布束さんに感情をインストールされた後の、19090号のSSです。
そこまで長くならない予定です。
独自解釈、キャラ崩壊に加え、19090号の製造日等に度々矛盾があると思いますがご勘弁を。
とある作品、特にミサカと一方さんの純粋なファンの方は、そっ閉じお願いします。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1401196214
――最近、よく夢を見るのです。
――夢、ですか?
――ええ、夢です。
――それは興味深いですね。どのような夢ですか?
――……あなたは夢を見ないのですか?
――見ませんね。だってミサカたちは心の無いクローン。ただの、実験動物なんですから。
19090号「――ハッ!」
「……調整は終わりよ、また明日、同じ時間にここに来て」
19090号「……了解です、とミサカは端的に答えます」
目覚める。ぼやけた視界が少しずつクリアになっていく。けれど見えるのはいつもと変わらない無機質な白い天井と白い灯り。
ツンと鼻にくるのは薬品の臭いでしょうか。生まれて間もない躯ですが、この臭いだけはもう飽きる程鼻を通っています。
ベッドから身体を起こすと、不自然なだるさを感じます。何故でしょうか、調整を受けた身体は健康であり、来るべき『実験』に備え万全をきしている筈であるのに。
それなのにも関わらず、この胸は重く、そして身体は一日を経るごとに空虚なだるさを増して行くのです。
ミサカはやはり……異常な個体なのでしょうか。
――絶対能力進化【レベル6シフト】計画。
学園都市の第一位である一方通行を、『最強』から『無敵』の能力者へと『進化』させる神に挑む実験。
その内容は20000通りの戦闘環境で量産能力者【レディオノイズ】を20000回殺害すること。
普通の人間からはとても正気の沙汰とは思えない悪魔の所行とも言える実験でしょう。
けれどミサカは……ミサカたちはその為に生まれ――否、作られた実験動物です。
より効能のある風邪薬一つを作るのに、幾千幾万の動物の命は散って行きます。日々、薬を飲む時、その事実を噛み締める人間など居ないでしょう。ミサカたちもそれと同じことです。
一人の能力者を作るのに散るものが、ネズミからミサカに変わっただけのことです。
単価にして僅か18万円。ボタン一つで製造される、都合の良いモルモット。そこに人権など無く、そして命と言う高尚なものもまた存在しない。
ミサカたちは、ただの動き、喋る人形なのです。
そして『彼』もまたそのことを理解しているからこそ、息をするようにミサカをただの肉に変えること出来るのでしょう。
すでに10000近くのミサカが肉の塊に変わり、そして今尚実験は続いています。当然です、この実験に、『失敗』の二文字は存在しません。
ミサカの検体番号は19090。あと数千回の死を味わうことで、ミサカは眠ることになります。
傷口から温かな血が流れ、しかしその熱に反比例するように、身体は少しずつ冷たくなり、深い、深い海の底に沈むようなあの感覚を――あと、数千回味わうことで。
地獄、と形容するのはミサカだけなのでしょうか。
何故、他の個体はアレを平然と受け取ることが出来るのでしょうか。
腕が千切られ、四肢を砕かれ、血反吐を散らし、そして最後は羽をもがれた虫を潰すように――命を散らされることを、どうして受け入れることが出来るのでしょうか。
ミサカは怖いです。
怖いのです。
そう、ミサカは――怖いのです。
痛みを味わうこと。
勝てない相手と戦うこと。
死を味わうこと。
その全てが、生まれた時から決められたレール上に存在していると言うこと。
全てが恐怖です。
ミサカは、生きたい。
死にたく――ないのです。
分かっています。ミサカは殺される為に作られた実験動物であり、道具です。生物ですらないのかもしれません。
その言葉は決して口に出せるものでは無く、そして許されることでもない。死ぬことは必然であり、そこに恐怖を感じるミサカがおかしいのでしょう。
ですが――。
19090号「……っ!」
「どうしたの? どこか調整に不備があったかしら?」
19090号「……いえ、問題ありません、とミサカは己が至って健康である事実を率直に述べます」
「そう、ならいいけど」
――吐き気を催します。身体が震えます。心臓が激しい鼓動を止めてくれません。
初めて味わう死。二度目、三度目、幾千と……繰り返すのは血に赤く染まる暗い視界。
その事実を、ミサカはただただ借り物の心で見つめていました。冷めた感情で、何も感じず、何も分からず。ただ、自分の番が来るその日まで。
その筈だったのに――。
