女「記憶を消しにきた?」(91)

ピンポーン

 …………

ピンポーン

ガチャ


黒服「あ」

女「え」

黒服「…………」

女「…………」

黒服「……いや、その、悪い。まさか着替え中だとは思わなくてな」

女「…………」

黒服「そんな怪訝そうな顔しないでくれ。怪しいやつに見えるだろう? その通り怪しい者だ。でも怪しいだけで、悪い人間じゃあない」

女「…………」

黒服「だからまあ、話だけでもいいから聞いてくれねえか? 俺だってなにも、好きで風呂上りのひと時を邪魔したわけじゃないんだ。話せばわかるはずだ」

女「…………とりあえず、ドアを閉めていただけますか? 着替えの途中ですので」

黒服「……ああ、そいつは悪かった」

くぅ疲

五分後

黒服「悪いな茶まで出してもらって。いきなり押し掛けたってのに」

女「いえ、これくらいなんでもありませんから」

黒服「しかし俺が言うのもなんだが、近ごろの若い女ってのはみんなあんたみたいな具合なのか?」

女「あんたみたい、と言いますと」

黒服「突然訪ねてきた目的も得体もしれない男を、ほいほい一人暮らしの部屋に上げるのかってことさ」

女「さあ、どうなんでしょう」

黒服「堅苦しい喋り方するな、あんた。やめてくれよ敬語なんて」

女「年上の方とお見受けしましたので」

黒服「そりゃ大学生のあんたからすれば俺なんてもうおっさんに見えるかもしれないけどな、でも自分ではまだまだ若いつもりなんだ。
   良い年頃の娘さんに下手に出られるっていうのが、実は結構心にくるんだよ。頼むから、もうちょい気安く接してくれねえか?」

女「はあ。そういうことなら」

黒服「一つ聞いてもいいかい?」

女「どうぞ……じゃなくて、えっと、いいよ」

黒服「嬢ちゃん、ヤクザ者の情婦かなにかか?」

女「どういう意味?」

黒服「肝が据わってるってことさ。俺はこの仕事結構長いんだがな、大体俺がこんな風に押し掛けると、普通の人間はもっと取り乱すもんだよ」

女「でも悪い人ではないって言ってたし」

黒服「えらく素直だな嬢ちゃん。悪い人は自分のことを『悪い人です』なんて言ってくれねえぞ」

女「そうなの?」

黒服「自分のことを『悪い人です』なんていうやつは、大体いい人間だな」

女「じゃああなたはほんとは悪い人なの?」

黒服「どう見える?」

女「いい人に見える」

黒服「そうかそうか。なんかあんたと話してると、どうにも調子が狂うよ」

黒服「本題に入ろう。俺はな、あんたの記憶を消しにきたんだよ」

女「……どうして?」

黒服「どうしてだろうな。自分の胸に手をあてて考えてみな」

女「…………」

黒服「本当に胸に手を当てるやつは初めて見たな」

女「特に心当たりがない」

黒服「そうか、じゃあ俺が教えてやろう。あんた今日、工場に行ったろ」

女「工場?」

黒服「そう、工場だ。軍用通路抜けて、備品搬入口が開放されてるのをいいことにそこから内部に入っただろう」

女「…………あー」

黒服「そこであんたが目にしたものはな、大体八割くらいが『見ちゃいけないもの』だったんだよ」

女「なるほど」

黒服「状況は理解してもらえたかな」

女「なんとなく」

さる回避

黒服「率直に聞くが、あんなところで何してた?」

女「なにって、散歩だよ」

黒服「散歩?」

女「そう、散歩。趣味なの」

黒服「散歩で軍用通路に入るか? 普通」

女「この先にはなにがあるのかなーって。わくわくした」

黒服「呑気なもんだな。あんた今、命があるだけかなり運がいいんだぞ」

女「そうなの?」

黒服「この辺に住む人間はな、関係者でもない限り、間違っても工場周辺には近づかない。こんな時代だからな。少しでもきな臭い場所に足を踏み入れれば即射殺される」

女「この国は法治国家だと思ってた」

黒服「法に従って射殺されるんだよ。有事緊急法や、軍の機密に関わる十七規則くらいは知ってるだろう?」

女「一応。大学生だから」

黒服「その頭があるなら、そもそもあの辺には近づかないんだよ。まともな地元住人は」

女「あたし、ヤクザの情婦じゃないよ」

黒服「だろうな。知ってるよ。そんな報告は受けてない」

女「報告?」

黒服「俺たちはある程度、あんたの素性を調べてる」

女「プライバシー…………」

黒服「すまんがそういうのは諦めてくれ」

女「裸も見られたことだしね」

黒服「……あれは事故だ。わざとじゃない」

女「ほんとに? 国家権力はあたしの裸に興味はなし?」

黒服「あれ? 俺、自分の素性明かしたか?」

女「明かしてないけど、あなた、国営組織の人でしょ? 軍がどうとか言ってるし」

黒服「いやまあそうなんだけどさ。なんだ、えらく察しがいいじゃないか」

女「もう大学生だからね」

黒服「大学生ってすごいんだな」

大学生だもの

女「お茶、もっと飲む? おまんじゅう食べる?」

黒服「あ、すまん。長居して悪いな」

女「いいの。お客さんなんてめったにないから、ちょっと楽しいの」

黒服「あんたの記憶を消しにきた人間でもか?」

女「あたしの記憶を消しに来た人間でも。はい、これ」

黒服「ありがとう。なんだ、この茶、やけに美味いな」

女「わかる? 葉っぱがいいやつなの」

黒服「ほお。なんて言う茶なんだ?」

女「虫糞茶」

黒服「……ちゅうふんちゃ?」

女「うん。ツバキの葉っぱを発酵させるとね、その匂いにつられて化香蛾っていう蛾が集まってくるの。化香蛾はそこに卵を産む。
  孵った幼虫はそのツバキの葉っぱを食べる。その幼虫が排泄した糞を原料にしているのが、この虫糞茶」

