懐古ジャンル「素直クール」 (76)

新ジャンルスレってめっきり見なくなった

なんかヤンチャン烈見たらクール絵師が連載してやがんの
懐かしすぎた

アホ生徒会長だったか馬鹿生徒会長だったか好きだった
パートスレになってぐだってくのを見るのは悲しかったな

6、7年前?

「お先に失礼する」

フロア内は残業するものが多い時期だが、就業時間ぴったりに立ち上がった彼女をとがめる者はいない。

もともと女性職員の残業は少ない会社だし、そうでなくても彼女の就業時間内の仕事密度を知っている者なら、
口が裂けても意味のない残業命令など出せないだろう。

第一、必要な資格や特許をいくつも保有している彼女がそっぽを向いたら、会社全体とまでは行かなくても
この部署くらいなら、たちまち動かなくなってしまう。

私が彼女だったら、きっとフロア内で女王様のように振舞うだろうが、彼女はそうしたことには興味がないらしい。
と、いっても、決して親しみやすいわけではない。

──むしろ、近寄りがたい。

それでもエレベーター前で声を掛けることができたのは、同期のよしみだ。
あだ名で呼べるのも。

「あ、待ってよ、クー。──今日、合コン行かない?」

彼女がくるっと振り向いた。

女の私でも、どきっとしてしまうくらいの美貌。
これで情熱的な視線とコケティッシュな微笑のひとかけらでも浮かべればどんな男もイチコロだ。
あーあ、私がこんな美人だったら、すごいお金持ちを捕まえてたのにな。もったいない。

クーは怪訝そうな表情で私を見た。

「……私は亭主持ちだ。君も既婚者ではなかったか?」

「あら、結婚していたら合コン行っちゃ行けないの?」

自慢ではないが、私は週2のペースだ。もちろん旦那には社内の飲み会と言っている。

「法的には問題はない。が、異性に声を掛けられることを前提とした飲酒の席への参加は、
既婚者としては道義的に問題がある。だから私は参加しない」

すごい、何の躊躇もなく言い切ったよ。
予想はしてたけどね。

この美貌とこの頭脳──社内一の才媛だ。既婚者でも言い寄る男は数知れず。
しかしメールアドレスを教えてもらうどころか、日常会話すらまともにできた男も皆無。
仕事上の会話以外でクーと話ができる人間は、私を含めてほんとうに数少ない。
彼女は、家ではよくしゃべるそうなんだけど、とても信じられない。

──クーの旦那様ってどんな人なんだろう。

私はちょっと反発を覚えた。

最近、自分が旦那とうまくいっていないからかもしれない

「堅いこと言わないでよ、別に全部が全部不倫するわけでもないし。──やってる人も結構いるけど。
たまに男の子と遊ぶのも面白いわよ。私たちだってまだまだ若いんだから、
まだまだトキメキも女も捨てちゃいけないんじゃない?」

イケてる女の理論武装は、石のようにゆるぎない城壁の前ではまったく無意味だった。

「年齢的には若いかもしれんが、それと合コンに行く行かないは関係がなかろう。
そもそもトキメキも男も、私は旦那一人で身がもたないほど間に合っている」

わお。身がもたないほどって、アナタ……。
クーはたまにめちゃくちゃすごいことを無表情のまま、さらっと言う。

取り付く島もないが、それでも私は粘ってみた。

「──たまには息抜きでもして楽しまなきゃ。美人のクーがくれば盛り上がるよ」

たしかにクーが来たら、ものすごいサプライズだ。
幹事からの謝礼は──夕飯5回くらい奢りかな?
でも、私の野望達成はちょっと無理そうだった。

「私は旦那といる時間が一番リラックスできるし、一番楽しい」

こうなったら、意地だ。

「クーは、ほんと頭固いわね。
人生は一度きりなんだから、後悔しないようにしないと。人生、時間が足りないわよ。」

「それには同意する。人生は一度きりしかないくせに、私が旦那と一緒にいられる時間は足りなすぎる。
残りの人生全部を無駄なく使っても、全く足りない」

うん。脈がないのは、分かりすぎるほど分かっていた。
そんなセリフ、私も言ったことがある。
旦那さえいれば、他に何もいらない──そういう気持ち、私にもあったはずだから。

