こんな恋愛がしたい 安部菜々編 (18)
概要:ウサミンと、こんな恋愛がしたいという妄想を文章にしました。
「安部菜々編」とありますが、今のところ続編の予定はありません。
その他注意事項
※非Pドルです
※二人称を上手いこと使い分けようとして失敗した痕跡が見られます。
それでは、お楽しみください。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1713183168
俺が、菜々さんと出会ったのは、もう何年も前のことだ。
その時の俺は、社会に揉まれ、かつて持っていた夢も希望も、とっくに見失っていた。だからだろう。たまたま付き合いで入ったライブハウスで、彼女を一目見た瞬間、俺は彼女の虜になってしまった。観客を一人残らず笑顔にしようとする彼女のパフォーマンスは、冷たくなっていた俺の心を、じんわりと溶かしてくれた。
「次のライブって、いつやりますか?」
ライブ後の握手会で、開口一番彼女にそう問いかけたことは、今でも覚えている。とにかく、たった一度のライブで、俺は彼女の大ファンになっていたのだ。
それから程なくして、俺は彼女が、普段はメイド喫茶でバイトしていることを知った。
メイド喫茶なんて、生まれてこの方行ったことなど無かったが、彼女に会うという目的の前には、それは些細な問題だった。
気付けば俺は、暇さえあればメイド喫茶へ赴き、ライブがあればサイリウムを持って最前列に陣取る生活を送っていた。
彼女の笑顔を浴びる度に、俺自身も笑顔が増え、性格も明るくなっていったように思う。
また、こうして足繁く通っているために、向こうも、俺のことを覚えてくれるようになった。
「〇〇さん、また来てくれたんですね!ありがとうございます!!」
彼女にこう言って貰えたとき、俺が天にも昇る心地だったことは、言うまでも無いだろう。
しかし、人間とは欲張りなもので、俺は推しに認知されるだけでは、いつしか満足できなくなってしまったのである。
「菜々さん、シフト上がったら、一緒に食事とか、行きませんか?」
「えっ!?」
これは、やっちまったか・・・?
そりゃそうだよな。いつものようにメイド喫茶にやって来たファンから、突然食事に誘われたら、こんな反応にもなるよな。
だいたい、いきなり誘われても予定とか開いてないだろうし、なんで俺は先走っちゃたんだ!俺の馬鹿野郎!!
「あっ、いやその~何でも・・・」
「良いですよ」
「えっ!?」
まさかのである。勢いだけで食事に誘ってしまったにも関わらず、OKを貰えたのだ。
だが、無計画なことに、人付き合いの少なかった俺は、こういうときに向かうべき、お洒落なレストランなど、何一つ知らなかったのである。
自分の中の記憶と知識を総動員し、かつて商談で使ったレストランに電話をかけてみるものの、今夜は満席とのことだった。
彼女を何処へ連れて行くべきか。
この今世紀最大の難問に、俺が下した答えは・・・
「すいません、俺の行きつけの居酒屋なんかに連れて来ちゃって・・・」
結局こうなってしまった。
俺のような人間が、女性を食事に誘うことなど、土台無理な話だったのだ。
だが彼女は、
「いえいえ、菜々は、こういう所大好きですよ!店員さーん、枝豆と焼き鳥とウーロン茶くださーい!!」
ああ、彼女の優しさが身に沁みる・・・。
「あれ?お酒は呑まれないんですか?」
「はいっ!アイドルにとって、喉は命です。お酒で傷つけたりしたら、大変ですからね~。って菜々はまだ17歳だから、そもそもお酒は呑めないんです~!」
「あははははは!」
それからは、二人で色んな話をした。
昔体験した面白いこと。今の仕事や生活のこと。将来、やってみたいこと。
どれもこれも、ただの一ファンだったら、聞き得なかったことばかりだ。