目覚めたミサカは、それまでの記憶を恐ろしいものと認識していました。
死を恐れ、生を望み、あまつさえ、実験の中止すらを願う、壊れた個体へと。
そう、目覚めたミサカは壊れていたのです。
何故ミサカはこのような感情を宿してしまったのか。それを知るまでには僅かな時間が掛かりましたが――しかしミサカにとって、これほど不幸なことは無かったでしょう。
死を恐怖する事実を、誰にも知られてはなりませんでした。
ミサカは死ぬ為に生まれた個体なのです。ミサカが欠陥品であると知れたら、実験を前にミサカは処分されてしまうかもしれません。
何せミサカはボタン一つで作れてしまう、代わりのきく存在なのですから。
そしてそのことを理解してから、ミサカにとっての本当の地獄が始まりました。
死を恐れ――しかし決して抗えない『実験』の日々。
一人、また一人と、ミサカは肉の塊となっていく。
死刑執行を待つ囚人とはこのような気持ちなのでしょうか。
けれど幾千もの死を味わう囚人など存在しません。もし、死を幾度も体験する場所があるとすれば――そこは地獄以外のなにものでもないでしょう。
罪人を裁く、空想の地。しかしミサカは囚人ではありません。罪人でもありません。何も悪いことなどしていないのです。
ただ、日々を生きている、それだけなのに。
なのに、何故。
一日の中で数回ある、死したミサカの遺体処理。もう二度と光を宿さない彼女たちの瞳を見た時、ああ、自分も近いうちにこうなるのだと理解した時は、その昏い瞳を写したかのような、深い奈落の底に突き落とされた気分でした。
死を経験するたびに、そして動かなくなった姉たちを処理しているうちに、ミサカの中では『恐怖』と言う感情を母体に、ふつふつと様々な感情が浮かび上がってきます。
何故、ミサカは死ななくてはならないのかと言う嘆きも。
何故、他のミサカはこの所行を平然と受け入れているかと言う怒りも。
しかし全ては無意味です、無駄です、不毛であり、無益です。そこに答えを求める価値など存在しません。
どんなに嘆こうが、叫ぼうが、太陽が昇れば月が沈むように、また月が昇れば太陽が沈むように、それは変えようの無い運命なのです。
ミサカの死を望む人間は星の数ほど存在しましたが――生を望んでくれる人間など、誰一人として居なかったのですから。
……そう、居なかった筈なのに。
何故ですか。
どうしてですか。
どうしてあなたは、ここで脆く儚い希望をミサカに持たせようとするのですか。
ミサカたちは心ない人形なのです。
全てを捨ててまで、救う価値のある存在ではない筈です。
それなのに、何故。
それはミサカにとって――いえ、妹達【シスターズ】にとって、それだけは特別な記憶であったとミサカは信じています。
夏の日差しを受け輝き、仄かな風と共にたなびく、赤みがかった、糸のように細く滑らかな茶髪。
同じ顔、同じ身体。
そこに、ミサカに命を与えてくれた、この世界でたった一人の『お姉様』がいたのです。
この世でただ一人、『ミサカたち』にとっての姉であり、親であり、そして生を与えてくれた少女。
何故でしょう、あなたの存在を胸に浮かべていただけで、微かに胸の奥がくすぐったくなっていたこの身体に。
今、あなたと言葉を交わすたびに、頬は緩み、あなたの笑い声を聞くだけで、胸の奥には温かな光が差し込んでくる。
その時にはもうすでに、お姉様がミサカたちにとって唯一無二の、絶対のものであると理解していました。
不思議な感情でした。実験動物であるミサカにも、感情を言葉として表現することが許されるなら――それは紛れも無く、『愛』と言う、この世で一番、強く、鮮やかな感情でした。
ああ、出来ることなら、もっと言葉を紡ぎ、もっと笑い合い、もっとあなたと居たかった。
『彼女』もそう思っていたのでょう。
少女趣味を通り越し、幼児趣味と言えるような、カエルのバッジ。
けれど、それは紛れも無く、お姉様が『ミサカ』にくれた初めてのプレゼントで。
あのバッジを、片手で撫でた『彼女』の心が、ふわりと温かで柔らかな感情の波に解けて行くことが、ミサカには痛いほどに分かりました。
けれど――。
月が昇れば太陽が沈むように――実験は始まります。
そして、『彼女』はそれを受け入れます。泣くこともせず、叫ぶこともせず。ただ『お姉様』に別れを告げて。
……ミサカがこの世に生まれてから、この時ほど、様々な激情を味わった晩はなかったでしょう。
『彼女』の足が千切られた時、感じたのは痛みよりも怒りでした。
地に落ちた羽虫の羽を、無邪気に捥ぐ子供のように――彼は笑いながら『彼女』を痛めつけた。
