鑢七花「三つに分裂する刀?」 (148)
夏の香り残る葉月某日。とある片田舎の寂びれた宿に奇妙な一組の男女の姿があった。
「何だそりゃ。そんな刀がこの近くにあるのか?」
男の名は鑢七花。刀を使わない剣術、虚刀流の七代目当主であり、先日、名実ともに日本最強になった上半身裸の大男である。
「うむ、地元の人間から得た情報だが……」
女の名はとがめ。尾張幕府屋鳴将軍家直轄預奉所軍所総監督であり、奇策士を名乗る絢爛豪華な着物を纏った小柄な女である。
二人は伝説の刀鍛冶「四季崎記紀」の作り出した刀、その中でも最高の完成度を誇る十二本「完成形変体刀」を蒐集するべく旅を続けている。
つい先日、紆余曲折ありながらも七本目の蒐集を完了させた二人は、当初の予定より大幅に遅れつつも、経過を幕府に報告するため尾張に向けて旅を続けていた。
その道中、立ち寄った宿にてこの近くに特異な刀があるという噂をとがめは聞きつけていたのだった。
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「あくまで噂だがな。もし本当にそのような刀があるのだとしたら、何かしら四季崎の刀と関係があるのかもしれん。というより、四季崎以外にそのような刀を打てるやつがいるとは思えん」
ちょうど次の変体刀についての情報が途絶えていた頃である。
駄目もとで聞き込みをしてみたところに、まさに降って湧いたような話であった。
「でも三つに分裂ってどんな感じだろうな」
とがめの話に食いついた七花が刀について想像を巡らせる。
話を持ってきた当のとがめは、七花の様子にやや呆れつつ告げた。
「七花、四季崎の刀にそのような想像を巡らせても無駄だというのはこれまでの旅でも分かり切っておろうに……」
四季崎の刀は刀としての機能を持っていないものも多い。例を挙げるなら、絶対の防御力を主眼に置かれた“賊刀「鎧」”は正に西洋鎧の形をしており、知らぬものはまさか刀とは思わない。情報だけで四季崎の刀を推測するのはまったくもっての徒労と言えた。
「でも考えるのは自由だろ。そうだな、一本の刀と思ったら実は三本の小太刀が寄り集まったもので、場合によって使い分けるとか」
「そなたの手は三本あるのか? 分ける意味がわからんし、いっぺんに振るえぬのならただの予備と変わらんではないか。」
「いや、一本の刀も三本束ねればとか」
「そんなもの大したものではないではないか。むしろ分割する分脆くなってしまうだろう」
「そうかもしれないけどさ……」
「きっと刃が三つに分かれるのだろう。こう、鎖などでつながれていて、鞭のように扱うのかもしれん」
これまでは概ね刀について情報の入っていた二人にとってこのたぐいの話は新鮮だったのか、当たらないだろうと二人は承知の上で、未知の刀に対する予想は思いのほか盛り上がっていた。
気づけば日は山間に消え、空にはすっかり星が瞬いている。
「まあよい。明日噂を確かめに行けばよいだけのことだ」
今日はここまでとばかりに軽くあくびをしたとがめが床に就こうと腰を上げたところで、七花は思い出したようにつぶやいた。
「そういや、とがめ」
「七花、明日も早い。これ以上の予想談義は道中でしてくれ」
「いや、そうじゃなくてさ」
「ではなんだ?」
「その刀、どこにあるんだ?」
ああ、と思い出したように声を上げるとがめ。奇策士にとって情報は何より重要。当然の如く調べはついていた。
「円蔵山の山頂、柳洞寺だ」
これは本来語られることのない物語。歴史の片隅に埋もれた、とある出来事の一つ。刀を使わない剣士と、剣技一つで奇跡を会得した剣士の、ある果たし合いの記録である。
刀語番外「燕語」
セイバー「そこを通らせてもらうぞ! アサシン!!」
アサシン「いいぜ、ここを通っても。————ただしその頃には、あんたは八つ裂きになっているだろうけどな」
乙
なんか戦闘になったら銀閣戦みたいに一瞬になりそう
>>88
大丈夫大丈夫 錆白兵戦みたいにしっかり描写するでしょ
完成するのは死ぬ寸前だったな
再放送の新しいOPとED随分とかっこいいのになったね
個人的には前のよりも今回の方が好みだな
……初見の人にはネタバレが強いムービーだけど
こんばんは。ようやく戦闘です
とっとと投下しちゃいます
時刻は正午。二人の剣士は向かい合って対峙していた。
あたりは円蔵山の植生に漏れず日の光が少なく、夏の暑い日差しを防いでいる。
「良い顔になったな。そうでなくては」
