6.5巻の発売が地域によって22日~24日らしいので、
この週末の暇つぶしに読んでもらえたら嬉しいです。
八幡と結衣が仲良くする話。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405686011
間延びしたチャイムの音と、それを合図にさざ波だつざわめき。
それぞれ椅子を鳴らして立ち上がり「あー疲れたー」とか、「今日どうするー?」だとか、
ノートを片付けながらお喋りに花を咲かせていく。花か、いや違うな。
その実内容ペラペラのくっちゃべりなんだから、僕たち高校生してますよっていう
胞子みたいなのを撒き散らしていると言っていい。
そいつが教室中を漂って隙間を埋めていく。うっかり顔を上げたら息ができないレベル。
マスクをしなければ5分で肺が腐ってしまう死の空間。
誰か、早く窓開けて。暖房の熱気で超曇ってるから。
なんてことのない、いつもの風景。ただいくつか普段と違っている点がある。
今日は12月26日。終業式はとっくに終えて、花の冬休みに入っているはずだった。
「これで前半の2日間が終わるわけだが、後半の冬期講習は年明け6日から3日間だ。
休みの間に予習をしておくように」
黒板消し片手に教壇の上から声が投げかけられる。
それを受けて、今度はうんざりしたような小さなため息が室内に充満した。
「冬休みを計5日間も奪うとかなんなの……学生共は死なぬように生きぬようにって、
徳川家康なの?」
絶望のあまり、つい心の声が口に出てしまった。
あ、今、周りの「マジかよー勘弁ー」って空気と結構馴染んでない?
ぼくちゃんと高校生できてるよ!
所詮俺の独り言だから誰も聞いてくれてないし、よって相槌とかまったくされないけど。
学校生活は封建社会に似ている。
我が総武高校は県下指折りの県立進学校であるので、冬期休業中にも登校日が
定められているのであった。
基本的には任意の参加だが、冬期講習の名の下に普通に来学期の範囲を先行する教科も
あったりするので、その実強制参加と言っていい。いちいち出欠も取ってるし。
この制度、先生も授業準備大変なんじゃないの?
妻も子供もいる先生は家の大掃除とかしなくていいの?
夫も子供もいない平塚先生は、職員室の机の下にゲッサンが平積みになってるから、
資源回収の最終日に間に合うよう断捨離したほうがいいと思う。講習の時間使って。
そして俺のことを休ませてくれればいい。
これで半ドンじゃなかったらストライキを起こしていたところだ。
一人でやったらストじゃなくてサボタージュって言うんだっけ。
登校拒否とも言えるかもしれない。
結果、未学習範囲が広がって、自学自習が追いつかず不登校になるまである。
だからやっぱり、来たくなくても来なければならない。
もう、ぼくら学生のうちから社畜調教されてるよね……。七日間も戦争なんてできないし。
だからいつか学生の身分を脱したら、養われる道を選び取りたいと思います。
はーっと深くため息をついて、遅い帰り支度を開始する。
既に半数の生徒が教室を出、室内は比較的風通しが良くなっていた。
俺みたいなぼっちがいち早く片付けを済ませて駆けていくなんてことをすると、
まるで逃げ出したみたいで却って目立っちゃうのである。
背中から聞こえてくるクスクス笑いとか寒風突き刺さってマジ辛い。
突出は避け、こうしてパーソナルスペースを広く取れる時間帯になるまで
息を潜めているに限る。
「はー、マージ冬休み中に授業とかないわー。超疲れたしハラへりんぐだわー」
教室の後ろから割れ気味のでかい声が響いた。これはあれだな、戸部だな。
振り向かなくても分かる。
「しかもこれから俺ら部活だぜー? はやとくーん、やっぱ部活休みにしね? ね?」
「うーん……グラウンド空けてもらっちゃったしそういう訳にもいかないだろ」
「あー、そっかー……だーよねー……」
しゅんとしたような戸部の声を受けてか、サッカー部部長の葉山隼人が明るく告げる。
「まあ、休み中だし、みんな家の用事とかもあるだろうから、
4時には切り上げるようにするか」
「マジかー! 隼人くんさすが部長だわー、俺らの気持ち分かってるわー」
戸部が、おー心の友よ! とでも歌い上げそうなテンションではしゃぐ。
三浦や大岡、大和の笑い声がそこに混じり、
なんなら海老名さんがぐ腐腐と漏らしたようだった。
何だ、肩でも組んだのか。海老名さんに対する大サービスだな、やるじゃんとべっち。
鞄から取り出したイヤホンを弄びながら、つい耳を澄ましてしまう。
「じゃーさじゃーさ、昼飯どうする? 部活前にみんなでマック行っちゃう?
ランチコンビ頼んじゃう? それともハッピーなほう?」
「あーしこれからバイトあるしパス」
「えー、優美子そーなん? え、海老名さんはどお?」
「んー?」
なんてことのない、いつもの風景。ただいくつか普段と違っている点があった。
片耳だけ、できるだけゆっくりとイヤホンを押しこむ。
「お昼ねー。わたし、結衣のとこにノート届けるから無理かな。みんなではまた今度ね」
なんてことのない、いつもの輪の中に、由比ヶ浜結衣がいなかった。
振り向かなくても分かる。今日はずっとあいつの声が聞こえてこなかった。
明るい茶髪のお団子頭。子犬みたいな彼女。
「あー、ユイあれっしょ? 風邪でしょ?
戸部ぇ、あんたユイが寒いってゆってたのにサーティワンでアイス食わせっから」
「えぇ!? お、俺のせいなん? 食わせるつーか、結衣、超はしゃいでレギュラー食って
ブルブルしてたけども……えー俺のせいー?」
何だと。戸部のせいなの許しがたい。
ていうか、あいつはクリスマスイベントでしこたまクッキー食って、
その後ケーキも食って、ピザ食って、ケーキ食って、で、昨日アイス食ったの……
やだちょっと怖い。
女の子はお砂糖とスパイスと何か素敵なモノでできてるとかいうファジーな迷信があるけど、
糖分取り過ぎで太らないんだろうか。
いっそ栄養は全部メロンにいっちゃうから無問題なんだろうか。
あと、あいつ頭がポッピングシャワーなのになぜゆえ風邪ひいちゃったんだろう……。
残念な子!
