千早「如月千早、交渉人です」 (127)
PSPゲーム「銃声とダイヤモンド」のパロディです
元ネタのゲームのエピソード1を参考・原型にしてます
よろしくお願いします
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1389501888
~961プロダクションビル前~
16:50
男1「――よし、そろそろだな。準備はいいか、二人とも?」
男2「ああ、問題ないぜ」
男3「うん、こっちも大丈夫」
男1「オーケーだ。それじゃ……始めるぞ。ライブとは違う、一世一代の大舞台だ……!」
~警視庁 ゼロ課準備室~
高木「――うぉっほん! 今日から我がゼロ課に新しい仲間がやってきた。では、君から自己紹介してくれるかね」
やよい「うっうー! 高槻やよいです! 皆さんよろしくお願いしまーす!」
千早「……よ、よろしくお願いします」
律子「よろしく。……あのー、社長?」
高木「うん? どうした律子君」
律子「ええと……高槻さんはまだ子供ですよね?」
高木「うむ、そう来ると思っていたよ。実は彼女の祖父からゼロ課の手伝いをさせるよう直々に頼まれてね」
律子「祖父? 社長のお知り合いですか?」
千早「あっ……もしかして高槻って……!」
律子「……え? ウソ? まさか……総監殿の?」
高木「そう、やよい君は警視総監のお孫さんだ」
千早「――なるほど、総監がゼロ課の人員不足を見かねてくれた……しかし出来たばかりのゼロ課への転属を希望する者は誰もおらず……それで高槻さんが、ということですね」
高木「まぁそうだね。なに、心配することはない。彼女には記録係として簡単なサポートをしてもらうだけだからね」
やよい「あの、私、一生懸命皆さんのお手伝いします! 絶対に迷惑かけたりしませんからっ!」
律子「……本人も真剣みたいだし、私は別に構わないわ。千早は?」
千早「うん、手伝ってくれるのはありがたいし」
律子「まっ、子供が一人入ったところでうちのイロモノ化は今に始まったことではないものね……」
千早「ふふ、そうね。――そうだ、こちらも自己紹介しないとね。如月千早、交渉担当よ」
律子「私は秋月律子、プロファイリングを担当してるわ」
高木「そして私が課長の高木だ。ここではなぜか社長なんて呼ばれてるね」
律子「いかにも社長って風貌ですからね」
高木「ところで、やよい君はゼロ課がどういうところなのか知っているかね?」
やよい「ええっと……交渉する人たち……ですよね?」
高木「そのとおり、我がゼロ課は人質事件が発生した際の交渉を専門とするチームだ」
高木「もともと日本の警察には刑事部捜査一課の特殊事件捜査室、通称SIT(シット)という、誘拐や立てこもり事件を担当する部署は存在する。だが昨今のそういった事件の増加にあたってゼロ課が作られた。その発案者が――」
やよい「うっうー! 私のおじいちゃんですねー!」
高木「そう、高槻総監だ。ゼロ課が正式に活動開始した後も総監にはいろいろと目をかけてもらってるよ」
律子「SITを抱えてる一課とは折り合いが悪いけど、総監殿のお墨付きのおかげでうまくやれてるってのはありますよね」
高木「交渉の専門家として如月君を、プロファイリングの専門家として律子君を外部から雇っているという特殊な課だ。目立つのは本意ではないが、仕方ないね」
律子「この中で現職の刑事って社長だけですからねー」
やよい「あ、そうなんですねー!」
高木「うむ。さて、今日のところはもう遅い。やよい君には明日から仕事に参加してもらうとして――」
プルルルル、プルルルル
高木「おっと、電話だ」ガチャ
高木「こちら警視庁ゼロ課……はい。……はい。……そうですか、わかりました。では」ガチャ
千早「何かあったんですか?」
高木「ああ、立てこもり事件が発生した。やよい君、悪いが予定を変更して今日から働いてもらうよ」
やよい「望むところかなーって!」
律子「それで、現場はどこなんです?」
高木「961プロダクションビルだ」
――Chapter_1 END
期待
~961プロダクションビル前~
千早「警察は既に相当な数が集まってる。現場周辺もコーションテープで封鎖中、マスコミは……」
ブロロロロロ……
千早「ヘリが来てる……もう嗅ぎつけたのね」
やよい「千早さん! 事件が起こった時のお話、聞いてきましたー!」
千早「目撃者がいたの?」
やよい「事件が起こった時、現場からなんとか逃げ出せた人が何人か」
千早「具体的には何人?」
やよい「ええっと……3人です!」
千早「目撃者は3人ね。それにしても随分手際がよかったわね」
やよい「お話聞くのは得意ですからー!」
千早「――事件が起こったのは17時5分、男の3人組が入ってきていきなり拳銃を天井に向け2発を発砲。1階の玄関及び受付フロアにいた社員らを人質に立てこもった……人質の数はおそらく5人程度、そういうことね?」
やよい「はい! 気になることありますか?」
千早「目撃者の3人はもちろん1階にいて、騒ぎに乗じてなんとか逃げ出したのね?」
やよい「はい! 正面玄関には犯人たちがいて出られなかったけど、逆側の階段から地下駐車場へ抜けて逃げ出したそうです!」
千早「なるほど、地下駐車場……これだけ大きなビルならあってもおかしくないわね」
やよい「こちらからは見えませんけど、ビルの反対側に駐車場の出入口があるみたいですー」
千早「……ビルは10階建て、か。現場が1階なら、2階より上にいた人たちはどうしたのかしら?」
やよい「警報装置が鳴ったので非常階段から逃げ出せたって言ってました」
千早「よく何の混乱もなかったわね。沢山の人がいたと思うけど」
やよい「今日は961プロの休業日だったから、上の階にいた人全部合わせても10人くらいしかいなかったみたいです」
千早「ふぅん……休業日、ね……。警備の手薄な日を狙ったということかしら……。……ありがとう、わかりやすかったわ高槻さん」
やよい「もう大丈夫ですか? 他に聞いておくことありませんか?」
千早「あっ、大事なことを忘れてたわ。犯人の顔を見た人はいるのかしら?」
やよい「……うぅー……それが……」
千早「どうしたの?」
やよい「犯人の3人は、アイドルグループのジュピターらしいんです……」
千早「ジュピターって……あのジュピター?」
やよい「はい、あのジュピターです」
千早「だとすれば、彼らは自分たちの所属するプロダクションで人質事件を起こしたということになるわね……」
やよい「……どうしてそんなことしたんでしょうか?」
千早「私が知るわけないわね。本人たちに訊かないと」
やよい「それに、銃なんてどこで手に入れたんでしょうか……?」
千早「目撃者の話では、拳銃は一人一丁、全部で3丁だったわよね」
やよい「そうです」
千早「素人がそう簡単に3丁も拳銃を入手できるとは思えないけど……」
やよい「でも、入ってきたと同時に撃ったってことは、その銃は間違いなく本物ってことですよね」
千早「……事前確認はこんなところで充分かしら。――そうだ、高槻さん、拡声器は持ってきてくれた?」
やよい「あ、はい。ここにありますよ。どうぞー」
千早「ありがとう」
千早『ガガッ……ザー……あ、あー……人質を取り、立てこもっている者達に告げます。あなた達は完全に包囲されています。無駄な抵抗はやめて、おとなしく投降しなさい』
千早「……ふぅ、これでよし」
やよい「出てきてくれるでしょうか?」
千早「まず、ありえないわね」
やよい「ええっ? じゃあどうして呼びかけたんですか?」
千早「試合開始の合図みたいなものよ。いちど指揮車に戻りましょう」
~指揮車内~
やよい「すごいですよねー、指揮車って初めて乗りましたー」
高木「交渉に必要なデータを集めるコンピュータを積んである。我々の拠点だな」
千早「社長、所轄に協力要請してマスコミのヘリをどけるよう頼んでもらえませんか?」
高木「ああ、わかった。やっておこう」
千早「指揮権は?」
高木「こちらにあるよ。一課には手出しさせないさ。ただしSITの菊地君には狙撃班として参加してもらっている」
千早「真が? それなら安心です」
律子「千早、ちょっといいかしら?」
千早「なにかわかった?」
律子「961プロの社長と連絡がつかないわ」
千早「……まさか、人質の中に?」
律子「その可能性は高いわね。どうやら今日も出勤していたみたいだし」
高木「犯人の3人の個人情報を提供してもらおうと連絡を入れたところで判明したんだ」
律子「目的の個人情報は問題なく手に入ったわ。今PCのディスプレイに映すわね」カチッ
千早「…………天ヶ瀬冬馬、伊集院北斗、御手洗翔太……3人とも過去に犯罪歴はなし、ですか」
律子「普段も特に素行が悪いというわけでもなかったようね。アイドルだけにそのあたりの指導は徹底されているのかも」
千早「どうしてこんな大それたことをしたのかしら……? きっとそれなりの動機があるはずよ」
律子「統計では、立てこもり犯の動機は一般的に金品、怨恨、クスリ、思想のいずれかだと言われているわ。この4つで99パーセント」
千早「クスリというのは麻薬で錯乱して、ということね」
律子「そうよ。まともな思考が出来なくなってる場合が多いから、かなり危険ね」
千早「思想というのは?」
律子「政治的、あるいは宗教的思想による犯行」
千早「犯罪歴がないことから考えて、クスリの線は薄いと思う。最近もテレビで見たけど、中毒者の目ではなかった」
律子「思想というのも彼らのテレビの中の印象では考えづらいわね。もちろん、テレビの中の彼らが本来の彼らと同じとは限らないけれど」