クーは、その気持ちがずっと続いている人なのだ。たぶん、死ぬまで、一生。

そのとき、クーの携帯が鳴った。
チャイム音がない、バイブレーションだけの着信は彼女の静けさにふさわしい。

「失礼」

携帯を眺めたクーがすぐに微笑んだので、私はびっくりした。
知り合ってあってから○年も経つが、クーの笑顔は──ひょっとして、はじめてみるかも知れない。

「──それ、旦那さんからメール?」

「ああ。今日は早く帰ってこれるらしい」

パタンと蓋を閉じた携帯を、まるで宝物か何かのようにそっとポケットにしまう。
私は、言葉もなく立ち尽くし、会話が途切れる。

ちょうどそのとき、エレベーターのドアが開いた。

「では、失礼する」

こういうとき、クーは全く躊躇しない。
あっという間にエレベーターに乗り込んだ彼女を、私は呆然と見送った。

「……旦那、ねえ。──なんだかな。私だって、新婚の頃は……」
ひとりでに口をつい手出てきた言葉に、わたしは自分でびっくりした。
なんとなく、携帯を取り出してもてあそんでいることにも。

眼を閉じる。
もうずいぶんとすれ違っている相方の顔を思い出す。

意外なことに、最近よく見る不機嫌な表情でなく、いつかの笑顔だった。
彼女とは似ても似つかぬ不細工な旦那なのに、なぜか私は携帯を覗き込んだクーの微笑みを思い出していた。

気づいたとき、私は携帯をかけていた。

今日の幹事とつながる。
既婚だが、現在年下の女性と不倫中の、かっこいい遊び人だ。
私も酒の席で何度か誘われたことがある。
応じたことはなかったが、悪くないと思ったこともある。

でも、改めて聞くとひどい声だ。──うちの旦那のほうがずっといい声をしている。

そうだ、思い出した。最初、私はあの人の顔じゃなくて声に惹かれたんだっけ。

「──あ、私。ごめん……今日、合コンいけなくなっちゃった。うん、ごめんねー」

すらすらと言葉が流れる。
電話の向こうでドタキャンをなじる声がするが、無視して電話を切る。
──どうせ、もう二度と会うことがない相手だ。

次の電話は、もっとなめらかに言葉が出た。

「──もしもし、あなた? あの…今晩空いてる? うん、今朝言ってた飲み会が急に中止になったの。
……たまには夕飯でもいっしょに食べない? うん、結婚前に二人で行ったレストラン? それ、いいわね。
待ち合わせは、あの場所で。……うん。じゃ、おめかしして待ってるからね!」

ちょうどエレベーターが降りてきた。
どこかで化粧を直して──今日は良い夜になりそうな気がしてきた。

終わり

カレンダーを見ながら、身支度するクーに声をかける。

「クーは今夜、同窓会だったな」

「一次会で帰って来る」

そっけない答え。うちの奥さんは、今日は朝から機嫌が悪い。

「楽しんでくればいいのに」

言ってから、しまった、と思う。クーにこの論法は通用しない。

「楽しむ要素は何もない。私にとって最低限の義理を果たす以外に意味のない集まりだ」

氷点下二、三度の声。
半年も前から決まっていたことなのに、クーにとっては「この半年で一番気に食わない出来事」だそうだ。

同窓生に誰か嫌いな奴でもいるのか? と聞いたことがある。
逆だ、という答えが返ってきた。

嫌いな奴はいないのではなく、好きな奴がいない、ということらしい。
たしかに男に対しても女に対しても、クーが好印象を抱く人間はごく限られている。
しかしそんなもので、こんなに不機嫌になるのか。
昨晩、理由を聞こうと思ったけど、なんとなく聞きづらかった。

シャワーを浴びたクーが、バスタオルを体に巻いたままタンスをごそごそやっている。
あれ、下着とかはその手前の取り出しやすいところにあるはず──?

「……ちょっ、クー。そんなおばさんパンツはいてくのか!? おへそまであるよ、それ!」

クーが手に取ったベージュ色の下着に、僕はなじみがない。
というか、こんなおばさんパンツを持っていることすら知らなかった。

クーの下着は普段の白やらブルーやらから、勝負パンツまで全て知っている
──というより、教えられていたはずなのだが。

妻がセクシーな下着を持っているのを夫が知らないのは、浮気の危険のサインというけど、
その逆はいったいどういうサインなんだ?

