遊佐司狼「神栖66町?」 (47)
目を覚ました司狼は自分の周囲を見渡す。家の中だ。多少小ぢんまりしてはいるものの、暮らしていくには充分過ぎる程の広さがある。昔ながらの木で出来た
和風の家だ。家の中央には囲炉裏がある。外からは小鳥の囀りが聞こえてきた。自分は今まで床に敷かれた布団で寝かされていたことに気付いた司狼。
「……どこだここは?」
司狼は立ち上がり、床に畳んであった自分の服を着る。
「あの白髪の坊主にトドメの一撃与えたとこまでは覚えてるんだけどな」
「つーか、俺はまだ生きてるってことだよな。まさかここがあの世ってわけでもねぇだろうし」
諏訪原市の上空に現れた聖槍十三騎士団の本拠地である「ヴェヴェルスブルグ城」。死んだ者の魂はそこに行く筈だ。まさか自分が今いるこの場所が「そこ」だとでもいうのだろうか?
急いで司狼は家の外に飛び出す。今更どんな超常現象が起きようが驚きはしない。
家の中に入り、出された朝食を食べながら、司狼は少女の話に耳を強く傾けた。少女の名前は「秋月真理亜」。故郷である神栖66町を離れ、今は幼馴染である「伊東守」と二人で
暮らしているという。
司狼は繰り返し自分のいた諏訪原のことについて真理亜に尋ねる。しかし何度尋ねようが聞こうが知らないの一点張りだった。
世捨て人というわけでもないだろうと思っていたが、彼女の言う神栖66町が人界から隔絶された町という予想もしてみた。しかしそんな町が現代日本に存在しているわけもない。
だからと言って外国というわけでもないだろう。現に真理亜は日本名だし、日本語で話している。
しかしそんな司狼の予想も思惑も全て真理亜の見せた「力」によって吹き飛ぶこととなる。
呪力
そう呼ばれる力を真理亜は外に出て司狼に見せた。真理亜は家の近くの森に生えている比較的大きな木に目を向ける。すると木が何かの力に引っ張られるかのように
地面から引っこ抜かれた。それだけでは終わらず、野菜や果物のように綺麗にスライスされ、全て均等な大きさの角材となり、地面に並べられる。それは最早一種の芸術とも言っていい光景だった。
「おいおい冗談キツイぜ……」
司狼自身も真理亜の見せた「力」を目の当たりにし、思わず苦笑いが零れてしまった。また諏訪原での戦いの続きなのかとか、「呪力」は聖遺物の力によるものなのかとか、いよいよここは
ヴェヴェルスブルグ城の中に広がる超空間なのかという考えが司狼の頭の中を駆け巡っていた。
目の前にいる真理亜も黒円卓の本拠地が作り出している幻影の可能性も否定できない。何せあれだけの馬鹿げたファンタジー集団だ。真理亜の家や周りの森林も全て聖遺物の力で作り上げられた
超次元空間なのではないか? というのが司狼の考えだった。
いきなり「呪力」という超能力を見せられたのだ。目覚めた時は日本のどこかの片田舎にでも飛ばされたのかと思っていたが、真理亜の持つ得体の知れない力を目にし、真理亜も聖遺物の使徒なの
ではないかという疑念が生じていた。
しかし真理亜自身からは黒円卓の面々が発していた人外の物とも言うべき「鬼気」は感じられない。ヴィルヘルム=エーレンブルグ、ヴォルフガング=シュライバー、ルサルカ=シュヴェーゲリン等の騎士団の
面子と目の前の真理亜を比較してみると分かる。
真理亜は到底そんな大それた存在には見えないし、第一自分を助けてくれた。
先程生まれた真理亜への疑念は僅かではあるが和らぐ。
「凄ぇな。どうやってこんな力覚えたんだ?」
「えっと……、『呪力』を知らないんですか?」
「悪ィが知らねぇんだ。少しそれについて聞きたいんだけどよ」
真理亜と共に家の中に戻った司狼は真理亜から『呪力』の簡単な説明を受ける。
──────────呪力
それは簡単に言ってしまえばPK(サイコキネシス)だ。真理亜の住んでいた神栖66町の人間は全員この力を持っている。脳内でイメージを描くことによってそれを具現化し、
様々なことに応用することができる。物体を動かすことを始め、木などに火をつける、空気中の水分で鏡を作り出すことすら可能だという。
中でも神栖66町で最強の能力を持つと言われる鏑木肆星は地球そのものを真っ二つに割る程の強大無比な呪力を持つと言う。十二歳になる頃には「祝霊(しゅくれい)」と呼ばれるポ
ルターガイスト現象が起こるのを機に発現する。
司狼も呪力の持つ力を間近で見た為、改めてその強大さが理解できた。
「凄ぇ能力持ってんだな。ま、俺が戦ってきた連中も負け劣らずなのばっかだったけどな」
「?」
真理亜は司狼の言葉にキョトンとした顔をする。今自分のいる世界は元いた自分の世界とは全く異なる世界なのだろうか?司狼は薄々思い始める。
「所でお前は何でそんな歳で自活してんだ? まさかその若さで自立したってわけでもねぇだろ?」
「それは……」
サノス[sage] 投稿日:2013/09/20(金) 13:02:31.22 ID:Ya1AJq780 [5/45回(PC)]
司狼の問いかけに真理亜は暗い顔をして視線を落とす。どうやら何かワケ有りなようだ。
「もう一度聞きますけど……、本当に貴方は神栖66町の人ではないんですね?」
「ああ、誓うぜ。俺は断じてそんな町は知らんし」
真理亜は射抜くような視線で司狼の目を見つめてくる。
「おいおいそんなに睨むなよ。誓って言うぜ、俺は神栖66町なんて知らねぇし、聞いたこともねぇ」
司狼の言葉に真理亜は暫らく沈黙した後、ゆっくりと口を開く。
事の発端は二年前、真理亜が通っていた和貴園の夏季キャンプでの出来事だった。一班の仲間達と共に森に入っていき、そこで『ミノシロモドキ』という
生き物を見つける。ミノシロモドキは国立国会図書館つくば館の端末機械である。ミノシロモドキに記録されていた内容は真理亜を始めとする一般の皆の耳を
疑う内容だった。
それは先史文明、今の時代になるまでの血塗られた歴史の数々だった。真理亜の時代に呼ばれる「呪力」は元はPKと呼ばれ、世界各地でPKを持つ人間が現れ始め、
その数は全人口の0.3%に達した。PKを用いた犯罪が多発し始め、PK能力者に対して人々は恐怖を抱き、やがて弾圧を加え始めた。やがてそれに政治的、思想的思惑が
複雑に絡み合い、全世界で大規模な戦争が勃発。その末に文明が崩壊したのだという。
歴史はそれで終わらない。大規模な戦争の末、全世界の人口を全体の僅か2%程にまで激減させ、社会体制、文明は崩壊した。そしてPK能力者と非能力者の争いは尚も
続いた。それから約500年に渡る「暗黒時代」が幕を開け、そこでも血と肉と屍で築かれた歴史が紡がれた。この時代は「奴隷王朝の時代」と呼ばれた。
奴隷王朝が終焉した後も能力者と非能力者の抗争が絶え間なく続き、ついにそれまで傍観者に徹してきた者達が解決に乗り出し、現代の社会体制が築かれたと言われる。
今の神栖66町があるのも傍観者であった者達がいたからこそだろう。
「何とまぁ、凄い歴史っつーか。黒円卓の連中も大概だったがこれの前じゃあいつらも霞むわな」
真理亜から語られた余りにも凄惨かつ血生臭い歴史の数々に司狼は思わず溜息を漏らす。
「特に「奴隷王朝」だっけ? その時代の歴代皇帝はあいつらにも劣らない変態揃いときたかよ。まぁ、あんな凄ぇ力を操れりゃそれを試してみたくもなるわな。
けど能力を持ってない普通の人間殺しまくって何が楽しいのかね。凄い力振り回して『俺TUEEEEEEEE』してるだけじゃねえか」
