地球兵「月の兵士……ゲート奪還部隊ねぇ」 (126)


地球兵A「本当に今夜、来るのか」

地球兵B「情報が確かならな」

地球兵C「今まで情報に偽りがあった試しはない、気を抜くな」


地球兵A「はんっ……気を抜くも何も、見つかってる座標媒体は二十そこそこだって言うじゃないか」

地球兵B「そうそう、それに対して百の兵で囲んでるんだぜ?……敵ながら憐れにもなるってもんだ」


地球兵A「…ったく、オイルライターやらウイスキーケースやら、もっとマシな物を媒体にしやがれってんだ。これじゃ戦利品にもなりゃしねえ」

地球兵B「媒体は金属じゃないとだめらしいからな。それに無人機からばら撒くんだ、シンプルな物じゃないと壊れてしまう」


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…チリッ…ジジジッ…


地球兵C「……おい、光ったぞ」

地球兵A「やれやれ、お出ましか……これで帰れる」


…バチッ!…バチバチッ!


地球兵C「来るぞ!構えろ!」ジャキッ

地球兵B「よーし、七面鳥撃ちだ。一羽でも俺が堕とすぜ!」


…ブンッ

スタッ…スタッ…ザザッ


月兵リーダー「…ここが、地球──」

月兵A「転送完了……人員、点呼!」


地球兵B「その必要は無えよ、あとで数えてやるから」


月兵B「な……!? か、囲まれて……!!」

地球兵A「はるばるご苦労さん、あばよ」ズガガガガッ


月兵C「うわああああっ!!!」

月兵D「ぎゃ…ぎゃああっ!」ビシビシッ

月兵リーダー「いかんっ!散開し……ろ……ぐっ…ぅ…」ドサッ


地球兵C「……毎度ながら、気持ちの良いものではないな」

地球兵B「何を言ってる。躊躇って体勢を立て直されたら、地に伏せるのは俺達になるんだぞ」


地球兵A「けっ……これっぽっちかよ、下らねえ。こんな程度の数でゲートを奪えると思ってんのか」ゲシッ

地球兵C「死体を足蹴にするな、見ていて不快だ」

地球兵B「どうでもいいよ。早く死体の数と座標媒体の数を照合して、帰ろうぜ──」


……………
………


…地球軍、研究所


女(…もう、そろそろ時間ね)

女(また幾つもの命が犠牲になる)


…カタンッ、バサバサッ


女「あら…お帰りなさい、ピーちゃん」

ピー「ぎゃあ」

女「大きくなったわね、あなたも……ふふっ。奥の部屋のケージ、開けるからね」


ピー「ぎゃあ、ぎゃあ」キラーン


女「……それは?」

女(…ペンダント、中に写真が)パカッ

女(綺麗な女性…)


女「ピーちゃん、これ…拾ったの?」

ピー「ぎゃあ」


女(……そんなに古くはなさそうだけど)

女(ペンダント…金属製……まさか──)


…チッ…ジジジッ…バチッ!


女「きゃ…っ…!」

女(いけない、これは…!座標媒体!)


…ブンッ…………スタッ


女(月兵…!)

男「……!?」

男「どこ…だ…? ここは…」


女「あ…ああ…」

男「……誰だっ」ジャキン…

女「ま、待って…撃たないでっ」

男「答えろ、ここはどこだ」


女(どうしよう……ここは、この人にとっては敵の施設…)キラッ

男「それは…俺のペンダント! お前、なぜそれを!」チャキッ


ピー「ぎゃあっ」


男「!!」

女「やめてっ! は、話す…から…!ピーちゃん、静かにしてて……」

ピー「ぎゃ」


男「……妙な真似をしたら、迷わんぞ。まず、ここはどこだ?」

女「地球…」

男「当たり前だ、そのペンダントは間違いなく地球に撒かれたはずだからな。…この施設は何だと訊いている」


女「…地球軍の技術研究所よ」

男「研究所……では、なぜお前がそのペンダントを持っている」

女「ついさっき、ピーちゃんが拾って戻ったから」


男「嘘を言うなよ、先に発見して確保していたんじゃないのか」ガチャリ

女「違うっ……嘘じゃないわ」


男「……ここからゲートまでは、どのくらいある?」

女「10キロくらいだと思う」

男「この施設に、兵士は?」

女「たくさんいるわ……私を殺せば、逃げられないわよ」


男「……くそっ、こうしてる間にも仲間は作戦を遂行してるってのに」

女「おそらく、それはないわ」


男「…何を言う気だ」

女「情報なら入ってる。21時ちょうど、部隊は二十二名……違う?」

男「なぜ知っている…! じゃあ、まさか…」

女「貴方の仲間は…現れてすぐに、全滅しているはずよ」


男「……ふざけるなっ! どうやってその情報を仕入れた…!? 内通者でもいるってのか!」

女「内通者……ではないわ」

男「なんだと…」


…コンコン


《…女所長、報告が》




男「!!」

女「…少し、待って」


《……所長?》


女「机の下に隠れて」ボソッ

男「何…?」

女「いいから、早くっ!」


男(どういうつもりだ…)ササッ…


女「……いいわ、入って」


…ウィーン


所員「失礼します、報告が上がって参りました」

女「どうせ、月軍は全滅でしょう」

所員「いえ…それが、座標媒体の確認数と死体の数が合いません。…というより、座標媒体ごとひとつ減っているのです」


女「まさか、媒体が歩くとでも?」

所員「それが解らないのです。一応、捜索は行なっておりますので発見でき次第射殺されるでしょうが」

女「…物騒な話ね」


所員「この研究所には兵士は僅かしかおりません。所長、暫くは外出されませんよう」

女(余計な事を……)

所員「では、失礼いたします」ペコリ


…ウィーン


女「……行ったわ、出てくれば?」

男「何故、かくまった…」

女「助けを求めようとしたら、すぐに撃っていたでしょう?」

男「まあな」


女「……それと、理由ならもうひとつあるわ」

男「ほう…?」

女「それは月の部隊の出現を知っていた事と関係があるの。向こうの部屋へ行けば、見せてあげる…」スッ


男「待て!誰が動いていいと言った!……そのドアの向こうに兵がいないとは限らん、開けるな」ジャキッ

女「…貴方は女性に対して、銃を向けないと話す事もできないの?」

男「貴様…調子に乗るなよ」

女「知りたくないのね?」

男「まず、言葉で説明してみせろ」


女「…いいわ、お茶でも?」

男「時間を稼ぐな、さっさと話せ。立ったまま、両手は前に見せておけ」

女「貴方が銃を下ろしたら、話しましょう」

男「ふん……言う事をきかない女だ」…スッ

女「誉め言葉と受け取っておくわ」


男「何度も言わせるな、早くしろ」

女「……貴方、地球をどんなところだと思ってる?」

男「話すのはお前だ」

女「自然も資源も豊かな楽園……そう思ってるでしょうね」

男「………」

女「この地球の人口が限界まで増加し、資源が枯渇した……50年前の事ね」

男「誰も歴史の授業を受けたいんじゃないぞ」

女「それを見越して更に前から整備の進められていた、月への移住計画。月の重力操作、環境の矯正、プラントの建設、それらが一応の完成をみたのも、50年前」


男(……やはりただの時間稼ぎか?)