「この季節、女が子宮を冷やすのは良くない」

クーは大真面目な顔で言った。

「い、いや、外出するんだからそんなんじゃ……」

「心配しなくても、服はそれなりのものを着ていく。
君と別行動ということは、私は今夜、性行為を行なう予定がまったくない、ということだ。
つまり、下着を見せる可能性も脱ぐ可能性もゼロ。──なぜ勝負下着をつけていく必要がある?」

ぶはっ。

飲みかけていたお茶を噴き出す。

うちの奥さんは、この辺の言動が非常にストレートだ。
我が家では「微妙なすれ違いの末のセックスレス」には縁がなさそうだった。

「いや、まあ……そう言えばそうだけど。
──俺は夕飯どうしようかな。隣町にでも出て食ってくるか」

話題を変えようとしてつぶやいた一言に、クーが振り向いた。
眼が輝いている──もっとも僕以外の人間がそれを読み取るのは難しいが。

「なんだ、隣町なら、私の同窓会会場のそばだぞ?」

「あ、じゃあちょっと遅くに出て、クーと合流してから一緒に食いに行くか」

「それはデートだな。今夜が俄然楽しみになってきた」

クーはうんうんと頷いた。

「で、デートって、ちょ……飯食いに行くだけ……」

「では、私は一番のお気に入りの下着に穿き替えてこよう。
今夜は見せる可能性も脱ぐ可能性もでてきたからな」

先ほどとはうってかわった超ご機嫌モード──これも僕以外の人間にはわかりづらいらしい──で
クーはタンスのもとに引き返した。

わ、それは勝負パンツの中でも一番やばいデザインの奴だ。
女は子宮を冷やしちゃいけないんじゃなかったのか?

「……<可能性>というより、<決定>という顔なんですけど……」

楽しそうな表情で下着をはきかえるクーにはその声は届かなかったらしい。

「これで今週も君とデートができるな。とてもうれしい」

そういえば、結婚するずいぶん前から週末の夜はいつもクーと過ごしていたことに僕は気づいた。

「じゃ、クーが機嫌悪かったのは……」

「同窓会は早々に切り上げる。その後は……今夜は夜更かしだな」

──すでに<確定事項>ということらしい。

終わり

階段のあたりでごそごそと音がしたのは、夜の十二時をまわった頃だった。
ドアの向こう側でもじもじしている相手に声をかける。

「どうした、ツン。もう寝たんじゃなかったのか?」

ツン──旦那と私の愛娘、鶴香はドアを開けて入ってきた。

ちなみに、ツンというのは、この子がまだ口が回らないほど幼い頃に、
自分の事を「つんか、つんか」と呼んでいたことから来ている。命名、旦那。

そのツンは、1時間前に、誕生日の父親がまだ帰ってこないことを猛烈に抗議したあげく、
もう寝る、と宣言して自分の部屋に駆け上がったばかりだ。

「パパ、まだ帰ってこないの? もう12時過ぎちゃったよ!!」

「今月はずいぶん忙しいらしい。
──せっかくの誕生日なのに、ツンに祝ってもらえず残念だろうな」

自分から言い出したくせに、私が旦那のことに触れると、ツンは化学反応を起こした。
つまり、瞬間的に真っ赤になって、同時に頬を膨らませたのだ。

「……な、な、なっ! そんなの最初っから祝うつもりなんかないもん!
パパなんかオヤジだし、臭いし、汚いし、世界で一番大っ嫌いだもんっ!!
お誕生日なんか、ぜぇぇ~~ったいに祝ってあげないもん!」

「ほう。ツンにとっては<世界で一番大嫌いなパパ>か。
私にとっては<世界で一番大好きな旦那>なのだがな」

後半は、紛れもない事実だ。前半は──見れば分かる。

ツンは押し黙った。

ツンが後ろ手に持っている厚紙で作ったものを見ないようにして、私は話題を変えた。

「そう言えば、ツンは昨日「肩叩き券」を作っていたな。上手くできたか?」

「上手くできたよ! ──ぱ、ぱ、パパへのプレゼントじゃないからね!!」

「そうか。それは良かった。おかげで私からのプレゼントが
<ダンナが貰って喜ぶプレゼント>世界ランキング1位に繰り上がる」

ツンはちょっと息を呑んだ。意外な伏兵に遭った思いなのだろう。
甘いな、娘よ。

君の前にいる女は、まがりなりにも君の父親の人生のパートナーだ。
君の人生の何倍もの時間を彼といっしょにすごした手ごわい女だぞ。
出し惜しみをしていて勝てる相手ではない。