黒服「……なんつーか、聞かないほうが幸せなことってあるもんだな」

女「そう?」

女「晩御飯もこれから作るの。食べていってよ」

黒服「ありがたい申し出だけどな。あんまり油売ってるわけにもな」

女「えー」

黒服「いや、これでも仕事中なんだよ」

女「ゆっくりお茶飲んでるくせに」

黒服「民間企業の営業と一緒だな。適度にサボらないとやってられん」

女「営業車のなかで昼寝したり?」

黒服「そういう感じだ。それでまあ、あんたの記憶を消すためにだな、その営業車に乗って同行して欲しいんだが」

女「ここで消せないの? 記憶」

黒服「人間の記憶いじるってのはそうそう簡単じゃなくてな。しかるべき設備を以って時間をかけなきゃならん」

女「でも、ほら良く聞く都市伝説のメンインブラックなんかは、銃みたいなのでターゲットの頭をパーンって」

黒服「そりゃフィクションだからな。そんな風に簡単に仕事できるようになりゃ、こっちとしても楽なのにな」

女「いろいろ大変なんだね」

黒服「ねぎらってくれてありがとよ」

女「記憶って、どの程度消えるの?」

黒服「どういう意味だ?」

女「工場の中で見たものの記憶だけ、都合よく消えてくれるものなの?」

黒服「ああ、いや、そういうわけじゃない。そんなに融通が利くもんじゃないんだ」

女「具体的にはどういう記憶が消えるの?」

黒服「どういう、っていうかな。48時間ぶんの記憶を遡行してまるごと消すんだ」

女「まるごと? まるごと消しちゃったら、なんか不自然な状態にならない?」

黒服「そりゃ、部分選択的に記憶消去できたらこっちとしても都合がいいんだけどな。でも現代の科学はそこまで追いついちゃないんだ」

女「もっとがんばればいいのに」

黒服「これでも精一杯がんばってるんだよ。技術部の人間なんか、宇宙人の使ってる得体もしれない兵器の再現に躍起だ」

女「科学は日々、日進月歩だなあ」

黒服「まあ俺に言わせりゃ、今うちでやってる研究なんかオーバーテクノロジーもいいとこだけどな」

女「そうなの?」

黒服「あんなのどう控えめに見積もったって、今の人類の手で制御できる代物じゃないからな」

女「なんか無責任だなあ」

黒服「そんなわけで、そろそろいいか? 一緒に来てもらっても」

女「うーん……いいですよって言ってあげたいんだけどね」

黒服「なんだ。意外だな。随分と物わかりの良さそうなやつに当たったから、今日こそは残業なしだと思ったんだがな」

女「だって、48時間ぶん過去の記憶が消えるんでしょ?」

黒服「ああ。なにか都合が悪いのか?」

女「今日のお昼頃、課題が出たんだよね」

黒服「課題? 大学のか?」

女「うん。すっごく大事なやつ。未提出即留年決定なやつ」

黒服「シビアだな」

女「そう、シビアなの。あの教授、はげてるくせにシビアなの」

黒服「はげは関係ないだろうに。かわいそうに」

女「そんなわけで、ちょっと待ってほしいんだよね。記憶消すの」

黒服「課題くらいどっかにメモっておけよ」

女「だめ。そんなの不安。メモのことも忘れちゃうだろうし」

黒服「待つってつまり、課題出された記憶が、過去48時間にかからないようになるまでってことか?」

女「うん。ええと確かあれは二限の終わりだったから、今日の13時ごろだったかな」

黒服「そこから48時間後……明後日の13時までってことか」

女「今大体20時だから、あと41時間くらいだね」

黒服「悠長な話だな……待ってもらえると思うのか?」

女「だめ? あたしが工場あたりを散歩してたのが16時ごろだから、極端な話、あなたは明後日の16時までにあたしの記憶を消せればいいわけでしょ?」

黒服「二、三時間なら考えたがな。二日ってのは長すぎだ」

女「交渉決裂かあ」

黒服「そうだな。さ、一緒に来てくれ」

女「いや」

黒服「頼む。手荒な真似はしたくない」

女「あたしに指一本でも触れたら、舌噛み切って死んでやる」

黒服「…………人はそんなに簡単に舌を噛み切れないぞ」

女「じゃあそこの収納に入ってる包丁で自殺する」

黒服「どっちにしても脅しになってないな。嬢ちゃんが自分で死んでくれるなら口封じの手間が省けてありがたいくらいだ」

女「ふうん。そうなの? それじゃああたし死んじゃうよ?」

黒服「勝手にしろ」

女「…………」

黒服「…………」

女「…………」

黒服「………………待て、降参だ」

女「………ふふふ」

黒服「お前、気づいてるな? 俺たちがお前を殺せないってこと」

女「気づいてるっていうほど、確信があったわけじゃないよ。カマをかけてみただけ」

黒服「大したもんだよ、あんた。どうしてそんな風に考えることができた?」

女「なんか、回りくどいなあって思ったの」

黒服「回りくどい?」

女「さっきあなたが言ったでしょ? あたしは工場に入った時に、その場で射殺されててもおかしくないって」

黒服「言ったな」

女「本当にその通り。機密保持がどうとかって言うなら、あの時にわたしは死ぬか捕まるかしてるはず。でもそうならなかった」

黒服「運がよかっただけかもしれんぞ?」

女「またまたとぼけちゃって。そもそも、標的に同行を頼んでまで『記憶を消す』って方法であたしの口を封じようというアプローチがそもそも不自然」

黒服「確かに今すごく面倒くさい」

女「でしょ? さっさと殺せばいいのに。菊の御紋が後ろについてるなら、あたし一人殺したって何かしら大義は立つんでしょ?」

黒服「わかったわかった……白状する。俺たちはあんたを生かしておく必要があるんだよ」

女「どうして?」

黒服「あんたが、南の軍事都市の出身だからだ」

女「…………」

黒服「察したか?」

女「なんとなく推測は立つけど、説明して欲しい」

黒服「はいはい」

黒服「この街に移住してきたときから、あんたは俺たちの監視下にあるんだ」

女「気づかなかった……」

黒服「まあ四六時中覗いてるわけじゃないからな、そう嫌な顔をするな。さて、なんであんたは国に目をつけられてると思う?」

女「あたしの出身地は、不明死発生件数、割合、全国トップの街だから」

黒服「そういうことだな。あんたの故郷は、高次生命体……宇宙人って言ったほうが分かりやすいか? やつらとの戦争で受けた被害が一番大きい街だ。必然、その生き残りも少ない」

