ついにボクにもその時が来た。そう思った。
体の内側から溢れ出さんとする力に全身が喝采を起こす。
纏った闇が裂ける。音を立てて崩れ落ちる。
原禍の外套は剥蝕し、新たなボクへ回帰する。
ボクはこれから天を廻る龍となる。
待ち焦がれた衝動だった。
そのはずだった。
突如、全身が強烈な痛みに苛まれた。
何か得体のしれない大きな力が身を引き裂くような衝動を押さえつけ、その結実を阻む。
行き場を失くした熱はここから出せと身体の内側で暴れ出す。
ボクにできることはひたすらに悶え、叫ぶことだけだった。
しかしその慟哭すら、光に消えた。
ずっと闇の中にいた。無限に続く暗黒。それがボクの世界だった。
そんなボクが、産まれて初めて見た光だった。
この地の頂。天に最も近い場所。いつかボクが還る場所。ボクの、唯一のヨスガ。
その空に、羽ばたく純白。
ボクにとって、それはまさしく絶望だった。
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気づいたときには逃げ出していた。
手も足も翼もめちゃくちゃに振り回しながら逃げた。
何度も転んだ。何度も堕ちた。身体が言うことを聞かなかった。
どれだけ逃げても、逃げても、逃げても、ボクもうはどこにも辿り着けなかった。
衝動のままに暴れた。
この肉体に宿ったまま永遠に解き放たれることのない天への憧憬は、四六時中、全身を駆け巡る。
この苦しみを少しでも和らげようと、力任せに、手当たり次第に、昼も夜もなく、周囲のものをなぎ倒していった。
眠ることすらままならなかった。
けれど肉体が痺れるほどに暴れたのち、気を失うようにして眠るときだけは、ほんの少しの安らぎがあった。
しかし目覚めは唐突で、抑えきれなくなった衝動に叩き起こされる。
そうなればまた、力尽きるまで暴れるほかなかった。
生き物を殺すと、その生き物を喰った。生き物がいない時は腐肉を漁った。
腹が減っているわけではなかった。ただ、死にたくなかった。
あれ以来、世界は再び暗黒に閉ざされた。
なのにあの光は、眼窩の奥で疼いてはボクを苛み続ける。
何度も何度も、眼球を掻き毟りたい衝動に駆られた。
しかしボクの右目にあるのは深い虚だけだった。
光を捉えるはずの瞳など初めから在りはしない。
だったらあの光は錯覚か。この絶望は、狂気は、偽りだとでもいうのだろうか。
いや、そんなはずはない。
それが本当なら、何故、ボクはいまだ闇を纏うのか。
何故、ボクはいまだ無様に地を這うのか。
これがボクの運命か。
必死に生きて、必死にあの場所へ還ろうとしたボクの。
何故、ボクは堕とされた。何故、ボクは成れなかった。
何故、天にて光り舞うあの翼はボクのものたりえなかった。
ボクは哭く。喉が嗄れてもなお。
苦しみ、悲しみ、怒り。渦巻くすべてが渾沌の呻きに成る。
二律背反。誰が咎める。
嗚呼、誰か───
それは唐突に現れた。
鋭い殺気。そして姿を現すのは、それぞれの鎧と武器を身に纏う4人のニンゲン。
こうなった今でさえ本能は、幼稚なほど一辺倒に警告を鳴り響かせていた。
ボクは闘った。それを拒むことはできなかった。
肉塊が4つ出来上がったころ、ボクもまたその生を終えようとしていた。
角も触覚も砕けた。
翼はズタズタで尾も千切れた。飛ぶことはもうできない。
ほんの少し身じろぎするたび、身体のどこかからどす黒い液体が零れ落ちる。
もはや痛みすらない。目を瞑れば、今度こそ安らかに眠ることができる。
これで終わる。終わるんだ。
産まれて、生きて、死ぬ。これがボクの生なのだ。
これが、ボクの───
その瞬間、身体が痛みを思い出した。
どこということはなく、全身いたるところが燃えるように痛む。
それでいい。
ボクは足に力を込めて立ち上がった。
辿り着けるかという不安はなかった。
逃げ出してきた時とは違う。
迷いはなかった。
あの日と同じ場所に立ち、息を吸い込む。
ボクはこれから光に挑む。
闘ってどうする。みすみす殺されるのがオチだ。
勝てたとしてどうする。どうせお前にもすぐに迎えが来る。
そんなことは分かっている。
きっと勝てはしないだろう。だってアイツは理想のボクだから。
きっとボクは天に届かないだろう。ボクの光と闇は結びつき、お互いを傷つけあうのだから。
余命幾許もないことも分かっている。ニンゲンから受けた傷だって、ほんの少し命を縮めただけで、もとからそう長くはない。
もしかしたら、意味など無いのかもしれない。
それでもボクはアイツを殺す。
ボクの苦しみはボクだけのものだ。
誰にも触れさせはしない。
ボクが選んだ。そうしてここにいる。
だから、ボクはこれでいい。
おしまい
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