煌「私じゃ駄目ですか」 (67)


——高三、夏

煌「姫子!」

姫子「お、煌、お疲れ」

煌「お疲れ様です」

姫子「こいで今年も」

煌「全国」

姫子「最後やけん、頑張らんと」

煌「ですね」

姫子「……煌」

煌「ん?」

姫子「なんでもなかよ」

煌「この大会は実力で勝ち取ったレギュラーだから」

煌「やります!この命燃え尽きるまで」

姫子「そいは駄目」

煌「へ?」

姫子「あ、いや……」

煌「……物の例えですよ」

姫子「……」

煌「いなくならないから」

姫子「……」

煌「さ、学校へ帰りましょう」

姫子「うん」


 あの日から、私はずっと煌に甘えてる。

 あの日……私が部長に置いて行かれたあの日から。


* * *
 


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——高二、夏

 インハイが終わった。終わってしまった。

姫子「……」

哩「……」

 寮へ続く帰り道。
 いつもは色々話すのに、今は何も言葉が出ない。

姫子「……」

哩「……今日で」

姫子「……」

哩「今日でコンビは解散やね」

姫子「……っ」

哩「……」

姫子「私が不甲斐なかせいで……ごめんなさい」

哩「そげんことなか」

姫子「役満キーばくださって道ば開いてくれたのに……」

哩「……」
 
姫子(中学でん高校でん一緒に優勝すっことが出来んかった)

姫子(中学で部長が引退するとき、高校では優勝しようって約束したのに……)

姫子「ぶちょー……」

哩「……」

姫子「大学でん一緒に戦ってくれるとですか?」

姫子(中学、高校、大学、社会人、あわよくば……プロ)

姫子(私と部長のコンビはプロでん破れん強か武器……)




哩「……言ったやろ」

姫子「え……」

哩「今日でコンビは解消って」

姫子「ど、どげん意味……」

哩「私は、麻雀はもうせん」

姫子「えっ……えっ……」

哩「そういうわけやけん、引退後は勉強せんと。受験に向けて勉強すっとよ」

 部長は麻雀に頼らなければ進学出来ないほど頭が悪いわけではない。
 でも部長はこの先も麻雀をやってくだろうって思い込んでたから。

姫子「なんで部長が麻雀ば辞めっとですか?」

哩「理由なんてなか」

姫子「……私のせいですか?」

哩「……」ピクッ

姫子「私が負担になったとですか?」

哩「……負担やと?」

姫子「部長は私のために自分ば縛りよるけん、自由に打てなか」

姫子「そげん負担ば科しよるけん……そいに嫌気……」

哩「理由なんてなか言うとるやろ!!!」

姫子「!!」

哩「……っ」


姫子「……」

哩「別に姫子が気にすっことやなか」

哩「姫子はこれからも麻雀打っとけばよか」

姫子「……やです」

哩「は……っ!?」

姫子「私が麻雀止めますけん、部長はやめんで!」

哩「お、おまえ……何言っとーと!?」

姫子「私のせいやけん!!」

姫子「私がもう麻雀打たんかったら、部長はもう縛ることなかですやろ!」

哩「違か!!」

姫子「何が違うとですか!?」

哩「もう、なんでもよかやろ」ダッ

姫子「あ、部長!ま、待って!」ガシッ

哩「やめっ!」バッ

姫子「!!」

 歩き始める部長の腕を掴んだ。
 だけど、部長はそれを払った。

 ……こげんこと今まで一度もなかった。なかったとよ。



哩「……」スタスタ

姫子「部長!」タッ

 中学時代、私が周りに陰口を言われてた時、傍で励ましてくれた。
 寂しい時も、傍にいてくれた。
 喜びも悲しみも二人で分かち合ってきた、そう思ってた。

哩「もう私は部長やなか」スタスタ

姫子「先輩」タタタッ

哩「……もうよかやろ」スタスタ

姫子「先輩!……先輩!」タタタッ

 何度も何度も呼ぶ。部長を追う。
 だけど、立ち止まることも、振り返ることもない。

哩「……しつこか」スタスタ

姫子「先輩……」ピタッ

姫子「……先輩は、私んこと嫌いですか?」

哩「……」ピタッ

姫子「……」

哩「……好きでん嫌いでもなか」

 引き下がれなかった。

姫子「先輩、なんで私と一緒にいてくれたんですか?」

哩「……姫子が勝手に着いてきたんやろ」

 でも、ここまでくれば嫌でも理解する。


哩「……」スタスタ

姫子「……先輩っ……先輩!!」

 もう足が動いてくれない。
 再び歩き始めた先輩は止まることなく、だんだん離れてく。

姫子「私は……っ!」

 私が泣いてるって、部長は気付いてるはずだった。
 今までだったら、部長は仕方なかねって立ち止まってくれた。支えてくれた。

姫子「先輩んこと……」

 足はもう動かない。
 私と先輩の距離がこれ以上離れないためには、先輩が止まってくれることを祈るしかなかった。

姫子「好きなんですよぅ……っ!!!」

 ……そんな祈りも私の叫びも、想いも、もう、届かない。
 離れていく背中はどんどん小さくなって……
 歪んだ視界から消えてった。

姫子「うぅ……先輩……先輩っ!」

姫子「……なんで……なんで……っ」

 もう立っていられなかった。
 そん場にうずくまって、泣いた。叫んだ。

 私達の鎖の絆は、誰にも破られっことなく、永遠やと思っとった。信じとった。

 どうしてこんなことに?

 その問いに答えられる人はいなかった。


 * * *




 あの日。

 あの日、私はズルをした。
 そしてそれを引きずり続けてる。

 姫子の気持ちは分かっているのに。 

 あの日、私は団体戦のレギュラーに選ばれた真相を聞いてしまったあの場所にいた。
 ここから見える景色は好きだった。
 だけど、それだけが理由じゃない。

姫子「……」

哩「……」 

煌(姫子……)

 姫子と部長の姿が見えた。
 決してあの日のように盗み聞きをしたかったわけじゃない。
 ただ、彼女の、姫子の表情を少しでも盗み見たい、そんな私の薄汚れた感情からだった。

哩「今日でコンビは解消って」

姫子「ど、どげん意味……」

 姫子は部長と二人きりでいるときにしか見せない表情がある。
 それを見るのが好きだった。

 だけど、この日は違った。見たことのない、初めての顔。

姫子「私は……先輩のこと……、好きなんですよぅ……っ!」

 姫子の告白。
 部長は立ち止まることなく歩き続け、姫子は泣き崩れた。

 こんな姫子を見たかったわけではない。
 こんな絶望の表情を望んでいたわけではない。

 好きな人と幸せそうに笑う姫子が好きだ。
 甘える姫子が好きだ。
 嫉妬する姫子が好きだ。
 照れくさそうに笑う姫子が好きだ。


 姫子が好きだ。







 姫子の幸せを、笑顔を、望んでいるのに。それを一目見られればいいのに。
 部長なら、ずっとこの先も、そうやっていてくれるだろうって思っていたから。
 姫子の部長を想う気持ちは十分すぎるほど分かっていたから。
 