女「同郷の人みんな、あなたたちに監視されてるの?」

黒服「いや、あんたを含めて三人だけかな。さすがに全員はちとしんどい」

女「なんであたしなの?」

黒服「深い意味はない。あんたが俺たち組織の御膝元に住んでるからだな。手と目の届きやすいところにいるってことだ」

女「とんでもない貧乏くじを引いた気分」

黒服「気分、じゃないな。胸を張っていいぞ。あんたが引いたのは貧乏くじ以外のなにものでもない」

女「やけにいろいろと親切に教えてくれるんだね」

黒服「どうせあんたは忘れるからな。この会話」

女「なるほど」

黒服「俺たち組織はなんとしても、宇宙人たちが使用している兵器の詳細を解明したい。なにせまったく未知の技術だ。手がかりは些細なものでも惜しい」

女「それで、被害が顕著な地域の生き残りを監視かあ」

黒服「つまり、あんたはモルモットだな。この街に引っ越してきて三か月くらいだっけか」

女「それくらい」

黒服「風邪ひいて、この街の病院の世話にでもなってみろ。通常じゃ考えられないくらいに手厚く診療されるぞ」

女「それってお得なの?」

黒服「あんたの価値観次第だな」

女「微妙」

黒服「まあとにかく、俺たちにあんたは殺せない。ここであんたに死なれようものなら、立場的にも物理的にも俺の首が飛ぶ」

女「あなたも、随分な貧乏くじを引いたね」

黒服「まったくだよ。もう一度聞くが、その課題云々を譲る気はないのか?」

女「ないよ」

黒服「強情な嬢ちゃんだよほんとに。学校に圧力かけて、あんたの習得単位を改ざんすることくらいならできるぞ」

女「そういうずるは好きじゃないの」

黒服「さいですか」

黒服「条件がある」

女「なんの?」

黒服「あんたの記憶消去を先延ばしにする条件だ」

女「いいの?」

黒服「いいもなにも、こっちが譲らなきゃあんたまた、死ぬって言い出すんだろう」

女「虚言かもよ?」

黒服「虚言でもなんでも、危険な橋は渡れないんだよこっちは。んで、条件だが」

女「うん」

黒服「これからあんたの記憶を消すまでの41時間、俺があんたの監視をする」

女「監視?」

黒服「具体的には、俺がずっとあんたの傍についてる」

女「おお」

黒服「…………なんだその顔。嬉しそうだな」

女「そんなことないよ?」

黒服「あんた、ほんと変わってるよ」

黒服「あんたが見たものを、文字になり絵になりしてどっかに発信されちゃかなわんからな。必要な措置だと思ってくれ」

女「思う思う」

黒服「携帯やパソコンは……元から断ったほうが楽そうだな。後で、あんたの通信手段を断ってもらうように連絡入れるが、いいか」

女「信用ないなあ。心配しなくても誰にも言わないよ」

黒服「そうしてもらえると助かるな。俺は思わぬ残業決定に満身創痍だ」

女「そんな落ち込まないで。ご飯作ったげるから」

黒服「結局御馳走になるとは思わなかったよ」

女「それじゃあたし、ご飯準備するね」

黒服「ああ、頼む」

東のエデン

見てるよ

あと40時間

黒服「……なんだこりゃ?」

女「なにって、酢豚だよ」

黒服「そのつもりなんだろうけどな、豚よりも果物のほうが多いじゃねえか」

女「パイナップルに林檎に蜜柑、白桃も入ってるよ」

黒服「百歩譲ってパイナップルは許そう」

女「他のは許さないの? 来客に張り切って具だくさんにしたのに」

黒服「気持ちはありがたいが、しかしこれはさすがにちょっと食うのに勇気がいるぞ」

女「ふふん」

黒服「……なんだ?」

女「文句はまあ、一口食べてみてからにしてよ」

黒服「えらく自信ありげじゃねえかこの野郎」

女「ほらほらいいから。いただきまーす」

黒服「…………」

女「…………」

黒服「…………」

女「どう? どう?」

黒服「…………俺が悪かった」

女「でしょう? だから言ったでしょう?」

黒服「どういう味付けにしたら、この果物群と肉とがまとまるんだよ。あんた天才じゃないのか」

女「果物はお肉を柔らかくするんだよ」

黒服「俺はその理論を今まで、ただの屁理屈としか思ってなかったんだが」

女「母の知恵だよ。食材に合わせた調理と味付けなら、どんな食べ合わせだってそうそうハズレないよ」

黒服「…………ああ」

女「どうしたの?」

黒服「いや、最初に思いっきり訝った手前言い出しづらいんだが」

女「あ、おかわり? あるよ!」

黒服「すまんな」

四角革命書いた人じゃないよな

女「いい食べっぷり」

黒服「独身男だからな。人に作ってもらった飯なんか本当に久しぶりだ」

女「結婚してないんだ?」

黒服「ああ」

女「好きな子とかは?」

黒服「とかく女っ気ない仕事だからな」

女「なんかつまんないね」

黒服「言うな。そういうあんたはどうなんだ?」

女「トップシークレットです」

黒服「影仕事の人間に隠し事とは、なかなかやるじゃないか」

女「そういうのは調べてないの?」

黒服「さすがに交友関係やら色恋沙汰までは洗ってない。極端な話、あんたの身体の状態だけ知れればいいからな」

女「なんかイヤラシイ」

黒服「そういう意味合いはないぞ」

女「もしかして初恋もまだだったりするの?」

黒服「あんた、俺のこと初心な中学生かなにかとでも思ってるのか?」

女「あったんだ。なにか甘酸っぱいこと」

黒服「そりゃあったさ。今のあんたと同じ年の頃だったかな」

女「デートとかしたの?」

黒服「したした。遊園地に行ったんだが、ありゃ失敗だったな」

女「ほー」

黒服「俺、絶叫系はからっきしダメなんだよ。でも彼女は違った。『普通だよ』とかなんとか抜かしてたけど、ありゃマニアだよ。絶叫マシーンマニア」

女「乗ったの?」

黒服「乗らないわけにはいかんだろ。仮にも惚れてる女の前だ。やめときゃよかったよ。降りた後二秒でゲロ吐いてな」

女「うわー、ひくねそれ」

黒服「しっかりひかれたよ。ひかれたしデート終わりにフラれるし、おまけに冷や汗でシャツがべっとりだ。もう散々だった」

女「ご愁傷様」

>>26
違いますね
相対性理論の曲ですね

凄く面白い