千早「金品というのも論外。彼らは売れっ子のアイドルだから、お金には困ってないはず」
律子「残るは、怨恨ね……。今のところはこれが一番クサイわね」
千早「今のところは、ね」
やよい「あの、千早さん! 犯人さんたち何も反応してきませんけど、こちらから呼びかけなくて大丈夫でしょうか?」
千早「そうね……もう少しだけ待ちましょう。犯人に充分落ち着かせる時間を与えるのよ。殺傷事件に発展するパターンの70パーセントは、籠城1時間以内に起こっているから……」
千早「犯人たちの立てこもった1階の見取り図はあるかしら?」
律子「もちろん、今表示するわ」カチッ
千早「…………」
律子「なにか気になる事がある?」
千早「立てこもったフロアへの経路は正面玄関と、地下駐車場への階段と、それに隣接した位置にある2階への階段、そしてエレベーターの4つね」
律子「2箇所の階段は既に封鎖されてるわ。階段に繋がる短い通路上にあるシャッターを犯人たちが下ろしたみたい」
千早「そのシャッターって、直接下ろせるようになってるの?」
律子「いいえ。ボタンで操作しないとだめね、この隣にある警備室で」
千早「玄関側から見て奥のほうにある、ここね」
律子「そう。休業日でも警備室には常に警備員二人が詰めているらしいから、この二人も人質の中に入ってると見て間違いないでしょうね」
千早「操作方法がわからなくても、警備員に命令して操作させたと考えれば問題ないわね」
律子「エレベーターも警備室からの操作で電源が落とされてるから、使える侵入経路は正面玄関だけよ」
千早「……玄関フロアだけでなく、警備室まで押さえられているとなると厄介ね」
やよい「どうして厄介なんですか?」
千早「警備室っていうのは大抵の場合、監視カメラの映像をモニターで確認できるようになってるものよ。つまり、こちらが犯人に気取られないように動くことがかなり難しいってこと」
律子「突入部隊には勝手な動きをしないように徹底しておいたほうがいいわね」
高木「私から菊地君に伝えておこう。彼女がSITの班長だからね」
~961プロダクションビルの正面、宝井ビル屋上~
真「湿度71、気温15、北北西2メートルの風。照準点、着弾点の差は下に約15センチ、メモリは6アップ3。合わせ終わり、っと……ふぅ、もう日が暮れるな……嫌なんだよなぁ、暗視ゴーグル。固くて痛いし、なんか臭いし」
ザー……ピピッ
真「あ、はい。高木さんですか?」
高木『どうだ菊地くん。そこから狙えそうか?』
真「ガラス戸の玄関の近くにいる一人だけはなんとか。顔は見えませんが小柄ですね、身長は160程度」
高木『御手洗だな』
真「でも残り二人は奥にいますね。目視できません」
高木『突入部隊はどうなってる?」
真「既にビルの左右に5人ずつ配置してますよ!」
高木『さすがだな』
真「へへっ、これくらいどってことありませんって!」
高木『警備室が犯人に占拠されている。刺激しないためにも監視カメラがある地下駐車場には突入部隊を近寄らせないようにしてくれ』
真「了解です。でもそうなると、現状での突入は無謀ですね。まず確実に人質に死傷者が出ます。ここからでは人質の位置もわかりませんし」
高木『犯人が3人では制圧に時間がかかる、撃ち合いになれば最悪の結果を招きかねん』
真「それはなんとしてでも避けたいですね……」
高木『うむ。わかってると思うが、突入は最後の手段だ。指示はこちらで出す。それまでは観察に徹してくれたまえ』
真「了解! ……ところで、交渉人は千早なんですよね?」
高木『ああ、そうだよ』
真「わかりました。こちらは安心して任せてくれと伝えてください」
高木『ああ。でも彼女は充分君の腕と人柄を充分信頼してるよ』
~指揮車内~
千早「そろそろね。受付の電話にかけるわ。高槻さん、準備を」
やよい「もうできてますよ! この受話器を上げると音声が録音されるようになってまーす!」
千早「そ、そう。ありがとう。じゃあ、始めるわね」
ガチャッ、ピッピッピッピ……
プルルルル、プルルルル、プルルルル、ガチャ
千早「……」
やよい「あ、あれ? 切っちゃっていいんですか?」
千早「いいのよ。相手に、電話に出るかどうか考える時間を与える。鳴りっぱなしは神経を逆なでするわ」
千早「……さて、心の準備は出来たかしら。もう一度かけるわ」
ガチャ、ピッピッピッピ……
プルルルル、プルルガチャ
男『誰だ』
千早「如月千早、交渉人です」
男『交渉人……? 警察の人間か?』
千早「そうよ」
男『何の用だ?』
千早「あなたは誰?」
男『何の用だ、って聞いてんだ』
千早「……こちらも名乗ったのだからそちらも名乗って、じゃないと話しにくいでしょ?」
男『……天ヶ瀬冬馬だ』
千早「そう、あなたが天ヶ崎さんね」
冬馬『ちげぇよ! 俺の名前は天ヶ崎じゃなくて、天ヶ瀬だ!』
千早「あら、それはごめんなさい」
冬馬『てめぇ、おちょくってんのか!? わかってるんだろうな? 俺らは銃を持ってるし、それに――」
千早「それに人質が5人もいる?」
冬馬『違う! 人質は4人だ、4人! 別に1人や2人、殺したっていいんだぜ? 言っておくが、脅しなんかじゃねえぞ』
千早「わかったわ。とにかく、人質には危害を加えないで」
冬馬『そっちがふざけたことしなきゃ、な。こっちだって手荒な真似はしたくない』
千早「勝手なことはしないと約束するわ。ところで、あなたがリーダーなの?」
冬馬『……まぁ、そんなところだな』
千早「それじゃあ、なにか要求があるかしら?」
冬馬『……要求?』
千早「そう。なにか欲しい物とか、ない? 人質を解放してくれるなら、その引き換えにあなた達の要求に応えてもいいわ」
冬馬『ふん……なるほどな。そうやって俺らを騙して出し抜こうってんだな?』
千早「そんなつもりはないわ。私はただ人質を救出したいだけ」
冬馬『ハッ、どうだかな……いいか、俺は卑怯な真似をする奴が一番許せねぇんだ。余計なことしたら即座に人質を殺すぞ。それだけは覚えておけよ』
千早「覚えておくわ。それで、要求はある?」
冬馬『…………少し待て』
千早「仲間とも相談するといいわ。よく考えてね。15分後にまたかけ直すから。それじゃ」
ガチャ
千早「……さて、どう出てくるかしら」
やよい「天ヶ瀬さん怒ってませんでしたか? 名前間違えちゃったし……人質さん、大丈夫でしょうか……うぅー……」
千早「大丈夫、彼は落ち着いていた。話し方からしても錯乱しているとは思えないわ。少なくとも彼は、今すぐ人質にどうこうしようとは思ってないはず。それに、名前を間違えたのはわざとよ」
やよい「え?」
千早「名前を間違えた時の反応だけでも、相手がどんな性格なのか結構分かるものよ。天ヶ瀬は即座に間違いを訂正してきた。プライドの高さの表れ、もっと言うなら、子供っぽい」
やよい「へぇ~……」
千早「それに人質の数は4人でまず間違いない。犯人の言質をとったわ」
~961プロダクションビル1階~
冬馬「おい、翔太。玄関の近くに寄るな。撃たれるぞ」
翔太「うわっと、そうだった。危ない危ない……」
北斗「冬馬、今の電話は?」
冬馬「交渉人ってやつだ。俺達の要求を聞くってよ」
北斗「好都合じゃないか。俺達の計画には必要だろ」
冬馬「……まだ、信用出来ない」
翔太「疑り深いんだから冬馬くんは~」
冬馬「警察の人間だぞ、疑ってかかるくらいでちょうどいいんだよ」
北斗「ともかく、何を要求するかはっきり決めておこう」
翔太「――とりあえずは、それで決まりかな?」
北斗「その交渉人とやらとの話、お前に任せて大丈夫か?」
冬馬「ああ、任せろ。ヘマはしねぇよ」
北斗「それじゃあ俺はさっきと同じように警備室で監視カメラの映像をチェック、翔太は人質の見張りだな」
翔太「おっけー!」
冬馬「…………」
北斗「どうした、冬馬?」
冬馬「ん……いや、なんでもねぇ。よし、絶対、成功させるぞ……!」
~指揮車内~
千早「律子、おそらく次も天ヶ瀬が電話に出てくるわ。プロファイリングをお願いしたいのだけれど」
律子「ようやく私の出番ね。オッケー、任せてちょうだい」
千早「頼むわ」
律子「それじゃあ、彼について気になったこととか、聞かせてくれるかしら? ちょっとした相手の発言から交渉の糸筋が見えてくるかもしれないわ」
千早「……まず名前を間違えた時の反応から察するに、彼はプライドの高い人間だと思う」
律子「挑発に乗りやすい性格だというのはたしかね。怒らせすぎるのはまずいけど、加減を間違わなければ交渉をスムーズに運べるかも」
千早「なるほど」
律子「他にはない?」
千早「『卑怯な真似をする奴は許せない』……そう言ってたわ。声からもはっきりと嫌悪しているのがわかるほどだった」
律子「見え透いた嘘は厳禁ね。フェアな交渉を心がけた方がいいわ。それに、その信条は当然相手自身にも言えるはず」
千早「相手自身にも?」
律子「もしも自分が卑怯だなんて言われたら相当屈辱に感じるはず、ってこと。そこをどう活用するかは、あなた次第ね」
千早「……わかったわ。ありがとう、律子」
律子「役に立てたならいいんだけど」
千早「もちろん」
~961プロダクションビル前~
やよい「どうして外に出たんですか?」
千早「お互い、話し相手の姿が見えたほうが安心するでしょ?」
やよい「あ、わかります!」
千早「さっきは小手調べといったところだったけど、次は重要な交渉になるわ。ミスは許されない」
やよい「大丈夫です! 千早さんなら、きっとできますよ!」
千早「……ありがとう。――それでは、交渉を始めます」