女「人口の三分の一を月へ送り、開拓を進めた。その通り道としたのが、貴方の部隊が狙った巨大な空間転移ゲート…」

男「…貴様らが塞いだ」ギリッ

女「そう……そう思ってるわよね」

男「違うとでも言うのかっ」


女「月への移住が完了次第、地球側は予告も無くゲートを封鎖した。史上最大の口減らし…そう思ってるでしょう?」

男「………」

女「地球は人口が減り、資源は次第に豊かになった。やがて楽園と呼ぶに相応しい環境を取り戻し、月に取り残された人々を尻目に自分達だけが恩恵を享受している──」

男「早く本題に入れ、あと一分しか待たんぞ」


女「──じゃあ、現在の地球の環境が月と変わらないと言ったら?」



男「……!! 何を馬鹿な…」

女「今も深刻な資源不足に苛まれ、むしろ状況は月の方がマシ。一年間に餓死する人の数が五千万人を超えているとしたら…」

男「でたらめを言うなっ」


女「…もう一度、訊くわ。地球をどんなところだと思ってる? 貴方達は、何のためにゲートを奪おうとしたの? 地球軍は何のためにゲートを守っていると思う…?」


男(嘘だ、そんなはずが無い。それが本当なら、俺は)


女「自分達を追い出し隔離した地球の民の手からゲートを取り戻し、楽園の地へ帰還する…それが貴方達の目的であり、希望」


男(死んでいった、仲間は)


女「本当は地球の方が状況は悪い。でも地球の一般の民は皆、信じてるの……月の方が環境は劣悪だって」

男「………」

女「だから我慢するしかない。そして可哀想でも月の民の帰還はさせられない。もっと環境が悪化するから……そう思ってる」


男「……嘘だ」


女「貴方達、月の民はこう思ってる。全て地球が悪い、自分達を追い出した地球の民が憎い。楽園を取り戻したい……って」


男「嘘だっ!」


女「自分達はまだマシなんだと信じた民、悪いのは向こうだと信じた民。地球側の上層部も月側のそれも、実にコントロールしやすい事でしょうね…? 」


男(じゃあ…情報が伝わっていたのは)


女「ゲート奪還の部隊を転送し、毎回に渡って全滅……それでも月の軍は努力している、民の目にはそう映る事でしょう」


男(地球と月の上層部は)


女「繰り返し襲来する月の軍、それでもゲートを守り続ける地球軍……民からは、さぞ頼れる存在だと思われているに違いないわ」

男「共謀して…民を、兵を騙してるっていうのかっ!」

女「それが現実よ……向こうの部屋には私の書庫がある。地球各地の映像を見せてあげるわ。貴方が楽園と信じていた地球の、本当の姿をね──」


つづく

期待。
長編?

さんくす

いや、本文レス100は超えるけど200はいかない位…かな?

好みの予感
期待してるぜ

(幼馴染を縛れとは言ってないのに……)

それでも超期待!!

期待してる

面白い


………


男(それから、俺は映像記録を始め様々な資料を見せられた)

男(たかが一介の兵士に過ぎない俺を騙すために、ここまでのデータを捏造するとは思えない)

男(二時間をかけても全ての資料の一割さえ目を通せてはいないが、それらは確かに俺が真実と思ってきた二十数年間を否定するに足る説得力を持っていた)



男(地球は、楽園などではない)


男(俺が命を捧げる覚悟で入隊した月の軍は、民を欺くための組織に過ぎなかった)

男(無論、その事実を知っているのはごく上位の人間だけなのだろう)


男(全ての民も、ほとんどの兵士も、嘘を信じ込まされて地球の人々を呪っている)

男(そして地球の民もまた、月の真実を知らされないままに欺かれている)


男(空間転移ゲートは両軍および両政府首脳陣の同意の下、意図的に閉ざされたままなのだ──)



女「…まだ、見る?」

男「いや…もういい、充分だ」

女「信じてもらえたみたいね」

男「……信じるしか、ないだろう」ガチャッ


ピー「ぎゃあっ」バサバサッ


男「心配するな、鳥。撃つ気は無い、むしろ…」スッ…

女「……何のつもり?」

男「撃ってくれ、俺を。どうせ捕まって死ぬなら、早く仲間のところへ逝きたい」


女「お断りするわ」


男「…そうか、そうだな。兵士でもない君の手を汚させるわけにはいかないか。なら、武器だけ預けるから…兵を呼んでくれ」

女「そうじゃない、私もどうせ殺すつもりの相手に数時間もかけて真実を教える程、酔狂な事をしたつもりはないの」



男「……どういう事だ?」

女「とりあえず、せっかくだから武器は預かるわ。その方が安心して話せるもの」

男「………」カチャン…


女「ふふっ…けっこう重いのね。じゃあ、代わりにこれを返すわ」チャラッ

男「ああ」

女「素敵な座標媒体ね」

男「…それは、どうも」


女「さあ…じゃあ、何から話すべきかしら」

男「俺に真実を教えた…その理由を、聞かせてくれ」

女「今度は断らないでね、お茶…ハーブティーは嫌い?」

男「……もらおう」



……………
………


…三日後


女「おはよう、相変わらず早くから起きてるのね」

男「軍の宿舎では午前五時起床が習慣だったからな。……もっとも地球のようにおよそ決まった時刻に夜が明けるわけじゃないが」


女「約二週間の昼と夜……か、なんだか不思議な感じがするわ」

男「俺にしてみたら毎日昼と夜を繰り返す地球の環境の方が馴染まないよ」

女「あはは、そうでしょうね。とりあえずまた朝食の残りをくすねてきたから、早目に食べちゃって」

男「…すまない、頂こう」


女「……資料の確認は、あとどのくらい必要?」

男「細かく見ようと思えば、まだ一週間は欲しいな」

女「ちょうどいいかも、こちらの体制もまだすぐには整わないから」



男「…本当に上手くいくのか」

女「解らないわ、誰かが裏切れば……終わりね。少なくとも貴方の存在はギリギリまで明かさないつもり」

男「俺はもう死んでいたはずの人間だ。どうなろうと──」

女「だめよ、貴方は切り札だから。私達の計画の、ずっと探していた最後のピース……ちょっと頼りなさげだけど」


男「失礼だな、これでも同期の中では首席だったんだぞ」

女「あははっ、そういう事にしておくわ」

男(……計画の首謀者だなんて信じられない無邪気さだな)

男(でも本当に計画が成功したら、この馬鹿げた戦争が終わるかもしれない)

男(最初は何を言い出すのかと思ったが──)



