島村卯月「輝きとか魔法とか」 (31)



 輝き。

 キラキラと眩く、可愛くって美しく素敵な。 

 そんなアイドルになりたいって。





 ずっと思ってた。



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おはようございまーす♪

 我がシンデレラプロダクションの事務室を開ける。最初面接できた時の雑居ビルの一室からは成長したといっていいはずの8階建てビル。プロデューサーさんがいろいろな施設を作りたいと言い始めてあれやあれや気がついたらビルが建っていた。

「おはよう、卯月ちゃん。凛ちゃんと未央ちゃんは先にトレーナーさんのところへ行ったわよ」

 ちひろさんおはようございます! 私も荷物おいたらいきますね。

 千川ちひろさん。社長さん、プロデューサーさんと同じくシンデレラプロダクション旗揚げからの事務員さん。三つ編みがとっても可愛くてお仕事もできる素敵なお姉さん。

ざっとホワイトボードの予定表を確認する。開いてるマスは月に一回あるかないかだ。765プロダクションとの共同ライブ以降まともに休めるのが高校のテスト期間中だけという。それだけあのライブは世間のシンデレラプロダクションを見る目を変えてしまった。

私の名前は島村卯月。17才で4月24日生まれ。趣味は友達と長電話すること。

「ちょっと未央、ダンス合わせないと」

 彼女は渋谷凛。15才で8月10日生まれ。趣味はわんちゃんのお散歩。

「あれあれー? しぶりんならついて来れるとおもったんだけどなぁ?」

彼女は本田未央。15才で12月1日生まれ。趣味はショッピング。

 未央ちゃんは私たちよりダンス圧倒的だもんねぇ。

「おっ! おはようしまむー!」

「卯月、おはよう」

 二人ともおはよう。ほら新しいタオル、10時から新しいCDのインタビュー来るんだから気がえなきゃ。

「ありゃもうこんな時間だ」

 どうしたの未央ちゃん?

「いやねー、しまむーが来る前にしぶりんてば新しいステップ覚えてびっくりさせてやるんだって言ってたんだけどねー」

「……結果は惨敗」

 でもほら、凛ちゃん歌の方はもうほとんど完璧じゃない。まだ時間はあるし私も頑張らなきゃ!

「おおう、アイドル島村卯月が燃えている……! こりゃ私たちも燃えるしかないよしぶりん!」

「そうだね、二人に負けないくらい私も燃えるから!」

「新曲"We're the friends!"への気持ちをお聞かせもらえますか?」

「そうですねーーー………」

 曲の感想みたいなのを聞かれたらたいてい凛ちゃんが答えることになっている。私たち3人はニュージェネレーションというユニットを組んでいるのだが、この中で曲への理解が一番深いのは凛ちゃんであるから。盛り上がるところだとかここの歌詞を聞いてほしい! みたいな強調のアピールはほとんど未央ちゃん。持ち前の明るさからたくさんの共感が生まれる。

 こういう時、私の仕事はあまりない。

先頭になって何かをしてもらう役、もちろんほとんどチュートリアルが終わったらゲームオーバーで交代。みたいな立ち回りがきっとやりやすいのだろう。少なくともニュージェネレーションでクイズ番組や体を張った行為をする番組に出た際は9割私が先頭だから。

 いつもの笑顔を顔に貼り付けて。


「……ーーーそれとこの話は2曲目のメッセージに続いてましてーーー……」

 凛ちゃんが真剣な表情で曲の説明をしていく。気を楽にインタビューお願いしますと言っていたインタビュアーもいつしか真剣な表情でメモをしていく。時折未央ちゃんがここもおすすめだとか言ってインタビュアーはうなずきながら歌詞に赤線を引いたりする。

 私の仕事は、あまりない。

午後になって凛ちゃんと未央ちゃんは学校に行った。私はテスト期間中でお休み。アイドル活動も大事だけどもちろん学業も大事にするのがシンデレラプロダクションだ。幼稚園から大学生、さらには30代のお姉様までいるはともかくプロデューサーさんが一体どこからアイドルたちを誘ってくるのかは不思議である。

「ほら杏ちゃ~ん、飴あげるからお仕事行こうにぃ?」

「うーーー……あ、ほらきらり先に行っててよ、杏あとから行くからさ」

「ぴーちゃんから絶対に杏ちゃん連れてこいって言われてるの、ほら立って立って」

「やだーーーって卯月じゃん」

 杏ちゃんにきらりちゃん、こんにちは。また杏ちゃんお仕事サボろうとしてるの?

「卯月ちゃんおっすー☆ もー杏ちゃんてば、ぴーちゃん困っちゃうにぃ」

 この人数をプロデュースしながら体調を崩したこともないお休みしたこともないプロデューサーさんが困ることのほうが見てみたい気もする。イベントに出てはアイドルたちの新しい衣装を勝ち取ってきたり定期的に新アイドルを見つけてきたり。

 ほらきらりちゃん困ってるよ杏ちゃん、私からも飴あげるから、ね?