ピッピッピッピ……
プルルルル、プルルルル、プル、ガチャ
冬馬『交渉人の如月千早、だな? 待ってたぜ』
千早「要求を聞かせてくれるかしら?」
交渉開始
『人質の解放を約束させろ!』
冬馬『ああ、こっちからの要求は全部で3つだ』
千早「聞かせてくれる?」
冬馬『まずひとつ、身代金として3億円用意しろ。全部古い紙幣でな』
千早「…………」
冬馬『二つ目、逃走用のヘリを用意しろ。このビルの屋上にヘリポートがある。そこに降ろせ』
千早「…………」
冬馬『…………』
千早「どうしたの? 三つ目は?」
冬馬『三つ目は、おまえらが一つ目と二つ目の要求に応えてから伝える』
千早「わかったわ。確認させてもらうけど、要求の一つ目は身代金3億円、二つ目は逃走用のヘリ、それでいいのね?」
冬馬『ああ、どちらも1時間で用意しろ』
千早「それは無理ね」
冬馬『なんだと!?」
千早「勘違いしないで。こちらにだって出来ることと出来ないことがあるわ。この時間からたった1時間で、そんなもの用意できるはずがない」
冬馬『くそっ……! だったら、どのくらい待てば用意できるんだよ!?」
千早「3億なら4時間は必要ね。ヘリは……早くて5時間」
冬馬『ふざけんなっ!!」
千早「怒鳴らないで。耳が痛いわ」
冬馬『ちっ……どうにかならねぇのか!?』
千早「どれだけ急いでも今言った時間より短くはならないでしょうね。ただ、1億円だけだったら2時間で用意できるわ」
冬馬『ダメだ! 1億だけじゃ話にならねぇな』
千早「それならやはり4時間待ってもらうしかないわね」
冬馬『……舐めてんのか? 人質の命がかかってるんだぞ!?』
千早「舐めてるのはそっちでしょう? こちらは要求を断ってるわけじゃない、ただ時間がかかると言っているだけなのよ。どれだけ急いでも無理なものは無理なの。そんなこともわからないのかしら?」
冬馬『なっ……てめぇ!! 馬鹿にするんじゃねぇぞ!!』
千早「……言い過ぎたわ、ごめんなさい。でも、あなただって理性的に話ができるなら、少しは歩み寄ってくれてもいいでしょう?」
冬馬『…………ちっ、わかったよ。時間はかけたくない…………1億で我慢してやる」
千早「ありがとう」
冬馬『ただし、2時間を少しでも越えたら人質を1人殺す、いいな?』
千早「約束は守るわ。その代わり条件がある。お金を受け取ったら人質を一人解放して」
冬馬『条件だと? ハッ、こっちは譲歩してやってんだぜ? そっちは条件を出せる立場にはねえんだよ』
千早「いいでしょう? そっちには4人も人質がいるんだから」
冬馬『ダメだダメだ! 人質は渡せねぇ!!』
千早「それならこちらも1億円は渡せないわね」
冬馬『……いいのか? 人質を殺すぞ』
千早「……もういいわ、話にならない」
冬馬『なっ……!? おい、わかってんのか!? これは脅しじゃねえ、本当に殺すぞ!?』
千早「こちらはきちんと差し出す、だから次はそちらにも代価を払ってもらわなければお話にならないわ。交渉というのはそういうルールのもとに成り立っているのよ。……こんなんじゃやってられないわよ! 残念だけど、交渉決裂ね。電話、切るわよ」
冬馬『ちょっ……待て待て待て! そんなに怒ることないだろ!?』
千早「2時間で1億、それがこちらの精一杯。その代わりに人質を解放して欲しいという頼みのどこが不当だというのかしら? それでこちらが要求を呑まなかったら人質を殺すですって? 悪辣極まりないわね。まさかあなたがそんな卑怯者だとは思わなかったわ!」
冬馬『ひ、卑怯者……? 俺が卑怯者だと?』
千早「違うとでも?」
冬馬『っざけんな!!! ……くそっ!! わかったよ! 金を受け取ったら人質を1人、解放してやる! ただし、解放する人質はこっちで選ばせてもらうぞ」
千早「ありがとう、それでいいわ」
冬馬『……ヘリの用意ができるまでは、5時間だったか?』
千早「早くて、5時間ね。場合によっては6時間以上かかるかも」
冬馬『ちっ……どうしても、それより早くはならないのか?』
千早「無理ね。でも……人質を2人解放してくれるなら、3時間あれば手配できるわ」
冬馬『無茶言うな! 二人は欲張りすぎだろ!?』
千早「待って。ちゃんとした理由があるのよ」
冬馬『理由だと? ……聞かせてみろ』
千早「あなたたち3人の中に、ヘリを操縦できる人間はいるのかしら?」
冬馬『はぁ? んなもん、いるわけねぇだろ?』
千早「そうよね。だったら、パイロットは必須だわ」
冬馬『ああ? ……なんだ、何が言いたいんだよ!? 周りくどい言い方をするんじゃねえ!!』
千早「こちらで用意できるヘリは、5人乗りのものだけなの。パイロットを除けば、4人しか乗れない」
冬馬『……つまり、俺ら3人が乗ったら、人質は1人だけしか連れていけないってことか』
千早「そう。身代金と引き換えに1人、ヘリと引き換えに2人、これで残りの人質はちょうど1人でしょう?」
冬馬『…………』
千早「ヘリを二機手配するなら5時間以上かかる、でも一機だけなら3時間で手配できる……どうする?」
冬馬『……頼みがある』
千早「……なにかしら?」
冬馬『三つ目の要求がまだ残ってる。それに応えてくれるなら、残り1人の人質も解放する。だが、それは俺らが安全な場所まで逃げてからだ。もちろん、その時にはヘリのパイロットも一緒に解放しよう。それを約束してくれるなら、ヘリと引き換えに2人、人質を解放してもいい』
千早「わかったわ。約束する」
冬馬『……そんなに簡単に言っていいのかよ? 俺達の方が約束を守るとは限らないんだぜ?』
千早「それをいちいち考えていたら交渉なんて出来ないもの。大丈夫、どうやらあなたは真っ直ぐな人らしい。信用できる」
冬馬『……わかった。身代金は2時間後、ヘリは3時間後だ。遅れるんじゃねぇぞ!』
千早「間に合うよう努力するわ」
冬馬『そうだ、こっちからかけるときはどうすればいい?』
千早「そっちの外線はすべてこの携帯にかかるように設定してあるわ」
冬馬『なるほどな。じゃあまた何かあったら連絡する』
千早「ええ、それじゃ」
ガチャ、ツーツー……ピッ
交渉結果
成果:冬馬に人質の解放を約束させた
内容:身代金1億と引き換えに一人、逃走用ヘリと引き換えに二人の人質を解放することを冬馬は約束した
~指揮車内~
高木「――なるほど。身代金とヘリについては至急手配するよう連絡を入れておこう」
千早「お願いします」
高木「気になるのは三つ目の要求だな。一体何を考えているのか……。なにか心当たりはないかね?」
千早「私にもまだわかりません。ですが……二つの要求の内、ヘリは逃走用として、彼らの目的が身代金にあるとは思えなかった」
高木「その三つ目の要求こそが、本命だと言うんだね?」
千早「そうです。今回の犯行の動機に関わるものではないか、と思います。そこで、律子に頼みたいんだけど……」
律子「ん、私に? なにかしら?」
千早「961プロ、もしくはその周辺で最近変わった出来事がなかったか調べて欲しいの」
律子「わかった。すぐに取り掛かるわ」
千早「ありがとう」
~とある街頭TV前~
TV「現場周辺は騒然としており――」
???「あー……まずい、まずいよなぁ」
TV「複数の情報筋から、立てこもった犯人は961プロ所属の現役アイドルであるとの報告もあり――」
ガヤガヤ「犯人がジュピターだって話、本当かな?」
「まさか、似てるってだけじゃないの?」ガヤガヤ
???「畜生……! あいつらまさかこんなことしでかすなんて……」
「え?」
???「ああ、いやいや! なんでもない、なんでもない! 気にしないで!」
TV「警察からの退去命令が出されているのでこれ以上は近づけません。現場でまた何か動きがあったらお伝えします――」
???「あっ……いや、待てよ……? おおそうだ、いいことを思いついた!! ああっ、いやいや、だから気にしないで、ただの独り言! ……へへ、危険だがやってみる価値はあるぜ、こいつは……」
――Chapter_2 END
~961プロダクションビル1階~
翔太「それで、身代金が届いたら誰を解放するの?」
冬馬「ああ、もう決めてる。あいつだ」
翔太「なるほどね。ま、4人中で唯一の女の子だし、冬馬くんならそうすると思ってたけど」
冬馬「おい、金が届いたらお前を解放してやる。……聞いてんのか、星井?」
美希「…………美希はいいよ」
冬馬「は? 何言ってんだ?」
美希「だから、美希はこのままでいいって言ってるの。他の人を解放してあげて」
冬馬「ふぅん……お前にしては殊勝な態度だな」
美希「別に……美希はこのまま死んだっていいし」
冬馬「……なぁ、星井。お前どうして今日、ここに来てたんだ? ひと月前にここを辞めたお前がここに来る理由なんて……」
美希「……冬馬くんには関係ないの」
冬馬「ふん、そうかよ。まぁいいぜ。お前がそう言うなら、別の奴を解放する」
~指揮車内~
律子「千早、961プロのこと調べてみたけど、色々興味深いことがわかったわよ」
千早「どんな?」
律子「961プロダクションは皆川組のフロント企業なの」
千早「皆川組って言うと、暴力団の?」
律子「ええ、関東一帯を支配下に置くかなり勢力の大きい組よ。フロント企業というのは表向きカタギだけど、経営者が暴力団と繋がっているという企業のことね」
千早「つまり、黒井社長は……」
律子「皆川組の元幹部。961プロ設立時に破門されてるわね」
千早「なるほど、偽装破門ね。破門されて組織と無関係なら暴対法は適用できない」