……………
………



男『──第二のゲート?』

女『ええ、もうほぼ完成してる。もちろん地球側にしか作れないから、一方通行だけれど』

男『一方通行のゲートなんて、何のために作ったんだ』


女『この研究所に在籍する所員…兵士を除くほとんどの者は、この見せかけの戦争に対して反対の意をもっているはずなの』

男『戦争の真実に気付いてるって事か?』

女『…五十年前に作られた最初のゲート。この狂った戦争の原因となったそれを開発した当時の研究所長は、酷くその事を後悔していたそうよ』

男『……真実を知る人間の一人だった…と』


女『そしてその開発者も所員達も皆、多少の入れ替わりはあっても二代・三代とこの施設に従事してる』

男『秘密を知る人間に世襲を許すとは、無防備な事だな』

女『逆よ、むしろこの研究所は秘密を知る人間を隔離しておくための、牢獄的な性質を持たされているの』



男『……それで?』

女『ゲートの開発者は機を窺いながら、所員達に真実を伝えていった。そしていつか自分の…あるいは子孫の手によってこの戦争を終わらせる事を夢みてた』

男『だから研究所の人間は反戦の意思を持っている…か』


女『でもゲート開発者は二十数年前、息子である二代目の所長に想いを託して亡くなった。そしてその二代目も……三年前に』

男『死んだ……それとも』

女『殺されたわ、反戦の意思を持っている……という理由で。そして彼を殺した実の娘は、その忠義を買われて三代目の所長となった』

男『実の娘だと? 三代目…まさか』

女『そう、私よ。地球政府からの信用を得るために、実の父を殺した冷酷な娘……表面上はね』

男『……実際には?』

女『父は、生きてるわ。秘密裏に遠く離れた孤島に渡り、その地下に第二のゲートを作っているの』


男『話はそう繋がるわけか。……それで、それをどう使って戦争を終わらせる気なんだ?』

女『絵に描いたようにいくかは判らないけど、月へ赴き真実を伝える……貴方に見せた資料を使ってね』



女『いきなり軍部を取りこめるとは思って無いわ。民衆に真実が広がれば、やがて軍の末端の兵士へ……そしていつか革命が起きれば』

男『…なるほど』

女『その時、一度地球を訪れ真実を知った月兵の存在は大きな意味を持つはずよ、そう思わない?』

男『それが俺を殺さない理由…か』


女『全員とはいかないかもしれないけど、所員の多くには計画の実行を伝えて、片道切符の同行者を募るつもり』

男『政府の息がかかった者が、いなければいいがな』

女『そう、だから慎重に…同志だと思っていた人間も、時間をかけて疑っていかなければいけないの』


男『……俺にできる事は?』

女『あははっ、不審者さんにできる事なんて無いわよ。さっきの資料を細かに見て、いざという時に備えてくれたらいいわ』

男『あの膨大な資料を、細かに…かよ』



女『とりあえずあの部屋を使ってくれたらいいわ。鍵もかかるし、こっちの部屋にくればトイレもシャワーもあるから』

男『…まさか地球くんだりまで来て、女性の部屋に転がり込む事になるとはな』

女『変な気を起こしたら……そうね、貴方の言葉を借りればトリガーを引くのは迷わない…からね?』

男『銃を渡すべきじゃなかったかもしれんな』

女『あら、いいようにしてやろうと考えてたの?』

男『冗談だよ……あんたは命の恩人だ。気の迷いはないと誓おう──』


つづく

期待

月側に真実を伝えないで偽りの戦争を続けさせる理由が読み解けない…

本文外補足です


移住前(約50年前)

月首脳「まあ移住したところで月にも資源は無いからいずれ滅ぶんですけどね」

地球首脳「おま、それはこっちも一緒だし」

月首脳「でも今までさんざん、移住したら良くなるから! って不満を逸らしてきたしねえ……故郷まで捨てさせるってのに」

地球首脳「うはwwwクーデター必至wwテラヤバスwwww」

月首脳「そうだ、お前無理矢理ゲート閉鎖してくんね? 月も環境最悪でした、これは地球のための口減らしでしたって言えば、そっちも不満が出ねえだろ?」

地球首脳「俺、超悪者じゃんwwwいいけどww」

月「こっちは地球が悪者、そっちは月に犠牲になってもらってるって事にすれば、馬鹿な民は直接自分らのお上には不満言わないって」


移住後(三十年前くらい)

月首脳「やべえ……最初は良かったけど、民が『地球に攻め込め! ゲートを取り戻せ!』って言い始めた…」

地球首脳「こっちももう限界、口減らししたのに環境が良くならないから、民の不満爆発寸前wwww死ぬwww」

月首脳「こりゃあれだ、見せかけでも戦争して更に不満を逸らすしかないな」

地球首脳「宇宙戦争とかww資源も無いのに無理ゲーwwww」

月首脳「だからさ、ウチが兵士を転移してそっちに送るから、あらかじめ教えとくからダダダーッと殺しちゃえばいいんだよ」

地球首脳「ああ、それなら余裕ww」


現在

月首脳「みんな…すまない! 努力はしているんだ…でもなかなかゲートを奪えない……楽園をこの手に取り戻したいのに…!」

月の民「軍は頑張ってる! 生活は苦しいけど欲しがりません、勝つまでは!」

地球首脳「みんなの不満は解ってる…でも、この物資に乏しい状態じゃ、月の襲撃を躱すので精一杯なんだ……まして月の民を帰って来させるなんて、とても無理…」

地球の民「月には悪いけど、俺達は月に比べたらマシなんだよな? 地球軍様サマだわ……不満言ってる場合じゃねえ!」

月首脳(人は余ってるんだし、どんどん死ね死ねwwww)

地球首脳(下っ端のくせに本当の事を知ってるゲート開発者の奴らが邪魔だな……まあ研究所は辺境だし、そこに隔離しとけばいいやwww)

両首脳(民や末端兵士って、本当バカwwww俺達は感謝されつつ、良い生活と立場を守れたらそれでいいもんねwww)


…という状況のつもり



……………
………



男「…ご馳走様」

女「ごめんなさい、足りないと思うけど」

男「何、これから訓練があるってわけじゃないからな」

女「ふふ…そうね、でも資料を眺めて頭を使うのも疲れるでしょう?」

男「それは違いないな……残念ながら座学では首席とは程遠かったものでね」

女「それは信じるわ」ウンウン

男「そっちこそ否定してくれよ」

女「仕方ないじゃない。もっと頭のいい人だったら、私の突拍子もない話をすんなり信用してくれないでしょ?」



男「……今の俺だって、本当は何か企んでるかもしれんぞ?」

女「それは無いと思うわ。……なんとなくだけどね」クスッ

男「君こそこの施設の所長とは思えんな、俺を簡単に信用するんだから」

女「ピーちゃんが、あまり警戒しないからね? きっと悪い人じゃないわ」


ピー「ぎゃ?」


男「……そういえば、こいつこそ俺の命の恩人なんだよな」

女「そうね、この子がペンダントを拾わなければ、貴方は射殺されていたもの」


ピー「ぎゃあぎゃあ」バサバサ



男「その後、逃走した月兵の情報は?」

女「何も入ってこないわ。……少し不気味なくらい」

男「地球軍にとってはこの上ない不穏の種だろうからな。血眼になっているはずだが」

女「…そうでしょうね」


男「……もしもの話だ」

女「?」

男「この施設に調査が入って、俺を隠しきれなくなったら、俺が君を人質に立て籠もっていた事にしてくれたらと思う」

女「男さん……」



男「俺の存在は切り札かもしれないが、計画の核である君が失われるよりはずっといいはずだ」

女「……解ったわ、もしもの時は…だけどね」

男「ああ、恨みはしないから」


女「でも、そうしたくはない…かな」

男「そう言ってくれるのはありがたいがな」

女「私、この研究所でずっと孤独だったわ。父を殺した事にしてから、部屋には独りきり」

男「おいおい……変な気を起こすなと告げた相手に言う台詞じゃないぞ」



女「所員のみんなは本当のところを薄々知ってはいるけど、さっき貴方が危惧した通り政府の手の者が潜り込んでる事を恐れて、あまり表立って話はしないから……」

男「君からも言い出す事は難しい…か」

女「そうなの、だから…こんな風に何もかもを打ち明けられる人は、ずっといなかった」


男「……なんだか、今なら口説けそうな雰囲気だな」

女「あはは…撃つわよ?」チャキッ

男「冗談だ、すまん」

男(ハンドガン持ってんのかよ……)


………


…その夜


男(……平気なふりを装ってるけど)

男(二十数年も信じてきた事が全て出鱈目で)

男(軍に入隊して数年、訓練を積んできた事も全くの無意味な努力だった)


男(当たり前だが、ショックは大きい)


男(いったい俺は……何のために生きてきたんだ?)

男(月の誇りを取り戻すため……そう信じて積み上げた、あの血の滲む時間は何だったというんだ)



男(馬鹿げた、無意味な見せかけの戦争)

男(努力している様を人民に見せるためだけの訓練)

男(送られてすぐ、死ぬだけの予定だった任務)


男(全て月と地球の上層部が求めた、予定調和……)

男(それが…俺の人生だったっていうのか)


男(…だめだ、資料を見るにも気が入らない。今日はもう…寝るか)

男(あまり汗はかいてないけど、シャワーを借りるべきか……この時間に彼女の部屋へ入るのも気がひけるけど)

男(でも、トイレも行っときたいしな……)


ピー「ぎゃあ」


男「しーっ! …夜這いかけようってんじゃないって、静かにしてろ」



…コンコン


男「……すまん、まだ起きてるか?」


… … …


男(返答無し、寝てるか……仕方ないな)


…ウィーン…プシュ


男(足音、殺して……)ヒタ、ヒタ…

男(ちょうどベッドの傍を通らなきゃいけないんだよな…)

男(変な気を起こすつもりはないが……)ピタッ


女「………」スースー


男(…綺麗な人だ。とてもクーデターを目論むような人物には見えない)

男(……いかん。ここでじっとしていたら、それこそ勘違いされても文句が言えんな)スッ

男(無意味だった…俺の今まで)

男(彼女がそれを、意味あるものにしてくれるだろうか──)