「ね? って2人して姉にでもなったつもりかー? もう、仕方ないなぁ…… 」

 私ときらりちゃんから飴を受け取って杏ちゃんたちは事務室の外に出ていった。彼女たちのホワイトボードを見ればわかるが7割は同じ仕事をしている。ユニットを組んでいる私たちでさえ他のユニットやソロでのお仕事のほうが多いのだからかなりのレアケースなのかもしれない。彼女たちは正式なユニットを組んでいるわけでもないし。

 事務所の向かいにあるハンバーガー屋さんに来た。夕方からトレーニングだし食べておかないともたないから。

「だーーーかーーーらーーー、なんでお前は食べられないのに注文するんだ」

「食べたかったんだもん」

 2階の奥の席から聞き慣れた組み合わせの声がする。

 加蓮ちゃんに奈緒ちゃん、こんにちは。

「あれ卯月だ、1人?」

 そうだよー、凛ちゃんも未央ちゃんも学校行ったからね。

「ちょうど良かった、ほら加蓮が残したポテトあるんだけど食べないか? こいつ食えないくせにでかいサイズ頼みやがってさ」

「食べれるかなーって思ったの!」

 北条加蓮ちゃんと神谷奈緒ちゃん。彼女たちは凛ちゃんとトライアドプリムスというユニットを組んでいる。歌唱力とビジュアルで男性だけじゃなく女性にも大人気だ。

 あ、そうだ奈緒ちゃん。プロデューサーさんが奈緒ちゃんの水着可愛かったって言ってたよ。

「は!? なんだよいきなり!?」

「あ、言ってた言ってた、確かに言ってたよ」

 加蓮ちゃんと目配せ。卯月もやるようになったねなんて言ってるのだろうか。

 黒の支配者よ、生命の源を授けよう。

「太陽姫! 流石は賢者よお見通しと言う訳か。ふっ、この場は礼を言おう……。あ、ありがとう卯月さんっ」

「蘭子ちゃんトレーニングお疲れ様。スポーツドリンクだけどね、あげるよ」

 3年もお話してれば蘭子ちゃんの話す独特な言語もマスターできた。最近じゃ普通の話し方もしてくれるようになってさすが2ndシンデレラガールとても可愛い。

 じゃ、いつものやろっか?

「む、むぅ……」

 ほらほら、にこーって。せーの、にこーっ。

「に、にこっ!」

 ことの話は一年ちょっと前になるだろうか。当時蘭子ちゃんはプロデューサーさんを家に招いて手料理を振る舞おうとしていたのだが、女子寮で料理を習っているときに女の子は笑顔も大事だよねなんて話になり笑顔の先生として私が抜擢されたのであった。蘭子ちゃんには好評だったようであれからも会う度にこうして練習をしている。もっとも、もうとっくに彼女は素敵な笑顔をできるようになっているのだけど。


 渋谷凛。ーーー歩みを止めない覚悟。

 本田未央。ーーーどこまでも自分自身でいる覚悟。

 北条加蓮。ーーー恩を返す覚悟。

 神谷奈緒。ーーーそこにいる安心感としての覚悟。

 双葉杏。ーーー楽しさを保つための覚悟。

 諸星きらり。ーーー過去の自分と決別した覚悟。

 神崎蘭子。ーーー自分の世界観を見て欲しくてアイドルという覚悟。


 じゃあ、私は?

 私のアイドルへの覚悟って何だろう。

 たとえばアイドルデビューしてから1年ちょっと、ほとんど報われないような生活をしてたのにプロデューサーさんはずっと応援しててくれた。このアイドル戦国時代、きっと1年でやめてしまった、やめさせられてしまった子たちも間違いなくいたはずでそんな中、なかなか芽が出なくても懸命にプロデュースをしてくれたプロデューサーさんが好きだとか。

 小さい頃から憧れていたアイドルという職業。その一歩目としてかけたこの事務所への電話はよく覚えている。

「卯月さんはどんなアイドルになりたい?」

ーー笑顔が素敵なアイドルになりたいです。

「ふむ、言い方が悪いかもしれないがアイドルなんてみんな笑顔可愛いと思うが」
ーー私、笑顔って最高の魔法だと思うんです。誰もができて、誰もが幸せになる魔法。そんな最高なアイドルになりたいんです。

「笑顔の魔法……」

 私の夢はアイドルになること。なら今は?その先は?
 
「……き? 卯月ー? おーい?」

 あれ、プロデューサーさん……?

