P「生温い雨に」 (65)
こんな夢を見た。
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「お疲れさまでした、なの! ぎんちゃんまるちゃんもまたね!!」
挨拶もそこそこにマスコット達に手を振ってお仕事おしまい。
初めに聞いた時は、地下鉄の博物館なんて地味かなって思ってたけど全然そんな事なかったな。
イベントホールも想像よりずっとしっかりしててちょっとなめ過ぎてたってカンジ?
今日みたいな暑い日でも駅から近いのは高ポイントって思うな。
―――帽子よし、眼鏡よし。うん、変装もこれでオッケー。
ずっと室内だったから気付かなかったけど、ちょっと雲行きが怪しいかな? 雨なんて言ってなかったのにそんなのってないの……。
こうなったら、早く戻ってハニーに褒めて貰うの。雨が降っても事務所まで行けば傘がなくても送ってもらえるもんね。
ん、電話? 事務所からって事は小鳥から?
「もしもしー、小鳥? それとも社長?」
『もしもし、美希ちゃん!? あぁ、繋がって良かったわ!!』
あ、小鳥だったの。ハニーなら良かったのに。
でも、なんかいつもの小鳥とカンジが違うし。どうしたのかな?
『美希ちゃん。いま、どこにいるかしら?』
「えーとね、ちょうどお仕事終わって外出たとこなの。いまは、カサイ? の駅前にいるよ?」
『あのね。……、落ち着いて聞いてね?』
なんだろう、暑いはずなのに寒いような温いような。
あ、雨降って来ちゃったの。この雨の所為?
とりあえず駅に入っちゃおうかな。
『さっき社長から連絡があってね?』
雨だとこの髪型維持するの大変だし、天気予報はしっかり当てて欲しいかな。
駅から事務所までに濡れちゃうし。もー、ちょっとユーウツなの。
『プロデューサーさんがね』
律子に電話したら迎えに来てくれないかな。
ミキだって頑張ってるんだもん。たまにはイイんじゃないかなって。
『交通事故にあっ―――』
「ヤ!! 聞きたくないの!!」
小鳥って免許持ってるのかな。歳だけなら貴音だって持ってるかもしれないの。
……、でも貴音は視力が良くないんだっけ。あずさはダメだったし。
なんだか右足が痛いなぁ。あれ、パンプス脱げちゃった?
やっぱりハニーに電話して迎えに来てもらおっかな?
『美希ちゃん!!! お願いッ、落ち着―――』
あれ、どうしてミキは周りの人に注目されてるのかな。
どうしてミキはケータイを握りしめてるのかな。
どうしてミキは着信を取らないのかな。
どうして視界がぼやけてるのかな。
どうして足が痛いのかな。
あぁ、雨だからかな。
あ、電話切れちゃったの……。
ん、今度はメール? えーと、律子から?
なになにー、ハニーが交通事故?
律子も小鳥もさっきからナニ言ってるの?
いくらミキでもこんな冗談怒っちゃうよ?
でも、律子がこんないたずらするのかな……。
鉄道東京総合病院? 場所は―――新宿、の駅前?
うー、もうイイの!! そんなに言うんだったら直接行って確かめてやるの!
それでドッキリでしたなんて言っても絶対に許さないもんね。
あ、電車来ちゃった。それ乗るの! ちょっと待って!!
新宿まであと何駅くらいかな?
早稲田、高田馬場、落合、中野……。新宿どころか東京すらないの。なんなのこの電車!!
えーと、はやく乗換検索しなきゃ。あー、もう。着信がジャマ!!
神楽坂、新宿、検索っ!
このまま東西線で馬場まで出て、山手線に乗り換え?
もう面倒なの!! 律子! 律子に迎えに来てもらうの!!!
大体、地下鉄ってこの生温い風が気持ち悪いって思うな!!
とにかく律子にメール送っておかなきゃ。駅で待たされるなんてもうヤ、なの。
んと、高田馬場まで行くからそこで拾ってっと、送信。
馬場着いたの! って、律子は? もうどこにいるの!?
っ、着信? 律子から!