「菜々さんなら、絶対大人気アイドルになれますよ!」
「ありがとうございます!菜々、頑張っちゃいまーす!!キャハッ☆」
この夜から、ファンとアイドルとは少し違う、俺と菜々さんの不思議な関係が始まったのだった。
「菜々さん、また、この前の所行きませんか?」
「良いですね!」
あの日を境に、俺達は頻繁に食事を共にするようになった。
それだけでなく、
「へえ~、この景色素敵ですねえ」
「じゃあ、今度の休みにでも行きます?俺、車出しますよ」
「ありがとうございます!行くのが今から楽しみですねえ!!」
という感じや
「すいません、今週ちょっと忙しくて。まだ仕事終わってないんですよ」
「菜々もお手伝いします!出来ることがあったら、何でも言ってください!!」
という感じで、二人の休みが合う度に、お互いの家で一緒に過ごすようになっていた。
アイドルに恋愛は御法度、という題目のもと作り上げられたこの生ぬるい関係は、
しかし非常に居心地が良かった。
寧ろ「オトナの恋愛」などというものが繰り広げられた日には、俺はついて行けずに爆発してしまったかもしれない。
このままで良い、このままが良い。
昔何処かで聞いた歌詞が、俺のこの頃の心情を、如実に表していると言えるだろう。
だが、時の流れは残酷に、全てを変えていってしまう。
ある日、菜々さんから、こんなことを告げられた。
アイドルとしてのメジャーデビューが望めないなら、実家に帰って家業を継がないか。と両親に言われたそうだ。
確かに、菜々さんの活動範囲は、未だ地下の域を出ず、オーディションも実を結んでいない。
夢を追うことは素晴らしいことだが、物事には引き際があるというのも、また事実だろう。
俺は、まだまだ菜々さんのステージを見続けていたいが、引退も仕方あるまい。
だが、実家に帰って家業を継ぐというのはいただけない。もしそうなってしまえば、今のように頻繁に会うことはできなくなるだろう。
「あと半年間、次の誕生日までは待ってやるから、それまでに成果を出せなかったら、実家に帰って来い。だそうです・・・」
「大丈夫ですよ!俺も応援していますから!夢は絶対叶います!!」
口ではそんなことを言いながらも、俺は、裏では全く別のことを考えていた。
(半年後・・・半年後に、菜々さんにプロポーズしよう。
付き合ってもないのに、いきなりプロポーズなんて変かもしれない。
でも、これからもずっと菜々さんと一緒に居るには、これしかないんだ・・・)
その後、半年が目まぐるしく過ぎていった。
奇跡が起きるかも、とも思ったが、これまで何年もやってきて上手く行っていなかったことが、突然上手く行くわけが無かった。
菜々さんは、必死にアピールを続けたものの、ついぞ声を掛けてくる事務所は現れなかった。
そして、運命の5月15日、俺はいつもより早めに仕事を切り上げ、なけなしの貯金を下ろして買った婚約指輪を手に、菜々さんのもとへ向かった。
メイド喫茶のシフトが終わって、裏口から出てきたところを捕まえ、そのままプロポーズする、という算段だった。
緊張のために汗をダラダラ流しながら、事前に用意した告白の台詞を何度も呟き練習する姿は、端から見れば滑稽だったに違いない。
10分ほど待っただろうか。ついに、その時がやって来た。
裏口から出てきた菜々さんに、俺は素早く走り寄った。
「菜々さんお疲れ様です」
「あっ、〇〇さん!お疲れ様です!」
「菜々さん、僕とけっ____」
「聞いてください!菜々、夢が叶ったんです!」
―――――え?
「今日の昼間、大手事務所のプロデューサーさんが来て、菜々をスカウトしてくれたんです!
もちろん、事務所に所属したからって、すぐにデビュー出来るわけじゃないですけど、とにかくこれで、実家に帰らなくてよくなりました!