「そういうことなら、姫菜、結衣のことは頼むな。
マックには男子だけで行くってことで、決まりかな」
「隼人行くなら行きたかったなー。
あ、戸部。あんたさー、ユイにお詫び代わりにプリンでも買ってやれし」
「へ?!」
さすが三浦。自分では金出さないで戸部の財布から差し入れさせるなんて女王様すぎる。
怖いが、お土産のチョイスがプリンなのは可愛い。由比ヶ浜も喜びそうなセンスである。
小銭をじゃらじゃらさせる音がした。戸部は女王様のお言いつけに観念したみたいだ。
「じゃあ、百五十円……海老名さんよろしく」
「はいはい~了解」
そんな会話を、知らず、顔を向けて聞いていたようで、
差し入れ代を受け取った海老名さんと目が合った。
その瞬間、眼鏡の奥の目がふっと細められたような気がした。
人が減って、室温が下がったのが肌で感じられる。
いい加減両耳にイヤホンを突っこんで立ち上がった。そろそろ帰ろう。
一部の運動部と違って、屋内の文化部はみんな活動休止だし。
帰ったら何すっかな……。あれか、俺も部屋の片付けか。
洗濯に出し忘れた服とか面倒くせぇなぁ。今から洗濯しても乾かないだろうし。
そんなことを考えつつ、机の上に残った筆箱をしまおうとしたら、
蓋を閉めそこねていたようで中身をぶちまけてしまった。
ざらりと音を立ててシャーペンやマーカーが机の上を転がる。
「あーあ」
何やってんだ、まったく。舌打ちして、ひとつふたつ拾い上げていく。
床に落ちた消しゴムをつまみ上げる。
さっきまで賑々しくしていた葉山・三浦グループの面々は、
靴底をこする音をさせながら教室を出て行ったようだった。
廊下の笑い声が遠くなっていく。
周囲は、しん、と静かになった。
「……はあ、帰ろ」
いつの間にか蛍光灯も消されていた。
ねえ、電気って最後の人が消す約束じゃなかったっけ。俺まだ残ってたんだけど。
いや日中で真っ暗ではないからそこまで悲しくないけど。
最終下校者だし、窓の鍵くらい確認するかと横を向いたら、そこに人が居たので驚いた。
「はろはろ~。帰っちゃうの? ヒキタニくん」
赤いフレームの眼鏡をくいと持ち上げて、海老名さんが微笑んでいた。
■
とりあえず今回の投下分はここまでで。
改行というか、1行あけってどうやったら読みやすくなるのかなぁ…
乙
これくらいで区切ってあれば普通に見やすいと思うで
特別棟の4階。
奉仕部の部室では雪ノ下雪乃が平素と変わらぬ態で窓際の席に座り、弁当箱を広げていた。
窓から見える景色は寒々としているが、室内は由比ヶ浜が平塚先生にねだりまくって
入れてもらった古い石油ストーブが稼働しており、空気を乾燥させつつも暖めている。
ほんと古い型だなこれ。上にヤカンかけてお湯を沸かしたり、スルメとか焼けちゃうやつだ。
石油の匂いが冬を感じさせて、案外とこういうのは好きだったりする。
今度お湯沸かしてカップラーメン食おう。
「……なんで居るんだよ」
「それはこっちの台詞ね、何の用かしら。
あなたの顔を見ていると箸が進まなくなるからごく手短に説明願いたいわ」
部活動休止期間中にも関わらず、雪ノ下部長まさかの在室でした!
俺の予想は大当たりだったが、だからといって特に嬉しくもない。
無駄足にならなくてやれやれといった感じだ。
ていうか、雪ノ下がいるってことは、俺が知らないだけで奉仕部は冬休み中も活動するって
ことなんだろうか。なんか夏休みも課外活動したしな。ちょっと不安になってきた。
なので率直に訊いてみる。
「冬期講習中は部活ないって話じゃなかったか?」
「ええそうよ。校内に残る生徒もいないことだし、活動届も出していないわ」
雪ノ下は事も無げに答えて、箸を置く。
こいつ、部室で昼食を食べるためにわざわざ弁当をこしらえてきたのか。
だとすれば、いつもお相伴している由比ヶ浜がいないのは、
表には出さないだけでガッカリなんだろう。
さっき俺が戸を開けたときもあからさまに落胆した顔してたし、
何なら小さく舌打ちも聞こえた。ひどくない? 俺も部員だよ?
雪ノ下はきらりと目を光らせて俺を流し見た。
この距離から見ていても睫毛が長いのが分かるんだから相当だ。
埃も寄せつけない美少女オーラを放っている。
黙っていればビスクドール、立てば芍薬、座れば牡丹、
されど舌鋒鋭きリーサルウェポンである。本人には絶対に言えない。
口に出したら消し炭にされてしまう。
「由比ヶ浜さんは欠席?」
ああ、と俺が短く答えると雪ノ下は自分の携帯電話を取り出して、
白くほっそりした指で画面を繰っていく。メール画面でも表示しているんだろう。
「連絡あったか?」
「朝のうちに『ゴメン、今日お昼一緒に食べられない』と、これだけ来たわ。
顔文字も何もないから、体調が悪いんだとは思っていたのよ」
「なんか返信したのか」
「『了解。冬期講習最終日には部室のワックスがけをするからそのつもりで』と
返しておいたわ」
「取り急ぎ要件のみすぎるだろ……」
学期内に大掃除の日を指定されないからいいのかと思っていたら、
新年早々するのかよ、ワックスがけ……。
この部室の奥の大量の机と椅子は誰が運び出すのかなー。俺かなー。
雪ノ下さんは体力ないし、由比ヶ浜さんは小さいから……まあ俺ですね。
なにこれ始める前から詰んでる。うず高く。
「直接、休むとは聞いていなかったから……風邪か何かなの?」
雪ノ下は少し眉根を寄せ、小首を傾げて訊いてくる。
言外に、お馬鹿は風邪をひかないはずだから別の病気ではないの?
とでも言いたげなニュアンスである。それには俺も同感だ。
だってガハマさん、ポッピングシャワーとマスクメロンのダブルだもん。
ひいていいのは夏風邪と知恵熱くらいのもんだ。
「俺も又聞きで疑わしいんだが、風邪だそうだ。完全にダウンしてるらしい」
「おかしいわね……彼女は天然かつ真性だと思っていたのだけれど」
「おい、病人にそれ以上言うな。俺も言いたいが言わないから」
「又聞き、とはどういうことなの? あなた自身に連絡は来なかったということ?