つづく



ちょい追加します


……………
………


…翌日、午後


女「少し休んだら?」

男「ああ、でも…今見てる過去の資料が面白くてな」

女「百年以上前、地球がまだ本当の美しさを残していた頃の資料ね」

男「この頃を、見て見たかったよ」


女「地域にもよるけど、木々が生い茂り動物が支配する大地。あるいは動物が生きられない厳しい環境でも……雄大な自然があった」

男「…今はもう、どこにも無いのか」

女「……残念だけど」

男「そうか」



…コンコン


《──所長、軍の査察団がおいでです》


女「!!」

男「…まずいな」

女「この部屋にいて、決して出てこないで。…何か物陰に、隠れて」

男「女、昨日も言ったが…」

女「解ってる……最後の手段だけど」


…ウィーン……プシュ…


中将「遅い、いつまでドアを眺めるかと思ったぞ」

女(……相変わらずの、吐き気を催す顔だこと)

中将「貴様らはここにいろ」

部下「はっ」



女「…どうされたのです、何も聞いておりませんが」

中将「あぁ? …ここは軍の施設だ、なぜ管理するワシが訪れるのに事前の連絡が必要なんだ?」

女「……どうぞ、お茶を淹れましょう」

中将「ふん、いらんわ。それより…ここにネズミが迷いこんでいないかと思ってな」

女「デリケートな機材が多い施設ですので、衛生面の管理は行っているつもりですが」

中将「とぼけるな、聞いておるだろう?」


女「不明の月兵…ですか」

中将「ゲートから近い施設では、もうここしか残っておらんのだ」

女「……しかし、何も存じません。その後の情報すら入っておりませんので」

中将「今、部下が施設内を調べておる。答えはじきに出よう」



女「よろしければ、所内をご一緒いたしますが」

中将「……この部屋からワシを追い出したいようだな?」

女「…滅相もない」

中将「あの、奥の部屋…入らせてもらおうか」

女(……まずい…お願い、上手く隠れていて…)

中将「早くせんか」

女「……はい」


…プシュ…


中将「随分と散らかっているな」

女「お恥ずかしい事です」


ピー「ぎゃあ」


中将「ふん…何が衛生面の管理はできているだ、この部屋では鳥も飼っておるというのに。ケージから出すんじゃないぞ」

女(……姿は無い…どうか見つかりませんように…)



中将「この星の過去の資料…か」ペラッ…ペラッ…

女「この部屋の資料は細かに纏めてあります。あまり場所を乱されませんよう」


中将「何を企んでいる?」


女「企み…とは、穏やかでない事を」

中将「この資料を纏めて、どうするつもりだ」

女「……少しでも、この星に自然を取り戻す事ができれば…と」

中将「怪しいものだ……ワシは貴様の事を信用しておらん」

女「心外です」


中将「父親を殺したというのも、眉唾ものだな」

女「私は軍に忠誠を誓っているつもりですが」

中将「……なら、態度で示してもらおうか」

女「?」



中将「軍に忠誠を誓うなら、上官の命令は絶対であろう? せっかく奥まった部屋に入ったのだしな」

女「……っ…」

中将「くっくっ……心配するな、何も貴様を犯そうというのではない。さすがに喘ぎ声など出されては敵わん……貴様が奉仕すれば良いのだ」


女「…仰る意味が解りません」

中将「はっ…父親殺しが、まさか穢れたくないなどと言うのではあるまい? 」

女(下衆な人…)


中将「…ほれ、手間をかけるな。服の脱がせ方くらい知っておろう」

女(……嫌だ…だけど…)

中将「聞けんのか? 忠誠を誓う、上官の命令が?」


女「……いいえ」


中将「なら、早くしろ。貴様のその喉の奥に忠義があるか……ワシがその口の中を掻き回して感触を確かめてやると言っている」



女(男…さん……絶対に、出てこないで…)カチャカチャ…ファサッ

中将「さあ、跪いて咥えるんだ……返事はどうした?」


女「…喜ん…で…」


中将「くっ…ふふっ…喜んでいるようには見えんがなぁ? なに…かえってそそるというものだ」ニタァ

女(お願い…見ずに、聞かずにいて……)ギュッ…

中将「ほれ、手を添えろ…そうだ、もっと強く握れ……さあ、口を開け──」


ガチャンッ!


ピー「ぎゃあっ!ぎゃあっ!」バサバサッ


中将「うおっ…!? ケージが開けっ放しではないか…くそっ! このバカ鳥…!」バサッ


部下《中将殿…!? どうされました、何か声が…くっ、奥の部屋か…!?》ダダッ


中将「ちっ…! 興が削がれたわ…」カチャカチャ…


…プシュ…


部下「中将殿!」

中将「ああ、鳥に驚かされただけだ…この部屋には何も無い、行くぞ」

部下「…はっ」


中将「ふん…今日は堪えてやろう。しかし貴様の心は既にワシに服従したのだ、覚えておけ」

女「………」グッ

中将「今度、基地に呼んでやる。身体を磨いて来る事だ……くっくっ」



………



…ウィーン……プシュ…


女「……もう、帰ったわ」

男「手を洗うのは、気が済んだか」

女「ごめんなさい……嫌な思いをさせて」

男「君ほどじゃない。……手が赤くなってるじゃないか、痛いだろうに」

女「…落ちた気がしないの」


男「落ちてるよ」ギュッ


女「!!……誰も手を握ってくれなんて、言ってないわ」

男「どうしても前の汚れ痕が気になるなら、別の汚れで隠せばいいんだ」

女「……また洗わなきゃいけないじゃない」

男「俺の汚れはしつこいぞ? 前の汚れなんか目じゃない」

女「ふふっ……じゃあ、洗っても無駄ね」

男「そうかもな」



女「…あの子のケージを開けておいたのは、貴方ね」

男「賢い鳥だ、あと一秒遅ければ、俺が飛び出してたよ。本当は部屋に踏み込まれた時に撹乱してくれたら……と思っていただけだが」


女「少し、ここにいても…いい?」

男「元々、君の部屋だろ」

女「…そう…ね……」グスッ

男「資料、見てる。落ち着いたら声を掛けてくれ」

女「う…ん……」ポロポロ…



………



女「……ねえ、月から見た地球って、どんな色だった?」

男「この資料にある姿とは少し違うのかもしれんが、青くて綺麗だったよ。…夜空を見上げて羨む対象にはなるくらい」


女「…見てみたいな」

男「見に行くんだろう」

女「観光に行くみたいに言わないでよ」

男「そんなつもりじゃない。……でも、見る価値はあると思うよ」


女「昔は月に大気が無かったから、どこでも見られたんでしょうけどね」

男「それじゃ人間がいられないけどな」



女「…地球が綺麗に見えるスポットとか、知ってる?」

男「ああ、故郷にオススメの丘があるよ」

女「そう…」

男「大した高さの丘じゃないのに、周りの風景が目に入らなくてさ。なんだか地球が近くに見える気がした」


女「そこで恋人と待ち合わせでも?」

男「さあ」

女「言わないんだ?」

男「まあな」

女(……バカだな、私)

男「それに向くような所ではあったけど」

女(連れて行ってくれるかも…なんて──)