「ああ、ある意味あんたのおかげだぜ」
「さて、何のことかな。ただ勝負の前に辛気臭い顔をしているやつと斬り合ってもつまらぬと思っただけさ」
「そうかい。そりゃ悪かったな」
そう言って七花は構える。両手を地面につけた前傾姿勢。
虚刀流七の構え「杜若」。一気に間合いを詰めて長刀の利点を打ち消す策である。
対する男は構えない。否、構えているが構えていない。
手足の力を抜き直立不動。しかしそれでいて隙をまるで見せない。
七花はその構えのようなものに見覚えがあった。
「その構え、虚刀流にもあるぜ」
正確に言えば虚刀流のものではない。虚刀流縁のものが生み出した独自の構えである。
虚刀流零の構え「無花果」。その使い手とつい先日戦ったのを思い出す。
鑢七実。七花の姉にして“前々”日本最強。
とがめの奇策により奇跡的に勝利することができたが、間違いなくこれまでの旅で一番の強敵だった。
「ほう、まあ、構えていては自身の手の内を晒すも同じだからな。簡単に間合いを詰められるとは思わんことだ」
話に区切りがついたところでとがめが割って入った。
「話はそれまでだ。さっさとやってさっさと終わらせてしまおう。それでは両者、よろしいな」
「いいぜとがめ」
「では、果たし合おうぞ」
無銘の剣士にとって生涯初めての真剣勝負。おそらく持てるすべてを出してくるだろう男の気概に、現日本最強はそれに応えるべく名乗りを上げる。
「虚刀流七代目当主——鑢七花。いくぜ」
ふと、名乗る名がないことを思い出した無銘の剣士は、かすかに残念そうに、しかし高らかに眼前の強敵に応えた。
「円蔵山柳洞寺門番——名無しの剣士だ。参る」
立会人のとがめの腕が振り下ろされ、開幕の声を上げた。
「いざ尋常に——始め!」
ここに、長刀対無刀の戦いが始まった。
先に動いたのは七花だった。
「杜若」により息もつかせぬ疾さでもって無銘の剣士に迫る。
男はその速度に合わせて一閃。常人では知覚すらできない速度で首狙いの横薙ぎが七花を襲う。
七花は予測道理とばかりに身をかがめる。
空を斬る長刀。頭上を通り過ぎる刃に構わずさらに一歩足を踏み出し——
「っ!?」
襲いかかる袈裟斬りにたまらず後退する。
(疾いっ!)
剣速が疾いのは十分承知していた。
だがこれまでにも刀身が見えないほどの居合の使い手とも戦ったし、それに比べればまだ見える方である。
しかしこの無銘の剣士はそれだけではない。
よく見ると剣士の足元には僅かに後退した跡が見えた。
つまり「杜若」に迫る速度の足運びをしながらあの二撃を加えたことになる。
この男は剣速だけではない。体捌きから動作から、常人より疾く行動ができるのだ。
「そら!」
無形の構えから繰り出される切り、薙ぎ、払いの三連擊。どれもが圧倒的な疾さであり、そして読みきれない。
七花は持ち前の感と虚刀流として培ってきた動体視力で紙一重で見切り、手刀ではじき間合いを詰める。
「でやっ!」
長刀の剣士は接近を許さず、切っ先でもって無刀の剣士を狙う。
「虚刀流——『雛罌粟』!」
手刀を切っ先に合わせ打ち付ける。
今回はとがめに刀の破壊が許されている。あの長刀を破壊し間合いを詰める戦法を取った。
しかし長刀は手刀の力を受け流すように絡め取る。
「虚刀流——『桜桃』!」
今度は足刀。手加減抜きで放たれた一撃が男の刀を捉える。
だがそれもいなされた。力の向きを強制的に狂わされ、足刀があさっての方向に向かう。
普段はとがめに言いつけられて発揮されることはなかったが、虚刀流は本来、刀の破壊においてもかなりの技量を誇っている。
その虚刀流が刀の破壊に回ってなお折られない。
男の卓越した技量は、刀の破壊に回った虚刀流ですらそれを困難にするものだった。
「ぐっ!」
空中で連続して放たれた足刀を捌き、間断なく首狙いの一閃。
七花は足刀の勢いをそのままに空中で一回転。またも距離を開ける。
そんなことを数十回。七花は刀を折りに掛かり、男はそれをいなしつつ隙あらば切りつける。
無形の構えから打ち出される剣戟は、七花が見切ることを一切許さず、途切れることなくその首を狙う。
男の剣が我流というのは七花の想像以上に厄介だった。
このような一定の型ない剣術は男の次の手を読ませづらい。
まさに素人だったゆえに敗北を喫した凍空こなゆきの時と同じ、それでいて攻撃がさらに疾く来るような状況である。
「虚刀流——『百合』!」
長刀を狙う回し蹴り。しかしこれもたやすく流される。