「暗黒時代」に存在した「神聖サクラ王朝」の歴代君主の暴虐非道ぶりは騎士団にも精通するものがある。この世界も大概まともな世界ではなさそうだ。
「所でお前は何で神栖66町を離れて暮らしてんだ?」
司狼は再度真理亜に尋ねる。真理亜が神栖66町を離れて暮らしている理由。大分前置きが長くなってしまったものの、夏季キャンプの時にミノシロモドキを捕まえ、ミノシロモドキに
記録されていた歴史を知ってしまったことは本来であれば処分の対象になってしまう所を一班の仲間である朝比奈覚の祖母にして倫理委員会の委員長である朝比奈富子が不問にしてくれた。
だが同じく一般の仲間である伊東守は精神面が不安定な上、呪力も弱く、いつ「処分」の対象にされるか分からなかった。
「「処分」? 何か悪ィことでもしたのか?」
「ううん。そういうわけじゃないんです」
神栖66町で暮らしていく上で必要なのは「他人との協調性をとれる人間」、「問題を起こさない人間」、「呪力を使える人間」だ。これは何かと言うと、呪力がない、若しくは弱かったり、
問題を起こしそうな子供は『不浄猫』により処分されてしまう。
なぜこの程度のことで処分されるのかと言うと、精神面が不安定だったり、問題を起こす子供は「悪鬼」、或いは「業魔」となる可能性があるからだ。
町の平穏を乱したりする異分子は子供の内から摘み取っている。現に守は二度も不浄猫に襲われてる。奇跡的に不浄猫を撃退した翌日の朝に家を飛び出したのだ。
守のことが放っておけず、真理亜は守のそばにいるべく、神栖66町を去った。
自分達と異なる存在を排除する神栖66町の方針に抗うようにして守と共に逃亡したのだ。
高々呪力が弱い程度のことが処分の対象とされてしまう神栖66町。全ては「悪鬼」、そして「業魔」を出さない為らしい。子供一人を消すことを日常茶飯事的に行っているのだとすれば
既にかなりの数の子供が「間引かれている」ということになる。
「私はあのまま町の都合で死ぬなんて嫌でした。何の悪いこともしていない守が呪力が弱いだけで処分されるなんて納得がいきません」
真理亜はそう言うと僅かに唇を噛みしめた。司狼から見た真理亜の目には微かな怒りが宿っていた。
「あー、分かる分かる。ムラ社会の反吐が出る部分を残らず掻き集めて鍋で煮りゃこういう町が出来るんだろうよ。呪力っつー名前の調味料を加えれば出来上がり、と」
軽い口調で返すものの、司狼自身も神栖66町に対する感情は最悪のそれだった。
「いつか蓮にも言った言葉だけど、この国の悪い部分の集大成みたいな町だな。出る杭は打たれる、天才は孤独、ハブられる馬鹿、イジメカッコ悪い。ま、今更泣き言言っても
始まんねぇけどよ。ちったぁ痛い目に遭えば委員会の連中も納得するんじゃねぇか? 逃げてばっかなんて俺には性に合わねーからな。俺をその神栖66町に案内してくんねーか?」
「え!? 行ってどうするんですか?」
「決まってんだろ。委員会の連中に灸を据えてやんのさ」
司狼自身、正義感の持ち主というわけではない。しかし厄介事、もめ事に首を突っ込みたがる生来の性分故、神栖66町のことについて詳しく知れば知る程その町を引っ掻き回したく
なった。反吐が出る程の全体主義、虫唾が走る程の村社会、異分子、異端者は容赦なく排除。司狼自身の嫌いな物を全てぶち込んだような町。
自分があの町で生まれたのだとしたら真っ先に処分の対象にされるだろう。そんなものはゴメンだし、お断りだ。
「あの……、貴方は『呪力』を持っていないんですよね? だとしたら『攻撃抑制』も『愧死機構』もないってことになりますけど……」
「『愧死機構』?」
真理亜が『愧死機構』について教えてくれた。、あらかじめ人間の遺伝子に組み込まれている機構であり、同種である人間を攻撃しようとした際に作用する。 対人攻撃を脳が認識すると、
無意識のうちに呪力が発動し、眩暈・動悸などの警告発作が起こる。それでもなお警告を無視し攻撃を続行した場合には、強直の発作により死に至るという。
「それがある限り連中は俺を殺せねぇってことだわな。なんだ、案外楽に終わりそうな仕事だぜ」
そのような機構が作用すれば神栖66町の連中は司狼を呪力で攻撃できないということになる。今の司狼の力を考えれば適当に殴り込んでそれで終わりということになるだろう。
諏訪原での戦いの際、騎士団の一人にして黒円卓の一員、ルサルカ=シュヴェーゲリンから奪い取った「血の伯爵夫人」がある限り司狼は聖遺物の使徒としての力がある。
「ま、俺は呪力とかいうモンは持ってねぇけどよ。変わりにこんなことならできるぜ。来な、エリー」
そう、ルサルカの体内にいる時、連れの女であるエリーこと本城恵梨依の魂と司狼は文字通り『融合』している。
そして司狼の横にはエリーが『形成』されていく。
「ん?、久々に外の空気吸った気分だよ。あ?よく寝た」
「え……?、あ……?」
真理亜は驚いて二の句が継げないという顔をしている。シュライバーとの戦いの際に呼び出し、一緒にこっちの世界まで来たということだ。最も、今のエリーは司狼の聖遺物の
ようなものなのだが。
強靭な魂を持つ故に出来ることであり、ルサルカの体内に取り込まれた時も体内にいる司狼と「血の伯爵夫人」の奪い合いになってしまった程だ。
「あら? この娘は誰?」
「ん? この娘は秋月真理亜。俺を助けてくれた嬢ちゃんさ」
司狼は大方の事情をエリーに説明する。
「うげー。あたし的にそんな町お断りだわ」
露骨に嫌そうな顔をして神栖66町への嫌悪感を口にする。
「ってなわけだ真理亜。俺達を町に案内してくんねぇか?」
「でも……」
真理亜は明らかに困惑していた。
「何迷う必要あんだよ。お前だってあの町が嫌いだから逃げてきたんだろ? この先あの町はこれからも何も知らんガキ共を処分しまくるだろうぜ。『悪鬼』?『業魔』? 安全対策
の為とか言って今まで何人殺したんだろうな。正に恐怖政治&民主主義(笑)だろ」
困惑する真理亜が何かを言おうとした時、家の扉が開く音がした。入口の方に目を向けると、爆発したようなくせっ毛にあどけなく、大人しそうな容姿の真理亜と変わらない年代の
少年が立っていた。
「あ、守。おかえりなさい」
「ただいま真理亜。えっと……、お客と言っていいのかな……?」
よく見ると守の後ろにはやけに背丈の低い者達が数人いる。1メートルにも満たない身長からしてまだ年端もいかない子供だろうか? 小さい者達をよく見てみると司狼は仰天した。
お伽噺やファンタジーに登場するゴブリンやオークの類かと一瞬錯覚したが、よくよく見てみると動物の『ネズミ』に似ていた。口には齧歯類特有の大きい歯が生え、鼠色の肌に
二足歩行。RPGなどにそのまま出てきても何ら不自然ではないモンスターだ。
「おいおい……! そいつら何だよ?」
流石の司狼も守の後ろに控える数匹のネズミ型のモンスターには度胆を抜かした。姿形まで怪物めいた姿の者は騎士団にはいなかった。いや、トバルカインという者は存在した。だが人型な分、
奴の方がまだ人間だと思えた。
「バケネズミよ」
「バケネズミ?」
「そう、人間に対して穀物とかを提供したり、肉体労働をしたりする代わりに生存することを許されている存在なの」
真理亜はバケネズミに慣れているようだった。この世界ではバケネズミという存在は珍しくないというのだろうか?