 私は、こうやって二人の、姫子の幸せを見られればいいってそう思っていたのに。

煌「姫子……」タタタッ

煌「姫子……」

姫子「……」

煌「姫子……」ギュッ

 そっと、姫子を抱きしめた。
 姫子は私より身長が高い。
 だけど、今はちっぽけで、壊れてしまいそうだと思った。

姫子「うぅ……あぁ……花田……花田ぁ……」

煌「……」ギュウ

姫子「花田ぁ……っ!わた……私……」

姫子「ひっく……何がいけんかったんやろ……わた……し……せんぱ……」


 姫子を抱きしめたのは、これが初めてだった。
 でも喜びより、自分の無力さを思い知らされた。

 強く抱きしめることしか、今の私には……。

  ……私だったら、私だったら姫子にこんな顔させないのに。こんな悲しい顔させないのに。


 この人を幸せにしたい。自分の命をかけてでも。


* * *





姫子「ごめん、花田……」

煌「いいってことです」ナデナデ

姫子「……」

煌「立てる?」

姫子「んっ」

姫子「……あっ」フラッ

煌「危ない!」バッ

姫子「ご、ごめん」

煌「……姫子より身長は低いけど、おんぶくらいなら」スッ

姫子「……」

煌「……」

姫子「……ごめん」スッ

煌「ちゃんと掴まっててね」

姫子「ん」

煌「よいしょ」

姫子「……重くなかか?」

煌「大丈夫」

姫子「ごめん」

煌「もう、謝らないでくださいよ」

姫子「やけど……」

煌「私がしたいからこうしてるんです」

姫子「花田……」

煌「……」


姫子「……」

煌「……今日は私の部屋に泊まりに来ない?」

姫子「え?」

煌「だめかな?」

姫子「……だめやなか」

煌「よかった」

姫子「……ありがとう」ボソッ


 それから寮の私の部屋までは、お互い何も話さなかった。
 おんぶしているから姫子の表情は分からない。
 だけど泣いている様子ではないことに安心した。
 時折耳に掛かる姫子の吐息にドキドキした。
 
 背中に感じる姫子の温もりを守りたいと思った。


 寮の自分の部屋に着いた。

煌「ちゃんと顔を洗わないと」

姫子「そうやね」

煌「じゃあ何か水を貯められるものを……」スタッ

姫子「ね、花田……」ギュッ

煌「は、はい?」

姫子「一緒に寝てもよか?」

煌「いいよ」

姫子「……」グッ

煌「……」

姫子「ごめん」

煌「……」フルフル

煌「制服が皺になるから」ガサガサ

煌「ちょっと小さいけど、これを着て」


 合宿や体育の前などで、着替えることは見慣れていた。
 だからと言って一方的に見ているのは、見ているのも見られているのも恥ずかしい。
 なので、私も着替えることにした。



 
 ぐすっ

煌「姫子!?」

姫子「あは……ごめん……あんだけ泣いたゆうんに……また、涙出てきよる……。」

姫子「なんでやろ……」

姫子「止まらん……」

煌(姫子……)ギュッ

姫子「ごめん……ごめん……」

煌「……ごめん」

 ごめん。ごめん。ごめん……。

 不甲斐ない自分が、姫子を救えない自分が、情けなくて仕方なかった。
 結局抱きしめることしかできない。抱きしめたところで何も解決しないのに。
 そんなことしかできない。
 どんなに恰好つけようが、どんなに姫子のことを想おうが、結局、私は、何もできない。

姫子「ぐすっ……ひっく……花田ぁ……。」




 

 不意に腕の中にいる姫子の力が抜けた。


煌「姫子!?」

姫子「……」zzz

煌「寝ちゃいましたか……」

煌「よいしょっと」

姫子「……先輩……先輩ぃ……」zzz

煌「……」

姫子「なんで……先ぱ……」zzz



 今は、抱きしめて、涙を拭うことくらいしかできないけど。

 だけど、私が部長にとってかわることはできないのでしょうか。

 私は部長にはなれないけど、私じゃだめでしょうか。


  
 姫子……。


 傷付いている彼女の心に付け入るようなこと、だめ、ですよね。


煌「おやすみ、姫子」


 だけど……それでも……。


* * *





 私と先輩の別れは、私が中学2年生の時だった。

哩『福岡に行こうと思っとる』

 どうしても部長とは学年が違うから、引退、卒業で別れは来てしまう。
 それは覚悟できること、だけど、会おうと思えば会えると思っていたから、そこまで心配していなかった。
 だから、福岡、つまり県外に行くと言う先輩の言葉は予想外だった。

姫子『……離れたくなかです』

 私は我儘を言った。
 先輩と一緒にいたいから、そのためだけに我儘を言った。
 先輩が困ったような顔をした。考えを改める気はないらしい。
 それが分かると、悲しくて、悔しくて、どうしていいか分からなくて、私はその場から逃げるように走り出した。

姫子(あぁ先輩……)

姫子(私は先輩んこと好いとうばってん、先輩はそうやなかとですね)

 先輩は本当に麻雀が好きで、こん普通の中学でん全国は出れても、全国優勝はできん。

 九州最強の新道寺やったら、そいが目指せる……やけん……。

姫子(分かっとる……分かっとうばってん……)


 
哩『姫子っ!!!』

哩『いきなり走りよるけん……、姫子?』

哩『どげんした?何かあったと?』

姫子『……』フルフル

哩『……福岡に行くんは、姫子と離れたかわけやなか』

姫子『でも……!』

哩『最後まで聞きんしゃい』

哩『勝手なんやけど、私は姫子と全国で優勝したかって思っとる』

哩『姫子とってなっと、団体戦やろう?』

哩『ばってん佐賀やとせいぜい全国出場までになってしまうと』

哩『やけん、九州最強で全国でんよか成績ば残しとる新道寺やったら、いけるやろ』

姫子『先輩……』

哩『……正直、今んままの姫子単体の成績やと、ちょっと厳しか思とっけん……』

哩『ここいらで、私も姫子もお互いに強くならんと……』

姫子『……私が強くなったら、また一緒に戦えっとですか?』

哩『当たり前やろ。私と姫子は切っても切れん関係ばい』

姫子『私、強くなっけん……やけん、先輩……』

哩『絶対うちに来いとは言わん』

哩『ばってん、もし、姫子が卒業すっ時も同じ気持ちやったらその時は……』


————どうして、高校は中学ん時みたいにならんかったんやろう






 
煌「おはよう、姫子」

姫子「んぅ……花田?」

 目をこすりながら周りを見渡し、思い出す。
 昨日のこと。遠ざかる背中。今見た夢と正反対の現実。

姫子「うぅ……頭いた……」

煌「……部活は休んだ方がいいですね」

姫子「そうやね……そいぎ休むけん」

煌「……じゃあ私も休んじゃおうっかな」

姫子「え!?そ、そげんこと……」

煌「うーん……すばらくないことかもだけど」

姫子「そげんことされよったら、私が気にすっと」

煌「でも、姫子を置いて行く方がすばらじゃないから」

煌「……」prrr

煌「はい、では……すいませんが、よろしくお願いします」ガチャッ

姫子「……ねぇ、花田。ほんとに休みよったばってん大丈夫?」

煌「心配御無用」

姫子「……ねぇ」

煌「はい?」

姫子「なんで何も聞かんと?」

煌「へ?」

姫子「……なんでもなか」

煌「…………ごめんなさい」

姫子「?」


 
煌「実は聞いちゃってたんです、二人の会話」

姫子「……そっか」

煌「……姫子」

姫子「ん?」

煌「……姫子が麻雀部を辞めるんだったら、私も辞めます」

姫子「……え?」

煌「……」

姫子「何言っとーと?」

煌「姫子ともっと麻雀したい、麻雀部で姫子と上を目指したい……」

煌「姫子が一緒じゃなきゃ意味がない」

姫子「……!」

煌「姫子ともっと麻雀したい、麻雀部で姫子と上を目指したい」

煌「だけど、姫子が本気で辞める気なら、きっと私は止めることは出来ないでしょう」

煌「入学当初は違いました。だけど今は、姫子がいないと意味がない」

姫子「…………」

煌「あ、ご、ごめんなさい」

姫子「……どうして花田は私ん為にそこまで出来っと?」

煌「……姫子は大切な人だから」

姫子「……」

煌「……大切な親友だから」

 なんでやろう。

 安心したような、残念なような……


* * *




 