打撃で刀を折る戦法も大した効果を見せていない。
刀の破壊に特化した技『菊』もこの男には通用しないだろう。
そもそも刀を捕まえられない。
さらに数合の打ち合い。はじかれた勢いを利用して距離をとった七花に対し、長刀の剣士が口を開いた。
「どうした虚刀流。近づけなければ自慢の技も形無しよな」
「そっちこそ、まるで殺しに来てるんじゃないか。そんなに余裕がないのか」
七花の言うように、男の剣筋にはまるで容赦がなかった。
仮にも昨晩、少しとはいえ会話をした七花を斬るのに少しの躊躇も見せない男に、かつてただ刀として戦っていた己を重ねていた。
「いやすまぬ。私の剣筋は邪道でな、並の相手ならばまず一撃で首を落とす。それをここまで凌いでくれるとは、嬉しいぞ虚刀流」
剣士はだらりと両腕を垂らす。しかしやはり隙はまるで見えない。
「そうかい。だったらこっちも!」
言うが早いか、再び「杜若」の構えを取り駆け出す。
しかしそれは先ほどよりも段違いに疾い。残像すら置いていきそうな速度で、虚刀は長刀の間合いを犯す。
殺す気で来られたのなら七花もあくまでそのつもりいくことにした。
「ほうっ!」
男は歓喜の笑みでそれに応える。
振るわれた長刀は敵の侵入を許そうとはしない。
前後にかけられた牽制を丁寧に捌き、脳天を狙った、直撃すれば頭蓋が砕けるであろう一撃を、見惚れるような剣筋で受け流した。
(予想通り、いや予想以下の運びだ)
それを離れた位置で見守っていたとがめは回想する。
時系列は早朝に戻る。
「完全じゃないってどういうことだよ?」
「言った通りだ。あの剣、そなたの『七花八裂』と似ているであろう」
「おいおいとがめ。おれの手足は増えたりしないぜ」
「違う、必殺の攻撃を同時に放つというところだ。それにわざわざ(改)を付けなかったのだ。わかるな?」
「?・・・・・・ああ、そういうことか! それならなんとかなるかもしれねぇ」
「うむ、問題はどうやってそれを出させるかだが・・・・・・」
ここで現在。
とがめの出した奇策はあの分裂する剣をいかに相手に出させるかであった。
問題となるのは、それが来る前に七花がやられてしまわないようにすること。
そして男の剣戟が予測不可能ということである。
男の長刀の前では間合いの不利がいつも以上に響くうえに、予測不能の剣戟に自由に攻撃されては、虚刀流の後の先を取る戦術とは相性が悪かった。
ならばと、男に攻撃をさせないために一気呵責に攻め立て男を受け手側に回せば、しびれを切らすなり体力切れをした男があの剣を繰り出すと読んだ。
そこまではいい。七花はとがめの奇策通りにうまくやっている。
ここで計算違いが起きたとすれば、無銘の剣士の技量がとがめの予想よりも高かったということであろう。
本来なら男がもっと受けに徹するはずであった。
だがそれでも、この虚刀の所有者は、己の刀が負けるわけがないと確信していた。
己の奇策は問題ない、あとはそれを実行する七花を信じるだけである。
むしろとがめは、もっと別のことに気を取られていた。
(七花のやつ、あんなに楽しそうな顔をしおって・・・・・・)
おそらく生涯で初めての強敵との戦いに心と刃を躍らせている男はもとより、七花ですらこの手合わせを楽しんでいるように見えた。
今まで自分にも見せたことのない表情に、とがめは珍しいものを見たという感想と、その表情を向けられている男に少々の嫉妬、そしてなにより、白刃煌めき豪腕豪脚が打ち合うこの死闘を“美しい”と思ってしまうのだった。
「むっ!?」
とがめが二人の舞合いの蕩り合いに心奪われている頃、勝負は動き出していた。
さらに加速した七花の攻めに、然しもの男も受け流しきれずに間合いが狭まったのだ。
身長五尺八寸、体重二十貫にも及ぶ七花の巨体を受け流し続けるには、いささか異常に体力を消耗していた。
「虚刀流——『薔薇』!」
体重を乗せた飛び蹴りが男を襲う。男は絶妙な体捌きでそれを躱し、お返しとばかりに首を狙った一閃を与える。
「虚刀流——『牡丹』!」
流された勢いすら利用しての回し蹴りで神速の剣を防ぐ。
(首狙いってわかっているから防げているけど……)
あと一瞬でも遅れていたらという場面は既に数え切れないほどあった。
ここまで七花が無傷なのは、とがめによる自身を守れという命令と、男の剣筋が全て首を狙うからに過ぎない。
男が狙いを変えてきたらそれこそ対処のしようがない。
男の剣筋は、それほどまでに見切れないものであった。
(まだこないのか・・・・・・?)
