女「車にはねられて死んだ」 (47)
女「きゃ!」
目の前が真っ白い光に包まれる。
時間の感覚が急に鈍くなり、全てがゆっくりに流れる。
──死ぬ。
ここで、わたしは………
*
気づくとわたしは、歩道に立っていた。
女「あれ……?」
おかしいな。さっきわたしは、車に………
通行人「きゃああああ!人!人がァ!」
突然、叫び声が聞こえた。事故でも起こったのだろうか。
行ってみて、わたしは驚いた。
そこにいるのは……わたし。
頭から大量の血を流し、コンクリートの道路に突っ伏している。そしてその周りに、何か黒くてもやもやしたものが漂っている。ずっと見ていると、嫌な気分になる。
女「もしかしてわたし……」
認めたくないけど、こんなものを見てしまったからには認めざるを得ないだろう。
女「……幽霊に、なっちゃった」
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*
幽霊になってしまった。
女「どうしよう……」
そう、独り呟いても、その声は誰の耳にも届かない。
本当に、どうしようもない状況だ。
どうしようもないこの状況を、どうにかするために、わたしはどうすれば良いのだろう……。
?「お困りかい、お嬢ちゃん」
ふと、低くて重い声。
声のした方向に振り向いてみたけれど、誰もいない。いや、厳密に言うと、『幽霊』はいない。生きた人間ならたくさんいるのだけれど。
?「下だよ。下を見るんだ」
またもや声。
わたしは、その声の通りに視線を下に向けた。
……そこには、猫。
真っ黒けっけで、毛並みの良さそうな、猫。
………。
……猫?
女「えっと……」
猫「『猫が喋ってる!』なんてお決まりの台詞は言うなよ。今まで散々言われた台詞だからな」
女「あの……わたしに、何のご用で……?」
猫「何かご用ぅ?お前さんな、俺が最初にかけた言葉が何だか覚えてねえのか」
女「えと……確か、『お困りかい、お嬢ちゃん』って……」
猫「そうだよ。なんだ、覚えてるんじゃねえか」
そう言って猫は、私の肩に飛び乗った。不思議と重さは感じない。幽霊だからだろうか。
それから猫は、わたしの頬に自分の頬を『ぐにゅっ』とくっつけて、
「なら、俺が言った言葉の意味する事くらい……分かるよ、な」と言った。
女「じゃあ……助けてくれるの?」
猫「勿論」
そう言うと猫は普通の(つまり生きていて、人間の言葉を話さない)猫ならば絶対にしない、とてもとても人間じみた笑みを浮かべた。
それも『クスクス』や『ニコニコ』ではなく、『ニタニタ』と。
*
女「わたしを助けるって……どうやって?」
猫「簡単なことだ。お前さんの霊体を実体に戻せばいいだけさ」
女「……ってことは」
猫「そう。お前さんの実体はまだ完全には死んでないのさ。魂が抜けているだけでね」
女「ほんと!?……よかった。じゃあ、はやく戻して!」
猫「そういけば話は簡単なんだけどよ……。ってか会って数分なのに何でそんなに馴れ馴れしいんだよ」
女「?」
猫「いや、まあいいけどな……なんつーか、こう……お前さん、?憑かれて?るんだよ」
女「……。…はい?」
猫「憑かれてるんだよ、霊に。それも超強い」
女「うっそだあー」
猫「嘘つく理由があるか」
女「うーん……。ないね」
あ。
もしかして。
もしかして、さっき見たわたしの体の周りを漂っていたあの何だかよくわからない黒いものが、その霊……?
女「ねえ、その霊って黒い?黒くてふよふよ体の周りを漂ってる?」
猫「お前さん、もしや見たのか?」
女「さっきね。わたしの体見たとき一緒に」
猫「んんん、じゃあ、多分それだな」
女「やったー大正解だ!スーパーひとしくん人形もーらいっ!」
猫「それでその霊が、お前さんが実体に戻ろうとするのを邪魔してんだよ」
ううっ、スルーですか。
ノリの悪い猫ちゃんだぜ、ベイビー。
女「なんで邪魔してるの?」
猫「さーな。ま、大方お前さんの体を乗っ取ろうとしてるからじゃねぇのか?」
女「嘘、それってやばくない?」
猫「やばいぜ」
女「じゃあそれならもう一刻も早く体に戻らなきゃじゃん!」
猫「まあ待て」
女「待てないよモテないよわたしはモテないよ!」
一刻も早く自分の体に戻らないと知らない霊に体が乗っ取られてあんなことやこんなことをされちゃうんだ。きっとそうなんだ!産まれてこのかた一度も告白をしたこともされたこともないこのわたしが!