黒服「というか、なんで女ってやつはああ遊園地が好きなんだ? しかも大体絶叫系に耐性があるときてる。金払って恐い思いしたいなんて狂気の沙汰だぞ」

女「俗に言うよね。女のほうが恐いものに耐性あるって」

黒服「スプラッタも平気だっていう女が多いよな」

女「それはまあ、ほら、」

黒服「ん?」

女「女は血を見慣れてるし。ってなに言わせるの」

黒服「いや知らん知らん。やめてくれ。猥談は嫌いじゃないが、それはあくまで男とする場合においての話だ」

女「意気地なしだ」

黒服「そういうときに使う言葉じゃないだろ」

女「んで、もう思い出話は終わり?」

黒服「終わりだよ。モテない半生で悪かったな」

女「結婚願望とかないの? いい年みたいだけど」

黒服「余計なお世話だ。そんな願望はない」

女「あなたに良い人が現れますように」

黒服「十字を切りながら言われてもな。それに、そういうのは現れない方がいい」

女「どうして? 同性愛者なの?」

黒服「そういうわけじゃない。さっきも言ったけど、俺たちは日陰もんだからな」

女「日陰ものだと恋愛しないの?」

黒服「しないやつが多いな。戸籍すらこの世にないような人間だし。積極的に人と関わったって、相手を不幸にするだけだよ」

女「ふうん。なんか辛そうだね」

黒服「もう慣れちまったからなあ」

女「そういうのってやっぱり慣れるもの?」

黒服「悲しいことながらな」

女「ふうん…………」

黒服「どうした?」

女「なんでもなーい」

いいね

あと38時間

女「お風呂沸かすから入っちゃってよ」

黒服「あ? いいよそんなの」

女「よくないでしょ」

黒服「いいって。何日も風呂に入れないような生活には慣れてる」

女「あのね、あなたは慣れてるか知らないけどね」

黒服「なんだよ」

女「これから二日間、あなたと四六時中一緒にいるあたしの身にもなってほしいの。不潔おじさんがずっと隣にいるのはいやなの」

黒服「おじさん言うな傷つくから。そんなこと言ったって着替えもないんだぞ」

女「ジャージでも短パンでも貸してあげるよ。パンツは明日一緒に買いに行けばいいでしょ?」

黒服「でも」

女「でももだってもありません」

黒服「ああもう! わかったよ。入ればいいんだろ。お前は俺のおかんかよ」

女「あなたのお母さんはさぞかし息子に手を焼いたと思う」

黒服「余計なお世話だ」

エターナル・サンシャイン

あと37時間

女「ほんとに寝袋でいいの? 布団あるけど」

黒服「いらん。どうせ熟睡はできんからな」

女「監視のため?」

黒服「よくわかってるじゃないか」

女「大変そうだね」

黒服「仕事だからな。しょうがない」

女「それじゃあ電気消すよ? いい?」

黒服「ああ、消せ消せ」

女「おやすみなさーい」

黒服「あいよ。おやすみ」

あと36時間

女「…………」

黒服「…………」

女「……起きてる?」

黒服「なんだ。まだ寝てなかったのか」

女「なんだか気が高じちゃって。この部屋に人が泊まりに来るのなんて初めてだからかな」

黒服「随分粛々とした学生生活送ってんだなあんた」

女「そうかな?」

黒服「女子大生ってのは、毎晩とっかえひっかえで男と寝るもんじゃないのか」

女「なにそのステレオタイプ。最低」

黒服「まあそれは冗談にしてもだ、友達と家で飲んだりしないのか」

女「全然ないなあ」

黒服「へえ…………なあ、あんた」

女「なあに?」

黒服「…………いや、なんでもない」

あと29時間

女「ふぁふ…………はよざいますう」

黒服「おはよう。あんたいっつもこんな馬鹿でかい音の目覚ましで起きてるのか?」

女「これじゃないと起きれなくて」

黒服「ベル式の目覚ましなんて今日び見ねえぞほんとに。朝から心臓吐き出すところだった」

女「起床!」

黒服「おうおう、元気がいいな」

女「健康!」

黒服「週末だっつーのになんで朝ちゃんと起きるかね。寝ててくれりゃ楽なんだが」

女「健康な身体は規則正しい生活によって作られるんだよ」

黒服「良い心構えだな。俺には耳が痛いよ」

女「そろそろ無理な仕事ぶりに、身体が悲鳴を上げる年頃なんじゃない?」

黒服「ほっとけ」

女「朝ごはん、パンとご飯どっちがいい?」

黒服「パンがいい。やっぱり朝はパンだ」

女「残念! お米しかありません!」

黒服「じゃあなんで聞いたんだよ」

女「やっぱり朝は炊き立てのご飯だよね」

黒服「いやまあいいけどさ。米でも」

女「サービスでふりかけもつけたげる」

黒服「ありがとよ。なあ、あんた朝はいつもそんなテンションなのか?」

女「一日のはじまりだから」

黒服「はしゃいでんなあ」

あと25時間

黒服「うわ……パンツ三枚で2500円もすんのか」

女「有事価格だね。コンビニで買うのやめて、やっぱりスーパーいく?」

黒服「いや、いいよめんどくせえ……スーパーもさして変わらんだろう」

女「でも今日なら、週末市やってるから」

黒服「なんだそれ?」

女「セールだよ。週末セール。ついでに晩御飯の買い物もしちゃおう」

黒服「どうせ行く羽目になるのか。それならまあ、スーパーでいいか」

女「うん。っていうかあれだね。メンインブラックも意外と庶民的なところあるんだね」

黒服「ある意味公務員の最底辺だからな、俺たち」

女「社会的に存在しない人間に、底辺もなにもないんじゃない?」

黒服「それもそうだな」

女「今日は暑いねえ」

黒服「七月も半ばだからな。梅雨も明けたし」

女「車があってほんとに助かった」

黒服「この炎天下を歩く気にはならんなあ」

女「ほんとに、車まで黒いんだね。都市伝説通り」

黒服「俺は嫌いなんだけどな、黒い車」

女「どうして?」

黒服「屋根のないとこに置いとくと、十数分で中がサウナになる」

女「それはやだなあ……でも、秘密組織の構成員が赤いスポーツカーってのもなんか違うよね」

黒服「そう言われるとそうなんだけどな。せめて白くならんものかな、車」

女「いいじゃん黒。かっこいいよ」

黒服「そうかあ?」

女「そこそこね」

黒服「そこそこか」

>>1
先輩と新人が塗装工場でバイトする話を書いてた人?