澄ました顔でお茶をすする私を、ツンは上目遣いで窺った。

「……ママは、パパに何を贈るの?」

「コートを買ってあるのだが、ツンの肩叩きがないのなら、
マッサージでも追加しようかと思う。最近だいぶ疲れているようだからな」

「……パパ、疲れてるの?」

「そのようだな」

たしかに最近は残業が多い。
休みの日は極力ゆっくりさせようとしているが、旦那はツンを連れて三人で遊びに行きたがる。

「ママも疲れてる?」

「パパほどではないがな」

て言うかこれ、ブーン系の奴の焼き回しじゃねーか。
読んだことあるぞ。
顔文字がなくて気付かなかったけど
なんでわざわざ他人のSSを貼り直してるんだ?

「じゃ、ママはパパにマッサージしなくていいよ! ツンがパパの肩叩きしてあげる!
……べ、別にパパの肩叩きをしたいんじゃないからね! ママをお休みさせてあげるの!」

そう来たか。なかなか面白い辻褄あわせだ。

(じゃあ、ツンがママに肩叩きして、ママがパパをマッサージするという方法もあるな)
──とは言わない。

ツンはツンなりに頭をひねったあげく、昨日一生懸命作った肩叩き券を使う理由を考え出したのだ。
ここは譲ってあげよう。

娘が父親に甘えられる黄金の日々は限られている。
すぐに花嫁衣裳を着て、旦那と私のもとから旅立ってしまう。

ツンに悟られぬように微笑したとき、玄関のチャイムが鳴った。

「ただいま──」

「おかえり──。パパ、遅すぎぃー!!」

怒ったような声を上げながら玄関まで全力疾走しはじめたツンを横目で追いながら、
私は誕生日祝いのご馳走を暖め直すべく椅子から立ち上がった。

ハッピー・バースディ。

終わり

>>47
バレたか。メモ帳ひっくりかえしたら昔お気に入りだったシリーズの
テキストがいっぱい残ってたからコピペしてた。

怒られたので止めるわ。すまんかったな。

言われてみれば速筆過ぎるわ
ちなみに元スレのタイトルは?

>>50
総合スレから持ってきてたからスレタイは特にないかと

ちなみにメモ帳にはこのシリーズはあと15話分くらいある

続けます


ただ、これは転載であり筆者は私じゃないので注意してください

あと、まとめサイトへの二次転載などは絶対にやめてください

キッチンが沈黙した。
早朝4時から一時間の奮闘ぶりは、ドア越しに十分伝わってきていた。

そろそろ頃合かな。
私はカップの底のぬるい紅茶を飲み干して立ち上がった。

「──ま、ママ」

「おはよう、ツン。料理か?」

泣きそうな顔で振り向いた愛娘の前にあるのは──大量の、卵焼き。
焦げていたり、崩れていたり、生焼けだったり、様々だ。

先日のやり取りが脳裏に浮かぶ。


,

「──ねえ、ママ。パパって何が好きなの?」

「ダンナはツンと私のことが大好きだと思うぞ」

「そうじゃなくって! 食べ物とか……」

「難しい質問だな。ダンナは何でもおいしく食べてくれる人だ」

それは、私が何でも作る、という意味でもある。

「と、特に好きなものとかはないの?」

私はちょっと考えた。ダンナに最近好評だったのは、
自家製ローストビーフ、鯉の唐揚げ甘酢餡掛け、香辛料のブレンドからはじめるカレー……。
どれもツンの手に負えないものばかりだ。

いや、とっておきのメニューがある。

.

