「酩酊」 (64)
同じ産道を通って生まれた者同士のみを兄妹と呼ぶのなら、
十郎に妹なんぞはいない。
だけどそれでも、十郎はこう言って憚らないだろう。
僕には二人の妹がいる。
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十郎はあまり両親のことが好きではなかった。
というのも、そもそも両親が彼のことをあまり好いてはいなかったからだ。
とにかく両親は、血のつながっていない十郎に対して意地悪だったし、
まともであるということに対してまともじゃないくらいに偏執していたし、
一言で言ってしまうならば、まあ、ウマが合わなかったのだ。
だからこそ、十郎は不思議で仕方がなかった。
どうすればこの親からこんな娘が生まれるのだろう。
十郎の妹となった彼女は、どことなく、ぼんやりとした女の子だった。
十郎は一目で、妹に好意を抱いた。彼らの年齢は当時12歳だ。
十郎と妹は同級生だったが、十郎のほうがふた月ほど早くこの世に生を受けていたので、
暫定的に彼は兄貴分ということになった。
十郎の持つ妹への愛情といえば、それはもう度し難いもので、
彼はその心情を上手に隠すということを知らず、当然の帰結として、
正常を愛する彼の両親たちは頭を抱えた。
彼らは十五歳になるまでに、両親の目を盗んで、
セックスを除くすべての性行為を愉しんだと言っても過言ではないだろう。
十郎の歪んだ性愛もさることながら、それを受け入れた妹にも、
並大抵ではない兄への想いがあったことを付け加えておく。
十郎は一目で、妹に好意を抱いた。彼らの年齢は当時12歳だ。
十郎と妹は同級生だったが、十郎のほうがふた月ほど早くこの世に生を受けていたので、
暫定的に彼は兄貴分ということになった。
十郎の持つ妹への愛情といえば、それはもう度し難いもので、
彼はその心情を上手に隠すということを知らず、当然の帰結として、
正常を愛する彼の両親たちは頭を抱えた。
彼らは十五歳になるまでに、両親の目を盗んで、
セックスを除くすべての性行為を愉しんだと言っても過言ではないだろう。
十郎の歪んだ性愛もさることながら、それを受け入れた妹にも、
並大抵ではない兄への想いがあったことを付け加えておく。
十郎と妹は18歳で家を出た。
進学の決まった大学は実家からそう遠くないが、とにかく、なんとしてでも、
十郎が親元を離れたがったのである。
鼻つまみものの彼が家を出ることに関しては特に反対をしなかった両親であるが、
しかし妹が彼と同居すると言い出したのにはほとほと参ってしまった。
両親は彼らのただならぬべったりぶりに、しきりに眉を顰め続けてきていたし(もちろん両親の想像する十倍ほどに彼らは親密だった)、
そんな二人が二人きりで暮らすというとなると、これは到底、許しがたいことなのだった。
そういう経緯もあって、十郎と妹は半ば勘当のていで家を出てきた。
家賃四万二千円に管理費二千円という2Kのぼろアパートで、
つつましやかに生活を送ることとなった。
もうひとり――ひとりというか、一匹の妹の話である。
彼女と十郎が出会ったのは約半年ほど前だ。
彼女は誇り高きトーティーシェルだった。
その名が少し洒脱すぎるというならば、サビ猫と言い換えよう。
間借りしているアパートの前、住人の置いて行った黄色いごみ袋を漁っていた彼女に、
十郎はハナという名前をつけた。
ごく薄めた石鹸入りのぬるま湯で洗ってやるまで、
十郎はハナのことを黒猫だと思っていたのだが、
汚れを洗い流してやるとその下からは、まばらに濃い栗色の毛並が現れた。
この日から十郎の妹は、二匹、いや、ふたりに増えたのである。
◆
悪夢からさめた十郎の髪の毛を、妹の手がかく。
「うなされてたみたいだったけど」
十郎は上半身を起こして、ぼんやりとした視界のままに妹を見やる。
妹はいつも、なにかと、十郎の頭を撫でるのだ。
「たいしたことじゃないよ」
そう言って彼は、シングルベッドに腰掛ける妹を抱きしめる。
起きて、妹がそばにいるとき、十郎はかならず彼女を抱きしめることにしている。
誰にも邪魔されることのない、彼女との時間を噛みしめるのだ。
「あれ、珍しい。大学行くんだ?」
裸のまま毛布にくるまって、妹は十郎の背中に甘ったるい声をかける。
当年とって二十歳、十郎は二年生になっていた。
「そろそろ出席がまずいんだ」と、水色のシャツに袖を通しながら十郎は答える。
「真面目なこと言っちゃって」妹は笑う。「でも、今日は、お兄ちゃんやめると思うな」
意味ありげな言葉に、十郎は振り返る。
「どういう意味?」
「さあ、どうしてでしょう」
確かに、と十郎は思う。
確かに大学二年生というやつは不思議だ。
一年生のときに比べると、大学に向かう足取りはずっと重い。
ちょっとのことで、大学に行きたくなくなる。
おなかが減っているから、なんてバカみたいな理由で講義を休んだりする。
これが一年生だったら、学食に行くのを楽しみにして、両の足を動かしたものなのだが。
オーブンレンジからトーストを二枚取り出す。
「お前のぶん、焼いておいた」
「ありがとう。一緒に食べようよ。わたし一枚でいいし」
「僕はもう出ないと間に合わないから」
十郎の言葉を聞いて再度、妹が妖しく笑った。
「なんだよ」
首を傾げながらドアを開ける。
気圧差が、湿った空気でもって十郎の全身を圧す。
外は、秋雨だった。
五秒ほど考えて、十郎は開いたドアから手を放す。
風に押されたドアは閉じて、十郎を再びアパートの一室に閉じ込める。
「ほうら、ね」と妹がしたり顔をした。
首をすくめてそれに答えた十郎は、テーブルの上に置いた皿からトーストを一枚取り上げる。
体に毛布を巻きつけた妹も、白い腕を伸ばして兄に倣った。
「言ったとおりになったでしょ」
ああ、なんでもない幸せな日々。
◆
ある日スーパーで二人分の食材を買った十郎は、レジに向かう途中でハナのことを思い出す。
そうだ、ハナに缶詰でも買って帰ってやろう。
ここ最近確信したことなのだが、ハナはどうにもグルメすぎるきらいがある。
猫にとって缶詰なんてのは、その種類がなんであれ、
とびきりのご馳走であるのだと十郎は思っていた。
だがハナにはハナの好みがあるらしく、たとえば彼女は、
ゼリーに魚肉が包まれたタイプの猫缶をあまり好きではないらしい。
色とりどりの缶詰やパウチが並ぶ棚の前で、十郎はハナの食事を吟味する。
なかなか生意気ではあるが、しかし彼女が一心不乱にエサ入れをつつくのを想像すると、
どうしようもなく嬉しくなってくる。
やはり彼女もまた十郎にとって、二匹といないかわいい妹なのだ。
十郎の帰宅を出迎えたのはハナだった。
真っ青に塗られたドアの、牛乳瓶入れの隙間から両目を覗かせて、一つ高く鳴く。
吟味の甲斐あって、ハナは十郎が金属皿に開けたささみ入りの何とやらを夢中になって食べた。
二色刷り模様の猫を尻目に、十郎は換気扇の下でラッキーストライクを吸う。