猫「お前さんがモテるモテないの話はしてないしする気がない。というか俺の話を聞け」
女「ついでに風の歌も聴きましょうか?」
猫「やれやれ」
女「それで話って何さ」
猫「いきなり素に戻るのな」
そして猫はごほん、とわざとらしく咳払いをして(というか猫が咳払いなんてするのだろうか。人の言葉を喋るくらいだからまあできないこともないのだろう。今したし)
猫「えーっとな、霊体が実体を乗っ取るっつーのはそう簡単にできることじゃないんだよ」
女「なーんだ、じゃあゆっくりでいいね」
猫「そういうワケにもいかないだろ」
女「あははーですよねー」
笑って誤魔化してみたが、睨まれた。人を殺せそうなくらいの視線だった。死線を彷徨っているようなわたしが言うとあれだけど。
猫「まあまずはお前さんの体を乗っ取ろうとしてる霊を何とかしないとな」
女「うん、何とかするんだ。頑張ってね!」
猫「お前さんも手伝うんだよ馬鹿」
尻尾で頬をはたかれた。結構痛い。
しえん
女「……じゃあ、わたしは何をすればいいの?」
猫「簡単さ」
女「ワンパン?」
なんてこったい。わたし体力に自信ないんだけどなー。
猫「難聴系主人公は俺は嫌いだぞ」
女「え?なんだって?」
猫「……」
無視された。酷いね、猫のくせに。こいつの方が難聴みたいじゃないか。
……いや、猫のくせには言い過ぎかな。わたしは心の中で、心の中でひとりごちた悪口に対し、謝る。
女「ごめんなさい」
猫「何謝ってんだよ」
女「あわわ!心の声が表に出てしまった!」
なんたる失態。今日やってしまった失態の内では二番目くらいにショックな失態だよ……。
一番の失態はもちろん車にはねられて死んだこと。
猫「知らねェ霊がお前さんの体乗っ取ろうとすることが二番目じゃねぇのかよ!」
ツッコまれた。
女「地の文……じゃなくてわたしの心の声を盗み聞きしないで!」
それに『乗っ取られそう』なだけで、まだ『乗っ取られた』ワケではないのだから、失態の内には入らないだろう。
もし乗っ取られてしまったら、そのときは二番目の失態になるだろうけど。
女「そう、そうだよ!わたしの失態を増やさないためにも早く何とかしなくっちゃ!早くそのウンチョコピーな霊をやっつける方法を教えてよ!」
猫「……いや、別にやっつけるワケじゃねぇんだけどよ」
ウンチョコピーって……と猫は言った。
猫「うん、そうだな。まずはその霊をお前さんの体から引き剥がすんだ」
女「ベリベリ……っと?」
猫「音はしねぇと思うけどな」
女「よし、ならば善は急げ!早くその霊をベリベリっとベリーファストでアーリーな感じで引き剥がそう!」
と言ってわたしは、わたしの体が倒れていた方を向いた。
……が、そこにわたしの体はなかった。
女「あれ!?ない!」
神隠しか!?チクショーわたしも湯屋で名前を変えられて働きたかった!