「真理亜……、塩屋虻コロニーから野狐丸っていうバケネズミが話がしたいって……」
「野狐丸?」
守は家の中に入ると、守の後には昔の平安時代の貴族が着ていたような着物を身に付けたバケネズミが入ってきた。他のバケネズミとは違い、桃色に近い肌をしていた。
「お久しぶりでございます。秋月真理亜様。二年前にお会いしたスクィーラと申します」
「あ! 貴方はあの時奇狼丸と一緒にいた!」
「左様でございます。わたくしはあの時あの場にいたスクィーラです」
そういえば真理亜の夏季キャンプの話に真理亜達一般の子供達を助けてくれたバケネズミがいたと聞いた。今目の前にいるバケネズミがその内の一匹であるスクィーラか。
「今は野狐丸という名前を授かっております」
慇懃とも呼べる態度で深々と真理亜にお辞儀する野狐丸。見た目に似合わず随分と理知的だった。
「えらく馬鹿丁寧なんだな」
「秋月様。このお方は?」
「あ、この人は森の中で倒れていたのを守が助けたの名前は……」
「司狼だ、遊佐司狼。こっちは俺の連れのエリー」
「よろしくね」
「こちらこそ」
「秋月真理亜様、並びに伊東守様。今日は私達塩屋虻コロニー、いや、バケネズミ全体に関わる問題の相談の為に来ました」
司狼、エリーは真理亜、守と共にバケネズミのコロニーである「塩屋虻コロニー」に連れていかれた。司狼自身、バケネズミのことについて知りたいと思ったのもあるが、
それよりコロニーの奏上役を務める野狐丸に興味があった。言動こそ慇懃無礼を地で行くものであったのだが、司狼は野狐丸に何か引っかかるものを感じたからだ。
真理亜と守、そして自分とエリーに対する態度は一貫して丁寧であるものの、腹の底で思っていることがあると司狼は感じた。人を見る目はある方だ(人間ではないが)。今までの
経験から来る奇妙な「違和感」と言って良いだろう。
考えすぎだとも思ったが、司狼自身は妙に野狐丸が気になった。
「野狐丸だったっけ? お前等バケネズミは人間に服従してるんだよな?」
「ええ、おっしゃる通りです遊佐様。我々バケネズミは神である人間を崇め、地球上で神様の次に高い知能を持っております」
「そうだな、他のバケネズミを見ても言葉で会話してるし、服だって着てる。そんじょそこらの類人猿じゃできない芸当だわな」
やはり何かが引っかかった。腹の底で何を考えているのか分からない者というのは態度や言動、表情に現れる。野狐丸は如何にも「胡散臭い」というレベルに
値した。
真理亜や守には分からないだろうが、聖遺物の使徒としての力が付いた為か「そういうこと」に関しても人間の状態だった頃より鋭くなった気がした。
森の中を歩いていく内に、塩屋虻コロニーの居住区に辿り着いた。その様は正に「町」と呼ぶに相応しいものがあった。
コンクリートで出来た家々が立ち並び、街中を歩いてみると、コンクリートを製造する工場まで存在していた。ここまで発展している光景を見ると「知能が高い」という野狐丸
の言葉にも納得がいく。
「なぁ、野狐丸。他のバケネズミのコロニーもこんな感じなのか?」
「いえ、まだこのように発展しているコロニーは少数でございます。未だに木々で作られた家々に住む上、未だに地中を住処とする他のコロニーも少なくありません」
「ってことはお前のコロニーはそん中でも「先進国」って意味だな。どっからこんな技術を編み出したんだ? 純粋にすげぇじゃねぇか」
地上には粗末な木の家、或いは穴を掘り、暗い地中の中で暮らすというのがバケネズミには似合っていると思っていた司狼であるが、ここに来てバケネズミに対する評価を改めることとなった。
知能が高いというのはあながち嘘ではない。いや、ここまでくればもう人間とさほど変わらないではないか。
そう思っている内にコンクリートで出来た巨大なドーム状の建物に辿り着いた。
「ここが我々塩屋虻コロニーの政治を司る場所です。各コロニーの代表60名がここで議論を交わし、最終的な決定を下す場所でございます」
「おいおい議会制の政治かよ。随分民主的じゃねぇか」
「えっと……、バケネズミのコロニーにはそれぞれ女王がいる筈じゃ……」
「さ!、こちらです」
真理亜の疑問の言葉に慌てるように、野狐丸が建物の中に案内する。何か知られたくないことでもあるのだろうか?そんな疑問を抱きつつ、建物の中に入っていく司狼。
広々とした建物の内部に設置されてある階段を上り、会議室のような部屋に来た。どうやらこの会議室がコロニーの政治の中枢部なのだろう。
円卓状に出来た巨大な石のテーブルがある。
「さぁ、こちらにおかけになって下さい」
野狐丸の言葉に甘え、石で出来た椅子に座る司狼、エリー、真理亜、守。石の机に茶のような飲み物を出され、それを口に運んだ。
「では、早速本題に入りましょう。今日皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。そこにいる司狼様にお力添していただきたのです」
「俺に?」
「はい、先程真理亜様と守様の家に来た時は司狼様を初めて見るようなことを言いましたが、それは大きな間違いです。我々のコロニーの者が森の中で光に包まれて
光の中から現れた司狼様を見たのです。そして私は部下の報告を聞いて確信しました。この方は「メシア」だと」
「おいおい、俺がメシア?」
「はい、我々バケネズミの未来を救う「メシア」です」
「冗談言えよ。何で俺がお前等のメシアなんだ?」
「言葉で言うのは簡単です。しかし貴方様にはこれを見ていただきたい」
野狐丸は部下のバケネズミに何かを命ずると、暫らくして部下のバケネズミが何かを持ってきた。それは金色に輝く何とも形容し難い形の
生き物だった。四足歩行に、蛸の吸盤のような口、身体は金色であり、何か他の星系から持ってきた地球外生命体だと司狼に思わせた。
「こりゃどこの星から掻っ攫ってきた生き物だ?」
「ミノシロモドキ!? バケネズミがこんな物を持っていたなんて!」
守が驚いたように声を上げる。
「ミノシロモドキ?」
「はい、二年前の夏季キャンプの時に私と守を含む一般の皆で見つけた物です。あれに記録されていた歴史を知ってしまったんです」
家で真理亜の話に登場したミノシロモドキ。テーブルの上に置かれたこの奇妙な生き物がまさかそれだとは。
「つーかどー見ても記録を保存するモノに見えないよね?」
エリーはミノシロモドキの身体を指で突っつく。