部屋の中に妹の姿は見えない。また、西洋法制史の講義が長引いているに違いない。
妹ときたら、すぐに十郎を籠絡してベッドに引きずりこみ、なかなか大学に行かせないくせに、
自分のお気に入りの講義がある日はちゃっかりと大学に行って、最前の席で講義にかじりつくのだ。
真面目なんだか不真面目なんだかよくわからない、つかみどころのない妹であるが、
十郎からしてみれば、そんなところがたまらなく、たまらないのだ。
妹が帰ってくる前に夕飯を準備してしまおうと、十郎は煙草を流水に潜らせて消した。
狭い勝手ではあるが、それもこの家賃では仕方ない。
三角コーナーに吸殻を放って、十郎は料理に取り掛かる。
常日頃より妹に「そんなところにたばこ、捨てないでよね」と怒られている十郎であるが、
料理ついでに生ごみの処理もしてしまえば問題ないだろうと開き直る。
あるいは、あえてそのままにしておくというのも悪くないな――そんな風に十郎は考える。
眉根を寄せて、困ったような顔で小言を言う妹の顔を、十郎は嫌いではない。
◆
「今日の、すばらしいこと」
電気を消して、二人してベッドに潜り込んだ後、妹は十郎にささやく。
「学食の鳥天丼にかかってる青葉が、いつもより多かったこと」
「なんだよそれ」
「あとね、銀のエンゼルが当たった。捨てちゃったけど」
「もったいない」
「五枚も集めるなんて、むり。不可能だよ」
安物のシングルベッドは、二十歳の二人が並ぶにはいささか狭いが、それでも二人にとっては好都合なのだった。
《今日のすばらしいこと》というのは妹が寝る前のひと時に、
十郎に向かって語りかける際の、お決まりの切り出しだ。
「晩ごはんのカレー、じゃがいも固かったね」
「じゃあお前が作ってくれよ」
「わたし作れないよ。知ってるでしょう」
「ああ、そうだった」
こうして二人は眠るまで眠らずに、
くすくすと笑ったり、囁いたり、不健全にくっついたり、情熱的に離れたりしながら、
一日を振り返って、ああ、今日もいい一日だったねと、
戯言をのたまいながら、眠る。
◆
ミズキは万全を期するタイプの女である。
もともと勤勉でも努力家でもない彼女であるが、しかし講義には休まずに出席する。
ノートだってちゃんととるし、必要とあらば教授の言葉を明快にして自分なりにまとめてみたりもする。
いつ何時、十郎がその怠惰な生活のツケを払いきれず、試験前に四苦八苦することになるかわからないからだ。
そうして困っている十郎にそっと、整然と体系化された判例解釈のノートを差し出してあげるためだ。
もちろん十郎には、互いに互いを目に入れて連れ立っているような、かわいいかわいい妹がいるので、
彼が泣きつくとすればまずその妹君のほうであるだろうが、いやしかし、彼女とてミズキほどには熱心に講義に出てはいないだろう。
ミズキは万全を尽くすタイプの女である。
相手がたとえ四年目の付き合いになる男子といっても、油断などしない。
前髪、オーケー。
メイク、オーケー。
笑顔、オーケー。
うん、よし、今日もスキなし。
「じゅうくん、おはよ」
傘を左手に、愛想のいい動きを右手に、ミズキは十郎に声をかける。
大講義室が詰められたレンガ造りの裏で、十郎はラッキーストライクをくわえていた。
年々減らされていく灰皿に反比例して、各喫煙所に群がるスモーカーはその数を増す。
特にこの喫煙所は、最も近い他の喫煙所からでも200メートルは離れているので、どの時間に来てもそれなりに人がいる。
赤い火と紫のもやをまとった学生たちを交わして十郎に近づきながら、ミズキは顔をしかめる。
こんな場所にいたら、カットソーに匂いがうつっちゃう。
しかしそれも我慢だ。
煙草の匂いは嫌いだが、それでも十郎のことは好きだ。どうしようもなく好きだ。
「あの子は一緒じゃないの?」
さほどなんでもないふうには言えたはずである。
十郎は左腕の手首を回して彼女に応えた。
「たぶん、この時間だとまだ寝てるんじゃないかな」
「もう十一時だよ」
「最近、寝てばっかりなんだよあいつは」
ふうん。『寝て』ばっかりね。まあいいけど。
せりあがってくる不快を呑み込んで、ミズキは笑う。
ああ、もう煙たいったら。
十郎は、ミズキの好きな俳優に似ている。ちょっとだけ。その程度だ。
もともとミズキは、十郎ではなくその妹の友人だった。
めちゃくちゃに仲がいいというわけでもない。ただ、同じ高校からこの大学の法学部に進んだのは、
十郎と、その妹と、ミズキだけだったため、顔を合わせればそれなりに話をするくらいにはなった。
決定的な出来事が起こったのは半年ほど前だった。
ミズキは十郎と一緒に『寝た』のだ。
どうしてそんなことになったのかというと、さあ、あれはどうしてそうなったんだっけか。
正確なところはいまいち、ミズキ自身にもつかめていないのだった。
図書館の前で彼に会って、いつものように二、三話している間に夕食に誘われて、そのあと安居酒屋でお酒を飲んで……
彼の様子が少しおかしかったのはなんとなく覚えている。いつもならちびちびとまずそうに飲むビールを一息に煽ってみたりだとか、
ほっけじゃなくてたこわさを頼んでいたりだとか、やたらとほっぺたに手を当てられたりとか、とにかく、何かが違ったのだ。
そうしてミズキはその日、十郎の腕の中で眠ることとなった。
あの日から変わってしまったことが二つほどある。
やたらと、十郎がきらきらして見えるようになったというのがまず一つ。
なんとなく、彼の妹と連絡を取りたくなくなったというのがもう一つ。
たまに昼食を一緒に取るくらいには友達のつもりでいたんだけどなあ、とミズキは思う。
ミズキはもう半年ほど、彼女の顔を見ていない。できればあまり見たくもない。
もちろん、あの日から変わらないこともある。
相変わらず、十郎は妹にご執心であり、半年前の一回以降、彼はミズキの部屋を訪れたりはしない。
そもそもにしてミズキは、たった一度のセックスに籠絡されてしまうようなお安い恋愛は、自分には縁遠いものだと思っていた。
別に軽蔑も毛嫌いもしないが、しかし、理解はできないといったところである。
そんなものは、コーンフレークの代わりにムースが入っているチョコレートパフェであり、わらびもちについている黒蜜であり……
要するに、現実を排除しきった夢いっぱいの少女マンガ的空想だと思っていたのだ。
しかしどうだろう。今ひとたび、そんな空想世界に身を置いているミズキではあるが、これがなかなかどうして、悪くないものである。
どう考えたって、簡単にはいかなそうなところがいい。ミズキはそう思う。
義理の妹を溺愛し、自分には目もくれないところがいい。
他に好きな女がいて、でも逢瀬を重ねるうちに段々と自分に心を開いていって、ライバルに先んじて彼の心を手に入れて、なんて。
そんなご都合主義に流れそうにないところが素晴らしい。だからこそミズキは、十郎にこんなにも惹かれるのだと考える。