ミサカの心は、赤く、黒く、焼け狂いそうなほどの怒りで押しつぶされそうになりました。
けれど――『彼女』は違いました。
足を千切られ、身体を痛めつけられ、すでに『死』への運命は誰の目から見ても抗えないものであると理解出来た筈の、『彼女』の、最後の行動。
彼女の心には、悲しみはありませんでした。
彼女の心には、怒りもありませんでした。
ただ、あったのは――お姉様と過ごした、僅かな、しかし何よりも温かで濃密な時間の追憶だけ。
お姉様のくれたバッジに手が届いた時、そしてそれを胸に抱きしめ瞳を瞑ったあの瞬間――彼女の心にあったのは限りなく満たされた気持ちでした。
その気持ちが、紛れも無くお姉様への愛だと理解した時、そして、次の瞬間、『彼女』の身体が直視出来ない程に潰され――『死んだ』時、ミサカの胸には巨大な穴が空いたようでした。
彼女の遺体を処理した晩――ネットワークから彼女のIDが消えたことを認識した時――ミサカは彼女の『死』を心から思い知らされました。
『死』、分かっていたようで、全く分かっていなかったその事実を理解した時――ミサカは生まれて初めて、悲しみに声を上げて泣いたのです。
『死』とはこれほどまでに悲しく、酷い者なのだと。
ただの一度も言葉を交えたことの無い、20000居る妹達の中での一人と一人。しかしその瞬間、ミサカにとって、それは最愛の親友を失くしたかのように、胸を抉られる想いだったのです。
9982号、もう二度と言葉を交えることの出来ない、ミサカの姉よ。叶うなら、あなたが生きているうちに、もっとあなたと話したかった。
この孤独なミサカの心を――あなたなら理解してくれたと思うのです。
けれど、それも、すべては脆く儚い幻想なのですね。
今回はここまでです。
基本的には19090号視点で話を進ませて行きます。
注記として、布束さんから感情データがインストールされたのは美琴が実験を目撃した後の話ですが、19090号はそれを刻まれた記憶の中で追憶しているものと受け取って下さい。分かりにくくて申し訳ないです。
乙乙
こういうのって珍しいから期待する
これはいい妹達SSですね
乙
タイトルはフィリップkディックのパロか
>>24
>>25
ありがとうございます、よろしければ最後までお付き合い下さい。
>>26
言葉の響きがこのSSに重なる部分が少しあるんじゃないかな、と思い、語呂もよかったのでアンドロイドのタイトルをパロらせて頂きました。
ミサカの心に刻まれた幾千の死。
それを今更追憶することに……意味などあるのでしょうか。
見いだせないまま、ミサカの頭は過去から少しずつ目覚めて行きます。
この日、遂に恐れていたことが起こりました。
お姉様が、実験の存在を知ってしまったのです。
ミサカたちの存在を知られた時点である程度の覚悟は出来ていましたが、まさかこんなにも早く真実に辿り着くとは。
この広く狭い学園都市の中、たった七人のレベル5。その名は伊達ではないと言うことでしょう。
そして、ミサカの予想通り、お姉様は彼に戦いを挑みました。
その時のミサカは、まだ「恐怖」と言う感情を知らない、正常な個体でしたから、頭にあったのは、ただ「実験に支障を来す行為は阻止しなければならない」と言うことだけでした。
しかし、今思えば、それは唯一ミサカが生まれながらに感謝すべき、与えられた思考でした。
あの時、ミサカたちが止めに入らなければ――。
電撃の槍。磁力の鉄柱。砂鉄の剣。そして、お姉様の通り名である『超電磁砲』。
その全てを悉く退けた彼が不気味な笑みを浮かべ、お姉様へ一歩踏み出したあの時。
思い出すだけで、身体中に寒気が走ります。
あの時、もし、お姉様が彼との戦いで傷つき、万が一にもその生命に関わることがあったら――ミサカはもう、立ち直れなくなっていたかもしれません。
今でさえ、触れれば折れそうな程弱々しい心で、胸にある希望はお姉様が灯してくれたただ一つの光だったのです。
……けれど。
お姉様と言葉を交えてから、僅かな間に、ネットワークは少しずつしかし急激に変化していきました。
街中の景色を楽しみ、道行く人の観察に心躍り、新たな経験を詰むたびに、ネットワークには次々と一輪の花が咲くような感覚が灯りました。
ひょっとしたら、ミサカたちは今、実験動物から人のそれへと変わっているのでは――。
ミサカは思いました。
お姉様と言う、たった一人の少女が、奇跡を起こしてくれるのではないかと。
ミサカを、一人の人間として愛してくれるのではないかと。
けれど、その想いは。
――やめてっ……。やめてよ。
――その声で、
――その姿でっ……。
――もう……私の前に現れないで……ッ!