「わたしは国立国会図書館筑波館です。自走型アーカイブ自立進化バージョン。すべての情報はアーカイブに搭載されている容量890ペタバイトのフォロ グラフィック
記憶デバイスにおさめられています」
「うわ!? いきなり喋った!?」
「このミノシロモドキの話を聞いていただければ遊佐様の御心も動かれるかと」
「へぇ。楽しみじゃねぇか」
司狼はミノシロモドキから語られる歴史を聞くことにした。ミノシロモドキが話す内容に関しては大方真理亜の家で聞いた通りの内容だ。違いと言えば真理亜の話をもう少し濃密にした
感じだ。血みどろの歴史を聞かされるのは今日で二回目だ。エリーは露骨に嫌な顔をしているが、司狼にとっては一度聞いた話なので殆ど聞き流している状態だ。
が、ここで司狼はある「違和感」に気付く。能力者と非能力者、つまり呪力をもっている者と持たない者に分かれて戦争していた筈だ。神栖66町に住む人間全員は「前者」に当たる。
だとすれば残りの呪力を持たない人間達はどこに行ったのだろうか? 人数的に考えれば呪力を持たない人間達の方が圧倒的に多いだろう。
「ちょっと待ちな。呪力を持っている人間「しか」いないんだとしたら呪力を持っていない人間ってのはどこに行っちまったんだ? まさか全員死滅したってわけでもねぇだろ」
「PKを持たない者達とPK能力者との間には変えられない「溝」がありました。PK能力者達には『攻撃抑制』並びに『愧死機構』が備わっているのに対し、PKを持たない者達はそれら二つの機構が
備わっていません。同じ「人間」を攻撃すれば発動する『攻撃抑制』と『愧死機構』は非能力者の集団に対しても働く為、非能力者の集団は見境なしにPK能力者を殺すことができます。ただしこれら
二つの機構に関しては相手を「人間」と思うことにより発動します。つまり人間ではない「存在にしておけば」よいわけです。歴史の傍観者に徹してきた第四の集団、科学技術文明の伝承者達によって
非能力者の遺伝子にハダカデバネズミの遺伝子を掛け合わせることによりバケネズミが生まれました。それらは五百年前から行われ、現在に至る歴史の中で元人間、非能力者の集団の子孫はバケネズミ
ということになります」
ミノシロモドキの言葉を聞いた瞬間司狼は絶句した。まさか人間とはほど遠い存在に「変える」ことにより『攻撃抑制』と『愧死機構』を克服していたとは。
この真実を神栖66町に住む者達に言った所でどうなるだろう?いや、ミノシロモドキを管理しているのだとすればとうに知っているだろう、バケネズミ達は呪力を持たない人間だと。
「いかがでしたでしょうか司狼様。我々はよくよく考えれば貴方達人間と余りにも似すぎている。高度な文明を作り、言葉を話し、家を作るなど他の動物にはできることでしょうか?
私はこの真実を知った時には途方もない虚しさ、そして悔しさで頭の中が一杯になりました。今の今まで同じ人間に奴隷として家畜以下の扱いを受けてきたのだと思うと……。人間達に奉仕
することで生存を許されているとは言ってもいつ風向きが変わるか分かりません。不可解な理由でコロニーが丸ごと消滅することも決して珍しくないのです。このまま死ぬまで畜生以下の扱いに
甘んじるなど私にはとても……」
スクィーラの怨念にも似た言葉は確かに司狼の心を動かした。神栖66町、見せかけの平穏の裏では数えきれない程の子供達とバケネズミの屍が出来ている。
事実司狼にとって自分がそんな町で生きていくなど願い下げだった。呪力を持たない、呪力をコントロールできない、性格に問題がある、頭が悪い、素行が悪い、協調性がない、周りを合わせられない。
それら全てが一緒くたにされ、排斥され、駆除され、始末される。所謂異分子はいてはならない、存在してはならない、町の平穏を
乱すから、秩序が壊されるから。そういうやり方を長年神栖66町の教育委員会はしてきたのだ。
ミノシロモドキの情報によればバケネズミ達は呪力を持たない人間の末路。それら元人間達が呪力を持つ人間達の奴隷にされ、家畜にされている。
姿形まで変えられているのは人間だと思わせない為か。散々こき使った挙句、少しでも町の人間の不興を買えば即座に駆除の対象となる。何をするにも
町の委員会の許可が必要だ。知能を持つ生き物であればこんな自分達の境遇に不満を抱かないわけがない。
要するに自分達は呪力という強大な力を持っているから人間の姿ではない元人間のバケネズミを幾ら酷使しようが、幾ら殺そうが、罪悪感など抱くわけがない。ああ、そうだ。
自分達より弱いから、呪力を持たないから、醜いから、弱いから、汚いから。
「今、俺は人生で一番胸糞悪ィ気分だぜ」
元の世界で戦った聖槍十三騎士団はこれほど不愉快な気分になる相手ではなかった。それ程自分達とは違う人間が恐ろしいか、自分達と違う考えの者が嫌いか、
自分達に従わない者を処分したいか。
溜まりに溜まった不満をぶち撒ける時は今しかない。一度生まれ変わる必要がある。いつの時代も革命は浄化作用を持つ薬なのだ。溜まった膿は排除しなければならない。
神様気取りでバケネズミを酷使してきたこと、そのバケネズミが呪力を持たない人間だったこと、全て丸ごとその身で一度味わうべきだろう。
残酷な真実を叩きつけられて尚、それに抗おうとする野狐丸。神と崇めていた人間からの脱却を望む野狐丸は司狼にとって嫌いなタイプではない。
寧ろ応援したくなる存在とも言うべきか。
「野狐丸。いや、スクィーラ。人間から与えられた名前なんて捨てちまえよ。誇らしく元々あった名前を名乗りな。お前みたいな奴、俺は嫌いじゃねぇぜ」
「遊佐様……」
スクィーラの目から涙が零れた。
「お前は正真正銘の人間だ。だから胸を張りな、お前等バケネズミの不満ってヤツをあの町の連中に思い知らせてやれ。使い捨ての道具じゃねぇってことをよ。単なる家畜が
こんな凄ぇことできないだろ? 今日で神の名を騙る連中からは「卒業」でいいだろ?」
「本当に感謝します……、貴方が……、貴方こそがメシアだ……!」
椅子から降り、司狼の両手を固く握り締めるスクィーラ。
司狼の胸は高ぶっていた。お膳立ては全て揃っている、町の連中に一泡吹かせてやろう。ツケを清算する時が来たのだ、と。
その時、けたたましい鳴き声で会議室に入ってきたバケネズミ。
「ちょ!? 何々?」
エリーも飲んでいたお茶を思わず噴いてしまった。
会議室に入ってきたバケネズミは全身傷だらけで見るからに痛々しい姿だった。よく見れば片足の骨が折れているようだ。ボロボロのバケネズミは、