くれぐれも言っておくが、簡単にいかないほうが燃え上がるだとか、そういう心理ではない。
あくまでもミズキは、『上手くいきそうにない』ということに現実を感じているだけである。
この想いが、現実であるということを噛みしめていられるのが、嬉しいということなのである。
叶わなければいい、なんてたわけたことは思っていない。
今すぐ叶えばいいと思っている。報われればいいと思っている。
その胸中は、幸せな分だけ、黒々としている。
だからミズキは「今日飲みに行こうよ」という誘いの言葉が、あっさりと受け入れられたことを
なんの余計な考えもなく、素直に、純粋に、喜ぶことができた。
両手を高々と突き上げて「やったー!」と叫び出したい気分であった。
衆目あるこの場で、なにより十郎の目があるこの場で、まさかそんな奇行をするわけにもいかないので、
ミズキはその衝動を、もう一つ勇気を振り絞ることにあてたのである。
「今日は、あの子の話はしないで欲しいな」
言った端から冷や汗が落ちそうなほど緊張した。
だってこんなのもう、告白しているに等しいじゃない。
しかもこんなに言いづらい一言なのに、これじゃあ告白したってことにはならないんだから、かなり損してるんじゃないかな、あたし。
あっけにとられていた十郎だったが、結局、ミズキの勇気に甲斐ある返事をする。
五限目の行政法に出席したミズキは、これほど長い九十分があったものかと焦れながらも、やはりしっかりと板書をノートに書き写していた。
あの子は今日、家で一人なんだろうか。
大学からほど近いチェーンの居酒屋に入って、一時間ほどが過ぎた。
水で薄められた280円のサワーを口に運びながら、ミズキは十郎を見据える。
この男はなんてずるいのだろう、と。
大して話は弾まない。気の利いた一言があるわけでもない。沈黙を楽しむほどに上等な場にいるわけでももちろんない。
それでも、楽しい。嬉しい。
ミズキは上機嫌だった。ふわふわとしていた。
目はとろんとして、安酒に頬をりんごのように染められて。
ふわふわとしていた。
初めこそ照れくさくて、正面の十郎から逸らした視線を箸入れの付近に立ててあるドリンクメニューに注いでいたのだが、
アセロラサワーを三杯空けたあたりから、気づけばミズキは、十郎の顔しか見ていない。
十郎は、ぽつりぽつりとどうでもいいことを言う。
それは妙に一般的だったり、哲学的だったりして、ちっとも面白くない。
自分の言葉に笑ったり、急に押し黙ったり、ミズキの質問に見当違いのことを返したりする。
今日の誘いをかけるために前髪を切ってきたのだが、そのことにだって触れやしない。たぶん気づいてもない。
それなのに、どうしてこの男はこんなにあたしを幸せな気持ちにするのか。
その視線の動きだけで、ぎこちない笑いだけで、武器にもならない垢抜けなさで――
そんなのはずるい。そう思いながら、ミズキは決める。
今日、好きだって言おう。勝算なんてまるでないけど、それでも言おう。
万全を期せないことだって、たまにはある。
おつ
乙
なにとは例え辛いけど面白い
◆
それはたぶん、彼女にとって初めての告白だったに違いない。
目を覚ました十郎は、流しにいって麦茶を飲む。
残りが少ないので、そろそろ作り置きをしておかないと妹に文句を言われてしまう。
部屋の中に妹の姿はない。陽の加減から、すでに正午は過ぎていることを十郎は悟る。
わたしはいるよ、とハナが一つ、口を開かずに鳴いた。
昨晩帰ってきたときの記憶が、十郎にはいまいち判然としない。
それは酒のせいかミズキの告白のせいか、とにかく、なにも覚えていないのだ。
ただ、ミズキの告白に大してどう返答したかくらいはさすがに覚えている。
はあ、と十郎は息をついた。
急に妹のことが恋しくなってきた。昨夜のうちに顔を見た記憶がないのだからなおさらだ。
ベッドに座って、足元にまとわりついていたハナを抱き上げる。その腹をまさぐるように撫でてやる。
嬉しいとも悲しいとも言わない。猫に特有の見透かしたような無表情で、ハナは中空を見つめている。
おざなりな手つきで黒と茶の毛を透かしながら、十郎は頭の中で日付を数える。
三日だ。あと三日ほどで秋祭りがある。
結構大きなお祭りで、街道はいんちきな露店で埋まり、市立の運動公園には地酒を配るテントが立ち並び、人がごった返す。
郷土的なものに根拠を見る祭りであり、雰囲気はどこか爺むさい。
露店で遊ぶ子供たちのための祭りというというよりは、大人たちが寄り合って日中から日本酒を飲むための祭りなのだ。
妹を誘おう、と十郎は思っている。
昔から、家の中で過ごす時間を大半としてきた兄妹である。
二人で暮らすようになってからというもの、特に拍車がかかっている。
それなりの事情もあるが、特にここ最近はひどい。
しかし、十郎と妹は兄妹であり、恋仲である。
だとすれば、たまには手をつないで祭りに出かけることがあったっていい。
恥じることはない。たぶん、きっと。
奇異の視線はあるだろうが、まあ、自分が気にしなければいいことだ。
妹のほうは、心配ないだろう。
なぜって、それは、妹は
乙
テスト
◆
中学生の終わりから高校生の始めくらいまで付き合っていた男子のことを思い出していた。
背は高くもなく低くもない、ラクダのような目と丸っこい鼻が印象的な男の子だった。
二日酔いもさほどなく、午後の予定も特になく、ミズキは自宅最寄りの駅付近を、あてどなくぶらぶらと歩いていた。
大学からの帰り道である。道草していても帰り道は帰り道である。
適当に書店でも覗いて、なにか目当てがあったらそれを買って、チェーンのコーヒー屋に入りそれを読もうと思っている。
誰かと待ち合わせたり、笑ったり、手を繋いだりする予定はない。暇を塗りつぶした後は、おとなしくおうちに帰る予定である。
ラクダで丸鼻な元彼のことを思い出していた。
ミズキのいたクラスでは一番目立っていた男の子グループの、誰にでも代わりが利くようなポジションにいた彼だった。
バスケットだけはやたら上手かったので、そういう要素が彼をそこの席に座らせたのかもしれなかった。
しかし、仲良しグループを構成するのに『バスケットが上手い』という要素は果たして必要か。はなはだ疑問ではある。
ちゃんと好きだった、とミズキは思う。
特に意識していなかった相手から告白されて、それを受けるというのは、現実的に考えてなかなかあることではない。
それでもミズキが彼の告白に応えたのは、彼が『よく知らない人にまでその善良さが伝わるほどにいいひと』であったからに他ならない。
顔がよくて声の大きい人気のある男子に、面白半分にどつかれては、おどけて笑いをとっていた。
逆立ちしたって、誰かをいじって空気を盛り上げることができるような人ではなかった。
そんなところが好きだった。
では逆に、彼はミズキのどんなところに惚れたのか。
ミズキは自分のセールスポイントを、指折り数えることができる。