「もしもし律子!! いま高田馬場にいるの! 早く来て欲しいな!」
『ちょっと美希!! 電話に出られないならせめてメールでどこにいるか位報告しなさい!!』
「そんな事言ってらんないの! 大体なんなの! 律子と小鳥が揃ってハニーが事故なんて言うから!!!」
『っ!!』
「急にそんなこと言われて信じられるワケないの!! でも、律子から言われたら流石に嘘だなんて思えなくって!!」
『―――らよ』
「ねぇ律子! なんで黙ってるのなんとか言ってよ!!!」
『……、だからよ。あの人が病院に運び込まれて、そしたら、音無さんから、あんたと、連絡が……、付かなく、なったって』
「律子、なんで泣いてるの?」
『どれだけ心配したと思ってるのよばかぁ……』
「律子……、さん。ごめん……、なさい」
『はぁ、とりあえずは無事が確認できたからいいわ。いま迎えに行くから待ってなさい?』
「うん、わかったの」
律子まだかな。ここまでそんなに遠くないと思うんだけど……。
とりあえず、いまのうちにメールチェックしておかなきゃなの。
えーと、うわぁ。みんなからすごいいっぱい来てる。
機械苦手な千早さんからもこんなに来てるの。
あ、そっか……。交通事故、だもんね。
あとでみんなにちゃんと謝らないと。
「―――キ、美希っ!!」
「あ、律子。やっと来たの」
「やっと来たじゃないわよ! あんたなにその格好。靴はどうしたの、靴。それにそんなに濡れて」
「そんな事どうでもいいの!! ハニーは!? はやく連れてって!!!」
「はぁ、分かったから。さっさと乗って」
車に乗ってすぐに走り出した。
でもすぐに信号に捕まる。
沢山の大学生が歩道を渡って、ミキも将来こうやって仲間と学生街を歩くのかな。
「ねぇ律子、もっと急げないの?」
「信号ばっかりは仕方ないでしょうが」
「むぅ……」
「それで、その。さっきは悪かったわね。えーと、取り乱して」
「律子……、さんが謝る必要はないって思うな」
さっきまではなんともなかったのに呼び捨てにしたらにらまれたの。
運転中は前を見ないといけないって思うな。
あっ、また信号。なんだか夢の中だとうまく走れないけど。
車も走れなくなっちゃうのかな。
さっきから律子は口を開かない。それはミキも一緒。
こんな律子を見たら、ドッキリやいたずらじゃないとは思う。
本当ならハニーがどうなのか問いただしたいし、本来なら律子も説明するべきだと思う。
ホウレンソウはしっかりって言われてるもんね?
その律子がこうなんだから……、あんまりイイカンジじゃないのかなってのはミキにも分かる。
それでもこんな事を考えるヨユーがあるのはなんでかな。
ゆっくりと、一向に辿り着かない車に乗ってる所為かな。
「美希、もうすぐ着くわよ?」
「うん、見えてるの」
「……、静かだから寝てるのかと思ったわ」
助手席だからそんな事ないって分かってるのにね。
もう、このゆっくり流れる時間もオシマイって事?
「いくらミキでもこんな時にお昼寝はしないかな」
「そう……、ね」
「うん」
でも、あんまり聞きたくない。できれば律子から説明して欲しいな。
そんな事も思ったけど、ここで黙っちゃうとたぶんなんにも聞けなくなっちゃう。
そう思ったから、
「ハニーはいまどこにいるの?」
「あんたを迎えに出る直前までは救急科の処置室にいたけど」
「けど?」
「たぶん、いまは整形外科の病棟に移して貰ってるんじゃないかしら?」
「セーケーゲカがなにか分かんないけど、入院って事なの?」
「そうね、手続きは社長か小鳥さんがやってくれてるでしょ」
「けっこうテキトーなの、良くないと思うな」
まずこれで入院だって事は分かった。
P死にそうだな…
律子があんまりにも話してくれないから、もしかしたらモルグかも? なんて心配もしてたけど。
そしたら、入院ってどれ位なのかな。
歩けるかな、話せるかな。
今日は一人でお仕事頑張ったんだよって言ったら褒めてくれるかな。
なでてくれるかな、いつもみたいに抱きついても平気かな。
「あ、そうだ。あんたまず面会行く前に、靴でもサンダルでもいいから履くもん買ってきなさい」
「忘れてたの。うーん、今日のイベントで使ったのじゃダメ?」
「一応、土足で入る場所なんだけど」
「じゃあ、パパッと買ってくるの。ちょっとここで待ってて!!」
ここからだと南口かなー。あんまり選ぶ余裕もないし、とりあえずなんでもいいからショップも気にせず手早くね。
入院患者さんってスリッパ履いてるイメージだし、せっかくだからハニーのサンダルも買ってお揃いにしちゃえ。
急いで戻ってきたけど律子はどこ行っちゃったの?