女「ここの信号長いよね」

黒服「工場方面に続く街道を横切る通りだからな」

女「それってなんか関係あるの?」

黒服「この辺の交通網は、工場へのアクセス最優先で整備されてるからな。必然、その他の経路は割を食う」

女「つまり民間にしわ寄せがいってると」

黒服「そう渋い顔するなよ」

女「と言われましても。本当に待たされるんだもんここ。初めてひっかかった時は、ひょっとしたら押しボタン式なのかと思ってきょろきょろしちゃったくらい」

黒服「悪いとは思ってるよ。上に言っておく」

女「いいよ。どうせ無駄なんでしょ?」

黒服「よくわかってるじゃないか」

女「ねえ、あの工場ってなんなの?」

黒服「内部を見ただろう」

女「見たよ。長ったらしい名前の部屋がずらっと並んでて、なんか不気味だった」

黒服「あれはな、人間処理場だよ」

女「……人間処理場?」

>>42
塗装工場ではないんですけどね
その通りです

黒服「いやまあ、主たる目的は昨日話した宇宙兵器の製造なんだけどな」

女「あれ、その兵器って作れるの? まだ解明中だとか言ってなかった?」

黒服「そうだよ。まだまともには作れない。お世辞にも兵器製造工場なんて言えるような状態じゃない。だから俺たち組織の人間は、人間処理場って呼んでる」

女「……どういうこと?」

黒服「つまりだな、あの工場では人命を消費して宇宙人の残していった兵器の残滓をリサイクルしてるんだ。いや、リユースって言ったほうがいいか」

女「横文字苦手なんだけど」

黒服「それじゃあもっとわかりやすく言おう。俺たちは未だ件の兵器を作る技術を確立できてない。だけど宇宙人が使用した兵器を再利用する術は発見してる」

女「それをあの工場でやってるってこと?」

黒服「そういうことだな。宇宙人の攻撃で廃墟同然になった区域から、ありとあらゆるものをあの工場に運んでくるんだよ。それに再生処理を施して、今度は戦地に出荷するわけだ」

女「兵器って、どういう兵器なの?」

黒服「わからん」

女「わからん、て」

黒服「イメージ的には細菌兵器のような感じらしい。が、それらしい菌は見つかってない。人類が未だ発見していない物質によるものなんじゃないかと言われてるが、それにも根拠はない」

女「そんなの実戦投入して大丈夫なの?」

黒服「少なくとも戦果は上々だな。再生処理を施したガレキを敵国に投げ込むだけで、大体二つほど集落が壊滅する」

これはあのバイトの話の続編と見た

女「解明不可能な死に方……不明死を意図的に引き起こすってことかあ。わかんないことだらけのくせに、よく再利用の方法なんて確立できたね」

黒服「それについてはまあ、アドバイザーがいてな」

女「アドバイザー?」

黒服「うちの国に友好的な宇宙人さんだ」

女「なにそれ。なんか嘘くさい」

黒服「俺もそう思う」

女「っていうかさ、ガレキひとつで集落二つだっけ? 確かにすごいのかもしれないけど、でもそれくらいの兵器なら今までだってあったんじゃ」

黒服「うん、そこが鍵だな。あんたが言うように、新兵器よりも高威力の兵器は保有してる。だけどな、それは事実上使えないんだよ」

女「ああ、制限条約」

黒服「というよりは禁止条約だな。今日存在している大量破壊兵器は、そのほとんどが兵器としての実用的意味を持たない。せいぜい抑止力になる程度だな。だけど、宇宙人の持ってるそれは違う」

女「屁理屈っぽいなあ」

黒服「屁理屈も理屈だよ。ここに来ると宇宙兵器ってのは素晴らしい。なにせ、既存の兵器とはなにからなにまで別物だ。国際法上では、ぶっちゃけ兵器にもあたらない。ただのガラクタ同然だ」

女「理論も理屈もわからないものを実戦投入してるのは、そういうこと」

黒服「ああ。ぼやぼやしてると、いつその使用を禁じられるかわからない。まあ新禁止条約を批准しなけりゃそれで済む話なんだが、そうすると今度は世界中の視線が痛い。
   今だけなんだよ。お天道様のもとで胸張って、敵国に殺人ガレキ投げ込めるのはな」

もう一つのはなんて検索したら出てくる?

黒服「そんでな、いよいよあの工場が人間処理場と呼ばれる所以の話だ。聞くか?」

女「や、いいよもう。お腹いっぱい」

黒服「だろうな。すまん。女子大生相手には退屈かつデリカシーのない話題だった。特にあんたには」

女「別にそれはいいよ。これくらいの話、毎晩テレビでやってる戦況報道のどうしようもなさに比べたらだいぶマシ」

黒服「そうやって人間は、非現実に慣れていくんだろうな」

女「慣れなきゃやってけないからね」

黒服「…………なんか買ってやろうか?」

女「え、なになに? 気持ち悪い。2500円のパンツを惜しむ人が」

黒服「うるせえな。なんだ、その、つまらん話をべらべらと話した詫びにと思ったんだが……やっぱ買ってやらん」

女「だから別にいいってー。急に優しくならないでよ調子狂うから」

黒服「あんたさ……友達いないんじゃないのか?」

女「…………やっぱり同情かあ」

黒服「すまん」

女「いいよ、別に。なんでも。どうでもさ。どうせ忘れちゃうんだし」

黒服「…………」

支援

>>48
興味を持っていただきありがとうございます
女「工場での高給バイト?」 というタイトルで書きました
ただ、世界観だけ共有してる別の話ですので、続編というわけではありません
見ていただいてる方、この話だけでも完結しますので、ご安心ください