スクィーラに縋り付き、必死に何かを訴えている。
「こいつ、何言ってるんだ?」
「遊佐様、この者は他のコロニーの者です。どうやら町の不興を買ったようで、今現在この者のコロニーが五人の「死神」によって攻撃を受けているんだとか」
「死神?」
「ええ、我々バケネズミが少しでも町に対して反抗したり不興を買ったりした場合には町から「死神」が差し向けられることになっているのです。「死神」と呼ぶ
のは単なる比喩に過ぎませんが、我等にとってはそう呼んだ方がいいのかもしれません。連中は我等バケネズミを「監視」する役職の者達です。バケネズミのコロニー
を丸ごと消滅させる為に五人一組でチームを組んで、コロニーを攻撃するのです」
「へぇ……、じゃあ俺はちょっくらそいつらに「挨拶」に行ってくるわ」
「え?」
スクィーラの呆気に取られた顔を尻目に、司狼は会議室を出ようとする。
「遊佐様! 危険です! お戻りください!」
「心配いらねぇって。所でそいつのコロニーはこっからどれ位だ?」
「……おおよそ北東に二十キロ程だそうです」
「サンキュー。それじゃちょっくらひと暴れしてくるわ」
自分をバケネズミと見せかける為に大きめの布を借り、自分の身体に身に着ける。『攻撃抑制』並びに『愧死機構』が呪力を持つ人間達に備わっているのだとすれば、戦いにすら
ならないだろう。司狼にとっては少々物足りない気もしたが、連中の力を見る為にあえてバケネズミのふりをすることにした。
間違って攻撃された場合は聖遺物の力を持つ自分がどこまえ耐えきれるのか試したかった。
司狼は森を走り抜ける。聖遺物の使徒としての力は身体のあらゆる面を強化させていた。超人的体力に加え五感の鋭敏化という能力が加わったのだ。
コロニーの方角に近づくにつれて爆発音やバケネズミの悲鳴のような声が聞こえてくる。どうやら目的地は近いようだ。
時速に換算すれば二百キロは超えているだろうか? 新幹線にも匹敵する速度で目的地である攻撃を受けているコロニーに向かう。
それから数分後、ようやく司狼は目的地のコロニーに到着する。が、そこには凄惨を極める光景が広がっていた。
コロニーの周囲一帯はバケネズミの血と臓物が無造作に散乱、鼻腔を突くような血の臭いが充満し、さながらスプラッタホラーのワンシーンを思わせる惨状だった。
逃げ纏うバケネズミの兵士達の悲鳴が辺りに響き渡り、町の人間達による虐殺(ホロコースト)の舞台と化している。
逃げ回るバケネズミ達は一人、また一人と肉体が破裂し、周囲を更に血で染める。
もはやその光景は「戦い」にすらなっていなかった。圧倒的なまでの力、「呪力」を使い、バケネズミ達を虫ケラのように殺していく。
スクイーラの言ったことは本当だった。町の人間達はバケネズミの命など家畜と同等程度としか思っていない。幾ら知能があろうが連中に
とってはそれは何の躊躇いの要素にもならない。
自分達と違って醜い「化け物」の姿をした者達に何の情けをかける必要があるだろうか?
所詮使い捨ての道具をいつ捨てようが構わないのではないか?
町の人間の思考回路は所謂こんなものだろう。スクィーラの話を聞いていても町の人間に対する憤りを覚えた司狼だが、実際にその目で見てみると
その憤りが更に増していく。
黒いフードを被った五人は無慈悲にバケネズミ達を殲滅していく。そこには一切の躊躇も情もない。機械的にバケネズミを「駆除」しているだけだ。
「た、たすケて……!」
人間の言葉でハッキリとそういったバケネズミは司狼の足元で力尽きる。
その瞬間、身体に衝撃波が走る。軽くのけぞったものの、直ぐに体勢を立て直す司狼。
その衝撃で羽織っていたフードが取れ、司狼は身体を曝け出す。
司狼の姿を見て、黒衣の監視官達は一様に驚いた様子だった。
「ば、馬鹿な……。人間だと!?」
「に、人間を攻撃してしまった……。ん? 『攻撃抑制』と『愧死機構』が発動しない……!?」
人間を攻撃したことを認識したのならばそれら二つが発動する筈である。しかしフードが取れ、司狼が「人間」だと分かったにも関わらず、監視員達は苦しむ様子すらも
見せない。
二つの機構が発動しないことには司狼自身も驚いていた。
「おいおい……! 何が『攻撃抑制』と『愧死機構』だよ……。俺には全っ然働かないじゃねぇか」
「君は町の人間なのか……? それにしては見慣れない服を着ているな」
「ん? ああ、これは俺なりのスタイルなんだ」
監視員の一人が、司狼に話しかける。
「アンタら、このコロニーを潰してるんだってな?」
「ああ、そうだが?」
「今すぐ退いちゃくれねぇか? こいつらが何したかは知らねぇけど、コロニーごと滅ぼすのはちっとばかしやりすぎじゃねぇの?」
「君には関係のないことだ」
「ああ、そうかい。そう言うと思ったぜ。ちなみに俺はバケネズミの救世主って言えばいいんだっけか? ま、どっちみちお前らとは敵対する関係には違いねぇけどな」
「君はバケネズミに味方しようと言うのか?」
司狼は監視官の一人に答える。
「こいつらは昆虫とは違う、そこいらの動物とも違う。言葉を話すし、服も着る。家も建てるし、武器も鎧も作れる。ああ、感情表現だって豊かさ。そういう奴等は
自分達の今置かれている状況をどう思っているのか知ってるか? 感情も痛覚もない昆虫共じゃねぇんだぜ? 違いといえばせいぜいが姿が違うか、呪力を持っているかだ。
あんだけ知能のある生き物をよくもまぁこんだけ殺せるもんだわな。これが人間とかなら恨まれようが文句言う資格なんてないんだが、バケネズミはこうやって虫ケラみてぇに
殺されることに関して何の不平不満も恐怖も抱かないロボットみたいな存在だとでも思ってんのか? まぁ、お前たちの頭ン中じゃそんな程度しか考えてねぇだろ」
司狼の問いかけに監視官の一人が答える。
「我々人間は「呪力」という崇高な力を持っているのだ。薄汚い家畜共と一緒にされるのは迷惑も甚だしいな」
「おいおい! 単なる念動力を崇高な力だとよ! 傑作だなこりゃ、バケネズミ共虐殺して『無双ゲーム』してる気分か? どうだ、図星だろ?」
単なる物体を動かすテレキネシスを操り、非力なバケネズミ達を良心の呵責なく殺せる町の人間。
単なる牛や豚といった家畜とバケネズミは明らか違う。単なる家畜があそこまでの文明を作れるのだろうか? 牛や馬が家を建て、工場を立て、自分の服を作れるか?