 初めて名前で呼ばれたのは、長野でだった。

煌「姫子?」

姫子「……」

煌「何か考え事?」

姫子「花田、長野に帰ると?」

煌「そうですね……お盆とお正月くらいしか帰る暇がないし」

姫子「やんね……」

煌「姫子は?」

姫子「……考え中」

 確か……去年は姫子は部長と一緒に帰省した。
 嬉しそうに荷物を詰めて行って、楽しそうに帰ってきた。

煌「……姫子が帰らないなら、私も帰らなくていいかな」

姫子「え?」

煌「言ったでしょ?姫子は私の大切な人だって」

煌「帰省は絶対じゃないし、姫子が帰らないなら姫子と過ごせるわけだし」

姫子「……ばってん、そいは花田にも花田ん家族にも悪かよ」

煌「うーん……」

姫子「……」

煌「そうだ!」

姫子「?」

煌「姫子も一緒にくればいいんですよ!帰省ではなく、長野旅行でどうでしょう?」

姫子「……え?」

煌「あ、姫子の家族も姫子のこと待っているわけだし……」

姫子「私は帰ろうと思えば帰れっ距離やし……」
 
煌「じゃあ決まり!」

煌「姫子も家族に電話してね」

煌(姫子の気が変わらない内……)

煌「もしもし」

煌「うん……はい、大丈夫!はい、ありがとう」



 

 いつもと違う夏。
 高校2年生の夏。高校2年生という一度きりの夏。
 初めて団体戦のレギュラーに選ばれた夏。
 姫子が深く傷ついた夏。
 姫子と長野で過ごした夏。

 初めて名前で呼んでくれた夏。


煌「なぁんもないところだけど」

姫子「そげんことなか」

姫子「……煌」

煌「!」ドキッ

姫子「ありがとう」

煌「えへへ」

姫子「煌がおっけん、もう少し頑張ってみようって思えると」

煌「……」

姫子「私は、哩先輩んこと好いとう……やけん、まだ諦めん」


* * *





 
姫子「今日も泊まってもよか?」

煌「うん」

 長野から福岡に戻っても、私はまだ何も行動できないでいた。

姫子「ねぇ、煌」

煌「なに?」

姫子「部長ば好いとうこと諦めたくなかって思いゆうのに……私は臆病やね」

 帰ってきてからも部活はサボってる。
 ……煌も私に付き合って休んでる。

姫子「もしまた拒否られでもしよったら……怖かよ」


 会いたい。
 だけど、会うのが怖い。

 あんな先輩初めてだったから。

 喧嘩じゃない、拒絶。

 それを思うと怖かった。


姫子「……もう夏休みも終わるのに」


 一度、先輩に会いに行こうと覚悟を決めた日があった。

 ちょうど学校に向かおうとしているであろう先輩がいた。

 駆け寄ろうと思った。話しかけようと思った。
 だけど、出来なかった。

 哩先輩はいつもとひとつだけ、違うところがあった。

 髪の毛をおろしていた。
 いつもはリボンで二つのおさげを作っているのに、なかった。

 あれは、私があげたリボンだった。
 プレゼントしたその日から、毎日先輩は使ってくれてたのに。

 私は今でん、先輩に貰ったヘアピンば使っとんのに……。


 
姫子(もう、本当に届かんって……)

姫子(ばってん、私んいとう気持ちは……)

煌「……」

 ブブブ ブブブ ブブブ

煌「失礼」

煌「……!」

姫子「何かあったと?」

煌「何もないよ。ちょっとトイレに行ってくるね」

姫子「あっ」ギュッ

 何でやろ?

 とっさに煌の裾を掴んでいた。

煌「どうしたの?」

姫子「煌……」

煌「?」

姫子「……煌はどこにも行かんよね?」

煌「姫子を置いて行ったりなんてしないよ」

姫子「ばってん……」

煌「大丈夫だから」

姫子(何わがまま言っとるんやろ)

姫子(ばってん、もし煌がいなくなったら……)

姫子(そげんことば考えるだけで……)

煌「大丈夫だから、ね?」

 煌がほほ笑む。
 
姫子(何子供みたかことしとるんやろ、私)

姫子「ごめん」

煌「ううん」

煌「すぐ帰ってくるから」

姫子「わかった」

 パタン





 
姫子「……」

 失って初めて気付くことがあるって実感した。

 1コは哩先輩の存在の大きさ。
 もう1コは煌のこと。

 哩先輩を失って初めて煌の存在の大きさに気付いた。

姫子「ばってん……」

姫子「迷惑ばっかかけとっけん」

姫子「煌も部活サボりよるし」

姫子「……こんままじゃいけん」

 退部届。

姫子(麻雀の特待で来たけん、そげん簡単に通るとは思わんばってん)

姫子(意思を示すことは出来る)

姫子「いつまでも、煌に甘えたままは……」

姫子「……」


* * *





 
 分かっていた。気付いていた。

 だってあんなに深い絆で結ばれている姫子と先輩なんだから。

 本心なわけないんだって。
 きっとあの言葉の裏には姫子への想いがあるんだって。

 気付いてた。



 メールは、白水哩先輩からだった。
 「今、私ん部屋来れっか?」そんなメールが私に届いた。

哩「思ったより遅かね」

煌「……姫子のことですか?」

哩「そう……そん前に、花田も夏休みの部活サボっとうみたかね」

煌「……」

哩「はぁ……花田は私ん次の部長やし、しゃきっとしてもらわんと」

煌「は……!?」

哩「……」

煌「わ、私が……な、なんですか!?」

哩「花田が新しか部長やけん」

煌「……」

 思いがけない言葉に私の思考は停止する。

哩「姫子んことば頼むぞ」

 それを見計らったように白水先輩はしれっと言った。

煌「どうして……!」

 普段ならもっと気を使った言葉が出てくるだろうに思考が停止した私の口からは思うままの言葉が飛び出す。

煌「どうしてそんなことをいうんですか!?それは部活の為ですか!?」

煌「私が新部長になったからですか!?」

煌「先輩は……!」

哩「……」

煌「姫子のことを好きでも嫌いでもないんでしょう!?」





哩「……」

煌「はぁはぁ……」

哩「……姫子の為やけん」

煌「……」ゴクリ

哩「嫌いなわけなか」

哩「愛しとうよ、やけん、こげん方法しかなか」グッ

 トレードマークの二つのリボンは髪にはない。
 だけど、その手で強く握られていた。

煌「……」

哩「私んせいで姫子は閉じ込められとる」

哩「しかもそいは全部自分のエゴやけん」

煌「……」

哩「……すまん」


 姫子は泣く。先輩を想って姫子は泣く。
 先輩は嘆く。姫子を想って先輩は嘆く。


煌「……」

 あぁ……あぁ……。
 焦燥感。憤り。後悔。
 似ているような気がするけど、やっぱり違う。

 なんなんでしょうね、この感情は。

煌「……なんで泣いているんでしょうね」

煌(こんな顔で行ったら姫子を驚かせちゃいますよね)

 姫子は一人で眠れないほど悩んで、涙を流すほど白水先輩が好き。
 事情は分からないけど、姫子の為と別れを決め、唇を噛む白水先輩。

煌(なんだか……)

 悔しいじゃないですか……。

 私は、悲しいくらい姫子を愛しているのに。




 
ガチャ


姫子「あ、煌。おかえり」

煌「うん」

姫子「……」ヒラ

煌(退部届……)

 どんなに深い絆があろうと、姫子のことを想っていようと、姫子を泣かせたのは、傷つけたのは事実だ。
 どんなに姫子を想っていようと、想ってした行為だとしても……、許せることなんかじゃない。


 どうして、私は白水哩じゃないんだろう。 


煌「……私じゃ駄目ですか……」

姫子「……え」


 私なら、姫子を泣かせたりしないのに。


煌「……私は、先輩じゃないし、先輩にはなれないけど……」

煌「私は……私なら姫子にそんな思いはさせない」

姫子「……ばってん、私はせんぱ……」

煌「分かってます」

煌「姫子が先輩のことを好きだってこと……ちゃんとわかってます」

姫子「……」

煌「私のことを好きになってくれなくて、いいです」

姫子「……」

煌「ただ今よりもうちょっと傍で姫子を支えたい」

煌「……見返りなんていらないから、ただ頼って、甘えて……それでいいから」


 傷付いている姫子の心に付け入ろうとしているわけじゃなく。
 ただ、悔しかった。悲しかった。

 傷付いてもいいから、尽くしたい。

 悲しいほど姫子を、愛してる。


* * *





 
 煌の気持ちは素直に嬉しかった。
 だけど……戸惑った。

煌「ただ頼って、甘えて……それでいいから」

姫子「……わ、私はどげんすればいいと?」

煌「何もしなくていいです」

煌「私が勝手に好きでいるだけ、ただそれだけですから」

姫子「……ばってん、そいは……」

煌「……寝ましょうか」

 気まずい空気。凛とした煌の目。私をまっすぐ見る、煌の瞳。

 煌は下に布団を敷き、潜った。

姫子(今日は一緒に寝んの?なんて……聞けん)