律子「それとね、一ヶ月前に少し妙な事件が起こってるわ。961プロについて直近で起こった変わった出来事といえばそれくらいね」
千早「妙な事件?」
律子「犯人のジュピター担当のプロデューサーが自殺してるのよ。その後、ジュピターとは別にそのプロデューサーが担当してるアイドルが活動休止宣言、事務所を辞めてるわ」
千早「そういえばちょっとした騒ぎになってましたね、覚えてます。たしか、その活動休止したアイドルの名前は……」
律子「星井美希」
やよい「あー! それ私も覚えてます! 美希さん、すっごい人気だったからびっくりしました!」
千早「高槻さんも知ってるのね」
やよい「私、美希さんの出てる番組いっつも見てましたから!」
千早「……星井美希の活動休止はプロデューサーの死が関係しているとみてよさそうね」
高木「如月君、ちょっといいかね」
千早「はい、どうしました社長?」
高木「身代金だがね、予定より早めに届きそうだよ。総監殿が口を利いてくれたらしい」
やよい「おじいちゃんがですか?」
高木「ああ、君のおじいさんには世話になりっぱなしだね」
~961プロダクションビル前~
プルルルル、プルルルル、プル、ガチャ
冬馬『如月か?』
千早「そうよ。予定より早めに1億円が準備出来たわ。どうやって渡せばいい?」
冬馬『そうだな……ちょっと待て』
千早「…………」
冬馬『……よし、お前が持ってこい。一人でな」
千早「わかった。でも私一人では重くて無理だから、アタッシェケースに入れて台車に乗せて運ばせてもらってもいいかしら」
冬馬『いいだろう、好きにしろ』
千早「ありがとう。それじゃすぐに用意するわ」
ピッ……
高木「台車で運ぶか。盗聴器はどうする?」
千早「付けます。下の裏側のところにでも貼り付けておけば大丈夫だと思います」
高木「ああ、それと他の人質の無事を確認するのも忘れずに頼むよ」
千早「もちろんです」
高木「しかしなかなか順調じゃないか。もちろん油断は禁物だが、相手は君のことを信用してくれているように思えたよ。じゃないと身代金の受け渡しに君を指名したりはしないだろう」
千早「そうですね。でも……」
高木「でも?」
千早「なにか……嫌な予感がします」
~961プロダクションビル1階 警備室~
北斗「――わかった。身代金の受け取りはお前と翔太に任せる。俺はここで外の警察が変な動きを見せないか見張っておくよ」
冬馬「頼む。……悪ぃな。こんなことに付きあわせちまって」
北斗「何を今更、だな。もう後戻りはできないし、俺も翔太もそのへんはちゃんと理解した上で付き合ってるよ」
冬馬「……そうか、そうだよな」
北斗「お前らしくないな。いつも通り自信出して行こうぜ、な? 俺たちジュピターの最後の煌き、世のエンジェルちゃんたちにしっかり見せてやろうじゃないか」
冬馬「……ヘッ、よく言えるぜそんなセリフ。でもまぁ、そのとおりだな。よーし、目的達成したら華麗に脱出だ!」
北斗「いいねぇ、その意気だ」
冬馬「おう! 俺らなら楽勝!だぜ!」
~961プロダクションビル1階~
ガラガラガラ……
冬馬「武器は持ってないだろうな?」
千早「もちろん。丸腰よ。そっちは、御手洗さんね?」
翔太「初めましてー」
千早「初めまして。伊集院さんの姿が見えないけど、警備室かしら?」
冬馬「余計な詮索はするな。よし、そこでいい。台車を止めてケースを開け」
千早「…………」ガチャ
冬馬「……いいだろう、下がれ」
千早「数えなくていいの?」
冬馬「いい。信用してやる」
千早「その人が解放してくれる人質ね?」
警備員「た、助けてください!」
冬馬「黙ってろ!」
千早「他の人質に怪我はないかしら?」
冬馬「当たり前だ。そこからでも見えるだろ。気になるなら一人ずつ聞いてみるか?」
千早「いや、いいわ。それを聞いて安心した。……あの金髪の子は?」
冬馬「……ああ、星井美希だよ。あんたも一度くらいテレビで見たことあんだろ。んなことより、さっさと話を進めようぜ」
千早「……わかった。約束よ、人質を解放してちょうだい」
冬馬「……ああ、いいぜ。ほら、さっさと行きな」トンッ
警備員「あ、ありがとうございます……!」
千早「先に外へ出ていてください、警察が保護してくれます」
警備員「わかりました……」
冬馬「約束は守ったぞ。見なおしたかよ?」
千早「ううん、最初から守ってくれると信じてたから」
冬馬「よく言うぜ」
千早「信頼関係は交渉のベースよ」
冬馬「で? まだ何か用かよ?」
千早「あなたと直接話をしてみたいと思ってね」
~961プロダクションビル裏 地下駐車場入り口前~
パンパンパンパン!!
「キャー!!」
「なんだ!? 銃声か!?」
「向こうのほうで発砲音がしたぞ!!」
???「……バカどもが、ただの爆竹だよ。ともかくこれで人払いはできたな。さぁて、今のうちに入らせていただきますよっと」
~961プロダクションビル1階~
ガシャッ、ガラガラガラ……
千早「! シャッターが……」
冬馬「なんだ? おい北斗! なんでシャッター開いて……」
北斗「冬馬、翔太! マズイことになった! 地下に渋澤の野郎が入り込んでる! 『アレ』を持ち出す気だ!!」
冬馬「なんだと!?」
北斗「冬馬、お前はここで人質見張ってろ! 翔太は俺と一緒にあのコソ泥を捕まえるぞ!」
翔太「わかった!」
千早「待って!」
冬馬「如月、お前は出て行け!」
千早「どういうことかちゃんと――」
冬馬「いいから出て行け!! 撃つぞ!!」
千早「……わかったわ」
~961プロダクションビル 地下駐車場~
渋澤「へへ……これだけありゃ充分か。そろそろ退散しねえとな」
北斗「渋澤ぁ!! そこを動くな!!」
渋澤「!! やべっ、見つかったか!?」
翔太「あっ、逃げるよ!!」
北斗「くそっ……こんなモン使いたくなかったが……」チャキ
パァン!!
~指揮車内~
――10分後
高木「……ああ、わかった。それじゃあ」ピッ
千早「……社長」
高木「伊集院と御手洗、そして渋澤という男を地下駐車場で確保したそうだ。銃声をきっかけに待機していた突入部隊が動いた」
千早「怪我人は?」
高木「警察、3人共にみな無傷だ。発砲が一度あったようだが弾は外れた」
千早「……そうですか。それならよかった」
律子「あっ」
高木「どうした、律子君?」
律子「台車に仕掛けた盗聴器から会話が聞こえます!」
冬馬『どういうつもりだ……! 答えろっ! お前の指示だろ!?』
『違うな。私がいつあいつに連絡出来たというのだ』
冬馬『じゃあ、あいつが、渋澤が勝手にやったことだって言うのかよ!?』
『そうだろうな』
律子「相手は誰かしら。人質の誰か?」
千早「しっ」
冬馬『くそッ!! どうしてこんなことに……!』
『それにしても、まずい状況になったな。もうお前には味方がいなくなってしまったぞ』
冬馬『…………』
『階段のシャッター、閉じなくていいのか? ああ、警備室にはもう行けないんだったな。人質の見張りが必要だものなァ』
冬馬『うるさい、黙れよ』
『よく考えてみろ。お前は一人になった。挟み撃ちになって突入されたら、とても手に負えんぞ?』
冬馬『突入……?』
『なんだ、そんなことも頭になかったのか? 哀れなやつだ。そうだ、警察の突入部隊が今に雪崩れ込んでくるぞ』
千早「……まずいわね」
『せっかくだから忠告しておいてやろう。下手な抵抗はやめたほうがいいぞ。死にたくなければな』
冬馬『死ぬって……嘘だろ? 日本の警察がそう簡単に撃つかよ』
『何を言っている。人質の身の安全のためという建前があるのだ、奴らは容赦なく撃つぞ』
冬馬『!…………』
『まったく、馬鹿なことをしたものだな』
冬馬『……お前の……お前のせいだろうが!!! 黒井!!!』
黒井『責任転嫁か? 勝手な奴だ』
冬馬『黙れ! ぶっ殺されたくなければもう口を開くな!!』
黒井『ふん、わかったよ……』
やよい「あうぅ……天ヶ瀬さん、今にも爆発しちゃいそうです……!」
千早「……まずい状況になったわ。天ヶ瀬は相当追い詰められてる」
律子「そうね。追い詰められた人間は何をするかわからない」
やよい「何をするかわからないって……それって……」
律子「彼はこの大それた犯罪の中で、今までは一応の冷静さを保てていた。それはきっと、伊集院と御手洗という仲間がいたから。でも今はそうじゃない」
やよい「一人ぼっちになっちゃったんですね……」
律子「しかも黒井に揺さぶられたせいで、完全にパニックを起こしてる。かなり危険な状態よ。……どうする?」
千早「……決まってる。彼ともう一度、話をする」
律子「危険な賭けよ?」
千早「わかってる。律子、もう一度彼のプロファイリングをお願いするわ」
律子「……ま、そう来ると思ったわ。オーケー、任せてちょうだい!」
千早「まず、黒井が話していた突入に関してだけど……」
律子「天ヶ瀬は相当動揺していたわね。突入を匂わせるような発言は避けたほうがいいわ」
千早「それと黒井自身について。『お前のせい』……たしかにそう言っていたわよね?」
律子「ええ。もしかしたら、彼が今回起こした犯行のきっかけに黒井が関わっているのかもしれない」
千早「……犯行のきっかけ、か」
律子「そうね……交渉の方針としては、まずは彼を落ち着かせる、それが一番重要ね。そして話を聞き出しましょう。彼が一体何を思ってこんな事件を起こしたか。それを探るのよ」
千早「わかった。参考にさせてもらうわ」
高木「如月君、ちょっといいかね?」
千早「はい、なんでしょう?」
高木「興味深いことがわかったよ。地下駐車場で確保した渋澤という男だがね。持っていた鞄の中に大量の拳銃が入っていたらしい」