外見的なところからいこう。まず、髪が綺麗だ。食べているものがいいのか、特に念入りに手入れしているわけでもないのに、
漆を塗ったかのごとくさらさらのつやつやで、縮れたり切れたりもなくまっすぐだ。目だって二重だし、唇の血色もいい。
内面的にはどうだろう? 多少、気は強いかもしれない。でも攻撃的だというわけでもないし、大半の男は尻にしかれるくらいが好きだって聞くし、
マイナスにはならないだろう。むしろプラスに数えてもいいくらいだ。世話焼きなところも、人によってはぐっとくるんじゃないだろうか。
趣味とか特技は? あまりない。でも自炊に困らないくらいに料理はできるし、服のセンスが悪いなんて言われたこともないし、
なんなら編み物だってやろうと思えばできる。めんどくさいけど。
さて。
それじゃあ件の彼は、先に挙げたいくつもの要素の中からなにか、特に気に入るものがあったためにミズキを好きになったのだろうか。
そんなことじゃないのだろう、とミズキは思う。
きっと彼はまず、最初に、なんとなくでミズキを好きになったに違いないのだ。
例えば彼が数日、数学の課題に追われている期間があって、数学の苦手な彼はその間まったくと言っていいほど他のことに手がつかなくて、
当然男の子的なアレコレにも三日間ほど手が出ていなくて、そんなだからある時突然、本当に理由なく唐突に、教室でほかの男子とくっちゃべっているときにでも、
彼の男性的な感情が悶々クラクラと押し寄せてきてしまって、気を逸らそうと教室の端にふらっと目をやると、そこには艶めかしく足を組んで
窓の外をぼんやりと見やるミズキがいた、とかそういう。
好きになる理由なんて後からいくらでもくっつくのだ。
ミズキがそうしたように。
ミズキはそれを、嘘だと言って笑わない。不確かだと言って眉を顰めない。
思ったよりもショックを受けていないことがショックだった。
先の彼と別れることになったときには、少なくとも三日、ものを食べる気はしなかったと思う。
食べるものなのか飲むものなのかよくわからない、甘いコーヒー味のそれが満たされたカップに手を重ねて、ミズキは自己を分析する。
確かに、負け戦だとは思っていたけれど。
しかしそれがこれほどまでに、心の緩衝材になるものだろうか。
あの唐変木に、あたしは好きだと言ったのだ。
あいつは、十郎は、僕は妹が好きだと言った。
なんの予想外もない、アクシデントもないやりとりだった。
それでも、失恋は、心の平穏を揺るがせるものであると思っていたのに。
なんとなく、ミズキは拍子抜けしていた。
それなりに傷ついて、ほどほどに立ち上がって、その時にもう、自分の中ではケリがついているはずだったのだ。
予想外だった。
こんなんじゃ、なにも終わった気がしない。
いや、そもそも自分はなにかを終わらせたくて、十郎に告白したんだっけか。
お酒が悪い。
ミズキは責任転嫁する。
後に残ったのは、彼に対する一丁前の気まずさだけである。
ミズキは、キャラメル色のかき氷を口に運ぶ。
それは少し、甘すぎる。
◆
どうしてこんなことになったのだろう。
半年の間、それについてばかり彼女は考えていた。
もちろんその問いに答えが出たところでなにが変わるというわけでもないのだけれど、しかし他にやるべきこともないので、そうするしかなかった。
敷きっぱなしの布団、障子紙を透過する午前の光、それでもなお暗い色の畳、灰皿、頭が痛くなる煙草、兄の吸っていた煙草。
彼女は今、せんべいのようになった布団の上に体育座りをして、考えている。
考えろ、考えろ。
知りたくもない疑問に答えを出せ。わたしにできることといったら、それくらいしかないのだから。
こんな後ろ暗い気分にあっても、大したことに腹は減る。トイレにも行きたくなる。
生命活動なんて止まればいいのに。このままではわたしは、ただご飯を食べるだけの生き物ではないか。
生命活動なんて止まればいいのに。排泄の行為は、わたしに嫌な想像をさせる。
左手で腹をさする。右手で煙草の箱に手を伸ばす。
そうして彼女は、赤い丸の書かれた紙箱から煙草を取り出す。
お兄ちゃんの嘘つき。
考え事をするには、煙草は欠かせないなんて言って。こんなのただ頭が痛くなるだけじゃない。
彼女の両親は勤めに出かけている。
だから日中、この家には彼女しかいない。
両親の共働きに彼女は感謝している。
「できるだけ家の中にいなさい」と言われている彼女である。
そんな彼女は三日に一度くらい、家を抜け出して大学に行く。なんとなく、気の向いた講義にだけ顔を出して帰ってくる。
そうしないと、自分が学生であるということすら忘れてしまいそうになるのだ。
どうしてこんなことになったのだろう。
彼女は今日も考える。
午前の光が、障子紙と煙を浮き上がらせて彼女の髪に届く。
色素の薄い細い髪が、薄暗い部屋の中で光っている。
◆
浴衣を買いに行きたい、と妹は言った。だから二人で出かけた。
十郎は上機嫌だった。デートのつもりで妹を祭りに誘ったのだが、その前準備として街に出張ってきた今日この日だって、立派なデートではないか。
寂れかかっているショッピングセンターの、地下一階の、普段は近所の小学生が書いた習字が展示してあるようなフロアいっぱいに、色とりどりの浴衣が並んでいた。
夏に売れ残った浴衣を、秋祭り直前のこの時期にはけさせてしまおうという魂胆がそこにはある。このあたりでは毎年恒例の催しなのだ。
特設コーナーには所狭しとポールスタンドが置かれ、ぎゅうぎゅうに寄せて浴衣がかけられている。
「そんなの子供っぽすぎるよ。わたしもう、二十歳なんだよ」
スタンドの合間を縫うようにして、妹はすいすいと進む。
黒や藍や紺の布地に目をはしらせては、ああでもないこうでもないと唸っている。
そんな妹に十郎は「こういうのが似合うと思うよ」などと、赤やピンクや水色のそれを掲げて横槍を入れるのだが、やはり「子供っぽい」の一言で両断されてしまう。
別に、ほんとうは、どんな浴衣だっていいのだ、と十郎は思っている。
妹が着るならば、どんな色だって素敵に見えるに違いないし、どんな柄だって綺麗に見えるに違いないのだ。
布地の群れに頭をつっこむようにして、妹は真剣な表情で浴衣を選んでいる。十郎はその右側に立って、その様子を微笑ましく見ている。
ふと、十郎の左手側から、こちらに向かってくる一組のカップルが目に入った。
狭い通路を、やはり縫うようにして歩いてくる。彼らも十郎たちと同じように、やいのやいのと言いながら、女物の浴衣を選んでいるようだった。
カップルが十郎と妹のそばを通り抜けようとしていたので、十郎は浴衣の山に身を寄せるようにして通路を譲る。
十郎とカップルは、反発し合う磁石のように身を遠ざけながらすれ違った。
そこまではいい。
カップルの、女のほうが首だけでちらと振り返った。
十郎と彼女の目が合う。
おびえたような、迷惑そうな、信じられないものを見たというような、面白いものを見つけたような、そんな表情だった。