これも全部、一生懸命私を応援してくれたファンの皆さんと、〇〇さんのおかげです!!」
そんなことを話す彼女は、これまで見てきた中で一番の笑顔をしていた。
当然だろう。長年の夢が叶ったのだ。
だが私は、そのことを素直には喜べなかった。
「おめでとう、ございます」
ポケットの中の指輪を握りしめ、押し出すように、呟く。
「ごめんなさい。今日中にやらなきゃいけない仕事があるのを思い出しました。
今から、会社に戻らなければなりません。さようなら」
そう言い残して、俺は駆け出す。
菜々さんの呼び止める声が聞こえたが、無視して俺は走り続けた。
家に帰って、生まれて初めて、俺は吐くまで酒を呑んだ。全てを洗い流したくて・・・。
「あっ、ウサミンだ!可愛い~!!」
「すんげえなあ。またテレビ出てるよ。飛ぶ鳥を落とす勢いってのは、こういうことを言うんだな~」
あれから2年の月日が流れた。
今や、彼女はその名をメディアで見ない日は無い、押しも押されもせぬ大アイドルだ。
現に今も、居酒屋に備え付けられたテレビからは、彼女の歌声が流れてきている。
元々、ブレイクするだけの素質は十分に持ち合わせていたのだ。当然の結果と言えるだろう。
一方俺はと言うと、あの日から、一度も彼女とは連絡を取れずにいる。
今、せっかく夢を叶えている最中だというのに、あの時言えなかった事を伝えて、その邪魔をする訳にはいかない。
そんな言い訳をして、自分の気持ちに常に蓋をしている状態だ。
今となっては、俺も、他のファン達と同じように、画面を通してでしか、彼女を見ることはできない。
それでも・・・
「ちくしょう!」
「おう兄ちゃんどうした?」
「失恋・・・って言えば良いんですかね。
行けるかもって勘違いして、勝手に一人で舞い上がって、
結局その娘は、手の届かない所に行っちゃいました・・・」
「・・・まあ、なんだな。生きてればそういうこともあるさ。さあ呑め呑め!」
俺は、これからどう生きていけば良いのだろう。
2年の月日は、何も解決してはくれなかった・・・。
「う~飲み過ぎた・・・オエッ」
今日、俺は一体何杯呑んだのだろうか。
そんな、簡単な事すら分からなくなるほど呑んだ俺は、最早歩くことさえままならず、道ばたに座り込む。
家はまだ遙かに遠く、無事に帰り着くことなど、土台無理な話である。
目を閉じれば、涼しい夜風が、酒で火照った体をそっと冷ましていく。
このままここで寝てしまえれば、どれほど気持ちが良いだろう。酔った頭で、漠然とそう考え始めたその時・・・
「あれっ?〇〇さんじゃないですか!こんな所でどうしたんですか??」
とても、懐かしい声が聞こえてきた。
「菜々・・・さん?」
「ああ~もう、さてはお酒呑みすぎましたね?介抱してあげますから、ウサミン星まで頑張って付いてきてください!」
・・・これは、きっと夢なのだろう。行き場を失った感情が見せてくれる、優しい夢に違いない。
「あははは・・・菜々さんだ・・・!」
「ほら、もうすぐそこなんで、頑張ってください」
この辺りで、俺の記憶は一度途切れている。
翌朝、目が覚めるとそこには、つい2年前までよく眺めていた天井があった。
どうやら、昨晩のことは、都合の良い夢ではなかったらしい。
「〇〇さん、起きたんですか?」
「あっ・・・おはようございます・・・菜々さん。昨日は、ご迷惑をおかけしました・・・」
「気にしなくて良いですよ。それより、朝ご飯は食べられそうですか?」
食卓へ目を向けると、そこには白米、味噌汁に卵焼きとおひたしといった、ご機嫌な朝食が2人分並んでいた。
流石は菜々さんだ。
「ありがとうございます、いただきます」
俺は、そうお礼を言って、朝食に手を付け始める。
お互い、一緒に食卓を囲むのは随分久しぶりだ。
最初の内は、無言で食べ続けていた俺達だったが、やがて、菜々さんの方から、口を開いてきた。
「なんで、2年も連絡してくれなかったんですか」
「それは・・・」
「菜々は、そんなに強い人間じゃありません。
上手く行かなくて、不安に押しつぶされそうになる日も、失敗しちゃって、枕を濡らした日も、沢山ありました。
そんなときに、〇〇さんの声が聞けたなら、どれだけ救われたことか!」
「ずっとずっと、あなたがいなくて、私、心細かったんです!
