菫「ロリ宥は最高だな」 ゆう「ふぁ」 (156)

sage進行
宥菫注意

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八月始めの定期試験が終わったその夜、菫は無性に映画が見たくなった。
ハーフパンツと無地のTシャツに着替え、向かうは自転車で五分のレンタルビデオショップ。
こんなずぼらな姿は誰にも見られたことがない。闇夜を味方に鼻歌まじりで坂を下った。





菫「あった」

ジャンル別に別れていたはずなのに、それはSFコーナーでもなく、ミステリーサスペンスの隅っこへ追いやられていた。
ここの店員は、まぁそういうこともある。レンタル代が安いだけあってそれなりのサービスなのだろう、と大した不満を抱かなかった。
暇な時間は大学生の特権で、それを少々潰されたぐらいで腹を立てる輩はいない。神経質の菫でさえ大学に進学してから時間を切り詰めることは少なくなった。
BDを表す青テープが貼ってないか確認して、手にとりパッケージをひっくり返す。
これでもかと押してくる煽り文に目が奪われた。満足げにケースから取り出すと、横の暖簾が揺れた。

 「でさー、高校のやつそっくりで、」

 「へー」

男の世界から笑顔で出てきた同い年ほどの青年ふたりは、菫の姿を横から眺めるなり鼻を鳴らした。
冷房の風が吹雪のように冷たくなった。
「かわいい」「彼氏いるのかな」なんて聞こえる距離で言われて、初心な菫が頬を染めないわけがない。
ナンパ自体は大学で何度もされ、その度に聞こえないふりをしてなんとかやり過ごした。思えば女子高ですごした三年間は大変な枷を作り出していたのだ。

棚に沿って男達から逃げるようにレジへ向かう。ばつの悪そうなつぶやきを背に受け、無関心を装って歩を進めた。
一言でも言い返せばこんなもんかと吹っ切れる気もしないでもないが、やっぱり異性は怖かった。


 「旧作レンタル一枚80円です」

菫「はい」

小銭入れを尻のポケットから取り出す。十円玉を探すのに視線を落としたとき、レジ前に並べられていた劇場アニメ作品の広告が目に留まった。

菫「すいません、これも」

フェアのために用意された即席の台には、年代分けされたアニメが並べられ、そこから一本手に取り店員へ渡す。
別段見たかったわけではないが、菫の中に毎度二本借りるという決まりがあった。
誰に強制されたわけでもない。習慣化したそれは、まだ日の浅いアルバイトを混乱へ貶めるには容易かった。

五分後、会計を二度済ますという決断の末、ようやく解放された。
相手が焦らないよう口をつぐんでいたのが逆効果だったか。物言わぬタッパのでかい女はそれだけで威圧感があるのだ。
悪いことをしたとは思うが、それでも五分も待たせるなんて彼女は接客のバイトに向いていないのではないだろうか。

自動ドアが開き、質量を感じる夏の夜の熱気が菫をつつむ。


夏は嫌いじゃない。
このじんわりしたよどんだ空気も、殺しに来るような昼の射光も、すべては去年の夏を思い出させてくれる。
一生、あの感動を得られそうにはないが、それもまたいいだろう。これから起こる全ての不幸を一度に受けても、おつりがくるぐらいはそれまでの人生に満足していた。
だから帰り道がほとんど上り坂なのもしょうがないことだし、自転車のブレーキがいかれていることも神様が用意した試練なのだ。
抵抗のないブレーキハンドルをカシャカシャ鳴らし、自分にしか聞こえないぐらいのため息をつく。
この自転車どこで買ったやつだっけ、あーそうだ実家の近くだめんどくさい、まったくもって不幸だ、いやまてよそもそも行きの下り坂で切れなかっただけラッキーではないか。
今日のいて座は三位だった。十二位中三位だから人口の二割強の部類に入るラッキーさなのだ。

菫「押してくかぁ……」

上り坂を相手にわき目も振らず必死に立ち向かうのがいつもの菫のスタイルである。
ただ今回は整備不足もあり断念することにした。のぼるわけだからブレーキは必要ないだろといわれればその通りであるが、一応気をつけて行くのも菫の性格を表している。


遠くでパトカーのサイレンが響いた。
音の感覚が短くなっていくので、近づいてくることがわかる。
そういえば今日はパトカーをよく見る気もする。このあたりに凶悪犯でも隠れ潜んでいるのだろうか、と考えつつ自分が襲われたときは護身空手の練習台にでもなっともらおうかと淡い妄想で唇が歪んだ。

道中唯一の信号に当たり、なかなか色の変わらない赤信号を前に頭の中では空手戦士菫の格闘劇が熱を上げていた。
アーチェリーで鍛えた腕っ節でナイフを持った男を軽々突き飛ばし、正中に一発くれて相手をノックアウト。かっこいいぞ菫。
脳内菫が相手の腕をへし折ったところで視界の端がちらついた。

——猫?