とりあえず電話してみる。……、通話中?
もう、待っててって言ったのに。
「おや、美希君」
「あれ、もう戻って来たの?」
入口の方から律子と社長が出てきたの。
もう戻ってたなんてあんまりなの。ミキはすぐにでもハニーに会いたいのに。
「じゃあ、私はこれで失礼するよ」
「はい、お疲れ様です社長」
「うむ、律子君もだが……。あー、美希君?」
「はいなの」
「その、なんだ。気を強く持ってね……。では、律子君。あとは頼んだよ」
「はい。こちらこそ、予定の調整をお願いしてすいません」
「いやいや、気にする事はないよ。こんな時の為に私がいるんだから」
なんだかよく分かんない事言われた後に、そのままミキを素通りして話すのはやめて欲しいかな?
もー、なんでもいいから早く行くの。大体、人の荷物を見てを見て、気を強くなんて失礼じゃないかな。
ようやく社長が帰って、中に入れたの。
なんでも気を利かせて個室をおさえたって言ってたけど広い部屋なのかな。
お見舞いでアイドルが次々来たら騒ぎになっちゃうから、トーゼンな気もするけどね。
「ねぇ美希?」
「ごめんね」
「なにが?」
律子が急に謝ってきてどうしたんだろう。
さっきの社長みたいにこっちの手提げを見てた気がしたけど。
駐車場でのやりとりじゃ、そんなに深刻な様子は感じなかったよ?
どうしたのかな。
そのまま黙り込んじゃった。車での沈黙と違ってちょっと気まずいの。
エレベーターのドアが開いてもなんにも喋らないで先に歩いて行っちゃって。
「プロデューサー殿の部屋はここね」
そう呟いたけど、じゃあ早く入ろ?
どうして立ち止まるの?
どうして謝るの?
どうして泣いてるの?
「ねえ律子、どうしたの?」
答えが返ってこないの……。まさか、なんて事ないよね?
鼓動が早まる。
ノックしたっけ?
いつものドキドキとは違う鼓動。
返事はあった?
怪我した場所もドクドク言いだしたの。
扉にぶつかる、―――スライドドアだ。
「ハニー、入るよ?」
返事を待たず室内に入った。最初に目についたのがカーテン。
そこにベッドがあるのかな。中は思ったほど広くない。
これだと四人も来たらいっぱいになっちゃうかな。
返事がなかったけど……、開けていいんだよね?
「開けるよ?」
おずおずと呼びかけてカーテンに手をかける。
いなかったらどうしようとか、変なマスク―――人工呼吸器―――を付けてたらどうしようとか。
カーテンレールが鳴ってベッドが現れる。
ドキドキ・・・
うぅ.............
リアルタイムで読んでくれてる人がいたのに気付かないとかいう失態……
まだ終わってないけど書いたとこまで投下します
ROMが多いからね…
あと、sage無い方がいいじゃない?
「ん、おう美希か?」
「ハニー!!!」
「あれ、一人か。律子は? ってちょっと待て待て流石にいまは抱きつくな……」
イヤホン付けてタブレットとにらめっこしてるハニーがいたの。
なにか聞いてたからミキの声が聞こえなかったのかな。
「もうすっごい心配したの!!! 美希に心配かけたらいけないんだよ、知らないの?」
「ははは、悪い悪い」
なんだか心配して損したってカンジ?