煌「……ごめんなさい」

姫子(え……)

煌「おやすみ」

 そう言うと、煌は布団を頭にすっぽり被った。

 その膨らみを見ながら、私はどうすればいいかわからなくなった。

姫子(煌んこと好いとうは好いとうばってん……そいは友達としてやし)

姫子(先輩への気持ちとは違か……)

姫子(ばってん……今ん私は……)

姫子(本当に煌に迷惑掛けたくなかちゅうんなら)

姫子(退部届ば煌に見られんように出すし、煌の部屋で毎日寝ん)

姫子(……今ん私は、煌の存在に助けられとる……)

姫子(煌まで失ったら……)

姫子(あぁ……あぁ、煌)

姫子(煌ん言う通りに甘えたら、煌に迷惑ばかける)

姫子(分かっとうけん、分かっとうばってん)

姫子(ごめん、煌……)

姫子(煌ば傷付けっと思うばってん、私今、煌ば失いたくなかのよ)

 結局、私は煌の優しさに甘える道を選んだ。

 正解も不正解ももう分からんばってん、こん選択ばしとらんかったら、私は……。

 
 
* * *








 あん時の私の選択は間違いやったのかもしれん。

 今更何ば言いよっと?
 自分で決めたことやろが。

 未だに夢見る。

 中学ん頃。高校ん頃。

 あぁあぁ……姫子が泣いとる。

 姫子が泣きながら私ば呼んどる。

 今すぐそん小さく見える体ば抱き締めたか。

 ばってん、私は……。


* * *




 
 ……リザベーションに目覚めたんは中学ん頃やった。

 目覚めた言うんは違かかもしれん。
 姫子ん存在はずーっと感じとった。

 やけん、姫子に会った時、すぐに分かった。

 そしてそいがリザベーションゆう形で目に見えっようになった時、確信した。

 白水哩は、鶴田姫子の為に存在しているのだと。
 鶴田姫子の為に生きることこそが私の運命なのだと。

 そげん子供の戯言ば信じとった。自惚れとった。
 そげん夢みたか甘美な妄想に浸っとった。

 リザベーション。

 私と姫子を繋ぐ二人の鎖の絆。私達の積み重ね。運命。
 この力は、まさに私達の絆の結晶だ。

 私は縛る。自分の手を。自分の足を。
 本能的に枷を欲しているわけではなく、姫子の為の枷だから、私は喜んで受け入れた。縛った。
 縛る回数を増やせば増やすほど、強く縛れば縛るほど、姫子への想いは昂った。




 
 中学時代の姫子は、決して強くはなかった。
 良くも悪くも普通だった。
 だけど、部員数は少ないという理由で、団体戦のレギュラーに選ばれていた。
 戦力ではなく人数合わせだった。

 それでも、私はよかった。

 私の枷が姫子に繋がっけん。
 私が姫子ん為にすっことが姫子に大きか意味ばもたらし、そいは私が姫子ん為に存在しとるちゅう感情を満たした。

 私の活躍は、姫子の大活躍となる。姫子は私に甘える。

 私はそいが幸せやった。


* * *





 
 インターミドルでの活躍のおかげで、県内外から誘いがあった。
 
 でも、頭にあったのは自分の進路のことより、姫子のことだった。

哩(来年……私はおらん)

哩(支えっことはできん)

 どう足掻こうと思ったところでどうにもならない。

 今年の姫子の活躍に周りは賞賛した。期待した。
 だけど、来年、私はいない。
 このままでは、姫子が周りに潰されてしまう。
 
 インターミドルでは活躍したと言っても優勝できたわけではない。
 強豪中のエースを相手に私が打ち負けたせいで、姫子に繋げなかった。

 
 私の勝ちは姫子ん勝ちで、私の負けは姫子ん負けになっと。
 私も姫子ももっと強くんらんといけん。


 姫子に新道寺に行くことを伝えた。

 姫子は「離れたくなかです」と泣いて走っていった。
 私は呆気にとられてすぐに追えなかった。
 
 姫子が泣いてるのに、姫子が泣いてる顔が、発した言葉が、嬉しくて、私は幸福を感じていた。

哩(あぁ姫子……)

哩(私の一方的な想いと思っとったばってん、姫子も私んこと想ってくれよったんやね)




 
 姫子がどこにいるのかなぜか私には分かった。
 だから、すぐに姫子ば見つけることができた。

 姫子に告げる。福岡に行く真意を。

 姫子の泣き顔が愛おしい。
 私を想って泣いてるのが嬉しい。

哩『私と姫子は切っても切れん関係ばい』

哩(切れるわけなかやろ)

哩(私の姫子への想いは。姫子との絆は)

哩(切れっわけなか)

哩『絶対うちに来いとは言わん』

哩『ばってん、もし、姫子が卒業すっ時も同じ気持ちやったらその時は……。』

 絶対うちに来い!
 そんなこと言わなくても、姫子の気持ちは変わらない。
 姫子には私が必要で、それは運命だと信じていたから。
 なのに、そう言ってしまえば、運命じゃなくて、強要してるみたいで嫌だった。