「──強いて言えば、卵焼きだな」

「卵焼き?」

ツンの目が輝く。ツンの年齢でもなんとか作れるものだし、ツン本人も大好きだ。

「卵焼きは、私も好きだ」

「ママも? じゃ、ツンがそのうち作ってあげる。 
──ま、ママに食べさせてあげたいのよ!? 別にパパに食べさせたいわけじゃないのよ!?」

「楽しみにしている」

二日後の朝──つまり今だ──に展開する惨状を、私は見ない振りをした。

3パック買っておいた卵は、今や残り3個まで使い尽くされていたし、
流しを中心にステンレスには黄色いどろどろがこびり付き、空気は焦げ臭い。

だが、掃除は出社前にどうにでもできるし、フライパンは買いなおせば済む。

「たくさん作ったな」

ツンの頭をふわりとなでる。

「失敗しちゃった……」

ツンは唇をかんだ。目に涙を浮かべている。

「料理は経験の蓄積だ。最初からうまくできる人間などいない」

「ママはあんなにうまく作るのに、私のは……」

「私が最初に作った卵焼きは、こんなに上手ではなかった」

事実だ。ツンのそれは卵焼きの範疇に入る。だが、私の卵焼きは──。

ツンが驚いたように顔を上げて私を見つめる。

「ツン。料理がうまくなる極意を教えてやろう。──大好きな人と一緒に作り、一緒に食べること、だ」

──私にその極意を教えてくれた人物は、そう笑って消炭を平らげた。

この男は、私が作ったものなら毒物でも食べてしまうにちがいない。

食事とは、最低限の栄養素を取り込むだけの行為。
そう考え、ビスケットタイプのバランス栄養食とビタミン剤を主食にしていた私が、
料理を覚えよう、と思ったのはその瞬間だ。

この男とずっと一緒にいたい。この男に長生きして欲しい。この男に消炭など食べさせたくない。
その想いと、その男が一緒に作ってくれた卵焼きは、私を料理好きの女に変えた。

.
「おはよう。──お、卵焼きか。うまそうだな」

寝癖をつけたまま起き出してきたダンナがひょいと手を伸ばす。
焦げついた卵焼きを頬張るダンナに、ツンがあっ、と声を上げた。


「──うん。うまい」

にっこりと笑った父親に、ツンは真っ赤になった。

「な、な、な、パパに食べさせるために作ったんじゃないもん! 勝手に食べちゃって!!」

「あ、それはすまん。うまかったからもう一個食べていいかな?」

言ったときにはすでに隣の生焼けに手が伸びている。
ツンは、さらに真っ赤になったが、皿をひっこめはしなかった。

その胸の中のいろいろな入り混じった感情──羞恥、喜び、自分への不満、努力への誓い。
きっとツンは、私よりもずっと料理がうまくなる。

だが、今のところは、手本を見せてあげるか。

「今日は三人とも、朝食も弁当も卵焼き三昧だな」

「そりゃ、いいな」

「ついでだ。残りの卵も卵焼きにしてしまおう」

「卵、三つ残ってるね」

「ダンナと、私と、ツンで一個ずつ作るか」

「え? ──パパ、卵焼き作れるの?」

「パパだって作れるぞー。ママに卵焼き教えたのはパパなんだから」

「うそばっかり! ぶきっちょのパパがママに教えたなんて」

「ふふ。本当だ。私は久しぶりにダンナの卵焼きを食べたい」

「なっ──、べ、別に食べたくないけど、……ツンも食べてあげてもいい…わよ」

「よーし、じゃ、頑張って作るか!」

ダンナの卵焼きは、型崩れだが、あの味がした。

ツンにも忘れられない味になっただろう。


終わり

同い年の人間が集まる同級会ならともかく、親の世代や下手すれば祖父母の世代も集まる
高校の同窓会なんて、正直、全然期待していなかった。

母も同じ学校だったので、その付き添い代わりについてきたのだが、
──まさか先輩が来ているとは思わなかった。

立食パーティーの人ごみをかきわけ、壁際に駆け寄る。

「クー先輩!」

「ああ、──君か」

私を確認した後、先輩は小さく頷いた。

「そうか、高校には君がいたな。同窓会で好きな奴がまるでいないわけではなかった」

ぼそりという言葉が相変わらずストレート。私は顔が赤くなるのがわかった。
先輩の言う「好き」はあくまでもLikeのことだ。
でも私は、一時期、Loveのつもりで先輩に「好き」といったことがあった。
放課後、校門で待ち伏せしてラブレターを差し出してきた二つ年下の女の子を眺め、
困ったような表情をしていた先輩のことが今でも忘れられない。

結局それは、恋に恋する乙女の、思春期の不安定な気持ちの発露でしかなかったし、
先輩はあくまで「同じ部の先輩と後輩」として接してくれたのだが、
先輩が卒業するまでの一年間は、私の青春の一番のキラキラだった。