続けます

あと24時間

女「なんで一番安いのにしないの? 250円も違うのに」

黒服「この歳で白ブリーフなんざ穿けるか」

女「でもおじさんがよく穿いてるイメージだよ、白いブリーフ」

黒服「それがいやなんだっての」

女「デリケートだなあ。乙女よりもよっぽどデリケート」

黒服「んなことより、ええと、ボックスティッシュ買うんだろ。行くぞ」

女「待って待って。そういうのは後。荷物になるでしょ? 先に夕飯の買い物するの」

黒服「あん? んなの俺が持ってやるよ」

女「だめ。スーパーにはちゃんと順路があるの。効率的なお買い物は効率的な人生に繋がるの」

黒服「めんどくせえ……」

女「独身男にはわかんないだろな、こういうの」

黒服「そこまで言うなら教えてもらうか。鉄板のお買いもの順路ってやつ」

女「おう! しっかりついてこい!」

あと23時間

女「さっきの工場の話だけどさ」

黒服「なんだよ藪から棒に」

女「新兵器に故郷をめちゃくちゃにされた人間に話す内容じゃないよね」

黒服「なんだ、怒ってんのか? 悪かったって。デリカシーなかったよ」

女「ううん、怒ってない。怒ってないっていうか、怒らない」

黒服「……?」

女「もしかして、あたしに嫌われようとしてる?」

黒服「はあ?」

女「いや、いいんだけど。あたしの思い過ごしならそれで」

黒服「…………」

女「…………」

黒服「あんたさ、ぼけっとしてるように見えて、たまに頭まわるよな」

女「褒められた」

黒服「意外と優秀な人材かもしれん。公務員にでもなったらどうだ?」

女「戸籍ないやつ?」

黒服「戸籍と人生がないやつだ」

女「本気?」

黒服「本気なわけないだろ」

女「黒服似合うかな? あたし」

黒服「んー……」

女「率直に」

黒服「率直に、似合わないと思う」

女「じゃあだめだね」

黒服「ああ、全然だ」

あと20時間

女「オセロしようよ」

黒服「オセロ?」

女「うん。夕飯準備始めるまでにまだ時間あるし」

黒服「誰も遊びに来ないのに、オセロなんか持ってるんだな」

女「またそういうこと言う。一人でやっても結構面白いんだから」

黒服「………マジか?」

女「マジだよ。大マジ。あなたのコマは黒だよね、やっぱり」

黒服「別に個人的にはこだわりないんだがな」

女「清純なあたしは白いコマ」

黒服「ほんと自由だな、あんた」

あと19時間

女「よわっ! 弱すぎ!」

黒服「うるせえな! 一人で黙々とオセロやる人間に勝てってほうが無理な話だ!」

女「ああもう、真っ白だよ。心みたい」

黒服「なんでそんなポエムじみた物言いなんだよ。くそ、もう一回だ」

女「ハンデつけようか?」

黒服「いらん。飯時までに一度はヒラで負かしてやる」

女「ふふ」

黒服「楽しそうだな。十分後は笑ってられなくしてやる」

女「うん、楽しい。楽しいよ」

黒服「結構だな。そんだけ強けりゃそうなんだろうが」

女「オセロ、好きだからね」

黒服「今時の若者に似つかわしくない趣味だけどな」

女「あたしがなんでオセロ好きなのか、聞いてくれる?」

黒服「俺は今必死だから適当に聞き流すが、それでいいならな」

女「あたしはね、もうすぐで喋り方を忘れてしまうところだったの」

黒服「詩的だな」

女「疎開も同然にこっちの大学に進学してきて、故郷ではいろいろあったけど、それもまあ経験だと思って、こっちで楽しむことにしたの」

黒服「ほら、角とったぞ。ざまみろ」

女「その角は要らない…………えと、あたしなめてたの。風評被害ってやつ? 戦災地出身の人間が、物が、どんな扱いを受けるかってのはなんとなく理解してるつもりだった」

黒服「今や、部落差別も真っ青だからな。被災者差別ってのは」

女「なんとかなるだろって思ったの。ねえ、宇宙人の兵器って、被害って、感染らないんだよね? 病気じゃないんだよね? ウィルスとかじゃないんだよね?」

黒服「そういう報告は、俺たちですら知らないな。テレビでもそう言ってるだろう。
   そもそもあの兵器の殺傷力にそこまでの持続性があるなら、俺たちはわざわざ再利用研究なんてしなくても良かったんだが」

女「それじゃあなんで、あたしはこの三か月、誰とも会話することができなかったんだろう」

黒服「南の軍事都市出身だから」

女「なんであたしは、この三か月、誰とも視線を合わせることができなかったんだろう」

黒服「戦災地出身だから」

女「なんで、なんであたしは、この三か月、どんなに人気のある授業でも、人の多い講義でも、座る席に困ることがないんだろう」

黒服「未知の兵器が猛威を振るった場所で育ったからだ。なんだこれ、どこ置いてもすぐひっくり返されるじゃねえか」

女「ほんとにもう、弱いんだね」

全力の支援

女「オセロはいいよ。すごくいい。だって、黒が、白と白に挟まれると、白になるんだよ」

黒服「俺の黒はもう二回も、白を挟めずにいるんだが」

女「なんとかなると思ってた。なめてた。なめてたよ。人間はオセロみたいにはいかないね。たくさんの白に混じれば、白になれるとか、どうしてそういう風に思っちゃったんだろう」

黒服「角にいる黒はどうあっても白にはならんからな。周囲63マスが全部白でも、それでも」

女「……オセロの話? それとも人の話?」

黒服「それはこっちが聞きたい。なんだよこれ。こんなのどうやって勝てっつんだ」

女「また真っ白だね。黒はぽつぽつとしかない。心みたい」

黒服「ああ、もうだめだ。戦意喪失。敗戦上等。腹減った」

女「ご飯にする?」

黒服「今日はなんだっけか」

女「麻婆豆腐」

黒服「あんまり辛くしないでくれ」

女「子供みたい」

黒服「苦手なんだよ、辛いの」

女「あたしも苦手だよ、つらいの」

あと13時間

女「起きてる?」

黒服「寝てる」

女「聞いてもいい?」

黒服「どうせ忘れるのにか?」

女「……それ、どうにかならない?」

黒服「どうにか?」

女「ほら、あたし結局工場に関してなにもわかってなかったしさ」

黒服「今はそうでもないだろ」

女「う、でもさ、それはそっちが勝手に話したんじゃん」

黒服「っていうか関係ねえよ。命があるだけありがたいと思え」

女「もいっこ」

黒服「ん?」

女「なんであなたはここにいるの?」

黒服「なんだそりゃ」

おもしろい

女「遠回し過ぎ?」

黒服「さっぱりわからん」

女「それじゃあこう訊くね。なんであたしは捕まってないの?」

黒服「…………」

女「あたしを殺せないって話は、うん、理解したよ。でもそれなら、殺さなきゃいいだけでしょ?
  あたしが工場に迷い込んだとき、その場で拘束して、有無を言わせず記憶を消して……くらい、あなたたちならほんとは造作もないんでしょ?」