 姫子は大きく頷いた。



 
哩『さ、帰っか』スッ

姫子『はい』グッ

姫子『……ん』グラッ

哩『危なか』バッ

姫子『す、すいません』

哩『……おんぶしちゃる』

姫子『……え?』

哩『……はよせぇ』

姫子『……』

哩『……』

姫子『し、失礼します』

哩『ん、しっかり掴まっとけ』

姫子『はい』

 姫子の重さが心地よか。
 姫子の息が耳に掛かってくすぐったか。

 単純な私の体は姫子の温もりに喜びを感じていた。

姫子『……先輩の背中、温かか』

 姫子の呟きが胸を熱くする。
 温かかなんは姫子ん温もりやって言いたくなる。

 きっと今の私は顔を赤く染めてる。
 だけど姫子にはたぶんわからない。
 夕日が私達ば照らしてるから、きっとこの赤い頬は、それにまぎれてオレンジに見えてるはずだ。

哩『姫子?』

姫子『……』

哩『姫子?』

姫子『……すぅ』zzz

哩『寝よったんか』

 眠れるほどの安心を私があげられたというなら、それは本望だ。
 そんなことを思いながら、私は歩く速度を落とした。
 もう少しこんな風に姫子を背負って歩きたかった。


* * *





 
仁美「あいつ、もう卒業やっちゅうのに……」

美子「哩ちゃんのこと?」

仁美「麻雀やらん言うて受験勉強しとったし」

美子「麻雀辞めるんやろか」

仁美「もうわけわからなか」

美子「やね」

仁美「なぁ、美子……」

美子「ん?」

仁美「インハイ終わってからおかしくなかか?」

美子「……そやね」

仁美「今までやったら姫子、姫子、姫子やったんに……」

仁美「一緒にいっとこ見たことなか」

美子「……なんかあったんやろね」

仁美「……あげん大事にしとったリボンやって」

美子「うん……」

仁美「やけど……あいで髪ば縛っとらんだけで、大事にしとっちゃろ」

美子「……」

仁美「哩の気に入らんとこは、私達になんもかんも相談してくれなかゆうことや」

美子「うん……やけど」

仁美「哩と鶴田は普通ん関係やなかわけやけん、私達には分からんこっかもしれん」

仁美「やけど……」

美子「哩ちゃんは頭が固かやし…」

仁美「……秋大前に激励行ったこと覚えとる?」

美子「まぁ激励っちゅうか……ただ打ちに行っただけっちゅうか……」

仁美「あん時の鶴田ん様子おかしかったよな」

美子「仁美ちゃんもそげん思う?」

仁美「美子も?」

美子「哩ちゃんがおらん言うたら残念がる思っとったけど」

仁美「安心しとったみたかやし」


 
美子「ケンカでもしよったんかな?」

仁美「……どうやろね、ただのケンカには思えんけど」

美子「うん……哩ちゃん、苦しそうやしね」

仁美「……私は、哩んこと友達やって思っとんのに」

美子「……」

仁美「なぁんも言ってくれんのは……寂しかよ」

美子「……仁美ちゃん」ポンポン

仁美「……」プイッ

美子「……」ナデナデ

仁美「……分かっとうよ。哩と鶴田ん関係は特別やし、私達に話したとこで仕方なかちゅうこと」

仁美「聞くことしかできなかやけど……やけど……!」

仁美「何も言われんのは寂しかよ」

美子「……そやね……友達やもんね」

仁美「……あいつ、送別会も出ないつもりなんやろか」

美子「……こん調子やと……」

仁美「何があったか知らんけど……結局、あいつは鶴田中心で回っとんやろ」

美子「姫子ちゃん中心って?」

仁美「麻雀部で私達と過ごした想い出よか、鶴田に会いたくなか気持ちば優先するんやろ」

美子「そげんこと……」

仁美「そいは悲しかよ」

美子「……そげんことさせんよ」

仁美「美子」


 
美子「うちにとっても哩ちゃんは大切な友人やし」

美子「仁美ちゃんは哩ちゃんこと好いとうもんね」

仁美「好いとらんし……こんまま勝ち逃げされるんが嫌なだけやし」

美子「……素直やなかね」

仁美「ふんっ」

美子(冗談ば言えっくらいに、恋は……)

仁美「直接、哩ん奴に言いに行く!」

美子「うん……そいがよかと思うよ」

仁美「あいつがおらんと仕方なかやしね」

美子「くすっ」

仁美「笑っとらんで、行くぞ美子!」

美子(あのとき煌ちゃんの様子もおかしかやったし……)

美子(結局あいから相談してくっこともなかやったし)

美子(うちも受験が本格的になっとって……)

美子(煌ちゃんは何でも自分に溜め込みよるけん、心配やね)

美子(やけど、そげん煌ちゃんがあんなに弱気なとこ見せっとは……)

仁美「美子ー!!」

美子「はーい、今行くけん」

美子(やけど……秋の大会は煌ちゃんも姫子ちゃんも頑張っとったみたかやし)

美子(あとは哩ちゃんやね)

美子(姫子ちゃんには煌ちゃんがあっし、仁美ちゃんにはうちがおるけど)

美子(哩ちゃんには甘えられっ相手おらんけん……)



 

美子「哩ちゃん」

哩「ん」

美子「今日で卒業やね」
 
仁美「いろいろあっけど、楽しかね」

哩「……」

美子(まさか、卒業式当日まで避けられっとは思っとらんかったな)

仁美「なぁ、哩」

哩「ん?」

仁美「鶴田に会わんの?」

哩「……」

仁美「何があったんか知らんけど、今日くらい」

仁美「今日で卒業やし」

哩「別によかやろ」

仁美「はぁ……」

美子「やけど、麻雀部の送別会は出るやろ?」

仁美「元部長なんやし、当然やろ」

哩「……」

仁美「……お前、麻雀辞めるんか」

美子「仁美ちゃん」

仁美「お前くらいの実力でんあれば、特待でもなんでもあっやろ?」

仁美「そいがなんで……」

哩「……麻雀だけが全てやなかやろ」

仁美「そうやったとしても、1回も麻雀部に顔ば出さんかったんはなんで?」

哩「そいはじゅけ……」

仁美「受験やったらもう終わったやろ」

哩「……」

仁美「送別会、行かん理由はなかやろ」

哩「……」


 
美子「哩ちゃん」

哩「……」

美子「哩ちゃんや仁美ちゃん、一緒に戦ってきよった仲間と今日でお別れになるんやったら」

美子「うちは、こん機会ば逃したくなかよ」

哩「……」

美子「仁美ちゃんは素直やなかけん、哩ちゃんと送別会に出たかって言えんの」

仁美「なっ」

美子「みんな、卒業したら離れ離れになってしまうんやから、な、哩ちゃん」

美子「哩ちゃんにとっては余計なお世話かもしれんけど、哩ちゃんば心配しとる」

美子「哩ちゃんは出たくなかかもしれんけど」

美子「やけど、今日はうちらのわがままに付き合ってくれん?」

哩「……」

仁美「最後なんやから」

哩「……そうやね」



哩(あん日……)

哩(姫子ば泣かせて、置き去りにしたあの日)

哩(あれから、姫子には会ってない…)


哩(ばってん、今も、今も姫子があっこで泣いとる……そげんか気がする)





* * *





 

 姫子は新道寺に入学した。
 やはり姫子が私と一緒にいるのは運命なんだろう。

 そう思っていた。そんなことを信じていた。
 そんな甘美な妄想にずっと浸っていたかった。

 でもそれは……簡単に壊れてしまった。

 私の高校1年生の1年間。姫子の中学3年生の1年間。
 努力した。強くなった。

 でも、姫子の方が強くなってた。

 姫子はもう弱い存在じゃなかった。
 守らないといけない存在じゃなかった。

 私がいなくても、リザベーションを掛けなくても、姫子はもう前みたく弱くない。

 私は確かに見た。

 そんな姫子の光り輝かんばかりの未来を。

 でも、姫子は私にリザベーションをねだる。言葉ではなく心で。

 それは当たり前のことだったから。
 そんな風にすることが私達の絆の証だったから。
 出来るのにしないなんてことは出来なかった。


 努力するしかなかった。
 私が常に姫子を支え続けるためには、自分自身が強くなるしかない。

 姫子も努力を怠ることはない。
 
 そんな風に努力してる姫子を見てて、気付いた。

 リザベーションを掛け続ける限り、姫子本人の努力の成果を見せる機会は少ないということに。
 リザベーションをし続ける間は、私は姫子ば自分の籠に封じ込めている。

 それに気付いたけど、私は、姫子を閉じ込め続けることを選んだ。

哩(私は……姫子ん為に生きとる)

 今更それを手放すことは幼い私には出来なかった。

* * *





 
 姫子との関係、自分自身の存在意義、部長として、エースとしての責任。
 その為には、優勝しかなかった。

 だが、昨年と同じく、優勝することはできなかった。

哩『……すまんかった』

姫子『……私んせい……私んせいで……私が……』

 準決勝敗退が決まった。
 姫子を迎えに行き、手を引いて廊下を歩いた。

 廊下には私達以外誰もいなかった。

 足を止めて、姫子と向き合う。
 涙ばぼろぼろ流す姫子の頭を撫でたいと思って、手を伸ばした。

哩(……また、背が伸びとる)

 届かないわけではないけど、そう思わずにはいられなかった。

哩『縛りば失敗した局ば作ったけん、そいがなかやったら、姫子がそこで上がっとったかもしれん……』
 
姫子『そげんこと……』

姫子『部長は沢山稼いだばってん、私が、私が……』

姫子『……そいば殺してしまったとですよ……』

哩『姫子は悪くなか』

哩『よう戦った……やけん、そげん顔せんで』

 ……もし、こげん能力がなかったら。
 私達はただの仲のよか先輩後輩やったんやろうか?
 それとも、仲良くもならなかったんやろうか?
 姫子がここまで責任を背負い込むこともなかったんやろうか?
 姫子が自分の力で稼いで、リザベーションであがっよりも大きか上がりしよったんやろうか?