それとも由比ヶ浜さん、比企谷くんの連絡先を意図的に削除していたのかしら、
そうでしょうね可哀想に。
それと拒否谷くんは友達でもないクラスメイトの会話に聞き耳を立てすぎではないかしら。
だいぶ気持ち悪いと思われているわよ」
「俺にもそれ以上言うな!」
ショックでちょっと視界がぼやけました。
「聞き耳っつーか、クラスの奴が言って来たんだよ。それで、その……
あーっと……なんだ、その、これから、み……み見舞いに行ってくゆ」
つっかえつっかえ言った上に最後は噛んでしまった。
雪ノ下にひどく言われたショックが尾を引いている。
「不明瞭でよく聞こえなかったのだけれど?」
雪ノ下に、今の日本語? みたいな顔をされている。うるせ、聞こえてたくせに。
思わず頭をがしがし掻いて、下っ腹に力を入れた。
「ゆい、由比ヶ浜んとこ、見舞いに行ってくる。
クラスの奴と、今日の範囲分のノート届けに」
オーケー、話頭を若干どもったが後はぶつ切れになる程度で言い切れた。
アンディ、フランク、頑張った。
うちのクラスの奴と一緒にということになれば、
雪ノ下が自分も行くとか言い出す必要もなくなるだろう。
ちらと目をやると、端正な顔立ちの眉間に一本皺が寄っていた。
「病床であなたの顔を見て、余計に寝込まないといいけれど」
「どういう意味だ」
言い返すと、雪ノ下はひとつため息をついてそっと携帯電話を置いた。
「まあ、いいわ。あなたたちはそうやって私のところにも来てくれたのだし……
今回は許可するわ。ただし、おかしなことはしないように」
そう言ってふっと微笑んできた。
さようですか……あれ、由比ヶ浜の家に行くために雪ノ下に許可を申請する形に
なってるのはどうしてかな? 雪ノ下さん、保護者でしたっけ。
雪ノ下の微笑みと俺の視線は交わらない。何だか少し、微妙なズレを感じる。
ごく最初の頃は二人だけの部活だったはずだ。向かい合わないようにして、本を読んでいた。
お互いに下を向いて過ごしていた。その沈黙を明るい声が破り、
せせこましく話題を振りまいて仲立ちをしてくれた。その主が居ないだけで、
俺は雪ノ下との距離まで測りかねているのかと錯覚しそうだった。勘弁してほしい。
嘘はつかないくせに、何でも直截に言うくせに、肝心なことは言わない上、
言葉の奥に何かをはらんでいる。綺麗な微笑みの意図さえ探りたくなってしまう。
なんだろうか、この感じ。こんなことは今まであまりなかったように思う。
変わっていくのだろうか。俺と彼女の何かさえも。
世界を変えると宣言した雪ノ下は、少しずつ終わりに向かっていくこの時間の中で、
どう在ろうとしているのだろうか。
澪標のように。あるいは、流れる花のように。
雪ノ下は俺を後目にまた箸を取った。それが、もうおしまいと告げているようだった。
「由比ヶ浜さんによろしくね」
「ああ、了解。あと……よいお年を」
一人きりの昼食を再開する雪ノ下を後目に、カラカラと戸を閉めた。
昼日中なのに冷えきった廊下で、俺は一つくしゃみをした。
■
続きはまた明日
>>10 ありがとう
面白い 超乙
いいよいいよ
期待
駅近のコンビニに着くのと時を同じくして、
店内からビニール袋とクリアファイル片手に海老名さんは現れた。
「ヒキタニくん、やほー。案内よろしくね」
軽く頷き返して、袋の中をチラ見する。のど飴と、おお、ちゃんとプリンが入ってる。
うまいよね、焼きプリン。上の網みたいなとこが特に。
てろんてろんのクリームみたいなプリンより、固めの食感で食べごたえがあるやつが好きだ。
ちなみに比企谷家の冷蔵庫で未開封のプリンを保存した場合、高確率で小町に食われる。
それ、お兄ちゃんのって言っておいたのに!
そして毎回でっかく名前書いておかねばと思って忘れる。以下、無限ループ。
これはもう我が妹のスタンド能力と考えていいですね。持続力はA。
「自転車のカゴ、使う?」
「ありがとー」
海老名さんが袋とファイルをカゴに入れた。
前カゴにプリンやゼリーを入れたままペダルを漕いではいけない。
目的地に着いた後、カップの中でクラッシュされた『かつてプリンだったもの』に
落胆することになるから。ソースは小学生の頃の俺。
今回は、徒歩の海老名さんと歩いて行くから問題ない。砂利道でもないし。
俺は肩掛けしていた自分の鞄から紙パックを一つ取り出すと、ざくっと袋の中に押しこんだ。
「ヒキタニくんも差し入れ? 何?」
「スポルトップ」
ガムシロでも入れてやろうと思ったが、さすがにネタが古すぎるしな……。
スポルトップの大容量さと人工甘味料の妙味を存分に味わうといい、由比ヶ浜。
あと、一応スポーツ飲料だから脱水症状の予防にはなるはずだ。知らんけど。
海老名さんはごそごそと学生鞄を開けてルーズリーフや教科書をしまい直している。
どうやら、クリアファイルの中身は今日の範囲のコピーのようだった。
それが済むのを見届けて、ゆっくりと、由比ヶ浜のマンションまで歩き出した。
海老名さんはマフラーを巻き巻きついてくる。ベージュと紺色の幅広のボーダー柄。
厚手のマフラーを顎の先まで引っ張り上げて形を整えると、
乱れた黒髪をさらっと手で払った。
由比ヶ浜の家は駅から徒歩数分圏内のマンションだったはずだ。
驚いたことに、葉山・三浦グループのメンバーはそれぞれの家の場所を
それほど詳しく知らないらしい。
仲良しグループっていうとお互いの家に上がり込んでだべったり、昼寝したり、
3日以上入り浸ってお客様扱いされなくなったりするものだと思っていたが、
そういう付き合いはしていないのだと海老名さんは語った。
「知ってるの、最寄り駅と出身中学くらいのもんだよ。それでも遊ぶのには不便しないし」
そういえば、夏休みのときだったか、由比ヶ浜と三浦が一緒に居たところへ
鉢合わせたことがあった。三浦は海老名さんを呼び出していたんじゃなかったか。
何学区かまたいで電車通学をしているのかもしれない。