違う、断じて違う。自分が会ったスクィーラは今の現状を憂いていた。自分達は使い捨ての道具であり消耗品。役に立たなければ殺され、不興を買えば殺され、
酷い場合はコロニー全体が消される。
こんな関係を町の人間達は「良好な関係」だと本気で言っているのだろうか? 所詮獣は獣だから幾ら使い捨てようが罪悪感など湧くわけがない。
ああ、そうだ。姿は醜く、土の中に住む卑しい生物、バケネズミをどんなに酷く扱おうが構わない。なぜなら「人間とは違う」から。
寧ろそんな卑しい生き物に「役割」を与えているのだから感謝するべきだ。町の人間に対して無制限の「奉仕」と「服従」をすることこそ町の人間達にとっての「良好」なのだろう。
「労働を与えているから生存を許してやっているのだ。連中がどんな不満を抱いていようが、反意を持つのであれば「駆除」するだけだ」
「あー、スクィーラの言うことも最もだわな。こんな程度の低い連中に支配されるのは我慢になんねぇだろ」
これ以上の話し合いは無駄だと悟った司狼は、懐から愛用の銃、デザートイーグルを取り出す。
「ったく。何が『攻撃抑制』と『愧死機構』だよ。俺に対しては全っ然効果ねぇじゃねえの」
「私達も驚きだ。まさか君に敵意と殺意を向けてもそれら二つが全く働かないとは」
「ま、俺としちゃその方が楽しいんだけどな。来いよ、チンケな念動力で俺を殺せるんならな」
司狼が身構えるのとほぼ同時に、五人の監視員も臨戦態勢をとった。
「乾さん、あいつは呪力を受けても死にませんでした」
「ああ、皆、油断するな!!」
その声と同時にまたしても司狼の身体に衝撃が走る。
「ちぃ!!」
司狼は、森の中に逃げ込み、呪力による攻撃から逃れる。五人の「死神」の繰り出してくる呪力を避け続ける司狼。
「喰らいやがれ!!」
森の中を移動しつつ、右手に持つデザートイーグルを五人に向け、トリガーを引く。
銃弾は確実に五人に当たった筈だ。が、銃弾は五人の目の前で「停止」している。呪力による防御壁だ。
「へぇ! 面白ぇじゃねぇか!!」
呪力の力を目の当たりにした司狼は更に銃撃を五人に浴びせる。しかしそのどれもが呪力により防がれてしまう。
呪力を持つ者と戦う上で、必要なのは視界に入らないようにすることだ。最も、聖遺物の使徒としての力がある今の司狼をあの五人は未だに殺しきれないのだが。
司狼は常人を遥かに上回るスピードで森の中を縦横無尽に駆け巡る。木から木へ飛び移るのかと思わせておき、飛び移る寸前で足で木を蹴り、反対方向に飛ぶ。
さしもの呪力使い達も司狼のスピードを捉えきれていないようだった。素早さの上では諏訪原で生死のやり取りをした「カズィクル=ベイ」には劣るかもしれないが、
それでも形成段階に達した司狼の速さはバケネズミの監視官達を見事に翻弄していた。
真理亜の話によれば、神栖66町の住人達は全員視力が良い。なぜかというと呪力という力は、それを行使する上で目標を視認する必要があり、より遠くの物を見ることが不可欠なのだ。
バケネズミは今の司狼程のスピードで動き回れる筈もなく、バケネズミ退治に慣れた連中にとって今の司狼は予想外の強敵というべきだろう。
先程バケネズミ達の身体を破裂させた力も司狼にとっては身体に軽い衝撃が走る程度だった。「ルサルカ=シュヴェーゲリン」から奪い取った魂の数はおよそ一個連隊分の人数。
それだけの人間の魂から生成される不可視の霊的装甲は呪力でも壊すことが容易ではないようだ。
単純に多くの魂を吸収した者程、その強度は高くなる。教会でのベイとの戦いでは劣勢を強いられはしたものの、通常の銃火器などでは殺すことなどできないレベルには到達している。
しかし視界に入った段階で、あの五人に銃撃を浴びせることは意外に困難だった。
銃撃を浴びせても、呪力によってそれが防がれてしまうからだ。呪力使いを殺すには「不意打ち」、これしかない。
視覚外からの攻撃、もしくは意識していない場所からの攻撃には呆気ないという程脆い。強大な呪力を使うとはいえど、肉体的には生身の人間。
司狼の攻撃をまともに受ければひとたまりもない。
脳天か急所に一発でも銃弾を入れることができればそれで勝利は確定するのだが、五人は円陣を組んで、死角を作らないようにしていた。
更に、司狼が森の中を尋常ではないスピードで逃げ回っているとはいっても自分の身を隠せる木々は次々と呪力によって叩き折られるか、燃やされていく。
余りにも多くの木々を燃やしたせいか、司狼達の周囲一帯は森林火災になっている。最も、単なる火で司狼が死ぬわけもないのだが。
が、司狼は周囲が火災であることを利用しようとした。聖遺物の使徒である自分は只の火などで死ぬ身体ではない。周囲に燃え広がる火の中からの
攻撃は防げるだろうか? 自分の身を隠せる程度には大きな火も多い。周囲に漂う煙、燃え広がっていく火は自分の姿を隠す上で最高のカムフラージュ効果を果たすだろう
(馬鹿が、俺は単なる火なんかじゃ死なねぇんだよ。俺を直接殺そうとする余り、周囲の状態に目を配ってねーからだ)
それに司狼には聖遺物の使徒としての力がある。
デザートイーグルでただの銃弾しか発射できないわけではない。ルサルカから奪い取った「血の伯爵夫人」の拷問器具の数々。それらを銃の弾丸に込め、発射することができる。
鎖。針。車輪。桎梏。短刀。糸鋸。毒液。椅子。漏斗。捻子。仮面。石版。
多岐に渡り、その総てが人を責め苛むように設計された刑具たち。司狼が手に入れた聖遺物は、すなわちそういうものだった。名を血の伯爵夫人。
血を抜き、集めることに特化した、狂った伯爵夫人のコレクション。
司狼は、燃え広がる炎の中に気付かれないように慎重に移動する。
どうやらあの五人は自分の姿を見失っている状態のようだ。
このまま更に十分程炎の中で息を殺しながら、五人を見守る。
五人は司狼が攻撃してこないのを見て、逃げたのではないか? などと会話している。五感の超鋭敏化により、数十メートル離れた所の会話でも聞き取れるようになった。
(甘ぇよ馬鹿が!!)
司狼は五人が警戒を解いた一瞬の隙を突く。
好機はこれ一度きりだ。これ以上炎の中にいると五人が周囲の炎を呪力で消してしまう可能性がある。僅かに五人が安堵の表情を見せたその刹那だった。
炎の中からデザートイーグルの銃口を五人に向け、トリガーを引く。
50AEの弾丸が爆ぜたかと思えば、巨大な車輪が五人目掛けて突進していく!