それは苛立の中生まれてしまった、反射のようなものだったのでしょう。決して、本心ではない。それは分かります。
けれど生まれ始めたミサカたちの感情を殺し、ミサカの心を引き裂くには、十分すぎる言葉でした。ですが何よりも、ミサカは自分が許せませんでした。
実験動物であるミサカは、何も分かっていませんでした。
己の顔をした人形が、日々壊されるということ。
その人形が、自分に話しかけてくること。
230万の中、頂点に立つ7人の中の一人。けれど、彼女はまだ14歳の少女で、その背は妹達と言う果て無き業の塊を背負うには――あまりにも小さすぎたのです。
ミサカは浮かれていました。
お姉様と話せたこと。
共に過ごせたこと。
けれど、それらは全て、脆く儚い夢幻。
どれだけ言葉を重ねようと、感情を育もうと、ミサカは作られた実験動物であり、それ以上の存在にはなれません。
本来であれば――出会うべきではなかった。
何も知らなければ――お姉様は変わりない日常を過ごし、彼は絶対の力を手にし実験は終わり、ミサカたちの存在はレポートにのみ纏められる存在と終わった筈なのに。
神様が居るとすれば、それは酷く歪んだ、残酷な心の持ち主なのでしょうね。
もし、あの時9982号とお姉様が出会わなければ、これほどの悲劇は生まれなかったと言うのに。
そのようなことを思うたびに、胸の奥でその言葉を嗤う自分がそこにいます。
ミサカにとっての神は、ミサカを作り出した研究員であり、ミサカに知識を付けたあの少女です。
しかし、ならば、と思います。今一度、ミサカにとっての神であるあなたに問いたい。
何故、このミサカに。生まれたときから死ぬことを義務づけられたこのミサカに、あなたは感情などを植え付けたのか。
20000居る、妹達の中で、何故このミサカだけを孤独の闇に落としたのか。
……けれどそれも無意味ですね。
問うた所でミサカの運命が変わる訳でもなく、一つの疑問の回答が得られるだけです。
元より、彼女は現在消息不明と聞きました。ミサカが死ぬよりも早く、再会出来る可能性すら怪しいものです。
この街の闇は深く、彼女もまた、その闇の中へ身を堕としてしまったのかもしれません。
――神。作られたミサカにとってそれは、あまりにも近くにいる現実。
人の運命を決めるのが神と言うものであるならば、生まれた理由も、生きる意味も、全て人に作られたミサカはなんなのでしょう。
ああ、無意味な追憶は止まらない。
このように考えること。
悲観すること。
無意味なことに思考を費やすこの時間。これこそ人間の感情なのでしょうか。ですが、これすらも、所詮は植え付けられた仮初めには違いありません。
人の持つそれとは大きくかけ離れた歪なココロ。
ミサカは……何者なのでしょうか。
人に届かず、しかし実験動物としては壊れていて。ミサカは、日々己の存在意義が分からなくなります。
ああ、これぞ欠陥電気の名に相応しい、失敗作の成れの果て。
ミサカは、この先……一体……。
全ての運命が変わり始めたのは、10031人目のミサカの命が散ったあの時からでした。
夕闇がビルの影を伸ばす下校時刻。再びあの少年と出会いました。
ミサカたちにとって、その時の彼は数多居る、すれ違う一人と一人の中のそれでしか無かった筈でした。
けれど、夏の日差しの差し込む公園で言葉を交わし、そして彼の家へ届けた十数本の缶ジュースの記憶。
あの時の光景を思い出し、そして再び彼と言葉を交えたあの時、胸に不思議な感情が生まれたのは確かでした。
街中で一人うずくまっていた小さな猫、コネコ。――そう、コネコと言う言葉もお姉様が教えてくれたものでした。
思い出して、また胸の奥に、針を刺されたかのような痛みが走ります。これが悲しみ――しかし他のミサカは、その言葉を知りません。
胸に抱えた痛みの意味も知らないまま――実験に参加し、そして死んで行くのです。
……なんて哀れな存在でしょう。
そして、続く想定外の事態。
10031号の死を、少年に見られることは避けたかった。
出来ることなら、このミサカの死が訪れるその日まで、彼には、御坂美琴の妹として、一人の人間として、接していたかったのに。
運命とは残酷です。
壊れたミサカの心を理解してくれると思う者から、次々に姿を消してミサカの手の届かない場所へ行ってしまう。
人として関われると、思ってしまった淡い希望。
けれどそれはその瞬間、手のひらから瞬く間に消えてしまったのです。
少年は実験を知り、ミサカはその瞬間に異形なる化物として見られることになり、己の存在のおぞましさを、ミサカは改めて知ることになりました。
街中で会えば、それは人と変わらない姿の少女。けれど、学園都市の裏路地、日の当らない夕闇の中、数十人の同じ顔がその場に並んだ時――ああ何とその光景の恐ろしいことでしょう。
目を見開き、心臓を異常に鼓動させ、言葉を吐き出せずにいたあの少年の顔を、忘れることが出来ません。
――さようなら、知らずとは言え、生まれて間もないこの人形を、僅かな間でも人として見てくれた数少ない一人。
けれど、もうあなたがミサカに関わることはないでしょう。
……そう、その時は思っていたのに。
運命は変えられない筈でした。
人の運命は神が決める。ミサカの運命は、ミサカたちの神である科学者たちが決めた筈。なのに、
あの日、全ての運命は、唸りを上げて、あるべきレールから外れました。
第10032次実験。一方通行の能力を、ミサカたちが理解した後の初めての戦闘。
ミサカはただただ、10032号の勝利一つを願っていました。
勝って下さい。
負けないで下さい。
どうか、どうか、死なないで。
あなたは、ミサカの孤独な心を理解してくれる可能性を持った一人なのです。
少年と言葉を交わし、猫を預けられたあなたの心に、何か響くものがあったのでしょう!?
あなたの死は、あなた一人の死なのです。
あなたが死んだ時、その代わりをしてくれるものは、9968人の妹達の中の、誰にも居ないのです。
お姉様と初めて言葉を交わした9982号の代わりが、他の誰にも務まらないように――あなたの代えは、この世で誰一人として居ない筈なのです!