十郎はさして気にした様子もなく、目の前に視線を戻す。
女のぶしつけな視線に気づいていたかどうかも怪しい。気づいていたとしても、さあそれがどうしたという態度を、彼はとるだろう。
あるいは、どんな態度もとらないかもしれない。
妹が、お気に入りを決めたようだった。
華麗に藍色な浴衣だった。
要所にやつでのような、もみじのような、天狗のうちわのような柄があしらわれている。
なるほど、たしかに洒落ている。大人っぽいのかどうかと問われれば、それはよくわからないのだが。
平帯の三点セットで9800円也。
十郎にとってはなかなかに痛い出費ではあるが、かわいい妹のためとなれば仕方がない。
十郎は頭の中で家計簿のページを繰る。
主な収入は、それなりの利率で借り入れている奨学金である。あとは、たまにやる日払いのアルバイトくらいだ。
ここ最近は、慎ましく生活している常である。
今、二人でどこか喫茶店に寄るくらいの余裕はあるだろう。
十郎は脳内の家計簿を閉じて、妹の手を取る。反対側には、浴衣の入った紙袋がある。
秋祭りまであと二日。
◆
気づいたときには、子を産めない身体であった。
十郎のもう一人の妹、誇り高きトーティーシェル、ハナの話である。
避妊手術を受けていたことから考えるに、ハナはもともと野良猫ではないのかもしれなかった。
もちろんハナ自身、自分がどこでどう生まれたのかなんて覚えてはいないし、それどころかもう、野良であった時代のことすら忘れかけているのだった。
寝床であった廃屋の倉庫も、つなぎを着た保健所の職員も、黄色いゴミ袋に入ったごちそうも、ハナは覚えていない。
だから当然、自分が過去、野良の時代、数匹の子猫と身を寄せ合いながら震えていたことだって覚えてはいないのだ。
自分が孤独だなんて思ったことはないし、そもそも孤独とは何かを知らないし、子を産めないことを不思議だと思うこともない。
この牝猫は、たいていの猫がそうであるように、孤独とはなにかということを考えずに生きてきた。
そんな彼女はまったくもって知る由もない。十郎が彼女になにを見ているのかなんて、そんなことは。
ハナは今日とて、十郎の膝の上にいる。十郎の膝の上で、食べ物のことばかりを考えている。
子を産めないことなど、どうでもいいと思っている。
十郎はよくハナの喉元を触る。猫といえば、そこを撫でられるとみんな喜ぶのだと彼は思っているのだ。
実のところ、ハナはそれを鬱陶しく思っている。機会があれば言ってやりたい。わたしは、普通に背中のあたりを撫でてくれたほうがいいのだと。
しかしいちいち抵抗するのも面倒くさいので、ハナはいつも、されるがままになっている。
十郎はよくハナに向かって何事かを言う。
実のところ、ハナはそれも鬱陶しく思っている。お前がなんと言っているか知らないが、わたしは、お前らの言葉などひとつも知らないのだ。
しかし彼女は彼の呟きを留める術を知らないので、結局いつも、なにも言わないままである。
ハナは知らないことだらけである。それでいいと彼女は思っている。
人間がわたしに向かって何を言っているのかなんて、知りたいとは思わない。
だからわたしの言葉を、人間が理解してくれたらいいなんて、思ったこともない。
この男は時たま、妙に哀しそうな顔をすることがある。
決まって、わたしの喉元を撫でているときである。
もし人間の言葉が理解できたなら、もしわたしがいろいろなことを覚えていられたなら、わたしはこの男が、こんな顔をする理由を、理解できたのだろうか。
ああ、それならわたしは、まったく、猫でよかったなあ。
そう思ったことすら、ハナはすぐに忘れてしまう。
にゃあにゃあ、にゃお。
不思議な文体だ
かっこいい
乙
続きが楽しみだ
◆
果たしてその日はやってきた。秋祭りである。
結構大きなお祭りで、街道はいんちきな露店で埋まり、私立の運動公園には地酒を配るテントが立ち並び、人がごった返す。
地元の爺婆が陽気に顔を赤らめるその会場の一角、粗雑に設けられた簡易の休憩スペースにてミズキは大学の友人と酒を飲んでいた。
なんといっても秋祭りである。馬鹿に陽気な一日である。
男にフラれたからと言って、いつまでもしょげているようなミズキではない。
乳繰り合いながら沿道を歩くカップルにチクチクとした胸の痛みを感じていたとして、それでもミズキは、そこそこに祭りを楽しんでいた。
◆
一方十郎はといえば、ミズキが控えめな怨嗟の視線を向けるその沿道を、浴衣に身を包んだ妹の手をひいてのんびりと歩いていた。
金魚すくいにヨーヨー釣りに射的、たこ焼きイカ焼きりんご飴、水と砂糖と小麦粉の匂いのなかを十郎は歩く。
妹は恥ずかしそうに、俯いて十郎の後をついていく。髪をまとめ上げ、夜のような藍色をまとったその姿は、世の男たちをみな振り向かせるに十分な可憐さだった。
しかし、実際にはその人波の中、二人に注意を払う人物はいない。
右往左往する人の流れをすいすいと交わし、十郎は街を北へと歩く。その先には運動公園の駐車場があり、地酒を配るテントの一つがあり、ミズキがいる。
◆
半年ほど家に閉じこもっている彼女は、祭り開始の花火が障子紙を震わせるそのときまで、今日が秋祭りであることなどすっかり忘れていた。
音が響いてきた障子を開け、ガラス戸越しに外を見やる。だが、祭りの喧騒もさすがに、この住宅街までは届いていなかった。
人のいない往来と、鳥の留まらぬ電線と、あと二時間ほどで落ちる陽だけがあった。
彼女は二階へ上がり、ベランダに出る。
数キロメートル先、市の中心部があるあたりに目をやるが、やはり祭りの気配は感じられない。
街の向こうに見える稜線はあんなにもはっきりとしているのに、より近いはずの人々の息吹きは、彼女の耳に届かない。
急に寂しくなった。
家を抜け出して、街に繰り出して行こうかと思う。彼女はそう考える。
何もかもを忘れて、今日だけ、祭りの日だけでも、心からなにかを楽しんではどうだろうか。
もちろん、すぐに、彼女は思いなおすことになる。
わたしは、そんなことを望んではだめなのだ。どんなことだって、望んではだめなのだ。
いつまでもこうしていられるわけがないということはわかっている。
こんな日々がそう長くは続かないことだってわかっている。
未だ彼女は幼くて、子供で、自分の犯した罪の大きさを測り知れないでいる。
なにも望まず、なにもしないということしか、彼女にはできない。
どれほど気に病めばいいのかわからないので、彼女は、自分にできる限り精いっぱい、気に病むことしかできない。
パーカーのポケットから、くしゃくしゃになったパッケージを取り出し、煙草を口にくわえる。
彼女の見つめる先、市街地で、人はこの日を騒ぎ立てる。
秋祭りである。
そんな日にも、彼女は一人で、家にいる。
ラッキーストライクに火が灯る。
乙
乙乙
◆
木目を加工された長テーブルにパイプ椅子。まるで文化祭だな、とミズキは思う。
とにかく失恋には酒だ。酒がいる。