完全に不意を突かれたせいか、突然の攻撃に五人は何が起こったのかも分からず、巨大な車輪は五人の内三人を無慈悲に轢殺する。
司狼はこの隙を逃さなかった。全速力で炎の中から飛出し、残り二人目掛けて発砲、発砲、さらに発砲。
弾丸は派手に爆ぜ、今度は数十もの針と化し、気が動転している二人を襲う。
「ぎゃぁぁぁ!!??」
「ぐがぁ!?」
数十もの針は二人の体中に突き刺さり、一人はそのまま息絶えた。
もう一人に関しては両目に針が刺さり、視界が完全に絶たれていた。
「うわぁぁ!! 目が! 目がぁぁぁぁ!!!」
刺さった針を抜き、潰された両目を覆いながらのたうち回る。
潰された両目から夥しい血が流れている。確か「乾」と呼ばれていた監視員の一人だ。
「ど、どこだ!? どこにいる!?」
すっかり気が動転している乾の腹に軽く蹴りを入れる司狼。
「げぼぉ!?」
軽く蹴っただけのつもりだったが、乾は数メートルも吹き飛ばされ、身体が大木に叩きつけられた。
「げぼっ! ごぼっ!」
血が混じった嘔吐物を口から吐き出している。
「よぅ。人の命を貪りつくす狂気も、強烈なまでの渇望も、バケモンじみた凶悪さも、人外としか思えねぇ頑丈さも何もかもが足りなすぎんだよテメエ等。神様気取んなら最低限これ位のレベルになっとけや」
「く! 糞! 何故バケネズミなどの味方をする!?」
「あいつらの味方するっていうより単にお前等町の連中が気に入らねぇだけなんだけどな」
「今まで良好な関係を築いてきたのに、それを裏切ったのはバケネズミ共だ!! そいつらのコロニーを消して何が悪い!?」
「今の今まで散々あいつらのこと奴隷扱いしといて何が『良好な関係を築いてきた』だ? ギャグにもなんねぇよその言葉」
これ以上話しても無意味と悟った司狼は、銃口を乾に向ける。と、司狼は、森の中からこちらの様子を見守る、乾達に潰されかけていたコロニーのバケネズミ達の生き残りに気付く。
「よう! お前等! こいつをお前等の好きにしていいぜ!!」
そう言うと、数十匹のバケネズミ達が森の中から出てくる。そして誰もが殺気を孕んだ眼光をしていた。そして乾の所まで来ると、縄で手足を縛り上げ、洞窟の中に連行していく。
「なっ! 何をする!? 汚らわしいバケネズミ共! 私が誰か知っているのか!? 私を殺せば町が黙っていないぞ!?」
「せいぜい吠えてろアホが。殺す覚悟はある癖して殺される覚悟がねぇヘタレが喚いてんじゃねぇよ」
洞窟の中に連行され、喚き散らす乾にそう言うと、司狼は塩屋虻コロニーに帰っていった。
明日に決戦を控えているせいか、内心興奮している司狼は眠れずに、塩屋虻コロニー内を散歩していた。
コンクリートでできた家々を散歩のついでにじっくりと観察した。見れば見るほどバケネズミ達が元は人間であったことを
理解できる程の技術力だ。
コロニー内に存在する住宅にしても工場にしても、それらはミノシロモドキに記録されていた情報や知識を元に作られたことを考えても十分に
納得がいく。
それまでは洞窟内に巣を作り、そこで暮らすという原始的な生活だったにも関わらず、一度知識を吸収すればこれだけ発展できる。しかも一つの
コロニーにはそれぞれ女王がいたにも関わらず、女王から権威を簒奪し、民主的な議会制の政治までする程だ。
これだけのことができて人間ではないという方が不自然ではないか。しかし幾ら知識を吸収しようと、どれだけ発展したコロニーを作ろうと、呪力を持つ
町の人間達とスクィーラをはじめとするバケネズミ達との間には絶対的な「壁」が存在している。
真理亜や、ミノシロモドキから聞いたこれまでの歴史を知った上で司狼が考えた結論は、呪力そのものの存在が、今日に至るまでの世界を歪ませた元凶だというものだ。
そんな力を人間が持たなければ、存在していなかったのならバケネズミという人間に虐げられ、使い捨てられる存在が生まれなかったのではないだろうか?
今日、他コロニーを襲っていた監視員五人は何の躊躇いも見せずに淡々と掃除でもするかのようにバケネズミ達を殺していった。
全く馬鹿げた話だ。さして自分達と変わらぬ知性を持つバケネズミ達を殺すのには何の躊躇も見せないのに、いざ自分達が殺される側となったらあれ程までに情けない醜態を
晒すとは。
司狼の撃った針で両目を潰された監視員の一人の乾は今頃あのコロニーのバケネズミ達に細切れにされているだろう。強大な呪力といえど対象を認識できなければ役に立たない。
もし町の人間達の、ひいては世界中に存在する呪力使いがもし「人間」に戻るとしたらどうなるのかと司狼は考えた。
呪力が存在しなければ悪鬼や業魔という存在も生まれず、町の委員会に抹殺される子供達もいなくなる。
超能力程度の力を持った程度で神様を気取る町の人間には心底反吐が出る気分だった。
神を名乗るにしても余りにも矮小で、余りにも臆病すぎる。こんなレベルで神を名乗ること自体が神に対する冒涜だろう。
司狼自身も神の傀儡、玩具という立場は願い下げだった。しかしこの世界の神栖66町という町の委員会、ひいては住人達を神と呼ぶには無理がありすぎる。
持つ力もかつて自分が戦った聖槍十三騎士団の首魁、ラインハルト=ハイドリヒには遠く及ばない。いや、そもそもラインハルトと神栖66町の人間を比較すること自体がラインハルト
に対する侮辱だ。
ラインハルトの持つ圧倒的な力の前には今日戦った監視員達など、塵のように消されるだろう。いや、下手をすれば対峙しただけで勝負が決まるかもしれない。
彼自身と一戦交えた司狼自身が痛い程分かる。諏訪原タワーで戦った時などはこちらが全力でもラインハルトはまるで本気ではなかった。
笑いたくなる程に力の差が開いていたのだ。神栖66町の人間達も神を名乗るのならば最低限ラインハルト位の力を持っているべきだろう。所詮呪力に頼っているだけで、身体そのものは
生身の人間には違いないのだから。
司狼が考えていると、不意に後ろから声がした。
「遊佐様」
振り返ると、そこにはスクイーラが立っていた。
「眠れないのですか?」
「ああ、ちょっと興奮してるみたいでな。明日の夜には決戦だろ? そんでテンション上がってるっつーかそんな所だ」
事実、明日の夏祭りに乗り込むことで司狼は興奮していた。自分の身体は事故の影響でアドレナリンが過剰分泌している。そんな身体のせいで
短命なのだが、そんなことは聖遺物の使徒の力を得た今ではどうでもいいことなのだが。
しかし司狼自身、「神を気取る」連中の巣窟である神栖66町に殴りこむことに対して普段以上に気分が高揚していた。
呪力という力で神を気取る町の人間、そして町の人間に支配されるバケネズミ。しかしバケネズミ達は自分達の真実を知り、町の人間達に反旗を翻すことを決意する。
司狼自身、自分達の置かれた状況に抗うバケネズミ達と自分を重ねる。
元の世界にいた時の「既知感」は既にもうない。この状況は今の司狼にとっての「未知」なのだ。
既知感という呪いから解き放たれ、今の司狼はかつてない開放感に酔いしれていた。
「スクィーラ、一つ聞きてぇんだけど」
「何でございましょう?」
「素性も分からねぇ俺を自分の陣営に入れて大丈夫だったのか? 俺の聖遺物が具現化して周りの森を破
壊したんだろ? よくそんな奴を仲間にしようだなんて思ったな」
「我等バケネズミと、町の人間にはどうしようもない力の差、「呪力」があります。単なる念動力と思う
かもしれませんが、これが如何ともしがたい力の差なのです。呪力という力は核兵器にも匹敵する程の絶大
な破壊力を持ちます。我等は数こそ多いですが、呪力という力の前には赤子に等しいのです。遊佐様を仲間
にすることは我等にとっても「賭け」でした。絶対的な力の差を埋めるにはどうしてもそれに対抗しうる力
を持つ者が必要だったのです」
得体が知れず、町の人間かも分からない自分をバケネズミの陣営に入れたスクイーラに疑問を持っていた司狼だったが、ここに来てようやく納得した。スクィーラにとって自分を味方にすることは博打だったというのだ。
しかしそれにも納得がいく。監視員達の呪力を間近で見たが、想像以上の強大な力だった。あの力に対抗するにはやはり現状のバケネズミ達の力だけでは心許ない。
そういう理由で自分を仲間に引き入れる為、一か八かの賭けをしたということか。
「なんだそういうことか。いや、嫌いじゃねぇぜそういう賭け。最後に勝ちを狙うんならそれ位危険な綱渡りも必要だろ」
「これも我等バケネズミにとっては必要なことだったのです」
「スクィーラ、お前自身望むことは一体何だ?」
司狼の問いかけにスクィーラが重い口を開く。
「私は……我等の真実を町の人間達に伝えられれば……」
スクィーラは意志の篭った表情でそう答える
「遊佐様、私はミノシロモドキを持って部下と共に明日、町へと赴こうと考えております」
「何する気だ?」
「決まっております。ミノシロモドキに記録された真実を町の人間達に伝えるのです。この事実を知れば町の人間達も我らのことを考えなおすやもしれません」
スクィーラの考えは平和的かつ理想的に思えるが、隠された真実を知ったということで町の者達に「消されて」しまう可能性がある。いや、確実に消されてしまう
だろう。これまででも多くのコロニーを潰し、多数のバケネズミ達を抹殺してきた神栖66町という存在が真実を知った塩屋虻コロニーを消すのは火を見るより明らかだろう。
500年もの間、非能力者の子孫であるバケネズミ達に対して自ら呪力者を「神」と称し、君臨し続けた町が今更バケネズミ達のことを「元」人間だと認めるだろうか?