いつぞやの居合の達人のような断続的な疾さではない。流れるように連続的に、休みなく神速の剣が繰り出されてくる。
持久力には自信のある七花だが、運動量に大きな開きがあった。
既に体力は限界に近く、肩で息をしている。
だがそれは相手も同じだったようだ。
涼しい顔こそ崩してはいないが、額には汗が浮かんでいる。
七花の歩幅にして五歩、長刀の間合いの外というところで両者は動きを止めた。
「互いに、これ以上長引かせるわけには行かなさそうだな。実に名残惜しいことだが……」
本当に名残惜しそうに男は言う。
この無銘の剣士にとっては生涯初めての勝負。
できることなら、もっと続けていたいという気持ちがあったのだろう。
「そうだな、そろそろこいよ」
とがめの策は実った。あとはあの分裂する魔剣が、二人の勝負に決着をつける。
七花にはそれを制する算段が有り、男にはそれを制する自信があった。
一息で呼吸を整え、長刀の剣士はゆらりを刀を掲げる。
「最後はこれだ、虚刀流。我が秘剣にて果てるが良い」
構えを持たぬ男の唯一の構え。刀を顔の横に掲げ上半身を限界までひねる。
この無銘の剣士と同じように、名前のない秘剣を放つ構えである。
「——いいぜ、ただしその頃には、あんたは八つ裂きになっているだろうけどな」
これを迎え撃つ虚刀流構えは「杜若」。とがめの策を信じ、この秘剣を真っ向から打ち破る構えである。
「っ!!」
虚刀流が駆ける。地面が裏返るほどの足踏みで放たれた躰は、これまでで最高の速度でもって男に肉薄する。
一歩、二歩というところで、長刀の剣士は間合いに立ち入る不届きものを切り捨てるため刃を放った。
「じゃっっっ————!!」
名をつけることも忘れて極め続けた秘剣。幻想が像を結び、確かな実態を持って繰り出される三つの軌跡。
七花は知らない。この剣がどれほどの奇跡であるかを。
とがめは知らない。ただの人間がこの奇跡を起こせる意味を。
男ですら知らない。この奇跡が『多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)』と呼ばれ、『その手のもの』たちが生涯をかけて追い求めているものと。
対するは現日本最強にして無刀の剣士。
虚刀流の間合いに入るまであと三歩。しかしこの長刀の剣士の前では、この三歩が絶望的に遠い。
「虚刀流——『紅葉』から『花鳥風月』まで、混成接続!!」
虚刀流『紅葉』。両手を広げるようにして敵の刀を同時に打ち払う、以前七花が話した対二刀流の技である。
これにより縦の一太刀と囲うの一太刀を打ち払う。
そして“とがめの予測道理”“わずかに遅れてきた”横の一太刀を、混成接続により流れるように打ち出された『百花繚乱』がはじき上げた。
「なっ!?」
無銘の剣士はついに驚愕の表情を露わにする。
この秘剣が未だ完全でないことは承知していた。しかし、この僅かな隙に付け込める存在がいるとも思っていなかった。
だが現実は違った。
刀を持たない剣士が、否、刀を持たないからこそこの秘剣を突破せしめたのである。
(なるほど、一本の刀で防げぬのなら、三本の手足で防ぐというわけか!)