猫「いや、フツーに病院に運ばれただけだからな」
ジト目で言われた。可愛いなぁ。
女「じゃあ病院にれっつらごーだね!」
わたしが歩き出すと、猫はその後ろをチョコチョコと早足で付いてきた。可愛いなぁ。
*
女「病院だね」
猫「ああ、まごうことなきまでに病院だ」
女「っていうかなんで、猫さんはわたしの体がある場所がわかったの?」
実を言うと、この病院まで猫に案内してもらって来たのだ。
猫「まあ、ニオイっつーか……気配っつーか……なんかそんなもんを辿って」
女「便利だねー」
猫「動物だからな」
女「いいなー、わたしもそんな能力が欲しいなー」
猫「能力って……。そんな大層なもんじゃねぇよ」
女「うがぁー!どうしてこんなに世界は理不尽で不条理で差別的なんだあぁぁ!」
わたしは叫んだ。
この姿になってよかったと思える点は、どんなに叫んだり喚いたりしても生きている人間には迷惑がかからないことだ。
幽霊にはかかるけど。
猫「まあ、世界なんてそんなもんさ」
と言うと猫は、下──コンクリートの道路に目を向けた。
何かを思いつめるように。
何かを思い出しているように。
そう、わたしには見えた。
女「……どうか……したの?」
猫「え。あ、いや……なんでもない」
期待
猫はそう言ったけれども、その声色は、なんでもないようには思えないものだった。
……まあ、多分人には言えない(きっと猫にも言えない)秘密があるのだろう。それについて詮索するのはよくないことだよね。うん、よくないことだ。
女「そういえば」
猫「?」
女「猫さんはいつ死んだの?」
猫「……俺もお前と同じ幽体離脱状態っつー可能性は視野に入れてないワケか」
女「えっ、じゃあ猫さんもわたしと同じで体はまだ生きてるの!?」
猫「いや、もう体の方はずっと昔に死んでるよ」
猫「ただなんとなく生きている可能性を考えてないことに少し腹が立っただけだ」
女「うう、ごめんなさい……」
猫「いや、別にそんな怒ってねーよ」
女「うん……じゃあ、行こっか」
そう言ってわたしは歩き出した。
もし猫が人間だったなら、わたしは絶対その人と手を繋いでいただろう。
なんとなく、そんな気がした。
猫「……」
猫「変な妄想するなよ気持ち悪い」
女「またそうやって地の文に口出しするのやめて!」
猫「へいへいわかりましたよ」
女「んもー」
女「まあいいや、早く行こ」
猫「おう」
*
女「ここが集中治療しちゅ……」
猫「噛むなよ」
女「仕方ないじゃん言いにくいよ集中治療室なんて」
女「早口言葉かっつーの。もう」
女「五回言えたらそいつは神よ」
猫「集中治療室集中治療室集中治療室集中治療室集中治療室」
女「……」
猫「もっと言ってみようか?」
なんてこったい。神はこんな近くにいたのか。
チクショードヤ顔むかつくぅー!
女「おお、神よ!」
まあ、猫なんだけどね。
神でもオオカミでも大神でもない。
猫「ま、行くか」
女「あ、ちょ、ちょっと待って」
女「あ、あの……ねえ、猫さん」
猫「なんだ?」
女「どうして猫さんはわたしを、助けようって思ったの?」
猫「え……、それは……」
女「だってわたしと猫さんの間には、何の関係もない……はずでしょ?」
猫「………」
猫はいつもより少しばかり目を見開いて、こちらを凝視している。
女「それに、猫さんがわたしを助けたって、猫さんには何のメリットもないはずでしょ?」
猫「まあ……な」
女「なら、どうして?」
女「放っておくことだってできたはずなのに。見捨てることだってできたはずなのに……」
猫は、少し考えるような顔をした後、
猫「……まあ、なんつーか」
猫「なんとなく……って感じだ」
と、言った。
女「なんと…なく……」
猫「ああそうだ。お前さんな、考えてもみろ。人がいちいちロジックで動いてると思うか?人を助けるのにいちいち理由がいるのか?……いやまあ、俺は人じゃなくて猫だけどよ」
女「う……ううん、いらない……と思う」
猫「だろ?だから俺がお前さんを助けようと思った理由もなんとなくなんだよ」
女「そっか……そうだね」
女「ごめんね、変な質問しちゃって」
猫「気にするな、変な奴に変な質問をされたところで気にしねーよ」
女「ひ、ひど……」
*
女「すり抜けって便利だね」
猫「幽霊だからな」
この姿になってよかったと思える点がもうひとつ増えた。
キョロキョロあたりを見回すまでもなく、わたしの体は見つかった。
見たこともない機械がたくさんついたベッドに寝かされている。
医師や、たくさんの看護師がよくわからない機械の画面を見たり、メスやハサミを使ってわたしの治療をしていた。
女「いた!わたしの体!……と黒い変なもやもや!」
そしてわたしの体の周りには、さっき見たのと同じ黒いもやもやが漂っていた。
心なしか、少し大きくなっているように見える。
猫「……」
女「猫さん、どうやってあいつを体から引き剥がすの?」
猫「いや、待て」
と言うと猫は、黒いもやもやに近づいていった。
猫「お願いだ。そいつから……離れてやってくれ」
女「な、なに?どうしたの……?」
なに?猫もやもやと知り合いパターン?