見ると、鞄に可愛らしいディスティニィーキャラのぬいぐるみパスケースをぶら下げていた。
あれ、中身が痛Suicaだったりしないかな……。
最近も、西船橋で乗り換えていたと思う。
どうでもいいけど西船乗り換えは面倒臭い上に日没後は駅周辺が異様に暗くて怖いから
ほんと市街化を急ぐべき。
「で、なんで俺なの」
若干低い声が出てしまった。が、海老名さんはそれを意に介さない。
「ん? ヒキタニくんはさ、なんか結衣と仲いいし、同じ部活で、
ひょっとしたら知ってるかなーって思って」
ひょっとしたら、の部分をわざとらしく強調して、海老名さんがおどける。
はい、確信犯の犯行。はいアウト。比企谷くんもアウトー。
これってまずいんじゃねぇの。真剣に。
自転車のハンドルを強く握り直す。コートを着ているのに、背筋に冷たいものが走った。
「べ、別に仲良くはねぇよ……アレだ、ほら、うちの部はお互い住所知ってるんだ。
人数少ないし」
正確に言えば、由比ヶ浜のみが俺と雪ノ下の家を知っていて、かつ訪ねてきたことがある。
雪ノ下も俺の家を知ってはいるんだろうが、直接の交流はない。
まあ、来られたところで我が家の猫を進呈するほか大したおもてなしはできない。
カマクラ、犠牲ちゃんす。
少し後ろを歩く海老名さんの表情は、黒髪とマフラーで部分的に隠れている。
薄い鈍色の空の下、ざっと音を立てて風が枯れ葉を舞い上げていった。
「仲良くないの?」
「あー…………仲良く見えんの?」
刺すような北風に首をすくめる。コートの襟を掻き合わせながら訊き返した。
「ほう。質問を質問で返しちゃうタイプなのね」
聡明な彼女はおかしそうに言う。
疑問文には疑問文で答えろと学校で教わったの? なんて朗らかに付け加えそうな雰囲気だ。
うまい返しが思いつかないので、少し時間を稼ぎたかった。
由比ヶ浜と俺が、仲が良い?
わずかでも、そんな風に感じさせる要素があるなら。俺は振る舞いを正すべきだろう。
同じ部活だから、という理由で許容しえないほど、……見えてしまっているのなら。
事の真偽を問わず、是非に及ばず。
猜疑の果てに押し寄せる悪意から、由比ヶ浜を守らなくてはならない。絶対に。
「ふふっ。わたし、こう見えてノマカプもいけるクチだから! 本命ははやはちだけどね!
ちなみにはやはちはリバ可☆ なのがマイブームだよっ」
ちょ、ちょっと、海老名さん? 人通りのあるところで変なポーズ決めないで!
横も公園だから! ベビーカーの女の人こっち見てるから!
「さ、さいですか……」
「ノマカプは読み専だけどねー。はちゆいってゆーの? ギャップ萌えってイイよっ!
あ、ヒキタニくんは基本属性ヘタレ受けだから表記的にはゆいはちが正しいかな」
「……」
華奢な肩にぐぐっと力を込めて腐女子さんが力説する。
頬が紅潮しているので、このままテンションが上がっていくと鼻血をブシャーして
しまいそうだ。ティッシュ持ってたっけ。
俺は彼女のことをよくは知らないけれど、本質的なところは把握できているように思う。
突拍子もなく振り切ってみせるのは、踏み込まれないための予防線だ。
つまり今回は、余計な詮索は無用というアピールなんだろう。きっと。
ハンドルを握りこんでいた手が、やや緩む。肩を下げて細く息をついた。
そのタイミングを狙ったように、次の言葉が放り込まれた。
「……自分以外の人が仲良くしてるの、好きなんだよね。見てて楽しい」
■
今日の分はとりあえずここまでで
総武高校は市立だったの忘れてました 訂正したい…
期待乙
結衣スレで相談してた人かな?
応援してます!
いろはすー
乙乙
でもこのペースで明日までに終わんのか?
朗らかさのかけらも感じられない、奇妙に明るい声。
思わず振り向いた。海老名さんの視線は遠く、公園の奥の喧騒に向けられている。
俺の目線の問い掛けには答えず、そのままポケットから携帯電話を取り出した。
「ディスティニィーランドもね、楽しかったから」
川崎沙希が冷めていて、雪ノ下雪乃が凍てついているなら、海老名姫菜は乾いていた。
広大な緩衝地帯の果てにあるのは砂漠だ。渇いた者に差し出す水は存在しない。
夜、輝く満天の星は自身にしか知り得ない。
ペットショップで非売品になっている愛玩動物を、あれは私のペットなのよと
小声で言う客がいる。そういう楽しみかたも一つ存在する。
動物は好きで、その場では可愛がれるが、住宅事情で飼うことができないだとか、
お金が無いだとか、ペットロス症候群だとか。
もっと根本的に、命を扱う自信の無い者だって決して珍しくはない。
むしろ、全体から見ればそういう奴のほうが多い。
いずれ与えられたものは奪われるし、手に入れたものは失われる。
全部が全部都合良くは回らない。いつだって器用に振る舞える保証はないのだ。
薄暗がりに照らし出されたアクアリウム。
彼女はそういうのを眺めているのも絵になるんじゃないか、なんて、俺は勝手な想像をした。
この角をもう一つ曲がれば、目的地付近のはずだ。
「…………あー、ゆいはろ~。近くまで来たよ。うん、そう。
そろそろ着くから棟と部屋番号よろ~……ってだいじょぶ? メールにしよっか?」
思考が引き戻される。
「由比ヶ浜?」
「うん、うん。あー、気にしないでっ。差し入れあるし、何ならお薬も持ってきたよ!
シークレットゲストのイニシャルはH! その正体は……CMの後で。じゃーねー。ぷつ」
「うぉい! 何で俺まで行くって言っちゃうんだよ!」
なんなら受話スピーカーから由比ヶ浜の悲鳴も聞こえたぞ。
「郵便受けにポスティングしてくるだけって言ってただろ……」
「無理。プリンあるし」
まさかのプリンで論破。くそっ、今すぐ奪い去って食べてやりたい。
何というか、さっきまで背中がスースーしていたのに、今度は首周りが異様に熱い。
鼓動も早い。おかしいな、自律神経の不調? 命の母とか飲むべき?