教えてください!なんで、あの日から一度も連絡してくれなかったんですか!!」
その小柄な体を目一杯震わせて放った台詞には、非常に鬼気迫るものがあった。
ここまで言わせておいてなお、本音を隠すことに意味など無いだろう。
俺は、意を決して、話し始める。
「あの日、菜々さんがスカウトされた日。俺は、あなたにプロポーズしようとしていたんです。
実家に帰ってほしくなかったから。ずっと、側に居てほしかったから・・・」
「でも、菜々さんは、見事スカウトされて、メジャーデビューを果たしました。
そうなると、俺のこの気持ちが、菜々さんの邪魔になってしまうことは、火を見るより明らかでした。
何処から誰が見ているか分からない世の中ですし、スキャンダルの原因になりかねません」
「気持ちを押し殺して、何気ない会話に終始すればいい。そう考えた時もありました。
だけど、あなたの声を聞いたら、気持ちがあふれ出してしまいそうで・・・」
気がつけば、俺の目からは、大粒の涙が流れていた。
「だから、連絡しなかったんです。こんな、弱い男で、ごめんなさい・・・」
再び、気まずい沈黙が訪れる。
この時間で、俺は、改めて今自分が言ったことを反芻していた。
結局、この2年もの間、抱え続けてきた気持ちは、ほとんど話してしまったようなものである。
ならば、あと一言、そこに付け加えても変らないだろう。
「菜々さん、僕はずっと、自分の気持ちから逃げ続けてきました。
それでも、あなたがこうして目の前に居る今だから、あの日、言えなかった言葉を、言おうと思います。」
「菜々さん、僕と結婚してください」
・・・言ってしまった。この告白の答えなんて、わかりきっている。茶番もいいところだ。
「・・・ごめんなさい。それは、できません」
やっぱりだ。人気絶頂のアイドルに、急に、結婚してくれと言ったところで、それが叶うはずもない。
「今は・・・ですけど・・・」
「!?」
「菜々だって、いつまでもアイドルでいるわけじゃありません。
何時かは、普通の女の子に戻る日が来るんです。
その日まで、待っていてくれませんか?」
そう言って、菜々さんは、こちらに体をすり寄せてくる。それは、とても温かかった。
まさかOKを貰えるとは思わず、しばし戸惑った俺だったが、何とか返事をしてみせる。
「はい。いつまででも待ちますよ」
俺は、万感の思いを込めて、菜々さんを抱きしめた。
世界の動き出す音がした。
―――1ヶ月後
「菜々さん、遅れてごめんなさい」
「ああっ!やっと来ましたね。遅いですよ、もう!」
「ごめんなさい、ちょっと道が混んでて・・・」
「誰かに、尾行されたりしてないですよね?」
「大丈夫ですよ」
俺と菜々さんは、また、休日を一緒に過ごすようになった。
前よりも気を遣わなければならないことが多くなったが、それでも、とても幸せな時間である。
「そうそう、今日はこんなものを持ってきたんですよ」
「これは・・・ええっ!?」
「あの日渡せなかった、婚約指輪です。付けてみてくれませんか?」
「しょうがないですねえ~。付けるのは良いですけど、2人の時だけですからね!」
「当然です!」
菜々さんは、軽口を叩きながらも、そっと左手を差し出してくる。
俺は慎重に、その薬指に指輪をはめた。
「どう・・・ですか?」
「すごく・・・素敵です」
そこに居たのは、紛れもなく、この世に降り立った天使だった。
何時か来るその日のために、彼女に相応しい男であり続けよう。
そう強く心に誓いたくなるような、そんな光景だった。
「菜々さん、俺、頑張ります」
「ええ!?何をですか??」
オフはまだ、始まったばかりだ・・・
終わりです。ご精読ありがとうございました!
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