否、どう楽観的に考えても町の人間達がミノシロモドキの記録を見たスクィーラ率いる塩屋虻コロニーのバケネズミ達を生かして返すとは思えない。そんなこ
とは最初から分かりきったことの筈だ。
「おいおい、本気かよ。考えてもみろ、どうでもいい理由だけでバケネズミのコロニーを何の躊躇も戸惑いもなく消しちまう連中だぞ? んな連中がミノシロモドキに記されてることを
知ったお前らを生かしておくと思うのかよ? 少し考えれば分かるだろーが」
司狼もスクィーラのやろうとしていることには流石に驚きを隠せず、又内心呆れていた。バケネズミ達をこれまで散々家畜として扱ってきた連中に何を期待しているのだろうか?
「遊佐様……、我々は確かに町の人間達にゴミ同然に扱われてきました。ですが我々バケネズミの真実だけは伝えなければならないのです。500年もの間辛酸を舐め続けてきた我等の苦しみに
満ちた歴史を、人間達からいつ消されるか分からない恐怖に怯え続けた日々を、我等バケネズミは何の疑問も抱くことなく人間に殺されていくだけの存在ではないということを余す所なく町
の人間達に伝えるつもりです」
スクィーラの決意に満ちた表情を見て司狼はスクィーラの持つ「覚悟」を理解できた。
「最初から武力で解決しようとするなどそれこそ町の人間と大差のない存在に成り下がってしまいます。ですから我等はミノシロに記された真実と、我々バケネズミの悲惨な歴史について話す
腹積もりです」
「分かったよ……、お前がそこまで言うのならな。けど町の連中がお前の言う真実を一蹴して、お前のコロニーを消しに来た時はどうすんだ?」
「……その時は……」
スクィーラは少しの合間沈黙し、軽い深呼吸して語り始めた。
早朝、スクィーラはミノシロモドキと十名前後の部下達と共に神栖66町に向かっていった。出発するスクィーラを見送る司狼の目にはスクィーラの姿は死地へと向かう戦士の姿に見えた。司狼の
力を利用してすぐに戦争を仕掛けようとせず、「対話」による解決を望むスクィーラ。
碌な話し合いすらもせず、バケネズミ達のコロニーを好きなだけ抹消してきた町の連中とは違うと言いたいのだろうが、無謀にも程がある。だが確かにバケネズミ達を問答無用で「駆除」していく
町の人間よりかは理性的とも呼べる選択だ。散々自分達に忠誠を尽くさせておきながら、少しでも機嫌を損ねればコロニーごと消滅させるというやり方はお世辞にも理性的とは呼べない。強大な呪力を見せつけ、
バケネズミ達に服従を強いてきた神栖66町。やっていることは蛮人のそれだ。自分達呪力者は絶大な力を持つから「神」。呪力を持たず、醜いバケネズミは「家畜」。呪力を初めて見た時はその力に驚いた
司狼だが、使い手によってはこうも違って見えるのか。呪力を使って好き放題にバケネズミを蹂躙していく町の人間は司狼からすれば「幼稚な子供」にしか見えなかった。
子供に強大な力を与えれば碌なことにならないという良い見本だ。呪力という強力なPKが使用者によって汚されている感じすらする。
「あんな連中にはこんな凄ぇ力、勿体無さすぎだろ」
司狼は呪力という力を誇示し、バケネズミを支配下に置く町の人間達に呆れつつ、貴賓室にある寝床に戻り、横になる。昨夜スクィーラから託された「願い」を思い出す司狼。自分はもしもの時の「最終兵器」という
役割が与えられている。最も、十中八九動くことになるだろうが。
それから半日程経っただろうか。横になり、浅い眠りについていた司狼だが、突如として貴賓室に入ってきたバケネズミの悲鳴にも似た声に目を覚ます。
「ユ、遊佐さマ! 町ノ人間達が攻めテきましタ!!」
ややたどたどしい人間の言葉を話す甲冑を着込んだバケネズミの兵士は全身血まみれの状態だった。
「やっぱりかよ!」
司狼は兵士の言葉を聞くやいなや貴賓室を飛び出し、外に出てみると、コロニー内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。コンクリートの建物、地面、木というあらゆる場所に爆殺されたバケネズミの兵士達の
血肉臓物が無造作に散乱し、グロテスクな光景を作りだしていた。更には周囲一帯は鼻を突くような血の臭いが充満している。昨日の監察官に襲撃されたコロニーと全く同じ状態になってしまっている。
「話し合おうとした結果がこれかよ!!」
司狼は怒声を発すると、直ぐに襲撃者を探し始める。聖遺物の使徒の力には五感の強化も含まれており、遠くから聞こえるバケネズミの兵士の悲鳴を耳で捉え、そこに向かう。
向かう途中には手足をもがれ、地面を這いずり回る者や、すでに事切れた者、悲鳴を上げて逃げまわる者などが多数いた。
「上等だぜ……!」
僅かに歯軋りをした司狼は百メートル程先でバケネズミを呪力で虐殺している数名の黒服の町の人間を見つける。幸いこちらには気づいていないようだ。電光石火の疾さで司狼は
聖遺物の使徒としての身体能力を生かした脚力で間合いを詰め、黒服の者達目掛けてデザートイーグルの銃弾を放った。
向かっていく銃弾は全て黒服の者達に当たり、それぞれ胴体、頭、両手両足を吹き飛ばす。余りの速さ故、自分が死んだかどうかすらも分からないだろう。
「お前は甘すぎんだよスクィーラ!!」
司狼は「対話」などという手段を選んだ、ここにはいないスクィーラに一喝すると、コロニー内を蹂躙する残りの人間達を探し始める。
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