千早「拳銃……?」
高木「そうだ。地下駐車場の中に倉庫があってね。そこに大量の拳銃が保管されているそうだ。しかもその拳銃は伊集院と御手洗の持っていたものと同じタイプだった。中国製マカロフ、59式拳銃と呼ばれるものだよ」
千早「……つまり、3人はそこから拳銃を入手した?」
高木「ああ。実はその倉庫は皆川組の拳銃の保管場所になっていたという話だ。渋澤はその倉庫の管理を任されていたらしい。3日前に犯人の3人に1000万円と引き換えに銃を売ったと渋澤本人が話したよ」
千早「両者の接点は?」
高木「渋澤は表向きは961プロ子飼いの記者でね。社内で会ったことがあるはずだ」
千早「渋澤が地下の倉庫に潜入した理由はなんでしょう?」
高木「今回の事件で、あの倉庫の中身が暴かれることを危惧したんだろう。摘発される前に少しでも回収しておき、ほとぼりが冷めた後で闇市場でさばけば儲けられると考えた……そんなところだろうね」
千早「……なるほど」
高木「ここまで聞いて、気になったことがないかね?」
千早「はい。どうして伊集院と御手洗は渋澤を捕まえようとしたのか、ということですね?」
高木「うむ。渋澤は彼らに銃を提供した。いわば協力者のはず。見逃すという選択肢もあったはずだ。なにかわけがあると見たね」
千早「……そうですね」
高木「ああ、そうそう、もう一つ」
千早「はい」
高木「残る人質だがね、3人で間違いないよ。解放された警備員がそう言っていた。皆、手をロープで背後に縛られているようだ」
千早「ええ、私もこの目で確かめてきました。人質は3人。社長、黒井崇男と警備員の男性、そして星井美希です」
やよい「え、ええーっ!? 美希さんが人質の中にいるんですかー!?」
千早「間違いないわ。天ヶ瀬もそう言っていた」
高木「妙な話だ。ひと月前に事務所を辞めたはずの彼女が、なぜあの場にいたのだろうね……?」
千早「…………」
~宝井ビル屋上~
真「………………………………さむ。さすがに冷えるな……」
高木『菊地君』
真「あ、はい。何ですか?」
高木『如月君が天ヶ瀬との交渉に入る。おそらく次でケリがつくだろう』
真「わかりました」
高木『狙撃は可能かね?』
真「距離が66、今の位置なら問題ありません」
高木『そうか。さっきも言ったが、突入は最後の手段だ。しかし用意だけはしておいてくれ。如月君と天ヶ瀬の通話をこちらから中継する。合図を確認したら突入を指示してくれ』
真「了解です」
高木『合図は合言葉で出す。合言葉、狙撃、突入。あるいは合言葉、突入。判断はそちらに任せるが、いずれにしろまずは合言葉を待ってくれ』
真「わかりました。それで、その合言葉は?」
高木『夜は雨になる、だ』
~961プロダクションビル前~
千早「……交渉を始めます」
ピッピッピッピ……
プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル、プル、ガチャ
冬馬『……なんの用だ!?』
千早「あなたと話がしたい」
交渉開始
『冬馬から真実を聞き出せ!』
冬馬『話すことなんか何もねえよ!』
千早「あなたにはなくても、こちらにはあるのよ」
冬馬『……へへっ、そうかよ。……だったら条件があるぜ。北斗と翔太を解放しろ!」
千早「……それは聞けないお願いね。私の権限ではそんなことは出来ないわ」
冬馬『頼む! そうだ、人質と代わりならどうだ!? それに身代金も返すよ! だから……!』
千早「申し訳ないけれど、あなたに何をしてもらおうとも、あの二人を解放することはできないの」
冬馬『なんでだよっ!!? こんなに頼んでんじゃねえか!! くそっ!!!」
千早「お願いだから、少し頭を冷やして。落ち着いて話しましょう」
冬馬『これが落ち着いていられるかよ!! もたもたしてたらお前らが突入を指示するんだろ!?』
千早「突入の指示権は私にあるわ。信じて、絶対に突入はさせない」
冬馬『信じられるかよ……警察なんて! 騙して油断させる腹積もりなんだろ!?』
千早「違うわ。そんなことは考えてない。あなたはきっとナーバスになっているだけなのよ。気持ちはわかる、だから――」
冬馬『気持ちはわかるだと!? そんなわけあるかッ!! こっちは一人なんだぞ!!』
千早「そう、こっちも一人なのは同じよ。正直に言えば、不安でたまらない。あなたと私は同じなの。だから、お互いにとって良い方法を一緒に考えましょう」
冬馬『でも、お前が指示したら突入される!』
千早「違うッ!!」
冬馬『ッ……!』
千早「よく聞いて……私は、一人の犠牲者も出したくないと思ってる。人質だけじゃない、警察も、犯人も……傷ついたらみんな犠牲者なのよ!」
冬馬『…………』
千早「突入はしない、させたくない!! だからお願い……! 信じて……!」
冬馬『…………』
千早「……少しは落ち着いた?」
冬馬『…………』
千早「教えてくれないかしら? あなたの、あなた達の目的は何だったの?」
冬馬『…………』
千早「……そう。それなら私の話を聞いて。今から話すことは、ただの推測よ。無視しても構わない」
冬馬『…………』
千早「あなた達3人の目的、それは黒井社長への復讐だったんじゃないの?」
冬馬『ッ!? な、なんで……!?』
千早「色々と調べさせてもらったわ。あなた達のプロデューサー、ひと月前に亡くなっているそうね。もしも、その死に黒井社長が関わっていたとしたら? ……自殺が、偽装されたものだったとしたら?」
冬馬『……馬鹿みたいに真っ直ぐな奴だったんだ。しかもめちゃくちゃお節介で、いっつも俺たちや星井の心配ばかりしてた。だから……だから……俺らのライブの前日に自殺するなんて、そんなことありえねえんだよっ!!!』
千早「……やっと、話してくれたわね」
交渉結果
成果:冬馬から事件の動機を聞き出すことに成功した
内容:冬馬はプロデューサーの死について黒井に復讐するために事件を起こしたことを認めた
冬馬『……あいつが死んで数日後のことだった。俺達は黒井に用があって社長室へ行った。そのときに聞いちまったんだよ。黒井と渋澤が話してるのを』
千早「そこであなたは、どんな話を聞いたの?」
冬馬『死んだあいつの話だった。地下倉庫で行われていた銃の取引を目撃した、そのことが奴らにバレた。……ただそれだけであいつは殺されたんだ。直接手を下したのは、あの渋澤だったんだよ』
千早「……それを警察に相談はしなかったの?」
冬馬『無駄だよ。黒井は財政界とも太いパイプを持ってる大物だ。もみ消されるに決まってる』
千早「……それでこんな事件を起こしたのね。黒井の罪を暴き出すために。これだけの騒ぎになればもみ消す余地なんてありゃしない」
冬馬『ああ。そのために渋澤に取り入って銃まで手に入れた。反吐が出る思いだったけど、黒井を潰すためには必要だったからな。黒井が退社しようと出てきたところで事件を起こした』
千早「……わかってきた。三つ目の要求もそれに関係することだったんじゃ?」
冬馬『なにもかもお見通しだな。そうだ、三つ目の要求でマスコミを呼び出して黒井の悪行を告発するつもりだった』
千早「そう……でも、もうその必要はないわ。こちらで信用できる記者を用意する。どちらにしろ、これだけ騒ぎになれば隠蔽工作のしようもない。彼らは法によって裁かれる」
冬馬『…………そうか、頼むよ』
千早「さぁ、これであなたの目的は果たされるわ。これからどうする? ヘリが来るのを待つ?」
冬馬『……ダメだ。北斗と翔太が捕まってるのに、俺だけ逃げるわけにはいかねぇよ』
千早「そう」
冬馬『……なぁ、教えてくれよ。俺は……俺は、どうしたらいいんだ?』
千早「怖い気持ちはわかるわ。でも、それで当然なのよ」
冬馬『…………』
千早「あなたがやったことは、亡くなったプロデューサーを思っての行動だった、それはわかるわ。でも決して許される手段じゃなかった。今度は正しい方法で罪を償わなければならない」
冬馬『そんなの……わかってる』
千早「……そうよね。だから、あなたはやり直すことを考えていくべきよ」
冬馬『……やり直す?』
千早「……世の中には二種類の人間がいる」
冬馬『……?』
千早「人を殺せる人間と、人を殺さない人間。そして、あなたは人を殺さない」
冬馬『…………』
千早「だから……まだ間に合う。きっとやり直せるはずよ」
冬馬『………………………………わかったよ。今、人質を解放する』
~宝井ビル屋上~
真「……終わったみたいだ。千早さすがだな」
高木『菊地くん、ご苦労だったね。今犯人が投降することを認めたよ』
真「ええ、お疲れ様です。僕らの出番がなくってなによりで――って、あれ?」
高木『どうした?』
真「ちょ、ちょっと待って下さい! 様子が変です!!」
高木『なに? こちらからでは中の様子が伺えない、報告してくれ!』
真「それが……人質だった女の子が、銃を持ってます!!」
――Chapter_3 END
~961プロダクションビル~
冬馬「……ってぇな。いきなり突き飛ばしやがって……お、おい! どういうつもりだ星井!? そんなもん、さっさと放せ!」
美希「……ごめんね、冬馬くん。『これ』、美希に貸してね」
冬馬「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ! わかってるだろ? そいつは本物の銃なんだぞ!?」
美希「うん、わかってるよ。わかってる。これは本物。だから美希にはこれが必要なの」チャキ
黒井「…………何をしている、星井。貴様……誰に銃を向けている!?」
美希「……ッ!」
パァン!