 
哩『……可愛か顔が台無しやろ』

 私は、姫子ば閉じ込めっことば選んだ。

 姫子ん未来ば縛っことば選んだ。

 ばってん、姫子の身長がいつん間にか私ば抜いたように、姫子はもっともっと強くなる。
 沢山の可能性ば秘めとる。

 姫子ば閉じ込め続けよったら、今日みたく、姫子に辛か思いさせてしまう。

 私は、姫子の為に存在しとる……ばってん、そげんこと、私の勝手な妄想や。
 本当に姫子んことば想うんやったら、そげん妄想の押しつけはもう終わりにせんと。
 
 子供の戯言はもう終わり。



————今日でコンビは解散やね。


* * *




 
姫子「……」

煌「……」チラッ

姫子「……」

煌「……」ギュッ

姫子「……煌」

煌「大丈夫」

姫子「……うん」

 先輩が卒業した。
 式中、先輩のことを見ようとした。
 だけど、見れなかった。見ていられなかった。
 勝手に涙が零れてきて、胸が苦しくなって……。

 煌は何も言わないで、私の手を握ってくれた。

 今みたいに、強く、優しく、握ってくれた。

姫子「来んかったら、来んかったで悲しかけど、ちょっと安心する」

煌「うん」

姫子「来よったら、来よったで嬉しかけど、どげんすればよかか分からなか」

煌「うん」

姫子「煌……」

煌「うん?」

姫子「おってね」

煌「もちろん」

 今日は麻雀部の送別会。

 麻雀ば辞めよう思っとったばってん、煌がおっけん、煌が支えてくれっけん。
 煌ば傷付けとっけん……麻雀くらいは恩返ししたか、思ったし、単純に煌とおりたかやったゆうんもなくはなか。

煌「……始まるよ」

姫子「うん」

姫子(……ばってん、不思議やね)

姫子(……卒業式も、今日も私は休まんでちゃんと参加しとる)

煌「姫子?」

姫子「大丈夫」

姫子(こいはたぶん絶対、煌んおかげやね)



 
煌「先輩方、ご卒業おめでとうございます」

 送別会が始まって、煌は部長として挨拶をしてる。

 この時ばかりは、ずっと煌にひっついていることはできない。

哩「……」
 
姫子(先輩がおる。煌んことば見とる……)

煌「さて、ではお別れ試合として今日は思う存分打ちましょう!」

 今日はランキング関係なく、最初はくじ引きで、後半は打ちたい人と打つ予定になっている。
 前半戦は、幸か不幸か、先輩と同卓することはなかった。

仁美「お前、ほんとに引退してから打ってなかったんか?」

哩「ん」

仁美「もったいなかね」

美子「結局、哩ちゃんに勝てんかったなぁ」

 先輩は相変わらず強いらしい。
 安心したような、悲しいような、ようわからん。

「おっ!」
「こん次のD卓は新旧部長対決やね」

姫子(煌と先輩が……?)コソコソ

煌「お手柔らかに……とは言いません」

哩「ほう……?」

姫子(煌……?)

煌「私は、先輩に勝ちます」

煌「勝ちます……」

哩「やれるもんならやってみんしゃい」

煌「……」チラッ

姫子「?」ドキッ

 前半戦の最後。
 どんな運命の悪戯なのか知らないけど、煌と先輩が当たった。
 周りは新旧部長対決やってはやし立てた。




 ……私は、煌ば応援しとった。






 
 後半戦。くじ引きとかなしに、打ちたい人と打つ時間。

「前半戦は新旧部長対決やったし……後半は……」
「エース対決やね」

 先輩と打ちたい気持ちはなかったけど、仕方ない。

哩「姫子……」

姫子(……先輩に呼ばれるんは久しかやね)

哩「手加減はせん」

姫子(先輩……)

哩「全力で来んしゃい」

姫子「……」

 先輩は私の対面だった。

 だから、顔を見ないわけにはいかない。

姫子「……」

哩「……」

姫子(先輩の強か視線ば感じゆうばってん)

姫子(……顔、上げられん)

哩「……」



 
姫子「……」

(姫子っ!)

姫子(い、今んは……?)

(ちゃんといるから、大丈夫だから)

姫子(煌?)

姫子「っ!」バッ

哩「……?」

煌(ちゃんといるからね)

 先輩の後ろに煌がいた。

姫子(煌……)

煌「……」コクリ

姫子(私も……勝つけん)

姫子(そこで見とって)


 なんでやろ……。

 不思議なくらい落ち着いた気持ちで先輩ば見れた。

 涙は出ん。
 心の疼きも、苦しさも、悲しさも。
 今は、なか。



姫子「卒業おめでとうございます、先輩」



 そんな言葉を、笑って言えた。


* * *
 




 
煌「え、今日も泊まるの?」

姫子「だめ?」

煌「だめなわけないけど」

姫子「じゃ、決まりやね」

姫子「ふんふーん♪」

煌(今日もですか……)

煌(先輩が卒業してからも毎日のように私の部屋に……)

煌(それが嬉しくもあり、悲しいなんて……贅沢ですかね)

姫子「煌?」

煌「ん?」

姫子「嫌やった?」

煌「そんなこと……」

姫子「ごめんね」

煌「姫子が謝ることなんて……」

煌(姫子が私を頼ってくれるのが嬉しい)

煌(だけど、それは先輩への未練とか、寂しさとかだから、ちょっと悲しい)


 
姫子「煌?」

煌「え、な、なに?」

姫子「何かぼーっとしとったけん」

煌「あ、はは」

姫子「何か悩みでもあっと?」

煌(あなたのことと)

煌「やっぱ部活の事かな」

姫子「来月にはもう県予選が始まっけんね」

煌「うん……」

姫子「大丈夫!」

姫子「煌も強かやし、私も頑張っけん、ね?」

煌「……うん、そうだよね」

煌「やるしかないよね」

姫子「まだまだ本調子やなかようやけど」

姫子「煌のポジティブ思考がちぃーっと復活しよったね」

煌「はは、そうですか」

姫子「うん」



 
煌「そろそろ寝る?」

姫子「うん……」

姫子「……ねぇ、煌?」

煌「んー?」

姫子「煌は、私にキスとかしたくならんの?」

煌「……!」ピクッ

姫子「……私んことば、好いとんのやろ?」

煌「しませんよ」

姫子「……」

煌「姫子の気持ちは分かってるから」

姫子「……」

煌(だって姫子が好きなのは先輩で……私じゃない)

煌(たぶん、私がしたいって言ったら、姫子は優しいからそれに応えてしまうでしょう)

煌(本当はキスしたい……だけど、それを言ったら姫子を困らせてしまいます)

煌(姫子の為によくないから)

煌「前にも言ったでしょう」

煌「見返りは求めません」

煌「付き合うとか、キスとか……求めません」

姫子「……」

煌「……姫子?」


 
姫子「……」

煌「あの……やっぱり困っちゃうよね、ごめん」

煌「本当に気にしなくても大丈夫だから」

煌「ちゃんと、これからもずっと……」


「友達ですから」


煌(だってそれが姫子にとって一番いいことでしょう)

姫子「……わかった」プイッ

煌「姫子?」

姫子「おやすみ」モゾモゾ

煌「う、うん……おやすみ、姫子」

姫子「……」

姫子(何に傷付いとるんやろ……)

姫子(ううん、違か……本当は分かっとる)

姫子(煌……)チラッ

姫子(私ん気持ち、分かっとるんやろ?)

姫子(やったら、気付いてよ)

姫子(……なんで伝わらんのやろう)

姫子(友達……友達……)

姫子(ねぇ煌……本当に私んこと好いとんの?)

