。人々に笑顔と元気を与える存在。ナオちゃんがなれなかったもの。
そういえば最近アイドルブームが再興していると聞く。
かつては小規模事務所だった765プロが超大手へと台頭し、日本のアイドルシーンを牽引していることが主因らしい。
アイドル……それは果たして何を伝えることが出来るのだろう。
ふとそう思うと、考えが頭を巡って止まらなくなる。
アイドル……そうか、アイドルか。
番組で共演していたあの子たちも、私と同じく人々に何かを伝えたいと思っているのだろうか。
それは、私が本当に願っていたことに近しいものなのか。
どうして今まで思い至らなかったのだろう。
それに、こんなに胸の高鳴りを覚えたのは、いつ以来だろう。
私は返事を待って困った表情でいるプロデューサーに、こう問いかけた。
――ねぇ、君。私、この年でもまだまだアイドルとしてイケると思ってるんだけど……君はどう思う?
――プロデューサーとして率直な意見聞かせてちょうだい。ホントのことだけ教えて?
そして、現在。
「なーなー、この渋滞どうにかならねーのかよ」
「もうちょっと大人しくできないんですか、結城さん」
「うるせーなー、こちとら退屈でしょうがねーってのに……」
夏の陽射しが眩しい。夏休みの、それも休日の高速道は当然のように混雑していた。
私、川島瑞樹と運転手のプロデューサー、そしてまだ年若いアイドルの二人を乗せ、
有名なビーチに特設された合同ライブの会場へ向かっている最中だった。
三丁目のタマのEDのやつか?
「あ、P君、次のインターで降りてね」
「はい、次のインターですね」
どこか既視感を覚えつつ、車はのろのろと列をなして進む。
あの夏の高速道を思い出す。
あの時は後部座席に座っていたっけ。隣にはナオちゃんがいて……。
ふと、ナオちゃんのことを思い出す。
彼女は元気にしているだろうか。
そういえばあれきり連絡もしてなかった。
最近は特に昔を思い出す暇も無いほど忙しかった。
メール、打ってみようか。私は携帯のスリープを解除し、メールアプリを起動する。
そしてナオちゃんのアドレスを参照し一言、『お元気ですか』と書いて送信した。
メールはすぐに返ってきた。そこには「送信失敗」の文字。
私はむしろ安堵した。
あの頃のように連絡を取り合うことは出来なくとも、だからこそ私はナオちゃんの無事を信じきっている。
私の中で輝き続ける、もう戻れない過去を想えば。
「お、ようやく見えてきたぜ、今回の会場」
晴ちゃんが窓を開けながら言った。外の熱気が暴風となって車内に流れこむ。
わずかに潮のにおい。
「結城さん、危ないですよ」
「わかったよ、ありす」
「……橘です」
車から外を見やれば、そこには彼方まで続く水平線と、あの頃とよく似た紺碧の空が広がっていた。
おわり
くま井ゆう子さんの「みつあみ引っ張って」でした
川島さんへのリクエストは通らなかったのですが、藍子ちゃんのカバー曲を見てちょっとだけ嬉しかったりします
というわけで皆さん、jewelries!2買いましょう(迫真)
このSSまとめへのコメント
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