~指揮車内~
律子「発砲音! 撃ったの!?」
千早「待って!」
美希『……外しちゃった。もっと近づいたほうがいいかな』
黒井『き、貴様……正気か!? 自分が何をしようとしているかわかってるのか!?』
美希『……わかってるよ。社長、あなたを殺して……美希も死ぬ』
千早「まずい!」
律子「あっ、千早! どこへ行くの!?」
千早「彼女を直接止めるしかない! 社長、銃はありますか!?」
高木「あ、ああ、あるにはあるが……彼女を撃つつもりかね? それよりも至急突入させたほうが――」
千早「お願いします、私にやらせてください!」
高木「……わかった。責任は私が持とう」
~961プロダクションビル1階~
冬馬「やめろ星井! お前がそんなことする必要ないんだ!」
美希「冬馬くんは黙ってて! …………だって、だって許せないよ!! この人が……ハニーを……ッ!」
黒井「くっ……や、やめろ……撃つなっ!」
美希「ううん、やめない。絶対にやめない! どうせ死ぬんだもん、何も怖がる必要なんて――!」
千早「――動かないで。ゆっくりと銃を下ろしなさい。妙な動きをしたら撃つわ」
美希「……あなた、誰?」
千早「如月千早。交渉人よ」
~指揮車内~
律子「――やよい、頼みたいことがあるの」
やよい「は、はい! なんですか?」
律子「千早がなんとか時間稼ぎをしてくれてる間に、少しでも彼女の……星井美希のプロファイリングをしておきたいの。それができたら千早に助言ができるかも」
やよい「でもどうやって……」
律子「千早には小型無線機を襟元に付けさせてるから、伝達は問題ないのよ。でも私は星井美希のことをよく知らないわ。だからあなたに教えてもらいたいの」
やよい「私に、ですか……?」
律子「そうよ。あなたは美希のファンだったんでしょう? 普段テレビで見ていた時の印象で構わないわ。思いついたことを教えて欲しいの。お願い……彼女を救うために、協力して」
やよい「わ、わかりました……! がんばります……!」
~961プロダクションビル1階~
美希「そう……千早さん。お願いだから邪魔しないで?」
千早「残念だけど、そういうわけにはいかないわ」
美希「……そっか。でもそうやって銃を向けられても美希は怖くないよ。死ぬ覚悟はできてるから」
千早「――殺す」
美希「え?」
千早「あなたを殺す。一発で頭を撃ちぬく」
冬馬「なっ……!?」
美希「……ふぅん。……勝手にすれば? 美希がこの引き金を引いて社長を殺す。その後で自殺しようと思ってたけど、千早さんがやってくれるならそれでもいいよ」
千早「勘違いしないで。あなたが黒井社長を撃つよりも先に、私があなたを殺すわ」
美希「……そんなの、できるわけないよ」
千早「できる。説明してあげるわ。あなたが持っているのは、マカロフという拳銃の中国製コピーよ。品質はとても褒められたものじゃない」
美希「…………」
千早「まず、ちゃんと弾が出る確率が70パーセント。二発目は49パーセント。その銃では最初に天ヶ瀬が2発、そしてあなたがさっき1発撃った。運が良かったわね、3発目は34パーセントしかなかった」
美希「…………4発目は?」
千早「4.24パーセント」
美希「…………本当に?」
千早「試してみる? チャンスは一度きりだけどね。失敗すればあなたは犬死よ」
美希「……嘘」
千早「嘘じゃない」
律子『――千早、返事はしなくていいからそのまま聞いて。簡易にだけど星井美希のプロファイリングをやってみたから、今からその内容を伝える』
美希「ううん、嘘だよ。千早さんは時間稼ぎのためにそんなこと言ってるだけ」
千早「星井さん。一つ頼みがあるわ」
美希「……急になに?」
律子『彼女の決心は相当に強烈なものよ。生半可な言葉じゃ聞く耳持たないわ』
千早「天ヶ瀬さんたちは関係ないでしょう。外に出してもいいかしら?」
美希「……勝手にどーぞ」
律子『彼女は殺すことにも、殺されることにも恐れを抱いていない、下手に刺激してはダメよ』
千早「……天ヶ瀬さん、警備員の方を連れて外に出て」
冬馬「……わかった」
律子『星井は普段はかなりマイペースな性格らしいわね。本番中でも退屈なら居眠りすることもあったくらいよ。要するに、こらえ性がないってこと。付け入る隙があるとすれば、そこかもね』
千早「腕が疲れてきたわ。そろそろ銃を下ろしてくれないかしら?」
美希「……そっちが下ろしてくれたら」
千早「……わかった」スッ
美希「…………あは、千早さんって意外と素直だね?」
パァン!
千早「!……」
律子『千早ッ!?』
黒井「ひぃ……!?」
美希「……ほら、やっぱり嘘だった。弾、出るよ?」
千早「……でもまるで見当違いの方向だった。当てるつもりで撃ったわけじゃない」
美希「今のは確かめただけ、次は当てるよ」
律子『まったく驚かせるわね……続けるわ。最も重要なのは星井の固い決意を支える動機よ』
千早「ところで一つ聞くけど、あなたがここへ来ていた理由はなに?」
美希「……そんなの、千早さんには関係ないの」
千早「いいじゃない、教えてくれても。あなたには恐れることなんてなにもないんでしょ?」
美希「関係ないって言ってるでしょ!!」
律子『彼女の動機は間違いなく、亡くなったプロデューサーのことよ。彼女はプロデューサーの死に、きっと誰よりも傷ついていた』
千早「そう。それなら言わなくてもいい。気に障ったのならごめんなさい」
美希「……なに、考えてるの?」
律子『プロデューサーのことについては迂闊に踏み込まない方がいい。でも、彼女を真に説得するならきっと避けては通れないわ。難しいけれど、刺激しすぎないように話を引き出して』
美希「さっきから時間稼ぎばっかり……どういうつもり?」
律子『彼女の心の奥底には、きっとまだ何かが隠されてる。それを引き出せれば、あるいは……』
千早「……私は、誰にも傷ついてほしくないだけよ」
律子『大丈夫、あなたならきっとうまくやれる。彼女の心を救ってあげて……!』
千早「――だから絶対に、殺させない。絶対に、あなたを死なせたりしない!」
交渉開始
『美希を投降させろ!』
美希「もうっ! いいから美希のことは放っておいてよ!!」
千早「放っておかない。私はあなたを連れ出すまでここから絶対に離れない」
美希「どうして……? これは美希が自分で片付けなきゃならない問題なの! 無関係な人がしゃしゃり出てこないで!」
千早「!……そうね、たしかに無関係だわ。でも、だからこそ話せることもあるんじゃないかしら?」
美希「そんなの……無いよ。話すことなんて、一つもない」
千早「それなら、こっちの話を聞くだけでもいい」
美希「やだ、聞きたくない」
千早「好きな食べ物は?」
美希「……はぁ?」
千早「好きな食べ物は?って聞いてるの」
美希「なんでそんなの答えなきゃ――」
千早「いいから答えて。アイドルやってた頃なら何百回も聞かれたでしょ」
美希「はぁ…………おにぎり。あといちごババロア」
千早「じゃあ、誕生日は? 血液型は?」
美希「もういいでしょ! そんな質問、どうだっていいよ!」
千早「どうだってよくはないわ。私はあなたのことを何も知らないもの」
美希「誕生日や血液型を知ってなんになるの? もうくだらない話はいいよ、終わり!」
千早「じゃあ最後にこれだけは答えて。……アイドルの仕事は好きかしら?」
美希「!…………好き。でも、もう美希には関係ないの」
千早「どうして?」
美希「だって……だって、ハニーが……」
千早「ハニー……それは、誰のこと?」
美希「美希の、プロデューサーだよ……」
千早「あなたはその人のこと、好きだったの?」
美希「……大好きだったよ。だからこうやって、ハニーの仇を……!」
千早「仇を討とうとしている? ……本当にそれだけ?」
美希「……え?」
千早「あなたの話を聞いていると、プロデューサーが亡くなったショックでアイドル活動を休止、そして先ほど彼の死の真相を知り、元凶である黒井を殺害した後で自分も死のうとした……そういう風に思える」
美希「……そうだよ? なにかおかしいことある?」
千早「でも、口で言うほど簡単じゃない。死ぬ覚悟っていうのは、並大抵のことでできるものじゃない」
美希「だから……! ハニーが死んじゃったんだもん……! 生きてても、もう何も楽しくないよ!」
千早「だから死んでもいいって? それは……おかしいわね。だったらどうして彼が亡くなった後、すぐに後を追わなかったの?」
美希「ッ……!?」
千早「ひと月の間ずっと迷っていたけど、今更になって死ぬ決心がついた? 私は、そうではないと思う」
美希「勝手なこと言って! 根拠なんてなんにもないでしょ!?」
千早「あなたのプロデューサーは地下倉庫での取引を目撃してしまったせいで殺された。この事件に関してはあなたは無関係のはずよね。でも、あなたはさっき言っていた……『自分で片付けなきゃならない』って。まるで、この問題についてあなた自身が責任を感じているかのような言葉だった」
美希「あ…………」
千早「……そのとおり、なのね?」
美希「……………………」
千早「あなた一人だけで抱え込む必要なんて無い。あなたをそこまで思いつめさせた原因は、なに? お願い……聞かせてくれないかしら?」
美希「……美希が悪いの。美希のせいでハニーは……」
千早「…………」
美希「あのね……ひと月前のあの日、美希はお仕事で撮影所に行ってたの。遅くまでかかる仕事だったから直帰することになってた。美希は事務所に帽子を忘れてきたのを思い出して、ハニーにそれを話したの」
千早「…………」
美希「お気に入りの帽子だったけど、あんなもの次の日に取りに行けばそれでよかった。あんなこと、話す必要なんてなかったのに……。でも美希が撮影で抜けられないからって、ハニーが気を利かして事務所まで取りに行ってくれたの」
千早「その時に、彼は銃の取引を目撃したってこと?」
美希「きっとそう。だって帰ってきた時、ハニーの様子おかしかった。ハニーが死んだのは、その翌日……。今ならわかる、ハニーが死んだのは美希のせいなの……」
千早「……そう。だからあなたは自分も死ぬことでその罪を償おうとしたのね。……辛かったわね」
美希「…………」
千早「でも、あなたは間違ってる。プロデューサーさんの死は、あなたのせいじゃない」