ここまで



……………
………


…数日後、朝


女「おはよう、やっぱり早いわね」

男「ああ、おはよう……その顔、何かあったな?」

女「父から、暗号の入電が」

男「いよいよ…って事か」

女「今日の夜12時、輸送機の発進準備が整う予定よ」


男「メンバーは? 揃ってるのか」

女「所員30名の内、最も信頼のおける約半数には伝えてる」

男「それで、何割が同行を?」

女「話は勝手に広まって…結局、全員よ」

男「そりゃすごい、君は孤独なんかじゃ無かったようだな」

女「そうみたい…なんだかこんな時なのに、気が抜けたわ」



男「しかし、施設の警護兵の目をどう掻い潜る?」

女「正直、全員が同行するとなると……ひきつけておく役がいないから、見当もついてないの」

男「だろうな……やはり、止むを得んか」

女「?」

男「女……この行動は綺麗事じゃない、少々の犠牲はつきものだ」

女「犠牲…?」

男「末端の兵に罪は無いかもしれん……だが」

女「まさか、兵を…」


男「この施設、警護兵は何人いる?」

女「10名ちょっと…だけど、所員に戦力は期待できないわ」

男「ああ、そうだろうな……じゃあ、武器は?」

女「軽歩兵装程度のものが数名分なら」

男「充分だな。まあ脱出に際してはたぶん使わないし、その後も一人じゃ持て余すほどだ」



女「一人って…まさか!」

男「見せかけだったとはいえ、少数の兵でゲートを奪還する訓練を受けてる。…心配ない」

女「……でも、本当に人を殺した事なんか無いんでしょ?」

男「月軍の部隊、最終訓練は死刑囚相手の実戦だ……言ったろ、首席だったって」

女「そんな……」

男「なに…最後の一人まで、戦闘が発生している事さえ気付かせないさ──」



……………
………


…夜、11時過ぎ


警備兵A「……冷えるなぁ」

警備兵B「そうか?」

警備兵A「そうか…って、お前…また酒飲んでるじゃねえか」

警備兵B「こんな辺境のこんな夜中に、何があるってんだよ。飲まずにいられっか」

警備兵A「お前、そんなだからこんなところに飛ばされるんだよ」


警備兵B「へっ…じゃあ、お前はなんでここにいるんだよ」

警備兵A「うるせえ」

警備兵B「やれやれ…ちょっとトイレだ、しっかり見張ってろよ? 真面目な落ちこぼれ君よぉ」

警備兵A「てめえ、後ろから撃つぞ」

警備兵B「へへっ…怖えぇこって」フラフラ…



警備兵B(ちっ…なんの娯楽もねえ、こんな施設の警護なんてどうでもいいよ)

警備兵B(ま、所長はベッピンさんだけどな)

警備兵B(綺麗な顔して親殺し…か、わからねえもんだな)


警護兵B「あれぇ……トイレ、照明が点いてねえぞぉ…? むぐっ…!?」

男「そりゃあ失礼したな」ボソッ

警備兵B「む…! う…うぅっ……」グサッ…


ズル…ズリズリ……ドサッ


男(ちょうど良かった、こいつの服ならサイズが合いそうだ)ゴソゴソ…



男「うう…う……」フラフラ

警備兵A「やっと帰ってきたか……って、どうしたんだよ? 飲みすぎて気分悪いってか?」

男「おええぇぇぇ…」ガックリ

警備兵A「うわ、汚ねえな…しっかりしろよ」


男「肩……貸してくれ…」

警備兵A「しょうがねえなあ……俺に吐くんじゃ……ぐっ…!?」グサッ

男(……貴重な体験だろ? この時代にナイフで殺されるなんて)ズズズ…


警備兵C「おーい、交代だぞ…」

男「!!」



警備兵C「どうした、Aのやつ…そんなところで横になって」

男「不謹慎な話だ…こいつ酒を飲んでやがった」


警備兵C「おいおい……普段から飲んでるのはB、お前の方だろ? しかしなんでこっちを向かないんだ?」

男「ああ…すまない。あと二歩で、届くからな」

警備兵C「あ? 何に──」

男「お前にだよ」ビュッ

警備兵C「……っ…!!!」ブシュッ!


男(喉を切ると返り血がな……声を上げられないためには仕方ないけど)

男(このAって奴の服と換えるか……)ゴソゴソ

男(やっぱり、こんな施設の警備兵だ。一人ひとりは通信端末は持ってないみたいだな)

男(だとしたら、女の言ってた詰所だな……あっちか)



男(ここ…だな、中に一人…二人…三人)

男(ちょうどいい、手動のドアじゃねえか。よし…)ゴソゴソ


…コンコン


警備兵D「あ? …誰だ?」

男「…Aだよ、交代で戻った。定時連絡はもうしたのか?」カチャッ

警備兵D「なんだよ、それなら入ってくりゃいいのに」

警備兵E「定時連絡ならさっき済んでるよ、早くポーカーの続きしようぜ? 負けがこんでるんだ」


男「ああ、だよな。定時連絡はやっぱり毎正時だもんな」…ピンッ

警備兵F「なに当たり前の事を言ってんだよ、どうかしたのか?」



男「いや、すまねえ。さっきコレを拾ってさ」ポイッ…バタンッ


…カンッ、コロンコロン…


警備兵D「おいおい、投げて寄越すなよ──」


プシュウウウゥゥゥッ…


警備兵E「え?」

警備兵F「うっ…ぐううっ…あ…ぁ…」ズルッ

警備兵D「……かはっ…」ズズ…

警備兵E「え? ……え…?」ドサッ


男(そんだけ狭い部屋なら、毒ガスもよく効くよな…)

男(予想通り、定時連絡は毎正時…だからこの時間を選んだんだ)

男(これで輸送機が離陸する頃まで、軍が異常に気付く事はなかろう)

男(あと5人くらいか──)