都合数百合。ついに虚刀流の間合いに捉える。
男の胴ははじかれた衝撃で僅かに無防備になった。そこを見逃す虚刀流ではない。
なぜ最後にこの技を持ってきたかは七花本人にもわからない。しかしこの剣士にはこの技で迎えるのがふさわしいと感じていた。
『花鳥風月』が男の心臓を寸分違わず狙う。
対する男は、はじかれつつも生涯を共にした刀を執念で手放すことはしなかった。
己が秘剣を掻い潜った剣士に感嘆と敬意を示し、それを打倒すべく生涯最速で肉体を始動させる。
眼前に迫った強敵に引導を渡すべく、ちょうど振り上げた形になった刀を雷鳴のごとく振り下ろす。
「うおぉっ!!」
「はぁっっ!!」
勝った。二人は同時に確信する。
負けた。二人は同時に確信する。
手刀が、長刀が、互いの得物が交差し迫り——
「そこまで!」
その瞬間。とがめの終了の声が響き渡った。
長刀は七花の首を、手刀は男の心臓をまさに貫こうという時であった。
こうして二人の勝負は終わりを告げた。
色々文句が出る戦闘だったのではとビクビクしておりましたが、概ね満足いただけたようで良かったです
こんばんは。投下前にレス返しをば
>>88>>90
戦闘シーンは満足いただけたでしょうか。七花の自分を守れ縛りは書いてて結構難しかったです
>>98
そういうわけで自己解釈で突破口にさせてもらいました。原作だとセイバーに放ったのが実践での初使用になったのでしょうか
>>99
自分も曲は大好きです。だからこそ映像を頑張って欲しかった
乙してくれた人もありがとうございます
それでは投下します
「それでは、世話になったな」
山門の前にて三人は別れの挨拶を交わしていた。
勝負は男の申し出により七花の判定勝ち。戦利品として男の畑で採れた野菜が荷物に加わっていた。
「楽しかったぞ。そなたたちの目的を果たしたらまた来るがいい。今度こそ完全な我が秘剣を見せようではないか」
「おう、それまでにちゃんと完成させとけよ」
男に背を向け石段を降りようとする二人。それを思い出したように男が呼び止めた。
「ああ、そういえば」
「なんだ、これ以上何か用か」
不機嫌そうに答えるとがめ。言外にこれ以上関わり合いたくないと表情で訴えていた。
「いや、勝負は実質引き分けだったのでな、代わりにひとつ、頼みを聞いてはくれんか?」
「今度こそ断る。これ以上何を……」
「まあそう言うな。直ぐに済む」
とがめの言葉を聞き流し、男は少し気恥かしそうに言った。
「我が秘剣に名をつけてくれんか。あいにくなにかに名を付ける経験などなかったゆえ、どういうものが良いのかわからんのだ」
「……まあその程度ならよかろう」
ギョッとした表情をしたのは七花である。
とがめの美的感覚がやや常人の外にあるというのを七花は知っていた。
やんわりそれとなく断ろうと無い知恵を必死になって回すが、それよりも早くとがめがなにか思いついてしまった。
「うむ、そなたの剣技に敬意を評し、かの剣豪佐々木小次郎の奥義『燕返し』の名を贈ろう」
「・・・・・・『燕返し』か。うむ、気に入った」
(まともだった……)
存外まともだったことに安堵した七花をよそに、男はその名が気に入ったのか何度も反芻していた。
「では、今度こそ世話になったな」
「おう、また来るが良い」
「気が向いたらな」
二人は歩き出す。男はその背中が見えなくなるまでそこに佇んでいた。
日差しはまだ夏だが風にはそろそろ秋の気配を感じさせる。
心地よい風にしばし身を預け、さて戻ろうかと踵を返そうとしたとき、一羽のツバメが舞い降りてきた。
見間違えようもない。昨夜に切りそこねたツバメである。
空を駆けるツバメはまるで未熟者めと言わんばかりに男の周りを飛び、再び空に消えていった。
「……私もまだまだ修行が足りぬな」
そして今日も名も無き剣士は刀を振るう。
夏の香り残る葉月某日。緑が映える草木に囲まれた石段を下る奇妙な一組の男女の姿があった。
「なんか懐かしい感じがするな。この石段」
七花は以前にもこうして石段を降りたことを思い出す。
あの時は千段の石段だったが、こちらは短いのか二百段ほどで既に中頃に来ている。
「…………」
「とがめさん?」
疲れたのかと、後ろを歩くとがめの顔を覗き込む七花。
「・・・・・・すまぬ七花。途中で止めるようなことをしてしまって……」