横になってはいるけど、上半身は起こして普通におしゃべりできてるし。
ベッドに空いた、足下のスペースに腰かけて、
「あ、そうなの。聞いてハニー。今日のお仕事ね、最初はビミョーかなって思ってたの。でもね、行ってみたらそんなこと全然なくてね」
褒めて欲しくて今日した事を話しだす。
イベントの事、雨の事、落としたパンプス、学生街。
進まない車で寝てるんじゃないかと言われた事。
だんだんハニーも疲れてきたのかな? ちょっとぼーっとした感じになってきて。
「はいはい、美希。それくらいにしときなさい」
「えー、まだ全然話し足りないの」
気付いたら律子がいたの。もう泣きやんだんだね。
でも、ハニーとの時間をジャマするのは良くないって思うな。
「ほーら! いくらこの人が鉄人じみてるからって限度ってもんがあるでしょうが」
「なあ、律子……。お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
「あら、私なにかおかしい事言いました?」
「言ってないと思うな」
「お前らなぁ……」
「大体、こんなになってまで仕事してるんですからね。言い訳は聞きませんよ」
「それについては反論できないのが苦しいなぁ」
「仕事ってさっきのタブの事?」
「そうそう。以前、色んな歌手の方の曲をカバーした事があったろ?」
「うん! ハルカリとかケツメとかすっごい良かったの!!」
「さんを付けなさい、さんを」
「まあまあ。でな、新しくカバーする曲を色々チェックしてたんだよ」
「そうなの? ミキは? ミキはなにを歌うの?」
「えーと、な。ちょっと待―――」
「はーい! 仕事の話はそこまでー! あと、タブは没収しまーす」
「おい律子」
「こんな時くらい休んでくださいね、まったく」
むー、なにを歌うのかくらい教えてくれてもいいのに。
でも、これも律子なりに休んで欲しいって気遣いなのかな。
「じゃあ、そろそろ戻りますね。ほら、美希も」
「ああ、お疲れ。ちょっとしばらく迷惑掛けそうで悪いな。美希も仕事終わりにこんな場所まで」
「謝るなら社長に言って下さい。久しぶりの前線で張り切ってましたよ」
「ああ、そうか……」
「それに迷惑だと思うなら、少しでも早く戻ってきてくださいね」
「俺だってそのつもりだよ。さっきの企画もあるしな」
「よろしい。よし、それじゃ帰るわよ」
なんだか律子が無理やり帰ろうとしてるように見えるのは気の所為?
それに……、ミキもなにか忘れてる気がするの。
なんだっけ、えーと……。
「あ、ハニー。渡すの忘れてたの!」
「ちょっと美希!!!」
「これ、ミキとオソロのサンダルなの!! 入院中はあったらベンリでしょ?」
「ん、ああ……」
あれー? なんかハニーは微妙な顔になるし律子は怒鳴ってるし。なんでかな。
喜んでもらえると思ったのに。これでもミキは尽くすタイプなんだよ?
だから、そんな顔しないで、ありがとうって、言って欲しいな?
「あー、美希、その……、なんだ。気持ちは非常にありがたいんだが、な?」
大人ってそうやってすぐ建前に逃げるの、ずるいと思うな。
「でもさ、ほら。お前もさっき、そこ座って気付いたかもしれないけどさ」
ミキが座ってたベッドの隅がなんだっていうのかな。
「美希からの贈り物なんて嬉しくないわけはないぞ。ただな……?」
「プロデューサーも、美希も、もうやめて……」
"ベッドに空いた、足下のスペース"がなんだっていうのかな。
そんな事に気付かないと思ったのかな。
どうして律子はまた泣いてるの? 今日は本当にヘンなの。
黙ったと思ったら泣いて、謝ったと思ったら泣いて、怒ったと思ったら泣いて。
律子って泣き虫さんなんだね。
あれ、なんでミキの視界もぼやけてるのかな。
ああ、そっか。今日は雨が降ってるんだよね。
それじゃあ仕方ないのかな。
でも雨にしてはあんまり冷たくないな。
「ねえ、はにー?」
「美希も律子もそんなに泣かないでくれよ。もうこればっかりは仕方ないんだから。な?」
「仕方なくないの! こんなのが仕方ないはずがないの」
「二人とも俺の代わりに泣いてくれて、ありがとな」
大人はいつもこうなの。
仕方ない。運命だ。諦めよう。どうしようもない。
この人はいつもそう。
アイドルの為、同僚の為、会社の為。自分の事は一番最後。
でもね、ハニー。知ってる?
走ってないと強くなれないんだよ。
みっともない声でも、口にして叫ばないと夢は叶わないんだよ。
だからね、ミキが代わりに全部やってあげる。
だからね、ミキが代わりに全部走ってあげる。
だからね、ミキが代わりに全部叫んであげる。
走れないんだったら、ミキが手を引っ張ってあげる。
歌じゃなくなっても、ミキが声を張り上げてあげる。
ひきずってでも、走ってあげる。
喉が枯れてでも、叫んであげる。
ねえ、ハニーは許せるの?
ねえ、ミキは許せないよ?
これが運命? そんなもんクソ食らえなの。
だからもう泣かないよ?
これからはミキが全部守ってあげるから、ね?
「ねえ、ハニー?」
「ん、ああ。泣きやんでくれたか? どうした?」
「大好き。ずっとそばにいるからね。もう怖い思いはさせないからね」
なんだか眠くなってきたの。
これからは守ってあげるから、いまは側で寝させてね?