煌(……姫子)

煌(……期待しちゃいますよ……そんなことを言われたら)

煌(でも……姫子と先輩は……)

煌(一時の感情に流されちゃいけない)

煌(だって、先輩はきっと……)


* * *





 
——高三、夏

姫子「よか感じやね」

煌「ついに去年敗れた準決勝ですね」

姫子「煌、今年の目標はもちろん優勝」

煌「分かってます」

姫子「そげん大きか壁やなかよ」

煌「うん!さぁ、行きますか」

「おー!」

「今日は卒業した先輩達も応援に来とるみたいですよ」
「白水先輩もおるらしかよ」

煌「……」チラッ

姫子「……」

姫子「煌?どげんかした?」

煌「え……、い、いえ」

姫子「行こ」


* * *





 
煌「私が不甲斐ないせいで……」

姫子「そげんことなか」

姫子「みんな全力ば尽くしよった」

煌「でも……」

姫子「全部煌ひとりで背負いこまんで」

煌「姫子……ひめ……うあぁあっぁあぁぁあ」ギュッ

姫子「……うぅ……」グッ

姫子(……最後ん夏が、終わった)




煌「さっきはごめん」

姫子「よかよか」

姫子「あげんか煌はレアやし」フフフ

煌「恥ずかしいんで、あんまり触れないで下さいよ」

姫子「ふふっ」

煌「もうっ」

姫子「内緒にすっけん、そげんしょげんで」

煌「約束ですよ?」

姫子「分かっとうよ」

煌「うん」

煌「……」ピタリ

姫子「ん?煌?」ピタッ



 
煌(いつかこんな日が来るって思ってた)

煌(今日、先輩が見に来てるらしいって噂は聞いたから)

煌(今日かもしれないっていう予感はあった)

姫子「……あっ」

哩「……お疲れ、姫子、花田」

姫子「せ、先輩」

煌「……」

哩「残念やったね」

姫子「全力ば出したばってん、及ばんかったとですね」

煌「……先輩」

哩「ん?」

煌「お話があるんじゃないですか?」

煌「……」チラッ

姫子「?」

煌「姫子に」

哩「うん。ちょっと時間貰ってもよかか?」

煌「姫子」

姫子「ん?」

煌「先生には私から言っておくから」

姫子「え?」

煌「だから、大丈夫だよ」ニコッ

煌「先に行ってるね」タッ

姫子「あっ」

哩「姫子」

哩「よかか?」

姫子「……はい」




 
哩「すまんかった」

姫子「え?」

哩「去年の夏、私は姫子ば傷付けた」

哩「私がわがままやったと」

哩「私が弱かやけん、自分の不安ば姫子にぶつけよった」

姫子「……」

哩「姫子、今更こげんかこと言っても遅いかもしれん」

哩「ばってん……言わせてくれ」

哩「姫子、愛しとうよ」

哩「やけん、私達、やり直さんか?」


* * *




 
煌(これでよかったんです)ダダダッ

煌(これでよかったんです!)ダダダッ

煌(これでよかったんですよ!!)ダダ コケッ

煌「はぁはぁ……」

煌(だって姫子の想いが通じるんだから)

煌(姫子が幸せになれるんだから)

煌(先輩はリボンをしてた)

煌(いつもの見慣れた先輩だった)

煌(よかったんです……)

煌(だから……これでよかったんですよ)

煌(去年の夏に言っていたじゃないですか)

煌(先輩のことが好きだから諦めないって)

煌(先輩も、姫子のことを愛しているんですから)

煌(二人は両想いで、誰にも破ることのできない絆があって)

煌(……傷付いてもいいって、そう、思ったじゃないですか)

煌(なのに何で……?なんで私、泣いてるんですかね……)

煌「はは……」

煌(友達なんだから……すばらなことなんだから……ちゃんと、祝わなくちゃいけない)

煌(笑わなくちゃいけない……ですよね)