世の中全体が口をそろえてそう言うので、大して好きでもないのだが、ミズキはこうして日本酒のカップを空けていく。
目の前の友人はそんなミズキをにやにやと見ている。
きっと彼女は、ミズキになにがあったのかをなんとなく、なんとなくだが、理解している。
そしてそれを決して口に出すことはしない。そういう女子だった。だからこそミズキも、彼女を連れに選んだ。
ミズキはもやもやしている。
それは間違いなく十郎が原因で、その妹が原因で、つまり先日ミズキが告白した一件が原因であるのだが、
肝心のもやもやの正体が、ミズキには今一つ掴みきれないでいた。
あたしはいったいどうしたいのだろう。
なにか、ひっかかっていることがあるのだった。
それがなんなのか、ミズキにはわからないのだった。
酔いと喧騒で考えがまとまらないままに、ミズキは友人に向かって切り出した。
「好きなひとがいます」
「うん」
「あ、たとえ話ね」
「うん、たとえ話」
物わかりよく、ミズキの言葉を妨げることのないよう、おうむ返しに友人は先をうながす。
「フラれました」
「かわいそうに」
「あまり傷ついてません」
「変なの」
彼女もかなり酔っているのか、くひひと変な笑いを漏らす。
「なぜ?」
「なぜって」
まさか、そこまで漠然とした問いがとんでくるとは。
友人は眉根を寄せて唸った。
「他に前提条件は?」
「相手には別に、好きなひとがいます」
「そのことを、告白した人間は」
「もちろん、知ってました」
ふうん、と友人は鼻を鳴らした。
もったいぶるかのように緩慢な動作で、紙コップに残っていたわずかな吟醸を飲み干す。
そして一言。
「未必の故意」
「なに、いきなり」
「『フラれるかもしれない。フラれるだろうなー。まあいいや』ってことじゃないの、それ、多分」
「結果はもう、わかりきってたと」
「違う?」
「違わないけども。っていうか未必の故意て」
「未必の恋。ラブ」
「やっぱりダジャレだ。こっちは真剣なんだよう」
「嘘つけ。真剣なら、本当に真剣なら、こんなところで酒なんか飲んでられるわけない」
まあ、それはそうかもなあ、とミズキは思う。
酒を飲んで忘れたい嫌なこと、というのは確かに存在するのかもしれない。
だが、酒を飲む気にならないほどに嫌なことがこの世にはある、というのもまた真実なのだ。
真剣な失恋、というのはどちらかというと後者に属するものだとミズキは思っている。
もしかしたら、酒を飲んで気晴らしをする年齢になるころには、人はそれほどまで真剣に恋愛をしなくなるということなのかもしれない。
と、いうのは置いておくとして。
ミズキが抱えている『わけのわからなさ』というのは、もっと別の、そういう精神的なことで語れない『なにか』なのだ。
「『好き』ってなんだろう」
「ずっと一緒にいたいとか、そういうことじゃないの。ベタかな?」
「ベタ」
「ひどいな。ミズキの中学生みたいな問いに、真剣にこたえてあげてるのに」
「ありがとう。好きだよ」
「ずっと一緒にいたい?」
「それはちょっと、うざいな」
「やっぱりひどい」
◆
飲み過ぎたな。でもいい気分だ。まだ飲んじゃおう。
彼女をそんな気分にさせるのは、目の前のミズキが、実にハイペースで純米酒を煽っているからである。
つられるようにして紙コップを空けては、また次をもらいに行く。
地元の蔵元が大盤振る舞いをするので、財布の中身を気にせずどんどんと飲んでしまう。
駅や空港で見かけるあれこれの銘酒がこんな値段で飲めるのだから、今日は飲まなければもったいないという気までする。
もったいないと言えば。
ふらふらと頭を揺らすミズキに目を向ける。
もったいないなあ、と彼女は思う。
例えば同じゼミの桐生くん、
会社法でよく一緒になる瀬戸くん、
たまに昼食を一緒する渡辺くんだって。
ミズキが誘いをかければ舞い上がってついてきそうな男はいくらでもいるのになあ。
そんな女の子が、同性を誘って、うわばみでもないのに、うわばみよろしく飾り気のないテーブルの上をふらふらふらふら……
世は無常だ。
まあいいか、とミズキの友人はひとりごちる。
こんなに情けない彼女の姿を見られるのも、同性の友人の特権だと思う。
美人のミズキをよしよしと宥める自分は、なんだか上等な生き物であるかのように錯覚できる。
もちろん、そんな感覚自体がこの上なく下種なものであることは、承知の上なのだけれど。
ああ、まったく。
誰かこのふらふら女を、幸せにしてやってくださいな。
なんとも幸福な気だるさが、彼女を包み込んでいた。
自然と、目の前の女の子の幸福を願うくらいには、幸せな気分だった。
酒のせいである。
そして彼女は、酒のせいとはいえ、そんなことを願える自分の心がいかに上等なものであるか、とうとう知ることはない。
ごん、とミズキがテーブルに頭を打ち付けるようにして突っ伏してから、一分が経った。
初めこそそれを笑って見ていた友人だったが、ミズキがあまりにも長い間そうしているので、次第に心配になってきた。
「おおい」
身を乗り出して、ミズキの肩を小突く。
するとミズキは頭をごろんと横にして、ふやけた笑みを見せた。
「寝そうになってたあ」
「なんなの。驚かせないでよ。死んだかと」
「ああ、もう、死にたいなあ」
「嘘つけ。あんまり傷ついてないとか言ってたじゃない」
「たとえ話……」
「それまだひっぱるの?」
「たとえ話だもん」
「ああ、そうね。はいはい」
半ば本気で急性アルコール中毒を心配していた彼女は、その安堵と照れの反動がちょっとした立腹に変換され、それを吐き出すかのごとく説教を始めた。
「だいたいね、フラれてものほほんとしていられるような相手にちょっかい出すのがいけないの。
しかも横恋慕。好きなひといるんでしょう? 勝算あったの? なかったんでしょう?
それをしなくちゃ居ても立っても居られないくらいに好きならまだわかるけど。
成功したところで、確実に嫌な女扱いだよ。学部で噂立つよ? あんたそこそこ美人な分余計たち悪い。
もともと慎重派じゃなかったっけ? まあいいけど、とにかくこれに懲りたら……ねえ、聞いてる?」
聞いていなかった。
ミズキの目は友人の遥か背後、銘酒を売るテントのあたりにくぎ付けになっていた。
正確には、そこにいる人物の背中に。
それが誰なのかを認識したミズキは、がばりと跳ね起きた。
前のめりになっていた友人の鼻先につむじをぶつけそうになる。
「うわっ……なに? どしたいきなり」
答えない。相も変わらず遠くを見ているミズキは、視線をそのままに、呟くように言った。
「トイレ」
「え?」
「ごめん! ちょっと!」
それだけ言ってミズキは、椅子を跳ね飛ばさんばかりの勢いで立ち上がり、踵を返して走り去っていく。
その動きがあまりに迅速だったので、友人は、彼女の背中にかけるべき言葉を、のどにひっかからせたままにしてしまった。
トイレ、そっちじゃないんだけど。
乙
乙
かわいいな
まだかな?