なんだそのことかとやや呆れた表情で七花は言った。
「気にするなって。とがめが止めなくても多分あそこで同士打ちで終わってたと思うぞ」
「そ、そうか?」
「そうさ」
「そうか」
安心したのかやや足取りが軽くなった。いつまでも悩まないのがとがめの取り柄である。
「しかし七花よ。そなたなら『燕返し』の隙に差し込めると信じておったが、よくぞやってくれた」
初めて『燕返し』を見たとき、七花は“実際に三つに分裂している”といい、とがめは“分裂したように見える三連擊”といった。
この相違は『燕返し』が不完全だったからこそ起きたものであった。
おそらく仮に『燕返し』が完全だった場合、二人は“実際に三つに分裂している”という意見で一致しただろう。
そこからとがめは『燕返し』には隙があると看破したのである。
二擊と一撃の連撃ならば凌げない虚刀流ではない。
「とがめを信じたかいがあったよ。でも隙があるって分かってたからできたけど、多分初見だったら姉ちゃんでもなきゃあんなの破れなかったよ」
「いや、完全なら七実でも危ういかもしれんぞ」
既に鑢七実がこの世にいない以上、確かめようのない話である。
しかし、七花が『燕返し』を打倒できたのも七実に遠因があった。
少し前まで七花にも同じ弱点があった。
鑢七花の最終奥義『七花八裂』。虚刀流の七つの奥義を同時に発動するこの技には、先月姉の七実に指摘されるまで弱点があった。
四の奥義『柳緑花紅』を放つさい隙ができてしまい、そこに差し込まれてしまう。ついさっき七花がやったようなことが『七花八裂』でも起きたのである。
「姉ちゃんにも感謝だな」
七花も、『七花八裂』の弱点を教えてもらい、混成接続を身につけなければあの隙は付けなかったであろう。
「次はこうはいかぬだろうな」
「ああ、でも次は完璧な『燕返し』を破ってやるよ」
石段もそろそろ半分を過ぎた。
あたりは風に吹かれて葉同士が擦れる音と二人分の足音だけが響く。
「そういえばとがめ」
「なんだ七花」
「なんで『燕返し』なんてつけたんだ。てっきりとがめが自作の名前を考えると思ったのに」
変な、とはあえて口にしない七花だった。
「ふん、真面目に考えてなどおらんよ。とっさのことだったし、本当ならもっと良いものを考えてやろうと思ったのだが、やつにそこまでしてやる気にはなれなかった」
(・・・・・・あいつ、運よかったな)
しかし、ととがめが言った。
「たとえ時間をもらって真面目に考えたとしても、わたしは『燕返し』とつけたであろう」
なんとなくではあるが、七花も同意見だった。あの秘剣に『燕返し』以上にふさわしい名はなかっただろう。
本来はツバメを切るために編み出したものなのだから。
「それにしても七花。なぜあの男は柳洞寺にこだわったのだろうな」
「いや、勝負の前に話した通りだと思うけど・・・・・・」
「あんな話を真に受けるのか。わたしは嘘臭さで鼻が曲がりそうだったぞ。そもそも齢三つであの長刀を持つなど、筋力的にも常識的にもありえんだろう」
「そうなのか?」
幼少の頃は刃物など見たこともなかった七花は、意外そうな表情を向けた。
「普通はそういうものなのだ。無人島暮らしのお主は知らんだろうが。ほかにも、生活に困るほどの貧相な寺の暮らしでやつの身なりがやけに整っていることや、なぜ前住職はやつに名をつけなかったのかなど、疑問に思うことはいくつもある」
そう言われると、七花は男の話を鵜呑みにはできなくなっていた。
しかしそれでも、七花には男が柳洞寺に居続ける理由に想像がついた。
自分がとがめに惚れたように。
門番はあの月に惚れていたのだろう。
何故か七花はそう感じていた。
(あの月がそれだけあいつの中で大切なものだったのかもな・・・・・・)
一日であの男の気質を全て把握するなど七花でなくとも無理な話だが、男が柳洞寺にこだわる理由は、それだけで十分な気がした。
「それと七花よ」
「ん?」
「なぜあの男との勝負にこだわっていたのだ。そなたらしくもない」
七花の本来の気質は面倒くさがりであり、また刀として育てられてきたため相手に執着するということはないはずであった。
その七花が初めて執着心のようなものを持ち合わせた相手である。
なにか壮大な理由でもあるのかととがめは問い詰めた。