 
ダダダッ

煌「ははは……はぁ……」

姫子「煌っっ!!!」

煌「はは……ついに幻覚まで見えるようになってしまうとは……」

姫子「煌」ギュッ

煌「……夢、ですか」

姫子「そげんわけなかやろ」

煌「どうして?だって姫子は……」

姫子「姫子は?」

煌「姫子は……先輩のことが好きで」

煌「先輩は姫子が好きで……」

煌「……先輩は姫子を迎えに来たんでしょう」

煌「なのに、なんで?」

煌「なんでここにいるんですか?」

煌「なんで、こうやって私を、私を抱きしめてるんですか!?」

姫子「そげんこと……理由は1つしかなかやろ」

煌「……友達だから、ですか?」

姫子「本当にそげん思っとる?」

煌「……だって、そんな……」


 
姫子「煌、私な……」

煌「?」

姫子「自分でもびっくりすっくらい落ち着いとって」

姫子「あん先輩と一人で向き合えとった」

姫子「変に意識すっこともなく……」

姫子「今までの想い出とか気持ちとか全部置いとって」

姫子「白水哩ば見よった」

姫子「正直先輩ん言葉は素敵やし、嬉しかやったよ」

煌「なら……」

姫子「先輩んことは今も好いとうよ」

煌「だったら……!」

姫子「ばってん、今は、もっと好いとう人がおっと」

煌「……え?」

姫子「……煌、好いとうよ」

煌「…………」


 
姫子「……」

煌「……信じられませんよ」

姫子「……そうかもしれんね」

煌「だって、お二人は、切っても切れない絆があって……」

姫子「……どうやろね」

煌「え?」

姫子「リザベーション」

姫子「こげん能力に気付いたんは中学ん頃やったかな?」

煌「インターミドルで大活躍……ですよね」

姫子「私と先輩は似とったんやと思う」

煌「はい?」

姫子「先輩は昔から強か人やった」

姫子「私は昔、友達はおらんかった」

姫子「……こげん睫毛のせいかもしれんね」

姫子「……つまり、二人とも孤独やったんよ」

煌「孤独……ですか?」

姫子「孤独やし、どっか似とった私達は惹かれ合って……」

姫子「最初は支えあっとったばってん、途中から依存しあっとった」

煌「依存?」

姫子「お互いがお互いにとって必要やって信じて疑わんかった」

姫子「そげん気持ちが通じ合った結果が……」

煌「リザベーションだって言うんですか?」

姫子「うん」

煌「……」


 
姫子「まぁ、本当のところはわからなかよ」

煌「……え?」

姫子「こげん能力は私達の積み重ねやって思っとったばってん」

姫子「もしかすっと、リザベーションちゅう能力が先にあって」

姫子「私達はそげん能力に縛られとったんかもしれん」

煌「……?」

姫子「リザベーションがあっけん、私は先輩んこと、先輩はわたしんこと」

姫子「好いとったんかもしれん……」

煌「そんな……」

姫子「たぶん、先輩も、私も……本当のところはわからなか」

煌「……」

姫子「……さっき先輩になんで去年の夏あげんことになったか聞いた」

煌「……」

姫子「結局、世界は広かってことやね」

煌「よくわかりません」

姫子「さすが強豪新道寺やねって」

煌「わかんないって」

姫子「どげんかきっかけかはもう分からんけど」

姫子「相手ん存在が自分の全てやって思っとったばってん、そげんことはなかやったゆうこと」

姫子「新道寺でもNo.1やったとは言え、強豪の新道寺やけん」

姫子「中学ん頃とは違って、切磋琢磨できっ仲間が先輩には出来とった」

姫子「知らんうちにちぃーっとずつ、離れとったんやと思う」

姫子「相手の存在が自分の全てやって信じとったことば、もう信じられんくなった」

煌「……」


 
姫子「……なぁ、煌」

煌「はい……?」

姫子「私もう、先輩と繋がっとらん」

煌「……え?」

姫子「去年の夏の後、先輩ん存在が遠なったけん、繋がりも弱かやった」

姫子「さっきは、先輩の存在は近かやったばってん、もう、分からんかった」

煌「……」

姫子「なぁ、煌……なんでやと思う?」

煌「……なんで、でしょう……」

姫子「今度は、私ん気持ちが離れよったけんね……」

姫子「切っても切れん絆やって、信じとったばってん、もう違かよ」

姫子「送別会で、先輩と打った時……」

姫子「なんでやろ……煌ん声ば聞こえた気がした」

煌「……私も」

姫子「?」

煌「私が先輩と打ってる時、姫子が応援してくれてる気がした」

煌「……幻聴というか、私の願望だったと思うけd」

姫子「しとった」

煌「え?」

姫子「あん時、私、部長やなくて、煌ば応援しとった」


 
姫子「気付いたら単純に煌とおりたかって思っとった」

姫子「煌はずっとこげん私ん傍にずっといてくれよった」

煌「……」

姫子「……前にキスとかしたくならん?って聞いたことあったやろ?」

煌「は、はい……」

姫子「自分自身、煌ん事好いとうってこと、まだ曖昧なままにしとって」

姫子「そいであげん質問ばしたんやけど、煌はそん時なんて答えた覚えとる?」

煌「……姫子の気持ちは分かってるからしないって」

姫子「私ん気持ち分かっとるからせんって言って、ずっと友達やって煌に言われた時」

姫子「なんでやろ……なんか傷付いとった」

煌「え……」

姫子「本当に私んこと好いとんやったら普通したかって思うもんやないの?って」

姫子「なんで、私ん気持ち分かっとらんの?って」

煌「え……え……」

姫子「そん時、確信した」

姫子「私、煌んことば好いとるって」

煌「え……」


 
姫子「こいでも私ん言葉が信じられん?」

煌「……なんだか、上手く頭が回りません」

姫子「んー……私は、煌んこと好き」

姫子「やけん、キスとかしたかって思っとうよ」

姫子「……煌は?煌はどう思っとる?」

煌「私は……姫子が好き」

煌「……本当はキスもしたい……」

姫子「煌……」

煌「姫子……」

 身長差がるから煌はちょっと背伸びして、姫子はちょっと体を屈めた。
 
 ちょっとぎこちないけど幸せな初めてのキスだった。

姫子「……へへへ」

煌「ふふふ」

姫子「煌ん顔真っ赤やね」

煌「姫子もだよ」

姫子「ふふふ」

煌「えへへ」

姫子「行こうっか」

煌「うん」

煌「……あの」

姫子「ん?」

煌「手、握りたいな、なんて……」

姫子「あ、うん……」グイッ

煌「?」

姫子「裾ばあげんとちゃんと煌と手ば繋げんやろ」

煌「あ、う、うん」

姫子「行こ」ギュッ

煌「うん」ギュッ



 
哩『姫子、愛しとうよ』

哩『やけん、私達、やり直さんか?』

姫子『……私は……』

哩『……』

姫子『……』

哩『……そうか』

姫子『え……?』

哩『もう昔には戻れんね』ボソッ

姫子『え、あの……今なんて……?』

哩『……姫子、愛しとるよ』

姫子『……』

哩『やけん……、幸せになりんしゃい』

姫子『……え』

哩『私はまた麻雀始めてみようと思っとる』

姫子『は、はい……あの……』

哩『またどっかの卓で会おう』

姫子『……』

哩『次は負けんけんね』タッ

姫子『……あの!』

哩『……』ピタッ

姫子『私は……先輩んこと、好きでした』

姫子『ばってん、今は、もっと好いとう人がおっとです』

姫子『や、やけん……ごめんなさい』

哩『……ふっ』

姫子『へ?』


 
哩『お互いフラれよったな』

姫子『え?』

哩『去年の夏は私が姫子ばフッて、今年の夏は姫子が私ばフッた』

哩『やけん、お相子やね』

姫子『先輩……』

哩『私は行くばってん、姫子も早く行かんと』

姫子『へ……』

哩『私よりも姫子に好かれとる奴が今頃一人で泣いてっぞ』

姫子『煌……』

哩『早く行ってやんね」

姫子『は、はい』

姫子『先輩、また、どこかで会いましょう』

哩「そいはこっちのセリフやって』

姫子『さよなら、先輩』

哩『さよなら、姫子』





 
哩「……」

哩「さよなら、姫子……か」

哩(分かっとった……送別会ん時)

哩(花田と姫子が私に勝った時)

哩(二人の絆ば確かに感じた)

哩(依存やなくて……お互い信じ合っとった……絆やった)

哩(姫子に卒業おめでとうって笑顔で言われた時)

哩(さよなら、先輩って聞こえた気がした)

哩「……当たり前ん結果やね」スルッ

哩(……髪でん切っかね)

哩(そいはべたやろか……なんて私らしくなかね)

仁美「まーいる!」

哩「仁美?」

美子「うちもおるよ」

哩「美子も、なんで?」

仁美「そら可愛か後輩の応援に決まっとるやろ」

哩「わざわざ福岡から?」

美子「哩ちゃんにも会えっかもって思っとったし」

哩「そげんこと……」

仁美「まぁ、こうして会えたんやからよかやん」

哩「ん、まぁ」

仁美「哩、今日は飲むぞ」

美子「……哩ちゃんちにうちら泊まってもよか?」

哩「いきなりやな」

仁美「今日はホテルも飛行機もなかのよ」

哩「美子……いつもやったら、こげん無茶せんやろ?ちゃんとこいつんこと止めんと」

美子「だめなん?」

哩「だめやなかけど」


 
仁美「飲むぞ!」

美子「仁美ちゃん、うちらまだ未成年やし」

哩「いや……飲もう」

哩「飲みたか気分やけん」

仁美「おっし」

美子「……今日だけやけんね」

哩「……私」

美子「ん?」

哩「よか友達をもって幸せもんやね」

仁美「……」プイッ

美子「……」クスッ

哩「今日は気が済むまで飲むぞー」

美子「哩ちゃんからそげんセリフば聞けっとは思っとらんかった」

哩「ん?なんの話や?」

美子「ううん、うちもよか友達おって幸せ者やね」

仁美「なに恥ずかしかこと言うとんの……」

美子「嬉しか癖に」

仁美「知らんし」

美子(隠し切れとらんよ、仁美ちゃん)

哩(姫子、愛しとうよ……やけん、幸せになりんしゃい)

哩(そげん気持ちに嘘はなかよ)

哩(こげんこと、言えた義理やなかけど……)

哩(花田……姫子んこと、頼むけんね)

哩(私が沢山傷付けとった分、幸せしんしゃいよ……)

仁美「ほら、哩、置いてくけんね」タタタッ

美子「そげん立ち止まってっと置いてくけんねー」タタタッ

哩「私が行かんと家に入れんのに……ばかやね」クスッ

哩「待っとれって!」タタタッ


 
煌(傷付いた姫子を支えたかった)

煌(諦めの気持ちとあわよくばの気持ちがあって……)

煌(姫子が先輩と仲直りすることが姫子の幸せならそれでいい……)

煌(そう言い聞かせていたけど、やっぱり本当は違って……)

煌(ねぇ、姫子……私は私のままでいいんだよね?)

姫子(先輩……私、先輩ば好きになれてよかやったとです)

姫子(色々あっばってん、煌んこと好きになれた)

姫子(そして……先輩やったから、私ん背中ば押してくれよったんですよね)

姫子(ありがとう、哩先輩)

姫子(ありがとう、煌)

姫子(こげん私ば好いてくれよって、ずっとおってくれて……)

煌(ありがとう、姫子)

煌(こんな私を好きになってくれて……)

姫子「なぁ煌」

煌「ん?」

姫子「幸せになろうね」

煌「私は姫子と一緒にいれるだけで嬉しいです」

煌「まして、こうやって手を繋いで歩けるなんて……」

煌「……好きな人に好いてもらえる、こんなすばらなことないから」

姫子「……そうやね」

姫子「私も煌とこげんか風に手ば繋いで歩けて、幸せたい」

煌「照れるね」

姫子「やけど……悪くなかやろ」

煌「うん!」



おしまい


お目汚し失礼しました
たまには煌さんの優しさに落ちる姫子もいいと思うのです
おそらく今後つけっぱなしのヘアピンのことでけんかすると思いますが…

美子「仁美ちゃんには笑っててほしいんよ」
のときの煌姫哩の話です一応

福岡のオレ歓喜

博多弁の可愛さはチョット威圧感有るのに可愛いよねってことで

とりあえず乙したー

書き忘れてましたけど方言はてきとうです
雰囲気で読んでいただければと思います
失礼しました

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