◆
妹と十郎が連れ立って祭りにくり出すのは、七年ぶりのことである。
十郎が妹との外出にこの祭りを選んだのには、それなりの理由がある。
といってもそれは、実に甘ったるく、ぬる惚けた、ロマンチックな女々しい理由である。
要するにこの秋祭りは、二人にとって思い出深いお祭りなのだ。
織姫と彦星もかくやという仲睦まじさであった二人だが、なにも出会いがしらから恋人関係にあったというわけではない。
十二歳、十三歳の彼らは今よりも健全で、初々しく、もじもじとしていた。そういう時期は確かにあった。
中学一年生の、この時期のことである。
妹は浴衣をもらった。
金魚帯でない、ちゃんとした大人の浴衣だ。
母親のお下がりではあるが、そんなことは関係なしに妹は喜んだ。
むしろそれが母親のお下がりであることで、自分も大人の女として認められたのだという気さえしていた。
なにか理由が必要だった。
濃紺のそれを着て、兄に見せびらかす機会が必要だった。
電車一本で行ける市の中途半端な花火大会はとうに終わっていたし、盆踊りだってそうだったし、そうなるともう妹に残されているのは、
赤ら顔の大人たちが鬱陶しくたむろする、爺むさい秋祭りだけであった。
羞恥に染まりやたら小声で誘いをかける妹と、さして乗り気でもないふうに、むしろいやいや了承してやるのだと言わんばかりの十郎の内心は、
同等の胸の高鳴りをもってその日を待ち望んだ。
お祭りで、浴衣で、中学生である。
なにも意識するなというほうが無理なくらいである。
その日、秋祭りの日、二人はわざわざ、駅前ロータリーのバス停にて待ち合わせをした。一つ屋根の下に住んでいるにも関わらず、だ。
ボロい筐体ばかり並ぶゲームセンターで慣れない暇つぶしをした後、ロータリーに向かって歩きながら十郎は思う。
当日になるまで足元に気が回らず、浴衣にミュールというのはおかしくないだろうかとうなりながら妹は思う。
きっと今日、家に帰ったときには、今までの二人じゃないんだろうな、と。
そういう予感がしていた。
二人歩きは散々だった。
メインストリートの人ごみは、二人の想像していたそれよりも遥かにごった返していて、それに付随する暑苦しさは、二人の覚悟していた十倍ほども不快だった。
十郎も妹も、平均的な十三歳だった。
大人たちの頭は自分たちよりも常にちょっと高いところにあって、それだけでも幾分か呼吸が楽だろうと羨ましく思った。
大人たちの体は自分たちよりも常に少しばかり重くて、それだけでも幾分か歩きやすそうだと恨めしく思った。
手を繋ぐ、なんてロマンチックなものではなかった。
はぐれないように、離れないように、互いが互いにしがみつくようにして歩いた。
異性との接触によるときめきよりも、汗ばんだ身体が密着する不快感がまさった。
二人は、残暑の中行われる暑苦しいお祭りの、一番暑苦しい時間帯に、一番暑苦しいメインストリートにいた。
ただ単に一本外れた通りに抜けるか、一時間前後した時間帯に出かけるかすればそれで良かったのだ。
それだけでこの地獄もかなりマシなものになっていたはずなのだ。
不運としか言いようがない。
出発の時間は、すでに出かけてしまったあとにはどうしようもない。
そして二人の脳内は、「秋祭りに二人で出かけるのだ」というガチガチの意識に固められていた。
この街の秋祭りに出かけるということは、つまり、今二人が歩いているこの通りを歩くという意味なのだった。
一番賑やかで、一番お祭りっぽい場所。そこを歩くという意味なのだった。
そんなわけで、二人は半ば意地になってその街道を突き進んだ。
砂糖水と塩素とソースと汗の臭気に溢れたその道は、人をして蠕動させ、遅々とした速度で二人を歩ませる。
両脇に立ち並ぶ露店を囲む客たちの年齢層は極端なもので、そのだいたいが幼児か大人であった。
十郎たちと同じ年の頃の少年少女はあまりいない。
これだけ人がいるのだからクラスメイトにばったりと出くわすということがあってもよさそうなものだが、
二人はクラスメイトどころか、中学生の姿を見とめるという事態にすらなかなか遭遇しなかった。
それもそのはずで、地元の小中学生たちは秋祭りの折にこの街道がどんな惨状になるかをよく知っているため、あえてこの通りにこだわるということをしないのだった。
いかにこの兄妹が出不精で、祭り慣れしていないかというのがよくわかる話である。
不幸中の幸いというか、不幸が幸いだったというか、とにかく、そのアクシデントがなかったら二人はいつまでもその地獄の中で無意味な行軍を続けていたに違いない。
蚊の鳴くような声で妹が言った。
左後方からの妹の声は露店の呼び込みに塗りつぶされて、十郎ははじめ、彼女が暑さのあまり「お茶」と言ったのだと思った。
多分、頭の芯まで茹で上がっていたのだと思う。
数瞬遅れて十郎は、妹が「おにいちゃん」と、自分を呼びかけたのだと理解する。
なんだよいったい今こっちは大変なんだよああほらまた前から[ピザ]が来たまったく日本は左側通行じゃないのかよ。
イライラを前面に押し出したままで十郎は首だけで振り返って、
思わず立ち止まった。
妹が、あられもない姿をしていた。
[ピザ]が十郎の背中にぶつかって、そのまま通り過ぎていく。
その次の瞬間には、イカ焼きを持った鼻ピアスの男が妹を半ば突き飛ばすようにしてまた人ごみに消えていく。
それでも二人は数秒、身動きできずに見つめ合っていた。
「ゆかた、ぬげそう」
言わなくても、見ればわかる。
それがいったいどのようにしてあんなにもピシッと着付けられていたのかと不思議に思えるほど、妹の浴衣は着崩れていた。
おはしょりなどというものはとうになく、身八つ口は信じられないほど下にあって、腰帯はたすきかと思うような円周になっており、
はだけるえり元を留めるのは今や妹の小さな左手だけであった。
「ぬげそう」
繰り返して妹が言った。
ただし言葉に込められたひっ迫の度合いは増している。たぶん、泣き出す一歩手前だ。
「来い」
言うが早いか、十郎は妹の手を引いて、今までの進行方向から直角に折れる方向に歩き出した。
つんのめるようにして妹も、兄について歩き出す。
左右から来る人の流れにばんばんとぶつかり弾き飛ばされながら、二人は街道を横切る。
たこ焼き屋とヨーヨー釣りの露店の間にあるガスボンベをまたぎ、その後ろにある植え込みもお構いなしに踏み越えて、二人はようやく地獄を脱した。
そこは役所の駐車場だった。
人ごみは抜けたが、まだ安心はできない。
どこか人のいないところにいかなければならない。
十郎の頭の中にあったのはそれだけであった。
それが祭りの夜であるからなのか、とにかく街の至る所に人はいた。
二人は市役所の敷地を突っ切り、裏口にあたるところから再び通りに出て、祭りの中心部から離れる方向に歩いた。
少し大きめの用水路かと思うほどに幅の狭い川を右手に眺めながら、十郎は妹に聞く。
「それ、自分で着なおせるの?」
「わかんない」と妹は言った。やはり涙声だった。