汗が滲んだ手袋を外してポケットに突っ込んだ。
自転車の前輪が歩道の小石を弾き飛ばして、ハンドルが頼りなく傾ぐ。
「ヒキタニくん。イニシャルHって、姫菜、隼人、八幡の、どれだと思うね?」
いつの間にか隣に並んだ海老名さんは、こっちを覗きこむように再びポーズを決める。
俺の周りの女子は腹黒か策士しかいないのかよ……。
ついでに、平塚先生もイニシャルHな。
■
>>24
明日までになんとかできるように頑張ります
自分自身でも遅くて不安
面白いです。乙
ぴぃん、ぽぉーん……。
ブルブル震える指先でやっとインターホンのベルを鳴らす。
間延びした音が消えてたっぷり1分も経った後で、スリッパを引きずるような微かな足音。
魚眼レンズ越しに覗き込まれる気配。
あー、あの、えと、同じクラスのひき、比企谷八幡……。
だれ?
えっと、だから、その……比企谷、
何の用?
れ、連絡帳届けに! あとさ、集金袋預かってきたから。先生が明後日までにって。
比企谷少年、11歳。
ドアを開けてもらったら、具合大丈夫? って訊くんだ。
今日は全員が揃わなかったから算数のテストが取り止めになって、
なんでもバスケットしたんだって教えてあげよう。柴くんレク係だったし。
明日は来られるのかなー。
……あっそ……。じゃ、新聞受けから寄越して。こっちで取るし……。
…………。
ガタ…………バサァ。
かわいそう! かわいそうな小5の俺!
思い出して軽く涙ぐんでしまった。足の震えがリアルに蘇ってくる。
あれ以来訪問先のインターホンが軽くトラウマになり、
親戚の家でも自分ではボタンを押さない。
家の鍵を忘れて出掛けて、予期せぬ閉め出しを食らったときだけだ。
ピンポンダッシュできる奴とか超クイックマンだしメタルハートでしょ。
逆に尊敬しちゃうまである。
休んだその日の連絡帳、うちは兄弟優先の法則に則り、校内で回されて
小町が持ち帰ってきていた。あと、柴くんのときは近所の俺が代わりに書いたのに、
俺の連絡帳はどうしてか担任に赤で流し書きされていた。
赤々とした数行はやけに目立って、その後もパラパラと開くたび
地味に追加ダメージを受けた。
そんなわけで、由比ヶ浜宅のインターホンは海老名さんが押した。
しばし待つ。
「……なあ、やっぱ帰っていいか?」
軽やかに、もう一度ベルを鳴らす海老名さん。
あの、この距離なんだから聞こえてますよね?
まさか足は震えていないが、重心がやたら下がったように重く、
踏み出すことも後退りすることもできない。たった数秒なのにうろうろと目だけが泳いだ。
いやその、この手のイベントは失敗したことしかなくて、アレで。
トラウマ克服とか結構ですんで。マジで。
腹の底から絞り出すようにもう一度告げる。
「その、……別にいいか、」
「ひゃう!」
今のは海老名さんの嬌声ではない。内側からドアに軽い何かがぶつかっている。
はふはふ、ハッハッ。
薄く聞こえてくるこれは多分……。
「ひゃんひゃんひゃんっ!」
「きゃあ!?」
玄関扉が開くのとほぼ同時に、茶色い塊が飛び出してきた。モップみたいなそいつは
驚いて固まる海老名さん目掛けて嬉しげに体当たりし、次は俺に向かって突進してくる。
「あ……。ちょっと……サブレ、お外はダメですよぉ……」
ドアが大きく開かれる。普段の3分の1程度しかないか細い声は、
コンコンと咳混じりだった。
俺は足元をぐるぐる回るサブレをはしっと捕まえて抱き上げ、保定を試みる。
抱いてるのに尻尾振りまくっててばしばし腕に当たる。少し落ち着け、お前。
飼い主に似すぎだぞ。
「おぉ~。ヒキタニくん捕獲上手い~」
再起動した海老名さんがコートの裾を払いながら体を向けたので、
必然、彼女の眼前にはサブレを抱いて突っ立った俺が曝された。
「……ヒッキー。ほんとに、来てくれたんだ……」
由比ヶ浜が、赤く上気した頬と、がさがさの唇で弱々しく笑った。
「…………」
ああ、こりゃもう逃げられないな。
少し気をやっている間に、顎の下を散々サブレに舐められてしまった。
冷てぇ。ちょっとは遠慮しろし落ち着けし。
■
今日の分はたぶんここまで
読んでくれる人がいると励みになります ありがとう
ガハマ萌え
エビナ・ヒナってモビルスーツありそう
>>32
それビギナ・ギナ
海老名さんは物珍しそうにサブレの頭を指で突っついてくる。
これからどうしたものか。由比ヶ浜と俺はそっと視線で探り合った。
しかしアレだ、改めて見ると、その、部屋着なのか知らないが、
由比ヶ浜は目のやり場に困る格好をしていた。
BBPなゆいゆいは、夏と冬の服装を間違えちゃったのかな?