しかしその言葉は遠く。
個々の命。それはミサカたちにとって、価値を見いだせるものではありませんでした。
自我を芽生えさせた10032号でもそれは同じことで。
けれど、そんなミサカたちの意識を、ミサカに命は無いと言う幻想を、全て、全て殺すかのように言われたあの一言。
――関係ねぇ。
――作り物の身体だの、借り物の心だの、ボタン一つで作られるだの、
――そんな小っせえ事情なんかどうでもいい。
――俺は、世界にひとりしかいない、おまえを助けるためにここに立ってんだよ。
どれだけ……どれだけその言葉がミサカを救ってくれたのでしょうか。
死を望まれ、生を許されず、ただ殺されることだけを目的とされた、命など無かったミサカたちを。
その時、その少年は確かに「人」として認めてくれた。
ミサカをクローンとして理解しながら、
ボタン一つで作られる、動く人形だと知って尚、
あの少年は――ミサカたちを救おうとしてくれた。
薄れ行く意識の中、見えたその背は大きく、その姿は――ミサカの心の奥底で、消えかかっていた希望の灯火を―――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ザッ……――――――――――――ザザザザザザザ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ブツッ……――――――
「……これより、第10033次実験を開始します」
今回はここまでです。
次回は酷い展開になるかもしれないので、ご注意を。
せつねぇ…
乙です
こういう雰囲気、嫌いじゃねえな
乙乙
続きが気になるな
乙です。文章が上手い。
>>53
>>54
ありがとうございます、そんな雰囲気を感じて頂けたら幸いです。
>>55
ありがとうございます。これからは少し酷い展開となりますが…。
>>56
ありがとうございます。ほぼ9割地の文(というかミサカ視点)の文章で読みづらく無いかな、と心配だったので、そう言って頂けると嬉しいです。
次レスより更新再開します。
前回、ここから酷い展開に…と書きましたが、酷い展開のまま後に引かせたくなかったので、今回の更新で一気に最後まで投稿します。
とは言え、序盤は酷い展開のため、ご注意下さい。
あの日、行われた第10032次実験。……結果として……少年は敗北しました。
無論、当然の結果ではありました。学園都市の頂点に立つ第一位。彼の力は世界を滅ぼすことすら可能な、悪魔のそれなのです。
ただの高校生一人が手に負えるものでは……とてもありませんでした。
いえ、それでも、おそらく人類で初めて一方通行にダメージを与え、一瞬にせよあの一方通行を押したことは、「奇跡」と言うに他なりません。ですが……。
少年の行動は、少なくとも多くの奇跡を起こしました。
少年の言葉が、拳が、あの一方通行に何を与えたのかは分かりません。しかし、あの戦闘の後、一方通行は実験から身を引くことを宣言しました。
ミサカは信じられない思いでした。他者を見下し、命を奪うことを何とも思っていなかった筈の彼が――自ら実験を放棄するなどと。
奇跡です。これは奇跡。いかなるものも、ミサカの死の運命は変えられないと、そう思っていたのに――あの少年の拳は、その運命の幻想を何もかも打ち壊して――。
……そうなれば、どんなによかったでしょう。
いえ、それは全て事実。けれど、その先の未来は、そう都合良く、進むことは無かったのです。
一週間後、再び実験は始まりました。
少年との戦いの晩から一週間、研究所と一方通行の間で、どんなやりとりがあったのかは分かりませんが、しかしこうして再び実験は始まってしまったのです。
もう、止める者は居ない。
あの日、敗北した少年は未だ病院のベッドの上で眠ったまま。眠る少年の手を、ただじっと握っているのはお姉様です。
彼女もまた、あの晩、その身に二度と消えない傷を負ってしまいました。
一方通行に放った「超電磁砲」。直撃こそしなかったものの、その弾丸はお姉様の頭をかすめ、その余波は彼女の脳に障害を与えることになりました。
言葉を失い、感情を失ってしまったお姉様。まるでその姿は人形のようです。
ただ、眠る少年の手を握っているだけの彼女は今、何を思っているのでしょう。ミサカには、何も分かりません。
ミサカは、笑いました。まるで壊れたテープレコーダーのように、ずっと、ずっと。
ああ何と惨く、救いの無いグラン・ギニョール。
観客は興醒めですね。次々と席を立ち、劇場からは消えて行くことでしょう。
けれど、ミサカはその舞台を降りることは許されないのです。