「んー、うまく言えないんだけどさ、あいつ、とがめに会う前の俺に似ていると思ったんだ」
「?」
「あのままあそこで、誰とも戦うこともなく死ぬのかなって」
類まれな実力を持ちながらそれを発揮することもなくただ腐らせていくだけ。自分も男もそういう存在だった。
自分はとがめという存在が連れ出してくれたが、あの男にはそれがなかった。
ひょっとしたらそれが我慢できなかったのかもしれない。
積み上げてきた修練が、研鑽された技術が、このまま在野に埋もれていくことになると本能的に感じ取った七花は、せめて一戦だけでもとあのような行動に出たのかもしれない。
「それは哀れみか、それとも共感か?」
「どうなんだろうな、でもあいつは俺と戦えて満足してると思いたい」
「ふむ・・・・・・それだけか?」
「え?」
「そ・れ・だ・け・か?」
七花としては至極真っ当な理由を述べたと思ったのだが、とがめは気に入らなかったようである。
「ああ、あとあいつの剣の才能が羨ましかったってのもある、の、かも・・・・・・」
「あからさまな嘘をつくな。刀は刀を使えないことはお主もよく知っておるだろうし、第一七実が身をもって証明したではないか」
期待はずれだったと言わんばかりに、とがめははあとため息をついた。
「全くそのような理由で勝手をしでかしたのか? やつがあそこを離れないのはやつの都合だし、だいだい、そなたとやつなどまるっきり正反対であろう」
「そうか?」
「そうだ。剣術の才能も、軟派な性格も、ついでに酒を飲むこともそなたにはないであろう」
「そりゃそうだけどさ・・・・・・」
少し残念そうな表情の七花。
そこにとがめが横に並んで、やや顔を赤くさせながら言った。
「それに・・・・・・そなたには、わたしがいるであろう」
「・・・・・・おう、愛してるぜとがめ」
「うむ、好きなだけ愛せ」
空は快晴。夏の日差しの強さが残るも、秋の訪れを予感させる風に音色を立てる草木に囲まれたこの石段にも、もう終わりが見えてきた。
「あ、もう麓だな」
「やれやれ、やっと尾張に行ける」
「長かったな、ここまで」
「そうだな、予定よりも随分遠回りしてしまった」
ここでふと、七花が名残惜しむように石段を振り返った。
「とがめ、あいつどうするんだろうな」
「さあな、これまで通り、来もしない盗人を待ち続けて門番をしているのだろう」
七花も、とがめですら、あの才がここで潰えるのは惜しいと感じた。
しかし自分たちが何を言っても、何かをしても、あの男はここを離れないだろう。
名無しの剣士は名無しのまま門番として生きていくことを選んだのだから。
「感傷に浸っても仕方あるまい。わたしたちはわたしたちの道を行けば良いのだ」
「・・・・・・そうだな。それじゃ、行こうぜとがめ!」
「あ、おい七花!」
七花は最後の石段を降りたと同時に駆け出し、それをとがめが追いかける。
空は高く風は歌うある日、尾張に向かって走り続けるある二人の姿があった。
この先に二人を待ち受けるものははたして如何なるものか。
それを知っている人も知らない人も。
刀語番外「燕語」これにて終幕でございます。
今日の投下は以上です
終わりと書きましたが最後に後日談があります
最後までお付き合いください
後日談。事後報告。あるいは興ざめな蛇足の話。
この後、虚刀流鑢七花と奇策士とがめは、柳洞寺の門番を名乗る男と再戦を果たすことはなかった。
奇策士は言わずもがな。紆余曲折を経て再び日本全国を旅する、体中傷だらけになった無刀の剣士も、門番と会うことはできなかった。
決して『傷だらけ』が門番を忘れていたわけではない。
『傷だらけ』が再び柳洞寺を訪れた時には門番は既にそこにはいなかったのである。
柳洞寺の人間は門番について皆一様に口を閉ざし語ろうとしない。
離れの小屋にも、まるで初めから人など住んでいなかったかのように打ち捨てられていた。
あれは夢だったのか、あるいは知らずのうちに思い描いた幻想だったのかとすら思えるほど、門番の痕跡はどこにもなかった。
しかし、鑢七花と果たしあった無銘の剣士は確かにそこにいたのだ。
かつて長刀と無刀が果たしあった場所。そこにあった両断されたツバメの死骸が、確かに語っていた。
その死骸を見たとき、鑢七花とかつて呼ばれていた男は、完全な『燕返し』を攻略することはもう叶わないのだと悟ったのだった。