BBPとはバカ、(見た目)ビッチ、ポンコツの頭文字である。
むしろアレがナニなのでブービーズで働いたらいい。流れ流されて生きてるじゃんよ。
水色のゼブラ柄をしたパーカーは長袖で、ここだけ辛うじて冬らしい。
その下は長めの丈のキャミソールとフリルの付いたショートパンツに、
同じパステルカラーのドットが踊っている。裸足にサンダル。
それは夏だろ、肌色成分が多すぎる。どこ見て会話すりゃいいの。
由比ヶ浜はバツが悪そうに頭に手をやる。髪はいつものお団子ではなくて、
耳の後ろでサイドテールに結わえてあった。
「あ……あたし、さっきまで寝てたんだけど、さ。
ママがサブレをケージに入れ忘れて、そのまま、買い物に行っちゃったみたいで……」
サブレが飛び出してきた理由はそれか。
「え。じゃあ、結衣ひとりなの?」
「そ……。わざわざ、来てくれてありがとね。あ、ヒッキー。サブレ……預かるよ」
「ん、ああ」
上ずって切れぎれの声。差し出された由比ヶ浜の手は震えている。
うなじが汗ばんで後れ毛が張りついていた。
何やってんだ、こいつ。
「……お前、まだ熱あんだろ」
俺は鞄を置いてサブレを抱き直す。
手元が覚束なかったから、飛び出すサブレを捕まえられなかったのだろう。
なら、いくら飼い主でも今手渡す意味が無い。
見れば、由比ヶ浜はもう片方の手でドアノブをしっかり握って体重を預けていた。
ふらついていることは明白だった。
「あはは……大丈夫、だって」
「アホ、大丈夫なわけあるか。こいつのケージ、リビング? ちょっと上がるぞ」
「ふぇ……?」
仰天する元気もないらしく、すれ違いざま由比ヶ浜は頷くように瞬きをした。
悪いがそれを肯定と受け取らせてもらう。俺は廊下の奥に半分開いたドアを見つけて、
大股で玄関に上がりこむとスリッパをつっかけた。
遊んでもらえるものと勘違いしたサブレが果敢に鼻アタックをかましてくる。
ええい、大人しくしてろ。顔が熱いから濡れた鼻が余計に冷たい。落ち着けっつの。
きゃー、ヒキタニくんだいたーん。カッコイー。フハッ。なんて海老名さんの声が
背中から聞こえる。う、急に心臓がばくばく言い出して苦しい。
これはあれだ、小走りになってるからだ。
目星をつけたドアは果たしてリビングのそれで、ソファの陰に小型犬用のケージがあった。
はっとしたサブレが耳元でひゃうん! と抗議するが、わしわしわしと手荒く撫でると
そのままの勢いでケージに放り込んでやった。
カシャン!
任務、完、了。
……100m全力疾走したんじゃないかってくらい呼吸が荒い。
膝に手をついてぜいぜいと息をした。俺、体力無さ過ぎだろ。
ちょっとありえないほど汗をかいた気がするので、息を整えながらコートを脱いで、
シャツのボタンをひとつ外した。
エアコンの効いたリビングは暖かい。ふと知らない家の匂いが鼻をくすぐり、
誰かに咎められたように感じて妙に背筋が伸びてしまった。
遠くで、何事か囁き合うような女の子同士の声と、少ししてドアが閉められる固い音がした。
はあ、なんか無駄に疲れた……。ラーメン食って帰るか……。
天井を仰いでラーメンに思いを馳せようとしたのだが、とてとてと歩いてくる小さな足音で
妄想は雲散霧消した。あ、待って、ラーメンのおつゆ!
振り返ると、差し入れと俺の鞄を抱えた由比ヶ浜。
「あ。あの、その……あ、ありがと」
「いや、まあ、別にこれくらいは……ねぇ。あ、あそこで渡したら、外に逃げ出してたろ」
「へへ、そうかも……。助かっちゃった……」
由比ヶ浜は眉を下げ、腕の中の物を大事そうに抱きしめる。だから、それ、俺の鞄……。
量感のある胸でぎゅうぎゅうと圧迫されている。ちょっとやめて。
由比ヶ浜は心なしかさっきより一層顔が赤い。熱が上がったんじゃないだろうか。
それにしても、動きが緩慢で、声が大きくなくて、はしゃいでいなくて、大人しくて、
しおらしそうにしている由比ヶ浜は何だか別人みたいだ。普段が普段なだけに。
「って、海老名さんは?」
「姫菜、電車の時間があるとかで帰ったよ」
「なん…だと…!?」
え、海老名さん! 人をおだてて、俺を一人にしないでください!
「…………」
「…………」
「……………………じゃ、じゃあ俺も帰、」
そっと、ブレザーの裾を摘まれて、俺の言葉はそれきり封じられてしまう。
握りこむような力強さじゃない。簡単に振りほどけそうなほど弱々しいのに、
由比ヶ浜に捕まえられた俺は、縫いつけられたように動けなくなった。
「……帰っちゃ、嫌……」
■
また夜にできた分を投下しにきます
正直今日中に終わる自信がないのですが、
22日をブッチしても終わるとこまで書ききるつもりです
ガハマエロス
続きはよ
海老名さんGJじゃんよ
がんばれ
夜だよ
続きが気になる
ぽつりと、空気に溶けそうな声。
そういうの、ほんと狡いからやめろ……。
でも、はっきりと、聞こえてしまった。聞いてしまった。
未だかつて見たことがないほど弱っている由比ヶ浜。
病人のお見舞いなんてレアイベント、そうそうあるものでもないし、
まぁちょっとは顔も見たかったし、ここで拒否して泣かれたら俺まで頭が痛くなりそうだ。
いや、だからその、その……せっかくだし。
すげなく断れるほど薄情にはなれない。頭悪そうなアニマルスリッパが微かに後ずさると、
俺は思ってもみないほど大きく一歩にじり寄ってしまった。
「…………そのファイル出せ。国語学年3位の俺が古典に限って解説してやる」
「え、あ……。な、なんか、家庭教師みたいだね……うれしい」
唇は熱で荒れていて、スッピンで、咳きこんだせいで目元を赤くして。
だのに、なんでこいつはこんなに……。
病人なのに俺の弱みを的確に突いてくる由比ヶ浜さんマジ容赦ねぇ。
普段インファイターなのにアウトボクシングも巧いなんて反則でしょ。実はレナードなの?