誰一人、観客が一人も居なくなっても、この暗い舞台の中、ミサカはたった一人、孤独に舞い続けなくてはなりません。
自ら破滅の道へと踊る、哀れなピエロのように。この命に、終劇の来るその時まで。
彼の能力――ベクトル変換。10031人の屍を積み上げ、ようやくミサカたちはその力を知ることになり、10032人目の屍と共に、その力が生み出す、底無しの悪意を垣間見ました。
彼の力を理解した所で――ミサカに可能な戦闘など、せいぜい10032号の考え出したオゾンを利用した、彼の呼吸を付いた戦法程度。
この先に進むことは、所詮欠陥電気であるミサカには不可能な戦術です。
いえ、たとえ百戦錬磨の戦争を潜り抜けた傭兵であろうと、彼を倒す術など思いつかないでしょう。理論上、彼の能力を打ち破る術など存在しないのだから。
そして何より、彼は学園都市の頂点に立つ存在であり、それは即ちこの世界の頂点と言うことなのですから。
……死と言う名の怪物が、この闇の中、大きく口を開けて待っている姿が目に浮かびました。
少年とお姉様、二人との関わりを失った妹達は、それまでの成長が嘘のように、暗く、重く、黒々とした空気に日々包まれて行きました。
以前のように、街中の景色を楽しむこともしません。
すれ違う人間の顔など、もう見ることはありません。
最早ミサカたちの思考は、ただ「実験の完遂」一つになっていたのです。以前より、より感情を殺し、より機械的に。
それはまるで、時計の針を回す歯車のようでした。それは、もう自分たちが原因で誰かを傷つけたくは無いと言う、いわば防衛本能のようなものであったのかもしれません。
ですが、ミサカにとってそれは、以前よりも増して、孤独を感じる要因になりました。
ネットワークで交わされる言葉も少なくなりました。ただ積み重ねられるのは戦闘と死の経験のみ。そして次々とネットワークからはミサカたちのIDが消えて行きます。
一人、また一人と、ミサカたちの身体から赤い鮮血が飛び散り、短い命を終えて行く。
実行された実験の回数が18000を超えた時――もうこの頃のミサカは全てを諦め、半ば廃人のように過ごしていました。いえ、廃人という言い方は正しくありませんね。人の基準で言えば、それは廃人のようなものですが、ミサカの基準で言えば、それは正常な個体と言うことでしょう。
つまりは――ミサカの中の心は、もうほとんど死んだのです。
もう――何を感じればいいのか分からないのです。目覚めた頃は新鮮に感じていた恐怖も、悲しみも、今は全て、乾いたリンゴを口にするかのように、それらは味気ないものとなっていました。
ミサカは死を経験しすぎた。あまりにも多くの悲しみを知ってしまったのです。他の妹達は知らない、悲しみと言う感情を。
ミサカの心はどこに向かっているのでしょうか。個体の命が散る度、その遺体を処理するたびに、ミサカの中の心には少しずつ黒い穴が空いて行くようです。
願わくば、ミサカの実験が訪れるその日までに、この心を全てその穴が喰らい尽くしてくれればいいとすら思います。
恐怖も。
痛みも。
悲しみも。
お姉様との思い出も。
少年との記憶も。
そこで得た感情、全て、全て喰らい尽くして。
そして眠りに就ければいい。
心ない人形として死ぬことが出来れば、それほど幸福なことはないでしょう。
もう、ミサカは疲れたのです。
ようやく分かりました。
この醜い世界に救いなどないことを。
ミサカは、ようやく分かりました。だから――
19090号「……ミサカも、早く眠りたいと……思っていたんです」
空には三日月が浮かんでいました。ああ、あの日、少年が戦いを挑んだ夜も――同じ月が浮かんでいた。
第19090次実験。今宵、この時が、ミサカが見ることになる最後の夜。
目の前には散らばったマシンガンの欠片が散っています。実験の開始から数秒、彼の投げた石つぶてがいとも簡単に、その銃身をミサカと共に撃ち抜きました。
彼との戦いは、以前より短く終わるようになりました。
以前のような、罵詈雑言とも言える会話は無くなり、実験では、ミサカたちは至ってシンプルに殺されて行きました。
彼の白い腕が、ミサカに触れると同時に死ぬ。それだけをただ繰り返して来ました。
彼の表情は以前のように不気味な笑みを浮かべることも無く、彼もまた、機械のように実験をこなして来ました。
いえ、機械と言うと少し違うかもしれません。その表情は、あの晩から陰りを大きくさせたように見えます。
いずれにせよ、これから数秒の後に死ぬミサカには、何も関係の無いことですが。
そう、これから数秒の後に、ミサカは死ぬ。
……死ぬ?