うーん……。夏に公園で寝るのはちょっとアブナイかもしれないの。この暑さは溶けるの。
でも暑いからって急に雨が降りそうになるのはノーサンキューなの。
目覚めて最初に見るのがあっつーい太陽と真っ黒な雨雲のツーショットとかちょっと理解に苦しむかな?
傘なしサンダルで雨に降られる身にもなって欲しいな。
濡れたままお見舞いに行って律子に怒られたんだから。
ゲリラ豪雨なんていっても天気なんだし、しっかり天気予報で当てて欲しいの、もう。
水も滴るなんて言って、そんな事しなくてもミキはキラキラ出来るもん。
むしろ湿気はキラキラの敵だって思うな。くせっ毛って大変なんだよ?
あ、カモ先生!! 起こしてくれてありがとうなの。
うん。今日はね、公園の写真を撮りに来たの。
ほら、照れてないで先生も入って入って!!
これ? この写真はハニーにあげるの。
入院してると外に出らんないの。そんなのつまんないの。
だからいま、ミキはこんな場所を歩いてるよって。
花壇には向日葵が咲いたんだよって。
ね、とってもイイ考えって思うな。
―――うん、オッケー! バッチリ撮れたの。
それじゃあ、カモ先生。行ってきます。またね、なの!!
うん、流石にもうお見舞いも慣れたの。
マスクを付けて、エレベーターを出て、ノックして。
扉を開けて、カーテン引いて、荷物を置いて。
「はーにぃ、開けるよー?」
ベッドを囲うカーテンに手を掛けて。
……? ハニーいないの。
せっかく来たのにどこ行ったのかな。
お財布はあるからすぐ戻ってくると思うんだけど。
とりあえずナースステーションに行けばなにか知ってるかな。
「あ、すいませんなの。ちょっと教えて欲しいの」
「はい、なんでしょう?」
「あそこの部屋のはに……、Pっていまどこにいるかとかって分かるかな?」
「Pさんですね。えーと、いまは放射線治療室にいますね」
「治療室……? 時間ってどれ位かかるの?」
「予定ではもうじき終わるはずです」
「分かったの、ありがとうございますなの!」
すぐ戻ってくるのが分かればそれで十分なの。
でも病室に一人で待つのって結構タイクツかな。
せっかくだしお掃除しちゃおうかな。……、別に家探しとかじゃないよ。
もしかしたら律子に隠れてこっそり仕事持ち込んでるかもなの。
そしたら怒られちゃうの。そんなのかわいそうなの。
うん、理論武装? はこれで完璧かな?
シーツを敷いてー、枕を置いてー、ベッドはオッケー。
元々きれいに掃除されてるからベッドメイク位しかやる事ないの。飽きたの。
シーツから結構髪が落ちちゃったけどホウキがないの。だから床は見なかった事にしよ?
むしろ散らかしたなんて事ないよ、ホントだよ?
他にあるものなんて、小分けにされたお薬とかトイレの時間を書いた紙とかそんなんばっかなの。
食べちゃいけないものリストなんかもっとどーでもいいの。
もう、はーやーくー!! 早く戻ってきて欲しいのー!!
あ、どうせならいまのうちに写真飾っとこうかな?
フレームに入れて、うん。こんなカンジ?
あれ……? さっきまでここにお財布あったんだけど。
あっ、落ちてたの。写真置く時に落としちゃったのかな?
でも、いくらすぐ戻るからってお財布置いたまんまは良くないんじゃないかな。
部屋にカギが掛かってるわけでもないんだし、案外うっかりさんなの。
ってうわぁ……。財布の中身出ちゃったの。―――免許証?
あはっ、写真の顔がちょっとこわばってるの。どうして証明写真ってみんなヘンに写っちゃうのかな。
ずっと使うんだからもっとキラキラして撮ればイイのに。
あ、住所載ってるんだね。へー、署名欄もあるんだ。はじめて知ったの。
そういえばハニーの事ってあんまり知らないなぁ……。
家はどことか、両親はとか、趣味とか人付き合いとか。
いやいや、そうじゃないの。こんな事してる場合じゃなかったの。
いくらハニーでもお財布勝手に見たら怒るに決まってるの。
こんな場所見られたらお先真っ暗なの。まっくら森は怖いからイヤなの。
でも……、住所を覚える位はしてもイイよね?
据え膳食わぬはナントカって小鳥が言ってたし。
えーと、東京―――!!