今まで彼氏いたことないとか嘘もいい加減にしろ。いたら、なんか癪だけど。
心の中でありったけ悪態をつきながらソファに陣取る。
時計を見ると、午後1時半を少し回ったところだ。
ファミレスなら5時までがランチタイム、まだ慌てるような時間じゃない。
由比ヶ浜は遠慮がちに俺の隣に腰掛けると、掛けてあったフリースのブランケットを取って
雪ん娘みたいにくるまった。
「ヒッキー、寒い? 暑い?」
「あ? 超暑いけど」
「え。じゃあエアコン止めよっか?」
「いや、いい。室温的には快適だ」
「でも暑いんでしょ?」
「訂正する。暑くない。全然汗とかかいてない。大丈夫だ、問題ない」
「そ、そか……」
そんで一番いい火計を頼む。今日の漢文の範囲はレッドクリフだ。
信じる心、残っているか。
まぁ、何というか、予想通りなんですけど、寝ますよね……。
由比ヶ浜は口で小さく息しながら、ソファにもたれかかるようにして眠っている。
違う。これは俺の解説がつまらなくてこうなったんじゃない。風邪が悪い。
あと海老名さんのノートがあらかた悪い。板書の視写は完璧なのに、
どうして余白に凌統×甘寧とか諸葛亮×姜維とか
びっしり書いちゃうのこの子は……赤壁の戦い時点で姜維いねぇし。
他にも演義や無双出典のトンデモな設定があっちこっちに書き足されていて、
現代語訳がもはや教科書の原型を留めていなかった。2コマ漫画とか要らんから。
上中下点も攻、受、両刀とか訳分からん属性つけられてるし……。
これ、葉山のノートをコピーしたほうが良かったよ絶対……。
そういうのに気を取られる由比ヶ浜に「しっ、見ちゃいけません!」なんて
いちいちやっていたら、あっという間に1時間経ってしまった。
辛抱強くふむふむと頷いていた由比ヶ浜も限界突破。やべぇ無理させすぎたな。
ええと、ママいつごろ帰ってくるんだろう。ソワソワしちゃうなー。
「ん……」
俺がローテーブルに広げた勉強道具を片付けていると、
由比ヶ浜が小さく身じろいで目蓋を開けた。
「おう、起きたか」
「んあ……や、ごめん。寝ちゃってた?」
「気にすんな」
身体をソファに預けたまま、由比ヶ浜は申し訳なさそうにもじもじした。
勉強見てやるとかそういうことじゃなくて、もっと他に、言葉選べただろ……。
俺の我がままに付き合ってくれた由比ヶ浜に、こっちのほうが申し訳なかった。
「まだ顔赤いぞ。大丈夫か?」
「だ、だだだだって、ヒッキーその……寝顔、見た?」
「え、あ。そりゃ、見たけど」
「く、く、口とか開いてなかった?」
「あー……若干開いてた、かな?」
俺が頬を掻きながら答えると、由比ヶ浜はブランケットを頭まで引き被って隠れてしまった。
雪ん娘っていうか、それテレビで怪奇番組観るときの小学生だぞ。
ぺろっと頭の部分をめくってやると、上目遣いに睨んでくる。
「ねね寝顔見られるとか、は、恥ずかしすぎるし……」
「そ……そうか。悪い」
「あ。べ、別にいい、けど……」
「いいのかよ」
「………………ヒッキーなら。いい、よ」
「…………」
至近距離で、聞き間違えようもないことを言われた。
こいつ…………だいぶ熱あるな。いろんな意味で。
■
スレタイ詐欺申し訳ないです、日付が変わりそうですがまだ続きます
この後も超展開なんてなく、だらだらするだけなんですが
それでもよければまた覗きにきてください
とりあえず書ききるまで自分は6.5巻をおあずけにします
6.5とかやめて、早く10巻書いて欲しい俺得
だらだら超歓迎。このままママが帰ってくるまでだらだらしちゃってほしい。
はよはよ
むしろ帰って来ちゃっても彼氏認定されて夕飯でも一緒にしちゃえばいいよ!
何か違和感あると思ったら今夏だからだ!
どんどん攻めろ
沈黙。逡巡。嘆息。沈黙。動揺。どうしようこれ。
由比ヶ浜の目がそっと覗きこんでくる。何かをねだられているように錯覚して、
言うべき言葉がどんどん蒸発してただの吐息になっていく。
だ、だ、だいたい寝顔を見る見られるは初めてじゃないだろ、お互いに。
自分だけ改めてそんな風に言うなんてフェアじゃない。
俺が可愛く言ったらどうなるものでもないが……。
でもこっちは友達いない彼女いないのぼっち(プロ)なんだから
精神的パーソナルスペースが詰められると息切れを起こしちゃうんですよ!
もう血迷うとか道を踏み外すとか以前に、どう振る舞ったらいいのか分からない。
あー、さっきから口をパクパクさせててキモくない俺? 金魚かよ。
着地点を散々、散々、散々迷った挙句、俺はブランケットをめくった手をぐぐぐ…と動かして、
できるだけ優しく、由比ヶ浜の頭に置いた。
「わ……分かったから、もう寝ろ。まず風邪を治せ」
これ以上俺の熱を上げないでくれ。
その言葉は、もらっておくから。
「ん……」
睫毛に縁取られた瞳が拗ねて下を向く。だから、一言ずつゆっくり言い含めた。
「……寝つくまでは……ここに居てや、…じゃねぇ……居るから」
は………………恥っずかしいなぁおいーーー!! バカバカバカ! ばぁぁぁか! 俺のバカ!!
最後の方はごにょにょもごもごと唇動かすだけで精一杯だった。
あまりに聞き取りづらかったのか、由比ヶ浜が急速なデクレシェンドに合わせて耳を近づけてきていた。
俺の中のもう一人の俺が、体の内側からダダダダンッと滅茶苦茶に胸を叩いてきて痛い。
気恥ずかしさにぷいと横を向くと、由比ヶ浜の掠れた笑い声が追いかけてきた。
「ヒッキー、やっぱキョドり方、きもい……」
「ひっでぇ。俺は今深く傷ついた。一生許さない」
「でも……ドキドキしたよ?」
「ば、ばっかお前なに、なに言っちゃってんの? 求心飲む? 救命丸がいい?」
「あはは……意味わかんな」
どうでもいいけどお前すっげぇ頭熱くない?
不意に激しく由比ヶ浜が咳き込んだので、俺はあわあわと手を離した。
向き直って、びっくりする。いつの間にかブランケットをはだけた由比ヶ浜は、
額にも胸元にも大粒の汗を浮かべていた。座っていてもふらつくのか、微かに上半身が揺れている。
どう見てもラブコメしている場合じゃなかった。
「とりあえずスポルトップ飲め。ほれ。あと、布団持ってきてやる。部屋どこ?」
さらけ出された太ももから目を逸らしながら訊いた。体が熱いからこんな真夏の格好でいたんだろうが、
変に冷やされて熱が上がったに違いない。
今度は由比ヶ浜がもにょもにょとする番で、上ずってかすれた声で、
へ、部屋とかはまだちょっと……などと渋るところを説き伏せ、
というか由比ヶ浜の携帯電話に電話をかけて俺が場所を特定すると、
脇目もふらずベッドから上掛け布団と枕を引っ掴んでリビングへ直行した。
だから。
だから、由比ヶ浜の部屋の匂いとか写真立てに何が飾ってあったかなんて知らない。
よく憶えてない。多分。
サブレが、くぅんと退屈そうに鳴いた。
他所の家の勝手が分かってしまうのが我ながら結構キモいのだが、
洗面所から取ってきた新しいタオルで由比ヶ浜に首を拭かせると、
絶対に絶対に胸を触らないようにしてソファに寝かしつけた。
比企谷八幡の火事場スキルぱない。ただしド根性は併用不可。
超疲れた……マジで。瀕死まだ?