黒服「まあ……そうだな」

女「それなのにあなたたちはあたしを一旦無事に返して、それからわざわざ部屋を訪ねてきた。しかもあたしのわがままを素直に聞いてくれてる」

黒服「わがままって自覚はあるのな」

女「どうしてかな。どうしてあなたはあたしとこうして同じ部屋で寝てるんだろう。どうしてあたしは、有無を言う暇があったんだろう」

黒服「そういう用法では使わないだろ。有無を言わさずって」

女「ねえ、どうして?」

黒服「…………」

女「…………」

黒服「…………」

女「ねえってば」

黒服「工場であんたが迷い込んだあたりは俺の管轄してたエリアだったんだ」

女「結構偉い人なの? あなた」

黒服「中間管理職みたいなもんだ。んで、俺が指示した。あんたに手を出すなってな」

女「紳士的だね。どうしてまた」

黒服「…………」

女「おーい」

黒服「………はあ」

女「なんなの、いったい」

黒服「……いいか。ぜったい笑うんじゃねえぞ?」

女「そういう前置きされると笑いそう………ああ! うそうそ! 笑わないから」

黒服「あのな」

女「うん」

黒服「似てたんだよ、あんた」

女「誰に?」

黒服「俺の、初恋の子に」

黒服「……笑うなって言ったのに、この野郎」

女「だ、だって……! だって理由がかわい過ぎるんだもん……!!」

黒服「悪かったな、少女趣味で」

女「ああ、お腹痛い……で、あたしが手荒にされるのが忍びなくて、手を出させなかったんだ?」

黒服「いや、というよりだな……本当の目的はその後っていうか」

女「ん、どういうこと?」

黒服「つまり、あれだ、あの、あれだよ」

女「いやわかんないよ。もういいじゃん、白状しちゃいなよ。どうせあたしこの会話忘れちゃうんだよ」

黒服「……MIB業務ってのはな、本来、下っ端の仕事なんだよ」

女「MIB業務?」

黒服「暗殺とか、口封じだな。そういうのは、ペーペーがやるんだよ。面倒くさいし、危険性が高いからな」

女「危険性が高いからこそ、ベテランがやるんじゃないの?」

黒服「機密保持を優先するなら、まったくの逆だ。なにも知らんクソガキじゃないと、鉄砲玉にはならん」

女「ってことは」

黒服「ああ…………こういうのは本来の俺の仕事じゃねえんだよ」

黒服「それに大体のMIBってのはもっと荒っぽい。俺が来たときは鍵が開いてたけど、もし仮にあれが施錠されててもお構いなしだ。
   唐突な襲撃者に驚いて悲鳴を上げようと息を吸い込んだら、それを吐き出す前にはもう昏倒してる」

女「んふふ」

黒服「変な笑い方するなよ。気持ち悪い」

女「だってつまり、それってさ、あなたがあたしを好きだってことでしょう?」

黒服「馬鹿か。自惚れんな。ちょっと懐かしくなっただけだ」

女「それで、わざわざ自ら出向いてあたしとちょっとお話しようとしたって感じ?」

黒服「まさか、二日間生活を共にする破目になるとは思ってなかったがな」

女「またまた。やぶさかでもなかったんでしょう。残業がどうとかぶつぶつ言っちゃってまあ」

黒服「勘違いすんなよ、本当に。俺の気まぐれがこういう事態を招いたのは確かだが、それでも俺は二言三言挨拶したら、あんたにスタンガンでも当てるつもりだったんだ」

女「でもそうしなかったね。あたしの着替え見て動揺しちゃって、それどころじゃなかったんだもんね」

黒服「今からでも拘束してやろうかこのアマ」

女「ごめんごめん……もうからかわないから。それに、あたしも白状するよ」

黒服「あ? なにをだよ」

女「大学の課題とかさ、ほんとはどうでもいいんだ」

女「あなたが部屋のドアを開けたとき、びっくりした。声も出なかった。しばらくの間まともに喋ってなかったから、五文字以上の言葉を思い出すのに戸惑ったくらい」

黒服「確かに、不自然に沈黙してたな」

女「あなたがドアを閉めて、そのときふと思ったの。誰かがあたしに声をかけるのって、今のが最後だったかもしれないって」

黒服「大袈裟……でもないのか、あんたの場合」

女「もうね、そう考えたらいてもたってもいられなくなっちゃって。ドアを開けたらもうあの人はいなくなってるかもしれないって。そんなのいやだって思った。
  どこの誰だか全然知らないけど、もう一度声を聞きたいって思った。あたしに話しかけて欲しいって思った。あたしと目を合わせて欲しいって思ったんだ」

黒服「そっか」

女「ねえ、白状するよ」

黒服「ああ」

女「あたし、わがまま言ったとき、ほんとに必死だった。少しでも、一文字でも多く、言葉を交わしていたいって思ってた。できるだけこの時間を引き延ばそうって思った。大学の課題なんてどうでもよかった」