「はい、ありがとうございましたー。って、ん? 美希来てたのか。部屋空けてて悪かったなぁ」
「え、ううん。なんて事ないの」
ぺたぺたサンダルの音が聞こえてとっさに隠しちゃったの。
どうしようなの。これは非常にマズイの。サイアクなの。
「お、ベッド整えてくれたのか、ありがとな」
「うん……。どういたしましてなの」
「よっと。おっ、やべぇ。手すりに引っ掛かった」
「やっぱりうっかりさんなの。はい、引っ張っちゃダメだよ?」
「おうサンキュー。やっぱこれ邪魔だよなー……。さっき足ぶつけたし。絡まったら音鳴るし、夜は夜でしとしとうるさいしな?」
「ジャマだからって取っちゃうのはもっとダメだよ?」
とにかく、はやく返すの。きっといまならまだ許してくれるよね?
「あのね、ハ―――」
「お!! 写真撮って来たんだな」
「にぃ……。うん、今日来る前に撮って来たの。カモ先生もいるんだよ?」
「そっぽ向いてるけどな?」
「先生はシャイなの」
「シャイですか」
あれ、いますごいイラッとしたの。ミキが謝ろうとしてるのになんなのなの。
大体、ひとが謝ろうとした時に被せるなんて空気読めてないんじゃないかな。
そうなの、だからこれはミキの所為じゃないの。セーサイってやつなの。
「ちょっといまのはつまんないんじゃないかな?」
「ああ、知ってる」
「それに先生をネタにするのも良くないよね?」
「はい、おっしゃる通りで。あれ、美希もしかして怒ってるか?」
「怒るかどうかはこれから決めるの」
「えー、なんだそれ」
「えーと、ね。頭なでるの。そうすればミキは怒らないよ?」
「なんだそんな事ならいつでもしてやるのに。ほら、おいで」
えへへー、なでてもらうの久しぶりなの。
でもね、これじゃセーサイにならないんだよ。だからね、
「違うの。ハニーがなでるんじゃないの。ミキが、ハニーを、なでるの」
そう言ったら露骨にイヤそうな顔したの。嫌がるのは知ってたんだけど。
これは変わった事。入院してから頭を触らせてくれなくなった。
もっと具体的に言えば、髪を。
だから、もっともっと久しぶりに頭に触れて。
なでるように手櫛を通して。
あんまりの手応えのなさに。
やっぱりね、なんにも知らないんだなぁ……、って。
知らないって分かっただけでいまは十分かな。
だから今日はここまでなの!
ストック尽きたんで今日はここまで
お疲れさまでした―
乙!
「お、もう許してくれるのかな?」
「これ位で許してあげるの。あとね、プレゼントなの」
バッグの中、どこに入れたっけ。
ああ、あったの。これこれ。
「開けてみて欲しいの」
「これは、―――ニット帽?」
「うん。あったら便利でしょ?」
「あー、確かにこれは助かる。ありがとな」
「どーいたしましてなの! ところでいつになったら直るの?」
「こればっかりはなー。代わりがない事にはなんとも」
「ふーん、まだ見つからないんだね……、うん。じゃあ、今日はこれで帰るね!!」
「おう、お疲れ。あぁ、あと今後はちょいちょい検査が入るから、その辺は音無さんに聞いといてくれるかな」
「? 分かったの。またね、ハニー」
ベッドのカーテンは開けたままだけど、入口のカーテンは閉めた方がいいのかな。
これは毎回悩むの。一応閉めて帰るけど、出来れば閉めたくないな。
壁の枚数は少ない方がイイよね。
検査がどうって言ってたから事務所寄ってから帰ろうかな?