………



女「………」ウロウロ

副所長「女所長、落ち着いて」

女「落ち着いてるわよっ」

副所長「どこがですか」ハァ…

所員「あの月兵が心配なのは解りますが…」

女「ち、違うわよ! もうすぐ輸送機の準備を始める時間だから、間に合うかが心配なだけ──」


…ウィーン……プシュ…


男「…そりゃ酷い、俺は切り札じゃなかったのか」

女「男さんっ!」

副所長「月兵殿…! 成功したのか?」

男「ああ、問題ない」



所員「恐ろしい……本当に一人で全ての兵を抹殺してしまうとは」

男「そういう訓練を積んできたからな。しかし…よく皆、俺を信用してくれたものだ」

副所長「なに…女所長が自室に長らく匿うほどの者だからな」

所員「ええ、信じてついてゆく人が信じる方なら、従わない理由がありません」


男「本当に…どこが孤独だったんだ、君は?」

女「もう、それは忘れてよ」



所員「時刻になります! 外へ…!」

女「副所長、しつこいようだけど…」

副所長「大丈夫、ゲートの設計図や資料は全て抹消してあります」

女「それと、メインゲートは?」

所員「遠隔操作で3重にロックをかけました。一年やそこらで破れるものなら、やってみろです」

副所長「もちろん、勘付かれるようなヘマはしていないな?」

所員「軍本部の人間なんて、ゲートにアクセスした形跡すらありませんでしたよ」

女「これで、地球軍が月に実際に干渉する事はできないわ。情報は遮断しようがないけど」


男「後に第二のゲートが発見される可能性は?」

女「父様は孤島の秘密施設に、時限式の爆破装置を備えているはず。それを起動してから、ゲートをくぐれば…」

副所長「さあ、急ぎましょう! 月兵殿を信じて輸送機は離陸準備を始めているはずです!」

男「…よし、行こう」



……………
………


…二時間後、輸送機内


ピー「ぎゃあ…」ソワソワ

女「初めての乗り物、この子ったら怖いみたい」

男「自分の翼で飛ぶのは慣れているだろうに」

女「だからこそかもね」


男「…飛行は順調みたいだな」

女「ええ、着くのは明け方になるだろうけど」

男「発見される恐れは無いのか?」

女「…もちろん、無くはないわ。ただ、私達も軍の関係者だから通常の識別信号は解ってる」

男「だが、そろそろ定時連絡が無い事に気付いているはずだ。恐らく識別信号も緊急時のパターンになるだろう」

女「そうね…各地の基地から距離をとったルートを飛行しているはずではあるから、そうすぐに追いつかれる事は無いと思うのだけど」

男「……何事も無く、孤島まで着けばいいがな」



男「そもそも、なぜ第二のゲートは研究所から離れた地に作ったんだ?もちろん半端に離れてもだめだろうが、研究所の地下じゃいけなかったのか」

女「軍の査察は不定期に抜き打ちであるわ。兵もいるし、隠し通すのは無理と判断したの」

男「…しかし、わざわざ父親を殺した事にしてまで」

女「悔しいけど、私の知識ではゲートの開発は無理よ。だから当時の所長だった父を研究所という牢獄から解放するには、ああするしかなかった」

男「……相当な覚悟だな」


女「貴方は…?」

男「ん?」

女「過去に生きて戻った者のいないゲート奪還の任務、どうして受けたの?」

男「受けたんじゃないな」

女「?」

男「自ら、志願した」

女「……なおさら不思議よ」



男「十二年前、親父は同じ任務に散った。地球に赴き、勇敢に戦い、そして敗れた……俺はその意志を継ぎたかった」

女「………」

男「でも…実際には、親父は無駄死にだったんだな」


女「そんな事ない」


男「…どうして」

女「貴方はお父さんの意志を継いだ。そして地球に来た貴方は偶然にも死ぬ事無く、真実を知った」

男「ああ」

女「その貴方が月へ帰還すれば、もしかしたらこの戦争は終わるかもしれない。…だからお父さんの死は、今に繋がってる。無駄なんかじゃない」


男「……お見事」

女「何が?」



男「真実を知って、俺は今までの人生を否定された気がしたよ」

女「それは無理もないかもね」

男「だからその時…まさに今、君が言った事を自分に言い聞かせた。親父の死を無為にしないために、俺は月に帰るんだって」

女「……事実よ」

男「事実…か、現実にしなきゃな」

女「うん、するわ…必ず」


男「女、今さらなんだけど……ずっと言ってなかったよ」

女「あら、プロポーズでもするの?」

男「からかうなよ。…ありがとうって言おうと思ってたのに」

女「何に対して?」

男「…色々だよ」



………



男「落ち着かないもんだな」

女「?」

男「いつ追撃を受けるか解らないって状況……俺は攻め込む訓練ばかりで、受身の戦い方はあまり知らない」

女「貴方が地球に現れた時のように、空間転移で飛べたらいいんだけどね」

男「座標媒体の個体記録が有効なのは、データ書き込み後ひと月が限度だから……」

女「もちろん、それ以上経つと身体の組織が変わり過ぎて、照合できないもの」

男「……そうか、君に講釈を垂れる内容じゃなかったな」

女「それが可能なら、父様に皆の媒体を置いてもらってるわよ」



男「媒体無しに直接転移させるゲート…か、君のお祖父さんもとんでもない発明をしたものだ」

女「………」

男「すまん、責めるつもりじゃ無かった」


女「月への移住が無ければ、地球はもっと悲惨な事になってた」

男「ああ、せめて…この下らない戦争の芝居さえ終わればな」

女「そうね、そうしたら……あとは月も地球も、緩やかな滅亡を待つだけ」


男「そうさせる気は無いんだろう」

女「え…?」

男「言ってたじゃないか、過去の豊かな自然を取り戻したいって」



女「あれは、その場凌ぎの…」

男「どうかな? そうだったら、あそこまでの資料を揃えるものか」


女「……それは、夢よ」

男「いいと思うよ、夢で。滅亡を待つだけの世界に、欠片でも夢があれば。…君が作れば」

女「私が…」

男「できる事なら、それを…」

女「?」

男「…いや、何でもない」



……………
………


…地球軍、本部併設基地


中将「あのっ! 糞アマがぁっ!!」バァンッ

大尉「ち、中将殿…! 落ち着いて…」

中将「研究所の警備兵は殆ど一撃の元に刺殺されていたと言うではないかっ! 地球の民にそんな真似ができるかっ!」

大尉「では、まさか…」

中将「やはりあそこに月兵がおったのだ! おのれ…虚仮にしおって!」

大尉「なんと…月兵とはそんなに…」



中将「十数年前、一度だけ……現れた月兵が攻撃を掻い潜り逃げた事があった…それを始末したのがこのワシだ!」

大尉「存じております…」

中将「ふん、何を知っているというのだ。あの悪鬼の如き強さ……味わった者にしか解るまい」

大尉「はっ…」


中将「月軍め……地球との不可侵条約が破棄された場合を想定して、兵の訓練だけは本気で行っておるのだ……こざかしい」

大尉「しかし、月はなぜそのような優れた兵士を捨て駒にする必要が?」

中将「この芝居にリアリティを持たせるため……それ以外のどんな理由があるというのだ」

大尉「それだけのために…」

中将「下っ端ばかり送っていては、月軍内部での示しがつくまいからな……あくまで奴らは本気でゲート奪還を目指しているふりをせねばならんのだ」

大尉「……憐れなものです」



中将「なに、資源の量に対して人口が余っているのは、地球も月も同じという事よ」

大尉「しかし、そのようなエリートが研究所のメンバーに同行しているとなると……」

中将「ふん…どんな優れた兵であろうと、一人で何ができる」

大尉「現在、追撃部隊は100名を準備しております」

中将「それでいい、一人に対して何人を使おうとな! それがワシの戦い方だ!」


地球兵「報告いたします! 追撃艦の発進準備、整いました!」

中将「くっくっ…逃げられると思うな、月兵よ! ワシは貴様らの天敵ぞ…!」



ここまで


おつおつ
盛り上がってきたな



……………
………


…孤島南、約100km海上


副所長「女所長、もう島まで10分ほどです」

女「良かった…何事も無く着けそうね」

男「気を抜かない方がいい、島は辺境もいいところなんだろう?」

副所長「それはそうだが…」

男「通常、そんな位置を飛行する者はいない。おそらく軍はもうこの機に気付いているはずだ」

女「……追ってきている?」

男「追わない理由が無かろう、あとはそれがどのタイミングか…だ。この機には火器は?」

副所長「艦尾に砲門が一基だけだ」

男「頼りないな」

女「機材の輸送機だから…」



所員「副所長っ!」


副所長「どうした、慌てて」

所員「後方から接近する機影を捉えました!速度はこの機の倍以上…小型の戦闘機と思われます!」

男「何機いる?」

所員「レーダーが捉えた機影は五機、三分で遭遇します!」


男「五機…か、多くはないな」

女「どうするの…」

男「堕とすしかあるまい、パイロットに海面スレスレに高度を落とすよう伝えろ」

副所長「低高度など、狙い撃ちにされるのでは」

男「いいから、信じろ……砲門はどこだ? そこから直接、コックピットと通信は可能か?」

所員「はい、こっちです!」


女「男さん…」

男「俺の心配ならするな、駄目ならどうせ全員死ぬ──」



………



男(敵機視認…やはり五機か)

男(まだこちらの攻撃は届くまい……おそらく奴らは──)


所員「強力なレーダー照射を受けています! 誘導弾を射つ気だ!」

男「そうだろうな、分かり切ってる……来るぞ! パイロット、全速のまま不規則に蛇行しろ! 海面に接触するなよ!」


所員「うわ…!」

男(…上からの射撃の誘導弾、そう簡単に当たりはしない)

男(それに高高度と違い、一度でも躱せば海面で爆発するはずだ!)


…ズズンッズンッ…ドォンッ!


男「よし…よく避けた! そのまま低空をキープしておけ!」

所員「敵機、V字編隊で接近します!」

男(…輸送機だと思って舐めてかかってる…散開もしない、今しかチャンスは無い)



所員「射程まで、あと3秒…! 2…1…撃てます!」

男(全機、堕とす…!)ズガガガガガッ!


…ドンッ!…ドッ…ズドンッ!


男「くそっ、 一機逃したか…! 高度をとれ! もう上下の挟み撃ちは無い!」

所員「すごい…輸送機の砲門で、一度に四機も…!」

男「敵機の掃射! くるぞっ!」


ビシビシビシッ!


所員「うわっ! くっそ…右二番エンジン損傷っ!」

男「現在の高度は…!?」

所員「一万二千フィート! 上昇中ですが…出力が!」

男「よし…ストールしない、限界の低速度で降下しろ! 海面にキスする前に操縦桿を引けよ…!」


男(……まだ後方視界に敵機が入らない…もっと下を向くんだ……そう、もう少し…!)