そして時は流れる。ここが四季崎の刀が存在し、虚刀流が存在し、長刀と無刀の戦いが行われた世界かは、ある宝石翁のみが知るところではあるが、地方都市として発展し、冬木市と呼ばれるようになったかつての村で、ある戦争が行われていた。
『聖杯戦争』。七人の魔術師と、彼らが召喚したかつて戦場を駆けた七騎の英霊“サーヴァント”による殺し合いの儀式。
その場にかの剣士はいた。
本来彼はこの場に呼ばれる人物ではなかった。一介の亡霊として二度と誰かと剣を交えることは叶わないはずだった。
しかし数奇な運命か、あるいはルール違反の不届き者によるものか、はたまたこれすらも、四季崎記紀の仕業なのだろうか、確かに男はここ存在し、暗殺者の英霊として喚ばれながら、かつてのように柳洞寺にて門番をしていた。
既に名だたる英霊を四人退け、己と己の召喚者を除けばここを訪れていないサーヴァントはあと一人である。
そして、あの日のように月が輝く夜。
最後の一人、剣の英霊が柳洞寺の山門を訪れた。
その来訪者を目にしたとき、男は自然と口角が釣り上がるのを抑えられなかった。
遅かったなたわけ。と門番は言った。
悪かったな、いろいろあったんだ。と来訪者は応えた。
あの時と同じとは思わんことだ、『燕返し』は既に完全だ。と暗殺者の英霊は言った。
そりゃよかった、ずっと心残りだったんだ。と剣の英霊は応えた。
ありふれた言葉だが、ここを通りたくば私を倒していくがいい。と長刀の剣士は言った。
止めたければ止めろよ、ただしその頃には、あんたは八つ裂きになっているだろうけどな。と無刀の剣士は応えた。
運命は巡り廻った。ありえなかったはずの大一番。長い永い時を超え。長刀と無刀は再び相対す。
——いざ
「セイバーのサーヴァント改め、虚刀流七代目当主——鑢七花」
——尋常に
「アサシンのサーヴァント、否、円蔵山柳洞寺門番——佐々木小次郎」
——始め
刀語番外「燕語」——完了
おまけ
格ゲー風コマンド表ならぬサーヴァント風ステータス表
※このステータス表は本SS独自のものです。真に受けないでください
【クラス】セイバー
【真名】鑢七花
【マスター】???
【性別】男性
【身長・体重】五尺八寸・二十貫
【属性】中立・中庸
【筋力】A 【魔力】E
【耐久】C 【幸運】B
【敏捷】B+【宝具】B
【スキル】
対魔力:B
三節以下の魔術を無効化。大魔術・儀礼呪法などを以ってしても傷つけるのは難しい。
騎乗:C
一般的な乗り物であれば問題なく乗りこなす。魔獣・聖獣ランクは乗りこなせない。
七花が特に何かに騎乗したという逸話がないためセイバークラスにしてはやや低め。
仕切り直し:B+
戦闘から離脱するスキル。マスターの危機の際には離脱の成功率が上がる。
また離脱の際に幸運判定で相手への対策を立てる情報を入手できる。
心眼(偽):B+
直感・第六感による危機回避。虫の知らせとも言われる。天性の才能による危機予知。
後述のスキルにより特に敵の攻撃を回避・防御する際には精度が高まる。
虚刀流:A+
刀を使わない剣術。己の身体を刀として扱うことで無手でありながら剣法を使うことができる。
その性質上敵の攻撃に正確に対処する必要があるため、回避・防御の際には天性の直感が働く。
七つの奥義はAランクに匹敵し、すべての奥義を同時に発動する最終奥義「七花八裂」は十二の試練を七度突破することも可能。
【宝具】
虚刀「鑢」(キョトウ・ヤスリ)
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:1
最大補足:1人
伝説の刀鍛冶四季崎記紀の最後の作品。完了形変体刀。虚刀流たる所以。
かつて剣術の才が全くなかった鑢一根が、四季崎記紀により無刀として剣術を振るうために起こし、七花の代にて完了させたもの。
マスターの死によって発動し、一回分の全力戦闘が可能な量の魔力回復、筋力、耐久、敏捷の1ランク上昇、スキル:戦闘続行Aの効果を得る。
また十二本の完成形変体刀全てを破壊したという逸話から攻撃に武器破壊の特性がつき、刃こぼれしない、折れないといった性質を持つ武器すら壊すことが可能になる。
このSSまとめへのコメント
ハラショー
よかった
不悪。このような物語を見る事ができるとは姫様もお喜びになるだろう。