「ただいまなのー」
「あら美希ちゃん、おかえりなさい。今日もお見舞い帰りかしら」
「そうなの。ねぇ、小鳥はハニーの事知ってる?」
「プロデューサーさんの事?」
「うん。どこに住んでるとか、趣味とかいわゆるプライベートってやつ?」
「一応書類関係は任されてるから、その範囲でなら分かるけど……。あの人は社長直々のスカウトだから履歴書がないのよね」
「そうなの?」
「ええ、だから住所程度しか知らないわね」
「そっか」
「でも急にそんな事聞いてどうしたの?」
「うん、ミキってハニーのなにを知ってるのかなって。そしたらなんにも知らなかったの」
「そうかしら。そんな事はないと思うけど」
「えーと。ミキはね、雨が降ると髪がうっとおしいなって思う事があるの」
「ええ」
「外で寝てて暑いって思ったり、おにぎりがおいしいって思ったり」
「そうね」
「じゃあハニーはどうなのかな。雨が降ったら、晴れてたらどう思うのかな」
「それは……」
「ね、ハニーがどう感じるか全然分かんないの」
「そういう話だったかしら?」
「……、小鳥にはムズカシイ話だったの。忘れるの。そんな事よりハニーの検査ってどんなのかな?」
「あら、もう知ってるのね。あたしは血液検査って聞いてるわ」
「そんなのでわざわざ連絡するの?」
「えーと、すごく痛い検査なのよ」
「それってどんな?」
「これ言っていいのかしら……。えーとね、骨に穴を空けるのよ。それでバイ菌が入らないようにってそういう部屋でやるの」
「じゃあその時は会えないって事なのかな?」
「ええ、そうなるわね」
やっぱりそれも分からない。すっごく痛いのはなんとなく伝わったの。
でもそれがどれだけ痛いのかが分からない。
ハニーの事も分からないし、どう感じるかも痛みも分からないの。
なんでも理解してあげようって思ってたけど自信なくしちゃうな……。
ミキはケンコーだから実際に体験する事も出来ないし。
結局お見舞いするだけなのかな……。
「……、今日はもう帰るの」
「あら、そう? お茶いれようと思ったんだけど」
「んー、なんか気分じゃないの」
「あら残念ね。それじゃあ気を付けて帰ってね?」
「お疲れさまでしたなの」
決めたの。痛いのは分からないけど、ハニーの事はいまからでも理解できるの。
きっと、ハニーのおうちに行けば少しでもなにか分かるんじゃないかなって。
ミキってばすっかり悪い子になっちゃったな。
でもね、側にいる為なら、ミキなんだってするんだよ?
うーん、住所見る限りこの辺りなんだけど……。
似たような建物ばっかでどれがどれなの。
あ、ここかな。マップアプリだけで辿り着けるのって便利だね。
来ちゃったのはいいけどなにをするかまで考えてなかったの。
ここでポストあさったり、部屋に入ったりしたら本格的にアブナイ人なの。
大体、カギもないのに部屋に入れるわけもないよね?
うーん、今日は周りをぐるーって見てそれでいいかな。
これがハニーが毎日見てる景色なんだね。
それにしてもすごい静かだね。きっと周りの人はみんな出掛けてるのかな。
じゃあ、少しくらいならいいかな?
一応チャイムを鳴らして、当然だけど反応はないの。
周りに人は―――いないよね。えいっ!!
……、うん。ドアが開かないのはトーゼンって思うな。
うっかりさんのハニーだから、カギ閉め忘れてたりしないかな。なんてね、ちょっと期待しただけなの。
夢じゃないんだから、現実は、そんなに都合良くいかないよね。
今日のところはこれで十分かな。
じゃあね、また来るね!
あんまりここにいても、もし誰かに見られたらヘンに思われちゃうし。帰ろっかな?
あっ、でもまだ周りを見てないの。これが後ろ髪引かれるって事なのかな。
裏に回って、えーと……。たしか、ここの部屋かな。
あはっ、ハニーったらやっぱりうっかりなの。カギ閉めてても窓が開いてたら意味ないって思うな。
だってここ、ホントに誰も通らないんだよ?
これじゃ、ドロボーさんにどうぞって言ってるようなものなんじゃないかな。
もう、だらしないのは良くないよ?
よいしょ、なの。窓を閉めて、クレセント錠? ってカギも閉めて。
うん、これで大丈夫だよ。もう誰も入れないの。
せっかくお部屋に入れたのにドキドキしないのはなんでかな。
ベッドにテレビボード、デスク。あとはマルチキャビ、パソコンと?
なんだろうこれ。電子レンジみたいなカタチのがパソコンと繋がってるの。
見える限りじゃ本もCDもミキ達が出てるのばっかだね。
ほかは、そこにキッチンはあるけど。これだけなの。
趣味のモノがなんにも見当たらないのは少しさみしいカンジなの。
男の子ってプラモとかゲーム機とか持ってるイメージだったけど。
ハニーを知りたいのにこれじゃ全然分かんないまんまなの。
このままじゃ引き下がれないの。こんなドロボーさんみたいな事までしてるんだよ?
でも、テレビボードも普通。キャビも普通。卒アルすらないの。
もうデスクキャビのひきだし位しか残ってないよ……。
これでなにもなかったら今度こそ今日は諦めようかな……。
一番上の段はカギが掛ってるね。
いくらなんでも壊すわけにはいかないの。
次の段は、―――ドライバーとかネジとかバネとか。
あと、ビーズよりちょっとおっきい白い球?