所員「海面、接近!」

男「ギリギリまで粘れ!」



…キラッ


男(……見えた!)

男「操縦桿! 引けっ!」ズガガガガガッ!


所員「……敵機残存! 当たりません!」

男「構わん、奴は全速降下だ。弾を回避することしかできまい…」

所員「え…!?」


…ズドオオォォン


男「…操縦桿を引く間も無かっただろう」

所員「墜落した…! レーダー、オールクリア!」



男「それはどうかな、索敵範囲を広域にしてみろ」

所員「!!……これはっ!」

男「さっきの機体、そうアシの長いものには見えなかったからな」

所員「この反応…! 乙型空中母艦……中将の艦です!」


男(中将……あいつか…)


所員「遭遇まで、五分! 島までギリギリです!」

男「島に滑走路は?」

所員「垂直離着陸用のハッチしかないと聞いています…」

男「まあ、そうだろうな…滑走路みたいな目立つもの、作れないだろ。…この輸送機は海面着水は可能か?」

所員「は、はい…」


男「悠長に島の上空でホバリングなど、許されそうにない。できるだけ施設に近い地点で、水上あるいは砂浜への胴体着陸だ」

所員「はいっ…! 総員、耐衝撃体勢──!」



ageがてら、ちょい追加した


おつ

おつおつー!



おっしゃ、書けた
終わらせます



……………
………


…孤島の砂浜


副所長「全員、降りたか!」

所員「な、なんとか…死ぬかと思った…」

女「情けない事言わないで、早く…地下施設の入り口は開いてるわ!」


ピー「ぎゃあ」

男「地上に降りて、安心したみたいだな。それとも朝だからか」

副所長「夜明け…これが地球の景色の見納めですな」

男「馬鹿を言え、戦争を終わらせるんだろう? 行き来できるようになるはずだ」


所員「ん…影が……?」

女「上…!」

男「大きい…これが母艦か!」


ドドドドドッ!
……ビシッビシビシッ!