十郎は心の中だけで舌打ちをする。
散々な二人歩きだった。当初の予定とは全然違うのだった。
手を繋いで、射的とか金魚すくいとか、ちっとも面白くなさそうな露店を二人で回って、でもそれがなぜか、二人でやってみると異様に面白くて。
りんご飴とかかき氷とか、砂糖の味しかしないそれを馬鹿みたいな値段で買って、食べて、それがなぜか、二人で食べるととてもおいしくて。
そうして一通り祭りを楽しんだら、どこか少し静かなところに行って、ああ、告白しようと思っていたのだった。
「好きだ」と言おうと思っていたのだった。予定ではそうなっていた。
妹は今、自分の少し後ろで声もあげずに泣いている。振り返ってみなくてもわかる。絶対そうだ。
そして自分は、なんだかとてもイライラカリカリしていて、それがなぜなのかはよくわからなくて、だから余計に腹立たしい。
どこに行こうという考えがあったわけではなかった。
ただこの状況で知らない道を歩く気にはならなかったので、十郎は覚えのある道を選んで歩いた。
川沿いから端を渡って、駄菓子屋の前を通り過ぎ、両側に畑の並ぶ狭い舗装路を抜けた。
その段になってもまだ人通りはなくならなくて、十郎は歯噛みした。
林の暗がりからなにか飛び出しては来ないかと内心びくびくしながら山裾の脇を通り、最後の交差点を横切った。
いつのまにか、通学路を辿っていたのだ。
目の前に続く急な坂道を登り切った先、十郎と妹が通う中学校がある。
道々、二人は言葉を交わさなかった。
だからこの時も、ひたすらに無言で、学校への坂道を登った。
人ごみの中で変な歩き方をせざるを得なかったせいか、十郎の足裏にはまめができていた。
ミュールの細い装飾が擦れて、妹のかかとには靴擦れができていた。
痛かったけど、疲れていたけど、それでも二人は何も言わずに歩いた。
当然、校門は閉まっていた。
やっぱりだめか、と十郎は気落ちした。
既に周りに人はいなくなっていたが、まさか往来で着付けを始めるわけにもいかない。
学校の敷地内ならば、物陰に隠れられそうなところはいくらでもある――坂の下まで来たとき、その案に至ったのだった。
だが、二人の前に立ちはだかる鉄格子は屈強で、高い。
まったく、散々な二人歩きである。
人ごみには押しつぶされるし、妹はあられもない姿だし、ふくらはぎも足の裏も痛い。
こんな予定ではなかった。こんなはずではなかった。
そして十郎はようやく、自分のいら立ちの根源を知る。
きっと、妹も自分と同じようにぼろぼろになっているはずなのだ。
小指の爪の先ほども、「楽しい」とは思っていないはずなのだ。
一年前――たった一年前である。
いきなり兄ができて、生活が一変して、穏やかでなくなって、ぎくしゃくしてもじもじして……
勇気を振り絞ったに違いない。いつまでも、この居心地の悪い共同生活を続けるわけにはいかないと思ったに違いない。
妹は、秋祭りに誘ってくれた。
手を差し伸べたのは妹で、自分はその手を取ったに過ぎない。しかもその内には、下心が満ちていた。
もしかすると、今妹が受けているショックは、自分の感じている焦燥や落胆に比べて、ずっと大きいのではないか。
楽しみにしていたのに。楽しみにしていたのに。楽しみにしていたのに。
妹は泣いていた。
自分の不甲斐なさが許せなかった。
お兄ちゃんがとてもイライラしていて、すごく怖い顔をしている。そう思ってくれているならばまだいい。
『血の繋がらないどこの馬の骨ともわからない男』がとてもイライラしていて、すごく怖い顔をしている。そう思われるよりはマシだ。
とにかく、今からでもあやまろう。低頭平身あやまろう。
そう思って、十郎は振り返った。
そしてそのまま、固まった。
◆
今までずっとだんまりだった兄が急に振り向いたので、妹は思わず身をこわばらせた。
きっとわたしは今から怒られるんだ。そう思った。
優しいお兄ちゃんも、今日という今日はあきれ果てたに決まっているのだ。
自分から誘ったというのにろくに下調べもせず、考えもなしに人ごみに引きずり込み、先を歩かせ、おまけにこの体たらくである。
えり元を掴んで固く握った左手も、もう限界に来ていた。なにもこんなに力を入れて握っている必要はなかったように思う。
ただ、お兄ちゃんに見せたかっただけなのだ。
「かわいいね」なんて言ってもらえることを期待していたわけでもない。
ただ、大人と同じ浴衣を着て、大人の女のひとみたいな顔をして、お兄ちゃんと歩きたかっただけなのだ。
それが今では、半分裸みたいな恰好になっている。
どうしてこんなふうになってしまったのだろう。
ぎゅっと両目を閉じる。大粒の涙が目尻から落ちた。
胸の奥から吐き気のようにせり上がってくるなにかを懸命に堪えている妹なのだが、しかし当人にはその『なにか』というのがなんなのか、よくわからない。
きっとわたしは今から怒られるんだ。大好きなお兄ちゃんから、怒られなければならないのだ。
妹は覚悟を決めた。
左手はぎゅっと握りしめたままで、両の目はぎゅっと強く閉じたままだ。
そうして三秒が過ぎ、五秒が過ぎ、十秒が過ぎた。
いつまでたっても、自分を罵る声は降ってこない。
妹はそっと目を開けて、上目づかいに兄を見る。
十郎は妹の頭上を越えて、遥か遠くを見ていた。
なにを見ているんだろう、と妹も首だけで後ろを振り返る。
◆
まるで、街が丸ごと燃えているようだ。そういう風に見えた。
街道も川沿いも運動公園も小学校も住宅街も、赤とオレンジと白の光に包まれていた。
この街にそんな風景があることを、十郎も妹も知らなかった。
冗談みたいに傾いた坂をのぼらなければたどり着けないこの中学校の存在意義は、この光景を眼下におさめるためにあるに違いなかった。
少なくともその瞬間、兄妹はそう信じて疑わなかった。
さっきまであの只中にいたのだということが、信じられなかった。
あの光の一つ一つは、薄汚れた提灯と立て灯篭なのだ。
たぶん今日だけで千個以上は目にしたはずだ。
近くで見ているときには、気にさえとめなかった。
街が燃えているようなときなのだ。大変なのだ。
だから、これから自分が言うことは、それに比べれば大したことではないような気がする。
呆けたような顔つきで、十郎は呟くように「好きだ」と言った。
うっとりとした顔つきの妹が、壁にでも話しているかのような無感動さで「わたしも」と返した。
秋の風が、汗に濡れた十郎の体温をさらっていく。
半分ほど裸みたいな妹が身を震わせた。
魔法のかかった時間は、本当に、ごく短い時間だった。
五秒もなかった。
二人同時に「えっ……!」と声を上げ、我に返る。
嘘みたいに素早い動作で、十郎は視線を落とし、妹は振り返る。
見開かれた二組の視線がぶつかる。
兄と妹が恋人になる。
>>55について
[ピザ]→デブ
です。ごめんなさい
乙乙
まだかい?
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