……死ぬとは何でしょう。
……いえ、何を言っているのですかミサカは。何度も体験して来たことではないですか。
あの暗く、深い海に沈むような感覚と共に、瞳を瞑る、あのことですよ。
……違います。
死ぬこととは、もう、何も感じなくなると言うことなんです。
この世界を、もう二度と見ることが出来なくなると言うことなんです。
そんなの――分かりきっていたことではないですか。
だから、これから死ぬことなんて、これっぽっちも怖いなんて――……。
19090号「……思うに……決まっているじゃないですか……」
一方通行「オマエ……何で泣いてやがンだ」
ミサカの前に立つ彼が、一方通行が、そう小さく呟き、そこでミサカは初めて自分が泣いていることに気付きました。頬を濡らし、それは荒れた地面に染み込んで行きます。
けれどそれを拭うこともせず、ミサカは叫びました。
19090号「――怖いに決まっている! 怖いに決まっているじゃないですか! ミサカには……ミサカにはまだ、やりたいことが沢山あるのです!」
一方通行「……何を言って」
19090号「あの少年も、お姉様もまだ生きている! ミサカはあの二人とまた話したい! もっと人と関わりたい! ミサカには、まだ、やりたいことが、沢山……沢山……っ!」
一度言葉を吐き出してしまったら、もう止めることは出来ませんでした。次から次へと言葉は溢れ、もうミサカには制御することが出来ません。
そして、言ってしまいました。決して、口にしてはいけなかった、あの言葉を。
19090号「ミサカは……死にたくない……」
震える声で、涙を流し。ミサカは、その言葉を吐き出しました。
ああ、なんと滑稽な姿でしょう。他のミサカたちがあれほど忠実に己の責務をこなしたと言うのに、今更ミサカは、自分だけは助かりたいと、死にたくないと、そう言ったのです。
疲れていた? 眠りたかった? ――何を馬鹿な。
ミサカは今この時、「このミサカ」に死が訪れるその瞬間まで――何も分かっていなかったのです。
死と言うもの。それが自分に訪れることが何を意味するのか。
19090号「お願い……です……。ミサカは、ミサカは死にたくない……」
掠れるような声でミサカは一方通行に言いました。すがるように伸ばした手は、彼の能力に弾かれ、どさりとミサカの身体は地面に倒れます。それでも、ミサカはただひたすら、彼に助けを求めました。
少年を、お姉様を傷つけ、9982号を、10032号を――19089人の妹達を殺した、何よりも憎むべき者に、ミサカはすがったのです。
19090号「どうか……どうか、お願いです。ミサカは――ぐっ!」
倒れたミサカの腹部に、強い衝撃が走りました。蹴られたと理解したのは数秒後。ミサカの身体が地面に叩き付けられてからでした。
一方通行「……うるせェよ」
彼は、小さく呟きました。そして、叫びます。
一方通行「うるせェ! もう遅ェンだよ! 今更テメェがどう言おうが、もう後戻りは出来ねェンだよ! もう俺はこの手で19089人ブチ殺して来たンだ!」
彼もまた、言葉を吐き出し続けました。この19090の実験の間に、溜め込んでいた全てを吐露するかのように。
一方通行「それが今更何かァ? クローンが命乞いをしたから止めますなンて――絶対に出来ねェンだよ!」
彼が地面に足を振り下ろし、ミサカの倒れていた場所から散弾銃のように石つぶてが弾け飛びました。
19090号「がっ……」
一方通行「……すぐ、楽にしてやるよ」
一歩、彼がミサカに踏み出しました。激しく鼓動する心臓に胸を締め付けられそうになりながら、それでもミサカは言いました。
19090号「お願いです……今なら、まだ……後戻りできます。ここであなたが実験を止めれば……少なくとも、910人のミサカは死なずにすむのです。どうか、どうか……」
一方通行「黙れっつってンだろ!」
彼の足が再びミサカの身体を蹴り、抵抗出来ないミサカの身体は十数メートル転がりました。
一方通行「俺は、お前ら全員ぶっ殺して、何がなンでもレベル6になってやる……。その暁には、こンなクソッタレな計画を組み立てた、『学園都市』をぶっ潰してやるよ」
ジャリの中を、一歩、また一歩と彼がミサカに歩いて来ます。死神の跫音が近づいてくる。
一方通行「……それが、俺にとっての、お前らへの贖罪だ」
小さく呟かれたその一言。ミサカには聞こえました。けれど、そんなの!
19090号「そんなのミサカは知らない! それはあなたにとっての、ただの自己満足です! ミサカは、ミサカたちは――そんなことでは、何も、何も救われない!」
ほんの一瞬、ミサカのその言葉に、彼が酷く刺された表情をしたのが見えました。けれど、一瞬でした。
一方通行「……言っただろ、もう後戻りは出来ねェってなァ。……俺も、お前も」
一方通行の白い腕が、指が、ゆっくりとミサカの首へと近づいて行く。
19090号「……嫌だ……嫌だ……死にたくない……」
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
ミサカは――生きたい……。
19090号「ミサカは……まだ……」
一方通行「じゃあな」
彼の指先がミサカに触れ――、
19090号「――うあああああああああッ!」
13577号「……どうしたのですか、とミサカは夜中に大声を上げながら目を覚ました19090号に質問します」
19090号「ハッ……! ハッ……!」
13577号「……あなたの呼吸には異常が見られます。過度の緊張と興奮状態にあるのではないですか、とミサカは予想よりも体調が悪そうな19090号を心配します」
19090号「……い、いえ、何でもありません。悪い夢を見てしまったようです、とミサカは13577号の睡眠を妨害してしまったことを謝罪します」