違う、女の子だ。
身長は1メートルあるかどうかの、こんな時間に出歩いていいような年頃じゃない。

菫「君?」

 「わわ、」

こちらに気付いて、慌てふためき車優先の二車線の通りへ走り出した。

菫「おい、信号が——」

すぐ横の丁字路のつきあたりがライトに照らされた。
エンジン音からいってバイク。このタイミングは最悪。
思考は真っ白になりながらも、菫の身体は既に動き出していた。

まーたキャラ崩壊クソカプかよマジでもういいわ


気がつくと、少女を抱いて歩道の真ん中でへたり込んでいた。
スズキのGSRが制限速度を無視したスピードで逆の道へ小さく消えて行く様子を、菫はぼんやりとした目で見送った。

菫「今のバイク、もしこちらに曲がっていたら、轢かれてたぞ……!」

何も言わない、何の反応もない。

菫「聞いているのか!」

背中から抱いていた少女をこちらに向かせた。
目元が隠れるほどの前髪の下から、水滴が流れた。

菫「あれ、君どこかで、」

去年の夏、緑色の戦場の向こうには甘ったるい声をした女が座っていた。
どうにも見ているだけで暑苦しくなる格好で、最初は袖元に牌でも仕込んでいるのかと訝しんだほどだ。

菫「松実、宥——の親戚?」

いや、妹? 言い直そうとしたとき少女の肩が小刻みに震えていることに気付いた。
患者服に身を包み、それがまた見えちゃいけないものまで見えそうで非常にきわどく、ただの家出少女の服装ではないことに気がついた。

 「たすけて」

思いがけない言葉をうまく処理することができずに、菫の視線が泳ぐ。
 
 「助けて弘世さん」


少女が菫の胸に抱きついて顔をうずめる。肩の震えは全身にまで伝染し、深い呼吸と鼻をすする音が聞こえた。
無意識に頭を撫でようとした手が、一瞬のためらいで宙に止まった。
ここで、少女の頭を撫でれば不明瞭な何かに引き込まれるような気がしたからだ。一般人の自分が足を踏み入れてはいけない分かれ道。
そんな勇気はなかった。

菫「名前を教えてくれ」

 「松実宥で、す、」

菫「イタズラか?」

ぐい、と松実と名乗った少女の腕に力がこもる。

菫「私が知っている松実宥は高校を卒業している」

当たり前のことを言ったはずだった。冷静に短く、自分の主張を述べ、正直なところ早く解放してほしいという考えを伝えたわけだ。
菫は続けた。

菫「君が何を考えているのかわからないけど、こんな時間に出歩いちゃ行けない。それと、松実さんの親戚の子だよね? 彼女は確か二人姉妹で小学生の子はいなかったはず——」

間を置いて、

菫「ごめん、放してもらえるかな」

 「どうしたら、信じてもらえますか……?」


暑い。冷静さを取り戻すのにつれ、わけのわからない状況にいらつきが募り始めた。

菫「どうって、そんなの」

 「私にはもう、頼れる方は弘世さんしかいらっしゃいません。見捨てられたら終わりです」

見た目に合わない言動が鼻につく。

菫「私と松実さんの繋がりは去年のインターハイで二度対局しただけだ。——正しくは四度だが、たったそれだけでこれから提示される証明が正しいかだなんて私にはわからない」

何をここまで意固地になっているのだろう。変に難しい言い回しまでして、自分のほうが餓鬼に感じた。

 「弘世菫さん、十八歳、白糸台高校卒業、身長170センチ、おでこににきびがある」

菫「!?っ」

 「インターハイの福与アナウンサーにつけられたあだ名は『シャープシューター』、」

菫「やめろっ!」

 「ひっ」

両肩を掴んで強引に引き剥がした。
ぼけた電灯の微光を少女の顔が照り返す。鼻水と涙でぐちょぐちょに汚れ、ときおりしゃくりあげながら菫の目をじっと見つめていた。
菫は鬼ではない。性善説を体現するような無垢でどうしようもなく純粋な瞳をした少女を前にして、既に決着は着いていた。

 「おねがい、助けて」

卑怯だ、こんなの。


子犬を拾う子供の気持ちが分かった。

菫「……どうして欲しいんだ」

 「少しの間だけでも、私を置いてもらえませんか?」

菫「家に?」

 「はい」

菫「……うちは」

 「一人暮らしですよね、今は」

なんでそんなことまで知っているんだ。

 「私、気付いたらこんな姿になっていて、無我夢中で逃げてきて、」

菫「それで私に」

 「確かこのあたりだったと……」

菫が疑問を吐き出そうと口を開いたとき、それを押し留めるようにしてサイレンが鳴り響いた。
少女はびくりと体を硬直させ、首だけ回してその方向へおそるおそる振り向く。
坂の多い周辺地域は音が反響しやすく、そのせいで音の主の方向が区別しにくい。それでも少女は、石像のように一方を見据えたまま動かなかった。


 「くる」

菫「え、」

それを聞いた菫が息を飲み込む前に、200メートルほど先の十字路を赤い光が横切って行った。

 「もうやだよぉ……」

夏の日の夜、レンタルショップの帰り、サイレンを鳴らすパトカーと謎の女の子。
もはや選択の余地はない。とうの昔に忘れていた、正義の味方という言葉が彼女の命運を呑み込もうとしていた。

菫「ついて来て」

 「ふぇ?」

菫「うちに来て。そこでちゃんとなにがあったか話してもらう」

 「ありがとうござ、」

言いかけて、涙腺が決壊し液体が溢れ出した。母親を見つけた迷子のように、安心をようやく手に入れた反動で宥は泣き続ける。ぶつ切りの感謝の言葉が菫の胸へと消えていく。
ああ、やっぱりだ、と菫は思う。こいつが松実宥であろうがなかろうが、こういった類の人間は苦手なのだ。
人前で平気で涙を流し、周りを狼狽させる。菫は、松実宥が嫌いだった。あのインターハイ後の祝賀会、菫には苦い思い出があった。

今日分終
夏が終わるまでに終わらす

彼女の命運()

くっさ

ロン(物理)

この手のスレで荒れないのは無理だから作者さんは荒らしスルーで頑張って、見てる人はちゃんと見てるよ

信者〜(笑)wwww

>>21
ち〜ん(笑)

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