退屈な同窓会が、突然ばら色の世界に変わった気がする。
たわいのないおしゃべりと近況報告。

クー先輩、結婚したんだ。

私も──。

私も……。


ちょっと言葉が途切れてしまった。


あわてて話題を探す。また、おしゃべりが続く。
もっともしゃべっているのは、ほとんど私なのだが。

この辺は、高校時代からちっとも変わらない。
騒々しい私と、静かな先輩。何もかも対照的な二人の会話はいつもこんな感じだった。

もう一つ変わらないことがあった。
一通りしゃべり終えて会話が途切れたとき、クー先輩が私の瞳を覗き込んだ。

「──何か、心配事があるのか?」

クー先輩は、いつでも物事の核心をまっすぐ突いてくる。

会場をそっと抜け出して、ラウンジの片隅でコーヒーをすする。
クー先輩は紅茶。紙カップで飲む姿さえも様になる人だ。

私はぽつぽつと語り始めた。

「最近、彼氏と……うまくいってないんです」

大学に入ってから恋人とは、付き合ってもう○年になる。
そろそろ結婚を真剣に考えはじめている間柄だった。
クー先輩対象に抱いた、恋に恋するものではない、本当の恋を経て愛情を抱いている相手だ。

それが最近、にわかに雲行きが怪しくなってきている。
ここ一ヶ月は、遭うたびに喧嘩ばかりしていた。

原因は分かっている。私のせいだ。

「──ふむ。君はいつも笑顔で人当たりもよいのに、意外だな」

お世辞や社交辞令を抜きにした、本心からの率直な感想。
相談相手として、本当にありがたいのは先輩のこういうところだ。
だから、私も他の人には言えないことも素直に話せる。

「私、家では結構わがままなんです。なんというか、外では気を使ったり、おしとやかに振舞っている分、
気を許せる人には、がさつに接したり、強く当たっちゃうというか……」

「ああ、なるほど。──君は、いわゆる、家族には甘えるタイプなのだな」

一歩間違えば、容赦がないと形容されてもおかしくないほど、ストレートな指摘。
だが、今の私が必要としているのはまさにそれだった。

「そうなんです! それで、彼との仲が深くなればなるほど喧嘩になっちゃうんです」

会社や同僚や学生時代の友人が聞いたら、きっと信じないだろうが、
ありのままの私は、「外」で見せるより、わがままで、嫉妬深くて、依存心が強い。
クー先輩ですら、一年間のつきあいでは、そこまでむき出しの自分を出せなかった。

──というより、先輩はどこまでも憧れの対象だったから、そうだったのかも知れないが。

そんな私は、家の中では、家族の前では、自分に貼り付けた色々な仮面を脱ぐことができる。
しかし、それが諸刃の剣だった。

親しくなって、私の中で彼がどんどん大きな存在になっていくのと比例して、
私は「ありのままの自分」をさらけ出すことが多くなっていた。
それが彼とのすれ違いを生んでいく。

彼が好きになったのは、穏やかで周りに気配りができる私の「仮面」の部分。

でも私が、これから一生一緒に暮らして行く人に認めてもらいたいのは、「素」の私。

彼だけではない──親しくなったとたんに地をさらけだした私の元から去っていった友人は何人もいる。
でも一緒に暮らしていく人の前で、一生この仮面をかぶり続けていくなんて、私にはムリだ。

結婚するということは、彼と家族になるということ。
家族の前で偽りの自分を演じることはできない。

だから、もっと「本当の私」を受け入れて欲しい。
──それが彼に重い要求となっているのだろうか。


(しばらく考える時間を置こうよ)

一週間前、喧嘩の後でそう言われたばかりだった。

「ふむ」

先輩は、私のうまくまとまらない長い話の間にすっかり冷めてしまった紅茶を、くーっと一息で空けた。

「最愛の人に、ありのままの自分を見せられないとしたら、つらいな。
──私も、ダンナに、装った仮面を見せ続けなければならないとしたら、とても苦しいだろう」

それはつまり、先輩は、それをしなくても済む人と一緒になれたということ。

私はうつむいた。

「順当に行けば、配偶者とは、親よりも子供よりも長く付き合う家族だ。
その相手に、作った自分で一生を接し続けるのは、事実上不可能なことだと思う」

私はますますうつむいた。

「──だが、良く思われようと装うということが、いちがいに仮面──偽りの君とは言えまい。
それも、やっぱり君だ。現に私は、君の事を、優しくてよく気が回る子と認識している。私は好きだぞ」