美希「美希のせいだよ! 美希があんなこと言わなかったらハニーは死なずにすんだの!」
千早「……たしかにそうかもしれない。でも、そんな結果を招くなんて誰にもわかるはずがない! プロデューサーさんを殺したのは黒井達よ、あなたが罪を感じる必要なんてない!!」
美希「……わからないよ! もう嫌!! こんなの耐えられない!!」
千早「……死ねばそれで報われるとでも思ってるの!?」
美希「ッ……!?」
千早「死んだら何もかも終わりよ。死は暗くて何も見えない底なしの穴みたいなもの。落ちたら、二度と這い上がれない」
美希「…………」
千早「どんな人間でも、生きていることに価値がある。あなたがプロデューサーさんのことを罪として背負うつもりなら、もう止めはしないわ。でもそれを死で償おうなんて、絶対に間違ってる! 生きないとだめ、一生引きずってでも、生き抜かないとだめなのよ!」
美希「!…………………」
千早「馬鹿馬鹿しいと思うかもしれない。でも、あなたは忘れてるから言っておく。……美しい死なんて、存在しない。死んで解決することなんて、ひとつもない」
美希「…………うぅ……うわぁぁあああああああん……!!! じゃ、じゃあ……美希は……どうすれば、いいの……?」
千早「投降しなさい。後のことは、それからゆっくり考えればいい。……もう、その銃は必要ないわね?」
美希「…………うん」
交渉結果
成果:美希の説得に成功した
内容:美希はプロデューサーの死に責任を感じていたことを打ち明け、千早の説得に応じて投降することを認めた
千早「それじゃあ銃を渡してくれる?」
美希「うん……」スッ
千早「……たしかに、受け取ったわ」
黒井「――あー……如月さん、と言ったかな。申し訳ないが、こちらも頼むよ。ずっと手を縛られていて窮屈でたまらない」
千早「わかった。今、縄を解くわ」
黒井「感謝するよ」
千早「覚悟しておくことね。あなたの罪は全て暴かれ、法によって裁かれることになる」
黒井「ハッハッハ、残念だが――そのつもりはまったくないよ」バッ
千早「ッ!?――」
ガチャン、カラカラカラ……
美希「千早さん!?」
千早「……迂闊だったわ。まさか縄を自分で解いていたとはね。そのナイフで切ったの?」
黒井「なにがあるかわからん世の中だからねェ。護身用に尻ポケットに入れていたのが役立ったよ。マカロフは転がってしまったか。まぁいい、もう一丁銃を持っていたな? そいつを渡せ」
千早「……わかった」
~指揮車内~
高木「――菊地くん、そこから見える状況を教えてくれないか」
真『はい……人質だったはずの黒井が、今度は千早を人質にとったようです。黒井に背後から首元にナイフを当てられてます。それに近くには星井もいます。今狙撃するのは危険ですね……』
高木「銃はどうだ?」
真『千早が星井から受け取ったマカロフは床に転がっています。黒井からの距離は4メートル。しかし千早の持っていた銃が黒井に奪われました』
高木「……そうか。しかし厄介なことになった。まさか如月君が人質になってしまうとは」
やよい「た、大変ですよ! どうにかならないんでしょうか……!?」
律子「難しいわね……狙撃するにも、突入するにも、千早を盾に取られてる今の状況では」
高木「律子君。如月君の襟に仕込んだ無線機はまだ黒井には気づかれていないね?」
律子「はい。そのはずですが……」
高木「こちらから呼びかけるのはやめておこう。黒井に気づかれたら外されてしまうかもしれない。無線機さえあればどこにいても彼女の言葉は聞こえる。合言葉があるかもしれない」
真『…………わかりました。引き続き、突入指示の合言葉を待ちます』
高木「……頼んだよ」
~961プロダクションビル1階~
黒井「さて交渉人君。ここから私が逃げ延びるにはどうしたらいいと思う?」
千早「無駄よ。すぐに捕まる」
黒井「いいや、そうじゃない。そういう答えが聞きたいんじゃあない」
千早「わからないわね」
黒井「……気の強い女だ。まぁいい。逃げる方法ならいくらでもある。日本の警察などちょろいからな」
千早「『日本の警察がちょろい』、ね。その言葉、よく覚えておくといいわ」
黒井「ふん。余計な怪我をしたくなければ、余計なことは喋らないことだ」
美希「ち、千早さん……!」
黒井「ふん、星井……おまえといい、天ヶ瀬たちといい、とんだ恩知らずだな。私にこれほど恥をかかせてくれるとは」
美希「…………」
黒井「復讐か。ハッ、馬鹿馬鹿しい。プロデューサー、ねェ……あんな奴、代わりならいくらでもいるというのに」
美希「くっ……!!」チラ
黒井「おっと、そのマカロフに手を伸ばしたらその瞬間に交渉人君の首を掻っ切るぞ」
美希「!…………」
千早「星井さん、無茶はしないで。私に任せて。あなたは何も心配しなくていいわ」
美希「でも……!」
千早「……さぁ、こうしていても埒が明かないわ。とっとと話を進めましょう」
黒井「ほう?」
千早「せっかく人質をとったのだから、何かを要求するつもりでしょう?」
黒井「ハッ、なんだ、よくわかっているじゃあないか。だがお前が要求を聞くというのか?」
千早「交渉に当たるのは私の役目よ。まとまったら携帯から連絡を入れればいい」
黒井「人質自身が交渉とは、なんともおかしな状況だな?」
千早「……それで、何がお望み?」
交渉開始
『黒井の逃走を誘導しろ!』
黒井「そうだな……ヘリだ。ヘリを屋上のヘリポートに届けさせろ。2時間以内にだ」
千早「ヘリはやめたほうがいい」
黒井「なにィ? 貴様、自分の置かれた状況がよくわかっていないようだな?」
千早「そうじゃない。ヘリを届けさせるなら、明日の朝までかかると言いたかったのよ」
黒井「なんだと!? そんなはずがあるかッ! 私は聞いていたぞ、天ヶ瀬たちに届けさせる予定だったヘリがあるだろう!?」
千早「そんなもの、とっくに申請を取り下げてしまったわ。今から再申請するなら少なくとも明日の朝までかかると言っているの」
黒井「駄目だ!! 急がせろ!! さもなければお前を殺すぞ!!」
千早「殺したければ殺せばいいわ」
黒井「……なに?」
千早「でもおすすめはしない。あなたは大切な人質を失うし、無理なものは無理だからヘリも来ない。それどころか、あなたも死ぬ」
黒井「私が死ぬ、だと?」
千早「今、正面のビルの屋上で腕利きのスナイパーが狙いを定めてる。盾である私を殺したら、スナイパーは躊躇なくあなたを撃つ」
黒井「……はったりだ」
千早「いいえ、絶対に撃つ。警察の人間を殺した凶悪犯だもの、組織のメンツにかけてでもあなたを殺すわ」
黒井「……では、もう一人の人質ならばどうだ? ここには星井もいるんだ。彼女に犠牲になってもらおう。お前を拘束したまま銃で撃って殺す」
千早「それもやめたほうがいい。そうなれば私は全力で抵抗してあなたを阻止する。拘束されていようが関係ない、たとえ死んでも阻止する」
黒井「ふん。大した度胸だが、口ではなんとでも言える」
千早「お互いにとってよくないことよ。私も死にたくはないけど、あなたが星井さんを殺そうとするならそうせざるを得ない。私が死ねば、さっき言ったように盾がなくなる。スナイパーがあなたを殺す」
黒井「…………」
千早「できれば穏便に済ませたいわ」
黒井「ふん……じゃあ、ヘリが無理だったらどうやって逃げろというのだ!?」
千早「そうね……車はあるかしら?」
黒井「車……? 地下駐車場にあるが……まさか車で逃げろと言うんじゃないだろうな?」
千早「それしかないでしょう」
黒井「馬鹿を言うな! 車で逃げきれるはずがないだろう!!」
千早「そうね、車だけでは不可能でしょうね。だから、パトカーを振り切ったら車は捨てて電車なり飛行機なり自由な手段で逃げればいい。パトカーは追跡開始を遅らせるように伝えておくわ。それでどう?」
黒井「……2時間だ。2時間は遅らせろ」
千早「わかったわ」
黒井「それと、ガソリンだ。ガソリンも用意させろ」
千早「パトカーを2時間待たせる。それとガソリン。要求はその2つでいいの?」
黒井「ああ。ガソリンぐらいすぐに準備できるだろうな!?」
千早「30分もあれば充分よ。要求には応える。その代わり、星井さんは解放してあげて」
黒井「……どうせ多すぎても邪魔になる。いいだろう」
交渉結果
成果:黒井を車で逃走させるように誘導した
内容:パトカーでの追跡を2時間待たせることとガソリンの提供を条件に黒井は美希を解放、車で逃走することを選んだ
~指揮車内~
千早『――黒井からの要求は以上です』
高木「地下駐車場から車が出た後、2時間はパトカーでの追跡を待つ。そしてガソリン100リットルをポリタンクでだな。了解した。ガソリンは駐車場のほうに届ければいいか?」
千早『お願いします。……それと、星井さんは無事保護できましたか?』
高木「ああ、先ほど玄関から出てきたところをね。怪我もしていない」
黒井『そこまでだ。余計なことは話すな』ブツッ……ツーツー……
高木「……律子君、無線機からの音、拾い逃さないようにな」
律子「わかってます」
~961プロダクションビル地下駐車場~
黒井「携帯電話を出せ」
千早「……どうして?」
黒井「とぼけるな。携帯から位置情報を調べられたら逃げた先がばれる」
千早「気が付かなかったわ」
黒井「よく言う……」
千早「はい……これでいい?」
黒井「よし……」
バキッ
黒井「さて、両腕を後ろに回せ」
千早「どうするの?」
黒井「運転の最中に暴れられたらかなわん。縄で縛らせてもらう」
千早「……そう。勝手にどうぞ」
黒井「ふん。随分と素直じゃないか」
千早「――足って」
黒井「うん?」
グリッ
黒井「ぐぁっ……!?」
千早「踏みつけられると、意外と痛いのよね!」
黒井「くっ……このクソ女がァ!!!」バシィ!
千早「うっ……!」ドサッ
黒井「なんて女だ……! 拘束が解かれるこの瞬間を狙っていたんだな!?」
千早「…………」
黒井「……徹底的に傷めつけてやらねばわからんようだなぁ!?」ガッ
千早「がはっ……!?」
黒井「いいか!? 今度」ガッ
黒井「こんなことをしてみろ!」ガッ
黒井「二度とは表に」ガッ
黒井「出れん顔にしてやる!」ガッ
黒井「わかったか!?」ガッ
千早「……う……ぁ…………」
黒井「わかったか、と聞いてるんだよォ!!」バシィ!