13577号「……夢、ですか?」
19090号「……忘れて下さい、とミサカは再びベッドに――……ッ!」
13577号「聞かせて下さい」
その言葉に、身体が止まりました。
19090号「……何故ですか?」
13577号「分かりません」
19090号「…………」
13577号「けれど」
19090号「!」
13577号「姉妹である、あなたの辛そうな顔は、見ていたくはないのです、とミサカは今思ったことを率直に述べてみま――うわっ!」
19090号「うっ……く。う……う……うああああっ!」
13577号「な、何故ミサカを急に泣きながらベッドに押し倒したのでしょうかとミサカは予想外の展開に心の準備が――」
19090号「――怖かった! 怖かったのです!」
13577号「……怖かった……ですか?」
19090号「……ミサカは、夢を見ました。あの少年が敗北し、彼も、お姉様も、このミサカまでの、19089の妹達も、全て失ってしまう夢です……」
それはあり得たかもしれない未来でした。もしあの時、あの少年が一方通行に敗北してしまっていたら、実験は続き、もしかしたら、今日がミサカの命日であったかもしれないのです。
今、こうして言葉を交わしている13577号も、とっくに死んでいたかもしれません。
13577号「それは夢です。現実では、お姉様も、あの少年も元気に生きているではありませんか。……少々危なっかしい所はありますが。何を恐れることがあるのですか」
19090号「……違います、ミサカが本当に怖かったのは……自分です」
夢の中のミサカは、死にたくないと、ただそれだけを願っていました。その時、心の中では、お姉様のことも、少年のことも、妹達のことも、何一つ考えず、ミサカは、自分のエゴだけで生きたいと願っていたのです。
19090号「ミサカの命は……10031の亡骸の上にあると言うのに……その時のミサカは、そんなことを、欠片も思ってなかったのです」
13577号「あなたは……」
19090号「ミサカは……苦しいです。このような夢を見る度、ミサカは……自分が生きていることが許されてはいけないことのように思うのです……」
いつもいつも、悪夢の終わりにミサカは死を迎えようとしています。まるでそれは、エゴイストのミサカを裁く、断罪を映しているかのようで。
そう言ったミサカの身体を、13577号が抱きしめました。
13577号「確かに……ミサカたちは10031人の妹達の亡骸の上にある、歪な命の形です。……ですが」
彼女は言いました。機械のような瞳ではなく、感情の宿った、「人間」の目で。
13577号「それが、あなたの生を否定することには、万が一にもありません」
19090号「……!」
13577号「19090号、あなたは他のミサカよりも、頭一つ、感情が多彩な個体です。時にはそれが、他のミサカには感じること無い、悪夢や苦しみを生み出すことがあるでしょう。ですが、それは誇りこそすれ、卑下するものではありません。……だから」
そしてにこりと笑い、彼女はミサカの耳にそっと囁きました。
13577号「いつか、あなたに追いつきます」
ミサカは叫びました。13577号の胸に抱きつき、今まで誰にも言えなかった心の内を、思うがままに。
孤独の闇に一人だった苦しみ、悪夢に怯えた灰色の日々。
今まで自分一人で抱えていたその全てを、彼女の胸の中で。
彼女はただ、黙って聞いていてくれました。ミサカの告白を、この孤独に凍てついた氷を、優しく融かすかのように。
13577号「……苦しむこともあるでしょう、悲しむこともあるでしょう。けれど、それは人ならば当然の感情なのです。だから、あなたは誇っていい。それを感じ、涙を流せる、あなたの心を」
自分の心が嫌いでした。他の個体と異なり、死を恐怖し、生に執着していた、壊れた自分が。
けれど、そんなミサカを、彼女は否定してくれた。自己満足ではないのか、そう言ったミサカに、透き通る声で、
13577号「――それでも、生きる者は、前に進まなくてはいけないのです」
この晩、ミサカはただ、泣き続けました。
けれどその涙は、あの悪夢に流したような、恐怖のものではありません。
胸の奥底から吐き出す、心からの、嬉しさでした。
これからの未来。あの少年が語った夢のように、たとえ全員が笑って過ごせる未来の中でも――、
お姉様は、10000を超える死者を作り上げた実験を、生み出してしまったことを苦しむのでしょう。
一方通行もまた、10000を超える妹達をその手にかけたことを、これからの未来、永劫に苦しむことになるのでしょう。
そしてミサカは、その10000以上の命の上で、生きて行くことを苦しむのでしょう。
けれど生きる者は前に進み、その中で喜びを見つけなくてはならないのです。
このミサカが……そうであるように。
◆ ◆ ◆
――最近、よく夢を見るのです。
――奇遇ですね、ミサカも夢を見ましたよ。
――ほう、それはどんな夢ですか?
――それはですね……。
同じ声、同じ姿、けれど一人一人、心は異なり、違う夢を見て、違う未来を生きて行く。
クローンであるミサカたちに与えられた時間は人より短く、いつまで続くのか、それは定かではありません。
だから、ミサカは祈ります。
この短い生の中、瞳に映るこの美しい世界が――願わくば、幻想とならないことを。
これにておしまいです。
短い話でしたが、ここまで読んでくれた方、期待してくれた方、ありがとうございます。
19090号始め、妹達に幸せな未来が訪れるといいですね。
読みやすかったです
乙
いいね。むしろ原作でやって欲しかったくらいだわ
乙
このSSまとめへのコメント
感動した(´;ω;`)ブワッ
このミサカは何もわかってないんだな
だがそれがいい