黒服「留年がどうとかって言ったのは?」

女「あれは本当」

黒服「どうでもよくないだろ、それ」

女「まあね。でも、ねえ、まさか、二日間も生活を共に出来るなんて、思ってなかったよ」

黒服「わがままの甲斐はあったか?」

女「んー、さあ。どうだろうね」

あと9時間

女「寝ちゃった?」

黒服「寝てる」

女「起きてようよ」

黒服「寝てるから応えられない」

女「意地悪」

黒服「…………」

女「………………ねえ」

黒服「…………」

女「…………」

黒服「…………」

女「…………忘れたくないよ」

黒服「…………」

女「…………忘れたくないなあ」

黒服「…………」

あと4時間

女「それ、おいしい?」

黒服「ああ、うまい」

女「でしょ。結構手間がかかるからね、普段は滅多に作らないんだよ」

黒服「そうなのか。うまいよ」

女「うん……」

黒服「…………」

女「なんか、なんかさ、今日は昨日よりも静かだね」

黒服「そうか? こんなもんだろ」

女「もっと喋ってよ」

黒服「と言われてもな」

女「なんでもいいから」

黒服「と言われてもなあ」

あと2時間

女「あのさ」

黒服「ん?」

女「あたしはこの街に来てからずっと、監視されてるって言ってたでしょ?」

黒服「ああ、まあ、ほどほどに」

女「それって、これからもなの?」

黒服「だろうな」

女「誰が監視してるの?」

黒服「名前のない公務員の方々が」

女「…………あなたも、見てるの?」

黒服「そういうのは、大体下っ端に任せてる」

女「そか………」

黒服「ああ、でもな」

女「?」

黒服「たまに、チェックはするかもな」

あと1時間

黒服「そろそろ出るぞ」

女「…………もう? もうちょっといいんじゃない? 工場のあたりなんでしょ?」

黒服「車両ゲートチェックが面倒なんだよ。割と時間とられる」

女「でも、でもさ。あ、そだ、化粧がまだ」

黒服「出るぞ」

女「…………」

黒服「眠らされて、連れていかれるほうが楽か?」

女「待って。行く。行くから……」

あと48分

女「全然、信号ひっかからないね」

黒服「言っただろう。工場へのアクセス最優先だって」

女「あの信号も、さっきのも、ずっと青なんだろうな」

黒服「そんなわけないだろ」

女「信号ってさ、不思議だよね」

黒服「不思議?」

女「全然急いでないときに限って、絶対青なんだもん」

黒服「ああ、なんでなんだろうな。あれ」

女「なんでなんだろうね、ほんとに」

支援
どうでもいいけどテレビで流れてた曲が地味にマッチしてた

あと36分

黒服「…………」

女「…………」

黒服「…………」

女「ねえ」

黒服「なんだ」

女「なんでもない」

黒服「そうか」

女「…………」

黒服「…………」

女「ねえ」

黒服「ん」

女「なんでもない」

黒服「ああ」

切ない…。

あと27分

黒服「ここから歩いていけ」

女「…………」

黒服「左手のゲートをアンロックする。真っ暗だが、一本道だ。壁に手をついてずっとまっすぐ歩くだけでいい。どうせ見えんだろうが、不用意にきょろきょろするなよ。あと絶対に振り向くな」

女「…………」

黒服「降りろ」

女「…………やだ」

黒服「あのな」

女「……いいこと考えた。あたしがここで働くの」

黒服「なにを馬鹿な」

女「そしたらね、あたしも国家組織の一員だから。秘密も機密も知ってて大丈夫だから。だから記憶消されなくても大丈夫だから。ね? 人手も増えるし手間も省けるし一石二鳥だよ? 他にもね」

黒服「いい加減に……!」

女「やだあっ!!」

女「ぜったいやだ、いやだ、おりた、おりたくない。わすれっ……わすれたくな、ないっ……!」

黒服「俺たちの仲間になるほうが、絶対に辛いぞ。孤独でもある。保証する」

女「でもっで、もっ、う、あ、もう、やだっ、ひとりっ、やだっ」

黒服「頼む。降りてくれ。降りて、歩いてくれ」

女「もっ、いい、からっ、あえっ、あえなくても、だれにもっ、あえなくてもっ、いいからっ! だからっ」

黒服「…………」

女「わすっ、わすれたく、ない、あなたの、ことっ…………わすれっ、たくっ、ないっ!」

黒服「…………」

女「あ、ああう、ああああ、うああああああっ」

黒服「………………わかったよ」

支援(´;ω;`)

女「ぅ…………?」

黒服「実はな、開発途中だけど、あるんだよ。都合の悪い記憶だけ消せるやつがさ」

女「うっ……うそ……う、そ……だ………」

黒服「いやマジなんだなこれが。もうすげえぞ。開発段階だから安定性に欠けてて、まだ外部の人間には使えないんだけどな。
   掛け合ってやるよ。技術部と情報部のやつらにさ。任せとけよ。あいつらもさ、そろそろ実験体が欲しい頃だろうしな」

女「ほん、とっ……? ほん、とに……?」

黒服「ああ。もし失敗して廃人同然になったらあれだけどな。そんときはまあ、組織の痕跡を残さないように隠蔽工作がいるだろうな。
   ことによると、ずっと誰かが傍であんたを見張ってなきゃならなくなるかもしれん。しょうがねえな。その役、俺が買って出よう。面倒くさいがな」

女「いっしょ、に……、いっしょにいてくれる、の?」

黒服「勘違いすんなよ。渋々だからな。渋々一緒にいてやる。いやだっつっても離れられんぞ。仕事だからな」

女「うん………それ、それにする。それが、いい」

黒服「そうと決まりゃ、急がなきゃならん。あの科学マニアどもんとこ言って話をつけてくる。あんたは先に行って待っててくれ」

女「えっ………やだっ……いっしょ、いっしょがいいよ、あた、しも、いっしょにいく……」

黒服「なあ、あんた、あんまり困らせないでくれ。ここから先はいよいよ、関係者以外立入禁止無警告発砲上等のエリアだ。あんたを乗せてはいけないんだよ。
   安心しろって。俺もすぐに行くからさ。信用してくれよ。同じ釜の飯を食った仲だろ? いや、御馳走になってしかいないんだけどさ。先に行け。もう言わない。これが最後だ」

女「…………」

黒服「…………頼む」

あと0分

黒服「………………」

黒服「………………」

黒服「………………」

黒服「………………」

黒服「………………あー…………」

黒服「………………」

黒服「ほんとに、素直な嬢ちゃんだなあ」

黒服「………………」

黒服「………………」

黒服「さすがにねみい…………」

黒服「………………」

黒服「………………」

黒服「…………おやすみ」

-4時間

女「………………」

女「………………」

女「………うあ」

女「………………」

女「………………」

女「寝ちゃってたのか……」

女「なんだっけ………そだ、かだい………課題やんなきゃ………」

女「………………」

女「………………」

女「ねむ…………」

女「……………………あとでいっかあ…………」

女「………………」

女「………………」

女「おやすみなさい…………」

ここまで感情が読めるssもめずらしな

(´・ω・`)読んでて背筋ぞわぞわくる

おわりです
最後まで見てくれてありがとうございました
微妙に長くてすみませんでした

おわりか


切ない…

乙乙


結局失敗したのか

ハッピーエンド√もほしいでござる
これじゃ俺がすくわれない…

>>88
黒服が嘘ついてたってことだと思うが

黒服さんも胸が痛かっただろうな・・・

続編と言うか48時間開始辺りから目覚めた後数時間後くらいの黒服さん視点の話とか欲しい気持ちだ
最後のみえかたが変わってきそうだ

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