千早「わかった…………わかったから……もう、許して……」
黒井「……これでよし。まったく、手間をかけさせる」
千早「…………夜明けには雪が降る」
黒井「うん……? なにか言ったか?」
千早「え……? ごめんなさい。ぼうっとしてた……」
黒井「ふん……強く殴りすぎたか?」
千早「そうね……アザになるかも……後で柴の油を塗っておかないと」
黒井「柴? なんだそれは? 薬かなにかか?」
千早「傷薬。打撲によく効くのよ……」
黒井「ハハハ! 先ほどまでの威勢はすっかり消え去ったな? まぁいい、このままガソリンが届くのを待つ」
――20分後
ガラガラガラ……
黒井「これはこれは……どんな奴が運んでくるのかと思いきや、子供じゃないか」
やよい「千早さん……! 大丈夫ですか……!?」
千早「大丈夫よ、高槻さん。……大した怪我じゃない」
黒井「ちゃんと持ってきただろうな?」
やよい「……黒井さん。ポリタンクにガソリン100リットル、入ってます」
黒井「よぅし……台車ごとそこに置いておけ。もう戻っていいぞ」
やよい「あの……千早さんを解放してあげてください! 要求はしっかり果たします、だから――」
黒井「駄目だ!! 重要な人質をそう簡単に手放してたまるか!」
千早「私のことは心配しないで、高槻さん。今は、黒井の指示に従って」
やよい「……わかりました。あ、あの! 高木さんが安心してくれって!」
千早「うん、わかった……ありがとう」
~961プロダクションビル地下駐車場前~
真「今、黒井の車が出ました」
高木『車種は?』
真「2000CCのマクベスです」
高木『わかった』
真「どうしましょう?」
高木『無線機からの発信を追う。ルートを解析していくつかの部隊に先回りしてもらう』
真「了解です」
~車内~
――30分後
ブロロロロ……
黒井「……なんだ? 急にエンジンが……」
千早「……どうしたの?」
黒井「くそっ!! エンジンが動かん!! なぜだ!? ガソリンはたっぷり残ってるんだぞ!?」
千早「…………」
黒井「ちっ……! 外に出て見てみる。動くなよ!!」
千早「縛られてるんだからどのみち動けないわよ……」
ガチャ
黒井「いったい何が――」
真「黒井崇男! お前は既に包囲されている! 無駄な抵抗はやめて投降しろ!!」
黒井「な……なんだ……これは……!? なぜ、警察がこんなに……?」
千早「――残念だったわね。携帯のことに気がついた点は大したものだったけれど、まさか別に発信機を付けているとは思わなかったでしょう?」
黒井「貴様ッ!?」
千早「まんまと引っかかってくれたわね――殴られた甲斐があった。暴力でねじ伏せたつもりになって、私のことをちっとも疑わなかった」
黒井「まさか、車が動かなくなったのも貴様のせいだというのか!? 何をした!?」
千早「やったのはあなたよ。ガソリン車に軽油を入れたらエンストを起こすのは当然でしょ?」
黒井「け、軽油……? 軽油だと!? まさかあのポリタンクの中身が……!?」
~指揮車内~
黒井『わかったか、と聞いてるんだよォ!!』バシィ!
律子「千早……! もう我慢できない! 社長! すぐに突入を――」
高木「駄目だ! 如月君に危険が及ぶ! それに、彼女はまだ合言葉を口にしていない!」
律子「でも……!」
高木「うん……? ま、待て! 静かに!」
千早『…………夜明けには雪が降る』
律子「え……? 今のって」
高木「合言葉は『夜は雨になる』だ。似ているが、違う。まさか間違えたということもあるまい」
黒井『うん……? なにか言ったか?』
千早『え……? ごめんなさい。ぼうっとしてた……』
やよい「もしかして……私達に向けて話してるんじゃないですか?」
高木・律子「「それだ(よ)!」」
黒井『ふん……強く殴りすぎたか?』
千早『そうね……アザになるかも……後で柴の油を塗っておかないと』
黒井『なんだそれは? 薬かなにかか?』
千早『傷薬。打撲によく効くのよ……』
律子「違う、きっと薬なんかじゃない! 柴の油には別の意味がある! 黒井にはわからないように、私達に伝えたいことがあるんだわ!」
高木「すぐに調べてくれ!」
律子「もちろん!」
――現在
千早「柴油……中国では軽油の意味を持つ言葉よ」
黒井「そんな……小細工を……!!」
千早「ふふ……思い知った? これが『日本のちょろい警察』よ」
黒井「貴様ァ……!! 殺す!! こいつで……撃ち殺す!!!」ジャキ
カチッ……
黒井「…………あァ?」
カチッカチッカチッカチッ…………
黒井「な…………なんで…………?」
千早「なんで、って……そんなの決まってるじゃない」
黒井「なぜ弾が出ないのだあああああああああァァ!??!?」
千早「――日本の警察が、そう簡単に撃つはずがないでしょう?」
~指揮車内~
高木「――今菊地君から連絡があった。黒井を無事確保。如月君も軽傷を負っている程度で命に別状はないらしい」
律子「よかったぁ……!」
やよい「うっうー! よかったですー! 本当に、本当によかったですー!」
高木「如月君の持ち出した銃に弾が入っていたら危ないところだった。もちろん、それがわかっていたからあれだけ大胆な真似をしたのだろうが」
律子「二転三転した事件でしたけど……これでほんとーに、終わったんですよね?」
高木「ああ。事件は解決。我々ゼロ課の任務は達成されたのだ……!」
~時は流れ、拘置所面会室~
千早「――体調はどう?」
美希「うん……まぁまぁかな」
千早「それならよかった」
美希「あ、千早さんの方こそどうなの?」
千早「ああ、怪我? それならもうほとんど治ったから大丈夫。痕も残らないだろうって」
美希「そっかぁ、よかった……!」
千早「心配してくれてありがとう。……裁判は、もう始まったの?」
美希「来週からだって」
千早「そう。なんていうか……その……少しでも刑が軽くなることを祈ってるわ」
美希「ありがとう……。あのね、千早さん」
千早「うん?」
美希「本当にありがとうね。千早さんのおかげだよ。あのとき千早さんが美希を止めてくれなかったら、美希絶対に死んでたもん。感謝してもしきれないなって」
千早「あー……そう。……どういたしまして」
美希「あれ? もしかして照れてる?」
千早「いや別に、照れてなんかいませんけど……!」
美希「あは、結構かわいいところあるんだね!」
千早「……おほん。黒井や渋澤のことはこちらに任せて。徹底的に余罪を追求してやるって担当の刑事たちが息巻いてたわ」
美希「うん……お願いね」
千早「それと、元ジュピターの3人。彼らにもさっき面会してきたけど、元気そうだった」
美希「あは、そうなんだ!」
千早「3人ともなんだかんだで、あなたのことをずっと心配してたみたいよ」
美希「え……そうなの?」
千早「一緒にアイドルやってた仲間だもの。心配ぐらいするわよ」
美希「……そっか。美希はもう大丈夫だって、今度会ったら伝えてくれる? あっ、あと心配してくれてありがとうって」
千早「わかったわ」
美希「あっ、そうだ……千早さんに言わなきゃと思ってたことがあるの」
千早「なに?」
美希「あの日、美希が事務所に来ていた理由」
千早「そういえばわからずじまいだったわね。どうしてだったの?」
美希「ハニーが隠してたものが気になって、取りに行こうとしてたの」
千早「隠してたもの?」
美希「そう。前に一回だけ見たことがあったんだ。ICレコーダー、っていうんだっけ? それに何か録音してたみたいなんだよね。なんか慌てて机の中に隠して秘密だーって言うから、怪しいなって思ってたの」
千早「そりゃあたしかに露骨に怪しいわね」
美希「でしょ? そのこと思い出して、まだハニーの机の中に残ってるんじゃないかと思って事務所に行ってたの。もう事務所辞めちゃってたけど、休日だから簡単に入れるかなーって」
千早「はぁ……なるほどね」
美希「あ……もしかして今のってまずかったかな? オフレコ……だよね?」
千早「いいわ。未遂だし黙っててあげる」
美希「ありがとう千早さん!」
~警視庁 ゼロ課準備室~
やよい「千早さん、コーヒーどうぞー!」
千早「ありがとう、高槻さん」
やよい「あれ? それ、なんですか?」
千早「ICレコーダーよ」
やよい「あっ、もしかして前に言ってた美希さんの?」
千早「そうよ。プロデューサーさんの机の中にそのままにしてあった」
やよい「何が録音されてるんでしょうか?」
千早「私もこれから聞いてみようと思ってたところ」
やよい「ご一緒してもいいですかー?」
千早「ええ。それじゃ、再生するわよ」
カチッ……
P『あ、あー……録れてる……よな?』
P『えーと……面と向かって伝えるのが恥ずかしいので、こういう形を取ります、失礼!』
P『冬馬、北斗、翔太、そして美希。俺がお前たちを担当するようになってちょうど一年が経ちます。これから話すのはその記念、っていうわけじゃないけど、俺からのメッセージです』
P『まず冬馬。お前は口が悪いせいでよく誤解されるが、すごく正義感の強い男だ。ジュピターのリーダーを任すのにふさわしいと思ってる。これからもその熱さでジュピターを盛り上げてくれ』
P『翔太。お前はユニットで最年少なのによく頑張ってくれている。お前の持つ天性の無邪気さ、とでも言うのかな。そいつに冬馬や北斗、それに俺も随分救われてる気がするよ』
P『北斗。普段は場を茶化すようなことばかり言ってるけど、お前が、リーダーだけど不器用な冬馬のことを陰ながら支えてくれてるってことを俺は知ってる。ありがとうな』
P『そして美希。お前が本気になったら、きっと怖いものなんてなにもない。マイペースなのが悪いって言ってるんじゃないよ。でも想像してみて欲しい。自分が最高に輝いている姿ってやつを。それを目指して一緒に頑張っていこう』
P『……そして、最後にみんなへ向けて。一年間楽しいことや辛いこといっぱいあったけど、俺はお前たちの担当になれて本当に良かったと思ってる。とんでもない才能を秘めた原石だからってだけじゃない、お前たちと仕事をするのが楽しくて仕方ないんだ。お前たちからすれば、こんな情けないプロデューサーで不満かもしれないけど、精一杯頑張るから、どうかこれからもよろしくな』
P『さて……じゃ、俺からのメッセージは以上。…………ぐぁー! やっぱりめちゃくちゃ恥ずかしいなこれ!』
美希『ハニー! なにやってるのー?』
P『うわっ!? 美希、いたのか!?』
ブツッ…
やよい「…………千早さん。私……なんて言ったらいいか、わかりません…………」
千早「…………そういうときはね。きっと、何も言わなくていいんだと思う」
――千早「如月千早、交渉人です」 END
お付き合い下さりありがとうございました
これにて終了です
いいSSだった…掛け値無しに。
本当に乙です
乙です!
原作知らないけど、よかった
黒ちゃん、渋澤記者悪役乙
面白かった
乙
おつん
良作だった
第1パートが終了じゃなくてこのSSが終了だよな?乙!面白かった
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