黒「離れられないな、わたしはこいつが憎いんだ!」
黒「お前の命を奪ったこの女がな!」
女「えっ……」
猫「……」
女「ね、ねえ猫さん……どういうこと?」
猫「そいつは……俺の……」
猫「彼女……彼女、だったものだ」
黒「そうよ、わたしも生きているときは猫だった」
黒「そして彼の彼女だった」
黒「わたしは彼を世界一愛していた」
黒「それは今でも変わらない」
黒「でも」
黒「でも、彼は!」
黒「お前のせいでっ!死んだんだ!だからわたしはッ!お前をずっと恨み続けてきた!憎み続けてきた!」
黒「死んだ後も、その気持ちは変わらなかった!だからこんな姿になってまでこいつの体を乗っ取って恨みを晴らすというわけさ!罪を償わせるというわけさ!」
女「……ね、ねえ……何を言ってるの……?」
女「何を言ってるのか……わたし、全然わからないよ……」
黒「忘れている……だと?」
黒「貴様ッ!忘れているだと!?ふざけるな!ふざけるなよっ!!」
黒いもやもやはそう叫ぶと、わたしに接近してきた。それも、すごい勢いで。
猫「やめろっ!」
猫のそんな言葉も虚しく、黒いもやもやはわたしの中に『入って』きた。
溶け合うように。
絡み合うように。
混ざり合ってゆく、存在と存在。
黒いもやもやに包み込まれていく。
彼女の憎しみと恨みに取り込まれていく。
霞がかって、ぼんやりとしてきた頭の中に、声が響く。
黒「さあ思い出せ!貴様の罪をッ!」
猫「──!!」
猫が何かを叫んだが、その声がうまく聞き取れない。
色んなものが遠くなり、わたしの意識というものも遠くへと飛ばされていった。
*
わたしは浮かんでいた。
わたしが浮かんでいるのは、自分の家の前。
家の中から、子供の笑い声が聞こえる。
見てみると、そこには小さい頃のわたしが、黒猫と遊んでいた。
黒猫。
黒い、猫。
あれは、あの……猫。
そうだ……あの猫は……。
女「………」
どうして。
どうして、忘れていたんだろう。
大切な、友達だったのに。
乙。
そして……。
……そう、あれは風が冷たくなってきた、秋のある日のこと。
わたしは、学校帰りに車に轢かれそうになったんだ。
寒くて体が震えてて、早く暖かい家に帰りたくて。
ついつい、車が来ることを確認せずに、道路に飛び出してしまったのだ。
大きくて、重くて、硬い鉄の塊が、わたしに迫ってきた。
恐怖のあまり、体が動かない。
視界は、ヘッドライトに照らされちかちかとしている。
──死ぬ。
──死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!
──死にたくない。誰か、助けて。
その途端、小さな黒いかたまりがわたしを跳ね飛ばした。
車は、わたしの体のすれすれを凄い勢いで通り過ぎていった。
──何かが潰れる、ぐしゃりという音とともに。
わたしは、呆然とするあまりしばらく車の過ぎて行った後の空間を見続けていた。
やっと体が動くようになって、わたしは潰れた『それ』が何なのか分かった。
それは黒い毛皮の、猫。
赤い首輪を付けた、わたしの大切な、友達。
車に轢かれて、ぺしゃんこになって。
血まみれになって、地面に打ちひしがれている。
女「あ………あ……」
──罪。
──これがわたしの、罪。
──背負うべきだった、罪。
──忘れてしまった、罪。
女「あ……ご…ごめんなさい」
知らぬ間に、わたしは謝っていた。
わたしを庇って死んでしまった猫に対してか。
自らの罪を忘れた事に対してか。
またはその両方か。
──ごめんなさい。
──ごめんなさい。
──ごめんなさい。
謝る度に、償いの言葉を紡ぐ度に、わたしの心は闇の中に沈んでいく。
……でも。
……でも、わたしは……。
……わたしは、まだ、することがある……。
ここで意識を閉じるわけには、いかない。
「──!」
声が、聞こえる。
わたしを呼ぶ声。暖かい声。聞き慣れた声。
意識が、思考が、精神が、浮上してゆく。
──目覚めなくては。
*
猫「おいっ!おいっ!大丈夫か!?」
女「た、多分…」
ゲホッゲホッと咳が出てきて苦しいけど、多分それ以外は大丈夫だと思う。
女「それと……ごめん……君のこと……忘れちゃって……ずっとずっと、長い間……忘れちゃってて……ごめんね」
猫「いや、いいんだ。俺の命と引き換えにお前さんが助かったんだから」
猫「それに俺は、死んでからもずっとお前さんのそばにいたさ……」