所員「うわ…! 撃ってきた!」

副所長「総員、走れ! 施設入り口へ…!」



………



男「地下への階段か、長いな…」

女「長い階段なんて、初めてだわ」

所員「はあ…はあ……もう、足がへとへとだ…」

副所長「急げ! 追ってくるぞ!」


…ズウウウゥゥゥン


女「…何、今の音…?」

男「おそらく最初に入ってすぐ閉めたシャッターが爆破されたな」

副所長「ここまででシャッターは三つ通過した筈、まだすぐには追いつかれんでしょう」

男「ああ、二つ目からは通路内だ……爆破にも気を遣うだろうしな」



女「最下層が見えたわ! 父様…!」

博士「女…! よく来た…よく……!」ギュッ

ピー「ぎゃあっ」パタパタパタッ

男「感動の再会劇は後だ、早く室内へ!」

副所長「もたもたするな! 遅れたら締め出すぞ!」


博士「施設爆破の時限装置をセットする。これでシャッターは完全にロックされ、更に二箇所追加される」

男「何分後にセットするんだ?」

博士「最短…それでも10分だ。事故を防ぐため、それ以下にはセットできない」


男「となりのカバーは……」

博士「即時起爆のスイッチだ。つまり諸共自爆する……誰か犠牲になる勇士がいるなら、使えるがね」

女「冗談を言ってる場合じゃないわ、早くセットを」

博士「もうしてあるとも、あと9分42秒」



副所長「先代、ゲートの状態は?」

博士「あとは目標地点の座標を入力するだけだ」

女「座標のあてはあるの?」

博士「残念ながら、月の地理はほとんど不明だ……唯一、砂漠地帯ならすぐに月軍に見つかるという事は無かろうが」


男「砂漠など、三日で死ぬぞ。……北緯35度40分、東経139度40分にセットしてくれ」

女「そこは?」

男「俺の故郷から、数キロの地点になるだろう」


博士「君の故郷には軍は駐留していないのかね?」

男「辺境なものでね、自警団しか存在しない。みんな顔見知りだ」

副所長「それは心強い、そこしかないな」

博士「よし……すぐセットしよう」



………



中将「くそっ…! なんだこの施設は…!」

大尉「使われなくなったはずの旧施設…全くチェックされておりませんでした」

中将「ふざけるな! 長らく本当の戦争が無いからといって、弛みきっておる証拠だ!」

大尉「はっ…」


中将「しかし、こんなボロ施設に何があるというのだ……」

大尉「研究所の者達が逃走した理由自体が不明です」

中将「奴らの目的…逃げる理由……逃げる? ……どこへだ? 奴らはこの戦争の真実を知っている……」

大尉「中将殿、そのような言葉…兵に聞かれますぞ」


中将「真実を知る……ゲートの開発者…まさか──」

大尉「……?」

中将「この施設…この先にあるのは、ゲートだ…! 奴らは月へ逃れ、クーデターを企んでおるのだ!」



大尉「馬鹿な…秘密裏にゲートを作るなど」

中将「なに、五十年前の本物のゲートのように巨大でなくとも良いのだ、人間が転移できればな…」

大尉「それでは奴らはもう…」

中将「さあ、それはどうかな。もし未然に……いや、ゲートを発見して後から追ったとしても、クーデターを防いだ場合…ワシの功績は大きなものになろう」


大尉「中将殿、奴らが施設を爆破する可能性は…!?」

中将「無論、可能性はある……だが恐れぬ。くっくっ…これはワシが全軍の大将となるチャンスかもしれんぞ…!」

大尉「……っ…」


中将「何をやっておる! とっととシャッターを爆破しろ!」

大尉「しかし…爆薬をセットしてから人員を退避させるためには…」

中将「退避しなければ良いのだ、起爆装置を貸せ!」

大尉「そんな! 中将殿…!」



………



…ズウウウゥゥゥン


男「!!」

女「近い…! もう幾つ目のシャッターに達してるの…!?」

所員「管理画面によると、この部屋から四番目のシャッターが突破された模様です!」

博士「馬鹿な、まだ時限装置の起動までは六分以上ある」

副所長「早く、ゲートをくぐりましょう」

博士「くっ……時限装置は解除可能にできている。ゲートを奪われ、追手が来るぞ」


男「座標をずらしておけば?」

女「誰が残ってその役をやるの? その人は追手に殺されてしまうわ」

男「俺がやる」

女「だめよ、貴方は切り札だと言ったでしょう!」


博士「それに奴らがこのゲートの存在を知った時点で、さほど状況は変わるまい。すぐに月軍の上層部に情報が入り、我々を抹殺しようとするだろう」

副所長「では、どうすれば…」

博士「奴らにこの第二のゲートの存在を確信されてはならんのだ。確信が無い限り月に対して己の失態を晒すような報告はすまい……」



男「やはり施設は爆破せねばならんな。そして、できれば…奴らを諸共に」

女「……誰かが、犠牲になるしかないのね。なら、私が──」

ピー「ぎゃあ! ぎゃあ!」

男「馬鹿を言うな、鳥も怒っているぞ。君には大事な使命があるはずだろう」

女「でも…!」


男「……その鳥は、頭のいい奴だ」

女「!!」


男「ゲート前から飛ばせ、スイッチを押させる……そのくらいの事、できるか?」

女「いや……嫌よ! ピーちゃんは昔からの…」

博士「しかし、その代わりに誰か人間を犠牲にするわけにはいかん」

女「そんな……」

男「すまない、でもそれしかないんだ」



ズシイイィィィン……


博士「急ごう、順番にゲートをくぐるんだ!」

所員「はいっ」

女「………」

男「女、俺も付き合う……最後に行こう」


博士「男君、女を頼む……必ず鳥を放った後、すぐに引きずってでもゲートをくぐってくれ」

男「わかった」

博士「女……娘よ、すまない…先に行くぞ」

副所長「女所長、先に行きます……必ず来て下さい」

女「………」


男「スイッチのカバー、開けておく」

所員「全員くぐりました、あとは私達だけです!」

男「お前も先に行け、女は俺が必ず行かせる」

所員「男さん……お願いします!」



女「………」

男「女…」

女「…解ってる」

男「………」

女「ごめん……気持ちを整理してるの」

ピー「ぎゃ…?」


男「女、これを持っておいてくれ」

女「……ペンダント…?」キラッ

男「そいつがあれば、俺はそこへ飛べる」

女「え…?」


男「スイッチを押してから、一秒未満でも…炸裂の間はあるんじゃないか」

女「何を言っているの…?」

男「身につけた転移装置のバッテリーも残ってる。僅かなズレをもたせて、二つのスイッチを押すだけの話だ」

女「だめよ! 危険過ぎる…!」



男「もし…万が一、時限装置の残り時間を経過しても俺が行かなかったら、俺の故郷の酒場に勤める娘にペンダントを見せろ」

女「万が一の話なんてしないでよ! ピーちゃんを飛ばせるんでしょう…!?」

男「この方が、より確実だろう? 果たして鳥が本当にスイッチを押せるか、保証は無い」


女「貴方、最初からそのつもりで……」

男「ペンダントを見せれば、必ずその娘は力になってくれる。そいつの助力があれば、俺がいなくたってみんな信用してくれる」

女「でもっ…!」


男「そしていつか俺の母親の墓前に、そのペンダントを返してくれ。…君が、その手で」


女「お母…さんの…?」

男「ああ、俺が三歳の頃に死んだ。それの中身、見なかったのか? 写真…入ってたろ?」

女「……!!」



男「酒場にいるのは、俺の妹だ。……だから、見せれば解る」

女「そんな…あの写真……お母さん…」

男「ははっ…恋人だとでも思ったか? それなら、部隊に志願しなかったかもな」

女「…私はっ」


ズウウウゥゥゥン…


男「時間が無い、俺は装備を整えなきゃならん」

女「…だめよ! 貴方も一緒に…」

男「悪い、鳥を離すなよ」ドンッ…

女(ゲートに…突き飛ばされ──!)


男「女……ありがとう」

女「馬鹿っ──」




………



男(さあ…格好つけたからには、みすみすゲートを渡すわけにもいかんな……)チラッ

男(時限装置の起爆まで、あと4分弱……か)

男(…転移装置……)ピッ


【BATTERY/32%】


男(……だよな、月まで飛ぶのは…たぶん無理だろ)

男(理想は、地球軍の奴らが時限装置を解除しようがないタイミングまで粘って、ゲートに飛び込む事だ)

男(残り10秒……いや、5秒くらいまで)


《……爆薬設置、完了!》

《な……やめっ…まだ起爆しないで…! ああっ…!》


ズドオオオォォォンッ!!!




…パラッ…コロン…カラカラ……


地球兵「着きました! 最深部のようです!」

男「ご苦労さん、一歩も入れさせないけどな…!」ドドドドドドドッ


地球兵「うわ……て、敵兵あり! ぐっ…ぅ……」ドサッ

地球兵「ぎゃあああぁぁっ…」バタッ

地球兵「退けっ! 物陰から撃つんだ!」


男(いいぞ……あと3分、互いに潜みながら慎重に…ゆっくりやってくれ──)ササッ…




……………
………


…月、男の故郷付近


博士「女……! よかった、時間がかかったな…」

副所長「……? 女所長、月兵殿は…?」

女「……許さない…こんなのっ……来なきゃ、許さない…!」

ピー「ぎゃあ…」


所員「鳥もいる……じゃあ、まさか」

博士「彼が残ったというのか……なんて事だ…」

女「彼の座標媒体は預けられてる……でも、もしかしたらゲートを使うかもしれないから」

副所長「……少し、待ちましょう。時限装置が起爆するまで、まだ数分あります」



女「………」ギュッ

博士「それが彼の座標媒体か」

女「何が……」

博士「?」


『ははっ…恋人だとでも思ったか──?』


女「ふざけないでよ……」

博士「……女…」


女(…来てよ、早く……早くっ…)

女(起爆スイッチと転移装置……私を送ったらすぐに押せばいいはずでしょ…)

女(どうして……なんで来ないのよっ…)



『身につけた転移装置のバッテリーも残ってる』


女(……まさか、あれも…嘘……)


『いつか俺の母親の墓前に──』


女(なんでそんな……死を覚悟したような事まで言う必要があったの…)


『──そのペンダントを返してくれ。…君が、その手で』


女「自分で返しに来なさいよっ…! 馬鹿ぁっ…!」




……………
………



男「はあ……はあ……」ボタボタ…

男(……ちょうどいい、部屋への出入口に死体が折り重なって、簡単には入れまい)

男(起爆まで……あと三十秒…)

男(これなら今からゲートをくぐっても、奴らに時限装置の解除はできないはず……!)グッ


男(威嚇して……走るっ)ズガガガガガガッ


地球兵「うわっ! くそ……まだ手が出せん、隠れろっ!」


男(そうだ……隠れてろよ…)スクッ

男(よし、死体しか見えん……ゲートまでは10mも無い…いける!)ダッ




男(……女、ちゃんとゲートくぐった先で待ってくれてるかな──)


…ズドンッ!


男(──え…)ブシュッ

男(なんで……死体が撃って…)ガクッ


中将「ガハハッ! まただ! またワシが月兵を仕留めたぞ!」ズルッ

男(死体を…盾に……)ズズズッ…


中将「突撃だ! 奴がいたという事は、施設の爆破はあるまい…!」

男「……くっ…」ドサッ

中将「はっ…ははっ! これで! 軍の最高ポストはワシの──」

男(せめて…貴様は……俺が…)ジャキッ


バンッ!


中将「…も……の………」ブシャッ……ガクッ

大尉「ち…中将殿っ!」

地球兵「だめだ…眉間を撃たれてます…」




男(……女…)


地球兵「大尉! 何か装置が起動しています!」

大尉「何…っ!」


男(夢で…いいんだ……)


地球兵「じ、時限装置……! あと3秒っ…!」


男(この世界に……妹に…夢を──)




……………
………



副所長「……女所長…もう、時限装置の起爆時間は10分以上も過ぎています」

女「………」

副所長「残念ですが……夜とはいえ、見つからないとは限りません」

女「もう…少しだけ」


博士「…女、彼が生きていればその座標媒体のところへ来るはずだ」

女「………」

博士「あの丘へ上がれば、彼の故郷が見えるかもしれん……とりあえず、あそこへ」


女「……丘…」フラッ

所員「女所長?」

女「ここにいて……あの丘には、私だけで行かせて」ザッ…ザッ…



女(……まだ…)ザッ…

女(まだ、見上げない…)


『…地球が綺麗に見えるスポットとか、知ってる?』

『ああ、故郷にオススメの丘があるよ』


女(この丘の頂まで、空を見ない)

女(あと…少し……)ザッ…ザッ…


『そこで恋人と待ち合わせでも?』

『さあ』


女(ここが──)…ザッ


『それに向くような所ではあったけど』


……クルッ

女「……これが、月から見た…地球…」


『この資料にある姿とは少し違うのかもしれんが、青くて──』


女「…綺麗……」ポロッ




女(…男さん)

女(私、必ず…月にも地球にも…少しでもあの自然を再現する、甦らせるから……)

女(……夢でもいい。夢なら…私が作るから)


『できる事なら、それを……いや、何でもない』


女(男さんと一緒に……作るから)

女(だから、ひとつだけ…約束を守らないわ)

女(このペンダント、お母さんのところには返さない。私が持っててもいいでしょ…?)


女(私は、『言う事をきかない女』……)


女「出会った日……貴方が、そう言ったわ……」



【おわり】












──チリッ…ジジジッ




このSSは、王道好き・ハッピーエンド主義の>>1の提供でお送りしました

男が死んでからが本番なのかと思ったら
そんな事はなかった



つまり最後のは「そういうこと」だよな!!!

そういうことなんだよ!


最後のは「そういうこと」だと思っていいんだな

いい終わりだったぜ

乙乙
いい終わり方すぎて涙が止まらないレベル

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