顔から火が出た。

クー先輩のことばは、いつだって直球。それも時速160キロは軽く出ている。
別の意味でうつむいてしまった私の頭に、意外な言葉が降ってきた。

「──それに私は、配偶者の役目は、家族だけではない、とも思う」

……どういうことだろう。

私がはっと顔を上げたとき、クー先輩はソファから立ち上がっていた。

「先輩?」

「あちらはそろそろお開きの時間だな。義理だ、〆の挨拶くらいは聞いていこう」

もうそんな時間。──私は長い間、とりとめもなく愚痴っていたことになる。

馬鹿だな。こんなこと、誰も解決策なんか教えられないのに。
これは、私自身の問題──たとえ、自分で解決できなくても。

「……」

私は悄然として先輩の後を付いて行った。

ホテルの廊下を会場へと戻る先輩が化粧室の前でふと立ち止まった。

「メイクを直す。──つきあってくれるか?」

クー先輩は、熱心にメイクを直している。
先輩が鏡に向かう姿なんて、新鮮だった。

お化粧なんかしなくても、先輩はとても美人だったし、
第一、高校時代は、そんなことに無頓着な女性だった。

「──誰かと二次会に行く約束でもしているんですか?」

今からそんなに熱心に化粧を直すというのは、そういうことだろうか。

「ん? ああ、いや。二次会には行かない。これから、ダンナとデートでな」

先輩は鏡の前で笑ったようだった。

「先輩……」

「何かな?」

「あの、さっきの……配偶者の役目は家族だけじゃないって話……」

「うん」

「あれ、どういう意味なんでしょう?」

私はさっきからその言葉が頭の中に引っかかっていた。

「ああ、あれか──答えは簡単だ」

クー先輩はくるりと振り向き、私は息を飲んだ。


──初めて見る、いつもの何倍も綺麗なクー先輩が、いた。

美人は、最低限のナチュラル・メイクだけでこんなになるものなのか。

「ふむ。変かね? ──普段は化粧などしないからメイクの腕が落ちたかな?」

「い、いえっ。とんでもないっ、すごく綺麗ですっ!」

「ありがとう。君がそう言うということは、本当なのだろう。信頼できる」

クー先輩はにっこりと笑った。

「そうだ、質問の答えだが──ダンナは私にとって、
「家族」であるのと同時に、「最愛の男」でもあるということ、さ」

「……最愛の、男……?」

「そう。ダンナは私にとって、素のままの私を見せられる「家族」だ。
だが、同時に、私の一番良く装ったところを見て欲しい「最愛の男」でもある。
──二つの事象は、決して矛盾しない」

クー先輩の、艶やかさが増した唇から発せられた言葉に、私は愕然とした。

そういえば、私は最近、彼と一緒のときに、きちんと何かをした覚えがない。
付き合い始めた最初の頃は、一生懸命お化粧して、デートコースを何度も確認して、
──お互いなれてくるのに従って、そんな気持ちがだんだん惰性に飲み込まれてきた。
心地よい、自分を飾らないですむ関係。

でも、自分を装わなければならない緊張感が永遠に続かないように
飾らなすぎる弛緩は、相手を自分の一部のように粗末に扱う危険への第一歩だ。

(──最近の君は怒ってばっかりだ。寂しいよ)

喧嘩のあとの彼の言葉が思い出される。

作った笑顔を見せたくないから、笑顔そのものを見せないことが、ありのままなの?

ちがう。
違うんだ。私にとって彼は──心からの笑顔を見せたい人。

「……<ありのままの自分>を見せられる相手は、何より大切だ。
──だから<とっておきの自分>を捧げるのに値する、とは思わないかね?」

クー先輩はにっこりと笑った。
くらくらするほど素敵な笑顔だった。

でも、もう私はわかっていた。

クー先輩の旦那様は今夜、クー先輩の、これよりもっと素敵な笑顔を見るんだろう。
私の<とっておき>が、クー先輩ではない、他の人物に捧げられるべきであるように。

「……先輩、提案があります」

「何かな?」

「私、これから彼に会いに行きます。時間が惜しいんで、同窓会場には戻らないつもりです」

「奇遇だな。私も、化粧をしたら早くダンナに会いたくなったので、このまま失礼するつもりだった」

「ホテルの出口まではご一緒しますよ」

走り出したいくらいに高鳴る胸を押さえながら、クー先輩と私は、会場を後にした。


終わり

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