「もう9時だぞ、すみっこのソファで寝てたからちひろさん気づかなかったのか……ほら水だ」

 ありがとうございます……。

「起きたか? なら帰ろう、家まで車で送るよ。親御さんに連絡してあるか?」

 あ、はい……。

 スマートフォンをつけると母からと友達から何件かLINEにメッセージがきていた。とりあえず母には今から帰ると送っておく。友達のは車の中で返せばいいかな。

 帰りの車の中、珍しく静かな空間。

「あー」

 はい? どうかしましたか。

「卯月、お前なんか悩み事あるだろ」

 悩み事、ですか……ないと思いますけど。

「嘘つくなって。お前と俺何年組んでると思ってんだ」

 えへへ……。やっぱりプロデューサーさんには隠せませんか。

「言ってみ」

 国道沿いにあるコンビニの駐車場に入る車。

 私、夢叶っちゃいました。それでどうしようって。わからなくなって。アイドルもお仕事も楽しいんです、毎日毎日素敵なことがあって。

 なのに。

 なのに。

「…………」

 凛ちゃんも未央ちゃんもきっともっと今みたいな私じゃなくて、違う娘のほうがいいんでしょうね。あはは。
 あははははは………。

「…………」

 車内を冷たい空気が支配する。あれまだ8月なんだけどなぁ。

「俺はさ」

 はい……?

「今だから言うけど。俺は、間違いなく、卯月のことが好きだ」

 ……え?

「最初の電話の時さ、このことなら俺の一生使っていいなって思ったんだよ。いやまぁ俺自身が笑顔が素敵な娘がタイプだとかはおいといてだ」

 えっ、えっ。

「なんだよその反応傷つくなぁ。……仕事が辛い時も卯月の笑顔で癒やされてさ。今となってはたくさんの娘をプロデュースしてるけど当時はお前だけだったろ? あれ実はな、社長に頼んでソロにしててもらったんだよ」

 そんなことがあったんですか……。ただでさえプロダクションは人が足りてないのに。

「まーいいじゃないか。んでさ、俺としてはお前はまだまだ輝き足りないと思う。俺が好きな卯月は辛い時だって、暑い時だって寒い時だって、笑顔の魔法の達人だけど。お前ならもっと上に行ける」

 上、ですか。

「そう、上。シンデレラガールなんて目じゃないぞ。あの765プロアイドルだって超えていけるアイドル。トップアイドルになれる」

 輝きの向こう側……。トップアイドル……。

「お前の夢はもうおしまいなのか? どうせならもっとでかい夢にしようぜ? 舞浜で俺になんて言ったっけ、俺は覚えてるぞ」

プロデューサーさんが現れて、私の物語は始まりました。プロデューサーさんは、私に素敵な魔法をかけてくれましたよね! キラキラした世界で、私をアイドルにしてくれました。夢を、夢のまま終わらせないで、形にしてくれた。でも、夢はもっと大きいんです。だからプロデューサーさん、私の夢、これからも一緒に叶えてください!……って。

 大きな、夢。

 今の私にはあの765のアイドルたちを超えたところなんて想像もできない。
 
 けどいつか。まだ夢を見てもいいのだろうか。

 今はなんだかおかしい自分だから。

 その時になったら、また頑張れるように。

 私の笑顔の魔法が世界中に伝わるくらいの勢いで。

 あぁそういえば、私の歌の歌詞におっきな夢ってあるじゃないか。

 愛を込めて歌い続けるって誓ったじゃないか。

 
 ーーそう、今はまだ真っ白かもしれないけど。きっと、掴むから。

 コンビニを出て再び国道を走る私たち。

「あ」

 まだなにかあるんですか?

「返事聞かしてくれよ返事」

 プロデューサーさんの告白のですか? ふふ……。

「な、なんだよ……?」

 私、また夢ができました。それはとっても大きな夢なので恋愛にかまけてる暇はありません。

「……そっか」

 けど。

「けど?」

 今度の夢が叶ったら、いえきっと叶えますが。その時が来たらまた、聞かせてもらえますか?

「……………」

 ……………。


「ったく、しょうがねぇ姫様だなぁ」

 えへへっ♪

 ほら、想像してみてくださいよプロデューサーさん。ただいまーって家の扉開けたら新婚の私ががふかふかスリッパぱたぱたさせながらエプロンつけてアイドルしてた時はみんなに見してた笑顔をプロデューサーさんだけに向けておかえりなさい、ご飯出来てますよ♪って言いながらネクタイ外してくれてそのままほっぺにちゅっ?……とか……。

「ぶっ」

 ……い、いやその……えっと……あはは……。

「お前時々おっさんみたいなこと言い出すよな……」

 はい……。

 自分のベットに横になりながらLINEを見返す。車の中で返信しようと思っていたけどあんなことがあってすっかり忘れてしまった。

 あらら、杏ちゃんにはバレちゃってる、ほんとに鋭いなぁ。

 凛ちゃんと未央ちゃんにも体調心配されちゃってる。

 ほんとにみんなには頭上がらないなぁ。

「プロデューサーさん、凛ちゃん未央ちゃん、おはよっ!」

「卯月おはよう」

「しまむーおはよー! うむうむ体調も良くなったみたいだね!」

「おはよう、卯月」


ーーねぇ、みんな。私頑張るから。おっきな夢できちゃったから。絶対絶対、叶えてみせるから。見ててくださいねっ!

これでおしまいです、どんなに強いこでも浮き沈みだとかありますよね。
ありがとうございました。

乙です!

いいものを読んだ。
ありがとう。

おつ
よかったよ

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