ライフが限りなくゼロに近づいているのを自覚していると、寝そべった由比ヶ浜がまた咳をした。
「大丈夫か」
大丈夫じゃないのは見て分かるのに、慣習的につい尋ねてしまう。
「……寝るまでそばに居てくれるって、なんか、恥ずかしいね」
訊いていないことを答えられてしまった。質問に質問を返すよりタチが悪い。
「恥ずかしいならやめるか」
「……ヤダ。居て」
「駄々っ子かお前は」
「………………あたま……なでて」
「……さ、さすがに恥ずかしいだろそれは……」
「え。聞こえてた……の?」
俺にはしっかり聞こえちゃうんだから、もっとちゃんと聞こえないように言え。
目が回っているらしい由比ヶ浜は、緩慢な動作で布団の中に潜り込んでいく。
俺はコートを羽織りながら屈みこんで、小町にしてやるみたいに、由比ヶ浜の頭を撫でてやった。
ふぅ……と安心したように漏れる息の音。
しっとり湿った髪から、甘酸っぱい桃みたいな、いい匂いがした。
目を細める。
──世界一可愛いよ。
俺の中のもう一人の俺がそんなことを呟いたせいで、
少しずつ眠りに落ちていく由比ヶ浜を見ている間、それがずっと胸の奥でリフレインしていた。
……って、どうやって施錠しようか……。
このまま俺が出て行ったら、それは防犯上大変よろしくなさそうだった。
人んちの玄関でしばし逡巡する。と、下駄箱上のシクラメンの鉢の陰にキーフックを見つけた。
自転車の鍵や、なんだかよく分からない南京錠の鍵と一緒に、
スイーツデコを施されて頭の悪そうなでっかいポンポンのキーホルダーを付けた鍵が掛けてある。
これだな。もう絶対これしかないな。最初からこれ以外ないや。うん。
そっとドアを開け、外に出た。
暖房のない玄関より、戸外はいっそう寒々しかった。外気を吸った鼻の奥がキンと冷たくなる。
それを合図に腹の虫が長い眠りから覚めて暴れだした。痛ぇ。腹減りすぎて痛ぇ。
ラーメン食いたかったなぁ……。サイゼでミラノ風ドリア温玉のせと辛味チキンでもいいか。
デコられたアホっぽい鍵で錠をかけ、新聞受けにじゃららんとレイアップシュートを決めた。
レイ・アップとは「置いてくる」の意である。決して投げ上げてはいけない。膝の関節とか使う。
母親が帰ってくるって言ってたし、これで大丈夫だろう。
トラウマ克服とか、あるのかも知れない。
薄曇りだった空は綺麗に晴れて、蝶々雲が浮かんでいる。
ふっと短く息を吐き出し、俺は駐輪場へと歩き出した。
ニヤついてなんかいない。多分。
<了>
お、おおお終わりました
すみませんでした、結局発売日当日になってしまいました
この後、数日様子を見てHTML化依頼スレに報告したいと思います
レスをくださった皆様ありがとうございました
あと、これから少しずつレスを返させていただこうと思ってます
乙です
6.5がどこにも売ってねえww
明日少し遠出しようかな
>>15 >>16 >>17 >>21 >>27 >>40 >>42 >>48 >>51
支援レスどうもありがとうございました 嬉しいです
>>22
結衣スレにいた人です 実はネタも結衣スレの過去ログから拾いました
>>23
いろは人気だ 書けなくてすみません
>>31 >>37
完全に同意
>>38 >>41
支援どうもでした お待たせしてしまいました
>>39
可愛い顔してあの子わりとやるもんなのが海老名さんじゃんよ
>>46
6.5巻クリパの由比ヶ浜さんデレ可愛いとの噂ですが 自分も早く10巻が読みたいです
>>47 >>49
ママはサブレの恩人が同じ高校の男の子だと知っているだろうし
浴衣の支度のときに絶対デートだと思ってたでしょうね…彼氏はよ
>>50
灼熱地獄から送るアフタークリスマス
>>56
うちの近所にもあるのかどうかちょっと不安になってきました…
乙
原作を読んでるような気分になるほどよかった
面白かったで!乙乙
乙~良かった!
モノローグが再現度高くて尚且つ面白いのが凄いよ
戸部とか海老名さんとかの描画がいいとそれっぽくなるのかな
乙!
捻とデレのバランスが凄く良かったよ
食べられる
ヒッキーが
乙!
──世界一可愛いよ。
うわあなんだかこっちまでニヤける……是非とも後日談をですね……
おつ
かわゆい
続けてくれ頼む
6.5巻って24日発売じゃないの?
原作っぽい感じが実にいい
わたりんのネタ潰しだったんじゃないかってレベル
>>58 >>63 >>65
読んで戴いてありがとうございました!
>>59 >>60 >>61 >>68 >>69
原作には到底及びませんが、八幡の一人称視点はとても楽しかったです
というか原作を改めて読むとモノローグ以外はかなり三人称限定視点に近い感じでしたね
戸部はいいやつです おすすめです
>>62
モグムシャァ
>>64
あれは誤爆
>>66
快復した由比ヶ浜さんがメールとかくれそうですね
>>67
早いところで22日と公式アナウンスがあったんですがどうなんでしょう
こちらは埼玉西部の書店で23日に入手しました
>>1です
続きはどうなるか分かりませんが、本日6.5巻を手に入れて読んだ感じと、
このSS内の誤表記やテンポの悪さが気になるところもありますので、
いずれ再推敲版を新しくスレ立てしたいと思います
そのときまでうっすら覚えておいていただければ幸いです
本当にありがとうございました
HTML化を依頼してきます
>>71
それより新作書けよ
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