猫「お前さん……おっちょこちょいだから……心配で心配で……」
女「…ありがとう……」
そして猫は、黒いもやもやをキッと睨んだ。
猫「もうやめろ!」
猫「俺はお前が好きだった!だけど今は違う!」
黒「!?」
猫「ただ恨みと憎しみの心だけで人を苦しめているお前なんか嫌いだ!」
黒「なん……だと……」
黒「嫌い!?嫌い!?嫌い嫌い嫌い!?嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いだと!?きらい嫌いキライキライキライキライキライキライキライキライキライキライキライキライ嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いキライキライキライ嫌い嫌いキライキライキライキライキライイイイイィィィッ!!?」
ブワッ、と。
黒いもやもやは、その体積を広げた。
治療室中が、霧のような黒いもやもやで包まれた。
ベッドも、医師も、看護師も、手術道具も、手術されているわたしの体も、猫も、わたしも。
黒「みんなあなたのためにやったのにやったのにあなたのためにやったのになのになのにためなのにためなのになのになのにためなのになのにためなのになのになのになのになのになのになのになのになのにあなたのためなのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのにあなたのためなのになのになのになのににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににににに」
狂ったように叫ぶもやもやの中心あたりに、何かにが見える。
女「あれは……猫?」
猫。
輪郭だけの、猫。
影のように真っ黒の──いや、『真っ暗』な、猫。
闇夜の黒よりも黒く、暗い心の猫。
猫「やばい……あいつ、本気で来るぞ!」
猫がそういった途端、もやもやの猫がわたしに向かって突進してきた。
黒「■■■■、■、■、■■■■■■──ッ!!!」
言葉なのかも分からない、呪詛の声がこだます。
猫「やめろっ!」
黒「■■■!■■■!■■■■■■!■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
乙
恐怖の余り、わたしは目をつむった。
いや、諦めなのかもしれない。
女「──っ!」
でも、仕方のないことなのだろうと思う。
だってわたしが悪いのだから。
友達を殺してしまい、そしてその罪を忘れてしまったのだから。これは当然の報い──罰なのだろうから。
でも。
それでも。
それでもやっぱり、ここで終わりになるのは嫌だった。
──だから、思ってしまった。
──誰か、助けて……と。
わたしがそう思った瞬間、
黒「■■■!?」
もやもやは、困惑の声を上げた。
猫が、彼女に抱きついていた。
猫「もうよしてくれ。そいつには何の罪もないんだ」
黒「■、■ど……だけど……」
猫「ごめん。……ごめんな。お前にさよならの言葉、言えなくて」
猫「ずっと……さみしい思いさせて……ごめんな」
猫「もう、いこう……いかなくちゃなんねえ」
黒「……」
黒「わたし……」
黒「わたし……ずっとさみしかった……あなたに会えなくて……」
黒「でも……いいの……。もう」
黒「だってあなたの……あなたの笑顔がまた見れたんですもの」
そう言うと、二匹は暖かな光に包まれ始めた。
猫「おい、女」
女「な……なに?」
猫「ごめんな、最後まで付き合えなくて」
女「ううん。後はもう一人でも大丈夫」
猫「そうか……。元気でな」
そういうと二匹は、銀色に輝く光の粒子となり、消えた。
還るべき場所へ還ったのだ。
──わたしも。
わたしも、帰らなくては。
*
あれから一ヶ月が過ぎた。
わたしは無事退院し、今まで通りの元の生活に戻っていた。
女「うわーん遅刻遅刻!!」
今日は、友達と遊びに行く約束をしていたのだ。
急いで支度をして、家を出ようとする。
女「よし!9:20分!これならギリギリ間に合う!」
その時、誰かが見ているような気がした。
暖かく、どこか懐かしさを覚える。
──わたしは微笑んで、それから玄関の鍵を閉めた。
おわり
乙
乙!
これくらいの長さがいいよな
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