その次は、―――プリントした紙?
これは、設計図かな? 取っ手が付いてるカンジだけど。
あとこっちは。待機適応者三千、実践者千二百?
登録は十八歳、提供は二十歳から?
手術か何かの数字かな。
一応どっちも貰っとこうかな。
一番下は、―――モデルガンが二つ?
なんだ、モデルガンなんてちゃんと男の子らしい趣味なの。
って冷た! しかも重いし。え、金属で出来てるの?
まさかホンモノ? ミキの指紋付いちゃったよ?
……、指紋は今更だね。とりあえず戻しとくの。
ボタンが付いてたりして気になったけど押しちゃダメな気がするの。
こっちの方は……。あ、こっちはオモチャみたいなの。
軽いしプラスチックだし。うん、これなら触ってても安心かな。
さっきのにもあったけど、これも引き金の根元にボタンがあるんだね。
こっちなら押しても平気だよね? きっと。
……。取っ手からなんか落っこったの。あっ、マガジン! これに弾入れるんだね!!
さっきの白いのが大きさぴったりなの……。一回撃ってみてもイイよね?
弾詰めて、ガンに戻して。映画とかだとゲキテツ? を降ろしてるよね。
これでいいのかな。あとはとりあえずベッドに向けて。引き金を引くっ、なの!
なにも出ないの……。これ壊れてるのかな。
ゲキテツは動いたけどすっごいしょぼいカンジなの。
期待して損しちゃったな。もう。
あ、でもそしたら。さっきのもやっぱりオモチャなのかな?
ちょっと気になるからもう一回見てみようかな。
―――うーん、やっぱり重いの。
そもそもホンモノの銃なんて見た事ないから区別付かないの。
でもさっきのボタンが安全なのは分かったから、とりあえずマガジン見てみるの。
えっと、これを押して。うん、さっきと同じカタチだからやっぱりオモチャなんだね。
こっちは弾出るのかな。ちょっと試してみたいけど……。
金属製だからなんとなく怖い気もするね。弾を入れなければ安全かな?
ちょっとこっちも引き金だけ引いてみたいの。
マガジン戻して、ゲキテツを……、動かないの。
はじめから動かないみたいだし気にしないでいいかな。
あとは、引き金を引くの。バーン! ってね―――えっ?
ちょっとびっくりしたの。撃てるとは思ってなかったの。
もちろん弾は出てないよ? でも動くと思わなくて。
反動にびっくりして落としちゃったの。
うー、なんかカタチがさっきと変ってる?
上の方がスライドしたまま固まっちゃったの。
戻し方も分からないし。直せないからこのままでいいかな……。
あー、落とした時にひきだしに穴も空けちゃったの。
悪い事してるとやっぱりバチって当たるんだね……。
ところでこれ、一番下の段だよね?
なんで穴が空いたのに下にまだ板があるのかな。二重底ってやつ?
二重底っていえばモノを隠すところだよね?
なにが入ってるのかな。モデルガンはちょっとどかして。
―――カギ? ひきだしのカギかな。
一番上に挿して、回して。ビンゴなの!
あはっ、ひきだしのカギがひきだしにあるなんてちょっとヘンなの。
中身はなにがあるのかな?
―――CDケースと……、また鉄砲?
CDは手焼きなのかな。ジャケットとかはなにもないけど。
ハニーはヘンな場所で几帳面だし。ケースかCD表面に曲名書いてたりしないかな。
ケース裏は……、なにもないの。そしたら、CDに直になにか―――
"心の銃/アナーキー
再殺部隊/筋少"
CD-RWなのかな。下のは後から書き足したみたいなカンジ?
でもどっちも知らないの。むしろどっちが曲名かすら分かんないの。しかもやたら物騒なの。
まあ、いまはCDは置いとくの。
で、こっちは鉄砲でいいんだよね?
プラスチックで、やたら四角くて青一色だけど。
さっきの金属のと違って、どう見ても出来の悪いオモチャなのになんでカギ掛けてしまってるのかな。
うーん、ちょっと気になるからどっちもシッケーするの。
あ、そろそろ帰らないとね。
玄関を開けっぱなしは流石に良くないし、また窓から出ないとダメだね。
外に出ちゃったら窓のカギ掛けられないけど、ぴったり閉めておけばいいかな。
そもそも最初から開いてたんだしイイよね?
乙です
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